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はてなキーワード: 学生時代とは

2016-07-23

娯楽のない田舎モテないコミュ症が生まれると地獄

俺は北海道田舎に生まれ育ったが、それでもまだ駅前地元では街と呼ぶ)に近いほうの住宅街に住んでいたので、娯楽には困らなかった。

映画館ゲーセンも大規模な本屋もあるし、服を買うのも困らないし、チョイスの良い古本屋もあるので欲しい絶版本もすぐ手に入る。レトロゲームが好きで古いファミコンを買うのも、古本屋でどうにかなった。年に何回かは東京からお笑い芸人バンドが来てライブもある。同人イベントもあるし、アニメショップもある。

友達がいなくて一人で趣味に没頭するしかない奴でも、一応なに不自由なく暮らせた。

東京でいう、八王子町田に住んでる感覚だ。(もちろん北海道田舎なのでそれらの街より小さいが。)

最近高校時代の友人が自転車にハマっているというので、特に目的もなく適当自転車ブラブラしようと誘われた。同じ高校だったが、校舎が別だったので校内で会うことはなく、放課後によく一緒に遊んだやつだ。

大人になってからは車移動しかしなくなっていたので、自転車で車じゃ通らない道を走るのは新鮮だった。

すると友人が「あの山の麓を目指そう」と言う。遥か遠くに山が見えるのだが、とても自転車で行ける距離ではない。しかし暇なのでついていくことにした。

住宅街が無くなり、やがて畑しかなくなり、たまにコンビニがポツポツあるくらいで、建物農家の家くらい。たまに牛もいるぞ。「たいひあります」という看板がやたら多くなり、畑や牧場も無くなると「不法投棄監視されています」というノボリだらけになった。道路脇にはタイヤブラウン管テレビ便器などが転がっている。「監視されています」って、どこにもカメラは見当たらない。

ついにコンビニすら見当たらなくなった。畑も牧場もないが、たまに一軒家は見かける。こんな何もないところに住もうと何故思うのか、謎である

時間くらい自転車を漕いだだろうか。途中、急勾配が連続して自転車には辛かったが、山が目の前になった。街にいたときは、遥か遠くにあって行こうとも思わなかった山が目の前。

その麓には、家が何軒かある。そのうちの一軒が友人の高校の同じクラスの奴の家だという。

ドアのチャイムを押すと、同じクラスだったという彼が出てきて、家のなかに招いてくれた。

家は平成以降に建てたであろう、割と新しい綺麗な家だ。

「ここまで自転車できたの?大変だったろう」と冷えたポカリスエットを頂いた。ここまで来るのに汗だくだ。車に慣れてしまい、社会人になってから運動なんて一切していないので、自転車時間は本当に堪えた。キンキンに冷えたポカリスエットが沁みた。

ポカリスエットを頂きながら、彼の学生時代の話を聞いた。

高校時代は片道三時間かけて高校まで行っていた。彼は慣れていたが、街側に住む連中は自転車なんて精々乗って一時間である

高校時代に一度クラスの連中が彼の家まで自転車で行こうとしたらしいが、あまりの遠さに断念したという。

あんな急勾配を繰り返しながら、毎日片道三時間かけて自転車高校まで通っていたのである。頭が下がる思い。

冬は雪が積もるのでもちろん親の車で送り迎えだった。バス停は一応近くにあるが、一日に二回しか来ないので使い物にならないという。

一応、小中学校は歩いていける距離にあるが、そんな山の麓の何もないところの小学校なんて、同級生は五人しかいない小さい学校だったという。

そんなコンビニ一軒すらない田舎子供が暮らすといっても、娯楽がなにもない。ゲーセン映画館もなにもないので、家で少年ジャンプを読むかゲームをするかしか無いという。

そんなものはもちろんすぐ飽きる。結局、娯楽がない田舎で育つと、セックスしかやることがないという。

遊びに行こうにも、街に行くには自転車で片道三時間小学生には無理だ。コンビニ一軒すらない山にいるしかないのだ。公園もない。結局は、セックスしか娯楽がない。

彼の童貞喪失は小4。同級生女子とだそう。一度セックスを覚えてからは、同級生女子全員とやり、5年、6年の女子全員とセックスしたらしい。

まり小学校中学年になれば全員穴兄弟棒姉妹になるという。小学校中学校時代毎日セックスした。

この話を他の男にすると、みんな羨ましがるという。でも彼は「田舎だし、仕方ないことであって、決して自分モテる訳ではない」と謙遜する。

俺を自転車でここまで連れてきた友人も死ぬほど羨ましがっていたが、俺は羨ましいどころか聞いていて辛かった。辛くしかなかった。

もし俺がそんな学校に通わなければならないとしたら、女子は誰も俺の相手をしてくれずに童貞のままだろう。

小学校低学年のときは仲の良かった男子も、中学年にもなればセックスに夢中で俺の相手はしなくなるだろう。

誰も俺の相手をしなくなり、完全に孤立してしまう。

津山30人殺しだって、村の夜這いシステムから除害されて起きた事件だろう。もし俺がそんな田舎に生まれていたら、完全に(殺人まではしないけど

)そうなっていた。

街側の学校で育ったから、女子から一切相手にされず女友達が一人もいないモテない俺でも、男友達はどうにか作れたが、本当に山に家が無くて良かった…と戦慄しながら彼の家を出た。

ああ、そうか。また三時間かけて帰らなきゃならないのか…

京大院卒だけど自分底辺だと思う

現実で言うと相手によっては殴られそうなのでネットで書く。

書く理由は叩かれそうな内容だけど実際書いたらどれくらい叩かれるのか知りたいと思ったから。

実際にはいやそれ確かにダメ人間だろ哀れだなって言われるのか、ふざけんなお前自虐風自慢とかしねよって言われるのか分かんないし。

完全スルーならそんなセンシティブ話題でもないのかって分かるし、テストってことで。

高校まで地方にいたんだけど、なんか受験勉強は得意だったから現役で京大に進学した。

在籍当時、高校レベルが低かったのもあるけど、自分勉強できるとかちょっと天狗になってた。

後で合格結構ギリギリだったことを知って無駄に落ち込んだ。

で、大学時代はろくに努力もしないくせに周囲の能力に怯えて過ごしてた。

卒論も超低レベルだったのに何を血迷ったか院進して、修論ごまかしごまかしで出した。

周りの立派な人たちの研究の話とか劣等感に苛まれから聞きたくなかった。

勉強熱心じゃなかったし学生時代に何もスキルを身に着けなかったから、専攻とは全く関係ないところに就職した。

一応大手企業なんだろうし、学歴採用だったと思う。

そういうところだから先輩や同期は東大とか一橋とか東工大とかで(京大も割といた)、まあ大学は置いといても皆能力が高くて、自分能力的に底辺ゾーンにいるんだなって思った。

で、仕事が始まったら自分無能だと感じることが多かった。電話取次とかもまともにできなくて、度々注意された。

部署の同期と飲んだりすると、いか活躍してるか、みたいな話になるからいたたまれない。

コミュ力低いので会社に友人と呼べる相手もいないし、努めてそういう交流の場にいっても落ち込んで終わる。

自分は毎回運が良くて恵まれ環境にぬるりと入り込めてるだけで、あー、自分全くだめだみたいなことをいつも思ってる。

思っても努力しないあたりも底辺まりない。

鬱なんかな、病院行けば改善するんだろうか。

2016-07-22

http://anond.hatelabo.jp/20160314202843

大変かもしれないけど、頑張って。

親は悪くない、甘えるな



自分新聞配達して数百万の学費を払った。

学費生活費はすべてそこから体をはって払った。

車の免許教習所学費もついでに自分で払った。

当然PCとかネット代・携帯代も自分ではらっていたよ。

なので、社会人になってから借金はない。



うちの祖父も裸一貫で地方から首都圏にでてきて、

昼間仕事して、夜学大学にいって勉強して、学費自分ではらい、

かつ親に仕送りをしていた。資格をとって法律家になったよ。



戦前戦後の昔と違い今は時代が違うとか、今の方が大変とかいってはだめだよ。

今の時代の方がはるかにITもスマホ学習の機会・選択肢も沢山あるから

圧倒的にいい時代だよ。



約500万円もの投資して得た学士号によって、

月13万円とは費用対効果が悪すぎる。

その学士号を取る必要性がそもそもあったのか?



学生時代の4年間なにをしていたのか?

より高い給料のもらえる資格取得の勉強を頑張ったか

スキルをあげるために頑張ったか

借金返済のために頑張って稼いでいたのか?

20歳過ぎていて考えが稚拙だよ。



より高い給料のもらえる会社転職するか、

ダブルワークして、夕方・夜からコールセンターコンビニで働くかして

ささっと借金返してしまいなよ。





考えてばかりいないで、行動起こすんだよ。


行動を起こしたら不安は消えるから(クレメントストーンの言葉)。

2016-07-20

経血カップが気になる

学生時代生理不順以外はこれといって困ったことがなかった生理が、社会人になってからどんどんひどくなっている。



数年前なんて、下着と服を貫通した経血が椅子についてしまった。しか会社の。


今はタンポンとナプキンダブル使いで何とかなっているが、なんか経血カップっていうのがあるらしいね

カップを入れておくと、そこに経血がたまって、たまったのをざばーっと捨てる感じ?

で、洗って繰り返し使えるの?



でも、入れるときはともかく出すときが大変そう。

失敗して辺りが血の海とかやばいしなぁ…。

洗うのもめんどくさそうだし、やっぱりやめといたほうがいいか

2016-07-19

彼女学生時代あだ名ホリエモンだった

なるほどと思った

別れた

重度の発達障害から学生時代に苛められてたことすら気づかなかった

成績はそこそこ良かったけど注意欠陥なのか持ち物がなくなってもボールをぶつけられても何とも思わなかった

大人になってからふと当時の状況を思い出して被害認識する感じ

似てる人います

2016-07-18

MACWINDOWSよりも優れているという幻想

ちょっと前に起きた話なんですけど

ワタシちょっと仕事関係MAC使ってる人とWORDファイルのやり取りしたんすよ

そしたらね

向こうから帰ってきたファイルがこっちだと開けないんすよ

こっちが向こうへ送ったファイルは開けてるっぽいんすよ

まあレイアウト崩れてたらしんですけどね

それで向こうに文句言ったんですよ開けないファイル送るな

って

そしたら「WINDOWSなんて使うのが悪い」とか言ってくるんすよ

なんなんすかね

WINDOWSの方がMACよりもシェアが高いってことはグローバルスタンダードなのはWINDOWSの方っすよね

というかこっちで作ったファイルは向こうで読めるのに向こうで作ったファイルがこっちで読めないならどう考えてもおかしいのは向こうじゃないっすか

だってそうじゃないっすか

こっちが100人ファイル送ったら皆開けるけど向こうがファイル送信したら95人程度しか開けませんよ皆MACなんて仕事で使わないか

本当MACユーザーって何何すかね

頑なに「MACWINDOWSより優れてる」と思い込んでるんすよ

ちょっとねえ学生時代にいた頭おかしいやつ思い出しちゃいましたよ

ソイツの口癖が「俺は皆がマック食ってる時ロッテリアに行っている。つまり俺は味の分かる男なわけ。違いが分かる男だからお前らより優れてるのよ」なんすよ

マジでねーMACユーザーって多分コイツ脳みそ同じなんすわ

他人と違うから俺の方が上」って本気で考えてるんすわ

「無理してブラックコーヒー飲んでるから俺カッコイイ」なんすわ

マジで馬鹿っすわー

もうね

MACユーザーとは仕事したくないっすよ

だってアイツらは脳みそ学生時代で止まってるっすから

義母から、毒親との「仲直り」を求められるようになった

頭と心を整理するためにここに書こうと思います

毒親と連絡を断って一年が過ぎたのだけど、最近になって、毒親からわたし旦那旦那実家へのコンタクトが増えてきた。

着信拒否をしてくれ、と何度も話したのだけど、旦那としては「時間解決してくれるだろう」という期待があるようで、わたしが実親と連絡を断っていること自体は責めないでいてくれるのだけど、一方でつながりを完全になくしてしまうことには抵抗があるらしい。

旦那がそうなので義母にも連絡を断ってくれなどと言えるはずもなく、遠方なのでお中元お歳暮のやり取りぐらいだが親どうしの交流は続いている。

そんで毒親がこないだ義母に切羽詰まった様子で泣きついてきたようで、義母はやはり同じ母親としておおいに共感するところがあったらしく、わたしに対して「なんとかほどほどの距離感で付き合えないものなのか」と説得をしてくるようになった。

これがなかなかにしんどく、まあ子持ちの友人とかから内容自体は言われ慣れていることなのだけど、義母から言われると動揺する。

今は旦那わたしの側に立ってうまくかわしてくれるからまだ救われているのだけど、その「ほどほど」が通じない人達から手の届かないところまで距離を置いているのだということをどうすれば理解してもらえるのか、理解は難しくてもまあうるさく言わず黙っといてやるかぐらいに思ってもらえるのか、しかしまあ要するにわたしに連絡がつかないのに周りに連絡がつくから連絡してくるのであって、それで周りが困惑するのも当然であって、周りからすれば、お前んちの親子喧嘩に巻き込まれても困るんだけど、ってなもんだろうし、でも着信拒否はしないということで、わたしはどうすればよいのか悩んでいる。毒親の過去の悪行などを訴えると、そのときは「なるほど」と言ってくれるのだが、それこそやはり時間が経てばそのときの印象も薄れるようで、そのたびに彼らがいかに付き合うのに難儀な人種なのか具体的なエピソードとともに訴えることもできるにはできるが、「でも、親子なんだから」論者にはそれもいずれ効かなくなるように感じている。

旦那義母のやり取りをよくよく観察すると、お互い結構きつい口調で言いたいことを言い合っているのだけど、なんというか、ちょっとした言い方とかにイラときてもお互いすぐ流せてる様子だし、ささいなことにこだわらないおおらかな愛情があるんだなあ、というのがしっかり感じられる。羨ましい。うちの毒親は、そのちょっとしたイラつきを毎回徹底的に掘り下げて相手人格否定するタイプなので、幼少期からいかんなくそれを浴びせられてきたわたし自己肯定感駄々下がりな半生だったのである

そういう圧倒的な環境差異を見せつけられたのちに「あなたを産んでくれた親なんだから」などと言われると本当にダメージがでかい


追記

その義母とも「ほどほどの距離感」で付き合えばいいんだろうけど、実はもうじき義母と同居を始める予定だ。義父が他界しており、一人暮らし義母我が家に迎え入れようという話をしている。わたしも毒親の親であるところの祖父母を介護最期を看取った経験から老人介護のなんたるかはわかるし、時期が来たらプロに任せるべきであるという持論も旦那と共有している。普段まり自己主張しない旦那が、義母を呼び寄せたい、と話してくれた気持ちを大切にしたいし、元気なうちに少しでも親子の時間を持ってほしい。それは本心だ。嫁としてはそりゃ面倒だけど、でもまあ、毒親の件さえなければ、嫁姑としてはそれこそ「ほどほど」でやっていけそうに思っている。中学生のころから実家を出るまでも三世代同居だったので、実際同居が始まってから、予想もしてなかったような悩みやトラブルがいろいろ噴出してくるのもわかってるんだけどね。やはり問題は毒親の件だ。旦那義母が連絡を断つことに積極的でない以上、わたしがどうにか処理するしかない。これ以上迷惑をかけるわけにはいかない。でもどうすればいいのかわからない。わたしにとって彼らはストーカーと同じなので、ストーカー被害のように警察に訴えることができたらどんなにいいかと思う。でも、まだ警察相談したことはないけど、まともに取り合ってくれるわけがないというのはさすがにわかる。毒親相談窓口とかないんですかね。あるいは、娘そっくりの人工皮膚をかぶせたペッパー君を送りつけるのでもいいと思う。数百万で済むなら喜んで依頼する。「なんだかんだ言っても、親なんだから」と言う人は頼むから、少しでいいから、世の中には一見普通に見えても実は裏で大変な思いをしている人もたくさんいるんですよということを考えてほしい。


追記

毒親ネタ大好きなはてな全然話題にならず寂しいので、小町トラバへの返信でも書いて見ようと思う。

友達の中で説教をかましてくるのは、既婚子持ちの、さらにごく一部の人たちです。

いずれも学生時代からの友人だが、当時はグレておかんを泣かせていた人達に限って今のわたし非難してくる。

親の立場になって初めてその痛痒が理解できたのだろうと思う。

わたしは家を出るまでずっと親の期待通りに育ってきた、いわゆる「いい子」ですよ。

その反動が今来てることは否定できない。

一番やっかいパターンだと我ながら思うよ。

でもまあ、幼少期のわたしをそういう見せかけの「いい子」に仕立て上げたのは彼らだしな。

自業自得なんじゃね。


ペッパー君を買うための数百万はわたし自分で稼いだお金からしますよ。

いや買わんけども。

なんかしらんけど、このトラバの人、偏見とか思い込みがすごいよね。

専業主婦だなんて一言も書いてないのに。

何がそんなにこの人の逆鱗に触れたのかわからんが、よほど現状に不満が溜まって心に余裕がない状態なのでしょう。

気の毒だと思う。

そんなふうにならないためにわたし自分に害をなす人からは極力距離を置くことにしています。それがたまたま親だったというだけの話。

2016-07-17

学生時代の思い出の品

教科書とかノートとか図工で作った奴とか、せっかくの思い出だから捨てずに保管しておいたけど

よく考えたらこれらを見るたびに嫌なことを思い出すだけで良い思い出なんて浮かんでこないんだから捨てた

2016-07-16

WebデザインWebシステムは、相手企業事業が失敗しないように話を進めるべき

雑談

最近LINE株式上場(証券コード:3938)したようだ。一時は高値で5,000円まで上がったが、安値4,310円(2016年7月16日 17:44現在)まで下がり、なんと690円も下がっている。一瞬の差し足で儲ける連中は賢い。

流行統計的手法deep learning(機械学習人工知能)を駆使し、株価が3,000円台まで下がるタイミングは何月何日か?を探り空売りできないかを考える今日この頃

さてここからが本題。金融に関する仕事コンサルタントなどはできないと思い、とりあえずWebシステムもどき、あるいはWebサイトらしきものを作る仕事を始めた人の愚痴である

商品販売広告戦略立案Webサイト制作までの流れ

まずA社が商品販売するところから、B社がWebサイト制作をするまでの流れを簡単にまとめた。

[Step1]:商品を売ろうと企てる

[Step2]:商品の開発期間・開発コスト広告集客を考える(Plan)

[Step3]:2におけるチラシ・ホームページ外注に投げる

[Step4]:外注先がそれらを一件○万円で引き受け、広告完成(Do)

[Step5]:広告効果がどれだけであったか?を調べ、問題点について調べる(Check)

[Step6]:商品販売を取りやめるべきか?広告の打ち方を変えるかの改善を図る

[Step7]:改善された広告販売戦略を基に動き直す(Action)

さて、かの有名な電通鬼十則( こちら参照)にも「「大きい仕事」と取り組め。小さい仕事は己を小さくする」と言う言葉がある。

先日その大きい仕事のお膝元というべき会社で、Step4を担当している人と話した。それが意外に俺と同じ事を考えててビビった。って事は日本広告業界すべてが、派手な物を作って...って発想なのかと思った。

さて案件の規模が小さい程[Step1〜7]全体の大部分に関与でき、大きい程[Step1〜7]全体が見渡しにくく、関与もしにくい場合もある。そして自分アクションを起こしたが、結局[Step1〜7](PDCA)全体が回ってない事もあるのは何処も一緒なようだ。

もちろん自分は[Step4]の工程の1部品として動いていて、基本1〜7の大枠の中の1部品として動いているに過ぎない。ここでStep4の仕事をしていて愚痴りたい事の1つに、「[Step4]の人たちって、どうして[Step4]の事しか考えないのだろうね?」と言う事だ。以下その愚痴を書きたい。

愚痴:デザイナーに居る「俺が作ったデザインすばらしい」な意識高い系

どうも俺は「俺が作ったデザインすばらしい」「よそがやらないようなデザイン」をひけらかす為に話を進めている場合程、やる気なく仕事している。

過去の嫌な事例

過去酷いと思ったのは、[Step1〜3]側のクライアント会議で決まった内容を、[Step4]のこちら側で無理矢理ひっくり返した物を作った事だ。無論自分らの意見を押し通すのも商談の上で必要な事もあるが、必要ないならやらなくて良いと思う。

上は上で「クライアントでなくウチがやりたいんだ」と一点張り。それに対し、実際に手を下す俺は「既に決まった物なのに、そもそも全体の進捗を狂わす事はないんじゃない?ただただ作業日数も増え、俺のやることも増えるだけだし、俺そこまで能力ないし」と思っていた。

その結果中間会議クライアントに「やらない方がいいんじゃないですか?」と言われ、ざまーみろと思った事もあったっけ(笑)。こうなると「俺はこんなに素晴らしいと思っているのに、お前はそう思わないのか」と言う流れになり、相手からすげえ嫌がられることも少なくない。

確かに「とりあえず始めて見て反響を見る」と言う事も重要だ。しかしながらStep4の自分らが、デザインをひけらかすが目的ならこれは論外だ。以上。こうして俺はデザイン仕事ではやりたくないなあと思うようになった。

商品広告をお客さんに見てもらい、売上を上げる事がそもそものやる事

この時自分がやっていた仕事は、「商品Pの広告ターゲットとする客層のx%に見てもらい、商品Pにおける売上高をy%向上させる」事の一部ではなかろうか?ならば見た目自慢よりも、サイトに依ってお客さんにどれだけ反応が呼べたか?という事を調べ、クライアントと一緒に[Step5〜7]に活かす事も重要だと思う。

サイトの見た目、機能SEO(検索エンジンソーシャル対策)などがそれぞれバラバラなのもいけない。そしてそもそものところで「どのようなお客さんに見てもらったり使ってもらったか?」「そもそもの事業戦略」が無視されている。

そんなに見た目や機能重要か?必要最小限で良いか会社事業が回るようなものにする事こそ、自分ら[Step4]の人間のやる事だと思う。

クライアント、各Step毎の人と連携する姿勢を忘れない

そのためにクライアント、各Step毎の人と連携する姿勢を忘れてはいけない。先ほどの愚痴みたいに各Step毎にバラバラに行動するようなやり方は、今後世界的にも流行らないと予想する。又、システムホームページが内製化されるのも、Step毎の連携を良くする為である

ツールを作る事に頼らず、他のみんなができるように

さて、商売柄わからないことがあると、はてなブログQiita、StackOverflowなどのレシピサイトを見る事が多い。ここで最近Qiitaを読んでいて、「マーケティング担当者にSQLを完全マスターさせた話:Qiita」と言ういい記事があったので紹介したい。以下デザインの話から離れるが、是非聞いて欲しい。

みなさんこの試みをどう思うだろうか?俺はこの動きに賛成だ。俺の推測を書くが、恐らくこの会社社員数は多くて100人前後まで位で、上記の[Step1〜7]までの多くの部分を1社で担当していると思う。

無論顧客情報や売上情報に関するデーターベース(SQL)にアクセスし、それを分かりやすく画面に表示してくれるアプリはあるはずだ。これをみて経営商品を売るのをどうしていくか?を考えて行く訳だ。

例えば、1ヶ月に100回以上データベースに対し特定の処理がなされるのなら、アプリにした方が良い。しかし「この時だけ単発にデータベースに○○な処理をさせて、△△な事を調べたい」と場合もあるはずだ。こうなってくると、「マーケッターの人に単発のSelect案件を片付けてもらおう♪」という流れになる。

以下何故この作戦必要かを熱く語る。例えばファミコンボタンは「Aボタン、Bボタン、STARTキーSELECTキー十字キーしかなく、それ以外の事は一切できない。これはアプリケーションも同じで、アプリケーション化する事でユーザーの動きを制限することにつながる。

必要最小限に仕事をまとめたい場合は別だ。しかし今回の場合「火属性の敵に対し、どう対処するか?」「そもそも相手属性E_1,E_2,…,E_nに切り分け、それぞれに対しどう対処するか?」の場合ならば敵の弱点も変わってくる。そのため制限ありだと対処できないケースも出て来る。

こうなれば「賢者すっぴんすっぴんすっぴん」では某エ△スデスに勝てないだろう。それに賢者戦闘不能の時はもう冷あせもんだ。レイズアレイズ、フェニックスの尾がないときは、誰がケアルエスナしてくれよう。そこで全員が「賢者、赤魔導士、赤魔導士、赤魔導士」位ならば、賢者が忙しい時にケアルが使えてラクだし、全体を有利に進める事が可能になる。

[Step4]の会社にいる立場としてこんな選択が出来るのが羨ましい。なので新しくツールを作るだけが選択肢ではなく、みんながある程度できるようにしておきたい。

その為に自分は何ができ、どうしていきたいか

以下その為に自分は何ができ、どうしていきたいか?について話す。まず自分学生時代、どちらかと言えばxとyが嫌いだった人が絵や音楽をやる事もあるようだ。俺はその逆で、絵を描くのをサボってでもxとyをやり続けていたい人だった。なためどうも絵が好きな人音楽好きな人の話が抽象的に感じる事がある。(俺、Webシステムの方がリクツが分かるほうだから得意かも...)

起業は無いものとして考えた時、どの道Step1〜7のPDCAサイクルなど早々回りゃしない。ならば、少しでも自分の出来そうな方で仕事したいと思っている。わがままを言えば[Step1〜3]寄りの仕事がしたいと薄々思っている。

このまま堅い商売を続けるなら、それこそ物理学者みたいに世の中の物事を数値やy=f(x)化し、扱いやすくしてやりたいとも思う事もある。例えば商売なら、未来予測しきる無敵の関数y=f(x)を編み出してもうけるとか。

又は経営層やマーケッターがxとyを見やすく、確認やすくするデーターベースツールの開発が出来て、売っぱらう事ができれば…(用語言うなら、Microsoft PowerBIと言ったツールかな?)

xとyをフル活用することで、できる限り失敗しない線を探して勝ちを拾う。又はマーケッターなどの人と協力し、無難商品Pを売る上での最強の市場(=有利な戦場)を見つけて行ければとも思う。

最後に「無理に成功を夢見る」ではなく、「出来る限り失敗しないように無難にやる」「無難にやる策を模索する」で行きたい今日この頃。まあ、難しいんだけどな。

暗い過去タイムリープ出来たら

人生やり直したい。

過去に戻りたい。

高校生に、いや中学生から、いや小学生から


24才になって、なんでこんな人生なのかなって

思い返すとポロポロ涙が出てくる。

ずっと、早く大人になりたいってそれだけ思ってた。

辛く苦しい毎日が早く過ごして終わってしまえばいいのにって何度も悩み続けた。

消極的些細な人間関係にすごく悩んだ。つらかった。

死にたいって強く思ってた。

早く大人になって忘れたかった。

振り替えると学生時代なんて、あって、ないものだった。

中身がない。思い出がない。人に流されるまま自分意見なんて押し殺してその場しのぎの平和だけを求めてよく言えば優等生

その時、なにが子供として一番ベストの答えかを考えての意見

自分で考えて、自分意見をまず自分のなかで考えることすらしてこなかった。ただの無個性


そんな学生大人になったところで、問題にぶつかると逃げてばかり。

意見や考えもひねくれて素直に真っ直ぐ向き合うことが怖い、なんてただの甘えと、俯瞰で視てる自分も居る。


高校生でやっと楽しい学生生活になった気でいた。

でもいま考えると最も自分が恥ずかしい時代だった。

いまこの性格で戻れるなら、

学問に励む

スポーツを熱心に取り組む

本を読む

おとなと仲良くなる

両親を人間だと認識する

姉と比べない

新聞配達お小遣いを貯める

恋愛をする

友達を作る

先生と仲良くなる

勝ち負けにこだわって部活する

二つ掛け持ちする

積極的意見する

みんなをまとめる

生徒会に入る

交換留学立候補する


ほら、やりたいことたくさん。

思い残したことたくさんある。


それが閉ざされた心のなかで溢れんばかりに消化できなくて生きるのが辛い。大人になってるのが辛い。

忘れて生きててもどこかにポッカリ人と違うんだって壁を感じて生きつづける。普通人間になりたかった。

普通学生になりたかった。普通友達関係を築いて、それなりに恋愛も楽しんで、部活して、勉強もそこそこ頑張って、普通の会話をして。

思い出を作りたかったなぁ。


つらいなぁ。涙が出るなぁ。

こんな自分に否を感じながら嫌になりながら、行動も家族に伝えることも躊躇している自分がいやだなぁ。

はやく全うな人間になりたいなぁ。

出きることな

昔に戻って、人生やり直したいなぁ。

心に素直のまま、やりたいことに耳を傾けて実直にいきたかったなぁ。

なんでこんなふうになってしまったんだろうね。

なんでこんな引きずってるんだろうね。

なんでこんな自分過去が恥ずかしく思える人生を歩んできたんだろうね。


人生をやり直すことなんてムリって同時に頭に強く訴えかけてくる。

わかってるよ。強く目をつぶってまぶた開けてもそこは独り暮らしの部屋だから

戻りたいよ。実家のあのときの部屋に。願ってもそこは24才の顔が鏡に写ってて、ひどく落ち込んだりするよ。

でも振り替えって嫌な思い出を嫌な学校を嫌な人間関係を、いまになって、24才の自分になって、思い出を妄想で塗り替えてみる。

あのときこうしてたら、あのとき笑顔でこう発言してたら、あのとき明るく人間関係築いていけたら、

あのとき部活を精一杯頑張ってたら、テストで学年トップ上り詰めていたら、先生もっとなか良くできたら、好きな人告白できていたら。

どうせ嫌な思い出を隠して辛いぐらいなら、良い思い出に記憶を塗り替えてしまおう。

いまはなんだか、あのときこうして過去に戻りたい。って気持ち現在を生きることで、今を前向きに生きれる。

心もどこか若くなる。心もここにあらずの気持ち不思議積極的になれる。

2016-07-15

http://anond.hatelabo.jp/20160714233315

いやお前が正しいんだよ。金で買った大人の楽しみより、金のない少年時代学生時代の思い出の方が美しいってのは多くの人が認めるんじゃないか。「社会人的な楽しみ方」なんて無いか、くだらないものなんだよ。大切な友人や恋人と、少ない時間をやりくりして楽しむしかないんだ。

友達を作るのが下手

学生時代部活友達以外に友達がいない。長期間一緒に同じことをしていたら友達になれるんだけど、それ以外で友達が作れない。

30目前になってやっと理解したけど、友達作りの上手い下手って相手との距離感コントロールできるかどうかなんだね。自分はいきなり馴れ馴れしくするから相手敬遠されたんだって、今なら分かる。面白い話ができれば友達が出来ると思っていた。面白い話出来ないけど。もっと早く知りたかった。

院試勉強が出来ない状況が苦しい。

私は、文系院卒(修士)だ。事情により鬱病発症したが、それに伴い発達障害(未診断ではあるが、ADHDアスペルガー合併症の恐れがあるスペクトラム)の疑いも担当医に伝えられている。

再就職をするにあたり、自分適材適所を探すべく、GATBやウェイス3、学生時代アルバイト経験での失敗・成功体験を思い起こすも、いかんせんこの「成功体験」が思い当たらず、なかなか職種見立てが出来ない。

思い詰めて悩みを、公的機関キャリアカウンセラー心療内科担当医に相談したところ、「もう一度、学校に通ってみては。」という事だった。違う大学、他の研究科でも良い、コツコツと興味関心のあるもの研究出来る環境が一番、あっているのでは。と言われた。

結論から言うと、それは難しかった。経済的な事もあるかもしれないが、もっと悲惨な状況になっていたからだ。それは、勉強のコツが思い出せない、集中して勉強出来ない、といった私は明らかに学習能力が低下していたのだ。

因みに今、院試に向けて勉強している分野は遺伝だ。自分発達障害の一件がきっかけで一度じっくり研究したいと思った。文系出身学位で学べるアプローチが、某大学院研究科の「遺伝領域だった。特定出来てしまうかもしれないので、これ以上は言えないけれど、自分が携わる事が出来る所(居場所)欲しさに、とにかく躍起だった。

けれども、ほぼ初めてに近しい理系勉強は困難でしかなかった。恥ずかしいけれど、今まで出来ていた文系受験勉強や、文系分野の研究に対する学習能力に、疑問を持つ程に理系勉強が出来ない。理系と言ってもすべての範囲を網羅する訳では無くて、あくま研究科で出題される「遺伝分野」だけ。にもかかわらず、自分はなかなか頭に入ってこない。

自分はこんなに馬鹿だったのか。今までの自分は何だったんだろう。鬱のせいなのかな。それとも、実は興味・関心が無いのでは…?

そんな自己嫌悪で一杯になった。

じゃあ、他に何かやりたい事や現実的に私が「出来る事」はあるのか?一から戻って考えても、私がやれる事(成功体験)は思い出せない。

他の何らかの進路に切り替える事が出来る選択肢が浮かばないのだ。

そうこうしている内に、受験申込の日程が迫っている。志望理由所は書けても、本題の基礎知識が頭に入らない。英語もある。小論文もある。プレゼンもある。もう、自分の頭の悪さに劣等感で一杯だ。

夜遅くに吐き出してごめん。ここまで読んでくれて、どうもありがとう

2016-07-14

学生より社会人の方が楽しいっていう考え方

社会人の方が自由に使える金が多くて楽しい」っていうの、理屈はわかるんだが、どうすれば金を使った遊びに楽しみを見いだせられるようになるんだ?

元々自分が、金より時間をかけた遊びが好きで、学生時代も平日深夜にレイトショーで安く映画見たり、生活には全く役に立たない小難しい本を読破して賢いつもりになったりするのが楽しみなようなやつだった。だから平日真面目に働き詰めて土日の限られた時間に金をつぎ込んで一気に遊ぶっていうのに全然慣れない。

社会人になって2年ちょっと経っても、学生の時みたいにだらだら遊びたいという気持ちが抜けない。どうすれば社会人的な楽しみ方を身に付けられるんだ?

2016-07-10

逃した魚の大きさを思う

手に入らなかったものばかりに思いを馳せてしまうのは、もうどうしようもない人間の性なのかもしれない。

学生時代、私に好意を寄せてくれていた人がいた。

気が合うというか、物事に対する考え方はもちろん、趣味ファッションセンスまでもが似ていたし、自分の持つ雰囲気と彼の持つそれとはとてもよく似ていたと思う。

けれどそれではもの足りなかった。

私は自分と似ている人ではなく、自分とは違うものを持っている人が好きだった。

彼といる時間は、穏やかで、心地よいものだったけれど、一瞬が輝くような、このまま時が止まればいいと思うような、そんな楽しさはなかった。

好きな人と話すときは、その人のことが愛おしくて、自然と顔がほころんでしまう。

彼に対してはそれがなかった。

もちろん笑いはするけれど、それは彼に対する愛おしさからくるものではなかった。

その頃私が周囲によく漏らしていたのが、「彼は結婚するにはとても良い相手だと思うけど、恋愛対象としてはもの足りない」という旨のことだった。

今思えば何だこのスーパー上から目線物言いは。

浅はかな恋愛経験でよくそんなことが言えたものだと当時の自分をぶん殴りたくなるけれど、その頃はまだ20歳そこそこで、根拠のない自信に満ち溢れていたから、全く救いようがない。

アラサーと呼ばれるようになった今の私からすると結婚に適している、そんな相手は喉から手が出るほど欲しいというのに。

出会いのが20歳の頃でなく20代後半となった今だったら、きっと結果は違っていただろう。

いや、もしこのタイミング出会ったとしても、彼は私のことを好きにはならないかもしれない。


何回もデートをしたけれど、結局、彼は何も言ってこなかった。

私も私で彼に全く好意サインを示さなかったし、なんとなくで付き合ってだめにして結果的に彼の時間を奪うようなことはしたくなかったので、牽制もたくさんした。

それでもなお、と言ってくれなければ付き合う気もなかった。


彼とはもう長い間連絡はとっていないが、立派な会社に勤めて、傍目から順風満帆でいるらしい。

逃した魚は大きかったかもしれない。

2016-07-09

結婚生活はすばらしい - それを知らせたい

自分結婚して子供が二人いる。

夫婦のそれぞれの問題でとても大変なこともあるが、それらを乗り越え幸せ結婚生活を送っている。



■■結婚についての教育

そもそも現代日本社会において、小・中・高・大と結婚について詳細な教育を受けることがない。

下手すると親から結婚とはなにかと教わることがないかもしれない。

漠然と、結婚はよいものだ。だからおつきあいしてラブラブだったら結婚しようという社会的な風潮だ。

結婚に至るモデルというのは、安いドラマとかにでてくる情緒的なカップルモデルとする場合も多いだろう。

結婚について教育を受けてこなかった私たちは、なにをモデルにすればよいのか。

結婚してどのようなことが大変で、逆にどのようにしてより幸せになれるのだろうか。





■■夫婦互いが当事者になる

夫婦間で課題が生じ、それについて解決しようとするとき

口論ディスカッションするとき、互いが当事者になる。

問題の渦中にいる当事者パラダイムは、感情的主観的だ。

なかなか客観的にはなりにくい。


自分欠点を強く指摘される、逆に相手の弱さについてストレート言及する。

そのような中において、互いが主観的になる。



これが会社ビジネス上の課題だったらどうか?

ビジネス上の課題がある、この解決すべき課題については客観的に見つめることができる。

冷静に多角的に把握して分析ができるのだ。対象自己の外に向いているからだ。

逆に、夫婦問題場合、己の中にある問題、そして相手の心の奥にある問題に向き合わなくてはならない。

そして、これらに互いが触れる時、主観的になる。

主観的なので視野は狭まり自分相手が持っているそれぞれのバイアスが強く働く。






■■まずロジャースになれ

伴侶が愚痴や不平を言ったときは、まずロジャースになれ。

来談者中心療法を確立した臨床心理大家カールロジャーズだ。


「無条件の肯定的関心」「共感理解」「自己一致」を基軸にしたカウンセリング法だ。



自分が夜家に疲れて帰宅したら、リビングに既に仕事を終えて帰ってきた仏頂面の伴侶がいたとする。

そして、相手会社愚痴・不平不満をいったとする。自分会社ストレスを抱えていてとても疲れていてそんな話し聞きたくない。

それでも、「無条件の肯定的関心」「共感理解」でまず話を聴いて相手理解しようとすることだ。



相手の抱える問題を強く解決しようとしなくていい。

私をはじめ男性はつい、解決案提案しようとやっきになってしまう。ビジネスだったらそれでもいい。

でも、相手感情理解して欲しいのだ。そしてその感情言語化したいのだ。

感情言語化する過程において相手自身課題に気づくのだ。

解決する力はその伴侶のうちにあるのだ。



しかし、自分肯定的に伴侶の話を聴いていて、相手が一線を越えた場合どうするのか?

自分罵倒してきた、言葉による暴力をしてきた、さら言語道断であるが、

暴力を振るってきた場合倫理に逸脱した行為をしてきた場合、どうするのか?






■■正の強化

相手が一線を越えてきた場合、黙っていてはいけない。

応用行動分析学的に、黙っていると言うことは、黙認していること、

その行為を認めていることだ。

相手が行動を起こす→黙認する(認める)→その行動が学習され強化される

といことになる。


自分の考え・感情をきちんと相手に伝えることがとても大切になる。







■■ミッションステートメント

ではどうすればいいのか?

相手の話を聴き、自分の考えを相手に分かるように伝える。

互いが感情的主観的パラダイムにおいて、

結婚当初の愛を深めていくにはどうすればいいのか。



夫婦合意のもと、二人でミッションステートメントを書くのだ。

ミッションステートメントの詳細については検索するとか『七つの習慣』を読むとかで調べて欲しい。



複数価値観のバラバラな人間が集まる会社ですら、ミッションステートメントを書いている。


価値観・生まれ環境が異なる夫婦という共同体においても、

ミッションステートメントはとても重要だ。




まず、それぞれ己のミッションステートメントを1週間ほど書けて紙に書いてみよう。

次に、出来た物を夫婦で見せ合って、語り合おう。それぞれ人生において

なにを目的にしているのか、何を価値観としているのか、いろいろ気づきと共有するところがでてくるだろう。




互いに尊敬し合い、語り合いながら、それぞれのステートメントをまとめて、

つの夫婦家族)のミッションステートメントを書き上げてみるのだ。



なにか夫婦問題が生じても、まずミッションステートメントを取り出してきて、

これを中心に問題について語り合うのだ。


ミッションステートメントなしで話し合うと、「いった」「いわない」の互いに非常に主観的パラダイムになるが、

紙に書かれているミッションステートメントを見ながら語り合うとより客観的問題について語り合うことができる。



まり夫婦それぞれが中心ではなく、その上の原則ミッションステートメント)に従って行動していくということだ。

これが非常に大切なのだ


ミッションステートメントは定期的に語り合いながら見直して、夫婦の節目においてバージョンを上げていくことも重要だ。



■■最後

夫婦互いが主観的パラダイムになりやすいが、もう一つ重要なことがある。

第3者を見つけておくことだ。第3者というのは、夫婦の状況を客観的に見て、

鏡のようにフィードバックしてくれる人だ。

結婚カウンセラーなどがそうかもしれない



だが、カウンセラーでもよいが、

お金をかけずに近所のおばちゃん、親戚のおじさん、学生時代学校先生神父さん誰でもよい。

夫婦お互いが尊敬出来る人、人格が優れている人がいいだろう。



日頃からそのような人と良好な関係を作っておき、相談できる環境を整えておくことは非常に重要だ。

夫婦2人ではなく3人で語り会いフィードバックをもらえば、

夫婦バイアスによって気づかなかった新しい認識を得ることができる。

これはホント大切だ。





最後に、結婚生活ケンカも沢山して、とても大変なことも多いが、

己の欠点相手欠点を見つめ、それらを互いに乗り越え、

己の人格がより向上していく場であると私は認識している。

結婚して本当に良かった。幸せだ。




妻への深い愛と感謝のうちに

スクールカーストとその将来

よく、学生時代はいじめられていたけど、大人になってからエリートになって、いじめっ子達を同窓会で見返してやった

かいストーリーがあるけど、実際はどうだろう

最近同窓会なんかに出て思うのは、少なくとも俺の周りでは、高校の時いわゆるスクールカーストの下位にいた奴らで、客観的に見て他人が羨むような人生を送っている奴は見たことがない

勉強ができて一流大学に行った奴も、リア充的なコミュ力に欠けるから一流企業には行けず二流企業まり

30過ぎて未だに結婚もしてないし彼女もいない

それくらいならまだマシで、ある程度のレベル進学校出身なのにニートフリーターになっている奴、実家寄生してやっと生活できているような奴がたくさんいる

その一方でスクールカースト上位の青春を謳歌していた奴らは、少々レベルの低い大学に行ったとしても、持ち前のコミュ力豊富就活ネタで名だたる大企業就職して、美人の奥さんとの結婚式写真とか、可愛い子ども写真Facebookに上げまくっている

もちろんFacebookなんていいことしか書かないし、彼らは彼らで悩みとか辛いこととかあるんだろうけど

どう見ても彼らの方がスクールカースト下位だった奴らより幸せそうな人生を送っている



希望のない内容になってしまったけど、中学高校王道青春を送れなかった人が、社会人王道コース幸せを求めるのは難しいから、自分なりの幸せを見つけるしかないんじゃないかと思う

2016-07-07

http://anond.hatelabo.jp/20160707112259

暇な学生時代のほうがドキュメンタリーとか真面目に見てたぞ

少ない余暇じゃ萌えアニメくらいしかお手軽に消費できるものがない

ブラック企業が悪い

2016-07-05

同人のしいです

少し前からオタクアカウントのほうに、同人やめました系の記事がいくつかRTされてくる。

当方オタク歴はそれなりに長く、どちらかといえば一人で考察妄想を繰り返しのめり込む内向き型。キャラに対してキャーキャー言ったり、流行ネットスラングを羅列するような交流は苦手なので、RTされてきた記事を読んで、うんうんそこは昔のほうがよかったよね、と思うこともある。

しか記事を書かれた方々との状況はまったく逆だ。

近頃はまったジャンルにて、私はようやく同人活動イベント醍醐味みたいなものが分かってきて、今とても楽しい

過去色々なジャンルにはまったものの、今まではネット上で見たり書いたり、昔からオタク友達に話を聞いてもらうくらいで満足していた。

twitter交流しよう、オンリーに行ってみよう、自分でも本作ってみようか、というところまで手を出すほどになった作品はこれが初めてだ。

なんでなのか?ちょっと振り返り5点。


1.時間に余裕のある生活

ハマるのと同時期くらいに生活環境が変わり、時間に余裕ができた。これが一番大きいかも。元々面倒くさがりなので、寸暇を惜しんでまではきっとここまでやってない。忙殺されて余暇ほとんどなかった時期にハマっていた別ジャンルは、それはそれで生きる支えになったものだが、交流創作にかけられる時間は少なく、落書きで欲求を消化するのみだった。

学生時代サイトにこもってたので、オフ活動もっと早く興味持ってたら違ってたかも。


2.ジャンルの懐の広さ

ハマったのは息が長くファンの多い作品で、ファンの年齢も傾向も幅広い。キャラ萌えしてる人からひたすら原作考察する人まで色々。流行のピークは過ぎて久しく、今や大手さんの解釈公式扱いされているような風潮は薄いし、個々の解釈否定されにくい気がする。が、これは体感なので単に私が鈍感なだけかも。

もちろん作品自体の素晴らしさが第一にある。それに加えてこの界隈の自由雰囲気がいいなと思う。


3.厳選した交流がうまくいってる

そういう雰囲気に浸かってると、同士さんたちの詳しい活動や語りを追いたいという欲求がわいてくる。

そこで主にtwitterを利用するわけだけど、様々なファンがいるのと自身が万人ウケするタイプではないので、交流する際には特別注意をはらう。元々アカウントを取ったのは同士さんアカの鑑賞兼独り言用だぞ、それが第一だぞと常に言い聞かせる。それを曲げて交流しまくれば承認欲求が加速して本来やりたい創作考察ができなくなる。だからいくらいいねRTがほしいと思っても決めた期間以外鍵は開けないし、フォローフォロワー関係には気持ち悪いぐらい用心する。最近のやめました系記事にもSNS疲れがよく言及されてるし、対人関係が原因で作品を好きでいられなくなるみたいな本末転倒事態絶対に避けたいので、慎重すぎるくらい慎重に。

結構経ったがまだそれなりに守れている…と思うし、この前提があるからこそ色々割り切ることができているんだと思う。

具体的な自分ルールもまとめてたんだけど、すごい長くなってしまったのでカット

で、いろんな自分ルールを遵守しつつ厳選したTLは、自分と波長の合う人たちと情報アカ程度で構成され、とても穏やか。交流相手を絞ることで私のような面倒くさがりでも続けることができ、時々リプをし合ったり、タグ系の遊びを一緒にやったりしてくれる存在ができた。そしてその信頼できる方々のご好意により、イベントオフ会に足を運ぶきっかけをいただいた。


4.即売会初心者の私でも行ける落ち着いた雰囲気イベント

年齢層が幅広いためか、息が長いからか、他と比べ空気がゆったりしているように感じた。(といってもこれまで全ジャンル合わせて片手で数えるほどしか参加したことがないんだけど)

一番安心したのが、エロの公開度が低いこと。前にハマっていたジャンルもそれなりの規模・年数で、以前オールジャンルの際にそのエリアに立ち寄ってみたのだが、カッコイ男性キャラがたいへん色っぽい感じになってる大きいポスターがたくさん並んでいていたたまれず、なんかもう本を買うどころではなかった。エロは全く、BLほとんど嗜まない者なので、あの空間は耐えられなかった…

今回もそんなだったらどうしよう、とドキドキしながら参加してみたところ、主流はBLR指定ものも多数あるが、過激な掲示はさほど目に付かなかったので安心した。男女CPコメディ傾向の作品もそれなりにあり、買い物も楽しめた。サークルの皆さんは、うろうろと挙動不審な私にもよかったら見ていってください、とやさしく声をかけてくれた。またネットで見知っていた方や、既刊を拝読させていただいた方に感想を伝えたり、少しお話をしたりもできた。作家さんとのお話ってこんな普通にできるんだ、これが話に聞くイベント醍醐味か…!!と感動してしまった。(今まで買い物の会話以外交わしたことがなかった)見れば他にも立ち話をしている人たちは結構いる。このジャンルはいわゆる古き良き(?)即売会の姿が面影を残しているのかもしれない。いやしらんけど。

そしてイベントでこんなに居心地がよかったのは初めてで自分でも驚いている。今まで一般だと落ち着け場所がなくて何となく居づらかったのだが、今回はそういうこともなく。また行きたいと思った。


5.創作意欲を支えてくれる人々の存在

自身二次創作は、基本的自己満足だ。いいねブクマなどはもちろんうれしいが、それを得るためだけの創作はしないのだと心に決めている。なので本をつくりたい!となったのも最初は「皆さんの本素敵だな。私もここまでのめり込んだ作品は初めてだから、記念に自分なりの解釈をこういう形にしてみたいな」というのがきっかけだった。

どこへ出す予定もなく書き始めたのだが、少しその話をした際に思いがけず、ほしい、見てみたいというお声をいただいた。

ものすごいエネルギーを与えられた気分だった。この自己満足の塊を、まさか楽しみにしてくれている人がいるなんて!

さらに、4のイベントお話させていただいた方にも「本は出されないんですか」とお言葉をいただいた。嬉しすぎた。本を作るというのは大変な作業で、もし本当に一人きりで進めていたら、延び延びになって結局頓挫、みたいなことになりかねないなと思った。ここまでに散々他人主体をおかない的なことを書いておきながらなんだけど、それでもやっぱり、こういう身に余る挑戦をするときには、3で得た信じられる人の言葉の力を少しお借りしてもいいかな、と思った。


以上が、今私が同人活動のしい!となっている要因と考える。

自己分析のつもりが途中から感想文みたいになってしまった。分けて書こうかとも思ったけど、その良い思い出とかもひっくるめて要因だし、まあいいや。

今のジャンルじゃなくても、これまでもこういう体験ができる機会はあったのかもしれない。

でもこの引きこもりで、心配性で、人見知りな私をここまで連れ出してくれたのは、いろんなタイミングの重なり、そして魅力的な作品と素敵なファンの皆様だろうと思う。

この出会い感謝したい。そして原稿がんばります

幼稚園担任をして辛かったこと

すごく長文ですごく愚痴  

なにかの主張に使われることは望みません。今、数年たって要領が悪かったなぁっておもう事はいっぱいあります


保育士幼稚園教諭免許が取れる短期大学卒業して幼稚園就職した。

初任で年少組(3歳児~)20名弱おはな組(仮)さんの担任になった。

私の初任給手取り丁度15万円+交通費(3か月定期代を1/3ずつもらう) 

賞与は7月に3万円(寸志) 12月に8万円 頂いた。

 



私の勤めた園は1クラスに1担任 副担任なんていなかった

職員園長先生バス運転手さん用務員さんを除くと

 

主任ベテラン先生1人

保育士資格を持っていない事務先生2人

当時は 年長2クラス 年中3クラス 年少4クラスだった。

資格を持っているのはクラス担任主任の10名のみ


8:00には出勤 (バスでのお迎え当番が1ヶ月に2.3回7:50までには出勤)

園庭の準備をする(遊具カバーをかけていたり水を拭いたり、園庭の水溜りを掃除したり)


8:30~9:20までに徒歩やバス子供たちがやってくる。

子どもたちはやってきた端から着替えて園庭で遊び始める

もちろん素直に上手に着替えができない子だっている。着替えもせずに遊びまわったりしている。

そういった子の手伝いもしながら、園庭で遊ぶ子どもたちも見ないといけない、徒歩でやってくる子を門前で引き受けないといけない、お休みした子ども制作もさせないといけない

一人ひとりかばんを開けて提出物や保護者からのお手紙確認して、体に傷がないか、しんどくなさそうか チェックする。

私は毎日先輩の先生たちに「なぜ園庭に出てなかったの?門前にいなかったの?制作させてないの?先生クラスの○○ちゃんが着替えられなくて戸惑ってた!」とお叱りを受けていた。

正直「もうどこで何をしていれば正解なのか」解らなかった。


登園~朝の挨拶~一日の遊び(制作行事練習)~お昼ごはん自由時間~降園

教職をとったことのある方ならわかるだろうけれど

これらはその日そのときの思いつきで行われているわけじゃない。

私を含めクラス担任たちは毎日毎日 一日の流れを分刻みでスケジューリングしてそれを日案という形で毎朝指導教諭に提出していた。

まず年少組の先生たちと話し合った内容にそって 何時何分~何分までに説明して、実行して、できない子がいたらどうして、こうして、こういう声を掛けて、

A4の紙いっぱいにo.3mボールペンでみっちりと1日につき2~3枚書いていた。


11:05~11:15)

はさみで丸を切る。 紙の端からはさみを入れて紙を動かしながら切ることを示して見せる。

難しい子どもを把握して早めに声をかける。終わった子どもにははさみを置き静かに待つように予め伝えることで事故を防ぐ、遊ぶことが予想される子どもからはさみを預かる。


こんな感じ。これを行動の逐一に書いていく。そして決して「できない子ども」とは書かないのだ。


初任の私はまずそれを指導教諭に渡す、すると次の日に足りない部分を指導される。

帰宅してそれを青いボールペン修正、朝主任に提出して夕方指導を受ける。

帰宅して赤いボールペン修正して当日の朝一番に再度主任に提出するのだ。

これを毎日繰り返した。つまり3日分の日報修正含めて毎日書いていた。

どれだけ書いても終わらない、いたちごっこがつらかった。

 

制作物も行事や季節にそっていたり、発達に会わせているのだけれど

なぜ作るのか、なぜこの形なのか、どういう意味があるのか 子どもにもわかるように、そして行事に期待や思いを寄せられるように話さなくてはならなかった。

たとえば七夕 なぜ笹なの?なぜ短冊に願いをかくの?飾り物の意味は?

考えたことのある人はどれだけいるだろう。でもそういったことを逐一お話することが求められた。


また毎月1枚 その月に子どもたちに達成させたいことや、覚えてほしいことについてを記入して提出(※月案 これも学年主任主任のWチェック)

毎週1枚 生活面で達成してほしいこと、衛生面についての意識付けをするための活動について提出(※生活案 同じくチェック)


他にも行事(遠足運動会、発表会、参観、お祭りetc)のたびに特別指導案を書いた。これは5枚近くになるときもあった。天候などで行事が中止になった時のための普段の日案も書かなければならない為行事は大嫌いだった。


子どもたちとさよなら挨拶をするのは14:00

そこから何往復かするバスに乗せて子どもたちが完全に帰るのは16:00ころになった。

もちろん朝からそこまで休憩は一切無い。

14時~16時はバス当番でない先生で園内の掃除をして回る。各部屋に掃除機を掛けて、おもちゃを清拭して、廊下の泥を掃いて、トイレを洗って・・・


16時からは気になる家庭へ連絡をいれる。

熱っぽかった、けんかした、誰かに叩かれた、手を上げた、登園時には無かった傷(それが何かに押し当たっただけのスレでも)があった、登園時に泣いていた等などの理由電話をかける。

そして次の日の制作物の準備に取りかかる。画用紙など画材を用意するのは園でしかできないから。

(子どもの描いた絵を完成品に仕上げたりするのは自宅で行うのが暗黙の了解だった)


1人600円の延長保育(おやつ付)は14:00~18:00 平均して15人ほどの子どもを1人で見るのだ。

1ヶ月に2回ほど回ってくる 延長保育に関しても同じように日報を提出した


長保育の先生が帰ってきてから、ようやく職員会議が始まる。

子どもの事、ご家庭のこと全クラスの事を共有できるように一人ひとり発言していく。短くて30分、長いと1時間かかることもあった。

職員会議後には日案の指導が始まる。指導教諭から指導を受け、主任から指導をうけるといつも20:00ころになっていた。

私は自宅が少し離れていた為帰宅はいつも10時ころだった。そこから夕飯を片手に指導案を修正して、書いて、制作物の仕上げをして、気がつくといつも午前3時4時だった。

気を失うように寝て、6時半に飛び起きて出勤していた。

いつもお風呂から上がった後は勤務着(ジャージ)を着ていた。飛び起きてそのまま出勤できるからだ。

化粧もしなかった、朝ご飯も食べなかった。園で食べるお昼ご飯は詰め込むように5分もかけずに食べた。

だんだん寝てしまうことが多くなり、指導案の提出がずれて、しかられることも多くなった。ズレればずれる程自分が大変になるのに、どうしてもできなかった。書くことがなにも思いつかなかった。

家だと寝てしまうと思って夜にファミレスに行って指導案を書いた。6時前に帰宅してそのまま出勤した。

夕方掃除時間トイレにこもって三角座りで仮眠をした。バスの中でも何度も寝てしまった(子どもが乗っているのに)

それでも一日も休まなかった。休みたかったけれど、園には余剰な人員なんていない、休んだら誰が私のクラスをみるの??

10月に園長先生から来年度もがんばれるか。続けられるか?」尋ねられた。

「がんばります来年こそはご迷惑をかけないようにしっかりします」そう答えた。

1月冬休み明け出勤の1日目「すみません。今年度で退職させてください」

引き留められなかった、当然だ。そのときには私は園の厄介者になっていたからだ。

情けなかった。自分の容量の悪さが不甲斐なかった、だんだん私の指導御座なりになる指導教諭が怖かった、申し訳なかった。

そして冬休み前に行われた保護者との個人面談で「先生、本当に子ども好きなんですか?」

1人の保護者からそういわれたことで、私のなかでこの仕事への未練がなくなってしまった。


4月に学生時代に貯めたお金で買った礼服ちょっと胸周りがきつい服で入園式の写真に残っている。

卒園式で撮った職員写真では、礼服ガバガバユルユルだった。

1年で10キロ以上は痩せた。3学期には保護者にも心配されるくらい急激に痩せていた。(元が太りすぎというのもあるかな)




今は小さな会社事務員をしながら定時退社で趣味を満喫している。

残業代もでるし、有給とりまくり、それでも幼稚園時代のお給料より2,3万円UPしている。

2016-07-04

同級生にばったり会った。卒業してから偶然会うのは、これで数回目だ。



学生時代、鼻炎だったのでいつもハンカチで鼻を抑えていたのを笑われていた。笑われていると感じていた。

コミュ障だった私はそれをすごく気にしてしまい、人の顔を見て話せなくなった。

ある日、誕生日プレゼント頂戴と言われ、あまり接点ないのになーと思いながらもプレゼントした。

でもそれは冗談だったらしく、笑いを抑えながら受け取り、あとでほかの人とクスクス笑っていた(ありがとうとは言ってくれた)。

彼女たちの席から聞こえる「うそ!○○さんがくれたの?!なんで?!そんな仲良かったっけ(笑)」という声が、辛くて耐えられなくて、教室から一番遠いトイレで泣いた。



前に偶然会って話したときも思ったが、彼女には私を馬鹿にするつもりはなく、ただ思った事を、素直に話せる人だった。陰口を言うよりはずっと良いと思う。

でも、当時の私は他人に嫌われることにすごく敏感で、ご飯が喉を通らなくなるくらい悩んだ。私の被害妄想が強かった。もっと正面から話しておけば、悩まなくて済んだかもしれない。

今の彼女とはもっと話がしたいと思ってる。きっと全然違う印象を持つと思う。

でも、そのことを思い出すと胸が痛くなって涙が出そうになってしまう。

2016-07-03

自分学生時代憎悪子供教員に向ける親

大体の親がこれ。

お前の教員では無く子供教員だっての。

2016-07-02

転職エージェントは結局どうなのか

スペック

文系院卒、31歳男。人材サービス系の会社海外営業やってた。

転職活動動機

人事異動で別部署にまわされたのに納得できず、この春から転職活動を始めた。転職は初めて。

エージェントを使うまで

転職エージェント存在は知っていたが、いまいちその利用価値をわかっていなかった。

前の職場にもエージェントに付き添われて面接に来てる人とかいたけど、

明らかに使いものにならなそうな顔してて案の定不採用、みたいなこともよくあったから。

きっか

まずは大手リクナビ転職マイナビ転職登録

山のような求人メールを捌くなかでリクナビエージェント広告メールに目が留まった。

日本式シューカツが嫌で大学院まで行ったところもあり、自己PRやら面接に苦手意識がある。

職務経歴書は書いたことがなかったし非公開求人もあるとのことなので、軽い気持ち面談を依頼した。

リクナビエージェント

面談当日は日曜日東京駅隣接のリクルート本社ビルへ向かう。

まり返ったビルの高層階まで上がると、迷路のような面談ブースの列から指定場所に案内される。

ほどなくして30歳手前と思しき若いねーちゃんが入室。挨拶もそこそこにひと通りのシステム紹介を受ける。

転職活動開始から3ヶ月限定サービス」という点をずいぶん強調された。そういうもんなのか?

続いて職務経歴や希望についてヒアリング

しかしこのねーちゃん、どこまでいっても話がかみ合わない。

経歴についてこっちが実務的な話をしてるのに、新卒シューカツ生に訊くような

学生時代に頑張ったことは~」「長所短所~」みたいな質問しかしてこない。

海外営業という仕事自体理解していない様子で、こちらの希望する求人像が掴めない。

結局「あんたの場合だと同業他社くらいしか芽はねーよ」的なことを言われ終了。

後日メール電話にて案件の紹介はあったが、彼女の紹介案件から話が進むことはなかった。

中小エージェント

今は会えないと彼女に言われた

俺と彼女はお互い今年から働き始めた社会人1年目。

大学4年生の時から付き合っていて、付き合い始めてそろそろ1年になる。

大学は別なもののお互い東京大学に通っていて、彼女とは友人の紹介をきっかけに付き合い始めた。

学生時代は頻繁に2人で遊んでいたし、卒業後は彼女金融に入り神戸配属、俺はそのまま東京就職遠距離になってしまったものの、

4・5月は月に1回は会っていた。




6月は今週の金曜日彼女たまたま休みだったので東京まで遊びに来てくれることになっていて

1か月ほど前から楽しみにしていた。



しかし1週間前に「今は仕事で結果を出せていない。

数字を上げられていないこんな不甲斐ない状態じゃあなたに会いに行けない。」と突然LINEで連絡が入った。




「なんじゃそりゃ?」と思ったが、

彼女仕事金融営業であり、もともと真面目な性格、そしてまだ働き始めたばかりで不慣れな環境下にいることも重なって

結構ストレスを抱えているのかもしれない。



「分かった。ただ自分を追い詰めるようなことはしないでほしいし辛かったら相談してほしい。」

と返信。

そして7月の3連休の1日だけでもいいか神戸まで会いに行きたいと話を持ち掛けた。



これくらいは良いだろうと思ったが、彼女の回答はNO。

「私があなたに自信もって会えるようになるまで待ってほしい」と伝えられた。



う~ん、彼女の考えていることがよく分からない。

こんな様ではいつ会えるかも分からない。

仕事に追い詰められているのか?仕事に集中したいのか?もしかすると俺に段々と冷めてきたのか?他に気になる男ができたのか?



真相は分からないが、彼女がそう考えるならと「分かった」と答えておいた。



今も毎日連絡は取りあってはいるが、1週間たった今も正直ちょっとモヤモヤする。