「大丈夫」を含む日記 RSS

はてなキーワード: 大丈夫とは

2016-08-26

献血によく行く塩見周子みたいな増田がいたら教えてほしいんだけど、献血って、健康診断とかの採血よりも大変?

行ってみたい気持ちはあるんだけど、血管が出なくて採血ときでも右手見て左手見て手の甲で抜くみたいなことがしょっちゅうなんだけど、そんな人間でも献血行っても大丈夫かな?

http://anond.hatelabo.jp/20160826010858

競争社会の徒花みたいな奴だな。適当進学校からでもいい大学は行けるから大丈夫予備校次第だよ。

それより、こういう価値観で将来挫折したとき心配だよ。進学、就職出世のどっかで挫折絶対経験する。優秀でないことを自覚してるならなおさら

競争社会で敗北した人間の生きざまが書かれた本とか読んでおかないとそういうとき辛いよ。トルストイとか内村鑑三とか、簡単なやつでいいから読んでおいた方がいいぞ。

2016-08-25

36歳、二児の父になったけど娘を風呂に入れていてウンコ漏らした

さて、過去に3回ウンコ漏らした増田です。2年ぶり4度目の登場です。お久しぶりです。

http://anond.hatelabo.jp/20111212011721

http://anond.hatelabo.jp/20111227010115

http://anond.hatelabo.jp/20140309231305

駐車場で2年前に下痢便ブチまけてからの久々の失態です。

みなさんのはげましのおかげもあって、先日第二児が誕生しました。女の子です。

この夏生まれたところなのでまだ生後2週間くらいの新生児なのですね。沐浴という段階です。

それは退院してきて1週間、はじめてパパが沐浴担当になった夜のことでした。


せっかくの休日でしたので、夕食ににんにくが効いたステーキをたらふく食べた私は、少しビールを飲んだこともあり食後に30分ほど低血糖発作かな?というレベルで寝てしまいました。

妻に「○○ちゃん、おふろいれないのー?」と起こされて、もうろうとした意識のまま眠気覚ましも兼ねての沐浴開始です。

初めて娘をお風呂に入れる、パパも初体験、よーし頑張っちゃうぞー!と意気揚々先にシャワーを浴びて沐浴準備です。


ベビーバスにお湯を張り、準備万端!さぁ、娘よ、パパと一緒にお風呂はいろう!


から娘を受け取り、しゃがみながらゆっくりベビーバスにつからせる。

ソフトタッチベビーシャンプーで洗ってあげる至福のひと時でした。

 

 

 

が!そいつは突然やってきた!



いかかる腹痛。おそらく私自身の肉体が、寝起きから目覚めたのか、たらふく食べた胃袋がしゃがんでいる体制でトコロテンのように抑圧されているのか、腸に圧力を感じる!

そして娘をベビーバスに入れながらしゃがんでいる体制はまさに“ウンコずわり”!


いかん、これはイカンぞ!


そう思うも両手は娘がベビーバスに落ちないように支えている体制しかし襲い来る便意は俺を待ってくれない。

 

 

 

アッ!アッ!アッ!

 

 

娘を抱えながら前のめりに倒れそうになるも必死でこらえる。しかし無情にも出し続けているシャワーが前かがみになった俺の菊門をさながらウォシュレットのごとく刺激する、

 

 

 

オッ!オッ!オッ!

 

 

 

だめだ、このままでは爆発してしまう!

ストッパCMよろしくゲリポーテーションできたとしても娘は一緒にテレポートはできない!いやそうじゃない。

立とう、いや立てない、新生児を濡らしたままとかできない、おいておく場所もない、シャワーを止めなくては!でも両手塞がってる詰んでる!

 

 


しゃがんだ体制のままなんとか肛門括約筋に力を入れようとするもソフトタッチで娘を抱えている状態ではパワーは半減。

もうどうしようもない!

しかたない、夫の威厳はなくなるが、「うんこもれそうですかわってください」と正直に言うしか無い!

「妻ァー!妻ァー!」と風呂から叫ぶ!しかし、次の瞬間。

 

 

 

 

 

 

 

 


ミチッ

 

 

 

 

 

 

 


あ、なんかポケモンGOディグダよろしくちょっとからなんか茶色いの顔出してる?

叫んだから?腹圧かかったから?括約筋締め切れてなかったから?


妻「どうしたの!?なんかあっ 『なんでもないなんでもない開けなくていいよ大丈夫今綺麗に洗ってあげてるから!!!!!!ァァァァ!』

しかし叫べば叫ぶほどそのはずみで少し顔を出したヤツがちぎれてこぼれ落ちる!

 

 

 

 

ポロッ!ミチッ!プピッ!ピュッ!

 

 

ピュブブリリr

 

 

 

 

 

 

アアアアアこれはまずい!娘のベビーバスについたら大腸菌汚染とはピロリ菌とかなんかいろいろまずそう!とっとと排水口に流さななくては!

と、なんとかしゃがんだ体制のまま娘を片手てベビーバスに浮かせ、シャワーの水圧を上げてシャワーを手に取りヤツを娘の領域に掛からないように排水口へ。

しかししゃがんでいる体制は変わらないので菊門は全開状態、止められない!

 

 

下痢便混じりの茶色い液体が少しづ漏れだす、もうダメだ、どこまで出るんだ、どれくらい出るんだ、いつまで出るんだ、どうなってるんだ、どうしたらいいんだ、娘にウンコついたらさすがに離婚されるか、どうしよう!

 

 

という想いが0.5秒サイクルで頭を駆け巡りながらもシャワー排水口に追いやる。

妻「シャワー出しっぱなしもったいないから止めて洗いなさいよ!」

とドアの前から怒鳴られるも、なんとか便意が抑えられ、括約筋による栓ができるところまで持っていく。


ガラッ!全力でドアを開ける俺。ドアの前にいた妻に娘をバスタオルでくるんで渡し、

「綺麗にしたで!ごめんウンコ漏れる!」

と叫んで俺はずぶ濡れのまま「サイテー!」という妻の声を尻目にトイレにダッシュ!

違うんだ、漏れるんじゃないんだ、漏らしたんだ、ごめんよ妻よ、また墓まで持っていく秘密が一つ増えたよ。



女の子なので将来的に「パパくさーい!きもーい!」と言われること確定ですが、

現時点でだいぶクサいパパであることにお前は気づいていないのだよ。


初めての娘とのお風呂は一生「俺だけ」の思い出に残るお風呂になってしまいました。

共感羞恥ってちょっと前にもそんな感じのがTwitterで盛り上がってたけど、そんなむずかしそうな言葉もできたんだなーって感じがする。



自身は、アンパンマンバイキンマンが悪さしてるシーンとか。

カツオが、のび太が、しんのすけくんが何かやらかす気配を出す度にすぐチャンネルを変えて逃げてた。

うっかりリモコンが遠くてキャラクターが怒られているシーンを見ると、ショックで呆然として味噌汁を落としたり涙ぐんだりするような子だった。

単に怖がりビビリなとこもあるので、ウルトラマンとかゴジラとか仮面ライダーも怖くてダメだった。

セーラームーンも敵が思ったより怖かった。プリキュアも思ってたより反射的にチャンネルを変えてしまうシーンが多かったので観なくなった。

ターミネータージュラシックパークエイリアンはひっきりなしにザッピングながら見てて、ちゃんと見たい親に怒られた記憶がある。

バックトゥザフューチャー主人公がやらかすシーンは逃げ損ねてしまって、ダメージが大きすぎて数日間ビフとセットで夢に見た。

現在上司が急に同僚に声を荒げたりすると、ビクーンとなって椅子の上で跳ねてる。何回か椅子から転げ落ちたりもした。

怒られてる人がいると心拍数が爆上がりしてひどいと頭痛までいくし、仕事どころじゃなくなるから人前で説教するとか大声出すの本当にやめてほしい。

そんなクソザコ小心ビビリマン。



ドッキリはどういうドッキリなのか事前にネバタレされた上で、恥ずかしがらせるタイプと怒られてビビらせるタイプではなくて、

ただ単にびっくり箱的な非日常的な状況をブッ込んでびっくりさせて反応を見るだけの奴なら見れる。

そういうのはびっくりしてビビってるのをみてアハハ恥ずかしい奴め、と笑うようだけど、

びっくりしたら変なリアクションするのは普通だと思うのでそれを見ても恥ずかしいとは思わなくて、単純にすごいリアクションだ!という感じで見るので平気なのかもしれない。

動きがいい人(素早く脅威から距離をとって出入り口に向かうか安全そうなエリアに退避するタイプの人)は好感度が上がる。

あとなんとなく、芸人だったら本当は仕掛けとか求められてるリアクションとか全部わかってやってるんじゃないかと思ってるところがあるので、好んでは見ないけど目にしても大丈夫なこともある。

その辺は結構矛盾してそうな気もするけど、俺はバリバリ人を見た目で判断するしちゃんと平等に人に接するとか決してできないクソみたいな性格なので、共感センサーも割といい加減なんだと思う。

センサーが反応すると見てられなくなるのは確か。



ところでAVでも野外とかどっかの店に行くとか店員やらされるみたいなガチっぽい露出もの羞恥ものはまったくダメなんだけれど、

なぜかゲームに参加という体でバカっぽくていやらしいことをさせられて恥ずかしそうにキャッキャいって笑ってる女優さんたちの映像は最高に刺さる。

罰ゲームと称した絡みのシーンはすごい勢いで萎えから全部スキップしてしまうあたりに、我ながらやや病理を感じるけれど。

昨日体調が悪くて休んでしまったので、今日は少し早起きして早めに会社に行くぞー!と思って寝た。

いつもより早起きして支度して出勤、気持ちのいい風を感じながら自転車通勤して、

「おっ、増田今日は早いな。もう大丈夫か?」と上司に声をかけられて返事をしたところで目が覚めたら遅刻してた。

覚醒してみると、目覚まし時計上司からの着信で部屋の中はものすごい騒音だった。

なぜ今の今まで一切聞こえていなかったのか自分でも謎。っていうか夢と現実の落差がひどすぎてほんとへこむ。

http://anond.hatelabo.jp/20160825110701

人間、水を飲まずに生きられるのは3日。

食事をとらずに生きられるのは21日。



から大丈夫

理想

A「これ1時間で出来る?」

B「うーん…厳しいですね…」→10分で完成

A「凄いね!」

B「ドヤァ」



現実

A「これ1時間で出来る?」

B「うーん…厳しいですね…」→10分で完成

A「凄いね!じゃあもっとやってもらっても大丈夫だね!!!(異様に難しい案件が来る)」

B「えっ」→深夜コース

2016-08-24

だれか僕のことを考えて

僕は3人兄弟の真ん中だ。

兄の家庭はめちゃくちゃで、

弟は学校での問題を抱えてる。

僕は受験生

進路の相談をしたいけど、両親は兄と弟のことで手一杯。

みんな「〇〇はしっかりしてるから大丈夫」というけど、全然大丈夫じゃない。

誰でもいいから僕のことを考えて欲しい。

ギャンブル依存症を認める

私には、パチスロに行く癖がある。そして多くの場合、大勝ちするか口座の中がすっからかんになるまで打ってしまう。財布の中ではない。口座の中だ。

行く時は毎回予算を決めてから行く。今日は3万円、といった具合に。しか予算分をつぎ込んでも当たらなかったりすると、意地になってしまって当たるまで打ってしまう。お金は新しくおろしてくるのだ。

そしてコイン2000枚(金額にして4万)近くつぎ込んでなんとか当たりを引いたりしても、出てくるコインは大抵500枚以下。だからもっとコインが出るまでと思ってまたコインをつぎ込んでしまう。そして手元の500枚がなくなったらまた現金をつぎ込み始めて、結局すっからかんなのである

正直、苦しい。

何が一番苦しいかって、「もしかしたら当たるかも」と思って予算以上を追加投資していくのが苦しい。負けを認めて帰ることができない。自分馬鹿だと思っているのに、現金をつぎ込む手が止まらない。その醜い自分を見つめている時間が何より苦しい。

しかし、それでも私はギャンブル依存症ではないと思っていた。パチスロいかない時期はあるのだ。半年くらいとか。だから大丈夫だと思っていたが、でもそんなに長いことパチスロに行ってなかったのに新台が出たりするとフラッとパチ屋に寄ってしまって、予算よりも散財してしまう。

打っている時は当然普通精神状態ではない。そもそも、脳がおかしい。パチスロを打っていると頭の中に何かがじわーっと滲む感覚がする。いや、正確には頭の中がじわっとしてくるとパチスロに行きたくなってしまう。

このじわっとした感覚はしばらくパチスロから離れていると起こらなくなるのだけれど、でも、新台が出たからといって台に座ってしばらくすると、また頭が滲み始める。そうすると、パチスロに行く引き金として機能し始める。

支離滅裂なことを言っている、とお思いだろう。だが、私にとっては事実だ。

そして私は、自分ギャンブル依存症だと認めるに至った。

自分ときギャンブル依存症ではないと思おうとしていた。ギャンブル借金をし続けている人や、家庭が壊れた人と比べて、自分はまだそこまで破滅的ではないか大丈夫と。

けれども、今自分がいる道は、そうした破滅へとつながっている。自分も決して例外ではない。そう気付いた。

いや、本当は気づいていた。でも、自分だけは違うと思っていた。しかし、当たろうと当たるまいとお金がなくなるまで打ち続ける自分を見て、ダメだと認めなければと思った。

自分お金のために打っているのか?違う。お金が欲しいなら最初からパチスロなどやらなければ済むだけの話だ。

では、演出を楽しむために打っているのか?違う。もしそうなら最高レートの20スロにこだわる理由はない。2スロやゲーセンで済ませてしまえばいい。

パチスロから何か得たいものはあるのか?思い当たらない。ただ、お金をつぎ込み台を回してお金がなくなるのを待っているだけのように思う。

そう、何もない。パチスロに行って何も得られるものはない。それなのに行くのはおかしい。

これは立派な依存症なのだ

そう認めなければ何も始まらないと思った。そして依存症であるなら、自分努力だけで何とかなるとは思わないほうがいい。

というわけで、行政保健所パチスロ依存症相談を受け付けていると知って早速連絡を取った。病院自助グループもどこがいいのかわからいから、まずここから始めよう。そう思った。電話の向こうの他人に、自分パチスロ依存だと思う、と告白するのはだいぶ勇気必要だった。けれども、話したら何か憑き物が取れたような気がした。

面談はまだしばらく先だからそれまでは自分で頑張らなくちゃいけないけど、本当に自分パチスロ依存だと認めるに至ったのだ。だから、これからは何かが違うと思いたい。

怒り新党2011年5月11日

マツコ「いっぺん付き合ってみればいいじゃない」

夏目「えっ?」

有吉夏目さんと?」

(中略)

マツコ「夏目ちゃんは大丈夫な気がする」

有吉夏目さんは大丈夫? でも俺のことずっとバカにして(笑)]

マツコ「いやいやちがう。なんか見てると、まんざらでもない気が私はするのよ」

有吉「あら、そう?」 夏目うそぉ」 有吉「あら、マツコさんが言うんだったら」

マツコ「うそぉ、うそぉって言ったわ、今」

有吉「なに、うそぉって。マツコさんが言ってんだからホントでしょうよ!」

2016-08-23

http://anond.hatelabo.jp/20160823230616

大丈夫だ、安心しろ日本大企業は、仕事ができないという理由では人は切れないのだよ。ただ、いろいろ所属部署が変わるかもしれないが、最後はらくちんな部門にたどり着き、悠々自適生活保証されるさ!そうなるためにも勤怠はきっちりな!無遅刻無欠勤だけは死守できれば、活路は開ける!

最近はてブ

少し前までのはてブ検討外れなコメントもあったりしたのだが、

スターついているコメントはまともで人気コメントだけ見れば満足だった。



しか最近しょうもないコメントにもたくさんのスターついていたりし、大丈夫かこいつらと思うことが多々ある。

こういう状況を見て、選挙いかないと と僕は思うのであった。

党名を変えて支持者にわかやすく!

今までの党首はつまらないオトコ!

我々には信頼がない!

対する自民党名前変えないし、党首はそこそこおもしろい。

マリオおもしろかったし。

野党の人はなんだか他責ばっかりな所を変えたほうが総活躍社会なんじゃね?

待機児童ばりに与党の席が空くのを待ってるだけじゃダメじゃね?

結局、震災の総括しねえし。すいませんって誰も謝りもしないし。

どっかのジャーナリスト推してたのも、忘れちゃってるみたいだし。

民主党バージョンシンゴジラ作らないかな。

わかりやす比較できるように。

攻撃直前に、総理がふらふらゴジラの前に出てきたり

放射能は隠ぺいして

避難はしなくて大丈夫って国民安心させたり

クスリ集めるシーンだってバッテリー集めろ ありませーん あきらめまーすみたいになるんだろうな。

挙句の果てにフランス人ヘラヘラして、核打ち込まれちゃう

そんな夢をみた。

2016-08-22

2つの経験について書く

1つめの経験は、同性から告白

前に勤めていた会社で、同性の先輩Aから告白されたことがある。社内で使っているMessengerで、「ずっと好きだった」と伝えられた。結論からいうと、それはいたずらだった。別の先輩Bがふざけて書いたメッセージで、先輩Bは間もなく「騙された?」と笑いながら私の席に来た。先輩Aも先輩Bの後ろで「もう!人のPC使ってなにやってんだか」と笑っていた。私も「うわー!びっくりしましたよ」とかなんとか返しながら笑った。

先輩Bが先輩AのPCでなにか作業をしている最中に、わたしのMessenngerが立ち上がったらしかった。先輩Bがなぜそんないたずらをしたのか経緯は知らない。その場限りで軽く笑って済んだ話だった。先輩Aと先輩Bは今も同じ会社で働いている。

告白された時、私はとりあえず困惑した。本当かな、本気かな、と思った。同時に、傷つけないようにしなきゃとも思った。相手が異性でも同じことを思ったかはわからない。告白メッセージへの返事は、「突然でびっくりしました」くらいの、そのとき考え得る極力穏当な文章を送ったと思う。もうずいぶん前の話なので履歴確認できない。もしからしたらもっと「えーーーー!!!本気ですか???」みたいなトーンで返信していたかもしれない。そうは思いたくないけれど、可能性はある。

2つめの経験は、障害者とおぼしき人物との接触。

当時通勤に使っていた電車沿線障害者施設があるらしいことはなんとなく知っていたが、特に気にしたことはなかった。

その日は多分いつもより早めに帰ったのだと思う。寒い季節で、少なくとも電車を降りたときには完全に外は暗かった。いつも通りの経路で帰りの電車に乗り、それほど混んでいない車内でドア横のくぼみに立っていた。途中駅で乗客の出入りがあっても特に気に留めていなかった。ふと気がつくと、近くに青白くやせ細った男性が虚ろな様子でふらふらしながら立っていた。ふらふらしながら、歩くともいえない様子で無言でこちらに近寄ってきた。彼の目の焦点は合っていなかった。口は半開きだった。私ははっとした。怖かった。不気味だと思った。倒れかかるようにいよいよこちらに迫ってきた男性の身をかわし、他の車輌に移った。振り返ると、私が立っていたドア横のくぼみにその男性がほとんど半分倒れるようにして立っていた。具合が悪かったのかもしれない。周辺には私以外の乗客もいたはずだが、一切記憶にない。

何が起こったのかよくわからないまま、自宅の最寄駅で電車を降りた。ずっと動悸がして指先が震えていた。早歩きで駅から出たところで、誰かとぶつかった。ベージュトレンチを着た年配のサラリーマンだった。「大丈夫?」と聞かれた。「大丈夫です、すみません」と答えながら、少し安心した。戻ってきた、と思った。その後、間もなく引っ越した。

LGBT差別一橋大学アウティングの件について見聞すれば、なんとなく経験1を思い出す。相模原障害者施設事件について見聞すれば、なんとなく経験2を思い出す。

この2つの経験があるが故に、私は、アウティングヘイトクライムについて「それをしたのは私だったかもしれない」という漠然とした思いがある。あの時、困惑たから。とても怖かったから。環境タイミング、条件によっては、混乱や恐怖を克服する手段として、私はアウティングする側になるだろうし、ヘイトを撒き散らす側になると思う。

多分、私を含めて多くの人は、原初状態というか初期状態では、結構ナチュラルにひどい差別をして、自分と異なるサイドを排斥し、保身を図ろうとするのだと思う。それ自体は、まあそういうものだよね、という感じで、よくも悪くもない。ただ、今さら私達が裸体で竪穴式住居に住まないように、原初の素朴な差別意識を脱する必要はある。それには結構愚直で具体的な学習というか訓練が必要なはずなのに、普通に生活していると圧倒的に不足していると感じる。

なんてことのないもう10年近く前の2つの記憶が今も私を苛む。

白状

えー、昨夜こちらの記事を書いた者です。

シン・ゴジラそんなに言うほど面白いかあ??

http://anond.hatelabo.jp/20160821212820

先の記事読んで頂いた方々に心からお礼とお詫びを申し上げます

以下、告白というか白状です。

 

記事の私の体験話は100%真っ赤な嘘です。シン・ゴジラ初日に胸躍らせながら見に行きました。

感動で泣きました。いろんな人に「この世紀の傑作を見ろ!」と言って回りました。

自身もう何度も映画館に足を運びました。

ハッキリ正体を晒すと、私は以下の記事ブログに書いた者です。お陰様でこちらの記事もいろんな方に読んでいただきまして、先の増田を読んだ人の中にも目にした方がいるのではないかと思います

 

シン・ゴジラ感想ネタバレ極力無し) 昭和29年と2016年の「今この瞬間」 - 銀河孤児

http://d.hatena.ne.jp/adenoi_today/20160731/1469941620

 

 

さてでは何故そんな私があのような増田記事を書くことに至ったのか。

それは、シン・ゴジラを巡るもろもろの論争が、あまりに私にとって居心地の悪いものだったからです。

 

例えば「半減期20日間というのは福島の現状を思うと都合が良すぎる」という意見がありました。そうした不満を持つのは至極まっとうなことであろうと思うのですが、「フィクションだろ? 現実区別つけろよ」という雑な(嘲笑混じりの)反論を何度も見ました。

 

例えばこちらの記事です。

シン・ゴジラ』、ゴジラがあまりにかわいそう。(花田紀凱) - Y!ニュース

http://bylines.news.yahoo.co.jp/hanadakazuyoshi/20160812-00061061/

批評的に価値ある記事とは思いませんが、注意深く読めばあくまで「個人的感想」の範疇に収まる言葉遣いがされていることが分かりますしかしこんな文章ネットでは袋叩きにあっており、その光景は率直に言って醜悪なものでした。

 

例えば先日の漫画家藤島じゅん氏の例の1ページ漫画です。

確かに彼女漫画内のセリフ問題があったのは確かでしょう。「どんなに映画に不満があっても、それを楽しんでいるファン感性まで馬鹿にすべきでない」という真っ当な批判がありましたが、一方でそう口にする人々が同じ口で「あれをただ動いてるだけとしか感じられないなんてクリエイターとして感性問題が…」などと言っているのをいくつか見ました。「感性まで馬鹿すべきでない」とは何だったのか

さらには彼女が挙げた「面白かった映画」まで腐していくようなリアクションも多く見られました。そうした発言は以下のようにまとめられていますが、こうした批判側に同じ穴のムジナが大量に存在した事への言及は極々局所的にしかされませんでした。

 

「粟や稗しかなかったのはこれまでの邦画」「いま、会いにゆきますが中トロって感性が死んでる」という話や日本映画ファンの反発 - Togetterまとめ

http://togetter.com/li/1014983

 

シン・ゴジラ賞賛する意見の中には、ついでのように「最近邦画」を雑に腐していく意見が非常に多く見られました。そうしたツイートRTして拡散している人たちは、とても普段邦画なんてちっとも見てそうにない人たちばかりでした。中には「シン・ゴジラがヒットすることで映画界の人々が過ちに気付いてくれることを祈る」とまで言う人までいました。

私も邦画はあまり見る方ではありませんが、今年であれば「殿、利息でござる」は無理な恋愛要素も歪なキャスティングも無い極めて良質な映画だったと思います

彼らは自分発言を「あくま邦画界への批判であり、邦画をよく見に行って楽しんでいる人たちのことまで馬鹿にしたつもりはない」とでも思っているのでしょうか? 正直「何も考えていない」としか思えませんでした。

 

 

増田記事は「下手につっこまれないように」と、できる限りの注意を払い書いた文章です。その甲斐もあってか、多くのブコメからある程度好意的コメントいただき、流石にここまで気を使えば叩かれることはなくなるのか、と安心しました。しかし一方で「あの映画純粋楽しめないなんて可哀想な人」「この手の人って生きててしんどいだろうなー」など、まるで私の書いた感想を持つような人の人間性に問題があるかのようなコメントを平気でつけていく人も多少散見されました。

また、コメントで指摘されている通り、私の前増田記事に載せた批判意見ほとんどは、既にネット上でも多く話されているものであり、大してオリジナリティのあるものではありません。

しかし平気で多くの人が「シンゴジラ批判意見にまともなものが無い」などと言います。そんな雑な発言が200も300もRT、Favされています。そんな状況が、私にはとても悲しく、情けなく、腹ただしく感じられました。

 

去年私は実写版進撃の巨人を見に行って、このような記事を書きました。

 

実写版進撃の巨人」が割と最高だった話 - Togetterまとめ

http://togetter.com/li/855283

 

幸いこの時もまとめ記事に直接つけられたコメントブコメには、(一部を除き)そこまで私の感性ごと批判してくるような意見はありませんでしたが、ネット上の進撃の巨人叩き意見の雑さたるや、今炎上しているシンゴジラ批判記事なんて大したことはありませんでした。しかし、それに対し反論する人はごくわずかで、みんな何の気無しに「こんなん誰が得したんだ?」などと平気でつぶやいては、しばらくするとそんな自分発言すら忘れていくようでした。

 

 

いえね、正直に言えば、みんなもっと雑に批判すれば良いんですよ。雑に褒めれば良いんですよ。好きなだけ皆で殴り合って、次の話題作が出た時にはそんなこと忘れてまた握手すれば良い。

増田記事は、シン・ゴジラにノレなくってモヤモヤしてて、けど下手につまらなかったとも言えずにいる人たちへのエールです。結局絶賛してる人間が書いてる嘘記事なんだから、そんなんエールになるかよって気もしますが、私なりの心からエールです。

 

シン・ゴジラ見て、面白くなかった奴、納得いかなかった奴、気に入らなかった奴、面白かったけど正直そこまで…って奴。

大丈夫だよ。てめえらの感性はちっとも間違ってねえよ。自信を持て。自分の感じた気持ちに胸を張れ。あんな下らねえ奴らに負けてんじゃねえ。

 

から言えるのはそのくらいだ。

 

(これ今回ばっかりは自分史史上でも割とトップクラス陰湿な真似した自覚はある)

インターネット説教おじさん怖い。

女子高生が、ちょっとテレビに出て偉そう(!?)なこと言っただけで、

部屋にあるものの値段調べられたり、

アカウント発掘されて買い物履歴を広められたり、

あげく住所まで調べられて、

「こんなの貧困じゃない」とか

貧乏なら節約しろ!」とか

貧困家庭ならそもそもアニメ業界なんか目指すな」とか

インターネット説教おじさんから説教というか総攻撃されるの、

控えめに言って地獄だよね。

されてる方も、してる方も。



挙げ句の果てに政治家まで動いちゃってさ。

この国、ほんと大丈夫なの、いろいろ。

http://anond.hatelabo.jp/20160814180024

現状、「内容が放りこまれてもぐもぐ食べるだけ」であることは全く問題ないよ。

問題なのは、いろんな物事咀嚼しきっていないのに、身になったつもりで行動に起こして、他人に(悪)影響を及ぼすことなのだから

そういう人をね、世間では「ゲロ野郎」っていうのさ。

からあなた大丈夫

支援者も腐るほど居るし平気だろうな

少なく見積もっても、

共産党系の真っ赤なジジババ

貧困連呼政治家叩きしたいクズ

同級生殴るとか公言するモンスター

こんだけ居るし、大丈夫だろ

しろTwitterあんだけ散財証拠残して貧困ヅラしてたのはわざとかもしれん

俺もお前らもみんなJKに踊らされてんじゃね?

今頃オラついてるかもよw

http://anond.hatelabo.jp/20160822013008

2016-08-21

シン・ゴジラそんなに言うほど面白いかあ?? <追記アリ>

最初に「煽りタイトルである事に謝罪しておく。

 

1週間ほど前に話題ゴジラを見に行った。面白かったは面白かった。

が、事前ハードルが上がりすぎていたのか、粗(に私には見えた)の部分が結構気になってしまい、正直世間で言われている程に「大傑作」にはあまり見えなかった。

この一週間ほど感想記事などをいろいろ巡ってはみたが、いくつかの批判記事もあまり共感できる内容でも無かったので、ひとつ増田にでも吐き出してみる。なお、いろいろと確認意味も込めて昨夜もう一度シン・ゴジラは再視聴している。

 

 

という訳で以降シン・ゴジラへの不満点を列記する。

 

 

登場人物ゴジラへの理解度が要所要所で不自然に高い

 まず冒頭の10分か20分くらいで気になった部分。主人公矢口会議中に巨大生物言及するのだが、この時点で矢口がそう判断に至った材料は精々ネット動画程度であり、あそこでアレを「生物」と考えるのはかなり不自然だ。この時点では矢口は単なる夢想レベルである

 演出意図としては「唯一真実リーチしている主人公」のように見えるのだが、それならもっと巨大生物という予測に納得感が無ければ意味が無いように思う。もし矢口をそうした「夢想家」的キャラクターとして描く意図があったのならば納得がいくのだが、以降は基本的に「有能な政治家」然と描かれるのでそれも考えづらい。

 基本的に高いリアリティラインで進む映画のため、このシーンで不自然映画の先を予測した発言があるのは違和感が大きかった。さらにそれに続く、会議室尻尾ニュース映像が流れるシーンがその印象を後押ししていて、あの映像だけであれを「巨大生物尻尾」と判断できるというのもかなり不自然に思う。映画の進行のためにさっさと登場人物全員に対象を「動物」だと認識させたい+ゴジラの全体の姿をここでは見せたくない、という意図からあいったシーンになったのだろうが、やはり不自然は不自然だ。

 比較的序盤のこの2シーンで、「映画の都合で登場人物理解力直感力が劇中で変動する映画では?」という疑念が生まれしまった。

 ゴジラに対する登場人物リアクションとしては、最終形態が現れたシーンでも、あれだけサイズ形態も変化していれば、別個体可能性への言及があっても良かったのではないだろうかと思う。ここでも映画の進行のため、そうした選択肢登場人物に不自然に与えていなかったように感じられた。特に「あらゆる可能性を」と発言していた矢口最後まで同種の別個体存在言及しなかったのが不満として残った。

 

 

・人の死の描き方について

 ネットでは「死がちゃんと描かれていない」「いやアレでちゃんと描かれている」という論争がいくつかあったようだ。

 個人的には全体を通してあくま被害俯瞰的に描いていたのは面白かったと思う。「対策ルームに篭って黙々仕事をする政治家」が主人公という映画なので、むしろ現場被害をことさらクローズアップせずに描いたのは正しい。

 が、むしろそれならその描き方を徹底して欲しかったという不満があり、2,3箇所ほど不自然に急に人死にがクローズアップされたシーンがあり、そこが「ちゃんと死を描いていますよ」というアリバイ作りのシーンに見えて正直気持ち悪かった。

(一つは倒れるマンションから逃げ遅れた家族、一つは溢れた川から逃げる男性、もう一つどこかで同じことを思った気がするが覚えていない)

 この点はあまり大きな不満という程では無いのだが、どうにもモヤモヤとしてしまった部分だ。「全体としては面白いとは思うのだが、細かい不徹底が気になってガッカリしてしまった」というのはシン・ゴジラ全体に対する不満でもあるので、その意味でも言及しておいた。

 

 

石原さとみキャラが明らかに浮いている

 これは褒めている人の中でも言及している人がチラホラ散見されたが、カヨコのキャラクターリアリティラインを高めに設定しているこの映画の中で明らかに一人浮いているように感じられてかなり気持ち悪かった。正直ここまで不自然に浮いたキャラクターをこの映画に投入した作劇意図がよく分からない。

 とある感想で、「カヨコの突飛なキャラクターによりリアリティラインが下がったために、その後のヤシオリ作戦が受入れやすくなっている」という説明があったが、ちょっと納得しづらい。ヤシオリ作戦はかなり無茶な内容の作戦ではあるものの、劇中の他の展開で「これしか残された作戦はない」という納得感は十分作れており、カヨコの存在が無くても十分受け入れられたと思う。そもそも、対ゴジラ作戦リアリティライン登場人物ドラマリアリティラインとは(相関してはいるだろうが)別の話であり、突飛なキャラクターいるからと言って突飛な作戦が受入れやすくなるものだろうか? 単に「不自然に浮いたキャラがいた」というだけに見える。

 全体通して極めて「大人」な登場人物物語が進んでいるだけに「なんでこんなキャラクターを入れて雰囲気ぶち壊すんだろう?」と感じた。

 

 

・ヤシオリ作戦について

 当のヤシオリ作戦についてであるが、例の無人在来線爆弾など独特のケレン味の魅力は確かに素晴らしいとは思うのだが、最後の決着の味気の無さが気になった。有り体に言うと「ショボい」。

 意図自体は分かる。派手な秘密兵器などを使うのでなく、人々の地道な対策奔走による勝利を描きたかったのだろう。だが、結局それと特撮的な絵の盛り上がりとバッティングしてしまっているのは悪手だったのではないかもっと同じ演出意図を満たしながらも、絵的に迫力あって盛り上がる「決着」を描く方法が何か無かったのだろうか、というのがどうしても不満。

 注入量を読み上げる緊迫感あるシーンで、「放水した分を全て飲んだ計算して大丈夫なのか?」「そもそもあの生物「口からモノを飲む」という習性自体あるのか?」などの疑問が脳裏をよぎってしまったが、そうした疑問ももっと絵的な盛り上がりがあれば勢いで誤魔化されていたのにな、と思うので、ここも「悪くは無いんだけど、もう一歩足りないなあ」と感じた部分。

 加えて、ヤシオリ作戦に関しては、矢口の陣頭指揮の部分にも中途半端さに違和感があり、これまで徹底して「対策室で対応する政治家」を描いてきて、結局最後は「主人公現場の陣頭指揮を取りに行く」というのを描くのか、というのに少し落胆した。せめて矢口本人が言うように「自分現場にいる事で出来た微妙判断」が描かれていればスッキリはしたかも知れない。まあそれをやると矢口ヒーローっぽくなりすぎるきらいがあるのでまた違うんだろうなとは思うのだが。

 

 

・「国」のアピール

 別に国威掲揚だ」とか「日本スゴイきめー」だとか言うつもりは無いが、そうでなくても妙に「国」や「日本」のセリフ唐突さというか、無理やり挿入した感があって首を捻った。矢口の「皆休まず熱心に仕事してくれる」から「この国はまだまだやれる」のセリフに繋がるのに飛躍を感じる。前段階として「政治家としてこの国に失望しかけていた矢口」という描写でもあればドラマとして納得しやすくはあったのだが、そういう個人ドラマフォーカスする映画では無かった。「ニッポンゴジラ」というテーマのために無理に接続した感がある。

 また、これも同意見を多少ネットで見られたが、総体としての「日本」とゴジラとの戦いを描くのがテーマであるのであれば、あそこまで「東京」のみの話に終始したというのはどうなのだろうと思う。劇中でモブセリフ地方軽視へのエクスキューズ台詞があったが、正直言い訳程度にしか感じられず、物語として組み入れられてはいなかった。話を2時間にまとめることを考えれば、そこまで舞台拡散させるのは難しいというのは分かるが、映画全体で「日本」や「国」を強くアピールしていた事との整合性がとれていなかったように思う。

 

 

 

 他、細かい部分は置いといて、強く気になったのは以上の点だ。

 「細かい事を気にしすぎ」と言われるかも知れない(というか知人に話したらそう言われた)が、気になってしまったのだから仕方ない。面白かったは面白かったが、改善できそうな部分、徹底されていない部分がチラついてしまった、というのは何度も繰り返す通り。「大傑作」の評に期待して見に行ったため、「ここがクリアされてないのか…」というガッカリが先行してしまったきらいはある。

 リアルの知人と言い合いになっても後味悪いので、増田で一通り吐き出させてもらった。以上。

 

 

<追記>

続きと種明かし

http://anond.hatelabo.jp/20160822181856

人権派JKホームレス差別する

あなた、昨日のテレビ見たわよー。すごかったわー!」

その日の朝、私は放送部の顧問先生にそう声をかけられた。

「昨日の大会の様子ですか?」

昨日と言えば、新聞社主催する弁論大会に本校放送部として出場し、個人の部で金賞をもらった日だ。きっとその様子が新聞社系列テレビで夜のニュースとして放送されたのだろう。

「そうそう。きりっとしてて立派だったわ。内容もよかったし」

ありがとうございます

私はそう答えた。昨日の大会で発表した原稿の内容は、この先生とつきっきりになって詰めたもの、と言えば聞こえはいいが、ほとんど先生意見ばかり採用したものだった。曰く、人々が平等であることは普遍の真理であり、それを阻害する社会はいけない、社会構成員は我々一人一人であるのだから、まず自分から実践することが大事なのだ、という内容を、自分シングルマザーの娘であることで受けてきた差別があるということを通して飾り立てたものだった。

正直、この原稿内容は嫌だった。私の母は確かにシングルマザーであったし、それがもとで嫌な思いをしたこともなくはなかったが、そんなことで母を心配させるのは嫌だったからずっと黙っていた。それをこの先生は私がシングルマザー家庭の子供だから何かあっただろうと掘りこんできて、仕方なしに軽いエピソードを話すとそれを元にあっという間に筋書きを作ってしまった。それでも私は我慢した。なぜなら、本校放送はいわゆる強豪であり、その実績はこの顧問の手腕、というか趣味実践によるものだと知っていたし、それで大会で賞をとれれば、私の大学進学に有利に働くと計算たからだ。

本当を言うと、こんなパワハラみたいな手段可哀想シングルマザーの娘という筋書きを作られてしまうことこそ差別だと叫びたかった。が、そこは我慢するしかない。

そうして実際に金賞が取れて、私は一安心していた。これで大学推薦の道は堅い。勉強で手を抜くつもりは当然ないが、受験機会が増えるということは単純にチャンスが増えるということなのだから

しかし、地獄はこの日から始まった。

授業中にスマホが鳴り始め、その頻度が徐々に頻繁になってきたのが最初だった。授業中は当然バイブにしているけれど、それでもこんなに頻繁になると少しは迷惑になってくる。実際、近くの席の何人かはこちらをチラ見したりした。緊急の連絡かもしれない気持ちと周りに迷惑をかけている気持ちで焦った。そしてようやく休み時間になり、私は急ぎながらスマホ確認した。電話の着信は残っていない。けれども、SNSの通知欄がひどいことになっていた。

「最低ですね」

「偉そうなこと言わないで」

「屑だなお前」

知らないアカウントからそうした罵倒がたくさん届いていた。混乱したなかで次に目に入ったメッセにはこう書かれていた。

JKのくせに似非人権派なクソのアカウントはこちらですか?」

それでなんとなくわかってきた。たぶん、昨日のニュースに何らかの形で火が付いたのだ。

そこから情報を整理するまで時間はかからなかった。こういう時はとりあえずまとめサイト火付け役だ。拡散されているまとめサイトを見れば、私がどう思われているか簡単に分かった。

まず、テレビ放送があった。その内容について賛否両論あったらしいが、今日の午前中に

巨大掲示板で私のSNS個人アカウントが晒された。その晒しには、私が以前に書き込んだつぶやきが添えられていた。

電車が来て、妙に空いてるなと思ったらひどい悪臭がした。どうやら席で寝そべっているホームレスの人のものっぽかったので、急いでほかの車両に移った』

これに、人権派JK差別意識wwwというコメントがつき、まとめサイト拡散されていたのだ。私は、人権を語りながら人を差別する許せないやつ、という立場にされてしまった。

とりあえず、私は深呼吸をして落ち着こうと努めた。その間にもガンガンSNSの通知が来るのでそれはオフにした。それからしたのは、一番炎上しているつぶやきを消すことだった。そして、先生相談しなければと思った。と、思ったところで先生に呼ばれた。もうすぐ休み時間が終わって授業が始まるところだったが、それはいいらしかった。

「困るのよね、こういうのは」

部の顧問先生は開口一番こう言った。呼ばれた面談室では、担任先生、部の顧問先生教頭先生がいた。

まあ先生方の話をかいつまむと、昨日のテレビ学校名と個人名は既に出ている、そして、私がつぶやいた内容について外部から問い合わせが絶えず、仕事にならない状況になっている、とりあえず早退して自宅謹慎しろ、とのことだった。

先生方の態度は一貫して、私が問題を起こしそれが悪いことだ、というものだった。正直、力になってもらえると思っていたがそんな気配は全くなく、私は真っ先に進学のことについて先生方に聞いた。答えは、

「こうなった以上推薦は考え直すことになる」

ということだった。

自宅に帰って、私は母になんて言おうかとずっと考えていた。私は母を尊敬している。シングルだけど大手会社バリバリキャリアとして働いて、わたしは何不自由な思いをさせられたことはない。母子家庭なのに、みたいなことを言う人はいないでもなかったが、それはそう言う人が悪く、母のせいではない。

そんな母は常々私にこう言っていた。

勉強は本当に大事だよ」と。

父が亡くなっても、今自分大手企業バリバリ働いて、満ち足りた衣食住を手に入れることができるのは勉強をしていい大学に行ったおかげだと。

から私も一生懸命勉強していい高校に入ったし、そこから大学に向けて頑張っていた。そうした私を母は全力で応援してくれていた。そんな母に、今回のことはどうやって話したらいいんだろう?

しかし、悩む間もなく母から電話が入った。

「今先生から連絡もらったよ。大丈夫?すぐに帰るからね。ネット絶対に見ちゃだめだよ」

そんな母の声に、私はうん、と答えるしかできなかった。その答えと一緒に涙があふれてきた。

ネットは見てはいけない、そういう母の言いつけを守りながら母の帰りを待った。ネットを見て現状を確認たかったけど、今までネットで見かけた炎上では、こういう時に大したことを言っている人は実はいないので、今回も同じだろうと思って我慢した。それに、こういう時こそ母の言いつけを守って心配をさせないようにしなければ、と思っていた。

母はすぐに帰るといっていたけど、帰ってくるまでにだいぶ時間がかかった。でも、帰ってきたときの母はまるで戦士のような顔をしていた。

「大変なことになったけど、あなたは私が守るから安心してね」

そう言って、優しく私を抱きしめてくれた。私は不安と安堵でまた泣いた。

母の守る宣言は決して表面上のものではなかった。帰ってくるまでの間にすでに弁護士を頼んでくれたらしい。大学時代友達が紹介してくれた、信頼できる人だと言っていた。

これからネット上の誹謗中傷について、弁護士さんが各所に問い合わせをして事実関係をまとめてくれるそうだ。素早い相談だったので、これから起こることについても出来事をまとめていけることが強みだと。そしてその結果次第で、訴えるべきところは訴えるといっていた。

ただ、これをしたからと言ってネット上の誹謗中傷が消えるわけではないこと、今回の件を拡散した全員を訴えることは不可能だということを説明された。「あなたダメージはどうやっても避けられない。それは本当にごめんね」と母は涙をこらえた様子で言った。私は「お母さんが味方をしてくれるから大丈夫」と答えた。それは本心だった。

そのあとのことはまるでジェットコースターみたいだった。弁護士さんから住所が晒されているので不審者に注意し警察相談を、という一報が入り、実際に警察相談しに行った帰りに変な人に遭遇して警察にお持ち帰りしてもらったり、一番最初に私のつぶやき晒した人物がクラスメートだったことが発覚したり、高校から学校を辞めるようにする圧力がかかったり、母子家庭なのに裕福すぎるとか言う人まで現れ始めて、本当にいろいろあった。

結果として、私は高校を辞め、大検を受けて大学進学を目指すことになった。

母は最初は納得しなかった。私がしたつぶやきは確かにあまり褒められたものではなかったのかもしれない。でも、それに対しての代償が大きすぎる、と。

だけれども、私はもうこの件で何か騒ぐのは馬鹿らしくなってしまった。学校に行くのだってあん先生方やクラスメートがいる学校で頑張るのは意味がないと思ったし、むやみに私を誹謗中傷していた人たちを訴えるのも不可能だ。出回った私の個人情報を消すのも。

から私は一つだけ母と弁護士さんにお願いした。自分名前改名できるようにしてほしい、と。

自身は今回の件について全方位に憤っていたが、私の気持ちを汲んでくれて、振り上げたこぶしを下してくれた。そして、改名の件も了承してくれた。ただ、今は亡きお父さんがくれた私の名前を捨てさせることには相当葛藤があったようだ。私だって、今の名前を捨てたくない。でも、これは私がこれから普通に生きていくには避けられないことだと思ったのだ。

けれども、今回の件への恨みは深い。その深い恨みはネットに吐き出すことはできない。リアルで人に話すこともできない。私と母の腹の底で、マグマみたいに滾り、身を焼き続けている。

恨みを溜めることはこんなにも地獄なのか。

だが、地獄であっても生きていかねばならない。私は私の人生を取り戻す。

それだけが、私を叩いた悪鬼たちに負けない道だと信じて。