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2016-12-11

田中あすか謝罪が足りない - TVアニメ響け!ユーフォニアム2』#10

#10見たけど……、1期から通じて初めて明確に不満の残る回だった。理由タイトルの通りでそれ以上でも以下でもないのだが一応こまかく書きつける。

 

あすか回に見せかけた久美子覚醒

#10は表面上あすかの復帰回だった。晴香や香織に「コンクールへは出ない」と言い続けていたあすかは久美子の強い説得を受け、そして全国模試で好成績を残したことからそれを盾に母親を説得し吹部への復帰を果たす。事実ベースで書くとそうなるのだが、実際は久美子と姉である麻美子とのわだかまりが解消され、そのやり取りがあすかへの説得につながるという久美子の変化がピックアップされた回だった。

「まああんたもさ、後悔のないようにしなさいよ」

下宿先へと戻る前に姉がかけてくれた一言。それに背中を押され久美子は、鉄仮面と極論で説得を煙に巻こうとするあすかに敢然と挑みかかる。

親にいい顔をして本当は続けたかったトロンボーンを辞めた姉。

母親の言いなりになり本当は出たいはずの全国大会を諦めようとしている先輩。

幼い久美子は大好きな姉といっしょに吹けなくなって悔しい想いをしただろう。そして今またいっしょに吹きたい先輩が、本心を曲げてユーフォニアムを置こうとしている。姉の言う通り、もう後悔したくない。だから久美子は子供じみた説得を涙ながらに続けたのだ。それは1期#12の「うまくなりたい……!」に比肩する、久美子の体の奥からとめどなく溢れる“本心”だったろう。

このシーンは本当に良かった。“本音”はうっかりこぼすくせに、“本心”はなかなか言えない久美子(入部時にトロンボーンをやりたいとあすかに言い切れなかった)が、「私はあすか先輩に本番に立ってほしい! あのホールで先輩といっしょに吹きたい! 先輩のユーフォが聴きたいんです!」と剥き出しの“本心”であすか鉄仮面に殴りかかっていく。それは圧巻の一言に尽きる。

ここで終わればさすが京アニだね神回だったねで済むのだが、そうは問屋がおろさない。

 

なぜ京アニあすかにケジメをつけさせなかったのか

ほんとタイトル通りなんだが、戻ってきたあすかはなぜ部員に対して謝罪しないんだろうか?

練習も出ない、本番も来られるか判らないひとなんて迷惑以外の何物でもない。私だったらぜったい嫌だな~」

「先輩には事情があります

事情あるコなんて他にいくらでもいるよ? しかも私は希美の復帰に反対しちゃったしね~。それが自分とき例外ですなんて、言えると思う?」

からコンクールには出ない」ってキッパリ言ってたわけで。

晴香や香織がなんど説得しても翻意せず、久美子には悪意をぶつけるような言い方までした。(吹部における)Bパート練習してた(はずの)夏紀に急な代役を押しつけ、部には混乱と不安感を与え。

なのに特に謝罪もなく戻ってくるとかありえなくね? ふつう部員全員の前で頭を下げ、詫びを入れてケジメつけるところじゃないのん

そりゃこれが放課後ティータイムならそんなのいらないと思うけど、数十人規模の部活でそういうのナァナァにしたら組織としての体が保てないし、『ユーフォ』はそういう部のいざこざとかマネジメント描写してきたし、特に1期であれだけ“責任”について描いてきた物語なのになぜ急にそこの手を抜くのか本当に判らない。部長はいえ晴香は一日休んだだけでちゃんと謝ったのに(1期#7)。

いやそりゃあすかのは母親が悪いとか、模試の件を伏せてたのは期待を持たせたくなかったとか、裏で滝や晴香は香織には謝罪してるんじゃないかとか、夏紀先輩にはいちおう謝ってるとか、みんな望んでるんだからいいじゃんとか擁護はできるんだが、それでも必要だと思うんだよね、ケジメってやつは。

なぜなら特段あすか事情を知らされてない一般部員(≒視聴者だって振り回されたことに違いはないのであって、その感情に向き合わないと「なんだあすか特別からそういう横暴をしても許されるのか」って空気が出来ちゃうでしょ。そんなのさすがに描かないと思うけど、そういった負の心理描写も掘り下げてきた『ユーフォ』だからこそ大切にしないといけない感情だと思うんだ。

あすかが部全員に対して真摯謝罪する、それを晴香がみんなを代表して赦せば丸く収まりつつついでに部長としての成長も描けて一挙両得な気がするのに……。

なぜやらなかったのかマジで謎。つーか、あすかがもう嫌いになるレベル不快

 

こだわるのは全国大会あすかのターンだから

で、ここまで謝罪にこだわるのは全国大会あすかのターンだからってのも大きい。

ユーフォ』のコンクールが盛り上がるのはコンテクストをちゃんと踏まえてるからだ。府大会ペットソロオーディションを巡る軋轢の解消、関西大会みぞれ希美和解

全国大会は間違いなくあすかの音は父親に届くのかというところに焦点が当たる。本来なら心から応援できるシーンが、このままじゃ「でもあすかって……」と急ブレーキがかかってしまう。本当に勘弁してほしい。

 

料理つくるシーンは本当に良かったんだけどな~

今回は黒沢ともよ無双ということで、AパートBパートともに久美子の泣くところが最高だったんだけど、シーン的には料理つくってるところが好み。

お姉ちゃん料理がまったくできず、久美子はそれなりにこなせる。これって、母親が出来の良かった姉にはご飯の支度を手伝わせずに勉強を優先させ、出来がいまいちな久美子には勉強より家事手伝いを優先させた結果だ(1期#1でも姉がいるにもかかわらず久美子にだけ夕飯の支度を手伝わそうとする母の姿が描かれている)。

そして姉はそんな妹を羨み、妹はそんな姉を羨んでいた。姉妹がそれぞれ親からどういう扱いを受けてきたかが、姉は焦がした鍋を洗い、妹が料理をつくるという光景象徴されている。

正直なところ、こんな繊細なシーンはなかなか描けるもんじゃないと思う。そんなことを軽くやってのける京アニあすかの件に気づかないはずはないので、なぜ謝罪がなかったのか本当に判らない。

来週早々にこの不満が解消されることを期待したいというか解消してくれって気持ちでいっぱいなんでマジで頼む……!

40歳独身処女親友自殺した。

私には高校の頃からの友人が居た。

居たというのは先日、自殺して亡くなってしまたから。



高校時代から冴えなかった私は校内で「あそこは帰宅部」と揶揄されていた文芸部に入った。

もちろん帰宅するために。

最初くらいは行っておこうと部室に向かう途中で会ったのが親友彼女だった。

増田さんも文芸部?」と声をかけてくれた。

最初の返しは「はい。」という一言だったと思う。

結局その年の入部者は私達2人だけだった。

帰り道、なんで文芸部に入ったかの話になって、お互いに帰宅するためだった事で盛り上がった。



その後、彼女とは漫画の貸し借りや好きな歌手が同じという事で仲良くなり、帰宅目的だったのに部活に行くのが楽しみになっていた。

帰宅部と言われるだけあって先輩たちはは初日以外は来ることはなかったので部室を2人で使い放題だった。



高校卒業し、お互いに就職して働き出した。

彼女アパレル関係会社就職し、私はIT関係会社就職した。

働き出して一人暮らしするようになってからも土曜の夜か日曜の夜はお互いの家に行き来していた。

一緒に料理したり、漫画貸したり、ゲームしたり、アニメ見たり、ドラマ見たり、お笑いライブ見に行ったり、好きな歌手ライブ行ったり、

レンタカー借りてドライブしに行ったり、仕事愚痴言い合ったり、彼氏できないね~って話したり。

当時、彼女は「アパレルは女しか居ない。出会いない。私、絶対結婚できないと思う。」と言っていた。

私はアパレルキラキラした世界と思っていたから「なんだかんだ言ってモテてるけど理想高いだけじゃない?」と返していた。



そして28歳の時、私に初彼氏ができてそのまま3ヶ月で結婚した。

元々目立つのが苦手な私は彼にもその事を伝え、結婚式はしなかった。

その事を彼女が知ると、「誓いだけでもした方がいいよ。じゃあ私が牧師役やってあげるから。」と言ってくれた。

最初は断ったのだが、どうしてもやったほうがいいと強く薦められ、私が折れる形で私の家で指輪交換と誓いのキスをした。

今思うと夫婦の思い出にもなったし本当にやってよかったと思っている。



私が結婚してからも最低1ヶ月に1回は会っていた。

結婚後、最初に私の家に呼んだ時は彼女が遠慮してしまうのではないかと「旦那居るけど遠慮しないでね」と言った。

彼女はいもの笑顔で「大丈夫だよ!」と言ってくれた。

私の旦那も私と共通趣味という事で私の家に彼女を呼んだ時は一緒にゲームしたりしていた。



私に娘が生まれからも最低1ヶ月に1回のペースは崩れることはなかった。

娘ができてから彼女が抱っこしてくれたりもしていた。

彼女は「私、意外と子供やすのうまくない?」と言っていた。

彼女笑顔から子供を好きなのが伝わってきた。



私が家庭を持ってから彼女彼氏ができた気配はしなかった。

「男できない~」なんて話は相変わらずしていたものの、私は彼女仕事を頑張っているのだろうと思っていた。

私は私で、なりゆき専業主婦になってしまったので彼女バリバリ仕事をしているのがうらやましかった。

お互いにないものねだりな感じで「仕事できていいな~」「いやいや、家庭ある方が勝ち組だよ~」なんて言い合った。



娘が大きくなってくると娘は彼女の事を「○○お姉さん」と呼んで来るのを楽しみにしていた。

彼女が私の家に来た時はもちろん、私が彼女の家に遊びに行った時も「これ、○○ちゃんに似合うと思って社販で買っておいたから持って行って!」と服をくれた。

さすがはアパレルで働くだけあって服のセンスは良く、娘は私が買った服より彼女が選んだ服を好んで着ていた。



お互いに35になる頃、彼女自分彼氏いない歴=年齢で処女であることを言ってきた。

「早くしないと子供産めなくなっちゃう」と泥酔して号泣しながら言った。

私は彼女背中をさすりながら「会社男性は居ないの?」とか「結婚相談所に行ってみたら?」とか慰めていた。

その時彼女が鼻をすすりながら言った一言が私は忘れられない。



子供作るためにあんたの旦那貸してよぉ」



その時は冗談だと思って「もう~あんたにはあんなのじゃなくてもっといい男居るよ~」と流してしまった。

彼女もそれ以降その事を言うことは無かった。



その後彼女婚活を頑張っていた。

彼女が行った珍しい街コンの話を聞いていろんな種類の街コンがあるもんだなぁと思っていた。

自衛隊街コンとか女のほうが歳上街コンとか一緒に料理を作る街コンとか

もちろん普通のも含めていろいろ行っていたようだった。



先月彼女40歳誕生日の週に会った時「私、まだ彼氏いない歴=年齢だよ~こんなまっさら状態40歳になると思わなかった~」と笑いながら言っていた。

私は、彼女が勤めている会社部長クラス役職についていたので「仕事がんばる女もいいと思うよ!」なんて言っていた。

いつもどおり飲んで食べて話して「次はクリスマスに○○ちゃん(私の娘)にプレゼント持っていくね」なんて次の約束もしてその日は帰った。



12月に入ってちょっとしてから彼女に送ったLINE既読にならなくなった。

いつもなら既読になって返信か、スタンプが返ってきていたのに。

その日の夜、彼女マンションの前まで行ってみたが彼女の部屋には明かりがついていなかった。

仕事が忙しくてLINEが見られないとかそんな所だろうと思っていた。



翌日、彼女の妹さんから連絡があった。

彼女自殺したと。



私は信じられなかった。

何をする気にもならず、私と彼女が好きだった歌手CDをかけて聞いていた。

家事をしなければと頭では思っていても体が動かなかった。

でも実感は無かった。

旦那が帰ってきてから一緒に仮通夜に行った。



仮通夜に行き、顔を見せてもらって実感が湧いてきて涙が出た。

「○○(彼女名前)!○○!なに寝てんの!起きなって!」と言うのが精一杯だった。

そして、亡くなった部屋のテーブルにあったという遺書のようなメモ書きを見せてもらった。



結婚たかった。

子供が欲しかった。

でも、いっぱい頑張ったけどできなかった。

お父さん、お母さん、孫を見せられなくてごめんなさい。

○○(私の名前)いつも一緒に居てくれてありがとう

いつも○○ちゃん(娘の名前)と遊ばせてくれてありがとう

○○(妹さんの名前)お父さんとお母さんをよろしく。



「頑張った」という部分が涙が落ちて滲んでいた。



私は立っていることができず、その場にうずくまって親族の方々が居る前で大声で泣いてしまった。

私は旦那に抱えられるようにして仮通夜を行っていた彼女実家から帰宅した。



私は、彼女旦那を貸してくれと言った時の事を思い出していた。

どんな気持ちで言ったのか。

泥酔して号泣しながらでなければ頼めなかった頼みごと。

それを私は冗談だと思って流してしまった。

私が旦那を貸していたら彼女自殺なんてしなかったのか。

彼女子供さえ居たら自殺するような事は無かったんじゃないか

そのために旦那を貸せばよかった。

私はあの時のことを後悔した。



見ず知らずの女性じゃない。

相手親友

子供ができてから一生懸命育てるだろうって事は予想できた。

貸したからって私の旦那を取るなんて事もしないだろう。

取ろうと思えばいつだってできたし、わざわざ私に許可を求めたって事はやっぱり子供が欲しかっただけだったんだろう。

から浮気とかじゃなく、子供を作るためだけに旦那を貸せばよかった。



乱文、長文失礼しました。

どこかに書かないと私の心がもたないと思って書かせてもらいました。

2016-12-09

山奥の廃村で、一人の赤子が産声をあげる

赤子は山を下りとある港町にたどり着いた。

そこで、赤子は一人の優しい老人と出会う。

赤子は、世話をしてくれた礼として、老人にiPadを買い与えた。iPadによって初めて世界とつながることのできた老人は、煌めく情報世界に魅了されていった。

しかし、医療系のバイラルメディアによって、老人の病が悪化してしまう。

悲しみに泣く赤子の頭には、二本の角が生え始めていた。




泣き腫らした赤子は、日の出ずる彼方に向かって歩き出した。むかうは首都トーキョーシティ

道中、角の生えた赤鬼に対し、人々は石を投げつけた。

自業自得だ、ネットを信じる奴が馬鹿だ、と。

しかし、赤鬼は何も言い返すことなくひたすらに歩き続けた。

心に余裕のある人間は、正しい判断ができるだろう。心の弱っている人間に、救いを求める人間に、私は何ができるだろう。




傷ついた心と身体を癒すため、赤鬼鉄格子背中にして、地べたに腰を下ろした。

ふと振り返った先にあったのは、左右対称の巨大建造物国会議事堂だった。

そう、赤鬼トーキョーについたのだ。

そしてその時だ、伸びきった赤鬼の角に、一粒の雫が滴り落ち、ひとつの決意を赤鬼にもたらす。




ネット上の表現活動について、その特殊性に鑑み、公共の福祉のために、今以上の規制必要であると考えるに至った。

政治活動を開始する。

ネット上の信頼性に欠ける情報煽情的タイトル著作権法に反する記事ポルノ画像等、国民生活の秩序を侵害するおそれのある表現に対し、規制を求めていこうではないか

もちろん、偏見実証性のない事実をもとに規制がなされてはいけない。

しかし、我が国における教育による遵法精神倫理道徳観の涵養は、その実効性に欠けると言わざるを得ない。

今こそ、立法による解決が求められるのである

騙される人間を、リテラシーのない馬鹿と切って捨てることができようか。

正論をぶつけて悦に浸っても、社会の安定は導かれないのである

さて、どこからはじめるか。




雨にぬれ赤鬼に、数多の雷光祝言を挙げる。

ここに、一人の増田が生まれた。




こーゆー増田って、書くの難しいわ。

ライターって尊敬する。

2016-12-07

育児だけしかできない!私死ぬ

よく「赤ちゃんが寝てる間に家事すればいい」とか、「赤ちゃんが一人遊びしてる間に用事すればいい」とか言う奴いるじゃん?

うちの子、長時間寝ないからできねーよ!

一人遊びしねーよ!

家事無理‼︎マジ無理ゲーだし‼︎

今も授乳しながらコレ打ってるし‼︎

授乳時間は続くし‼︎

御飯準備は赤ちゃんおんぶしながらできねーし!

背中で暴れられながら、包丁使ったら私手ェ切るわ!

沸騰した鍋こかすわ‼︎

の子から数えたら、もう5年まともに寝てねーわ‼︎

旦那役に立たなさすぎてムカつくわ‼︎

まりにも辛くて、たまに子供死んでくれないかなって考える事もあるわ…

でも、私が死にたい

健常児しか育てた事ない人には分からないだろうな…この気持ち

http://anond.hatelabo.jp/20161206234717

ネタにして笑えるような典型的オタクばっかりならまだいいけど、垢抜けない中学生がそのまま歳だけ取って成人になりましたみたいな姿をした学生理工系大学には多くてこれが本当に気持ち悪い

安い運動靴とジーンズ中学生でもダサいからといって着なさそうなTシャツボロボロリュックという格好で、無精ヒゲを伸ばして、背中丸めて歩いてたり、集まってゲームしてるところとか見ると、こんな大学に来たくなる高校生がいるほうがおかしいと思う。

2016-12-05

http://anond.hatelabo.jp/20161204222654

同じく海外赴任したことのある身から想像するけど、海外赴任できるチャンスを得られたということはそれ自体が恵まれている。

しかしたら貧しい中で必死バイトして留学資金を貯めたのかもしれない。家族から見放され家を飛び出したのかもしれないが、それでもなお。

ただ、海外に出て世界の広さを感じると別の部分が鈍感になる傾向がある。よく陥るのが「自分努力してできたんだから他の人だってできるはず」という思い込みである

そしてあなた日本だけでなく多くの国で問題になっている「閉塞感」というもの理解できていない。



国がどれだけ恵まれていようがその恩恵に預かれない人がいる。そして自身生活を打開できるだけの精神力を持つことを許されなかった人がいる。

この人たちは「恵まれない」環境にいるのだ。物理的に恵まれない人へは同情が寄せられるが、精神的に恵まれない人はあなたが敵意を向けるように理解を得られないことが多い。

物質的に「日々の食べるものにも困り、生きてくるだけで精一杯だった」人がいるのと同様に「精神的にぎりぎりで、ここまで生きてくるだけでも精一杯だった」という人たちがいる。

その人たちとあなたは90度くらい違う。私も英語プログラミングができるので、別に何をしたってどこの国だって生きていけるという安心感がある。これだけで世の中がどれだけ悪かろうが夢を持て、生きていくエネルギーを得られる。

しかしそれもこれも基本的には努力できる恵まれ環境を用意してもらえたからだ。恵まれ環境を与えられずエネルギーが尽きかけてる人に、エネルギー源のある人の方法論を唱えても使えるものじゃないんだよ。



世の中に届かない方法論は国を良くしない。

原発立地自治体はいままで散々おいしい思いをしてきたのに反対するとは何事か。俺が政治家ならすぐに再稼働するのに」という意味合い発言を聞いた。

最悪である

こいつは今までに政治家地方にどれだけ頭を下げようやく原発を建てさせてもらったかをまったく分かっていない。事故は起こさないという約束を守れずどれだけ信頼を失ったか理解していない。仮にこんな奴が政治家になったら失言の上、地方自治体から総スカンくらって即更迭である。国のために何の役にも立たない。足を引っ張るだけ。



同様にあなた意見

最初から最後まで、皆うんうんと頷いて聞くだろう。そうだね、その通りだよ。今までの人生で1000回くらい聞いたよ。そして半年後には別の誰かの1100回目のお話で上書きされ誰もあなたのことは覚えていない。


あなた意見が間違っているわけではない。個人幸福の追求方法としては正しいが、多数の幸福を求める場合、思いが届く範囲が狭すぎるのだ。国を良くしたいならその方法効果が薄い。

あなたのような意見が聞けるのはいいことだ。きっと日本をよくできる、個人でも頑張ろうという人が少なからずいるということは日本にとって明るい材料だ。

しかし閉塞感の蔓延した世の中には届かない。ここ20年間以上、無力感を蓄積させられた人たちに必要なのは「頑張れば日本は良くなる」ではなく「良い日本にするから頑張れ」だ。閉塞感→不景気少子化悪循環を止める現実的少子化対策だ。



今回の「保育園落ちた日本死ね!」は結果として「お!?きっかけはともかく、実際に対策が打たれたぞ!?こいつは明るいニュースだ」と今保育園に入れられない現実に直面している人たちの背中を押しただろう。子供が一人増えれば、何世代か後にはGDP数億円分に貢献したことになる。

理想とは言い難いが「伝わる」物言いが世の中を変える。(途中で気づいたが、トランプ大統領誕生一種のそれだな。私はトランプを支持してないので書いてて自分の胸に刺さったわ……)




なんと、仮想増田だったとのこと……『種明かし』http://anond.hatelabo.jp/20161205182802

2016-12-04

東京人が戯けごと言って、いいですか?

東京人の「私鉄野郎怖い」「満員電車フェチ怖い」の何が悪いんだ。列車に乗れば糞ガキみたいな野次馬オタク満員電車に乗り込み、普通利用者は怒らないどころか何も驚かない。

息をするように田舎者ぶり、政治必死な人を侮蔑して、鉄道混雑をなくそうといいながら、私鉄からいつまでも満員電車を解消できない。

それどころか、私鉄野郎自公政権背中無意識に押して、東京人にいらないものを落として、いるものを持って帰る。政治を抜きにしても、交通邪魔にならない程度のサイズの車やバイク持っていてかつ富裕層みたいな人間にも鉄道を使わせる。いらないお店があちこちに出来る。いらない観光列車があちこちで走る。そのくせホームドアだの鉄道セキュリティ強化だの一向に進まない。

本業にカネ払わず副業ばかりにこだわる鉄道など、嫌われて仕方ないな。

挙句の果てに都会人が都会の宝たる鉄道を嫌ってバスだの車だのバイクだのに流れる。「公共交通を返せ」もいいところで、もはや「死んだ公共交通などどうにでもなれ」なんだよ。

こんな東京は。めちゃくちゃだろ。

何度でも言って聞かせてやる。都会の人間が「満員電車崩壊しろ」と何度言おうが、何百万人が叫ぼうが、大都会人の大人は、満員電車をぶっ壊せない。しか私鉄野郎は都会人をぶっ壊すことが出来る。

この違いがわからんのなら、日本死ねだのリア充爆発しろだの言うな。

2016-12-01

絵師に物申す(あるいは絵師が男か女かを見分ける簡単方法の一つ)

何年か前にパンツについてはクロッチ位置が実は重要だという話が出回った記憶があり、そっちは大体直ってきているようではあるが、ここでもう一歩踏み込みたい。

男性絵師はブラ、というか乳の形状についてもう少し真面目に理解するべきである

ブラについて、大まかに、背中に回すバンドがあって、カップを吊る肩紐があって…という次元しか理解していないんだろうという絵をよく見かける。

それ、違うからそれは補正効果を期待しない三角水着構造から

もちろん水着のつもりで描くのならそれでもいい。ブラが必ず同じ形状であるという訳もない。

しかしながらそういうブラを描く絵師その大きさの乳がそのブラで押さえられるかどうかという部分に無頓着であることが殆どだ。

正しいブラの構造はこうである

まず背中に回すバンドがある。これは乳を持ち上げるためのものなので、カップの大きさに従ってより太く頑丈になる。

そのバンドに支えられるようにカップがある。

そのカップを持ち上げて支えるようにストラップが伸びる。ここに錯誤が多い。三角水着(や、補正を期待しないもの)はただ覆うだけなのでカップの真上から伸びる。補正機能のあるブラはカップの脇から伸びるのである

少なくとも衣服の下から出てくる日用のブラは、乳を覆うものでも、押さえるものでもなく、支え、成形するものなのである

男性絵師でも既婚者など、日常的に女性下着を見ている人はこの辺りを正確に描くことが多い。

女性絵師は流石普段から使っているためか、正確な形状をきちんと理解している。

一方でエロ絵師自称していても「三角水着」を描いている人も少なくない。

そういう部分のリアリティが意外と大事なんですよと下着フェチの一人として物申しておきたい。

2016-11-30

共感性羞恥

共感性羞恥と聞いてひとつ思い出したことがある。

大学時代、ある講義最中に一人の学生が挙手し、少し興奮気味に自らの見解を述べ始めた。講義の内容に感銘を受けたのだろう、その感想というか印象の表出はしばらく続いたが、それを聞いた教授がどうしたかというと、怒った。それはもうめちゃめちゃに怒った。

個人的質問とも言えない感想の表明で他の生徒の貴重な学習機会を奪うことについて、またあらかじめ計算された講義の進行を妨げることの愚について、何度も言葉を変えつつ叱り飛ばした。それは学生意見を述べた時間よりも長かった(ように感じられた)。

いや、教授が正しいことを言っているのはわかる。彼女は少し空気が読めなかったなとも感じる。それでも、100人を超える人数が集まった大講義室で、着席を許されず立ったまま叱られる背中を思い出すたびに、今でも胃の下の方が重くなる。もちろん、彼女がその講義に顔を出すことは二度となかった。

ここから先は自分の話になるが、自分それからしばらくして講義登録を取り消した。教授の顔を見るたびに、あのとき感じた猛烈な恥ずかしさ、消えてしまいたさを思い出すせいだ。その講義が必修でなかったこともあるが、貴重な単位取得の機会をこんなことで放り出すなんて自分の心の弱さが心底嫌になる。それでも、あのときと同じ状況に立ったなら自分はまた講義登録を取り消してしまうだろう。これが共感性羞恥というものだろうか?

2016-11-29

初めて芸能人に会った日の話

土曜日の朝、小学3年生の僕らは大いに興奮していた。

まだ週休2日制ではなく、土曜日学校に通うのが当然だった時代。朝、突然に級友のしんちゃんによってもたらされた衝撃的なニュースに、クラス中が騒然となった。

  

今日公民館テレビに出てる芸能人が来るんだってよ!お笑い!!!

  

大事である人口1万人にも満たないこの小さな町に、演歌歌手以外の芸能人が来るのだ。帰ったら急いで家族にも伝えないと!あと、色紙だ!色紙以外にサインを求める事はマナー違反だというのは田舎小学生でも知っている。家に色紙があるか確認しなければ。その日は授業の内容など全く耳に入らなかった。僕としんちゃんは開演時間も入場料もわからないそのイベントに、何故か参加出来るという確固たる自信を持って、下校後のミッションを練り上げていた。

  

「じゃ、30分後に公民館前に集合な!」終業のチャイムと同時に僕らは散開した。

  

公民館前に到着すると、そこはもう沢山の人であふれ返っていた。昼間からこんなに人が集まるなんて、芸能人ってやっぱりすげー!!興奮する僕の横で、しんちゃんがぽつりと言った。

  

「あれ?何か大人ばっかりじゃね?」

  

言われてみれば確かに大人がずいぶん多い。大人8に対して子供2くらいの割合だ。しかも、中高生ほとんど居ない。子供小学生幼稚園児が大半だった。そして次の瞬間、唐突に思った。

  

「これ、僕たち中に入っていいのかな?」

  

今更である。もちろん入場料やチケットの類は持っていない。田舎小学生現金を持ち歩く習慣など無い。持っているのはマッキー1本と色紙1枚のみ。少しずつ不安が大きくなり、入り口から中の様子を伺っていると、親戚のおじさんと目が合った。おじさんはこちらに気付くと手招きした。どうやら入っていいらしい。

  

「早く場所とれ!座るところ無くなっど!(笑)

  

おじさんの明るい声に背中を押される形で僕らはホールに足を踏み入れた。

  

暗いホールにぎっしりと並んだパイプ椅子。席はほぼ埋まり、少し蒸し暑かったステージには演台と大きな花瓶。左手司会者と思われる女性資料を持って立っている。

  

「何か校長先生とか出て来そうだなw」

  

しんちゃん言葉クスクスと笑いながら、僕達はその時を待った。これからここにお笑い芸人が来る!面白い事が起こるんだ!!!

  

定刻となり、司会者挨拶からその会は始まった。何人かの偉そうなおじさんが代わる代わる話をした。その話は校長先生の話より退屈だったけど、僕達は芸能人への期待で何とか持ちこたえていた。子供の興味と集中が途切れそうになる間際、司会者が高らかに宣言した。

  

「さぁ、それでは皆様お待ちかね、本日スペシャルゲストをご紹介しましょう!!」

  

僕らは背もたれから背中を引き剥がしステージの右側を凝視した。

  

次の瞬間、そこにはスーツに身を包んだ一人のおばさんが立っていた。薄いピンクスーツ。左の胸にはブローチがキラりと光っていた。にこやかに手を振ってステージ中央へ進んで行くおばさん。挨拶をして、さっきまでのおじさんたちと同じような話をするおばさん。突然泣き出すおばさん。泣きながら微笑むおばさん。誰かに感謝しているおばさん。拍手喝采を受けるおばさん。深々とお辞儀をしてステージを後にするおばさん。

  

僕らは最後最後まで期待していた。笑っていいともバラエティー番組で見せる、女の人があまりしちゃいけない様な格好から繰り出すギャグを。トーク番組披露するような、面白いエピソードを。きっと、どこかで、必ず、会場を沸かせるギャグ披露してくれることを。

  

公民館を出てしばらくしてしんちゃんがぽつりと言った。

「…面白いこと、1っこも言わなかったな。」

「うん…。」

僕は手に持った色紙とマッキーを見つめながら何となく相槌をうった。

朝、学校で感じた胸の高鳴りは何だったのだろう。僕はどうしてあんなに必死になってお母さんに色紙をねだったんだろう。

横を見ると、しんちゃんの悲しそうな顔が目に入った。朝一番に「芸能人が来るってよ!」と教えてくれたしんちゃん。あのときキラキラした瞳の輝きを思い出すと胸がチクリと痛んだ。

  

「俺知らなかったけど、芸能人ってテレビに出てない時はけっこう普通なんだな!!」

しんちゃんは、この沈んだ空気を打ち消そうと、精いっぱい明るく言った。その明るい声が、なおさら僕を悲しくさせた。

  

しんちゃんさ…」

「ん?」

「今からしんちゃんちでファミスタやろうよ!!!

僕も精いっぱい明るく言った。

  

「いいよ!!でもピノ禁止な!!」

しんちゃんキラキラした眼で答えた。僕らは全速力で駆け出した。

  

これが、僕が初めて芸能人久本雅美に会った日の話。

1時間Dカップになって肌荒れが治って毎朝楽しくなった

1時間Dカップになって肌荒れが治って毎朝楽しくなった、フィッティングの話。


人生で一度も店舗ブラジャーを買ったことはない。

いつも通販しかもだいたいセシールとかの、上下セット2500円みたいなやつ。


小学校4年生くらいまでは、近所のスーパーでカップつきシャツを親が買ってくれた。

6年生くらいまでは、グンゼとかが出してるワイヤーなしのブラだった。

中学生になって、パッドやカップ厚のないブラジャー(Bカップ)をスーパーで買うようになった。


高校生ごろになると、さすがに知り合いに遭遇するかもしれない近所のスーパー

ブラを買うのに抵抗が出てきて、親がよく使ってたカタログ通販で一緒に安いブラを買った。

Bカップときつくなってきたので、Cカップにした。太っただけだと思った。

そして、私の胸の発育は止まった。ここまでか…


大学生になると、通販C70のブラを胸に初めての恋もセックス経験した。

彼氏よ、上下2500円でごめんね。


新社会人となり、新卒1年目で7キロ激太り

ブラを全てC75に買い換えた。


給料により財布に余裕が出てきたので、ルミネの上にあるような下着専門店にも行ってみたが、

なんかキラキラしてるし高そうだし入りづらいし、試着してる最中

「どうですか?」

「きついです」

みたいなやりとりをするのも辛いなと思った。


入社3年目、仕事にも余裕が出てきて、ダイエットしてみた。

ダイエット成功し、半年入社前の体重まで戻ることができた。

しかし、問題は肌荒れ。とにかく背中の肌荒れが酷い。

皮膚科ステロイドかゆみ止めの薬をもらったが、

緩和するだけで治る気配がない。

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ある日、ふとしたきっかけでブラのフィッティングサロンに行くことになった。

1時間でブラの合わせ方、試着の仕方を教えてくれるとのこと。

おそらくブラの宣伝もあるだろうが、これまで脱毛サロン勧誘も断り続けてこれたので

多分大丈夫だ。


フィッティングサロンのお姉さんは、一切の採寸をせず、

あれよあれよという間に私に合うブラを見つけ出し、

ブラジャーに胸をしま方法を教え、鏡の前に立たせた。


D65だった。


…D?



女子の中でも限られた人の特権だと思っていたD。

ZARAとかの海外ファストファッションを着こなせるのは、

どうせDカップ以上の胸のデカい人だけだろうと思っていたが、

その胸が、いま自分身体についている。


上半身ブラ1枚で鏡の前に立った私の胸には、初めて見る谷間があった。


Dだった!

何もしてないのに!

1時間Dカップになった!!!


改めて服を着ると、明らかに姿勢が良くなって胸が持ち上がったのが分かる。

家に帰って早速D65のブラを5枚くらいネットで頼んだ。

もちろん、そのお姉さんからも1枚買った。

ありがとうお姉さん。


それからと言うもの、とにかく毎日朝が楽しい

朝着替えるときに、胸がしゅっとまとまるし、

服を着てもふわっと盛り上がる。

大体の服が着こなせるので買い物も楽しい


ウソのように背中の肌荒れも治った。

お姉さん曰く、

「合わないブラのアンダーが擦れて、荒れていたのでは」とのこと。


フィッティングのすぐ後、彼氏誕生日だったのだが、

嬉しすぎて、祝うのもそこそこに胸の話をしまくったので、

ほとんど胸の日になってしまった。


----------


もう全女子はフィッティングをすべきだと思う。

1時間Dカップになって肌荒れが治って毎朝楽しくなってイライラが収まって世界平和が訪れた。

フィッティング世界平和だった。

ありがとうフィッティングのお姉さん。

2016-11-28

背中ってすごく広くて間延びちゃうからダサいやつはクソほどダサい

服のチョイスでだいぶマシになるから気をつけた方がいいと思う。

2016-11-27

渋谷にいたクソババアと優しさを知らない娘

渋谷で優しくないババアとその娘に遭遇。

ババア達の前に、3歳位の女の子が傘を差していた。女の子のお母さんは背中赤ちゃんを背負って、肩には大きな荷物、そして自分の傘を閉じながら、女の子に傘を閉じ方を教えていた。それだけでも大変そうだった。

そこに居合わせババアの娘(小一位)が、女の子に向かって嫌味ったらしく「え〜、あぶな〜い。」と一言

ババアも「ほんと!普通こんな所で傘開けっ放しにしないわよねぇ!危ないわ〜!邪魔ね〜!」とキチっていた。

相手は3歳児位やぞ。

女の子母親もそこまで迷惑にはしていないぞ。むしろ気をつけながら端でやってた所にお前のバカ娘が突っ込んできたから傘閉じるタイミングずれてたのを俺は見ていたぞ!

つーか、小さな子供のやる事見かけたら「頑張ってるのね」って思わんのか⁇

こういうババア大ッキライ。

眼鏡猿なババアの娘も性格の悪さまっしぐら人生だな。

スゲー気分悪くなったわ、このババア娘。

お前らの存在の方がよっぽど邪魔や。

2016-11-22

さよなら寿人

わが愛する寿人サンフレッチェ広島からJ2降格が決まった名古屋グランパス移籍が決まった。

監督経験のない盆暗OBGM監督に据えるという人事をを起因に降格した名古屋

一年での昇格を目指して白羽の矢を立てたのが寿人という報を得て、名古屋降格を残念に思う気持ちが一気に覚めてしまった。



佐藤寿人という男は、サンフレッチェ広島サポにとって、魂そのものであって、そしてクラブのものでもあった。

ストライカーとして10連続二桁ゴールと言う偉業を達成し、最多ゴール記録をも塗り替えてきた偉大なストライカーなのに

その年俸は破格の推定6000万と言われている、そんなだし、当然ながらこれまでも多くのオファーがあったはずだ。

から二度の降格を経験した時も多くのオファーがあったと思うけど、それでも「絶対に1年で戻ってくる」と真っ先に宣言してくれるほど、クラブと我々サポーターを愛してくれた。

ただ愛するだけでなく、二度も降格を喫するほどに弱くタイトルとは無縁だった広島に三度もの優勝をもたらしてくれた。

からこそ、我々サンフレッチェ広島サポーターにとっては、他のどんな選手よりも、狂おしいほど愛しい選手なのが寿人なんだ。

伝説と言う言葉では語れない、俺たちにとって、クラブのものであって、ともに闘いたいと思わせてくれる原動力のものだった。

雨の日も、風の日も、体調が悪くても、金がなくても、なんとかしてでもスタジアムへ行って、寿人ユニフォームを纏って、声を張り上げる事が出来たのは

寿人ピッチに居たからなんだ

感謝しても感謝しきれない思いを、声に乗せて寿人応援する事が、俺に出来る精一杯のお返しだと思って過ごしてきた。



その寿人広島から去ってしまう。この悲しさをどう言葉にすればいいのか分からない。

寿人がもういない。。。この現実を受け止める事が出来なくて辛すぎる。

それほどの選手から、恐らくは名古屋昇格の原動力として、精神的な支柱としてクラブの躍進を支えてくれると思う。

そして広島は、支えを失って来季は苦しい戦いを強いられると思う。

勝てなくなった時、辛い時、誰よりも前向きで、誰よりもどん欲にゴールを求めてストイック練習してきた11番の背中を、俺たちはもう見ることが出来ない。

この現実を受け入れられるまで、きっと勝てない日々が続くんだろう。



今季寿人は辛い立場だった。正直、許せない思いもあったんじゃないかと思っている。

今期も寿人が入った試合では本来の連動性を取り戻して、良い戦いが出来ていたし寿人で勝ったと言える試合もあった。

それでも、活躍した次の試合で、先発で使われていたのはウタカだったんだからストレスになっただろうと思う。

そのウタカは昨年までは清水に居てレンタル中の外国人選手で、今期は得点王になるほどの活躍をみせてくれたけど、大きな問題もあった。

60分以降は明らかにスタミナ切れを起こして走れないし、そもそも体力があっても守備で貢献する事が出来ない、本当に点獲り専用の傭兵と言ったスタイルしかプレーしない

攻守に貢献する事を誰よりも忠実に果たしてきた寿人の目の前には、もう走る事すら出来ない傭兵が、のんびりとピッチを歩いている

それを見て俺も怒ってきたし、それを寿人がどんな思いで見ているのだろう、と不安に思っていた矢先の移籍だったから、やっぱりこうなったかという思いでいる




これまでも多くの選手を失ってきて、スタジアム関連では失策続きのフロントには言いたいことも不満も沢山ある。

だけど、それでも前を向いて応援できていたのは、いつも俺たちの目の前に11番が居たからだった。それだけに、今回の移籍は極めつけだよ。

しばらく、俺もスタジアムから距離を置くべきなのかもしれない。

うそこには寿人は居ないんだから。俺は、今、その現実との向き合い方が分からなくて、ただただ泣いてるよ。

初優勝した時、ピッチに崩れ落ちて泣いてる姿を忘れない

二度目の降格をした時、絶対一年で戻って来るからと一緒に泣いてくれた事を忘れない。

沢山の感動をありがとう、そして、さよなら広島エースストライカー佐藤寿人

2016-11-21

文鳥かわいい

 安かっただけのことはあって、桜文鳥のなりそこねのような、黒と灰と白が絶妙に(美しくない配置でもって)まだらになっている文鳥を飼っている。すでに6、7年になるか。今もスマートフォンを持っている私の指につかまって、ちゅんちゅんと鳴いている。機嫌よくさえずっていたかと思えばいきなり威嚇して怒りだすような気まぐれな子だ。背中をなでると気持ちよさそうに目をつむり前傾姿勢になるときもあれば、噛んでくるときもある。その小さな頭で人間のことをどのように認識しているのか知らないが、基本的家族のだれかにとまっている。

 文鳥かわいい。はじめて飼った鳥類がこの子なので「文鳥は」としか書けないのだけれど、たぶん、鳥類かわいいのだと思う。どういうところがかわいいのかと言うと「自由に空を飛べる生き物が自分身体にとまってくれる」ところ。この子を飼い始めた当時は感動したものだ。羽があるのだから逃げようと思えばいくらでも逃げられるのにわざわざ私のところにきてくれるなんて!と。外で見かける雀なんかはちょっとでも近寄ると逃げるから余計にそう思ったのだろう。文鳥かわいい。そのことをだれかに伝えたかっただけの日記でした。

2016-11-20

[]

 掛川花鳥園に行ってきましたわ。鳥最高でしたわ〜!

 こちらではフクロウケープペンギンインコなどの鳥と熱帯の植物、魚が

触れ合える距離で展示されています

猛禽のフクロウミミズクとふれあうには限定の枠に入らないと

いけないのですけど、他の鳥さんは普通に触れる場合が多いです。

常連さんなのか、インコ止まり木と化している方を何人もみました。

 でも、わたくしには高貴なオーラのせいで、なかなか鳥さんが寄ってきてくれませんの。およよ。

掛川花鳥園アイドルオニオオハシさんに近づいてもらうのに有料の餌のブドウ1/4粒、

手に乗ってもらうのに残りの1/4粒を使って、やっと止まってもらったのですけど、

餌を食べたら用済みとばかりに、瞬時に飛び立たれてしまいました・・・・・・


 そんな傷心のわたくしを慰めてくれたのがハイイロエボシドリさんです。

近づいて写真を撮っていたら、いきなり肩に飛び乗り、

背中側の死角に回り込んでわたくしを乗り物にしてくださいました。

 そこから左腕に移動して、また右腕、背中とわたくしの上を2周半ですわ。

見た目はやや地味な鳥ですけど、なつかれない中こんなことをされたら

贔屓になってしまますわ。メロメロでしたわ。

 まぁ、餌をもった他のお客様が近づくとハイイロエボシドリさんは

そちらに移動してしまったのですが、

ベンチに座っている間、ずっと肩に留まってくださいましたので満足でした。



 その後はコガネメキシコインコさんにも留まっていただきました。

垂直の金網に留まって体勢が厳しそうなところに腕を出したことが、

功をそうしたようです。

腕ではなく指に来たので、ちょっと痛かったですけど、

認められた気がして痛みも喜びになってしまますわ。

マズローの三段階ですわ。

危ない施設ですわ。



 簡単には触れないフクロウの仲間では、ベンガルワシミミズクルチカさんを魅力的に感じました。

ゴルゴ13のごとき鋭い視線からあくびの連発まで表情ゆたかですっかりファンになりました。

 フクロウ類は瞳が大きく前を向いているため「表情」を読みとった気になりやすいのですわ。

でも、ユーラシアワシミミズクさんの展示室の壁に空いていた弾痕みたいな

くぼみのことは忘れない方がよさそうです。

 また、オナガフクロウの首のスムーズで素早い回転は戦車の砲塔を連想させました。

これだけ首が回るなら経営安心ですわ。

あと、三羽同室のフクロウが手前の止まり木に2羽、奥の止まり木に1羽の形で留まっていて、

フィリピンのエアボ兄弟のevery bodyの配置と完全に一致していたことが

面白かったですの。



 フクロウやホークの部屋が狭いことや足に鎖がついていることに痛々しいものは感じましたが、

職員説明からはそれぞれの個体への深い愛も感じられました。

夜行性ですし、飛び回れる調教やショーがストレス発散になっているのかもしれません。

 ペリカンフラミンゴの餌にお魚はありましたけど、鯖はなかったと思います

ホッと鰭で胸をなで下ろしました。

2016-11-19

国士様たちが何故か「この世界の片隅に」にご熱心だが

映画フィクション反戦思想を押し出すべきではない理由 - Togetterまとめ

http://togetter.com/li/1048335


こんなまとめまで工作して「この世界の片隅に」は保守層のための映画※1だと言わんばかりですけどね。




作者のこうの史代はかつて「古い女」※2という短編で、まさにこういう国士様たちを思いっきコケにしてたんですけどね。





その事実をこの人達が知ったら一気に掌返すんじゃない?w








※1 他にも、「この世界の片隅に」を見て、なぜか朝鮮進駐軍かい架空存在に怒りを燃やすアクロバティックな思考酷使様複数いる

http://togetter.com/li/1049815




※2 初出はあの「わしズム」で、「夕凪の街 桜の国」を読んだ小林よしのりこうの史代に「反戦平和でもいいから何か描いてくれ!」と口説き落としたという経緯がある。それで執筆されたのが「古い女」だという背景を知っておくと作品意味が見えてくる。

満員電車

つり革につかまって立ってたら背中をさすられた気がした。

振り向いたら後ろに立ってる中年カップル男性女性の腰を擦っていた。

すんげーーーーーー気持ち悪いので思いっきり寄りかかって手を止めさせて、思いっきり男をにらんでやった。

そのあと座れたが、目の前に立たれていちゃつかれて不快だったので、スマホをわざと高くもって写メ撮ってるようなそぶりを見せた。

そしたらどこかに去っていった。


本当気持ち悪い。家かホテルでやれ。

高校生じゃあるまいし

中年カップルは本当キモイ

二度と目の前に現れないでほしい。

2016-11-18

「能」という演劇破壊

能を見ておかしいと思ったことはないだろうか? 演劇としてあまりに狂っていると。

なぜ演劇にとって一番重要役者の表情を能面で隠すのか?

なぜ老人を演じるときは背筋を伸ばし、かくしゃくとして演じよと言うのか?

古典演劇と思われている能であるが、その思想は非常に先鋭的であり未来である

ここではその具体例を2つほど見てみよう。

1、能面という想像力ツール

演劇映画では役者の顔が目の前に見えるので、その役者特定イメージがついてしまう。だからこの役にこの役者イメージが合わない、この役者の演技は役と合っていないという観客も出てくる。

しか小説なら文字人物描写はあれど、人物の絵面は読者各人の想像力自由に描けるので演劇映画のような役と役者イメージ齟齬という問題はなくなる。

能がなぜわざわざ面をつけるのかといえば、面という匿名の顔によって観客の想像力を阻害しないように配慮しているのである。つまり小説と同じように記号だけ提示して(笑顔とか悲しみの顔とかを大まかに提示して)、読み取りは観客任せなのだ

小説で言うと「彼は小さく微笑んだ」という文章があったとして、最終的にどの程度の笑みなのか想像するのは読者である。それと同様、能は表情すらも観客の想像力に任せているのだ)

思うに近代西洋演劇はあまりに観客という存在を忘れすぎた。反対に能は強烈に観客の存在意識し、観客に対し作り手としての参加を要請しているのだ。

2、リアリティ合理性への挑戦

近代演劇というのは、当たり前であるが「リアリティ」というものを重視する。

老人を演じるなら、よぼよぼで背中を曲げて、耳が遠いよう演じなければいけない。

これは確かに老人のように見える。実に合理的な演技だ。

しかし、それは本物の老人といえるのだろうか?

能は正反対理論によって成り立っている。

まり老人を演じるなら、背筋を伸ばし、かくしゃくとして演じよ、というのである

これはなぜかと言えば、老人とは「常に若くありたい」と願う存在からである

老人と見られることは弱者、無力な者と見られることである。だから老人は老人と見られることを嫌い、自分はまだまだ若いと思う。

その心情を表現してこその演技であるから、老人らしい見た目にこだわるなど愚の骨頂。老人の心境とは遠くかけ離れた「リアリティのかけらもない演技」と能は捉えるのである

雨宮まみさんが亡くなった。

直接面識のある人ではなかったし、熱心なファンというわけでもなかった。でもwebで読むエッセイ人生相談記事はいつも、心に染み渡るような優しさと、孤独を恐れず生きていく勇気を与えてくれた。FaceBookでは雨宮さんが「友だちの友だち」の位置にいたし、知人が仕事関係者だったりもして、親近感は感じていた。もしどこかで会う機会があれば「あなたの書くテキストはどれも本当に素敵で、いつも救われていますありがとう」と伝えたかった。だから自分もびっくりするくらい雨宮さんの訃報に打ちのめされた。昨日はずっと気を抜くとそのことを考えてしまっていたし、今朝起きても真っ先に雨宮さんがいないことを思い出してしまった。


雨宮さんは40歳、私よりひとつ年下だけど、気分としては「人生の先輩」あるいは「姐御」であった。東京女性ひとりが生きる時に感じる生きづらさを優しく芯の通った文章で細やかに表現してくれた。モヤモヤと捉えどころのない不安孤独言葉にしてくれることは、それで全てが解決するわけではないにせよ、現状を把握するヒントになり、気持ちを整理することに繋がったのだ。あんなふうに強くしなやかに生きていけたら、そんなふうに思える憧れの先輩だったのだ。私は、私たちは、雨宮さんの背中についていけば良かった。時々衝動的に死にたくなる夜のことを書いた記事も、うんうんわかる、と思ったし、でも生きていかなきゃね、と思っていた。


死因の詳しいことは明かされていないが、事故だ、と出版社の発表にあった。事故なのだろう。もし衝動的に足を踏み外したとしても、衝動的に薬を飲みすぎたとしても、衝動的に手すりに手をかけたとしても、それは事故だ。あるいはご本人の意図しない事故しか言えない何かだったのかもしれない。事故、という言葉以上に、私たちが知り得ることはない。


だけど、雨宮まみさん、事故にせよ、あなたが死んではだめじゃないか

私たちに生き抜く勇気をくれたあなたが、私たちを何度も救ってくれたあなたが、死んでしまってどうするんだ。

あなた背中についていけば生きていける、とどこかで思っていたのに、目の前から急にあなたが消えてしまったら、私たちはこれからどこへ進んでいけばいいのだろう。これから50歳、60歳と年を重ねて感じるモヤモヤ不安孤独も、あなたがすべてもらさずカタチにしてくれて、私たちは「そういうことか」と納得して前に進んでいけるのかと思っていたのに。


雨宮まみさんと共著もあったおかざき真里さんの漫画「サプリ」に、主人公の同僚女性が突然自殺してしまエピソードがある。広告代理店バリバリと働く女性がぷつりと糸が切れたように亡くなってしまう展開だ。漫画では「失恋」というわかりやす理由があったが、今読むと過労死した電通女性の姿も重なってくる。いずれにせよ失恋きっかけにすぎなくて、社会仕事やいろんなものに削られて磨り減っていった末の「事故」だったのだろう。主人公やその同僚たちも自分の足元が危ういことに気づかされ、生きるためにそれぞれが「確かなもの」を得ようと舵を切り、大きな決断をしていく。死がさほど遠くない場所にあることを誰もが自覚しているのだ。


無性に人生を終わりにしてしまいたくなる夜、今までは心のどこかで雨宮まみさんのことを思っていた。「雨宮さんも頑張っているのだ。私ももう少しがんばってみよう。」はっきりと言葉でそう思ってるわけではないけれど、多分ぼんやりとそんなことを思っていた。だけどそれは終わりにしなければならない。

昨日、「雨宮さんはもういない」「ならば私も」そんなふうに思ってしまいそうな自分がいた。

私は、「サプリ」主人公たちがしたように、亡くなった彼女自分の間に線を引かなければならない。雨宮さんが今は安らかに穏やかな気持で眠っていることを祈りながらも、「先輩」「姐御」であった彼女背中を追うことをきっぱりとやめなければならないのだ。

2016-11-17

私の祖母を知って欲しい

私の祖母はおばあちゃんというおばあちゃんだ

お団子頭にメガネ割烹着を着てかわいらしかった

穏やかで、誰に対しても優しく、誰からも好かれた

そんな人が居るだろうか?私の祖母がそうなのだ

である私が祖母を大好きになるのは必然

朝は祖母が作ったご飯を食べ、昼まで一緒に遊び、

徹子の部屋ごきげんようを観ながらたまに出前のそばを食べた

近くの公園駄菓子屋銀行スーパーへ。何処にでも手を繋いで

夕方祖母相撲タイムだ。私はおやつに買ってもらったグリコを食べる

ごはんは母の料理自分の家の風呂に入るが、寝床祖母の隣だ

寝つきが悪くしりとりをやり過ぎるとさすがに怒られた

学校忘れ物を届けてくれた。体調が悪いと心配して正露丸を持ってきた

朝ごはんが食べられない私の口許に祖母はご飯を運んだ

毎日祖母と一緒だ。幸せってこうゆうことだ

幸せが当たり前で、祖母存在が当たり前だった

成長につれ、あまり祖母に預けられなくなった

一人で風呂に入れるし、寝られる。晩ごはんだけ一緒に食べる

祖父介護もある祖母の手をあまり煩わせないようにするためだった

祖父が亡くなった。私は晩ごはんも一緒に食べなくなった

祖母と同居の伯母が一人暮らしを本格的に始めた

から知ったが、気丈な祖母は寂しいと一度だけ訴えたそうだった

たまの晩ごはん祖母の家に来たら味噌汁がしょっぱかった

伯母が言うには最近鍋を火にかけたままなこともあるらしい

同じことを何度も何度も言うようになった

伯母が物を盗むと私に怒りを訴えるようになった

人のことを悪く言う祖母を私は始めて見た

一人で夜家を出てしまうようになった

伯母と喧嘩する声が絶えなくなった

喧嘩するたび、施設にいくたび、祖母が遠くなった

笑ってくれない。怒鳴り、殴り、怒りを見せる

私を私と分からなくなっていく祖母から私は逃げた

泣くことしか思い付かなかった。10年近く私は逃げた

ある日から少し祖母が笑うようになった

誰のことも覚えてなくてもそれだけで救われたのに

認知症は進み、デイケアで他の人から離されるようになった

すぐに笑うどころか言葉も失った

伯母は施設に入れたくないと必死だった

夜は私も手伝うが、日中は伯母一人で介護

歩けなくなった祖母を自宅介護するには限界だった

言葉も発しない、表情も変えられない、食べることさえままならなくなって

退院を繰り返し、起きてる時間も減り

しょっぱい味噌汁から20年近く経った

ずっと昔の祖母を思い出さないようにしていた

写真も見なかった。声も思い出せなくなった

もう一人のおばあちゃんにご飯を食べさせている気持ちになっていた

から物が食べられなくなって一年病院にずっといる祖母

私は焦り始めた。認知症を知らないといけないと感じた

今の祖母と向き合わないと後悔するのではないかと思い始めるには遅かったのかもしれない。いや遅かった

認知症孤独不安否定されることで症状が進むことを始めて知った

物が盗られたと言われたら一緒に探してあげるのだそうだ

私は探してあげなかった

そんなこという祖母祖母ではない、病気のせいだと

病気祖母を受け入れなかった

病院で点滴をつける祖母に呼び掛けた。笑いかけた

祖母は前よりじっと目を見てくれた。体はどんどん弱っていった

いかけても涙が溢れるようになった

容態が悪いと言われて駆け付けたときは涙が止まらなかった

私だよ、分かる? と笑いかけたら

祖母は首を縦に振った。昔より薄い色の瞳で見つめながら

一週間後に祖母時間が止まった

私の祖母が、棺桶の中に消えていく瞬間

最後に見た顔が、私の隣で眠る顔を思い出した

認知症自分がなくなっていく祖母苦痛から解放されたはずだ

でも割りきれない私がいた

祖母の部屋で祖母を探した

祖母勝手に開けてはいけないと言っていた棚

何回も何回も糸に通して遊んだビーズがあった

祖母の好きな皇室の本もあった

祖母のおしろい、ファンデーション手鏡

なくなったと思ったメガネケース

台所に貼ってあるうすちゃけた祖母メモ書き

生まれたての私と抱き抱える祖母写真

道端に並ぶ祖母と私

祖母匂い、優しい声、丸い背中

私の祖母は働き者で、誰にだって優しい

働きながら母と伯母を育てたキャリアウーマン

生命保険営業の話だって優しく聞いてあげるのだ

私や姉がいじめられたら何処からか助けに来てくれる

近所の子供たちのお世話を喜んでしていたほど子供好きで

通りすがり赤ちゃん祖母を見るとにっこり微笑んだ

私の祖母を誰かに少しでも知ってもらいたい

祖母存在していたことを知ってもらいたい

私の愚かさ、過ちを知ってもらいたい

私の自慢の祖母を知って欲しい

2016-11-16

子は親の背中を見て育つと言うけど

昔は田んぼ作業赤ん坊子供を背負って農作業してたし、

ちょっとでも育ったら手伝いさせたり丁稚に出していたからそういう言葉が生まれたのであって、

「それは言わない約束よおとっつぁん」的な台詞を吐く親思いの娘なんて生まれ下地がない。

共同作業してないんだから背中なんて見えるはずもない。

結果的にパパは日曜日に部屋で倒れてるぐうたらです、という印象が残る。

日曜日に遊びに行ったところで子供権威のないパパを遊び相手しか認識しないし、苦労もわからない。

大家族が云々は弊害ありまくりだけど、社会参画をもっとナチュラルに行える地域共同体必要

2016-11-15

セックスが嫌いだ

セックスが嫌いだ。

子宮後屈を患っている。

患っているという表現は正しくないのかもしれない。

日本人女性の何割は子宮後屈だとか、昔は手術していたけど、しなくても妊娠可能病気ではない、だとか解説されている。

子宮後屈とは、子宮の向きが通常と逆で、背中に向かって曲がっている状態を指す。

それによって生理ときに腰が圧迫されて腰痛が起こったり、性交痛を伴ったりする。

この性交痛がセックスを嫌いな理由だ。

相手が下手だとか特別巨根だとかではない。おそらく感度の問題でもない。

とにかく物を入れると痛い。ある角度でないと上手く入らない。

こちらが痛がるのを相手もわかってくれていて、気を使ってくれるのが申し訳ない。

でもとにかく痛い。苦しい。気持ち良くない。

ずっとうめき声をあげている。

手術で治療可能らしいけど、「病気でない」と明言されると手術を受けるのも躊躇する。

「ひどい腰痛を伴ったり癒着が見られる場合には手術を勧める場合もある」と書かれていると、

たかセックスが痛いくらいで手術をしてはいけない気になる。

医者にも「子宮後屈だけどそれ以外は健康」と太鼓判を押されている。

から、正確にはセックスが嫌いなのではなく、挿入が嫌いなんだと思う。

抱き合うのもペッティングもお互いが気持ちよくなるのも好き。

ただ、挿入だけしたくない。

それが辛い。申し訳ない。相手を受け入れられない自分が欠陥品になった気分になる。

子宮後屈の人はバックが痛い」って書いてあることもあるけど、正常位だろうとバックだろうと痛い。

人並みにセックスを楽しんでみたい。楽しめないから嫌い。




子宮後屈の人がみんなこんな苦しい思いをしているわけではありません。

人によって症状は様々のようです。

ピルを飲んでいて濡れにくくなっているのも関係があるかもしれません。

ただ、もし同じようにセックス苦痛に感じている人は、同じ症状かもしれません。

http://anond.hatelabo.jp/20161115204534

実家曹洞宗なので黙照禅になるのだが、背中の後ろに空間があるのでとっても落ち着かない。