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2016-08-26

日本大学は゛どれくらいなら゛必要なのか

http://zasshi.news.yahoo.co.jp/article?a=20160713-00002526-besttimes-soci

ホリエモンこと堀江貴文さんがインタビューで語っていた記事を読んでみた



確かに今の大学は昔と違って上位大学エリート路線は変わっていないが、それ以外の大学は本当に機能しているのか疑問に感じる

東大わず大学に入った理由に明確な目的のある秀才やその大学の為にひたすら勉強し無事入学を果たせた者などさまざまである

しかし、今の時代はそうとは限らない



2008年から大学全入時代になってから入学できる敷居が低く、その為の推薦入試まで投入されたことも一つの要因である

さら偏差値入試結果などの詳細が見れる受験サイト大学口コミサイトでその大学の特色を情報で知ることも可能となった

そこで受験者の高校生浪人生は何が何でも高いネームバリューのある大学に進学したほうが肩書きにもなったりでそちらを選考するのは百も承知

仮にある有名大学ばかりに定員が集中してもおかしくないと思える



ただ、有名でもなく他の大学学部が被っていたりする大学は本当に必要なのだろうか

少子化子供の数が減っているのに大学の数だけ多いのは反比例に感じる

それにその大学自体がどういう研究成果を出しているのかさえ危うい



そして個人的に思っているのは補助金奨学金制度である

大学はその補助金でなんとか生き残っているとこもあるが、それがいつまで保つかは不明である

奨学金問題現在でも深刻なことであり、これは個人または家族観での責任ではあるもの経済面中退する者は後を絶たない

いずれにしてもいずれにしても2018年問題よりも前から問題視されている日本大学の在り方を厳しくしなければ、この先研究機関ではなく就職予備校が一向に増える傾向だと考えられる

日本大学は゛どれくらいなら゛必要なのか

http://zasshi.news.yahoo.co.jp/article?a=20160713-00002526-besttimes-soci

ホリエモンこと堀江貴文さんがインタビューで語っていた記事を読んでみた



確かに今の大学は昔と違って上位大学エリート路線は変わっていないが、それ以外の大学は本当に機能しているのか疑問に感じる

東大わず大学に入った理由に明確な目的のある秀才やその大学の為にひたすら勉強し無事入学を果たせた者などさまざまである

しかし、今の時代はそうとは限らない



2008年から大学全入時代になってから入学できる敷居が低く、その為の推薦入試まで投入されたことも一つの要因である

さら偏差値入試結果などの詳細が見れる受験サイト大学口コミサイトでその大学の特色を情報で知ることも可能となった

そこで受験者の高校生浪人生は何が何でも高いネームバリューのある大学に進学したほうが肩書きにもなったりでそちらを選考するのは百も承知

仮にある有名大学ばかりに定員が集中してもおかしくないと思える



ただ、有名でもなく他の大学学部が被っていたりする大学は本当に必要なのだろうか

少子化子供の数が減っているのに大学の数だけ多いのは反比例に感じる

それにその大学自体がどういう研究成果を出しているのかさえ危うい


そして個人的に思っているのは補助金奨学金制度である

大学はその補助金でなんとか生き残っているとこもあるが、それがいつまで保つかは不明である

奨学金問題現在でも深刻なことであり、これは個人または家族観での責任ではあるもの経済面中退する者は後を絶たない

いずれにしてもいずれにしても2018年問題よりも前から問題視されている日本大学の在り方を厳しくしなければ、この先研究機関ではなく就職予備校が一向に増える傾向だと考えられる

2016-08-25

http://anond.hatelabo.jp/20160825152417

成人男性身長が165㎝以下の人を、身長発達障害定義します。

すると、人口の何割かが、大人身長発達障害になるわけですよ。

身長が低いと、高いところにあるモノが取れなかったり、バスケットシュートが入れられなかったりして、

まぁいろいろ苦労があるわけですが、普通に生きてますよね。



脳の機能だって優れた部分と劣った部分が人それぞれにあって、

一定の水準で分けてしまえば、人口の何割かが、大人の発達障害になるのです。

麻薬みたいなクスリ改善する人もいれば、そうでない人もいます

身長と同じで、誰でも必ず改善できるようなものでもないので、

自分個性と割り切って生きるしかないんじゃないですかね。

長年死にたいと思っている人間が、「自殺を止める人の気持ち」につい

私が、なぜ死にたいか、社会的ステータスや状況なんかは別の記事として投稿しようかと思います



今日記事が目に入ってなんとなく。

http://anond.hatelabo.jp/20160823230040




現実世界では(インターネット上の話ではともかくとして)エゴがどうとか以前に、無意識的に止めようとすると思う。

例えば、ちらほら人通りのある橋から目の前で人が飛び降りようとしていたとする。

格好や目つきや動きがよっぽど変ではないかぎり、止めようとすると思う。

止めようとするのが怖くても、警察電話の一報くらいはしようとは思う。


高校生の頃に、飲食店で財布を忘れて戻ってきた客が急に怒りだして暴れだしそうにしていたことがあった。

隣にいた友人や他の客はすぐに止めに入ったし、私もすぐに警察に連絡した。

意識を失っている人がいたら救急車をすぐに呼ぶと思う。

現実世界自殺を止めるってのは、そういうことと似たものだと思う。





自分所属している社会コミュニティ(会社学校、旧友、家族)なんかが

どう反応するのか、なぜ反応するのか、というのも気になる話ではある。



もし、自分が新しいコミュニティに移行したとして、初めからかなり自分勝手に振る舞って、周りからの印象が最悪、1ヶ月くらいでいなくなったとしよう。

そういう人は、誰から自殺を止められないし、どうでもいいって思う人がほとんどだと思う。



仕事が出来なくて、怒鳴られている人がいたとする。同僚や上司とある程度の会話を普段しているなら、

仕事的には邪魔でも、長く過ごすと少しは情や想像力が働くので、無意識的に心配してくれるときもある。



一般的には、所属する社会がある程度健全機能しており、自分も人並み程度に人と情のやり取りをしていれば、不登校の子どもにはプリントを持っていくシステムがあるように、

人の死を心配するってのは自然に組み込まれてるもんだとは思う。それは割合的には小さくはあるものの、一応多数の部類だとは思う。



会社にしても、学校にしても、ワタミ過労死一橋大学アウティングのように

責任を有しており、追求される可能性があるので、大きなリスクを小さくするためにも自殺というものは避けさせないといけない、

そういう論理からの力場も存在するとは思う。



ある人が自殺を止める理由については、一概にこうだから、とは言えないとは思う。

自分生存ルールなんかを把握できるほど人間は頭がよくないし、学問的に分析しようにも世界中コンピュータを集めても計算量は足りないと思う。



はてブの、矢口ベッキー狩野英孝不倫記事コメントを見ると、その人がそれぞれ違った叩きと擁護と無関心をしているように、

自分でもよく考えずに自殺を止めたり止めなかったりするんだと思う。動物的な本能人間的な社会性や自分経験、保身、いろんなものが混じってると思う。





エントリー主は、自分死にたいはずなのに、どうして他人自殺通報したんだろうというところに何か引きづられているのだろうけど、

「何を読んでも、自分死ぬべきだと思う」と思っているからこそ、自分の考えと発言矛盾で混乱しているだけで、

少なくとも現時点で死んでいなかったり、変な行動や犯罪的なことをやり警察連行されていないということは、

生の論理や生の執着、死の恐怖結構こびりついていて、現在の生と将来の生への逃避ばかりに目が行っていて、

それが同時に存在するということに目が行っていないだけだと思う。

通報した理由は、ハッキリとはわからないけど、自分の考えたり想像したりしていることが、死だけではなく、生についても自分の知らない裏側できっちり考えていることは確かだと思う。




>「しかしなぜ、自分を変えられるからあなたは変われるから死ぬべきではないと言えるのだろうか。」

これは、現実的な人がいう自分の変わると、印税をもらえる人のいう自分の変わる、自分の想定する変わる、を分けて考えた方がいいと思う。

私は、3年間くらい死にたいって思っていて、今も、今すぐに死ぬボタン、みたいなのがあったらその日のうちに押すなーとは思っているけど、

死にたいって思い始めた当初と現在を比べると、変わったことはたくさんある。

少なくとも、前向きに生きてみようかな、と思い始めている時期は数ヶ月間あったり、

普通に何気ない会話も心地よい気持ちでできるし、

超たま~にではあるが、温泉行ってみようだとか、シンゴジラ見に行ってみようだとか、楽しみを実行したいという気持ちも生まれることもある。

昔は、外に出て誰かが歩いているだけで陰鬱気持ちになっていたのが、今は特に何も思わなくなっている。

その程度には変われるし、いい出来事も起きたりはする。

けど、長い間生きることをメリットとは思っておらず、やっぱり死んだ方が楽だろ、とは思っていて、そこは変わっていないと思うし、

あと数ヶ月したらいつの間にか死んでいるかもしれない。




死ぬ時は、死んだ何日か後に増田記事自動投稿するようにPCに仕掛けておいて、死ぬ思いなんか残しておこうかと思う。それは死ぬ前の楽しみ。

その時はブクマお願いします。

2016-08-24

振り込んだから国民年金電話をかけたのだが

水曜日の15時に電話をかけても電話が鳴らない。

出ないんじゃなくてコール音が鳴らない。

繋がりませんでした、と通話が切れる。

何度読み直しても番号をうちなおしても、

電話がならない。

 

何なのこいつ?

コール音が鳴らないってことは電話機が機能してないんじゃねーか。

なんでそんな使えない番号を書いてるんだよ。

馬鹿じゃねーの。

ギャンブル依存症を認める

私には、パチスロに行く癖がある。そして多くの場合、大勝ちするか口座の中がすっからかんになるまで打ってしまう。財布の中ではない。口座の中だ。

行く時は毎回予算を決めてから行く。今日は3万円、といった具合に。しか予算分をつぎ込んでも当たらなかったりすると、意地になってしまって当たるまで打ってしまう。お金は新しくおろしてくるのだ。

そしてコイン2000枚(金額にして4万)近くつぎ込んでなんとか当たりを引いたりしても、出てくるコインは大抵500枚以下。だからもっとコインが出るまでと思ってまたコインをつぎ込んでしまう。そして手元の500枚がなくなったらまた現金をつぎ込み始めて、結局すっからかんなのである

正直、苦しい。

何が一番苦しいかって、「もしかしたら当たるかも」と思って予算以上を追加投資していくのが苦しい。負けを認めて帰ることができない。自分馬鹿だと思っているのに、現金をつぎ込む手が止まらない。その醜い自分を見つめている時間が何より苦しい。

しかし、それでも私はギャンブル依存症ではないと思っていた。パチスロいかない時期はあるのだ。半年くらいとか。だから大丈夫だと思っていたが、でもそんなに長いことパチスロに行ってなかったのに新台が出たりするとフラッとパチ屋に寄ってしまって、予算よりも散財してしまう。

打っている時は当然普通精神状態ではない。そもそも、脳がおかしい。パチスロを打っていると頭の中に何かがじわーっと滲む感覚がする。いや、正確には頭の中がじわっとしてくるとパチスロに行きたくなってしまう。

このじわっとした感覚はしばらくパチスロから離れていると起こらなくなるのだけれど、でも、新台が出たからといって台に座ってしばらくすると、また頭が滲み始める。そうすると、パチスロに行く引き金として機能し始める。

支離滅裂なことを言っている、とお思いだろう。だが、私にとっては事実だ。

そして私は、自分ギャンブル依存症だと認めるに至った。

自分ときギャンブル依存症ではないと思おうとしていた。ギャンブル借金をし続けている人や、家庭が壊れた人と比べて、自分はまだそこまで破滅的ではないか大丈夫と。

けれども、今自分がいる道は、そうした破滅へとつながっている。自分も決して例外ではない。そう気付いた。

いや、本当は気づいていた。でも、自分だけは違うと思っていた。しかし、当たろうと当たるまいとお金がなくなるまで打ち続ける自分を見て、ダメだと認めなければと思った。

自分お金のために打っているのか?違う。お金が欲しいなら最初からパチスロなどやらなければ済むだけの話だ。

では、演出を楽しむために打っているのか?違う。もしそうなら最高レートの20スロにこだわる理由はない。2スロやゲーセンで済ませてしまえばいい。

パチスロから何か得たいものはあるのか?思い当たらない。ただ、お金をつぎ込み台を回してお金がなくなるのを待っているだけのように思う。

そう、何もない。パチスロに行って何も得られるものはない。それなのに行くのはおかしい。

これは立派な依存症なのだ

そう認めなければ何も始まらないと思った。そして依存症であるなら、自分努力だけで何とかなるとは思わないほうがいい。

というわけで、行政保健所パチスロ依存症相談を受け付けていると知って早速連絡を取った。病院自助グループもどこがいいのかわからいから、まずここから始めよう。そう思った。電話の向こうの他人に、自分パチスロ依存だと思う、と告白するのはだいぶ勇気必要だった。けれども、話したら何か憑き物が取れたような気がした。

面談はまだしばらく先だからそれまでは自分で頑張らなくちゃいけないけど、本当に自分パチスロ依存だと認めるに至ったのだ。だから、これからは何かが違うと思いたい。

2016-08-23

それは違うでしょ

品川くんの前を横切る老人たち

あれは、攻撃目標の側に民間人がいた場合でも自衛隊攻撃できるのかっていう演出なので

演出意図はわかってるがあまりにもご都合主義だったんでな…

http://anond.hatelabo.jp/20160823115734

いやいや、お二人ともそれは違うでしょ。「品川くんの前を横切る老人」は、まさにそこを横切ったか可視化されただけであって、実際は他にも見えてないだけで逃げ遅れの人は多数いてるということを視覚的に表現しとるんでしょ。その直前の「【危機管理官】避難完了しました」「【総理】それは確かなのか」「【危機管理官】私は、部下の報告を信じるだけです(キリッ」というやりとりを踏まえてのあのシーン(※1)。ほんで、人がいるって報告聞いてずっこけた総理は、『なんや人おるやんけ!こらアカン。信用できん。中止や中止!…』となったわけやね。

会議室の面々はここまでいかにも頼りがいありげに偉そうに振る舞ってきたが、現場を含めた行政の連絡・報告は残念ながら有効機能していないことがこの辺りからどんどん明らかになっていくんやね。逃げ遅れてるのが、いわゆる「行政支援からすっぽり抜け落ちてそうな老々介護夫婦(?)」みたいな二人だったのも実に象徴的で「こういう人は行政的には『見えない』人になってるのですね」というNHKクロ現的な視点も含め、これは今の都会の下町にはこんな人がいっぱいいるんやろなあ(※2)というリアルを描いたんやと思ったで。むしろあんな状況であんな程度の人員であれだけの時間で「完全避難」がもし実現しましたよという話なら、そっちの方があまりにもリアリティなかったやろ? だから、分かりやす演出ではあっても決してご都合主義ではないと思うで。

http://anond.hatelabo.jp/20160823115734



トラバの指摘受けて注

※1…危機管理官の「部下の…」はタバのときやったかの。すまんな。でも「避難完了しています」って報告は確かあったように記憶しとるで。それを受けての武器使用許可からの「住民がいます」→総理の表情の「話が違ゃうやんけー」感、という流れは確かにあったやろ。

※2…「いっぱいはおらん」と言われたらそうかいな、と。これもすまんな。でも「確実に一定数はおる」という感覚はあるな。去年地元自治会仕事したんやが、一見普通に暮らしとるように見えてた老夫婦がいつのまにか「爺ちゃん不整脈アンド半身麻痺気味」「婆ちゃんかなり認知症進行アンド耳遠い」となっててうすら寒かったんやで。どう考えてもあの夫婦地震火災ゴジラ来たら逃げ遅れてしかも気付かれへんな、と映画見ながら重ねて考えてたもんでな。

http://anond.hatelabo.jp/20160822220823

>逃げ遅れた家族

パニックになると案外あんなもん、地震の時も震度6の中FPSやってたり

津波が自宅に到達するまで実況している人もいた

それは知ってるけどあれは子供のいる母親からねぇ。ゲーム廃人ニートニコ生主と一緒にしてはイカンよ。そういうのは論点ずらしっていうんやで

品川くんの前を横切る老人たち

あれは、攻撃目標の側に民間人がいた場合でも自衛隊攻撃できるのかっていう演出なので

演出意図はわかってるがあまりにもご都合主義だったんでな…

>第四形態鎌倉上陸後の移動経路

生物なんだからまっすぐ進む方がおかし

ロウロするのは当たり前、犬の散歩連れて行くとわかる

犬は一応縄張り争いの目的があってウロウロしてるからな…目印から目印まではわりと直進する。道とか知らんって感じで畑も突っ切る。目的なくブラブラする生物ってそんなにおらんちゃうか。ゴジラ目的はしらん。


>第四形態上陸

海自が驚くほど無能だった、多分撮影協力が得られなかったんだとおもう

米軍はトマホールミサイル発射したのにねえ

艦隊だしてたし一応協力はしてもらってたんでは?暇じゃなかったのかもしれない(対馬対応とか。ロシア飛ばしてきてそうだし

おりがみ

要するに鶴を折ると文字が浮かび上がる

なんか意味ある情報が見えるらしいことはわかるけどその情報がなにかさっぱりわからんのよねぇ…

血液凝固剤で凍結

血液核融合で発生した熱を逃しているので、血液が循環しなくなると

安全のため-170度まで冷やす機能がある、それを利用して凍結させた

米軍が余計なことをしなければ、寝ている間に飲ませて楽勝だったのに

飛来するものを全て無条件に攻撃するようになったため、ゴジラに転んでもらって地上から入れる必要があった

安全のための冷却機構ってなんのためについとるんや。。。そしてそれがなかったらどうするつもりやったんや。。。折り紙に書いてたのかもしらんが凡人にはわからんやろ


血液凝固剤の経口投与

ゴジラ食事必要としない、水と空気があれば核融合必要元素を作り出せる完全生物

分水は飲む

摂取したあとに血中に吸収されるかどうかわからないんですがそれは。もっかいバンカーバースタうちこんで穴が空いたところに輸血してあげたほうが良かったんでわ。。。

http://anond.hatelabo.jp/20160823110035

つうてもゴジラエネルギー枯らしたからって自己修復機能が弱まるわけでも防御力が下がるわけでもないのも分かってるわけで、

あの後ヤシオリ飲ませるか通常兵器で圧倒するかみたいな選択肢はあった(連合軍は核攻撃選択してた)にせよ、後者が失敗する確率とそれに伴う被害が甚大なのはやっぱ看過できなかっただろう。

なんだかんだで多分コスト(人的損害)としてはヤシオリ飲ませたほうが小さかったとは思われるし、あれはあれで成功したんだからいいんじゃまいか

ってかゴジラは欠片からでも細胞分裂して体を修復する機能はあったから、核以外は結構危険選択肢だろ。

http://anond.hatelabo.jp/20160823105314

飽和攻撃有効からこそヤシオリにケチが付くんだが。

飽和攻撃有効だとあの場面でわかった時点でヤシオリ意味ないなって同時になったのになぜ気づかない?

休眠中ゴジラが何をしていたのかあの場面で答えが出てる。

要するにゴジラは冷却機能向上を図ったんじゃなくて尻尾レーザーとか省エネに走った、

まり冷却機能のこれ以上の改善不可能だと自分で答えを出したかお茶を濁しに走ったわけ。

そうすると有翼化か群体化が残るが有翼は当然歩行よりもずっとカロリーを消費するから

さら熱量を溜め込むことになりどう考えても効率悪いのでこれも答え合わせができる。

から消去法で群体化しか残されてなかったわけ。

物量作戦有効さをゴジラ学習したわけ。

それってオンリーワンよりも数が多い方が替えが効くよねって理論

まり攻撃死ぬ可能性あるならストック沢山多い方がいいよねって話で

防御面で僕不安抱えてるんですよどうしましょう先生?ってコメントになってる。

どっちにしろ防御面も攻撃面も欠陥が残って手詰まりになってるんだよねゴジラは。

あそこで棒立ちした時点でもう詰んでるんだよ。

群体化こそが最後の賭けだった。

まあ、増田じゃそこまで読み解けないわな。

 

「ヤシオリの飽和攻撃有効」ということからここまで答え合わせがあのシーンからできたからまるで入り込めなかった。

ゴジラのやってることってあの巨体とか新元素とか放射能とか神秘的なように見えて

やれることやれないこと劇中の動きだけでハッキリ線引きされてるんだよね。

なのに作中の人間たちが神格化して捉えてるのに作戦があのヤシオリっていう地味で無理やりさだから違和感すごかった。

http://anond.hatelabo.jp/20160822223135

群体化・有翼化こそお話し都合にしか見えない。

本当に群体化・有翼化が危険視されるなら真っ先に考案されるのは誘導兵器空爆を繰り返すことだろ。

航空機迎撃されても無人機最初迎撃させて加熱させれば被害は抑えられる。

核を使ったらどうやっても核汚染が引き起こされるし何より歴史に汚点が付く。

どれだけ巨大な災害が現れたとしても国に対して核使用あん簡単スイスイ決まる方が考えられない。

どんな指揮官でもというかリアル指揮官であればあるほど通常兵器での攻撃で済ませるための作戦を必至に立案する。

そもそもゴジラに関して言えば日本しか被害にあってない状況で核使用国連で通るのがまずフィクションなんだが。

まあ、リアルかそうでないかを言い争っても仕方ないが、

通常兵器効果が見込めたらあとは物量作戦というのはリアルであるならばどんな状況においても基本的戦術戦略

それを刺激したら群体化・有翼化の可能性あるって言うが休眠中がまさにその群体化・有翼化進化のための準備期間だったらどうするんだよって話。

作中で一度ゴジラは体長をサイズアップするためと冷却機能向上のために海中で数日間帰っていった。

まりゴジラ進化が早いと言っても大規模な進化をするにはそれだけの時間を有するということ。

尻尾人間の体が出てきたのも休眠中群体化の準備をしていた可能性が大きい。

冷却のためだけなら致命傷を与えかねない外敵のいる地上で休眠状態に入る必要は全くない。

また海中に変えればいいだけだから

以上のように例え群体化・有翼化したとしても取るべき戦術は物量作戦での熱暴走って変わらんのよね。

ゴジラ自体がそれに対しての答えを用意できなかったから群体化に切り替えようとしたんだろうけど

まさにそのための準備期間が休眠中だったわけ。

眠してる間に新たな進化準備をしていた、という推察を一度大きな進化して帰ってきたゴジラという前例があるのに

誰も話の都合で推察しなかったのが子供だまし。

物量作戦否定してヤシオリに話を持って行かせたいだけのこじつけしかない。

じゃないと話つまらないもんな。日本主導じゃなくなるからニホンVSゴジラじゃなくなるし。

 

何度もいうけど進化危険があるなら進化するためだけの時間ゴジラに与える方が愚策だし

その対処日本しかまだ被害にあってないのにいきなり色々ぶっとばして核使用はご都合すぎる。

休眠に入ったか調査云々も、アメリカ空爆機が迎撃されてそのまま何も米軍が手を出さないのもフィクション

攻撃中に攻撃対象の動きが止まったら普通作戦中なら総攻撃する。

元々空爆によって東京被害出ることは織り込み済みだから止める意味もない。

レーザー撃ったからびっくりしてやめた、とか子供だまし、本当に子ども感覚

そんなので作戦は止まらいから。

角度変えて作戦続行する。

自衛隊ですらあれだけ駆除するためにやれること全部やったのに米軍が3機迎撃されただけでアッサリ手を引くのが日本マンセー

続【新共通テスト記述式】氏岡真弓氏による朝日新聞記事批判する

前回のまとめと補足

前回『【新共通テスト記述式】氏岡真弓氏による朝日新聞の記事を批判する』という記事で、朝日新聞編集委員 氏岡真弓氏の署名記事について批判した。

その要点は、氏岡氏の記事が、国立大学協会入試委員会対応に関して、(意図的にせよ結果的にせよ)明らかな印象操作を行い、「新共通テスト記述試験大学側が採点する」という方法が極めて問題の多い案であるという事実を十分に報じないまま、この方法採用を後押ししてしまっているという点にある。

いくつかのコメント飛ばし記事であるとか文科省側のリークというような話が出ていたし、私自身もその可能性はあると考えている。

しかし、その一方で、私は文科省国立大学協会も正しく状況をレクチャしたにも関わらず氏岡氏自身が(意図的無意識かはともかく)内容や方向性の間違った記事を書いた可能性、つまり氏岡氏の持っていた見解バイアス資質問題が今回のような記事を書いてしまった原因である可能性も留保している。

これらの点を詳らかにするためにも、氏岡氏は自分自身言葉で今回の記事に関する経緯を説明してほしいと考えている。

今回批判したいこと

今回私が批判したいのは、8月19日朝日新聞4面に掲載された『<解説>大学に負担、利用未知数 新テスト記述案』という記事である

前回の内容は記事化の経緯に関する点であり、氏岡真弓氏に非があることは明らかであると(少なくとも私には)感じられる問題だったが、今回はもう少し論争的な部分を批判したい。

はじめに結論をかけば、

氏岡真弓氏は今回の新共通テストに関する問題特に採点方法問題を論じる/解説するにあたって、この問題に関する十分な見識を欠いているのではないかということだ。

私が特に重要視している記事記述は次の2つの記述に集約されている。

この問題を論じるにあたって、国立大学協会入試委員会の提出した論点整理や文科省有識者会議=高大接続システム改革会議の出した最終報告は役に立つ。

記述問題形式

氏岡氏の8.19付解説記事最初記述について考えたい。

私の批判の要点は、氏岡氏はこの記述の中で、記述問題において何を問うかという点に関する検討理解を十分に行わないまま独自解釈を述べていないか、ということである

特に、「文章理解説明する設問」と「自分の考えを書く問題」とを明確に区別した書き方をし、大学側が採点する方法を採ることにより、後者可能になったと断定している点である

国公立大学二次試験国語で問われている問題はおおむね前者にあたり、文章記述の内容把握や根拠説明要求するものになっている。

一方小論文試験や国公立でも非常に僅かだが一部の大学2016年度だと例えば滋賀県立大静岡大首都大学東京島根大など。ほかにもあるかもしれない。)の国語試験には、課題文の内容理解を踏まえる形で「あなたの考えを述べよ」という「自分の考えを書く問題」が出題されている。

では、新共通テスト記述問題で本当に後者のような問題を出すことが想定されているのだろうか。

高大接続システム改革会議の最終報告には、

国語については、次期学習指導要領における科目設定等を踏まえ、知識技能に関する判定機能に加え、例えば、言語を手掛かりとしながら、与えられた情報多角的視点から解釈して自分の考えを形成し、目的や場面等に応じた文章を書くなど、思考力・判断力表現力を構成する諸能力に関する判定機能を強化する。(p.54)

とあり、ここにみられる「自分の考えを形成し」という語句一見氏岡氏の記述合致しているように見えるかもしれない。しかし、これは、例えば選択肢を選ぶのではなく自分言葉説明することを指していると通常は解釈するように思う。

実際、

大学入学希望学力評価テスト仮称)」の記述問題については、現在国立大学二次試験で行われているような解答の自由度の高い記述式ではなく、設問で一定の条件を設定し、それを踏まえて結論結論に至るプロセス等を解答させる「条件付記述式」を中心に作問を行うことにより、問うべき能力評価と採点等テスト実施に当たっての課題解決の両立を目指す。(p.56)

と述べられていることを見落としてはいけない。最終報告のp.75に掲載されている図も見落とすべきではない。

まり「解答の自由度の高い記述式」や「小論文」は、創造性・独創性芸術性の評価も含む問題であり「個別入試になじむ」と整理されている。

仮に大学が採点することになるからといって、この整理を放り出して、「解答の自由度の高い記述式」や「小論文」を出題するとか、

自分の考えを書く問題」を出題すると述べるのは、議論の成果である最終報告よりも明確に一歩踏み込んだ記述になっていると言わざるを得ない。

では国立大学協会の「論点整理」ではどのように記載されているだろうか。

解答文字数をふくめて出題の多様性の幅が拡大することである。また、設問の中に構造化された能力評価観点を踏まえつつ、各大学学部)はアドミッションポリシーに基づき独自の採点基準採用することができ、各大学学部)の主体性が発揮できる。

ここでいう「解答文字数をふくめて出題の多様性の幅が拡大する」という記述には、氏岡氏の言うような「これまでの記述式で中心だった文章理解説明する設問と違い、自分の考えを書く問題づくりが可能」という趣旨を読むことはできないと私は考える。

というのも、ここでいう「出題の多様性」という文章は、前半にある次の記述を受けてのものからだ。

全国共通試験への記述式・論述問題の導入は、多肢選択問題では測ることのできない能力評価するための大改革であり、適切にその能力評価するためには相当数の問題が課されるべきである。また、評価すべき能力が個々の設問の中に構造化されるわけであり、その観点からは、短文記述式(40-50 字)設問のみでは、改革の主旨に沿った十分な評価を行うことができないと言わざるを得ない。解答文字数を含めて出題の多様性が出来るだけ拡大されることが望ましい。短文記述式のみでは早晩パターン化し入試技術化する危惧あり、持続可能性の観点からも、同様のことがいえる。

これは、「これまでの記述式で中心だった文章理解説明する設問と違い、自分の考えを書く問題」を出題するべきというよりは、文字数は40-50字の短文記述よりは長めで、個数は多めにするべきということである。個数を多めにというのは扱う内容の多様性を確保せよといっているように私には見える。50万人が共通して受験するテスト場合、題材が1つだけだとどうしても能力よりもその話題になにがしかの知見があるかどうかなどの運の要素も出てきてしまう。十分な量の問題と十分な長さの解答要求をすることでしか「適切に能力評価」することはできないだろうと言っているように見える。ここには、「これまでの記述式で中心だった文章理解説明する設問と違い、自分の考えを書く問題づくりが可能」というような観点は入っていない。氏岡氏の記述国立大学協会の「論点整理」の文脈からもはみ出していると考える。

また高大接続システム改革会議の最終報告の参考資料2には、今回の新共通テスト問題例が掲載されている。(ただし、あくまでも何を問いたいかを例示するためで直接試験で出題できる問題として掲載しているわけではないという注釈付き。)この中の「国語」の問題では、交通事故発生件数・負傷者数・死者数の年度変化を示すグラフを掲げ、「交通事故の死者数が他よりも早く,平成2年1990年)以降減少傾向になっていること」の理由について考えさせている。要求しているのは、資料から読み取れる内容の記述自分の主張を裏付けるためにはどのような資料を見ればよいか記述させることである。これは、「自分の考えを述べる」問題ではないことは明らかである

また氏岡氏は自身ツイッターで次のように述べている。

入試改革を引っ張ってきた国大協の委員会ででた案。出題の幅がぐんと広がる。注目です。

「出題の幅」とはどういう意味なのかはっきりしない。最初に取り上げた4面の解説記事記述にもあるが、「自由記述」「本格的な記述」のような書きぶりにも現れているように、言葉の選び方が不用意で十分に検討したと思われない。

しかし一方で、氏岡氏の名誉のために、次のことは指摘しておくべきだろう。

読売新聞8月20日付の記事『大学新テスト、英語「話す」で民間試験の活用案』の中で次のように記述している。

国大協は記述式の採点を、受験生の出願先の各大学が行う案を示した。(中略)国大協はテスト1月中旬実施しても、大学が採点すれば200字~300字程度の記述式が導入できると想定大学による採点が難しい場合は、採点期間を国立大学前期試験直前の2月下旬まで延長する別の案も示した。

これも国大協が大学側が採点するという案を提示したという問題のある記述をしているのだが、それ以上に、国大協が「200字~300字程度の記述式が導入できると想定」などという「論点整理」には全く書かれていない話を登場させている点に注目したい。

「40-50字の短文解答式」ではまずいという議論から、いきなり「200字~300字程度の記述式」というところへ直接は結び付かない。

上の最終報告にある問題例は、40字以内と80字以上100字以内の設問である。通常、短文解答式ではないものを、という点でみれば、いきなり200字~300字となるのではなく、80字~100字程度の文字数ということを考えるのが自然ではないだろうか?

また国公立二次試験を見ても、単独で200~300字の記述要求する大学はむしろ珍しく、東大でさえ最大文字数の問でさえ100字~120字で述べさせる問題である

もちろんこの「200字~300字」というのが、たとえば小問3個での合計解答文字数というなら話は違ってくる。(1個の大問全体での記述量が500~600字程度ということは珍しくない。)読売記事がそのあたりの正確さを欠く記事になっていることは批判されるべきだ。

今回のまとめ

まり考えられることはいろいろある。

といったことだ。

 しかしどれであったとしても、氏岡氏の記事は、高大接続システム改革会議の最終報告から乖離しているし、現状の国公立二次試験での国語の出題状況などについても十分把握しているとも言い難い。また19日時点では取材していなかったのかもしれないが、国立大学協会の「論点整理」とも乖離している。こうした点からも、署名記事を書いた氏岡氏はいったいどういう経緯と解釈でこの解説記事を書いたのか説明するべきだと私は考える。


 実は、国立大学協会論点整理の中には、次のような記述もあることを付け加えたい。

そもそも、記述式・論述問題評価すべき能力いか構造化できるかは、根源的な課題である評価すべき能力構造化があって初めて、各大学学部)はアドミッションポリシーの中に、記述式・論述問題を適切に位置づけることができる。しかしながら、国立大学全体にも大学入試センターにも、そのための知識ノウハウの蓄積は未だ十分ではない。平成 32 年度実施に向けて能力構造化に向けた記述式・論述問題設計理論構築、体系化が喫緊課題といえる。国大協としても、過去の各国立大学個別試験における記述式・論述問題に関する実績を調査分析することなど、この課題積極的に取り組んでいきたい。

これは、どのような形式で何を問うかということについて、決して十分な知見があるわけではないことを述べており、すなわちこ(「学力の三要素」といった抽象論ではなく)具体的な設計レベルでみれば、新共通テストにおける記述問題形式や内容についていまだに十分合意が取れているとは言えない現状を示している。にも関わらず、「これまでの記述式で中心だった文章理解説明する設問と違い、自分の考えを書く問題づくりが可能」とか「大学が採点を担う国立大学側の独自案が具体化すれば、入試改革は実現に大きく近づく」などと断定する氏岡氏の記述に私は強い不信感を抱かずにはいられない。

メトロ増田乗り損ねた猫ソリの出すまロト目(回文

んもー、帰りのメトロ終電乗り損ねちゃったわ。

こういう時は満ちゃんところに

泊めてもらうかタクシーで帰るかなんだけど、

だいたいは満ちゃん捕まえて

梅酒買って持って

遊びに泊まりに行くのが常なの。

まあ、私が早く帰れたら一番いいんだけど、

でも、満ちゃんところの家、私鍵持ってるから

勝手に入って自由麦茶飲み放題なのよね。

勝手に泊まれちゃうのよ。

うふふ。

でもさ、24時間営業運行しててもいいと思わない?メトロ

そうなったら、

きっとシータ業界が怒りそうね!

よくよく考えたら、

初詣の時とかは

普通にメトロ終夜営業で24時間走ってるしね。

やればできるじゃない!って。

都営メトロ

せめて山手線くらいは

24時間走ってて欲しいわ。

あと、

増田の予約投稿機能もよ!

早く実装してほしいわ!




今日朝ごはん今日は朝早起きなので、

実は前置きで書き溜めたものよコレ。

から、きっとその日の朝ごはん

朝ごはんルーレットで決めちゃうわ!

だいたいは、

おにぎりサンドウィッチなんだけどね。

きっとタマサンドパジェロかよ!

パジェロパジェロパジェロ

ってタワシかよ!

残念朝ごはんはタワシでした。

デトックスウォーターは、

パリジャン御用達

紙袋からはみ出たバケット削りウォーターよ。

バケットの先を削って、

水に入れて風味付けするの。

パリジャンのお気に入りよ。

私がメトロメトロって言ってるのはパリメトロのことよん。

うふふ。




すいすいすいようび!

今日も頑張りましょう!

WIN10の検索機能が糞すぎる

検索結果が一覧じゃなくてファイルタイプ別に出てくるのもうざいし(一個一個が無駄にでかくて一覧性低い)

出てきたフォルダークリックしても開かねえよ

なんだこれ

フォルダー開かせろよ何のために表示してんだ

2016-08-22

http://anond.hatelabo.jp/20160822144854

御用学者との会談

あれはパロディなので


蒲田くんの川遡上

実際におきたら、自宅の窓から実況中継する生主

ゴジラ来てるけどFPSやめられない生主が続出する


>逃げ遅れた家族

パニックになると案外あんなもん、地震の時も震度6の中FPSやってたり

津波が自宅に到達するまで実況している人もいた


品川くんの前を横切る老人たち

あれは、攻撃目標の側に民間人がいた場合でも自衛隊攻撃できるのかっていう演出なので


階段を登る避難

体育館公民館への避難蒲田くんも品川くんも鎌倉くんも地震災害じゃないので指定避難場所避難してもしかたがないのでは?

そのとおりなんだが、無能自治体がそこに避難しろって放送してるんだから従うしかない

そもそもゴジラ上陸したときにどうするかのマニュアルが全く出来ていない

ゴジラ架空怪獣なので仕方ないにしても、中国が攻めてきて爆撃機攻撃されているとき

国民はどう対処するべきか全く訓練できていないのは不味いよね


品川くんが海ににげたあと

発信器くらい打ち込めとか

護衛艦配備しておいて魚雷撃てとかは思った


>アンパターソン

どんなに絶賛している庵野信者でさえ誰一人として擁護している人がいなくて、石原さとみがXXしないか心配


>第四形態鎌倉上陸後の移動経路

生物なんだからまっすぐ進む方がおかし

ロウロするのは当たり前、犬の散歩連れて行くとわかる


>第四形態上陸

海自が驚くほど無能だった、多分撮影協力が得られなかったんだとおもう

米軍はトマホールミサイル発射したのにねえ


米軍攻撃ゴジラゲロ

地下に批難した人は大体死んでます

矢口が無事だったのは単に運がよかっただけ


ゴジラの重量

118.5m 9.2万トン

ジャンボジェットが70m 180トン、ゴジラ身長モデルになったと言われている

陽炎駆逐艦が118.5m 2000トンなのでめちゃくちゃ重い(戦艦大和でさえ263m 7.3万トン)

海を歩いている描写から水よりも比重が重いわけで、自重で潰れるけどその辺は映画から


おりがみ

要するに鶴を折ると文字が浮かび上がる


血液凝固剤で凍結

血液核融合で発生した熱を逃しているので、血液が循環しなくなると

安全のため-170度まで冷やす機能がある、それを利用して凍結させた

米軍が余計なことをしなければ、寝ている間に飲ませて楽勝だったのに

飛来するものを全て無条件に攻撃するようになったため、ゴジラに転んでもらって地上から入れる必要があった


血液凝固剤の経口投与

ゴジラ食事必要としない、水と空気があれば核融合必要元素を作り出せる完全生物

分水は飲む


>忘れてたけどこの国かの国うるさい

政治家官僚が実際にああいうしゃべり方するんだから仕方ない

辻斬に切られて幕府すごいと思ったでござる。

http://anond.hatelabo.jp/20160822143611

先日、回向院のあたりで辻斬に腕を切られたときの話をするでござる。

(※清河八郎殿の事件とは別件です)

まりに突然なことだったのでもちろん驚いたでござるし、

下手人への怒りの感情もあるでござるが、

なによりこの件で一番強く思ったのが、

幕府すごい」

ということで候。

…拙者の語彙力のなさはさておき、

地方ではアンチ幕府的な噂が目立つ中、

幕府は良いところもあるよ、ということをまとめたくてこの武露愚に筆をとった次第。


【その1】捕方すごい

まず事件当日

詳しくは伏せますが、とにかく回向院で知らない人に刀で腕を切られましたでござる。

下手人から逃げつつ、番所へ駆け込み、場所や状況などを説明しつつ…

と、番所へかけこんでから2〜3分経ったところで後方から

鬼平犯科帳でお馴染みのテーマソングが聞こえてきたでござる。

まりの迅速さに、

拙者の事件とは無関係たまたま火附盗賊改方が通りがかっただけかと思ったでござる。

しか長谷川殿はすぐに近くに止まり

別方向から忍者と来た旗本の若殿?と共に犯人を捕まえてくれたでござる。

もしあの時、すぐに来てくれなかったら

第2、第3の被害者が出てもおかしくござらぬ。

また、長谷川殿の後追いでやってきた同心たちも、刃物を持っている下手人に対しても怯むことな

しっかりと取り抑えてくれ候。

町方にはなかなかできないことです。

本当にすごいでござる。


【その2】藩の同輩すごい

下手人が捕まりほっと一安心

間もなく拙者の忠勤する藩から同輩も到着し、

すぐに拙者の腕を何かで包んでくれ候。

その時の拙者は呑気に、

「とりあえずなんか包んでくれたし、医者のところへ行かなくても良いんじゃないかな」

なんて思っていたのでござるが、

周りの人達必死町医者を探してくれているので

余計なことは言わず大人しくしていたでござる。

何件かの医者に断られ、

やっと受け入れてくれる養生所外科先生が不在と由。まあ小石川療養所には本道(内科)の医者しかおらぬとは聞いた話ではござる。

とりあえず診てもらえるだけありがたいので、そこにお願いすることにしたでござる。

後になって分かることでござるが、拙者の傷はそれなりの深さがあったため

縫わないと血が止まらないような状況だったそうでござる。

藩の方がそこまで分かってくれていたかどうかは分かり申さぬが、

拙者はただぼーっとしていただけで、

色んなところへ早馬を飛ばし必死に受け入れ先を探してくださったり、

本当にすごいと思ったでござる。

また、養生所へ向かう最中に、同乗した鬼の平蔵がわたしの気を紛らわせようと

色々と話しかけてくださり、それもとてもありがたかったでござる。


【その3】小石川養生所すごい

養生所へ到着すると、本道の先生

自分は専門ではないので、明日また専門の先生に診てもらってください」

と前置きした上で、診てくれたでござる。

とりあえず血止めしようとしたようでござる、

血が止まらないので縫うことになったでござる。

今まで体を縫ったことがない拙者は驚き申したが、

なにより先生自身が、覚悟を決めたような神妙な雰囲気を出していたので

拙者は「先生がんばれ」とだけ思ってかしこまってござる。

先生は、慣れていないのが拙者でも分かるぐらい

一生懸命に、丁寧に、一針一針確認しながら縫ってくれたでござる。

時間ほど経ち、なんとか縫い終わって

誰よりも安心しているのは先生のように見えたでござる。

慣れないながらもしっかり対処してくれた先生すごい。

そして、終始汗だくで目が泳いでいた拙者に、優しく話しかけてくれた蘭方医さんすごい。


【その4】再び捕方すごい

治療が終わり、今度は奉行所へ移動し事情聴取でござる。

みんなが想像するあの御白州

子どもの腕を引っ張るところでござる(違います)。

担当のお奉行が、事件の様子を細かく文章でまとめてくれるでござる。

時々質問されるので、できるだけ的確に答るでござるが

(こんなことを申すのも何でござるが)

基本的被害者は暇でござる。

でももしお奉行がいなかったら?

自分自分の状況を、矛盾がないようにまとめるのはとても難しいでござる。

およそ二刻ほどかかり、まとめられた文書(もんじょ)と証拠物件

事件概要が的確に抑えてあり、

第三者が見ても状況がわかるものとなったでござる。

詳しくはよく分からぬでござるが、この証拠たちをもとに

今後、下手人の罪を裁いていくことになるようです。

下手人を捕まえ、事実関係を明らかにし、もろ肌を脱いで桜吹雪を見せることまでやってくれる

奉行すごい。本当にすごい。


【その5】三味線屋すごい

翌日、外科先生の代わりということで紹介された三味線屋へ行ったでござる。

三味線屋は傷口を見てすぐ、

「縫い直しだね」とおっしゃっていて

せっかく前日に一針一針一生懸命縫ってくれた糸を切るのは小川先生申し訳が立たない気持ちになったでござるが

糸の専門家が言うことなので素直に従って候。

そして三味線屋は、さすが専門なだけあって

こちらが心配する暇もなく、手際よく糸を張っていくでござる。

結果的に、三味線屋曰く「数えきれないぐらい」縫ってくれたでござる。

首も吊った(テレビ用の糸なので来週には消えているらしい)

ので、傷口はおそらくほぼ残らないだろうとのことでござった。

前日の本道の先生には充分感謝しつつも、

やっぱり仕事人はすごい。


【その6】江戸すごい

以上のように、たくさんの方々、たくさんの江戸の仕組みによって

拙者は事件以外の不満を感じずに、傷を塞ぐことができたでござるが、

1つ気がかりなのが、治療の費えについてでござる。

下手人へは怒りもあるでござるが、

拙者は死んだり不便が残ったりした訳でもないので

そこまでの恨みはないでござる。

ただ、もう、本当に大した額ではないのでござるが

治療金子ぐらいは払って欲しい…と思っていたでござる。

すると、そのことを話した訳ではないのに、、

お上の方から

拙者の治療費を上様が払ってくれるという話を聞いたでござる。

どういう流れでそうなるのかは不明でござるが、

徳田新之助なる旗本の正体を口外しないとかの条件があるらしいでござるが)

こちらはまったく刀を抜かないのに一方的にケガをさせられて

治療費まで被害者が払うのはおかしい、ということで払ってくれるそうでござる。

吉良殿をよってたかって惨殺した赤穂のテロリストどもに聞かせてやりたいでござる

そのような仕組みがあることは全く不案内でござったし、

そのような仕組みがなければ本当に被害者は損ばかりでござる。

僅かな金子でござる、そのおかげで拙者の心は大分軽くなり申した。

江戸すごい。

そしてそんなお金があるのはもちろん、

普段からお国のために尽くしてくれる幕府の皆様のおかげです。

本当にありがとうございまですでござる。

普段奉公していると気付かないことばかりでござるが、

江戸にはこんなにたくさんの仕組みがあり、うまく機能しているでござる。

中には問題があることもあるかもしれない、それでもなんとかうまくいくように

今日自分の知らないところで誰かが尽力してくれている。

そう思うと、幕府ってすごいでござる。

シン・ゴジラは、 『特撮好き』なら失神レベルの大傑作で、『一般人』なら視聴に耐えうる娯楽作

シン・ゴジラの真価は、これから広がるであろう一見さんによる批評の中にこそ有る。

まり、「満点からマイナスされうる特撮映画」が帰ってきた、と言う意味だ。

1週間ほど前に話題ゴジラを見に行った。面白かったは面白かった。

が、事前ハードルが上がりすぎていたのか、粗(に私には見えた)の部分が結構気になってしまい、正直世間で言われている程に「大傑作」にはあまり見えなかった。

シン・ゴジラそんなに言うほど面白いかあ??

シン・ゴジラには、決着のカタルシスが無い。

確かにその通りで、それは欠点だ。

それは、長年特撮ファンが受けたくても受けられなかった指摘だ。

特撮ファン向けの映画から一般人向けの映画に

「まあ、子供向けの怪獣映画にしては良く出来てたよね」という感想からの脱却。

対象年齢を考えても酷い」とか「大人の視聴に耐えうる人間ドラマ」とか

そういった「オヤクソクを共有している視聴者」向きの話じゃない。



まり、「ファインディング・ドリーと比べて」とか

ゴーストバスターズの脚本比較して」みたいな、

一般的な映画と比肩しうる水準に特撮映画を押し戻した。

からこそ「大傑作」であり、それ故に「まあまあ面白かった」という感想が併存しうる。

今あるものでやるしか無いんだ。

特撮は、リソースがないことをイイワケにしてきた過去がある。

平成に入ってからゴジラをどれでも良いから観て欲しい。

シン・ゴジラ比較するべくもないヒドイ作品ばかりだ。

一般人から見れば。



最近は「ゼロからプラスして積み上げる特撮映画」しか無かった。

「(全体の質はハリウッド比較しようも無いけど)特撮部分は良かった」

「(全体の質はハリウッド比較しようも無いけど)ドラマパートはヒドイ」

みたいな「邦画予算規模で制約の多い特撮映画において」という限定が常についていた。

シン・ゴジラは、正面からそれを覆してみせたと思う。

イイワケの無い、特撮映画としてのゴジラ

粗はある。荒削りでもある。

世界最高峰の映画では無く、手を入れるところもまだまだある。

それでも恐らくは邦画現場における特撮映画のベストを尽くした映画だと思う。

それは特撮ファンなら邦画の環境に絶望せずに希望を見いだせる一筋の光であるし、

一般人から見れば、「怪獣映画だけど面白いらしいよ」と観に行ける映画になってる。

まり何が言いたいかというと

日本特撮映画として100万点」のシン・ゴジラで終わるならソレまでだ。

でもきっと「世界の映画の中で70点」のシン・ゴジラだと評価してもらえる。

怪獣を通じて、日本災害を正面から描き、国のあり方をポリティカル視点から捉える。

世の中は稼いだもの正義で、投資してもらえるのは評価された作品だけだ。

その意味で、きっと一般人からみても、投資に一口のれる出来じゃないだろうか。


おまけ

ダシに使ったので、不満点に共感しつつ、違う視点提供しておくよ。

映画観に行った後のファミレスでダベってる感じで読んでもらえればと思う。

(人は感じたことが全てであり、反論しようとは思っていない)

登場人物ゴジラへの理解度が要所要所で不自然に高い』

主人公矢口会議中に巨大生物言及するのだが、この時点で矢口がそう判断に至った材料は精々ネットの動画程度であり、あそこでアレを「生物」と考えるのはかなり不自然だ。

この時点では矢口は単なる夢想家レベルである

矢口の人物像について、多少のフォローはされている。

シン・ゴジラ主人公である長谷川博己演じる内閣官房副長官矢口蘭堂は、

竹野内豊演じる内閣総理大臣補佐官国家安全保障担当)の赤坂秀樹から

会議結論ありきで進んでいる。かき回すな」と助言を受けている。

また、エレベーターの中で、立場が上の人間に対して「楽観やこうあって欲しいという願望が、先の大戦で何百万人も殺した」とワリとハッキリ苦言を呈している。

矢口生物と断定しているのではなく、「巨大生物の可能性を俎上に載せないのはマズイ」と判断しているのではないだろうか。

ネット上の映像フェイクであれば、それを作った人間動機テロで無いことを確認するまで安心しないタイプ

ニュース映像での「巨大生物尻尾」について、ニュースの真偽を問うシーンがないのは映画の都合だと思う。

ニュース第一報だと見るのが妥当なシーンだし、それならアレは何のジョークだと笑うのが現実的ではなかろうか。

同種の別個体については、検討は並行で続けているが、映画の都合でカット、じゃないかな。

個体だとすると、観客は「ゴジラ対究極生物なのか?」という疑念を抱きながら観ることになり集中力が削がれる。


『人の死の描き方について』

(一つは倒れるマンションから逃げ遅れた家族、一つは溢れた川から逃げる男性、もう一つどこかで同じことを思った気がするが覚えていない)

 この点はあまり大きな不満という程では無いのだが、どうにもモヤモヤとしてしまった部分だ。

たぶん、残りの一箇所は、自衛隊戦車が潰れるシーンか、注入第一部隊の全滅の部分じゃないかな。

マンション荷物を詰めていてマンションごと押し倒される家族、川からの逃げ遅れ(たぶん画面の奥側に向かって走る男性)は、

災害の描き方の問題で、ゴジラによる人死を描いているわけではないと思う。

あの一連のシーンで感じる「いまどこに災害が近づいてきているか一般市民には把握できない」という恐怖は演出として一貫していると思う。

(状況把握のしようがなく、気がついた時にはもう遅いという恐怖は、5年たってやっと直視できるようになった映像だと思う)

ただ、予算の都合による表現の制限を感じる部分ではある。

病院とか今まさに災害現場は出てこず、災害が通り過ぎた後の映像だしね。

密室俯瞰した映像に寄る災害描写は、予算制約を逆手に取った脚本の作り方の問題であり、

その意味で「巨大不明生物がなぎ倒したビルにも当然人が残っている」というのを伝える手法に限界があったのかな、と思う。

ほぼあの家族しか直接の被害は確認できないのに、それ以後の緊迫感は違う。

だけど、アレ入れて欲しくない、というのも判る。


石原さとみキャラが明らかに浮いている』

浮いてると思うよ。これはシナリオの歪みが集中してるせいだと思う。

これ、後でちょっと付記するけど、「シナリオの都合の上で」リアリティラインは高く見えるようにしてあるんだと思ってる。

例えば、東京駅前に当然あるはずの広大な敷地について劇中一切言及されていない。明らかに不自然。

筋論として、日本が米国に頼り、米軍日本国内武力行使する、という流れのハズ。

仮にも主権国家に対して、他国が熱核攻撃を短期間に強行する理由がない。

米軍による強行じゃなくて、国連安保理での決議言うてたし)

日本が壊滅するまで自由にさせておき、主権が及ばないところに出てから攻撃になるはず。

ちょっと日本以外のまとまりが良すぎるというか、世界があまりにも日本に対して冷淡すぎる。

日本に核攻撃」という荒唐無稽な一手と、

ゴジラを生み出したのは、牧元教授という日本人では?」という点、

外務省駐在武官無視して政権が直接軍事について外交を行うと言う部分を抑えると

祖母が原爆による被害者であり、日系人アメリカ政権に対して一定の譲歩を引き出しうる通常外交ルート外の存在は、

石原さとみ演じる米国大統領特使のカヨコ・パタースン以外であっても、

やっぱり荒唐無稽に見えるだろうし、どうしても浮いてしまうのは仕方がないと思う。

彼女シナリオの不備による歪みを一手に引き受けて浮いているのだと思う。

まあ、じゃあどう直せば良いかって言うと、アメリカ側を描くには予算が足りなそうだな……

『ヤシオリ作戦について』

ゴジラ原子炉載せて、排熱への対処(生存本能)で進化するって道筋つけると、焼却 or 凍結ってのは判りやすい。

シナリオの都合でアメリカに熱核攻撃を担わせると、日本特撮的な花である爆発(焼却)を使うのは難しい。

そもそも「カタルシスを得られない」ということそのものが、演出意図なのではないかなと思う。



一応、血を流すことから排熱に血流を用いているのではってのは合理性があるし、血液凝固材も30種類?試して効くのは確認してる。

元素変換する相手ならどこに投与しても一緒って意味では、口に見える部分に引っ掛けて体内注入するってのは効果的とも思う。

仮定仮定を積み重ねて、地味な作業原子炉の終息にもってくってのは、福島第一原発事故対応への直喩だろうし。

「ショボい」処理で、しかも「まだ終わってない」ってのを、東京駅に凍結させたゴジラで示しているのでは、と。

政府冷温停止宣言したのも、冷やし続ける必要があるってのも、同じ構図だよね)

 加えて、ヤシオリ作戦に関しては、矢口の陣頭指揮の部分にも中途半端さに違和感があり、これまで徹底して「対策室で対応する政治家」を描いてきて、結局最後は「主人公現場の陣頭指揮を取りに行く」というのを描くのか、というのに少し落胆した。

 せめて矢口本人が言うように「自分現場にいる事で出来た微妙判断」が描かれていればスッキリはしたかも知れない。

一応は、逃げ遅れた人がいるかもしれないけどやる?とか、線量が予定よりも多いけど続行するのか?とか、判断はあったと思う。

どっちかというと、多分最初に感じたであろう「え?総理大臣は逃げるの?残らないの?」みたいな感覚

「いや、指揮官は後方に控えてないと死んだら終わりだから」に観客の気持ちを変えたかったんじゃないかな、と思う。

それでもまあ、良くあるヒーロー映画みたいにゴジラに触れるような最前線までは最後まで行かないし、良かったんじゃないかな。

(良く言われる「陣頭指揮」を観客がどう捉えるかが、映画を見た後で変わったのではないか

『「国」のアピール

 総体としての「日本」とゴジラとの戦いを描くのがテーマであるのであれば、

 あそこまで「東京」のみの話に終始したというのはどうなのだろうと思う。

正直に言えば、予算の都合で、東京のみの話にしないと収拾が付かないと思う。

ただ、あれは東京一極集中への軽い皮肉にも見える。

福島第一原発事故」が「東京駅」で起こったとして、煽りじゃなくて日本としての機能がどうなったか考えるとゾッとする。

その俺の思いと重なるが、何度も「経済的」な話が出てくる。

経済的には莫大な損失とか、熱核攻撃を受けて世界から支援を受けないと復興できないとか。

損得勘定で熱核攻撃を仕方がないと受け入れる「論理」と、象徴的な意味で核攻撃を受け入れられない「感情」との対立軸にも見える。

「国」とは何なのかを観る人に問うシナリオになってたんじゃないかな、と。

まあ観たひとに届かないのであれば、そりゃ成功してないわけだけど。

その他のダメ出しポイント

まあ、観たひとに届かない思いは独り善がりなワケでダメなんだと思うけど、

最初に書いたように、そういう「普通の映画のダメ出し」してもらえるところにシン・ゴジラ価値がある。

と、思うわけで、やっぱり気になる点を俺も最後に列挙して置こう。

東京駅のど真ん前の話が無い

東京駅の正面真っ直ぐに、東京の中心である大きな空間がある。

熱核攻撃をあの付近で行うことに対して、日本人が触れないってのはあり得ない。

「彼らはここがニューヨークでも同じことをするそうだ」とはセリフにあるけど、あれ「ワシントン」じゃないんだよね。

あくまでも経済の中心であるというセリフであって、象徴的なんだけども)

陸上理由が判らない

突然地上にさまよい出た、排熱の為に進化した、冷却のために海に戻った。

突然さまよいでることも、デタラメに動くのも、再冷却の為に海に戻るのも災害っぽい。

鎌倉から上陸する理由がわかんないんだよね。

進化の方向性として陸上に特化してしまったとして、海水を捨てて地上に出てくる理由不明

牧元教授が好きにした結果、ゴジラを生み出して、意思を方向づけたなら判らなんでもないけど。

配偶者を原爆で亡くし、国と核を憎んだ牧元教授なら、先の大戦の直接の責任者である国の象徴にまず向かい、その後アメリカ上陸を目指すのは理にかなっている)

国連安保理が核攻撃容認するのが判らない

途中、スパコン計算能力貸して欲しいって海外の研究機関に依頼するときに、

一旦「ウチの技術を盗むかもしれないから断ろう」みたいなセリフがあるんだけど、

もしも「間に合わなかったら首都が熱核攻撃を受ける」みたいな状態なら、

「ひとを信じよう」みたいなのんびりした話にはならないと思う。

人類ってそんなに日本に冷淡なの?と言う。

秘密裏国連安保理が熱核攻撃容認するって、日本外交ゼロってことになる)

(そうすると、フランスと裏取引する外交技術との整合が取れない)

駆除一本槍なのに違和感がある

シナリオ福島第一原発事故念頭に置いてるからなんだろうけど、

ゴジラに対して調伏(焼却or冷却)しか選択肢が無くなってるのに違和感がある。

最初に言ってたけど、追い出すか、退治するか、保護するか。

保護が無理、退治が難しそうなら、通常は追い出しの手段検討するんじゃないか

餌で釣るのか、行動パターンを読むのか、押し返すのかは別にして。

追い出しにリソースが避けないって言う描写は欲しかったかな……

(これはほとんど「他の個体についての言及がない」ってのと同じポイントだな)

とは言え、

映画を見ながら、実際に災害になったらどう逃げようか俺は考えた。

かなり踏み込んで災害を描いてるような気がするけれども、どうかな。

安倍マリオ

リオ五輪閉会式日本パート演出、めちゃくちゃよかった。

最初君が代も格好よかった。君が代はああ歌うのが正解なんだと思った。

そこを導入として展開していくのも格好よかった。

日の丸の赤いボール映像をつなぐ軸として機能しててよかった。

静と動が見事で日本しかったと思う。

新しい五輪ロゴダサいなと思ってたけど、閉会式の中で光の枠(なんていうの?)で完成したときは格好いいなと思った。

オリンピック関係者もそうだし日本人に流れてる、問題多すぎてやめとけばよかったのにっていう空気を変えるんではないかと思う。

通り魔に切られて日本すごいと思った話

先日、道端で通り魔に腕を切られたときの話をします。

(※サマーランド事件とは別件です)


まりに突然なことだったのでもちろん驚きましたし、

犯人への怒りの感情もありますが、

なによりこの件で一番強く思ったのが、

日本すごい」

ということです。

わたしの語彙力のなさはさておき、

ネット上ではアンチ日本的記事が目立つ中、

日本は良いところもあるよ、ということをまとめたくてこのブログを書き始めました。



【その1】警察すごい

まず事件当日

詳しくは伏せますが、とにかく道端で知らない人に包丁で腕を切られました。

犯人から逃げつつ、警察電話しつつ、場所や状況などを説明しつつ…

と、電話をして2〜3分経ったところで後方から

警察24時でお馴染みのパトカーの音が聞こえてきました。

まりの早さに、

わたし事件とは無関係たまたまパトカーが通りがかっただけかと思いました。

しかパトカーはすぐに近くに止まり

別方向から自転車で来た警察官と共に犯人を捕まえてくれました。

もしあの時、すぐに来てくれなかったら

第2、第3の被害者が出てもおかしくありませんでした。

また、警察官は、刃物を持っている犯人に対しても怯むことな

しっかりと取り抑えてくれました。

一般人にはなかなかできないことです。

本当にすごいです。



【その2】救急すごい

犯人が捕まりほっと一安心

間もなく救急車も到着し、

救急隊員がすぐにわたしの腕を何かで包んでくれました。

その時のわたしは呑気に、

「とりあえずなんか包んでくれたし、病院行かなくても良いんじゃないかな」

なんて思っていたのですが、

周りの人達必死に受け入れ病院を探してくれているので

余計なことは言わず大人しくしていました。

何件かの病院に断られ、

やっと受け入れてくれる病院外科先生が不在とのこと。

とりあえず診てもらえるだけありがたいので、そこにお願いすることにしました。

後になって分かることですが、わたしの傷はそれなりの深さがあったため

縫わないと血が止まらないような状況だったそうです。

救急の方がそこまで分かってくれていたかどうかは分かりませんが、

わたしはただぼーっとしていただけで、

色んな病院電話して必死に受け入れ先を探してくださったり、

本当にすごいと思いました。

また、病院へ向かう最中に、同乗した救急隊員がわたしの気を紛らわせようと

色々と話しかけてくださり、それもとてもありがたかったです。



【その3】受け入れ病院すごい

病院へ到着すると、内科先生

自分は専門ではないので、明日また専門の先生に診てもらってください」

と前置きした上で、診てくれました。

とりあえず止血しようとしたようですが、

血が止まらないので縫うことになりました。

今まで体を縫ったことがないわたしは驚きましたが、

なにより先生自身が、覚悟を決めたような雰囲気を出していたので

わたしは「先生がんばれ」とだけ思って静かにしていました。

先生は、慣れていないのがわたしでも分かるぐらい

一生懸命に、丁寧に、一針一針確認しながら縫ってくれました。

時間ほど経ち、なんとか縫い終わって

誰よりも安心しているのは先生のように見えました。

慣れないながらもしっかり対処してくれた先生すごい。

そして、終始汗だくで目が泳いでいたわたしに、優しく話しかけてくれた看護師さんすごい。



【その4】再び警察すごい

治療が終わり、今度は警察へ移動し事情聴取です。

みんなが想像するあの取調室。

カツ丼を食べるところです(違います)。

担当警察官が、事件の様子を細かく文章でまとめてくれます

時々質問されるので、できるだけ的確に答えます

(こんなことを言うのも何ですが)

基本的被害者は暇です。

でももし警察官がいなかったら?

自分自分の状況を、矛盾がないようにまとめるのはとても難しいですよね。

およそ4時間かかり、まとめられた文章証拠写真たちは

事件概要が的確に抑えてあり、

第三者が見ても状況がわかるものとなりました。

詳しくはよく分かりませんが、この証拠たちをもとに

今後、犯人の罪を裁いていくことになるようです。

犯人を捕まえ、事実関係を明らかにし、罪を裁くことまでやってくれる

警察すごい。本当にすごい。



【その5】形成外科すごい

翌日、紹介された形成外科先生がいる病院へ行きました。

先生は傷口を見てすぐ、

「縫い直しだね」とおっしゃっていて

せっかく前日に一針一針一生懸命縫ってくれた糸を切るのは申し訳ない気もしましたが

専門の先生が言うことなので素直に従いました。

そして形成外科先生は、さすが専門なだけあって

こちらが心配する暇もなく、手際よく縫っていきます

結果的に、先生曰く「数えきれないぐらい」縫ってくれました。

内側も縫った(しかも内側の糸は数ヶ月で溶けるらしい)

ので、傷口はおそらくほぼ残らないだろうとのことでした。

前日の内科先生には充分感謝しつつも、

やっぱり専門の先生はすごい。



【その6】東京都すごい

以上のように、たくさんの方々、たくさんの日本の仕組みによって

わたし事件以外の不満を感じずに、傷を塞ぐことができましたが

1つ気がかりなのが、治療費についてです。

犯人へは怒りもありますが、

わたしは死んだり障害が残ったりした訳でもないので

そこまでの恨みはありません。

ただ、もう、本当に大した額ではないのですが

治療費ぐらいは払って欲しい…と思っていました。

すると、そのことを話した訳ではないのですが、

警察の方から

わたし治療費東京都が払ってくれるという話を聞きました。

どういう流れでそうなるのかは不明ですが、

(また、その条件など色々あるようですが)

こちらに全く否がないのに一方的にケガをさせられて

治療費まで被害者が払うのはおかしい、ということで払ってくれるそうです。

そんな仕組みがあることは全く知りませんでしたし、

そんな仕組みがなければ本当に被害者は損ばかりです。

僅かなお金ですが、そのおかげでわたしの心は大分軽くなりました。

東京都すごい。

そしてそんなお金があるのはもちろん、

普段税金を払ってくださっている国民の皆様のおかげです。

本当にありがとうございます



普段生活していると気付かないことばかりですが、

日本にはこんなにたくさんの仕組みがあり、うまく機能しています

中には問題があることもあるかもしれない、それでもなんとかうまくいくように

今日自分の知らないところで誰かががんばってくれている。

そう思うと、日本ってすごい。

2016-08-21

貧困問題を解消するのは当然「功利的」理由である

増田は「利己的」と書いていたが「功利的」と言うべきだろう。その上で「功利である」ことには同意だが、その理由は異なる。その理由を少し述べる。

増田の論は、人間能力というもの一元的に数値化できるという架空仮定に基づいているが、これが根本的に的外れである人間能力というのは非常に複雑なもので、社会全体の生存を考える上ではその多様性担保することがもっと戦略的には正しい。たとえば日本社会で非常に高く評価される「空気読む」能力は、世界の中ではほとんど不要能力であるが、狭い環境下で長期的に社会関係を維持しなくてはならない場合(たとえば長期にわたる宇宙船内での作業員等)では、非常に有効能力である可能性がある(ただし、現代日本人が比較的不得意な「異文化の受容」に関わる問題クリアできた上での話であるが)。

知能というのも残念ながらその測り方が日々検討されているような状態で、たとえば現下のセンター試験で測れるような「能力」が今後役に立たないとはよく言われているところであるが、しかしだからといってそこに全く正当性がないということもないし、また、「役に立たない」という人々が、それに代わる明確な測定方法を示しえているわけでもない。

江戸時代、「能力のある武士」をそれなりに取り立てるシステムも全く機能していなかったわけではないし、実際幕末幕府高官が無能ぞろいだったわけではないが、明治維新を成し遂げ、またその後の新政府をそれなりに運用したのは下級武士…すなわち江戸幕府からは「能力が低い」とみなされていた人たちだった。変動期にどのような「能力」が重要なのか、社会予測することは難しい。



から、ある社会が持続可能であろうとするならば、さまざまな能力可能性を排除すべきではない。いまのシステム下で測定できない「能力」をもつ人間は、この社会のあらゆる地域、年齢、階層の中に眠っている可能性があり、必要ときにそれが脚光を浴びることができるように多様性担保しておくことは重要なのだ。これが、社会貧困問題に適切に取り組むべき「功利的な」理由である

http://anond.hatelabo.jp/20160821164908

Appleはどの製品を出しても結末が同じ

な印象。

革新的・目立つ!→ 人目を引く新機能追加!・目立つ! → 数年繰り返し → 叩いても何も出なくなり落ち目 → カリスマ登場! → 10単位で繰り返し

のようなイメージ

2016-08-20

男は働いて女は家を守る昭和のやり方

実は効率的なんじゃね?と思うようになった。

女性はいくら環境が整備されたとは言え、様々な差別障壁が有るし、妊娠出産の期間仕事を休まないといけないから、ずっと働く男との競争は不利だ。

男も本気で働くとなると、家で洗濯掃除しているヒマは無い。家政婦入れると家事解決するかもしれんが、孤独で病む。

そして男女とも、若い間は子供なんて不要と言っても、年をとると産めばよかったと言う。これ、数十人に聞いたが今まで例外が無い。

皆無とは言わんが、子無し夫婦の大半が産めば(産めれば)よかったと思っているのではないか



男女差別とか平等とかのお題目は美しいが、世の中の仕組みを変えるよりも適応して生きた方がQOLは高いのではないだろうか。

男は死ぬほど働く、1日12時間は働く。女は家事をやって子供の面倒を見る。これを比較優位の分業と見れば、効率的ではないか

ぶっちゃけ日本企業残業した人から昇進していくシステムなので、労働時間を1人に集約した方が効率的だ。2人で8時間×2働くより、1人で12時間働いた方が昇進が早く給料も良い。



男女共同参画とか、女性活躍とか煽っていても、現実制度がまだまだ甘いし、生理的機能の差で20~30代の数年を妊娠出産育児に取られる女性が働くのは非効率だ。

ならば世の中に合わせて生きるという選択肢も有ってよいのではなかろうか?

自分の生きたいように生きる権利を認めた上での、効率的生き方提案という話だが。




事故病気や離職で詰むとの意見ですが、共働きでも同じでしょうね。

そもそも、共働きで片方が不測の事態で働けなくなった時、家計問題が無い家庭がどれだけ有るのでしょうか?

働き手を片方に限定する事で、少なくとも住宅ローンは団信によってリスクヘッジが容易になります

12時間働きたくないとの事ですが、共働き8時間家事育児を並行してやる方が疲れます

8時間働いて暗い家に帰ってきて、そこから食事の準備や洗濯をして、風呂に入って風呂掃除明日の買い物まで。

子供が居ればお迎えと寝かしつけ、高額な時間外保育料金の支払いも。掃除機をかけられるのが休日だけだから、そこまでやっても家は埃っぽい。

そんな生活の方が疲れると思いますね。



男女共同参画を推進する人は、ここまで考えの浅い人ばかりなのでしょうか?

2016-08-19

はてなブロググループって機能があるじゃないですか

映画とか音楽とかもっとせせこましいジャンル話題自動的に取り上げられるやつ

俺、グループ作ってみたんだけどね

そしたら参加してくれる人もいてありがたいなと思ったんだよ

でも見てみたらそのグループ関係ない話題ばっかりなんだよ

なんであんなことになるのかね

カテゴリーでどのグループ投稿するか振り分ける設定をしてないのかな

それともなんでもいいかグループに参加して自分ブログ誘導しようみたいな感じだろうか

あんなんじゃグループ作った意味ない

Kindle unlimited でオススメ漫画

という記事をたくさん見かけたものの、どれもピンとこなかったので書く。

アニメ原作漫画多め。

なんと、アニメ原作漫画が全部読めちゃう。すごい。

ちょっと読んで、ほっとする。

この作者、作画コンビ作品中ではギャグ成分が抑えめなのもいい。

こういうのでいいんだよ、こういうので。

  • かんぱち(1〜9巻)

何気にかんなぎ」も10冊目まで読み放題であるが、自分は「かんぱち」しか読んだことない。

僕らの愛したゆゆ式

最新刊まで対象になっていて、だいぶマジかよ感がある。大室家もUNLIMITEDの対象になっている。

艦これをやっていると、大井BOTが1日に一回薦めてくるやつ。

ゆるゆりと比べて、最新刊対象になっていない分はまともだが、26巻目まで読み放題である

学園騎士団騒動ぐらいまででよかったと思うのだけども。

当然ながらエビアンワンダーリアクトまで対象である。すごい。

クロスボーンガンダムマップス対象になっていないあたりに微妙な線引きを感じる。

川原泉教授文庫なども、だいぶUNLIMITEDの対象になっている。


Kindle unlimitedジャンルけがほとんど機能しておらず、出版社になぜか紐付いていない漫画ばかりであり、現状非常に漫画を探しづらい。わざとこういう仕組みにしているとしか思えない。せめて、エロBLは通常コミックと一緒に並ばないようにグループ分けできないものか。あと、1冊目だけ対象になっているシリーズものは「試し読み」みたいなグループ化して欲しい。