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はてなキーワード: 祖母とは

2017-05-22

年の離れた兄や従兄弟も良い歳になるが、自分高校生の今 祖母が亡くなって、やるせなくなって、虚無で。

街中やテレビで元気なお年寄りを見ても心の中でまた、この人も近いうちに居なくなってしまうんだな。面倒を見てくれた周囲の人間、親までもいつか、ある日、突然…といちいち考え込んでしまいかなしくなるのを辞めたい。

祖母が作ってくれた和食夕方に一緒に相撲を見たあの空間

いかけてくれるあの顔あの声がもう一生無いものだと分かってもやっぱり受け止められない。

泣き虫わたしお葬式で流すと丸一日止まらない涙を堪えるのに必死で、きちんとしたお別れなんか出来なかった。

会いに行けばいる気がする

自分もいつかそちら側になるのがこの世のきまり はかない

2017-05-20

自分を虐めてた祖母が亡くなった

父がマザコン祖母は息子大好きで

母は相当虐められ、ついでに自分達孫も虐められ

祖母が原因で姉は亡くなり

ぶっちゃけると、祖母祖母に味方していた親戚もみんな大嫌いだ

顔も見たくない

普段は全く連絡もせず会うこともなかったけど

流石に通夜には出なければならない…(式は事情があって出られない)

ネットで見ると孫が欠席するなんて非常識だ!しかでてこないけど

本当ならどっちもでたくない…

肉親とはいえ、さんざん虐められてた相手のにでなければならない

加担してた親戚達に会わなければいけない

でも出なければもっと言われるんだろうなあ…

嫌だなあ

通夜に出るのも嫌だけど、その後の食事とかも最悪に嫌だ

世の中には孫憎しで虐めまくる祖母だっているんだけどなあ

しわけないがどうやっても悲しい気持ちより面倒だなあとしか思えない…

はあ

刷り込み

あれだよな。

高校生物教科書刷り込みの例として、ヒヨコは生まれ最初に見たものを親だと思い込むって話が載っていて、

へー、動物って下等だなーって思っていたけれど、40才過ぎて人の親になってみたり、心理カウンセリングだとかを色々と受けてみると、自分も結局は親の影響を受けていたんだなー、としみじみと思う。

母親実家禅宗で、その後で新興宗教っぽいのに入った。

から出たい出たいと思って、実家から1人暮らし結婚して共同生活をしての期間も含めて20年間以上、経った。

だけど、小学校ぐらいのトラウマとか、祖母に優しくしてもらった思い出とか、忘れないものだし。

しろ個人の力で、どうにもならなくなって思い出すものかもしれない。

  

「家族」仕事」「親戚づきあい」「結婚」みたいなものって皆、普通に使うけど。

汎用性のあることばだけに、色々な意味合いというか、文化的に違うというのか。

  

たまに、「バスタオル毎日洗うのか?」「まくらカバーはどれぐらいの頻度で換えるのか?」とかは言語化されたりするので、なんとなく違いを意識することはあると思うのだけど。

「人は過労死するものだ」とか「どこまで、嫁姑問題で耐えるべきものか?」とか、

なんか、分からないものだよな。

なんというか、親の影響なり、幼少期の影響というのは、少なからずあるし。

仕事上、どんな出会いをしてきたかで、自分パーソナリティ人格)も、随分と変容するものだったり。

ふだん、そんな刷り込みなんて意識しないで、コミュニケーション取れてる人はスゴイ尊敬するし、

ネットではそこかしこで、議論が噛み合わないってことはしょっちゅうだし。

  

人間、知性があるようで、なかなか、感情で動くものだし。

刷り込みからの脱却というか、無意識認識を改める事って、結構、大変だよな。

  

2017-05-19

自分若い時にはわからなかったけど、若い子って怖いね

https://youtu.be/OWsMJ5c9CEc

youtuberがまたやらかした。自分祖母にイタズラを仕掛けるって内容の動画なんだけど、普通に事故ったら洒落にならんし、見てて怖い。笑えない。

んだけど、「面白ければいい」「叩くやつウザい」みたいなコメントがちらほら。

若い子って怖い。

僕らも若い頃は、程度の差こそあれ、馬鹿やった。

僕が若い頃は、youtubeじゃなくて2ちゃんだった。

当時は安価スレなんてもの流行って、安価必死に獲得しに行った。

洒落にならん安価もあったけど、「面白ければいい」と思ってた。批判する人たちもいたけど、「興醒め」「ウザい」と思ってた。

それから10年近く経って、オッサン立場若い子を見ると「あぶねぇなこいつら」って思う。

説教くれてやりたい自分は心狭いのか?

説教くれてやったところで、こいつらが聞かないことは知ってる。

あと正直、できれば若い子たちには馬鹿やってほしいんだな。

ただ、馬鹿やった結果、誰かが悲しむことになるってことだけは嫌なんだな。

説教くれてやるべきか、ほっとくべきか。

この動画説教くれてやったところで、どっか他所で、他の若い子が、また別の、洒落にならん馬鹿をやってるんだよな。

説教くれてやったところで、キリがない。

オッサンになるって面倒くさいな。

僕より10年くらい歳上のオッサンは、こういうの、どう思ってるんだろう?

2017-05-18

補足解説 ともあれ、ハイヒールは滅ぼさねばならない。

ともあれ、ハイヒールは滅ぼさねばならない。

http://anond.hatelabo.jp/20170516141639

↑ これの筆者である。私がこのエントリを書くにあたって意識したのは、共産主義ファシズム、ラディカル・フェミニズムだ。そこにミソジニーの味を加えてみた。

ついでに、最近話題ポリコレも組みこんだ。その点ではリベラル思想も汲んでいる。

文章はいい加減だし、今日日本において実現可能性はゼロだと思うが、この主張自体はマジメに唱えているつもりである

  

  

"自由"の抑圧こそが必要

たとえば、労働問題について考えてみよう。

過労死するほど働く自由」と「過労死するほど働かない自由」の両方を労働者に与えれば、それで十分だろうか?

私はそうは思わない。読者諸君も、一部のリバタリアンを除けば、「過労死するほど働く自由」を認めないはずだ。

  

過労死するほど働く自由」なんていうものは、たとえそれを望む労働者がいるのだとしても、決して認めてはならない。政府長時間労働を厳しく規制し、それを抑圧することが必要だ。

人が趣味や遊びをやりすぎて死ぬというのは愚行権範囲で、一応は自由だと言えるかもしれない。しか労働問題においては、そういう権利適用するべきではない。

  

長時間労働は、それをやる自由とやらない自由の両方を認めてしまった場合ブラック労働環境の中で強制的にやらされて苦しむ人が続出するのが明らかである

女性労働するときハイヒール・化粧についても、これと同様のことが言える。

  

「上から改革」が必要

明治時代日本でも、あるいはどこかの後進国でもいいが、近代化過程では必ず「上から改革」がある。

旧弊に従う自由も、旧弊に従わない自由も、どっちも認めましょう」という生半可な方法では、おそらく近代化を達成できない。国民はややもすると旧弊に従おうとするからだ。だから政府が強権的に指導し、旧弊排除することで、国民はようやく新時代適応できる。

  

たとえば女性差別がひどい国では、政府女子教育権利提唱しても、おそらく多くの国民はそれに従おうとしない。

権利を与えるだけでは、都市部のごく一部の家庭が娘を学校に通わせるにとどまるだろう。貧困層田舎にまで女子教育を普及させるには、政府国民権利を与えるだけでは不十分であって、その権利行使することを国民義務付けなければならない。

  

重要なのは政府国民全員に強制することである

「おらが村では女子教育なんてやらない」とか、「うちの家庭は伝統的な女性にふさわしい育て方をしたい」とか、そういう保守的な反発をするのは男性だけではない。母親祖母も「女はかくあるべし」と考えている。「女子学校に行かせる余裕なんてない。家の手伝いをさせたい」と思っている毒親もいるだろう。

そして女子児童は、当人まだ子であるため、自分がどういう価値観に従うべきかを判断できずにいる。

ここにおいて「多様な価値観尊重せよ」などという主張は有害だ。政府旧弊にまみれた価値観をきっぱりと否定しなくてはならない。

  

当然ながら現代日本で、後進国近代化するときのような強権的なやり方は適さない。とはいえ、政府会社のお偉いさんが主導しなければ何も改善しないというケースが多いのも事実だろう。

たとえば就活会社説明会服装自由と言われたら、参加者は皆がスーツを着てきたという笑い話がある。こういう未開社会のごとき状況を改善するためには、「必ず私服を着ろ。スーツを着るな」という強権的な命令必要だ。

から改革をおこなって、下々の者は全員一斉に従う。――今日でもこれが最も現実的手段なのだ

  

ポリティカル・コレクトネス必要

私はなにも女性からハイヒール・化粧の権利を奪おうというのではない。会社官庁ではそれを禁止しろと言っているだけである

前回に書いたとおり、ハイヒールも化粧も、やりたい人だけがプライベート時間に楽しめばよい。(短髪はすぐに伸ばせないけれども、それならカツラをつけて好きなヘアスタイルにすればよい)

  

私がこのように主張するのは、リベラル思想の影響を受けたからだ。

もし本物の極左ファシストであれば、プライベート時間にもどんどん介入し、ハイヒール・化粧を完全に禁止するであろう。しかし、私はそこまで厳しい統制には反対である

  

近年、女性蔑視の"萌え絵"等が問題になっているのをよく見る。

そのときリベラル側の主張は、「女性蔑視表現政治的に正しくない。プライベートでその表現を楽しむ自由制限するつもりはないけれども、公共の場所ではちゃんとポリコレ配慮せよ」というものであった。

私はこれに賛成だ。そしてそうである以上、ハイヒール・化粧もまた、公共空間から追放せねばならないと思う。それらのものは非常に女性蔑視であるからだ。

  

もっとも、ハイヒール・化粧は女性たちが好んで選択しているという場合が多いだろう。

女性主体性尊重しましょう」――これがリベラルにとっての錦の御旗なのだ

しかし、私は世のリベラルほど無邪気になってその御旗を掲げることはできない。前回に書いたことの繰り返しになるが、女性ハイヒールや化粧を好んで選択することは、被差別者がなぜか自分の受けている差別肯定するという現象からである

被差別者が望むならば差別を受ける自由はあるのか? 被差別者であればその差別正当化してよいか? これはきわめて難しい話である。ただ一つ言えるのは、ここにポリコレ的な問題意識を持たないリベラルは、よっぽど鈍感か、よっぽど不誠実ということだ。

(この意味では、リベラルを気取っているフェミニストなんかより、ラディカル・フェミニズムの方が先鋭的になって突っ走っている分だけ、かえって正しい認識を持っている。)

  

ミソジニー必要

私は歴史に詳しくないため、このさきは与太話しか書けないが、昔の中国には纏足という習俗があった。

そしてこれはあまり知られていないことだが、お上纏足強制していたわけではない。とりわけ清朝漢民族のこのバカらしい習俗忌避し、それを禁止する傾向にあった。にも関わらず人々は好んで纏足選択し、競うようにその美しさを賞賛していたという。

女真族満州族)の建てた清朝纏足禁止令を出しても止めようがなく、結局、義和団の乱以後の近代国家への動きの中で反対運動が起こり、まずは都市部罰則との関係で下火になった。しかし隠れて行われ、中国全土で見られなくなるのは第二次世界大戦後のこととなる。最終的に絶えた理由として、文化大革命反革命行為と見なされたこともある。このため、現在でも70歳以上の老人に一部見受けられる。

Wikipedia纏足

孫引きになってしまうが、以下のような話もある。

当時、女性が嫁に行くと、嫁ぎ先では何よりもまず最初に、花嫁の足を調べた。大きな足、つまり纏足をしていない普通の足は、婚家の面目をつぶすものだ。姑は、花嫁衣装の裾をめくって、足を見る。足が十二、三センチ以上あったら、姑は裾を投げつけるようにして侮蔑をあらわし、大股で部屋から出て行ってしまう。婚礼に招かれた客は、その場にとり残された花嫁に意地の悪い視線を投げかけ、足を無遠慮に眺めて、聞こえよがしに侮蔑言葉を口にする。母親なかには、幼い娘の苦痛を見るにしのびなくて纏足を解いてしまう者もいる。だが、成長した娘は、嫁入り先で屈辱を味わい世間非難あびると、母親が心を鬼にしてくれなかったことを責めるのである

ユン=チアン(張戒)/土屋京子訳『ワイルド・スワン』上 1993 講談社刊 p.19-20

http://www.y-history.net/appendix/wh1303-082.html

この引用で注目するべきは、姑や母親たちが纏足を推進していたということだ。

そして子供とき纏足を痛がっていた娘自身も、親に纏足してもらえてよかったと考えていることだ。

  

さらに言うと、纏足は、男性中心の社会から女性たちが悪弊強制されていたという観点だけで語ることはできない。それは女性自身が願望するところの"オシャレ"でもあった。

纏足は、女性の誇りだった」「女性は肉体で動くから、痛みに耐えれば、高貴でよりよい人間になる」「母から娘への 女性になるための教え」「痛みを通して、身体を使って、女性成功する」「足をより小さく、洗練して優美にすることで、女性は大きな誇りを感じた」

http://coconutpalm.cocolog-nifty.com/blog/2010/01/--10---0239.html

西洋女性を苦しめたコルセットにしても、きっと纏足と同様、女性自身が望んでやりたがるオシャレという側面があったはずだ。

これはまさしく、現代日本女性が「ハイヒール・化粧はめんどくさい。強制されるのは嫌だ」と考えていながら、一方ではそれをやりたい願望を持っていて、結局それが手放せなくなってしま自家撞着するのと同じ心理だ。

ハイヒール・化粧をやるかどうかに関して、「女性主体性尊重しましょう」とか「強制にならないかぎり両方自由です」ということを言っているリベラルは、あまりに鈍感かあまりに不誠実か、そのどちらかのために、この観点を見落としている。

無論、健康面やそれにかかる手間を考えれば、纏足コルセットよりもハイヒール・化粧は随分とマシである。ただ、それは差別過酷ものから軽いものになったというだけだ。進歩はしているけれども、まだ差別を克服できていない。

から我々はさらなる進歩のため、おしゃれをしたいという女性の願望を抑圧しなければならない。ハイヒール・化粧を好んで選んでしま女性性(女性らしさ)は、政治的に正しくないのである。逆にそれを憎悪するミソジニーこそが政治的に正しいのだ。女がオシャレをやめることで初めて男女平等を達成できると私が主張するのは、この洞察に基づくものである

なお、議論はここにおいて、私が冒頭に書いた長時間労働問題につなげることができる。「過労死するほど働く自由」を是認しようとする資本家知識人は、プロレタリアの敵である。我々はこれを打倒しなくてはならない。

この理論適用すれば、女がオシャレをする自由是認しているリベラルと一部のフェミニストこそ、女性差別の温存を図っている連中だと言えるだろう。

  

終わりに

twitterをなにげなく読んでいたら、たまたま的確な言葉を見つけた。

リベラリズム本質的価値-自由平等など-は、どこにあるのか? 逆説めくが、リベラリズム自体はその本質的価値原理主義の激しい攻撃から救えるほど強くはない。 リベラリズムがその重要遺産を生き延びさせるためには、ラディカルな左派の同志愛による助けが必要となるだろう。

スラヴォイ・ジジェクbot @SlavojZizek1949」より

https://twitter.com/SlavojZizek1949/status/864981669509332995

前回のエントリは、穏健なリベラリストから散々顰蹙を浴びた。それは投稿前に分かっていたことだ。

しかし私は、どちらかと言えば多分「ラディカルな左派」寄りの立場から、まじめに女性差別撤廃せよと主張したつもりである

ジジェク言葉どおり、リベラルはここからの援護を受けなければ、その遺産を存続させることさえできないであろう。

2017-05-16

どうか、穏やかな老後を見せてほしい。

先日、高齢義母を看取った。

3,4年ほど別居介護〜同居介護まで経験したけども、

「どうせ死ぬんや」「なんで一人にする!」「くそ!」など、

とても穏やかだったかつての義母から想像できない暴言が日々連発した。

こっちの人格否定されているようでもあり、ただ変わっていく義母の姿はショックだった。

田舎祖母も、認知症・独居が長く、似たような言葉を発していた時期があった。

孫思いのアクティブなばあちゃんだっただけに、これもやはりショックだった。

私が高校生20代前半のころ。会いにいくのが怖かった。

老後は穏やかなものだとばかり思っていたけれども、介護経験してとても暗い気持ちになった。

老いて、病気や障がい、生活不自由さが増す。当人、そして下の世代気持ち生活もかき回される。

長生きなんてしたくない、早く死にたい

そんなことさえ考えてしまった。

2017-05-15

http://anond.hatelabo.jp/20170515082518

子供産まなければいいだけだしなあ

そういう独身DINKSの友人知人は多いけど、皆幸せそうだよ

育児を親に頼ると今度は親が不幸になるだけだしね

育児辛いってのは今の祖母世代定番愚痴

2017-05-14

母をボケさせたくない

母は60歳手前で、妹と父方の祖母暮らしている。父は2年前に他界した。週3でパートに出ている。パートに出ない日は多分テレビを見たりスマホゲームをしたりしている。

母と祖母の仲は昔からかなり悪い。が、表面上は家族を取り繕っているので余計にストレスが大きい。妹は社会人なので、平日は祖母と2人で食事をすることが多くそれも大きなストレス源の1つだ。しかし家を出ていくのは金銭的に難しい。

ストレスと刺激のない生活で母がボケてしまうのではないか心配している。刺激がないというのは僕の決めつけなのだか。父が生きていれば、退職後は2人で旅行したいねなどと話してたんだけどなあ。

なんとかしたいが、どうしたらいいのだろう。打ち込める趣味を見つけて欲しいが、こんなこと子供が言うと余計に元気がなくなっちゃうかなあ、と何も手を打たないでいる。

2017-05-13

その祖母普段はお前の両親が介護してるんじゃないのけ

未来ある(はずの)若者だが祖母介護がつらい

まとまった休暇が取れたので実家に帰ったら、あれこれ祖母の世話を頼まれることになった。

もう自分で動くことができないからいろいろ世話してあげないといけないことが多い。

当方研究職ということもあり、休暇とはい学習したいことが山のようにあるのに、事あるごとに邪魔される。

動けもしない老人の無益長寿によって搾取されるのは若者未来保障だけではない。サポートする側の貴重な時間までも奪われるんだ。

この長寿自然ものならまだしも、過剰な医療のせいだから尚更腹がたつ。

祖母に足を引っ張られているというより日本という国に足を引っ張られている感じ。

なんかやるせない気持ちになった。

日本はもう移住(出て行くほう)すべき国になったんだなあ。

将来この日本子供を持つ事には不安しかいから、まだわからないけど、仮に子供がいたとしても、少なくとも自分介護される前に安楽死死にたい

日本でこれがいつまでもできないのなら、スイスでやろう。

安楽死ツアーがあればいいのに。プレイスレス

2017-05-08

茅ヶ崎の侍野郎の正体が分かりました!!

茅ヶ崎の侍野郎ことbonchacchanga 1989年まれ人権がらみの仕事をしている。愛車は日産軽自動車埼玉の零細大学を出ている。

出身高校神奈川ワースト私立高校だった、東海道線で通学していた、小田原同級生とおふざけしていた、などの証言

ついでにこいつも

自称・グダポンの影武者ことgreatchina2 1985年まれ小学生中学生時代保護観察経験あり(不良との交際理由らしい)。それなのになぜか進学高校卒業出身大学現在の状況は不明

バイク免許持ちや自転車乗り経験公言しているが、なぜか自動車自転車を毛嫌いしている。(愛車は50ccスクーターと250ccネイキッド)

祖母が元不良らしく、母もインテリ系ながら不良臭かったと公言しているらしい。(子供時代青年期に母を怒らせて原付で引っ掻き回されたことがあるとか)

1995年まで貧乏だったらしく、保育園幼稚園に通っていない。

影武者趣味がついに判明したとか。グダポンと奇しくも同じで鉄道好き、アキバ系オタクなどなど、なかなか香ばしい状態のようですな…失礼だが車社会回帰鉄道離れのきっかけになる気がするな。

大都市部の若者でも子ども扱いを嫌って車やバイク免許を取る人が非常に多い現実ってことをよーく考えた方がいいね、グダポンの影武者を騙る某人。

2017-05-05

嫌味を言う母親電話した(実家に帰るのが苦痛で仕方ない、の続き)

http://anond.hatelabo.jp/20161212122854 を書いた者です。

しばらくして記事読んだら、存外にブクマされてて驚きました。こんなクソヤロウにも暖かいコメントいただきありがとうございます……。

最近母親電話で話す機会がありました。

曰く、「悪口に聞こえるのは後ろめたいことをしているからだ」と。

それはそれで正しいのでしょう。客観的に見たら、私と彼女交際をよく思わない方が多いかもしれません。

から会いたくないのに。会えばどちらも嫌な思いするのに。それでも「家族から」と強制してくる。

あと、殊更に「母親」を強調してきたことが気になりました。母親から心配だ、見捨てない、と。このご時世にありがたいことなのかもしれません。しかアラサーにもなってここまで干渉されるとは思いませんでした。

母はある意味正義の人で、自分正義を貫く人でした。だから、「母親から」「家族から」と言われても、じゃあ僕の意見は?と思ってしまます。守りたいのは私なのか、それとも、「母親であること」なのだろうか?

祖母には会える都合がついたので、報告もかねて書いてみました。もう何回も会えないと考えると苦しいですが、喜ばせてきます

2017-05-02

実家に帰ってきて、やはり母はすごいなと実感した。

昔はある意味当たり前すぎてそんなこと全然思ったこともなかったし、

それほど好きでもなかった。

日中働いて買い物を済ませ、家に帰るなりご飯の準備をし、食べ終わった後に片付け、

風呂自分が先に入ることはせず、祖母介護しつつお風呂に入れてから最後に入って

時間一息ついたかと思うとすぐ寝床に入って朝5時とかに起きて弁当を作ったり家事したり…

せかせか動いている母を見て、

「あ、母はこのサイクルでずっと生活しているんだ」ということになぜかハッとさせられた。

自分が小さい時より何一つ変わっていない。

それに対して、父も働いているけど母ほど家のことに協力的ではない。

自分の親なのに母に世話を任せっきりだし、ちょっとぼけ始めた祖母が同じことを繰り返し言うと

大声で怒鳴るだけ。うるさすぎてキレたと同時に、父に対して激しい嫌悪感を覚えた。

母は一体なんのためにこれほど頑張っているんだろう。

私もいい加減結婚適齢期差し掛かってきたから見えてきたことなんだろうと思う。

最近話題になった、ゼクシィの「結婚しなくても幸せになれるこの時代に、私はあなた結婚したいのです」

というコピーが頭に浮かびつつ、自分結婚(予定なし)について考える、そんなゴールデンウイーク

2017-05-01

http://anond.hatelabo.jp/20170501024641

書き忘れましたが母は機能不全家族育ちで、心の底から褒めてほしい相手は亡くなった祖母です

祖母承認欲求モンスターでした

大人になって、してもらったことに対しては感謝しています

学生時代夫婦喧嘩に巻き込まれることが多く、愚痴聞き役だったので、こちらが感謝してほしいくらいでした

母の承認欲求が強すぎて辛い

つわり実家帰省している妊婦ですが、タイトルの通りです

メンタル壊して休学している弟に、自分仕事の大変さを語り、帰ってから家事をしなければならないことを語り、それなのに感謝もされないことを詰り、家にいる弟が家事を全部してくれてもいいんだよ?と嫌みで終わらせます

弟はムラはあるものの、ペットの世話、食器洗い、同居の祖母の頼み事、私のおつかいや長子の遊び相手など、毎日家族役割果たしているように見えます

母が本当に認めてほしいのは、夫である父や、仕事上司や、お給料の額であるのに、小さい頃から私たち子ども承認欲求を満たそうとして、それが子どもを追い詰める結果になっていることに気が付いていない気持ち悪さがあります

2017-04-30

http://anond.hatelabo.jp/20170430152954

任天堂ゲームキューブだったか64だったか夏休み子ども達が田舎のおばあちゃんの家に行って、おもむろにテレビにそのゲーム機を繋いで、ゲームに熱中。その様子を目を細めて見ている祖母という酷いCMがあったのを思い出した。

田舎に行ってまでゲームするなよ!と当時思ったものだ。

2017-04-27

就活辛すぎ

面接落ちてモチベーションが出ない。

モチベーションを出そうと思って寝ると就職活動の準備が進まない。

就職活動の準備が進まないか面接で落ちる。

負のスパイラル突入してもうどうしようもない。

アドバイスを請おうと思って大学カウンセリングに行ってもやんわりと根性論を唱えられ、結局解決策は得られないどころか自信をなくした。

もうこんなに辛いならいっそのこと死んだ方が楽なんじゃないかな。

綺麗な景色、雨の匂い、春の香り、深夜に物思いに耽りながら吸うたばこ、人と飲む酒、頼れる友達・元バイト先の人達、いつも優しい祖母

上映が楽しみな映画、まだ見てない名作映画、全クリするチャレンジャーを待つフリースタイルダンジョンラップブームで終わらず文化として根付いていくのか。

旅行しに行きたかった日本海祖母約束したヤフオクドームでのホークス試合観戦。

楽しみにしてること、好きなことは山ほどあるけど、最近は全部無味乾燥に感じる。今までイライラしてたことも気にならなくなったし感情の起伏がほぼない。ただ就職活動の辛さが溜まっていくだけ。

寝たいのに寝ても眠りは浅いし、美味しいご飯を食べるのがささやか幸せだったのに食欲がない。何をするのも億劫下痢気味の毎日

不幸自慢して誰かに共感してもらったり慰めて欲しいわけじゃないけど、もうどうしようもないからとりあえず感情を吐き出した

東北人はカス

東北でよかったなどと言ってるが、東北人はカスだ。

祖母遺産相続長男が仕切って、自分は1億以上もらって、うちの母と伯母は600万程度もらっただけ。

母も伯母も揉めるのが嫌だからそれ以上の権利を主張しないで終わったらしいが。

東北はだめだ。

2017-04-23

親に離婚された子供が親になった話

以下は虚実ない混ぜの話だ。

私は、少々面倒臭い家庭に育った。

父は、私と弟を母に産ませた後に別れて、かねてから愛人結婚し継母に据えた。

だが私は母を覚えていたので、彼女を母と認めることができず、その彼女のいる家庭というものを信用できなかった。

寂しくなかったと言えば嘘になる。当時はまだ小学生にもなっていなかった。母の愛を感じられないことが悲しくて寂しくて、何度枕を涙で濡らしたかからない。それに耐えられなかった私は祖母にすがり、父母とは極力交わらないような生活を送った。

そんな育ち方をした者がまともに育つわけがない。私の家族に対する愛情というものは酷く希薄になった。一度就職の為に上京してからは年に一、二度しか家に帰らず、またそれも私を甲斐甲斐しく面倒を見てくれた祖母が亡くなってからは怪しくなった。

そんな男でも恋はする。結婚だってするし子供も産まれる。

だが子供…娘が産まれた時、私は愕然とした。よく言われる「父親としての愛情」が自分には芽生えなかったのだ。しかしそれでも子は父を慕ってくれる。そんな子が、かつて自分が味わった様な寂しさを感じるのは哀れに思った。だから私は、私の出来得る範囲父親らしい愛情を演じることにした。

それは不器用で、時には妻に父親としての自覚が足りないと罵られるほどだったが、まあそれでも私としては頑張った方だと思う。

それから20数年が経ち、娘は先日一人暮らしを始めた。

正直、心配でどうしようもない。それに、いつも家に帰れば見えた娘の顔がないことが寂しくて仕方がない。一人立ちしたことは喜ばしいはずなのに悲しくてたまらない。

妻にそのことを話すと「子供離れができていないだけだ」と言う。

子供離れができていない」?私が?

今、私は困惑している。人並みの親の様に「子供離れ」ができずに悩む父になったことに。そして、これをどうやって克服すればいいのか、と言うことに。

が、一方で喜んでもいる。40年前に自分にかけた呪いがようやく晴れて、家族愛情というもの理解できたのだから

どこかで読んだ「子は親が育てるものだが、親もまた子によって成長するのだ」という言葉を実感した今日この頃である

80代の祖母とうまくやっていけないを書いたんだけど

http://anond.hatelabo.jp/20170421231401

これに近しいことは色んな場所で起こってて、これからどんどん増えていくんだろうなぁって思ってる。

正直な話、自分の母が祖母みたいになってしまった時にあそこまで自己犠牲のもとに支えられるとは思えない。

一時期母に反発した時期もあったけど冷静に第三者として話をできる立場を得た今となっては概ね正しい意見を言っているとしか思えない。

理想的なのはやはり高齢者一人暮らしを続けて自活していく事なんだろうな。

余計なお世話になってしまっては高齢者自分も救われない。

自尊心が高すぎる、ってどうしたら矯正できるんだろう。

高いことは自覚している。高いか自分が傷つくのが怖くて身動きとれてないのもわかってる。本当は周りの人ともっと深く関わりたいけど、自分の愚かさを露呈したり軽蔑眼差しを向けられたりするのが怖いくて

、私はひとりでいるのが好きだから、なんて嘘をついてしまう。クラスに碌に友達がいない3年間でよくわかった。私はいつまでたってもひとりが苦手だ。

しかしたら、矯正しないほうがいいかもしれない。私は腋臭だ。自分臭い自分ではわからないというけれど、私は結構自分でも感じるときがある。自分でもなんか獣くさいなあ、とわかるのだから他人からしたらもっと酷く感じると思う。お互い本音で話せる友人は、よくそう言うけど全然わかんないから、と爆笑しながら言ってくれたけど。

でも自意識が過剰なだけじゃないのは確かだ。

高校一年生のとき入学したての暖かい日。高校ではじめての友達が、少し黙りこんた後に「…なにか動物飼ってるの?」ときいた。 どきりとした。唐突だったから、絶対動物好きトークに持ってくような流れではなかった。

その前も後も、彼女は私にかなり好意的に話しかけてくれたけれど、臭いのことで嫌われるのが怖くて最後まで避けてしまっていた。

他の友人が、人の臭いを主な理由悪口を言うのを何回かきいたこともある。私は自分がそうだから人の臭いは気にならないけど、世間一般の人にとってはきっとそういうものなんだとおもう。

もし、私が正しいプライドの持ち方をできたとして、普通に人と接するようになれたとしても、腋臭を治さない限り、相手には不快感を与えるし、自分も傷つくと思う。誰も得しないんだ。

このまま歪んで大人になったら、家族はきっと悲しむ。私は三人兄弟の一番下で祖母や両親から沢山愛をこめて育ててもらった。

将来的に後悔をするのも嫌だけど、事実にわか臭いを発してる私が普通に接していいのだろうか。

親を悲しませたくない、けど周囲に不快感を与えたくもない。

いつか、近いうちに普通でいようとする自分肯定できるようになれますように。

2017-04-22

あと一ヶ月で不妊症の診断に入る

凄く長くなったので一言でここに表すと努力する力を含め将来への生きる自信がない。

セックスの頻度は週に2〜3回。

不妊治療をしなきゃいけない頃である

旦那はあと数年で精子劣化が始まる年齢と言われる歳にもなる。二人きりの生活楽しいので寂しくも感じる。旦那さんは自分の子孫ができることが嬉しいものだと私に説明をしてくれた。発達障害遺伝可能性も気にしていないらしい。

旦那の喜びを奪うわけにもいかないが、子供が出来れば家事すらギリギリ不器用自分子育てが増える、金銭負担も増える。寂しいのが建前に見えてしまい悲しくなるほど、自分子育てなんてキャパオーバーだと嘆いてるのだ。

頼れる家族はいない。親は無自覚だが祖母に入れられた宗教カルトでない)の思考で出来ており、神の部分を世間一般人に置き換え整合性の全く人は尊いと言いつつ、家族全体にはモラハラだらけ。私は無意識に罪悪感を感じて生きるようになった。小学校入学から対人恐怖になっていた。子供に合わせていい者ではない。旦那の方もよくないようで、酷い過干渉で逃げてきたらしい。

私はわかってくれる旦那一人で満足なのだが、旦那は子もいる家族を作りたいらしい。

子作り目的になってから私は安定剤漢方薬にしてもらっている。その間に全く関係ないが婦人科に行った時には、排卵されてるのがカメラ?に写っていたが、まだ妊娠しないのである

こんな時も頭に「貴方がそんな暗いか子供が逃げていくのよ」という母の言いそうな言葉自動再生されるほど自分ポジティブにならなきゃいけないことに対して異常なノイローゼになり参っている。

自分が変わればいいと頭の声がずっと巡っており、生きてるだけで常に頭に説教めいた言葉再生されるのだ。頭の中が常に自己啓発本朗読をしていると言っていいだろう。

カウンセラーも通い、人を変えてみたりも何度かしたが、怒鳴られたり、否定され、その都度話を聞いてもらってるのに我侭だ失礼だと親から冷たく言われ、加えて認知療法しないと一生幸せになれないと脅しのような発言をされたり、治療のことを考えたり行ったりすること、それを思い出すことでより精神的に追い詰められてしまい、もう説教一言にも耐えられなくなってしまった。

一年前に親から離れたのに今も思い出せば目の前の家事すら手につかなくなる。向上心がなくてはならないと言われる状況なのに、向上心が最も私をパニックに陥れているのだ。

精神医療を先にと提案されることを何度も想像したが、もうどうしたらいいのかよくわからなくなっている。世間的な美徳とされてるものノイローゼの私には何が落ち着くものになるのだろう。

旦那幸せを思うと本当に自分旦那の前から消えなくてはならない。

ただ安楽死海外でさえ精神病による安楽死は出来ないらしい。

頭の声を消すために曲を聴けば頭を酷使し、眠れば悪夢を見る。とても一人で生活できる者ではないのは確かだ。こんな自分悲劇のヒロインぶってると一部増田は言うだろうし、実際昔母に言われた。母が常に一部増田のような発言をする親なのだ

親の愚痴になりかけているが我慢出来ないことは事実であり非常に情けなく自己嫌。子供の頃から散々自信を持てと言われたが、何かすれば必ずパニックになる私には家事限界だった。自分の今のポンコツな現状が限界であるし、発達障害特性からとか、ベストを尽くしていると医者旦那は言ってくれる。私はその言葉に甘えているのか?と優しい言葉をかき消すこの正論のような頭の言葉を私はどうしたら良いんだろう。

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