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はてなキーワード: 空間とは

2016-05-23

ソロモン偽証前編面白かった、学生時代は嫌なもの

後編も楽しみ。

何か学生時代の閉塞感とか学校の異常さを思い出して、二度と学生時代に戻りたくねぇと思った。

大体苛めからして異常じゃん、多数の不良にボコられている子を見て、止めて自分ターゲットになるのが怖くて見て見ぬふりとか、大人社会なら暴行として警察に連絡すればすむ話なのに、何で学生自分被害者になる覚悟を持たないと犯罪を止められないのっつーな!

学校警察存在しない世紀末ヒャッハー世界なのかと言うな!

先生方も外から見たら学校って変な空間で作り上げられた何か変な大人なんだよな幼稚と言うか、それなのに大人には絶対的ものを期待しつつ反発する学生束ねるんだから大変そう。

その気持ち悪さもよく出てた。

今の頭のまま十代に若返るのとか絶対嫌だ、外を知ったらもうあの学校って空間に耐えられんわ。

2016-05-22

はてなはいつまでキチガイユーザーを野放しにするのだろうか

古今東西あらゆるネットコミュニティ崩壊する流れは1つである

それはキチガイ排除を行わず「いじり」と称してキチガイと戯れることから始まるのだ。

1.ユーザーが増える

2.ユーザーの中に頭のおかしいのが現れる

3.一部の馬鹿がその頭のおかしい奴を玩具として受け入れる

4.まともなユーザーは頭のおかしユーザーと戯れている姿に違和感を覚えて日に日にいなくなる

5.全体における頭のおかしユーザーおよびそれで遊んでいると称する馬鹿比率が高まっていく

6.キチガイ馬鹿が内輪でつまらない妄言を繰り返すだけの空間になる

7.まともなユーザーはいよいよいなくなり新規ユーザーおかし人間だけになる

8.まともでない者達は無駄なことに時間を割いてばかりいるので創造性がなくコミュニティ生産性が0へと収束する

9.ユーザーキチガイ生み出されるものは0の救いようのないコミュニティが出来上がり遂に話題内輪ネタ無限ループ

10.さしもの馬鹿も同じことばかり繰り返す自分たちの愚かさに気づいていなくなる

11.キチガイはいつの間にか精神病院に送り込まれたり自殺したりしていなくなる

12.そして誰もいなくなった

2016-05-21

大学一年

2016年4月22日

四月も半ばを過ぎて、だいぶ経った。先週までの肌寒さが残る夜とは打って変わって、夜の9時になっても生暖かい空気が、地面やその上の空間に満ち満ちていて、これから図書館勉強するという友人と別れて一人で自転車を押しながら歩く私の周りをゆっくりと包み込んでいた。その暖かい空気のせいなのか、大学の構内では未だに活気を失わずにいる学生が、一人や、あるいは集団でそれぞれの目的を果たすために歩き回っては、時折明るい声を上げていた。

南門までの道は両側に桜の木が続いている。地面にはもう最後になったであろう花びらが幾つか落ちていた。それらが夜の中、照明に照らされて所々輝いていた。私は花びらを避けながら、あるいはわざと踏みながら、門の方へと歩いていった。

門の向こう側には大学構内からの光は届かない。見ると、門の境界線の辺りで内側の明るさと外側の暗さがくっきりと分かれていて、さながら違う世界を形作っているように見えた。

私は、外側の暗闇を見続けていた。すると、私の頭の中に、もしかしたら門の向こう側はただ暗闇なだけではなくて、本当に何も存在していないのではないか、という考えが浮かんでいることに気がついた。

門に近づくにつれて、向こう側の暗さが私を圧迫し始めたように感じた。外側の、さらに外側の、永遠に続いている闇が、すなわち何も無いという存在が、この境界線殺到していて、明るさの中にいる私を待ち構えていると思った。

このまま境界線を越えていいものだろうか、私は少し逡巡したが、歩く速度を落とそうとは思わなかった。外側が闇の世界なら、何も無いなら、そこに到達した時、私もまた消えて無くなるのだろう。そう考えた瞬間、何故だろうか、私は、私自身が無くなっても構わないと思った。むしろ、そうなりたいとさえ願っていた。


いたことに、境界線はあっさりと私の通過を許した。

まったくの闇に見えた場所は、当たり前だが道路住宅公園が続いていて、光源のほとんど無い中でも私の前に薄ぼんやりと、その存在を確かに示していた。その中に、私も当たり前のように存在していた。

後ろを振り返ると、大学の構内が、明るさと暖かい空気そのままで私の前に現れた。

明日もここへきて、ここで時間をすごし、そして同じように内側から外側へ、明るさから闇の中へ、有から無への境界線を越えるだろう。それをこれから幾度となく繰り返すのだ。その先には何が待っているのだろうか。私にはまったく見当もつかなかったが、今はただそれを受け入れることしかできないのだ。きっとそういうことなのだろう。

私は自転車に跨って帰り道をゆっくりと走り始めた。これから何度も繰り返す明日に備えるために。

2016-05-19

恋人が出来たらTwitterアカウントとか教えなきゃいけないの?

彼女いない歴=年齢の童貞だけどそんな心配をしている。

恋人が出来たら自分スマホパソコンの中身を見られたりするのだろうか?

もしくは見せなくてはいけないのだろうか?

Twitterはてなピクシブアカウントも知られてしまうのだろうか?

世間一般ではどうなのだろう?

正直言って、俺は嫌だ。絶対に見せたくないし知られたくない。

インターネットの俺は非常にプライベート空間を作り出している。

俺の増田に書き込んだアレやコレ、Twitterでのアレな発言も丸裸になってしまうのだろうと思うと、顔が真っ赤になる。

そんな自分を見られるのは、部屋中を漁られるのよりも恥ずかしい。

しかし、恋人という存在もまたプライベート存在だ。

絶対恋人がいたら、

恋人「なにやってるの?」

俺「え、Twitter…」

恋人「えー、見せて見せて!」

というやりとりが発生してしまうはずだ。

から見れば微笑ましい恋人たちのワンシーンだが、こんなやりとりがリアルに発生したら俺は絶対内心で、

「うわ、めっちゃ嫌だな…」

リアルドン引きして拒否反応を起こしそうだ。

ていうか、なんか想像してたらムカついてきたな・・・・。

恋人だかなんだか知らねえが、俺のプライベートに踏み込んでいいと思ってるのか??ズカズカと!!?

おい・・・・・なにしてんだ、何見てんだ!?

勝手に人のスマホを見てんなよ!!パソコンもやめろよ!!

やめろ、おい!!俺のインターネットでの姿を見るんじゃねえ!!

笑うな!!笑うな!!

親しき仲にも礼儀ありって言葉を知らないの!?

そういうこと今までの人生で学んで来なかったの!!?

どうなの!!?

もういい・・・わかれよう。

俺たち今日までだな・・・



~~



かくして男は今日明日明後日も独り身なのであった。



11人で口論になった

これは先日の会議で起きた出来事です。

そもそも、11人の中でも武闘派である3人は、増田というテキスト空間での立ち位置を好ましく思っていないところがありました。「リアルなら俺たちの肉体は最強だ」という自負があったのだと思います。そんな彼らに私はいつも不満を持っていました。そして他のメンバーとも意見が食い違うようになり、怒りで我を忘れた私は包丁を手にしていました。(つづく)

http://anond.hatelabo.jp/20160518212948

2016-05-18

現代日本の通りゃんせ

御用の無い者、通しゃせぬ。



改札に差し掛かりようやく定期を出すおばさん

改札通過時にIC読み取り部から中々手を離さないじいさん

改札通過後、立ち止まり地図時刻表を見るばあさん

降車客の前に立ちはだかるじいさん

ロングシートの前に立つ客と客の間にある空間への入り口に立ちはだかるapple純正イヤホン新入社員

ドア前吊り革に掴まったまま降車客の波に揉まれ木の葉の様に踊る修学旅行

避けた方向に避ける自転車乗りおばさん

歩道いっぱいに広がって歩く西部警察サラリーマン

歩道いっぱいに広がって歩くSATC OL

歩道を塞いで信号待ちする自転車2人乗りの高校生

エレベータのドア前20cmで待つ主任



疲れた

http://anond.hatelabo.jp/20160518075801

自分の前を女性が歩いているだけで、その直後にその空間自分が通過することでエアセックスごっこは男ならだれでも やってる あそび です

30歳になってわかったこと

いつしかにS●Xの増田があったけど、30になって性欲の減退を恐ろしく実感している。

自慰はする。あれは、空間時間だけ準備できれば実行できる。

S●Xはそうはいかない。相手問題もあって、あんまり興味が無いのと子育てでの疲労からご無沙汰状態

自分自慰で満足している。

それくらい減退している。

妻を愛しているが、それが夜につながらない。

2016-05-17

地方東京と俺

「都会人気質人間が全員都会に行ったら、非都会には非都会人気質人間しかいなくなるじゃん」というトートロジー的な思いを昔から持っている。これは、東京に行きたいのに行く根性のない自分に対する肯定から来る思いだろうか。それともこの戯れ言自体が、丸の内のシュッとした金融っぽい会社に颯爽と通勤する平行世界自分妄想なのだろうか。



四国某市で生まれ育ち、大学関西某市で暮らした。地元でも下宿先でも、味わったのは「アーケード商店街」の衰退だった。実家の近所には人口の割には人通りの多い(多かった)商店街があった。家族でよく行った「おたこう」の親父は連帯保証人になって知り合いの借金抱えてどこかで死んでしまったという噂を最近聞いた。下宿から原付きで川を渡って行った。たまに競輪も寄った。大学の居心地が悪かった俺は、好きだったアーケード雰囲気を味わいに、もしくは学生ほとんど見かけない空間でうろうろしたかったのか、その心境は定かではないがあの界隈をさまよった。人もまばらな、昔からやっていた百貨店がつぶれた。



隣の隣街のイオンに行く人間が多かった当時、俺は相当変わり者だったと思う。その頃から喫茶店銭湯巡り・レコードあさりサブカル漫画などに目覚めた。両親が無職だったため当時貧乏学生だった俺は、少年ナイフの某曲冒頭のメロディがかかる場所に行く交通費さえ惜しく、部活等の予定がなければ大抵は「市内」に出掛けていた。これを4年続けていたため、次第に都会を受け付けない体になっていった。



就活を期に坂の上に引っ越した。原宿がなくなったのでタワレコがなくなって大ショック。その時点で駄目すぎ。それでもDUKEにはよく通ったが。東亜も潰れた。街はシャッターだらけになった。年末年始くらいしか人が多くない。隣町のショッピングモールに行く奴ばかり。仕事もつまらん。彼女とも別れた。街でもモールでも小中高の知った顔に会う率が高すぎる。給料も安すぎる。なんか街も嫌いになるし文体適当になる。あの商店街にあったレコード屋って引っ越してクソになったよな~。そういえば原宿の跡地に明屋はいってたな。なんか、東京っぽい感じの。おしゃれ文具とかおしゃれカフェとかあるの。フーンって感じだった。



親戚の親戚の知り合いぐらいの人が会社をやっていて結構稼げるとのことだったので引っ越してまで転職したのに稼げなくて色々騙されたけどまた別の会社転職して、ここはある種の東京かと思ったが俺の幻想だった。もう出たほうがいいと思う。ここは京都バッタモンだ。ハリボテのような風景だ。あの美術館のおかげで戦火を逃れたという噂もあるが。引っ越し最初は新鮮だったがもう飽きた。ただ東京っぽさを出そうとしてる店も出てきた。東京東京しかないのにねえ。田舎者の考える東京という感じか。バーも、そういう感じの店が多い。



安定収入を得たのと出張で年に何回も東京に行くが、行く毎に魅力が増していく。大阪もそう。そもそも自動車社会って自体ダサいセンスない。サブカル知らない。馬鹿ドキュンが多い。皆程度が低い。一人で飲む奴・一人で外出する奴をバカにする・変人扱いする。俺はそういう事は絶対にしないぜ。車も持っているが、ほとんど使わないぜ。大体さあ、「車持ってないと生活できない」って、俺の地元の兵藤くん家族全員チャリで揃ってどこにでも行って「生活してた」けど、あいつらは「生活出来てない」の?違うだろ。単にみじめなだけだろ。もっと物理的な「クソ山奥」とかの話ではないのか。程度問題だろ。それが加速したせいでイオンばっか儲かりやがって。イオンが一番栄えてる地方都市って観光に行った時にイオンが一番なせいでそこ独自喫茶店とか洋食屋とか飲み屋とかその他ILLな店が全部潰れた後なんだよな。俺みたいに商店街自体が好きな旅行好きにとっては不遇の時代で、イオン肯定化する奴は全員敵ぐらいに思っているし最初に書きたかった事も忘れた。遊びに来る友達は皆いい街に住んでいると皮肉か何か分からないが褒めてくれる。地元の奴はこの辺には来ない。車が混むし来ても駐車場が高いから。金曜は職質されそうでヒヤヒヤしたが大丈夫だった。どの店に行ってもその話題でもちきりだった。居心地は正直いい。あと案外よそ者扱いされないというか。俺が鈍感だからかもしれんが。余談だがあの地区のはずれに、タランティーノ映画と同じ名前居酒屋があっておすすめ。あと林源十郎商店は文具好きにおすすめですねえ。あとオレ文具大好きなのでうさぎやのあるこの県は最高だなあと時々思う。長い。どうせ誰も読まないから俺の日記みたいなものか。



はてなのやりすぎで、東京絶対的な正しさに洗脳されてる気がする。シュッとしたITベンチャーでジットハブとかを使わないと死ぬ気がする。東京教、略して「東教」みたいな宗教ないのか?入信したい。ムスリムみたく一日何回か東京タワーのある方角に敬礼的なことをする地方民。そういえばこくまろ潰れたらしいな。バラも火事になって移転したらしい。南海湯も閉湯になって取り壊されたらしい。あそこ築100年くらいだったと思うんだけど。紀和温泉もよく行ったなあ。関係ないけど、あの辺って遊郭っぽい所ないか



7月から吉祥寺引っ越します。今週末に物件を探しに行く予定です。

http://anond.hatelabo.jp/20160517170728

ワイ、クラインの壷小説は読んだこと無いんやが、90年代始め頃にNHKドラマやっておったんや。

ドラマの内容がどこまで原作に近いのか知らんが、そこではクラインの壷っぽい(正に元増田記事に挙がってるような閉鎖空間)中でゴーグル被せて? 無限に歩いたり動いたりできるようなVRゲームやらせておったで。

主人公男の子テストプレイヤーになるんやけど、あんまりにもゲームの中がリアルに似すぎててホラーっぽくなったりして発狂しておったわ。

90年代始めごろって何がきっかけだったか知らんけどそういうVR的なゲームアイデア漫画アニメの中でよく見ておったで。有名なところで言うとラムネ&40とかそうやないか

なので、多分森なんちゃらさんはそういう時代においてのむしろフォロワー的立ち居地だったんとちゃうかな。ワイも若かったのでよう覚えてへんけどな。

どこまでも歩けるVR「無限回廊」に既視感の森読者

詳しくはぐぐってほしいのだが、そういうのが開発された。限られた空間をVR化することで、どこまでも続く空間を作る(仮想空間)というものだ。



このニュースはなかなか反響が大きい様子なのだが、聞いたときにまず思い出したのが「森博嗣」の名前だった。

アニメすべてがFになる」で出てきたのを見た人が居るかもしれないが、機械の中に入ると自分想像した世界が広がっているという描写がある。

あれは原作有限と微小のパンから引用シーンだと認識している。原作「すべF」時点ではもうちょっと描写が古いものになっている(ただし20年前の作品だが、一般人的には2・3年前のVRの印象と変わらない)。有限と微小のパンでは「VRゴーグル」が出てくる。それっぽいもの、ではなく、まさしく今使われているそれだ。なのでSF感があるのだが、今思うとあれは「必ず未来作成されるもの」を書いていたのだと分かる。「あんなこといいなできたらいいな」という願望ではなく、「近いうちに認知されるくらいになる」と確信をもって書かれているのだ。

そして「有限と微小のパン」では、犀川先生はゴーグルをかけたままどこかへ消えてしまうのだ。限られた空間なのに、どこにもいない。どこまでも続いていくような場所犀川先生は迷い込む。これが、「無限回廊」とそっくりなのだ



気になって検索してみたところ、無限回廊を作った本人である研究者の簗瀬洋平さんがツイッターで書いていたのだが、この技術2001年論文として発表されている。有限微小の「実空間とVR空間をずらすことで限定空間内を無限に歩かせる」アイディア1997年論文で出されたようだ。

98年に森氏が「有限と微小のパン」を発売したわけだが、執筆時期を考えても論文を読んでいないうちに書き上げたことは想像できる。(確か1年前には出来上がっていたくらいの執筆スケジュールを組んでいたはずだ。作品メインの部分なので、後付けもできないだろう)。簗瀬さんは「森先生の先見性が伺えます。」と書いているので、そういうことなのだろう。


どちらが先かどうかというのは問題ではない。

正直あんまりよくわかっていないけど、これは読者としては興奮する話だ。

最先端技術研究していた人たちと同じことを当時、なんの研究もせず犀川先生と西之園さん萌え~としていた人たちが近い景色を見ていたということになる。

なんか森先生すっとばして「知ってた自分すげー」という気分にもなってくる。全く凄くはないが。

こんな素晴らしい研究の話をアホな話で〆て申し訳ない。

ようやく時代がS&Mシリーズ技術に追いつきだしたよ、森先生。(倫理観含めて)

2016-05-16

あの渋&Twitter界隈の正しいやり取りに見せかけた仁義正義もない派閥パワーゲームを見てると、

さっさとこの空間から去って正解だったと思える。

界隈は穏やかな顔で始めて悪鬼羅刹の顔になって戻ってくる場所

どんなにいい人でも続けていると殺伐とした感覚が身についてくる。

2016-05-15

http://anond.hatelabo.jp/20160514215635

そういう経験を何度もしてると悟りが開けるから心配いらないよ。

自我が薄れてくるから、素直に祝えるし、邪念なくゲームも楽しめるし捗る

いや、自我が薄れるっていうより、自分他人と別の時空間を生きているような感覚かな。

わかる?

2016-05-13

http://anond.hatelabo.jp/20160513202338

一行目の表現から、該当する高校もそうだし、当該の先生もわかってしまった。多分ね。

その先生はともかく、多分あなたの通っている高校は沢山の先輩後輩がいて、それはいろんなところであなたの助けになると思う。

それに将来的に頼るか否かはともかく、この田舎空間自称進学校なんかと言われつつも極めて恵まれ環境にあるということは伝えておきたい。

俺は郡部出身からそういうのひとしおに思う。当時は学区制なんかがあっていけなかったんだ。

この地域からいい先生が生まれることを真に祈っています。無理せず頑張って。

2016-05-11

昔はオリジナリティーある精神病患者がいっぱいいた

昔はオリジナリティーある精神病患者がいっぱいいた

20世紀初頭の精神病患者の記録とかを読むと患者ごとに妄想の内容が千差万別楽しい

ただ、そのころから同じ病室に入れた患者など何らかの接触を持った患者同士で

妄想の内容が似通ったり、同じことを言い出すようになったりする現象認識されていた

インターネットの普及によって、マイノリティー同士が直接交流できるようになってから様相は一変した

今や日本中精神病患者が互いの妄想を共有し、増幅させている

ネット上に書き込まれ妄想は消えずに残り、本来なら出会うはずの無かった次の世代患者にまで波及する

時間空間も越えたキチガイたちの同期が始まったんだよ


2chからコピペ

2016-05-09

ipad proのスマートキーボードが不便という人

せっかく高い金額払って買ったのに、スタンドとしてはいまいち使いづらいとお嘆きのあなた

実はスマートキーボードには寝かせて使えるスタンドモード存在しているのをご存知ですか?

方法は、本体スマートキーボード接続部分を上側にして、キーボード部分の裏側をカバーの付け根部分に合わせるように本体との裏側に背中合わせにすると、残りのカバー部分で三角形ができてスタンドとして利用できます

横置きにしてペンを使いたい時に便利です。



でも、それではキーボードを使った状態からいちいちひっくり返すのが面倒くさいという方

一度スマートキーボードを最大まで伸ばし、キーボードの部分を底に、続くカバーの2枚目のみ、残りのカバー2枚分でそれぞれ直角三角形を作ると、それなりに安定した状態になります

あとはペンを持たない方の手でカバー2枚分の面と本体とを挟むように持てば、かなり安定して手書き作業が行えます



わかりましたか

この記事で試されているのはあなた想像力空間認識能力です

ipad proを購入してしまうようなクリエイティブあなたなら、すぐに頭の中で展開できるはずですね

2016-05-06

精液検査を受けた話

先日子供が生まれました。

去年の6月頃、妻が子供を作りたいと言い始めて、妻は35も過ぎているのでまずは問題ないか婦人科でチェックを受けてから子作りすることにしました。

不妊の原因の半分は男性!という話も聞くので、「僕も精液検査受けたほうがいいかな」と相談したら、受けることになりました。

婦人科オナニーするための部屋(採精室というらしい)があって、エロ本エロDVDがおいてあるというのをネットで調べて知っていたので、少し楽しみにしてました。結婚してからAV見ることも減ったので。

そしたら、その婦人科病院採取ではなく家でとって持っていく方式でした。

妻が手で抜いてくれて、最後採取用の容器をあてがいました。

妻に手で抜いてもらうのも気持ちいいけど、婦人科にあるオナニーするための部屋という異空間にも興味津々だったので少し残念でした。

検査の結果、特に精子問題なく、妻も不妊の要素はなく問題なく、2回めのチャレンジで無事妊娠して、4月末に生まれました。

めでたしめでたし

2016-05-05

たまの「さよなら人類」の未来において本当に人類が初めて木星に到達したときテレビで流れてそうな感じは異常

人類が初めて木星に到達するのはいつになるだろうか。

私は今年30歳になるが、私の生涯でそれは実現しないだろう。

未だ人類火星にも行けていない。

恐らく、西暦2250年ころなんじゃないだろうか。なんとなくそう思う。

2250年ころには日本と言う国家日本人という民族は、私たち想像できないほどに、今と異なっているだろう。

江戸中期の人間私たち想像できないこととおんなじだ。

けれども予感のすることは、予感のすることはこうだ。

バンドたまはどこか文化社会のどこかできっと、きっと生き伸びるのではないかと言うことだ。

そして現在私たちでいう、ワイドショー的なものの2250年的なもので、木星への初の人類到達を報道する時、かならずたまのさよなら人類が流れることになると思う。

これは私にとって確信していることだ。私が死んだあと、2250年ころにそうなる。

なぜなら木星に到達したことで、ピテカントロプスジャワ原人)になる日が近づいたとたまが歌うからだ。

巨視的に見れば、ピテカントロプスになることも木星人類が着くことも同じだ。

達成する、ある場所にヒトが進む。評価は措いておいて、ある場所に歩みを進める。

それが時空間の中で木星に着いたかピテカントロプスになったかの違いでしかない。

見事な循環的な発想だ。

から想像もつかないけれど、私も未来のことを考えてもいいし、江戸時代の人だって250年くらい後のことを想像したっていい。

2250年代の人々だって、たまの「さよなら人類」が歌われたバブルのころに思いを馳せてもいい。

こういう理由を以て、2250年代にたまの「さよなら人類」が木星に着いたことを言祝ぐ歌曲で登場するし、私がそれを想像する余地をたまの「さよなら人類」は生んでいる。

2016-05-04

アニメショップに行くと気分が悪くなる

あの空間に充満する瘴気に耐えられない。

瘴気アニメグッズが山積みになった什器からアニメ宣伝をしているデジタルサイネージから、そしてアニメグッズを身にまとった客からどばどばとあふれ出している。

そして自分瘴気を発しているのではないかと考えると、気分の悪さが数倍に膨れ上がる。

常日頃からアニメ気持ち悪いコンテンツ」「アニメオタク=脱社会的存在」と考えている。

実際、アニメの『進撃の巨人』や『図書館戦争』、『BLOOD-C』のワンシーンを目にして嘔吐したこともある。

そんな身であっても、年に4~5本のペースでアニメを視聴してしまっている。

結局、気持ち悪いものを好んでいるという事実に耐えられないのかもしれない。

ただ、これから先どうすればいいかはわからない。

2016-05-03

[] コンコース

コンコース英語: concourse)は、ホテルコンベンションセンター鉄道駅空港などの多くの空間において、通路が交差する

場所大通路、中央広場を表す言葉

  

"concourse"(コンコース)は「人々が集まる場所」を意味する語である。この言葉英語フランス語のほかに、ラテン語

「混ざる・一つになる」などの意味がある"concursus" や"concurrere"が語源である

これらの言葉は「意見が一致する、同時に起こる」の意味がある英単語の"concur"にも語源学的に関連がある。

  

「コンコース」という言葉は主に鉄道の駅空港ショッピングモールのほかにも、会議室大学ホテルの中にある一角をさす

場合が例として挙げられる。また、「ショッピングコンコース」などの使用例もある。鉄道の駅では一般的に改札外の区域である

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B3%E3%83%B3%E3%82%B3%E3%83%BC%E3%82%B9

2016-05-02

コミュ障であり、ベッドで生活する私以上にダメな人はいるのだろうか

ネットでは人をダメにするソファと呼ばれる、体にフィットするソファいうものを所有している。

言ってしまえば、ダメにするといわれるが、私はもとからダメだったようで、それほどそのソファにハマることはなかった。

私はもとからダメである

昭和映画などで、正座をして書見台読書をするシーンに憧れる。

私の読書の基本はベッドで寝転んでだ。

寝転んで片手で見れるように、文庫本が好きだ。

電子書籍も、片手で操作できるとないという理由で、タブレットはもっていてもいつもスマホで読んでいる。

片手は便利だ。

左手エロを探しながら、右手ペニスをしごくこともできる。

読書に限ったことではない。

私の生活の基本はベッドにあると思う。

食事でさえ、ベッドでとってしまう。

朝ごはんブリトーハムアンドチーズ森永アロエヨーグルトハンディスタイルグリコカフェオーレと決めている。

なぜならベッドに寝転んだまま流し込めるから

一応、このチョイスは栄養も考えている。

寝転んだままステーキ焼き魚を食べるのは技術的に難しく、結果的糖質と脂質中心になってしまう。

ブリトーシリーズで一番たん白質が多い。

アロエヨーグルトハンディスタイルも、これでいてウィダープロテインインよりもたん白質が含まれている。

そんなわけで選んだこの三つ、合わせるとCFPバランスは悪くない。

日本人カルシウムが不足しやすいというので、朝この三つの乳製品を取るのもちょうどいいかなと思ってる。

野菜がないと言われるが、他の二食は普通だし、日中に一本ペプシスペシャルを飲むので繊維質も補えてるんじゃないかと自分では思ってる。

独身貴族ゆえに、1LDKなどを借りているが、生活空間はベッドで、それ以外の空間は物置と化している。

ゴミ屋敷というわけではなく、実質的に。

そんなわけで、体にフィットするソファは私をこれ以上ダメにはしなかった。

常にベッドで寝てる人間を、これ以上ダメにすることは原理的に無理だったのだ。

世間話的に、「休みの日は何をしてる?」

と聞かれ、「ベッドでゴロゴロしている」と答えると、うらやましいといわれる。

既婚者は妻や子供にたたき起こされるそうだ。

私はそれは違うと思う。

私のような人間でないから、妻や子供が得られたのだ。

からベッドの中でオナニーをして、ベッドの中で着替え、電子レンジに向かった後にベッドに戻って朝ごはんを食べ、ベッドでスマホをいじってネットニュース読書をして一日を過ごす人間は妻や子供を得られることはない。

思い返せば、私のこのベッド生活は、幼少期からだった。

私は机に座って勉強した記憶ほとんどない。

小学校中学校高校大学、いつもこたつかベッドで寝転んで、教科書を黙読することでなんとかやり過ごした。

数学さえも、試験の時以外に手を動かして解いた記憶がない。

家族の中でも浮いていた。

アトピーゾンビ君ほどではないにしろ、私も人に疎まれる才能があったように思う。

というより、私は放っておかれるほうが好きな人間と思われやすい。

見た目の問題なのか、態度の問題であるのか。

基本寂しがりやなので、本当はみなと一緒に居たいという願望が強いのだが、いつも基本放置される。

当然、学校生活ではほぼ孤立していた。

小学校中学校時代教師によく

テストの点さえよければいいってわけじゃない!」

説教された。

ヤンキーぶって反抗するわけでも、口答えしたわけではないのだけど、教師の目にはそう見えていたらしい。

はい」「はい」「はい

と素直に返事を続けて、それに対してもいつも嫌な顔をされた。

大学研究室でも先行研究過去卒論過去実験ノートを読み返して勝手に行えという指導方針を取られたし、就職しても同じように、前任者がない仕事勝手にやれという指示ばかり与えられた。

私がコミュ障といえばその通りだが、家の中でさえそういう扱いを受けてきた。

私だけ残して、両親と弟たちが外食に行ったり、やはり私だけ残して家族旅行など、なぜか私は置いていかれることが多かった。

勉強しろと言われることもなく、結婚しろとも言われない。

自分の欲求を上手に他人に伝えることが出来ない。

私は乳離れがすんなりだったらしい。

ダメと言われたら、もう吸わなくなったそうな。

我ながら、自分っぽいと思った。

私は本当はかまってちゃんなのだ

40歳近くなってかまってちゃんというのもダメの極みだ。

両親とも話をしたいが、なにを話していいかわからず、年に一度か二度、帰省するとき時間連絡しか会話がない。

今年のGW、私は11連休なのだが、5日目の今日まで、いつものようにほぼベッドで過ごした。

とりあえず明日から、どこかに旅行に行こうと思う。

目的地を決めずに何日かフラフラ知らない街をフラフラして、実家にも顔を出してから自分マンションに、というかベッドに帰ろう。

2016-04-30

もう一人の自分

自分は、割と他人からみるとパラノイア的なタイプに見えているのだろうなと言うのは分かっているのだけど普通人っぽく振る舞うことができずにずっと悩んでいた。どうしても言動おかしくなるのだ。


私の現実というものパラノイア空間であり、これまでの人生も、およそ普通の人の人生というものを歩めていない。大きくレールを踏み外した非現実人生を歩んできた。今さら、どこをどう直したところで、普通人生は生きられないと思っていた。


しかし、つい先ほど、ふっと、もう一人の自分が、パラノイア自分を見ている感覚になった。もう一人の自分は冷静な常識人だった。生まれてはじめて感じた普通人感覚目線世間一般人間が私を見る目線をようやく理解出来た気がする。




そして、その目線を体得したとしても、だからといって、パラノイアな私をどうすることもできない。これまでの私は間違っているのか?間違っていないのか?それすら分からない。ただ一つ言えることは、パラノイアな私は、

強烈な闇を抱え、同時に強烈な願いを持っているということが分かった。強烈な願いというもの偏執的な強迫観念盲目的に抱かせているようだ。


強烈な闇が、強烈な願いを産み出し、その強烈な願いが他人からみるとパラノイアに見えるのだ。

2016-04-28

サークルに入らない

大学生たるものサークルに入らなければならないみたいな強迫観念を抱いていたけれど既にコミュニティが生じている空間に入っていくのが苦痛だということに気が付いた。

http://anond.hatelabo.jp/20160428144753

よい絵ってフェチの瞬間だからなあ。それが見つからないとなるといったいどういう作業が好きなんだろう。

たとえば風景描いてると下塗りしてるときの色が表れて空間に落差ができる瞬間に快感を感じるし、

直接的には腕を上げた際の上腕二頭筋上腕三頭筋の組み合わせがエロかったり。

たぶん描いていない人には分からない、膝蓋骨の形状がやばいと感じたりする訳じゃん。

そういうのを突き詰めてゆくと下手でもよい絵にならざるを得なくならないか。

ちょっとわかりにくい表現だったかも知れんけど、美術解剖付近だけじゃなくて、あらゆるところにぐっとくる部分があるはず。

表現したいというか気づいたら表現しちゃってるし、手に入らなければ模倣してる。

しろその模倣度合いで苦悩するもんだと思うけど。

表現のためじゃなくて作業のために描いていてフェチズムもないなら、何が目標なんだろう。

一時期の自分みたいに馬鹿にされたくないから腕を上げる、みたいな感じになってるんだろうか。

まああそこに戻ったら今でもそうなりかねない自分がいるけど。