「空間」を含む日記 RSS

はてなキーワード: 空間とは

2017-05-26

自分の完全に個人的感覚だと無断リンクOK研究論文無断引用NGだと感じるんだよな

多分ネット現実社会と切り離された遊びの空間であるっていう感覚がある人はこれに近い感じだと思うんだけど

それを共有していない人がなし崩し的に増えてしまったということでやっぱりインターネット文化は負けたよね

はてな民って腐女子無断リンク禁止とか検索避けとかを嘲笑して

インターネット空間ではリンク言及自由なんだよ嫌なら自分で鯖立ててrobots.txt入れろや」って言ってわざわざリンク張ってたよね?

801お姉様方にとって創作センシティブかへの返答

まりは何か? 801お姉様がたにとって自分の書いた作品は「個人の病歴」に匹敵するセンシティブ情報だと。まあ一種病気かもしれんが……に対するいち腐女子見解です。

id:t-tanakaさんの、https://togetter.com/li/1113822 こちらの記事トップブコメです。

個人の病歴に匹敵するかはともかくとして、センシティブであることは、一部の腐女子にとっては、その通りです。

私に限って言えば、幼い頃から、私が男女の恋愛に興味を持つことに対して、親がとても否定的でした。少女漫画を読むと「あんたもそういうのに興味を持っちゃうのね〜」と失望言葉を投げかけられました。

アニメキスシーンは、「こういうの好きなの?」とからかわれました。

恥ずかしかった。悪いことをしたようで、恥ずかしくてたまらなかった。

たぶん私だけの極地的な話でなく、女の子は、男の子より、「性と愛」を抑圧される傾向にあると思います

男の子は、母親に部屋を掃除されたらエロ本あいうえお順に並べて本棚にあった、なんて笑い話になるけれど、女の子はなかなかそうもいかないですよね。

いま、社会人になって、もはや親に趣味を鑑賞される年齢でもありません。でも、今でも、男女の恋愛に対する忌避感は引きずったままです。

そこで私が見出しユートピアBLでした。

私自身の「女の生臭い身体」と無縁の世界キスセックスも、そこには自由がありました。

夢中で創作しました。ある種の開放感がありました。

みなさんにはないでしょうか。それが幻想であることを前提に、心が癒される空間って、ないでしょうか。

その世界に無機質なメスを入れられて、解剖されるのは、私はつらいです。

論文分析された文章を読んで、悲鳴をあげそうになりました。私のユートピア病理)はもはや観察され解剖され研究対象とされてしまったのです。

もちろん、どの腐女子もそうだとは言いません。この研究の是非も私にはわかりません。

なぜ一部の腐女子忌避感を示すのか、その一例として書いてみました。

2017-05-25

GTD(時間をかけて何かを考えたことがあるだろうか系統の文まとめ )

アルダ口ウカ系の文マトメ

必死に仂いても気にならなかたのはどんな吋?どうスレバそうゆう経験作出セルダロフ?

今日あったことでもっと初中午経験タイと思フコト想像してみヤウ

今何かやルコトが あなたにとってのベスト自分に問フテミヤウ

今一番の問題は何か?集中スル為にどうしたら良いだらう?どんなイメージもってるか?

頭中にある考工を完全二忘レとてつもない成功に集中しゃう。このように考えを切りかえることは、簡単だらうか

この数日かんに起ったことで一番よかったこと?何?

ソレが再び起ルヤうにスル二ハ?

複雑スギテ考ルノガ億劫に感ジルため 「先のばし」にしているコトは何?

次にトルベキ行動はどんなものあるだらうか?

あることがやるのが嫌で、つい他のコトをやっていたという経験があるだろうか

無我の境地経験したのは いつのこと ?

完全な見直し (やりかけの プロジェクトや 次の タスク) 習慣的に 続けるためにはどうしたらいいだろう?

対応するのを避けていることが周りにいないだろうか? どうすれば対処できるか ?

物事を達成するという点で職場もしくは家族の弱みはどこだろう?

改善するためには どうすればいいだろうか?

常に意識必要なのはシステムのどの部分?もっと自動化するためにはどうすればいいだろうか?

生活管理もっと機能的にしてくれるような空間を作るにはどうしたらいいだろうか?

意図に反しおざなりにしてきた部分が人生にあるとしたらどこだろうか?

忘れないようにするためにはどんなリマインダーがいいか

あなたの心の中の委員会でいつも反抗するのは誰? 何だろうか?

ブレストを思いつきやすいのは何時?どこ? 書留め易い場所はあるだろうか?

お気に入りの筆記用具はどんなもの

資金/時間なしに初めて達成できた最大のことは何 ?

将来の危機に備えて行っておかねばならないことは何か?

直感的な賭けをしなければならないとして必要ものは何か

賭けに出て最悪の場合はどんな感じだろうか?何が起きるだろうか?最高の場合は?

仕事悪化する可能性があって今から検討しておいた方が良い問題はあるだろうか?

失うのがおそろしいものは?そのおそれに囚われているせいで欲しいものが入手する機会を失っているのでは?

クワクしなくなったと分かっているのにまだやり続けていることは他にあるだろうか?

どんな新しい活動が魅力的だろうか?

購読中止にすべきメールマガジンはどれ?代わりにどのメルマガを読むべきだろうか?

そんなことをする時間がないとわかっていることで何か今日できることはないだろうか?

今小さなことを一つ習慣的な活動として始めるとしたらどんなことがあなたにとって利益となり得るか?

人生で今までの充実したことを3つ挙げてみよう!!

やり始めたい事をひとつあげるとしたら何だろうか?

最近かなり大きな間違いをしただろうか?

アウティングされた経験

を長文で読みたいなぁ不幸な荒れた話が読みたいなぁと思った深夜の気持ちのままあんまそゆのを探し出せなかったので変なのりのまま自分のことを代わりに書いてみよう。よかったら皆も不幸自慢していこうね。楽しいから純粋に。

高校生をやってた頃カミングアウトを始めてしたことがあって、よくある突発的なアレだったのでかなりヤサグレた気分に陥った当時。

友人は不味いことを聞き出してしまったと思ったようだし、そう思わせるような割と酷い感じの言いっぱなしを行使してみせた。

その次の日、何も言わずに友人は私に皆と遊ぼう!と誘い、中学の頃の仲間とただ本当に遊んだ

そんだけだったんだけど、なんか一度口にしてしまうと堰が外れたのか、深夜友人に固定電話から泣きながら「どうしてどうして!」とアホなことを口走る電話をかけてしまった。恋愛的な感じの話で、ものすごいベタなどうしてを繰り返してしまい、友人はしようもなさそうに振り向いてもらえないのは仕方ないじゃんとなぐさめる。思い出すと超恥ずかしい。のに書いてるバカ。でも始めての匿名ブログだよ!

いやまあ別に本当は恋愛なんて今でもよく分からないし、当時もそんなことが言いたかったわけではない気がする。ただ、なんかずっと明かさなモード!超硬い壁で覆われた強い俺!って感じだったのに口に出してしまうと何かもろいものだったように崩れてしまった。

秘密大事だと思う。自分しか言えない秘密。それをずっと抱えて死ぬことも別にイヤではなかったんだけど、でもだからこそ言ってしまった自分嫌悪感がある。言ってしまった自分はかつての自分とはもう違う。終わった気がした。

それからというもの破壊的に口が軽くなった。割と身近な人ならバレてもいいや、言ってしまえ、な感じな傾向が。。。

そんなことをしていたものからちょっと会いづらい友人にメールさらっとこぼした。ら、友人は食いついた。質問攻めってやつだ。

男がすきなの?

という言葉は本当に衝撃的なものがある。

異性愛者の女の人も多少分かるんじゃないかな。男が好きって、響きがやばくない??どんだけ好きモノだよっていう。超恥ずかしかった。

なんか質問が続くとすっと目が覚めた。やばい、うかつだった。

そして遊ぶ約束をそのまま取り付けて後日彼女の家へ会いに行った。ら、共通の友人が先についてて、「お前、、、そうだったの?」といきなり聞かれた。

え、

え、

何?

言っちゃったの?早速なの?

ついでに言うと、その場にはまったく知らない殿方もいた。聞くと、友人とは昨晩(だか何だか最近の間に)出会って仲良くなったらしい。友人にとってもほぼ見知らぬ他人。私には赤の他人

へぇ、君、そうなんだ?

という話になるよね。

まあ友人とは相変わらずのいじられ遊びをした。メイクしたり、コスプレしたり、赤の他人の殿方は自分の足毛を剃って女の足を模した地鶏撮って遊んでた。あとでオナるんだって。がんば。

なんかそゆノリ。

あの殿方、俺の容姿について、まあ目は・・・まあ、みたいなお茶を濁す感じで評してたのを覚えてる。くそが。可愛いと言え。

あはは、うふふ、という意味不明な昼下がりを体験した後解散

なんかモヤモヤして、初めてカムアウトした友人(何か、いやらしい)にもそのことを相談したり。

友人は憤っていた。

友人は私の姉みたいな立ち居地なところがある。今でもそう。頼りないからな、俺。

そんなこんなあるが、別にこれらの人々誰も嫌いじゃない。むしろまた会って「ごめんね、ご無沙汰しちゃって気まずくしたよね」って謝りたい。なんか、タイミング悪くて着信あったのに折り返さなかったから、それ以来何も連絡取れてないのが後悔。いい人だったのに。今頃どうしてるのか。

まあ今思えばあれらはアウティングだった。

他にも同じ中学出身で男友達の連中もいたんだけど、この友人たちにもバレバレの付き合い方をした。

したら、したらね花が咲いたよ、じゃなく、まあ普通に猥談もあるので俺のセクも絡んでくる。なんか中学の頃にできた友人はイジリコミュニケーションが主な交友方法だった気がする。お互いにイジレる要素があればイジる。みたいな。

いい加減嫌がってる人もいたので、何か健全じゃない歯車だったんだと思う。自分でも変にビッチっぽく振舞ってしまったり;晩生なのに。

というか、俺ひとにいじられるの嫌いなんだよね。どっちか言うといじりたいほうなのに。ツーンってしたいのに。

なんか疲れてしまって、今となっては付き合いはない。なんか繊細なものを共有できないと思ったし(出来るかもしれないと思った瞬間はあったのに)、こんなことを言われなきゃいけない関係友達じゃないよなって思ったので。

それでも、例の初の友人に、彼らとの交友関係について「受け入れてもらってよかったじゃない」と言われたのが引っかかった。引っかかったことについては数年後本人に打ち明けて何かしら変化が生まれたと思う。私は他人に対しては卑屈になりたくないのだ。自分に対してならいいけど。

受け入れてもらって嬉しいワンとか、プレイじゃないんだから。俺はマゾというか、そういうヘキがあるので、余計にそゆ劣等感を持ち込みたくない。

カミングアウトして様変わりした。

今もそれはそう。

というか趣味とか隠さないからセクはカムアウトしてなくても間接的にセクがバレる。

大体の人がお察しの環境にいる。

それが苦痛

平気でやつらは聞いてくる。

彼氏いるの?

とか、

どっちが好きなの?

とか。

気持ち悪い。私は何より男が好きな自分気持ち悪いのだ。その気持ちがお前らに分かってたまるか。卑屈に見えて同情するやつは勝手にしてろ。

もう二度と会いたくない人がどんどん増えていく。

基本的にひとりでいいし。今でも付き合いのある友人はいる。そういえば、性的なことに対してどこか距離感がある人たちだ。

男女問わずそゆ人の方が長い付き合いが出来るのかもしれない。

自己嫌悪を刺激しないでくれるとありがたい。

うそう、アウティングの話だ。

何の悪気もなく無邪気にというよりは、邪気を素朴に発揮される形で共通の友人+赤の他人自分自己嫌悪部分をさらけ出して接しないといけない空間というのは苦痛だ。楽しんでても苦痛だ。

というか、なんでそんな無遠慮にバラしたんだろうと今でも思ってしまう。

まあ、もとより無遠慮な人だったけど。悪友ではある。それ自体はいいのだ。悪友なのだから

まあそれも今は音信普通からそう思うのであって、今も付き合いを続けていたら、やはり壊れたのかもしれない。

無遠慮にしていいと思ったのは、かれらが悪友だったから?なんかそれだけで片付けられないよなぁというのは、自分以外の例を見てて思う。

なんだろう。すごく浅く考えてくる。自分は浅く考えられる自由立場からって。

かれらはさ、カムアウトする側 が問題を抱えてるんではなく、カムアウトされる側 にこそ権力があるんだって自覚が、実はあるんじゃないかとすら感じる。

私・俺はお前がそうだとしても気にならないし平気で話題にするよ!

私・俺が気にしないことこそがお前にとって重要案件だろう?

みたいな。

けど、あんたらの腹が痛まないことは私にとって何の保障にもならない。

友人ならまだしも、知人程度の人にさりげないことでも突っ込まれるのは非常にストレス

なんでそんなにお気楽でいられるの?

アウティングしたり、触れることを躊躇わないひとって、何かズレてる。

俺がこんな自己嫌悪してるのに、なんで自己嫌悪せずに済んでるお前らがおいそれと俺に触れるんだ。

たったひとりでかみ締めて死にたかったのに。

あなた孤独には触れないから~って歌詞を思い出す。関係ないけど。

何の悪気もなくアウティングされた私ってヤバい

けどそんな話は本当にありふれてるんだというのは最近認知されてきてるんじゃないかな。別に私だけが特別ひどい目にあったわけじゃないし、たぶん私の体験はいわば軽いほうだと思う。ずいぶんと傷は浅い。

そういう私は、他人の深い傷の話を読んで癒されたいなぁとか勝手に思ってしまう。どうかしてるんだな。

あと、カミングアウトしてない相手なのに何故かオカマ的な扱いで嘲笑とかハラスメントはされました。勘違いしないで欲しい。自分カミングアウトしなけりゃいいってもんじゃないし、他人アウティングされなきゃいいってもんじゃない。

何も安全じゃない。

数学物理質問

摩擦を考えない4次元空間において、4次元超球はその接空間を滑らかに転がるんでしょうか?

2017-05-23

絵がうまくならないやつとうまくなる神の違い

統計を取った結果、非常にシンプルな答えが出た。

1枚描くごとに、自分問題点を見つけ、それを解決していく能力の有無のみが決定的に違う

空間把握能力や頭の善し悪しはあまり関係ない。

ただ、自分問題点の検出が出来る出来ないで、頭の善し悪しを判断すれば

絵がうまくならないやつはなにやっても駄目だからさっさと死ね

また、調査を繰り返した結果、イラストを1枚見れば

うまくなる神か上達しないゴミかの判別も出来るようになった。

診断してほしければ、トラバアドレスなりリンクを張ってくれれば診断する。

2017-05-22

職場恋愛が考えられない

コミュ障の俺からすると職場

完全にプライベートと切り離された空間であって、ブログとかLINEアドレスでさえも知られたくないし知りたくない。

そんな距離をおいた中で恋愛してセックスするなんて考えられない。

うわあ

生理以外毎晩誘えば月3は出来るだろ。

あと胸襟開いて話してるか?なんでセックス嫌か理由聞かなきゃ。場合によってはラブホとか空間買えないと駄目かも。

処理は自家発電か風俗だな。あとセフレ離婚してフリーじゃセフレ出来ないぞ。家庭を持ってる男だからセフレが何故か出来るんだよ。オーラ的な何かで。

年の離れた兄や従兄弟も良い歳になるが、自分高校生の今 祖母が亡くなって、やるせなくなって、虚無で。

街中やテレビで元気なお年寄りを見ても心の中でまた、この人も近いうちに居なくなってしまうんだな。面倒を見てくれた周囲の人間、親までもいつか、ある日、突然…といちいち考え込んでしまいかなしくなるのを辞めたい。

祖母が作ってくれた和食夕方に一緒に相撲を見たあの空間

いかけてくれるあの顔あの声がもう一生無いものだと分かってもやっぱり受け止められない。

泣き虫わたしお葬式で流すと丸一日止まらない涙を堪えるのに必死で、きちんとしたお別れなんか出来なかった。

会いに行けばいる気がする

自分もいつかそちら側になるのがこの世のきまり はかない

2017-05-19

いやだなあ

生活しているとしんどい時間が増えた。朝出勤するのは平気、むしろテンションが高い事すらある。しかし、帰り道に鬱か?というほど落ち込んでいる。

休みの日はぼーっとパソコンをするばかりで、趣味をする気になれない。

仕事はとても暇である。始業5分前に席に着き、日々行なっていることをこなしたら後はネット暇つぶし。定時になればすぐ帰る。社内の人とは話さない。話しかけられたら答える、ぐらいの会話。嫌味を言ったり意地悪な人はいない。なんとなく苦手だと感じる人はいるけど関わりも少ないので別にいい。

そもそも仕事で知った自分の周りの人たちはまともな人だらけだ。所謂一般的な人。会話はできるし、気遣いもできる。仕事もしている。周りが普通の人だらけだ。普通ではない劣った自分が見えてしましんどい、のだと思う。

将来に希望なんて抱けない。今をなんとなく生きてるだけで、なにもない。そこそこの年で、気付かない内に死ねたら楽なのかなぁとか思う。

今まで嫌なことがあれば逃げて来たから、そのツケが回ってきているのかもしれない。

給料は低いが普通の人だったら楽勝な仕事。けど自分にとっては人といる空間がだめみたいだ。

増田哲学 Ver 0.1.2

この世(宇宙)の始まりは知性とともにあった。即ち「光あれ」(※1)の言の波とともにこの世が生まれとあるように、「光とこの世」の前に存在したのが知性なのだ。この状態混沌というわけではない。知性とは「Cogito ergo sum」※2 が個に生じた状態であり、その思念こそが創造の源となる。

自己を知覚した存在「光」を欲すれば、「光」生まれる。そして「光」の前に存在した「言」(※3)こそが、知性が行動を起こしたときに生まれる「想い」、即ち「思念なのだ。知性の存続は時空間という概念を超えたところにある。つまり「Cogito ergo sum」という瞬間がいずれかの時空間軸で萌芽した時点でそれは「有る」。またそこに「有り続ける」。結果として、知性の存在は「場所物質的なものに一切依存する必要のない」(※4)、言い換えれば、知性は時空間という概念から独立して存在しうる。つまり、これは世に出現するあらゆる現象(色)は本質ではなく(故に「空」であり)、世におけるあらゆる現象から独立して存在する知性(故に「空」)こそが本質(故に「色」)であること--「色即是空空即是色」(※5)を意味する。

知性の繁栄とは、複数の知性が如何に結びつくかを示し、そこには2つの類型しかない。一つは、相互依存による共存共栄による知の拡大である。もう一方は、一個性による他、そして多の支配による侵略の拡大である。一方は永遠なる存続と相互補完により実現する存在であり、他方は、一個性支配下により存続が左右される。

※1 旧約聖書 創世記1:3

※2 デカルト 『方法序説』第4章

Cogito ergo sumは一般的に「我思う故に我あり」と訳されるが英語などでは、「I think Therefore Iam」、直訳すると「I think Therefore Am」となるためより「I」存在のものを強調した表現となっている。

※3 新約聖書 ヨハネによる福音書1:1

※4 デカルト 『方法序説』第4章

※5 般若心経

2017-05-18

補足解説 ともあれ、ハイヒールは滅ぼさねばならない。

ともあれ、ハイヒールは滅ぼさねばならない。

http://anond.hatelabo.jp/20170516141639

↑ これの筆者である。私がこのエントリを書くにあたって意識したのは、共産主義ファシズム、ラディカル・フェミニズムだ。そこにミソジニーの味を加えてみた。

ついでに、最近話題ポリコレも組みこんだ。その点ではリベラル思想も汲んでいる。

文章はいい加減だし、今日日本において実現可能性はゼロだと思うが、この主張自体はマジメに唱えているつもりである

  

  

"自由"の抑圧こそが必要

たとえば、労働問題について考えてみよう。

過労死するほど働く自由」と「過労死するほど働かない自由」の両方を労働者に与えれば、それで十分だろうか?

私はそうは思わない。読者諸君も、一部のリバタリアンを除けば、「過労死するほど働く自由」を認めないはずだ。

  

過労死するほど働く自由」なんていうものは、たとえそれを望む労働者がいるのだとしても、決して認めてはならない。政府長時間労働を厳しく規制し、それを抑圧することが必要だ。

人が趣味や遊びをやりすぎて死ぬというのは愚行権範囲で、一応は自由だと言えるかもしれない。しか労働問題においては、そういう権利適用するべきではない。

  

長時間労働は、それをやる自由とやらない自由の両方を認めてしまった場合ブラック労働環境の中で強制的にやらされて苦しむ人が続出するのが明らかである

女性労働するときハイヒール・化粧についても、これと同様のことが言える。

  

「上から改革」が必要

明治時代日本でも、あるいはどこかの後進国でもいいが、近代化過程では必ず「上から改革」がある。

旧弊に従う自由も、旧弊に従わない自由も、どっちも認めましょう」という生半可な方法では、おそらく近代化を達成できない。国民はややもすると旧弊に従おうとするからだ。だから政府が強権的に指導し、旧弊排除することで、国民はようやく新時代適応できる。

  

たとえば女性差別がひどい国では、政府女子教育権利提唱しても、おそらく多くの国民はそれに従おうとしない。

権利を与えるだけでは、都市部のごく一部の家庭が娘を学校に通わせるにとどまるだろう。貧困層田舎にまで女子教育を普及させるには、政府国民権利を与えるだけでは不十分であって、その権利行使することを国民義務付けなければならない。

  

重要なのは政府国民全員に強制することである

「おらが村では女子教育なんてやらない」とか、「うちの家庭は伝統的な女性にふさわしい育て方をしたい」とか、そういう保守的な反発をするのは男性だけではない。母親祖母も「女はかくあるべし」と考えている。「女子学校に行かせる余裕なんてない。家の手伝いをさせたい」と思っている毒親もいるだろう。

そして女子児童は、当人まだ子であるため、自分がどういう価値観に従うべきかを判断できずにいる。

ここにおいて「多様な価値観尊重せよ」などという主張は有害だ。政府旧弊にまみれた価値観をきっぱりと否定しなくてはならない。

  

当然ながら現代日本で、後進国近代化するときのような強権的なやり方は適さない。とはいえ、政府会社のお偉いさんが主導しなければ何も改善しないというケースが多いのも事実だろう。

たとえば就活会社説明会服装自由と言われたら、参加者は皆がスーツを着てきたという笑い話がある。こういう未開社会のごとき状況を改善するためには、「必ず私服を着ろ。スーツを着るな」という強権的な命令必要だ。

から改革をおこなって、下々の者は全員一斉に従う。――今日でもこれが最も現実的手段なのだ

  

ポリティカル・コレクトネス必要

私はなにも女性からハイヒール・化粧の権利を奪おうというのではない。会社官庁ではそれを禁止しろと言っているだけである

前回に書いたとおり、ハイヒールも化粧も、やりたい人だけがプライベート時間に楽しめばよい。(短髪はすぐに伸ばせないけれども、それならカツラをつけて好きなヘアスタイルにすればよい)

  

私がこのように主張するのは、リベラル思想の影響を受けたからだ。

もし本物の極左ファシストであれば、プライベート時間にもどんどん介入し、ハイヒール・化粧を完全に禁止するであろう。しかし、私はそこまで厳しい統制には反対である

  

近年、女性蔑視の"萌え絵"等が問題になっているのをよく見る。

そのときリベラル側の主張は、「女性蔑視表現政治的に正しくない。プライベートでその表現を楽しむ自由制限するつもりはないけれども、公共の場所ではちゃんとポリコレ配慮せよ」というものであった。

私はこれに賛成だ。そしてそうである以上、ハイヒール・化粧もまた、公共空間から追放せねばならないと思う。それらのものは非常に女性蔑視であるからだ。

  

もっとも、ハイヒール・化粧は女性たちが好んで選択しているという場合が多いだろう。

女性主体性尊重しましょう」――これがリベラルにとっての錦の御旗なのだ

しかし、私は世のリベラルほど無邪気になってその御旗を掲げることはできない。前回に書いたことの繰り返しになるが、女性ハイヒールや化粧を好んで選択することは、被差別者がなぜか自分の受けている差別肯定するという現象からである

被差別者が望むならば差別を受ける自由はあるのか? 被差別者であればその差別正当化してよいか? これはきわめて難しい話である。ただ一つ言えるのは、ここにポリコレ的な問題意識を持たないリベラルは、よっぽど鈍感か、よっぽど不誠実ということだ。

(この意味では、リベラルを気取っているフェミニストなんかより、ラディカル・フェミニズムの方が先鋭的になって突っ走っている分だけ、かえって正しい認識を持っている。)

  

ミソジニー必要

私は歴史に詳しくないため、このさきは与太話しか書けないが、昔の中国には纏足という習俗があった。

そしてこれはあまり知られていないことだが、お上纏足強制していたわけではない。とりわけ清朝漢民族のこのバカらしい習俗忌避し、それを禁止する傾向にあった。にも関わらず人々は好んで纏足選択し、競うようにその美しさを賞賛していたという。

女真族満州族)の建てた清朝纏足禁止令を出しても止めようがなく、結局、義和団の乱以後の近代国家への動きの中で反対運動が起こり、まずは都市部罰則との関係で下火になった。しかし隠れて行われ、中国全土で見られなくなるのは第二次世界大戦後のこととなる。最終的に絶えた理由として、文化大革命反革命行為と見なされたこともある。このため、現在でも70歳以上の老人に一部見受けられる。

Wikipedia纏足

孫引きになってしまうが、以下のような話もある。

当時、女性が嫁に行くと、嫁ぎ先では何よりもまず最初に、花嫁の足を調べた。大きな足、つまり纏足をしていない普通の足は、婚家の面目をつぶすものだ。姑は、花嫁衣装の裾をめくって、足を見る。足が十二、三センチ以上あったら、姑は裾を投げつけるようにして侮蔑をあらわし、大股で部屋から出て行ってしまう。婚礼に招かれた客は、その場にとり残された花嫁に意地の悪い視線を投げかけ、足を無遠慮に眺めて、聞こえよがしに侮蔑言葉を口にする。母親なかには、幼い娘の苦痛を見るにしのびなくて纏足を解いてしまう者もいる。だが、成長した娘は、嫁入り先で屈辱を味わい世間非難あびると、母親が心を鬼にしてくれなかったことを責めるのである

ユン=チアン(張戒)/土屋京子訳『ワイルド・スワン』上 1993 講談社刊 p.19-20

http://www.y-history.net/appendix/wh1303-082.html

この引用で注目するべきは、姑や母親たちが纏足を推進していたということだ。

そして子供とき纏足を痛がっていた娘自身も、親に纏足してもらえてよかったと考えていることだ。

  

さらに言うと、纏足は、男性中心の社会から女性たちが悪弊強制されていたという観点だけで語ることはできない。それは女性自身が願望するところの"オシャレ"でもあった。

纏足は、女性の誇りだった」「女性は肉体で動くから、痛みに耐えれば、高貴でよりよい人間になる」「母から娘への 女性になるための教え」「痛みを通して、身体を使って、女性成功する」「足をより小さく、洗練して優美にすることで、女性は大きな誇りを感じた」

http://coconutpalm.cocolog-nifty.com/blog/2010/01/--10---0239.html

西洋女性を苦しめたコルセットにしても、きっと纏足と同様、女性自身が望んでやりたがるオシャレという側面があったはずだ。

これはまさしく、現代日本女性が「ハイヒール・化粧はめんどくさい。強制されるのは嫌だ」と考えていながら、一方ではそれをやりたい願望を持っていて、結局それが手放せなくなってしま自家撞着するのと同じ心理だ。

ハイヒール・化粧をやるかどうかに関して、「女性主体性尊重しましょう」とか「強制にならないかぎり両方自由です」ということを言っているリベラルは、あまりに鈍感かあまりに不誠実か、そのどちらかのために、この観点を見落としている。

無論、健康面やそれにかかる手間を考えれば、纏足コルセットよりもハイヒール・化粧は随分とマシである。ただ、それは差別過酷ものから軽いものになったというだけだ。進歩はしているけれども、まだ差別を克服できていない。

から我々はさらなる進歩のため、おしゃれをしたいという女性の願望を抑圧しなければならない。ハイヒール・化粧を好んで選んでしま女性性(女性らしさ)は、政治的に正しくないのである。逆にそれを憎悪するミソジニーこそが政治的に正しいのだ。女がオシャレをやめることで初めて男女平等を達成できると私が主張するのは、この洞察に基づくものである

なお、議論はここにおいて、私が冒頭に書いた長時間労働問題につなげることができる。「過労死するほど働く自由」を是認しようとする資本家知識人は、プロレタリアの敵である。我々はこれを打倒しなくてはならない。

この理論適用すれば、女がオシャレをする自由是認しているリベラルと一部のフェミニストこそ、女性差別の温存を図っている連中だと言えるだろう。

  

終わりに

twitterをなにげなく読んでいたら、たまたま的確な言葉を見つけた。

リベラリズム本質的価値-自由平等など-は、どこにあるのか? 逆説めくが、リベラリズム自体はその本質的価値原理主義の激しい攻撃から救えるほど強くはない。 リベラリズムがその重要遺産を生き延びさせるためには、ラディカルな左派の同志愛による助けが必要となるだろう。

スラヴォイ・ジジェクbot @SlavojZizek1949」より

https://twitter.com/SlavojZizek1949/status/864981669509332995

前回のエントリは、穏健なリベラリストから散々顰蹙を浴びた。それは投稿前に分かっていたことだ。

しかし私は、どちらかと言えば多分「ラディカルな左派」寄りの立場から、まじめに女性差別撤廃せよと主張したつもりである

ジジェク言葉どおり、リベラルはここからの援護を受けなければ、その遺産を存続させることさえできないであろう。

ストッキング撲滅したい

あの、張り付く感じが気持ち悪い。

時間が経つと下がってきて、股下に空間が出来て気持ち悪い。

肌の白さのせいでどんな薄い色のものを選んでも浮く。

タイトスカートだと擦れて裏地が上がってくる。

なぜこんなものマナーとして履かなければならないのか。

宇宙空間に取り残されたい

酸素結構残っててしばらくは大丈夫もの

助かる見込みはない感じになりたい

http://anond.hatelabo.jp/20170516230705

地上や水上で乗り物の外に放り出されたものは、空気抵抗や水の抵抗によって速度を失うので、

乗り物だけが先に進み、放り出されたものは置いてゆかれます

しかし、宇宙空間では空気抵抗が無いので、乗り物の外にでた飛行士も乗り物と同じ速度で移動し続けるのです。

2017-05-17

http://anond.hatelabo.jp/20170517152356

世の始まりは知性からである。即ち「我、光あれ」の言葉とともにこの世が生まれとあるように、

「光と世界」の前に存在したのが知性なのだ

この定義付けから詳しく説明を。人間的知性でないことは明白だが、

純粋なる知性が人間の枠外(カント風に言えばア・プリオリな枠組み)を超えて存在しうると論ずる根拠不明

ブクマでは違う作者じゃないかと言われているけど、このあたりを見る限り同一ではないかと思っている。

もし人よりも高等な存在がいて、それが時間とかを超えた文明をつくっているのなら、結局、この世界に介入するだろうね。

「ねーよ」

という感情論はともかく、根拠不明定義を元に記述しても無意味じゃないですかね。

なんかこう抹香臭いというか、キリスト教哲学臭いがプンプンする。

これは言い換えれば神を一神教世界観で再定義した「教義」にしか見えない。

知性の存続は時間という概念を超えたところにある。つまり「我、ここに有り」という瞬間がいずれかの

空間軸で萌芽した時点でそれは「有る」。またそこに「有り続ける」。結果として、知性は時空間という

概念の上位構想として存在しうる。

「ねーよ」

……おっとまた口をついて出てしまった。

デカルトの述べる「我あり」とかちょっと帰結早すぎねえ?

つってハイデガーさんからクレームついてたはずですけどね。

イデア論人格神を付け加えましたって感じ。

形而下においても知と知が自然発生的に生まれ相互作用する、

という作用を述べたいだけなのは分かるけど、根幹がいい加減にしか見えないので鼻白んでしまう。

あと、我あると思った瞬間に形而上にもそれは「ある」として存在する前提とかオカルトかよ、と思うし。

前提の一神教世界観が、そもそも人間限定知性を産んだのものが全智である

という思い込みによってなされてるから臭みが強い。

俺なんかでもアホらしいと感じてしまうので、もっと勉強した人から失笑モンじゃないでしょうか。

http://anond.hatelabo.jp/20170517200723

前の職場がそういうグレーゾーンセクハラおじさんの巣窟だったよ。

痴漢と違って職場だったからしばらくそういうおっさんたちの生態を観察できたんだけど、あいつらはまじでギリギリラインを女の顔色見ながら実行してくるからたちが悪い。

最初はただ声掛けするくらいだったのが、不自然に同じ空間にいたがったり、トイレの前とか仕事場上司の目が届かないところで待ち構えたり、飲み会ときさりげなく(ぜんぜんさりげなくないんだけど)ボディータッチしてきたり。

「このくらいなら許してくれるよね!」みたいな雰囲気醸し出してくるので本当にキモかった。死ねばいいと何度も思いつつも波風立てないようにやんわりと返すようなストレス高い職場だったな。

痴漢にもあったことあるけど、いきなりダイレクトに下着に手を突っ込んでくるようなやつはいなくて、最初は傘の先とかバッグの角とかで下半身にさわってきて、満員電車とか疲れてたりするときに面倒でほっとくと、どんどん大胆になって触ろうとしてくる。

痴漢冤罪を過剰に恐れてるやつらのほとんどはそういうグレーゾーン電車内以外の場所でやっていて、「そのくらいで犯罪者扱いされちゃたまらん」くらいの認識なんだろうなと思ってる。

「お尻くらい触らせてあげなさいよ。それが男の甲斐性でしょ」は実母からも言われたショッキングBBAからアドバイスの一つだ。

あんたらがグレーゾーンを限りなく黒くしてくれたせいで今オッサンものつけあがってるんだろうが、とすげえ言いたい。

http://anond.hatelabo.jp/20161205084209

電車では本当に嫌な目にたくさん遭うな

自分の前の空間確保のために全力で押してくるおっさんとか

絶対に奥に詰めないマンとか

人の肩や背中スマホを弄るリーマンとか

席が空いた途端に遠くから人を押しのけて吹っ飛ばして席を取りにくる野郎とか

一度車内で押されるから抵抗してたら電車降りたあとエスカレーターの前でとおせんぼされてびっくりしたこともあった

50代くらいのおっさんだった朝から元気過ぎだろ

電車会社はあの朝の混雑具合どうにかしてほしい

そうすれば少しはストレスも減るのに

2017-05-16

http://anond.hatelabo.jp/20170516170931

知らないの?地球の地下8107光年存在する虚数空間からみんな書き込んでるんだよ。

からそこの住人は絶対に地上には現れない。現れたとしたら偽物だから注意してよね。

結局、満員電車を何とかするしかないのでは

すし詰めになっている車内で何が起こっているのかを録画するのは難しい

いくら監視カメラをつけようとも死角になる部分は絶対まれると思う

それに人がぎっしり詰まった状態、かつ狭い空間で密集していれば、意図せず他人の体に触ってしまうのが普通ではなかろうか

偶然当たってしまったケースは痴漢になるのか(バランスが崩れて触ってしまうケースもあるだろう)、

それとも不可抗力なのか(この場合『偶然』を主張する本物の痴漢をどうやって追求するのか)

たくさん監視カメラをつけても何とかなるものではないし、

意図せず触ってしまった場合をどうすんねんという話にもなる

結局、人がみっしり詰め込まれいるかぎり痴漢痴漢冤罪も発生するわけで、

満員電車禁止するような法律を作るしかないのでは?

増田が気楽な理由

なにより相手の返信を気にしないで済む点。

メールにせよLINEにせよtwitterにせよ、相手に返信するとき、言いたいことは書きたいけど相手に返信を求めるような書き方にならないように書くのが疲れる。

「~という感じでしょうか。」とか「~という感じですね。」だと相手に返答求めてるみたいだから「~というように感じました。」とか、いちいち書いてから見直すのがめんどくさい。

その点増田は返信したかすればいいし、スルーが前提なので書きたいことを自由にのびのびと書ける。おっぱいもみたい。こういう気楽な空間が残っていることは本当に貴重。

http://anond.hatelabo.jp/20170516080607

元増田です。

これこそ、ずーーーっと、電車痴漢はじめ性被害にあったことがある女性男性に訴え続けてきていることだし

これを言うたびに、自意識過剰だの誰がこんなブス触るかとか散々言われ続けてきていることなんだよなぁ

その辺まるっと無視ちゃうあたり、当世風の「社会的被害者である立場でいる方が得」風潮だなーと思う。

僕は「痴漢行為軽蔑する」とも書いてるし、僕が女性を怖いと感じるように、女性男性を感じているだろうことは理解しているつもりです。そう書きましたよね? まあ、無視してるつもりはなかったんだけど、無視してるように感じられたのなら謝ります

そして、僕の主張は男性専用車両設置です。あなた男性に近づきたくないように、僕も女性に近づきたくない。女性専用車両からの「隔離」の流れを汲むものなので、あなた方向性にも合致するんじゃないかと思いますよ。

そんなに「女は全員俺を陥れようとしている殺人予備群だ!」と言い張る前に、

とりあえず早起きして時差通勤とか、比較的容易にできる対策ぐらい取ったらいいんじゃない

最初増田に「可能な限りのことはしてる」と書いたつもりなんですが、そう読めなかったのなら謝罪します。あなたの読解力に合わせて平易に書けなかった僕の力不足です。

あと、僕は「女性殺人予備群だ!」なんて言ってませんよ? 「女性男性告発一つで殺せる」と書いただけです。人を殺せるナイフを持っていることと、それを殺人使用することには天と地ほどの開きがあることくらい、聡明なあなたなら理解していただけますよね?

実際に痴漢被害にあった傷よりも、痴漢冤罪被害の方がずっと重いと思ってるのかもしれないけど、そうでもないっすよ。

痴漢冤罪被害は目立つ分リスクが大きいのは確かだが、痴漢被害の一番の問題は「目立たない被害」だから

被害の傷の質が違うしね。

被害の「質」が違う、というのはまったくその通りだと思います

心理的被害社会的制裁による被害比較衡量するのは筋が悪いと思いますので、どちらが重いなんて言うべきではないと僕は思っています

僕ら男性は「俺たちも大変だけど、女性も大変なんだ」と思うべきだし、同時に女性も「私たちも大変だけど、男性も大変なんだだ」と思ってほしいですね。

ただ、自分被害を受ける可能性が高いものについては予防すべきだし、交通機関行政には対策を取っていただきたいと思うだけです。女性女性対策の取り方があるように、です。

女はナイフを持ってる!とか、一方的すぎるんじゃないかねー

から見たら男はみんな痴漢しそうな「ナイフ持ってるやつ」に見えているかもしれないのにね

これも実際その通りなんだと思いますよ。

からこそ、密着を強制されるような空間は作るべきじゃないし、隔離できるなら隔離してくれと思うわけです。

その方が両方とも幸せだと僕は思います

おなら公共空間におけるセーフアウトライン

自分40代おっさんだが、いまさらながら会社おならをしたいとなった時のセーフアウトラインがわからない。

何言ってるんだとは思うだろうが会社指導されたこともなければ、マナー本でも見かけたことはない。

面倒だとは思うが40代おっさんが書いてるんだけど、将来入社してくるであろうJKJDに教えるつもりで考えてくれるとありがたい。

さて、自分の席でするのはもちろんアウトだ。廊下だって無理だ。漂わしてはいけない空間である

じゃぁトイレはどうか?

人によってはトイレ空間ならどこでもセーフかと思うかもしれないがトイレの中にもレベル感がある。

トイレレベルを以下に示すが、どのあたりからセーフなのか教えてほしい。

レベル1:便座に座ってるとき。誰もが認めるセーフ。

レベル2:個室内で立ってるとき対外的にはセーフ。

レベル3:個室内だけどドアが開いてる時。領土的にはセーフ。

レベル4:小便器前でセッティング済み。貸し切りならセーフ。相席ならアウト。

レベル5:手洗いゾーングレーゾーン

レベル6:目隠しゾーン。黒に近いグレー。

よく考えたらJKJDトイレ事情はわからなかったのでやっぱりおっさんで考えて欲しい。

アーカイブ ヘルプ
ログイン ユーザー登録
ようこそ ゲスト さん