はてなキーワード: カトリックとは
https://anond.hatelabo.jp/20230821041833
↑突然「なるほど~~~」ってなった。
私の幼馴染の親友で1つ上の男性は中学生の頃から彼女を切らしたことがない。
だから精通はセックスだったって言ってたし、ポルノも一切見た事ないって。
愛してない女性の裸見てどうして興奮するのか理解できない、そんな有様で
どうして自分を許せるのか、と言ってた。
わかる?これ。
んでポルノでは勃起しない、彼女の裸でしか勃起しないって設定でしょ?
有り得ないものそんなの。
強いて可能性を探求すれば、
ガチカトリックとかの宗教的戒律でそういうもの一切見ない躾を受けて育った、
と言う人間なら存在しうるし存在する。自慰は悪であるって言う宗派があるからね。
けどそういう厳格な宗教の人はもちろん、中学からひっきりなしに彼女とセックスとかも絶対しねーから。
頭悪い女はデータとることも論理的に思考することもできないから、
単にモテ男のような自分にとって好ましい人間の言ってることは頭から信じ込む、
キモい奴とか厳しいこという奴みたいな自分にとって不都合な人間の言ってることは疑う、
だいたい100歩譲ってその愛の戦士の話を信じようにも、
そういう話はせめて「中学から現在までずっと一人の彼女を愛し抜いています」とかじゃないと筋通らなくねーか?
「切らしたことない」ってことは次々変えてんだろ?
お前それは飽きてるだけや。
セックスに飽きたら女を切って次の女探してるだけや。
そのモテ男、男同士の会話でお前に言ったような話は絶対してないぞ。
まあ中二病の時ぐらいはしてたかもしれないが、高校以上では絶対してない。
なんでお前にそんな設定を聞かせたと思う?
バカ女にちょうどいい話をしてあげてる彼なりのサービス精神か、お前等ともセックスしたか、どっちかだわ。
男のセックスには「愛」と「性欲」というきれいに分けられる二要素があると思っていて、
穢れた・間違った要素である後者に基づく行動を「性的消費」と呼んでるわけ!
すごくね?
この増田一本から「性的消費」なるふわふわワードの背後にあるバカの思考全体が一瞬でわかっちゃった!エウレカ!
もちろんこのバカ女の認識する男の心は1から10まで間違っている。
セックスなんてめんどくせーしきたねーしくせーし。
性欲抜きで見る女の体なんてブヨブヨしててみっともないだけだわ。
こいつこんな基本的なことすら分かってないまま成人して
「わたし立派な大人の女です、わたし男のことわかってます」って認識で
もちろん女に生まれりゃ男の都合や男の欲望をダイレクトにわかることはない。体験しないんだから当たり前だ。
男に生まれたら女の都合や女の欲望をそのまま理解することは一生ない。体験できないんだからね。
でも情報収集していけば論理的に推測や洞察ってことは出来るじゃん。
少なくとも「自分の性とは全然違うから慎重に推測しないと外すぞ」ってことぐらいはわかる。バカじゃなければ。
このレベルのバカだと勉強や仕事もパッとしないはずだ。知能の限界で。
バカ女がやたらと男女論とか恋愛論とかだけは偉そうに一席ぶつのって、
バカ女でも生まれ持っているおまんこのおかげでセックスだけは経験があって、
バカ女よりはずっと知能も運動能力も高い凡庸男子くんにもそこだけは勝てるから、
そこでマウントとりたくなってるんだよね。
得意分野はおまんこ。
自信を持って語れることはおまんこ。
でもその得意分野のセックス論男女論ですら上で見たように全然間違ってる。
おじさんお爺さん世代のエロ漫画って今よりもっと女の性欲について理解が無いから、
男は乳とかパンツ見て即物的に欲情することあるけど(と言うかそっちがメインだけど)、女はそういう風になってない。
「突然チンチン見せられて欲情する女」なる珍妙なイメージが出来上がる。
情報を集めておらず、洞察力もない、要するにバカが作るポルノはそんなヘンテコ異性が出てきがち。
「そのへんのおっさんの巨根見てビショビショに濡れる美女」とかいう昭和エロ漫画爺ぐらいの認知なんだよね。
俺は別にバカな奴とか異性の理解が乏しい奴をそれだけで笑ったりはしない。
男みたいな性欲してる変な女が出てくるエロ漫画も笑いはしない。抜けねーけど。
チンチンが裏表逆で情緒女な男が出てくるBL漫画だって笑いはしない。チンチンは資料揃えろと思うけど。
だってそれはただ自分の為や自分の読者の為に一生懸命エロいと思う漫画を描いただけだから。
そういう人のことは例え頓珍漢でも現実とは違っても笑ったりはしたくない。
でもこのバカ女は別だ。
自分の都合と想像だけで捏ねあげた気持ち悪い女性像抱えた昭和ポルノ爺が
「オンナとはこういう風に濡れるべきものなんだよキミィ!わかっているのかね!」とか女に絡んでるのと何が違うのよ。
こいつのやってることはポルノ爺の頓珍漢セクハラ説教と同レベルじゃん?
このレベルのおまんこ女が徒党を組んで大声出せば社会の害悪だろ。
こいつとこいつの親友を話にならねえバカ女だと見切って嘘ついてただけだよね。
こいつらのことを「事実の話なんかするだけ可哀想なおまんこ人間である」と見抜いていただけ。
(少なくともこいつらのどっちかとはセックスしてそうだよな。気持ち悪いから想像したくないけど。)
性欲で勃起することを「性的消費」「性搾取」と言うなら、この世の全ての勃起が「性的消費」です。
男は愛で勃起しているのではありません。
「そんな生きづらさを、当たり前のように押し付ける国で」って、
以上もはや明白になったように
おまんこ女の男性理解や人間理解は根本的に完全に間違っており、
こいつのような認識・知能レベルの人間が社会的提言をするのは不毛かつみんなの迷惑です。
女子中学生に教えるようなレベルのことをおそらく成人女性であるこいつにいま教えなければならないのは
こいつが何十年生きても自分で物事の理非道理を悟れないぐらいに脳が機能してないおまんこ人間であるためで、
またこいつの周りの人間もことごとく「こいつと同じおまんこ人間レベルのバカ女」&「バカ女を適当に騙して消費するだけの嘘つき男」だったためでしょ?
そんなことぐらいはまともな男女交際をするか犬でも飼ってりゃわかることなのに、
この女は自分の感情と思考を切り離せないおまんこ人間であるために自ら悟ることも出来ず、
この女の相手になった男達も事実の話なんかする気力が失せていい加減にウソを付くことを選んだのでしょ?
モテる男(自分にとって好ましい存在)の勃起は聖なる勃起で「愛」、
キモい男(自分にとって好ましくない存在)の勃起は間違った勃起で「性的消費」、
せいぜいそんな感じのおまんこ整理があるだけ。
こいつに語り掛けることがあるとすれば、この世の殆どの人間はお前よりだいぶ頭がいいぞということだよね。
多分こいつの周囲は同じレベルの人間ばっかりいて、こいつは一生そういう輪の中で暮らすのだろうけど、
もしも種全体がこのレベルの脳だったならば人類はきっと今でも洞窟を基盤にした生活をしてるわけじゃん。
なんでこんなやつが人様や社会に説教や教導をしようと思えるの?
ただ、こいつのおかげで前から視界にチラついてた「性的消費」なるワードの土台原理が一瞬で全部理解できたのでそれはすごくよかった。
エウレカだったほんとに。
薩摩藩には近衛家の部下の島津がおり、二重鎖国制度があり、鉱山業者の麻生太吉や大久保利通がいた
熊本藩の阿蘇も硫黄生産地で、米国軍人ジェーンズがおり、日本赤十字社が発祥し、戦中には九州地方を管轄する検閲機関があった
島原藩には出島があり、江戸時代からプロテスタント貿易とカトリック受難の地
豊後国は中世に平家が落ち延びていたが、のちには神奈川の大友氏や豊臣、徳川が支配
赤十字発祥からみても硫黄輸出税免除からしても、軍需的な硫黄産業と労働者酷使があったことが示唆される
ただ麻生がある限り忖度するというのは時代遅れではないかと思うし、黒歴史の黒塗り感が取れない
タイタニック沈没の年、シベリアの英国レナ鉱山ではロシア軍がストライキ労働者を虐殺していた
それなら皇道教の鉱山犠牲者もまた多かっただろうし、未だ天皇制を止めないのも、それがバレるリスクがあるからだろうな
と思いますけどね
歌舞伎の「播州皿屋敷」に出て来る白磁の丸皿の出どころを考えてみる
当時、白磁は、ザクセン公領のマイセンでも作り始められており、10枚セットと言えば欧州風だ
むしろ、和食器では、大きい丸皿というのはあまりないのではないだろうか
細川氏の重臣だった悪役の青山鉄山は、謀反計画を知った諜報のお菊に冤罪をかけて殺害したという
謀反ということなら、青山は細川の目を逃れて武器を購入し、白磁の皿も貰ったのかもしれない
さて、当時はオランダ貿易時代だが、オランダ・イギリス・ポルトガルはスペイン継承戦争で同盟しており、英蘭戦争の前なのでオランダ人もイギリス人を普通に雇用しており三浦按針もいたわけだ
献金袋見たら
夫婦とも信者3%程度、配偶者が未信者1.5%程度、独身者3%程度、親を扶養している人1%程度、その他事情がある1%程度
と書いてあった。
プロテスタントなら宗派により十分の一献金(聖書の記述にある収入の10%献金)を厳密にするところもあるみたいだけど。
PTAみたいに仕事を減らそう!って中堅が言ったこともあったけど、〇〇の行事は地域の理解に必要で〜とご老人が引き止め、その他ご老人方が拍手、仕事は減らんかった
祈りたいけど維持手伝いは嫌ってのはわかる。掃除程度なら時間都合してできなくもない。
バザーとか、三連休潰してキャンプとか遠足とか、日曜学校の教師とか、クリスマスツリーの電球這わせるとか、ホームページ作成とか楽しい教会演出しんどい。
ミサ後のコーヒーとか知らん、ぼーっと手伝わんかったら怒られた。
平日頑張って日曜にミサ行くだけでへとへとだよ。メンタル病んで退職したけど、そしたら暇でしょ?って仕事めっちゃ振られるし。
つい数ヶ月前まで首吊ろうとして痣があったんですとは言えん。
大事なのはわかる。変なカルトと思われると困るご時世だ。ただ、皆普通に暮らしてるだけでくたびれ果ててるんだよ。
そういう人が祈りに来るときの最低限ってなんだろうな、こっちもわからん。
コロナで行事減ってミサもリモートで見られるようになり助かった。これも撮影して配信してる仕事してる人がいるんだよな。感謝。
「宗教は金を巻き上げるから嫌!」「怪しいから近づくな!」というのはわかるんだけれども、では実際の施設管理や種々のイベント、日々の礼拝を維持するのにどのくらいのコストがかかるんだろう。僧侶が高い車に乗っているのはよく見かけるけれども、神父や牧師が高い車を乗り回しているイメージはあまりない。
「礼拝だけなら自由」「費用はかからない」と言うけれども、それは一見さんが払わなくていいぶん信者が負担しているという意味だろう。礼拝を取り仕切る人々の給与や着ている衣装、さまざまな道具類、室内装飾、そうした物の維持に金がかかるのは当然だ。カトリックなどは大きい団体なので献金の多い国のぶんを少ない国へ振り分けるようなシステムがあるのだろうか。そういうのがよくわからない。
一人では心もとない。寂しい。誰かと祈りたい。そう考えて集まるのは自然なことだ。ただその建物、規模、儀式や装飾が必要なのかというのはよくわからない。「あまりオンボロじゃ信じる気がしない」という人もいるのだろうか。権威や威厳を保つためには綺麗で立派でなくてはならないのだろうか。
何らかの組織を維持するのに金がかかるのは当然だし一円も払いたくないわけではない。ただ「どのくらい払うのが妥当なのか」が知りたいし「このくらい払えばこうなる」「もっと豪華にしたいならこのプラン」みたいな選択肢があって「本当に必要か?」が定期的に再考できるといい。
小さな会社みたいなもので「維持したい」「なくなってほしくない」と思ってもらえる組織なら金は集まるだろう。「教会運営、維持管理のために献金してくださーい」と教会側が言いたくないだけなのかもしれないが、逆に「維持管理費だけ集まればいいでーす」と言えば安心されるかもしれない。
「いろんな奉仕をやらされるのが嫌」というのもよく聞く。日本ではキリスト教徒は少数派だが、教会内のイベントや集まりなどは欧米並みを目指していて信徒数に見合わない多さなので負担が大きいということだろうか。「役員負担が嫌だから教会に行きたくない」「教会を移りたい」となられては本末転倒だと思うが……。
昨今のPTAのように改革することは難しいのだろうか。「あれもしたい」「これもしたい」「手伝わないけど!」という図々しい人が多いのか。クリスマスやイースターなどキリスト教として外せないイベントはもちろんあってほしいが、イベントごとに協力者をつのるようなやり方は難しいのだろうか。欧米にも規模の小さな教会はあるはずで、そこはどういう運営になっているんだろう。
祈りたい時に教会が開いていてくれるのは嬉しい。ただそれに見合うコストを負担できていないなら、それを望むのもワガママだろう。日本の人口減少は信者数の減少にもつながると思う。「献金も奉仕も軽めな団体が生き残る」ということになっていくのかもしれない。
少子化の原因はいくつもあげられるのだが、最大のものは子供の教育コスト問題だろう。
ヨーロッパやアメリカは日本よりも幾分、マシにみえるが、マジョリティである白人人口は低下の一途を辿っている。
義務教育の9年間に加え、高校や大学まで行かないと劣等感と付き合いながら生きていかなければならない、と考える人間が増えすぎてしまった。
しかし、戦前や戦後すぐくらいまでの時期の日本は多産であった。
それは何故か。就職に学歴を要求する職業はそれほど多くなく、かつ子供は労働力だったからである。
筆者の少年期ですら、地方では農繁期には学童も農業の手伝いのために学校を休むのが常識的にまかり通っていたが、近年は家庭内の介護ですら
「ヤングケアラー」などという新語までつくって、とにかく少年少女を労働から隔離しようとする動きが見られる。
だが、二宮金次郎は薪を背負いながら勉強したし、100年前の映像や写真には10歳にも満たない子供が幼い弟妹を背負って家事を助けている姿がいくつも残されている。
子供を労働力に数えることができるのならば、人は積極的に子供を産む。
とはいえ、新興国ならまだしも、先進国で児童労働なんて…と考えるのが現代社会に生きる我々の大方の考え方だろう。
これくらい支給すれば、まさに「生きるために」子供を持とうとする人が増えてくるだろう。
あるいは擬似的な職業としての「妊婦」が成立するかもしれない。
平均的な日本人が一生に支払う税金はこれ以上の金額であるし、逆に子供が生まれてこなければ、当然、税収はどんどん減っていく。
高校以上まで子供を通わそうとすれば自前でさらに金額を支出することになるのだし、家庭と国家、家庭と社会の貸し借りで言っても概ね回収できる。
財源は、という話は当然でてくるわけだが、増税はもってのほかである。
国債は政府の借金であり、その借金を返すには「未来の国民」から税金でもって巻き上げるしかない。
だが、巻き上げる国民が減少すれば、返すこともままならなくなるだろう。
むしろ、これ以外の政策の実行に国債を使用するほうがおかしい。
とはいえ、それだけの支出を現行の国家財政の枠組みの中で行うのは非常に難易度が高い。
今の年間の出生数は80万人程度で、彼ら新生児に一律1000万円支給しただけで年間8兆円飛んでいく。
最終的に今の人口の置換水準である150万人程度の出生を目標とするのであれば、15兆円である。
あるいは、出生届が出された段階で一人につき1000万分の貨幣を余分に発行しても良い。
筆者はMMTに全面的に賛成するものではないが、狙いやゴールがはっきりした政策に限定するのであるならば
ハイパーインフレには繋がらないと思われる。
異次元というのならば、これくらいの大胆な施策を実行しなければならない。
生まれてくる子供の質がとか、子供を望めない家庭の心情は、とか言ってる場合ではない。
個々の不満は実現したあとに考えていけばいい。
第八話の撮影中に俳優が死んで急いで物語を畳むように十話で終わったらしい。
十話では「俺は自由だ」と叫びながら町を破壊して物語を終わったとか。
うつむいて必死に告解をしていて、顔を上げれば神父との間を隔てるはずの壁が吹き飛んでおり、
左半身と顔がごっそりと吹き飛んだ神父と対面することとなった。
たまたま近くで大きな事故があり、ちょうどうつ向いていた女が運よく事故を免れたらしい
女はなぜ自分が生き残ったのかを自問する日々を過ごし悩んでいるとのことであった
そんな話を聞いたある日、憧れる引退した俳優宅を通りかかることがあった。
俺は衝動的に玄関に立てかけてあった斧を手に取って庭に入り、マッチで庭にあった木造の汽車の置物に火をつけ、
「I'm free, I'm free!」
と叫びながら構内に押し入っていた。
俳優はすでに老齢に達していたが、その姿を見ると優しく微笑みかけてくれたので、
私はそのまま叫びながら戸をいくつか破壊して、そのまま雪の通りに取り出していった。
破壊と再生は古代神話で繰り返し語られることであるが、個人の人生においてもそうしたものが必要となることがあるのかもしれない。
※熱でうなされて3日目の早朝4時に見た夢をそのまま書きました。
隠された意図とか何にもないです。
宗教的に(特にカトリック)離婚が犯罪と等しいような文化の国では
今の日本の社会制度は欧米から多大な影響を受けているので、まずは西欧諸国の話をすると、
エリザベス1世やブラッディ・メアリーでお馴染みのメアリー1世の父親であるイングランド王のヘンリー8世は
自分が離婚したいがために国教をカトリックからイギリス国教会へ変更したくらい、カトリックでは婚姻は重要なものであるといえる
その頃にはもはやカトリックの価値観を社会制度にするには時代が変わってきていたわけで、
その後にはプロテスタントが勃興していくんだけどね。
で、第二次世界大戦敗戦後にいまの婚姻制度が日本に入ってきたんだけど、
当時の日本では愛人がどれくらいいるかが男のステータスになるというくらいガバガバで、
これは私は2点あると思っていて、
・古くから農村部にあった儒教的価値観(家族や一族を大切にする)を持った人が都会へ出てきた
これらによって、男性は一人の女性と一生寄り添うことが美徳という価値観が生まれたのではないかと予測する。
この感覚は現在の婚姻制度をはじめとする社会制度ととても相性が良かったんだよね。
そして現在、増田のような世代が現在の社会制度と現実との乖離に違和感を感じていると思うんだけど、
実際に政治を動かしているのは今のままが良いと思ってるおじいちゃんなんだよね。
I see that among men all things depend upon three wants and desires, of which the end is virtue, if they are rightly led by them, or the opposite if wrongly. Now these are eating and drinking, which begin at birth—every animal has a natural desire for them, and is violently excited, and rebels against him who says that he must not satisfy all his pleasures and appetites, and get rid of all the corresponding pains—and the third and greatest and sharpest want and desire breaks out last, and is the fire of sexual lust, which kindles in men every species of wantonness and madness.
私は、人間のあいだではすべてのことが三つの欲望に依拠していると見ています。それらは、正しく導かれれば徳であり、誤って導かれればその反対となります。まずは「食欲」と「飲欲」であり、これらは生まれたときから始まります。あらゆる動物が自然とその二つの欲望を備え、激しく興奮させられ、己の快楽や食欲を満たしてはいけないと言う者に逆らい、付随する苦痛からは逃れようとします。そして第三の、最も強く鋭い欲望が、最後に噴き出します。それは人々のあらゆる種類の淫気と狂気を燃え上がらせる「性欲」の炎です。
今のところこれが最古である。さすが西洋哲学の祖。「食」と「飲」が分かれているのが特徴。プラトンの著作は明治時代に翻訳されていて日本人にも知られていたと思われる。
欲界三欲
(一)飲食欲,即凡夫於種種美味之飲食,多生貪愛之心。(二)睡眠欲,即凡夫之心多暗塞,耽著於睡眠而不能勤修道業。(三)淫欲,即一切男女由互相之貪染,而起造諸種欲事。
欲界三欲
1. 飲食欲、すなわち凡夫はさまざまな美味の飲食において、多くは貪愛な心を生む。2. 睡眠欲、すなわち凡夫の心は暗く塞がり、惰眠に耽って修業に励むことができない。3. 淫欲、すなわちすべての男女は互いに貪欲に染まり、それがさまざまな欲事の原因となる。
『翻訳名義集』は中国・南宋時代に編纂された仏教系の書物。もちろん日本にも伝わっている。というかこの組み合わせが現在のスタンダードである。
いにしへの人三慾を忍ぶ事をいへり。三慾とは、飲食の欲、色の欲、睡の欲なり。
『養生訓』は江戸時代の大ベストセラー。貝原益軒は儒学者だが、この組み合わせは仏教の「三欲」と同じなので、「いにしへの人」というのは僧侶のことなのか。三欲を「抑えるべきもの」と捉えているのも仏教的である。「睡眠を減らすと健康になる」みたいなことも言っている。
『歌学提要』は幕末の歌人・香川景樹の理論をその弟子の内山真弓がまとめたものだという。
人間の根源の欲望を、食欲・性欲・表現欲に三大別して言うそのことは、江戸末期の巨匠香川景樹以来、歌界ではならいとなっている。
ということで「食欲」「性欲」「表現欲」を表しているらしい。
これはイギリス科学振興協会の当時の会長であったライアン・プレイフェアのスピーチが翻訳されたもののようだ。原文を当たると「かつての錬金術師は黄金・健康・不死のために賢者の石を研究していた」…みたいな内容だったらしい。
they hoped to attain the three sensuous conditions of human enjoyment -- gold, health, and immortality.
村上専精は僧侶だが仏教の「三欲」とは異なるのか。「生存欲」は戦時中の文章で「日本人は三大欲求の生存欲を抑えて国家に殉じるからすごい!」というふうに使われているのを見かけて面白かった。
人間の三大慾望たる衣食住
個人的に「衣食住」は欲望というより「基本的なもの」「必要なもの」というニュアンスで捉えていたのだが、井原西鶴の『世間胸算用』でも「分際相応に人間衣食住の三つの楽の外なし」と書かれているそうなので、あながち「欲望」的な捉え方でも間違いではないのか。似たようなパターンだと三大欲求を「福・禄・寿」に割り当てることもある。
美術評論家が三大欲求に「美欲」を入れるのは、歌人が「言語表現欲」を入れるのと似通っているか。
明治以降は経済発展もあってか「金銭欲(利欲・財欲)」や「名誉欲(出世欲)」を挙げることがかなり多い気がする。
もとはアメリカで1948年に刊行された小説だが、原文だと「three main pastimes」なので「三大娯楽」かな。
といった記述がある。
食欲、性欲、排泄欲の根源的意味に比べたら、人間の他の欲望である出世欲とか名誉欲とか権力欲とか支配欲とか金欲とか知識欲など、それこそ屁以下の価値しかない。
いわゆる「生理的欲求」のひとつとして食欲や睡眠欲と並べて語られる「排泄欲」だが、「三大欲求」として挙げられていることは少ない印象を受ける。ただ「性欲(射精欲)」を排泄欲の一種とみなすこともあるようだ。
本来、仲間と一緒にいたい、集団の中で自分の安定した位置を占めたいという欲求――集団欲は、食欲、性欲と並んで三大欲と言われる程のものである。
この「集団欲」を三大欲求とみなすのは戦後にかなり広まった感じがする。近年の書籍でも睡眠欲に代えて集団欲が挙がることがあるようだ。
貞潔・清貧・従順の修道三誓願は人間共通の三大欲求(肉欲・所有欲・支配欲)にかかわるものとして、生涯の一大試練と誘惑になりうる。
これはつまりカトリックの修道士が守る三誓願の対義語となるような欲望(貞潔↔肉欲 清貧↔所有欲 従順↔支配欲)を「三大欲求」と見なしているらしい。カトリックのあいだでポピュラーな解釈なのかは知らないが、三誓願そのものは3世紀末くらいまで遡るらしいので、当時からそうした発想があったとしたら面白い。
現在の一般的な認識。「金銭欲」「名誉欲」「集団欲」あたりを含めて「諸説あり」と言われていてもおかしくなかったと思うが、最終的にほとんど「食欲・睡眠欲・性欲」で固定されてしまったのは面白い現象である。
>エルフェンリートが海外で受け入れられる要因は、キリスト教的な赦しと人間の原罪がテーマにあるからだと思う。
オープニングにクリムトの絵とラテン語の歌詞を使っているのもセンスあるし、
有名な犬殺しのシーンで白ユリ(リリー)が血に染まるのが罪の描写として優れている。
>監督『この作品は表面的にはお色気、ラブコメ、バイオレンスだが、本質は差別と救いであろう。』
>本当にすごい。
清い歌を流しながら悪いと思う描写を流す。
あらがう描写をとことん描く。
本当はどっちなの?ってね。
考えさせられる。
厨二炸裂すみません!w
今のDB超や蒼天の拳3期なんか血のスジが走ってスプーン1~2杯の血が出て五体満足でみんな死ぬだけ。
命の尊さというか人は簡単に傷付くとか見せても良いのでは?
>「皆と少し違うだけでなぜこんな目に遭わないといけない」ほんとこれ。
ルーシーはずっと苦しい思いをしてきたからここまでなってしまったんやなって。・・・