はてなキーワード: リスペクトとは
物分りの良い彼思いの妻のふりに酔ってるだけだよね
彼は本気で増田を選んだのだし、増田も本気にならなきゃすぐ破綻するよ
物分りの良いふりなんて、結局彼に対して本気で向き合わない言い訳を自分にしているだけだよね
激務なのはわかるけど、じゃあ増田は職場で仕事増やされたらもう少しも対応できないわけ?
なんとかやりくりして対応するわけだよね
それなら家庭にも本気で対応しなきゃ
それと、仕事を続けて欲しいと言っているのは彼なりの思いやりで、キャリア積んでる増田へのリスペクトだよ
それに対する増田のお返しが、私に飽きたら自由に出て行ってね、だとしたら、男としたら切なすぎるわ
3月で東北大学を卒業して、4月から某企業の社畜となる22歳です。
文系の学部出身なので、ITやらプログラミングの知識は完全に独学です。
特にITに興味を持ってはいなかったのですが、就活が終わったあたりに
映画のソーシャルネットワークとかを観たりしてプログラミング勉強しようと思い立ちました。
そんで実際に勉強し始めるとなかなか興味が持てる分野だったので、去年の秋の試験で基本情報技術者を取ったりもしてました。
でもここまでひと通り勉強し終えた時点で、このあとどうしよう?ってなったんですね。
HTMLやらPHPの本を写経して、『やったー、Hello,World!を100回分表示させたぞ!』なんてやっぱりすぐ飽きるわけですよ。
プログラマって毎日こんなことしてんの?と思ってネットを漁ってみると、色々と面白い情報をはっけん!
http://anond.hatelabo.jp/20101203150748
やっぱ何かを創ってなんぼだよね!
ということで人生最後の冬休みから構想を練り始め、今年に入ってから本格的にwebサービスの作成に取り掛かりました。
ちなみに本記事タイトルは『京大で画像処理を学んだ僕が本気でエロWEBサービス作ったった』をリスペクトさせて頂きました。
この人はIT関連が専門みたいで、創ったものもレベルが違うんですけどね。まぁキャッチーなタイトルにしたかっただけです。
やはり社会人になるとなにかと時間が限られてしまうと思うので、
多少未完成でもまずは公開してみて少しづつ付け足していこうと。
結果として、この記事を書いている時点でお問い合わせフォームとかを実装してませんし、
他にもいろいろとやりたい機能をとりあえず諦めざるを得ませんでした。
今後頑張ります。
今年の1月時点での自分の知識を大まかに説明すると、
HTML → 基本は分かる。でもdivとかをうまいこと調整するのは苦手
CSS → ぶっちゃけあんま理解してない。今回の創作物もtwitterbootstrapに頼っちゃった
PHP → 基本は分かる。forとかforeachとかwhileあたりが使えるくらいだけど、実際それで何とかなったしこれからもっと勉強するし
javascript → たしか一番初めに勉強したけど、もう忘れた。今回のサービスにも使ってない。
まぁこんなもんです。
『未痴との遭遇』
やっぱりエロいのだとモチベーションも続くし、やっててたのしいかなぁと思いまして。
1.全体像の把握
基本情報技術者を取得したんですが、サーバーとかFTPとかの単語をあまり理解してなかったんですよね。
具体的にどうすればホームページやwebサービスを公開できるのかを理解するようにしました。
上に書いたようないわゆる『つくってみた』系の記事も沢山読みました。
ふむ、手っ取り早く作るにはフレームワークとやらがいいらしい。
具体的には公式サイトのブログチュートリアルから入って、『CakePHP 入門』とかで検索して出てきたサイトをいろいろとまわりました。
覚えることは多いですが、確かに便利なので頑張って修得することをおすすめします。
とりあえずサイトの作り方はわかったので先に進む。
APIを利用したサービスがたくさんあったので僕のサイトでも使ってみようと思いました。
勉強ってほどのものではないですが、DMMAPIのコードを公開しているサイトを参考にしました。
僕の創ったサイトに必要なデータがAPIでは効率よく取得できないことがわかったので、
DMMのサイトをスクレイピングして必要なデータを集めることにしました。
Simple HTML DOM Parser ってやつを利用。
5.メイン機能搭載
まずはAPIとスクレイピングを利用してデータベースに必要なデータを集めました。
スクレイピングがうまいこといかなかったり、なぜかデータが重複しまくったりといろいろ苦労はしましたがデータベースはなんとか完成。
その後、メインページを作成して、ランダム表示ができるようなスクリプトを書く。これは簡単。
6.他のページの作成
メイン以外のページを作成。
twitterbootstrapもここで導入。
でも間に合わなそうだったので、目標達成のためにとりあえず飛ばすことに。
特に希望のものはなかったのですが、まぁそれっぽいものを購入。
問題はサーバーですよ。
初めはGMOクラウドのVPSで無料お試しをしたのですが、これがまた難しい。
ネットでいろんな情報を探して、試して、動かなくなって、OS再インストールって流れを5回ほど繰り返して断念。
結局FUTOKAのレンタルサーバーと契約しました。こちらは非常に扱いやすくて、らくちんです。
8.公開
こんなしょぼいサイトでも公開できただけでうれしいものですね。
約3ヶ月の苦労は無駄ではなかった。これで僕もクリエイターの仲間入りだ。
文系の僕でも3ヶ月でひとりでwebサービスの公開まで漕ぎ着けることができました。
この期間が長いと思うか短いと思うかは人それぞれでしょうが、自分のアイデアを現実化させることは想像以上に楽しいことですよ。
壁にぶつかることはたくさんありましたが、不思議と辛くはありませんでした。だって楽しいから。
用事がある日にも、早起きして作業することが苦になりませんでした。だって楽しいから。
変に敷居の高さを感じている人がこの記事を見て、『俺もやってみよう』と感じてくれると嬉しいです。
異国の文字を使った歌限定になりますが、もうここ数年くらい切に願ってる
伝わらないんだよ!歌っても!いくらうまく歌っても!
クソかっこいい歌詞とかいいこと言ってる歌詞とかちゃらけた笑える歌詞とか、あるのに!
異国語だからと意味はともかくなんとなく上手くとられたりなんとなくカッコいいとかで終わったり
虚しい!
リスペクトしたいのに!
カラオケでもなけりゃじっくり歌詞まで見てくれることなんてないし、特に英語やらともなると…
皆がそういう意味なんだと関心を持って聴いてくれるようになるとカラオケ好きとしてはより楽しく歌える
日本語ならよくあるじゃない、何となくいい曲だったらじっと歌詞を見てしまうこと
それで気に入ったりすることも
異国語の歌詞はその大前提がすっぽり抜け落ちてて、寂しいんだよ!!!
えー、そんなこんなでELLEGARDEN、活動再開願ってます。
HTMLとCSS, JavaScriptはちょっとだけ分かる
dotinstallとか見てブラウザでタイマー作ってわーいって喜んでるくらいのスキル感。
→本を買ってやるのは安上がりだけど途中で挫折しそう
→じゃあお金稼ぎながら学んだらいいんじゃ
バイト始めることになった
バイト始まる
課題を出されて、できたら業務に入れる
誰も教えてくれない
ググってググってググりまくる
ひーひー言いながら2~3週間でなんとか終えた
なんとかなった
このときくらいにパーフェクトPHPを読んだ。FWは、つくれる!
あーようするにURLを受け取って振り分けたり、DBからデータ引っ張ってきて画面に表示させたりするのね
分かった気になる←分かってない
GET/POSTでごにょごにょすればいいんだね楽勝だわ←全然分かってない
FuelPHPを聞きかじって、何をトチ狂ったのか在宅でwebサービスの受託をやる
まあ良い経験になった
フレームワークいくつかやって、web開発のいろんな概念やtipsがたくさん頭に入ってきて、
あーあれかーくらいには思えるようになった
DBのCRUD操作, ORM, DBマイグレーション, RESTfulとは, コマンドラインでコード生成,認証周りのプラクティス ...
さて、バイトが本格的?になってくる
一人で開発 責任おもい
でもなんか躓いた。
書いたコードに自信が持てない
これでいいのか不安になって手が進まない
セキュリティで手直しはたくさんもらった
フレームワークにはDB操作のライブラリがちゃんとついてるのにそれ見ずに自分でSQL組み立てて案の定エスケープしてないし、とか
でも、なんとか完成させた
プッシュして、マージされて、できちんと本番環境で動いてる。やったね。
Rubyを知った
PHPと違って()が殆ど無いし、;ないし、do~endとか何だよって感じだった。
Railsも知った
それからは空いている時間の大半をRubyとRailsにつぎ込んだ
まずはRailsTutorialをやってみた
テスト周りでつまづいたけどなんとか終わらせた
dotinstallやらミニツクやら、検索して出てきた記事・チュートリアルはとりあえず手をつけて学んだ
はじめはRubyを理解せずにRailsをやっていたけど、すぐにRuby自体に興味が出てきた
はじめてのRuby・はじめてのプログラミング・たのしいRuby・プログラミング言語Ruby... 入門系の本を乱読した
PHPでさんざん苦労していたからか、Rubyでオブジェクト指向を学ぶとなんの無理もなく頭に入ってきた
その後、パーフェクトRubyで標準ライブラリやらGemやらSinatra(支那虎じゃなかった)やらについて学んだり、
メタプログラミングRubyで黒魔術を学んだりした。巻頭のMatzの言葉痺れたなー
バイトのほうも何とかこなせるようになってきた 成長すげー
Vagrantをかじる
AWSでいろいろ遊ぶ
webスクレイピングとか検索APIとか使ってムフフな画像をアハーンしたりして遊んでた
Rubyで言語をつくろうだの、スクリプティングを極めようだの、JavaとRubyがどうだの。
メタプログラミングだの、デザインパターンだの、テストだの、リファクタリングだの。
借りられる本は借りて済ませた。全部買ってると破産する
他にもRubyとつかない本もいろいろ。
プログラマが知りたい97の何とか。いい本
Rubyの関数オブジェクトからのつながりで関数型プログラミングにも手が伸びる
OOPと全く違う。
就活はじめるよー
まあ、エンジニア枠で探すことにする
エントリーめんどくさい
ので、1社受けて落ちたら次の会社エントリーするという作戦にした
無計画玉砕作戦
とはいえ、なんとかなると思ってやってく
気を揉む期間
やたらパララックスつかってゴテゴテにしてるわりに、何が言いたいのか伝わってこない
せめてよく使ってる言語くらいはのっけておいて欲しい。
で、1社選んで応募して、選考が始まった
面接、失敗したなと思ったところもあったが
嘘つかない
知らないことを知ってるように話さない
は通せたので良かったと思う。
で、進んでいって最終面接。これもなんかよく分からないうちに終わってた
相手が適宜フォロー入れて話しやすいようにしてくれたのは覚えてる
うん、ぜひ当社にご入社いただけたらと思いますとのこと。やったね。
前から気になってた会社ではあった。勝手にリスペクトしてた会社。
自分が憧れてる技術者さんたちが在籍してる会社でこれから働くことができる
いろいろと運が良かった。嬉しい
他の会社はどうしようかな。
受けてみたい気もするけれど、エントリーがめんどくさい
続けるかどうかは未定だけど、ひとまず休憩することにする
Q「あの子は、大事な時に必ず転ぶ」と発言したことをどう思ったか(発言内容ではなく要約?)
A「私は別になんとも思っていないですけど、森さんが今、後悔しているのではないかなと思います」
(朝日新聞:http://www.asahi.com/articles/ASG2T3K3KG2TUTQP006.html)
Q「森さんは、後5年間会長を務めるわけですか、日本人はそれに耐えられると思いますか?(海外メディア)」
A「(笑)。私は、今別になんとも思っていないですけど、たぶん森さんは、ああいう発言をしてしまったことについては、今後悔しているんじゃないかなと少しは思っています」
Q「森元総理大臣が会長を務めていくことに日本人は耐えられると思いますか」
A「私は何とも思っていませんが、森さんはああいう発言をしてしまったことを少し後悔しているのではないかと思います」
(NHK:http://www3.nhk.or.jp/news/html/20140225/k10015527391000.html)
Q「森元首相は5年間、東京五輪組織委員会会長を務める予定だが、日本チームは耐えられるか」
A「私は何とも思っていないが、ああいう発言をしてしまい、森さんは今、少し後悔しているのではないか」
(産経新聞:http://sankei.jp.msn.com/sochi2014/news/140225/soc14022514340008-n2.htm)
Q「日本人は東京五輪組織委員会会長としての森さんを任期の5年間、耐えられるのだろうか?」
A「森さんも少しは後悔しているのではないかと思っています」
(スポニチアネックス:http://www.sponichi.co.jp/sports/news/2014/02/25/kiji/K20140225007662610.html)
これ、どれが一番正確なんだろう。
些細なニュアンスの違いには違いないんだけど、スポニチの『少しは後悔しているのでは』なんて、『は』を入れるだけで明らかに皮肉に見えるし。
あと、BLOGOSのみが「『少し』後悔しているのでは」ではなくて『後悔しているのではと、『少し』思っている」と書いててこれも明らかに意味が変わって来る。
ついでに朝日は質問内容を要約しすぎている所為もあって受け答えがちぐはぐな上に、『後悔している』のが発言内容に関してなのか、発言をしてしまった事に関してなのかが非常に曖昧になってる。
特にこの記事にこだわる必要もなかったのだけど、記者にしては随分といい加減な聞き取りしてるんだなと思う。
スポニチの「すこし『は』」ってのは他が一切書いてないのを見ると、どうも余計に付け足してしまったのではないかと思うけれども、文章を書くからにはもう少し言葉のニュアンスは大事にしてほしい。
一文字入るか入らないかで、すごく印象が変わるし、ましてや『少し』という表現が掛かる言葉が変わって来るなんて有り得ないと思うんだけどなぁ。
その場でメモ取るのもいいけどボイレコとかでとってないの???
恣意的なものも山程あるのだろうけど、こういうのを見ていると全文書き起こし以外は殆どあてにならんなと思う。
ちなみに森さんの発言については浅田真央さんへの言葉はデリカシーが欠け過ぎにしろ、思いやっての言葉であることは伺えた。
ただ、それ以外の部分でナチュラルDisをかましてて、田舎のオッサンがそのまま偉くなった感じだなと。
町内会長くらいの立場なら多分その場で笑い飛ばしてもらえたかもしれないけどね。
まあ話がそれたのでこの辺で。
夕食の時にふと父親が口にした。
「明らかに選考時点で滑れてなかったし、結局結果が出せないんだから辞退して若い選手に機会を譲るべきだった」と。
でも腰の怪我を押して出場し、結果個人SPで棄権したプルシェンコは素晴らしいらしい。
「日本人だったら絶対根性論で滑ったけど今後のことを考えてあそこで棄権できるのはプロ」だという。
そんな父親が好きになれない。
優秀な人は自分が思った通りのことをするしそれが正義だと思ってるフシがある。
欧米礼賛がすごい。全く同じことでもアメリカだったりヨーロッパの出来事だと「素晴らしい」なのに日本だと「これだから日本は」
某IT系一流企業で働いてるくせに技術に関する知識だったりリスペクトが全く感じられない。口を開けば「プログラムを人間が書く時代はもう終わる。だからやる意味もない。」
そのくせ今PMとかやったりしてる。
でも職場ではかなり信頼されてるらしい。
基本的に問題の切り分けが全然できてなくて、すぐに話を一般化したがる。議論にならない。
日本史とクラシックがすごく好きで、父親が帰ってきた後にそういう話を二人でするのはすごく楽しいんだよ。
でも最近こんな嫌なところばかりが見えて悲しい気持ちになってくるよ。
未明の2時間半。一心不乱にコードに集中 ──中島聡流プログラミングの流儀 #OpenGL|CodeIQ MAGAZINE
──16歳でプログラミングに触れてから、現在までずっとコードを書いているわけでが、その持続力には驚きます。会社に入って数年もするとマネジメントをやるようになって、現場から離れてしまうプログラマも多いと思いますが。
これがまさに僕が一番問題視していることなんです。世界的に活躍しているIT企業、Google、Apple、Microsoft、Facebook……みんなアメリカの会社ですよね。なぜ日本はだめなのか。個々の能力では日本人が劣るところはない。勤勉な性格だし……。
根本の違いは、優秀な技術者がいつまでもプログラムを書いているかどうか、ということなんです。
特に理工系の修士号取得者。日本では大学を出て大手企業に入ると、そこではほとんどプログラムを書かない。仕様書は作り、ドキュメントも書くけど、実際のコードを書くのは子会社や外注やその下請けの人たち。僕はこういうのを「ゼネコンスタイル」と呼んでいます。
それに比べると、アメリカのソフトウェア企業は、バリバリの理系の修士号、博士号の人を採用して、その人たちを一生プログラマとして使い続ける。プログラマとして優秀であれば、ゼネラリストよりも高給を弾んでくれる。生涯プログラマでもリスペクトされる。 マネジメントはそれなりの専門職だから、それが得意な人に任せればいいという考え方。プログラマは一般に人の管理をするより、コードを書いていたほうが幸せだから。
ほんとこの文章を、大手SIerの糞馬鹿社員と、3年前に自分のいたチームの糞リーダーに読ませたい。
仕事を人に振ってばかりで楽していると無能になるぞ、と。周りに聞いてばかりいないで、たまには自分で調べて、考えて仕事しろ、と。
なんで皆管理側を目指すのかねぇ、、って上の記事のまま、使われる側だと評価されない、金くれないからだな。要は、日本は経営者とか幹部クラスが致命的にアホすぎるんだな。
なんだか妙に香ばしい記事を拝読したが、どうもこれ、やまもといちろうがかねてより言及していたイケダハヤト師によるものであった。やべえなこれ…。さすが特攻隊長も折にふれてネタにするわぁとご納得の香ばしさ、あたかも身があるようでいて1ミリも為にならない砂上の楼閣。師の申し上げるこれが芸術(アート)なのだろうか……。
この御仁、インターネットリトマス試験紙として実に有益であると思ったら、あんのじょう耳聡い諸兄らによってまとめられていた。
http://matome.naver.jp/odai/2135569541599954601
なんと無意味に魅力的なんだろう……。
ていうか、DHPってなんやねん(清原)。彼はもしかして気の利いたジョークを飛ばしたつもりなのかな? 嗚呼、ページトップの自信にみちたドヤ顔ポートレイトがちらつきます。まさか、まさかこれスベリ芸というわけでもないですよね……? そんなばかな。きっとイケダ師は徹頭徹尾ガチで提言したつもりなのだ。DHP、いいじゃないですか。ビジネスシーンで積極的に使っていきたい単語ですね。おもしろいおもしろい。彼の業績についてはくわしくは存じ上げませんが、デイリーポータルZに門前払いを食らいそうなこの壊滅的センスについて折り紙でつくった敢闘賞バッヂを進呈したくなったりもしないでもないかもしれないと思ったような気もする。どうでもいい。
そしてさりげなく添えられた家入一真へのナチュラルすぎるリスペクト。これによりイケダ師が醸しだす香ばしさにはさらなる彩りが添えられて、インターネットの電子の海に禍々しい巨塔がいきり立つ。ハエ寄ってきそう。類は友を呼ぶと申すが、胡散臭さと胡散臭さが両方備わり最強に見える。
イケダ師、これほどの逸材だったとは……。胸の高鳴りはとどまるところを知らない。インターネットの漆黒の闇に燦然とかがやくショッキングピンクのネオンサイン、巷間をあやしく惑わす偽りの灯台、クソどもを引き連れて自らもまた沈みゆく現代のレミング。師を褒め称えることばは尽きませんが、今後とも師には、ポスト=テキストサイト時代を力強く牽引する芸人としてのご活躍に一層の期待を寄せるものであります。
先日ネット上にて、星海社から発売された『ロジック・ロック・フェスティバル』が古野まほろの『天帝のはしたなき果実』の盗作であるという疑惑が生じ話題となった。
そして、その『ロジック・ロック・フェスティバル』が本日、晴れて全文公開された。
http://sai-zen-sen.jp/awards/logic-lock-festival/
そういうわけで今日は本作が本当に盗作であるかというかのを考えていきたいのだが、その前提として知っておかなければならない事実として、「盗作」とは何かということである。
ここで日本で盗作について一番詳しく書いている栗原裕一郎の『〈盗作〉の文学史』から一部引用させていただこう。
本文に先立ち、何を「盗作」と呼んでいるかをはっきりさせておく必要があるだろう。
「盗作」にしろ「剽窃」にしろ、いずれも俗語だから、明確な定義は持っていない。
したがって、「盗作」であるか否かを区別する客観的基準というものも――明白な著作権侵害である場合を除いて――存在しない(中略)「影響」も「模倣」と捉えれば、広義には「盗作」と呼べないこともない。
つまり何かが盗作であると断ずるには、著作権侵害レベルの一致がない限り難しいのである。そして、肝心の版元である星海社は盗作の件について
と、はっきりと否定。また、盗作された側である古野まほろもtwitterで
本歌取りは日本の伝統、本格の伝統です。だから、もし本歌取りを「盗作」などと貶めるなら、それはとんでもない侮辱で冤罪です。私は、元の和歌が分かるマナーのある本歌取りなら、むしろ嬉しく思います。逆なら悲しい。私は、話もせず真実も知らず、人を断罪することは、不正義だと考えます(古野)
と言っており、両者の意見が「盗作ではない」と一致しており、晴れて『ロジック・ロック・フェスティバル』が盗作ではないことが確定したのである。パチパチパチ。
しかし、それでは面白くない両者の意見をよく較べてみると、あらゆる面で一致しているわけではない。
古野側は
ですから「類似点が多い」のはどうしてか。そして、これまで古野について一切、どこかで語ったり、書かれたりしていないのは何故なのか。これらがハッキリすれば、何の問題もないと思います。「盗作」は考えにくいから。もし本格の後継者でいらっしゃるのなら、古野とは仲間だから(島津)
という具合に、盗作とは言わないが、こんだけ類似点が多いのは偶然で済ませられないだろと主張しているのに対し、星海社側はあくまで、
本作『ロジック・ロック・フェスティバル』においては小説を構成する主要素であるところのテーマ・プロット・キャラクターにおいて、先行作品との「盗作」に該当する類似点は一切ございません。
と類似点なんてねーよと全ツッパ。
ここで難しいのは、先ほども書いたように、「盗作」というものの定義がはっきりしていないため、星海社のいう『「盗作」に該当する類似点』というものがどういったものかわからないのである。
どこまでが、『「盗作」に該当しない類似点」であり、どこからが『「盗作」に該当する類似点』というのを言ってくれないと判断に困る。
しかし、言ってくれないものは仕方ないので、こちらで勝手に検証していく。
さて、ではここで問題となっている両作品の類似点とはどういったものなのか。
まず、読者の印象に大きく残る点として、全体のストーリーの流れが挙げられるだろう。
・天帝のはしたなき果実
↓
事件が発覚すると大会が台無しになる、多数決でこれからどうするか決める
↓
↓
↓
↓
事件が発覚すると文化祭が台無しになる、多数決でこれからどうするか決める
↓
↓
↓
2chからのコピペだが、両者を読み比べた自分から見ても、この通りの展開が書かれていたし、印象もだいぶ似ていた。
これに対して星海社は、
たとえば本作『ロジック・ロック・フェスティバル』にてテーマとなっている「学園での殺人事件」につきましてはミステリーを描く上では一大ジャンルを成すポピュラーなテーマであり、ご承知の通り、先行作品を枚挙することに暇はありません。また、文化祭で殺人が起こり、その発覚によって学園祭が中止してしまうことを恐れて生徒達が独自に行動する、という本作のプロットには先行作品としてはたとえば『前夜祭』(角川書店刊/芦辺拓・西澤保彦・伊井圭、柴田よしき、愛川晶、北森鴻氏らによるリレー小説)の存在を指摘することができると思いますが、こちらの作品に関しても前段となる殺人の状況と、後段となる推理と解決へと至るプロットには、本作との密接な類似点を見出すことはできません。
そして、「特殊な場所への警察権力の介入を防ぐために居合わせた人間が素人探偵となって活躍する」といった本作のプロットに関してはたとえば『水の迷宮』(光文社刊/石持浅海)などの優れた先行作品を指摘することができると思いますが、こういったプロットに関してもまたミステリー界においては極めてポピュラーなものであると言えるでしょう。 キャラクターに関しても、学園の生徒会やその周辺の個性にあふれた生徒たちが登場し、事件を解決するのはいわゆる「学園ミステリー」ものの常であります。
この理屈がありならば、「少年漫画において、探偵が主人公というのは一大ジャンルを成すポピュラーなテーマであり、大人だった主人公が子供になるという設定も手塚治虫の『ふしぎなメルモ』など枚挙に暇がなく、また主人公が知り合いの博士におもしろグッズを作ってもらうのも、偽名に古今東西の有名人の名前を使うのも決して珍しいケースではないので、本作『名探偵ドイル』は完全なオリジナル作品なのです!」などという無茶苦茶な理屈もありになってしまう。
問題となっているのは、別個であるはずの2つの作品でこれだけ似通った要素が複数に渡って存在してる点なのに、それを因数分解のようにバラバラにして、よくあるケースだと主張するのはいささか無理がある。
もっともミステリなんてのは、『名探偵、皆を集めて「さて…」と言い』という言葉があるぐらい、ある種の流れが決まっているジャンルだし、このぐらいのストーリーの類似はよくあることかもしれない。だがそれ以外でも古野側が、
私はこれまで徹底して、著者の方の名誉と将来のため、具体的指摘を避けていました。また性善説に基づき、盗作説を断固否定した上で、類似点の多さを悲しみました。それすら非のない方への中傷と言われれば、非は私にあることになる。ならば、相当数あるうちの1つだけ、まずお示ししましょう(古野)
鷹松学園と勁草館高校。学校の設定を比較対照してみて下さい。 やや時間を置いた上で、その具体的指摘も行います。 できればこれに止めたいですが、私に非があるとされている間は、二の矢三の矢を射ちます。極めて不本意です。私はこの段階でも、平和裡に解決することを強く、強く希望します(古野)
と主張しているように設定面においても、両校の舞台が「藩校を前身とする名門校であり、地下に軍事施設がある」という一致を見せている。
普通、ここまでの一致はなかなか見られまい。
また『ロジック・ロック・フェスティバル』の応募時キャッチコピーが「学園ミステリーは青春に捧げる供物である」というものだったのに対し、『天帝のはしたなき果実』に対する、ミステリ作家・有栖川有栖氏の推薦文が「これこそ、虚無なる青春への供物。真正の本格にして破格のミステリ」となかなかどうして似通っている。
それ以外にも両作品の最後の一文も綺麗に対称関係となっている。
このまま順調にいけば、古野によって二の矢三の矢が射たれるはずなので、今後の展開を楽しみにしておきたい。
ただ、個人的な意見を言わせてもらえば、『ロジック・ロック・フェスティバル』において、軍事施設の設定は必ずしも必要なものではなく別の設定でも代替可能だったはずである。だから、もし作者に本当に盗作をする気があるならば、こうした部分は真っ先に変更したはずである。それにもかかわらず、このような明白な形で残っているのだから、この一致は作者によるオマージュやリスペクトの一種とみなした方がいいだろう。
しかし、オマージュであれ、リスペクトであれ、このような類似点が多数ある以上、星海社側の「完全な事実無根」や「なぜ火のないところに煙の立つような今回の「盗作」疑惑が起こってしまったのか」という発言はいささか苦しい。少なくとも根や葉や火種はあったわけなのだから。
『ロジック・ロック・フェスティバル』のあとがきによれば、本作は作者が初めて書いた小説らしい。
その点を考えれば、こうした部分はむしろ若気の至りや遊び心と言えるし、前途ある新人に対して執拗に非難するべきではあるまい。
本作を受賞させるにあたって、星海社の太田副社長は座談会でこのようなことを言っている。
この人、ミステリーの手つきが本当にいいわけ。小ネタから大ネタまで、80点以上のミステリーが次々とやってくるって感じ。飲茶のおいしい料理が次々やってくる感じなわけね。しかもなおかつ、法月綸太郎的、佐藤友哉的な青春の痛みがしっかりとあるのよ。だけど生々しく「法月綸太郎が」とか「佐藤友哉が」みたいな感じでは出さないようにしてるんですね。
また、さらにこのようなことも言っている。
うん、この人は新本格ミステリーの正統後継者だと思うよ。あの世にいる宇山さんにも読ませたいよね。そういう意味で言うと、「ありそうでなかった」っていう感じがする作品なんだよね。新本格はその誕生以来ずっと奇形化が進んでいったわけだけど、正統的な先祖返りというか……この人の作品は音楽で言うと「黒いジョン・レノン」と呼ばれたデビュー当時のレニー・クラヴィッツみたいな感じなんだよね。あるいは、とかくビートルズと対比されたデビュー当時のオアシスとか。とにかく、これまでにありそうでなかった青春ミステリーの最前線、みたいなわくわくする感じがこの作品にはあるような気がするんです。
ここで太田が読ませたいと言っている、宇山氏が生前最後に送り出した作家・古野まほろをまたしてもガン無視である。「ありそうでなかった」人扱いである。まほろの存在が歴史から抹消されている。預言書が燃やされたのだろうか?
それとも『天帝のはしたなき果実』の文庫版が講談社からではなく、幻冬舎から出ていることと何か関係しているのだろうか?
そして受賞作の発売に寄せてこのようなことも言っている。
……というわけでぜひみなさん、『ロジック・ロック・フェスティバル』を読んでください。綾辻行人さんや法月綸太郎さん、有栖川有栖さんたち、かつての「新本格」推理小説ムーブメントは終わっていなかった、それが見事に証明される一作です。学園祭の密室の妙に酔いな……!
そりゃまほろも怒る。
明らかに古野まほろの影響を受けている作品に対して、他の作家の名前をガンガン引き合いに出してるのに、肝心のまほろを無視しているんだからそりゃ激おこにもなるだろう。
この場合考えられるケースは4つ。
1.選考に関わった全員が『天帝のはしたなき果実』を読んでいないor内容を忘れていた。
2.色々類似点があると気づいていたが、この程度大した類似ではないと考えた。
3.色々類似点があると気づいていたが、読者は類似に気づかないと考えた。
イラストに大御所CLAMPを使っている時点で4番は無いだろう。考えられる可能性は残りの3つ。外野である我々にはどれが真実なのかを判別する術はない。
ただ、やっぱり上に挙げた類似点を考えれば、作者が古野まほろを全く知らなかったというのだけは考えられない。
そして星海社は普段から新人賞の選考においてオリジナリティを重要視しており、以前の座談会ではこのようなことを言っている。
次は岡村さんが担当した『MV ―Meteddo Vevaea―』。これは高校生?
そうですね、高校生でこの枚数書けるのは素直にすごいです。
何枚くらい?
400枚以上ありました。
おお、それは確かに頑張ったね。
ただ、肝心の内容がまんま『IS〈インフィニット・ストラトス〉』なんですよね……。
タイトルもそれっぽい!
岡村さんもさらっときついことを言うようになってきたねえ(笑)。
いやいや、でも本当にそうなんですよ。架空の兵器があって、それを使える男性は主人公だけ……という設定で、何から何まで『IS』を連想させてしまう内容でした。これをそのまま出版したら、ちょっとタダではすまないだろう、と(笑)。
大変なことになりそう(笑)。
似た例は僕のところにもあって、『コトホギ』ってのがそうなんですけど。
コトホギ……?
柿内
タイトルが既に不穏だなあ。
これ、舞台は大正二十年、帝都。女の子が悪魔に襲われているところに、書生姿の男が助けに入り……と、ほとんど『葛葉(くずのは)ライドウ』です(笑)。
一同
まんまじゃん!
電波塔がうんたらとか、もうほとんど二次創作でした(笑)。これでライドウを連想しない人はいないだろうと。
まだあんのかよ! いい加減にしてくれよ(笑)。
主人公が着物姿で武器は刀……式の性別を男にしただけ、まんま『空の境界』!
冒頭1ページ読んだだけでそれと分かる感じでしたね……。
よく星海社にこれを送ってきたな、という。度胸はあるのかもしれませんけど、酷い!
別に新人賞でオリジナリティを重視するのはかまわない。むしろ当然である。既に市場に似たような作品があるのならば、多くの読者は新人ではなく実績のある作家の作品を選ぶだろう。
だが、だとしたら『天帝のはしたなき果実』を連想させてしまう『ロジック・ロック・フェスティバル』を受賞させたのは失敗ではなかっただろうか?
普段の座談会で大上段から応募作を切り捨てているからこそ、受賞作にはそれ相応のクオリティが求められる。さらに帯に『まだあった「新本格」推理小説! 全ミステリファン注目の新人登場』なんて書いたらハードルの高さはそりゃもうウナギ登りでよっぽどの脚力が無い限り、足を引っ掛けて転倒は免れまい。
先程も書いたように、『ロジック・ロック・フェスティバル』の作者である中村あきにとって本作は初めて書いた作品である。
そうしたまだ若き作者に対して、これほど高い下駄を履かせるのはどうなのだろうか。
少なくとも「全ミステリファン注目」というのはいささか厳しすぎる。
そういう意味では、今回『ロジック・ロック・フェスティバル』が受賞してしまったことは決して幸運などではなく、むしろ運が悪かったのかもしれない。
身も蓋もない話、これが星海社からではなく別の出版社から刊行されていたら、ここまで話題になることもなかったと思うのだが……。
というわけで感想書き殴り。
ただの穢れた地球人の個人的な感想ですので、技術的なことも歴史的背景も考えてません。
最初の方は嫌いだったところで、後ろに行くほどそうでもないです。
あとネタばれ注意。
絵柄のせいだと思うのですが、どうも特別版日本むかしばなしのイメージをぬぐえませんでした。
アニメの制作に詳しい人がみるときっとすごい手間と技術が感じられるんだと思うんですが、なにも詳しくない自分にはただの余り手間のかかってない絵に見えました。
前に絵を描いていたとき、ラフの鉛筆で描いた絵はとてもかわいく描けたのに、清書で線をはっきり描くとてんでダメになってしまうことがよくありました。そのとき「ラフのまま描いたら案外良いかもなあ」と思って描いてみたのを思い出しました。ただの人が描くとただの雑な絵でした。
最初登場したときは「あー、典型的なジブリのヒーローポジションだなあ」と思ったけれど、ゲス野郎でした。
いや、全体的にはきっといい男として描かれているのかもしれませんが、私にとっては胸糞悪い男でしかありませんでした。
特に妻子とさっきまで一緒にいたのにかぐや姫に「あなたがいれば…でももう遅いの;;」といわれて「一緒に逃げよう☆」と即答してしまうのは(えー…)という感じでした。
登場人物の中で一人だけ明らかに違う雰囲気のキャラクターがいました。
見た瞬間「あ、これグッズ売ってるな」と思いました。やっぱり売ってました。
調べてないんでわからないけど、竹取物語の原作にかぐや姫が自然大好き設定ってあったっけ?
そのへん虫めづる姫君っぽいので混ざっているんだったら、宮崎駿リスペクトか共通項なのかなあと思いました。
捨て丸兄ちゃんとの恋愛エピソードはなんだかとってつけたようであまり面白くありませんでした。
でも姫以上に翁と媼がかわいそうでした。あんなにかわいがって(姫が喜んでいたかは別としても)姫のためにいろいろやったのに最後に姫を持っていかれるとか本当に悲劇。この映画の主人公は翁と媼かと。
あと翁が媼と姫に「うわぁ…」って顔されてるのがきつかったです。
おいDV野郎、お前は愛を振りかざして自己顕示欲を満たすクズだ。アニメなら好き好き結構だが、その価値観で家庭は持つなよ迷惑だから。
だいたい二次創作とかでかい括りで語る内容でもないよね。作品を掘り下げる器量もないから、学園物とか劇配役に逃げるくせしてさ。原作にリスペクトする気もねぇ、興味もねぇ、ただ小綺麗な言葉並べて手前のナニしごいてるチンカス風情がさ、それで挙句の果てに他人様に文句つけるのか?バーカバーカうんこうんこ
飽きた。釣られたなぁ
創作してない奴は作品世界に何の貢献もしていないとか言われるともがき苦しむ。消費系ヲタはこの劣等感を一生背負ってコンテンツを喰い潰すのだ・・・!
個人的に、創作が好きなら2次創作でなくオリジナルでやってほしいと思ったりする、元サークル参加者。
監督や声優を覚えるのは、なぜ、どういう理由でその作品が作られ、
どういう結果で現在のアウトプットができているのかという流れを知るため。
例えば、文学研究では宮沢賢治が妹を亡くしたせいでこの作品を書いたとか、
どういう環境にあってこの作品が生まれたみたいな研究は当たり前にする。
それと同じこと。
その作品をより知りたいという意味もあるし、
自分が好きな作品を探すための指標がどこにあるのか(原作者なのか、監督なのか、キャラデなのか、シナリオライターなのかetc)を知るためにも役立つ。
2次創作するファン活動の、
どっちがすごいとかえらいとか全くない。
アプローチが違うだけ。
2次創作でも、より完成度を上げるために、
原作に当たって登場人物の服装を正しくしたり、言葉使いを厳密にしたりとするうちに、
より作品世界への理解が深くなる。
この作品のこの作画の荒れは次回の主人公見せ所の作画を上げるためだと理解できたり、