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はてなキーワード: レンタルサーバーとは

2022-07-31

自動スレタイテンプレの文から狙いのパートスレを見つけてそのスレを埋め立てるということを繰り返すプログラム作れねーかな

それをレンタルサーバーに配置すればもうそスレは終わったも同然だろ

2022-06-26

anond:20220626133551

個人ホームページはどう?

レンタルサーバー契約して、自分好みにページを作って、好きなこと書くといい。

ただし、現在検索アルゴリズムでは、検索上位に出なくて誰にも見つけてもらえないかもしれない。

2022-06-13

当家ポスト投函できる荷物の一覧

いつもご苦労さまです。

この投稿当家ポスト投函にいらした方へ、ポスト投函できるものリスト掲載しています。このリストにないもの投函しないでください。

個人ホームページレンタルサーバーも使ってます身バレが嫌なのでここで。他の方の参考にもなれば幸いです)

当家ポスト投函できるもの

郵便物

宅配荷物ネコポス、ゆうパケット等)

宅配業者様の不在票

管理会社からのお知らせ

公共料金の検針票、請求書など

ピザ店のチラシ

マクドナルドのチラシ

公共配布物(広報選挙公報投票券など)

・その他、当家より許諾を得たもの

上記以外の物を投函した場合

上記以外のもの例外なく投函禁止物とさせていただきます

投函禁止物を投函した場合ポスティング業者新聞店など、実際に投函した者)ならびに広告主(チラシに掲載事業者)に対し、以下のいずれかの対応を取ります

投函したチラシ類の回収に来ていただき、その際に対応手数料を頂戴いたします。

投函物を当方処分する代わり、処分手数料請求いたします。

【チラシ回収対応手数料

1回につき一律5000円

【チラシ処分手数料

基本料金5000円+従量料金1枚につき1000円

いずれも、玄関口にて現金で頂戴いたします。

不払いの場合は法に則り処置しますのでご注意ください。

ポスト投函した時点で、上記事項に同意したとみなしますので、ご注意ください。

★ご不明な点がありましたら、在宅中であれば投函の可否をお答えしますので、投函の前にお尋ねください。

不要ポスティングにより、重要郵便物などが埋もれてしまうことがあり、たいへん迷惑です。

お手数とご迷惑をおかけして申し訳ございませんが、何卒よろしくお願いいたします。

2022-05-21

anond:20220521103717

たとえば、レンタルサーバー代は月3000円だから、それプラス稼働時間×最低時給でメールサーバーWebサーバー管理をお願いされて、さらに即時対応自分要求されたら怒り出しそうな人が、そういう舐めたコメントを書くのは本当に解からん。こっちなんかまだ店舗在庫も人を雇う事もが無いからマシだろうけど。

2022-05-06

anond:20220506175555

そりゃ共用レンタルサーバーなら、みんな仕方なくPHPで書くけれど。大昔はそうだったよね。

VPS使えるのにPHPを選ぶとか不明

2022-05-05

案件インフラレンタルサーバーでいきましょう!

ひょっとしてそんな仕事本業でやってる奴いるの?

ご飯食べれてる?

anond:20220505195638

結論から先に言えば、blog創作物(テキストデータ画像データ動画データ)の置き場・プログラムスクール課題発表、

それ以外で今さらレンサバで何をするつもり?って話じゃねーかなって

 

その答えは多分、レンサバホスティング会社自身も持っていないし、

ホスティング会社は、自社のエンジニアに、レンタルサーバー上で展開しているサービス保守だけではなく、

AWS周りの仕事もさせたりしてるぞ

はてな』と一緒だね。というか今のはてなクラウド監視パッケージとか提供している会社というイメージが強い

 

Hatena with AWS 共催オンラインセミナー
今日からはじめるAWSクラウド監視Mackerelによる運用監視実践デモ

https://aws.amazon.com/jp/featured-partners-jp/hatena/

anond:20220504211823

まあちょっとしたWEBアプリ作るのも一昔前ならPHPでチョロチョロっと書いてレンタルサーバーにアップして済ませてたのが

今はgitからクローンしてバックエンドはLaravelでフロントVue.jsクラウドデプロイとかっていう我々アマチュアのおじいちゃんからすると趣味の枠を超えたことをやってるなと思うね

まあ実務で使える知識を覚えようとそうなっちゃうんだろうけど

開発環境の構築とサーバー知識がネックになって初学者がどんどん挫折するのを見てるので、もうちょい敷居を下げられないかとは思うんだよな

2022-04-23

KindleクソUIをなんとかしろ

なんとかする気がないなら他のビューアーで見れるように制限解除しろ

既得権益を守るアップデートだけはこまめに実行しやがって

お前らが改善しない限り俺はレンタルサーバーの延滞金払わないからな!

2022-04-20

インターネット黎明期女性ユーザやらかしは在ったのか?が重要

2ちゃんねるで女叩きがあったことは筆者自身見て知っているが、なぜそのような空気感が醸成されたのか?についてはニコニコ動画登場以降にインターネット新規参入した筆者にはわからない

その当時の女性ユーザはただ一方的男性ユーザから叩かれたのか?と言われれば筆者自身の当時の記憶として「いやそういう感じではなかったな」というのが正直なところで、女性アピールがしつこいと叩かれていたという記憶がある

筆者にはおそらく各年(年代ではなく1年単位)のオタク女性ネット上の女性の扱いに関して受けていた印象が違うのではないか?という推測があって、もしかしたら女叩きの原因は更に上の世代女性のせいではないか?と考えた

話題増田女史の振り返りはこんな感じ

学級会がなぜ発生したのか?と言えば、別にジャンル同士の抗争でも、掛け算の順番に関する論戦でもないわ。

当時のオタク女性(というよりもパソコン初心者女性)は電子掲示板トピックスレッドという概念、そういうものに関する前提のルールというのを理解してないことがあまりにも多かったのよ。

どういうことかと言えば、特定トピックスレッド話題が固定されていることに慣れていなかったのよね。

今では信じられないかも知れないけれど、つまり例えば「幽遊白書を語るスレ」で「幽遊白書以外のことをメインとして語ってしまう」という事が頻発していたの。

(中略)

それで薄々勘付いている人が居るだろうけど、その話題が変わった先がBLだったらどう感じる?

しかNIFTY-Serve2ちゃんねるでそのジャンルのメインのトピックや本スレッドで行われたとしたらどうなるかは想像付くわよね?

そう、他の人から注意されるのよ。

でも1人に注意したからと言って慣れてない子たちはまだまだいっぱい居るわ。新規に参加するたび今ではやっちゃいけないとタブー視されていることをやってしまう子が大勢居たのよ。

もちろんパソコン電子掲示板へ慣れている歴の長いオタク女性たちも居て、慣れていない若いオタク女性たちをどうにかしないといけないという動きが自然と発生したの。それが今で言う「学級会」の元なの。

今でも2ちゃんねる(5ちゃんねる)のジャンル別のオリキャラスレBL板などには本スレへ投下するなという注意書きが残っているのもあるけれど、なぜそういう記載があるのか?と言えば、やらかししまう子がいっぱい居たからなのよ。この辺りはオタク女性黒歴史ね。

anond:20220418145152

NIFTY-Serveへも言及していること、更に2000年前後という曖昧な時期を指定しているので増田女史の視点では2000年へ入る前からオタク女性やらかしが在ったという認識

その事を裏付けるような、パソコン通信時代のおそらく男性ユーザ視点で振り返えりがある

オタクはわきまえてたか?と言われれば俺の記憶上じゃ元増田の言ってる通り、当時の俺の感覚からすると「おかし投稿」をする女オタク一定数居たというのが正直なところだね

何なら当時はアニメージュとか雑誌の方でもそれっぽいの投稿してた女オタク居ただろ、まぁその辺はアニメージュ編集部権限範疇から俺がなにか言うつもりはないけどな

ただそういった雑誌と同じノリで普通MAGとかPICとかアップするとこへ今で言うBL系を載せちまうヤツは居たかパソコン通信インターネットの初めの頃は女オタク側にコミュニティノウハウが無かったんだろうなと今になって思うわ

https://anond.hatelabo.jp/20220419212640

Wikipediaを参照するとMAGPIC画像形式のことで登場年代1990年代前半のインターネットが普及する前のパソコン通信時代増田女史の振り返りと合致する

忘れちゃならないのがインターネットが登場したからと言って直ぐに全員が移動したか?と言えばそうではなく、それまでメインだったパソコン通信と新興のインターネット通信時代ユーザの本格的な移動が始まるまでオーバーラップしていて、増田女史の振り返り年代スタート曖昧なのはオーバーラップしているからだろう

本題とは少し離れるがリアル雑誌の方でも「おかし投稿」があったと振り返られている点も意外と重要で、専門誌だったアニメージュだけでなく週刊少年ジャンプへの現代ではミーム化してしまっている投稿言及される

そういえば「あーん!スト様が死んだ!」っていつだっけ

と思って検索したところ、1988年さらに一回り昔だったので出直してきます

https://anond.hatelabo.jp/20220419213103

前述した通りMAGPIC1990年代前半、その前段とも言える1988年の時点で「そういった雑誌と同じノリ」の投稿があったことは確認できるようだ

スト様が死んだのピクシブ百科事典を参照すると以下の通りである

たまに腐女子とも言われるが、腐女子とはBL好き趣向のことを言うのでこの文面から彼女腐女子かは判断できない。むしろスト様と共に少女が描かれたイラストやその少女漫画風のタッチ文脈などを考慮すると、今で言う夢小説を好む夢女子タイプだった可能性の方が高いだろう。

https://dic.pixiv.net/a/%E3%81%82%E3%83%BC%E3%82%93%21%E3%82%B9%E3%83%88%E6%A7%98%E3%81%8C%E6%AD%BB%E3%82%93%E3%81%A0%21

腐女子かどうかは断定できないがオタク女性であるのは間違いないという推定がなされている

時代が進み、2004年前後と思われる他の振り返りがある

女神ってその当初はエロ自撮りとかアップしてくれる女性ユーザを指すネットスラングなんだけど、意味が広範していって女性ユーザ一般を指すネットスラングへ変化していったんだよ

女神が現れるとスレが荒れる」ってのは当時のインターネット一般的な認識でな、元増田表現を借りれば性別わからん女神排除しようとするユーザ一定数居た

(中略)

ちなみに時代的には電車男ブーム前後だぞ

https://anond.hatelabo.jp/20220419191828

電車男2004年で、女神の「意味が広範していって女性ユーザ一般を指すネットスラングへ変化していった」というのがかなり重要で、女性ユーザ一般の中には当然オタク女性も含まれるので、2004年前後の時点で女神という名の女性ユーザ一般を叩く層が居たことを確認できる

まり主に2ちゃんねるで女叩きを経験したのは2004年前後以降に新規参入した女性ユーザで、その前段へオタク女性やらかしや、女神などの存在が挙げられるのではないか?という推測が成り立つことになる

更に興味深いのは今回の流れとは一切関係のない2013年投稿だ。この投稿は非常に年代特定やす

中学の頃、徐々に無料レンタルサーバーでのHP作りが流行り始めました。

https://anond.hatelabo.jp/20130603001406

2013年の時点で25歳、中学生ということなのでその10年前の2003年高校入学するかしないかの年齢15歳と仮定すると増田女史のいう「ホームページを作る知識を学んだりやホームページ自分のものとして所有できる権限若いオタク女性たちにあったのか?と言えば難しかった」「同人サイト設置を誰でも可能になるのはいわゆるガラケー勝手サイトレンタルホームページの登場を待つことになる」という振り返りと合致する

2013年の時点の増田が「ところ構わずBLの話をしたり」「ニコニコアニメを見たら、「腐コメやめろ」などのコメントが流れてきたりする。ああ、BL萌えるまり腐女子中学生がやらかしたのかなぁと思う。」という感想を持っていて、2013年でもオタク女性がやらかすという現象オタク女性目線で確認できるのだ

しかも更に「でもあの頃の」という部分によって2003年を振り返る増田も似たようなものだったことが示唆されている

いや似たようなものだったと断定するのは良くないと当時のはてブコメントを参照すると、おおよそ事実であったのかと知ることができる。誰も2013年増田の振り返りを嘘だとは言っておらず懐かしいとすら共感している

まとめるならば、2003年の時点で2013年増田が言う若年の痛いオタク女性存在しており、それはおそらく2003年以前も数々の証言からやらかす若いオタク女性存在していることがわかり、そのため当時のインターネットでは女性ユーザヘイトが集中し、やらかす若いオタク女性を何とかするため学級会により統制を計ったのが増田女史の世代であったと一連の流れで推察できるんじゃないだろうか?

今回のレポートは以上です。先輩諸氏による情報の補完があれば嬉しく思います

(追記)

「類明記」黎明期と言いたかったのかなこれ?

タイポです・・・ブクマカさんへ本当に感謝・・・ナオシマシタ・・・

ブコメ返答

虐められた奴に原因があった論だ!! この手の被害者叩き出てきたらもうガッチガチいじめ加害者自己正当化一人称私にしただけで女アピールが強すぎると叩きまくってたもんなぁ。自らの罪を認められない増田

https://b.hatena.ne.jp/entry/0/comment/zyzy

「虐められた奴に原因があった論」になるから当時のオタク女性言動を調べるのは良くないって意味でしょうか?何を言いたいのかちょっとわかりません

当時「空気の読める」女性ネットユーザーの多くは男のふりを書き込んでいたと思う 割合は知る由もないが自分もそうだったし、今ある程度の年齢の女性オタク同士の会話では「あるある」ネタになる程度にはそうだった

https://b.hatena.ne.jp/entry/0/comment/hakusai_chan

女性男性性別を偽ることと、やらかしオタク女性が居る可能性は両立すると思うのです。別個で考える必要がないと考えます

追記2

ブコメ確認すると男女相応にやらかしはあり男性主体コミュニティだったかオタク女性やらかしは目立ちやすかった、そして増田女史世代自治があったと理解できました

男は叩かれてたのか?という点については、叩かれていたどころか逮捕されたりしてませんでした?電凸とかリア凸とか食らってたような記憶・・・

2022-04-18

anond:20220418050127

元増田だけど色んな人が意見を出してくれていて少々驚いた。
結構気軽なつもりでやった投稿なのだけれど、ココまで皆さんがリアクションしてくれているのならば私も本気を出さなければ失礼だろう。

ちなみになぜ私が街中の広告写真を取っているのか?という点についてだけれど私は物書きなので流行っている作品調査備忘録のつもりで広告などの写真を撮っていて、本屋でもPOP平積みしてある作品をよく撮る。
から物書きとして本気を出そう。本気で熱を入れて書くため文体が変わることをご了承いただきたい

私の掲載画像はアウト、たわわもアウトならば女性向け広告規制基準はたわわレベルになるわ

気付いてるかな?たわわもアウトならば女性向け広告規制基準はたわわレベルになるのよ。
それがどういうことか考えたことある

それはつまりオタク女性男性へ対してエロスを感じる表現の一切合財がアウトになるってことなの。
例えば首筋、手、目、胸板、背中、微笑etc...これらすべてが女性向けに描かれたらアウトなのよ。

「そんなことはないでしょ!」って思うじゃない?いいえ、そんなことはあるわ。
何故ならたわわや以前に問題となった作品にも明確な基準がなく非難された結果として炎上たからよ。

そのジャンルを嗜好する私たち基準評価されるのではなく、ジャンルをよく知りもしない誰かよくわからない人たちの基準で、しかもその基準が示されることな規制されるの。
私たちがその不明瞭な基準規制することへ対して文句を言えば「とぼけるな」とか「理解する気がない」と言われてしまうのよ。

フェミニストはよく一般女性を名乗るわ。
一般女性男性向けジャンルのココが良くないとして指摘しているのだけれど、同じように謎の一般男性私たちが嗜好するジャンルへよく知りもしないでココが良くないと指摘してくるのよ。

規制してくるのはエロいオタク男なんかじゃなく謎の一般男性なの。
これらの意味をよく考えたほうが良いわ。

私たちオタク女性私たちオタク女性の手によって既に抑圧を経験している

最近の子たちは知らないだろうから私の世代経験として共有するわ。
実は私たち既に抑圧を経験しているのよ。

宮崎勤事件によるオタク抑圧の時代のことと思うでしょう?
違うわ。あの事件によって抑圧されたのは主にオタク男性よ。あの事件に限ればオタク男性の抑圧に比べるとオタク女性が受けた抑圧は微々たるものだったのよ。

多くのオタク女性が受けた抑圧はパソコン通信終期(2000年前後)から20010年に入るか入らないかまでの10年間、いわゆるオタ女性による同人サイトブームがあった時期にオタク女性たちは抑圧されていたの。
何故オタク女性たちが抑圧されていたのか?と言えば、それは今で言うところの「学級会」の発生がこの時期に集中したからなの。

学級会がなぜ発生したのか?と言えば、別にジャンル同士の抗争でも、掛け算の順番に関する論戦でもないわ。
当時のオタク女性(というよりもパソコン初心者女性)は電子掲示板トピックスレッドという概念、そういうものに関する前提のルールというのを理解してないことがあまりにも多かったのよ。

どういうことかと言えば、特定トピックスレッド話題が固定されていることに慣れていなかったのよね。
今では信じられないかも知れないけれど、つまり例えば「幽遊白書を語るスレ」で「幽遊白書以外のことをメインとして語ってしまう」という事が頻発していたの。
オタク男性も他作品幽遊白書比較することはあったわ。でもそれは幽遊白書を主軸として比較しているだけであって幽遊白書以外のことを語っていたわけでないの。
冨樫先生鳥山先生比較することはあっても鳥山先生のことばかり語るのは変よね?それをやってしまっていたのよ。

これはもう一般的な女子トークのせいよね。
同性の私でも話題がアッチコッチに飛ぶなと感じることがあるほどに女の話は飛ぶわ。いやそれはそれで楽しいから良いのだけれど男の人は嫌がるのよね話題コロコロ変わるの。

それで薄々勘付いている人が居るだろうけど、その話題が変わった先がBLだったらどう感じる?
しかNIFTY-Serve2ちゃんねるでそのジャンルのメインのトピックや本スレッドで行われたとしたらどうなるかは想像付くわよね?

そう、他の人から注意されるのよ。
でも1人に注意したからと言って慣れてない子たちはまだまだいっぱい居るわ。新規に参加するたび今ではやっちゃいけないとタブー視されていることをやってしまう子が大勢居たのよ。

もちろんパソコン電子掲示板へ慣れている歴の長いオタク女性たちも居て、慣れていない若いオタク女性たちをどうにかしないといけないという動きが自然と発生したの。それが今で言う「学級会」の元なの。
今でも2ちゃんねる(5ちゃんねる)のジャンル別のオリキャラスレBL板などには本スレへ投下するなという注意書きが残っているのもあるけれど、なぜそういう記載があるのか?と言えば、やらかししまう子がいっぱい居たからなのよ。この辺りはオタク女性黒歴史ね。

じゃあオタク女性向けのそういうトピックスレを作ったら良いじゃないと思うでしょ?
それが可能になったのは2ちゃんねる以降なのよ。2ちゃんねるでも限定的であったと言えるわね。

例えばNIFTY-Serveではコミュニティ単位フォーラムという枠組みになっているのだけれど、このフォーラム設立ニフティ許可制なのよ。
2ちゃんねるでも例えばスレッド自由に立てられてもBL板は2ちゃんねる管理者じゃないと設置できないでしょ?NIFTY-Serveも似たようなものだったの。
私たちの嗜好するジャンルを会話する場がネットワーク上へ最初から用意されていなくて、どこで話しても2ちゃんねるでいうところの板違いスレ違いにならざる得なかったわけよ。

もちろん時間経過とともに需要認知されて場が作られていくのだけれど、作られるまではタイムラグがある。
そこで私たち同人サイト作成自分のものから同人サイトで好き勝手にやることを覚えたのよ。

でもね問題は、この同人サイトでやることをパソコン電子掲示板へ慣れているオタク女性たちが一時期であれパソコン電子掲示板へ慣れてない若いオタク女性たちへ半ば強制した時期があったの。本スレでやらないで自分ホームページでやれとね。
同人サイトの多くは当時インターネットプロバイダーホームページスペースで設置されることが多かったのだけれど、そもそもホームページを作る知識を学んだりやホームページ自分のものとして所有できる権限若いオタク女性たちにあったのか?と言えば難しかったわ。
プロバイダーのホームページスペース以外にもロリポとかレンタルサーバーはあったけど同人サイト設置を誰でも可能になるのはいわゆるガラケー勝手サイトレンタルホームページの登場を待つことになるの。

パソコン電子掲示板に慣れているオタク女性同人サイト設置を強制してくるけど若いオタク女性にはそれが無理。
しかもそれぞれが同人サイトを個々に設置するわけだから情報分散したり、更に言えば趣味嗜好の対立なども起きたわ。

なぜ同人サイトで鍵が設置されるようになったのか?と言えばオタク男性による突撃なんて偽史を語る人も居るけど、実際はそんなの少数で趣味嗜好の対立を防ぐためが主な理由だったのよ。
何なら当時を振り返るとオタク女性の一部は「男性のふりをしていた」と語る人が居るけれど、性別偽装できるのならばなぜオタク男性〟の突撃としているのかは謎だわ。もう一度言うけどオタク女性による趣味嗜好の対立があったのは確かよ。
正史は「性別はわからないが突撃があったから鍵をかけた」だわ。

ガラケーレンタルホームページ時代へ入るとむしろ同人サイトオタク女性の嗜みくらいの地位へ登り詰めるのだけれど、同人サイトスタートオタク女性同士の抑圧からよ。
コミケでも「同人サイトやらないの?」みたいな話は定番だったわね。

オタク抑圧の開放者はオタク男性だった

これは認めざる得ないわよ。
どう考えても涼宮ハルヒの憂鬱ブーム前後オタクの風当たりが変わり、ハピマテCDTVへ載せるなんてのもオタク男性主体だったし、ニコニコ動画も引っ張ってたのはオタク男性ジャンルだったわ。
その後に続いていったのがオタク女性だったじゃない。

じゃあ今の時代表現自由を守ろうと声を上げている漫画家は誰?赤松先生!?また男性なの???
その今の時代私たち女性は一体何をしているの?日経新聞月曜日のたわわの広告が載ってけしからん?また女性同士で抑圧し合おうっていうの???

まるで私たちは悪役令嬢よ。
横暴で自分勝手で周囲に迷惑かけて追放されて、戻れたと思ったらまた横暴で自分勝手で周囲に迷惑かけようとしてる。
このまま行けば趣味語りのTwitterアカウントへみんな鍵かけることになるの理解していないのかしら?
もちろんTwitter投稿へいちいち注意してくるのオタク男性じゃなくて風紀を守る自称一般女性よ?

知ってる?今の時代流行りはね、ヒロインと悪役令嬢が手を組むのよ。
また規制抑圧という魔王が復活しようとしてるの。
前回は悪役令嬢が取り込まれしまったけど今回は違う結末を迎えたいじゃない。
ヒロインと悪役令嬢が手を組めば最強。男なんて引き立て役にすぎないわ。

日本サブカル史には魔王からオタク開放の立役者としてオタク男性主体だったと刻まれているわ。
今回の魔王からオタク開放の立役者オタク女性日本サブカル史へ刻もうじゃない。

ヒロインと悪役令嬢のお嬢様方、清く正しく美しく、華やかに可愛らしく強いオタク女性表現自由を守ったと1020年後に振り返ってもらえるよう、私とともに征きましょう(高笑い)。

2022-03-16

ブログやっているやつおる?

レンタルサーバーどこ使っている?

始めたばっかはやっぱりロリポップ

2022-02-18

増田メンヘラにとって救済をもたらすサービスであり続けて欲しい

私は「インターネット上で故人のブログが閲覧できる」ということを知り、廃墟サイトまとめを閲覧していた。

そもそも一体なぜ私が故人のブログに興味を持ったのかということについて述べたいと思う。中学生の頃、図書館南条さんの本を借りた。当時私はリスカアムカを常習的に行っていた。そのような自傷行為きっかけで南条さんの本に辿り着いたと記憶している。

本には、南条さんという人物について、また彼女インターネット上に残したものについて書かれていた。


「死んだらインターネットで公開したものが残り、さらには書籍化されるパターンもあるらしい」

衝撃だった。

南条さんは、生存した証をインターネット上に残して死んだ。いや、「生存した証がインターネット上に残ってしまった」と言い表した方が正しいのかもしれない。


さて話を戻すと、インターネット上で閲覧できる故人のブログというのが、二階堂さんの「八本脚の蝶」という日記サイトだった。利用されていたのは「@niftyホームページサービス」で、このサービスから推測できるように、当時はまだ世の中に気軽に開設可能ブログサイトは広まっていなかったのかもしれない。

二階堂さんもまた、南条さんと同様にに生存した証をインターネット上に残して死んだ。特筆しておくべき点が、二階堂さんは南条さんと異なり「自らの意志生存した証をインターネット上に残して自殺した」という点である


私は、南条さんも二階堂さんもインターネット上でリアルタイムにて追うことができなかった。そのことについてなぜか「残念だ」と感じてしまうの自分自身気持ち不謹慎でたまらなかった。

インターネットではブログサービスの代りに増田流行り始めた。私は主にメンタルヘルスについて発信している増田を好んで見ていた。そのうちそのクラスタ内のある増田について「どうやらあのアカウントの持ち主は自殺したようだ」と囁かれている場面に何度か遭遇するようになった。

このような場面を目撃し私は、非常にモラルの欠けた発言になるのだが「インターネットに生きた証を残して伝説になるのも悪くはない」と感じるようになっていた。


さて、『八本脚の蝶』は2020年2月に文庫化され河出書房新社より発売された。文庫化されるという情報を得た時点で既に私は、自分の心の中で妙にひっかかるものを感じていた。故人の尊厳について考えた。

前置きは長くなったが、本編の日記を読んで感じたことを述べていこうと思う。



その日記は2001年6月13日水曜日から始まっている。

はいつの間にか、2001年当時自分が何をしていたかということについて思いを馳せていた。2001年6月13日水曜日、私は小学6年生だった。私は6年生のゴールデンウィーク旅行先で体調を崩し、風邪をこじらせてしま入院した。自宅で寝ていると熱がぐんぐん上がり、布団に包まっても寒くて寒くてたまらなかった。後になって改めて親とその話をしていると、どうやら熱性けいれんを起こしていたらしい。

ところで北海道運動会は春に行われる。私は運動会当日までに退院することができた。当時の担任先生が「持久走どうする?」と確認してきたので、私は「徒競走だけ出ます」と答えた。グラウンド5周の1キロなんて走りたくなかったのである

私にとってそんな小学最後運動会が終わり、初夏なのか蝦夷梅雨北海道にも一応梅雨のような時期が一瞬だけ存在する)なのかわからない曖昧気候の中で、小学生活を送っていた。おそらくそれが、私の2001年6月13日水曜日だったのではないかと思う。


2002年4月8日、月曜日。おそらくこの日に私は中学1年生になった。中学校に進学したといっても、私が通っていたのは小中併置校だった。わかりやす説明すると、小学生の教室が校舎の2階にあって、中学生教室が3階にあるということだ。つまり中学生になると階段を上る段数が増えるだけのことである

私は新学期の校舎の何とも言えないにおいに敏感な子どもだったので覚えているが、小学生のフロア中学生フロアとでは、においが異なっていた。中学生の階の廊下教室は、やはり中学生らしい大人っぽいとでも言ったらいいのか、とにかく少し変なにおいがしたのを覚えている。

4月も8日頃となると、多くの会社にとっては新年度区切りを迎えてから日経過したというところで、まだ新しい環境には慣れていないという時期ではないだろうか。

2002年4月8日の月曜日二階堂さんにとってのこの日は、ある本に引用されていた詩を見つけることができた日ということになっている。どうしても読みたくて探していたのだという。彼女にとってのちょっとした記念日であるように感じられる。


2002年の3月末~4月初旬の彼女日記確認してみると、すっぽりと更新されていない空白の期間になっていることがわかった。年度末から年度初めは、やはり忙しかったのだろう。

彼女文学部哲学科を卒業した後、編集者レビュアーとして働いていたようだ。新年度が始まって早々しかも平日に、ずっと探していた本が見つかったという出来事日記に書くほどに、彼女は本に対してかなり熱心な人物だったんだろうとぼんやり想像する。


2003年4月1日火曜日、この日は平日だ。

平日だが、二階堂さんの日記は「その一」「その二」「その三」「その四」「その五」「その六」「その七」、これに止まらず「その八」「その九」、さらに続き「その一〇」「その一一‐一」と綴られている。私はそのことに気付き、なんだか雲行きが怪しくなってきたと感じた。「その一一‐二」「その一二‐一」「その一二‐二」と日記は続くが、いくら新年度決意表明にしても長編すぎやしないだろうかと思う。「その一二‐三」の日記の次に、彼女はやっと翌日の4月2日を迎えられたようだ。

しかしその4月2日水曜日日記タイトルは「その一」とある。この日は「その七」まで綴られているが、分割されている記事もあることを踏まえるとトータル9回更新されたということなのだと思う。おそらく当時はスマホなど普及していなかったはずなので、勝手個人的な予想になるが、彼女は自宅で夜中になるまで複数回にわたってブログ記事投稿したのではないかと考える。もしくは、職場PCから小分けして投稿していたという可能性も考えられる。しかし、2002年4月8日月曜日日記から判断する限り、彼女であれば絶対にそんなことはしないのではないかと思う。


投稿あたりの文字数は、今でいうブログ(いわゆる収益化を目的としたブログ)と比較するとかなり少なく感じられる。

しか彼女複数回に及ぶブログ投稿現代増田で例えるなら、短文の増田をかなりの回数にわたって連投しているという状態に置き換えられるのではないかと思う。多くの人はそのような増田のことを、はてなーもしくはいわゆる「病み増田メンタルヘルス系の内容を扱う増田の中でも特に思春期中高生が該当するように思う)」に分類すると思う。事実私も、一晩にかけてそのように連投しているアカウントを見かけると、どうしてもメンタルヘルス系の悩みでも抱えているのだろうかと見なしてしまう。

さて連続して投稿された日記の内容はというと、私が生きてきた中でそのタイトルも作者も聞いたことがないような本から引用である。また、彼女が数年前に受け取ったと思われる知人から手紙引用している投稿も見られる。


ふと私は、おそらく二階堂さんは思考の整理のためにブログを使うというやり方をとるタイプ人間ではないだろうかと感じた。というのも私も時たまTwitterをそのような用途に用いるかである。そしてどういうときにその思考の整理をするかというと、それは「ものすごく死にたいが、どう対処していいか方法が見当もつかないときである。これについては、もしかするとピンとくる方もいるかもしれない。そのようにしばしば私はTwitter思考の整理を行う。なぜなら自分自身脳内の回転及びそれによって生じる思考インターネットに吐き出さなければ、到底処理しきれない状態に陥っているからだ。

そしてなぜあえてインターネット吐露するのかというと、リアル社会には私の話を聞いてくれる人が存在しないからだ。私にとって、リアル社会相手の様子を窺いつつ的確なタイミングでふさわしい言葉相談を持ちかけるという動作は、極めて難しい。過去に何度も相談時のコミュニケーション挫折する経験を重ねたことがきっかけで、そのような事態に辿り着いてしまったのではないかと疑っている。


彼女本心は今となってはわからない。そのため私のような人間が、勝手彼女自身を重ね合わせ、どこかに類似点があるのではないかとあれこれ想像してしまう。

ふと、彼女の死とはこのような在り方でよかったのだろうかと思わず考えてしまう。死後に自分作品が残るとは、そういうことなのだと思う。


2003年4月に私は中学2年生になり、無事に厨二病発症した。インターネットに本格的に参入したのは、この時期だったか記憶している。休み時間には、情報担当教諭ヤフージオシティーズアカウント取得を手伝ってくれた。

やはり、当時はまだブログがそこまで一般的ものではなかった。私はまずは無料レンタルスペース(現代でいうレンタルサーバーのようなもの)を契約個人サイトを作っていた。そしてレンタル掲示板を設置し、同盟バナーハッシュタグで繋がる文化など当然存在しなかったため、共通趣味で繋がる同盟という文化が主流であった)を貼り、繋がっていた。あの頃はそのような時代であった。

私は夜な夜な日記(これはノートに綴った日記であった。というのも夜はインターネットができない家庭環境にあったのだ)を書き、アムカをするようになっていた。田舎特有地域性、そこで生じた問題、そして本来の私の性格と一体何が根本的な原因であるのかはわからないが、ちょうど家庭内でもそこそこ大きな出来事が発生し、私は混乱のさなかにあった。

やがて私は個人サイトの別館を作るようになった。それはおそらく現代でいうTwitter複垢サブアカウント)のような類に非常によく似ているのではないかと思う。私はやがて、いかにも「メンヘラポエム(笑)」と晒されそうな文章を拙いながらも公開するようになっていた。


私は日本におけるインターネット内でポエム馬鹿にされる風潮にいまいち納得がいかないので補足するが、あの頃は「テキストサイト」とカテゴライズされる個人サイトが充実していた。現代詩ともエッセイともいえない、インターネットならではの文章ポートフォリオのようにまとめた個人サイトは、当時かなり多くみられたように思う。

このように、思春期も相まって私は何かと思いつめて過ごす時間が多かった。先に述べたアムカをするようになったのは、確か半袖を着なくなった秋頃だったか記憶している。


二階堂さんの日記は2003年4月26日の土曜日更新が途絶えている。4月26日というと私の誕生日の翌日なのだが、そんなことなど今はどうでもいい。4月26日の日記は、6回更新されている。「その一」「その二」「その三」、そして「お別れ その一」「お別れ その二」「お別れ その三」という題で投稿されている。

そしてその後に、おそらくこれは投稿時間を設定したことによる自動投稿なのではないかと思うのだが、「最後のお知らせ」が更新されている。その内容は、「2003年4月26日のまだ朝が来る前に自ら命を絶ちました」という旨を報告するものである


人の死についてあれこれ憶測することが心苦しいが、おそらく夜中のまだ朝が来る前に、最期のまとめとお別れの言葉を、何人かの対象に向けてそれぞれ投稿したのではないかと思う。そして、2001年から更新が続いていた日記ありがとうございましたという言葉で締めくくり、パソコンシャットダウンしたのかどうかはわからないがきっと彼女ことなら身支度を整えてどこか高い建物へ向かい、そして亡くなったということだと思う。


インターネット死ぬとはこういうことなのか。


断っておくと、私は『八本脚の蝶』すべてを読破したわけではない。二階堂さんが好んだ幻想文学などの専門分野について私は詳しくないため全文の理解が困難であるという言い訳により、私は挫折した。しかし何とも言えないモヤモヤとした疑問が残った。

冒頭で私は「インターネットに生きた証を残して伝説になるのも悪くはない」と述べた。再度ここで明記するが、『八本脚の蝶』は2020年2月に文庫化された。

しかするとインターネットに生きた証を残して自殺するということは最悪な選択肢なのではないかと私は思った。というのも、自らの意志に構わず書籍化され、需要編集者の熱意があれば数年後に改めて文庫化されるというパターンもあり得るということが今回わかったかである


果たして彼女はそのようなことを望んでいたのだろうかと、厚かましくも疑問に感じてしまう。世に広まるということは、全く想定していないターゲット層にまで届いてしまうということだ。もしかすると「自殺なんて弱い人間が行うことだ。自殺をする人間は敗者だ」などと主張する層に触れ議論を呼ぶこともあり得るかもしれない。

事実書籍化された『八本脚の蝶』は私のような読者にまで届いたし、加えて私は今こうしてこのような文章まで書いている。果たして私のこのような行為は許されるものであろうか。


文中で軽く触れたが、私にとって増田思考の整理のためのツールとして役立っている。

私は物心ついた頃より、「この子ぼんやりと過ごしているねぇ」と周囲から見なされることが多かった。しかしその一方で、「あなたは随分と真面目だね」などと言われる場面もたびたびあった。その理由について私は、私の脳は必要以上に過剰な思考を行っているためではないかと考えている。


私にはストレスや言いたいことを溜め込む傾向がある。「我慢しちゃだめだよ」とかなりの数の人たちから言われた経験がある。しかし、言える相手に言える範囲相談をし、さら増田で大量に噴出しても追いつかないのが残念ながら現状なのだ

私は、増田を含むインターネットとは「最後の砦」であると考えている。リアル社会で捨てきれない期待をインターネットに託している。もし私がインターネットに見捨てられたなら、どうにかして確実な方法で間違いなく命を絶つと思う。それほどまでに私はインターネットに縋り付いている。


果たしてインターネットは苦しみの最中に置かれた人間にとっての救いとなるのだろうか。

今となっては、様々な利用目的によりインターネットは利用されている。インターネット事業を興し収入を得る個人も随分と多く見かけるようになった。しかインターネット上に人が増えたわりに、一向に私はそこで救われることがないように感じる。

私はリアル社会の中で、絶望絶望を重ねている。冷静に振り返ると自滅して傷ついている場面が多いようにも感じられるが、何らかの救いを求めてインターネットに入り浸っている。もしも私がインターネット絶望しきってしまったのなら、それは完全に終了の合図だ。「死」以外に何もあり得ない。


インターネット彷徨っていると、「死ぬ以外の選択肢が無いために死ぬという選択を取った」という人間が多数存在することに気付かされる。

二階堂さんが一体どうして「八本脚の蝶」というウェブサイトを立ち上げたのか私にはわからない。もしかすると彼女日記のどこかで触れられているのかもしれない。  

しかし、私にはそのことについて何時までもこだわっている時間は無い。正直に言うと、小康状態を保ちながら生きていく上では、他人のことを気にかける余裕など皆無なのだ。そして当然なことであるのかもしれないが、健康人間にとっても同様に、いわゆる「生きづらい人」を気にかける余裕というものは本当に無いらしい。最悪の社会だと思う。

しかしその「最悪な社会」だからこそ、インターネットは救済希望者を受け入れて欲しい。私の意図することをより明確に言い表すなら、「すべての利用者インターネットを通じて他者を救済する世界であって欲しい」。


相変わらず私はぐちぐちと思考の飛躍や感情上下運動に振り回される様子を、増田のしかも匿名披露している。どうかこのことに何らかの意味があって欲しい。

私は自分自身人生について、「あまりにも辛く、ほとんどの時間を疲れ果てた状態で過ごし、さらに今にも死にたくなる瞬間がたびたび勃発してしまう」ものであるように感じている。それならば、私の不幸によって同じようにどこかで苦しい思いをしている誰かが救われて欲しい。


自分自身とよく似たパーソナリティ人物言動思考を知ること」は、抱えている苦しみを解消することにかなり役立つのではないかと思う。そのような情報医療機関提供してもらう機会が少なく、私はインターネットに救いを求めている。そういうわけで私は毎日欠かさずインターネットを利用している。

私はインターネットヘビーユーザーのまま亡くなっていったすべての人たちを観測したわけではないが、目にした限り彼らは社会に対する憎しみを叫ぶことなどせずにこの世を去っていったように思う。彼らに共通することとしては、後世に何らかの表現方法アドバイスを残し、そして希望を託して亡くなっていったように感じられる。


私は彼らから希望を託された側として生を続けたいと思う。そしてそれがいつまでの期間になるかはわからないが、インターネットに救いを求めつつも、積極的自分自身の不幸を開示していこうと考えている。

増田には、メンヘラにとって永遠に救済をもたらすサービスであり続けて欲しい。

2022-01-22

配布型CGIゲームがこの世から消滅しそうなのに誰も保全してくれない

から20年前、ブラウザゲームといえば設置型のCGIゲームだった時代があった。

箱庭諸島、SOLDOUT、FFA罪と罰商人物語珍走記…名前を挙げればきりがない。

そしてこれらの特徴としてフリーソースであることがあげられる。エンドレスバトルのような例外もあるが基本的に再配布可能であり、大本サイトが消えてもソースが再配布され長く親しまれることも度々あった。

当時はネット回線は貧弱であり、重量級のCGIゲームレンタルサーバーから名指しで設置禁止を言い渡されることもあったが、それでも数多の個人サイト原本や改変版が設置され、インターネットを賑わせていた。

しかし時は流れ現在、これらのCGIゲーム文字通り瀕死の状況である

プログラム陳腐化し、レンタルサーバは数を減らし、かつてのプログラマーたちは皆ネットを去っていった。配布サイトジオシティーズ消滅で壊滅し、インターネットアーカイブにすら残っていない派生も多い。今やプレイどころか、入手・設置すら一苦労するレベルの代物である

時代の流れから取り残されたものが淘汰されていくのは仕方がない。しかし、インターネット黎明期を賑わせたプログラムがこのまま霧散していってしまってもいいのだろうか。

箱庭諸島ですら現状ダウンロード方法消滅してしまった派生作品10を超えている。再配布が許可されていたとしても、一度消えたサイトスクリプトが再び表舞台に出るケースはかなり少ない。無法地帯といわれる2chフリーソフト保管スレですら、CGIゲームが再アップされた例は存在しなかった。

これを見ている増田の古いパソコンにも、すでに入手不能CGIスクリプトが残っているかもしれない。だがそれが日の目を見ることは、現状ないのだ。

かつてのガラケー向けゲームですらswitchプレイできるようにする動きはあるのに、こちらを保全しようとする動きは一切見られない。ネット考古学的にも、レトロゲーム趣味的にも、もう少しこちらに目を向けてはいいのではなかろうか。

2021-11-28

テレワークの普及でマニアック情報が増えた

たとえばこれ。

リモートデスクトップ(RDP接続)の通信量の目安は?何ギガ使う?

2021/2/7 情報家電 0

テレワークや在宅勤務などでWeb会議オンラインミーティングをする機会も増えているだろう。

また、会社サーバPC接続を常時することにより、どのぐらいの通信量が必要なのか、すぐにギガを消費してしまって速度制限を受けてしまうことにもなる。

リモートワークをするための方式はいろいろあるが、今回はリモートデスクトップを利用した場合通信量について紹介をしよう。

リモートワークデスクトップとは?

リモートワーク、テレワークをする際の一つの方法として、リモートデスクトップ方式がある。

リモートデスクトップ(Remote Desktop)でRDPと略される接続方式だ。

利用方式としては遠隔(リモート)にあるパソコン操作することできる機能で、WindowsChromeなどで標準機能として備わっている。

まり会社にあるパソコンを自宅に設置したパソコンから操作をすることができる。

また、データ自体会社パソコンに保存され、画面だけ転送されるので、セキュリティ比較的高い方式だ。

そのため、多くの会社リモートデスクトップ(RDP)を利用して出張時や自宅でのtで仕事をしている。

リモートワークデスクトップ接続通信量は?

リモートデスクトップ(RDP)接続場合通信量目安は1時間当たり300MB程度となる。

あくまでも目安となり、画質や操作頻度などにより大きく変わる。

今回は仮に1時間あたり300MBとすると、9時~17時(8時間)利用をすると、2.4GB(2400MB)が必要となる計算だ。

まり一般的企業で平日仕事をすると2.4GB/日の利用になり、1か月(20日勤務)となると以下の計算となる。

利用時間 通信量目安

1時間 300MB

8時間 2.4GB(2,400MB)

20日間 48GB(48,000MB)

上記のように平日月~金を4週間働く場合の1か月間すべてをリモートワークすると、48GBの通信量が必要となる試算だ。

この48GBを通信するための通信設備がないと、リモートワーク、テレワークは成り立たない。

実際に、通信量を考えずに7GB契約モバイルWiFi仕事を始めたが、最初の3日ぐらいは快適に使えていた。

4日目から通信制限がかかって「256KB」でしか通信ができなくなり、画面が動かない、仕事にならないという状況となった。

そのため、自宅でテレワークをする人は50GBぐらいは利用できる通信手段を考える必要がある。

また、無制限Wifiと言いながらも3日で10GBを超えると翌日は通信制限がかかるプランなどもあるので、注意が必要だ。

そのため、モバイルWiFiを利用する場合の最低限の条件は以下の通りだ。

通信量は無制限、もしくは80GB以上

通信制限がかからないもの

速度が安定していて、早いもの

https://rakuenpark.com/giga-rdp/

2019年の時点では「リモートデスクトップ転送量」とかでググってもほとんど参考になる日本語情報はなかった。

こんなマニアック情報が増えているのもテレワークのおかげ。

ちなみに何に役立つかというと、転送上限が決まっているレンタルサーバーとか、

テザリングでやっている社員の参考になる。

2021-09-05

anond:20210904101034

適当レンタルサーバー用意して、「本番環境」って名前のお砂場作ってやって、仕事した気にさせてやるかなあ

部長増田チームを本気でハブるほど馬鹿だったら、引き継いだことにして異動なり転職なりも準備しよう

どうあがいたところで、うまくいかなくなって増田チームが悪いことにされることは間違いないのでダメージコントロールが最優先だよ

2021-08-29

anond:20210829170810

mBaaSって知ってますか?Firebaseとか

データベースとかバックエンドとか作らなくても、mBaaSが用意したAPIURLに対してJavaScriptから保存用のPOSTリクエスト送ったり問い合わせのGETリクエスト送ったりするとサーバーデータを保存したりやり取り出来るってやつです

クラウドサーバーってやつがクラウドサービスという意味ならぴったりな気がしま

クラウドサーバーってやつが安いさくらレンタルサーバーとかならどうしようもないのでPHP書いてMySQLに保存しろしか

2021-08-13

anond:20210812184002

例えば『おすすめ ホスティングサーバー』というキーワード検索したとする。

すると、検索結果の上位のほとんどのサイトにおいて、次のサーバーが紹介され、各社へのホームページへのリンクが張られている。

 

 エックスサーバー

 ロリポップ

 さくらレンタルサーバ

 ConoHa WING

 mixhost

 

それらのリンクは、全部 px8 などのアフィリエイト経由でのリンクになっている。

アフィリエイトを使っていないサーバーは紹介されない。

なぜなら、お金にならず、紹介するメリットがないから。

 

ブログを始める時に、

 (A) はてなブログ

 (B) Wordpress + レンタルサーバ

のどちらがおすすめか、ということを解説しているブログはたくさんあるが、

その回答は ほぼ(B) である

なぜなら、(A)はてなブログアフィリエイト提携をしていないかである。だからブロガー(すなわち アフィリエイター)にとって、(A)はてなブログ を紹介するメリットはない。

 

なので、(B) Wordpress + レンタルサーバー のメリットを数多く上げ、読者を(B)に誘導しようとする。

 

ブログの始め方 と検索して上位に出てくるサイトは、ほぼ (B) Wordpress + レンタルサーバー のパターンである

 

アフィリエイトがあることによって、本音情報を探すのが難しくなる。

逆に、アフィリエイト報酬狙いのサイトが削除できたとすればと、本音情報が探しやすくなるだろう、と考えたのですが、adblockではそんなことができの?

adblockって、あるページ内で 広告非表示する、ものかと思っていたので。。

 

私が望んでいるのは、検索エンジンの検索結果に、アフィリエイト使用しているページは出てくるな! ということなんです。

2021-05-29

二次創作十年、一次創作二年。

 休み休みとはいえ、ずいぶん長い間続いたなと思う。十二年前、初めて自宅にまともなネット環境ができた。それで自由にネサフすることが出来るようになったときに初めて、自分が昔から大好きで今でもまだ大好きな漫画二次創作サイトが多数あることを知った。で、私もやってみたいと思い、何も展示するものなどないのに見切り発車で自分サイトを開設した。パソコンネットに繋がれるというのに、最初サイト携帯サイトだった。

 自分でも、作れるものが何もない状態運営をはじめたサイトなんか、長くは続かないだろうと思った。最初は下手なイラストを無理矢理こしらえて飾っていた。そんな恥ずかしいことをよく平気でやってたなと今では思えるものの、Pixiv流行以前は上手なイラストが大量に流れる場所アクセスする方法を私は知らなかったので、そんなことができた。

 しかし、二次創作サイトで絵だけを展示している人は多くなく、だいたいポエム小説も展示している人が多かったので、私もそうしたいと思った。けど、子供の頃は小論文以外の作文が大嫌いだったから、私には絶対無理だと最初から諦めていた。

 ところが! いいな羨ましいなと思い続ける自分が嫌になって、1ヶ月半くらい経ったとき、そんなに書きたきゃ書けばいいじゃない! と思って、筆をとり(パソコンをとり)一晩かけて一本完成させた。たぶん、800文字もなかったのではないだろうか。推しカプではなく、リアタイ時にコミケ女性向けジャンルを制覇したカプを書いた(コンビとしてだけど)せいで、お世辞言ってくれる閲覧者がいたおかげで調子に乗り、以来半月に一本完成させるくらいのペースで半年くらい、やがて睡眠時間を1日1時間半くらいにして毎日ひたすらなんか書いている暮らしシフトした。

 携帯サイトでは物足りなくなり、お金を払ってレンタルサーバーを借りてでっかいサイトを作った。絵はあまり書かなくなった。全小説作品を読むのに半日かかるサイトになった。

 それからやかんやあって創作休みがちになったり、月々2500円くらい払って偉そうな「お客様」を相手にするのが馬鹿馬鹿しくなり携帯サイトに逆戻りしてみたり、Pixivに移動したりなんだりした。

 そして初サイトを作って十年目になった。それまで十年も気持ち悪いほど一つのカプを推してきた私が、なんと新規の沼に転げ落ちた。さすが、新規の沼なだけあって、書けば書くほど読んでもらえて楽しいので、睡眠時間をまた1日1時間半にしてがむしゃらに書きまくった。すると、いい感じに頭のタガが外れたのか、昔から推しカプを書くのも再び捗りはじめた。

 そうして私は常に何か書いてないと済まない病になった。二次創作の方は、昔から推しカプ方面は和やかに続けていたが、何しろ十年書き続けたせいでネタ探しが大変になった。新規の沼は、半年くらい経つと、下らないことが原因のいざこざが頻発するようになった。私はしばらく傍観していられたが、最終的には自称「絵がクソクソに下手クソ」な絵師の売名活動に巻き込まれて嫌になった。

 そんな訳で、昔から推し分野は中々ネタがないし、新規の沼は地獄の釜の底に沈んでしまったしで、書くことがなくなった。書きたい意欲を持て余した私は、やがて増田ばっかり書くようになった。

 すると、ある日私の書いた増田がバズり、800ブクマ超えをした。これはバズった増田としては凄く多いわけではないかもしれないが、私史上最高のブクマ数だった。そして、ついたブクマの数々には、内容への感想だけではなく、「読みやす文章」という感想も多くあり、私は私史上最高に調子にのった。

 もしかして、私の文章けっこうイケてるんじゃね!? と思った。ずっと、読まれるのは原作とカプの力で、私に実力があるわけではないとイジイジ思い続けていたから、舞に舞い上がり、畳の上をゴロゴロ転げまくった。

 調子こいた私はとうとう、一次創作を始めた。二次創作ほとんど書かなくなってしまった。だが、二次創作を書かなくなってしまったきっかけが幸せものだったので満足している。ずっと推してきたカプの集大成短編を一個書いて、萌の場外ホームランを打ち出したのだ。昔から推し仲間達から、「す、すげえものを読んでしまった……」と言われた。満足した。もうあの時の私を自分で超えられない気がする。

 今は一次創作二年目。やっぱり原作やカプの力に支えられないとあまり読んでもらえないけど、感想をくれた数人は全員、私の作品をすごく好きだと言ってくれたので、私は今日もせっせと書き続けていられる。

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