はてなキーワード: 軽蔑とは
学校に通ってた時から今までよく分からないんだけど、なんで嫌なことを仕事にするんだろう。好きなことで食っていくと公私が切り分けづらくなってしんどいというのは聞くけれど、仕事はつまらないもの、仕方なくやるもの、更に言えば誰の得にもならないけれども生きるために仕方なくやるものという観念は一体なんなんだろうと思う。
生きるために仕方なく作られた車を選んで買うか? 生きるために仕方なく作られた料理を選んで食うか? 収容所じゃあるまいし。この嫌儲思想の人生への拡張は負の効果しか生んでいないと思う。別に、社員が嫌な思いをすることが仕事を達成する必須要件じゃない。社員の内部がどうなっていようと、仮に会社を心底軽蔑して片手間でやっていようと、元締のアガリが悪くなければ関係ない。居酒屋バイトのように何も意味のないことを楽しいと思い込み続けることで苦しみを軽減するのもどうかと思うけど、何らかの苦しみを個人が得ることを価値判断の基準に置く日本型労働観は薄気味悪いし、悪い文明だと思う。
苦しみから逃れることを動機として作られた成果物はなべて質が低い。投資効果が低い。運転免許試験場の食堂の飯はその辺の安い食堂より高くてまずく、しかしかかっているコストは同じだ。競争がなく楽しみがないことが改善を抑止し、右から左へ価値をただ流せばよいところで、一旦破壊してから渡すように仕向けてしまっているんだ。元増田が苦しんでいるような労働の本質は個人への拷問であるという観念では、労働者の受けている苦痛は同程度だから、過程の正当性があり、したがってここには何の問題もないと判断してしまう。
賃金はビジネスによって作られた価値の分配であり、労働は行動と相互承認によって価値を作り出す行為だ。構造の維持作業ではないし、拷問でもない。そろそろこういう現代の仕事観を広めてもいいんじゃないか?
教訓はこう
成分はこう
1・敵国のスパイ
2・敵国の心情的シンパ
3・平和主義者
4・ただの臆病者
理性による「どうも勝ち目がないから和平しよう」という方針はあるし
どんな戦争でも必ず
国内で1、2、4と戦わなければならないんだ
いやな戦いだ
必ずいくらかは巻き添えで3も投獄されたりする
1~4のどれでも無い人すら巻き添えが有り得る
嫌な戦いになる
1、2を捕まえるのだって楽しくは無いし
調子に乗ったあほが善良なだけの人を「敗北主義者」といって吊るしてしまう事故も起きる
それでも1,2,4と戦うコストは避けられない
正確に、
冷徹に、
感情を廃して正体を見抜き
的中率の高い、巻き添えの少ない、しかしスパイは決して逃がさない、
そんな薄暗い組織は嫌だとかきれいごとをいえば敵に蹂躙されるだけ
誰かがやらなければならない
トイレの汲み取りと同じ
そう、スパイ防止法だね
童貞性とか童貞力って別段童貞だけにあるものじゃないんだよ。男性なら誰でも持ってて、たいてい思春期には高くて、歳を経るに従って低くなっていく。童貞を失うと激減するけれど、それも個人差がある。
ざっくり説明してみると、その童貞性ってのは「女性を尊くて素晴らしいものだと思い込み希求する精神」だ。まあ、性欲とかそういうのはあるんだが、その性欲がレイプ的な方向に向かわず、挙動不審になるのは「素晴らしいところである女性に内心を見透かされて嫌われたり軽蔑されるのが怖いから」だ。
長年思ってるんだけど、男性のこの童貞力によって、一番利益を得ているのは女性自身だと思うぞ。デートなんかで優遇されるのもサークルでちやほやされるのも、若年男性に影響力を発揮できるのも、男性のこの童貞性のおかげって部分は確実にある。フェミの人はおそらく「頼んだわけじゃない」「気持ち悪い視線を向けられるのはハラスメント」とか言い出すんだろう。その意見や気持ちも、年取っちゃった俺には理解できる。
けれど、総体を公平に見た時、女性はやはりこの男性の童貞力によって利益得ていると思うよ。アイドルなんていう一部の職業でそれは可視化されるわけだけれど、何もそんな特別な職業じゃなくても、会社の部署や学校のサークルで、あるいは近所付き合いで、ある種の優遇や特別の配慮を受けている女性は多い。というか、若い頃は大抵その種の優遇措置を受けられてるんじゃなかろうか。
性の商品化は断固許さん、とフェミの人は言うけれど、ファッション誌や女性誌を見る限り、自分たちの性の商品化に一番熱心なのは女性自身だよね。じゃなければ結婚戦略に、自分の容姿やセックスを男性に提供する反対給付としてカウントするはずがないわけで。
童貞性にみられる、(おそらくほとんど根拠のない)女性への憧れ、フィクション的に言うなら「女神様扱い」ってのは、おそらくロマンチック・ラブイデオロギーによる教育の結果であって、それって悪いものじゃないと思うんだよ。もちろんすべてが善だなどと強弁するつもりはないけれど、すくなくともその一個前の封建時代における女性は男性の私有財産というところから離陸するのには役立った。
いま、俺たちの社会は長い長い数百年の過渡期にあって、女性の権利ってのは男性と全く同じであるとまだ胸を張って言える状況ではない。けれど、その過渡的な状況の中で、自分の性を商品化して社会の中で地位を高めようとする女性と、女性の加護者として自分を規定したい男性は、思想的には共犯関係にある。童貞性はその思想上のツールなんだよ。
女性は、そのことにもうちょっと感謝してもいいと思う。感謝という言葉が気に障るなら「ちょろく騙されてくれる連中に対する惻隠の情」と言い換えてもよい(その惻隠の情をビジネススキームに落とし込んだのが、アイドルの握手会だと思う)。
童貞いじりも男嫌悪も社会浄化運動も良いけれど、そうして清潔になっちゃった社会に、現代を生きてる普通の女性の殆どは生きられないと思う。なんせ俺ら全員は、過渡期を生きてる過渡的生き物なもんだからね。
ps.俺個人は童貞性を非常に良いものだと思ってるよ。少年性とも接続する。ボーイミーツガール系の物語において、別段大した利害関係もないヒロインに対して、主人公が時に命をかけるほどの献身的助力を行えるのは、まさに童貞性の発露だよ。フェミ的には純愛とか言いたいのかもしれないけれど、その種のナイーヴな純愛こそ童貞性の結実だといえると思うよ。絵面が綺麗な童貞性は純愛だといわれ、絵面が汚い童貞性がキモ男の告白ハラスメントだと侮蔑される。それだけのことだよ。前者の価値を認めるのならば後者を貶めないってのが、反差別だと思うわけ。
「貰いたくっても貰えないんです」
「なぜ」
「来てくれ手がなければ、自然貰えない訳じゃありませんか」
「僕だって朝鮮三界まで駈落のお供をしてくれるような、実のある女があれば、こんな変な人間にならないで、すんだかも知れませんよ。実を云うと、僕には細君がないばかりじゃないんです。何にもないんです。親も友達もないんです。つまり世の中がないんですね。もっと広く云えば人間がないんだとも云われるでしょうが」
「いや別に変って貰いたいという意味じゃありませんよ。その点について奥さんの御尽力を仰ぐ気は毛頭ないんだから、御安心なさい。実をいうと、僕は津田君にばかり軽蔑されている人間じゃないんです。誰にでも軽蔑されている人間なんです。下らない女にまで軽蔑されているんです。有体に云えば世の中全体が寄ってたかって僕を軽蔑しているんです」
「ええ僻んでるかも知れません。僻もうが僻むまいが、事実は事実ですからね。しかしそりゃどうでもいいんです。もともと無能に生れついたのが悪いんだから、いくら軽蔑されたって仕方がありますまい。誰を恨む訳にも行かないのでしょう。けれども世間からのべつにそう取り扱われつけて来た人間の心持を、あなたは御承知ですか」
「それにまだこういう事も考えなければならないよ。ああ自暴糞になってる人間に逆らうと何をするか解らないんだ。誰とでも喧嘩がしたい、誰と喧嘩をしても自分の得になるだけだって、現にここへ来て公言して威張ってるんだからね、実際始末に了えないよ。だから今もしおれがあいつの要求を跳ねつけるとすると、あいつは怒るよ。ただ怒るだけならいいが、きっと何かするよ。復讐をやるにきまってるよ。ところがこっちには世間体があり、向うにゃそんなものがまるでないんだから、いざとなると敵いっこないんだ。解ったかね」
オタクを見下しているんじゃなく、人気者になりたい・認められたいという気持ちを持ちながら、その為に努力をしない人間を軽蔑しているんだよ。
オタクだというだけでそんななろう小説みたいな人格と扱われるだけでもウンザリするし
ハルは男全般を嫌っている(=ミサンドリストである)のではなく、男性規範に囚われる男のみっともなさと、女性規範に囚われる女のみじめさを批判してるだけだよ。
これもよくある言い訳だが結局男全般嫌ってるのと変わらないじゃん
結局普通に生きてる男全体にガバッとお前は加害者ダーとかなんとかいうアレっしょ
なおそれ以外の指摘は正当だと思う。
少し別の捉え方してる2人が言い争ってるからこそわかりやすくて助かるけど
そもそも前らにききたいけど
人気者になりたいとか認められたいとかそんな気持ちがそんなに強くある?
そういうのがある奴はネットでもはてなやtogetterでうぞうぞやってないでyoutuberにでもなると思うんだけどなあ
なんでオタクが人気者になりたがってることにしたいかというとそれが「みっともない内心」だからでしょ?
叩いて侮蔑するために最大限にみっともなくチューンした人格をオタクって呼んでるんだよね
スクールカースト最底辺のオタクってだけでその千葉っていう奴もゴミみたいな人格に設定する
侮蔑して楽しむためだけの設定だよねそれ?
別に陰キャオタクが性格よいとは言わんけど人間のクズってほど性格腐ってるわけでもないだろ
でもお前等が楽しんだ小説では陰キャのオタクな時点で最低のクズに決まってるわけだろ?
いやなろう小説の一部はヘイト性はあんまりない単純な(アホな)英雄譚もあるから
って、そんなチョロい言い訳があるかよ
ミソジニークズが「俺はクソ女を叩くだけで女のことを憎んではいない」とか言ってたらお前等だって笑うだろうに
それをひっくり返したレベルの言い訳は真顔でいっちゃうんだよな
要するに自分に甘くて頭がわるい
男とか女とか以前の問題だわ
これトラックバック書いてる奴全員『JKハル~』読んでねえだろ。
増田は「ミサンドリ向けの私SUGEEE小説」と評してるけど、ハルはその能力を使い成り上がっていく訳ではなく、最初から最後まで娼婦という社会的弱者の立場のままで色んなものと闘っていたよ。
ハルは男全般を嫌っている(=ミサンドリストである)のではなく、男性規範に囚われる男のみっともなさと、女性規範に囚われる女のみじめさを批判してるだけだよ。
オタクを見下しているんじゃなく、人気者になりたい・認められたいという気持ちを持ちながら、その為に努力をしない人間を軽蔑しているんだよ。
読めば分かるけど、作者が必要に迫られて春を売る女性の存在を知らないはずがなく、むしろハルがそうなんだよ。
女性が高く評価しているというだけでフェミ小説と決めつけるのは普通にどうかと思うし、作品について何かコメントするならせめて読んでからにしてくれ。
ただの主観をただの主観として発信することには何の疑義も唱えてないよ。だってそれは「まあただの主観だからね」で終わる話だから
だけれども、それを
今も思い切り許されてますよね
とさも「現在でも女性による男性への中傷はひろく容認されている」という増田の主観を普遍的事実かのように書いたりするなら、それは許されることじゃないし論拠を示してから言ってほしいと言っているだけ
主観を普遍的事実として書くことが許されるなら「あらゆる男は女を軽蔑していて、性欲のはけ口としてしか女性を見ていない」みたいなミサンドリストの偏見まで一般論として許容されることになるんだけど
こんばんは。
私は「アイドルマスター シンデレラガールズ」のいちプロデューサーであり、かついちファンです。
先日、4ヶ月に渡って開催されたデレ5thツアーが、さいたまスーパーアリーナで無事大団円を迎えました。
宮城公演では悪天候で飛行機が飛ばなかったり、静岡公演では開演が遅れたりと、さまざまなトラブルもありましたが、全箇所通して最高のツアーでした。
私が問題視している…というよりも、ただ個人的に気に食わないことが一点だけあります。
彼女は「AV女優」という職業を隠さずに、本人のツイッターで現地参戦宣言を行い、かつ福岡公演で十時愛梨コス&SSAで島村卯月コスをし、名刺交換会&ツーショット撮影会を開催していました。
別に「AV女優がライブに参加するんじゃない!」と言いたいわけではありません。
また、「コスプレをしてライブに参加するんじゃない!」と、コスのマナーを主張したいわけでもないです。
そもそもこの件に触れるまで、「コスプレ界でライブ時のコスがタブー化している」なんてことは知りませんでした。
嫌悪感を覚えたのは「AV女優」が「職業を明らかにしたうえで」「アイドルのコスプレをしている」という点です。
もし、「AV女優」が「自分の担当アイドルのコスプレをして」、「アイドルの晴れ舞台」であるライブ会場に出張ってきたら、どう感じますか?
普段、お金のためにいろんな男のペ○スを舐め、挿れ、アンアン喘いでいるような人が、担当アイドルの衣装でライブ会場に現れ、名刺交換会や撮影会で人だかりを作っている。あなたの目にはこれがどう映りますか?
私はAV女優本人も、そしてそこに群がっている囲いの方たちも軽蔑してしまいました。
これが論理的思考ではないことは十分分かっています。完全に感情論です。
まず女優さん。
この方は、ライブに参加するのであれば完全に一般人として参加するべきだったと思います。
わざわざ女優であることを明かして参加する意味ってなんでしょうか? 商売のためでしょうか?
だとしたら本当に残念です。自分の業績のためにアイドルを踏み台にしているってことですから。
ツイッターを拝見したところ、元々そこそこコアなプロデューサーであるということは分かりました。
それゆえに、なぜ、こういう思考に至ってしまったのか。自分には理解できません。
そしてその女優さんに群がっていた方たち。
AV女優が自分の担当アイドルのコスプレをしていることについて、なんとも思わない方には、特に言うことはありません。趣味嗜好は人それぞれだと思います。
ですが、「なんかやってる! 面白そうだから行ってみようぜ」と軽い気持ちで便乗してしまった人たちがいるとしたら、もう一度よく考え直してほしいです。
コスプレというのは、そのアイドル自身になりきっているものだと思っています。
Pヘッドを付けて目立ったり、キャラクターのフルグラTや法被を着て応援したりするのとは違います。
ツイッターを検索していたところ、この件については女優さんを容認する流れが多く見られ、驚きました。
ゆえに最初はただの少数派の意見として心の中にしまっておくつもりでした。
ですが、寝床について1時間、2時間経ってもこの件が頭に引っかかり寝付けない。我慢できずに投稿した次第です。
上でも述べましたが、人の趣味嗜好は自由だと思います。また、ライブのレギュレーションでも「コスプレ禁止」と明言されている訳ではありません。
しかし、批判をするのも自由です。そしてこの批判ダイアリーに対して更に批判が寄せられるであろうことも予想しています。それについては文句はありません。
ここまで書いておいて、実は何が言いたいのか自分でもよくわかっていません。ただこうして思うところを文章にして書き殴れば、この胸のモヤモヤは晴れてくれるのだろうか、と一心不乱にキータイプをしています。
散々な文章ですが、もしこれを見て自分に共感してくれる人が居たら嬉しいです。ここまで読んでいただき、ありがとうございました。
追記:ツイッターをエゴサーチしていたら何人か勘違いしている方が居ましたが、あのツイートをしたP本人では無いです。
あれを見てから書いたため内容が似通ってしまいました。それとデュンヌでもないです。男です。
職業差別をしていないとは言っていません。はっきり言いますが私はAV女優という職業が嫌いで、コメントにもある通り「アイドルとAV女優が接点を持つこと」が嫌なだけです。
たぶん「AV女優がライブに来るなと言っているわけではない」という文章で誤解されたのでしょう。紛らわしい書き方をしてすみません。
私は、AV女優がアイドルの格好で、AVの売上を伸ばすために(それが主目的ではないにしろ)ライブ会場に現れた。この事実に腹を立てているだけです。
身分を明かして参加すれば宣伝になることくらい自分でもわかっているはずなのに隠さなかったのは、つまりそういうことでしょう。
>「お金のためにアンアン喘いでる」人ならそのライブに出演してませんでしたっけ。
AVで直接的な行為をする人と、声をあてるだけのエロゲ声優との間には壁があると私は思っています。
私は「いろんな男のペ○スを舐め、挿れ、アンアン喘いでいるような人」と書きました。都合よく一部分だけ抜き出して揚げ足をとったつもりになられても困ります。
再追記:AV女優が嫌いだと書くかどうかは迷ったのですが、「ライブ会場で営業活動するな!」とだけ書いても「綺麗事言ってるけどどうせお前がAV女優嫌いなだけなんだろ?」というコメントが来る気がしたので、先に書いておきました。これについて否定するつもりはありません。
なんでも引っ越すとのこと、いきなりだなーと思ったら結婚するからだそうで。
「おめでとう!」「お幸せに!!」とありきたりの返信をしたあと、
一応友人が結婚→お祝い出さなきゃ→つーか別れた人間に対して結婚祝い出すのキモい→そもそも疎遠に→共通の友人が結婚したときも出してない→じゃあいいや
という思考を巡って、よし、この会話終わり。と今に至る。
まあ実際は今に至ったのは夕方くらいで、実際は「『結婚はしない』って(おまえとは)結婚しないってことだったんだなー」とか「恋愛がわからないとか言う割には早いなー」とか「別れ際友達のままでいようとか言われたけど結局すぐ疎遠になったなー」とかぐだぐだ考えていたわけである。
かねてより
・amazonから予約商品が届くけど受け取れないから再配達を帰省後まで伸ばせるか(まだ調べてない
・将来の不安
仕事しながら、お腹がぐるぐる言いだして、これはどっちで胃が鳴ってんだと思った。
円満に別れた、少なくともケンカしたりして別れたわけではないと思ってたんだけど、実際はすごい嫌ってたり、ムカつかれてたりしたのかと思うと、自己嫌悪とか恐怖とか絶望とか、かといえば軽蔑とかルサンチマンとか、妙にエネルギー使う感情が渦巻いてしまう。
単純な、結婚しましたー→おめでとうー→ありがとーだけしたかったのなら共通の友人達のいるグループで言えばいいし、
律儀に友人だと思って報告したんなら、そうか疎遠になった理由わかってないな、価値観の相違~でこれまた別のルサンチマンがやってくるけど
あー、自分の性格判っててLINEしてきたんだろうなーと考えると「おまえはそこでかわいてゆけ」と言われた気持ちになる。実際乾いてるけど。
今の気持ちは確実に「好きだった」でラベリング出来るけど、「好き」だったあの時の感情は少なくとも本物だったわけで、
じゃあなんでこんなに無駄にエネルギーつかって、思い出したり、頭抱えたり、増田に投稿したりしてるんだ。未練か?未練なのか?違うと思うけど、こんなにエネルギーつかうのはやっぱり......うーん、やっぱり違う気がする。いや...とエンドレス。
まあ、傷じゃないところに大粒の岩塩をこすりつけられて、いや純粋に岩塩が痛いよ。ちょっとほっといて。って気分にしておきたくはある。
それでも、なけなしの感情揺さぶられて、ある程度消耗してるわけで、
そういう意味では「おめでとう。あなたの復讐は成功した」となんかそれっぽいこと言いたくなる。
「おまえはそこでかわいてゆけ」
「あの時の感情は少なくとも本物」
いったいどこの世界の「リベラル」が、君個人の「性的嗜好」に対して「それは差別だ」と名指しで批判したのか。
君が個人的に楽しんでいる「公に表現されたコンテンツ」への批判を、君が勝手に個人攻撃と受け取って騒いでいるだけではないのか?
「人がリアルでやっている恋愛・セックスとは違って、表現物が批判の対象になるのは分かる」と君は言ってはいるが、その実
「人(エマ)が公にしているわけでもないプライベートを暴き立ててお前の思想がどうだと槍玉に挙げ」、そして
「公に表現されたコンテンツへの批判を『俺個人への差別』と憤る」ような君の行いを見れば、
「俺の個人的なことは個人的なこと。お前の個人的なことは政治的なこと」をやっているのはまさしく君の方だ。
「世間様から迫害される弱者としてのオタク像」に閉じこもって、「差別だ!」というポリコレ棒を振り回し、
気に入らない他者(別の弱者)を不当に殴りつけながら自分は安全圏にいる、そういう醜い行いをしているのはまさしく君自身だ。
はっきり言うが、誰よりも君を差別しているのは君自身だ。誰も君という個人のことを差別などしていない。それは君が勝手にそう思い込んでいるだけだ。
たとえ誰から個人的な侮辱や軽蔑を受けたとしても、君自身が自分を信じているならば、堂々とそれを受け止めればよい。卑屈にならず主張すればよい。
「オタク」などという大きすぎる一人称で語らず、「俺は」と語ればよい。君が世間から身を守るために被るその「殻」は、君を閉じ込めている檻である。
僕たちがやりました、ラブシーンや暴力描写が苦手とかは分かる。「親と見るのが気まずい」なんて意見は昔を思い出して分かる分かる。暴力シーンも(私自身は「このドラマのどこがこわいの?」だけど)バイオレンス映画でこれは駄目だったおえええええって経験したこともあるし、この「駄目」のラインは人それぞれという事ぜんぜん分かる。
こういう理由ならば無理して見る事ありません。
問題は「子供に悪影響」とか言ってるバカ。「はぁああああ?!?!」って思う。「子供が」とか言ってるってことは良い年なんだろう。良い年こいて映画ドラマ本等、エンタメ作品の面白いものを今まで一度も見たことが無いんだろーか。それとも自分が苦手、不快というのを子供盾にして排除しようとしてるんだろうか。なんて可哀想なんだろう。いや、可哀想ってのは皮肉です本音は軽蔑。
悪いことしているシーン見て子供が真似したらどーすんだ、ってそれは手前の躾がなってないか子供が馬鹿ってことだろう。おかあさんといっしょのワンコーナーでこれが流れてたら問題だけど。9時過ぎのテレビぞ?
そういうバカが正義ヅラしてテレビ局にクレームをつけて→テレビが面白くなくなる、というのが昨今の流れのような気もして、もやっと「ふざけんなバカが」と思います。
このドラマに限らずの話ですが、エンタメ映像作品に関わる全ての方に、どうかこの手のバカに負けないでくれぃと、切に願います。広報やスポンサーを含め、面白いものを作っているんだ携わっているんだという矜持を持ち、バカの言葉はバカにして良いと思う。本当は作りたいものがあるのにも関わらず、バカに併合してバカ向きのコンテンツを作るなんてバカバカしい。
僕やりは特に、表現に対しての挑戦があると見ていて感じます。もちろん9時台のテレビということで抑えている部分もありますが、気になるほどではない。表現、結構頑張ってる、戦っていると思う。
その辺、まーじで、愛しい!
夏になると世のOLたちも薄着になるわけだが、オフィス街を歩けば5人に1人は巨乳にあたる。
根っからのおっぱい星人である俺にとってはパラダイスそのものだ。
ワイシャツの下には汚い肌、垂れた乳があるのは分かっている。
別にいいのだ。
別に脱がせて一発やるって話でもない。
飽くまで観賞用。着衣でたわわに実っていればそれでいいのだ。
それで興奮できるのだ。
今日のお昼、いつものようにコンビニにお弁当を買いに行った訳だが、
ふとスーツOLの顔を見たとき、眉間にシワをよせて蔑んだ目で俺の方を見ていたのである。
俺にとってはこれもご褒美なのであるが、
ひとつどうしても解せないことがある。
なぜブラにパットを何枚も入れてロケットおっぱいを作っておきながら、
そんな目でこっちを見るのだろうか。
明らかに見られたいがためにそのお乳を作っているのではないか。
解せない、どうしても解せない・・・。
親の片方が小学校入学直前に死んだ。急死だったらしい。死体を見付けたのは私だった。
残った方の親はろくでなしだったので子育てなんて出来るはずも無く、親戚の家を転々とした。
親戚はドラマに出てくるようなひどい人は居なかった。でも歓迎はされていないのは解っていたので、いつも肩身が狭かった。
それでもとうとう行く先が無くなって、小学校を卒業してすぐ施設に入った。これが最低だった。
底辺の掃き溜めっていうか、まともな奴がほとんど居ない。学校毎日行ってるだけで優等生で、いじめも暴力も当たり前に横行してた。
薬やってる奴も居たし、体売って小遣い稼ぐのも万引きして欲しいもの手に入れるのも普通だった。
あそこに入ってる子とは遊んじゃダメって親に言われた…と疎遠になった子も居る。子供心にそりゃそうだって思った。今でもあの親は正しかったと思う。
私は施設色に染まらなかったので施設の中に友達は出来ず、外の子とばかり遊んでた。施設内ではいい子ぶりっこしてるって当然いじめられた。
施設色に染まれば施設内に友達もできたと思う。でもそしたら外の友達は離れていく。それが嫌で必死に『普通の子』というポジションにしがみついた。
食事は平気で無くなるし、寝るのだって邪魔される。私物だって壊されるから勉強道具は持ち帰れない。教科書持ち帰ったりなんかしたら十中八九無くなる。ノートだって文房具だってそうだ。
帰って勉強出来ないので、勉強する時間は学校の中しか無い。授業で覚えきれればいいけど眠くて眠くて中々集中できなかった。
それでも空いた時間を勉強に注ぎ込んで、なんとか平均の学力だけはキープした。平均が限界だった。高校も偏差値56という極めて普通の高校に行った。
高校生になると個室が与えられるのでひたすら引きこもるか高校に残るかして乗り切った。
高校を卒業したら施設も出所する。私の学力と得意科目を考えると大学に進学しても就職率も年収も高くなるのは難しそうだったので進学せず就職する事にした。
就職した先はまぁとんでもなくブラックだったが、今まで居た環境が環境だったのでブラックだったという事にも気付かず4年勤めた。
お金が貯まったので退職して、簡単な資格を2つ取ってそれで転職した。
絶対名前を言っても誰も知らない社員数200人くらいの小さい会社でお茶汲みOLをやっている。
我ながら普通の大人になったと思う。収入も平均のど真ん中。やってる事は雑用。結婚もした。休日はたまに友人と会う。
夢に描いていた、普通の生活ってやつをようやく手に入れた。私にはこれが精一杯だった。
だけどたまに、努力不足だったんじゃないかと言われる事がある。
私は自分の過去を人にはほぼ言わない。夫と親しい友人以外は私のバックボーンなんて知らない。
お金が無いから大学に行かなかったと言えば、奨学金を借りればいい。国公立に行けばいい。結局は学力が足りなくて行けなかっただけ。貴方の努力が足りなかっただけ。
お金が無いならなんで専門職を目指さなかったの?手に職を持とうとは思わなかったの?努力が足りなかったのを棚に上げてお金のせいにしてるんじゃない?
いくらお金が無くたって出来る人はやるからね。出来なかったんじゃなくてやらなかったんだよ。人のせいにしてるうちは成長できないよ。甘えてるんだよ。
一人の人が全部言うわけじゃない。ちょっとずつ言われる。人によっては問い詰めてくる。
だって貴方は友達と遊んだりしてたでしょ?その時間を勉強に全部当てればよかったんだよ。今の結果は貴方の怠慢が招いた結果なんだよって平気で言う。
大抵そういう時は、死にたくなるか殺したくなるかどっちか。
だって無理。私には無理だった。今以上頑張るなんてあの状況じゃ無理だった。
私は今の状態で満足してる。この普通の、何の変哲もない、平凡極まりないポジションを得るためにどれだけ大変だったか。
それを怠慢の結果ってあんまりだ。環境的ブルジョワはいつだって残酷だ。
あんたたち少なくとも家があったじゃないか。そこで寝てたんだろ?リラックスしてたんだろ?
私が友達と遊ぶのだって同じだよ。リラックスしたかったんだよ。24時間神経張れって言われたって無理だよ。
本当はもっと眠りたかったよ。まともに食事が食べられなかったせいかチビだしすぐ体調崩すし施設出るまでずっと生理だって止まってた。未だに周期が安定しないよ。
いじめの物理的な傷跡だったいっぱい残ってる。指なんて2本くらいうまく曲がらないよ。むち打ちの後遺症で今も定期的に頭と首が痛くなる。ストレスでハゲていまだにそのまんまの所もある。
これ以上は無理なんだよ。
でも知らないからしょうがないんだよね。我慢するしかないんだよね。
いいよね。幸せな育ちな人は。人傷付けても許されるんだもんね。仕方ないって言ってもらえるんだもんね。それだけでも羨ましいよ。
私も来世ではそういう家に産まれたい。そういう特権階級を持つ家に。
沢山のコメントありがとうございます。
書いた場所が場所で長文だったのでスルーされるか、察してちゃんうぜーと言われておしまいだと思っていたので、こんなに沢山温かい言葉を貰えると思いませんでした。
いつもの殺伐としたインターネットはどこに行ったの…とおもわず涙してしまいました。
頑張ったと認めて貰えることがこんなにうれしいとは思わなかった。
こんなに褒めて貰えたのは産まれて初めてです。なんて言っていいか解りませんが、本当にありがとうございます。
褒めて貰えて嬉しい反面、私が底辺のはきだめだと思ったあの子達の事を考えると複雑な気持ちにもなります。
彼女達は彼女達で過ちは沢山犯していましたしそれは軽蔑していますが、あれが精一杯だったようにも感じるんです。
皆それぞれいろんな条件を抱えていて、それでも配られたカードで勝負するしかない。それは確かにそうなのですが、
本当はもう少し言葉を考えてからお礼を書こうと思ったのですが、早急に施設の事で追記したい事があったので書きました。
そこまで落ちなくてもいいんだよ。
自分を高めるために他人を貶めるのは、まさにこの増田が言っているウヨの所業そのものじゃないですか。
ウヨを貶めることで自らの正当性を主張しようなんて、そんな卑屈な考えはさすがに持っていないと思いたい。
ウヨにもサヨにも軽蔑したくなる人も尊敬に値する人も存在する。
色んな人に迷惑かけてやっとかっと田舎から上京してきたのに全くがんばれない。
大学入学から3年経った今になってがんばれなくなった。がんばれないことがつらくて余計なにも手につかない。いつも床に転がってばかりいる。
どうしてもやりたい仕事があり、その仕事をしたいがために上京してきたと言っても過言ではないのに、就活を前にしてわからなくなってきた。
そのうえ私立文系だ。金だけは無駄にかかっている。親に申し訳ない気持ちはあるが身体が動かない。くやしい。
周りには同じ夢を追いかけている人間が多い。彼らはみんな勤勉で優秀だ。
私はもともと勉強が苦手だが、夢を叶えるために必死こいて勉強して今の大学に入った。しかし周りは大抵本命の大学に落ちて渋々入ってきた者ばかりだ。
最初は彼らに追いつこうと頑張っていたが、やはり埋められない差を感じてしまい今では何のやる気も出なくなった。
2年の終わりまでは成績は良くないながらもなんとか単位だけは落とさずにやってきたが、3年になってからは授業に出ても身が入らず、ぼんやりしてばかりいる。
きっと今期は単位を落とすどころかひとつも取れないんじゃないだろうか。
不安に襲われるけれど身体は動かない。のろのろながらも進むかたつむりの方が私よりずっと偉い。私は床に転がっているだけだ。
目標を見失うことってこんなにつらいものなのか。こんなにがんばれないのか。
先日会社の女子トイレ鏡の前にて、先輩に「女子力といえばXXさん!女子力の権化よね〜」と言われた。
「え〜そんなことないですよぅ先輩には負けますぅ」と返すのが正解だと思いつつ、
私は女子力という言葉が世界で一番嫌いで女子力が高い云々言われるのも吐き気がするため
つい「女子力って言葉が世界で一番嫌いなので二度と私に言わないでほしいです」という旨を吐き捨ててしまった。
二度と私に女子力って言葉を使わないでほしいと周りにアピールするために
理由を考えてみた。
※細かいこと考えずに褒めを素直に受け止めた方が幸せだとは重々承知しています
女子力って言葉の中には美容にこだわっている、服がいつも可愛い、料理がうまい、気配り上手、などなど
色々な要素が含まれていると思うがどれに当てはまっていても「女子力高い〜!」になる。
雑に扱われているなあと思ってしまう。
一般論ではないことを前提に読んでほしいのだが、
「女子力高いね」=「ブスのくせに身なりと言動だけは気ぃ遣ってるねwww」
に脳内変換される。いやでもこう思う女性多いんじゃないだろうか。
合コンでサラダ取り分けた時に男性に「女子力〜!フゥ!」って言われるのが腹たつってことは共感しあえるのに、
自分が他の女性に言うのはOKなのか?それは違う、絶対私の他にも煽ってんじゃねーよ死ねって思ってる女性は多くいるはず。
さっきも触れたが、女子力高いとかいう雑で配慮のない言葉を浴びせられるってことは心のどこかで絶対相手をバカにしているはず。
もう一つ、そもそも女子力って言葉は死語だし何より頭悪そうに聞こえる言葉。言っている本人の品性の低さがわかるのだ。
女子力って言葉を使っているのを目撃した瞬間にその人を軽蔑してしまう。そしてそんな相手に自分について評価されるなんて腹が立つ。
女性に何かしら言われても全て涼しい顔で、余裕を持った態度で受け流す男
女性に何かしら言われて一々気にしたり、余裕を無くして怒り狂ったりする男
…どう考えても、
女性を見下して対等な関係と見なさず軽蔑している、所謂「モノ扱い」しているのは前者であり、
女性を対等以上の関係と見なして尊敬している、所謂「人間扱い」しているのは後者である。
何故か?
「女性に何かしら言われても涼しい顔で受け流す」ということは、言い換えるならば
大人が子供に何言われようが、はいはいチンポチンポって感じで受け流すのと同じ。
要するに「女性に何も期待していない」のだ。
つまりは「モノ扱い」だ。
一方、「女性に何かしら言われて一々怒り狂う」ということは、言い換えるならば
『尊敬している存在にこんなこと言ってほしくない!』という感情だ。
あなたを尊敬しているからこそ、あなたの発言を一々気にしてしまうのさ。
まあ要するに何が言いたいかと言うとね
ご自身が男に発信して返ってくる反応に対して注意深く観察して見れば良いと思うのですよ。
あなたの発言に対して「余裕のある涼しい顔」で対応する男は「女性をモノ扱いしてる男」
あなたの発言に対して「怒り狂う」…とまでは行かないまでも「余裕のない挙動不審な反応」をしてしまう男は、「女性を人間扱いしてる男」
…そう思ってみてはいかがでしょうか、と思うのですよ。
「〜〜もへったくれもない」の「へったくれ」って何なんだと思って調べてみたら、
リンクがたくさんあると投稿できないのでhttp抜きにするがあしからず。
★「へったくれ」の語源は不明。「妙なことを言う」という意味の「剽軽(ひょうきん)」→「剽(ひょう)げる」からの成立とされる「へうたくれ(ひょうたくれ)」の転訛か?・・・根拠なし。
確かに音的には近い気がする。
//kotobank.jp/word/%E3%81%B2%E3%82%87%E3%81%86%E3%81%9F%E3%81%8F%E3%82%8C-613424
「だってもへちまもない」にも繋がっていてなかなか説得力がある。
いまでも関西では「だってもへちまくれもない」と言うことがあるそうだ。
★『野乃舎随筆』には「今下ざまの人の悪言に、ヘウタクレといふは、ヘタクレといふ辞の転言なるべし。ヘタクレは、クソタクレといふ辞の転言ならん。もとはクナタブレを訛れるなるべし。クナタフレを、屎タフレと訛(あやま)りて、其対言に屁タクレといひしを、それを又、ヘウタクレと、音便にいへるならん」とある。
なんだか詳しい。
★茨城方言に「へったくれる」が残る。もしかすると、これが関わっているか。「へたった」「へこたれた」と同義…参った、挫(くじ)けた、くたびれたなどの意。
「ヘタクレ」「クソタクレ」が挙がっているが、「ヘタレ」「クソッタレ」は関係があるのだろうか。
そういえば「糞垂れ」や「洟垂れ」なら分かるが「バカタレ」などは何が垂れているのだろうか。
糞便の「くそ」に、軽侮を強意する接尾辞「たれ」(用例;「ばかたれ」「あほたれ」、「だら」の変化したものか?)を付したもの。
//ja.wiktionary.org/wiki/%E3%81%8F%E3%81%9D%E3%81%A3%E3%81%9F%E3%82%8C
この場合の「たれ」は垂らす(=もらす)というより、「アホたれ、バカたれ」に見られる目前の人を罵る際に付ける接尾語というニュアンスが強い。
//zokugo-dict.com/03u/unkotare.htm
どうも物理的に何かを垂らしているというわけではないようだ。
ちなみに「へたれ」の語源についてもやはり諸説あるらしいがここでは措く。
この「罵倒に使われる接尾語『たれ』」というのは何だろうか。
「たれ」と「たくれ」が同根だったら話が早いのだが…
上記には「『だら』の変化したものか?」とあるのでそれを調べてみよう。
考えてみれば「あほんだら」の「だら」だろうし、北陸の方言にも「馬鹿」という意味で「だら」というのがあった気がする。
「あほんだら」の語源については「阿呆太郎」であるとの説もあるが、近隣地域で見られる同様の罵倒語である「だら」「たくら」が阿呆と結びついたものである可能性がある。
「あほんだら」から「だら」が出来たのかと思ったが、「だら」が先にあって「あほ」と結びついた可能性があるのか。
阿呆太郎→あほんだら→だら、という順番の可能性はあるのだろうか。
あんぽんたんは、「阿呆」と愚か者の意味の「だらすけ」が複合された、「あほだら」「あほんだら」が、転じた言葉である。
「阿呆」は「あっぽ」とも言われ、「陀羅助(だらすけ)」という薬(「陀羅尼助」の略)もあったため、「反魂丹(はんごんたん)」や「萬金丹(まんきんたん)」という薬の名から、「安本丹」ともじられた。
ええー…愚か者の意味の「だらすけ」って何よ、検索しても薬の「陀羅助」しか出てこないけど。
と思ったら、関東の方言で「でれすけ」というのがあるらしく、これは明らかに「だらすけ」の転訛なんだよな。
罵倒語「だら」を薬の「陀羅助」に引っ掛けて「だらすけ」と言っていたとか?
それだったらやっぱり「だら」が先にあったということになるのか。謎である。
「ばかたれ」について、別のところの説明にはこうある。
「たれ(垂れ)」は「はなたれ小僧」「小便たれ」「ばかたれ」など、名詞について人を軽蔑する意を表わす語としても用いられる、これは、小便や鼻水などきたないものを「垂れている(ぶら下げている)」ことを表わしたとする説、重みでだらりと「垂れ下がる」姿がだらしなく見えるところからとする説などがある。
一周して、やっぱり物理的に垂れているところから出発してるんじゃないか。
ちなみに「へこたれる」は「凹む+垂れる」が語源だそうなので、前述の「へったくれる」説が正しいなら、この「垂れる」が由来だと言えるかもしれない。
ここで驚愕の新説が登場する。
これについては,実際に何かを「垂れて」いない罵倒語の「たれ」は,平安時代にはやった「たくらだ」という言葉の末裔だといわれています。
中国の古典に「田蔵田」という間抜けな動物が登場するのですが,これが日本人の笑いのツボにはまったらしく,後々までバカ=たくらだとい図式が成立します。
//detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1321653228
「へったくれ」,「ばかたれ」,「ごんたくれ」,「あかんたれ」など,何かを垂れているわけではないにもかかわらず「たくれ」「たれ」という語尾をもっている場合は,ほとんど「たくらだ」の訛りである「たくれ」「たれ」と解釈して差し支えないといわれています。
//detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1321653228
これまでとぜんぜん違う説明じゃん!
いやでも実際に「たくらだ」という言葉はあるらしい。
たくらだ【田蔵田】 の意味
ジャコウジカに似た獣で、ジャコウジカを狩るとき、飛び出してきて殺されるという。転じて、自分に無関係なことで死んだり傷ついたりするもの。愚かもの。まぬけ。
一人の文殊より三人のたくらだ
東北の方言の「たくら者」「たくらんけ」なども「たくらだ」に由来しているそうな。
これが正しいなら「へったくれ」も合わせてこれが語源ということになる。
ん、そういえば「あほんだら」のところでも罵倒語「たくら」というのがあったな。
それが「たくらだ」由来なんだとしたら、「だら」の語源も「たくらだ」なの?
なんとなく繋がってきたような…。
またはじめに戻って「クナタフレ」説について調べてみよう。
【史料1】では「多夫礼」のみであるが、下って戊午(12日)条の宣命によれば「久奈多夫礼(クナタブレ)」とある。上記では「改名多夫礼」とあるから、久奈が氏(ウジ)で多夫礼が名と思われる。クナは「頑な」のクナ、タブレは万葉集に「多夫礼多流之許都於吉奈(多夫礼たる醜つ翁)」(巻17、4011)を確認でき、狂っている意と思われる。よって、ここでは「頑なで狂っている者」という姓名に改められたことになる。
たぶ・る 【狂る】
気が狂う。
「たぶらかす」なんかも「たぶる」が語源らしい。
最初の『野乃舎随筆』では、「クナタブレ」が「クソタブレ」と勘違いされて「クソタクレ」と訛ってさらに「糞」の対として「屁」を用いて「ヘッタクレ」になった、というような説明がされているが、「たぶれ」が色々なものにくっついて「〜〜狂い」「〜〜馬鹿」みたいな感じで使われているのなら、「糞馬鹿」みたいな感じで「クソタブレ」と言われるのは自然なことのように思う。
この『飲んだくれ』の”だくれ”とはどういった意味なのでしょうか?
実はコレ、、、
だくれは、タクレということばと同義で『愚か(おろか)になる』という意味なのです。
//www.buddhism-j.com/6-27nondakure
でもそうか、最初に挙げられている「剽たくれ」の「たくれ」もこの「たくれ」か。
ということは「剽たくれ」説と「クナタフレ」説は、「剽」と「屁」という字の違いこそあれ、ほとんど同じことを言っているわけだな。
追記:いや「剽たくれ」が「たくらだ」由来の可能性も普通にあるのでここは結論を出すべきではないか。
脇道に逸れるけど、「塗りたくる」とかの「たくる」ってのは何なんだろう。
これか。
「荒々しい」というのは「狂う」に通じる気もするし、「飲んだくる=盛んに飲む」と解釈するとめちゃくちゃそれっぽいけど、でも「ひったくる=むりやり奪い取る」から「荒々しく」が派生したんだとしたら、「ひったくる」は「引っ手繰る」だし、別語源なのかな。
というわけで「へったくれ」の語源はこんな感じに整理できるのではないか。
1. 「たぶれ(狂う)」に由来する罵倒語「たくれ」(剽たくれ・屁たくれ)
2. 「田蔵田」に由来する罵倒語「たくれ」(剽たくれ・屁たくれ)
3. 「垂れる」に由来する罵倒語「たれ」(凹垂れ)
保育園までの往復は母の自転車だった。母の後の幼児用シートで、手や足に風を浴びながら横を飛んでいく景色を見ているのは好きだった。ある日の朝までは。
その朝、いつもと同じように保育園に送られる途中、私の右手と背中に突然、激痛が走った。それと同時に「うう」とも「ああ」とも違う、変な男の人の声が聞こえた。しばらく何が起きたか分からなかったが、振り返ると知らないおじいさんがうずくまっているのが見え、子供ながらに自分の手がすれ違うときに、そのおじいさんのどこかにぶつかったのだと理解した。おじいさんを助けなきゃと母に知らせようとしたが、自転車は再び猛スピードで保育園へ走り出していた。保育園に着いた後、母は何事も無かったように私を預けていった。
自分がものすごく悪いことをしてしまい、母はそれを隠そうとしてくれているのだと思った。おじいさんが死んだかもしれないと本気で恐ろしくなり、先生にも友達にも何も言えなかった。ずっと手と背中は痺れたままで、どうしたのかと聞かれたように思うが、理由は口が裂けても言えなかった。その日の帰り、母はいつもと変わらない様子で私を迎えに来たが、帰り道はその事件があったあたりで、道の反対側を母は走った。車道の両側に、それぞれガードレールで仕切られた歩道があり、その片側の歩道を行きも帰りも走っていたのだが、その日から母は反対側の歩道を走るようになった。私はますます、母が私の罪を無かったことにしようとしていると確信した。母がそんなに必死に隠さなければいけないほど、私は悪いことをしてしまったのだと思った。その場所を通るときはいつも、おじいさんがその場で死んでいるような気がして、恐怖に怯えながらも目で確認してはほっとするのが習慣になった。
その後ずっと、自分からも母からもその話はしていない。成長するにつれ、母は私を守ったのではなく、母自身を守ったのではないかという疑念が徐々に蓄積していった。私が母親の立場なら、子供が怪我をしなかったか心配になるのではないかと疑うようになった。私が痛みでしばらく呆然としていた後に、振り返っておじいさんはそう遠くなかったので、たぶん母はいったん止まったか、少なくとも減速しておじいさんの様子は見ていたはずだった。思春期のころの私には、母の言葉は何もかもきれいごとで、自分の保身のために言っているように聞こえた。反抗期という感じではなかった。歯向かうことは少なかった。母をただただ信じられない人とみなし、言うことを聞いたふりをしながら内心ではその言葉をすべて冷たく疑っていた。不良にもならず普通の大人になれたのは、逆に自分が正直に生きることによって、母を軽蔑したいという感情のおかげだったかもしれない。皮肉なものだ。
今でも右の肘には違和感がある。実際に後遺症があるのか、精神的にそう感じるだけなのか分からない。いつか母とあの事件の話をすることがあるだろうか。少なくとも屈託なく笑って話せる気はしない。