はてなキーワード: 尼崎とは
西宮(大阪と神戸の中間地点にある街)出身、現在は都内(多摩地区)在住の者だけど、色々違和感。
神戸の北野みたく、個性豊かな個人の住宅が残っていない。まあ関東大震災があったから仕方ないけど、ちょっと肩透かしを食らった。
山手の方行ってみた?
そのみなとみらいの栄え具合とハーバーランドの寂れっぷりを比べて悲しくならないかな……。
神戸も横浜も東西に細長いだけという意味ではよく似た街なんだけどね。東半分と西半分で文化圏まで違ってしまってるというのも。
ファッションとかはそうかもしれないけど、たとえばスポーツとかクラシック音楽とかは神戸はお寒い限り。阪神タイガースも兵庫県立芸術文化センターも西宮に取られてる。その点横浜は規模はともかく質では東京にも対抗できるよ。
だいたい、横浜国立大学ってほぼ単科大学じゃないか。国立なのに早慶に蹴られるし。その点神戸大学は総合大学だし、旧帝大にも肩を並べる大学。
これはまあ同意。関東人の早慶崇拝は意味不明。入試の難易度はどうか知らないけど、研究レベルとか考えたら関西では神大(もちろん神戸大。横浜の方では神大と書いてじんだいとよみ神奈川大のことらしい、とまあこれは余談)はおろか大阪市大や京都工繊大の方がマシかもしれん。
あんたが使ってる「じゃん」が横浜弁なんだけどね……。
それに、神戸弁って「なんどいや」とか「ふざけとお」とか、お世辞にも上品とは言えないようなものも多いんだけどね……。
そもそも、神戸の西半分は旧国名でいうと播磨で、もはや大阪弁よりも岡山弁に近い世界になってる。
川崎はむしろ尼崎みたいなもん。尼崎が大阪の延長なら川崎が東京の延長。
それにさ、関西に来てから横浜がウザすぎるんだよね。神奈川出身って言ってるのに「横浜?」て聞き返してくる確率8割以上。横浜じゃないから神奈川って言ってるのに!
兵庫県というと「神戸?」と言われ、「西宮、ほら、甲子園球場があるところね」というと大阪府出身だと思われる俺の立場はどうなりますかねorz
今トモシビという曲を聞いている。
「希望だけでは終わらせたくない、この弱さを超えていこう。
けっして消えないトモシビを、燃やし続けたい、不安定な心に、未来を明るく、照らせるのはきっと自分でしかない。」
この歌詞は歌っているSuara自身が書いた物だが、作品のToHeart2の裏側にある下川社長の悲哀が伝わってくる。
かの文章から伝わるイメージのそれではなく、あの尼崎のコンテナの中で曲を作っていたときの彼のイメージだ。
あのとき、DOZAや折戸と音楽を作っていたとき、彼は何を思い描いていたんだろう?
そして、高橋龍也も超先生もうだるちんもいなくなった後、彼はどうしようと思ったんだろう?
外様のむーむーや枕流に頼っていていいのか?
むーむー主導だと純愛ものなのになんやかんやでハーレムになるぞ、しかも前作のヒロイン毎。
枕流主導だと純愛ものなのになんやかんやでヒロインたちがぎすぎすした関係になり、とどのつまり誰も幸せになれないオチで終わるぞ。
三宅もこみパがあたったもののあれは、題材とちゃん様の画と東京勢ぶっこ抜きのインパクトあってのものだったし、本当に大丈夫か?
大体、三宅主導で書くと哲学だか宗教だかの難しい話を調子にのってしだすかもしれないぞ? 高橋龍也を抑えたようにまた抑えれるのか?
まるいたけしも急に誰もしらない古典文学作品の引用とかするんじゃないか? と気が気でない。
そんな中、ToHeart2は2の名を冠するにふさわしいかどうかはともかく、売り上げ的には大大大ヒットで終わった。
そのとき本当に下川はトモシビの歌詞のようなことを思ったのだろうか?
本当はあの尼崎のタイヤ売りに戻りたかったんじゃないだろうか?
「自分じゃ無理なんだよ、もう。」というあきらめの声が、何故かイメージされる。
自分だけの力で前に進むことがもう限界だと、下川は思っていたんじゃないだろうか。
だから、あえてフル戦力を使い、最大ヒットしたToHeartの続編を作った。
歴史にifはないからわからないけれど、ToHeart2がもしコケていたら、どうなっていただろう。
超先生はどうなっていただろうか?
友達の危機に折戸はどうしようと考えただろうか?
もしビジュアルアーツに傘下するようになり、折戸、下川、DOZA、中上、水無月、高橋、超先生、うだるちんで何か作品を作っていたかもしれない。
兵庫尼崎の角田美代子らによる恐怖支配と一連の殺人死体遺棄事件、大阪北区の通り魔連続殺傷事件(うち一件は殺人か)、そして堺市の死体遺棄事件は
言いたくはないけど、ちょっと怖い。
大阪には、在日地区で有名な鶴橋や西成あいりん地区、東住吉矢田などの地域があってただでさえ治安が悪いと吹聴されてるのに
ここに来てああいった連続的な重犯罪が蔓延してるとなると本当に関西圏っていうのは頻繁にそいつらによる犯罪があって、
更に警察はそいつらを放置し、府や県や市も放置プレーに走ってて完全にあいつらに掌握されてるみたいになってる。
実際大阪市市長の橋下徹や兵庫県知事の井戸敏三などは売国奴だし、総連とか朝鮮企業、暴力団の多いパチンコ利権にしがみ付いてる所なんか真っ黒。
生まれ故郷なのにこの二都市と京都がウンコ過ぎてマジで韓国人排斥運動が熾烈になりそうで嫌なんだよなあ
嫌っていうか、日本人は基本的にこういう民族間闘争に無関心だし、今度の事件にも苦々しく思ってるよ
記事を知らない人は、先に参照されたし
それで、肝心の治し方だけど、ブコメやら記事では、実際に、中国人・韓国人に会え会え触れて見ろ、っていう意見が多く見受けられる。
たとえばこんな記事
嫌韓中右翼やレイシストは処女厨と一緒 - Hagex-day info
ただこれって、レイシストな俺くんには効かないと思う。
処女厨に非処女とつき合えっていってるのと一緒で、荒療治だし、根本的な解決にはつながらない気がする
処女厨もネトウヨも、偏った思考になってるから、一人の人間としてちゃんと向き合えてないからそんな排他的な言動になってるわけで、
だから、実際に付き合わせたところで、悪い所だけみつけて帰ってくるだけだと思う。
それじゃあ、肝心な簡単な治し方だけど、もちょっと腰を据えて考えてみること。
これでばっちり解決。
大半の人は、そういう思考法ができてるから、レイシストにはなってないのだけど、レイシストな俺くんにはたぶん抽象的でわかりにくいと思うから、もう少し踏み込んで解説してみる。
世界にはいろんな人がいる。当たり前のことだけど、このことについて踏み込んで考えてみる
分かりやすい例で言うと、俺くんが好きで、僕も好きな日本について考えてみる。
日本人って、謙虚で奥ゆかしい面がある反面、空気よめとかめんどくさいところもあるって、よく言われるけど、本当にそうなのか。
実際、そういう人ばかりじゃない。いろんなタイプな人がいる。
まず大きいところで言うと、よく比較される関東人や関西人だって全然違うって言われる。
関西人だって一筋縄じゃない。神戸、京都、大阪、尼崎だって違う。(滋賀奈良和歌山は関西人なのかという議論はひとまず置いて)、
神戸人だって全然一くくりにできない。東灘・灘区と中央区とかと、兵庫区長田区、北区、西区だって全然雰囲気が違う。(東灘区と長田区のグルメ百年戦争や、北区民西区民の俺んとこはおまえのとこよりも田舎じゃない論争などは書きたいところだけど脱線するので割愛)
その中の北区だって、新興住宅地と昔ながらの地域だと全然雰囲気が違う。
もっともっとミクロな視点になって、自分の周りだって、全然違う人で溢れてる。
僕は神戸市北区出身で神戸のとある地元企業に働いているけど、僕の周りにいる人は、ほんと様々だ。
日本人は謙虚?空気をよく読む?関西人は面白い?笑いにうるさい?神戸っこはおしゃれ?
自分勝手な人も大勢いるし、あえて空気を読まないものもちらほら、芸人みたいに面白い人なんてそうそういないし、笑いにうるさい人ってなに?そして神戸っこでありながら、ユニクロを愛し、なんか気づいたら黒一色の服装になっている僕はおしゃれではない。
ということは、日本人つったって、ものすごい量の様々なタイプの人がいる。
同じように、韓国や中国だってものすごい量の人格のバリエーションがあるって考えるのは自然な発想だよね。
そりゃあ多少地域の色は出るだろうけど、それはほんとゆるーい潜在意識レベルでつながってるもので、
笑い話の種のひとつにするなら、あるいはTV番組のネタの一つにするなら分かるけど、そのことで民族論がどうこうと論じたり、ましてや差別なんかできない。
これでも治らないレイシストのために、もう一歩だけ踏み込んで考えてみる。
さっき説明したように、中国人や韓国・朝鮮人(表現は適切?)にはいろんな人がいる。
だから、よく報道されているような、デモを起こして日本人の商店を襲撃したり、あるいは日本人を敵視して、ものすごい差別意識を持っている人ばかりじゃない
親日家で中国共産党や韓国政府のやり方に疑問を感じていいる人もいるだろうし。
政治的イデオロギーは抜きにしても、温厚な人、普段は斜に構えているけど実は優しいタイプ、どがってるけど隠れて子猫を助けてしまう奴。
いっそこんなステレオタイプに当てはめなくても、日本人に差別意識をもってなくて、付き合ったら人間と居して好きになってしまうような人。
そんな人が、朝鮮人を殺せ!なんかを含む差別的排他的デモや、各種ネットでの差別的書き込み、レイシストな俺くんの「韓国人が苦しんでいるのが愉快で仕方ない」ていう心ない言葉を見たら、ものすごく傷つくとは思わない?
日本語が、日本人にだけしか通じない言語で、翻訳不可能な言語だったら別に関係ないかもしれない。
でも実際周りには、中国韓国からの留学生・出稼ぎ、観光客で日本語が理解できる人もたくさん来ているし、ネットもみてるだろうし、とくに日本には、在日という特殊な立場の人もいる。
そういう人が見たら、ものすごく傷つく可能性がある。だからみんなそういうヘイトスピーチをしないの。
みんな表面を取り繕ってる”いい子ちゃん”だから、ヘイトスピーチしない訳じゃないんだってば。
そりゃ、領土問題とか、慰安婦問題とか、歴史問題とか、どうなんだあの国って思っている日本人も大勢居るだろうし、僕自身、むかつくって思うことは多々あるけど、
でも、不特定多数の人が傷つく可能性をあるから、みんなちゃんと考えて、腹で押さえるの。汚い言葉を。
ましてや、誰がみるか分からない公衆の面前や、ネットでの書き込みなんてしないんです。
以上、ものすごい当たり前のことつらつら、書きました。
ということで、汚い言葉を出す前に、こんな感じのこともちょっと腰を据えて考えてみれば、レイシストになんかならないと思います。
さて、本文では割愛した、神戸の北区はいかに西区よりましかということについて、これから論じ・・・・・、やっぱやめときます。
※この話は実話を元にしていますが、あくまでフィクションです。
当時は、勉強しながらよくラジオを聞いていた。友人たちがよく聴いていたのはAM放送のほうだったのだが、音質も悪くて、トーク主体の番組が多い気がしてどうも性に合わず、俺はもっぱらFM放送を聴いていた。
あの頃の大阪のFM放送といえば、5年前に開局した80.2MHzのFM802が斬新な放送スタイルで一大ムーブメントを形成しており、FMが流れている店は大体FM802にチューニングされているといった風潮だったが、洋楽主体とはいえ、基本的にチャートインするようなメジャーな楽曲ばかりを流す802は俺には物足りなかった。
なにしろその頃の俺はYMOを経て電気グルーヴを聴き始めた頃で「テクノ」と名のつく音楽に飢えていたからだ。
ネットもない時代。サブカルに半分足を突っ込んだ引っ込み思案の中学生には情報もないし、それを補う行動力もない。しょうがないのでCDレンタルで、とにかくそれっぽい音楽を、BUCK-TICKやカシオペアや姫神、ようするにシンセが使われている音楽ならなんでもいい、といったところまでストライクゾーンを広げて、片っ端から聴いて、なんか違うよなあ、と思いつつ、飢えをしのいでいた。
そんな時、周波数75MHz付近にラジオ放送欄に存在しない局が存在することに俺は気づいた。
音質はかなり悪く、兄から受け継いだ馬鹿でかいラジカセのアンテナを限界まで伸ばしてようやく視聴可能というその謎のラジオ局は、だいたい19時頃から受信可能になり、深夜3時頃にぶっつりと止まる、明らかに海賊ラジオ局なのだが、俺はすぐさまその局に夢中になった。
なにしろ、その局は、俺が全く聞いたことも無いようなレイブ系テクノばかりをCMもトークも無しにノンストップで延々と再生しつづけるという、まさに狂気のラジオだったからだ。
それからというもの、家に帰って飯を食うと、勉強と称してそのラジオを聞くのが日課になった。
そのうち、音楽の合間に海賊ラジオの主とおもわれる若い男のコメントが一瞬はさまれる事に気づいた。
彼は「○○MHz、バンブーラジオ」とだけボソリとつぶやくとすぐに次の曲をかけた。
バンブーラジオのレイブ系テクノの垂れ流し(いわゆる今は中古CD屋で100円以下で叩き売られているジュリアナ系コンピのようなノリと思ってもらえば良い)は、それほど当時の俺の嗜好に合っていたわけではなかったが、TUTAYAで借りたチックコリアよりはよっぽどテクノっぽかったし、中には心の琴線に触れるような名曲もあったのだ。
その度に俺は、この曲は何という曲なのか、どこに行けばこの曲が入ったCDを買えるのか、切実に知りたかったが、なにしろ曲名を読み上げもしないバンブーラジオなのだ。それを知ることはできなかった。
そんなある日、いつものようにバンブーラジオをかけると、珍しく人の声がした。おそらく生放送で、バンブーラジオ局の主とその友人とおもわれる若い男が二人で楽しそうに会話している。
「FM放送なんて簡単だって、日本橋でパーツ買ってきて、ちょっと改造したらええだけやん。3万もあればできるで」
みたいなことを言っていた。俺は、個人でFMラジオを開局するという、そのとんでもない発想に興奮し、乗り気でない友人に替わって、自分にその方法を教えてもらえないものか、とすら思った。
「そうだ、リクエスト受け付けてみるか」
と言い、おそらく主の自宅の電話であろう、電話番号を読み上げた。
俺の胸は高なった。「同じテクノの好きな人間と話すチャンスかもしれない!」
電話番号をメモしたものの、しかし、実際に電話をかけるとなると、躊躇した。俺は無知なただの中学生で、しかも主のかける曲名、ましてやそのジャンルが何というのかすらまったくわからなかったからだ。(当時はディスコでかかるような曲、という程度の認識だった)
リクエストしようもないし、そもそも俺が知りたいのは、いつもかかる曲の曲名のほうなのだ。
そんな質問をするために自分が電話していいものか…さらに言うと、携帯もない時代に、固定電話のある真っ暗な居間に降りていって、見知らぬ、それも違法めいた事をしている男に電話をかけるというのも、何かすごく悪いことをするような感覚があった。もし電話しているところを厳しい母親に見つかったら、と想像すると、俺の興奮は急速に冷めていった。
正確には一回だけ鳴ったが無言電話だった。もちろん犯人は俺ではない。
そのうち、主とその友人も飽きてしまって、元のノンストップ放送に切り替えた。
残念な気もするが、まあ、また機会もあるだろう、俺はそう思って納得することにした
バンブーラジオはその後も放送を続けていたが、やがて、いつもの時間でも休止していることが多くなり、放送があっても、まったく関係ない、違う個人運営のラジオ放送(素人くさい女DJがJ-POPをトークの合間にかけるといったもの)を中継していることが多くなった。
季節は冬になろうとしていて、受験本番の日が近づきつつあった。
ある時、習慣でバンブーラジオにラジオを合わせると、聞き慣れたレイブテクノが聞こえた。
ああ復活したんだな、良かった。
と俺は思い、そのまま聴き続けたが、合間にいつも主がはさむ「○○MHz、バンブーラジオ」の名乗りに変化があった。
俺は驚愕して、眠い目をこすりながら放送を聴き続けた。深夜2:00頃だろうか、音楽がふいにフェードアウトし、主のボソボソ声に切り替わった
「最近忙しくて、ちゃんと放送ができなくて申し訳ない。この放送は、○○(大阪の地名)から放送してるんですが、なんかどうも電波が岸和田あたりまで届いてたらしいですね。どれぐらいの人が聴いてくれていたかは知りませんが、今までありがとうございました。」
「放送を辞めるのは、神戸に引っ越すからで、そこでも放送を続けるかは正直わかりません。やりたいとは思ってますけど、設備の問題もあるので。」
「ではそろそろお別れです。スイッチを切ったら、屋根のアンテナ外して、これでバンブーラジオは本当に終わりです。」
そして、数秒のブザーの後、放送は止まった。ヘッドフォンからはホワイトノイズが流れていた。
あの時、電話しとけば良かったなあと俺は少しさびしくなったが、実は、その時にはそれほど感慨はなかった。
なぜなら、俺は既に電気グルーヴのテクノ専門学校シリーズを手に入れて、自分の好きな音楽がクラブ系テクノミュージックというものであることを知ることができており、またテクノ専門学校のセールスがそれなりに良かったのか、ソニーミュージックの海外インディーズレーベルを中心としたリリースラッシュ(AphexTwinやBlack Dog、デトロイトテクノ系アーティストなど)もあって、大きなCDショップに行けば、簡単に好きなテクノミュージックが手に入るようになりつつあった。
なので、好みの合わないレイブ系のラジオが終わっても、わりとどうでも良かったのだ。
それから1ヶ月もしないうちに、1.17 阪神・淡路大震災が起こった。
俺の家の被害はガスが止まったぐらいで大したことはなかったが、尼崎に住んでいた叔父一家が被災するなどして、大混乱だった。親戚全員の無事が確認された後、俺が真っ先に思い出したのは神戸に引っ越したバンブーラジオのことだ。
ラジオで読み上げられる無数の被災者の名前を聞きながら、俺はバンブーラジオの主の無事を祈ったが、もちろんそれを確かめる方法はなかった。
その後、志望校に合格し、春から始まる高校生活を前に、期待と不安で宙ぶらりんになっていた俺は夢を見た。
大阪の電気の街、日本橋に入学祝いのお金を握りしめて、FM放送のための機材を買いにいく夢だった。
何故か、ピエール瀧とバンブーラジオの主が同行してくれて、俺に色々とアドバイスをくれる。
棚に並べられた、無線機の列を眺めながら、俺はこれから始めるFM放送の構想にワクワクしている。
目が覚めた。そして、朝日の中、それが夢だとわかった時、本当の寂しさが襲ってきた。
俺の好きな音楽を一緒に楽しめる友人は、本当は一人もいないのだ。
中学の友達にAphexTwinのAmbient Worksを聞かせても曖昧な笑みを浮かべるだけなのだ。そんなわけのわからん音楽よりこれ聴けよ、と渡されたカセットテープにはボンジョビとミスターBIGが90分詰まっている。trfじゃないだけマシだけど、俺にはこの良さがさっぱりわからないのだ。
同じように、誰も、誰一人、AphexTwinの初期アンビエントの空気感や、カールクレイグの無機質なマシンドラムの良さなどわからない。
俺はどうしようもなく一人だった。そしてそれは、春から始まる進学校での高校生活でも同じだろう。いやもっとひどいかもしれない。
夢で訪れた日本橋の無線ショップに、俺は1週間前に実際に行っていた。自分もFM放送を始めればあるいは、と思ったのだ。
膨大な機材に圧倒され、マヌケにも「FM放送をしたい」と馬鹿正直に店員に告げた俺は、表情を一変させた店員に「それは犯罪だからね。帰ってくれる?」と追い出されたのだった。
幸いクラブ系ミュージックはその後、ファッションの文脈を得て一大ムーブメントを巻き起こした。送信機の代わりにシンセを買って宅録するようになっていた俺にもその手の友人が何人もできて、俺は一人ではなくなった。
ブームが終わって、俺が挫折して、シンセを全部売り払った今でも、彼らとの親交は続いている。
彼らとたまに昔話をする度に、俺はバンブーラジオを思い出す。向こうは俺のことなんて知らないだろうけど、今でも俺にとってバンブーラジオの主は、音楽を好きになって最初に出来た頼もしい先輩で、そして大切な友人だからだ。
皆がオフラインになった冬の夜、決してチューニングできないどこかの周波数で、あのアッパーでどうしようもなく頭の悪いレイブテクノが、あの時のままノンストップで流れ続けている。
俺は、まだそういう夢を見ている。
追記:海賊放送と書きましたが、バンブーラジオが本当に違法だったのか、実は知りません。でも電波が飛んでる範囲からして、当時のコミュニティFMに許された範囲は超えていたように思う。あと、念の為書いておきますが、この文章に違法行為を助長する意図はありません。不正電波ダメ・ゼッタイ。いい子は各種法律守ってネットでやりましょう。
尼崎の事件もそうだったけれども、強圧的な人間の束縛から逃げ出すことは非常に難しいんだ。
まず、いったん奴らから離れる必要があるけれど、この手の独裁者は、
「逃げるのは卑怯者がすることだ」
「親を見捨てるのか」
「長男なのに義務を果たさないつもりか?」
と、相手の責任感を責めたて、コントロールするのがうまいんだ。
そこから逃げるのはとても難しい。
長男だから、余計に責任感と自由の間で苦しんでるんじゃないか?
でも、逃げたいんだろ?
自由になりたいんだろ?
それに、支配から逃れられても、経済的にしばらくつらい目にあわなくちゃならんかもしれん。
でも。
支配されるよりかマシだ。
そこからどう逃げ出し、どう自分の生活を立て直したか、経験談を聞けるだろう。
友達には相談しにくいと思うが、同じ傷を持つ相手なら相談できる。
君、東京?
(乗るだけで解決にはならないかもしれんが、少しは肩の荷がおりるかもしれない)
尼崎事件見てるとマインドコントロールはマジで怖いと思った。
自分の比較的近くにいる人も真面目な人だったのに変な奴等にマインドコントロールさせられた末に
ある取り返しの付かない事件を起こして会社首になったらしい。
確かにそれまでは毎年元日に丁寧に印刷された年賀状を送ってきたのに、マインドコントロールがひどくなってきたあたりから
手書きになったり松の内に届かなくなったり、そして数年前から行方不明状態。
逃げられるチャンスがあったけど結局逃れられず未だにマインドコントロールされたまま。
尼崎の事件が話題だけど、外国にいて報道を見逃してるせいで何がどうなってるのかわからない。
とりあえず主犯の女性が北九州監禁事件並のサイコパスぶりを発揮して親戚を殺し続けた、でいいのかな。
当然だがWikipediaに載ってないしわかりやすいまとめ見てもわからないし早く収束して誰かWikiにまとめてください。
http://anond.hatelabo.jp/20121025124244
そこは重要な点ではない。
MCについて、どれだけ国民に説明しても意味はなく、建設的でない。
っていうか、コメンテーターとか司会者はMCって単語を使ってみたいだけだろw
犯罪者らが「日本の警察ってしょぼいから、俺も犯罪しても大丈夫そうだなw」って
風潮が広がって、治安の悪化につながる。
今回のけん、親族の争いだから、耳がちぎれていても何もできなかったようです。
民事不介入って言われたら、もう何もできない。
これが本当のPower to the Peopleってやつか
「基本的に、ヤクザは自分と同じような犯罪的なバックグラウンドのある人間にしか暴力はふるわないし、殺すこともない。」
こういうお花畑な思考をしている人が兵庫県警かどこかにいたような気がするんですけどね。
阪神のヤクザは美代子に加担して、金持ちで、かつ、気の弱そうな市民だけを狙い撃ちしてたよね。
被害者に犯罪的なバックグラウンドなんか何もなかったよね・・・。
みんなで美代子に加担して、結局、行方不明者が30人以上だよね。
いや、マジで、2人死刑にしたら許してくれるだろうとか、そういう考え、あかんで。
幸せな家庭を何個も潰しといて、
県警とかヤクザの幹部さんに問いたい。
あんたら、自分は子供や孫の顔を見て幸せに暮らすつもりなんか?
そんなん、冗談やろ、通らんで。
http://anond.hatelabo.jp/20121025124244
尼崎事件
報道のやり方をあれこれと変えるのは、フェアではありません。
繰り返しますが、正当な理由もなく、
人を扱う態度を変えること、これはフェアではありません。
そして、
このようにフェアでない状態が長期間続いて
誰もが疑問に思わないような空気が形成されていく、
人類史上、これまでにないくらい自由と知識が用意されていてありがたいことだよね、しかも日本のような先進国の民主主義国家でさ!
おれが若いころなんか、家でTVを見るくらいしか自由や知識がなかった。
TVに出てくる評論家やコメンテーターとTwitterで意見をやりとりしたりできんかったし、
尼崎事件のたこ焼き屋のあんちゃんとチャットしたりできんかったし、
中国共産党を嫌いな香港人と民主主義について語ることなんかできなかったし、
10年前に新聞社が書いた記事を無料で手軽に文字列検索して現在と過去で事実関係の整合性を検証したりできんかったし、
問い一.
美代子たち一派が、25年間、働かずに毎月 N 万円分の豪遊生活をするには
いくらの活動費が必要だろうか。
N * 12 * 25 万円
仮に月々200万の活動費が必要だとすると
N = 200で
200*12*25 = 6億円
問い二.
家庭のっとりを繰り返して現金6億円を用意するには
1世帯食べつくすごとに現金1000万を手に入れることが出来るとすると、
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カスりキズ程度の被害者も含めて関係のある被害者が60世帯・・・
相関図が酷いことになりそうだな・・・
角田被告は美人女性を素っ裸にして放り出せるくらいマインドコントロールしてたんだろ?
ってことは、美人姉妹を素っ裸にして尼崎のホームレスにレイプさせて撮影してビデオにするのも余裕で出来ただろうね。
そのビデオを裏ビデオ屋に売れば1本数万円になるよね、100本売れば数百万円の臨時収入になるよね。
となると、
まだ警察でさえ把握できてない 他の被害者 が映ってるのもあるかもしれんよね。
被害者を殺す所をビデオ撮影して、スナッフビデオとして数百万円で売ったりしてそうだよね。
裏ビデオの販売自体が違法なのは承知だけど、今はそこは目をつむれ。
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相手は犯罪者、しかも殺人犯なのに「〇〇さん」って報道されたり、毎日・朝日の番組では冤罪であるかのように繰り返し報道する始末。
昔に比べてそういった犯罪に対する報道体制がかなり犯罪者に好意的な報道になってるのが露骨になってる。
また、軽犯罪というべきか。生活保護の不正受給者に対しても断罪ではなく、仕方ない程度で済ます芸能界。
麻薬接種を繰り返したり暴力団と交際してても問題視しない最近のマスコミ、特に読売・産経ら新聞社のモラルが低下してるんじゃないかと疑いたくなる。
昨今叫ばれてる推定無罪だけど、これは合っていいと思う。が、刑が確定し証拠も不正の余地もなく完全に事件が解決しているにも関わらず冤罪を訴えたりあたかも無実であるかのような報道を繰り返すマスメディアは一度規制された方がいい。
一方、先日の尼崎の連続殺人事件では、当初在日韓国人の犯行などの報道がなされていたものの、テレビではそういった報道が一切されず不透明で、後ろめたいのか身内を庇ってるよのか?と勘繰りたくなることがままある。ところで、以前中国韓国と密約を交わしたかは定かではないが、先の尖閣諸島売買問題で石原都知事に対して読売が匂わせた中国との密約の存在がこの一連の報道体制に何がしかヒントが隠されているように思う。
話は戻るが、とにかく外国人、特に在日朝鮮、中国人に対して彼らは殺人を犯していようが生活保護を受けていようが犯罪者ではないと言いたげな報道を連日繰り返しているのはどうかと感じる。
特に犯罪者にもかかわらず「〇〇さん」と親しげに犯罪者に敬称付けて報道するマスコミには反吐が出る思いだ。こういう所は知る権利以前に真実のみを報道する事を望む。
「ちきりん」で匿名ダイアリーを検索したらこんなのでてきた⇒http://anond.hatelabo.jp/20111126194612
ふむふむ。。。あたしもちきりんの正体を勝手に予想したくなったよ!
こんなところかしら。
あくまで、ちきりんさんの過去記事とツイートにトラップがないことを前提としてますけど…。
それで、正体を明かさない理由ですが(あたしとしてはこっちのが興味あります)、個人情報も出しまくりだし、お面付とはいえ講演も行っているから声や体型はわかっているし、現在セブ島でお面なしで生活してらっしゃるそうなので、顔を知ってる人もたくさんいそうです。
FBのリアルの友人から「今、ちきりんという人の本を読んでいるんだけど、あなたの考えにスゴク似ててびっくりしました。もしかして・・・?」っていうメッセージがきた。。。このパターンは初めて。やっぱり、あたしの思想って一環してるんだな。。。
をみても、ちきりんさんが昔から周囲の人に言っていることをブログに書いているので、ネット人格とリアル人格が乖離していることもなさそう。
となると、純粋に、本名を隠したいのだろうと思います。顔を隠すのも本名がばれないようにするためかと(merecoさんのように、顔出しOK名前NGの例もあり、それが継続できているのも人徳と周囲のネットリテラシーの高さゆえだと思います)。そりゃもちろん顔を出すことによるいらぬ誹謗中傷を避けるためだとも考えられますが(ネット上ではほぼすべての女性は容姿へのディスを免れません)
では、なぜ本名を隠したいのか。
学生時代、水商売にどっぷり浸かっていた時期があるようで、危ないこともあったのかなーアウトロー系作家がペンネームつけるのと一緒かな、とずっと思ってました(バブルへGOの時代だし、戦前生まれのフィクサー()も健在だったでしょう)。
でも、一方で、ペンネームで、ネット上に限らずリアルでもすいすい活動できるなら、むしろ実名を出す意味の方が減少しているよねーと思うのです。フリーライターならともかく、別に文章書いて生活している方でもないのに。
むしろ、このご時世で実名だす意味とはなんなのか?すっかりわからなくなっただよ。
ってなわけで、ちきりんさんに限らずブロガーさんの本名とか顔とか素性とか、いわゆる正体的なものを知らなくてもいいなーと思う今日この頃。そりゃ推測するのは楽しいですけど。
そんじゃーね!
今回赤字の原因は尼崎工場と三洋の減損処理のせいなので、為替はそんなに影響してないですね。
先日パナソニックの決算報告があり、2012年3月期の利益予想が7,800億円の赤字になったという発表がありました。 http://av.watch.impress.co.jp/docs/news/20120203_509787.html
また、1月28日の週刊東洋経済では、「落日パナソニック」という特集が組まれていました。この特集が組まれた段階では、赤字額がまだ 4,000億円の段階でしたが、それでも絶望的だという論調で書かれていました。
実際社内ではどうなっているのか、またどう受け止められているのかについて書いてみます。
社内ではほとんど話題になりません。社長が交代する、しないについても全く興味がない様子です。タブー視されているのではなく、単に関心がないだけのように見えます。
雑誌に書かれているとおり、確かに津賀専務の評価は高いです。大鉈を振るう改革を進めるので、反発も強いですが、きちんと数字を出しています。ただし、本社で「年齢が若すぎる」という声が出ているかどうかはわかりません。否定できないほどには、パナソニックは年功序列です。
余談ですが、 p27 に掲載されている「津賀が新工場を閉じるべきと発言したら、取締役会が修羅場になり、席を立つ取締役まで現れた」というのはかなりリアリティがあります。普段の社内会議も、机を叩いたり叫んでみたりで、相手に威圧感を与えて意見を通そうとする人がいますから...
プラズマテレビへの傾注が今の事態を招いたとしていますが、これは疑わしいと思っています。少なくとも、液晶メーカーが軒並み赤字になっている中、パナソニックがプラズマを早期に撤退して液晶に注力していたらよかったかというと、それはわかりません。ただし、2010年の尼崎第三工場は、減損処理をしていることからもわかるように、失策だったのでしょう。
32ページからはまるごと事業に関して、事業部間の対立などが書かれています。これはパナソニック社内ではとても有りそうな話です。
まず、予算や人員が事業部単位で割り当てられますから、自分の事業部の利益を最大化しないといけません。そして、事業部感で連携する際に「どちらがやるかはっきりしない仕事」は、拾ってしまうだけ損になります。極端に言えば、事業が失敗したときに、いかに相手に責任を取らせるかを考えて仕事をしている向きもあります。
それから、紙面では「部門間の身分差」について書かれています。私の実感では、まず大阪が本流で、それ以外は傍流扱いです。事務職はわかりませんが、技術職では「ハード屋」と呼ばれる、電気回路などのエンジニアが偉く、次に「機構屋」、最後に「ソフト屋」が来ます。工場の生産技術者の地位もハード屋より低いでしょう。それぞれがお互いに責任をなすりつけあっている風景はよく目にします。また、重要な決定はほぼハード屋だけで行われ、その決定にソフト屋が従うことになります。
このような状況でいくら「まるごとソリューション」と叫んでみても、うまくいかないのではないかな、と思います。
33ページに「水道哲学」について軽く触れられています。そこには「松下幸之助によって提唱されたが、今や乗り越えるべき過去であるはず」と書かれています。
しかし、社内ではまったく逆で「松下幸之助が言ったことは、時代が変わっても常に正しい」と繰り返し叫ばれています。水道哲学も、かなり強調されるテーマです。ですから、最近でも「ボリュームゾーン戦略」や「中所得者向け商品」と名前を変え、いかに数を売って利益を出すかに力点が置かれてきました。もっと言えば、09年度の不振は高所得者層に注力しすぎたからで、水道哲学を無視した結果であり、松下幸之助の精神に立ち返らなければならないといったムードさえ漂います。
ですから、高度成長の価値観から抜け出せていないのは確かですが、社内ではそれで上手くいかないのは「やり方が悪い」からであり、「水道哲学そのものが悪い」という考えには決してなりません。
役員の人事がどう決定されているのかは全くわかりませんので、社内で中村会長がどう扱われているかだけ説明します。
端的に言うと、「松下幸之助が亡くなったあと傾いていた松下電器を立てなおした救世主」という扱いです。研修でも歴代社長の中では、松下幸之助の次に長い時間をかけて説明されます。中村会長と大坪社長の業績も、やはり比べられます。そのような中で、求心力を発揮するのは難しいのかもしれません。
その他、雑誌に書かれている中長期的な将来の話はわかりません。ただ、最近大坪社長の象徴的だった一言があります。それは、サムスンとLGに有機ELテレビの商品化を先行されたことについて、「サムスン、LGが2012年中に有機ELテレビを発売すれば、我々は出遅れることになる。遅れて出す以上、商品のスペックで負けるということがあってはならない」と答えたことです。 http://av.watch.impress.co.jp/docs/series/ce/20120117_505035.html
日本企業の負けた原因は、スペックや技術力ではないと思っています。戦略の誤り、組織的な非効率を見なおさず、「商品力で負けないようにする」とだけ答えるのは滑稽です。
かつては平均年齢35歳だった会社も、今では45歳です。自己資本比率は30%を割り込みましたが、今なお社内に危機感は感じられません。サムスンやアップルを例に出し、赤字の会社ばかりではないことを述べると、「彼らだっていつまでも儲かるとは限らない」「円高だから」「雇用を守るという社会的責任がある」となります。今回の赤字決算のことを話したら、「それでも営業黒字で、会計上の赤字でしょ」という返答が周りの社員から返ってきます。年功序列ですので、課長になれるのはだいたい40歳を過ぎてからです。
どうしましょうね。