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2019-07-31

赤月ゆにに失望した話

赤月ゆにというVTuberがいる。私の観測範囲内では大人気のVTuberだ。東京都文京区にお住まい美少女吸血鬼である。知らない人は各自ググってみてほしい。

(厳密にはVTuberとは呼べないがここでは便宜上VTuber表記する。詳しくは『ユリイカ2018年7月号の記事バーチャルバーチャルと、ノットバーチャルバーチャル」を参照)

最近彼女(?)に失望したので増田に書く。

元々、YouTuberVTuberあんまり興味は持っていなかった。某シロイルカ動画なんかをちょちょっと見て、なんか肌に合わないなー、と思ってこの界隈には近づいていなかった。友達にハマっている人が何人かいたので、その人経由で有名なVTuber存在は知ったりと、脇目で見ている感じだった。

けれど、友達のひとりがしょっちゅうRTしてきた赤月ゆにの放送を試しに聞いてみたら、ドハマりした。過去ラジオアーカイブを漁りまくった。

鈴を転がすような声と知性に溢れウィットに富んだ語り口。一気にファンになった。ゆにちゃん様、すこだ……というモードになっていた。ゆに様.mp3が出たら絶対課金しようと思っていたしゆにたん萌え~hshsとつぶやいていた。

でも、その友達と話をしていて、赤月ゆにの「中身」は何人かのスタッフで、あの声の持ち主は渡された原稿を言われたままに読んでいるだけの声優である、ということを聞いてしまった。

ショックだった。

残念だった。

こんな思いをするのなら花や草に生まれたかった。

もちろん本気で不老不死吸血鬼なんてものがいるとは思っていなかったし、色々なテーマを扱っているかリサーチを補助するスタッフのようなものはいるのかもしれないくらいは思っていた。ゆにクリエイトという会社があるのも知っていたけれど、本人が説明しているように「仕事とか事務営業、あとコミケスタッフで動いてる」ものだと思っていた(動画作業とか、一人でできるとは思えないし)。文京区住みというのも,まあ,半分くらいは本当じゃないかもしれないとは想像していた。

でも、声と中身は一致してるんだと思ってた。

あの声とあの知性を兼ね備えた存在日本のどこかに実在していることまでは流石に疑ってなかった。

だって徹底抗戦してたじゃん、ラジオ第1回で。おっさん疑惑について尋ねられて……あっこれ改めて聞き返してみたら明確に否定してない! おっさん疑惑を明確に否定してない! ちくしょう! なんかこう勝手に「そうだよな女性がこんなものを知ってるわけないみたいなジェンダー偏見はよくないよな」とか「そうだよな文体や話し方にみられる性差みたいなのも実は創作翻訳過程で強化されるものであって実際は男女の話し言葉の間に明確な性差なんてあまりないよな」みたいな感じで納得していた自分馬鹿みたいだよ!

バ美肉である可能性もちょっと考慮して、一応声優の卵である知り合いに動画を見てもらって「天然もの声帯だと思う」というお墨付きをもらって安心していたのだけれど、声帯と中身が一致してないとは思わなかったよ……

おっさんが考えた美少女声優さんが声をあてているだけ、というのはアニメエロゲキャラもそうなんだけど、アニメエロゲキャラ殆どそもそも架空人物であることが自明なのに対して、VTuberとかそういうのはある程度「中の人」のキャラが出てるんじゃない? って思ってた。エーリカハルマンや暁切歌や二階堂サキ時雨亜沙実在していなくておっさん含む何人かで考えたセリフ声優さんが喋っているだけ、というのはわかってたけど、赤月ゆにの人格と声は一致していると思っていた。

でも一致してなかったなんて。ショックだ。

どのくらいショックかというと『うたわれるものらじお』にはちゃん台本があって柚木涼香さんの発言は全部それに沿っているものだと知ったときの5倍くらいショックだ。

YouTubeでゆにチャンネルチャンネル登録してるけど、解除しようかどうか割と真剣検討している。伝統芸能として知られる円盤割りを披露しようかとも思ったけれど円盤をまだ持っていないのでやめた。でも改めてラジオ聞いてみるとすごいいい声……ゆにちゃん様すこ……って思っちゃうんだよな……でもそれは声優おっさんの書いた原稿を読んでるだけ……ううう……

未だにこの事実と折り合いがつけられていないので、ひとまずラジオをもう一周くらいしてからチャンネル登録解除の是非を考えようと思う。

2019-06-05

https://anond.hatelabo.jp/20190605094306

痴漢かどうかはともかく、毎日めっちゃ押し当てられてるよね。

俺も女性に触ったらいけない分男側に寄ろうとするし。

ちょっとでも考えたらわかることなのに、上級国民なうちゃん様にはそんなことも理解できないらしい。

2018-04-27

自宅で看取るのが自分には辛かった話

父方の祖母が亡くなって数年経つのだけれども、未だに亡くなる前夜のことを忘れられなくて軽めに死にたくなったりするのでとりあえず書いてみようと思う。

一人暮らしで、痛いのずっと我慢して、病院に行った時にはもう手遅れだったんだよ、癌だった。みんなに心配かけるからってずっと痛いの我慢して、結構怒っちまったんだ。なんで言わないんだよって、でもまあ分かるんだよね。そんで困ったみたいな顔でニコニコしてる、わたしのおばあちゃんはそういう人でした。

そこから結構頑張ってくれて、もしかしたらもう癌なんて嘘みたいになくなってて、わたし風邪引いて熱出して一週間くらい寝込んだ時にうどん作りに来てくれて部屋まで運んでくれたりなんかして、この先あと五年くらい穏やかにいつも通りに生きてくれるんじゃないかなって思ってたんだけどそうはいかなかったね。

煮てくれたうどん食べてわたしが復活したのと入れ替わるくらいのタイミングで体が動かなくなっていった。

おばあちゃんは大抵一階のリビングにいつもいたのね。自室は二階にあって、足腰鍛えなきゃって言いながらいつも自分で登っていってたんだけど、それができなくなって、階段に座って一段よじ登って休んでまたよじ登ってを繰り返さないと上の階に上がれなくなってた。

おばあちゃんちの一階を身内が自営業店舗として使ってるもんで昼間は常に誰かしら家にいたことと、別の身内に医療従事者がいたおかげで、在宅で最期まで生活していくためのサポート体制が幸いにも整ってたの。それで介護用のベッドを二階の部屋に置いて、みんなで昼夜交代ばんこでお世話しながら亡くなるまでの二ヶ月くらいずっとそこで生活するようになった。

ベッド導入してからほとんどそこから動けなくて、もうだいぶ食べれる量は少なかったんだけどそれからさらに少なくなり、起きてる時間が短くなり、大好きだった肉も飲み込めなくて、食べられたと思ったらお腹が張っちゃって苦しんで(大腸ガンだった)、時季には早いスイカちょっとなめて美味しいねってニコニコして、そのうち一番美味しいのが冷たくひやしたお水で、ってなって、亡くなる一週間前くらいからは一人じゃ立ち上がれなくなるくらい衰弱しちゃったの。

それをみているのがとても辛かった。最期まで家に居てくれて、ずっと一緒にいることができたのはすごく嬉しいことだったけど、大好きな人がどんどん弱っていって否応無く死に向かってる姿を見続けるのがとても辛かった。夜になると誰か一人家族がついてるようになんとなくしてて、そんで夜になるとなんかさ、色々考えちゃったりするじゃない。わたしはこの人がわたしにしてくれたことを何一つ返せないまま、逝かせてしまうのだなとか、ずっと死なないで生きててくれてると思ってたなとか、考えたってどうしようもないんだけどそんなことばっかり考えてた。

それで、亡くなる前日の夜、わたしが夜のお当番の日だったから、おばあちゃんち泊まって部屋にずっと一緒に居たんだけど、なんかもうすごい苦しそうだったのよ。そんなに苦しそうにしてることがそれまでなかったってくらい。呼吸するときの音がすごくて、たぶん痰が喉に絡まっちゃってそれで音が立ってたんだと思うんだけど、風の強い日の外みたいな音がするの。で、まぶたを閉じるための筋肉が弱くなっちゃったのか、その辺分からないんだけど、半目みたいな状態になってて、口もポカンあいていて、なんか、こんなこと思いたくないって思いながら、今まで大好きでずっと一緒にいた人が、突然知らない生き物になってしまったような気がしてしまって、そうしたらもう怖くて怖くてたまらなくなった。

そんで、わたしバカだったから、家族の誰かに助けを求めるとか、そういうことを考えつかなくて、わたしが当番なんだからわたしがこの夜を乗り切らなきゃいけない、朝になったら父がこっちに来てくれる、それまで我慢しなきゃいけないって思ったんだよ。我慢しなきゃいけないって思っちまったんだよなあ。我慢だよ我慢。そんなこと思いたくなかったっていうか、そういうことを大好きな人に対して思ってしま自分発見してしまって吐きそうになった。

辛いのはお前じゃなくてばあちゃんだろって。思うように頑張ったんだけども、どうしても恐怖が拭えなくて、そのうちおばあちゃんの顔も見られなくなっちゃって、同じ部屋にいるだけで震えが止まらなくなってしまって、逃げちゃったんだよな。部屋から逃げて、階段のフチにすわって、現実逃避みたいに友達ライン爆撃して、朝まで震えてた。

部屋から呼吸してる音は聞こえてくるから、ああまだ生きてる大丈夫だ、って思って、確認しに部屋に行きたいんだけど、おばあちゃんの顔を見るのがどうしてもどうしてもできなかった。部屋に向かおうとすると足が震えて呼吸が乱れんの。何があんなに怖かったのか分からないのだけど、今これを打ちながら、思い出してちょっと震えている。死んでいく人の姿を見るのが初めてだったから、それで怖かったのかもしれないなと、今は思うようにしている。

呼吸が苦しくて、でも頼りの孫は自分をほっぽって部屋の外に行ってしまって、そうして自分が死に向かっていて、こんなのは想像しかなくてもしかしたら意識なんかなかったのかもしれないけども、あの六時間くらいの間のことを思い返すと、今も眠れなくなる。

父が帰ってきて、おばあちゃんの部屋に入るなり、『(医療従事者の親戚)に電話しろ!!痰が詰まって溢れてる!!』って怒鳴って、そのときのもうなんか、自業自得っつーか、わたしがやってしまたことなんだけど、絶望感。それと父がちゃんと状況を回すことのできる人間として機能していて自分の役目がなくなったことに対する安心感。それがものすごかった。

結局そのあと母とその医療系の親戚が一時間くらいで来てくれて、わたし申し訳なさとか情けなさとか、おばあちゃんは勿論なんだけどそれと同等くらいの父に合わす顔のなさとか、色々ないまぜになって、ずっと一階のリビングで項垂れてた。わたし以外の三人がずっとお世話してて、それで、9時ごろになって、お母さんがオムツ替えようとしたときに、おばあちゃんは亡くなった。

亡くなったこ自体わたしのせいじゃないしそもそも意識はなくなってたはずだよ、人が死ぬってこういうことだからあんまり気にしないで、って医療系の親戚が慰めてくれたんだけど、なんかもうその夜のことが未だにフッと蘇って、どうしようもなくなるときがあるんだよ。

わたし、おばあちゃんとサヨナラするときには、ちゃんありがとうって伝えて、大好きだ、またいつか会おうねって伝えようってずっと思ってたけど、そんなこと言えなかった。二階で母親が『おばあちゃん様子がヘン!!』って叫んだとき、すっ飛んでって、「ごめんなさい!」って叫ぶことしかできなかったんだよ。最期謝罪なんて聞きたくなかったろうな。どうしよう、自分のせいでおばあちゃんが死んでしまう、それしか頭の中になかった。

こんなはずじゃなかったんだよ。そんで、もしかしたら、入院してたなら、こんなことにならなかったんじゃないか、とか最低なことも思ってしまう。痰の吸引ってされる方はすごく辛いって聞くけど、少なくとも自分がずっと可愛がってきた孫が、自分が喉に痰をつまらせてるのを見捨ててどっか行っちまうなんてこと体験させなくて済んだんじゃねえかな(そりゃそうだ)とか思っちゃうのよ。

そういうわけで、昨日の夜もハッと思い出して眠れなくなったので、文章に起こして懺悔にしてみようと思った。もうすぐ三回忌なんだ。ホント合わせる顔がねえ。でもおばあちゃんは、バカだね〜そんなわけないじゃん〜、ってケラケラ笑ってくれるような人だった。分かんないけどね、もしかしたらメッチャ恨まれてるかもしれない。そう思う方が楽なんだな。でもあの人はそういう人じゃなかった。どこまでも自分本位だけれど、ちゃんと会って謝れる機会がもうないってとてもしんどいわたしはおそらく一生死ぬまで、この夜の記憶を引きずって生きていくんだと思う。自分との折り合いがつかない。そしてもうこれを家族の誰に言うこともできない。おばあちゃんの死に対して、みんながみんな思うところがあるわけだから自分でどうにかしないといけないんだよなあ。

2014-03-02

続けるということ

今トモシビという曲を聞いている。

希望だけでは終わらせたくない、この弱さを超えていこう。

けっして消えないトモシビを、燃やし続けたい、不安定な心に、未来を明るく、照らせるのはきっと自分しかない。」

この歌詞は歌っているSuara自身が書いた物だが、作品のToHeart2の裏側にある下川社長の悲哀が伝わってくる。

かの文章から伝わるイメージのそれではなく、あの尼崎コンテナの中で曲を作っていたときの彼のイメージだ。

あのとき、DOZAや折戸と音楽を作っていたとき、彼は何を思い描いていたんだろう?

そして、高橋龍也超先生もうだるちんもいなくなった後、彼はどうしようと思ったんだろう?

またカワタヒサシシナリオを書かせる手はないのか?

外様のむーむーや枕流に頼っていていいのか?

むーむー主導だと純愛ものなのになんやかんやでハーレムになるぞ、しかも前作のヒロイン毎。

枕流主導だと純愛ものなのになんやかんやでヒロインたちがぎすぎすした関係になり、とどのつまり誰も幸せになれないオチで終わるぞ。

三宅こみパがあたったもののあれは、題材とちゃん様の画と東京勢ぶっこ抜きのインパクトあってのものだったし、本当に大丈夫か?

大体、三宅主導で書くと哲学だか宗教だかの難しい話を調子にのってしだすかもしれないぞ? 高橋龍也を抑えたようにまた抑えれるのか?

まるいたけしも急に誰もしらない古典文学作品引用とかするんじゃないか? と気が気でない。

そんな中、ToHeart2は2の名を冠するにふさわしいかどうかはともかく、売り上げ的には大大大ヒットで終わった。

そのとき本当に下川はトモシビの歌詞のようなことを思ったのだろうか?

本当はあの尼崎タイヤ売りに戻りたかったんじゃないだろうか?

自分じゃ無理なんだよ、もう。」というあきらめの声が、何故かイメージされる。

自分だけの力で前に進むことがもう限界だと、下川は思っていたんじゃないだろうか。

から、あえてフル戦力を使い、最大ヒットしたToHeartの続編を作った。

これでコケれば、あそこに帰る理由ができるから


歴史にifはないからからないけれど、ToHeart2がもしコケていたら、どうなっていただろう。

高橋龍也アイドルゲームリリースされていただろうか?

うだるちんのライトノベル出版されていただろうか?

超先生はどうなっていただろうか?

友達の危機に折戸はどうしようと考えただろうか?


もしビジュアルアーツに傘下するようになり、折戸、下川、DOZA、中上、水無月高橋超先生、うだるちんで何か作品を作っていたかもしれない。

下川くん、電波届いた?」

2008-09-26

この俺ちゃん様々が少し煽っただけで2ch化するとは

増田も大したことないなww

 
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