はてなキーワード: 頭が悪いとは
夜行バスの思い出を気紛れに綴っていたら、連想ゲームのようにN君のことを思い出した。これも何かの機会だと思い、ここで書き残すことにした。予め断っておくと、ほとんど夜行バス要素は無いし、N君という呼び名も、星新一式のニュートラルな呼称であり、実名のイニシャルではない。
N君は、高校の同級生で同じクラスだったが、特に俺と親しかったわけではない。俺の記憶の中のN君は、優等生でも不良でもなく、運動部所属でも文化部所属でもない、あまり目立たない帰宅部の生徒だった。
ここでド田舎の高校あるある話を解説しておくが、当時の暗黙の了解として、生徒は部活動に所属すること、しかも、運動部が最も望ましいとされていた。文化部は、運動部より一段低く見られ、帰宅部となると、教師や保護者から胡散臭く見られるという始末だった。俺はといえば、オタクのくせに無理をして運動部に所属し、体育会系集団と校内オタク集団の間を、コウモリのようにフラフラしていた。
そんな風にド田舎の同調圧力に屈していた俺から見ると、校内のどのようなコミュニティにも属していないように見えるN君は、孤高というか不思議な存在だった。
N君は、俺を含めた同級生との休み時間や放課後の会話に、自ら積極的に加わったりすることは無かったものの、会話をする機会が有れば、分け隔てなくフランクに接して明るく話す程度には社交的だった。俺も他の同級生も、N君を特別に好きだったかどうかはともかく、特別に嫌ったりはしていなかった。帰宅部にも関わらず、運動部に所属する生徒たちから見下されたりするということがN君はなかった。優等生でもなかったとは書いたが、話し方や物腰を思い浮かべるとN君の頭が悪いとも決して思えず、むしろ頭は良さそうに俺には見えた。
特に親しかったわけでもない俺の、N君に関する記憶や印象は、おおむね以上のようなものだった。
在校中の特筆すべき思い出を残すことも無く、高校を卒業して実家を出た俺は、田舎の度合いが出身地と五十歩百歩ぐらいの、他県にある大学へと進学した。
大学の夏休み、実家へ帰省してゴロゴロして怠惰に過ごしていた俺に、親は「在校中にお世話になった顧問の先生に、挨拶ぐらいしに行け」と言った。仕方なく俺は、運動部OBとして母校に顔を出し、OBらしく後輩たちにアイスクリームの差し入れを振る舞ったりした。母校での野暮用を済ませ、帰宅するために母校から最寄りの駅へと向かった俺は、その途中で、偶然にもN君に再会した。市外から汽車(ディーゼル列車を田舎ではこう呼ぶ)で片道一時間強かけて通学していた俺と異なり、N君の家は母校と同じ市内だった。
特に親しかったわけでもないが「久しぶり」ということで、俺たちは喫茶店でアイスコーヒーでも飲もうということになった。高校生時代は校則で入店が禁止されていた喫茶店に、今では堂々と入店できるということに、俺は開放感を覚えたが、その時のN君はどうだったのだろうか。
「今どうしてる?」という話になり、大学生としての暮らしについて、俺は適当に話した。昔も今もコミュニケーション能力に乏しい俺は、大学生になっても彼女もいなかったどころか、友人もろくにいなかった。だから、決して薔薇色の生活というわけでもなかったし、そんなに明るい話のネタも持ってはいなかった。しかし、そんな俺のつまらない話でも、N君は「良いなあ」と相槌を打ちながら聞いていた。ひとしきり俺のことは話したので、今度は俺が、N君のことについて訊いてみることにした。しかし、聞けば、大学や専門学校などに進学するでもなし、働くでもなし、N君は何もしていないと言った。
少し言い淀んだ後、N君は俺に「悩んでいることがある」と切り出した。今でも、この時の話題をN君が特に親しくもなかった俺に切り出した、本当の理由はよく分からない。喫茶店に自由に入れるようになった開放感からだったのだろうか。あるいは、田舎を捨てて他県の大学へと進学した俺のことを、進歩的で偏見が少ない人間だとN君は見たのだろうか。単に、親しくもなかった赤の他人だからこそ、却って話せたというだけかもしれない。
N君の悩みというのは、彼の恋の対象が、女性ではなく男性であるというものだった。
N君の話を聞いて、俺は驚いた。
N君が同性愛者であったことに驚いたのではない。俺が驚いたのは、N君が彼自身以外に「男性に恋愛感情を抱く男性」の存在を知らなかったからである。ストレートの俺ですら存在を知っていた、雑誌『さぶ』や『薔薇族』などの存在も知らなかったと言われたが、その時の俺は、俄にはN君の言葉を信じ難いと思った。
しかし、後になって思い返した俺は、それほど有り得ない話でもないのではないかと思うようになった。同性愛者であることを子供からカミングアウトされた親の中には、同性愛を治療可能な病と考えて、何とか"治そう"と試みる人間が少なくないという。だから、もしかしたらN君の親も、そんなふうに"治そう"とか"悪化を防ごう"とかするために、N君が彼以外の同性愛者や性的マイノリティに関する情報へとアクセスする機会を、奪っていたのではないだろうか。スマホもインターネットも無かった時代のド田舎で、子供を経済的に支配している親の立場ならば、情報の遮断もある程度は可能だったと思う。N君がどうだったかは覚えていないが、俺の同級生の中には、テレビのお笑い番組を観ることを、親から禁じられている人間が何人もいた。お笑い番組などでは笑いのタネに同性愛者が持ち出されることは珍しくなかったが、そういった俗悪番組などを観ることを禁じられていたとしたら、自分以外の同性愛者の存在を知らなかったということも有り得るかもしれない。
「えっ、そんな雑誌があるの?!」
「そうだよ、男の人を恋愛として好きになる男の人は、なにも世の中でN君だけじゃないよ」
逆にN君の方こそ、俺の言うことが信じられない、自分の他に男性に恋愛感情を抱く男性が存在するなんて信じられない、という表情だった。
別に俺は、高邁な思想の持ち主などではなかったし、世の中の差別を無くすために戦う人間でもなかった。過去形で表現したが、現在形で表現しても俺は「そのような人間ではない」。しかし、そんな俺でも、N君が理不尽に苦しんだり悩んだりする必要は何も無いとは思った。とはいえ、若くて馬鹿な大学生だった俺に、まともなアドバイスや励ましをN君に与えることが出来るはずも無かった。『さぶ』とか『薔薇族』の存在の他に、何か俺がN君に教えられることが有るかと、無い知恵を絞って出てきたのは、俺が夜行バスで東京に行った時に、新宿駅の雑踏で見た、今風の言葉で言えばオネエと言われる人たちの集団のことだった。俺は馬鹿である。
「新宿二丁目には、そういう人たちが集まるお店が、沢山有るんだよ。俺、東京に行った時に新宿駅で、そういう人たちの集団を見たよ」
実際に新宿二丁目に行ったことも無いくせに半可通の知識から発した、今から思えば我ながら馬鹿な発言だ。それでも、その時の俺は、馬鹿なりに「N君は『独りぼっち』ではない」と言って励ましたかったのだ。とはいえ、当時のN君との会話の中で、俺は「オカマ」や「オカマバー」という言葉を頻繁に使ったと記憶している。励ましたいと思いながら差別的表現を使っていたのだから、今でも俺は恥ずかしくなる。その上、明るくひょうきんなオネエたちと、同性愛者とを安直にイコールで結びつけるという思考は、粗雑で乱暴なものだったと言うほかない。
兎に角そういった話を聞いたN君は『さぶ』や『薔薇族』の存在以上に、俺が新宿駅で見たという人たちの存在、実在に驚いたようだった。その人たちの様子を訊かれたので、俺は、思い出せる範囲で、彼女たちの服装とかメイクとか、かしましく面白おかしい会話の様子とか、堂々とした態度とかをN君に話した。特に、彼女たちが明るく堂々とした様子だったところ、自由に見えたところに、N君は深い感銘を受けたように俺の目には見えた。
そろそろ俺の帰宅するのに乗る汽車の発車時刻が近いという理由で、喫茶店でのお喋りを切り上げると、別れ際にN君は俺に「ありがとう、色々と教えてくれて」と言った。大袈裟なぐらいに何度も、N君は「ありがとう」と言った。駅へと向かう俺を、N君は喫茶店の前で見送ってくれていた。
その後、N君と会ったり連絡を取ったりというドラマチックな出来事は特に無い。だから、その後のN君がどうしたのか、どうなったのか、故郷に残ったのか、それとも出て行ったのか、俺は何も知らない。
俺の勝手な空想の中では、その後のN君は、故郷を出て、何処かの都市部のリベラルな場所で、仲間と出会うことが出来て、孤独ではなくなったという筋書きになっている。その俺の空想の中で、故郷を出て都市へと向かうN君は、夜行バスに乗っている。俺がN君のことを、勝手に俺自身と重ねているからだ。
たかが夜行バスに乗って、何回か東京その他の場所に出掛けたからといって、田舎っぺで馬鹿な俺が、顕著な人間的成長を遂げたりするはずもない。また、故郷を出て東京その他の場所に移り住んだからといって、必ずしも薔薇色の人生が待ち受けているとは限らないことも、今では俺も理解している。
それでも。
それでも、夜行バスの旅は、若くて井の中の蛙の俺に、新鮮な風景を見せ、田舎では触れることのできなかった、新鮮な空気や文化的産物に触れる機会を与えてくれた。たかが新宿駅でオネエの人たちを見ただけにすぎないという体験ですらも、若くて田舎者だった俺にとっては、貴重な体験機会の一つだった。俺にとって夜行バスは、そういう思い出と結びついている。
私は本当に頭が悪い。自制心もない。明日は5時おきだというのに、今はてブロに登録してこれを書いている。
そんな私はなんでか世間では(「ネットでは」じゃないけど)高学歴と言われる大学を卒業したのだが、これっておかしい。
だって私は記憶力も悪い。応用もできない。椅子に座っててもスマホばかりいじってしまう。あたまがぐちゃぐちゃなまま練習問題を解いて、模試をこなして、入試を受けて、なぜか私が身の丈に合わない高学歴になっちゃった。おかしい。
だってバイト先の田口さんも同僚の根岸くんも私より絶対頭がいい。お客様を効率よくさばけるし、臨機応変な対応ができる。私はいつも「本当に○○大かよ〜」なんて言われて馬鹿にされながら愛嬌だけでなんとかのりきっていた。
だからみんなが怖い。私より頭が絶対良いのになんで私より勉強ができなかったの。おかしい。怖い。
勉強と仕事の出来は違うと言うけど、それにしたってあまりにも皆、私よりも頭が良すぎる。
こんなちんちくりんの出来ることなんて、朝飯前にできなきゃ怖い。
みんな私になにか、実生活で使える頭の良さについて秘密にしているの?もしそうなら、世界に私が何をしたのか、罰を受けるようなことをした覚えは全くがないけど、謝るから教えてほしいです。
GAFAMでは採用過程で志望動機を聞かない。聞いたとしてもただ興味から聞く人がたまにいるというだけでそれが合否に関わるようなことは基本的にはない。
日本や韓国は志望動機を大事にする企業文化が根強い。自己分析だの何だので志望動機に命をかける候補者、志望動機を過大評価する企業側、どちらも大バカである。
そもそもなんで志望動機なぞ聞かねばならぬのか。企業側のバカどもは業界の研究をよくしているかを見るなどぬかすこともあろうが、なぜ業界の研究をしなければならぬのか。入らないとわからないことが多いのに付け刃の研究を評価してどうする。研究した感を出すのがうまいことを評価しているにすぎない。
志望動機がしっかりしていない人間はすぐ辞めるだなどとぬかす輩もあるやも知れぬ。これも甚だ疑問で志望動機からやる気を判断するのはバカすぎるというものだ。いくらでも嘘を言えるし辞める理由なんてパワハラ・セクハラだったり安い給料だったり激務だったり興味とは別の部分が強いのだから志望動機をリテンション対策に使うのは頭が悪いと言えるだろう。キャバクラ嬢やホストの言うことを本気にするタイプのおじさんおばさんが上にいるということなのだろうか?
ソフトウェア開発なんて業務経験ほとんど関係ないでしょう。頭の悪い人はずっと頭が悪いし頭が良い人は頭が良いものだ。業務経験というのが社会人フルタイムで業務として働いた経験しか数えられないのは本当にクソだと思う。もちろんほとんどの人間がバカなのでこうなってしまっていることは理解している。しかしそれにしてもギョームケイケンは過大評価されすぎである。チームで働くとかコミュニケーションを取るとか指導をするとかそういったソフトスキルがギョームだと発生するため経験として数えられがちだがソフトウェアエンジニアなんてほとんどがコミュ障オタクなんだからギョームケイケンのあるおっさんの方が最近の若い子よりコミュニケーション下手だなんとことはよくあるよね。ギョームケイケンは差別!
義弟ついて
ただ頭が悪いだけなのか、いわゆるグレーゾーンなのかの判断がつかなくて悩んでいる
エピソード1つ1つは些細なことばかりで、ずっと見過ごされてきた感じだが、
実際に接していると何かしらの障害を疑いたくなるのだけれど、脳外科に行ってCTとMRI検査しても異常なしという結果だった
ただ、仕事の覚えが異常に悪いようで、簡単な作業(荷物をAとBに仕分けるなど)もテキパキとできないようで、
勤務2日目に怒られ、3日目には病院行った方がいいんじゃないかと言われて、結局続けられず退社に至るの繰り返しになっている
日常生活に支障をきたすような感じはなく、義弟宅から自分の家まで普通に電車を使って来ることはできるし、バイクで通勤も普通にできているのだけれど、
配達の仕事などで車を運転すると、決まったルート配達でも、途中で工事で迂回が必要になると、どうやって目的地に行けばいいかわからなくなるらしい
そんなエピソードを数え上げればキリがなく、1つ1つは誰でもあるよね、なレベル?(うちにあるウォーターサーバーの冷水とお湯のボタンがどっちか来るたびに間違える)で、
でも、些細なことが複数重なると、やっぱり障害かなとも思ったり
若い頃に数年ボクシングをやっていて、何度も脳震盪起こしてたと言っているので、いわゆるパンチドランカーの症状なのかもしれない
『FGO』、『ウマ娘』、『きららファンタジア』、『アークナイツ』、『プロセカ』をやってみた
しゃべりが単純に面白くないし、平日午前のAMラジオ(大田黒浩一の番組)の足元にも及ばない
『スパイ教室』、『地味かわ』、『実は同じ職場にあなたを好きな人がいます』などを読むも話の内容が理解できなくて轟沈
『このすば』、『まちカドまぞく』、『野崎くん』、『メイドラゴン』、『チート薬師』などを見るも話の内容がつかめないまま雰囲気に耐えきれず脱落
『友崎くん』と『俺の青春ラブコメ~』、『明日ちゃん』、『着せ恋』は見ていてものすごく不愉快になったので脱落
他の内容は知らんが科学者の項目に関してはまだまだ格差激しいし優秀な女性を取りきれない損失も大きいと思うぞ。
俺は大学教員で科学者を自称して良いと思ってるけど、今いる女性教員とかはなんだかんだやっぱり男性教員の平均よりはずっとレベルが高いと思う。これは別に男性の頭が悪いとかそういう話ではなくて、女性であればそれなりに優秀な人しかわざわざ業界に残ろうと思わない構造になってるってこと。男なら「俺もギリギリやっていけるかもしれないから業界に残ろうかな…」とか思ってる程度のレベルだと女性は残れない。単純に母数が違いすぎるので無理矢理にでも積極的に増やそうぜっていう姿勢は良いと思ってる。
あとフィールズ賞とかノーベル賞とかみたいに日本全体でさえ過去に十数人しか取れてないような賞を持ちだすのは極端だと思う。性差があると得意領域が若干異なってきそうだから数学とかで男性受賞者が多いみたいなのはありそうに思うし、99.99%くらいの科学者はそこと関係ないのだからその層の男女比率を見ても何もいえないよ。俺の周りでも優秀な女性はたくさんいるし、国際会議に行くとすごく業績上げてるバリバリの海外女性研究者とかがたくさんいる。大学院にいてもやっぱり女性はまだなんとなく博士課程に上がらんよねみたいな空気を感じることがゼロではない。
ちなみに元記事のいきすぎた男女平等はどうなんだ!って憤る気持ちも分かる。最近は大学教員も女性限定公募が増えて俺みたいな若手は応募すらできないことが多い。どうなの?って思う人が採用されてることも結構あるけど、過渡期には仕方のない話だと思って耐えている。昔は女性が同じ気持ちで生きてきたんだろうしね。ただし女性限定公募を出して男女平等をすすめてる気持ちになってる任期なし男性教授陣、テメーらはダメだ!少しは自分達のポストを削って公募を出せよ!男女平等の弊害を若手にばっか押し付けるんじゃねぇ!挙句の果てに俺らに男女平等とか言ってくるな!女性増やして俺が応募すらできない公募出すならお前のポストを寄越せよ!!
なんで人に聞くの?って言われても自分でなんでこんなに萎えるのか理解できないからである。
まあ概ねのポイントは並べるのであとは共通項をこの中から見出してくれ。
・見飽きてる
・創造力を感じない
・展開が同じ
・押し付けがましい
・ある種の倫理感の押し付けでメッセージ性の方向が固定化されてしまい先が読める
・あるあるネタがどれも同じ
・白マスク率が高いと顔が覚えにくい
・リアルを舞台にしてますよアピールをするのとリアリティの違いが分かって無さそう
(リアリティってのは「そうはならんやろ!」の少なさであり、別に舞台を現実に近づけたからってそこは変わらないし、むしろより求められるリアリティは増える。しかしコロナを描写すればリアリティアップと安易に考えるやつは自分からハードルを上げておいて、ハードルを上げたこと自体に満足して舐めプするのでリアリティにおいては盛大に赤点をぶちかましてくる。頭が悪いんだなとしか思えない)
・物語のアイディアがあるあるの域を出ておらずわざわざコロナの描写に尺を使っただけ話が薄くなる
「ガバガバという言葉にグダグダという意味が生まれたのはここ10年のこと」「語源となったのは『真夏の夜の淫夢』」*引用元1
という増田に対して
というツッコミが入り、このコメントは累計58のスターを獲得した。
という文章であった(蟹工船の中でガバガバが使われているのこの一文のみ)。
これは布などのこわばりを意味する意味でのガバガバであり、増田の指摘するグダグダ(ガバマンからの派生だと思われるのでどちらかというとユルユルだと思うが)という意味ではない。
manamanaba 蟹工船、青空文庫にあったから検索してみたけど"垢でスルメのようにガバガバになったメリヤスやネルのシャツ"なのでこれはまた違う意味と思う
versatile 「寝る前に、漁夫達は垢でスルメのようにガバガバになったメリヤスやネルのシャツを脱いで、ストーヴの上に広げた。囲んでいるもの達が、炬燵のように」蟹工船から抜粋 https://www.aozora.gr.jp/cards/000156/files/1465_16805.html
mag-x まず蟹工船は「こわばっている」の意味だから別系統。肛門を含め「ゆるい」が淫夢以前から存在したのも間違いない。ただ「判定がガバガバ」のような「雑・杜撰」の意味が淫夢以前にあったかどうかは議論の余地あり。
a1dog 意味の全く違う蟹工船からの引用は反論にならないだろ。昔からあったはずだと言いながら用例が一つも見つかっていないのなら増田のほうが正しいんだろうな
この発言をしたこととそれが伸びてしまったことは書き手の日本語力及びはてなーの確認能力の低さを浮き彫りにしている。
具体的には以下の
1 「ガバガバという言葉にグダグダという意味が生まれたのはここ10年のこと」
2 「垢でスルメのようにガバガバになったメリヤスやネルのシャツ」
のどちからの文章、もしくは両方が理解できなかった、ないしは他人の発言を鵜呑みにしてソースを確認しなかったことによりそれは生まれている。
まず考えられるのが1の文章を「ガバガバという言葉が(グダグダという意味を持って)生まれたのはここ10年のこと」と解釈した可能性である。
これは「に」という接続詞と「が」という接続詞の意味を知らなかった可能性を指している。
次に考えられるのが2の文章を「垢でスルメのようにグダグダになったメリヤスやネルのシャツ」と解釈した可能性である。
垢(作中の描写はないが潮の影響もあるだろう)でスルメのようになるというのは硬い状態、オノマトペで言えばカピカピやゴワゴワに近い。
グダグダをクタクタと勘違いしたにしても、スルメのカチカチなイメージとは結びつかない。
つまりこの文章の意味におけるガバガバをグダグダと結びつけるには文章の意味を理解していなければ出来ないのだ。
今回、多くのブクマカがこの間違いを指摘してくれている。
ソースを示したブコメに対しては54のスターが入り、ガバ指摘の58にも迫る数となっている。
だがコレを持って「はてなは自浄作用があって素晴らしい」で終わりにしてはいけない。
次からはこのような頭の悪い発言をしない、そしてそんな発言に対してスターを安易に付けないことが大事なのだ。
そのためには「ソースの確認が自力でもできる発言は出来るだけソースを確認。ソースをまともに掲示しない発言は無視」という癖をつけるべきだ。
これはなにも発言者の心をサイコメトリーできる超能力者でなければ出来ないようなことではない。
小学校で習った日本語をちゃんと理解すれば出来ることであり、小学生にだって出来ることだ。
こんなことを言われるのは恥ずかしいことなんだぞ。
ここまで頭が悪いやつにどう教えたら良いのか俺は分からんから勉強のやり方については誰かブログにでも書いてホッテントリにしとけ。
わかったな?
尋問外交って言っとけば参謀ぶれるし、誰一人その効果を検証できなくてマウント取れるし、でいいですよね。費用対効果を言うんなら、内閣・党合同葬と国葬の場合とで外交の効果に差が出るのか知りたいんですけど。
慰問外交とか言ってる奴らは本当に頭が悪いな。たかが弱小日本の元首相のために大物来るわけないだろ。そんな暇じゃねぇよ。マザームーンは来るかもね
https://b.hatena.ne.jp/entry/s/news.yahoo.co.jp/articles/2cd29c5f2efb9a7b435436a4d863c8548c27e046
オーナーがしおしおに打ちひしがれた状態で店に電話をかけてきた。Aさんが電話を取ったのだが、オーナーは特にこれといって用事があった訳ではなく、ただ消え入りそうな声で長々と愚痴を言っただけだったらしい。
最近、当店は人手不足に拍車がかかり、女子フリーターアルバイトさんとその母親とオーナーが揉め、しかもオーナーの奥さんが体調不良でダウンするという不幸が重なった。それでオーナーはかなり参っているそうだ。
客足が途絶えたとき、Aさんから女子フリーターアルバイトさんとその母親がオーナーと揉めた時の顛末(オーナーサイド)を聴いたが、私が女子フリーターアルバイトさんから聞いていた女子フリーターアルバイトさんサイドの話とはだいぶ風景が違った。
なんでも、二カ月ほど前に女子フリーターアルバイトさんからオーナーに「もっとお金を稼ぎたいからシフトを週5か6に増やして欲しい」という要求があったらしい。この人手不足の時に彼女の要求はオーナー的に願ったり叶ったりで、すぐその様にシフトを組み変えた。
ところが、女子フリーターアルバイトさんは言うだけ言って当日のドタキャンを平気でする。しかも、間もなく女子フリーターアルバイトさんの母親が早朝勤務で雇われると、途端に女子フリーターアルバイトさんは態度を変えて「もう辞めたいです。辞められないならシフトを週1にしてください!」と言い出した。オーナーはその理由がわからず戸惑ったという。ベテランのDさんが円満退職するのが決まって、これ以上人が減ったら店が回らないという危機的状態になった頃だ。で、オーナーが頭を抱えていると、女子フリーターアルバイトさんはやっぱり辞めないで働くと言い出したものの「熱が出た」と言い欠勤し、翌週は一回もシフトに入らなかった。
女子フリーターアルバイトさんの言うことがコロコロ変わった理由は、外野の人間(私、Aさん、Dさん、シフトリーダー等)の方がよく知っている。まず第一に、女子フリーターアルバイトさんが誰かに唆されてガールズバーのバイトを見つけたこと。第二に、女子フリーターアルバイトさんの母親が早朝勤務で「オーナー夫妻から酷い仕打ちを受け」て腹を立てたこと。第三に、女子フリーターアルバイトさんが些細な事で母親と家庭内暴力レベルの大喧嘩をして母親を庇う気をなくしたこと。そして第四に女子フリーターアルバイトさんとその母親が実はコロナにかかっていたことだ。
ガールズバーと当店でのバイトの掛け持ちというのは、オーナーに知れたらかなりまずい事になるので、我々外野は女子フリーターアルバイトさんの為に知っていて黙っていた。コロナの事はオーナーが信じなかっただけで、Dさん調べで仮病ではなくガチだと判ったのだが、個人情報でもあるのでやっぱり話せなかったのだ。
一方、我々外野が知らなかったのは、女子フリーターアルバイトさんの母親もなかなか常識知らずというか癖が強いというか頭が悪いというか……なんか変な人だったという事と、女子フリーターアルバイトさん母娘がコロナにかかって大人しく欠勤したものの病院を受診せず、「コロナにかかったかもしれないから休みます」と言ったきり一方的に二週間ぶんのシフトを蹴った事だった。
女子フリーターアルバイトさんの母親は、女子フリーターアルバイトさんから半ば強引に当店の早朝勤務に入らされた形で勤め出したのだが、他の仕事(かなり遅くまでかかるらしく、帰宅が0時を回るほどだという)との掛け持ちで疲れてミスをしたとか、仕事を覚えられなくて、オーナー夫妻をイライラさせちゃったのかなと思いきや、オーナー夫妻が怒ったのはそういう事ではなく、女子フリーターアルバイトさんの母親の勤務態度が素で非常に悪いからだった。しかも、女子フリーターアルバイトさんの母親は勤務態度が「最悪」な上に唐突に二週間の休みを取ったものだから、その理由(という名の言い訳)「コロナにかかったかもしれない」をオーナー夫妻は信用できず、一層女子フリーターアルバイトさんの母親への当たりをいっそう強めた。そしたら女子フリーターアルバイトさんの母親は突然「もう辞めます。明日から来ません」と言って本当に翌日から来なくなった。オーナーサイドではそういう事なのだが、女子フリーターアルバイトさんはその現場を見た訳じゃないから、自分の母親がオーナー夫妻に理不尽に虐められたと思い、報復の意味で「辞めるかシフトを週1に減らす」宣言をしたのだった。
だが、それから暫くした後、女子フリーターアルバイトさんは母親と下らない事で凄絶な親子喧嘩をしたために、母親を守るのを辞めた。それでやっぱりシフトは減らしませんーと言い出した矢先にコロナにかかったという訳だ。女子フリーターアルバイトさんも母親と同様「コロナにかかったっぽいのでしばらく仕事には行きません。でもお金がもったいないから病院には行きません」と一方的に言って欠勤中だ。
コロナにかかって自主的に二週間休むのはいいとして、言うことを二転三転させたり、訳も言わずにオーナーに対してキレ散らかしたりした後で休むと言い出したら、それは気紛れではなく本当に休むべきなので休んでいるのだと、オーナーに信じてもらうのは無理だろう。(そもそも母親が感染した時点で母娘揃って出勤停止になるべきだったし……)
そんな訳で、女子フリーターアルバイトさんのシフトの組み方が彼女の感情まかせで、そこにコロナ感染が不幸にも重なったので大変な事になった。オーナーには訳のわからない事件だったが、我々外野の者達にしてみれば、女子フリーターアルバイトさんの感情の動きは明らかで、なるほどそういう訳ねーと理解は出来た(共感はしないし非常識かつ不義理だと誰もが思った)。
女子フリーターアルバイトさんみたいなのをオーナーが許すようでは他のパートアルバイトも次々と辞めて行ってしまうし私も辞めたくなるだろうが、オーナーは人手不足で猫や馬鹿の手も借りたい状況に汲々としつつも彼女に対して本気で腹を立てている。当店のオーナー、案外まともなとこあるじゃん、と我々外野の従業員達は胸を撫で下ろしている。とはいえ、まだ当分は女子フリーターアルバイトさんのワガママに総員振り回されることに変わりはないのだが。
最近、夕方辺りに来る常連のおじさん・お兄さんなお客様達がとても物言いたげだ。普段猛烈にダルそうなそぶりで店員の顔など一瞥もせずに買い物をしていく、とある20代後半くらいの男性のお客様も、なんか言いかけてやっぱりいいやという感じで口を噤んで帰って行った。女子フリーターアルバイトさんがこのところずっとシフトに入っていないからだ。
突然長期の欠勤に入る前の彼女の吸引力は凄かった。おじさん・お兄さんなお客様達がまるで誘蛾灯に惹かれる蛾のように彼女にホイホイされていく。男性客の多くが彼女のレジにしか並びたがらないので、店が混雑していても一緒にシフトに入ってる相棒は暇だし、女子フリーターアルバイトさんに惹かれないタイプのお客様達はすいすいと会計が済んだものだ。
Aさんは、
「女子フリーターアルバイトさんと仕事する時は楽でよかったです。俺は一歩下がるだけで客から見えなくなるんで、あとは彼女が全部レジ打ってくれるから」
私は「それなー!!」と答えた。女子フリーターアルバイトさんと組んでる時は、たった一歩後ろに下がるだけで、私の存在は見事にステルスされる。とても不思議で面白い光景だ。動画に撮って見せてやりたいくらい。
女子フリーターアルバイトさんがとても可愛いのは確かなのだが、彼女よりも可愛い人も世の中にはいくらでもいるのに、必ずしもそうはならない。それに女子フリーターアルバイトさんはサボりが多いとはいえ勤続丸二年になるところで、可愛いことにかけては勤め始めてからずっと変わらないので、最近になっていきなりおじさん・お兄さん達を引き寄せまくるようになったのはとても興味深い現象なのだ。
「さあ……もしかすると匂い? 若い女の子特有の匂いっていうのがあって、それは物凄く人を惹き付けるらしいけど。年齢的にちょうどその匂いを発するピークなんじゃないの」
「言うても俺、全然惹かれないんですけど」
「えー、好みのを問題かなあ、しらんけどw」
なんてAさんと話したが、我々も女子フリーターアルバイトさんのことをコイツはもうダメだとか思いつつ何だかんだ許容している辺り、彼女にすっかりホイホイされている側なんじゃないだろうか。
「(やることが)ガバってる」と「(物が)ガバガバになってる」のどっちについて皆が話しているのか全くわからなくて怖い。
俺は頭が悪いから皆が今どっちに対して言及しているのかがわからない。
主語を省くな
こいつ不良で頭悪いから、不良のメンツだから、で全部片付けてしまうの
途中までは面白かったんだけど、なんかバジくん?の最後のシーンとかはぁ?ってなってしまってちょっと一気に作品から遠のいてしまった
やりたいことわかるけど、ちょっと論理が飛躍してるかな。いくらなんでも不良で頭が悪い体とか、不良の世界観ではこうだからみたいな言い訳が通用する限界超えてると思うんよね
一虎のヤンデレムーブとかも結構受け入れるのにいっぱいいっぱいだったのにさ、人間的な心の機微から逸脱するイミフムーブが振れ幅が大きくなってきてそろそろ、笑い話になりつつある。
こうなってくると泣きはらしてるキャラクター全員コイツラアホなの?みたいな感じなるじゃねーか。いくら不良だって言っても命張る喧嘩の場面やぞ
悲劇の場面を書きたいから急に主人公弱くなったり、急に出血耐性ができたり、きゅうにヤンデレ発現して動かなくなったり、見ていてああ泣き場面作るためにそれぞれのキャラがいいように操られてるな〜っていうのが、もうまるわかりなんだよな
結構途中までは面白かったのにな。キャラのアホな動きとかもギリギリ不良で頭が悪いからを理由にできてたんだけど、アホムーブが積もりに積もってもう許容量オーバーしてんのや
こうなってくるともう、泣かせたいためだけの操り人形が悲しく踊り狂っとるだけだわ
なんも泣けない、くだらん人形劇やで。もう少しストーリーを寝れなかったのだろうか、週刊連載だから仕方ないのだろうけど、もったいないなー
すごく美人・イケメンなのに中身が悪い人って見たことなかった。
学生時代は美男美女ほど頭がいいと言うか要領が良くて、この世のいいものは自分の手に入って当然という自信からか、そこからくるカリスマ感なのか、ちやほやされている余裕からなのか色んな人に愛されてうまく世の中渡ってるうちに自動的に中身が良くなる(深くなる?)イメージだった。
ところが、就職してから美人なのに日本語分からないのか?ってくらい頭が悪い人、イケメンなのにコミュ障で同僚からキモがられてる人とかに遭遇するようになった。
自分ならその顔を使ってもっと人生楽に生きてきたのに何してるんだ?って的外れな怒りを覚える。
彼/彼女らはどうしてああなった?人生イージーモードなのになぜ自らハードモードにしてるんだ?
顔がいいだけのお人形さんとして扱われてる女性、顔が良いのに弱者のように扱われてる男性なんて漫画の中だけの話かと思ってた。
JavaScript界隈は頭が悪い人が多い。
まずはこの人だ。
https://twitter.com/Rich_Harris/status/1541761871585464323
Svelteの作者として知られる氏であるがスペースでのインデントは視覚障害者に良くないと噴き上がっている。インデントをタブにするかスペースにするか、実にどうでも良い昔からある戦争であるが今後スペースを使っていると差別であると氏のようなポリコレ野郎に刺されるかもしれない。
次はこの人だ。
https://twitter.com/andrestaltz/status/1030200563802230786
氏はCycle.js開発者として知られるがblacklistが人種差別であると言い出した最初期の人物である。
両氏以外にもJavaScript界隈には頭の悪い人が集まっている。JavaScriptコミュニティは他に比べて圧倒的に#BlackLivesMatterバナーをドキュメントに付けるのが大好きだ。他の差別は気にしないのに意識の高い偽善者パフォーマンスには精を出す。そして自分達は正義だと思い込み強い言葉で主張する。害悪のような人が本当にたくさんいる。これは本当に悲しいことで、日本勢のプレゼンス向上が望まれる。
気づくのが遅すぎるよね。
浪人したのに日大法学部にしか受からなかった時点で、頭脳労働以外の生き方を模索すべきだったよね。
ようやく気付いたみたいだから切り替えるべきだよね。
選択的夫婦別姓というのは実に面白いトピックでこれに対する考え方を見るとその人の頭の良さが分かる。ある意味リトマス試験紙のようなものだ。まず大前提として夫婦別姓だろうが同姓だろうがそれは定義問題に過ぎない。結婚をどのように定義するか、戸籍制度をどのように定義するか、それによって姓を同じにするかしないかといったことが出てくる。
「希望する人の選択肢が増えるだけなのに!」と叫ぶ人は一番頭が悪い。それは論理としては実に弱い。弱すぎて主張にすらなっていない。希望する人の選択肢が増えることが良いことであるかに関して不明なままそれを前提とした論理展開をしているわけだ。希望する人の選択肢が増えるだけだという論理を許してしまうと世の中のあらゆる法律や制度が無意味になる。「誰も損をしない」という主張も明らかに嘘である。損すると思っている人は大勢いるが、彼らの意見が聞かれることは無い。多様性を求める割に多様な考え方を認めない。
一方で選択的夫婦別姓に積極的に反対を示す人も頭が悪い。日本の伝統であるというのは明らかに嘘であるし、戸籍を賛美するのもカルト的ですらある。そもそも選択的夫婦別姓というのは偽問題である。姓があることがそもそもの間違いである。重複する可能性が大いにある名前というものにこだわるのは現代的とは言えない。現状を肯定するのはおかしい。
特に職場や、大学の研究室など、論理的に話すことを求められている場面で
「思う」を多用する奴がいると、話の内容が非常に頼りなく聞こえる。
事実が前提にあって、仮説や計画を立てている段階で「思う」というのは非常に頭が悪い印象を与えてしまう。
「思う」「思われる」を安易に使わない様にすると
「考える」、「予測する」、「推定する」、「仮定する」、「思惑を持つ」、「記憶する」などなど、「思う」に置き換えてしまった言葉が使える事に気付けるはずだ。
と、日常的に「思う」で、実にアホっぽく話していた言葉を置き換えるだけで、プレゼンや報告の印象が大きく変わってくる事が実感できるだろう。
相手や立場によっては「思う」という言葉が持つ、曖昧さや柔らかさが重要になる時もあるし、日常的な会話から排除してしまう事は良くないが
理知的な態度が求められる場面で、「思う」を多用するのは、頼りなく幼くアホっぽいので止めろよ。