はてなキーワード: 暴走とは
増田の意見はいくつかの点で傾聴に値する。まず女性表象をめぐる問題ということをちゃんと踏まえて語ってくれている。表現の自由界隈では、この表象の問題、何かをなぞらえて表現することが、単なる表現全般とは違う、なぞらえたものとの関係において権力性や影響や責任を伴う行為であることを、正面から受け止めている人が少ない。そして「ただ、女性表象の批判は賛同者の増減に関しては基本的に分が悪い戦いで、基本的に負け戦を強いられるものだなと見ていて思う」という認識も個人的には同感だ。自分は日本での女性表象の独特な偏りや歪みが現実の女性をめぐる認識や取扱や社会的地位を左右していることを体感的に信じていて(ちな自分はシス男性)、だから女性の経済状況の改善などに比べて女性表象の問題を些末なイシューとは考えたくないんだけど、この感覚は決してメジャーなものではないことも理解している。
Vtuberの身体性についての指摘も面白いと思う。ダナ・ハラウェイとかの問題意識から言えば、vtuberというのは身体性とジェンダー・エクスプレッションを任意に切断したり接合したりできる一種の文化的達成なわけだし、フェミニズムにとっては前進だともとらえられる。フェミニズムの女性表象論は、形式それ自体よりも、その文脈、特に任意性・主体性・当事者性といった要素が重要になってくると思うけど、女性として表現されたvtuberの「中の人」が女性で、vtuberをその「中の人」の自己表象ととらえた場合、フェミニズム的にはストレートな批判が困難になってくる構造がある。レースクイーンやグラビアアイドルのように「本人達には責はないが、そうした表象・価値を求める男性社会の犠牲者(攻撃的な言い方をする人達からすれば、迎合者)」的な位置づけに落ち着いていくかもしれない。
一方で自分は「今回の件が華々しい(無惨な)負け戦」だとまでは思っていなかったりする。フェミ議連を批判する人々はおそらく「勝利」して何かを得たという感覚は乏しく、フェミ議連側も「成果」を上げたことで勝利感を得ていて、そして大多数の傍観者は「どうでもいい」と思っているように思う。いわゆる社民的な活動や地道な女性運動をしてる方々から、件の増田議員が結構問題あるというか、方々で暴走して「味方」に迷惑をかけている人だという話を伺って、今回の脇の甘いムーブについてある程度納得が行ったんだけど、批判側がその脇の甘さをきちんと突けてクリティカルヒットしてるか?というと、そうでもないような。
山田議員については、彼が守ろうとする「表現の自由」とあまり関心を示さない「表現の自由」の間には明らかにセレクティブなバイアスがあるけれども。おぎの他オタ側を自認する他議員に見られるような、フェミニズムやその他PCな価値観への嗜虐的・嘲笑的な態度はこれまであまり見せてこなかったし、そこは本人の矜持なんだろうと信じている。逆に後者のような感覚が強まって勢力を拡大していくと、むしろ山田議員は「オワコン」化してしまうかもしれない、とも思った。
過剰反応は過剰反応だけど、まあ「怒るようなこと」をされたら誰だって冷静ではいられなくなるし、それが集団なら暴走する人が出てくるのも必然ではある。
ツイフェミ、はてフェミ、最近はネットフェミニストとか言って区別をするけどさ、いわゆるまともなフェミニストってのは一体どこにいるの?
頭のおかしなこと言ってるのはツイフェミだと言って区別しようとするけど、実際はまともなフェミニストなんてものは存在すらしなくてみんなこんなもんなんじゃないの。
ツイフェミ、ネトフェミじゃないフェミニストってのが本当に存在するんなら、普通は黙ってないと思うんだよね。
フェミニストなんて今や恥ずかしくて名乗れないでしょ。
でもどんなにツイフェミが暴走しようが何しようが抗議も何も出てこない。
不思議なもんだよねほんと。
マジかよお前らホントに止めろ。
どれほどアクロバティックな論理のねじ曲げをしてもダブスタなんて言わないから、
なんとか今日をスペシャルケースに、歴史の特異点として隔離してくれ。
主語を小さくしてくれ。
例えば、こんな風に…
「は? 『議員のクレームは圧力』? いや、あの件は特別だろうが。
今まで散々反感を買ってきたフェミニズムのトップが VTuber の文化を軽視し事もあろうに女の子を傷つけ四万筆の署名を無視して警察に連名で直接公開質問状という形でクレームを入れたからこその問題なのであって、ふつうに議員が公的機関にクレームを入れる分には圧力になるわけないだろうが。」
暴走する公的機関に議員が口出しできなくなるなんて、危険すぎる。
圧力なのか、圧力でないのか。決めるのは難しい。すべては程度問題だからだ。
現実には圧力はそこかしこにありふれている。ツイッタラーのリツイートも人気ブコメも、究極的には圧力でありうる。だけど…
「お前がカレー屋のアンケートで『辛口やめろ』って書いたせいで、辛口やめたカレー屋が人気なくなって潰れちまったじゃねえか!! 圧力かけたんだから俺との口論に応じろ!!」って常連が詰め寄ってきたら。
——ただの、変質者だ。
同団体からの抗議については把握されていましたか。また削除の判断にあたって影響はありましたか。
https://news.yahoo.co.jp/articles/70708b863716bde85b27a4ebb92b1a683b29df1c
影響があったか、などはどうでもいい。
圧力が脅威になったか? が問題なのだ。自由意志をゆがめられるほどの、脅威に。
警察が、もし本当に議連に脅威を感じていたのなら… 謝罪するだろ。
県警「質問状にある『性犯罪を誘発する懸念』があるということが削除理由ではない」 …それどころか、突っぱねてるじゃんか。
自民から立民への鞍替えを検討するためどうやって解決するのか聞きたいです。
自民がどうではなく鞍替えを検討しているので立民がどうやるのかが重要です。
フェミ議連がやらかした公権力の表現規制の圧力に対して話題そらし攻撃として持ち出しはじめた。
表現の自由というリベラルの旗を自民に持っていかれて、山田太郎なんかはこいつらにすごい嫌われていたが
いよいよ大物まで批判対象となったので慌ててカウンターデマを出し始めた。
@yamadataro43
本件、日本政策学校の依頼で登壇し青健法や漫画アニメ等規制の問題を講演(内容添付)。私は資金も集票も特定団体から支援受けず。特に政教分離と表現の自由重視から宗教団体とは距離を置き活動。過去も今後も統一教会等との関係はなし。賛同と誤認されぬよう対応していきます
https://www.youtube.com/watch?v=t_rvJssH7f0
残念ながら講演内容が100%公開されていて、徹底的に「表現の自由」の話しかしてない。妄想に基づいたデマだと確定したわけだ。
選挙が近い上に負けが濃厚になってきてリベラルが必死になって陰謀論をばら撒き始めててもう目が当てられない。
オタク票50万票が欲しいんだか要らないんだか理解不能なバラバラに暴走しまくるのを止めれないのまずいでしょ
id:mouseion セルクマ3つもしといてよくデマだって騒ぎ立てるよな。
demakirai 2021/09/15 12:24 id:shufuo 毎回この手の意見見る度に思うんだけどさ、胸部骨折して入院して、当時90近いヨボヨボジジイで、型落ちプリウス自分で運転する程度の資金力の人間を逮捕しないことがどうして「特別扱い」になるんだ?
RRDさん がスターを付けました。
deztecjpさん がスターを付けました。
sisyaさん がスターを付けました。
【独自】池袋暴走・飯塚被告控訴しない意向固める 禁錮5年確定へ
https://b.hatena.ne.jp/entry/s/news.yahoo.co.jp/articles/72eb48f1cf92bc4ca99a2b3340f20fc7d0469b89
ふーむ。
飯塚幸三氏といえばいわゆる「上級国民」として大いに世間を騒がせた(ている)お人である。Wikipediaを見るに書き写すのも苦労するほどの数々の役職を歴任しているまさにエリートと言って差し支えはないだろう。氏の経歴を見て「金銭的に困窮している」と感じる人はどれほどいるだろうか。私は非常に裕福な人物だろうというイメージを得た。もちろん表に出ていない金銭的に大きな失敗がなければ、という前提をもって。
さて、そのような人物につく『型落ちプリウス自分で運転する程度の資金力の人間を逮捕しないことがどうして「特別扱い」になるんだ?』この表現について考える。「型落ちプリウス自分で運転する程度の資金力」これは何を指すのだろうか?
1.型落ちプリウス自分で運転する程度の人物の資金力は一般市民より非常に低く貧困層だ
2.型落ちプリウス自分で運転する程度の人物の資金力は一般市民的なものだ
3.型落ちプリウス自分で運転する程度の人物の資金力は一般市民より多く富裕層だ
4.型落ちプリウス自分で運転する程度の人物の資金力は非常に多くいわゆる億万長者や特権階級だ
下から上まで書いてみたが、どれかは当たっているだろうか?見落としがあるだろうか?
書いておいてなんだが、1は流石に除外したい。生活必需品になりうる一部地方は別として東京で車を持てる時点で貧困層よりかは上だろう。
つぎに「型落ちプリウス」が「安い車」ということだとしてひとつ言葉を変えて遊んでみる。
これはすごいことだ。バカな私でもわかる。私生活で人を雇うという時点で裕福という形容では収まらないほどの資金力を感じる。中小企業の社長といえど車は自分で運転しないよなんて人は肌感覚でめったにいない。いや私の知る人にはいない。すると少なくともこの反対、それ以下の表現では4はないだろう。そこまで考えなくても「特別扱い」に疑問を投げかけているということは「特別ではない」証拠に「型落ちプリウス自分で運転する程度の資金力」を挙げているわけだし。
では3の裕福だと指摘しているのか?
「胸部骨折して入院して、当時90近いヨボヨボジジイで、型落ちプリウス自分で運転する程度に裕福なだけの人間を逮捕しないことがどうして「特別扱い」になるんだ?」
さてどうだろうか。前二つが「サゲ」ているものに「裕福」というアゲの表現はしっくりこない気がする。「金で道理を捻じ曲げられるほどではない」という意なら「サゲ」ではあるのだがそういった意図だろうか。
これに限らず真偽は深堀しないが(車に詳しくないのだ)飯塚幸三氏が乗っていたのは「2代目プリウス」だという情報がある。さまざまな箇所で取り上げられているのでおそらくは正しいだろう。
販売台数は119万台。価格.comでは「新車価格: 189~325 万円」。悪名ではあるが「今日のプリウス」や「プリカス」という言葉が広まる程度には「庶民的」だ。
https://global.toyota/jp/prius20th/evolution/
2003-2009
2代目プリウス
事件が起きた年が2019年。新車と仮定して乗っていた期間は16年から10年。間をとって13年。これらが長いか短いか。
一般財団法人 自動車検査登録情報協会の資料を見てみよう。
https://www.airia.or.jp/publish/file/r5c6pv000000m20m-att/r5c6pv000000m211.pdf
平均で13年乗って普通だそうだ。16年だと少し長持ちしている感覚だろうか。間をとって13年はまさに平均である。
つまり「平均的な車を平均的に乗り回していた」そんな人物の「資金力」を考えるべきだろうか。(軽自動車でもないプリウスが平均的かは少し置く。)
平均的な乗り方をしているので平均的な資金力である。というのは簡略的にすぎる。「金持ちは車をバンバン乗り換える」そんなイメージが少なくとも私にはある。では10年以上車を買い替えない人物は裕福ではない?対偶を意識せずとも必ずしもそうではないと言えるだろう。飯塚幸三氏は車に興味が薄い人物だったかもしれない。
また、氏の年齢にも注目しておきたい。事故当時の氏の年齢は87歳。最長16年前に購入したとして当時の年齢が71歳。私は氏ほどの年齢でもなく資金力もないのでまったくの空想となるが、いくら車をバンバン気軽に買い替えることができる資金力を持っていたとしても70歳を過ぎた高齢者が数年ごとに車を買い替えるかと問われればノーではなかろうか。まさに腰が重くなるお年頃、よっぽど車好きでなければできることではないと思われる。いわんや資金力は不明としてプリウスを選ぶ人物をや。
「70代で購入した2代目プリウス最長16年自分で運転する87歳程度の資金力」
b:id:demakirai 氏からすればこれは資金力を明確に現す表現のようだが、私はこの情報だけでは飯塚幸三氏の資金力が一般的か裕福かの判断材料にはならない、と判断した。
これについては明確にわかるはずもない。傍証を挙げていくしかないだろう。来歴を見れば資金力は高いだろうと予測するしかない。また当時の年収などの話もちらほら出てくる。
https://bunshun.jp/articles/-/48642?page=2
院長時代の給与は、年収2000万円弱。当時の退職金は3000~4000万円程度だったという。元工業技術院総務部長、大野隆夫氏が証言する。
同記事では新居の話も出ている
71歳になった飯塚氏は02年3月、板橋区の新築分譲マンションへと引っ越し。価格は約4500万円だったが、通産省やクボタ時代の退職金などを元にキャッシュで購入したと見られる。この地で飯塚氏は同い年で誕生日も9日違いの妻と2人、“セカンドライフ”をスタートさせた。
71歳という年、02年という年は2代目プリウス販売前年だ。もしかしたら引越しを契機に買い替えたのかもしれない。
真偽は不確かとしつつネットで晒されている氏のマンションと思われる場所の価格を参考においておこう。
https://www.ieshil.com/buildings/675654/
ほかには事件当時、飯塚幸三氏は妻と予約したレストランへ向かう道中だったという。レストランは小さな馴染みの店だという情報もあるが、店の大きさと価格は比例しないことはままあるだろう。ハレの日だったという声も聞こえない中、ランチをレストランで予約してとる人物の資金力はいかほどか。
経歴: 富裕層以上
型落ちプリウス自分で運転する: 並みから富裕層以上(年齢も考慮)
であり、私の結論は「お金持ちさん」である。ただし乗っている車は資金力の判断に大きく寄与しない。
demakirai 2021/09/15 12:24 id:shufuo 毎回この手の意見見る度に思うんだけどさ、胸部骨折して入院して、当時90近いヨボヨボジジイで、型落ちプリウス自分で運転する程度の資金力の人間を逮捕しないことがどうして「特別扱い」になるんだ?
文字数の関係で氏の経歴には触れてないものの、婉曲をひもとくと
demakirai 2021/09/15 12:24 id:shufuo 毎回この手の意見見る度に思うんだけどさ、(経歴がすごくて官職に就いたこともあって)胸部骨折して入院して、当時90近いヨボヨボジジイで、資金力のある人間を逮捕しないことがどうして「特別扱い」になるんだ?
となる。まさにいわゆる「上級国民」と揶揄されるような条件を書いておいて「特別扱い」になることに疑問を投げかける理由がわからない。(ここでは実際に逮捕しなかった理由などではなく周囲が「上級国民」や「特別扱いしてる!」と騒いでいることに対してのみ話している)
混乱の坩堝に陥る。
1. なぜ「型落ちプリウス自分で運転する程度の資金力」というわかりにくい表現をつかったのか
2. 「型落ちプリウス自分で運転する程度の資金力」は資金力が高いのか並なのか
3. 「資金力がある」という意味の表現であれば、私のセンスとは異なる導出であり、ブコメ全体の意味もよくわからない
4. 「資金力がないないしは並」という意味の表現であればブコメ全体の意味はわかるが、やはり私のセンスとは異なる導出であり、なぜさまざまな情報から乗っていた車だけを抜き出し資金力の指標にしたのかわからない
賛同の意かスターがたくさんついているが、私とはかなり見えているものが違うと思われる。
氏のID名を思えばつまりは私がデマに踊らされ目が曇っているのだろう。事実、いろいろ調べようとしたもののデマブログの多さに辟易としたものだ。正しい情報を探すことは難しい。であればこそ、誰かに「型落ちプリウス自分で運転する程度の資金力」が何を言いたいのかを解説していただきたいものである。40人近く理解者がいるのだから親切な御仁はいらっしゃらないか。
遺族の要望を聞き入れた感じらしい。
あの爺が人を轢き殺した件の責任は爺ではなく周りの人間にあると思う。
あの爺をムショに叩き込んで獄死させることにどのような利益があるのか。
遺族の復讐心や責任の所在を求める気持ちだとしてもそれは爺の子供に向けるべきではないのか。
認知能力が死滅してる生物に処罰や復讐をする意味がわからない。
復讐心というもの自体もアホらしい気がするけど特に90歳の健康状態もよくない動物に?
なんの意味があるんだろう···。
慰謝料たんまりとるほうがスカッとするし実利があるし(嫌がらせがしたいとすれば)相手一家へのダメージ大きいし
と思うんだけど。
なんなんすかねああいうの。
返礼品は棋士と対局 国が待った 550
わたしは啓蒙がキライだ。他人から啓蒙されるほどアホではないし、他人さまを啓蒙するほど傲慢でもない。
フェミニズムの運動は、自己解放から出発したはずなのに、いつのまにか「すすんだワタシ」が「おくれたアナタ」を
フェミニズム啓蒙主義には、リブ度に応じて女たちを「ススンデルーオクレテル」に序列づける権威主義がある。
ススンダ方はオクレタ方に正義を押し付け、あまつさえフェミニズム十字軍よろしく女の正義を「輸出」しさえする。
フェミニズム先進国ー後進国の関係は、たとえば「アメリカの正義」を押し付けようとする抑圧的な植民地主義と
変わらない。大きなお世話だ。何が解放かはテメェが決める。他人様のお世話になんかならない。それがフェミニズムの
出発点だったはずだ。
おんなの運動は抑圧的な男権社会に対する対抗文化として、成立したとたん「対抗的価値」の尺度ができあがる。
法律婚をしているかしてないか。化粧するかしないか。夫を「主人」と呼ぶか呼ばないか。さまざまな尺度が「踏み絵」になる。
やっぱ只者じゃないわ上野千鶴子は
でもそこはTwitter的にはセーフらしいよ それでBANされてないし
高市氏“サナエノミクス”で立候補・・・総裁選動き加速(2021年9月8日)
https://www.youtube.com/watch?v=8uB3fzmS1YI
日本人として当然ではありません。憲法20条に「信教の自由は、何人に対してもこれを保障する。」とあります。
参拝する方が問題です。
中国・韓国はもちろん、ネトウヨが大好きな台湾、シンガポールやロシアからも過去に強い非難があり、
また、アメリカやEU、フランスからも「余計なことすんな」と批判がありました。
このようにたくさんの国々を巻き込んだ国際問題となり、他国からの日本への風当たりが強くなります。
靖国神社にはA級戦犯が祀られており、参拝は戦争責任がある者を肯定することと捉えられてもおかしくありません。
それを日本の内閣を代表する総理大臣が行うことは、宗教行事の範疇とは言えないと考えるのが普通でしょう。
また、過去に国際問題となっている事実からも、挙げられた行事と同等のものであると考えるのはおかしいでしょう。
あくまで総理大臣としての参拝ではないというスタンスを(参拝後ではありますが)取りました。
批判はあれど憲法20条によって保証されているため、一定の線引きをしたと言えます。
これを公人として正式に参拝すればどうなるか、ぜひ想像してもらいたいです。
ドイツと違って戦争の反省がないと国際社会から嘆かれることがあることも一緒に考えていただきたい。
未だに靖国参拝で騒いでるのが残念
私も非常に残念です。恐らく違う意味でしょうけど。
A級戦犯が祀られたのは1978年からであり、合祀されていることを理由に諸外国は遺憾を表明しているわけです。
戦没者と戦犯を区別して供養できる仕組みが必要であると強く思っています。
人間であり、政治家です。そして総理大臣になったら、参拝すると表明しているわけです。
事実上、日本国民を代表する(本来は内閣の代表)人間である以上は、
他国を意識した立ち回りをしなければ日本国民の利益になりません。
総理大臣を直接投票できない法制度である以上、こういった事には声を上げていきたいです。
靖国神社の参拝反対者って何なんだろうね?
少なくとも日本の将来を考えている人でしょう。
大日本帝国バンザイ!という思想や、中韓にマイナスイメージを持つのも勝手です。
ただ、今の日本の地位を貶め、ひいては今この国に住んでいるたくさんの人々に
不利益が生じる可能性が高い本問題に対してはしっかりとした認識を持ってほしい。
恐らく(ネトウヨによると反日メディアの朝日系列である)テレビ朝日アナウンサーが質問したことによるコメントですね。
参拝して悪い理由の例を挙げると、他国の国民感情を害するからです。
例えば、日本が進めているインバウンド政策はどうなるでしょうか?
2019年の訪日外国人のほとんどは中国・韓国・台湾で、東アジアからが70%以上を占めます。
軍や国の暴走、つまりは戦犯により多くの方が望まずして戦地に赴きました。
これらを同列に扱うからよくないんじゃないですかね。
先日、池袋暴走事故の判決が出て世間の注目を集めた。事故が発生してから約二年、何度も国民の注目を集めてきたが私は一つ疑問を感じた。
「この事故、被害者がおじさん二人とかだったらここまで騒がれていたのだろうか?」
あの事故がここまで騒がれたのは加害者の社会的属性や対応もあったが、被害者の社会的属性もあるのではないだろうか。
下品な言い方をすれば「社会的地位のある高齢者の男性」という嫌われる要素マシマシの加害者と「その加害者に突然命を奪われた妻子」という構図が悲劇的であったからではないだろうか。
話題は変わるが、以前メンタリストのDaiGo氏が自らのYouTubeで「自分にとってホームレスの命はどうでもいい」と発言して大炎上した。
全ての人に命の価値はある、これは優生思想の助長であるという批判が殺到し生活困窮者やホームレスの支援を行う団体が声明を発表、厚生労働省が反応するまでの騒ぎになった。
少なくともこの国においては基本的人権が保障されていて、出自や属性によって差別されることはあってはいけないとされている。
しかしそれは規範の上での「平等」である。私が触れたいのは人々の意識下での「平等」だ。
人間は二人以上の人間がいる時、無意識に命の価値の優劣を決めている。当然だが自分に近しい者とそうでない者の場合、前者の方を重く見る。
ではその対象がどちらとも「赤の他人」であった場合どうなるだろうか。
若者か高齢者なら若者の方が重く見られるし、男性か女性かなら女性の方が重く見られる。
同じ街中の同い年の男性であっても、子連れの人と一人で歩いている人では周囲からの捉われ方が違うだろう。
この判断は多くの人が無意識にやっていることだろう。私だってしているだろうしされているだろう。
優生思想はいけない、命を価値は平等と訴える一方でこのようなことをなんの疑いもなく行っている。
社会のこうした面は仕方のないことであるし、それをどうにかしようと訴えているわけではない。ただ、一度立ち止まって考えてみてほしい。
あの事故で加害者を叩いていた人のほとんどは事故とは何の関係もない人たちだ。その人たちはそうした差別をしているなんて考えもしないだろう。
そんな赤の他人たちが赤の他人の命の重さをはかって同情し、憤った。
加害者には然るべき罰が下されなくてはならないと感じている。
しかしながら無関係の人間がそこまで感情的にならなくてはいけないことなのか、その感情の根底には何があるのか一度考えなおす必要があるのではないか。
いつも素晴らしい管理活動をしてくださいまして、本当にありがとうございます。
Infinite0694さんは、現在日本語版ウィキペディアで管理者、編集フィルター編集者、インターフェース管理者、ビューロクラットを務めていらっしゃいます。
今回、チェックユーザーとオーバーサイトに同時に立候補していらっしゃるので、ともに信任された場合には、日本語版ウィキペディアで有効な全権限を(ほぼ)コンプリートすることになります。
また、Infinite0694さんは(日本語版では権限行使できないはずですが)グローバル管理者も務めていらっしゃいます。
これだけ多くの権限がInfinite0694さんに集中しているのは、
Infinite0694さんの能力と信頼の証と言っても良いのかもしれません。
ところで、ローカルでもグローバルでも多くの権限を保持していた方としては、かつてはSuisuiさん、最近ではrxyさんが思い浮かびます。しかし、Suisuiさんは管理者権限濫用が指摘された後に解任され、rxyさんは再立候補で不信任となった後、現在投稿ブロック依頼が提出されており、お二方ともに不本意な形での管理者退任となってしまったのではないかと思います。Suisuiさんやrxyさんは誰もが尊敬する立派な管理者の方だったはずですが、たくさんの権限を手にして大きな責任を背負うことで精神的に疲弊し、暴走の末にこのような結果になってしまったのではないでしょうか。
そこで、こうした先例を前提として、Infinite0694さんが権限の集中についてどのように考えているのかをお伺いしたいです。