はてなキーワード: コーヒーカップとは
「……君ら、本当にツクヒの見舞いで来たのかい?」
さっきまで穏やかだった二人も、さすがに表情を強張らせている。
まあ無理もない。
指摘自体は間違ってなくても、友達を心配している人間が投げかける言葉としては健全じゃあない。
「確かに客観的に見て不注意ではあったと思うし、こちらに落ち度がないといったら嘘になるけど、そういうことって誰にでも起こりうることだ」
「そう、それを踏まえて対策しない、この国の交通管理にも問題がある!」
とはいえ、この人たちも言ってることが少し変な感じだ。
一理なくはないけれど、何かズレているような気がする。
「生身の人間と車なら、車の方が危険なんだ! そのことを君たちも“自覚”すべきだ!」
タオナケの言葉で冷静さを失ったのか、分かりきったことをやたらと強調してくる。
車が危ないってことくらい分かった上で、みんな今回の件はバカげてると思っているんだけど。
思わずツッコミそうになるが、こんな状況でそんなこと言っても仕方がない。
俺はこの場を静めようと、それっぽいことを言うことにした。
「すいません、タオナケはどうも“PTSD”ってやつらしくて、心にもないことを言っちゃう日なんですよ」
「私、女だけど、“PTSD”じゃないわ! 仮にそうだとしても、そういうデリカシーのない発言はやめて!」
「はあ? お前にデリカシーとか言われたくねえよ!」
だけど慣れない言葉を使って慣れないフォローをするもんだから、余計に収拾がつかなくなった。
タオナケはこちらに怒り出し、俺も売り言葉に買い言葉の商戦に乗っかってしまう。
「ふ、二人とも落ち着いて……あと“PTSD”じゃなくて、“PMS”だと思う」
そんな俺たちをドッペルは何とか仲裁しようとする。
「あー、もう、なんでこんなにノイズばかりになるんだ……」
「なんだ、さっきから“PTSD”とか“PMSって。新しいプレイステーションが出るのか?」
「マジ? オレ一人で食っちまうからな?」
そしてシロクロは茶菓子に夢中。
「うちの子が現に怪我したんだ! 今後そうならないよう、何らかの対策を望むのは親として当然だろう!」
「いや、そもそもツクヒ本人はどう思ってるの? 自分の不注意が原因だって思ってないの?」
「……子供には責任能力がない! だから大人が気持ちを汲み取り、代わりに導いてあげなくては」
それでもツクヒの両親は主張を押し通し続けているし、カオス極まりない状況だ。
「あと、その『私、○○だけど~』って言うのやめろ! 自意識つよ子さんかよ!」
俺の近くにあったコーヒーカップが、ひとりでにパリンと割れた。
「え?……なんだ?」
さっきまでのが嘘のように、室内は静まり返る。
逆に俺たちはそれで我を取り戻した。
ミミセンがすぐさま退散を号令し、俺たちは阿吽の呼吸で頷く。
「おじゃましました~!」
「ほら、シロクロも帰ろう!」
「まだ菓子残ってるのに……」
ツクヒの両親たちは、その様子をただ呆然と眺めていた。
「な、なんなんだ、あの子達は……」
うんこ味のカレーとカレー味のうんこ、もしどちらかを絶対に食べなきゃいけないとしたら、どちらを選ぶか?
おそらく物心ついた時分に、誰もが一度は直面したことのある命題だろう。究極的にプリミティブなトロッコ問題とも言えるかもしれない。
僕の答えはここ20年くらいのあいだ変わらなかった。迷うことなく、「うんこ味のカレー」だ。なぜか?それはうんこを食べたくないからだ。うんこの方は、いくらカレー味であったとしても、あくまで"カレー味"でしかない。つまり、うんこはうんこだ。僕はうんこは食べられない。なんかいろいろな尊厳を失いそうだし、わけもわからず親に謝りたくなると思う。
ところがつい最近、僕はこの命題について、もう一度しっかり考えてみた。なぜそんなことを今さら考えるに至ったかは自分でもよくわからない。仕事を辞めてから先、平日の昼間なのにベッドに寝そべって天井の模様を数えたり、フローリングの継ぎ目であみだくじをしたりという生活を送っていたことが何か関係あるかもしれない。
僕は大人なので知っているのだが、世の中にはスカトロジーという性癖がある。つまり、排泄行為や糞尿に対する性的嗜好だ。前に友達とふざけ半分でスカトロのAVを観たことがあったのだが、そこでは見た目は還暦手前くらいの歳なのに、何故かシワが全くと言っていいほど無いツルツルの奇妙なおばさんが自分の出したうんこを自分で口に詰め込み、体に塗り、何が楽しいのかオットセイのように絶叫していた。しかも一度だけではない。その回数、3時間の映像内でゆうに4回。こういう人ってふだんどういうことを考えて生きているんだろう。
妙齢の女性が4回は食べられる、ということは、おばさんのポテンシャル抜きに考えても意外な結果だと思う。これだけでも僕のうんこに対するハードルがだいぶ下がるような気持ちだった。
ネットで調べただけの知識にすぎないが、大小や形状あれど、うんこの致死量はおおむね"一本"らしい。この致死量もあくまで仮定でしかない。
例えばカフェインの致死量は400mgだが、これはコーヒーカップ4~5杯分にあたる。コーヒーが大好きな僕などは、ファミレスに行くとそのくらいの量は全然余裕で飲んでしまう。
さらにスカトロもののAVでは、女優さんは撮影の前後にちゃんと抗生物質を飲んでいるらしい。よく考えたら当たり前だ。万が一体になにかあったら大変だ。僕の前働いていた会社では、うんこを食べて何かあったとしてもおそらく労災すら降りない。僕の会社はうんこを食べる業態ではなかったのだ。AV業界は福利厚生がしっかりしているな。だからこそおばさんも安心してオットセイになれるのだ。
話が少し逸れてしまったが、なにも毎日カレー味のうんこを食えと言われているのではない。究極の選択、つまりここぞという時、マジでどっちか絶対食べなきゃいけない時にどちらを選ぶかということだ。
ここで"うんこ味のカレー"についても、もう一度考えてみる。
僕はもう子供じゃないので想像ができる。みんなも想像してみてほしい。うんこ味、ということは香りももちろんカレーではないはずだ。
ここで更にマズいことが起こる。カレーというものは大抵の場合においてホッカホカだ。もう言わずとも分かると思うが、加熱により香りが倍増したそれが、白いごはんと一緒に目の前にあったらどうだろうか?僕はもう無理、いろいろと無理だ。不快感がうんこ単体に対するそれの比じゃない。においは人の記憶と深い関係があるというが、きっとこちらを選択してしまったら死ぬまで忘れられないだろうな、と思う。例えば大きな仕事を成し遂げたとか、婚約だとか、この先の人生で何か節目となるような喜ばしいことがあったとしても、その度にふとこの選択肢を取ったということが頭によぎって背すじがピンとしてしまうだろうし、死ぬ直前にも絶対に走馬灯で出てくると思う。香り付きで。
だからきっと、実際にカレー味のうんこが目の前に出てきたら、僕は完食はおろか近づくことすらままならないはずだ。
と、あまり積極的な理由ではないものの、僕は齢28にして"カレー味のうんこ"という選択肢を初めて手に取ることができた。
大丈夫、致死量はあくまで仮定でしかないし、抗生物質だってある。においも味もカレーでしかないのだ。もしためらいそうになったら、カレー味でもないのにうんこを4セット食べるあのおばさんのことを思い出せばいい。きっと一歩を踏み出せる。
なんなら、うんこを食べたって事実がネタになる。"うんこ味のカレー"と違って、"カレー味のうんこ"は"うんこ"なのだ。子供の頃こそ、うんこ=悪みたいな風潮で、小学校のトイレでうんこをしただけで重罪人みたいな扱いだったが、もう僕たちは分別のある大人、しっかりとした判断ができる。うんこは罪ではない。うんこはおもしろい。数少ないが仲の良い友達だっているし、きっと笑ってくれるだろう。食糞という体を張ったネタを、あのカレー味がアシストしてくれる。そう思うとうんこって食べ得じゃない?
だいいち僕は無職だ。端的に言って死にたいのだ。大した経歴もないし仕事もできない、社交性もなければこれといって好きなこともない。もうすぐ30歳。はやくバイトに行けばいいのに、平日の昼間から「カレー味のうんこはどうだろう?」と一生懸命考えている。もう死んでもよくない?うんこ食って死んで誰かに笑ってもらえたらそれはそれで嬉しい気がする。親とか尊厳とかどうでもいいだろ。
そういうわけで、いまの僕は究極の選択を迫られた時、「カレー味のうんこ」を選ぶことができます。年齢を重ねると今まで分からなかったいろんなことが見えてくる。みなさんも大人になったいま、よかったら改めて考えてみてください。新しい発見があるはず。
僕はそろそろ日払いのバイトに行って小銭を稼ぎます。国民健康保険とか住民税とか払わなきゃいけないので…。誰にでも明日はやってくるんだよなあ!!
一連の増田をみて反省したのは男はズボラで、やってもらって当然と考えるものばかりと決めつけてはいけない。
それはそうと昔の職場でひたすらコーヒーカップを机に積み上げていく課長思い出した。
自前でなくお客用のカップ。
主にコーヒーを飲むけどお土産でもらった花が開くタイプの中国茶の残りかすが入りっぱなしだったりする。
ある程度たまったら誰か女性の部下が洗っていた。
「飲み終わったらせめて流しまで持っていってくださいよー」
「わかっとるんやけどなー。すまんなー」
小さな雑務をふやす課長も許容する部下も褒められたものじゃなかったなと。
この調子のいい上司に親しみや信頼関係があったわけでもないし。
そんなことを思い出しただけでオチはない。
毎朝コーヒーカップ片手に新聞を読む。大人のルーティンに、そろそろ私も慣れてきた。
だが、外面だけ取り繕っても所詮私は子供。どこへ行き何をするべきなのか、未だに分からない。
思えば、子供の頃から親の言う事を素直に聞いて生きてきた、中学の部活も、大学受験も。反抗期は無かった。親の敷いた終着駅の見えないレールを、何の疑問も抱かずひた走っていた。
しかし、大学に入り、急に親から「お前の人生だぞ」と、突き放された。私は自分がからっぽである事に気付いてしまった。
自分を埋めてくれる何かを探していた私は、テニスや演劇、競技ダンス、気になつた事になんでも首を突っ込んでみた。
活動は楽しく人も皆優しかった。けれども、みんな自分の中に好きなもの、嫌いなものを持っていて、何でも好きで何でも嫌いな私が、知ったかぶりで同調していいものか分からなかった。深くは分かり合えなかった。私は何が好きなのか、結局最後までよく分からなかった。
就職活動が始まった。友人が慌ただしそうにしている中、私も企業のセミナーへと足を運ぶ。
未来を熱く語るサラリーマン。言葉は心に届くまでに、薄いもやがかかる。
目標や使命を持って働く人に憧れる。だが、私がそれになれるとはあまり思えなかった。
私はどうすればいいの?
自分で見つけなければいけない、そんな事は分かっている。
でも、良かったら、何かアドバイス下さい_:(´ཀ`」 ∠):
世界一の乗降客数を誇る新宿駅から、中央本線快速列車に乗り、1駅。
北口を出ると、まっすぐに伸びた中野サンモールへと続く道。左手には中野サンプラザを遠目に、アーケード街へと導かれる。
様々な店舗に目を引かれながら、人の流れに沿って進んでいくと、いずれ中野ブロードウェイへと辿り着く。
ドラッグストアや、ファストフード店や、金券ショップや、喫茶店といった、アーケード街のありふれた風景から一転して、漫画やフィギュア、レトロゲームが並ぶニッチでディープな世界へといざなわれる。
向きを変えて、中野サンモールの道半ばを右へ逸れると、空気は一変、飲み屋街が現れる。中野北口一番街。
夕方、仕事を終えたサラリーマンたちは、中野サンモールから外れて、一日の疲れを癒やす。客引きは、今日も威勢良く酔っ払いに呼びかける。
反対に、中野サンモールを左手に進むと、先ほどちらと見えた中野サンプラザが姿を現す。
休日には、広場でテントが張られ、様々な催しが街を活気づける。
幼少期からこの街によく訪れていた記憶とそう相違なく、頻繁に発着するバスや電車の音、スーパーの買い物袋を下げた家族連れの足音、ふと立ち寄った喫茶店のコーヒーカップの立てる音、すべてが心地よく、全身に澄み渡る。
この地に足を踏み入れる度に、ただいま、と言いたくなる。
点線に沿って下半分だけ綺麗に切り取られたような夜だった。
シクラメンは設問に答えない。申し訳程度に首を傾げて空が落ちてくるのをずっと待っていた。
前線には四人の仲間がいて、それぞれがそれぞれのグラスを感傷で満たす。賢人はノートを切り離さないらしい。
電解質の消しゴムで春の憎しみを描いていたら、Bluetoothが起動して心と頭がペアリングされた。
面接で言えなかった特技は忘年会で昇華しようと思う。OB・OGなら笑ってくれるだろう。
検閲されなかった痛みは二週間遅れで僕の髄膜あたりに再降臨した。成功したと思っていた告白が、卓袱台と化して寝込みを襲ってくるように。
ボールペンが滑り、万年筆が掠れる。鉛筆は言い当ててもらえなかった。ただスプーンだけがコーヒーカップに寄り添い、勝者の笑みを浮かべている。
その友達は昔から男運がなくて、ストーカー気質の人につきまとわれたりした。その経験から「現実の男性より、芸能人とかアイドルの方がいい」と言っていた。しかしとあることがきっかけで、彼女はそのアイドルのファンをやめた。「もう女の人しか信じられない」状態である。それが今年の1月の話であった。
桜の蕾が膨らむ三月、彼女はその人に出会った。今まで彼女にくっついてきたどんな男より優しく、そして何より彼女を大事にする人だった。私から見ても二人はお似合いだった。付き合う、と聞いた時は心から祝福した。私は不安なことがあったらすぐ言ってね、と伝えた。でも多分、この人なら彼女にそんなことはしないだろう、と思っていた。春はもうすぐ側にきていた。
めくるめく夏五月、二人は青々しい若葉のようだった。彼はどんなものがすきで、この前こんなところに行って、とても楽しかった、と嬉しそうに話してくれる。少し前まで男関係で落ち込んでいた彼女とは思えない。彼氏の話が多いのはまあ仕方ない。一方で彼氏の方といえば、かなり彼女にベタ惚れのようだ。私の前では見栄を張っているのだろうけど、割と隠しきれていない。そういうところもすべて含めて、二人は若くて、きらきらした恋人だったと思う。
そして秋、冷え込みと温かさの繰り返す10月。突然の彼女からの電話。なにやら落ち込んでいる様子。どうしたの、喧嘩?と聞くと、彼女は
「男ってみんなそうなのね」
という。よくよく聞いてみると、彼がセックスしたいと言ってきたそうだ。手を繋いだり、キスしたりするのはもう慣れたけど、と彼女は言う。何せ彼女がファンをやめたアイドルは、下半身事情で取り沙汰されたからだ。悩むのも頷ける。
私は本当に嫌ならそう伝えるべきだし、もうすこし時間を置いてみるのもいいんじゃない、と伝えた。彼女はありがとう、と言った。
二週間後、再びの電話。
ついに別れてしまったか…!と心配するより先に電話に出た。開口一番彼女は、
「開通しました!」
私は思わずは?と言ってしまった。あれだけ拒んでたのは何だったの?!と問い詰めた。するとどうやらそういう雰囲気になった後、見栄を張って引くに引けなくなって、ということらしい。私の杞憂だった。男女は大体そういうものなのかもしれない。彼女の明るい声を聞きながら、私は窓を開けた。涼しい風とともに、カラスの鳴き声が響いた。なんてあっけない秋。
後日彼女に会うことがあった。お互い忙しいので会うこともなく、8月以来である。
「男ってみんなそうだよねえ」
と感慨深そうに言った。
どうせみんな変態なのよ、と笑っていた。真面目そうな人でも頭の中は変態なの、男はみんな変態!いつもエロいこと考えてる!と言い張ってきかない。私もその意見を全否定こそしなかったが、彼女の言い方はなんだか癪に触った。
確かに男性は女性よりも、性的なことを考えているかもしれない。でもどんな男性もそうである、というのは言い過ぎではないだろうかと思う。彼女の多くの友人が、性欲の旺盛な男性と付き合っているのも影響しているだろう。彼女はついに身内の性欲について話し始めた。それは触れないでほしい話題のはずだ。よもやセックスが彼女を狂わせたのだろうか。
「男ってみんなそうだよねえ」
そうなんだろうか。
私は男性と付き合ったことがない。その上男兄弟もいない。なのでよくわからない。どんな男でも、いつも性的なことで頭がいっぱいだと思って置いた方がいいのだろうか。もしそうだとしたら、私はこれから異性とうまくやっていける自信がない。出家したお坊さんぐらいしか希望を見出せない。性欲というコーヒーカップで楽しそうに回る男性たちの図が頭に浮かんだ。もうダメかもしれない。教えて増田さん。
でもコーヒー飲みたい。どうしよう。
そうだ! 2年前に買った bodum のフレンチプレスがあるじゃん!
コーヒー豆は粗挽きじゃないとダメらしいので、いつも使ってるHARIOのコーヒーミルの調整ネジを左に数回カチカチ回す。これでオッケー。
1杯分のコーヒー120ccにつきコーヒー豆7gってことなので、今回は2杯分、240cc作ることにした。
14gのコーヒー豆をコーヒーミルに入れて、ハンドルをゴリゴリ回す。いつもより力が要らず回しやすい。かなり粗挽きに仕上がった。
続いて、中性洗剤とスポンジでよく洗っておいたフレンチプレスに、粗挽きコーヒーをガバッと入れる。そこへ、少し冷ました熱湯240ccを注ぎ入れ、フタをした。
そこでいきなりプランジャーを押し下げるというミスをやらかしてしまった。
だってー、だってー、日本語の説明文の文字がちっちゃいしー、なんか日本語も分かりにくいんだもんー(言い訳)!
あわててプランジャーをゆっくりと引き上げた。まあ、そんなに影響はないはずだ。たぶん。
で、4分待って、またプランジャーをゆっくりと押し下げて、あらかじめ温めておいたコーヒーカップに注ぐ。
うーん、なんか色が薄いな。微粉も全然出ない。もしかして粗挽きにしすぎたのか?
うん、薄い! 超薄い。 しかも超酸っぱい。なにこれ。
たぶん粗挽きにしすぎた。だってコーヒーオイルが全然浮かんでないし、微粉もゼロだし。
いきなりプランジャーを押し下げたこともなにかしら影響しちゃったかもしれない。
ペーパーフィルターいちいち買うの面倒だし、当分フレンチプレスでコーヒー淹れようと思う。おいしくなるまでいろいろ試行錯誤してみる。
コップは、飲み物用の容器全般のことをいい、カップもグラスもコップの仲間です。
コップは、英語のcupで、飲料を入れる容器全般のことをいいます。取っ手の有無や素材などは関係なく、全部cupです。
カップは、取っ手があるコップのことです。 カップの語源は、オランダ語で「飲料を入れる取っ手のある容器」=kopからきています。
グラスとは、ガラス製のコップのことです。
日本では、オランダ語のkopと、英語のcupが混在してしまったので、このように複雑になってしまいました。
ワイングラスは、取っ手がないので、グラスです。
優勝カップは、取っ手付なので、カップです。
マグカップも、取っ手付なので、カップです。
ジョッキは、コップの一種ですが、カップでもグラスでもありません。取っ手付でガラス製のため、どちらにも分類できません。
カップ麺は、取っ手がないのに、なぜカップなのでしょうか。
これはカップ麺の開発時、安藤百福がアメリカでコーヒーカップにチキンラーメンを入れて食べてられいるのを見て、カップ麺というネーミングを思いついたそうです。
来客として伺って、
(くたびれたタオル出された事は無いけれど。顔拭くフェイスタオルくらいは持って行くし。)
お客様用は新品(のり付いてるので一回洗うので新品ではないか)、
若しくはブランド品ではなくてもふわふわのタオルを出しています。普段は使いません。
来客用として分けています。
同じように、コーヒーカップやお皿の類も来客用は普段使わない良いものを用意しています。
業者に貰い物の薄いタオルも、家族や自分では使ったりもしていましたが、今はあまり使いません。
たまに良い物もあるのですが。
私は学生時代からの友人たちが泊りに来た時も、タオルはうちので良かったらあるので荷物増やさないでいいよと
告げていても、持ってきている子もいました。
それか、綺麗で乾いている洗い替えが、たまたまなかったのかも。
思い出すだけでも腹が立つが、誰にも言えないのでここで吐かせてほしい。
○○というのは、私と彼が知り合ったコミュニティにいる女性だ。
○○さんと彼は、私より先にコミュニティで知り合っていて仲が良く、私も○○さんは雰囲気が良くていい人なんだろうなと思っていた。
そのコーヒーカップは実際すごく可愛くて、○○さんはセンスがいいな、なんて思っていた。
それから数ヶ月後、彼が引っ越すのを機に半同棲することになった。
彼は引越しの段ボールからコーヒーカップを出して、「これ!前に見せたやつ。すごくいいよな!」なんていいながら、棚に飾った。
私も「ここに置く方がいいんじゃない?」なんていいながら、引越しの手伝いをした。
手に取ってみると、少しザラザラしており、茶色で厚みのあるカップは温かみがあって、私もすごく気に入っていた。
それから一カ月後。
彼とセックス中、彼が昔付き合ってた女の子とのセックスの話になった。私も興味半分で聞きたいと言った。
すると何人目かで、「俺さ、○○とやったことある。」という衝撃の事実が出てきた。
正直ショックだった。彼は別に悪いことしてるわけじゃない。そういう関係になったのも、私がコミュニティに入る前で、結局付き合うまでには至らなかったそうだ。
でもすごくモヤモヤした。あのコーヒーカップを私に見せてきたとき、○○さんとのことを思い出したりしていたのだろうか。私が可愛いといいながらコーヒーカップを手に取っていたときどんなことを思っていたのだろうか。そんな考えばかりが頭の中をループしていた。
自分でも意味がわからないくらい悔しくて悲しかった。ただの嫉妬だと言うことも理解している。
でもある時我慢できなくなって、正直にショックだった、なぜ今まで行ってくれなかったの?と伝えた。
すると彼からは案の定、「言う義務はないし、俺も忘れていた。全部の経験を話すことなんて出来ない。それに聞きたいと言ったのは君だ。」と帰ってきた。
私が「○○さんは私も知っている人だし」
と食い下がると、○○とはネット上で話しただけだろ、君はあの子の何を知っているの?何も知らないだろう、と一喝された。
その言葉は余計に私のメンタルを打ち砕いた。確かにそうだ。そうだけど、このモヤモヤはなんなんだ。
あのコーヒーカップさえなければ、ここまでモヤモヤすることはなかったと思う。
今まで何度もコーヒーカップを褒めた自分がすごく惨めに思えてくる。
コーヒーカップを飾るなら、一生言わないで欲しかったし、言うなら捨てて欲しかった。
コーヒーカップを目にしても、○○さんとの関係を忘れていたと言い張る彼への疑念。
彼はそのことに気づいているのかいないのか、何も言ってこない。
処分して欲しいと言えないままに一ヶ月が過ぎている。
うわさの3話見た
バスを動かすための電池を充電する設備が山の上にあるからそこ目指そうっていう話
ロープウェイがあったけど当然ぼろぼろで使えない
どうしよっかーってところでトキがひどい歌とともに登場
サーバルは頭かかえてたけどかばんは「歌どうだった」ときかれて「すごいきれいな羽だね」と答える黒さを見せ付けた
サーバルは山を直接登り、かばんはトキに飛んでつれてってもらうことに
喫茶店みたいなことやってるけど久しぶりの客でうれしいという
でもかばんが客じゃないというとつばをはく
そのあとは充電して、お客がこないって問題にかばんが対策考える
この山を飛んで超える鳥にむけて地上絵を書いた
そのあとは足こぎロープウェイみたいなのをボスが整備して、サーバルがこいでかばんとふたりのりして山をおりた
笑ってる場合じゃねえよ
おもしろいってのは何気に重要なセリフとかがちりばめられてるからってのとか、
ケモナーの博士が動物を改造した世界?って感じ(考察とかは一切読んでないから知らん)
相変わらずカワウソイイケツ
前話:http://anond.hatelabo.jp/20161211080009
第1話:http://anond.hatelabo.jp/20160131184041
月曜日の朝、俺は4日ぶりに普段通りの時間に起き出した。いつものように、リビングで母さんがコーヒーを飲んでいた。
「お腹すいてるでしょう」
左手にコーヒーカップを持ったまま、母さんはコンロに手をかけた。
「風邪は良くなった?」
風邪なんかじゃなかった。ただ、学校に行くのが辛くて、学校であったことを話すのが怖くて、体調が悪いふりをしていたんだ。
「母さん、」
「ん?」
母さんは何でもないようにそう返事をしながら、白い平らなお皿に、三角形のフレンチトーストを2枚載せて、テーブルに持ってきてくれた。
「みんな俺が犯人だと思ってるんだ」
フレンチトーストを見つめながら、俺は声を絞り出した。
「犯人って、何の?」
「ケンジが隠したって疑われてるのね」
「最初は俺はやってないと思った。俺はただ、隠された上履きを見つけただけだと思った」
「でも、今は?」
母さんが優しく問いかけた。俺は心のどこかでは、今でも自分は潔白だと思っていた。
「夢を見たんだ」
「そう。どんな夢だった?」
「そんなの、ただの夢じゃない」
確かにあれは夢だ。でも、
「思い出せないから、夢で見たことが本当の記憶かもしれないって思ってるのね」
俺は黙って頷いた。
「そうね、お母さんはあなたがそんなことするの想像できないわ。でも、もし本当に自分がやったと思うなら……」
もし、俺がやったんだったら、怖いことだ。俺は陰湿で、変態で、嘘つきで、自分がやったんじゃないと都合よく思い込んで、タカヒロを怒鳴って追い返してしまうような、ひどいやつだ。だから、そんなこと考えたくなかった。
「謝っちゃえば良いじゃない」
気が抜けるほどシンプルに、母さんはそういった。
「大したことじゃないのよ、上履き隠しなんて。あなたはまだ小学3年生なんだから」
「小学生の男の子は時々そういうことをするのよ。あなたは少し大人びている方だから、お母さんも驚いたわ、でもね、」
手が止まった。
「お母さん、少し安心したのよ」
背中が急に軽くなった気がした。俺は、母さんを心配させるとばかり思っていたから。
「あなたは小さい頃から大人しくて、本当に手がかからない子で、お母さん、すごく助かったのよ。うちには、落書きの跡とかないでしょう、あなたが生まれてから、一度もリフォームしてないのよ」
母さんは昔を思い出しているようだった。
「あなたくらいの年の男の子なら、高価なものを壊したり、お友達をいじめたり、おもちゃやゲームを友達と取り合って喧嘩したり、女の子をからかって泣かせたりするものなのよ。でもあなたは一度もそういうことしたことがなかった」
だから、と母さんは続けた。
母さんはそう言って、二杯目であろうコーヒーをカップに注いだ。
「母さんは、俺がやったと思う?」
「そんなこと、お母さんにはわからないわよ。本当のことを知っているのは、あなたの心だけでしょう?」
「まだ、わからないんだ」
「そうね」
少しのカップを見つめた後、母さんは俺に向き直った。
「なんでそんなことするの?かわいそう・・・」
こんなんばっかで要約すると喜怒哀楽のどれかを主張しているだけで、
しかもネガで非合理的なものでさえ1万以上の「そう思う」を獲得している。
それが不可能だったことも考えないし、
読むものにとってメリットとなる情報が書かれているわけでもないのにいつもトップに居座っている。
一体これはどういうことなのか?
一度押したら解除できないのが後押ししているだけで実際は深く考えずに押しているのだろうか?
どちらにせよ国内最大規模のニュースサイトの利用者の大半が馬鹿ばかりって危険じゃないだろうか?
「人工ミルクよりも母乳が赤ん坊の健康にいいなんて、母乳の出ない母親を追いつめるようなことは言わないで欲しい」
これがなんとなんとの16000以上のそう思うを獲得、そう思わないは2000程度だった。
例えコーヒーカップに3時間突っ込まれても回され嘔吐しかできなくなっても、
それなりの良識のある人間なら決して出てこないようなトンチンカンなこのコメントがなんと16000人以上からいいね!されてる。
この16000人が気が狂った母乳の出ない母親ならいいのだが。
いや、良くないな。
このような母親に育てられた娘はまた母親と同じように何かあるごとに追いつめられていると被害妄想を募らせるに違いない。
1億総活躍よりも世論が感情的になりすぎていることに対して何らかの政策を打つべきだろう。
この毒ともいえる意味の分からない正義意識の暴走した怪物をほっておくと将来的に東日本大震災よりも大きな損失をもたらすと思う。