「……君ら、本当にツクヒの見舞いで来たのかい?」
さっきまで穏やかだった二人も、さすがに表情を強張らせている。
まあ無理もない。
指摘自体は間違ってなくても、友達を心配している人間が投げかける言葉としては健全じゃあない。
「確かに客観的に見て不注意ではあったと思うし、こちらに落ち度がないといったら嘘になるけど、そういうことって誰にでも起こりうることだ」
「そう、それを踏まえて対策しない、この国の交通管理にも問題がある!」
とはいえ、この人たちも言ってることが少し変な感じだ。
一理なくはないけれど、何かズレているような気がする。
「生身の人間と車なら、車の方が危険なんだ! そのことを君たちも“自覚”すべきだ!」
タオナケの言葉で冷静さを失ったのか、分かりきったことをやたらと強調してくる。
車が危ないってことくらい分かった上で、みんな今回の件はバカげてると思っているんだけど。
思わずツッコミそうになるが、こんな状況でそんなこと言っても仕方がない。
俺はこの場を静めようと、それっぽいことを言うことにした。
「すいません、タオナケはどうも“PTSD”ってやつらしくて、心にもないことを言っちゃう日なんですよ」
「私、女だけど、“PTSD”じゃないわ! 仮にそうだとしても、そういうデリカシーのない発言はやめて!」
「はあ? お前にデリカシーとか言われたくねえよ!」
だけど慣れない言葉を使って慣れないフォローをするもんだから、余計に収拾がつかなくなった。
タオナケはこちらに怒り出し、俺も売り言葉に買い言葉の商戦に乗っかってしまう。
「ふ、二人とも落ち着いて……あと“PTSD”じゃなくて、“PMS”だと思う」
そんな俺たちをドッペルは何とか仲裁しようとする。
「あー、もう、なんでこんなにノイズばかりになるんだ……」
「なんだ、さっきから“PTSD”とか“PMSって。新しいプレイステーションが出るのか?」
「マジ? オレ一人で食っちまうからな?」
そしてシロクロは茶菓子に夢中。
「うちの子が現に怪我したんだ! 今後そうならないよう、何らかの対策を望むのは親として当然だろう!」
「いや、そもそもツクヒ本人はどう思ってるの? 自分の不注意が原因だって思ってないの?」
「……子供には責任能力がない! だから大人が気持ちを汲み取り、代わりに導いてあげなくては」
それでもツクヒの両親は主張を押し通し続けているし、カオス極まりない状況だ。
「あと、その『私、○○だけど~』って言うのやめろ! 自意識つよ子さんかよ!」
俺の近くにあったコーヒーカップが、ひとりでにパリンと割れた。
「え?……なんだ?」
さっきまでのが嘘のように、室内は静まり返る。
逆に俺たちはそれで我を取り戻した。
ミミセンがすぐさま退散を号令し、俺たちは阿吽の呼吸で頷く。
「おじゃましました~!」
「ほら、シロクロも帰ろう!」
「まだ菓子残ってるのに……」
ツクヒの両親たちは、その様子をただ呆然と眺めていた。
「な、なんなんだ、あの子達は……」
≪ 前 「ごめんくださーい」 俺たちは見舞でツクヒの自宅を訪ねた。 勿論それは建前で、本当の目的は事情聴取。 第一発見者なら、ツクヒを轢いた車を見ている可能性も高いだろう...
≪ 前 こうして俺たちは、この言い知れない謎を解明するため捜査に乗り出した。 ツクヒを轢いた犯人はどこの誰なのか。 いや、本当に車に轢かれて怪我をしたのか。 そうじゃなか...
≪ 前 信号機の管理には、警察が大きく関係しているらしい。 「ん? 信号機の設置ですか」 「ええ、交通事故が最近あったでしょう。そこに設置しようってことで」 「ああ、あれ...
≪ 前 結局、HRの時間になってもツクヒは現れない。 そして、その理由はすぐに分かった。 「先ほどツクヒ君のご両親から連絡がありまして……登校中に車に轢かれたようです」 突如...
≪ 前 そうして俺たちは、その信号機のある場所へ赴いた。 「この信号機が、この町のシンボルさ」 俺の通う学校の大通りから少し離れた、脇道みたいな場所。 そこにポツンと設置...
俺の住む町は田舎ってわけじゃないけれど、控えめに言ってマイナー、はっきり言えば中途半端なところだ。 それでも年に1回くらいのペースで、ガイドブックの流れに逆らって上陸し...
≪ 前 「あの二人、すごい剣幕だったね。最初の穏やかさが嘘のようだ」 「ああいうところは、やっぱりツクヒの親なんだなあ」 ただ、あの態度は少し気になる。 子を思うあまり感...
≪ 前 前置き通り、語られた真実はシンプルだった。 あの日、目覚まし時計が鳴らなかったせいでツクヒは寝坊してしまう。 「は? 何で鳴らないんだ? いや、鳴っていたのに起き...