「見世物小屋」を含む日記 RSS

はてなキーワード: 見世物小屋とは

2018-01-01

長寿早押しクイズとか加藤一二三九段面白がるの、見世物小屋だよね?

アキラ100%もアレ女性にしたら性の搾取だとかで燃えると思うんだよなぁ。ポリコレ的にも現代地球でやるべきものじゃないんじゃない?

年寄りアキラ100%見て喜んでるって、相当ヤバいネタだという自覚はあるんだろうか・・・

2017-12-29

貧困見世物ショーそんな楽しいか?

リアルカイジの話な

創作から楽しめるけど、リアル貧困層とか単に病識のない障がい者の人たちだろ

必要なのは手を差し伸べて、病院に繋げることなのに見世物にして何が楽しい

見世物小屋時代に逆戻りしとるやんけ

2017-12-26

anond:20171226145319

で?

それのどこが「整ってない」の?w

そういう人間が持て囃された時代があることぐらい知ってるけど、「パーツバランスの整ってない人間が持て囃された時代」は知らないな~。

見世物小屋の話?

2017-12-25

意識高い系リアルで遭遇して感動した

東京に来て半年になるけど、はてなブログ匿名ダイアリーでいっぱいいる意識高い系みたいなの、あれ絶対ネタとかそういうキャラなりきり的なノリで書いてるんじゃねえのって思ってたけど、割と普通に遭遇してあまりの衝撃と感動に草を抑えきれなかったwwww

いやー、あれ誰か親とか友達とかでもいいから周りが社会常識というか、現実教えてやる奴とかいねーの?地獄のミサワとか意識高い系小馬鹿しまくった漫画とかアニメとかドラマとかさ、親からどんな躾受けて、どんな痛々しい会社に入ったらあんなのに育つんだよ、ITエンジニアやるよりお笑い芸人とか見世物小屋珍獣ショーや大道芸としてやった方が絶対飯食えるぞあれw

と思ったけど、いい年こいて周りに友達もおらず、彼女もおらず、嫁さんもおらず、周りから引かれて見放され、誇れるもの技術ブログ勉強会感想と、SNSフォロワー数だけで、中途半端に恒久的な上流の立場で高給稼げたり上流での資質があるわけではないけど飯は食えるだけの能力はあるみたいなのが一番悲惨なんだろうな、と思う

そう思うと同時に、少なくともこのはてなネットで、かなりの数の彼等のようなのがいっぱいいるんだが、割とマジで将来とかどうするんだろうと考えると、途端に寒々しいものを感じてしまう。

そういう普通に躾や教育を受けてたら、いいにしろ悪いにしろ想像性や共感性があるかないか、ほんの些細なことで、ああなるかならないかが決まってしまうなんて、人間って不思議な生き物だなと思う

2017-12-20

劇団 竹の公演『人形を殺す』を見に行った記録

ちょっと前のハナシになるけど、都内の小劇団の公演を見に行ってきた。

というか、なんかこの2ヶ月、小劇団を観に行くことが多くて。

(いや、そんなマニアみたいに毎日、毎晩ってわけじゃないけど)

キッカケは、

  https://anond.hatelabo.jp/20170925212923

この劇団で。

でもって、出演していたキャスト新宿ゴールデン街バイトしているという情報を聞きつけて、その店を仕事の接待の2次会で使ったのよ。

いろいろと話も聞きたかったし。

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そしたら、その女優さん。

舞台の上の颯爽とした男装イケメンぶりとはまったく違うホニャホニャ~っとした実に気立ての良さそうなお嬢さんで。

思わず「よ~しオジサン太っ腹なところ見せちゃうぞ~!」と彼女の新しい公演のチケットを購入したのが一ヶ月以上前。

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演目は『人形を殺す』(劇団 竹/竹林 林重郎 作)

そして、ちょっと前に劇場に行ってきた。

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例によって記憶を記録に変えるため、ここに自分の感じた印象を残しておくことにする。

随所にその後の聞き取りで得たデータもはさんでいくんで、そこはご参考までに。

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■全体として

いろいろと語りたいことはあるけれど。

まずは。

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      まさかこのオッサンが芝居で爆泣きさせられるとは思わなかった。

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もう、その、なんだ。このイヤな感じに古びてネジれまくった心のどこに、こんな涙が残ってたのか、ってくらい。

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全体のアウトラインとしては。

(もう公演も終わったことだし、ネタバレいいよね?)

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とある一家の主人、フトシの葬儀に彼の隠し子ミツルが訪ねてくるところからストーリーは始まる。

子供世代にあたる長男、長女、後妻の連れ子、隠し子の4人を物語の中心として、彼らの記憶にある父、父の愛人、母、後妻の姿が交錯する。

回想を交えて次第に明らかになっていく機能不全家庭のかたち。

すでにそれぞれの人生を発見、構築して、最後手仕舞いとして葬儀に集まった子供世代が “その後の物語” を交換しあい、そして何を選択するか。

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という感じ。

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安直なプロモーター/宣伝担当者だったら “失われた家族の再生の物語” とか言うところだろうけど。

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これは “再生” じゃない、“自己修復” だ。

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どこからか聖なる光が降り注いで、そして全てが安直に元通りになるんじゃなくて。

命がけで力をあわせ、新しい家族システムとして自己修復していく物語だ。

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機能不全家庭のサバイバーたち、それぞれが心で悲鳴を上げながら過去を振り返り、つながりを模索して、あたらしい動態平衡を獲得する、そんな自己修復過程の身を切るような苦しみを描写し尽くした作品になっている。

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ただ、上に書いたような文芸路線の重たい家族ドラマってだけじゃない。

そこに、キリスト教ヒンドゥー教、アミニズム、シャーマニズムの神々が乱入し、信仰とヒトの関係性が語られ、西武ライオンズの奇跡の優勝が回想され、ときにタブラ4つ打ちテクノに合わせて踊る白装束の群舞とビデオプロジェクションのインサートシーンが交錯し、どこかサイケデリックな、なんというか……

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うん! そうだ! “現代の寓話” だ!

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これまたベタワードだけど、他に形容のしようがない。

(どうしても想像が及ばない人は、ここで、

 “もしも、もしも故・今敏監督が、重た~い家族自己修復ドラマ

  お得意の悪夢タッチケレン味タップリに撮ったら”

 というのを想像してみてください。

 当たらずといえども遠からずのはず)

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うん、これ以上語ってもしょうがない。全体としてはこんな感じ。

「傷ついた人は、傷ついた家族は、成熟とともに修復される……されるのか?」

というのがテーマ

そして俺、爆泣き。

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そして、本公演の劇団である “劇団 竹” の主催者にして劇作家、竹林林重郎氏の作劇術、というかタッチというか、そういうのも、なんとなく見えてきた。

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まず、基本はダイアローグ(1 on 1のトーク)。

モノローグでもポリローグでもなく。

回想シーンのフトシ、サダコその他は隣に聞き手がいるものとしてダイアローグカウントする)

ストーリーライン全体は

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 隠し子ミツルと長女ツグミの対話

 ーーここで父フトシの隠された2重生活と、実の子以上に愛され、

   育まれてきたミツルの姿が明かされる

      ↓

 ツグミと長男シュウタの対話

 ーーいまではヤンママシンママとなったツグミの愛に飢えた幼少期への思いが爆発

      ↓

 シュウタと連れ子ヒデフミの対話

 ーー今となっては過去に見切りをつけ、自身の “家族” を獲得したヒデフミに対して、

   ここでシュウタの最大にして最後の働きかけが大爆発

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という大枠の流れに、回想シーンとして

 ・父フトシと母ノリコの外食

  (後に愛人となるヤスコを含めると3人以上が登場するのはここだけ、だったかな?)

 ・フトシとヤスコの逢瀬

 ・堕胎をうながす継母サダコと反発するツグミ

 ・夢の中でシュウタに、出奔という自分ギリギリの選択を明かす母ノリコ

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といずれも1 on 1。

対話の一方が次の対話に持ち越されるバトンリレー形式で話がすすむ。

(例外はサダコが壁のロザリオを叩きつけるシーンと、ノリコの出奔シーンくらいか)

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というわけでダイアローグ主体の作劇なので。

最後に全兄弟が登場する対話のシーンを見たかった気もするが、そこはビデオ後日談が語られることで代替されている。

というか、前半のツグミ役のキャストのあの演技を見たら、後半まで登場したら、おそらく彼女のメンタルがもたないだろう。

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ラムネさん「んふふ~、それはどうでしょ~?」

俺「おおっ! あなたツグミを演じたラムネさん! アレくらい、余裕っすか?」

ラムネさん「んふふ~」

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と、明確な答えは得られず。

ただ、別に彼女のコンディションに配慮したわけではなく、たんに作劇上、そうなっただけらしい。

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余談。

確かなことは。

無軌道な妊娠と出産、自分を一番に思っていた継母を鬱病と自殺に追い込んでしまった(と考えている)彼女が過去を悔いて流す涙。

ツグミの慟哭はそれだけの迫真・魂の演技だった。

余談終わり。

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もう1つ。

ストーリーを裏から支える暗喩のレベルが。

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 気にしなければ流すこともできる。

 気にして、拾い上げるつもりがあればハッキリと分かる。

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というレベルキッチリ統一してあるのが気持ちいい。

(いや、これは俺の思い上がりで、拾い上げてないレベルメタファーがドッサリあるのかもしれないけど)

たとえば。

ミツルツグミが同時に正座をといて、「ここから深い話をしよう」という意図を見せたり、とか。

ヒデフミが現在ではロザリオ製造業に努めていて、毎日キリスト十字架にかけている、つまり、 “完全な棄教者” であることを暗示したり、とか。

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いろいろなレベルで多層的にメッセージが投げかけられてくるのが気持ちいい。

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そして、ストーリーに大きな比重を占めているビデオプロジェクションについて。

冒頭、中間エンディングと(自分が覚えている限りでは)3回、舞台の白壁をスクリーン代わりに、撮影・編集済みのビデオ映像が使われる。

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1回目はオープニングタイトルなので、深い意味はない。多分。

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2回目は、うーむ、解釈に困る。

シヴァヴィシュヌガネーシャブラフマーも出てきた、かな?)とヒンドゥーの神々がサイケデリックビデオコラージュで次々と諸々の事象と一緒にカットバックされる、ある種のイメージビデオ

BGMはタブラ4つ打ちデトロイトっぽいミニマルテクノ

ことなく、今敏っぽい。

無理して考えれば、愛人ヤスコ隠し子ヒデフミの家にあったという、キャラクター人形を並べたデタラメな祭壇から喚起されたイメージの奔流、というところだろうけど。

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というか、ストーリーのキーアイテムがいくつかあって。

1)キリスト教

家族システム自己修復の媒介者、というか見守り人としてのキリスト教の存在と、一般人レベルの、一般人なりの神学論争がたびたび登場する。

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2)多神教シャーマニズム

愛人ヤスコは沖縄のユタ(シャーマン、巫女)の血を引いている、という設定で、ここでキリスト教的な硬い理論体型ではすくい切れないアミニズム、シャーマニズムスピリチュアリズムの象徴として彼女の存在がたびたびクローズアップされる。

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3)フトシ人形

元愛人ヤスコいわく、「死んだフトシの魂が乗り移った人形」。

そもそも隠し子ミツルが「この人形を一緒に火葬してほしい」と持ち込んだところから全てのストーリーが始まっているわけで。

その後は、子供たちの亡き父に代わって踏まれるは、叩きつけられるは、この人形、まさに踏んだり蹴ったり。

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余談。

この人形、終演までよくボロボロにならずにもったよなぁ。

と思ったら、Twitterを見たら劇団の忘年会にまで生き残って参加してるし。

まじで何か乗り移ってね?

余談終わり。

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ビデオプロジェクションの3回目は、エンディング後日談)とスタッフロール

ここで、子供世代が集合して親睦を深める後日談が挿入され、ストーリーに一応の決着がつく。

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と、合計3回のビデオなんだけど。

うーむ、評価に困る。

なんというか、悪くは無いんだけど。

編集も音楽も上手すぎて、なんか、こう、才に疾りすぎているような印象を受けた。

芝居のシーンが不器用な人間たちの不器用なふるまいの話であれば、なおのこと。

逆にいえば、重苦しくなりがちな主題のハシやすめとしては、効果的だった、とも言えるけど。

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ラムネさん「あのビデオなんですけど~」

俺「おお! ラムネさん! ビデオがなんですか?」

ラムネさん「お客さんのアンケートでは、良かった人と、悪かった人が半々くらいだったみたいですよ~」

俺「うーむ、人によって評価はマチマチか。まあ、そんな感じだろうなぁ」

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観劇

で、さてさて。

終演後、もう、あふれる涙をぬぐいながら、挨拶に出ていた竹林氏に突撃インタビューを敢行してみる。

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俺「グスン、あ、あの、最後後日談ビデオなんですけど。やはり、あれは小さな子供たちを舞台に出せないっていう制約があってのことですか?」

(と、最初の軽いジャブのつもりの質問だったんだけど、誤解したらしく)

竹林さん「あ……あれなんですけど……ハッピーエンドってわけじゃ……ないんですよね。

あの子供たちは全員ツグミの子供かもしれないし……。ヒデフミとシュウタが家庭を持つ踏ん切りがついた……とも言えないわけで……。そこはお客さんの判断にゆだねるっていうか……」

.

え? あれ、ハッピーエンドじゃないの?

.

     ∧∧

    ヽ(・ω・)/   ズコー

   \(.\ ノ

 、ハ,,、  ̄

  ̄

.

そりゃないよ竹林さん! こっちは希望の光に魂が洗われるような涙を流した直後だっていうのに。

と、ともかく、気を取り直して次の質問をする。

俺「と、ともかく、アレです。そうだ! あれ、あれ! あのキャストの4人が白装束で踊るダンスシーン! あの挿入シーンには、やっぱりなにか意味が?」

竹林さん「あ……あのダンスシーンには……特に意味は……ないんですよね……」

.

     ∧∧

    ヽ(・ω・)/   またまたズコー

   \(.\ ノ

 、ハ,,、  ̄

  ̄

.

なんてこったい! 全部インスピレーションというか成り行きまかせかい! なんだよコラ! というか、あんな太っといストーリーを産み出しておいて、なんでそんな慢性自信喪失症みたいな振る舞いしとんねん!?

.

ラムネさん「そんなこと、ないですよ~」

俺「おお! ラムネさん! するとあのダンスには深い意味が?」

ラムネさん「1つ1つの振り付けに意味を込めて、竹林さんが決めていったんです~。彼、ダンスができるわけじゃないんで、稽古の一番最初にダンスから始めていって、大変だったんですよ~」

俺「それじゃまた、なんであんなウソを……」

ラムネさん「まあ、あのヒト、照れ屋さんですからね~」

.

うーむ。

いろいろと事情はあるようだ。

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あらためて全体として

というわけで、あらためて全体としては。

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もう、激烈に良かった!

チケット代の倍くらいのモトは取った!

劇団竹、というか竹林林重郎氏は今後も追いかける! 決めた!

という感じ。

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キャストスタッフについて

本来なら、ここでキャストの印象から書くんだけど、先に言っておきたい。

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  こんな気持ちのいい観劇、生まれて初めて!!!

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映画で言うところのプロダクションデザイン、美術のレベルが俺的には空前絶後のハイレベル

舞台というかセットは “そこそこ成功した事業主が建てた一軒家の客間、中央には卓袱台” という固定化された空間なんだけど、まあ、ここの造作が細部まで実にリアル

フトシと妻の外食シーン、ネパール料理屋ではビールが銅製のタンブラーに入っていたりとか、細かいところまで実にリアリティのカタマリ!

サウンドも隅々までハイファイで、SEのキューイング(演劇用語では “ポン出し”だったっけ?)もタイミング完璧!

後ろを見れば、おお! これまでの観劇で初めて卓(コンソール)の収まったコントロールブースがある!!

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今回の劇場、スペース雑遊の設備なのか?

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ラムネさん「いえ~、あのブースは、わざわざ場所を確保して作ったんですよ~」

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ですよね~。

照明も特段の過剰な演出に走ることなく、的確。

何もしていないかっていうと、そんなことなく、舞台のシーン、ネパール料理屋のシーン、

シュウタが心から祈るシーンと、細かく細かく抑揚をつけている。

ともかく、作品の作家性、キャストもさることながら、舞台全体をバックアップするスタッフの力量が、もう、これまでとまるで違う!!

彼らにはノーベル賞ピューリッツァー賞紫綬褒章を金銀パールをそえて贈りたい。

それくらい気持ちよかった。

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劇場の “SPACE雑遊” もじつにいい。ほどよい温度で静かな空調。

ともかく見過ごされがちな観劇のための空間づくりだけど、ここまでストーリー没入を妨げない総合的な配慮は、うん! 控えめに言ってサイコー

この劇団って、いつもこんなハイレベルな制作陣なのか?

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ラムネさん「いえいえ~、前回までの公演は~」

俺「ふむふむ」

ラムネさん「セクマイ三部作っていって~、小さな民家を舞台にしたり~」

俺「なるほど」

ラムネさん「こんな舞台は初めてなんじゃないかな~」

.

うーむ、俺はひょっとしたこの劇団の大新機軸、大飛躍の場所居合わせたのかもしれない。そうだったら嬉しいな。

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そして、キャストなんだけど、はじめに言っておく。

キャスティング上の軽重はあれど、全員が全員、演技巧者の高能力者ばっかり!

どうなってるんだ!

これ、どうやって集めたの? スカウト? オーディション

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ラムネさん「今回のキャストは~、じつはこれまで仕事をしたことがあるヒトばっかりで~」

俺「なるほど、すでに信頼関係のあるキャストばっかりなのね。アナタも含めて。ということは~、二度と呼ばれないヒトもいたりとか?」

ラムネさん「んふふ~、それはどうでしょ~?」

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うむ。ノーコメントなり。

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というわけで。

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■石川雄也(フトシ)

一家のお父さん。酒乱。浮気。全てにおいて、だいたいこの人が悪い。

コピー機の販社を起業して営業のためにキリスト教に入信ってのが痛いくらいにリアル

回想にしか登場しないのに、ほぼ主役。

劇団竹に所属

地味に驚いたのが、ワンカップ半分ならワンカップ半分、ビール1缶ならビール1缶と、アルコールが入った分だけ、確実に立ち振舞いを変えてくる。

上手くいかない事業と美女の誘惑、アルコールへの弱さと、たよりない大黒柱の悲哀を全身で表現。

もっといろんな所で見てみたいと思った。

いやだから見世物小屋の司会とかじゃなくて!

(↑そういう仕事をしていらっしゃるのデス)

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■森川武(シュウタ)

長兄ってツラいよな。

いきなり子供が3人もできた父の辛い立場を理解したのは、このヒトだけ。

そして、彼の祈りのシーンで大事なことが示唆される。

それは、

.

 神はどこにいるのか。

 それは天上界でもオリュンポス山でもない。

 神は祈る心の裡(うち)にこそ顕現する

.

ってこと。

わからんけどね。あくまで俺の解釈)

ツグミの嘆きを受け止める。

そして、ヒデフミの “シンカー投げ” という決別の儀式を見守るだけだったところに、ロザリオのカツーン! という落下(これを偶然か神の啓示か、はたまたシンクロニシティか、どうとらえるかは、それこそ観客にゆだねられている)からの、もう、怒涛の、言いがかかりに近い、というか完全に言いがかりの引き止め工作。

ここに俺は、家族システムが血ダルマになりながら自己修復していく音を確かに聴いた、ような気がする。

そして俺、爆泣き。

劇団竹に所属

こうしてみると、キャスティングも要所々々はプロパーさんで固めているのね。わかる。

.

ラムネさん「このヒト、普段は “コボちゃん” って呼ばれているんですよ~」

俺「おお! 言われてみれば確かに似ているwwww」

(このあと、コボコラの話に盛り上がること5分)

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■江花実里(ツグミ

劇団 架空畳に所属。通称ラムネさん。

あれ、おっかしーなー。

つい1ヶ月前に月蝕歌劇団を観たときには颯爽とした美青年明智小五郎(に化けた怪人二十面相)だったんだけどなー。

いま見ているのはチークの乗りも痛々しい元ヤンシンママだよ。

彼女の後悔の号泣からストーリーが本格的に回転し始める。

しかも、そこに至るまで、彼女の感情は3段階に分けて少しずつ前面に出てくる。

最初はミツル人生を聞いたとき。

次に自分人生を振り返った時。

最後に兄シュウタの腕の中で継母のサダコを想って感情を爆発させるとき。

役者ってすっげーな!

でも正直、この時の俺は爆泣きとまでは行かなかった。

でも、それでいいと思う。

この公演が竹林氏が観客の情動に仕掛けるカチ込みだとしたら、彼女は鉄砲玉というか切り込み隊であって。

あるいは、森川ー佐々木ラインという本隊の大規模侵攻の前に敵陣深く潜入する特殊部隊の役割であって。

「さて、この劇団、どんなものか見てやろう」という観客の批評眼をかいくぐってハートの深いところに潜入し、情動の扉をこじ開けて本隊の到着を待つ。

これが彼女のミッション

いや、実に良かった。

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■辻村尚子(ノリコ)

フトシの最初の妻。

夫の浮気のストレスから子供を虐待することを恐れ、みずから出奔。

舞台が2018年の設定なので、旦那事業の立ち上げ期が80年代末。

キャラ作りが、なんというか、トレンディドラマの女優そのもの

なんかW浅野時代の浅野温子が乗り移った感じだった。

彼女が居間のふちに腰かけて靴を履いて家を飛び出すところが2回、描写される。

つまり天丼なんだけど、

なんでだろ、ビデオその他の映像作品だと天丼って、うっとうしいだけなんだけど。

なんか、生身のキャストがやると重く感じるんだよな。

劇団 竹に所属

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■大森華恵(サダコ)

フトシの後妻。

うつ病で自殺。

なんというか、いろいろと痛ましい。

(継子とはいえ)娘への配慮と、大人の知恵と、世間知と、いろんなものに押しつぶされて最後の選択として自殺、か。

この舞台で、壁に掛けられたロザリオは合計3回、床に落下する。

2回はサダコが床にたたきつける。この時はSEのみの描写。

そして1回はシュウタの祈りに呼応して、本当に落下する。

ここでも天丼(繰り返し)が重たい。

なんというか、堅物で悩み事に弱そうな人物像を的確に体現。

クレジットがないからフリーの役者さんか?

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ところで、ストーリーに挿入される白装束ダンス

石川、辻村、森川と3人までは劇団正メンバーなんだけど、彼女だけがゲストにも関わらずダンスに参加。

ダンスシーンについては、べつに拘束期間とか難易度とか、そんなことは関係なく、竹林氏のメッセージにそった人選なのだろう。

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佐々木光弘(ヒデフミ)

子供が十分な子供時代を生きられず、そのままムリヤリ大人になることを要求されたようなアンバランスな感じ。

わかる。

そして、いまでは自分も義父のようにシンカーが投げられることを義兄シュウタに示すため、最後キャッチボールを決別の儀式として実行する。

と、ここで舞台で実際にボールを投げるんだけど。

キャッチャーシュウタは後ろに下がって観客から見えなくなる。

おそらく板に座布団とか、そういうギミックボールを受けているはず。

.

ラムネさん「いえいえ~、あのシーンは本当にキャッチボールをしていますよ~」

俺「おいマジですかい?」

ラムネさん「本当に最初はキャッチボールの練習から始めました~」

俺「でも暴投とかしたら、危険じゃないですか?」

ラムネさん「ですから~、危険な場所には、あらかじめスタッフを座らせたりとか~」

うむ、配慮も危険対策もバッチリのもよう。

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空飛ぶ猫☆魂に所属

みなさん、それぞれの所属先劇団の看板または主戦級の役者さんなのよね。

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■森川結美子(ヤスコ

沖縄のユタの血を引く、占いもできるウェイトレス

なんというか、どの女優さんも年の頃もビジュアルも大差はない感じなのに、演技と役作りで、その、あれだ、いかにも浮気相手になりそうなフェロモ~ンなプリップリのツヤッツヤな感じに寄せてくるのがすごい。

ちなみに、ご本人に取材したところ、使われていた占いはネパール伝統の占星術(ピグラム暦、という独自の暦を使うそうだ)にタロットカードを組み合わせた架空のもの、とのこと。

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■山川恭平ミツル

フトシとヤスコの子供(つまり隠し子)。

鉄道会社というカタい職業につき、シュウタ以下の兄弟とは別の、なんというか、まっすぐな人生を歩んできたことをうかがわせる人物造形。

朴訥。

観劇直後は「なんか印象が薄いなぁ」だったんだけど。

それも当然で。

俺も含めた観客は、彼の人物ではなく、彼を通して見せられるミツルヤスコの家庭の様子を見せられていたわけで。

キャラクター人形をでたらめに並べた狂った祭壇。

父フトシのハグ。

彼を通してフトシの別の人格と別の家庭を見せられていた。

この役者さんも、おそらく高能力者。ただ本人が嘆いたり動いたりしないだけで。

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んー、こんな感じか。

ともかく、全体としては。

この劇団、劇団 竹、そして主催の竹林林重郎氏は、買いです。

次の公演にも注目して良いです。

自分もそうするし。

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2017-11-30

友達のことを嫌いになってしまった。

異性の男友達なんだけど、

多分本当はずっと前からそうだったのかもしれない。

酒癖がひどく悪い人で、酔っ払ったときの彼の態度や言葉かいときどきすごくイヤだ。

私は地方出身者で(その子地方出身者なんだけど)、彼はその地域のことが好きで、

この間、地方あるあるみたいなのをやらされたときに、何度もしつこくせがんでくるから

「私は見世物じゃないよ」と言ったら、「(お前は)見世物だよ」と返ってきた。

随分そのとき、もう二人でいたくないと思って早々に切り上げて返った。

 

後日、別のことで連絡が来て、そのときの違う話をふったら

「俺そんなこと言ったっけ」というので多分忘れている。

 

でも、思ってもいないことは口から出ないだろう。

もう、こういうの何度目だろう。

1年前も、2年半前も酔っ払った勢いでやってきたことで切れた。

 

そのたびに、ラインブロックしたり、SNSのつながり消したりするんだけど、

(その頃の私はあんまり仲良しな感覚も無かったし)

そのたびに、どうにか連絡をとってきて「謝りたい」とか言ってくる。

 

「お前とは一生友達でいるんだから」と本気で言ってくる。

でも、もうこっちは無理。

共通友達だらけだし、酔ってないときは嫌いじゃないし、と思ってきたけど、もうむり。

見世物小屋から抜けだそう。

 

もう何をいってきても、何度謝ってきても、許すのをやめよう。

1年にそう何度も傷つけてくる人が友達のわけないもの

2017-10-16

程度が低いような気が…

CMなのに木ベラの使い方がおかしい!って突っ込んで盛り上がる

togetterのPV数が20万を超えている!!)のはなんかあれだね。

江戸時代見世物小屋とか、昭和中期の街頭のテレビに群がるとか、それと近い匂いがする。

2017-09-25

月蝕歌劇団の公演を見に行った記録

なんかひょんなことから月蝕歌劇団の公演を観てきた。

怪人二十面相 黒蜥蜴復活篇-ガス人間第二号とフランケンシュタイン-』

ピーターパン 月蝕版』

自分にとっては初めての月蝕歌劇団

忘れてしまわないうちに記憶を記録に変えるため、レビューを残しておくことにする。

月蝕歌劇団を知らない人は目の前の箱でググってほしい)

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■全体として

劇団標榜しているところの“アングラ”とは何か、つかんだ。

マジックリアリズム大衆演劇の合体だ。

これ、過去の演目を見る限り、そう間違ってはいないはず。

自分のボキャブラリでいうと、ボルヘス池澤夏樹イタロ・カルヴィーノ筒井康隆、このあたり(マルケス積ん読状態なので知らん)。

怪人二十面相』やら『ピーターパン』やら、もとからマジカルな舞台設定の既存作品をさらに2つも3つもカットアップマッシュアップして、"魔法世界の中で、さらに有りえねぇ超現実が起きる"ある意味なんでもありの“ごった煮”的な世界設定を作って、舞台の制約が許すかぎり絢爛豪華なスペクタクルに仕立てる。

で、そこに昭和風俗をまぜ込んで(たとえば突然、山口百恵のワンフレーズが出てきたり、吉本新喜劇的なシークエンスが乱入してきたり)、さらに'60年代新宿のアングラシーンの楽屋オチ、「唐十郎李麗仙が~」みたいなネタをチクリ、チクリと混ぜ込めば月蝕歌劇団になる。

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あと、これはどうかな……はずれてるかもしれないけど。

60年安保、70年安保的な新左翼臭いと、その文化の“祭りの終わり”みたいな寂寥感が通底しているような気がする。

自分が当時のアングラシーンの空気と政治的な空気を混同しているだけかもしれないけど。

でも、“岸信介”とか、“ロシア革命”とか、そういうワードはちらほら出てくる。

2演目とも、終盤クライマックスマシンガンの乱射をきっかけに急速に話が収束するところも、かならず流血をみるところも、まあ、ほら、いろいろと。

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ともかく自分にとっての月蝕歌劇団はそんな感じ。

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あと、演目の間に『詩劇ライブ』というのがあって、基本は歌唱ショー。短い芝居と群舞。

キャストの紹介も兼ねている、のかな?

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良かったかって? うん、良かった。

ただね。

大正末期(1910年代)の冒険小説明智小五郎シリーズが戦後(1945年~)に伝奇ロマン化したものアングラ時代(1960年代)の空気感舞台化しようとして、当時の若手(高取英1985年)が古豪となって2017年に上演した作品世界に、どの時代の気分で接すればいいのか、混乱するところはあった。

寺山修司とかが登場する楽屋オチに、どの時代の気分で笑えばいいのやら。

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良かったところは……、

舞台は超現実的なんだけどプロット自体は、なんというか、それぞれの人物群が自分たちの課題の解決を目指して動くような、破綻も不条理も無いオーソドックスな作り。

ときどき舞台袖で狐舞が始まったりとか、解釈に困るような隠喩的な演出が入るほかには、ストーリーを楽しむのに支障はない。

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くわえて、これは自分が舞台観劇初心者だからだろうけど、衣装舞台と演技と、つまり色々と作りこんだ箱庭を見ているような感覚

これが新鮮。

そりゃ、どんな超現実もCGでリアルに作ってしまハリウッド映画はすごいけど、いっぽうで、いろいろと“作りもの感”のある世界を、19世紀見世物小屋パノラマのぞき窓みたいに見ている感覚が良い。

(どうしても想像できない人は、映画でいうと

 『バロン』(テリー・ギリアム)、

 『ナイトメア・ビフォア・クリスマス』(ティム・バートン)、

 『落下の王国』(ターセム・シン

 あたりを思い浮かべてください)

同じビジュアルスペクタクルでも、モデリングレンダリングが古びてしまったら一気に観る価値がなくなってしまうVFXではなくて、どんなに古びても観ていたくなる、吊り操演とミニチュアと火薬の特撮みたいな。

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で、そこに少女歌劇団(厳密には若手女性主体の歌劇団)の、なんというか、キャッキャウフフ感がのっかってくる。

実際、終演後にはチェキ時間があったりと、アイドル公演的な。

(昨年だか一昨年だかに『アリスインデッドリースクール』を観たときにはチェキ握手会があったけど、そういうのって少女演劇のスタンダードなのか?)

というわけで、全体として

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 1)呪術的なストーリーテリング

 2)箱庭的な幻想感

 3)若い娘さんたちが頑張ってる感

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が、それぞれX軸、Y軸、Z軸に広がって立体的にホンワカした気分になってくる。

これで役満。いい気分。

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以下は、キャスト演出について。

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■岬花音

歌、ダンス、芝居、3枚そろって超人。

もともと彼女アンテナに引っかかったか舞台を観に行ったわけで。

行く前は「ひょっとしたら芝居が弱いかなー」と思ってたけど、そんなことはなかった。

純朴ショタ(少年探偵団の小林少年)からガラッパチ女子高生まで演じ分けていた。

いま確認したら、全体の振り付けもやってる。スゲェよこの人。

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白永歩美

上に書いた岬花音菜嬢がトップか一枚看板かと思ったら、すごい人がいた。

白永歩美

OG客演なのか、現役トップなのか、よくわからん。(そもそも一般的な意味でのトップと、月蝕歌劇団の“ヒロイン”とか“トップ”の意味が違うのかもわからんが)

動いて良し、喋って良し、歌って良し。加えて舞台向きの強力な眼と唇、長い手足その他ビジュアル

ピーターパンになって最後は飛ぶ(榊原郁恵ばりとは行かないけど)。

普段は何やってる人だ? 専属か?

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白川沙夜

コメディアクションストーリーテリング、怪盗紅あざみのパートほとんど彼女一人で回していた。

アンサンブル彼女が周囲をブン回している感じ。(いや、周りが抑制しているのか? そこまでの鑑賞眼は俺にはない)

イヤそりゃ紅あさみ役なんだから当然といえば当然なんだけど、そういう長時間の高負荷に耐えられるキャストなんだから、信頼性の高い人なんだろう。

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新大久保

どうしても必要なサポートには男優さんも入る。

で、この人。

発声から演技まで、一人レベルが違った。

いや、レベルというのとは違うな。

キャラクターの性格と感情と現在の意図がわかりやすい、演劇らしい演劇をしていた。

キャリアの違いか。

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■河合瑞恵

この人というか、この人を見て思ったことを書く。

河合瑞恵さん、男役として帝国軍人とラスプーチンを好演。なんだけど、それとは別に幕間のライブで『夢は夜ひらく』(藤圭子)を歌っていて、これが実に良かった。

宝塚OG的な妖艶な雰囲気が出ていて。

そこで気が付いた。

「この劇団、成熟した大人の女性の出番がない」

いや、大人の女性キャラクターは出てくるのよ。でも、『二十面相』の誘拐少女の母親にしても、『ピーターパン』のアレクサンドラ皇后にしても、設定上の年齢よりは10歳か20歳は若いキャストが演じてる。黒蜥蜴も紅アザミも、おそらく。

少女ショタと男役とサポート男優だけで構成されていて、大人の女性存在がすっぽり抜け落ちてる、この劇団

いつもそうなのか? そういうコンセプトなんだろうな。暗黒タカラヅカだし。

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■嘴音杏

タイガーリリー役はさておき。詩劇ライブ歌唱

上手い、凄い、空気も変わる。専業で本業なんだから当然か。

声量といいキャラクターといい、どれをとってもレベルが違う。

ただ、ほかのキャストが黒を基調にした演出で、おそらく劇団ストック音源をバックにJ・A・シーザーの幻想世界や女心とかを切々と歌ってるところに、パーソナルカラーの赤コルセットと赤ドレスで生バンドの高音質2MIXをバックにブルースゴリゴリ歌って月蝕歌劇団を3分間だけ痴人倶楽部にしてしまった感じがする。

良いか悪いかは別として。

芝居は。んー、良しあしが言えるようなキャラクターじゃなかった。

政治的に正しくない、だけど、ある意味では由緒正しい戯画化された“インディアン”だったので。

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■江花実里(と高畑亜美

明智小五郎+α役。オフの顔を見たら、アラかわいいお嬢さんベテラン主体の劇団だったら、小林少年をやっててもおかしくない。

客演らしい。

「美丈夫ですか? やりますよー」といってこなせる彼女みたいな人が、実は隠れた高能力者なのかもしれない。

だってあれよ? 明智小五郎と黒蜥蜴といったら、つまり天地茂と丸山明宏よ? そういうダークで苦みのあるキャラを演じて象徴的にせよベッドシーンまでこなす。役者ってすごい。

そういえば高畑亜美さん。一緒に観劇した元同僚が「あの黒ボンデージの人は役者魂を感じる」と言っていた。

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■北條華生

緊縛師をエキストラで連れてきたのかと思ったら、そのままシレっと芝居を初めて、V・フランケンシュタイン博士を演じきってしまった。しかもうまい

調べたら緊縛師ではなくて緊縛もこなす役者さんだった。みんな多芸なのね。

吊るしのとき、役者の影で見えなかったけど、1/2なり1/3なりのプルアップ・システム(滑車みたいに距離2倍、荷重1/2にするロープワーク)をやってるはずで、一瞬、芝居が停滞したように見えたけど、あれでも相当手際が良かったんだなと後から思った。

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はるのうらこ

北條さんのロープワークもさることながら、吊るしというのは吊るされる方にも技量がいるわけで、ハーネスガッチリつかんだまま気絶するという難しいことをやっていた。

男役。

悩める青年将校をきっちり演じきっていたけれど、華奢なのはいかんともしがたい。女性役であらためて見てみたいと思った。

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中村ナツ子

な!に!も!の!だ!? こ!の!ひ!と!

Web/エディトリアルデザイナーライターイラストレーター、Photoshopper。

チャラっと調べてみたけれど、原稿(というか体当たりルポ)もロゴデザインも依頼主のテイストに合わせて手堅くこなす。

役者で声優。前説もこなす。となりの知乃さんにも目配りしながら観客席と当意即妙のやり取り。

舞台にも立つ。しかも端役じゃなくてしっかりスポットのあたる役どころ。

これでJavescriptとSQLが書けたらホンマモンの超人や。

こういう人が一番まぶしい、そして怖い。

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プロップ舞台

足りぬ足りぬは工夫が足りぬ。いやそうなんだけど、せめて南部十四年式拳銃は用意してほしかった。ポスターにもあるんだし。

ネバーランドの崩落シーン。大道具の意地と苦労がしのばれる。というか、そのための柱だったのね。

周囲の柱といい、中央の小部屋といい、随所に設けられたピットといい、演目に合わせて必要十分な空間の設計がなされていることに、いまさら感心する。

意地と苦労といえば、ピーターパンの飛行シーンも、無くても成立するだけに、「これをいれねば!」とウィンチを仕込んだ意地と心意気がうかがえるよなぁ。

ところで、いま調べたら、中央の小部屋は常設みたい。

なるほど、上手と下手のほかに中手があると、バーン! と登場するシーンとかに便利だよね。

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J・A・シーザー(と音響

絶対運命黙示録』『私の中の古生代』(←だったっけ?)しか知らなかったんだけど、「ほかにどんな曲があるんだろ」と思ってたところ、つまりはこれこそがシーザー節だった。

主旋律の音域を広く取ってロングトーン多用おまけに変拍子の幻惑的なスタイル

これがそのまま歌手泣かせの難易度となって跳ね返ってくるわけで。ノリで合わせていたら絶対にロストする、ブレスで死ぬ、超絶覚えゲーみたいな世界

こりゃ役者さんが大変だろうと思った。

あと音でいえば、既成の歌謡曲のダビングものJ・A・シーザー氏の打ち込み音源、ボーカル無しで舞台で歌うものボーカルありの既成曲で舞台でも歌うものマイクあり、マイク無し、古いローファイ音源と新しいハイファイ音源、とバラバラのチグハグだったのが気になった。

歴史の長い劇団だから地層のように多種多様な音源が混ざってるんだろうと想像するけど、どこかで専門家がDAWで新録して整理しないと、大変なことになると思う。

あとマシンガン銃声のポン出し、キャストトリガーを渡せるような仕組みはないものか?

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……んー、こんなところか。

機会があったら、一度は観てみても良いと思います。そこでハマるかハマらないかは、あなた次第。

自分? チャンスがあったら、もう何回か行こうと思ってる。

2017-09-15

anond:20170915173701

創作自体見世物小屋であり、我々はそれをそれぞれの楽しみ方で眺めているだけ。

2017-09-12

定型でもない……知的障害者でもない……お前はそこで乾いてゆけ……!

日本だけじゃなくて世界中がこんな感じだよね。

定型発達にあらずん人間にあらず。

サヴァンやその手前の物凄く天才パターン人間だけは、人類に役立つ存在として許してやるよって扱い。

それか物凄く従順奴隷として生きる覚悟を決めた奴だけ。

もしくは徹底的に重い障害を抱えて見世物小屋ピエロとして感動ポルノ材料として人生差し出すパターン

なにこれ?

奴隷

フィクション亜人種?

そういった「生きることを許してやるよ」と言ってもらえる立場になれなかった適応障害アスペルガー人間は全員が、「自己愛性人格障害わがままゴミクズゲロカス人間」として袋叩きにされるのが今の世の中。

2016-11-25

僕の人権感覚

大昔、祭の見世物小屋看板には人権的に完全にアウトなのは分かるけどそれでも見たいという人間のいやらしい部分を刺激する

文句が並んでいたので入った

双頭の子供というのにドキドキしていたらどう見ても後からくっつけたであろう双頭の子牛の剥製

それでもオオトリの蛇女に期待していたらヘビを鼻に入れて口から出すというアレ

小屋から出た後に自分をあらゆる面から恥じた

2016-10-11

感動ポルノ」って変な言葉じゃね?

感動ストーリーっていいことじゃん

感動ポルノInspiration porn)の「ポルノ」っていうのは「出演者がまるでポルノ女優のようだ」って言いたいんだろうけど

じゃあもうちょい言い方あるんじゃないのかな

障害者の」ってニュアンスが完全に落ちてしまっていて

この用語はまるで「感動=ポルノ」と言っているようだ

 

日本語にはもっといい言葉がある

それが「見世物小屋」だ

こっちの方が端的だろう

 

創作物感動ポルノという言葉を使うのは、二次元児童ポルノという用語を使うのと似ている

もっと押し付けがましい」とか「非現実的」とか色んな言葉があるはずだ

2015-12-25

満員電車喧嘩する人は底辺見世物小屋

金持ちタクシー移動だ

貧民がすし詰め電車に乗っているのみて笑ってる

私は貧民だが抗う

貧民同士でいがみ合い憎しみ合うことはしない

2015-11-08

政治キチガイ見世物小屋

ホットエントリー眺めていると定期的に問題発言炎上したキチガイ晒しあげられている。

今日は左かーと思いつつブコメを見る。

案の定持論を展開をしているブコメが付いている。


そんな見世物小屋を眺めながら相変わらず酷いものだああはなりたくないものだと思いつつウィンドウを閉じる。

そうやって時間が過ぎていく。



虚しい

2015-10-31

http://anond.hatelabo.jp/20151029201944

普通に私達喫茶店やってますたまたま欠損してますけどなにか?文句あるヤツラは出てこいよっていう態度こそが差別のない世界だろうがよ

 

何言ってるんだ?

ごっちゃにしてるけど、体に欠損を抱えててそれを売りにせずに喫茶店やってる人と

喫茶店をやるに当たって集客として自分の体の特徴=欠損をアピールして、需要がある層に訴えること、

この2つは全く違う人のことだし、ごっちゃにするのが失礼だよ。

体が欠損してる人にもいろんな人格の人がいる。

おまえが「それが吐き気がする」ってレッテル張りしてるからじゃないのか?

見世物小屋」ってレッテル張りだろう?

 

誰しも自分見世物にして生きてるよ。

見世物にする方法が違うだけだろ。頭の中身を見世物にするのが小説家芸人、練習した競技を見世物にするのがスポーツ選手

それは頭のよさをもとに話をつくる能力をみがいて人様に売りつける行為

それはスポーツが好きとか恵まれた肉体をみがいて人様に売りつける行為

どっちも感動を売り物にしてる。

この人達もお前の理屈だと見世物小屋だし、突き詰めれば見世物小屋何が悪い

見世物小屋にもプライドがある。その態度が差別的だとは思わないか?

 

隠していきたいと思う人もいれば、これを好きだという人への売り物にする行為もあっていい。

本人たちが好きでやってて、需要もある。成立してるだろ。

それに横やりを入れる正当な理由ってなに?

それこそ「お前の生理的嫌悪感」だけじゃないの?

 

何より本人が自分障害を特長、魅力として売り物にしてるのを隠せって?

それが差別だろ。

 

念のためもう一度言うけど、

もちろん、差別を売りにせず喫茶店をやってて、たまたま欠損してる人に何か言う必要はないぞ。

それとこれとは全く別のことなんだよ。

そこを混同してるから平静に人の活動が見られないんだろうな。

あとはもう日本語能力を期待してお祈り。

2015-10-30

http://anond.hatelabo.jp/20151029170237

昔の不具者(敢えてこう書くが)が働こうと思えば、酷いとサーカスだったり、それこそ

見世物小屋レベルだった。時代が進み、「人間見世物にするとは何事か!差別だ!」と

いうことでなくなっていった。今は障害者雇用促進法が整備され、環境を良くしようと

してるところなのに、これは一体何事だ!また昔に戻ってるじゃん!

ってことですかね。

ノーマライゼーションのある一面としては正しいと思う。

ま、現代になって一週してきたわけですな

マイノリティ自身発言できる環境が整ってきたら、予想外のことをが起こったで

ござるってところかな

2015-10-29

欠損女子とか超キメェわ

義手・義足の“欠損女子”に会えるバーに潜入

http://b.hatena.ne.jp/entry/wotopi.jp/archives/28686

めっちゃ持ち上げられてるけどキモいわ。

普通の人たちと同様に扱うなら、そこをアイデンティティとすんの?っていう話だよな

課題はあるとしても目指す理想としては普通の人たちの中で普通と同じように暮らしてもらおうねーって時に(障害者雇用促進とか普通の連中の生活圏でも普通に暮らせるように)

私達は欠損してます!とか言い出したら、は?って思うのは当然だよな

欠損があるけど出来ることをやろうと欠損を売りにするのはまったく違うだろ

自ら見世物小屋と化してどーすんの 普通喫茶店ですぅたまたま欠損してますぅふーんへーでいいだろ

そこで欠損だって!ってバカにしてくるヤツラを一緒にブチ殺そうぜって話だろ

しかも欠損してるという部分を愛してもいいという文脈は他の欠損者にそういう視線を向ける人を増やすんだが

JKダメだけどこいつはいいみたいな整合性のないバカってなんなの

欠損は特に外側から見えやすくて視線シビアになりがちな状態から欲望の伴う視線への精神ダメージデカいだろ

そういうのに無自覚で、川端康成みてーな変態やすのに寄与してると気付かないこの記事書き手はすげーキモイ

あといつも思うけど乙武やらこいつらやら私は対等だと思ってる!って言うのは勝手だけど

障害者はって主語にした段階で害を被る他の障害者もいるんだが気付いてるのかな

気付いてないから言っちゃうんだろうけどな

追記

メガネ高身長と何が違うって欠損者はより少数だしよりハンデは大きいのは事実だろ

同じに扱って特別視してない私はすごいでしょ!はやめろやマヌケ

2015-09-24

猫が好きなんだけど実際家に迎えることを考えるとさまざまな問題が生じてくる。

まず入手手段ペットショップは明らかに非人道的施設である。狭いし見世物小屋だしそれに狭い。ここで買えば商売へと加担することになる。

保健所ならどうか。救われるべき命を選別する資格果たして自分にあるのか?

ダンボールの中に捨てられていれば猫と私とでwin-winだけどあまり捨てられていない。拾う奴がいるから捨てるんだという議論もあるだろう。

次に飼育環境について。外飼いは危険がいっぱいなので家内で飼うのが猫の心身のためである。じゃあ猫の自由意志はどうなんだということになる。猫は毎朝日がさすと、ソファーの背もたれに飛び乗ってベランダをじっと見つめている。

避妊手術の問題もある。猫が、仕掛け絵本から聞こえる子猫の鳴き声を実際の子猫と誤認して絵本保護するという動画があって、視聴者は皆メロメロになっていたわけだが、切ない動画でもある。姉は手術後の姿を見て心を痛めたそうだが、こうすればいつまでも子猫の気分でいられると説明を受けていたので手術を受けさせたらしい。恐ろしい話でもある。

彼女はもう7歳になるが、たまに部屋から抜け出るベランダより外の世界を知らないわけであるサボるとすぐにゲロを吐くのでブラッシングが欠かせない。姪がどたばた走ってくると、迷惑そうに距離をとって耳をヒクヒクさせている。たまに留守中の世話を頼まれると、ドアを開けたとたんに鳴きながら足に体をすりつけてきて、足元でごろごろと転がる。ソファーに座っていると、膝の上に乗ってきて鼻を顔にグイグイ押し付けてくるのだが、10分もすると飽きて寝床へ行ってしまう。

こうやって姉の飼ってる猫をたまに愛でる分には倫理的問題アウトソーシングできる。死に際も看取らなくて済むだろう。

結局猫を飼うよりは、飼い主と仲良くなった方がお得である

2015-03-14

発達障害見世物小屋

今日観た二本の映画、「くちびるに歌を」では自閉症の兄をきっかけとしてラストの感動シーンを作り、「イミテーションゲーム」ではアスペルガー天才主人公に。

自分の息子が発達障害から映画とかで感動させる調味料として使われてると素直に見れなくなる。例え実話だとしても。

昔は身体的な奇人変人見世物で楽しんでたのが不謹慎から内面奇人変人を観て楽しんでるってことなのかな。

2015-02-11

はてなの人たちにリクエスト

ふと思いついたんで増田にでも。

戦中戦後記憶のある人のブログみたいなの読んでたんですよ。えらいおもしろかった。自分が生まれる以前の記憶を持ってる人の話ってだいたいおもしろい。ああそうか、じゃあ俺が書く自分史みたいなのも意味あんのかなーと思ったんですけど、当年とって40歳かばくらいの俺ってあんまり書くべきトピックないんすよね。子供時代に飢えるほど腹減った記憶もないし、自動車がなくて隣の町まで歩いたわけでもないし。せいぜいがとこ、子供時代にまだお祭とかに見世物小屋あったよなーとか、子供のころに横浜駅あたりでも傷痍軍人戦争反対かいいながら乞食やってたよなーとかそれくらいで。

でもそれってその前の時代からあったことなわけで、いまさら俺の世代が書くべきようなことでもない。

で、この世代トピックってなんだろって思ったときに、通信手段の変化なんすよな。具体的にはインターネット以前と以後。あとケータイ以前以後、ポケベル以前以後。この変化を如実に経験してきてる層で、全部に関わってきてるのもやっぱこの世代だと思うのですよ。

なるほどなーそれだったら俺にも書く意味あるなーと思ったんですけど、ひとつ問題が。俺、交友関係ポケベルとかケータイとか必要だった記憶まったくない。友だちいなかったので。

個人史的なもので、トピック通信手段の変遷ってことになると、やっぱりコミュニケーションとの関係が不可欠な視点になると思われるわけです。この流れって要は通信手段プライベート化だし、それが極まったところからの、個人が直接インフラを通じて全世界につながりうるっつー、なんつーの、そのグローバル化みたいなもんじゃないですか。俺は世代的にはその全部を経験してるはずで、いま現在インターネット存在しつつ、んじゃ仕事バイトとの連絡に使うためにLINEでも始めますわーしゃーないみたいな感じなんですけど、でも実際にはポケベルやらケータイやらはまったく通過してないのですよ。

さらにいうと、それを俯瞰するだけの知識もねえのです。

で、思ったんすけど、このへんのことを「全体的な状況を俯瞰しつつ」「個人的経験として」書いてくれる人いないかなーと。あったらすごいおもしろいのに。

以前以後みたいなテーマって、俯瞰的に論じる人はけっこういるんだけど、個人史として書いてくれる人って意外に少ないんですよね。たぶん人の生活においてはどんな革新的ツールも「なんとなく発売された新商品」として消費されてしまって、それ以前と以後っていうかたちで明確には意識しないからだと思うけど。

でもはてなならそれ語れる人ってけっこういるんじゃねーかなーと思いまして。というわけで、通信媒体に関する「以前」「以後」について、個人的経験を通して語ってください。ポケベルでもケータイでもネットでもなんでもいいです。こうしたツールコミュニケーションに関して一定の影響力があったはずなんですけど、俺からはそれがよく見えんのですよ。だから人の書いたもんを読みたいのです。シロクマせんせ、いっちょどうでしょう

2014-12-21

http://anond.hatelabo.jp/20141220172541

昭和見世物小屋だって、「こんなもの好奇心を持つ事は良くないことですよ」というメッセージ性のあるアングラ演出がされていたのではないかと思う

そんなの聞いた事ないぞ…

昔に夢持ち過ぎなんじゃね?

言い切ってはいないと思うけど、ちょっとggって調べてみてから書けばいいのに

2014-12-20

芸人・非イケメン芸人テレビ不細工を売りに商売するのを止めろ

子供の頃、行儀良く品よくしなさいと親から言われて来たため、行儀よく品よくするように心がけていた。

たとえば、汚い言葉を使わないとか、椅子に座るときには足を閉じるとか、食卓には肘をつかないとか、そういうことだ。

そうやって育つと、自然と行儀悪く品無く振舞う事を恥じるようになり、そのような自分がそのような行動をする事に対する精神的なハードルが高くなる。

ところで、私は小さい頃からお世辞にも顔立ちが整った子供ではなかった。

親は私が行儀良く品良く振舞う事を良しとするのだが、子供はそれを良しとしないのだ。

例えば、同級生兄弟だ。

行儀良く品良く振舞うのは顔の可愛い女の子特権であり、私のようなブスがそのようにすると澄ましている・いけ好かないと思われる。

お前、ブスのくせになんで笑い取りに来ないの?なんでピエロ役をしないの?

自分のブス顔自覚して、ちゃんと役割に相応しい行動しろよ、と。

一つ人前で失敗すると、可愛い女の子は真っ赤になってうつむいたり泣いたりしたらOKなのに、

ブスの私は私が怒るか泣くかするか、一日が終わるまで失敗を笑われる。

日経つ前に我慢が限界に達して怒るか泣くかすれば、怒ったところ泣いたところを数日間は物真似のネタにされる。

それを回避するためには、親から教わった正しい事(行儀良く品良く)を捨て恥を忍んでピエロになるしかない。

私は、恥を捨ててピエロになる事が出来なかったから、イジりは虐めに発展した。

顔が良くない子は恥を捨ててピエロに甘んじるか虐め被害者に甘んじるかの二択だと?

そんな馬鹿な話あってたまるか。







これが直ちに解決策になるとは思ってないけど、とりあえず言いたい。

芸人・非イケメン芸人テレビ不細工を売りに商売するのを止めろ。

テレビ不細工を指差して笑うのが正しい消費方法だと、視聴者に刷り込むのを止めろ。




***

カッとなって増田に殴り書きしてしまったけれど、ブコメありがとうございます

id:mugi-yama いじめられてたことに同情はするけど、さすがにそりゃ逆恨みってもんでしょ

恨みっていうか、お前ら(不細工ネタ芸人)のせいで昔虐められた許さない!って思いじゃないんだ。

彼らは不細工ネタで沢山笑いを取ってギャラいっぱい貰ってるのかもしれないけど、

その代償を残酷子供たちに囲まれ生活する不美人・非イケメン子供が少しずつ支払っている側面は実際あるよな、と思ったんだ。

美人・非イケメン子供が、私と同じように嫌な思いをする機会がちょっとでも減ったらなあ。

美人・非イケメン子供でも、本人が望むならば自信を持って教わったとおり行儀良く品良く出来たらいいなあ。

id:rag_en アバントラッシュ牙突の真似するガキが出るから、その漫画を潰せ!っつってるのと同じ理屈

アバントラッシュ牙突の真似って誰かの自尊心傷つけたりするわけ?

id:crator 難しい問題だな。これ以上テレビ(もしくは表現全般)に規制が入るの嫌なんだけどな。普通言っちゃいけないことを弄るのっておもしろいし。

悪い事をテレビで流すのを全面的規制したら、殺人事件が絡むサスペンス系などは全滅だろうなあ。

ただ、例えば上記の殺人事件は「社会的タブーとされている」という前提を崩さないように演出されてるよね。

一方、不細工ネタ弄りは「さあ、みんなでいっしょに指差して笑いましょう」と言わんばかりのテロップ演出がなされているのが気に入らない。

昭和見世物小屋だって、「こんなもの好奇心を持つ事は良くないことですよ」というメッセージ性のあるアングラ演出がされていたのではないかと思う(それがまた、好きな人にはそそるのだろうが)。

いや、奇形の人たちを観るための見世物小屋があった時代に私は生まれてないから、言い切ったら駄目なんだけど。

2014-09-15

読者がいちいち「つまらない」を表明しなければならないまで追い詰められるコミュニティって

http://anond.hatelabo.jp/20140914210710

狭すぎるんだよな。

人と人の距離感近すぎるんだよな。

見たくない者が見えすぎるんだよな。

それって、希薄人間関係が基本の常人には耐えがたいわな。

GTのテレビみたいに薄いかわりに自分がみたくない不快ものほとんど排除された世界になじんでる人にはつらいわな。

だが、それがはてな村という場所なのだよね。

とにかく公式ははやくはてな村の話題がホッテントリトップページと違う場所に表示されるように工夫してほしいんだよね。。。

なんでやらないんだろ。

はてな運営にとっても百害あって一利なしだと思うんだけど。

問題放置しておいてその結果生じた

青×才のアンチコンビ×店長への粘着増田犬猫ワンニャン逐一消していってという対処になってるのを見ると

やっぱり動物園というか珍獣見世物小屋がやりたいのかな、などと

はてな運営に対して、ただ無能と言うよりなんらかの悪意を見いだしたくなる欲望がむくむくと。

しかしここはあえて好意的介錯して

汚いものやどろどろした人間感情や毒吐きを放置しておくことで、カオスを維持することを目的としているとかんがえようか。

でも今のはてな村のもんだいは、その汚いものや毒吐きが、完全に組織化して安定して固形化してこびりついたウンコみたいになってるところじゃないかしらね

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