はてなキーワード: 破綻とは
楽観的でいいんだよ
だって明日死ぬかどうかわからないけど、少なくとも社会はそう簡単に人が死ぬようにシステムを作ってはいないからね
全てを自己責任だと感じるのはサバイバルとかの極限の環境であって、周囲に協力を求められるのであればある程度は問題ないさ
明日仕事に行ったら机がないかもしれないという状況じゃないでしょ?行政が破綻しているとかもないでしょ?日本語が全く話せないとかそういうわけでもないでしょ?育児書が手に入らないとかもないでしょ?
意外かもしれないけど、結婚や子供って社会にとってはプラスなんだ
ちょっとした風邪も薬でどうにかなっているのは、人が2000年以上かけて生き残ろうとした結果だよ
子供育てるノウハウくらいは社会に備わっているから、最悪親が投げ出してもなんとかなっちゃう
自己責任とか気にせず気楽に作って頼れば良い
全部無視
A. 日本銀行は通貨発行ができるので、財政破綻はあり得ない。
仮に財政破綻すると言うなら、いつまでに、いくら返済が必要なんですか?日本政府は誰にお金を借りてどの様に返さなければならないんですか?
と言う質問の答えを自分で探してみるといい。通貨発行できる国で財政破綻はあり得ない。
A. まず、インフレの定義をしっかりしよう。インフレとは物価が上がることであり、個別価格が上がることではない。
需要が供給を上回り、値段が上がっていくことを言う。値段は需要と供給で決まるのは流石に説明しなくていいよな。
国全体で考えた時、総需要が総供給を上回り続けると、一部ではなく、全ての価格全体が上がっていく。
日本の場合、コアコアCPIが0.9%程度しか上がっておらず、インフレは現在も起きていない。
だって総需要が総供給より20兆円以上低いんだもん。普通にデフレだ。ただの不況だ。
ハイパーインフレとは、総需要が総供給を大きく超えた時のみに起こる。
仮に5000兆円の財政支出してしまったら、総需要が大きく総供給を超えるので、ハイパーインフレは
起こるでしょうね。財政破綻はしないけど。
A. 経済と人口動態はが一致しないのは証明されている。日本も例外ではない。
例えば高度成長期には経済は年々10%成長したが、人口の伸びは約1%しかない。
単純計算すると、毎年10%-1%=9%ずつ「1人当たりの所得」が伸びた。
通貨発行量と総需要が大事。大体さ通貨の全体量が同じで、人口が10倍になったらどうなるよ。
発展なんかするわけないだろ。金本位制がなぜ破綻したかの歴史を知ってれば誰でもわかる話。
A. 円安は経済成長をもたらす効果がある。悪い円安なんてない。
為替レートなんて2国間の金利差で決まるので、経済規模などは関係ない。
円安は輸出企業に恩恵をもたらす。輸出する企業は大企業が多いい。
輸入は中小企業が多いい。大企業に恩恵を渡した方が単純にGDPは2%ほど大きくなる。
日本経済全体を見たら円安はプラスだ。大企業の過去最高益連発や、法人税収が伸びている
のを見ればわかるでしょうに。
Q. 実質為替レートが46年ぶりに安い!大変だ!
日本だけ安くなってるんじゃないよ。
ノルウェー、フィンランド、イギリス、カナダ、台湾、韓国、オーストラリア、ドイツ、シンガポール
などの国が40年前にくらい安くなっているが、GDPは伸びている。
為替レートが国力を表しているなんてことはないんだよ。ただの金利差だよ。
A. そもそもアベノミクスは完全に実行されていない。効果の前にそもそも実行されなかったよ。
アベノミクスとは、下記の3つのことを言ってたね。実行されたのは1つだけ。異次元金融緩和。
金融政策は雇用の改善に効くので、失業率はとても下がったのでそこがよかった。積極財政と反対の
消費増税が実行されたのが残念。まぁ三党合意しちゃったからしょうがないけどさ。
A. 失業率が改善しただけだから、賃金の平均が下がるのは当然。
だって、失業率が改善すると言うことは、稼げるスキル、キャリアのない人が
職につけると言うことだから、平均は下がるのは当たり前だよね。積極財政で総需要を
作ることができたら賃金平均も上げれたでしょうね。
A. 生産性ってただの結果だから。需要が供給よりも下回ってる状態で上がるわけないでしょ。
国全体で見たら意味のない指標。総需要があれば生産性も勝手に上がっていく。
Q. なんで日本は金を出せるのに渋っているの?
A. 日銀と財務省が原因。1990年の下落と崩壊は日銀が方向を間違えたのが原因。
2000年代〜はずっと財務省が原因。日銀は2012年から緩和して、あるべき姿にしたけどね。
財務省は日本の癌。このての話は高橋洋一さんとか藤井聡さんとかの話が面白いよ。
A. 大不況がくるね。まさに「岸田恐慌」中国が喜ぶ政策をたくさんするよ。
なぜなら岸田はGDPギャップ(総需要と総供給のギャップ)を埋める気が全くなく、検討しかしない
やつだからだ。今の自民党は安倍さんの様になんとか経済をよくしていこうという保守ではない。
日本は右と左と、ネトウヨ(自民党ファン)国家の破綻を望む売国奴なのか無自覚なのか。大きくはこの3種類に分類されます。
自民党を批判すると左扱いされますが、ネトウヨさん、あなたたち右じゃ絶対にない。国家を凋落させる自民党を応援する右なんておらんよ。
「その意見はすでにあるよ」ってことならそりゃあるでしょうね・・・って感じだし、正しい意見だとも思ってない。
そもそも一例として出しただけでヴィーガンに物申したいわけじゃないよ。活動を肯定も否定もしないので特に勉強する気もないです。疑問に思っただけ。
主題としてはこれに限らずこういう考え方をやめたいなあという話です。
主題ではないけど、考えたので書く。
意見したいとか反論したいとかではなく自分の考えをまとめたいだけなので、
光合成はなんだろう。エネルギー源が動物の食物連鎖とは異なる?
動物の食料と違って太陽がある限り枯渇しないから環境破壊にならない?とかかな。
(このへんの目的が人によって違うのが難しいと感じるところ。「動物が痛い思いするの可哀想」から「地球の未来のために」まで広い。)
(以下、全部やめたい考え方)
アニマルライツの文脈なら自然ではないからダメって感じだろうけど、自然を定義しているのが人間なのが不思議なんだよな。
たぶん「できることからやっていこう」という精神なんだろうけど、ちょっとずつすり減るのと一気に破綻するのとで何が違うの?ってなって元記事冒頭に戻る。
子供への庇護は期間限定が前提、と書き手が言ったならば、その書き手の立ち位置において、子供への庇護は期間限定であってこれに例外はない(と書き手は思っている)も、真だろう。
ならばその「例外はない」という認識は思い込みだよということを示す反例として障害児が引き合いに出されたに過ぎないんだろうよ
ここ最近、SNSやネットニュース上では「親ガチャ」「毒親」という言葉が流行しているが、自分はどうもこれらの言葉が好きにはなれないでいる。
いや、正確には「言葉自体」が嫌いなのではなく、「その言葉を使うことを無条件に肯定する人間や風潮」が嫌いなのであろう。
その嫌悪感は、「親の言うことは無条件に正しい」「産んでくれたことに感謝しろ」「みんな大変なんだ、自己責任だ」といった無根拠な精神論、根性論によるものではないということは、初めに強調しておきたい。
どうも、インターネット上ではこれらの言葉に反感を抱く者は、上記のような精神論を振りかざしていると、誤解により、若しくは意図的にレッテルを貼られ、
「無理解な大人である」とカテゴライズされることを免れないようだが、せめてもの抵抗として、ここにその旨を記しておこう。
さて、私が「毒親」「親ガチャ」を不快に思う理由は、主に以下の3点にまとめられる。
この3点について、それぞれ考えを述べていきたい。
(精神的、身体的、性的)虐待をしている、経済的に困窮している、近所とトラブルを起こす、アルコール中毒者である、自身の進路や恋愛への過干渉、単に性格が合わない等々、
しかしながら、その言葉の意味の含有する領域があまりに広いことにより、非情にカジュアルな意味合い
(具体的には、自分の意見を聞き入れてくれないといった、思春期にはありふれたような悩み)でも使うことができてしまう。
この言葉の使用者の目線で言えば、自らの具体的な悩みを抽象的で使用しやすい概念を指す言葉に置き換えているので、
当然自らの状況が「毒親」「親ガチャ」に該当するのであると確信を持てている状態となる。一方で、この言葉を見る者からは、
「毒親」「親ガチャ」といった抽象的な概念を指す言葉から、発言者の具体的な悩みを推し量ることは難しい。
こういった「発信者」と「受信者」の理解に隔たりが生まれることは、良い状況を生まない。
発信者は深刻なSOSのつもりであっても、受信者は「カジュアルな意味合いで使っている者との区別がつかず、無条件に肯定し難い」のである。
この問題は、単なる親との不和を指す言葉として「毒親」「親ガチャ」を使う話者が増えれば増えるほど、深刻化していくだろう。
では、そういった発信者と受信者のすれ違いを解消するには、どのような方法を用いればよいのか。
私は単に、それぞれの問題に相応しい言葉を使うべきだと考える。
虐待は虐待、貧困は貧困、我儘は我儘なのであって、それ以上でも以下でもない。
果たして、「親から虐待を受けているから早く家を出ていきたい」「貧困のツケを子供に払わせるような親を恨んでいる」といった趣旨の発言に対して、
冒頭のような「親は悪くない/自己責任だ」と心無い言葉を浴びせる者が、そう多くいるだろうか。
たとえ同じ悩みについて語っていたのであっても、「毒親」「親ガチャ」と表現するより、遥かに受信者にはその深刻さが伝わるだろう。
「毒親」「親ガチャ」の言葉の定義の曖昧さに起因するカジュアルな響きは、「万引き」「いじめ」といった言葉において指摘されているような、問題の矮小化という欠点を抱えている。
(いじめや万引きは、その加害者や責任者が使うことによる問題の矮小化を指摘されているので、正確にはやや性質が異なることは承知しているが、毒親、親ガチャは被害者自らがそれに類似した矮小化を招いていると言える。)
自分の悩み、心の叫びを誰かに聞いてほしいのであれば、より正確に、相手にそれが伝わる言葉を用いることも一つの工夫であろう。
「毒親」「親ガチャ」といったサーチに引っ掛かりやすい、目につきやすい言葉を用いて形容することで、より多くの人の目に触れる可能性は高まるというメリットも確かに存在する。
よってその言葉自体を使うことを非推奨するわけではないが、用いる場合も自らの具体的な悩みを併記する方が、真剣に捉えてくれる人は多いはずだ。
これは、「毒親」「親ガチャ」を使用する側の問題ではなく、「受信者」の、更に言えば「大人」の責任の問題だ。
「毒親」「親ガチャ」を使うことは何も悪くない、どんどん使うべきだ、批判者は恵まれているだけだ、こういった無条件な肯定は、同世代の共感からくるものとは限らない。
自分が虐待などに苦しんだ、などの経験を持つ「善意の」大人からも多く寄せられている。
しかし私には、どうも「嫌ならやめよう、逃げよう」論と同様に、自らが責任を持たなくて済むのを良いことに、軽々しく注目を浴びたいだけの者や、
「毒親」「親ガチャ」といった言葉の存在を社会問題に繋げたい者といった、「悪意ある」大人が多分に含まれているように思えてならない。
(思えてならない、というのは正確ではないかもしれない。実際にそういった趣旨の発信を観測したことや、発信者のbioおよび過去の発信を観察した結果などから鑑みるに、上記の大人が一定以上の確率で紛れ込んでいるのが事実だ。)
1で述べた通り、「毒親」「親ガチャ」は曖昧な言葉で、本来は「虐待」「貧困」などといった深刻な問題から、単に思春期特有の不和なども含まれている。
そこに新たな社会問題が生まれたのではなく、「元々そこにあった問題が別の呼称をされている」に過ぎない。
もし社会的な問題が新たに生じているのだとすれば、青少年がSNSを使用する機会が増えたことにより、そういった「無責任な大人や唆したい大人」の意見へ触れる機会も、必然的に増えてしまったことこそが問題だ。
(無論、SNSの繋がりによって救われる人も多い。SNSそのものが青少年に悪影響である、と主張するつもりは全くない)
本来であれば、後から思い返して「自分が若かったな」で済む話を、周囲や社会へ責任を転嫁するような、拗らせてしまった人が量産されることは、自分は望ましくないと考える。
(「じゃあ『悪い大人』の狙いを嘯くお前の狙いは何なのだ」と聞かれたら、自分の幸福を守るためです。単に拗らせた他責性の強い人が社会に出てこられると迷惑なので。
ついでにその人自身も拗らせない方が幸せだとは思っていますし、正確な言葉でSOSを求める人が増えた方が、社会全体の利益に繋がるとも考えていますが。)
これも言葉を使う若者というより、それに付随する議論で生じる「悪い大人」の話に近い。
冒頭で述べた通り、「毒親」「親ガチャ」へ不快感を示す人は、その論の内容について考慮されることなく、「無理解な大人」のレッテルを貼られることが多い。
加えて言うと、「あなたは恵まれた家庭環境(親ガチャ当たり)だから恵まれない人の気持ちはわからない」というレッテル貼りを、非常によく見かける。
この論は全く筋が通っておらず、安易に社会の分断を加速させる、極めて悪質極まりないものであると私は考える。
何故ならば、「毒親」「親ガチャ」否定派の家庭環境についてはどう頑張っても想像の域を出ることはなく、属人的な論法でありながら「人」の部分を故意に都合よく歪めているからだ。
このやり口には一欠片ほどの正当性もない。
「毒親」「親ガチャ」という言葉へ好意的な者の家庭環境が、批判的な者よりも劣悪だったという根拠は何一つない。そもそも家庭環境そのものに対する評価が極めて多様なベクトルからなされるものであり、単なる比較がしづらい。
更に言うならば、「『毒親』『親ガチャ』批判派には人の気持ちがわからない」論者は、この点を最大限悪意的に利用し(または思慮深くないためか)、他者の家庭環境をジャッジしている。
親ガチャ批判派「自分も貧乏だったけど…」→虐待されてないだけマシ
親ガチャ批判派「自分も虐待されていたけど…」→裕福なだけマシ
といった具合である。彼らは相手によってゴールポストをずらすことで、自分たちが相手よりも恵まれていないことを強調する。繰り返すが、そこに根拠は何一つないのである。
先ほど、家庭環境については想像の域を出ない、と記したが、珍しくこの点についてある程度確度がある情報が世に出ているにも関わらず、誤った「ジャッジ」がなされた例もある。
昨年、某男性アイドルが「親ガチャ」という言葉に難色を示した件について、多くのネットユーザーが「お前は恵まれていただけだ」「アイドルになれる時点で親ガチャ当たり」
しかし、当該アイドルは幼少時に父親から身体的虐待を受けていた事実をカミングアウトしており、ニュースにもなっている。
虐待を行い、我が子に恐怖を植え付ける父親を、どういった基準で判断すれば「親ガチャ当たり」なのだろうか。全くもって理解に苦しむ。
「毒親」「親ガチャ」といった言葉を無条件に肯定する者の中には、勝手な想像で同情し、勝手な想像で批判する、
真の意味で他者の心に寄り添うだけの器量を持たない人間が多くいるということが、あの一件だけでも証明されたと言っていいだろう。
家庭環境について想像の域を出ないことは、「毒親」「親ガチャ」を使う人に対しての批判にも当てはまる。だから私は、「毒親、親ガチャは甘え」と、使用者そのものを批判するつもりはないのである。
ただ、「その言葉が多用され、繰り返し無条件な肯定をされると、社会は少し良くない方向に進む」と考え、非推奨しているに過ぎない。
・最後に
以上、3点にまとめて私の意見を述べてきた。
おそらく、「こうやって書くお前自身親ガチャ当たりなんだろ」と、全く内容を理解しているとは思えないコメントや反応も来るかもしれない。(そもそも誰にも反応されないかもしれない)
属人的な話をしたところで正当性が担保されるとは考えていないため、私自身については語る必要はないと思っているが、やや長めの文章を読めない人のために、家庭環境のうち、あまりよろしくなかったと感じている点を一応書くことにする。
私の両親は治療を要するレベルのアルコール中毒者で、父は酒を飲むと理不尽に怒るため、家の中で遭遇しないようにしていました。
母は酒を飲むと暴力へのハードルが著しく下がる方だったので、対処に苦労しました。今の関係性は身バレを少しでも防ぎたいので書かないことにします。
今回の文章を通して、それぞれの立場の人に伝えたかったことを簡単にまとめて、締めくくりたいと思う。
然るべきところ(学校や児童相談所)へ相談しましょう。インターネットで愚痴をこぼすことで発散するのも、それはそれでいいと思いますが、
本当に困っているなら、より正確な表現を用いた方が、真剣に聞いてくれる人は多いはずです。あと、悪意ある大人の、わかりやすいけど破綻しているような話には気を付けましょう。
その不快感の理由を言語化しないと、単なる無理解な大人と映ります。
深刻な悩みを抱えているかもしれない人へ、心無い言葉を浴びせるのは絶対にやめましょう。
本当に心配なら、言葉に不快感を示す人を煽ったり、無条件な肯定をするのでなく、
相談を呼びかける、貧困解決や、虐待防止運動をするNPOなどへの寄付をする(又は呼びかける)など、もっと当事者たちのためになることがあると思います。
Jean-Marc Sabatierは、CNRSの研究ディレクターで細胞生物学と微生物学の博士号取得者とのこと。
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29th 6月 2022 - 9:02 am by Emilien Lacombe
https://frenchdailynews.com/health/5036-covid-19-the-limits-of-vaccination
BA.4およびBA.5亜種によるCovid-19の流行反動は、第4次ワクチン接種キャンペーンを開始する保健当局を心配させている。しかし、ワクチン接種そのものが感染を促進する可能性がある。説明する。
確かに、Covid-19ワクチンを複数回注射すると、SARS-CoV-2のスパイクタンパク質に対する中和抗体の産生を促進するだけではありません。このスパイク蛋白に対する抗体の中には、ADE(抗体依存性増強)と呼ばれる現象で、注射・接種した人の感染を実際に促進するもの、つまり促進するものがあるかもしれないのです。
また、これらの複数回のワクチン注射は、必ずしも促進抗体の産生に依存しないERD(enhanced respiratory diseases)と呼ばれる広い現象を介して、注射/ワクチン接種者の感染増強(その後SARS-CoV-2亜種に感染した場合)を引き起こす可能性もある。
ERDでは、サイトカインストームの誘発・増悪や細胞媒介性免疫病理などのメカニズムも関与している。このように、ADE/ERD現象は、ウイルスの感染過程と劇症効果を促進する。
複数回のワクチン注射後のこれらの現象に伴うリスクは現実的であり、SARS-CoV、MERS-CoV、FIP(感染性猫腹膜炎)コロナウイルス、さらにデング、ジカ、HIV、エボラ、麻疹ウイルスなど多くのウイルスですでに記述されている。
あるSARS-CoV-2亜種にADE/ERD現象が存在する場合、注射/ワクチン接種を受けた人の(この亜種による)ウイルス感染が促進され(これらの人はより容易にウイルスに感染する)、この促進された感染が、これらの人が注射を受けていなかった場合よりも重症のCovid-19病につながる可能性がある。
Guerinらが発表した論文では、SARS-CoV-2の新たな亜種(Omicronとその亜種であるBA.20BA.5を含む)が、ADのこれらの有害事象を促進する可能性が強く示唆されている。)は、これらのADE、さらにはDREの有害事象を促進する可能性があり、複数回のブースターワクチンは、その後の感染の際に劇症化する可能性があり、望ましくないことを示しています(これらのブースターワクチンに加え、ワクチンスパイクタンパク質やメッセンジャーRNAワクチンにおける脂質ナノ粒子などのこれらのワクチンのアジュバントの直接毒性の危険性があります)。
SARS-CoV-2に感染したり、Covid-19を接種したりすると、私たちの体はウイルスタンパク質に対して指向性のある抗体(SARS-CoV-2感染や不活化ウイルスワクチンの場合)またはスパイクタンパク質に対して特異的に指向する抗体(現在のメッセンジャーRNA、ウイルスベクター、組み換えスパイクタンパク質ワクチンの場合)を作り出します。作られた抗体は3つのカテゴリーに分類されます。中和抗体(ウイルスの感染を阻止するため望ましい)、中性抗体(ウイルス感染に影響を与えない)、促進抗体(ウイルス感染を促進するため望ましくない)である。
その後、被接種者がADE/ERD現象に「反応」するSARS-CoV-2の変種に感染すると、既に存在する促進抗体がSARS-CoV-2に結合し、ウイルスによる細胞への感染を促進させることになる。実際、食細胞(単球、マクロファージ、樹状細胞など)は、ウイルス粒子に付着した抗体を認識する受容体(Fc-γ-RIIaと呼ばれる)を持っており、ウイルス-抗体複合体を内在化することによって、これらの細胞への感染を可能にしている。
SARS-CoV-2の新しいBA.4およびBA.5亜型に関するデータは、特にヒトin vivoではまだ断片的なものです。これらのウイルスは、フランスでの6I波(2022年3月下旬から4月中旬)において、BA.2亜型よりも約8%(BA.4)および12%(BA.5)感染力が強いようである。また、これらのウイルスは、BA.2亜種に比べて中和抗体に対する耐性が4倍高いようです。これらのウイルスは,毒性および致死性はそれほど高くないが,ヒトの肺細胞において(BA.2亜種と比較して)高い効率で複製することができた.
猫伝染性腹膜炎(FIP)は、SARS-CoV-2などのコロナウイルスによって引き起こされる猫のウイルス性疾患である。この2つのコロナウイルスは、別々の科に属していますが、近縁のものです。
FIPウイルスは、猫に感染しますが、他の生物種(ヒトを含む)には感染しません。FIPウイルスは腸管コロナウイルスであり、突然変異により病原性を持つようになりました。FIPに関連する病態は、Covid-19病に類似しています。FIPとSARS-CoV-2は宿主のレニン-アンジオテンシン系(RAS)を攻撃し、それぞれネコとヒトのAT1R受容体を標的にする予定である。
猫には不活化FIPウイルス、あるいはFIPウイルスのスパイクタンパク質を発現する組み換えワクシニアベクターに基づくワクチン候補が接種されてきた。しかし、このワクチン接種では、強毒FIPウイルスの鼻腔内接種から保護されなかった。それどころか、ワクチン接種を受けたネコは、ワクチン未接種のネコよりも感染しやすかった。
このように保護されないことから、促進抗体の存在によるADE現象の存在が示唆される。この促進抗体によって、ウイルスは標的細胞への侵入がより容易になる。このウイルスによる細胞への感染を促進するメカニズムが、SARS-CoV-2に対する複数回のブースターワクチン接種時に見られるとしたら問題である。SARS-CoV-2の新型の出現が続いているため、ヒトへの移行は理論的には可能である。
Covid-19のワクチンを複数回接種すると、複数回注射・接種した人に後天性免疫不全症候群(AIDS)(HIVとは無関係の免疫症候群である)が誘発されると予想されます。実際、ワクチン(mRNAワクチンやウイルスベクターワクチン)が産生するスパイクタンパク質の一定割合、あるいはワクチン(不活化ウイルスワクチンやスパイクタンパク質組み換えワクチン)に含まれるスパイクタンパク質は、SARS-CoV-2と同様に標的細胞のACE2受容体に結合する可能性があります。
細胞のACE2受容体と相互作用することにより、ワクチンのSpikeタンパク質は、ウイルスと同じ有害作用、すなわち、身体の器官や組織の機能に不可欠なユビキタス生理システムであるレニン・アンジオテンシン系(RAS)の機能障害を引き起こすことになると考えられる。RASは、分子パターン認識Toll様受容体と結合したAT1R受容体を介して自然免疫を制御している。したがって、RASの機能不全は、それが制御している自然免疫の崩壊を伴うことになる。
自然免疫(微生物に非特異的)は、その後、TおよびBリンパ球に基づく適応/獲得免疫(微生物に特異的)の引き金となる役割を担っている。したがって、自然免疫の破綻は、適応/獲得免疫の破綻、すなわち免疫系の全般的な破綻をもたらしているのである。
結論として、ワクチンの反復注射は、複数回注射/接種された人においてAIDSの発症をもたらす可能性がある。さらに、「臨界」閾値を超えるレベルの任意の1つの抗原(この場合、SARS-CoV-2スパイクタンパク質)のワクチン注射を繰り返すと、必然的に自然免疫の調節不全と潜在的な自己免疫疾患の発症を引き起こすことが報告されている。このように、現在のCovid-19ワクチンには、少なくとも、(1)Spikeタンパク質がRASと自然免疫に直接有害な作用を及ぼすこと、(2)これらの注射の繰り返しが宿主の自然免疫を混乱させること、(3)脂質ナノ粒子などの特定のアジュバントの有害作用が考えられること、から、ワクチンを複数回注射しない正当な科学的理由がある。
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最近年収XXX万円のリアルが流行っていたり友人から転職の相談を受けたりして、俺が考えていることを形にしたくなった。
ごく一部のつよつよビジネスマン(イーロンとかベゾスとかゲイツとかそういうレベル)を除けば、収入なんて9割方運でしかないだろうって思ってる。
この考え方は俺がもっとも増長していた頃にサンデル本に殴られたのが一番影響しているとも思うけど。
元々コンピュータに興味が強く、プログラミングに対しても適性が高かったようで、その辺の知識やスキルを使いながら転職してきた。
そうしていたら、なんやかんやでそれなりに高収入を得ることができているって現状だけど、特に努力してきたわけでも収入を上げるためにと血眼になってきたわけでもない。
これは俺が実力あるからだとかそんなんじゃなくて、時代と環境に恵まれただけに過ぎない。
コンピュータ関係の仕事が求められる時代に、たまたま俺がそれを好きでそれなりにできて、しかも競争相手もそんなに多くはなかっただけで、俺が優秀だからという報酬ではない。
一部のスポーツでは一般人から見たら夢のある報酬がそこにある。
マーケットとして確立されていて、プレイヤーの数に対してそこに流れる金の総量が大きいからだ。
でも、同等の身体能力でも、別のスポーツを選択したらホームレスにだってなってしまう。
武井壮の話(https://www.youtube.com/watch?v=k_5h3S2Zdhg) は、総論としてとても的を射ている。
人に求められることが金を稼ぐことだ。
儲かっている会社に入ることに尽きる。
自分が何を成し遂げるとかじゃない。
すばらしいアイデアを持っていたり実現することでもない。
ただ寝ているだけでお金くださいは難しいかもしれないけど、少なくとも俺の知っている1500万位の世界に想像するような超絶優秀な人である必要はない。
会社が儲かっていれば、それだけ社内の報酬基準も福利厚生も充実される。
前職ではとても魅力的な人がいっぱいいて、理解力も対応力もたけーなって思っていたけど、俺の収入を基準にして考えるとみんなそんなにもらっているわけじゃなかった。
現職では、正直眠たいのかなみたいなぼーっとした人で、提案も対応もイマイチすぎる人が、社内規定を見ると1000万ラインは超えているはずだ。
これ、前職の人たち呼んだらエースが大量生産されんじゃね? なんて考えたりもするけど、つまらん職場環境なので呼びたいとも思わない。
んなこたぁない。
会社と庶民感覚を同列に語るのは愚かだと思うけど、わかりやすくなると思うのでたとえ話で。
何かをやりたいけど手が足りないので誰かに手伝ってほしいとする。
そのとき、月々10万の収入がある状態だとしたら2万でお願いする人を確保するのにめちゃくちゃ厳選するだろう。
本当に信用できるか、こちらの望んでいることを理解するだろうか、成し遂げるためのスキルを持っているか、そのためのモチベーションを持ち続けるか。
でも、2万で動いてくれる人ってすごく限られているから、母集団としても望んだとおりの人がいるのかどうかすら怪しい。
一方、月々200億の収入があるのなら、2万なんてけちくさいこと言わず、100万だすから手伝ってくれって話をするだろう。
そして、100万なら手を挙げる人も増えて、ランダムで選んだとしても良さそうな人を手に入れられる確率が上がる。
期待した成果を上げられない人はそのうち離脱していくようにしていけたらいいが、そうでなくともかすり傷だから放っておいてもいい。
基準は変わってない。自分のやりたいことを実現するために力になってくれる人かどうか。
ただただ自分の動かせる金額が変わるだけで、こんなにも気楽に人を雇えることになるのだ。
アホみたいに儲けている会社のすべてが、そしてそのすべての社員が本当に高度なことをやり続けていると思うか?
ブクマカ向けに言えば、転売プラットフォームのあれとかAVの儲けをつぎ込んだあれとか国策インフラをルーツにしたあれとか、本当に自分がやっていることよりすごいことばかりやっていると思うか?
彼等はもちろん色々な研究をして成果を出しているけど、それは因果が逆なんだよ。
すごいことをしていたから儲かるようになったんじゃなくて、儲かるようになったから手広く人を集めて、うまく網に引っかかったけしからん優秀な人が、たまたま成果を出しただけなんだ。
そういう0.01%をすくうために、広い範囲にものすごくうまそうな餌をまくんだ。
そしてそのけしからん優秀な人が一発新しい道を切り開いたら、またその会社は運転資金を何倍にもするんだ。
小銭でちまちまと一人ずつ厳選していたら太刀打ちできない企業ってそういうものなんだ。
俺が楽観的すぎる部分はあるかもしれないけど、大半の能力なんて与えられた役割の中で成長するもんだと思ってる。
嘘ハッタリでとりあえず役割をもらって、いっぱい失敗を重ねてもごめんなさいって言いながら、実践を重ねていけば気づいたら人並みにはなっていたりするもんだろ。
そういう失敗に対する懐の広さってのも、儲かっている会社が有利なんだよ。
お前が失敗したところで、毎月200億が行き交う金の流れの0.1%でも悪くできるわけないだろ。
むしろ、それくらいの失敗をできるようなら、逆にお前がすごいってことなんだよ。年間3億の損害を出すような失敗できる立場にいくだけで十分優秀だろ。
筋トレやらない理由で「マッチョになりたくないから」って言うくらい見当違いなんだよ。
なれるものならなってみろ。
実力がーとか見えないことにとらわれているのは自分自身なんだから、そんなもの気にせずに潜り込んじゃえば何とかなるんだよ。
逆に言えば、何らかの能力を元に高収入を得ている奴だって、そうやって役割の中で身につけたスキルをあたかも自分の実力のように誤解してるのはバカだ。
そんで「これくらいの能力があれば年収1000万」とか的外れなこと言い出す。
そうじゃない。1000万のポテンシャルを持った集団に入り込んで、その中で揉まれたからその能力を身につけざるを得なかっただけってケースの方が多いはずだ。
どの会社にうまく滑り込めたかで決まるようなサラリーマンの収入なんてつまらないもんでマウントしただの、事実を言っただけだの、下らない言い争い自体がダサい。
自営業や起業でうまくいっただのいってないだのってのも大半は同じで、大気圏外から金をばらまくレベルですら時代という運に味方されたと思わないか?
なのにそういう話に群がること自体、見ている世界が狭いんだから、もっと俯瞰して自分の人生見てみろよ。
やりたいことが違うなら、生活できる以上の収入なんてつまらないことにこだわるな。
俺は芸術に疎いから知らないが、ゴッホだって実力を認められていたかもしれないが裕福ではなかったらしい(https://www.asuka-g.co.jp/column/1903/010913.html)
収入が高くても運が良かっただけなんだから驕るな(傲慢になっているのはごく一部だと思ってるが)、そういう話を聞いて格差を感じるなら転職を薦めるわけではないがどういうゲームのルールで自分の収入が成り立っているか理解しろ、生活に不満がないのなら変に卑屈になったり噛みついたりしても馬鹿馬鹿しいから勝手に言わせておけ。