はてなキーワード: クラスタとは
正直アントンシク先生の絵が動いているのは感動だし凄いことだし、やっとメジャーどころになったなと言うファン心理もある。ただ、これよりもアントンシク先生原作の『ガゴゼ』をやってほしかったかなって。今のアニメの世界は2期も作られないので逆に幸運だったと考えるべきなんだろうか。
そしてやっぱり仕方ないんことなんだけど、『恋情デスペラード』から見てます、なんて声を聞くと古参ではないほどの中参ファンから見てもなんだかなあと思うこともある。
作者はかつて、ツイッターで大量の鬱コメントを書き込まないでよかった、とツイートして、保留状態にされている鬱コメントにモザイクをかけてツイートしていた。『リンドバーグ』アニメ化決定! というドッキリツイートで周囲をわかせつつもアニメ業界から声がかからないことを落ちこんだりもしていた。実力は十分なのにいつまでもマイナーなまま。そんな先生がハネたんだから嬉しいのは嬉しい。やっと報われたんだな、評価されたんだなと言う爽やかな気持ち。
この人の画作りは師匠の胃之上奇嘉郎(中村嘉宏)先生の影響が強い。師匠もアントンシク先生も表情筋の使い方が豊かで、しかもエグみがない。普通画作りにおいて表情筋を突き詰めると青年誌風の嫌な顔になりがち。しかしこの人達の表情はオーバーアクションで豊かで適切なのに汚くない。正確なだけでないダイナミックなパースの捉え方、躍動するキャラの筋肉、派手なデフォルメなのに失われない立体感。天才という言葉を軽々しく使うのは気がひけるけど、やっぱり天才だなあと思うわけで。
画作りだけでなくシナリオの組み立てもうまいんですね、特にアントンシク先生の場合、一巻でこれだけの情報をさらっと入れてくるのか、という普通の読者が読み飛ばせるくらいの違和感の無さで情報を詰め込んでくる。シナリオとだけで一生を終える人もいるのに、両方しっかりやるわけです。よくいますよ、絵だけ巧くて話が書けない。話はうまいけど絵が描けない人。だから両方できて両方ともハイレベルっていうのは創作クラスタからするとわけわからんわけです。当然積み重ねた時間と労力は計り知れないけど、才能と環境がないとこんな風にはなれないので。
入院初日、手伝いに来ていた姉と姉の子(私の姪)が面会に来た。
そしたら産院のスタッフが「面会は基本は祖父祖母までとしているので次は控えてほしい」というようなことを姉に伝えて注意をしていた。
確かに突き詰めれば姉は別世帯で、書類上は家族では無いのかもだけど、それなら面会制限に何親等までとか祖父祖母までとか明記して欲しいし、コロナ禍とはいえ厳しすぎないかと思う。
身動きの取れない私のフォローする人員が必要だが、その人員に親族内の身軽な人が来るのはおかしくないだろう。
里帰り出産のため、夫に洗濯物の対応を任すのは厳しいし、母も現役で仕事をしているのでできるだけ負担を増やしたくない。
そこでパートで時間の融通が一番効く姉が手伝いにきたというわけなのに、それを拒否られては今後私が困ってしまう。
幸い元々姉の手伝いは2日間のみの予定で、母が時間に自由が効きやすい仕事だったので調整して来てくれている。
だがそうじゃなければ入院中洗濯して回す予定の衣類が洗えず、またその他差し入れも持ち込めなくなるため、入院がままならない可能性もあった。
産院側はそこまで頭は回らないのだろうか。
面会を許可している以上、ただ産婦と子どもの顔を見にくるだけでなく、当然そういう入院中の手伝いをしていると考えないのか。
もちろん手伝いであるとその場で反論すれば許可していただろうが、面会拒否をする前に確認すべきだろう。
さらに感情論を言うならば、家庭状況に関わらず「祖父母OK、兄弟は不可」と強いられたことに腹が立ってしまう。
私の父は幼い時から別居していて、親交自体はあるが、数えられるほどにしか会ったことはない。
私からすると実の父なのに、正直会社の上司のが喋ってる量が多いくらい、ほぼ知らんおっさんなのだ。
そのおっさんは当日は別の県で趣味に勤しんでいたし、入院中も面会に来る気配は当然ない。
だけど今更だし特にそれを責める気もない。
なので私としては出産というライフイベントに人数制限が掛かるのなら、よく知らん父より、半生の苦楽を共有した姉の優先度をあげたいのだ。
そんな細かい事情、産院は知ったこっちゃねぇだろうが、私にとっては家族観の根幹となっているデリケートな部位なのだ。
特殊な事情である自覚はあるので表立って腹を立てることはしないが、雑に扱われると心にすごくダメージが入ってしまう。
例えば姪っ子が騒がしかったとかで遠回しにそう拒否られたとかならまだ納得いく。
だがその日は姪っ子は病院といういつもと違う場の雰囲気にのまれて大人しかったし、厳しい状況下とはいえ家庭には人それぞれ事情があるのだから、産院側も大変なのは分かるけど、多少の融通は効かせて欲しいと思うのはわがままが過ぎるだろうか。
日にちが経って、姉(若い女性)が「家族のみ」と括られた対象者の中で、他の患者からみると友人と区別が付かず浮いていたなとは改めて思う。
また産院側からすれば、リスクを考えれば本来緊急事態宣言時のように全て面会不可にしたいところを、「家族まで」緩和してくれてるのだろう。
むしろ感謝すべきとも考えられなくもないし、恨むべきは産院ではなくコロナ禍という状況なのだろう。
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産院側が警戒するのもよくわかるけど、それならやっぱり事前説明をきちんとすべきと思う。
別世帯が別クラスタの可能性があるのもわかるけど、同居一家だったら関係ないし、うちの場合は別居父が別クラスタになるから結局「祖父母は可」としたら感染のリスクは変わらない。
今回のラブドール騒動でたまたま目にはいったんだけど本当に最悪にも程があるっていう存在でびっくりした
自分たちはマジョリティの身でありながらキャラのセクシャリティをマイノリティ方向にいじくって遊びながら
なにか社会に対してちゃんと責任を果たしているという自負だけが根拠なく膨れ上がっているらしく
ああしたマイノリティの当事者性をもった表現に対して控えておけなどと迫ること自体がただの差別なのだが
(もちろん件のマンガがイキってたのは確かであるがイキるのは犯罪ではない)
それを恐怖心を与えたとかそういう理由ごときで差別が正当化されると思うようなシスヘテロの最悪な面はそのままに
社会的責任という、ただのマジョリティの自分たちがやってる妄想上のセクシャリティ遊びを特権化して、彼らと違うと切断処理し
自分たちだけを安全圏へとおいておくための惨めったらしい自己弁護のことを配慮か何かと勘違いしてる人間
これがただのおかしな個人だったならまだしも一定の腐ェミとでも呼ぶしかないクラスタとして存在していることが恐怖しかない
男オタク達が反省なく隠れもしなくて批判が集まることを責める前に
こんなカルト的で異常なスタンスに疑問も感じなくなるほど内輪にこもって無批判でいるうち
出来あがってしまったマジョリティとリベラルとフェミとサブカルの悪いところだけを集めたようなクラスタの最悪さについて考えたほうがいい
一週間ほどのお盆を振り返ると、都合四回のリモート飲み会があった。
一つは社会人以降に知り合った趣味の会で、三つが学生時代の友人たちのグループだ。で、そのうち二つのグループは中高一貫校以来の付き合いだから、かれこれ二十年ということになる。そのうちの一つは国公立を受験する特進クラスの仲間であり、もう一つは部活のメンバーだ。どういうわけか、皆独身である。そして、残りの一つは大学のサークルだ。
今までは直接会っていたのだが、コロナ禍ということもあり、今年の夏はリモート飲み会にした。ゴールデンウィークは混乱と多忙とで中止していたのだが、さすがにそろそろ顔を見ないと寂しかった、というのもある。結果的にはリモート飲み会は大成功で、遠方の友人も参加しやすかったし、医師の友人も当直の合間にこっそりとアイスをつまみながら加わってくれた。くだらないことも、医療現場での苦労も、大学の教員としての悩みも、塾講師の愚痴も、いろいろと聞くことができた。
こうしてみると、私はかなり人間関係には恵まれてきた。小学生の頃はひどくいじめられていたし、中学以降にも私を嫌う人は多数いたが、大人になると定期的に顔を合わせるような友人と呼べる人々が両手の指に余る人は、少ないらしい。
もちろん、連絡が途絶えてしまった友人もいるし(そういう意味では、グループを作って定期的に会うのは、人間関係を維持しやすい)、悲しいことにもう生きていない相手もいる。また、大学時代にはいろいろなサークルに顔を出していたが疎遠になってしまったところがほとんどで、中には在学中に人間関係のトラブルのせいで辞めざるを得なかったサークルもある。いきさつについては多くを語るまい。思い出して愉快な話ではないし、私が語ったところで、不公平な見解しか出てこないだろうからだ。
さて、本題に戻ろう。上記の中学時代の旧友たちとは、年に三度集まっていた。つまり、ゴールデンウィーク、お盆、年末年始だ。大学のサークルのメンバーは多忙な者が多く、数人が不定期に集まっていたにとどまる。それでも、これだけ続いているのはめったにないはずで、ありがたいことである。
さらに、この関係に加えて、何となくオタクっぽい連中で集まったクラスタもある。これも中学以来の付き合いだ。こちらは、ラインのグループでボドゲだとか映画だとかに誘い合い、何となく暇な奴らが集まるといった具合の温度感だ。月に一度くらいだから、結構な頻度だ。興味のないものをスルーしても、誰も気にしない。たとえば、ホラー映画が苦手な人はその回には参加しない。私なんかは奇天烈な現代美術が好きだから、そこのグループラインで誘うけれども、私のそうした趣味を理解するメンバーは固定されており、美術館に行くのはだいたい同じ顔触れだ。
とはいえ、一抹の不安がないわけではない。一つは、年に三度集まっているグループのうち二つが、私が声をかけないとなかなか集まろうとしないことだ。長期休暇が始まる数週間前に私がそうした話を出すのだが、そうすることで皆がやっと重い腰を上げる。別に、私が声を上げることで集まれているので何の不満もないし、ひょっとしたら私が何も言わなくても誰からもとなく集まろうと言い出すのかもしれないのだが、私が抜けてしまったらこのコミュニティは自然消滅してしまうのではないか、と心配しているのである。中には私の住む首都圏から離れているメンバーもいるので、こうして定期的に様子を見ないと、いずれ連絡は途絶えてしまうのではないか。
もう一つ気にしているのは、オタククラスタのほうだ。大体メンバーが九~十人ほどなのだが、これほどの人数なので、完全な和気藹々というわけではないのだ。仲が悪いというほどではないが、この二人を一緒にするとあまり楽しそうではないとか、このペアは昔喧嘩したとか、こいつらはツイッターをブロックしあっているとか、そんな情報が入ってくる。仲よく遊んでいるときにこうしたことを思い出すと、楽しい気持ちがちょっとだけ曇ってしまう。皆は私のことを温厚というか、目立ったトラブルがない人間だと考えてくれているらしく、とりあえず何の心配もなく誘って大丈夫と評価されているそうだ。うれしいのだけれど、親しい人々だけで構成されていたはずの場に、いつの間には配慮しなければいけないことができてしまったのは、ちょっと複雑だ。
もっとも、あまり私が心配しすぎても仕方がないことなのだろう。仮に、私がいなくなってそのコミュニティが自然消滅してしまったとしても、皆それぞれに別の居場所があるのだろう。少なくとも寂しい思いはしていないはずだ。そうでなければ、彼らから私にそろそろ集まらないか、と早めに声をかけるはずだからだ。たぶんさみしがっているのは私のほうで、だから私がそろそろ集まろうと声をかけているだけだ。今は、これで人間関係が機能しているから、これでいいのだと思う。
もう一つ心配しているのは、中学以来定期的に会っている友人がだれ一人結婚する気配がないことなのだけれども、私が気をもんでも余計なお世話以外の何物でもない。マッチングアプリに使うから写真を取ってくれと言われたら喜んで撮るし、なんだったらアドバイスだってするけれど、まずは自分の心配をするのが先である。
本当にだれも結婚しないかもしれないが、そうしたら皆でシェアハウスをしたらどうだろう、みたいなことを冗談半分に話すのである。旧友が集まって麻雀をしているというのは、なんとなくほっとする光景ではある。
「嘘松」って、正直今(良い言葉じゃないけど)ネットスラングで定着していて、あのシーンでも「嘘松確定w」というのは「現実とのリンクをはっきりさせる」ワードだなあと思った。
というか、正直「嘘松」の出どころってもう知らない人がほとんどでは?と思うんよね。少なくとも私は知らなかった。嘘認定のときに言われるスラングっていうか。
TBSにお気持ち送りましょう!みたいなツイート見たけど、本当、そのクラスタ、そういうとこやぞ感はあった。それなら今まで「嘘松」って使わないでキャンペーンやればよかったんじゃないの?
そして今回のは騒げば騒ぐほど「ウワーこのジャンルやべーな」ってことになりそうだし、繊細オタクのお気持ち問題だし……正直黙ってれば分からんし、マジでどうしてほしいの?今後配信のときとかで嘘松が消えてればいいのかな?
個人的にはMIU404 10話であの表現は残ってほしいですね。桔梗部長に投げられる「侮蔑」としては「今(作中は2019年ですが)のネットスラング」中で「これ以上ないぴったりくる言葉なんですよね。」
「ハイ、シンママ美人隊長の嘘松確定〜!」なら下の方がより一層「今感」あるよ。
つー騷ぐならもっと前から啓蒙活動してればよかったんじゃないですかね。繊細オタクヤクザマジで良くわかりませんね。人気ドラマなら何言ってもいいのか?と殴っても殴り返さない相手なら何言ってもいいんでしょうか。
繊細オタク、マジでここまで来たか〜のお気持ち表明でした。自他ちゃんと分けていこうだし、殴れない相手にしか文句つけないのダサいっすよ。
彼氏がバイでポリアモリーだったので別れてきた。もう二度と会うことはない。
彼氏はTwitterのフォロワーの繋がりで会った人で、はじめはクラスタも全然違くてよく知らなかったけど、悩みなんかをいろいろ相談してるうちに家も近かったし付き合うことになった。とにかくいわゆるメンヘラホイホイってやつ?話を聞いて、慰めて、不安だっていうとわかるよわかるよって言ってくれる人だった。今思うとこの時点から、仲のいい男フォロワーの話がちょくちょく出てきていたんだけど、仲のいい男の話なんて男はみんなするでしょと思って、全く気に留めていなかった。ここで気づいておけばよかったんだけど、ほんとにその発想が私になかったんだよね。
それに、付き合って半年くらいしたとき、普通にデートしてたんだけど、フォロワーが電車に飛び込もうとしてるからって言って、その場で電話しはじめた上にその女のところに行っちゃったこともあった。フォロワーって言っても私より付き合い長いかもしれないし、その時は黙ってたけど、後から聞いたら2ヶ月くらい前にフォローしてきて毎日電話してきて手首切ってるとか言って全然意味わかんなかった。さすがにいくら死にそうとはいえ私よりその人の方が大事なのおかしくない?私と付き合ってるんだよね?と詰め寄ってしまった。そしたら俺はいろんな人が気になっちゃって、愛が多い人間だと思う、って言われた。でも他に付き合っている人はいないし、一番好きだよと言われてその時は許してしまった。なんで許してしまったのか今となってはわからない。
そのあとも、彼氏の周りには死にそうな男とか死にそうな女がたくさんいた。彼氏自身も海外から輸入した精神薬を飲んだりしてたけど、一応働いてるし、社会人としてはそれなりっぽいから、付き合ってるのは私だけだし、という正妻?のような気持ちで強く生きてた。話聞いてもらった過去があるから、今度は私の番とか思ってたし、その時はなんとか結婚しようと思ってた。長く付き合ってたから、それぞれの親に会いに行ったりもした。
でも将来のこと考えないといけなくなってきたらどうしても喧嘩が増えてきて、電話で喧嘩した後例の男フォロワーに相談したんだけど〜みたいな話がすごく増えてきた。私と通話してるときに、その男フォロワーが彼氏の隣にいたこともあった。そのあたりから、さすがに仲が良すぎるんじゃないかと思ってきた。そんなことが続いたある日、いつもみたいに喧嘩してたら、酒がすごく入っていたらしい彼氏が
「あいつは週の半分くらいうちに泊まっていて、お前とよりエッチしてる」
ってすごいこと言いはじめた。聞いたときはもう全然意味が分からなくて、ほんとにどうしようかと思った。今まで男友達だと思って普通に話聞いてた人が実は浮気相手とか全然わかんないでしょそんなの。気づくの無理でしょ。
まあでもそれ相手の性別はアレだけど浮気だよね?って言ったら、
って言われた。それ聞いたときも全然意味が分からなくて、もう自分の人生ってほんとなんだろうとまで思った。その時はポリアモリーって言葉もよく知らなかったんだけど、後から調べたらきのコさん?って人が出てきて、こういう人もいるんだなって思った。でもあれ、みんな納得してあの形になってるんじゃないの?1人と1人で付き合うって決めた後ポリアモリーだからしょうがないじゃんってのはありなの??ポリアモリーってみんなそうなの?私からしたらただの浮気なんだけど。しかもゲイだし。そんなん分かるかよ。どうしたらよかったの?
それでほんと無理になって、別れてきた。私の4年間まじでなんだったんだろう。書いてて思ったけど気付かなかった私ってほんとに悪いかこれ?悪くないよね?
金輪際LGBTとかポリアモリーとかそういう付き合い方が特殊みたいな人は私の人生に関わらないで欲しい。はっきり言って気持ち悪い。理由つけて浮気したいだけに思える。
そんな話を友達にしてたら、友達の男の上司も結婚した後に、昼間専業主婦の嫁に女連れ込まれててベッド勝手に使われてて離婚してた。これもすごい仲のいい女の子がいるなとは思ってたけど、相手が女だったからノーマークだったって。やっぱりゲイとかレズの浮気に気付くの無理だよねって話をした。
だからほんとみんなも気をつけて欲しい。仲が良すぎる同性の友達は、同性でも疑った方がいい。男同士、女同士の仲だから自分の約束より優先するのも仕方ないよねとか納得しない方がいい。そういう人と付き合うのもやめといた方がいい。ゲイとかレズとかポリアモリーとかに人生の時間無駄にされた人間たちからの渾身のアドバイス。
ここまで読んでくれた人ありがとうございました。次はバイでもゲイでもレズでもポリアモリーでもない人と付き合いたい。もうこりごりだ。
左翼リベラルが誰も気づいてないことなんだけれど、なんで安倍が勝つのかって、
沖縄が自民党では負けるように、リベラル政党は、広域で多くのクラスタに恨みを買っている。しかし本人たちも報道も無頓着である。
沖縄で自民が負けるように、他の地域や他のクラスタでリベラルがやらかしまくった結果、草の根的に負けてる。
要するに「リベラルの敵としての安倍」が勝ってるのであって、リベラルが安倍を持ち上げたら明日にでも退陣するかもしれない。
左翼のリベラルって、社会正義であらゆるものを適当にここ30年で攻撃しバッシングしまくって、そのくせ責任を取らなかった。
原発反対の際に、福島県を差別しまくったり、農家を攻撃しまくったりして、その責任をとってないでしょ?
その恨みがどこに行ったか全く認知してないよね。眼中にすらないけれど、その謝罪すらせず償いすらしなかった怨念は、間違いなくこの先数十年単位で残ってるんだよ。
萌キャラにしてもそうだ。萌キャラを理不尽にバッシングしているフェミ系や左翼系は、強烈かつ猛烈な恨みをばらまいていることに気づいていない。自分たちが社会正義で遊び回っている中、心底嫌われていて、こいつらが推す政党には絶対に投票しないという強固な敵を将来数十年に渡って作っていることに気づいてすらいない。
ここ10年来、リベラル政党が負けているのは「草の根的に恨みを買って嫌われている」からなのだよね。
断じて「安倍が有能だから」でも「安倍政権が日本人を騙した」わけでもない。
この復讐はあと数十年続くだろうな。
大阪万博のロゴが今日発表されて、みんなが色んな意見を言っている。
一般層が「気持ち悪い」「センスがない」「意味不明」と普通の感情を抱いている中で、
ネットに精通しているクラスタは連想ゲームをして色んなものをトレンド入りさせて楽しんでいるけど。
何か賛否に関係無くただ面白いもので遊んでいじり倒したいだけ、って冷めたものが見えて自分が嫌になった
そんなの何回も繰り返されてるのに
反応読んでいろいろな考え方の人がいるんだなと思った。
勤務状況の事例を挙げてくれた人、具体例を読めて大変参考になる。
併せて追記書いたので目を通してもらえると嬉しい
https://b.hatena.ne.jp/entry/s/www.orangeitems.com/entry/2020/08/25/111954
上記blog記事がブコメでえらく叩かれているが、個人的には賛同できるポイントが多々あったので、上記と合わせてn=2の体験談とすべく個人的な話を書きたい。
個人的にはテレワークという言葉に和製英語的な違和感を覚えるので、以下ではリモートワークと記述させてもらう。
増田スペック:地方出身アラサー独身都内賃貸ワンルームマンション住み技術職
勤務先にはもともとリモートワークの環境自体はあったのだが、産休・育休明けの女性社員や、両親の介護といった特別な理由がある人だけが使っていた制度だった。
新型コロナの影響で今年の3月から全面的にリモートワークに全面移行。
・隙間時間で家事ができる。洗濯機や炊飯器のセットとかちょっとしたことが進む。
・自炊の頻度が上がったので食費が下がった。
・通販の受け取りに苦労しない。
・昼休みに昼寝ができる
・外見を構わなくてもよい。
・就寝前や休日に短時間、仕事のメールや問い合わせを確認できるので効率が上がる部分がある。(本来は勤務時間外であるが10分程度の作業で翌日楽になるので個人的にはあり)
・通勤時間が無くなるのは一面ではメリットであるが、逆に読書等の通勤時間の合間でやってた習慣がなくなった
・通勤ついでにターミナル駅によって買い物できなくなった。よほどマニアックなモノでない限り、通販で届くのを待つよりも、仕事の帰りに買う方が早い。
・外見を構わなくてもよいので、逆に自堕落になる。気が付けば髭もじゃでパンツとランニングシャツで仕事していた。
・運動不足がひどい。体感的に分かるくらい体力が落ちて半年で体重が5kg増えた。
(追記)
運動の件は、コロナ前はときどき区民体育館とかに行っていた。ここ半年はジムでコロナのクラスタ発生がニュースになってるので利用しずらい感がある。
緊急事態宣言時のステイホームで引きこもっていたらそのまま外出する習慣が消滅した感じ。
近所散歩すればいいのかもだけど、昼間は暑いし、夜は仕事が長時間化してるから時間取れていない。うまく工夫したいとは思っている。
・人と会わないストレス。つまらないうわさ話をする奴と距離を取れたのはメリットだったが、仲の良い同僚と世間話をすることができなくなったデメリットの方が大きいと感じる。
(追記)
大きな不満点を書き忘れていた。リモートワーク前提の勤務形態になったので、有給が取りにくくなった。
世間的にも不要不急の外出は避けろ的な流れが続いているし、社内でも有給とる人が激減したので非常に困っている。
・仕事の習慣が変わった。業務報告が以前は対面のミーティングと週報ベースが多かったが、勤務の確証を兼ねた日報ベースになった。以前なら2,3日かけてもよかったものでも、1日以内に何かしらの成果物を出さないと気まずい雰囲気になっている。
・全員在宅でいつでも連絡取れる前提になってしまったので、深夜帯に平気で連絡をしてくる奴が多い。
・一日中同じ部屋で代り映え無いので、時間感覚が徐々に無くなってくる。
・以前からTeamsを導入していたが、席が近くの人は直接声掛けしていたのでチャットの連絡頻度が上がったが、想像以上にストレス。ある人の問い合わせに対する回答を打っているときに第3者が別の問い合わせで割り込んできたりとか。
・今年入社の新卒社員の教育の難しさ。そもそも不慣れな人は問題点を言語化できなかったり、適切な用語を使用して説明したりできないので毎回画面共有しながら通話するのだが手間がすごい。
・一日中部屋にいるので、リモートワークが長期化してくると曜日感覚がなくなってきた。
・マンションで通信回線を共用しているので、住民が帰宅して動画のネット配信を見だすであろう夕方以降の速度低下。自宅でネットサーフィンする程度だと気づかなかったが社内のワークステーションにリモートアクセスして操作するとタイムラグがイラつく。引っ越さない限り改善は無理。
・オフィスの空調等の恩恵が意外に大きい。窓のそばの部屋で仕事しているので、夏に向かうにつれて日中の日差しが気になってきた。これまで自宅でPCを使うのは夜が多く、休日はよく出かけていたので気づかなかった。
・上記と合わせて照明の影響。机 / 椅子は元からそこそこお金をかけていたので長時間仕事しても腰や肩は平気だが、照明は気にしていなかったので目の疲れがデカい。
・コミュニケーション不足解消でZOOM飲み会やってみたがあれはくそだな。居酒屋のテーブル席分(4人)以上での会話が成り立たないし、普通の飲み会であった店移動や電車の時間といった抜けるタイミングが作りにくい。
何より同じ料理を食べるという体験がやれない。会社・友人等で1回やったらみんな似たような感想だったのか、2度とやらなくなった。
というわけで、最初の1、2週間はデメリットが目立たず、長期化するにつれてストレスがたまったという点は元のblog主と同じ。
いろいろデメリットが目立つようになってきたので、モチベーションが徐々に低下していって、夏休みが明けた今週からは業務の合間に増田を見る程度には堕落してしまってる。このままだとサボり魔になりそうで危ない自覚がある。
とはいえメリットも体験しているので、個人的にはコロナが収束したら全面的に出社するよりも週に1, 2度程度リモートワークできるのが効率良いんじゃないかなと思っている。
また、地方出身なので休暇の延長として地元滞在を伸ばしてリモートで仕事できることが認められると嬉しい。
仕事始める前にいつものサボりで増田見たらえらくたくさんブコメついててビビった。
リモートワークの改善点できるポイントが寄せられていたが、ぶっちゃけ私の場合は引っ越すしかないと思ってる。
とはいえ、リモートワークが解除された時の利便性と引っ越し費用+オフィス家具の購入費用等のコスト面を秤にかけると踏ん切りがつかない。
最低でも下記のポイントは抑えたいが、都心からそれなりに離れた場所でも固定費上がりそうだしな…
・高速な通信回線を確保できる築浅の物件(今のマンションは共用回線をVDSLで分配)
・仕事と生活空間を分けられる2部屋以上の間取り。部屋数増えれば運動器具の置き場やSwitchのフィットネスゲームやるスペース確保できそう。
その他、チャットの頻度については社内文化としか言いようがない。
割と急ぎの案件が夜中に飛んでくるからガン無視決めるわけにもいかないので困っている。
自分がルール決めれる管理職ポジションだったら良いんだけどね。
単純な内容や急ぎじゃないことはメールにして欲しいというのはぶっちゃけあるが、これも相手が次第だからすぐには変わらないわけで難しいよね。
凄く優しく、丁寧な言葉でお話を書かれる方で、何度読んでも幸せになる。
1か月ほど前にその推しの文字書きさんのついったアカウントを見つけた。
プロフィールを見た時にフォロー数が少なくて驚いた。こんな素敵な作品を書かれる方ならもっと沢山の人がフォローしてそうなのに。
始められたのがつい最近のようなので、皆気付いてないのかな。と勝手に結論付けてフォローした。
頻繁に呟かれる方ではなく、作品を上げた報告のツイートに+1.2ツイートだけされるような方だ。
数日前、その方が新しいお話をしぶにアップされた。
TLを眺めていたので「新しいお話だ!」と嬉しくなったのだが、
『自分の作品に需要が無いことを分かっているが、自分の書きたいものを書きたい』
その文章を見て、苦しくなった。
私が今ハマッているジャンルは、3年程前にリリースされたソシャゲだ。
幸運な事にそのゲームはまだ人気の作品で、沢山の人が遊んでいる。コロナが無ければイベントも開催される予定だったし、舞台化したり、ゲームのストーリーも更新されている。
ただ、個人的にしぶの作品数や投稿者数だけでなく、閲覧者数も減っているように感じた。
リリースされてから1~2年の内に投稿された作品のいいねの数は4桁を超えている物も少なくない。(小説作品で)
しかし最近の作品のいいねを数を見ると、多くても200人からいいねを貰うか貰わないかくらいの物が多い。
これは勿論リリース直後から今までずっと作品を公開していた事によるいいねの蓄積数だと思うので、そんなほいほい4桁を超えるいいねが付くとは思っていないが、今200くらいいいねを貰っている作品があと1年後、2年後に1000いいねを貰えるのかと言われると多分無理じゃないかと思う。
ここ数年でしぶの立ち位置が、新作を投稿する場所だったのが、ついったーに上げたものをまとめて投稿する場へと変わっている。みたいなツイートを見かけたことがあるし、実際そうなんだろう。
ただこれは絵描きさんの話で、文字書きさんは新作であっても大体しぶになるんじゃないかと思っている。というか私はそうしている。
しかし閲覧者数で考えれば小説より圧倒的にイラストや漫画を見る人の方が多い。小説だけ好きな人ってあんまりいないと思うので、イラストや漫画で検索をかけるタイミングであわせて小説を見るんじゃないだろうか。だとすれば、しぶを閲覧する人が減ってしまうのは当然のことだと思う。
あとはリリースから3年経ったことで推しカプのクラスタも変わっているんだろう。新しい作品はどんどん出てくるので、ジャンル移動(勿論その作品が嫌いになった訳でなく、移動というより沼が増えた状態なのだろうけれど、作品を更新していないという意味で「移動」という言葉を使う事にする)している人はたくさんいるだろう。しぶにおススメされた作品を見たらドストライクだったのでその人のプロフィールに飛んだら最近の更新が全く別作品だった。なんてことも珍しくない。
推しの書き手さんの作品のいいねが以前はどれも3桁を超えていたのに対して、最近の作品には50~60くらい、場合によっては30くらいの時もある。
私の推し文字書きさんの作品は、最初に書いたようにとても優しくて丁寧だ。最初から最後まで読んで温かい気持ちになる。
ただ物は言いようで、悪い捉え方をしてしまうと「起承転結が無い」と思う。
どの作品も攻めが受けの事を大事に思っている描写があるが、告白して両想いになったりとか、何かハプニングが起こって2人の関係が進むようなことがない。
私はそういう話も大好きなのだが、人によっては「推しカプがくっつくまでの過程が見たい」とか、「推しカプのエロい話が読みたい」とかそういう人もいるだろう。
そういう人たちにとって私の推し文字書きさんの作品はつまらないのかもしれない。
反応が無いことで筆を折る書き手さんがいる。それを自身の承認欲求から書いているとは思わない。
「褒めて貰いたくて書く」のと「書きたいものを書いた結果貰ったお褒めの言葉が嬉しい」は別物だと思っている。
今まで貰えていた誉め言葉やいいねが減った事に焦燥を覚えたり、「自分が書くものはつまらないんだ」と感じる気持ちも分かる。
私も文字書きをしていて、ブクマ数は多いとは言えない。100いいねされれば良い方だ。作品によってはいいねの数が10に満たない時もある。
でも私は「自分の書きたいものしか書かない(書けない)」と思っているし、いいねが少ない事に不満や悲しみはない。ニーズと私の推しカプイメージがずれているんだろうな。と思うくらいだ。
前はブクマ数が伸びない事に落ち込んだりしたこともあったのだが、最近は自分の書きたいように作品が書けると満足している。
それにプラスして毎回いいねしてくれる方もいるし、たとえそれが一桁であってもいいねしてくれる方がいる事が嬉しい。
貰えない「いいね」を嘆くより、貰えた「いいね」に感謝をする方が楽しい。
多分これは私が書き続けるために手に入れた「気の持ち方」だと思う。
文字書き仲間で沢山の方からいいねを貰う方がいた。その方の作品が好きだった。
幸運にもその方と仲良くなって相互フォロワーになり、SNS上でお話をするようになった。
一度その人と他のフォロワーさんと食事に行ったことがある。そこでその方は作品の投稿時間に気を付けている。という話をされた。
「金曜日の閲覧数の多い時間帯に投稿する」「有名な方が作品を投稿された週は投稿しない」
「なるほど、一種のマーケティングをしながら投稿してるのか。凄いな」と感心したのだが、その一方で「そこまで評価されたい気持ちが強いのか」と驚いた。
その方がSNSで「作品が評価されない」という呟きを見る度に何とも言えない気持ちになった。
「謙遜ではなく事実だ」と言っておられたし、おそらくその方は本当にそういう気持ちで呟かれていたのだろうけれど、私としてはとても悲しかったし、正直腹が立った。
100人以上からいいねを貰っているのに「評価されない」というのか。その100人の評価は何だと思っているのか。
その人にとっての「評価」に「いいね」は含まれていなかったのかもしれない。
100人からのいいねよりも、自分の憧れた絵師さんや文字書きさんから「いいね」と言われたかったのかもしれない。
イベント前に「誰かご飯行きませんか」と呟かれた時に「行きたいです」と返事をしてくれる人が欲しかったのかもしれない。
(これは私が友達が欲しい。と苦しんでいた事だ。今となっては「馬鹿な事で苦しんでいたな」と思う)
こういう理由で作品を書いている人もいるんだろう。悪い事だとは思わないが、しんどいだろうな。と思う。私がしんどかった。
結果として私の周りの人はその人から離れていった。私もフォローを外した。
最初はみんなから「私は〇〇さんのお話好きですよ!」というリプライが来ていたが、次第にそれもなくなった。
だって伝えたってそれを「評価」だとしてくれないから。届かないなら空しいだけだ。
あの人の書いていたお話が好きだった。でも今あの人の作品を読もうとするとあの人の事が頭をよぎって作品を楽しめない。
悪いのは作品と作者を切り離せない私だ。それでもあの人の作品をまた読みたいとは思えない。
今好きな人も自分の作品が評価されないことを嘆いている。筆を折ることも考えている。
自分に出来ることは感想を送る事だけで、その感想がどうかその人を傷つけないものであるようにと願いながら匿名で感謝を伝える。
ただ何となく、私の匿名の感想だけでは多分、この人を救うことは出来ない気もしている。
その人は30人から「いいね」が付いた作品を「需要が無い話」だと判断しているので、誰か分からない相手からの感想を「書く糧」にはしてもらえないかもしれない。
それが分かってこの人を嫌いになってしまう前に私はこの人のフォローを外して、こっそりと作品がしぶに上がる日を待とうと思う。
頭の中がぐちゃぐちゃでうまく書けなかったな。
「どうして子供を欲しいと思うのか。子供を産んでる人は人間性に自信があるのか」っていうツイートが炎上して、呟いた人は鍵垢になってしまった。
それに対して「自分が子供を欲しくないと思うのは勝手だけど、他人sageするな」「これは嫌味じゃないけどって前置きしてるけどどう読んでも嫌味」「子持ちクラスタに喧嘩売ってる」って袋叩きにされてるけど、そんなにボコボコにするような発言じゃないのでは?
もとの発言は
・なぜ子供が欲しいと思うのか
・子供を産んだ人は子供を育てるという重い責任を負う決断ができるような自信があるのか
って言ってる。
元のツイートを何回か読んだけど、本当に分からなくて呟いただけのように感じた。
ただ、「子供を産んだ人は自分の人間性に自信があるから子供を持つという選択をした」という発言の前提は間違ってると思う。
この部分が「お前ら大した人間性でもねーのに子供産んだの?すげーなwww」みたいに捉えられて怒りを買ったということなのかな?
それにしてもキレすぎだろ子持ちクラスタ。と思いました。
まあ子育てが大変で、余裕のないところに燃料を投げ込まれた感じなのかもしれない。
そしてキレてるツイートしかTLに流れてこなくてしんどい。フォロワーの多数が元ツイに嫌味を言われていると感じているという事実がしんどい。
ちなみに私もその疑問全部思ったことがある。
①自分のような人間に育てられた子供は性格が歪んで幸せな人生を歩めないと思うから
②自分の人生だけでも精いっぱいなのに、子供の人生まで責任を負うのは過大な負担だと思うから
(③あとほかにもいっぱいある)
①の悩みがないという状態がどういう感じなのか分からないから、私も子供産みたいと思える人の内面は分からない。
色々考えた結果、特に悩まず当たり前のこととして子供を産む方針を採った人が多いようなので、今は彼らは違う人種なんだろうなと思っている。