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はてなキーワード: 自覚的とは

2021-12-07

anond:20211207233335

好きな有名人の顔と嫌いな有名人の顔を聞くとその人の長所を伸ばしたのが好きな方で欠点を強調した方が嫌いな方ということが結構あるので、自覚的に好きな有名人の顔に寄せていくとメンタルにいいと思う

anond:20211207002452

イチャモンといえばそうだけど、擁護派の大半も「わいせつ物じゃないならNGじゃない」ぐらいの雑なラインしか引けてない。

萌え起用する側もこれぐらい整理されて、狙い所がわかっていて自覚的にやっているなら反論ももっと堂々とできるんだろうけど、あんまり深く考えていないか炎上やすい。

そのへんの整理が、フェミから出てきてしまうというところに、萌えももっとしっかりしろよ、ってのは思うんだ。

妻と別れたいけどきっかけがない

妻と別れたいと思っている。

結婚する前は、ちょっとしたすれ違いはお互いに寄り添うもの、と自分勝手に考えていた。

しか現実は違い、妻は一切折れず、自分が常に折れるようになってしまった。

自分の主張は無視逆ギレで一蹴される。

怖いのは、妻はこれを無意識に、あるいは自覚的に行っているところである

聞かなければなかったのと一緒、とでも思っているのだろうか。

あるいは何も思っていないのだろうか。

こちから推し量ることは難しい。

結婚した当初は、

妻と本気で向き合いたいと思い、

腰を据えて話をしようと提案したものの、

妻はそれをのらりくらりと避けた。

次の日にはなかったことになっている。

それが何度も続き、自分は妻と向き合うことをやめた。

妻と一緒にいると、

自分大事にしたいことは否定され、無視され、

自分はどうでもいい(妻にとっては大事なこと)は強要される。

自分価値観がずれているのか、

それとも妻がずれているのか、

からなくなってくる。

これから妻と一生一緒にいるのは、

おそらく無理だなと感じている自分がいる。

しかし、別れる明確な理由がない。

その意味で、一番の失敗は、

子を授かってしまたこである

すれ違いがあるとはいえ

結婚当初は前述のように妻に期待してしまっていたこともあり、

年に数回程度のものではあるが肉体関係もあった。

年齢的にもそろそろというところではあったので、

少ない機会で見事に授かった。

子のことは夫婦共々とても愛している。

子が生まれてきたことについて、一切後悔はないし、

心の底から嬉しく思う。本当に大事だ。

ただ、だからこそ、

おそらく今後は子のことでも揉めるのであろう。

からとても憂鬱である

自分はこんな生活からどこかで脱出できるのだろうか。

それとも一生この生活を送るのだろうか。

もし運良く妻と別れることができたとして、

子供はどうするのだろうか。

からない。

自分は、おそらく進むべき道を間違えてしまった。

漠然と悲しい気持ちがずっと続いている。

2021-11-30

2011年頃、「外部から見たはてなブックマークの評判」はこうだった

・どこぞの市役所ばあさま保存食を渡してほおりだした件は罵倒してもいざ自分い求められると身銭を切らない連中だらけなのがはてな村住民

・反フェミ極左エロオタのはてな左翼

40代以上の、現実に応じて柔軟に思考を変化させられない、やたらうんちくが多いタイプ男性が多いはてな村


・野蛮なはてな村



はてな村からのお客さんははてな村責任もって面倒見ろよ!



意識の高い元学生に群がるはてな村住民を見て北斗の拳読みたくなってきた



はてな村の人が一番あれだよね。田舎くさい。


はてな村では~~に気を付けろという話題が盛り上がる。あれは連中の気を付けていない人間を見下すぞ宣言で、それ以上の意味はない。


・同じ光景を見てほほえましいカップルだなと思うか、リア充死ねと思うかは本人の認識しかない。はてな村後者


・「言いたいことも言えない」といったらポイズンって返してくれるのが2ch。

 「でも結局君も言いたいことを言っていないんだ?つまり君はまたこんな世の中側の構成者でもあり、

  被害者ぶるだけじゃなくて自らもまた抑圧する存在になっていることにもっと自覚的であるべき」と返してくるのがはてな村



日本ウェブは残念だと梅田望夫に言わせたはてな村


イギリス暴動の裏にある鬱屈絶望についてという記事はまるではてな村



そもそもBUNTENさんって誰?


・きゃー!はてな村の住人だー!逃げて―!



・あそこいいところじゃないよ。冷たいし選民思想強いし。



炎上祭りけが村の中に現存する唯一の村おこしイベントなのがはてな村。いずれ燃え尽きる。



佐々木俊尚が「かつて存在したはてな村」って書いてる。いつのまにか廃村してた。



はてな村、行ってみたことないけど非常に気持ち悪い人しかいないらしい。




2021年になっても全く変わっていない。

はてな村最初からクソだったし今もクソだし未来永劫クソ。

2021-11-21

今日サザエさん

アニメ版の『サザエさん』ではタラちゃんけが時間ループしていることに気がついているって設定だけど、原作ではどのキャラクターもそのことについて割と自覚的だったんだよね。

アニメ原作の違いと言えばそれまでだけど、メタ言及の有無は、世界への認識の違いではなく、世界への諦めの感情からくるものかもしれない。

タラちゃん旅行先に置き忘れるエピソードが多いのもそういう意味だと考えると、ちょっといね

anond:20211121031143

これはその厳しかった時代とやらにネットを叩いてた層に当たる人種ネットで暮らすようになっただけだよ。

身内で馴れ合い異物を排除するコミュニティ時代を経て「オタクは殺してもいい」からアンチは殺してもいい」にシフトしただけ。

例えばニコ厨淫夢みたいな独自符丁を有難がってサイトの外でも「仲間探し」をしてるのは感じたことがあるだろう。

その符丁が「肯定的でいること」になっただけ。

コンテンツに対して肯定的であれば人を殺してもいい、今はそういうルールで回ってる。

このコミュニティは母数に対して割合的に発生するから常に誰もがなにかに属し、なにかに迫害されてる。

そうなった時マジョリティが勝つの自明の理、それに対し斜に構えマイノリティを気取り殺される…まさに当時の「オタク」そのままじゃないか

迎合するもよし、死ぬのもよし、この選択肢に対し自覚的でいることそれ自体がまさにオタ臭さであるというのはなんとも愉快な話ではある。

2021-11-19

anond:20211119111346

自覚的マジョリティ側にいる保守的立場ってことね

それならそれでいいけど

まあでも俺は「普通~」「常識的に考えて~」という論法は「普通こういうとき男は腹を切るものです」とかを正当化する危険ものだと思うから警戒しながら運用するよ

2021-11-17

anond:20211117101912

日本って女性もこれら表現迎合してるんだね

オタク文化に浸かりすぎて麻痺しているのかな。

嫌なら見なきゃいいってネットでよく言われてるけどそれは違う。コンプライアンスとして企業がやって許されることではないとはっきり言う必要があるし人権意識もっと育てなきゃいけないだろうと思う

少なくとも女性がこういう扱いを受けることの暗喩になるものを堂々と社会に出しても問題ない社会というのは大問題だし、それについて男性ももちろんそうだけど、女性自身が自覚的でないのもひどい。

この環境で最も被害を受けるのは幼い子供たちだ

こういうもの日常で目にする事そのものが幼い子供に対しては暴力的だということに大人もっと自覚的にならないといけない

民主主義個人主義表現の自由も日本国民は何一つ正しく使いこなせてないし、根本的に教育を変えなければならないレベルだと思うよ

もし僕の目の前で女性がこんなことを言っていたら、君はNoと言わなければならないって真剣に怒ってるよ

30で消える温泉むすめ

温泉むすめ、炎上最初に見た時は「またか」と思った。最近のよくある(ありすぎる)炎上案件ひとつだと。個人的にはああい萌え絵は好きじゃないけど、好きな人がいてそれが地域活性化につながるのは理解している。キティちゃんミッキーだって全員好きなわけではないんだから、それはしょうがないと思う。

絵も設定も、個人的には「オタク感が強すぎる」と感じてしまものだった。街中ではまず見かけない、極端に短いスカート(少しでも動いたらパンツが見える)や胸や体のラインを強調しまくる衣装を、パンツを見せて良いとも体のラインを強調したいとも思ってなさそうな女の子たちが着ているのも、まぁあるあるだ。

現実にあの衣装を着ているとしたら、かなりセクシー表現を好み、セクシーな印象を周りに与えることに自覚的で、見た目や体型に自信のある子だと思う。でも彼女たちはそうでもなさそう。

私は『エロい服を着てるけどそのエロさには無自覚でいてほしい、完璧なボディラインを「どや」する女ではあってほしくない、みたいな思想が透けて見えてキモいな……』と思ってしまう厄介な女オタクだけど、それは漫画の絵に「目でかすぎwwwこの首の細さじゃ頭を支えられないでござるwww」と言うような野暮であるとも理解している。どこまでも「※個人の感想です」であり、私の好き嫌いよりも楽しむ人や救われる温泉街が優先されるのは「そりゃそう」と思う。

設定も言い伝え伝説からとったにしても都合よく解釈しすぎ(小野小町の百夜通いも、小町相手を諦めさせたくて「百夜通えや」って無理難題押し付けたんだから夜這いにドキドキと言うよりは「今日も来るのかな、だりぃ」「マジで来た、うぜぇ」では?)だし、スカートめくりのくだりも「スカートめくりされたことないやつの発想だな」と思う。けどきっと、どちらも「ちょっとエッチ属性のある子がいるといいな」程度の無邪気な発想なのだろうし、スカートめくりが嫌すぎて不登校なる子存在しない世界線なんだろう。

ただ「30になる前に見えなくなる」の設定は、普通に意図がわからなかった。神様なので「3000歳でも見た目はJK!もちろん酒も運転タバコOK!」でも良いはずだし、そもそも年齢って概念さえ超越しててもおかしくないのに、30歳と言う微妙な年齢で温泉むすめを引退させる意図とは……。

とはいえ、ああいキャラクター10からせいぜい20歳前後になりがちなのはわかる。それは男性向けでも、女性向けでも変わらない。でもはっきりと30で見えなくなる=お役御免である を明言したのはちょっとすごい。何やら神格が上がって人間には見えない存在になる……ということらしいけど、そういう特殊な設定をつける時は何らかの意図があるはず(逆に意図がないなら特殊な設定にしない)なので、作者側に30歳で引退させたい理由があるんだろうと思った。

ぱっと頭に浮かんでしまうのは、「ババアはいらねぇ」って発想だけど流石にそれは短絡的だろう。好意的解釈すれば「温泉むすめは有限の存在なので、出会いを大切にしてほしい」とか、『期限付きであること』の切なさの表現だったのかなと思う。

ただ、それなら30なんていう数字を出さずに「上位の神様になるまでの、限られた約10年間を、温泉むすめとして一生懸命働きます」みたいな穏当な表現はいくらでもある。『見えなくなる』設定は、テイの良い引退だ。キャラたちを10代・20代で固めるのがこだわりで、どうしても30歳で交代させたかったならそれでもいいけど、それならもう少し上手いこと表現してほしい。

あとこの案件に限らないけど、「会議には女性もいました!」って発言は何の意味もない。例え私が設定会議に参加したとして、男性たちが「年はせいぜい30までだよねwそれ以上は引退で」「引退だとアレだから、『見えなくなる』でどうですか」とか「この子夜這いにドキドキしてるんだ!」「いいですね!」って話をしていたら、「それはキモいです」とは言えない。もちろん関係性にもよるけど、現実で「あの人はうるさいからな〜w」みたいな評価を受けるとどんなにやりづらくなるかわかっているから。

自分がいい年だからそんなこと言うんだろ」や謎に「嫉妬してる」なんて思われても面倒だから、よっぽどコンテンツに愛がない限り、こんな増田を書いてる私でも「あ〜……(苦笑)炎上しないか若干心配ですね……」みたいな弱気発言になる。よって盛り上がった勢いは削げない。「女子校が共学化された最初の年に入ったら、男子は数名しかいなかった。だから肩身が狭くて女子意見に流されがちだった」みたいなことって想像やすいと思うんだけど、職場では男女逆の状況がたくさんあるんだよね。

個人的には温泉むすめ(というか萌え絵)は全然好みじゃないけど、ああいう試みで救われる人がいるならじゃんじゃんやれば良いと思う。でもそこに「若い子がいい」とか「エロさがほしい」とか作り手の願望を滲ませるなら、もう少し上手く設定と逃げ道を考えてほしい。

私が楽しみにしていた旅行先で、温泉むすめを「可愛いなぁ」と思って詳細を見て、「30で見えなくなる」なんて設定を目にしたら「来年には温泉むすめなら『見えなくなる』年なのかぁ……」とせっかくの温泉で余計なことまで考えてしまいそうだし、それは温泉側の望むところではないと思う。若い女の子の見た目だけど、飲酒運転OKワープ可能神様!というファンタジーみのあるマスコットでありながら、現実にある年齢差別や辛さを想起させるある種のリアルさ?に、私は引っかかりを覚えたんだと思う。

めちゃくちゃ長くなってしまった。こんなこと自分SNSには書きたくないから、増田があって本当によかった。サンキューはてな😉

2021-11-11

ウマ娘R-18イラストSS描いてるだいたいのやつは努力が足りない

対して絵がうまくもないエロ絵と

地の文がない脚本以下のSSばっか

露出させなくてもエロく見える絵はあるし、直接的な描写をしなくても性行為を匂わせる表現なんていくらでもできるのに

どちらも画力をあげようとか文章表現をうまくやろうとか、そういった志が一切感じられない

エログロを取り上げられたらただのゴミ創作だってことにもっと自覚的になれ

才能を磨く努力しろ

2021-10-30

ファッション性やアート性、美学というのはそれ自体政治性と不可分である一方、言語化し辛いからこそ非言語表現意図を込めているのであって、それを支持する人々の口からは「かっこいい」「かわいい」という言葉しか聞き出せないのはある意味必然。それを理由に彼らの政治性を矮小化して、「ふざけているだけの露悪趣味」と断ずる暴力性についてもう少し自覚的であって欲しい。

2021-10-27

anond:20211027101611

人間は全て悪なので自覚的に悪であることを利用できる人間けが勝てるんやで

2021-10-20

から生きた人格のある人間セックスする方がはるかキモいし性暴力親和的だと何度言えば。

20代前半の大学生新入社員泥酔させて「同意」を捏造してレイプするのが対人性愛者。

同意があればセックスしても誰も傷つけない」とかい言い訳をいつまで続けるつもりなんだろう。自分の身勝手欲望社会にどんな悪影響をもたらして、それがどんな被害を産むのかということに自覚的であって欲しい。

そもそも同意を得るためにセックスの話を他人に持ちかけること自体セクハラだろ。

それに比べてエロ漫画ドール性的対象とする文化による悪影響なんて瑣末なものだし、真面目な小児性愛者のように対人性愛者もエロ漫画ドール代替品として満足できるように意識アップデートするべき。

2021-10-17

完璧でないものムカツク」という動物的な感情について自覚しろ

『Q.なぜルール(だと自分が信じているもの)を守らない人に対して苛立つのか?』

この設問に対して多くの人間はあーだこーだと理由をつけて自分政治的な正しさ義憤正当性を主張する。

しかし違うのだ。

本質は極めて感情的なところにある。

完璧でないものムカツク

この感情を誰もが持っている。

その上でそれに対してのカウンターウェイトである完璧でなくても意外となんとかなる」を個々人毎に調整しているだけだ。

潔癖症という病はこの「完璧さに対する執着」が肥大化した病だと言われているが、実際には真逆で「完璧でないことに対する許容」の感情が萎縮したことによる病なのである

完璧でないことに対する苛立ちの感情は誰もが非常に強烈に持っており、生まれつき欠如していても言語などを学習する過程で強力に植え付けられる。

1が2ではなく1+1は2になるということに対して曖昧さの介入を許さないという感覚を持っているからこそ我々は言語理論を数多く習得し操ることが出来ているのだ。

こういう話をすると「それは『完璧でなければいけない』という脅迫観念であって、ムカツクという感情ではないのでは?」と考えるものもいるだろう。

その疑問は正しいが、結論としては誤りである

強迫観念が植え付けられているということは、それに逆らうもの出会った時に精神不快感自動的に出力するということであり、不快感を感じれば人はそれを苛立ちの感情として抱え込むことになるのだから

かに完璧でないものを見ると不快感を覚える」と言った方がより正確なのかも知れないが、結果的に出力されたものを「完璧でないものを見ると苛立ちを覚える」であり、それはすなわち「ムカツク」なのである

これはもう学習されてしまった感情様式であり、人間的な思考感情を持つための回路に何度も深く刻まれしまっている。

あとから抜き出そうとすれば全てが崩れ去ってしまい、そのもの言語体系すらも曖昧で本人にさえ理解できないものとなるであろう。

完璧であることに対する強迫観念」とはすなわち人間人間たらしめるための器であり、同時にその器を形作る物質のもの人間にとって毒なのだ

自分たちの精神思考を構築する骨組みの中に毒物が混じっていることに対して我々は自覚的になるべきだ。

完璧でないものムカツク」という勘定から背を向けてアンガーマネジメントを学ぼうとしても無意味だ。

自分にとって完璧とは言えないものにぶつかった時自動的に苛立ってしまうということを受け入れるしか無いのだ。

まり、毎度毎度苛立ちに対して精神を抑え込むという面倒臭さを受け入れるほかないのだ。

ここから目を背けたアンガーマネジメントは皆無意味である

2021-10-13

anond:20211012093353

俺もこのことについては考えたことがある。とりあえず男/女をいちいち書くのが面倒なので、まとめて雨人、晴人とする。

雨が降りやすい人、晴れになりやすい人、などというもの存在するわけがないが、いったん存在するもの仮定して、雨人、晴人、両方が所属するグループイベントを行うときのことを考える。

一般的イベントは晴れるほうが好ましい。当然のことながら晴れたら晴人のおかげ、雨が降ったら雨人のせいである。

ところで、晴人、雨人が存在することは事実と異なる仮定であった。あえて事実と異なる仮定をもとに、自分を上げ他人を下げることができる晴人は、傲慢他罰的と言えるのではないか

逆に不当に貶められる状況に甘んじる雨人は良く言えば優しく謙虚、悪く言えば自罰的、あるいは事勿れ主義と言える。

どちらと付き合いやすいかは人それぞれだろうが、おれはどちらかと言えば晴人を自称できる人間を警戒する。明るく楽しく付き合いやすいのは事実だが、無自覚にか自覚的にか、人を踏みつけにするタイプが多いように思う。

物事がうまくいくうちはいいが、問題が出てくると放り投げて責任を取らない。雨が降ったら人のせい。だからいつまでも晴人でいられる。というわけだ。

おっと個人的怨恨漏れ出てしまった。まあ、しょせん雨人晴人並みの根拠のない戯言ということよ。

2021-10-11

22になる

20になったあたりで、大事なことが起きているのに今それに気づけていないのかもしれないという強烈な感覚があり、それがすごく恐ろしかった。だけど、そこから2年ほど経ち就活も終わって、自分がどんどん全てのことに自覚的になってしまっていることに気がついて、なぜかものすごくがっかりした。これは自分が望んでいた形ではなかったのか、?

そこで思い返すのはもっと昔、子供自分で、あの頃はやっていること感じていることがなんなのか言語化なんてしたことがなかったし、もちろんそれが役に立つとかたたないなんてことは考えたことがなかった。そんな必要を感じたことさえなかったと思う。「なんとなく」がまかり通る世界で生きていた。

今は、これは自分にとってなんの意義があるのか、あれは自分にとってどんな役に立つのか、そんなことばかり考えてしまう。どんどん自覚的になろうとしてしまうのは、きっと自分の行動に責任が生まれてきたり自分能力の大きさが見えてきたからで、それは仕方のないことだとは思うんだけど、今よりも幼い頃の自分の、無自覚で損得を超えた行動のほうが、自然的で美しかったように感じてしまう。あの時の自分相対的ではない絶対の万能感に満ちていた。今まで、大人が抱いてる空想にも近い「純粋ものとして子供像」みたいなものってマジで謎でしかなかったけど、こういうことなのかなと思ってしまい、一気に10歳くらい心が老けた感じがした。とか言っていると子供自分にそんなもんでもないよ、と言われるような気もするし、これもまた大事なことが起きているのに今それに気づけていない状態なのかもしれないけれど。

ただ、あの自然欲求に身を任せるような美しい自分はもう消えたのだとすると、じゃあ今の自分ってどんな形をしているのだろう、と思うのだ。

2021-10-07

名前に ヨ って入ってるツイッターアカウント

たまにツイートが流れてくるけど、だいたいちょっと近づきたくないと思わせるツイートの人が多い。

そういう人が自覚的につけるサインなのかな?

anond:20211006235903

自覚的にやってるならまだ救いはありそうなんだけどね。多分嫌悪感だけ覚えていて、なぜ嫌っているかは忘れちゃったのかもしれないな。

2021-10-05

正直に言うと

例の件で目立ったツイート、2つとも前置きがダサい

攻める側より守る側になってしまったということだろうか

追記

上記2件ほどではないが前置き癖を感じた。

論争慣れして効果はともかくつい予防線を張ってしまうほど、批判を浴びやすいことに自覚的ということか?

https://anond.hatelabo.jp/20211005214035

2021-10-03

刑事裁判の傍聴にはまった中学生が最年少で司法試験合格するまで…推し勉強法を聞いてみた

https://news.yahoo.co.jp/articles/985c511a189cac13c663f51ee886b87d26809380

勿論本人も努力したんだろうけれど、これって何より親ガチャ大成功したのが大きいだろ

中学から大学まで内部進学で、二度の受験勉強をしないで済んだというアドバンテージは大きい。

あと高額な予備校にも通っているし、その費用を出せる親の経済力無視しちゃいかんだろ

刑事裁判の傍聴にはまった中学生が」じゃなくて「慶応義塾普通部の中学生が」ってちゃんと書けよ

最近流行りの親ガチャという言葉肯定的で、生まれた家庭や遺伝子成功度合いが大きく変わる事に自覚的人達までもが

こういう勝ち組家庭の勝ち組事例を無邪気に賞賛するのはどうなのか。

2021-09-22

anond:20210922191138

そもそもパンプス強要する企業なんてたいしてなかった(と、あなたは思っている。ソースはない)

労働者服装問題にすれば良かったのに女性差別だのなんだのワケわからんこと言って反感を持たれた(と、あなたは思っている。ソースはない。世界中メディア好意的に取り上げられていることなどは都合が悪いので無視する)

最早既にネットで喚いてる人になってしまった(と、あなたは思っている。あと日本語が変)

結局、俺はあいキライだからあいつの成功も認められないというだけ。自覚的になろう

2021-09-21

呪いのかけ方

なに、そんなにオカルティックな話じゃない。

暇つぶしに聞いていってくれ。

まずは呪いをかける前の心構えだ。

これを誤ったり揺らいだりすると自分呪いに飲まれることになる。

呪いをかける相手個人的感情を抱いてはいけない。友情愛情などは以ての外だが恨みや嫌悪等の負の感情を抱くこともだめだ。

これが一番難しい。

呪いをかけたい理由なんていうのは大抵が私怨愛情だ。

まあ、だからこそ呪いの代行が職業として成り立ってきた歴史がある。呪術師クライアント関係無責任まりない関係だ。そこに私怨は発生しない。

しかしこれも不可能レベルの話ではない。

必要なのは無責任さと冷徹さ、あとは自尊心の欠如だ。

では本題。

呪いのかけ方だが、その前にもう一つ、呪い本質について話そう。

呪いは、広義的な意味では人と人の関係のこと。人間感の関係性や言葉などによる契約、もしくは態度や空気感によって相手精神を思い通りに変化させる技だ。

わかりやすい例で言うなら、約束一種呪いだ。

冷蔵庫にあるプリン明日まで食べないでおいてね」とあなたあなた家族に伝えたとする。この時点であなた家族に対して呪いをかけたことになる。

ただ、自覚的でない呪いは多くの場合強力な呪いとしては成立し得ないだろう。更に言うならばこの約束においてあなた個人的感情を抱いてしまっている。

約束を違えてプリン家族に食べられてしまった場合あなたは悲しみ?怒り?どちらにしろ負の感情を発露させることとなる。

あなたあなたがかけた呪いによってあなた自身感情を左右されてしまうことになる。これは呪いをかけるにあたって最も避けなければならない失敗を犯し、呪いにのまれしまったということだ。

だいたい呪いイメージは掴んでもらえただろうか?

なぜ呪いをかけるにあたって個人的感情を抱いてはいけないのかも理解できたと思う。

何度もいうが、強力な呪いをかけるには人間的な感情一時的に捨て去る必要がある。

それを避けたいならば無関係他人、それこそスペシャリストである呪術師に頼むのがいいだろう。

では実際に呪いをかける方法を話していこう。

呪いのかけ方は千差万別だ。しかしやりやす方法というのも、ある。

重要なのはもっともらしい理由相手想像させること、自発的な行動を促すこと、反復してそれを定着させることだ。

特に一番重要なのは反復、日常的な行動だ。

  

極端である必要はない。必ず目を見て話す、逆に絶対に目を合わせないで話す、毎日相手に肩を触るなどのスキンシップを取るなど。

呪いの扱いに慣れてきたら規模を大きくしてみる。SNSの捨てアカウントリプライを送りつづける、など。いかにも呪いっぽいもので言うならば(犯罪だが)虫の死骸をポスト毎日入れるとか。

相手思考がどのような方向に向くか、相手のことを根気よく観察しながら常に影響を考えてアクションを起こし続ける。

まあ、これはわかりやすく言っただけのものだ。プロはここまで露骨なやり方を取らない。

テンプレートあなた想像する呪術師であるならば、得体のしれない宗教というツールを使ってクライアント媒体としてターゲット呪いをかけるというパターンが多いだろう。

呪術師なんていう胡散臭いものに頼るのはそれを頼るくらいに胡散臭いものを信じている人だ。儀式という手続きを経ることでクライアント呪いがかかったもの認識する。

もちろん疑う気持ちも持っているだろうが無意識下でそれを信じることによる影響は出ている。これによってクライアントからターゲットへの態度の微妙な変化など様々な要因が組み合わさることによりターゲットに向けて呪い帰着することになる。

プロ呪いというなら、宗教も非常に強力な呪いだ。

儀式祈祷礼拝などを使って信者信仰心戒律で縛る。

ここまで読んでもらってわかる通り、強力で身近な対象に向けた呪い素人にはハードルが高い。なんとか呪いをかけるところまでこぎ着けても呪い返しにあったり予測できない不正確な効果制御できない可能性もある。

無責任立場で、何かが起きても対処できる範囲でのみ試してほしい。

何度も繰り返して扱いがうまくなれば実生活にも応用できるだろう。

2021-09-20

anond:20210920044550

全面的同意

自覚的でない性欲は輪をかけて気持ち悪い

から萌え」とかい言葉で性欲をぼかすやり方は非常に気にくわんかった

あの言葉自体は廃れたけど「萌え絵」が残ってる

2021-09-16

anond:20210914204639

じゃあ、かつて「チンポをしゃぶったことのある」男はどうなったかということを、これから書いていこうと思う。

女性ゲイといった、具体例がわかない人には【大島薫】という人の人生を読んてほしい。俺は彼ではないけど、男なのにチンポをしゃぶって、しゃぶられて、彼女だけをつくって、ちんぽでアクメして、されて、女とだけと結婚して、自分の子供が欲しいし、射精前立腺快楽享受たかった、ということを書く。

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A4%A7%E5%B3%B6%E8%96%AB

いきなりカミング・アウトすると、俺は「中年童貞で、益田界隈では(KKO)で結婚してはいけない、社会最下層のヘテロセクシャルオッサンである。それでも、かつてはバイ・セクシャルだったし、性の究極点を求めていたのだ。それが、なぜにヘテロセクシャルに落ち着いたのかを、つらつら書いていくことにする。今となっては、増田の「毛の生えたちんぽを舐めたい」なんて反吐が出るし、つまりゲイ野郎も大嫌いだし、エロは「女に当然に中出し漫画に至っては受精シーン」を要求する。それでも「中1までに男と女セックスをして、ついでに男に掘られて前立腺刺激から射精気持ちよくなる」ということができなかった人生は後悔しているのだ。だから、元バイ・セクシャル懺悔を書いていこうと思う。

ところで、俺もちんぽをしゃぶったことある12歳ぐらいのときに、日能研に通っていた同期の男の子ペニスをしゃぶってみたんだよ。理由は思い出せないけど、受験で疲れていたからだと思う。彼はまだ毛が生えてなかった。その時は、包茎ちんぽを剥いて勃起させてハードにジュポジュポしてみて、途中で「ヤバいのがくる」からやめろって言われて、ストップさせられたから彼を精通させられなかったけどね。今となっては、もったいないことをしたと思う。当時はちょっと塩っぽい、カウパー腺の分泌液をもってして、他人のチンポってこんな感じか、と思ったものよ。いまとなっては、そこを超えれば精通させてあげれたし、他人の精液ってこんな味かと知る機会を失った。そして、増田の言うとおりチンポの感触は忘れられないのも、事実だ。

ただ、自分は当時、プラトニック関係彼女がいたのだ。それで、チンポをしゃぶったあとで後ろめたさはあった。ただ、匿名でこんなことを言うのはあれだけど、神に誓っても良い。チンポをしゃぶったことがあるのは、本当にこのときの1回限りだ。

そんで、中学受験の果に、中学に入って、当時はオナニーを知らなかったから、同期(♂)にオナニー方法を「手コキされて」教えてもらって、あまつさえ別の同期(♂)に「フェラされて」抜いてもらったことある。いま思い出すと、キツネ目で女顔の中1男子に「いま、イッタでしょ?」ってニヤニヤしながら「手からドロっと滴るマイ精子をみせつけられたシーン」とか懐かしいし、そいつの無理やりシコシコする手コキは痛かったし、さらに別のヤツに「いきそう!」といった瞬間に激しくなったフェラは下手くそだったけど、おっさんとなったいま思うと、青春だったと思う。当時の「オイラペニスはでかい」っていう噂を聞きつけて、何人かの男子にマイ・チンポを手コキかフェラで「抜いて」もらうイベントが発生した。概ね、施設公園多目的トイレに入って、まずはチンポをフルボッキさせるのね、お互いに。オイラのちんぽは中1で 14cm あって、しかも太くて、長さと太さで負けたことはなかった。なんだったかな、チンポはオナニーすると腹側が伸びるから努力しろってアドバイスもらったけ?そんなこんなで、かぶと合わせしたり、触らせてー、舐めてみても良い?、となって手コキかフェラでシコシコしてもらって、オイラ射精したら、お開きというのがルーティンだったかな。そんなときに限って「あっ///」みたいな、こもった声が出ちゃうのだ。自分でシコるときには声が出ないのにね。そんなこんなで、男に手コキとフェラで抜いてもらう経験を、1年間で 6人に 10回ぐらいやってもらったのだった。

もちろん、抜いてもらった瞬間はすごく気持ちが良かったが、当然にイジメ対象になった。たしか、ちんぽデカ夫、とか言われたっけ? それで辛くて、『性』が嫌いになったよね。チンコがでかくて、ホモが近づいてくる、そんなヤバイやつというのが当時の俺の評判だった。女にも「ちんこかいの?」「誰に抜いてもらったの?」と聞かれたっけ。どいつもこいつも「私(女)とセックスしよう」というやつはいなかったが。そんでもって、未だに童貞であるし、そのことに不満はないが、それでも後悔しているのが、男の同期にちんぽを尻穴に突っ込むか、突っ込んでもらって男色世界を知ろうとするチャンスをロストしたことだと思う。当時は、絶頂の果てに罪悪感がマックスになっていただろうが、性欲マックスのあの頃にしかできないであろう、男のケツで射精するのはこんな感じであるとか、他人のチンポを穴に入れられると気持ちいいとか、あのときに知っておきたかった。当時は性欲でホモになるのが怖かったし、自分の子供ができるのも怖かった。エレクチオン・バトルしたあとに、自分射精を終えたあとで「お礼に」ケツ穴を差し出せば良かったのだろうか。中高を通してヤリ目的彼女はできそうだったが、ヤった後で振る方法がわかんなくて、デートが続かなかった。ヘテロセックス子供ができるのが、どうしても怖かったのだ。それに、小6のときの本当に好きだったあの娘と橋の下キスしたあとに、無理やり押し倒してセックスをやれば脱童貞の果に、子供ができたとしても良かったのだろうか、という気持ちが「女に対する性欲」を打ち消してくれたのは、自覚的だった。俺は、今もあの娘のことが好きだ。消息は知らないし、今の俺に彼女幸せにできる余裕はないが、彼女の笑窪はどうしても忘れられない。

中1までに性欲の向けた先の限界を知れば、のこりの中高5年間を勉強に突っ走り、その後の人生は安泰だったのかもしれなかったが、もはや KKO になってしまったので過去はどうでも良い。童貞ではあるけど、風俗店なんかに絶対に行かないのは、小6・中1のとき自分に戻って「タダで男と女セックスできる」可能性が「自分にはあった」ので満足しているし、オッサンとなった今では「子供がほしいから女とセックスしたい」という気持ちけが残ってしまったので、おそらく『今は』ヘテロセクシャルだろう。だから増田のように「成人男子のチンポをしゃぶりたい」というのはわかんないけど、俺のような「若い頃はちんぽをシャブリシャブられた果に、ヘテロセクシャルオッサンができあがるよ」というのは教えてあげたいと思ったのだ。だから、この駄文を書いている。

これからは、ヘテロセクシャルおっさんが、男色に無関心となっていく理由を書いていこうと思う。今は、男性器が嫌いというか、少なくとも舐めたいとすら思わない。要は、他人のちんぽにそそられる理由が、年齢と比例して低下する根拠を書く。それなのに、相変わらずマンコは舐めたいし、ペニスでワギナに射精はしたいのだ。これはどういうことなのか?はやい話が、オッサンになったのだ、この俺が。

かに、俺は小6のときに「毛の生えていない包茎ちんぽを無理やり剥いてフェラして、あと少しで射精できただろうという経験」は忘れられないが、今は全然に興味が無い。少なくとも、無料で、無罪で、日本アフガンみたいな世界になっても「絶対にしない」と思う。なんというか、「あのときに」新品のチンポを舐めたという記憶が、性体験として自分の中では至高であっても、「ガキのチンポ?、全く興味ないよ」って言える。何故か?

たとえば、覚醒剤中毒者が「至高のエクスタシー」を知っているかもしれない。俺も、若いときには「それを知ってみたかった」のだ。だって、これだけ批判されるのに、彼らは消えないからね。ただし、逮捕は嫌だったか絶対に手を出さなかったが。でも、アナルなら逮捕されないらしいので、試してみることにした。芸能人ホモから追放された人は、少ないからね。

それで、結果として、ゲイの連中も覚醒剤中毒者が主張するような、前立腺という「肛門性交中毒性があって、ノンケであってもハマるし、知ってしまえばマンコはアナルに劣る」という主張が、無理だったことに気がついちゃったのよ。主に2つの理由で。

ひとつめの理由は、ホモになる努力、たとえば前立腺絶頂することに投資してみたけど、巷で言われるほど気持ち良い体験が得られなかったのだ。デイルドーで突いてみたけど、ウンコと血が混じったものが出てきて、そりゃゲイHIV にかかるわー、とすら思った。そして、受け側のゲイでも全員が肛門性交絶頂できていないことが 5-MeO-DIPT という「ホモ御用達」の薬物が違法化された事件で明らかになった。つまり、被挿入されるゲイの連中は、実は全員が絶頂できていないことに、俺は衝撃を受けたのだ。ホモは嘘つき、ってね。

ふたつめの根拠は、俺はどう頑張ってもマンコが大好き人間で、マンコが気持ちいいだけでなく、次世代を生み出す「ゲイには絶対提供できない」偉大さに気がついてしまったのだ。マンコは偉大。なんと言っても、男の俺が持ち得ない子ども提供してくれるからだ。どうしても、ホモ妊娠できないからね。

まぁ、なんだ、自分が「ホモでは無い」ことは死ぬまでわからんと思うよ。俺もわかないし。俺も「ちんぽを舐めたい」と思ったのは、小6から中1までだもん。個人的には、冒頭のように「誰かを射精させて、精子を飲んでみたかった」時期がありました、ってことは事実だし、実際にやった過去はありました。今はヘテロセクシャル自覚してるし、当時はチンポを舐めると「歓んでくれる」人が周りにいただけで、本当は「チンポが好きじゃなかった」ということに今はしている。それに、俺には、もう「チンポを舐めると歓ぶ」人がいないだよ。なぜかというと、俺はオッサンになって、もうチンポを舐める価値があると思える人は、誰かのものになってしまって、奪うと確実に「恨まれちゃう」年齢になってしまったのだ。それで、おっさんになった俺が「こいつのチンポをしゃぶりたい!」ってヤツと、俺に「こいつならチンポをしゃぶらせよう!」ってやつもいなくなったのよ。つまりバイ・セクシャルの「男☓男」「女☓男」は、前者の方が早期にマッチしなくなるのだと気がついたのは、おっさんになってからでした。あ~あ。

というわけで、おっさんからみたら、「マンコ」が好きな男は、若いうちは「チンポ」が好きでも問題ない。そんでもって、おっさんになっても超越した性的経験で「オーバーライドされて、ホモセクシャル化」されることは、すくなくとも俺はなかったし、ネットではみかけないし、大丈夫なんじゃないかと思う。仮にホモになっても、子供がほしけりゃ、精巣に注射して、静止を取りだして顕微鏡受精卵を作って、子宮に戻せば良いだけだ。ただし、産んでくれる相手がいたらな。

... 以上、つらつらとオッサンの後悔を書いてきたわけだが、結語として「もし俺が小6に戻れたとしたら、どう生きるか?」ということを書く。まぁ、そりゃ、小6のときコンドーム薬局自販機で手に入れて、あの日橋の下キスした後に好きだったあの娘を押し倒してセックス漬けの日々を過ごし、それと同時に塾では「浮気して」チンポを貪り食い、中学に入ったら小学校関係を捨て、更にはアナルでイクことを教えてもらって、中高大はマンコするだけの彼女をつくってヤりたい時にマンコしつつ、その一方で発展場でアナルの皆楽を貪り、資格をとって社会的に安定を獲得し、ちょうど『バイ』な性欲が両立できなくなった頃に「子供がほしいから」という理由で『ヘテロセクシャルに転換し、若くて美人貞淑女性を娶る、って人生になったわけだ。それは、それで地獄だな、って書いていて思う。そして、そんなことしてたら愛の無い子供をつくるか、H*V 拡散者になってただろうから、しなくて KKO と言われても全く恥ずかしくない。でも、いま小6に戻れたら「男に与えられた、前立腺の歓び」と「男に与えられた、射精の悦び」と「男に与えられた、孕ませる喜び」の3つを全力で獲得しにいく。絶対にだ。

結論。男においては「男好き」と「女好き」は両立する。それに、「男好き」の対義語は「女好き」ではない。それだけは、理解してほしい。あとは、自分で考えろ。そして、後悔しない行動をとれ。なんと言っても、時間は巻き戻せない。

2021-09-15

https://anond.hatelabo.jp/20180225105423

これ、ずいぶん昔の日記だけど。この日記に思うところがあって

喧々諤々議論が広がっているけど、論点を整理すると

・『差別』は機械的に判定できる(現時点で、ある集団と別の集団が、全く相似の状態でなければ即ちこの状態を『差別』とする)

・『差別』は歴史的文脈を伴う社会現象である過去から現在に至るまでの歴史的事実を元に、権力構造の偏在を認めるものを『差別』という)

この2つの差別』観が全く食い違っていることが、議論平行線上に終わっていることの理由だよね。

元増田は明らかに前者(差別機械的判定)の立場をとっていて、

その上で、「良い(許容できる)差別」と「悪い(許容できない)差別」は区別できる、という論をとっている訳だよね。社会的文脈を入れるポイントが違う。

まり元増田は『差別』という言葉定義から社会的歴史的文脈を切り離そうとする思想を(自覚的かどうかは分からないけれど)拡大しようとしてると言えるよね。

これは一見価値判断タイミングが違うだけで同じことのように見えるけど、

元増田の『差別』観に基づけば、例えばかつて日本女子教育就職機会が制限されていたことについて、その当時は概ね「良い差別」と考えられていた(異論はあったかもしれない)ことと、

現在女性専用車両のような暫定的アファーマティブ措置については、

それぞれ行われた当時の時点の価値観に基けば、両者は地続きのものであり区別ができない、という理解に陥りうるんだよね。

それは多分ここ最近弱者男性」という簒奪思想拡散していることと関係があると思うんだ。

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