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はてなキーワード: 発症とは

2020-08-08

anond:20200808144104

お気の毒に。

おれも17歳くらいで発症した、というか認識した。

その後反応する食べ物はどんどん増えていった。まちがいなく大丈夫なのは柑橘系バナナくらいだ。

ヘーゼルナッツダメになったし、もやし大豆系も反応する。

様子見ながら食べていくくらいしかないな。

ちょっとした違和感、せきっぽくなりそうな気配

新コロうつされたのだろうか?

もしそうだったとしても発症食い止める方法なんかないよなー

どうしよ

anond:20200807074835

ウヨ国民健康生命あくまでも将棋の駒程度にしか考えていなく、それよりも国家集団の維持の方が重要と考えている。個人集団のためにあるという考えはここでも揺るがない。

それでいて、自分だけは絶対感染しないという根拠のない自己中心的な自信がめちゃくちゃ強いかマスクなんて意地でもしないし自分が無症状感染者だったとしても発症してないなら自分的には何の問題もなくて、他人うつしてもうつされた他人がどうなろうと知ったこっちゃない。

そして、他人にも平気でマスクなしで至近距離で大声で話しかけるし、店舗病院などの行列でいわゆる社会的距離を守らない。職場などでは対面での面会や会議食事強要するし、それに応じない者を

臆病者

協調性がない

自己中心的

自分だけ助かればいいと思っている

卑怯

だと非難する。

その結果、医療関係者死ぬ程の思いをしても、精神論で乗り切ればいいと他人事だし、彼らが切実に要望しているのは適切な業務必要待遇物資なのにやつらはブルーインパルスをとばせばいいと思っている。

さらに、いざ誰かが感染ともなれば、下手すれば、マスクをしないウヨどもこそが移した当の原因の可能性が高いことすら棚に上げて、そいつ気合いが足りなかったからだとか不用意にほっつき歩いているからだとか自己責任からなどといって、感染者が助けを求めることも恐ろしくなるほどの勢いで叩きまくる。

はだしのゲンを読んでみると、こいつらとホントによく似た連中があちこちに出てくるので全く驚いた。日本社会は80年近く前とほとんど何も変わっていないのだ。

2020-08-07

anond:20200807112946

からそれ全部おまえなら、って話でしかないじゃん

徹頭徹尾どこがズレてんのか分からないアホですね

しか短期記憶障害発症したガイジというw

2020-08-05

16年間、小学校からの付き合いだった飼い犬が死んだ。感情吐露する

リン、飼い犬のリン今日死んだ。いや人気者過ぎて神様だか上位存在のもとに出張してやったのか、あるいはグルメだったから今の世界に飽きてちょっと三千世界だの並行世界だのを渡り歩きに行ったのかもしれない。

感情が高ぶっている。だからこの高ぶりが残っているうちにこうして文章を残す。

伝えたいテーマ気持ちがあるわけではない。

ただ今人生で一番の悲しみが、哀しみが、非常に緩やかに、それでいて確実に風化してしまう、過去になってしまう、忘れてしまうことが恐ろしい。

そう、全部昔のことになって、リンのことが、お犬ドッグ、猫ドッグ痕跡がすべて消えるのがたまらなく恐ろしい

からこの高ぶりが残っているうちにこうして文章に残す。

この犬の歴史を、私の感想を、感情を、願望を

ごちゃまぜにしたまま

整理もせずただ出力する

誰かの目に当たることを前提としてはしていない。もしかしたら自分からあてにいくことはあるかもしれない。

もしこれを誰かが見ているのだとしたら、恐らく自分自分からこれを公開したのだろう。恥ずかしいやつだ。

だけどこれは、この感情が風化してしまう前に、本当にあったんだぞと。この喪失は、悲しみは確かに此処にあったのだぞと歴史に傷跡を残したい一心で残すだけの文である

いや文ですらない、言葉っぽい何かが連なっているだけだ。いつか赤ら顔で悶絶しながら読み返すのかもしれない自分、それ以外の不幸と幸運の数奇の嵐の

旅路の中でここに立ち寄ったあなたにこれだけは忠告しておきたい。ここから読んでも何も得るものはない。

リン2004年我が家にやってきた。

その時のことは割と覚えている。確か小学校入学を控えた私が出先でペットショップをみかけ、そこで売られていたチワワに一目ぼれして買って!とせがんだ数日後、

母親がケースに入れて

家にやってきたのがこのダックスフントロングのリンである。えぇ・・・となったものだが

それ以前に「犬を飼うなんて!世話とかできんやろ!」という兄弟たちの猛烈な親への抗議に押されてそれどころではなかった



話は変わるが私の小学校入学までの歴史うんこである。なんだったか、親がアメリカ真剣争いしただの外国人雇って私を誘拐しただのろくでもないワードが飛び交っている。

そのせいでPTSDだのなんだのを幼くして発症した私は家に引きこもることとなり、入学までに備えておくべき社会性だのなんだのというものはまるでなかった。

当然、学校が始まってからというものまったく馴染めなかった。なんなら字もかけなかったし口もきけなかった。

当然、つらい

そんな私を救ってくれたのがお犬様のリンだった。

何せこいつは素直だった。ごはんがあるとわかるやすり寄ってくるし、おもちゃやらなにんやらを取られるとか不快な思いをするとすぐ威嚇してくる。一般的にはワリとクソ犬の類だったと思う。

だが、やたらとクソみたいな口撃でマウントを取ってくるDQN同級生、肝心な時と肝心じゃないときにまったく役にたっても味方になってもくれない家族、クソみたいな気づかいぐらいしかできない新興宗教にハマってる女性担任先生

本人がクソなら周りもクソが集まる中、お犬はストレート感情を示してくれたし見た目も人畜生より何倍もよかったから目の保養にもなった。本当にこれだけが私の支えだった。

支えの代価としてドッグフードではなくミンチ肉を要求され続けることになるとは思ってもいなかったが。いやマジでドッグフード単品だと食べなかったよあいグルメかよ。

んでそんなお犬様を連れて散歩などをしていると、公園に生息している同級生たちはその可愛さにつられてホイホイ♂やってくる。そして当然散歩してる自分との会話になる。こうして私は犬から社会立場まで与えられたのだ。お犬様バンザイ

こうして私とお犬ドッグの日々は続いた。日々飽きるごはん!(日替わりじゃないとやだ)テコでも動かない散歩!(俺はこっちの方向に行きたいんだ人間風情が決めるな)

もふもふ!(もふもふ!)とまぁ輝かしい思い出はいっぱいある

途中で良性の腫瘍で手術することになったり、悪性のがんで手術したりしたがなんか生き残ってた。すごいなリンちゃん

これが2015年ぐらいのお話。当時大学受験を控えていた私は大層メンタルを乱されたがお犬はケロっと生きていた。だからだろう。なんとなくお犬はずっと一緒に居続けるなんて幻想無意識のうちに抱いていた。

大学に入ったころあたりに耳が聞こえなくなった

私は焦った。犬の老化を、ひいては死を実感してしまたから。

お犬自身はへーきそうに日々を過ごしていた。

18年19年ごろにはぴょんぴょんはねていたような段差が登れなくなった

それでもごはんはいっぱい食べてたし、まぁ多少はねという気持ちだった

20年に入ってからごはんを食べなくなった。元から飽き性だったので中々気が付かなかったが、肝臓が半分ダメになってた。それでもお肉はちょこちょこ食べてたし、大丈夫だろうと自分をいいきかせつつ、注射器ミルクを与えるなどをやっていた

今年20年の5月ごろ、私は仕事のため家を離れていたが

発作のようなものが起きたらしく病院へ。

てんかんと診断された。あと心臓が止まりがちなのも判明した

お薬はもらったし、容体も安定してるからまだ

8月に死んだ死んだしああ駄目だ。

16年だ。16年以上一緒にいたのに思い出せない。楽しいと感じてたはずのあの日々が思い出せない。いや大まかにはわかる。でもディティールがわからない。あのとき具体的にどんなことがあってどんな気持ちだったのが、リンと何したのか、リンはどんな顔してたかリンとどんなことしたのか、リンは、リン

思い出してやりたいのにずっと最近の畳みかけるような悪化の一途の記録だけが頭をよぎる。

つらい。悲しい。ひどい。

あいつは走るのが好きだった。それはもうべらぼうに早くて、当時ディープインパクトなんて馬が流行っていたかディープコンパクトなんて親が呼んでた。近所の小学生自転車すらものにしなかった。昨日までだって散歩してたぐらいだ

でもだんだん走ることはしなくなった。ジャンプだってしなくなった

あいつは食べるのが好きだった。しかグルメドッグフードを与えたところまったく口にせず、苦肉の策の一環でミンチ肉を混ぜてやったらバクバク食べた。以降、それが彼女の常食になった。医師からも適量であればと言われ、犬自身もそれじゃないと食べないのだからこっちは懐痛めてお肉代も出さねばならなかった。それを食べてなお、台所で何かをあさったり、おやつ野菜の切れ端をやると飛んでやってきて全てをかみ砕いて食べていった。さながらブラックホールだった。

でもだんだん食べなくなった。大好きなミンチ肉も、ささみも、きももいらないとそっぽを向いた、おやつだって途中で残した。

耳がよかった。あいつの前で隠れても物音を立てればすぐ見つかった。

聞こえなくなった。

目もよかった。遠くから俺を見つけた瞬間しゅばばばばっと風のようにやってきた

あんまり見えなくなった

昨日まで生きてた

生きてなくなった

できなくなった、なったなったなった

老化というのは、時の流れというのはあんまり残酷ではないだろうか

あいつにはいろんな楽しみがあった。色んな特技があった。色んなやりたいことがあったはずだ

でも全部時の流れに奪われた。挙句の果てにまだ生きられたはずなのにみんなが寝てる間に布団が絡まって呼吸困難になったのが原因で死んだ。

きっと、病魔に蝕まれたりするよりは楽だったのかもしれない

それでもあんまりじゃないか。もうちょっと穏やかな死でもよかったじゃないか

何故私の血肉は、命は、寿命は分け与えるように、捧げられるように作られていないのか。

神様はひどい。こんなことばっかするんだもの

それから。忘れられるのもつらい。

リンは、犬は確かに此処にいたはずなのに、もういない。

から忘れられていく。いつか痕跡もなくなって、私の中から過去になってしま

この悲しみが、喪失が、リン存在が、

ただ過去にあっただけという設定に成り下がってしまう。

5年前、がんと最初に診断されたときからリンが死んでしまうこと、リンが忘れられてしまうことがたまらなく恐ろしかった。恐ろしかたから、目をそらし続けた。

逸らし続けた結果がこれだ。感情を抑えきれず、認められず、八つ当たりのように何かを打ち続けてないとおかしくなりそうだ。

嘘。半分嘘

何かをやってないと狂いそうなのは本当

でもそれは全部じゃない。

書いている間。ちょうどこの欄をかいてるあたり、気持ちが落ち着いてきた

落ち着いてしまった。

まさしく上に書いた通り過去になろうとしてる。まだ知らせを聞いて数時間しかたってないのに。亡骸みて2時間程度なのに。私の悲しいとやらの感情はそんな程度だったのか。16年とはそんなに軽かったのか。自分への失望が、時の流れへの絶望で砕けそうだからそれからまた目をそらすために、文として意味を成すかも怪しい文章をつづり続けている。

話はここで終わり。

オチなんてない。きっと明日もっと落ち着いてしまっている。過去にしてしまっている

から、この感情迸りだけは、残しておきたかった。その100文の1でも、読んだ誰かに伝わればいいけど。いや無理だなこりゃ

あ、でもちょっとだけ光明もあったんだ。

これを記さないのは嘘だから、こっちも付け加える。

犬が死んだことについてLINEで知人に送りまくった。

天に召されたようちの犬、時々でいいから思い出してやってね。と

さながらスパムメールだ。忘れられてしまう恐怖に勝てずにありったけの種を無造作にばらまいたのだ。

そしたら、結構な人が反応をしてくれた。前から連絡のあった知人についてはすごい心のこもったであろう言葉と、忘れないという宣言をいただいた。

無理やり引き出したような感じではあるが、とても、とても救われた。クソな環境だのなんだのと一番上で言ってたが、今ではいい知人・友人に恵まれてる。というかこの知人友人みんなリンきっかけにできたやつらばかり。また犬に救われてしまった。

あと、もう一つ。緊急されたって連絡が来たその時間自分はまだ夢の中だったわけだけど

夢の中でそのリンが出てきた。

ケージの中に入れられてるリンが目の前にいて、おやおやと思って出して撫でてやるとすごい喜んで、顔を擦り付けてくるし伸し掛かってゴロゴロしてくるしでおおどうしたどうしたと、なぜか感じたリアルな重みと温かさを感じていた。そしてメールが着て目がさめて、あとはご存じのとおり。

あいつの人生ならぬ犬生の後半は特にだが、私は飼い主として至らない点が多すぎた

今回死んだのだって、私が交通云々を考えずに実家にいれば防げたかもしれないのだ。

つらい。あまりにも申し訳がない。

でも、でも、夢に出てきたんだ。それっぽい挨拶をしていきやがったんだ。

きっとあいつ的には、私は及第点だったんだろうか。そう思いたい。

こうして書いてると、ディティールのつぶれた思い出がちょっと輪郭を取り戻してくる。

なんというかあいつはもふもふで、何かとみんなを魅了していた。

それでいて家では猫のようにそっけなくふるまうし、膝にのって寝てくる。ネコドオオッグ

気ままなやつだった。だから入れ込んだ。

あいつは老化と共にできないことばかりになっていった

だけど最後にわかたことがある。

あいつはクソ演出家だ。

散々救わせておいてほとんど見返りを渡さなかった私に対して

最期は夢の中にきて如何にもな挨拶をして去っていった。

陳腐ドラマにありそうな展開だ

夢なんて人の脳が手元の情報をもとに作りだすまやかしだ。

今回だってたまたますごい偶然を引き当てただけなんだろう

それでも、それでも、私はこんな都合のいい夢にすがっている。救われてしまっている。

お前にしてはまあよくやったのだとあいつに言ってもらえてるような気がして。崩れ去る寸前のところで踏みとどまれしまっている。

嗚呼リン。俺がお前にしてやれることはもうないけど、たぶんお前はいっぱいいいことをしたから、あの世やら並行世界やら生まれ変わりやら、どのルートでも幸せになれるよ。

あんなに人を笑顔にして、俺も救ったんだもの。誰も文句はいわないって。

から、俺がソッチに逝ったときはまた気が向いたら顔見せてほしい。

いやどうせお盆だ。夢の中にでも出てきておくれ。

これから俺はお前の居ない世界で生き続けていくんだけど、さすがにつらいから。

もうちょっと、お顔見せてほしい。

いやしめくくりとしてこの執着はちょっとあれだな。

とにかく、また会ってもふもふさせてくれる日を待っている。

よくぞ俺のそばに来てくれた。ありがとう

2020-08-04

anond:20200731183401

うがいの効果について、数日ぽちぽち調べていたところ、今日こんなニュースが。

新型コロナ:うがい薬で重症化予防? 新型コロナ、大阪府など研究  :日本経済新聞

うーん。要検証。

重症でない人が予防のために頻繁にやると、かえってよくない可能性もあるな。

というのも数日前、ちょっと気になる情報を目にしたばかりで。

先日、うがいって結構有効じゃない?と思ったのがきっかけであれこれ調べたところ、もっとも納得感のあったのは

この酪農学園大学風邪にうがいは効果があるかを検証した情報だった↓

うがいは風邪を予防するか? | 酪農学園大学動物薬教育研究センター

この調査結果では、うがいなし、水道水でのうがい、ヨード液のうがいを比較実験水道水によるうがいがもっと効果があったとする。

「水うがい群」に最も予防効果が認められ、「ヨード液うがい群」は風邪予防効果がないことを示しています。したがって、水によるうがいには原因ウイルスを洗い流す効果があるのに対し、ヨード液には咽喉にある常在細菌叢撹乱したり、正常な粘膜細胞ダメージを与えたことが考えられます

とあるコロナウイルスという意味では、風邪も従来型のコロナなので。粘膜への作用メカニズムは同じ可能性が高い。

一方、新型コロナの症状が現れてからヨードうがいは、もしかすると唾液のIgA抗体では退治しきれず発症させてしまったウイルス

IgA抗体の代わりに追いヨードでバシバウイルスを直接攻撃することで効果をあげる、というメカニズムなのかもしれないが、要検証。

娘が迫害妄想キツイ

と言ってみたけど彼女はまだ12歳だし統合失調発症してるわけでもない。毎日しょーもないことで「ママのせいで…」と恨まれるのがキツイ。くらいの意味だ。

昨晩寝る前に娘が泣きながら抱きついてきた。

めずらしいことだ。

ママと仲良しできなくて悲しい」

とシクシク泣かれた。

とりあえず

ママもいつもイライラしていてごめんね。」

と言ってぎゅっと抱きしめた。

ほんのりとうんちの臭いがして

「ああ、シャワー浴びて欲しいな…」

と思ったけど、夜もとっぷり更けてたので舌かんで耐えた。

ここ数年、彼女に話しかける時は

「アレした?これは何?」

と責め口調になりがちで

スギスした会話しかできてない気分だ。

子供を生む前は

息子だったら

鬱陶しいと邪険にしそうで

怖かった。

子供の頃から

男児臭いしうるさいし汚いと思って生きてきた。

「男は嫌いだ」

公言してはばからなかった。

が、

20歳を過ぎて一人暮らしを始めたら、人恋しい気持ちに流されて、なりにイイ人だけど結婚相手とは思えない相手ばかりと恋愛ごっこをしながら30代になった。

「このままではアカンやろ」と婚活して頭のイイ経済力のある誠実な相手を見つけて半年でデキちゃった婚に漕ぎつけた。

ギリギリセーフ子宝にも恵まれた私はとてもラッキーだ。神様感謝せなアカンな。と思っている。

宗教は嫌いだけど。

娘が生まれた時は

「何かとムツカシそうな男児じゃなくてよかったー。」

と思った。

が、

娘は眠らなかった。いわゆるかんの虫が強い赤ん坊だった。

常に抱っこしてないとダメ

おっぱいがないと生きていけない分離不安オーラが出てた。

昼寝も2歳位にはしなくなった。

寝付きが悪く、夜中に泣き叫んで起きる。

午前1時、3時、5時のいずれかに起こされる日々が8歳くらいまで続いたお陰様で、夜驚がない平和な夜でも私は2時間おきに目が醒める体になった。

8歳の誕生日が過ぎた頃やっと8時間睡眠できた。

けど、夜中に目が醒める睡眠障害な体が健全リズム回復したのはホントに極最近の話だ。

つい最近まで、娘が寝返りうつたびに

「いつ怒号が響き渡るのか」

と身構えてた。

PTSD患者さながらの警戒心を持ちながら寝てたと思う。

よく病気にならなかったものだ。

と我ながら感心するが、脳が破壊されたのをひしと実感する。

記憶力も集中力もなくなった。

自殺願望絶望はしてないがイライラするしネットびたりで現実逃避してる自分ははっきり言ってうつだと思う。

娘と喧嘩するようになったのは、彼女が4歳になって息子が生まれた頃からだ。

男児は弱い

育てるのが大変

という先入観があった。

娘は予定日よりも2週間近く遅くデカくて難産だったが息子は1週間前にちっちゃく生まれてお産がラクだった。

娘の時には産後2−3週間は立つだけで息が切れる程消耗したが、息子の時は

え?ホントに?

ってくらいラクで、3日めには家の掃除ができるくらいには回復してた。

彼が生まれから

もしかして

娘はめちゃくちゃ難しい子供だったのかも」

と思うようになった。

娘に比べると息子は一人で放っておいても平気な赤ちゃんだった。

「常に抱っこしなきゃ」

という焦りがないことがこんなにラクだとは。。。

と衝撃だった。

となると

一時が万事きーきー泣く娘に

何でそんなことで。。。

と邪険に扱う気持ちが生まれた。

先月娘は12歳になったが今でも時々パンツにウンスジをつける。

ストレスなのか胃腸の具合がイケてないのか。

拭き忘れた

というレベルではない。

べったりとうんちで汚れたパンツを洗うのは私だ。

幼い頃は

臭いからパンツ変えよう」

と促すと

「そんなことない。大丈夫だ」

彼女は怒った。

10歳くらいか

臭いな。。。」

と私が気づく前にパンツを変えるようにはなったが。。。

丸め洗濯かごに突っ込むので、うんちに気づかずそのまま洗濯機に放り込んで干す時にパンツにうんちがついたままで洗濯し直しということが何回かあった。

「できたら自分で手洗いして欲しいけど、無理ならせめてバケツに入れておいてくれないと洗濯機だけではうんちはキレイに落ちない」

と頼んだら、1回だけ自分で洗ってくれたが、その後は汚れたパンツバケツに放り込まれるようになった。

自分不安が強くIBS男性下痢女性便秘と症状に性差がある)な旦那彼女気持ちがよく分かるらしい。

羞恥心が強い余り自分に否があることを指摘されることに怒りを感じる

うんちを指摘されるなんてもってのほか

だそうだ。

かに引っ込み思案で恥ずかしがり屋な子供だったかもしれない。

が、ステージダンスをしたり学校初日もやる気満々で臨んでいた。

そこまで人見知りで困ることもなかった。

が、一度

ダメだ」

と思ってしまうとてこでも動かない。ガンとして拒否する。

水泳クラスは泣いてイヤがった。

不安が強い彼女は、強引で繊細さに欠けるインストラクター

「できない」

と言えず、嫌なことを無理にやらされて拒絶反応になるらしい。

泳ぎだけは早く覚えて欲しかったので嫌がられるのは困った。

注射が大嫌いで定期検診も全力で嫌がる。

HPVワクチンをどうしようか迷ったが、

「今やっとかないと大人になってから受けても効果が薄いですよ。」

医者に説得されて受けさせることを承諾した。すごく痛かったらしい。3−4日痛い痛いと文句を言われた。この調子では旦那アイスクリームか有料アプリで釣って連れて行くことになるのだろう。私はやらなければならないことを甘いもので釣ってやらせるのが嫌いなのでいつもバトルになる。

彼女のために

と思ってやらせることを「ものすごくイヤだ」オーラ全開で拒絶されると私もムカついて

あんたの為に何かしてあげたいという気持ちがなくなる」

と怒鳴ってしまう。

息子は何でもオッケーなイージーモード

「言いなさい。」と教えてもないのに

「御願い」

「ありがとう」を極自然に発語した。

礼儀正しく」と躾けるのは趣味に合わなかったので娘の時には何も言わなかったら、彼女「ありがとう」も「御願い」も言わない娘になった。「何で私の〇〇がないの?」「誰も私の〇〇を持ってきてくれない」等と彼女の前で誰がそんな話し方をしてるわけでもないのに常に非難がましいのもムカつく所以だ。給食のおばちゃんにも意地悪をされたらしい。「ありがとうございます」とちゃんと言えないからではないだろうか。。。と思い、それを聞いてからは事ある毎に

「『ありがとう』は?」

と促すようにした。

彼女が事更に

ママごはん美味しい」

とか

「ありがとう」

とか言っても

「口先だけじゃなかろうか。。。」

と常に疑ってしまう。

娘には注意欠陥や学習障害の傾向もあるのだろう。

診断されるほど顕著ではないが

他人の話を聞いてない

理解してない

ということが多い。

息子は

明日は〇〇の日だからね」

幼稚園の時から予定を把握して私に伝えた。

娘の時には学校からの連絡だけが頼りだった。

宿題も、

「え?!もう、終わったの?!」

となる日も珠にあるというのに、ダラダラ終わらない日の地獄が壮絶を極める。

「これ分からない」

質問するくせに教えると

「そんなこと習ってない」

と怒る。地団駄を踏んで泣き叫ぶ。

冷静に対応できず、怒鳴り返してしまうことが続き

「もうママには宿題は手伝ってもらわない」

ということで落ち着いてから随分と気分がラクになった。

娘は幼い頃から切り替えが苦手な子供だった。

毎日の予定が決まった予測がつく生活が大切」

なのは分かっていたが、私には毎日同じ時間ご飯を食べさせて寝かせることが難しかった。

家族に予定を事前に一々言葉で伝えることも億劫だった。努力して改善を目指したが今でもキツイ

娘の友達が遊びに来た時

「おばちゃん今日は何するの?」

と無邪気に聞かれて衝撃を受けた。

娘は

「そんなこと聞いてない」

と怒ることはあっても自分から

今日の予定は何?」

と聞くことは全くなかった。

旅行の時にはトラブル予測されたので細心の注意を払い、予定を紙に書いて伝えた。が、無駄だった。

移動の度に

「そんなこと聞いてない」

と怒られる2週間は地獄だった。

子供たちの中では今となっては良い思い出となっているのか

「また行きたいね

と言われるが

「もう二度と家族旅行になんか行くものか」

と誓った私の心のもやもやは中々晴れない。

夜寝るのも嫌がった。

風呂に入るのも嫌がった。

外出するものバトルだった。

一々

「服を着て」

靴下履いて」

かばんはどこ?」

「靴はいて」

と指示しないと何もしない。

息子が3歳になる頃には、私が娘と外出前のバトルに興じている間に彼は一人で服を着て靴を履いて玄関で待機していた。

彼にはできる

「次は何をする」

という「予測」が娘には何故できないのかとイラ立ちが募るようになった。

頭では分かるのだ。

痴呆老人が、

「全てを忘れてしまった」

ことにおののき攻撃的な言動に出るように、娘も自分の注意欠陥傾向にうすうす感づいている。

ママちゃんと言ってくれないから…」

他責するのも、私に甘えられるからだ。と頭では分かっていても、怒鳴られるのはキツイ

怒鳴り返す衝動を抑えようと頑張っても邪険な反応をしてしまう。

最初は耐えてても最終的には怒鳴り合いに進展することも頻繁だ。

昨晩シクシク泣いてたのは

「パパと何かお話たからなの?」

と聞いたら、娘は2−3年前の喧嘩を思い出して罪悪感を感じたか

みたいなことを言った。

いつものようにくだらないことでものすごい喧嘩したこと何となく覚えているが詳細は忘れてしまったその事件

娘が楽しみにしていたケーキを食べようとしていたら私の手があたってケーキが床に落ちてしまったみたいなことで始まった。

多分最初は泣きわめく娘に

「ごめんね。もう一つ買ってこよう。」みたいなことを言って場をおさめようとしたのだと思う。が、いつまでも泣き叫ぶ彼女に最終的には私がぶちキレる修羅場となり娘は

ママがわざとぶつかるからケーキを落とした」

みたいなことを言ったらしい。

「本当はそんなこと思ってなかったのに。。。」

と殊勝な顔でうなだれ彼女を見て

何となく娘を託児所に預けた時のことを思い出した。

不安の強い彼女を2歳で託児所に預け始めたのは

「失敗」だったのではないか

と今でも思う。

息子は4歳になるまで

保育所に入れなかった。

自覚は薄かったが、今から思うと、娘の時には、とにかく彼女から離れないとやってられない。くらい切羽詰まってた。

息子が生まれからキツイことはキツかった。彼には八つ当たりもした。

娘に手を出したら只でさえ手のつけられない癇癪が修羅場に発展すると思うと絶対に手を出せなかった。が、息子は立ち直りの早い「簡単な」やつだ。という甘えからべしべし頭を叩いた。息子には何回も

ママはヒドイことをした。すまない。」

と謝っているが

ママは昔僕の頭を叩いたね。本気でべしっとやったよね。スゴく痛かった」

と息子からは事ある毎に言われる。

息子が生まれから気持ち的にはどんどん余裕がなくなって暴力的衝動を抑えられなくなってはいったが、娘の時に感じた

「とにかく赤子と離れなければおちおちトイレにも行けやしない。」

という追い詰められた感はなかった。

物怖じせず社交的な息子なら2歳児保育でも全くオッケーだったと思う。

が、娘は毎朝泣いた。

弁当直後にお迎えに行くとなりに楽しそうに遊んではいたが、居残りさせるとしばしばうんちのついたおむつでお昼寝させられていた。

最初ちゃんトイレに行かせてくれてたけどそのうち寝たくないが為トイレ長居するのだと見破られたようだ。そんな託児所に預けるのは気が引けたが徒歩で行けるのはそこだけだった。

カーシートで泣き叫ぶ娘を車に乗せることが苦痛だった。

彼女が分離不安の強い赤ん坊だということは分かっていた。寝付きの悪い娘はおっぱいがないと眠らなかった。寝たかと思って離れると泣き叫んだ。赤子ながら彼女に「ワシのおっぱいはどこや?口の中にあったはずなのに、どこへやってくれたんや?ごるらあ。」と怒られてる気分だった。

常に抱っこしていないと怒られるストレスから逃れる為に私は彼女を納得できない託児所に置き去りにした。

何かを恐れる心はその恐怖を現実のモノにする。とどこかで読んだ。

怒られるのがコワイ娘が、他者イラ立たせ理不尽に怒られる不遇に遭わないためにも

閉鎖病棟でうんちで遊ぶようなことにならないためにも

彼女の自省心を養うためにも

仲良くしなきゃダメだ。と思った。

うんち我慢しないで欲しい(切実)。シャワー毎日浴びて欲しい。1年くらい後にはきっと朝晩2回シャワー浴びるようになって、お願いだからそんなにお水使わないで。。。となるのだろうが。。。

性欲(不安)が強い子供はうんちを我慢するのが快感らしい。と整体先生が言ってた。

うんち臭いと抱きしめるのもキツイんだよな…

2020-08-03

anond:20200803202201

あら糖質発症しちゃった?

そう思うなら董卓本人に聞いてくれば?w

コロナ感染対策ゲーム

最近日本でも新規感染者数がどんどん増えている新型コロナだが、この頃俺は感染予防の対策をするのがゲームのように感じられてだんだん楽しくなってきた。

俺は、今の状況を次のような設定のゲームだと考えている。

自分以外の全員がコロナ感染しており、彼らは俺も感染させることを目的に行動している。(ただしそのことを明示するような言動ルール禁止されているので、あくま自然な態度を装っている)

国内自分以外全員の感染確認された場合自分最後の一人の未感染者と公に確認された場合)、もしくは国内新規感染者数0が一ヶ月継続した場合ゲームクリア

コロナ感染方法飛沫感染が主で、空気感染の力は弱い。

さて、このようなルールゲームクリアするためには、まずは他者の飛沫への対策、つまり他人の唾液が付着している可能性のあるものを食べない、というのが基本になる。

そのため絶対に避けるべきことは、自分以外の人間と会話をしながら食事をすることだ。食事は一人で摂ることが好ましいが、どうしても複数人食事をしたい場合には、互いに背中合わせで食べるとか、全員が同じ方向を向きつつ互いに2m以上距離をとり、喋る際は絶対相手のほうを向かないというルールを徹底して実施しなければならない。どうしても対面で座る必要があるのであれば、食事中は決して話さず、食べ終わってからマスクをつけた状態で会話する、などの対応必要になる。

また、他人の手には他人の唾液が付いており、他人はその手でドアノブなどの共用部分を触るので、社会のあらゆるものには他人の唾液がついているし、共用部分を触ることになる自分の手にも他人の唾液が付いている、と考えなければならない。そのため自宅内での飲食においても、自分の手にも、買ってきた食品にも、他人の唾液が付いているという前提の元で行動しなければならない。皮を剥くことができる野菜などは、充分に手を洗った後に、注意深く皮を剥いて中身だけを食べるようにする。密閉された袋に入った食品でも、取り出す時に袋に触れたり手で触れたりしないように、充分注意する必要がある。あるいは、コロナウイルスは70℃5分の加熱で死滅するようなので、食品は加熱処理した後、殺菌された食器を使って食べるとよい。

飲食店などでも、自分の手には他人の唾液が付着していると考えて行動する必要がある。入店時に殺菌したとしても、その後テーブルメニューに触れた際に、付着している可能性がある。店員が消毒しているかもしれないが、店内の客全員が沈黙していることは期待できない以上、自分が着席していないタイミングで唾液が飛んできている可能性はある。例えば水の入ったコップを持つ際には、自分が手で触れた箇所に口をつけないようにする、などの注意が必要になる。家にいるか外にいるかではなく、他人の唾液に対策するかどうかがポイントになる。

家族と同居している場合には、家族全員で上記対策実施するか、自分けが実施するかを決めなければならない。(まだ家族感染していないと期待する場合

家族全員で実施する場合には、特に食事中に会話をしないことや、調理する人間マスクを着用して上記のような対策を守っていることが必須となる。無理だと思うなら、自分けが実施する(家族とは別に自分食事を準備し一人で食べる)ことも検討しなければならない。もちろん、本気でこのゲームクリアを目指さない、というのも選択肢に入るだろうし、それはそれでいいと思う。(そもそもまり多くの人がこのゲームクリアを目指してしまうと、コロナがすぐに収束してしまって俺がゲームを楽しむことができなくなる。まあそれはそれで快適にはなるので問題ないが。)

今後コロナがどの程度流行していくかは分からないが、俺はこのゲームにおいて、「都市部普通に生活している人部門」における、「他人の唾液を摂取してしま可能性のある行動が少なかった人ランキング」の一位をなるべく取っていくつもりだ。無人島や、山奥のぽつんと一軒屋で自給自足生活をしている人も含めた総合部門での一位は無理かもしれないが、そういう人には、熊に襲われて死ぬ、とか、コロナより大きな危険があるだろうしな。そういった事故死などの危険考慮すれば、俺はこのゲームに全人生をかける訳ではないので、とりあえずは自分所属部門だけで考えていくことにする。

将来的にはゲーム難易度ハードモードになって、出会う人全員が自分と無理やりディープキスしようとしてくる、といった状況になるかもしれないが、今のところは超イージーモードのようで、マスクをしている通行人も多いし、本当に皆が俺を感染させようとしているのか疑わしくなるほどだ。まあ俺は、例えハードモードになろうとクリアするつもりだが。もしそうなった場合は強力なうがい薬を持ち歩くなどの対策必要だろうが、今のところは必要なさそうだ。

とはいえ油断は禁物で、例えば今日の昼食時も、俺が食堂で一人で食べていると、部長がここいいか、とか言って対面に座って食べ始めて、食べながらある案件について話しかけてきたので、俺はすぐにマスクを付けて、勿論です、あの件はですね、と応対しながら、半分残っていた食事はその後一切食べなかった。部長が、もう食べないのか、と聞いてきたので、朝飯食いすぎてもう腹いっぱいなんです、と答えておいた。この程度のトラップミスをするような俺ではない。午後のおやつを多めに食べればいいだけの簡単攻略法だ。部長に関する情報総合的に判断すると、彼が現在感染している可能性は低いだろう。だからそのまま昼食を食べ続けても、俺が発症する可能性は極めて低かっただろう。しかしそんなことは問題ではない。それをすることで、「他人の唾液を摂取してしま可能性のある行動が少なかった人ランキング」が下がってしまうことが問題なのだ。俺はこのランキングで一位を目指すゲームを楽しんでいるのだから日本ランク1位は渡さん!

このゲームも意欲をもって取り組み始めると、どんな経路で自分他人の唾液を摂取してしまかについて色々な可能性が見えてきて、その対策をするのが面白くなってくる。最近では、一日の新規感染者数が過去最高になるニュースを見るとテンションが上がってくる。新しい攻略法を考える余地が増えてくるし、なんなら俺以外全員感染ルートでのクリア可能性も出てくる。そうなったらインタビューで、以前こういう対策記事を書いたんですがあまり意味が無かったですねと答えるかもしれんわ。

そういえば昔、人生神ゲーだっていう記事を書いたが、

https://anond.hatelabo.jp/20070303100408

こんな面白イベントが発生するなんて、やっぱり神ゲーだわ。

コロナが怖いという意見の人もいるようだが、ゲーム主体的に参加すると面白くなるし、ある程度のリスク面白さに繋がる。

例えば俺は今回のゲームでは、他人の行動や自分感染ではなく自分の行動に焦点を当てた。理由はその方が楽しく快適に遊べるからだ。

結局人間自分で決めたルールゲーム自分で遊んでいるだけだし、自分が楽しく遊べるルールを決めるとゲームを楽しく遊べるぜ。

anond:20200803163801

くつな先生解説してるけど、

臨床の現場では特に重症化しにくくなった傾向は全く無いそうです。

4月も今も発症した人の重症化率に変わりはありません。

今、感染者の人数が膨大に増えているのは、

全部未発症の人まで検査しまくってるからだそうです。

anond:20200803154425

今後発症してスプレッダーになったとき

アプリで通知されて会社に報告したけど、出社を強要されました!」

って晒すことで、会社を潰すことができるな

おばさんになるのも悪くない

私は16歳の時、うつ病の診断を受け、24歳で学習障害ADD(ADHDの他動の少ないやつ)と診断され、28歳で入院したとき双極二型と診断された、まぁ言ってしまうとメンタルヘルス街道まっしぐらのひどい人生を送ってきた。

平成元年まれの今31歳だ。

おばさんと呼ばれる年齢になり、つくづく「私は若い女の子をうまくやれるタイプじゃなかったんだな」と思う。

また話が飛んで申し訳ないが26歳で甲状腺機能低下症も軽度ながら発症し、そのせいかなんのせいかはわからないが30歳の時、早期閉経していることも告げられた。

私は過去精神病的経歴から子どもを持つことはできないんだろうと感じていたか特にショックはなかった。でも骨粗しょう症予防のためホルモン剤で隔月で無理くり生理をおこしている。これがまた副作用もあって面倒なのだが、これ以上病気デパートになるわけにはいかないので我慢である

で、これからが話の導入部分である

甲状腺機能低下症発症しまだ診断を受けていないだけで多分もうすでに閉経していた私はどんどん太った。

24歳くらいまでは48㎏~52㎏というまぁ普通のMサイズなら着れるしお洒落も好きだしロリータ系服も趣味で着ていたので太り出したときは焦ったしなんとかならないものかと試行錯誤した。間食しないように、サラダを多めにしたメニューこんにゃく豆腐メニュー

いやー、痩せない。むしろなんでも食ったぶん太る。

それにイラついて過食してしまいやっぱり太る。もう太るしか選択肢がない。

服も入らなくなってくる。焦った。

結婚もしておらず、メンヘラで、デブ

こりゃキツい。焦った。

でも着実に肉は付いていき現在64㎏になった。完全なるデブである。お世辞にも普通の体型とは言えない。そこらの男の子より重い。20歳くらいまで会食恐怖気味でその頃は45㎏切っているときもあったことを考えるとヤバイ劇太りだ。

やったダイエットの試みは割愛するが努力むなしく着実に太った。努力が虚しくて食ったことも認める。だがまぁ病気もありどんどんとおばさん体型になったのだ。

残念であった。MILKやらEmily temple cuteやらJane Marpleで絵本のような可愛い服を大枚はたいて愛好し、どれだけ投資してきたか…悲しい……

しかたなくしまむらやユニクロやそこらのガバッとしたムームータイプリネンワンピースを着ている。(リネン系の有名なブランドも利用するが、昔ほどひとつブランドで揃えようという気概はもうない)

過去を知らない友人や同僚なんかからは私がそういうラブリーブランド服をめちゃめちゃ持ってて若い頃はファッションモンスターといって差し支えない引くレベルにお洋服投資していたなんて誰も気がつかないだろう。

今や私は早く来た中年太りのおばはんだ。

話はやっと本題に近づく。

なにをしても太るのでもう痩せる努力をやめた。ストレスためるより流れるままにデブっていけ!と一種の諦めがついたのだ。

喉が乾いたらコンビニスポドリ飲むし、ミニストップハロハロ食べたり。

おやつケーキ紅茶をいただいたり。

自由だ。当たり前に着実に太るがストレスで過食することが減ったので、結局小デブ普通デブになったくらいである。

自由だ……。年3回程度あったナンパされることもなくなったし、お洒落も限られるのでお洒落に対する興味は薄くなった。

でもなんか楽だ。デブになって「若い女の子」というカテゴリーから除外されてなんか楽だ。

若い女の子時代には男の人におごってもらえたり優しくしてもらえたり恋愛対象に見られたりそこそこ楽しいこともあったが、けっこうマジで気があってこれからも仲良くしたい…って願ってた同性からライバル視されてなんかうまくいかなくなったり、パート先のババアに目の敵にされたり、外見を着飾らないと生きてる意味を見失うくらいルッキズム支配されていた。若い女の子マインドデブることで手離さなければならなくなって、「若い女の子」って生き方やべーくらい窮屈じゃん…って思った。やべーよくやれてた。てゆうかやれてたのか?「若い女の子」うまくやれてなかったから病んでたのか?

じゃあ当然の流れなのか?

よくわからないが人生ステージがおばはんステージになったことに失望よりか、「もしかして私の人生おばはんステージの方が本番なのかもしれない!」って希望すらある。

いや~若い女の子はなるものじゃなくて鑑賞して圧倒されてんのが一番いいわ。

おばはんステージにはどんなイベントがあるんだろうか。

おっさんガチ友情築けたりするんだろうか。それともおばはんステージなりの恋愛があるんだろうか。おばはんとして新しいおばはんの友達とかも出来たら嬉しい。

から友達ゆっくりとおばはん化してくのか、それともカッコいいオンナ!とかミドルエイジ!とかマダム!とかになっていくのか。

病気も手伝って一足先におばはんステージに移行せざるを得なかったので低みの見物をさせていただこうと思う。

おばはんはおばはんなりに楽しみなのである

おばはん初心者ながら頑張っていく決意表明として書いてみた。年取ることは人によっては悪いことじゃないと今私は思っています

2020-08-02

anond:20200802151610

誰がスーパースプレッダーかわからない以上、できるだけ幅広くやる以外ないと思いますが?

一番感染を広げるのは発症の直前頃ということだから無自覚者に対しても幅広くやらないとならん。とすると全数検査を狙っていくべき。

数検査は安全保証ではなく、感染防止のためにベスト手段がそれだということ。

タスク優先順位はあれど、金と時間をかけて全タスクをするつもりで挑むべき。これは新自由主義財政均衡主義と、ケインズ社会主義MMTの非常時には財政出動するべきだということとのせめぎあいでもあるが、間違いなく後者だ。

anond:20200802140230

発症前の検出率が低いので、検査の拡充は正しいが、「全員検査したら安全性が上がるわけではない」と言うところが問題

anond:20200802140025

検査を増やすことは正しいだろ。

発症直前に一番ウィルス感染が増えるのだから感染を抑えようと思えば、無症状時点での隔離必要なんだから

とすると全数検査がベストだ。見逃すが、それでも市中にいる感染者が減ればその分感染拡大が収まる。

コロナ隠蔽日常的に行われている

大手ショッピングセンター従業員コロナ発症

俺は会社が近くにあるので会社経由で事実を知った。

しかし、ショッピングセンターHP掲載するだけで、

夜中の間に消毒をし、何事も無かったかのように翌日も運営

もちろん大多数の客はHP見て買い物なんか行かないので事実を知らずに呑気に買い物。

本来ならのぼりであげて大々的に知らせるべき。

このようにあなたの回りでもコロナ隠蔽は水面下で行われているのである

2020-08-01

anond:20200801194049

日本でも一度カウント方法が変わったけど何を持ってコロナの死者とするか?という合併症や併発症があるから難しいといえば難しいけど

世界的にはまだ、

ご飯食べるとおなかいたい

2020-07-31

なぜか知られていないこと、または何故かテレビが伝えないこと

発症前にウイルス排出ピークがあること

さらに言えば感染後期に排出されるウイルス感染性があるのか怪しい

発症前に感染性の高いウイルス排出をあらかた終えているため有症者のPCR検査を増やしても感染拡大防止策として効率がいいとは考えにくい(もちろん無意味ではないけど)

発症前に感染を知る術としては積極的疫学調査が最も効率的と思われる

あとはマスクはあれば有効なんだろう(ウレタンマスクは布マスクよりもウイルスを外に出すらしいのが気になる)


感染経路不明のケースよりも感染経路が追えるケースの方が多いこと

我々の意識は知らない誰かからうつされることに恐れているよう見えるけれど、実際は知っている誰かからうつされ、うつしているケースの方がかなり多い

お茶しながら、ご飯食べながらしゃべることのリスクを周知すべきだろう


要するに感染者は症状が出る前に周りの親しい人にうつしている

症状のない顔見知りだけが集まっても感染する可能性がある、というか感染例の多くがこのパターンであることはなぜか知られていないしテレビは伝えない

大阪PCR検査体制崩壊するのは目に見えている

2020年7月30日(木) 松井一郎大阪市長 定例会

https://www.youtube.com/watch?v=KHVTIs6RTH8

31:30~

NHK西川(?)です。保健所にかかわる話なんですけども、少なくとも公表されている発症者の中で、PCR検査を受けるまで1週間程度待機されてから受けている方が多いのかなという印象を受けるんですけども、その期間について十分対応できているのかという認識なのか、それとももう少し対処しなきゃいけないということなのか、認識を教えてください。

(松井)

それはPCR検査についても一律でという事にはなっていないわけですよ。で、PCR検査4月5月の状況から倍以上に増やしてきてます。そんな中でもやはりちょっと、今の一週間はちょっと特例だと思うけども、数日かかってる場合もあります。だからそこは、ハードの整備と、それから人員の確保、これでできるだけ早期に答えが出るようにという事をやっていますけども、これはもう患者数が増えてくれば、物理的に、前にも言いましたけど、お金を出すから機械売ってよという今のそういう状況じゃありません。そもそもお金出されても機械が無いんですという答えが非常に多いんでね。で、人についてもできる限りの増員はしてますけども、これも青天井でやれるということでもないんで。

全国それぞれ人の手配してますからね、全部の自治体が。そんな中で最大限機能強化をしながらできるだけ検査結果が早く出るようにしていきたいと思います。だから、ひと月ほど前ならもうその日のうちにこたえ全部出せたんですよ。患者数少ない。これだけ増えてくるとやはり多少待っていただかなければならないような状況になります


特に問題なのは「今の一週間はちょっと特例だと思うけども、数日かかってる場合もあります。」のところ。

7/31本日吉村知事対策を発表すると言われている。内容は8/5からミナミ繁華街飲食店等をロックダウンするというものだ。大阪実効再生産数は7月中旬ごろから2前後をウロチョロしており、今は1.56だそうだ(ソース東洋経済のcovid-19サイト)。前述の対策がどれだけ効果を発揮したとしても、一気に実効再生産数が1を割るまでの効果は期待できまい。この調子では8月第3週を迎える頃には1日あたりの実際のcovid-19感染者数は今の倍、下手をすると3倍になっているだろう。

勿論、増強が難しく、現状ですら一部で数日待ちとなっているPCR検査事情が上向くはずもないので、8月第三週を迎えるころには1週間待ちがデフォになっていてもおかしくないのではないか東京では東京医師会検査能力増強に向けて大きなアクションをとっているが、大阪ではそういった話も聞こえない。一体どうするつもりなのか?「多少待っていただかなければならないような状況になります」などと何を他人事みたいな寝言ぬかすのか。現状での翌日持越しは未来検査の遅れにもつながる。近隣の検査機関、近隣でなくても余裕のある検査機関に送るなどして一刻も早く検査結果が出せるような体制を整えるべき事態を既に大阪は迎えている。否、7月で1日の感染者数がはじめて100名を超えた7/17には既に予想できたはずのことだ。

これは検査体制を整えることができないで済ませてはいけない問題だ。政府に泣きついてでもなんとかしろと思うのは大阪市民、府民として当然だと思うのだがいかがか

2020-07-30

コロナ解明まで感染を避け続けることはできるのか

俺はまだ新型コロナウイルスには感染したくない。

やはりまだ分からないことが多すぎる。

致死率は低いけど、無症状でも「サイレント肺炎」で肺がひそかに破壊されていたり、

人によっては中長期的な後遺症に悩まされ、もしかしたらそれが不可逆的なものなのかもしれないということを考えたら恐怖のウイルスだ。

その仕組みが解明されたり、治療薬・ワクチンが開発されるまでは感染を避けたいと思っているが、

それができるまでは最低でも1年はかかるだろうし、2〜3年かかってもおかしくはないだろう。

しかし、そんな長期間感染を避け続けることはできるのだろうか。

もはや公共の場所に行くときマスク常識となっているのに感染は広がり続けているし、

「三密」がクローズアップされた結果、"三"密が揃いさえしなければ感染しないというイメージが広まって名ばかりの感染予防策を行っているところがあるようにも思う。

手指消毒をいくら徹底しても、身近に感染者がいたら当然感染するリスクは非常に高くなる。

3年間も友人と全く会わないというのは流石に無理だから感染するかしないかはもはや完全にギャンブルだ。

しかも、知らないうちに感染して、発症せず無症状のまま体からウイルス消失したとして、

無症状でも中長期的には身体に影響を及ぶものであることがわかった場合感染歴さえ分からないまま新しい病魔に侵されるかも分からない。

このまま感染が広がり続けたら、誰もが感染リスクを抱えることになる。

ほんと、どうにかしてくれよ・・・

anond:20200730070843

4連休で増えるのはこれからなんだよ

潜伏期間がめちゃくちゃ長くてしか発症前にばら撒くのが新型コロナの怖いとこなのに

見方が甘過ぎる

やっぱり4連休で広まってるじゃん

コロナ患者が全国で増えまくってるけど、見てるとだいたいが22~26くらいまでXXにおでかけ→帰宅発症の奴らばっかり

やっぱり4連休に移動制限も警告もしなかったからじゃん

地方連休後に広がると思ってたけど案の定

連休GoToとかやってたんだから当然の状況としか思えない

なに今更騒いでるんだ?

2020-07-29

感染しても発症しないコンディション

これを維持すればいいんだろ。

野菜毎日500グラム睡眠8時間とあと何が必要だ?

anond:20200729170318

不安を感じる中枢は側頭葉にある扁桃体ってとこやで

これは男女両方にある

不安を感じすぎてしまうのがパニック障害って病気やけど、日本じゃ発症に男女差はないっ研究がある

生理になるのは、女だけやから

それは脳の機能の差じゃなくて、身体の作りの差やと思うわ

活火山そば暮らしとったら、噴火不安に思うようになるやろ

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