はてなキーワード: アパッチ族とは
別の大陸に行くとそこは魔法が発展していて剣とかで戦う人なんかほとんどいない
そのまた別の大陸では人々は石器時代みたいな生活していて恐竜に乗って移動する
みたいにさ、なんていうか、ゲームで街が変わるとまるで別世界くらいに変わってるじゃない。
例えば、日本は今の日本みたいだけど、アメリカはアパッチ族が普通に儀式とかして呪術っぽく生きていて、中国は今も皇帝がラストエンペラーっぽい感じで治めてて、ヨーロッパは貴族様が農民から搾取している。
オーストラリアはアボリジニがのんびり暮らしていて、でも船とかで普通に交流があるみたいな感じじゃない。
もし本当に世界がこういうふうになるとしたら、文明ってどのくらい離れてる(地理的にとか、制度的にとかね)とああいうふうになるんだろう?
みなさん、騙されないでください。
みなさんもご存知の通り、アポマトックス・コートハウスの戦いで追い詰められたロバート・E・リー将軍麾下2万の南軍兵はアパッチ族の呪術師によって1600年の日本の関ヶ原に飛ばされました。
ちょうど松尾山の小早川軍とそのふもとの大谷軍のあいだに忽然と現れたリー軍は東西の両者から敵と誤認され、挟撃を受けましたが、260年の文明差に物を言わせて大谷・小早川軍を押し返し、一気呵成に戦場を席巻。石田三成と徳川家康はリー将軍に降伏し、将軍は豊臣秀頼の後見人として日の本の新たな支配者となったのです。
さまざまな調査の末、ようやく自らの置かれた状況を把握した将軍は衝撃を受けるとともに、彼の故国がまだ建国どころかピルグリム・ファーザーズすら入植していないことをむしろ好機と捉え、再び偉大な合衆国を造ろうと決意します。リンカーン的でもディヴィス的でもない、彼の理想のアメリカを作ろうと。
たとえば、Hatena 社が作ったこの AnonymousDiary というウェッブサーヴィスでは、匿名でブログの記事が執筆できるのです!
こうしたサーヴィスは西軍の勝った世界線のアメリカでも、東軍の勝った世界線のアメリカでも考えられないことです。
そら戦う奴もおれば、戦わなくなる奴もおるやろう
玉音放送聞いて絶望した奴、バレないようにホッとした奴、絶望してから不貞腐れて役に立たなくなった奴、戦争終わってからいろんな防備固めた奴もおるやろう
あと密林に居て現地民と戦い続けたり、バレないように過ごしたり、十何年後とかに恥ずかしながら帰ってきたり、そのまま向こうで家庭持っちゃった奴もおるやろう
勿論魔王から魔力使った線が伸びてて各師団に力を供給してて魔王負けちゃってその力が減少しちゃったぜ、力が無くなっちゃったから戦わないぜ、もしくは十字軍共に子々孫々まで根絶やしにされるぜ、各家庭も各地域も燃やし尽くされるぜ、もあるだろう
もしかしたら魔王との戦いの前に「俺達のラストマッチ、各家庭や会場で座して見てくれよな!魔王城で僕と握手!」なパターンもあって、結果待ちで負けただの勝っただのも描写の内容によってはあるだろう
でもまぁ結局それでも
「俺は魔王様が居なくなろうとも貴様ら人間共、その協力者共を一人残らずぶっ倒してから死んでやら〜!」って奴も居るだろうし
「あの強力な勇者も余計な指示を出してプレッシャーかけてくる上司もいないから好き放題してやるぜヤッホォーイ!」の奴もいるだろう
あと普通に魔物として制御効かなくなって暴れ出す奴もいるだろう
「いやいや、魔王が力失ったら魔物も消えるよ!雲が晴れて世界平和!やったねたえちゃん!平和な世界に戻るよ!」って言い出すのもファンタジーなのよね。
僕は魔王軍が一枚岩でも一枚岩じゃなくても、側近がもっとヤバい存在の手下でも、単なる金儲けで戦争をしてたでも好物であることには変わりないです。
Wikipediaでインディアン関連の項目を眺めていると、各所に「酋長とはあくまで調停者であって指導者や代表者ではない」と強調するような記述が出て来る。
インディアンたちには指導者など存在せず、それを白人たちは理解できなかったので、酋長を指導者と見なして見当違いな交渉を行ったのだ、といった主張である。
しかし、Wikipedia以外で同様の主張は見つけられない。
ちなみに戦士集団だったアパッチ族には「酋長に戦士が服従する」という義務も風習もない。戦士は結束はしてもすべて個人行動で動くものであって、戦士たちはジェロニモ個人を慕って抵抗戦をともにしたのである。ジェロニモが軍事的な指導をしたこともない。
インディアン社会のチーフ(酋長)とは、交渉の矢面に立つ「調停者」のことであって、「指導者」や「首長」ではない。合議制社会であるインディアン部族は首長制ではなく、アフリカの部族に見られるような「部族長」は存在しない。
対して英語版。
Geronimo was a prominent leader and medicine man from the Bedonkohe band of the Chiricahua Apache tribe.
At any one time, about 30 to 50 Apaches would be following him. However, since he was a superb leader in raiding and warfare he frequently led large numbers of men and women beyond his own following.
常に30から50人ほどのアパッチ族が彼に従ったが、彼は襲撃と戦闘の素晴らしい指導者であったので、しばしば彼自身が率いる以上に多くの人々を導いていた。
Local groups were headed by a chief, a male who had considerable influence over others in the group due to his effectiveness and reputation.
The chief was the closest societal role to a leader in Apache cultures.
The chief's leadership was only as strong as he was evaluated to be—no group member was ever obliged to follow the chief.
たとえばスー族の項目。
しばしば誤解されるが、「スー族全体を統率する大酋長」といったものは、過去にも現在にもスー族を始めインディアン社会には存在しない。「酋長(チーフ)」という立場はあくまで「調停者」、「世話役」であり、誰かに「任命」されるような性格のものではないし、「裁判官」や「指導者」といった役割を持ったものではない。文字を持たないインディアン部族にとって弁舌の立つ者は尊敬され、調停者として「酋長」となる。しかし酋長は「首長」ではないし、部族民を従属させたり命令する権限など何も持っていない立場のものである。
Leaders were chosen based upon noble birth and demonstrations of chiefly virtues, such as bravery, fortitude, generosity, and wisdom.
血筋と能力により部族に影響を及ぼす立場にあった……といった英語版の説明は、一般的な部族社会の指導者のイメージとよく合致するのではないか。
確かに、国家社会における君主的な権力はなかったのだろうが、それにしても日本語版の記述はあまりにも執拗であり大袈裟にすぎるように思われる。
とはいえ、英語版の記述が常に正しいというわけでもないだろうし、最新の研究によりインディアン部族社会の特殊性が明らかになったという可能性もある。
おれはそれほど熱心なSF読者ではないが、それにしても驚くべきことにhttp://anond.hatelabo.jp/20130512130019にあげられた本を実に一冊も読んでいない。
・さよならジュピター ……小松左京は「日本アパッチ族」といくつかの短編を読んだが、ようするにどう面白がったらいいのか理解できなかった。あ、「くだんのはは」はよかった。
・戦闘妖精 雪風 ……まずタイトルがキモい。この作家は自意識とか自分の認識が何ちゃらとかいう話がうざくて読む気がしない。
・絶句 ……当時のSFマガジンでの持ち上げられ方はすごかった。あまりにすごいので反発して読まなかった。女性作家の小説は全部クズだと思っているのでその後も読んでない。
・幻魔大戦 ……自分を主人公に投影してもいいが、毎回スーパーヒーローに仕立てるのは痛いからやめろ。
・トリニティシリーズ ……堀晃は「梅田地下オデッセイ」で挫折したので読んでない。
・大渦巻II ……はっきり言ってタイトルすら知らなかった。
・七都市物語 ……検索してあらすじを調べたが、これを名作SF10選に入れるくらいなら他にもっとセンスオブワンダーを刺激する作品があるのではないか。
・ダーティーペア ……SFじゃないですスペースオペラです、と作者が言っていた。
・我が月は緑 ……今日泊亜蘭は戦前の探偵小説のSF版といった作風で、おれにはあわない。よって読んでない。
ついでに書くとハインラインの「夏への扉」も読んでない。名作と言われると読みたくなくなるのよね。「読んで頭にきたSF10選」とかあったら探して読んじゃうかも。
阪神大震災発生後、確か95年2月ごろに小松左京が毎日新聞に「大震災」という連載を始めた。
「震災を体験した方々へ、記憶が鮮明なうちにその体験を書き留めよう」と呼びかけていた。
そのココロは、
「記憶が確かなうちに震災記を書き留めることで、震災記が将来貴重なアーカイブになる」ということ。
※小松左京は終戦前日に大阪城付近で空襲に遭遇(これが処女作「日本アパッチ族」のモチーフになる)
しているのだが、「この空襲の記録が全く残っていなかったので、非常に苦労した」と語っている。
実は自分は阪神大震災を大阪で経験しているが、2011年の今、震災記を書こうと思っても、
かなり忘れてしまっているので、書けない。
あの時小松左京の言うとおりに震災記を書いておけば、と少し後悔している。
今回の地震で、まだまだ東北や茨城では災害が現在進行形であるが、
首都圏では幾分かは落ち着いてきている。
1995年時点と違って、今ではブログやツイッターで震災体験を書き込んでいる人も多いとは思うが、
「体系だって震災体験記、というカタチにまとめている人」はまだまだ少ないと思う。
忘れないうちに、震災時からの出来事、感想を体系だって書き始めてみてはどうだろうか?