「入院」を含む日記 RSS

はてなキーワード: 入院とは

2021-10-22

anond:20211022140414

なぜか?入院で退屈した患者が抜け出して買いに来るからか?

風営法と都の条例では、病院の周囲200メートル区域内ではアダルトショップ営業ができないと定められている

まんだらけ」を書類送検

禁止区域風俗営業の疑い

https://b.hatena.ne.jp/entry/s/nordot.app/824100972275744768

ブコメでは指摘されてないが、風営法の言う「病院」てのは、

患者20人以上の入院施設」のことだという議論が当時あった。

ブロードウェイ内のクリニック類にそんな施設はないから、近隣にあったということ?

2021-10-21

山畑良蔵 小桜一家

地方紙南日本新聞・10月18日付朝刊記事 第2面

「かお 自治体立優良病院大臣表彰を受けた県立姶良病院長 山畑良蔵さん

地域医療に貢献し経営健全な「自治体立優良病院」として総務大臣表彰を受けた姶良市の鹿児島県姶良病院。5代目院長を2013年から務める。「ひとえに地域の方が精神科病院理解支援してくれたおかげ。うれしく思う」と喜ぶ。

24時間365日受け入れている救急患者は新型コロナウィルス下で増えた。

精神科は共同生活が中心で高齢者も多く、クラスター感染集団)をつくりやす環境」と考え細心の注意を払ってきた。老朽化した病棟の改築を進め、9月には陰圧設備を備えた隔離室を新たに9室用意。徘徊対応などが必要感染患者の受け入れも始めた。

志布志市出身鹿児島大学大学院修了後、姶良病院前身鹿児島保養院」に勤務し、30年以上診療に当たってきた。「精神科病気のために問題行動を起こしてしまう人が、生きていける場所を探すところ」と話す。

かつては長期入院患者も多く、運動会夏祭りなど地域交流する機会がいくつもあった。そのため「精神科救急病棟運用など受け入れてもらえた」。現在は、講演会を開くなどし、理解を深める取り組みを続ける。「退院後の支援をどうするか。行政はもちろん地域の人との連携が欠かせない」と語る。

学生の頃から人間のものに興味があり、「医者になるなら精神科」と決めていた。歴史物理などあらゆる分野の本を読み「なぜ生きるのかという永遠の問いを見つめている」。

鹿児島市に妻と長女の3人で暮らす64歳。(速見由紀子)」


・・・「山畑良蔵 小桜一家」で検索すると色々と噂が出てくる人物

仮にそれらが事実として、そんな人物が院長の公立病院が「総務大臣表彰」とはね・・・

この1年は自民党支持からはどう映ってたの?

俺は普段政治に興味がなく、うっすら野党はしょぼいしま自民党かななんて思うくらいのノンポリ具合なんだが、この一年はいろいろと考えることの多い年だった。

一度きりの一律給付金

雰囲気で決める緊急事態宣言

基準もなく雰囲気で決める宣言解除

強行された五輪開催

ぬるすぎる水際対策

次々入荷する最新株

不明瞭で説明しない菅総理

速攻で入院する上級国民

特に五輪が決定的で、SNS世間否定一色だったと思う。

開催1週間前まで観客入れるかどうかで揉めてて、実際開催セレモニーもひどい内容だった。

これらに強い憤りを覚えたし、こいつら絶対いれねえと今回の総選挙を固く誓った。

からこの1年を同じ日本で過ごして自民党を支持する人がいるのはマジでからない。

彼らは一年間別の世界にいたのだろうか。

消極的支持者ではなく、積極的支持者の意見心理を知りたい。

上で挙げた中で、限りなく全員が否にまわりそうな案件、たとえば水際対策のクソさなんかは擁護しようがないと思うんだけど、これも支持者からするとポジティブな内容に変換されてるの?どうやって?教えて。

2021-10-20

父が脳出血で倒れた。

父が脳出血で倒れた。

.

ほらみろ、夜更かしはするし、タバコもやめないし、肥満だし、当然だ。

.

と、思った。

.

初めて病床で対面した時、矛盾ながらも彼はとても弱った様子だった。可哀想だと感じた。

親の死期が近い、という言葉が頭によぎる。

そして同時に寂しいという感情も沸いたのだ。

.

あり得なかった。

.

父は自分にとって、自分人間関係の中でもワーストで関わりたくない。

.

なぜか?

.

金だ。金の使い方があり得ない。

.

書ききれないほどに挙げられるが

まず現時点で息子から200万の借金をしている。

にもかかわらず、とにかく働かないのだ(正確には働けない身体だが、本人にそれを改善する意思や行動は見られない。)。

証券取引で1発当て太郎を夢見て15年は経っているだろうか。

このギャンブルに手を出してから子どもたちの奨学金生活資金として受け取り、踏み倒しギャンブル投資していた。

父の入院きっかけに父が所有するアカウントを全て洗い出した、証券取引履歴を見たら、毎年50万の赤字を叩き出していた。本当に笑える。

父は私の母から多額の借金をしていた。

幼少期はカネのことばかりで喧嘩しているような夫婦だった。

喧嘩が激化して怖くて泣いた記憶もあるし、仲直りしてと子どもながらに訴えていた記憶がある。

.

一度、母を殴ってたっけ。

.

そんな母には僕が大学に進学するタイミングで、離婚することと家を出ることを勧め、離婚届にサインして日本を出た。

そして僕も奨学金を握りしめて家を出た。

今は海外で楽しく過ごしているそうだ。

.

僕は父に対してコンプレックスを持っている。

頭が悪いと思われたく無いのだ。

幼少から他人批判する父親を見て育ち、父にはそれを判別する力を持っている聡明人間なのだと思っていた幼少期だった。

.

入院してから病院に持ってきて欲しいものを間違えたとき、その時は気づかなかったが自分は内心とても焦っていた。

.

ああ、また親父に認めてもらえない。

その原体験高校トップの成績を取ったときだった。成績を見せても

.

井の蛙になるな

.

と言われ、認めてもらえなかったのだ。

.

子が親に認めてもらいたいと考える習性はなんなのだろうか。

いくらダメな親であってもだ。

これが寂しさを引き起こしている原因なのかもしれない。

.

父には、まだ認めてもらっていない

恐らく自分はこのコンプレックスから解放されたいのだろう。

早く何かを成し遂げなければ。

.

からもう少しだけ生きていて下さい。

というメモを掘り出したので、ますだに投げておきます

身内が倒れるというイベント感傷的になるんでしょうね。

家計無頓着だった過去自分を殴りに行きたい。

イギリス選択は正しい

英国の1日あたりの感染者数は4万人台と高水準が続いており、欧州で突出している。

ただ、入院者数や死者数がこれまでの流行時のように増えていないことからコロナとの共生路線は今のところ変えていない。

https://www.nikkei.com/article/DGXZQOGR18CGF0Y1A011C2000000/

女も無敵じゃん 入院患者3人の点滴に消毒液を混入し殺害した罪などに問われた元看護師の女

https://news.livedoor.com/article/detail/21055126/

女が無敵の時は、弱い老人を選んで殺害したとは言われない

2021-10-19

anond:20211019103520

少年は12日夜、現場から約30キロ離れた同県身延町内の駐在所に出頭した。駐在員が不在だったため、管轄警察署電話をかけ、「人を殺してしまった」と泣きながら話した。電話を受けた署員は「パトカーで行くから待っていて」と伝えた。

 警察官が駆けつけると、少年は顔の半分くらいにやけどを負っていた。凶器を含め所持品はほとんどなかった。移動手段は車だったという。逮捕後の診断の結果、右手小指の骨が折れていたこから、いったん入院治療を受けた。

青葉君は自分から通報もしてないし、泣いてもいないだろ

2021-10-18

よくありがちな言い訳と行動

やらかした人のありがちな言い訳と行動。

1.『アカウントがハックされていた』と言ってしまう。

アカウント乗っ取りをしたら、乗っ取り側はまずパス変えてくるんだよねー。

二次パス使ってるなら、やりたい放題やるだけだけどね。

2.『体調不良で欠席します』

数十分前まで普通だったのに、やらかした事で炎上拡散された後に即体調不良宣言

あれあれー?ずいぶんと都合がいいなー?

3.体調不良からのー『入院

都合が悪くなると体調不良だけでなく、入院というコンボにつなげる人がいるねー。

どこが悪いのかなー?

4.『逆ギレ』と話題そらし

ツッコまれた事に答えられないせいで、いきなり逆ギレして自分被害者だと喚き始め、

最終的には被害者から関係のない問題の話をしはじめるというコンボ

元の話題をツッコまれるとブロックorツッコんできた人を中傷しはじめてくるというやらかし

周りの人は、その言い訳と行動をしてきた時点で「またか」「いつものw」「はいはいw」ってなっちゃうんだ。

うそろそろ潔く生きてみては?やらかしたのをさっさと認めて謝るのって大事ではないかな。


散々言い訳して逃げ回って、他人被害者にしたてあげようとした挙げ句にやっぱり自分が悪いって事実を突きつけられて

謝罪し始めるって、とんでもなく醜くて間抜けで滑稽なんだよね。

友達が死んだ

大学4年、今年の春、友達が死んだ。ガンだった。

明るくて賑やかでよく笑う子だった。通夜で見た棺の中で、大好きだったサッカーユニフォームを着せられて笑っていた。用事があって行けなかった葬式には500人を超える参列者が来ていたらしい。人望も厚い子だった。

彼と私は小中の9年間、一緒に過ごした。片田舎の小さな学校だったので、定期的にクラスも一緒になった。が、特に大した思い出もないまま卒業して、別々の高校大学に進んだ。成人式ですれ違うことも特に無く、会えなかったことを残念がるほど深い仲でもなかった。というか、成人式の私は彼の存在すら忘れ去っていた節まである。それくらい、私の中の彼の存在はとても薄かったのだ。

大学3年のインターンシップで、本当に偶然彼と再会した。「えっ久しぶり〜」「久しぶり〜、マジで卒業以来じゃね?」みたいな会話を交わした覚えがある。インターンメンバーは6人いたが、その中で顔見知りだった私たち特別喋るようになった。彼は特に変わっていなかった。変わっていたのは彼の体だけだった。

この頃既に病魔に侵されていた彼は、度々通院のためにインターンを休んでいた。ガンであることは全員最初に聞いていたが、あまりにも元気そうで「ズル休みレベルじゃん」なんて笑われていたが。病気してる人でイメージやすい「常に顔色が悪い」「途中でぶっ倒れる」といったことも一切ないまま、インターン期間を終えた。その期間で交換したインスタのストーリーには、いつも筋トレサッカー写真を載せていた。

そこから末永友情を築いたとか色恋に発展したとか、漫画ならありがちな展開になることも特になかった。お互いにインスタのストーリーでなんとなくの近況を知る。彼はちょくちょく手術や入院をしていた。医療に関してさっぱり学のない私は、その点滴が何を意味しているのか全くわからなかったが、ただ確かに彼の病気が進行していることをほんのり感じていた。

インターンから半年経った頃、彼が亡くなった。中学同級生のインスタで知った。せめて通夜くらい、と思って、卒業以来縁を切っていた地元人間10年振りくらいに連絡を取り、参列した。

会場の中には、彼の小中高大までの思い出の写真と一緒に、インターンで6人で撮った写真が並べられていた。それを見てワッと泣いた。インターンの楽しかった記憶が鮮明に思い出された。彼のお母様に、彼がインターンを頑張っていたこと、すごく頼りにしていたことを話した。お母様は泣きながら「あなたも頑張ってね」と肩を叩いてくださった。彼の友達親族も恩師らしき方々もみんな泣いていた。通夜に善し悪しがある訳では無いが、すごく良い式だったと思う。






さて、ここまでならまあ、割と無い話ではないのだろう。問題通夜最後だった。

「目を閉じると、故人様との楽しかった思い出が甦るようではないでしょうか」

司会の人の優しい声に促されるように、泣き腫らした目を閉じて、彼との楽しかたことを思い出す。インターンは勿論、せっかくだから小中まで遡って思い出してみるか。小中も何か…何か、こう、運動会とか文化祭とか、彼との思い出で楽しかたこと…





あれ、そういえば私、あいつに殴られてたな?




何故忘れていたのかわからない。多分記憶から抹消していた。私は確かに中1の1学期、彼に毎日のように頭を殴られていた時期があった。

その当時味方になって守ってくれる友人もいたし、先生もよく怒ってくれていたので、いじめというにはちょっと足りない気もするが。1学期の間で何故か完全に終わったし。そこからわざわざ関わろうとしなかったし。それでも確かに中学男子フルスイング女子の頭で受け止めていた時期が、あったのだ。

次に目を開けた時、号泣する周囲とは裏腹に、既に瞳はカラッカラに乾いていた。インターンにいた優しい彼も嘘ではないが、それ以前にやられていたことが、21の大人になった私から見てもまあ酷くて、とても泣ける気にはなれなかった。

前にそれほど関わりのなかった祖父が亡くなった時でさえ、亡くなってからしばらくは「あの年は運動会来てくれて嬉しかったなあ」「テストの点褒めてくれたな」なんて楽しかった思い出を思い出して偲んでいた。それが、ガッツリ9年間関わった彼の思い出は一切鮮やかなものではなくて、途端に故人との記憶として思い出すにはしのびなくなった。

1つ思い出すと、まあ芋づる式に出てくる出てくる。特別酷かったのが中1というだけで、基本いじめっ子だった彼はいじめられっ子気質のあった私に嫌なタイプちょっかいをかけて遊んでいた。靴に虫を入れられたり、帰り道小石を投げられたり。本当に、なんで忘れてたんだろうね。

彼が死んだ後、彼を思い出してもインターンの優しい彼ではなく、中1の時に真顔で私をぶん殴る彼の顔しか出てこない。彼は変わっていないと思っていたが、そんなことはない。記憶である程度美化された彼の姿と、大人になった彼の姿がたまたま一致しただけで、彼はものすごく変わったのだ。そのきっかけが病気なのかはさておき。




ここまで読んでくれた人で、人をいじめたことがある人。過去は、消えない。何をしても。

きっと10年近く前の話だから、中1にやられていた事もある程度私の中で脚色されているとは思う。それでも、いじめを受けていたという事実は変わらない。その内容がどうであれ、過去の傷は見えないようにしているだけで消えない。

あなたが死んだ時、一瞬でも「まあでも死んでいいタイプ人間だったんじゃない」と思われることを覚悟して欲しい。どれだけ今のあなたが善く生きていても、過去に深く傷つけた人はあなた悪事を忘れない。

まあ、故人に対してこんなことを思う私も、大概ひん曲がっているとは思うけどね。

尚内容が内容なのでところどころフェイクを入れている。齟齬があっても見逃して欲しい。








彼がもし生まれ変わったとして、願わくば、次は最初からあのインターン笑顔の、優しい子として生まれ、育ちますように。

2021-10-17

隣の犬が死ぬらしい

隣人のお婆さんが、メスのキャバプーを飼っている。

おとなしく良い子でよく触らせてもらっていて、近頃は向こうから撫でてくれと催促するようにもなった。

ただ、よく悪い咳をしていてたまに動物病院にもかかるようだった。

 

今朝聞いたのだが、彼女は昨晩から体調を崩し、今動物病院入院意識が無い状態なのだそうだ。

お婆さんは泣いてこそいないが、もう死を悟っているかのようだった。

つい数日前まで明るい顔で尻尾を振ってくれていたのに。

毎日動物を食べている身だが、いざ死を身近に感じると悲しい。

2021-10-15

一重まぶたコンプレックス




自分のまぶたが一重で、世の中には自分とは違う二重まぶたを持っている人間がいる、と気づいたのはいつだっただろうか。

クラスで可愛くてモテていた女の子は大体二重まぶただと気づいたのは、それと同時に一重まぶたの自分コンプレックスに思うようになったのはいつだっただろうか。

父親はぱっちりした二重まぶた母親は奥二重。そんな2人からまれわたしは、これでもかというくらい脂肪がのっかった完全なる一重まぶたである

小学校中学年にもなると、自分も周りも、人の「顔」がものさしで比べられるということが少しずつわかるようになってくる。

この頃、わたし自分の顔が他人と比べて劣っていることに薄々気づいてきた。

じゃあなんで?わたしの顔は可愛くないんだろう??

そう考え、クラスの集合写真や、可愛い友人と撮った写真を改めて見た時に思うのだ。

わたしの目、なんか重いし、細い……」

可愛いの子は目がぱっちりしてるし、何か線が入ってる……。

自分のまぶたには一重、そして可愛いの子のまぶたには二重という名前がついていることをいつ知ったのかは覚えていない。

中学校になると、好きな男の子もできて、自分の見た目がすごく気になりだした。

家のルールで1日1時間だけ使っていいと親に言われていたインターネット

「二重 方法」「二重 なりたい」「二重 マッサージ毎日毎日飽きずに1時間丸々使って検索し続けた。

ヤ○ー知恵袋の二重に関する質問は全て読み尽くしたのではないかと思うくらい読んだ。

一重まぶたでもお金をかけずにマッサージで二重になることができる、ということを知ったわたしは、毎日死にものぐるいでまぶたをマッサージした。オ○ナイン脂肪燃焼に効くと見ると、それから毎日オ○ナインをまぶたに塗った。輪ゴムを結びつけ合わせて大きな輪っかにして、それを頭から被ってまぶたに食い込ませて癖をつけながらお風呂に入ったこともあった。インターネット自力で二重になるためのマニュアルが売られていたので、お年玉で買いたい、と母親に訴えると、「馬鹿じゃないの、あんたはそのままで可愛いのよ」とあっさり切り捨てられた。

中学2年生のときクラスに同じく一重まぶたに悩んでいるAちゃんという子がいた。

ひょんなことからお互い一重へのコンプレックスを持っているということがわかり、一気に仲良くなった。

ある日、学校平和学習があった。

戦争の頃の映画をみんなで見た。

とても悲しい物語だったのだが、見終わったあと、わたしとAちゃんが1番に口にした感想は、

映画に出てた女優さん、全員二重だったよね!」というものであった。

そんなに悩むくらいならアイプチアイテープをすればよいのでは、と今の自分なら思うのだが、当時のわたしアイプチ中学生が買ってはいけないもののような気がしており、購入には至らなかったのだ。

当時よく読んでいたセ○ンティーンには、よく某高級アイプチ広告が載っており、実際に二重になったという人の口コミがいくつも載っており喉から手が出るほど欲しかった。(これに関しては中学生の小遣いにしては高かったので諦めていたが……)

そんな中、ある日の休み時間に突然Aちゃんが「ソッ○タッチ(靴下が下がってこないように止めるアレ)で二重にできる!」と言い出した。

めちゃくちゃまぶたに白いノリのカス?がついてはいものの、なんとなく二重にはなった。

しかし、違和感がすごく、こんな顔で先生の授業を受けられないと冷静に思い、休み時間の間に即顔を洗ってノリを落とした。

なんで生まれ持った二重の友達は何の苦労もせずに、わたしがこんなにも憧れている二重を手に入れているのだろう……こんなに頑張ってるのになんでわたしのまぶたは激重一重のままなのだろう…………悩めば悩むほどわたし自分の顔をコンプレックスに感じるようになっていった。

「なんで二重に産んでくれなかったの?!お母さんは二重だからわたし気持ちなんてわからないよ!!」

そう言って母に八つ当たりする日もあった。

高校入学すると、周りには可愛い子が増えた。

高校1年生の夏休み明け、同じクラスのBちゃんに、

「○○ってアイプチとかしないのー?したら絶対可愛くなると思うよ!わたしも一重で悩んでるから毎日アイプチしてるんだ!試しにわたしの使ってみない?」と声をかけられた。

それがわたしアイプチ出会いだった。

慣れた手つきでBちゃんわたしのまぶたにアイプチを塗り、プッシャーわたしのまぶたを折り込んでくれた。

「できたよ!自分で顔見てみなよ!」と言われ、鏡を見た。

そこには、中学生の頃使ったソッ○タッチとは比べ物にならないくら自然な仕上がりで、ハッキリと二重の線がついているわたしがいた。

大袈裟でもなく、魔法にかけられたような気分だった。

Bちゃん愛用のアイプチを教えてもらい、帰りにドラッグストアに買いに行った。

家で何度も何度も練習し、自分の中で比較自然に二重にできるようになったと感じてからは、高校にもアイプチをして行くようになった。

今思うときっとバレバレの二重だっただろうし、突然激重一重だったわたしが二重(変わらず激重ではあった)になったのは違和感満載だっただろうが、やはり触れにくかったのだろうか、周りからはあまり触れられなかった。

コソコソ噂をされるのも恥ずかしかったので、仲良しの友人たちには「アイプチデビューしたんだ!!」と明るく伝えていた。

友人たちは「可愛くなったじゃん!」と褒めてくれた。

そこからわたしアイプチが手放せなくなった。

毎朝、今までよりも30分早く起きて二重を作った。

寝坊しても遅刻しそうな時も、遅刻をしてでも二重を作って学校に行った。

授業中、寝たら半目になることが分かっていたので、死にものぐるいで寝ないように耐えた。

夏の体育のプールは1番の悩みだった。最初から最後までゴーグルで目を全力でカバー。授業が終わると1番に着替えて鏡とポーチを持って女子トイレ直行。個室で二重を整えた。

いか自然で綺麗な二重を作るか、日々研究を重ねながら技術を上達させ、わたし大学入学した。この頃には百均アイテープアイプチという自分の中での最強の組み合わせを確立させていた。

大学の同じ学部には元々の知り合いはおらず、一重のわたしを知っている人は一人もいなかった。

わたしは二重」そうみんなに思われていたくて、友人や彼氏の前でも絶対に一重の姿は見せないようにした。

お泊まりときは、寝る直前までアイテープを取らず、電気を消してからそっとテープを取っていたし、朝はアラームをかけて誰よりも早く起きてトイレでこっそり二重を作って布団に戻って二度寝していた。

わたし医療系の学部に通っていたため、病院での実習があった。そこで入院患者さんを見た時に、ふと、「わたしがもし入院することになったら、わたしは病室でも毎日看護師さんたちが来る前に二重を作るのだろうか……」と考えた。

また、大学時代には大きな地震があった。

ニュース避難所の様子が映っていた時に、「突然地震が来て、避難所アイテープを持っていけなかったらどうしよう……一重のわたしなんて絶対に誰にも見られたくない」と漠然不安になった。

大学4年の頃、久しぶりに中学時代一緒に一重のことで悩んだAちゃんに会った。

Aちゃんは綺麗な二重まぶたになっていた。

Aちゃんは自ら、「あの時散々悩んでたけど、結局埋没で二重にしちゃったー!すごく楽になったからやってよかったと思う」と笑顔で話してくれた。

まだ想像はつかないけれど、社会人になったらきっと忙しくなるだろうし、整形するなら今なのかな……。

わたしはその後、すぐに某美容整形外科カウンセリングを予約し、そのままの勢いで埋没術を受けた。必死アルバイトをして稼いだお金と引き換えに、10年近くコンプレックスを抱いていた一重まぶたとおさらばし、憧れの二重まぶたを手に入れた。

埋没をしてから数年たったが、わたしの激重まぶたは案外きちんともってくれており、今もわたしは二重である寝坊しても、二重をつくらずにそのまま家を出れる。お泊まりをしても、人より早く起きて二重を作らなくてもいい。

こんな長文を書くくらい悩まされていたので、本当に本当に施術を受けてよかったと心から思っている。

人生で1番してよかった買い物だと自信を持って言える。

二重になったわけだが、他のパーツが人より優れているわけではないので、残念ながらわたしの顔は決して可愛くはないと思う。しかし、二重を手に入れたことで、日々の楽さ、そしてコンプレックスだった目への自信が少しついて、以前よりは自分の顔をマシかな、と思えるようになった。

世の中、美人可愛い!とされる人は大抵二重だ。モデル俳優さんも多くは二重まぶただ。

もちろん一重でとても素敵な人もいる。

しかし、なんというか、二重が正義というか、二重の方がやはり良しとされている雰囲気一般論?はあるように思う。

わたしにもし一重の子どもが産まれても、別に整形を勧めるつもりはないし、整形したいと言うのであれば、自分の稼いだお金勝手にやればいいと伝えるだろう。

ありのままあなたが素敵」なんてよく言われているかもしれないが、わたしありのまま自分が大嫌いだったし、別にありのままでいる必要はないと思う。ありのまま自分好きな人ありのままでいればいい。どちらも間違ってないと思う。

このブログ別に一重を否定する訳でもないし、二重にすることを助長する訳でもない。

ただ、一重だったわたしがずっとコンプレックスを抱えていて自分の顔が好きになれなかったことを思い出して、ふと書いてみたくなっただけの散文である

一重の人も、二重の人も、自分がなりたい自分でいられたらいいと思う。

特にまとまりはないが、書くこともなくなったので終わろうと思う。

文中に書いた二重になる方法は、無知わたしがやっていただけであり、皮膚のことを考えるとマネしてほしくないものもあるので、ご注意を。

ここまで読んでくださった方がいらっしゃれば、ありがとうございました。

2021-10-14

40台の知人がワクチンを打たないと言っている

40台の知人が2人ほどいて、いずれもコロナワクチン摂取しないと言っている。

両者ともに太り気味で、重症リスクが高い。

今はやめているが、喫煙者だった過去もある。

体を壊して入院していたこともある。

どう考えてもワクチン摂取した方がいい状態なのに、なぜか摂取しない。

何を考えているのかわからない。

バカなのかな。

2021-10-11

anond:20211011160612

刑務所に入ればそもそも依存してても食えないか痩せる

それと同じような方法ライザップ

高い金を払うことで成果出さなきゃ金をどぶに捨てるという強迫観念我慢することになる

お前みたいな意思薄弱なやつは何か犠牲にしないと我慢なんか無理

刑務所ライザップ入院

どれか選べデブ

生活

脅迫観念って知ってるか。

もう3年弱糖質カットしてる。もともと太りやすくてラーメン大好き、米好き、パン好きと

とにかく糖質摂取中心だった。おっさんなのに90kg超えて脂肪の塊だった。

肉と米、酒飲みまくってるとやっぱり大腸がぶっ壊れるのな。2-3年に一度、入院する羽目になってたけど

一念発起してダイエット糖質カット生活で73kg位まで落ちた。もちろんガチ運動もセット。

こうなると太るのが面倒なので、できるだけキャベツとかほうれん草とかブロッコリー生活になるわけ。

肉も赤身中心、米は月イチでほんのちょっと

ここにきて、猛烈にラーメン食いたい。牛丼食いたい。でも太る。どうすりゃいいの。

2021-10-09

anond:20211009163108

で、コロナですって言われて入院するの?風邪なんでしょ?

2021-10-08

昔、点滴をしながらオナニーしていた

二十歳そこそこのとき、胃を壊して入院をした。

四人部屋で点滴に繋がれてたんだが、どうもこうにも我慢ができない。

仕方ないので、点滴を持ってトイレの個室に入りオナニーしていた。

入院中の男の一番の悩みは、性欲の処理なんじゃないかな。

2021-10-07

【どっちが】医療関係者VS現場責任者【正しいか

※ここに記載されている情報フィクションです。単語正規使用されているものではなく、登場人物架空人物です。

コロナ入院患者A(女性/40歳

・超ヘビースモーカー

職場経由でコロナ陽性。症状なし。判明後、家族に半ば迫られる形で(家族重篤な基礎疾患持ちでワクチン摂取のため)特別隔離施設入院

・手違いなのか保健所ミスなのか本人が聞いていなかったのか、最初入院時に十分な説明を受けておらず、ほぼ手ぶらで転院。(保健所説明したと主張、本人は聞いていないと主張。保健所は同じミス前例もあるが、本人の素行不良も目立つ上にお互いに明確な証拠が無いため真偽不明患者はきちんとサインをしているが保健所も口頭説明義務がある)

看護師B(女性/50歳)

・各入院施設渡り歩いたベテラン

実質的現場トップ

・常に患者目線経験豊富アドバイスが多い

・はっきりした物言いで、信念が強く自分の考えを曲げない部分がある

現場というより患者第一主義

・良く言えばリーダー気質、悪く言えばお局

■院管理者C(女性/40)

・not医療関係者公務員

コロナで急遽施設を貸し出された入院施設建物管理者にあたり、建物内のみならず周辺住民などとの間も受け持つ最終責任者

基本的官公庁が定めた感染防止ルールマニュアルに従って建物運営をしている

独断ルール抵触することも可能であるが、最終責任も本人がすべて受け持つ

・よく言えば真面目、悪く言えばマニュアル人間



◆経緯

患者Aが無断で差し入れお菓子など。弁当好き嫌いから拒否したため)を家族に頼む(ルールでは差し入れは事前報告制で、薬を除き実質的にまとめて一度まで)。管理者Cが「他の入院患者の手前ルールを破ることはできない」と受け取り拒否に。しかしこれが原因で口論になる。

・間に入った看護師Bが患者Aに事情説明患者Aがヘビースモーカー現在喫煙できずイライラしていること、家族の申し出で仕方なく押し切られる形で入院させられたこと、また保健所とのやりとりを管理者Cに話す。

看護師Bのアドバイスと本人の家庭、保健所との事情を顧み、特例として管理者Cはルール付きで差し入れ許可(中身をこちらで確認すること、一度きりにしてもらうことなど)。

しかし一度目の受け入れに患者Aとその家族間で不備があった模様。再度の差し入れを申し出る。

管理者Cはそれを拒否理由はただでさえ他の入院患者フラストレーションも溜まっている中、事前報告なしで二度の差し入れの特例がバレたら施設ルール崩壊しかねないため。また直接的な差し入れではないとは言えど、建物の出入りが増えればそれだけ感染リスクが跳ね上がるので承認はできなかった。

しかしそこで看護師Bは管理者に一つ提案をする。「このままこの患者がキレて何かの隙に暴れたり脱走してしまうよりは、夜中こっそり差し入れを持ってこさせる方がマシではないか」と。

管理者Cはここで一度官公庁に指示を仰ぐ。しか官公庁は「現場判断に任せる」と一任。結果、再び特例で差し入れを許すことに。

・この際管理者Cはかなりきつく患者Aに注意を促し、あくまで特例であるということ、次で必ずすべての差し入れを持ってこさせることを強調。しかしここで患者Aがその態度に激怒口論に。

・そこで再び看護師Bが仲裁に。患者Aではなく、管理者Cを宥める形で決着し、再度差し入れを許す。

しかしここで再び問題が発生する。患者Aが再三の差し入れ要求してきたのだ。

・さすがにこれには応じられないと管理者Cは拒否。すると患者Aは出された食事を食べなかったり、わざと管理室にクレームを入れたりするなどの暴挙に出た。

患者Aを強制転院させる案も出たが、他の施設も手一杯で動けず。仕方なく受け入れを続行するしかなかった。

・ここで看護師Bは再び管理者Cに意見。「患者Aもいきなり追い出される形で入院となり不安である。また発端は保健所の落ち度かもしれない。しかヘビースモーカーの人が狭い部屋で10日以上の隔離はい限界がきてもおかしくない。聞いて丸く収まるなら聞いたほうが良いのではないか。暴れだして他の患者迷惑にならないためにもそれが良いのではないか。それに食事に手を付けないのはさすがにまずい」と。

管理者Cはこれを「公平性が保たれない」と拒否。また「あくま自分仕事責任はこの建物や周辺住民すべてに及ぶので一人だけを贔屓にできない。建物民間の借り入れであり、差し入れに限度があるのも感染予防と、協力してくれている地域住民への騒音渋滞への配慮も含まれる(場所住宅街であったため)。また保健所に落ち度はあったかもしれないが、その後の対応こちらは落ち度はなく、それより一人を贔屓にしていることがバレるとそれこそフラストレーションが溜まった他の入院患者逆撫でする行為であり、現場崩壊につながる。食事を取らないのもアレルギーが原因ではなくワガママである本来ならレッドカード強制転院扱いだが仕方なく対応せざる負えないほどの危険人物にこれ以上配慮できない」と言い、承認しなかった。

・すると看護師Bはこれを患者Aへの虐待行為である県庁に報告。

・経緯を聞いた上で虐待行為ではあるとはならなかったものの、この一件により管理者Cは独断ルールを破り、差し入れ許可した責任感染予防対策を怠ったとして追求されることとなる。

・これに関して管理者Cは「確かに最終決断自分だが、現場資格者である看護師Bの助言の元行った」と釈明。しか看護師Bは「あくまで最終決定は現場トップである管理者Cにある」と主張。お互いに譲らない形となった。

・そしてこの議論中、患者Aがもう少しで退院となるところで緊急搬送となった。幸い大事には至らなかったが、原因は栄養失調とストレスによる免疫低下である

・また院内で職域摂取対象外であった外部委託警備員数名でクラスターが発生。細かい経路は特定できなかったものの、いくつかの差し入れか、それを持ってきた家族との接触が原因ではないか問題提起された。

さらに近隣住民でも感染者が発生。こちらは完全に経路不明いであったものの、これが原因で周辺からクレームが激増し、建物の貸出主から打止の打診がなされた。

上記から現場資格者である看護師Bと、実質的トップ責任者である管理者Cの責任が問われる形となる。


果たしてどちらに責任所在があるか?どちらが悪く、正しかったのか?

患者第一とした看護師Bと、全体の調和第一とした管理者Cとどちらが悪いか

なお理由があったとはいえ再三迷惑行為を繰り返した患者Aと、問題の要因の一部である保健所、そして現場一任を貫いた官公庁個別に明らかな問題があるため、今回の議論には含まないこととする。


意見はお好きにどうぞ。

自分がこの現場の下っ端でどちらかを擁護しなければいけなくなった体で考えてみてください

2021-10-06

入院手続きめんどくさ~~~~~~

当方アラフォー独身子供部屋おばさん免許なし、70になる父と二人暮し。

先日父の体調悪化に伴い入院手続きをしてきたんだが、1時間半の手続きメンタルがやられて自宅に帰ってから赤子並に声出して泣いた。ギャン泣きして泣き疲れて寝たけど2時間しか寝れんかった。老化を感じる。

入院の支払いに関して、身元引受け人と支払い責任者が私になるのはいいんだが、その他に連帯保証人がいるときた。こちとら若気の至りで親戚に迷惑をかけて以来ほぼ親戚と連絡を取らない人間天涯孤独の人ってここどうしてるん……

父経由で叔母さんに連絡を取り代筆で事なきを得るはずが、受付に出したら『保証人の方のはんこが欲しい』と来たもんだ。いや代筆の意味

相談してとりあえず父と私以外のはんこを用意してくれたら良いとの事(苗字が同じなので)。

それから入院アメニティパジャマとか歯ブラシとかタオルとかレンタルできて、下着さえあれば入院できますよ~ってやつ。

ただこれにもランクがあって、ランクごとに1日の料金がかかるのに、そのランク対応した病院が決めるとの事。ちなランク差は紙おむつ使うか使わないか、使った場合の頻度、で変わる。

父は入院準備として事細かに用意するも、パジャマだけは借りたいという意思説明する看護師からパジャマだけはないので、アメニティを使わないかパジャマと一緒にアメニティを借りるしかないんですよ』と言われてもパジャマだけでいいの一点張り

そうこうしているうちに入院申し送りも終わり後はこちらの書類待ちの状態、集まる看護師リハビリ担当、口々に『アメニティの有無』を確認される。

めんどくさくなってアメニティ使用に決めると、今度は持ってきた荷物問題になる。

一旦部屋に持って行って退院時に持ち帰るのではダメかと相談するも、何故か話は戻って『これと同じものがアメニティにありますので…』と再度アメニティ使用有無に戻される。

数度のやりとりの後、めんどくさくなり父の荷物の中から下着だけを取り出し本人に持たせ送り出す事で手続きは一旦終了した。

それ以外にも本人の現状確認やら部屋移動確認やらなんか色々あった。

多分時間にして1時間半位だったと思うけど、本当にメンタルが削れた。

そして冒頭のギャン泣きに至る。

泣くとストレス解消になるって聞いたけどまだ足りないから今夜はチャーシュー麺食べて帰る事にする。

あと基本引きこもり精神からコロナ禍で面会制限あってラッキーだなって思った。なんかそのせいで今生の別れみたいな送り出しされた(退院するまで会えませんからお話しておいてくださいね~)。

とにかくあとは入院中の自分生活をなんとかしよう。

吐き出して多少スッキリした。

anond:20211005190407

第5波で、入院できず自宅、待機施設で亡くなられた方に関しては残念でなりません。

もし入院できていたらその方々が全員助かったとは言えないかもしれませんが、何人かは亡くならずに防げたはず。

----

第3波第4波 と 第5波 との2群間の違いがワクチン接種だけだったら(対象群VSワクチン介入群)ワクチンに死亡抑制効果(≒重症抑制効果)があるということになる。

対象群にワクチンを打たないのは倫理的問題があるとして、テストが途中で中止になるレベルの差がある(統計学的検定さえ不要)ということになるが、そうはいかない。

上記2群は異時点のものであるためワクチン接種の有無(接種率の高低)以外にざっと考えただけでも他に

・株の違い(デルタ株VS非デルタ株)

処置治療の違い(医療従事者の習熟度や新薬により発症後の対応が違った)

感染者のキャラクターの違い(年齢層など)

 など複数の違いがある。

 緊急事態宣言の有無の違い・人流の違いは考慮する必要基本的にはなく、同様に、マスク供給の潤沢さ、マスク装着率の高低も基本的考慮する必要はなさそうだ。

 感染後の経過の検討なので。 (「感染前にちゃんマスクをしていた方が後日重症化しにくい」という仮説もあり得るが、無視してもよいだろう。)

続く

2021-10-05

父親が癌になった

今日、母から連絡があった。

父親が癌になったこと。

ステージ3なので手術は行わず放射線治療薬物療法を行うこと。

早ければ明日にも入院開始になること。

親も決して若くはないので、むしろ自然なことだと思うけれど、いざ自分の親のこととなると受け止めるのに時間がかかりそう。

自分故郷を離れて大学に通い、就職して、結婚して、子供も生まれ転職して地元から離れた他地方に根を張って生活している。

父の癌宣告を聞き、近くに居てあげれない悔しさと、今の生活を切り上げて父を看取るために地元に帰るほどの優しさがない自分にも気付かされた。

誰も見ていないこちらで文章にして、自分気持ちを整理したい。

から連絡があったのは、5時半を少し過ぎた時間。いつも電話してこない時間帯の電話だったので嫌な予感はしていた。

母:今、大丈夫

私:仕事の合間だけど、どうしたの?何かあった?

母:仕事終わってからでいいよ、ちょっと話したいことがあって

私:どうしたの?何かあったなら聞かせて?

母:いいよ、また後で大丈夫

上記のような問答が続き、ついに父の癌のこと(進行がんがみつかり、ベッドが空き次第入院治療になること)を話してくれた。

頭の中に色々なことが浮かんだ。

本当に?診断は間違ってないの?ステージは?父の仕事大丈夫?母に心労はない?いつまで生きられるの?

ぐるぐる色々なことを考えながら冷静を装った。

根掘り葉掘り聞くのも憚られたし、あまり深刻な質問はしないよう心がけていた。冷静に話を聞く自分に対して、冷たいなとも思った。

その一方で、冷静ぶることで自分を保っているような、不思議気持ちになった。

母曰く、病気については父からでなく母から私に伝えてほしいらしく、もうすぐ父が病院から帰ってくるらしい。

ひとまず、母に心配しすぎて体調崩さないでね、と伝えた。

電話を切って思ったことは、父の心配、そして母の心配

その後自席に戻ったが、さきほどの冷静さはいつの間にか消え、色々なことをぐるぐる考えていた。

それでも冷静ぶる自分もいた。

やはり仕事が手につかず、帰路へ。

帰り道、父に電話

思ったよりも深刻な様子はなく、病気を受け入れている様子。

自分も大病を患ったことがある(何なら今も。付き合っていく系の持病)から病気と向き合うのがスタートだよね、と話。

普段寡黙な父が少し饒舌だったかもしれない。

それに頼んでもいないのに母に電話を代わった。

しかしたら、息子にこの話をするのが辛いのかもしれない。

地元に残った兄にも電話した。

もともと仲が良くないこともあり、そっけない態度。

おまえは帰ってこれないんだから心配だけしてもしょうがないとのこと。

くそのとおりで、入院の世話とかができないけど、なんとか母を手伝ってほしいこと、その他にできることがあったら何でも言ってほしいことを伝え、兄も体に気をつけて、と話しした。

家に帰って色々調べたが、わからないことだらけ。

もともと医療業界に近い仕事過去していたが、自分の親のこととなるとさっぱり。

せめて、入院中にたくさんテレビ電話をして孫の顔を見せてあげたいと思う。

本が好きな人だから、病室に本を送ってあげたい。

自分が読んで面白かった本を贈りたい。

同じ本を読んで、感想を言いあいたい。

一歳を過ぎた次男の顔をテレビ電話しかたことのない父に次男を抱っこしてほしい。

恥ずかしくて一緒に飲んでいない酒も飲みたい。

父の作った野菜を孫に食べさせてあげたい。

父の癌種は5年生存率3割以下だそう。

父がいなくなる日はきっとそう遠くない。

いまだ、信じたくない。

こうなって思い出すのは小さい時の優しかった父ばかり。

大人になってからも、思い出になるようなことをしてあげればよかった。

他人事のようなことが自分ごとになり、気持ちの整理がついていない。

親孝行したいときには親はなしと言うが、まだ生きてくれているうちに色々なことをしよう。

2021-10-04

アマプラ追加 | ミッドサマーをみて

アメリカ側の登場人物、みんなどこかしらバカですごい。

ダニーの精神描写や一人で強がってしまうところ、めっちゃ分かる。

ペレは、100%善意で友人をホルガ差し出せるってほんとヤベェやつ。洗脳って怖い。

恋人コニー婚約してて、普通にいい人そうなサイモンが「血のワシ」で処刑されたのは可哀想と思った。アッティストパン?(72歳のじじばば飛び降り)儀式のことも、サイモンたちを連れてきたイングマールホルガ側が説明してなかったのだからパニックになって当然でしょう。

ホルガの民たちにとっては、当たり前の光景だけど、ホルガから一歩外に出たらそれは異常なんだってば!

サイモン儀式最中儀式に参列する人々に対して、「狂ってる!」と訴え、いままさに覚悟を決めてじじが飛び降りるって時も「訳がわからない!狂ってる!助けないと!」(うろ覚えセリフ) などなど半狂乱で言ったから、狂ってる殺され方したの?

血のワシ サイモン、肺が動いてるけど、あんなのにされて息できるの?死んでるの?生きてるの…?いっそジョシュみたいに殴って一発KOな殺され方の方が楽やんな…

狂ってる!と言ったサイモン→狂った殺され方

ここを出る!宣言コニー溺死

聖なる木におしっこするアホなマーク→皮剥ぎ

ルダ・ラダーカメラ撮影→撲殺?

不誠実クソ男クリスチャン→生きたまま熊さん火炙り

殺され方みると、ホルガの人々が「ホルガを汚された、貶された」感じた度合い応じて、殺す時の残虐さに変化があるように感じた。

アホなマーク映画中に描写はないけど、生きたまま皮剥ぎされてそうだしな…

ま、彼ら外部の人間は来訪者で生贄。殺して神殿に突っ込んで火で燃やせればどんな殺し方でもよかったんとでしょう。それとも、生贄といえど、一つずつ儀式的な意味がある殺し方が必要だったのだろうか?

ペレ以外のアメリカの3人組男たち、ジョシュ一見論文に熱心な真面目な学生かなと思ったが、ホルガに着けば「撮ったらダメだ」と強く言われたものを深夜にカメラでぱしゃぱしゃ撮っちゃうようなヤツだし、マークはいかにも考えが希薄で終始ダニーを快く思ってない。そんな友人たちと付き合うクリスチャンも「類は友を呼ぶ」な優柔不断クズ男。

ダニー、男選び下手かよ…と思うよ。

ペレは善人の皮被ったホルガカルトに染まりきった人間だったし。

ダニーがはやめにクリスチャンから離れて、別れていたら、ダニーはメイクイーンにならなくてすんだのに。

でもダニー、周囲の人にうまく助けてもらうの苦手だものなぁ…。アメリカ医療費高いって聞くけど、両親と妹が死んだ後は精神科のストレスケア病棟などへの入院ストレス専門家ケアしてもらうことはできなかったんだろうか。

それはそれでクリスチャンが見舞いに来て、関係続けそうだなぁ…。入院中にクリスチャンが別れを切り出してさよならしたら、たとえダニーが入院延長なってでもダニーを救えたと思うなぁ。

メイクイーンになったダニーは微笑んでいたけど、

きっとあなたもいずれホルガに殺されるんだろう。

クリスチャンという依存先が、ホルガというコミュニティへの依存に変わっただけ。

そしてきっとこの先のダニーは世間一般的な死を迎えることはできず、ホルガの人々に殺されて生涯を終える。

その原因を作ったのは、間違いなくクリスチャン

そのクリスチャン意識けがある状態で炎に包まれ殺されていくところは、爽快に思った。

ログイン ユーザー登録
ようこそ ゲスト さん