はてなキーワード: 上品とは
よっぽどの非モテじゃない限り、女と飲みに行って「いかに自分が腹黒いか自慢」をされたことがあると思う。
「実は経験人数多い自慢」
「お人好しなお嬢様そうに見えてヤることやってる女を見抜いてる自慢」
正直こんなの自己満オナニーだしくだらなくて鬱陶しいんだけど、「へぇー女って怖い!」って言ってあげると満足そうな顔してちょっと面白い。
(あと女が半数以上のコミュニティではこういう馬鹿女に取り入らないと生き辛くなるし)
この手の腹黒自慢はヤンキーのヤンチャ自慢と同類だと思ってる。中二病的感性というか。マトモな男は半ば引いてるのに、本人は悦に入っててそれに気づかない。
それにこの手の女はヤンキーよりも数が多いから始末に負えない。自分は早稲田卒(同年代の上位10%)だが、周りはこんなのばかりだった。
そして、社会人になって早稲田が特別下品なわけじゃないこともわかった。(より上の大学や早稲田より上品なイメージの某塾もこんな感じみたい)
ある程度の知性はあるのに、自分の痛さを自覚できないってことが不思議でならない。
こういうこと言うと「なに女に幻想抱いてるのダッサ」みたいな非モテ認定してくる馬鹿が出てくると思うが、自分が批判してるのは「女の腹黒さ」ではなく「それをさもカッコイイ事のように話す痛さ」だ。
普通自分のマイナスな部分は隠すのが礼儀じゃないか?どんなに性格が悪くても、それを恥と思い人前に出さないのならマトモな感性を持ってると思う。
大して性格悪くもなれないカッペのくせに自分を小悪魔だと自慢する馬鹿を見ると「それってただの中二病でしょ。不快だからこれ以上喋らないで欲しい」って思うが、言わないのが礼儀だよね。
(あとこういう女に限って年下男の純粋さに対して幻想を抱いてて面白い)
最近話題のマイルドヤンキーって言葉を聞いて真っ先にこの手の女が頭に浮かんだからタイトルに入れたが、あまり関係なかったかもしれない。すまない。
ためしに、一人のうら若い女性を観察すると、清らかに垂れ下がるロングの黒髪、きゃしゃな胴とは不釣合いの豊かな乳房、細くまっ白な美脚が、うるわしいシルエットを形づくり、見る者の目をくぎ付けにしてやまない。
これほど美しい娘が世の中にあるものかと信じられない気持にもなり、ついつい凝視してしまうけれど、あんまり眺めていると変態になってしまうから、そこは理性を働かせて目をそらすよう努める。
そう思って顔を上げると、いつのまにか目前には美女の後ろ姿があった。
しとしとと降り注ぐ雨の中、傘をさして淑やかに歩を運ぶ彼女は、淡い茶色に染めたショートヘアを可愛らしくなびかせ、小ざっぱりとした服装から、おとなの女性特有の優雅なオーラを存分に漂わせている。
気を失いそうになるほどの上品な香りが鼻から全身を貫いて、ともすると後ろから抱きつきそうになるけれども、やはり自分が人間であることを言い聞かせて我慢する。
うしろからでは彼女の顔は見えないし、乳の大きさもわからない。
けれども、それがむしろ好いのだ。
この人は世にも不思議な天使で、目鼻立ちはくっきり、豊満な胸はしゃんと主張し、ほどよく引締まるウエストが色っぽいくびれを演出している。
きっとそうなんだと信じた時に、私たちは言い知れぬ幸福を感じるのではなかろうか。
道はまもなく曲がり角に差しかかる。
彼女を天使のままにしておくのも手だが、正面から拝めないのを惜しみ、あえて行動を起こすのも悪くはあるまい。
さりげなく早足になり、天使を追い越したら、満を持して一瞥してみる。
なーんだ、おばさんか。
すこし残念がって、もういちど前を向く。
それもまた、好いではないか。
中国料理の調理法には数多くの流派がある。そのうち最も影響力があり、代表的なものとして社会的に公認されている料理は山東料理(魯菜)、四川料理(川菜)、広東料理(粤菜)、福建料理(閩菜)、江蘇料理、(蘇菜)、浙江料理(浙菜)、湖南料理(湘菜)、安徽料理(徽菜)があり“中国八大料理”と称されている。これらの料理系譜の独特な調理法は、調理法形成過程、その地方の歴史と切り離して語ることはできない。またその地方の地理的条件、気候条件、特産資源、飲食習慣などの影響も受けている。八大料理の擬人化表現として、江蘇、浙江料理は清楚な素面の江南美人、山東、安徽料理は古風で質朴な北方健児、広東、福建料理は風流典雅な貴公子、四川、湖南料理は造詣深く才気あふれた名士と表現されている。中国“八大料理”の調理法はそれぞれ長所を有し、長い歴史が生み出したものである。
一 山東料理(魯菜)
宋朝以降、魯菜は“北方食”の代表となった。明、清時代には魯菜が宮廷料理の主流となり、北京、天津、東北各地に対して大きな影響を与えた。現今の魯菜は済南、膠東両地方の地方料理が発展したものである。その特徴の爽やかな香り、新鮮な柔らかさ、純粋な味で世に知られ、コンソメ(清湯)とクリームスープ(奶湯)の調理法に長じ、コンソメは淡白上品、クリームスープは純白で濃厚である。済南料理は煮炒め、遠火焼き、油炒め、揚げ物に長じ、有名な料理には“糖酢(甘酸っぱい味付け)黄河鯉魚”、“九転大腸”、“湯(スープ)爆(煮炒め)双脆”、“焼海螺(ホラガイ)”、“焼牡蠣”、“烤(焙り)大蝦”、清湯燕巣“などがある。
二 四川料理(川菜)
秦末から漢初期にかけて初期的に形成され、唐、宋代に急速に発展し、明、清代にはその名声が全国に広まり、現在では世界中に四川料理レストランを見出すことができる。正統四川料理は成都、重慶両地方の料理に代表される。精選された原材料、規格の重視、主従明確な盛付けの彩り、鮮やかなハーモニーを誇っている。酸味、甘み、痺れ感、辛味、巧みな油味、濃厚な味付けが特徴で、調味料として三椒(唐辛子、胡椒、花山椒)と生姜は欠かすことができない。他地方には余り見られない辛味、酸味、痺れ感のある料理として人口に膾炙し、四川料理独特の風格は“一皿一味、百皿百味”と賞賛されている。調理法は焙り、遠火焼き、揚げ炒め、蒸し物に長じる。四川料理は総合的な味付け、濃厚なだし味に特徴があり、塩味、甘み、痺れ感、辛味、酸味の五味を基本として、さらに各種の調味料を配合し基本的家庭味、巧みな塩味、魚香味、レイシ味、複雑な妙味など23種類の複合味付けが) 確立されている。代表的な料理には“大煮干絲(干し豆腐の千切り)”、“黄燜(醤油と酒の煮込み)鰻”、“怪味鶏塊”、“麻婆豆腐”などがある。
三 広東料理(粤菜)
前漢時代にすでに粤菜の記載があり、南宋時代には皇帝付きコックが広州に随行する影響を受けた後、明清時代に急速に発展し、さらに対外通商開始後は西洋料理の長所を吸収するとともに粤菜も世界に普及し始め、現在、ニューヨーク市だけでも数千の広東料理店を数えるに至っている。広東料理は広州、潮州、東江の三地方の料理を代表として形成されている。原材料の種類は豊富で新奇を好むので変化に富み、旨み、若い柔らかさ、爽やかさ、滑らかさを重視している。一般に夏秋には淡白を求め、冬春には濃厚に傾く。味付けにはいわゆる五滋(香り、歯ざわり、臭み、滋味、濃厚さ)、六味(酸味、甘み、苦味、塩味、辛味、旨み)の別がある。調理法はソテー、揚げ物、餡かけ、煮込み、揚げ炒めなどに長じ、盛付けの彩りは重厚で、その滑らかさは飽きが来ない。蛇、ハクビシン、猫、犬、サル、ネズミなどの野生動物調理で名高く、有名な料理には“三蛇竜虎鳳大会”、“五蛇羹(濃厚な吸い物)”、“塩火局(蒸し煮)鶏”、“牡蠣油牛肉”、“烤乳猪(子豚)”、“干煎(油煎り)大蝦碌”、“冬瓜盅(杯)”などがある。
四 福建料理(閩菜)
福建料理は福建省閩候県に起源を発し、福州、泉州、アモイなどの地方料理を代表として発達してきた。その特色は色調が美しく、淡白で滋養があることで名高い。調理法は油炒め、餡かけ、ソテー、煮込みに長じ、特に“酒糟味”は独特である。福建は東南の沿海に位置しているため、ハモ、アゲマキ、イカ、イシモチ、ナマコなどの海鮮が豊富で、それらを原材料とした調理法に独自のものがある。有名な料理には“仏跳墻”、“酔糟鶏”、酸辣爛魚“、“焼片糟鶏”、太極明蝦“、清蒸加力魚”、“荔枝(レイシ)肉”などがある。
五 江蘇料理(蘇菜)
南北朝時代に発祥し、唐宋以降は浙江料理と覇を競って“南方食”の二大大黒柱となった。江蘇料理は蘇州、揚州、南京、鎮江の四大菜を代表として構成されている。濃厚さの中に淡白さを有し、ふんわりとして香り高く、スープだしは濃厚であるが嫌味が無く、口当たりは柔らかで甘みのある塩味がその特色である。調理法は煮込み、遠火焼き、蒸し焼き、油炒めに長じる。調理する時には原材料を厳選して配色、盛付けを重視し、四季の別がある。蘇州料理は甘みに特徴があり、彩りのハーモニーが素晴らしい。揚州料理は淡白で口
当たりがよく、主食材の味がうまく引き出され、切り込み法に優れて味がよく滲みこんでいる。南京、鎮江料理は濃厚な味付け、精緻な造りで、特にアヒル料理はその名が高い。有名な料理には“清湯火方”、“鴨(アヒル)包魚帳翅”、“松鼠桂魚”、西瓜鶏“、“塩水鴨”などがある。
六 浙江料理(浙菜)
杭州、寧波、紹興、温州などの地方料理を代表として発達してきた。その特徴は淡白、香り高さ、歯ざわりのよさ、若い柔らかさ、爽やかさ、旨みにある。浙江は魚、蝦類の産地であり、また山紫水明の有名な観光名勝地であるため、民間伝承の有名料理も多く、造りも精緻で変化にも富んでいる。調理法は油炒め、揚げ物、揚げ炒め、餡かけ、蒸し物に長じている。盛名を誇る料理には“西湖酢魚”、“生爆鱔片(タウナギ)”、“東坡肉”、“竜井(竜井茶)蝦仁(エビの剥き身)”、“干炸(粉衣揚げ)響鈴”、“叫化童鶏(若鶏)”、“清湯魚圓(魚のすり身団子)”、“干菜(乾燥野菜)燜肉”、“大湯黄魚(イシモチ)”、“爆墨魚(イカ)巻”、“錦繍魚絲”などがある。
七 湖南料理(湘菜)
湘江流域、洞庭湖周辺、湖南省西部の山間地帯の料理を代表として発達してきた。その特徴は材料の幅が広く、油濃く鮮やかで、唐辛子、燻製肉を多用する点にある。味付けは新鮮で香ばしく、酸味辛味が強く、柔らかく口当たりがよい。調理法は塩漬け肉、魚、燻製、蒸し焼き、蒸し物、煮込み、揚げ物、油炒めに長じる。有名料理には“腊(塩漬け肉)味合蒸”、“麻辣子鶏”、“紅煨魚翅(フカヒレ)”、“湯泡肚(臓物の胃)”、“氷糖湘蓮(蓮の実)”、“金銭魚”などがある。
八 安徽料理(徽菜)
長江沿岸、淮河沿岸、徽洲の三地方料理を代表として構成されている。その特徴は原材料選定が質朴で、火の使い方を重視し、油がきつく色鮮やかで、スープだし、原材料本来の味を維持するところにある。安徽料理は山海の珍味で名高く、南宋の頃には早くも“沙地馬蹄鱉、雪中牛尾狐”が有名料理として知られている。調理法は遠火焼き、煮込み、煮物に長じている。有名料理には“符離集焼鶏”、“火腿(ハム)炖甲魚(スッポン)”、“腌鮮桂魚”、“火腿炖鞭笋(竹の地下茎)”、“雪冬焼山鶏”、“紅焼果子狸(ハクビシン)”、“奶汁肥王魚”、“毛峰燻鰣魚(ヒラコノシロ)”などがある。
酱烧青蟹:蟹の味付煮
生炒鳝鱼片:田うなぎのこまきり炒め
红烧甲鱼:スップンの甘煮
麻婆豆腐:マーボーどうふ
樟茶肥鸭:楠の木と茶の葉でいぶした鴨
广州料理
脆皮鸡:広東式揚げ鶏
锦绣排翅:ふかのひれのうま煮
鲍鱼香茹:鮑とマシュルームのあんかけ
生炒鲜干贝:生貝柱の炒め物
中国についてアナタはきっと強く好奇心を持っていますね~(^ω^)(^ω^)(^ω^)まあ、もっと詳細の中国の基本情報は下のサイトをご参照ください。
メールアドレス:cs1@japinchina.com
寝かしつけるの大変だけどね…
やっと寝てくれたよ…
まあでもアレだね。こうやってスヤスヤ寝ている寝顔を見てると、親になってよかった、ってほんとに思うよ。
ところで、先週、夫の実家から妙なものが送られてきたんですよ。
私の誕生日でもないし、夫の誕生日でもない。娘の生まれた日も違う。
送り主は夫の父親。それはハッキリ書かれてた。
紅茶は今にも降り出しそうな曇天の日に、なんの前触れもなく、送られてきた。
すぐに夫の母親がでた。「あらXXXちゃん。お久しぶり」チャーミングな声が聞こえてきた。
彼女はそれなりの歳だが、誰に対しても愛嬌の良いキャラクターで、私との仲も良好。
「お久しぶりです、お義母さん。あいも変わらずお元気そうですね。ところで、昨日、紅茶を送って頂きましたね」
「ええ、送ったわよ」
にっこり笑う義母のほほえみが目に浮かんでいたが、実際の私は、リビングの真っ白な壁を見つめて話していた。
「いつもありがとうございます。ところで、昨日は何かの…記念日でしたっけ?」私は聞いた。
「いいえ? 記念とかではないけど?」
もちろん、人によっては、特に目的も記念日も関係なく、プレゼントを送る、という人もいる。
母の日や結婚記念日にさえ、電話すら寄越さない孤独な人間がいる一方で、相手を喜ばすためにはタイミングを選ばない人がいる。
そして殆どの人間は、両者の中間に属する。すなわち、送るときには送り、送らない時には送らない。
相手を喜ばしたい一心で気持ちを込める時もあれば、ただの義理で仕方なく送るときもある。
人生のフェーズによって、相手との関係性によって、その時の気分によって、態度を変える。
波に揺れる葉っぱのように、ゆらゆらと。それがノーマル・ピープルだ。
夫の母親と違って。
夫の母親は、”どんな時でも必ず、例外なく、体面を取り繕うためだけに行動する”。
首尾一貫しているといえば聞こえはいいが、実際に接してみると異様そのものである。
数年前、夫の弟が死んだ。
死因は水死だった。
冬の日の海岸に、うち捨てられているのを、犬の散歩をしていた老人が発見した。
夫の弟は独り立ちしてからずいぶん経っており、かなりの間、実家とは疎遠だったらしい。
綺麗に化粧された弟の遺体を前に突っ伏し、嗚咽した。彼の名前を何度も呼んだ。
でも、夫の母親は父親の再婚相手だ。しかも彼女は、夫の弟が自立した後に再婚した。
だから、二人には関係性が殆どない。正月にさえ顔を合わせることはなかったと聞いている。
それを私は知っている。夫も知っている。けれど、葬式の参加者はおそらく知らない。
だれもが皆、彼女に向かって、ご愁傷さまです、ご愁傷さまです、と声をかけた。
彼女は涙を拭き、深々とお辞儀をして、恐れいります、恐れいります、と繰り返した。
ズレに気がつく人はいない。
正直に言うと、私はその時まで、彼女のことが好きだったと思う。混じりけなくストレートに、好感を持ってたんだ。
でもその日は、ただただ、「イヤだな」と思っていた。
「XXXちゃん? ひょっとしてご迷惑だったかしら? 紅茶は嫌い?」
「いえ、正直紅茶は好きです。ちょうどパウンドケーキがあるから、一緒にいただきます。そうだ、切らしていて、買わなきゃ、って思ってて忘れてました。
送っていただかなければ、夫と私は、緑茶でケーキをいただくところでした。あの人も紅茶好きだから、ブーブー言われなくて済みましたよ」
「ええ、もちろん知っているわ。良かったわね。タイミングがよくって」
でもその晩、夫は帰ってこなかった。
久々に仕事で遅くなる。会社に泊まる、と携帯にメールがあった。
とても短くて簡潔なメールだったのが、嫌だった。
いつも夫はメールが長い。世間では女のメールは情報量が多くて、男は要件だけを淡白に述べるそうだが、
ウチは逆だ。
ねえねえXXXちゃん、帰りがけにスーパーでいいもん見つけちゃった。なんだと思う?(答えはスクロール)
(数行空く)
答えは”新たまねぎ”!
これでサラダ作るとウマいんだよねー。普通の玉ねぎよりちょっと高いけど、その分、味が段違い!
あ、ところでひょっとして、晩ごはんもう作っちゃった? いつもありがと~。
まだなら、お惣菜も買って帰ろうか
たまには手抜き家事にしてもいいんだよ。とは言ってもモチロンXXXちゃんの料理が一番だけどねー☆キラリン
…とか言ってみたりして。ハハ。
以上だ。手が空いてないなら返信は無くてもいい。30分で帰宅する。
これに対して私は、”おつかれ。ありがと。買ってきて”と返す。
その日の夕食は、お惣菜をあたためたものになる。私は、味噌汁だけ作る。
中身はティーバッグじゃない、ちゃんとした茶葉のやつだ。缶入り。
始まりは、軽い拒食症。今までは三食食べない日はないぐらいだったのに、貧乏学生スタートと共に昼ごはん抜きの生活が始まった。朝は毎日ハムサンド。昼はなし、若しくは甘いコーヒー。夜はまずはサラダ一皿山盛り食べてから、好きなモノを食べるってルーティーンだった。最初はキツかったけど、その内やりくりしてる自分が楽しかったし、何よりもそれで平気になってた。お腹がグーグー鳴りっぱなしでも、我慢している自分素敵☆みたいな。そんな生活を続けてて、久しぶりに体重はかったのね。そしたら、今までないぐらい痩せてて、体脂肪も初めて見る数字で、小躍りするぐらい嬉しかった。思えば、ここからが軽い拒食のスタートだったのかも。
自分の家には体重計がなかったんだけど、何とか前見た数字より増やしたくなくって、夕食の量も減らすようになった。甘いものも大好きだったのにめったに食べなくなった。毎日カロリー計算してくれるサイトに行っては、「摂取カロリーが少なすぎます」って見てほくそ笑んでたし。皆となにか食べるときも、絶対少ししか食べなかったし、周りの人が自分以上に食べているのを見るので優越感に浸ってた。たまにジム行っては体重量って、一人でニヤニヤしてた。特に運動しなくても六キロぐらい痩せて、ガリガリまではいかなかったけれど、今までそんな痩せたことなかったから幸せでいっぱいだった。ちょと甘いモノ食べたって、体重にほとんど影響与えなかったし、大体二日後には増えた体重も元通りだった。
ある日、「どうせご飯一日抜いたらすぐ戻るしー」って思って、ずっと我慢してた甘いもの食べたのね。それが忘れられなくて、一週間に一回のデザートが3日おき、毎日、一食が甘いものって推移していって、体重もあっという間に増えた。一日ご飯抜いたところで、もう戻らなくなってきたのね。それから過食の始まり。今までやけ食いなんてしたことなかったのに、一度したらやめられなくなった。ストレス→ドカ食い→自己嫌悪→ストレスの無限ループ。一回の過食も段々量が増えてった。別にお腹が空いてもないのに、「なにか食べたい、なにか咀嚼したい!」って衝動が止められなかった。気がついたら冷蔵庫やフードストッカーを漁る日々。拒食期の時に食べ物への執着が育っちゃってたのかもね。私の場合、吐くのが無理だったから体重はうなぎのぼり。その内、「飲み込まなきゃいいんだ!私って天才☆」とかバカな考えをおこしてチューイングも始めるようになった。食べ物捨てるのに罪悪感があるから、あんまりはしないんだけど。それでも明らかにカロリーが高い甘いものがどうしても食べたくなった時は、口に詰め込んで咀嚼しては吐き出すってことをしてた。
これじゃヤバイって思って運動も始めて、毎日20キロぐらい走ってた。でも相変わらず暴食の発作はあったから、体重は増えはしなかったけど、減りもしなかったのね。筋肉はついたんだけど、結局厚い脂肪に邪魔されて、あんまり見た目でよく分からなかったし。その内足壊して、ジョギングが出来なくなって、ジョギング習慣もストップ。元から走るの嫌いだったし、正直いい口実が出来たって思ってた。それで案の定、筋肉は落ちて体はブヨンブヨン。頑張って運動続けてたけど、体重は変動せず。そして過食衝動も相変わらず。
それが最近、家にいることが多くなって、食べ物にアクセスするのが簡単になったのね。誰にも見られてないから、甘いものも買い放題、食べ放題、チューイングし放題。頭では「駄目だって」って思ってるんだけど、一度何か口にしたら、もう何も考えないであれこれ食べまくってる。無意識って訳じゃないんだけど、無我の境地に入ってる感じ。食べてても嬉しいとか美味しいとか思ってないから、無表情だし。
ドカ食いしてる時って、食べ方が上品じゃないのよね。入れ物から直食いとか、立ちながら食べるとか。畜生だってもうちょっとマシな食べ方するよってぐらい。その姿が醜くて、我慢できない自分が情けなくて、増える体重も弛んだお腹も、痩せてる他人を僻む歪んだ心も何もかもが嫌い。
人前ではそんな食べ方絶対しないし、誰にもこんなことしてるなんて言ってない。だから「あの子太ったわね」って思われてるだろうけど、「あの子やばくない?」ってバレてはない。このままじゃ結婚どころか、彼氏だって出来やしねー。誰にも言えないから、吐き出したかった。もちろんもっと酷い症状に悩まされている人がたくさんいるのは知ってるし、私はまだまだ恵まれてる方だってのも知ってる。だけど私も私なりに苦しい。けどこれで誰かを不快にさせてしまったら、申し訳ない。
Web関連で働き続けて15年、ホームページを作り続けて20年ほどたつ某Web屋さんです。
制作は卒業し、いわゆるPM業務専業でやっています。WBSとBacklogが友達です。
最近他社の人と仕事をしていて感じることはWeb界隈の人って仕事に対して上品な人が多いように思えます。
いや、下品なことをするの良しと認めるわけではないのだけど、事前の根回しをしていないとか利害関係者との調整をしていないとか、なんというか清い仕事のしかただなぁと。
毎回資料作って打ち合わせ当日に発表、みたいな。先方担当者間の事前の調整とかもあまりない。
SIerと仕事をすると、事前のネゴは非常に重要視していて、お願いすれば動かせてもらえるし、動いてもくれますが、Web専門の会社の方は内にも外にも大なり小なりあまりそういったことが得意ではない様に感じます。
おかげで調整がつかない、要件が決まらないというような直面によく陥るのだけど、このあたりって人間性なのか。
PMのスキルを持っていても上記のことができていないとプロジェクトの空回り感があっていまいち進行度合いに対しての達成感がないんですよね。
業界も10年以上たち、成熟してきているとは思いますが、全体的におとなしい人や心の清い人が多い業種なのかな、と最近思います。
私の性的嗜好「あしフェチ」について書きます。なお、足も脚も好きなので「あし」と表記いたします。
性別:男
年齢:30
小学5年生のころ、友達のお姉さん(中1だったと思います)が浴衣を着ていて歩いているのを後ろから目撃しました。
これが私の今に至るあしを廻る旅路(グレートジャーニー)の始まりとは思いもよりませんでした。
すごくドキドキしてしまい、しかもその感情が何であるかわからない小学生の私は、この一件以降しばらく友達の家に遊びに行けませんでした。
お姉さんに会って足を見てしまったら私はどうなってしまうのか。
この時期にあっては、興奮よりも不安のほうが、まだはるかに高かったのです。
急に家に遊びに行かなくなり、友達からは怪訝な顔をされましたが、理由も言えるはずなく。
小学校高学年になるとオナニーを識る年になります。小学生から中学生にかけて「本当は何か悪いことをしているのでは?」というわずかな疑念を持ちながらも、私もオナニーに耽溺していました。
ネタは紙媒体においてありきたりなコンテンツだったと思います。インターネットは黎明期でした。
オナニーをする際に、現実にいる人や事象を想像して事をいたす場合があります。私の場合はバレー部の格好にドキドキしてしまいました。
ふとももですね。ふともも。
ふともも、それぞれ個性があるわけです。色や太さ、肌の感じはもちろんですが、同じ太さでも筋肉の付き方や骨太かどうかでも変わってきますし、なにより身長の度合いで全体から見た印象も大きく変わってきます。
ここであまりお胸に目がいかなかったことが、私の嗜好進路を大きく変えたと思っています。
ふとももに行ってしまったわけですね。胸なんて、初めて彼女の胸を揉んでからその有難さに気付いたくらいです。
オナニーは自分で致すわけですから、その精神性(スピリッツ)や理念が重要になってきます。そこでは今に至るまであしが趨勢を占めています。
バレー部の女子たちのふとももは、鍛えているだけあって基本的に締まっておりいいものでした。
建設会社社長の娘がバレー部におりまして、彼女もふとももを晒しているわけです。
普段は上品な格好・立ち居振る舞いをしていてふとももなんて部分は露出しないのに、部活においてはそれが正しい恰好となるわけです。
その錯綜感に興奮し、気が狂いそうになりました。
全体の理念と関わる話ですが、女性のあしってのは本来はあまり見える部分ではないものであると思っています。
勿論これは前時代的な考えで、現代の女性はあしに限らずいろいろな部分の肌を露出しているのでこの限りではないことは解っています。
でも小学校の時女性の足の裏を初めて見て興奮したのを何故だろうかと考えた時、やはりこの本来見えない部分が見えてしまったという要因が性的衝動に繋がったと思っています。
そういう本来隠される部分が顕になるとき、人は性的興奮を覚えるのではないでしょうか?
バレー部の社長の娘さんは普段おしとやかで成績もよく…といった感じを地で行くそれなりの美少女だったのです。
そんな彼女の太ももは本来隠される部分であるにもかかわらず、今ここに顕になり、スパイクを打つ際には筋肉の躍動をはっきり目視できるほどに眼前にある。
私のあしフェチの根底に流れる理念にはこういうものがあるのだと今でも感じています。
端的にいえば、ギャップですかね。倒錯というか。
特に脇フェチはあしふぇちの親戚であると勝手ながら思っています。
これは難しい問題です。この文章を書きながら嗜好を整理する中で解るかもしれません。
バレー部に興奮した私は、もちろんその隣で練習するバスケ部にも目を光らせていたのでした。
でもそんなに興奮しませんでした。
今その理由を顧みると、多分ですがバスケ部がゆったりといたユニフォームを着ており、全体の(あし全体のという意味と、身体全体から見たあしという意味の2重の意味において)バランスを捉えにくい恰好であったためと想像されます。
その点バレー部はふくらはぎもソックスをはいていて全体像をイメージしやすい恰好だったわけですね。バスケ部は太もも部分においてこれができない。ここに違いがあります。
あとバスケ部にそんなかわいい子がいなかった、という現世利益的理由もありましたが、ちょっとこれはこの文章の本旨とは離れますね。
ともあれ、私のフェティシズムは、パーツだけで完結しないことを言いたいのです。ですから私の性的嗜好をフェティシズムというのは、もしかしたら間違いなのも知れません。
とにかく、あしが全体からみてどう構成要素となっているのか。私にとってこれが重要なのです。
先ほどバレー部のところで書いたように、それぞれのあしの個性がそのひとの全体から見てどうなのか。
そして、建設会社のお嬢さんのところで触れたように、その人の身分や役割、立場を踏まえたうえであしを見る。
こういうその人の持つ背景的意味でもその人自身とあしが関係性を持ちます。
あしがその人全体からみてどうなのか、とはこういうことです。
なんだか抽象的なことばかり書いてしまいましたが、私の理念を先に書いておいた方が解りやすいと思ったためです。
疲れたので、これ以降は次回に書きますが、次回以降はもっと具体的にあしのどこが好きか、どんな感じのあしが好きか、どんどん話していこうと思っています。
職場の38歳独身男性と、趣味のオフ会コミュニティの30代独身女性が、腫れ物扱いされている。
プライドが高く、彼が発言した横文字の使い方が間違っていたとしても、険悪になるので誰も指摘できない。
独身女性の方は、お姫様とまでは行かない、お嬢様?みたいなファッションを好む。
「おしとやかで上品な人」というより「おしとやかで上品な人と思われたい人」という感じ。
それぞれ自分の中に理想の自分像があって、それを壊されないように守りながら生きている感じがする。
だから話しているとなんとなく疲れる。話しているだけで疲れるような人と結婚したい人は居ないだろうなと。
今朝は母と軽い言い争いをした。
母はなんでも我慢する。
言わないで、我慢して震えてる。
私はそれが嫌だ。
辛そうな疲れたかんじで、少しも笑ってない笑顔で「ウン…わかった。わかったよ。もういい。」っていう。
その姿を見るたびに腹立たしい。自分に酔ってやがる。
母はいつもいつも「あなたのため」といって、自分を犠牲にして何か世話を焼きたがる。
私が勉強で1位になったり受験に合格したときは、私よりも泣いて大喜びしてくれた。
でも勉強しろとあまりにも煩く、満点取らなかったらクラス最高得点でも怒られたし、禁止事項も多く、人を見下す発言が多い。
そしてよく「お前は母の半身で大切だ。愛してる。お前の人生はお前のものだけど、母の人生でもあるんだよ」とニコニコして言う。
だから私も母に甘えて抱きついてニコニコしながら、内心いつだってビクビクしている。
精神的束縛だ。
こんなの、居ない父(居たとしても[愛情]が欠落してるような人間)へのさみしさを私で紛らわせてるだけじゃないか!
しかしそれは私も同じなんだ。慢性的な孤独感と空虚感、罪悪感、焦燥感、自信のなさをどうにか紛らわせたくて、母に異常に擦り寄り甘えるのだ。
共依存。
まったくもって、共依存。
わたしたちの共依存には、同居してた父方の祖母の話も必要かな。
祖母は習字教室の先生をしていて、私は幼稚園ときから家の一角に通っていた。
書いた字を見てもらうため順番に並ぶのだが私は「家の子だから」と順番を後回しにされ、私だけ毎週「クズ・おばかで落ち着きがない子・のろまむすめ」などと皆の前で罵られていた。
この人、外ではとても上品そうでいい顔をする。そして典型的な悪の姑。父が不在の家で、母はいつもこの人に虐められてた。たとえば、母が風呂に入ってる時故意にお湯を止められたりとかね。
しかも祖母はアルツハイマーになり性格のクソさ&介護のクソさが日々激化していった。
母の気丈に振る舞う姿をずっと近くで見てて、糞ババアから私が守らなきゃって思った。
ちなみにボケ防止という名目で既にボケ始めてからも数年は習字教室運営は続行された。年々減る生徒。ボケる祖母。タゲられる頻度が増す私。
泣いて辞めたいと毎週母に訴え、忘れもしない、結局2年後の小6冬、罵りに耐えきれず書初練習を途中で放棄したことにより私の習字という苦行は終わった。
私は素直で明るいピュアな優等生というのがポリシーであったが小5くらいには祖母に対して怒りで満ちていてた。第5日曜のオツベルの象な感じ。
高学生のときには痴呆の進んだ頭の回転の早い祖母と激しく罵り合うことが頻繁にあった。本気で殺したいと思うほどに憎く、汚らわしく思っていた。
そんな感情を抱く自分も同じくらい穢らわしくて、もうピュアには戻れないんだろうなって悲しくてよく泣いた。
このとき通っていた進学校の勉強に私は全く着いていけなくて、アイデンティティが砕けまくりで、唯一の癒しの部活を禁止されたりして、遅刻を繰り返して、ゲームに没頭して、自分を諦めていて、勉強しなさいという母に祖母と喧嘩するのと同じテンションで言い返するようになっていた。
この頃から、我慢する母にも怒りを感じ始めた。
母は日増しに疲れていった。
なぜ?なぜこの人はただ耐えるのか。
何度も聞いたけど「耐えるが勝ち」みたいな答えでよくわからない。だってそんなに不幸そうな顔するのに。イライラする。私のせいだ。守りたかったこの人を傷つけてるのは私自身なんだ。
でも母はひたすら耐えてひたすら傷つく。なんでよ?痛いって言ってよ。
私は「辛いなら言って。力になりたい。」といつもいうのに、母は「うん」といいながら全然言ってこない。
悔しい。
私は一体なんなのだ。
イライラする。そうこうしてるうちに、さらにヒートアップしてしまう。止まれない。私には止まれない。耐えたくない。母みたいになりたくない!感情が爆発させる。母にも感情を爆発してもらいたいという希望も込めながら。
母は私を怯えるようになった。
私はいつも怯えて生きてるというのに。
鬱のような。でも鬱じゃないような。
大学1年で一人暮らしのとき、ある日突然涙が止まらなくなって動けなくて、本格的にメンヘラの仲間入りを果たした。
ホームシックだと思う。共依存が抜けないんだ。自立しようなんで思ったことを1度もなかったもん。
薬も飲んだし過食したし不眠したし過眠したし引きこもったし大学もたくさんサボった。鬱とか非定型うつだとか色々考えたけどどれもしっくりこなかった。
アダルトチルドレンだけは当てはまった。親にも言った。伝わらなかった。全く伝わらなかった。
へーそう。だから何?親のせいにしたいならすれば?って言われた。
信じてなくて、どうでも良さげだった。鬱とかACとか相談するたび、朝の星座占いぐらいに信じてなくて、聞き耳もたれなかった。
もう何をいってもダメだ。だめなんだ。
もう私が親から離れるべきなんだ。
ここ最近一番死にたくなったのは、母のためにUターン就職して、ブラックなとこで心身共に疲れて結局すぐ退職して近所の雑用バイトを始めたとき「べつに地元に拘らずに東京で一人暮らしで働いてもいいじゃん?」といけしゃあしゃあと言われたことだ。居てくれたほうがいいって言ってたくせに。
何言いたいか分からなくなったよ。
いいや、とくになにか主張したいんじゃない。
ただ、言いたかっただけなんだよね。
性格悪いよね。こどもだよね。でもこれが私なんだよ。
なにもかも味気なく感じる。ジェットコースターとか乗るときだけ、マジに心が動くってかんじかな。
悲しいな。
FBをやめることにした。
言葉自体はね、すこぶる上品なんだけどね。みんなそこそこしっかりした会社のそこそこ良いポジションにいらっしゃる方々だから。
「取引先のクズっぷりについて」
そして
「使えない奴らを上手く使いこなす俺、おつかれ!」
「キレないで上手く諭した俺、大人!」
「いつになったら日本は良くなるんですかね(ハァ」
お上品な言葉で匿名でつぶやくようなクソみたいな内容実名でダーダー吐き出してるわけ。
もうね、内容は全ッ然上品じゃないのよ。
糞溜めのクソを桐箱に詰めてリボンかけても中身はクソなのよ。わかってよ。
で、実名で閉ざされたコミュニティだから、同意しない人は黙ってるけど同意する人はイイねしたり「わかります」とかコメントしちゃうわけね。
少人数のくくりになればなるほど、つまりはそこが愚痴吐き部屋になるわけなので、ものすごいきったない愚痴がどんどんたまってく。
普段は良識ぶったひとがえっらい愚痴をブリブリ放り出したりしていて、それはそれで仕方ないし精神衛生上悪いことじゃないのかなとも思うんだけど実名で顔写真乗っけながらそんなこと出来るってのがすごいと思う。
俺に言わせればあれだね、実名だとクリーンなネットコミュニケーションが出来るとか言うのは幻想だね。
閉ざされた空間は自分たちしか居ないっていう開放感があるから、ものすごい言葉が汚くなる。
スーツを着ていた。同じ就活生だろうか。真っ白い肌と黒髪が印象的だった。
あんな子と付き合ってみたい。今まで、出会いすらなかったぞ。
アドレスを聞こうかと思って迷っていた。
すると急に電車が激しく揺れた。
ブーケトスのブーケを待ち構えていた女たちのように、
俺はボールペンを拾いにいった。
「落としましたよ。」
「ありがとうございます。」
彼女はまるで「貴重なお話ありがとうございます。」とでも言うように、
またも行儀よくこちらに微笑んだ。
キレの良すぎる態度と声に、少しびっくりした。
彼女はさっきの「ありがとうございます。」とは打って変わって、
「ほんとぉー?」
とニカッ、と笑ったあと、
ドサッ、と俺の隣に座り、
緊張の糸が切れたようにべらべらとぐだぐだと喋り始めた。
いきなり、ギャルのような鼻にかかった声に変わってしまったことにびっくりした。
化粧もまつげも異常に濃かった。
髪は近くで見ると、不自然なまでに真っ黒だった。
「私ねー地方から就職活動に来てるのー。」「そうなんですか。」
「山手線の車内の画面にびっくりしちゃってねー、」「ああーそうですよね、」
「・・・新宿駅なんかー、いっぱい人がいて、あたしの街でいちばんおおきい××駅なんかとくらべたら・・・・」
「・・・・でもっ、東京で就職したい!っておもってるからー、・・・・・・」
あたしのようなバカがとれるのか、
どうにかしたい、ということ・・・・
一通り話が済むと、「あ、もうそろそろ私、このへんでー。」と言って、彼女が席を立った。
アドレスを教えてほしいんです。と言おうと思っていたのに、タイミングを逃した。
話し終わって、しばらくぼーっとして、気付いた。
「ありがとうございます」と言われた時は、あんなに清楚で上品な子に見えたのに、
プライベートの会話をしている時の彼女は、明らかに就活生のコスプレをしたギャルだった。
しかし遠目で見ていたときは、一目惚れするだけの魅力があった。
黒髪・ナチュラルメイクで清楚にキメた就活生の中に、彼女のようなギャルはいくらでもいるのだろう。
そして就活が終わった暁には、また髪を脱色し、カラーコンタクトを入れて、ギャルに戻っていくのだろう。
女は演じる性だ、という誰かの言葉を思い出した。
『優』って漢字が好き。『優しい』の柔らかい響きも好き。できれば僕も優しい人間になりたい。
じゃあ、『優しい人』ってどんな人なんだろう?
【優しい】
1.上品で美しい感じだ。優美である。2.素直でおとなしい感じだ。
類語:穏やか。温和。柔和。温厚。
だそう。優しいって、ものすごくふわっとした意味だと思う。親切とも違う、感覚的なもの。
結論から言うと、優しい人=優しくなりたいと思っている人 だと思う。
自分の”優しさ”を自覚した時点から、今そのときの思考や行為は”優しさ”ではなくなる。
だから、優しいと自負している人って、どこか偽善くさい印象がある。そして”自称優しい人”が僕は苦手。
本当に優しい人は、自身が優しい人間であることを自覚することはないけど、そう思い続けている間は優しい人間になれているんじゃないかな。
もちろん自分が経験した範囲だし、嬢次第なので過度に一般化する気はないです。
でも下手な子が多いと思う。
それも、売れてる子ほど、そういう傾向が強い。
女の子付いて、アイスブレイク程度の会話も無しにいきなりブッチューと強く押し付けてくる嬢のいかに多いことか。
こっちも酔ってたり、気分が高まっているときだとそういうので感じてしまうこともある。
だけどいきなりそんなにテンションが上がることは少ないし、何よりそういうジャンキーなプレイはすぐに飽きる。
これは嬢というより、客である男の方に問題があるんだと思う。
客がそういうジャンキーなプレイで喜んでるから、そういう嬢が売れてしまうんだろう。
まぁ積極性はあるので、ロクにサービスもしないような嬢より人気があるのはわかるんだけど。
今日は俺がもっと上品なセクキャバの楽しみ方をお前らに教えてやろう。
とはいってもお前らが一方的に楽しいだけじゃなくて、嬢にとっても楽しいイチャイチャ時間を楽しんでもらえることにも繋がるかもしれない。
まぁそれは個々のテクニック次第だけどな。
やっぱり最初は会話なんてしながらお互いの気分を盛り上げていき、ちょうどいいタイミングを見計らって可愛くチュッとしてくれた方が何倍も楽しいものだ。
優しく小刻みにチュッチュとやったり、やさしくすりつけあうようなキスを続けているうちに、お互いの唾液が混ざり合って次第に唇もやわらかくなる。
そこからは軽く (あくまで軽く) 下唇を吸い込んでみたり、お互いの下をからませたり、唇を甘噛みしたり。
あとはキスしながら両手で嬢の体をやさしく愛撫。
始めは服の上から背中を、円を描くように優しくさすって、そこから腕、足なんかも触っていく。足は指とかまでね。
盛り上がってきたら今度は片手は恋人つなぎ、もう一方の手は耳をやさしくさわる。
耳たぶも結構感じてくれる。
これは思った通りの言葉を囁けばいい。
「笑顔がとっても奇麗でかわいいね」とか「唇がとっても柔らかくて気持ちいいね」とか。
基本的には相手のルックス、といってもパーツそれ自体よりは笑顔を褒めてあげるのがいいだろう。
それと君のおかげで楽しい時間を過ごせているよ、っていうことを素直に伝える。
ここまでくればお互いの興奮度も高まっているので、ほっぺたから首筋、鎖骨あたりにもキスをしたり、舐め回したり。
ここら辺でようやく胸のまわりを撫で始める。
だが乳首はまだまだおあずけ。
じらしにじらして、最後に乳首の先に軽く触れたり、やさしくなめてあげれば、体をビクッとさせて反応する嬢も少なくない。
まぁ、相手は演技かもしれないけどな。
最初に「テクニック次第」って書いたけど、これはあんまり正確じゃなくて、どちらかというと「思いやる気持ち」が大事。
おっぱいとかお尻とか男が大好きな部位をいきなり触ったり、強くもみ次第たりはダメ絶対!
やさしく、あくまで優しくさすりながら、少しずつ気持ちを盛り上げていくのが大事。
はー彼女欲しい。
「マナー」の存在意義に疑問を持つ機会なんて誰にだってあるだろうに、それを表明すると、マナー擁護派の中から必ず出てくるんだよ。
「育ちが悪い」っていう最低な言葉で相手を批判する人がさ。
「長いものに巻かれるのも合理性のうちだよ」「伝統の中にはこういう意味もあるんだよ」とか言えばいいのに、
「育ちが悪い」
これを言う人は、自分がサノバビッチ級の罵倒語を使っていることに気づかないどころか、むしろ自分が上品な側の人間だと思い込んでいる。
自分はけっこうマナーを厳しく教えられ、異文化の食事作法を調べて楽しんでたりもしたんだが、それが「文明人」と「野蛮人」を分けるためのツールとして使われるなら、いっそみんな野蛮人になってしまえばいいとさえ思う。
だいたい、「いただきます」を欠かさない人の半分ぐらいは、食べ物やそれを提供してくれる人への感謝なんかより、野蛮人認定されることへの恐怖で言ってるんじゃないの? 今まで手を合わせずに軽く「いただきます」って言ってた人が、「やばいい、この風潮だと、これだけじゃ野蛮人認定される」と思ってあわてて手を合わせるようになったりしてるんじゃないの?