はてなキーワード: ジャイアンとは
う゛ぇ~~~~ん,ドラえもーーーん!
違うよ,そんなんじゃないよ.これ見てよ,僕の渾身の記事にせっかくブクマが付いたのに,「小学生が書いてんのか?」「大脳が壊れたメンヘル」「プリントアウトして病院へ」って叩かれるんだよ~
どんな記事書いたの?
若干煽り気味だけど(小学生のくせに何言ってんだ),そこまで悪くないんじゃない?何で叩かれたの?
コメント見てると,1位「ワンピース」が気に入らないみたい.でもそんなのおかしいよ.
う~ん,まあ,有名だし,みんな知ってるからねえ.みんな自分が知らない新しい情報が知りたいんだよ..
なんだよ,こいつら!僕が善意で教えてあげてるのに!叩きやがって
しかも君の記事見てると,漫画の画像を勝手にうpしているじゃないか,著作権違法で怒られるよ..
え・・(なんだこいつ)
それより,ドラえもん!新しいネタを考えたいからさ,誰にも邪魔されないような道具貸してよ
また?いい加減やめればいいのに..ブログより楽しいこと,もっといっぱいあるよ?
嫌だ嫌だ!田舎で暮らしながらブログを書いて,ブログ収入で静ちゃんを幸せにするんだ!
ガチャッ のび太―,お使い行って・・,あらドラちゃんしかいないの?じゃあいいわ.
にししし,ママ気づいてないみたい.じゃあ僕は裏山行ってくるね.
―― 空き地
二人には見つかってないね,よかった.
スネ夫の奴,今日はなんなんだよ「ボクちゃんのブログは3人用~」だなんて!
共同執筆なんてもっとできるだろうに.僕のブログも馬鹿にして!思い出しただけで腹が立つ!
大体,金かけて気取ってるんだよなあ,
独自ドメインがあって,wordpressに自作テンプレートを作ってもらって,
フォントは,webフォント用のHelvetica にモリサワフォントだなんて..そんなの勝てるわけないじゃないか!
いいんだ!僕には無料の Google Noto Sans があるからいいんだ!スネ夫のブログなんてロード容量重くしてPVが減ればいいんだ.
僕は,記事の内容の質でスネ夫のブログなんて打ち負かしてやる!
あ,静ちゃんが向こうから歩いてくる
シャーーーーーーーーーーーーーーー
おーい!静ちゃn
ガン!
え?
車に轢かれた!?
誰か助け―― グシャ
――22世紀
??「――! あれ?」
??「突然,有名ブログの記事だけでなく,ブログ自体が消えた,どういうこと?ログすら残ってない..こんなことって..」
カチッ
??「大変!はてなが中身のない記事ばかりで溢れてる!このままではいつも以上に荒れ続けるわ!」
??「わたしの好きなブロガーさん..も消えているわ,まずは彼のところへ行ってみましょう. id:nobinobi さんのところへ――」
予告:
(主題歌が流れながら)
??「ジャイアンさんの歌声をフーリエ解析してその周波数成分を取り出せば,あるいは..」
ドラえもんの処理が重すぎる?なら,ぼくが並列処理を書くよ!
大脳が壊れたメンヘル共め,スターはくれてやる,だがこの世界は私の記事だけでいいのだ!(運昇ボイス)
ぼくたちがネットの秩序を取り戻すんだ!
互助会が正しいか間違っているかなんて,僕には...わからないよ..
――のび太君,君は本当にこの世界が必要だと思うかい?(ホモボイス)
ネットの海で一人死んじゃうなんて寂しぎるよドラえもぉーーーーーーーーーーーーん!!!!!
20XX年8月 公開予定
シン・ゴジラを観た。
だが同時に庵野および日本映画の限界を示すドキュメンタリーのような映画でもあった。
この映画は、
復興ありき、
再建ありき、
日本にはまだ力がある、
立ち直れる、
そういう答えがもう先にある。
出来レースっぽい。
これは映画に限らず様々な場面で3.11の震災後なんども繰り返されていることだ。
力があるって主張をかたくなに、ほとんど反駁不可能なイデオロギーのように保持しているのは、
俺は出来る!って盲信しているやつは、強いんじゃなくて自分の弱さを直視できないだけだ。
もっとも、3.11以降繰り返されてるそうした自己欺瞞的な合唱に飲み込まれることは、まぁ仕方ない。
この作品を取り巻く精神的な状況からして、ほとんど不可抗力であるし、それだけで作品のすべてを否定するつもりはない。
しかし、せっかくゴジラほどの大怪物を召喚しておいて結果やっぱり俺らスゲーの大合唱かよ、と思わざるをえない。
俺らスゲーの出来レースはゴジラ以外の他のテーマでやってくれ、と言いたくなる。
ゴジラというキャラはもっともっと掘り下げるべきテーマを蓄えた宝庫なのであって、ゴジラをそんな自己欺瞞の物語のなかに埋もれさせて浪費してはいけないのだ。
新たな危機に直面すればこそそれに見合った国の体制を改めるよう反省を強いられ、
新たにテーマを掘り下げればこそそれに見合った映画の手法を発明するよう強いられる。
しかしそうした危機とテーマである当のゴジラが、ほとんど空虚な存在であるがゆえに(たしかにわずかだが神として語られ、放射能の脅威を連想させていても、しかしそれが物語の構造そのものに関わることはない)、
日本万歳のその国の概念そのものに反省を迫る映画にはなっていないし、その手法に関して言えば新たな手法の発明どころかエヴァンゲリオンとさして変わらない。
(たとえばキャラクターについて言えば、感情を押し殺したようにして淡々と語る綾波は市川実日子に、外国語を混ぜたご機嫌なアスカは石原さとみに、真意のわからぬまま無理難題を突きつけてくるゲンドウは〈あの国〉アメリカに、それぞれ入れ替わっただけである。)
シン・ゴジラはエヴァンゲリオンで庵野が確立した様々な設定を忠実に引き写している。そこには反省も発明も見つけられない。
もちろん何の変化もないわけではないが、
そうした変化が結局は日本の閉鎖的で差別的な視野に同一化する点、
自分に力があると信じたいがために他国と異性に対する偏見を利用する屈折した日本男性の視点に同一化する点は、
たとえばエヴァンゲリオンにはなくてシン・ゴジラには見られる新しい部分は、政治の前景化であるとともに、(それがつねに〈日本の〉政治である限りで)他国の政府との交渉だろう。
ここに石原さとみが登場するわけだが、彼女のキャラクターは、自信を回復したがる日本男性の閉鎖的で差別的な欲望に奉仕している点で、やはりこの映画を保守的なものにしている。
石原さとみのチャラけた演技は真剣に事案に対処している他のキャラクターに比べかなり浮いて見えるが、
しかしあれは日本男性の閉鎖的で差別的な欲望からすると必然的な役柄になっているといえる。
演技がわざとらしいために良い演技とは言い難い、と思う観客もいるだろうが、しかしそういう演技も含めて必然的なキャラのあり方だと思う。
日本と米国の間に女性が入るというのは、日本からみて心理的な必然性をもっている。
日本と米国の関係はいわばスネ夫とジャイアンであって、ジャイアンのマッチョなところがあまりに出すぎると(たとえばジャイアンの力のみで事件を解決したり、その力がスネ夫である日本に向かったりすると)、日本を守る日本人男性たちのプライドや虚栄心が傷ついてしまう。
そこで米国代表としてか弱い女性を置くことで、日本人男性が日本人男性の力で国を守ったという体裁が保たれる。
かつ、あの日本語と英語を織り交ぜたヘンテコな日本語は、彼女をか弱い存在だけでなく変な奴として提示する。国際的な観点からでなく、あくまで日本人の側から見られた変人だ。
ここでは常識人と変人の対は、内部(日本人)と外部(外国人)という対と本質的に繋がっている。変人が変人であるのは、その者が外部から来た外国人であるからだ。
「〜アルヨー」とか「〜デース」とかいう言葉遣いのキャラが、日本人の側から見られた変な奴の象徴であるのと同じで、
彼女の奇妙な日本語は、他の日本人男性と観客とに米国でなく日本側からの観点を持たせ、その外部から来た変人として石原さとみを見させる。
視聴者たちが米国の目線から日本を弱小国として見る可能性が排除される。
このようなわけで、この映画は日本男性の精神性の問題をそのうちに含んでおり、その点ははっきりと批判されるべきであるが、
しかしその限界をはっきりと映画のなかで示しているという点においては、そうした限界の記録として、ドキュメントとして、歴史的な価値が大いにあると思われる。
これほどありありと、日本的および日本男性的想像力の限界を示した作品はなかなか見つからないのではないか。
あの映画は、機械オタクの男が設計室に引きこもってひたすら戦闘機の流線型のフォルムにうっとりしているだけで、その戦闘機がどれだけ戦争の悲劇を生んだか、とか、そうした男の機械オタクたちが生んだ戦争技術によって死んでいった女性への視点が欠如しているだとか、政治的またジェンダー的な観点からさまざまに批判を呼んだが、
しかしそうした戦中日本の精神の限界性をはっきりと示していたという点においては、ドキュメントとして大いに価値をもっている。
したがっておそらく、この映画において賭けられているのは、シリアスとコミカルの関係性ということになろう。これはどういうことか。
さしあたりこれまでの論述で明らかになったことは、この映画は限界を証言するドキュメントとしては優秀であるが、それはいわば限界にはっきりと居座っているからであって、丁寧になぞっているからであって、限界を越えようとしているからではない、ということであった。
つまり、エヴァンゲリオンを踏襲し、ナショナルなものとジェンダーの領域において日本男性の閉鎖的で差別的な欲望に奉仕するこの保守的な映画は、
限界を自ら反復し、演じている、ということであった。
日本の男性政治家が米国の女性とシリアスにセリフを交わす場面で、自身の力への欲望は満たされるだろう。
しかしまた、あることを反復し演じることは、つまりそれを真似することであり、その虚構性を示すことである。
そしてそれに応じて、批判されるべき部分は、評価されるべき部分ともなるのである。
したがって、このように問うことができるだろう。
限界を反復することは、限界に居座ることであると同時に、限界を茶化すことでもあるのではないか。つまり限界を批判することでもあるのではないか。
たとえばエヴァンゲリオンの設定を踏襲することは、新たな手法の発明の努力を放棄することであると同時に、反復しているその設定を茶化し、批判することでもあるのではないか。
そうであれば、シン・ゴジラへの正しい反応とは、それを積極的に笑うというものではないだろうか。
つまり、シン・ゴジラが何かを反復している限りでシン・ゴジラを笑い、またその反復によってシン・ゴジラが茶化しているものを笑う、と。
あの映画は、諸手を挙げて受け入れられているように見える。
なんか理系、プログラマー連中の「AIがここまで発達して徐々に実用化もしてきてるんだから、お前らの仕事もうすぐ無くなるよw」的なマウンティングがウザいんだが。
AIというジャイアンの威を借るスネオみたいで、お前がAI作ったわけじゃねーだろっていつも思う。
大体さ、AIみたいな頭脳系が発達したら真っ先に置き換わるのはコーディングやらシステムやら実験、研究開発あたりじゃね?目的と正解が設定しやすい訳だから。こないだもガン発見出来た訳で。
理系連中がやりがちな少数派で結束深くして他の連中を上から目線したくなる心理は「行動心理学的な傾向のひとつ」としても上から目線出来る訳だから、こういう不毛なストレス解消はもう辞めようぜ。
以前、ラリったまま非常に乱文を一方的に投稿してしまった増田です。その節は大変すみませんでした。
まず私は、ある病気の患者であります。炎症性腸疾患というもので欧米ではかなり病人も多い病気です。
難病指定で、医療費のほとんどを国から支援していただいており事故負担はそれほどないです。
その病気の患者は末期になると人工肛門になった上に首に点滴をいれてるような典型的な動けない病人です。
そいう人たちが大麻をやっていい気分になるのは「しかたない」ということで合法になりつつあります。
要するに弱者を縦にされると憲法違反だ、とかそういう裁判とかできて、だいたいの人がみんな吸ったことがあるので
肯定する人がいるというのはある意味当たり前といえば当たり前なので、日本とは事情は違います。
病気でも色いろあると思うんですが大麻の高揚は愉快になることと、食欲が増すことです。
これははっきりとこの手段ではないと得ることができない体験であり、効用だと思います。
一応ドクマチールという薬で食欲を増やす作用があるんですが、あれは効いてるのか効いてないのかわからないです。
以上のことを踏まえて「末期がん患者が大麻をやりたいと言ったらやらせてあげる」というのが多くなってます。
日本でこの前そんながん患者がいましたが亡くなりました。ちなみに腫瘍マーカーがよくなったというのはたまたまだと思います。
大麻に付いては未だにちゃんとした学問がないので、専門的に分析してどれがデマでどれが明確なメリット・デメリットが揃います。
その上で議論して導入を決めるかどうかという話を始めたいです。
長門好きの友人が、長門のキャラソンが消失のちょっとネタバレチックだけどすげえいい曲って興奮して話してきたのを今でも覚えている
SOSならだいじょーぶは部活終わりの夕方のちょっとせつない郷愁を思い出させてくれるような、例えるならアニメのED
こないだモナカ10周年?だかのインタビューがホッテントリにあがってたけど、その中でハルヒの詰め合わせ(God knows, Lost my music,恋のミクル伝説の3曲が入ったCD)が未だに売れている、という話が出てきててびっくらこいた
マジかよ
まあ確かに名盤ではあるよなあ
思い出補正もあると思うけど
First Good-Byeとか好きだったなあ
SuperDriverも好きだった
またあの頃に戻りたい
一度目はのび太が一位
二回目はスネ夫、三回目は出来杉が一位だったが、どの記事でも男達が必死に女叩きをしていて、こいつら本当に何でもいいから叩くんだなぁと呆れてしまった
私は全体的に嫌だ
成り上がり経済力はあるが横暴で暴力的、相手への好意で歌ったり料理をして喜ばなければ怒り狂う、実家の店をついで成り上がるまで苦労する時期に密接に関わるかあちゃんも強烈
二番目はのび太
一番の売りは優しい性格の筈だが、しずかちゃんがのび太に自分で宿題をするように諭したら自分がブサメンだからしずかちゃんが厳しいとドラえもんに泣きついて、出してもらった道具で惚れさせて宿題をうつさせてもらうなど、かなりクズよりな性格をしていて無理
三番目はスネ夫
スネ夫の性格は結構ちょろいし、お金が好きでママとマザコンを手玉にとれる水商売系統の強い性格ならやっていけそう
四番目は出来杉
横だが、「どくさいスイッチ」そのものの話と、「独裁スイッチやデスノートのようなもの」というたとえばの話は切り分けて考えたほうがいいのでは。
ドラえもんの道具としての「どくさいスイッチ」であればトラバ増田の言うとおりだけど、
大元増田は「独裁スイッチやデスノートのようなもの」の話をしているのだから、
ジャイアンを消す理由を周囲に明示してからジャイアンを消せば、次にスネ夫が同じようなポジションになるとしてももう少し良い方向に変わるはず、という話をしたかったんじゃないのかな。
いやジャイアンが消された理由がわかってればスネ夫はもう少しうまくやるだろ
そういう意味では確実に変わる
これは完全に勘違いしているな。
独裁スイッチってのは、例えばジャイアンを消すなら、そのスイッチを押した人が
以前、職場に病名がつかないけど不調、の人がいた
何かにつけしょっちゅう遅刻してきていた、30分とか1時間とかたまに午前休とか
腰がいたいとか、体調が悪いとか、なんだかんだと
けど傍目には仕事上でストレスがあるようにはまるで見えなかった
彼の担当業務が度を越して重いものというわけではなかったし、お客さんも友好的で関係は悪くなかった
なにより彼は周囲の意を介さず我を通すようなところがあった、まあジャイアンタイプだ
人づてに彼が病院にあちこち行っており、それでも不調の原因がはっきりしないらしいことを聞いたが、そんなもんなのかね、と思った
ほどなく彼と自分は一緒に仕事をする事になった、新規のプロジェクトだ
会議室の席順で、自分が彼より上方に座ったことで、彼が激昂したのを憶えている
なんで俺が増田の下なんだ!と
自分は彼と年は同じで業界歴は彼と同等だったが、その顧客のプロジェクトに対しては自分は新参だった
自分も内心彼の下であることを面白くなかったのはもちろんだったが、これまでのさんざんなプロジェクト経験から、責任が軽いならそれはそれで楽でいいと思うようにしていた
納期後リリースしたものが大トラブルで、泊まり込みの作業が続いているようだった
あのままあのプロジェクトにいたら自分も同じ目にあってたんだなあ、と胸をなでおろしつつもプロジェクトの様子を遠巻きに聞いていた
それでも徐々に炎上が収まっていき、半年後、自社の席で彼に会った
プロジェクト収束に従い集めていた大勢のパートナー会社の方も終了し、もう彼と数人が残るだけだった
彼はそこまで変わったようには見えなかったが、とはいえ以前ほどの無邪気な明るさは感じなかった
その後、彼は会社を辞めた
医者が見つけてくれるわけでも、上司が面倒見てくれるわけでも、同僚が察してくれるわけでもない、できない
だから調子が悪かったら自分で理由を見つけて、自分で方向決めるしかないんだ
辞めた彼のことは分からない
付き合いづらいやつだったけど悪いやつじゃなかったとは思う
ドラえもんと図書館戦争だけの家庭と、3歳までに1万冊の絵本を読み聞かせする家庭
http://topisyu.hatenablog.com/entry/how_to_use_library
ドラえもんは、言っちゃえば、勉強も運動もできないのび太によるドラえもんを使った一発逆転ストーリー(とその甥っ子が受け止めている可能性はある)。ドラえもんばかり読んでいることを心配するより、そういうストーリーを心が求めている背景に焦点を当ててみるとまた違った展開もあったかなという気はします。甥っ子は学校でいじめられていないかとか、勉強ができなくてコンプレックスを感じているんじゃないかとかですね。
まず、トピシュの言う通りドラえもんを読む「理由」を考えるのは、思考実験として面白いと思う。
ただ、そんなの本人との対話無しには、冗談抜きに無限に近い可能性が考えられる。
ジャイアンに感情移入して、理不尽な暴力を振るう様に憧れている。
スネ夫に感情移入して、色々買ってもらえる裕福さに憧れている。
ドラえもんに感情移入して、他人に力を貸せるような技術や力に憧れている。
ガチャ子マニアで、目を皿にして、ガチャ子が出ているシーンを探している。
実は祖父が安孫子で、その祖父に世界で一番面白い漫画だよ、と紹介されたから心酔している。
実は前世がトキワ荘の座敷童で、あの頃自分が見守っていた若者達の行く末に思いを馳せている。
実は正真正銘のタイムトラベラーでもうすでに自分の居た時間軸では焚書され失われたドラえもんが読めるということがただただ嬉しい。
いやもう、滑稽無糖な理由も含めて、山ほど思いつけるんですよね。
で、これらの理由とトピシュさんの言う
ドラえもんは、言っちゃえば、勉強も運動もできないのび太によるドラえもんを使った一発逆転ストーリー(とその甥っ子が受け止めている可能性はある)。
って、そこまで大差のある意見ではないと思っている。
極論だけど、僕が上げた滑稽無糖な理由の可能性が”ない”なんてことはないよね、しかもこれは甥っ子の脳内の問題なのだから、事実としてタイムトラベルできない事とか、事実として座敷童がこの世の中に居ないこととは、これらの可能性が”ない”理由にはならない。
何しろ、魔女裁判をガチでやるのが人類だし、狐憑きがガチでいたのが人類なんだから、甥っ子の頭の中は自由なんだと思う。
要するに「先入観」をどこまで持っていいのか? みたいな話になるのかなあ。
これはもうインターネットでリアルタイムで発言のやり取りが出来るわけじゃない人らしい発想でもあると思う。
全部を質問してやり取りしてたら日が暮れるから、ある程度はこちらで質問を先読みして答えないといけないっていうね。
ONE〜輝く季節へ〜は、言っちゃえば、勉強も運動もできない折原によるえいえんのせかいを使った一発逆転ストーリー(とその甥っ子が受け止めている可能性はある)。ONE〜輝く季節へ〜ばかり読んでいることを心配するより、そういうストーリーを心が求めている背景に焦点を当ててみるとまた違った展開もあったかなという気はします。甥っ子は学校でいじめられていないかとか、勉強ができなくてコンプレックスを感じているんじゃないかとかですね。
シノハユは、言っちゃえば、異性愛も近親愛もできないシノによる同性愛を使った一発逆転ストーリー(とその甥っ子が受け止めている可能性はある)。シノハユばかり読んでいることを心配するより、そういうストーリーを心が求めている背景に焦点を当ててみるとまた違った展開もあったかなという気はします。甥っ子は家庭で虐待されていないかとか、恋愛ができなくてコンプレックスを感じているんじゃないかとかですね。
クロスボーンガンダムゴーストは、言っちゃえば、ミネバのその先もニュータイプ論もできない長谷川によるサイキッカーを使った一発逆転ストーリー(とその甥っ子が受け止めている可能性はある)。クロスボーンガンダムゴーストばかり読んでいることを心配するより、そういうストーリーを心が求めている背景に焦点を当ててみるとまた違った展開もあったかなという気はします。甥っ子はサンライズからF91以降の時代を押し付けられているとか、カトキハジメのデザインにコンプレックスを感じているんじゃないかとかですね。
アクシズ落としは、言っちゃえば、ララァを母親にすることも人類の革新を題目にスペースノイドを引っ張ることもできないシャアによるアクシズを使った一発逆転ストーリー(とシャアが受け止めている可能性はある)。アクシズを落とすことばかり考えていることを心配するより、そういうストーリーを心が求めている背景に焦点を当ててみるとまた違った展開もあったかなという気はします。シャアはナナイとの関係がうまくいっていないとか、アムロの嫁のチェーンかベルトーチカにコンプレックスを感じているんじゃないかとかですね。
トラフィックス3は、言っちゃえば、エストを自分のファティマにすることもジークのように国を統べることもできないヨーンによるアイシャを使った一発逆転ストーリー(とちゃあが受け止めている可能性はある)。デコースを倒すことばかり考えていることを心配するより、そういうストーリーを心が求めている背景に焦点を当ててみるとまた違った展開もあったかなという気はします。ちゃあは桜子との関係がうまくいっていないとか、姉のアイシャにコンプレックスを感じているんじゃないかとかですね。
大長編ドラえもんを、もう少し楽な方法でクリアする方法を考える。
ルール1:その作品内で使っていない道具は、持っていないものとする(ソノウソホントとか使用不可)
ルール2:問題が起こってからスタートするものとする(大魔境でジャイアンが道具を置いて行く前にどこでもドアでゴールに行くとかは不可)
■1:のび太の恐竜
□使用された道具:
【四次元ポケット】【タイムふろしき】【成長促進剤】【スモールライト】【タイムマシン(時間移動のみ)】【タイムテレビ】【着せかえカメラ】【海底ハイキングセット】【タケコプター(人数分)】【ビッグライト】【万能加工ミニ工場】【キャンピングカプセル(人数分)】【桃太郎印のきびだんご】【ラジコン粘土】【立体コピー紙】【交通安全お守り】【即席エレベーター】【通りぬけフープ】【ひらりマント】
□タイムアタック:
2:【スモールライト】で地球を小さくする(タケコプターの一飛びで日本に届くくらいまで)
3:日本に移動する
4:地球を元の大きさに戻す
(もう少し穏やかな方法を使うなら、「ドラえもん以外の全員を【四次元ポケット】に入れ、【タケコプター(人数分)】をドラえもん一人でローテーションする」または「【ラジコンねんど】で船を作って日本まで渡る」等でも良い。
□使用された道具:
【四次元ポケット】【タケコプター(3人分?)】【タイムふろしき】【ミニプレイヤー】【ミニ球場】【救命イカダ】【食用宇宙服】【夢確かめ機】【万能巣箱】【ひらりマント】【ジャイロカプセル】【空気砲】
□タイムアタック:
無理。
コア破壊装置やガルタイトの本社に攻撃を仕掛けるのに有効な方法がない。
よく勝てたなあれ。
■3:のび太の大魔境
□使用された道具:
【四次元ポケット】【六面カメラ】【出前電話】【植物改造エキス(I)】【植物改造エキス(II)】【猛獣さそいよせマント 】【即席エレベーター】【ほんやくコンニャク】【キャンピングハット】【電車ごっこロープ】【重力ペンキ】【さかのぼりボート】【通りぬけフープ】【かべがみハウス】【先取り約束機】【秘剣電光丸】
□タイムアタック:
■4:のび太の海底鬼岩城
□使用された道具:
【四次元ポケット】【水中バギー】【テキオー灯】【どこでもドア】【深海用海草胞子と魚の卵各種詰め合わせ】【テントアパート】【海底クッキングマシーン】【消光電球】【水中キャンプファイヤー】【とりよせバッグ】【ほんやくコンニャク】【水上もうせん】【スモールライト】【通りぬけフープ】【カメレオン帽子】【ジェットモグラ】【ムードもりあげ楽団】【タケコプター(人数分)】【ショックガン】【水圧砲】【ひらりマント】
※【どこでもドア】【とりよせバッグ】はムーとアトランティスの領域では使えないものとする。
□タイムアタック:
1:全員が完全武装で【四次元ポケット】に入り、しずちゃんが【四次元ポケット】を持ったまま捕まる。
2:ポセイドンの前まで連れていかれたら全員で奇襲。
□使用された道具:
【四次元ポケット】【タケコプター(人数分)】【翻訳コンニャク】【ヒラリマント】【あべこべクリーム】【耳バン】【道路光線】【石ころぼうし】【照明ミサイル】【とりよせバッグ】【タイムマシン】【スパイ衛星】【通りぬけフープ】【ショックガン】【空気砲】【もしもボックス(ドラミちゃん所持)】【ビッグライト(ドラミちゃん所持)】【虫の知らせアラーム(ドラミちゃん所持)】【タイムふろしき(ドラミちゃん所持)】
□タイムアタック:
大魔王と戦う前のどこかの時点で【ほんやくコンニャク】で魔界歴程を解読していれば一方的に勝てる。
大魔王と戦った後だと、メジューサの追撃をどうにかしてしのがない限り、原作通りがベストと思われる。
(2回めに魔界に行く前に魔界歴程を解読して大魔王の心臓を破壊することも可能だが、それをすると魔界に捕まってる皆が巻き添えで死んでしまう)
□使用された道具:
【四次元ポケット】【ロボッター】【どこでもドア】【壁紙秘密基地】【天才ヘルメット】【技術手袋】【タイムマシン】【壁紙格納庫】【片づけラッカー】【タケコプター(3人分?)】【ドンブラ粉】【チータローション】
□タイムアタック:
3:ドラコルル打倒。(元のサイズのままなので勝負にならない)
4:スモールライトで小さくなり、大統領の宇宙船でピリカ星へ移動。
5:元の大きさに戻り、ギルモア打倒。
※ピリカへ移動後にスタートの場合、原作通りがベストと思われる。
安全にアジトまでたどり着く事も可能だが、結局はスモールライトの効力が切れなければ勝てないし、
アジトごと捕まらなければギルモアが小惑星基地を攻撃しないので、
のび太だった僕が、ジャイアンになっても、のび太を救っても、結局出木杉だった話
のび太だった人間からすればジャイアンだった僕は相当不幸になってなければ腑に落ちないだろうけど、僕は実際こんなものです。
のび太からすればジャイアンにされた事は一生ものだけど、ジャイアンは若気の至りとか胸糞悪い言葉を便利に使って片付けるよ。
のび太だったり、ジャイアンだった僕は結局、友達も恋人も居ない出木杉だけど後悔はしてないよ。
のび太の僕は、ひどい目に合えば、あえてへらへら笑って強がって、親に心配かけないようにって、健気な自分に陶酔してたよ。
そんなもの何の解決にもならなかったよ。
自分にはできない理由や言い訳、人の性にするのばかり上手なのび太もいるだろうけど
劇場版を見たことがなかったのだが、
リメイク版の評判が良いのは知っていたし、週末に改めて褒めてる記事を見かけたので、
見てみたのだが。
悪い。つまんねえ。何だこりゃ。
随所でつまらない。
道具全部流されたと言った舌の根も乾かないうちに、ピー助のサイズが元に戻ってるんだけどスモールライトなしにどうやったの。
24時間テレビのマラソン的な「最後まで自分の足で歩くことに意味があるんだ」みたいな意義を旅に見出しちゃったの?
っつーか、原作でもあった問題で、結果オーライ的にスルーされた点ではあるんだが、
地球は自転しながら太陽の周りを公転しつつ、太陽系ごと宇宙空間を凄い速度で移動してるんだよ。
まあそれは余談だけど。
とどめに、帰ったあとの「うん、ちょっとね」を言う時のタメ時間と、皆の表情なに?
全員の目が『生徒諸君!』でマイムマイムを見守る先生みたいな気持ち悪い感じになってるんだが。
こういう所で素直に楽しめなくなったのって、俺も歳とったなあと思いながら、ついでに1980年版ののび太の恐竜も見てみたんだが、
面白くてショックだった。
OPやEDなんかドラえもんの歌だし、本当に「TVアニメの長いやつ」ってクオリティなんだが、なんか普通に大冒険してて飽きなかった。
不満点といえば、プテラノドンの所でのび太がジャイアン助けるシーンがなくて、その流れでその後のジャイアン最大の見せ場もなかった事だが、
それ以外特に不満もない。
帰った後の「うん、ちょっとね」も、即答&ママをスルーして「お邪魔しましたー」で外に出てく皆が、普段通りで逆に凄くインパクトがあった。
あれだけの大冒険をしても、終わったら「うん、ちょっとね」で片付けて日常に戻れるのび太たち凄えって感じだった。
まあ、短編でも彼ら割ととんでもない体験してたりするから、視聴者的には劇場版の大冒険でも、彼ら的には「ドラえもんの道具でまた一騒動あった」という程度の感覚なのかもしれないなとか思わされる演出だった。
両方同じ日に見なかったら気づかなかっただろうけど、旧版を作ったスタッフ凄えわ。
というわけで、
http://anond.hatelabo.jp/20160229202916
http://anond.hatelabo.jp/20160306130622
http://anond.hatelabo.jp/20160307114302
(一番上の増田はまだマシっぽいけど)今の障害児界隈は親の声が大きすぎて「神様は乗り越えられる試練しか与えないんです(瞳を輝かせながら)!」みたいな結論しか言っちゃいけない空気なんだよな。
どの親も乳幼児くらいの障害児を抱えてるだけである意味お花畑状態だし自身の心を納得させるためにそう言うくらいしかできないというのは分かるけど。
知的障害の弟を持って30年くらい生きてるけど、知的障害の家族がいることによる地獄は歳を取ってからが本番なんだよね。
ダーとかバーとか言ってればいい乳幼児の頃はいいんだけど、30歳とかになると、頭がせいぜい小学校低学年並で自制心もなく性欲丸出しで小汚くなった見た目オッサンになるんだよね。その兄弟は「こいつを将来どうすんだよ…」っていう絶望を30年くらいずっと抱えて生きてきちゃってんだよね。重度で10代くらいでサクっと死んでくれれば綺麗な思い出で終わることもあるだろうけど、中途半端に程度が軽いと寿命は常人並なのでどうしようもないんだよね。
世間的に俺たちが発言していいのは「弟と生きてきて、屈託のない綺麗な心があるんだって痛感しました。いまは弟と同じ障害を抱えた人達を支える仕事をしたいと思ってます」みたいな綺麗なジャイアンみたいな台詞だけってことになってて、実際それを内面化した声のデカイやつもいるんだけど、大多数の俺みたいな奴らは障害者を支える仕事なんて死んでもしたくないし知的障害者は屈託なくなんか無くて単なる欲望の塊でしかないって知ってんだよね。
こういうこと言うとリンク張ったみたいな親の立場の人達が「私達の人生を否定するのか!!!!」って噴き上がるからリアルでは何も言えないんだけどさ。んで世間の奴らは想像力の欠片もないから、綺麗事だけ聞いてマジで綺麗なもんだと思い込んでるんだよね。そういう馬鹿共が、綺麗なこと言ってる親連中に「思慮の深い素晴らしい意見です」とか糞の役にも立たないこと言って何か自分も綺麗になったみたいな面して悦に入ってんだよね。せめて金くらい出してからそういう面しろよって話なんだけど。(金があっても絶望は消えないけどな)
こういう奴らも含め社会は結局マジで支える気なんてサラサラ無いわけだから、やっぱり出生時に〆るのを復活させるべきなんだよな。っていうと綺麗な顔した馬鹿が「優生思想が」とか「命の選別が」とか的はずれなことほざくんだけど(マジでそれで何か言ったつもりなのか?)、お前のメモリは1bitしか無いのかっつー話なんだよな。じゃあ何か、死刑制度を導入したら原理的にはあらゆる犯罪者が死刑になる未来が実現し得るから絶対に禁止すべきだ、とかなんのか?っていう。なんねーだろ。運用ができんだよ。社会はよ。
お前らのクソみたいなお花畑世界を守るために何で俺らの人生を丸ごと犠牲にしなきゃなんねーんだよ。1円も出さない癖によ。ほんと死ねって感じだわ。