はてなキーワード: 部活とは
よくある受験の手引や先輩の体験談で早いほうが有利だーとか、基礎が大事だーとかいろいろ聞かされふーんくらいしか思わなかったんだけど、進路指導先生の言ってたことをよく思い出す。
「人生は選択の連続です。大人になるということは選択肢を捨てて、意思決定していくことです。きっと子供の頃はみんなプロ野球選手になりたいとかお母さんに喋っていたと思います。けれど、今この場には、今から努力してイチローになれる人はおそらくいません。みんな自然と選択してきた結果が今なのです。
勘違いしてほしくないのは、イチローになれないことがダメなことではないのです。自分の選択を自分で決めていくこと、適当に流されず生きてください。そして、時間が経つうちに自分の選択に限界が見え、選択を変えることが多くあります。それはそれで、私は良いと思っています。大事なことは、自分の選択を肯定し続ける事です。一時的に隣の芝生は青く見えるかもしれません。けれど、大人になるということはいろいろな現実を受け入れ、過去の選択を肯定し、今を生きることが大事なんです。頑張ってください。」
要約するとこんな事を言っていた。
そうか、じゃあ自分が今抱いている劣等感、すなわち、同じクラスのどんなに勉強しても勝てないスポーツ万能の滝沢くんや石川くんに対しても、途中で退部して後悔している自分を冷ややかな目で見てくる元部活の仲間たちに対しても、きっとこのもやもやした隣の芝生は青く見える感情は一時的なんだ、大学生、社会人になって振り返ればちっぽけなことに過ぎないんだ!
そう言い聞かせて勉強を頑張って大学に入れば今までのことはチャラだ!
今ももちろん楽しいけどなんかこういう負債みたいな感情もそのうち忘れるんだな!
なんてお気楽に思いながらガリ勉して、めでたく無事第一志望に合格!これで万々歳!人生ハッピー、今までのことなんて忘れちゃえってなるんだ!
となったものの、大学生になってもモヤモヤは消えず、社会人になっても消えず、いつまでも高校生や大学生の時に抱いた「隣の芝生は青く見える」という感情がよく頭を巡っている。
上で書いたことは一例だけど、友情、恋愛、部活、就活、スポーツ、勉強、バイト、仕事、いろいろな局面で「こうしていたらどうなっていただんだろう…」「このときこの選択を取っていたら、今は違うんじゃないか?もっと幸せだったんじゃないか?」「●●さんはいいな…羨ましいな…」ということを常に思う。
なんというか、中学生くらいまではそんなことを考えてこなかったから、正直中学以前の選択で後悔やIfを考えることはない。
問題なのは、特にそれを自覚してからの高校生以降のそうした後悔というか自責というか、他者が羨ましく思えるという感情が積み上げ方式で心に溜まっていく。
小学校の作文で優秀賞もらいました!
はい宿題の作文を真面目にやる人間が私一人だっただけ!空回り乙!
はい親にあれだけ勉強しろって言われりゃ勉強できて当然だよね!すごくないよ!
はい男女比が狂った空間にいれば数少ない女が魅力的に見えるのも仕方ないよね!哀れな男だな!!
部活で全国一位になりました!
はい指導者が優秀だっただけ!大会の参加者が少なかっただけ!!
国語得意です!
英語苦手です!
まあブスは勉強しないと人生終わるもんね!そこまで追い詰められれば勉強するしかないよね!ブスじゃなければ勉強しないで済んだのにね!
学会で賞貰いました!
はい研究内容ペラペラなのを喋りで誤魔化してるだけ!女が少ないから女子枠で賞貰っただけ!
院卒女で技術職落ちるほうが難しいだろ。思い上がるな。
ニッチな需要にマッチしただけ!他に同じことしてるやつがいないだけ!
結果出してもネットでイキり散らかすぐらいが精一杯。
学会で賞って別に価値ある研究や優秀な研究者を正当に評価できてるってわけでもないしさ。
たとえ嘘でもいいから私が優秀だから結果が出せたんだと思い込みたい。
何してもズルして評価されてるみたいな罪悪感がつきまとう。
認知が歪んでるの無理すぎる。
タイトルがすべてなのでこれ以上言及する気はあんまりないんですけども。
私は某アイドルのオタクをもう…こっち10年くらいかな?やってて、その間にも2~3年離れてはまた戻って、を繰り返してたんですが、今また再燃期に来ています。
ファンクラブは継続しているしCDも買うだけ買ってるのは、どうも自分の傾向的にこうやってまた戻ってくるなってのが分かってるからです。
私はその界隈のノリというか…たぶんファン層が年齢の幅が広くて、これがまたファン歴長い人短い人の差も大きくて軋轢が生じやすいのがど~~~~~しても苦手なんですよね。学級会とかそんなに好きじゃないし。
オリコンランキング1位取ってほしいのは分かる。CD売上がもっと上がってほしいってのも分かる。
ビルボード対策はよく分からんけど、まあ担当に華を持たせてあげたいという意味では分かる。
わかるんですけど~~~~ファンなら積め!!ってのは分からない。協力しろ!みたいな。だってオタクなんて所詮趣味だし…。
「できる範囲でいいんだよ~」って言葉にすら「できる範囲で積め」という意図が読める気がして最近こわい。
たぶん私に向いていないのはオタクよりツイッターなんですけど、ツイッターやってないとなかなか情報収集が厳しくなっちゃうのがな…。
売上上げるために頑張れ!ファンだろ!みたいなことを言われても、わたしゃ既に全形態1枚ずつ買ったのでそれ以上いらないですし、やる人が悪いとは言わないけどやらない人にまでそれを押し付けないでくれ、って思うわけよ。
アイドルはビジネスやぞ、みたいなこと持ち出されるけど、いやこっちは趣味なので。
ビジネス的にどうするか考えるのは事務所やレーベルさんのお仕事なので。どうもいつもお世話になってます。
ファンだから買わなきゃいけないわけじゃないし、今回の曲に魅力がないから今回はパスで~ってするのも自由だし。
よく言う人が多いのが「CD買わないのにコンサートは行く奴なんなの?」なんですが、CD買うだけ買って未開封で積みながらコンサート行って曲聞いてようやく開ける…みたいなことばっかりしてた時期もあるので、一概にダメとは言えないし…だって正規の方法でお金落してるもん…。
あ、無料で違法に聞くのはもちろん駄目ですよ。それは絶対ダメ。
CDの貸し借りもグレーっちゃグレーだけども、お小遣いの少ない学生さんなら仕方ないよね、と思うし。むしろオタク友達いるのが羨ましい。
私が学生の頃なんかそんなに人気なかったから、同担なんてまず見なかったよ。
今は全形態1枚ずつならホイホイ出せるけど、中学生って1500円でも大金じゃないですか。
初回1と2、どっちも欲しいけど、どっちかしか買えない、どうしよう…みたいなの、私にもありました。
音楽関係の部活だったから、それでお金が掛かるとCD買ったら今月赤字だなあ…みたいなこともあったし。
閑話休題。
結局のところ、ファンの役割は楽しむことなので。お金を出すことではないんですよ。
CD買いたい!このコンテンツを手元に置きたい!と思えるくらいに楽しませるのがアイドルの仕事なので。
まあ結局スタンスは人それぞれなので、個々人の好きにすればいいと思いますけども、財布的にも精神的にも負担にならない程度に楽しむっていうのが一番だと思うし、長い目で見ても細く長く続いてるほうがいいんじゃないかなって思います。
以上、乱文でした。
上位の登録者数の差以前の問題として、今のにじはライバー同士のつながりが影を潜めちゃってるじゃん。
ライバーは揃いも揃って部活感覚orバイト感覚で、それ故に箱を盛り上げる気持ちなんてさらさらないわけで。
リスナーはリスナーで、配信内容が気に食わなかったら容赦なくマイナス評価やネガコメをつける。
そんなお子様ばっかりだから、ライバーも「リスナーの分際で調子乗んな」みたいな塩対応しかしなくなる悪循環。
てか、マジでにじのリスナーって学生とキッズに、一部の男性ライバー限定で入れ込んでるオバちゃんくらいしかいないんだな。
まあそれでも業界1位の箱だったときは「やれやれ系主人公」みたいな感じで見れなくもなかったが、1位じゃなくなったらカスだろ。
『BLEACH』
私はすごく『BLEACH』が大好きで、人生の半分くらいは『BLEACH』とともに過ごしてきた。
もう4年以上前のことになるが、『BLEACH』は最終回を迎えた。
最終回では主人公の一護とヒロインの織姫、ルキアと恋次がそれぞれ結婚している。
結婚で作品の区切りがつくのかという驚きとともに、終わってしまうこと自体の寂しさを感じて、
それまでソシャゲはやったことがないのに、『BLEACH』のソシャゲである通称ブレソルを始めた。
あんなに頑張った部活を引退したときよりも、心に孔が開いたような気がする。
他の人はどうだったのだろう?
私は他の人の感想を読むのが好きだ。
Twitterを見てみる。
ひとことで言うと天国と地獄だ。
これを言うと「ジェンダーが~」「多様な価値が~」などと怒られるかもしれないが、
結婚には辛く苦しいこともあるが、それでも喜ばしくめでたいものだ。
台詞という一番明確な描写から分かるように、織姫はずっと一護のことが好きだ。
『BLEACH』をあまり知らない人でも、5回生まれ変わったら「5回とも同じ人を好きになる」と織姫が一護にいうシーンは知っているくらい有名だと思う。
それくらい想いを寄せていて、最終回ではそれが報われたということもあり、祝福ムードに包まれていた。
……既に知っている人がいるかもしれないが、一護とルキアが出来ていると考えるファンもそれなりにいた。
Twitterでは作者に対して罵詈雑言の限りを尽くしたり、「精神に不調をきたしたから集〇社に連絡を」などと言ったり、
正直、恐怖だった。
え……?こわ……。近寄らんとこ……。
けれど、受け入れられる範疇を越していた。
ルキアが死神の力を譲渡した罪で尸魂界に強制帰還させられていたときにはなかったけれど、
織姫が虚圏に連れ去られたときには、一護の目元にクマが出来ていたよね?
ウルキオラ戦でほぼ死にかけの状態だったのに、織姫の助けを求める声に呼応していたよね?
明確な台詞はなくとも、一護が織姫を特別に思うような分かるような描写があるのに分かろうともしない。
いや~、思っていませんけど。
特に推しているキャラではなくても、中々に目を疑いたくなるようなものも多い。
全員が全員そうではないんだろうけど、
最終回に納得が出来ない多くの人がきっと織姫が嫌いだから、一護はルキアと結婚すべきと思っているのかもしれない。
連載終了して4年以上経つ。
けれども久保先生のファンクラブがあったり、最終章のアニメが決定されていたり、今でも人気は色あせていない。
気に食わないならもう『BLEACH』に関わらないで欲しい。
こういう人にはファンになって欲しくない。
わがまま丸出しで本当に恥ずかしいし申し訳ないが言わせてくれ。
本当は作品名を出したくなかった。自分の大好きな作品が汚れてしまうから。
でも、もう限界……。
隣の女子はどうでも良いやつだった。だからボラギノールと一緒に座席になすり付けてた。
運転手だった担任のヨシコが「この間、畳に汚物なすりつけた人が居たみたいでね〜」などと話し始めた。
犯人探しが始まった。
もしかしてお前じゃないのか?と詰問されて、返答に窮した。
自分は流石に畳を汚す程落ちぶれちゃいない。
だけど、普段の自分は鼻くそなすりつけるし、衛生観念が低い方だと言う自覚があった。
言葉を濁していると後方の席に座っていたガキ大将が「最低だな!!」と言い放ったので居た堪れなくなって、バスを降りようとした。
自分の事なんて、まるで見えていないみたいだ。
だけど部活のメンバーは何故か側に居てくれた。彼女は手に持っていた茶色いアイラインを渡してくれた。
凄く懐かしくて、悲しくて、やるせなくて、その優しさに涙が出てしまった。
病名が被ることは別に気にしないが社会の中での生きづらさというのは確かに存在する。
これの嫌なところは、試験とか能力検査ではあまり引っかからない点。例えば俺はSPIとかは比較的高めにとれる。公務員試験とかの一般教養も苦手科目を集中的にやれば、地方クラスは結構突破しちゃう。クレペリンは何度もやったせいか一般人に擬態可能だった。
ただ日頃から感じているのは「極端な先送り癖」「一つのことへの強い執着、執着がなくなった際の虚脱状態」「他者とのコミュニケーションが常にどこかおかしい」「だろう癖」などがある。当然仕事はうまくいかない。人より優れている部分はどこかにあるのだろう。だけど基本的な事務作業があまり得意ではないしミスも当然多い。確認のし忘れや「だろう」で済ませてしまうことで問題になることは多々ある。相手が確認したはずだろうから〆切まで何も言われなければそのままにしてしまったり、自分がしたいことしかできなかったり。怒られてもそれは改善しない。
思えば小学生時代から挙動がおかしかった。精神年齢は常に他の人より3つは下。
小学生のとき、バイクのプラモを部活動で作っていたことがある。そういう自由な部活だった。だけど結局1年かかってもバイクは完成しなかった。説明書も読んで家でも試行錯誤していたのに。いまならわかるけど、手先が不器用と言うより根本的な作り方を理解していなかったんだろう。接着剤の使い方や部品の管理が全く出来ていなかった。単純なことに気を配れない。自分がそうだと思ったこと以外が目に入っていない。
あらゆる場面で、説明を受けているのに何も理解せずに自分勝手で場当たり的な行動をして、他の人が間違いを教えてくれていた。健康診断では胸部エックス線の撮影のやり方がわからず一人だけ別行動をしていた。郵便の仕組みを学ぶ授業では自分で勝手に手順を変えようとしていた。どの学年においても人の話を聞いて行動した記憶が薄い。常に自分がやりたいことを自分の判断で行っていた。
中学生はThe挙動不審。はからずも部長になったときは本当に酷い状態だった。周りからの信頼を無くして逃げるように部を去った。図書委員にしても他校との定例会で大いびきで寝ていたり、文化祭では異様に張り切ってしまい周りをドン引きさせていた。学年からの評価は「将来大物になりそう」だった。
常にどうしようもない人生である。人より羞恥心が薄いというか客観で自分を捉えられないせいか、他者とのコミュニケーションはいつもおかしい。大人になってもコミュニティ内でのトラブルメーカーである。正論で人を攻撃し、逆に攻撃もされる。追い出され逃げ出したコミュニティは数知れない。
そんな感じがいまも続いている。これは正直どうしようもない。一時期は薬を処方して貰っていたが大した効果はなかった。診断が間違っていたのかもわからない。
こんな推敲もへったくれもない文章書いているのは、徹夜あけの気分を紛らわすためなんだけどね。
俺はこの先、どうしたらいいんだろうか。
私の推すABというカプの受けであるBくんは、
受けの大手です。
人が良くて、巻き込まれ体質で、
池袋のK-BOOKSの棚とかB受けだけやたら棚数もカプを区切る差し札の数も多いです。
で、私の好きなカプはABなんですが、
めちゃくちゃ絵上手い絵師さんが大量にCBを推しているのですが、
2人には本編での絡みが数える程しかなく、
サイドストーリーなどの類で関わることも他キャラに比べて少なく、
なぜみんながCBを好きなのか全く分かりません……。
ただ、Cというキャラはジャンル内で最も人気の高いキャラです。
このジャンルは女性向けジャンルですが、Cには男性ファンが多くついています。
Cの顔がいいからなのかな……。
私なりに出した答えは、
BとCは2人とも父親関連のトラブルを抱えているため(離婚とか隠し子とか)、
2人の類似性に他のキャラとはできない心の繋がりを見いだしたのでは、という答えなのですが、
なんで……?
アニメ化で特に説明もなく同じモチーフのアクセサリーつけてたから…?
写真1枚LINEで送り付けてメシ(2校合同)に誘う描写があったから…?
同い年だから?!
わかりません……。
わからないのでツイッターで「CB きっかけ」で検索をしたら、
CB推しの人たちも「何がきっかけで2人が恋したのか分からない」と言ってました。
そ、その神絵師はなぜ2人を絡ませたのですか?!
わからないのです。
本編で絡みが多いのはAとBなのに、
ABよりCBの方がはるかに多くて赤ブーやYouでオンリーも開かれてる……
羨ましい……。
でもABは本編で絡みがメチャメチャ多いので、(Aが登場するシーンのほぼ全てにBがクソ近い距離で存在するので)(付き合ってんの?)
私の中のBはAのことが好きだし。
ABはいちいち肩組んだり夜中2人きりで練習したりしょっちゅう2人きりで飯食ったり2人きりで片方の家で密談したりやたら仲良しだし。あだ名呼びだし。夜中にメシ作ってってオネダリしに行ったりしてるし。手編みのプレゼントしてるし。部活巻き込んだ脱退騒動の大喧嘩起こして年下たち泣かせてるし。合宿でホテル同室のときはなんか……なんかエッチな感じで語りかけてたし……(作品バレするので伏せますが……)。なんだその関係。私もABのことよく分かりません。いくら好きでもそこまでやらんやろ。
CBの人がCBのきっかけがよく分からないとツイートしてるのももしかしたらこんな文脈なのかもしれませんね。
本当に謎……。
(でも、AB推しの神絵師がCBの絵を描いているとか、その逆もよくあります。
同じB受け同士、界隈の仲はたぶんいいみたいです)
私はABの自慢がしたかっただけかもしれない。
高校野球の時は「ほかの部活は中止になってるのに何で野球だけ特別なんだ」だしな
https://b.hatena.ne.jp/entry/s/www3.nhk.or.jp/news/html/20200304/k10012313701000.html
「上の言いなり」なら何やらかしても許されるんですかって。
悪党を叩くために小悪党を持ち上げるのは時代劇の中だけにしておいてくださいよって。
そもそもあの件だって、騒ぎにならずに被害者側が泣き寝入りしてたら、あの学生だって何も問題だなんて思やしなかったでしょう。
よくやったと褒めてもらいレギュラーにも戻れて、卒業すればいいとこに就職もできて、もう人生万々歳。
たまたまああやって騒動になっちゃったものだから、にわかに「いや俺も被害者なんです」みたいなポーズを始めただけ。
冷や飯食わされたのならそれこそそんなクソな部活なんか辞める選択肢だってあったのに、相手ケガさせてでもレギュラーの座にしがみつくことを選んだのは、他でもない自分自身ですよ?
こういうの確かセカンドタックルとか言うんでしたっけ? 知りませんけど。
もちろん、一番悪いのが悪行を命令する側なのは確かで、逆らいづらい事情があったであろうことも別に否定はしません。
しかし、だからってやらかした奴の評価をマイナスからゼロに、しまいにゃしれっとプラスにまで持っていこうとするふてえ仕草は、当事者であろうと野次馬であろうといただけない。
「沈黙は加担」とか抜かすんならさあ、実際ドツいた奴の一体何が加担じゃないっていうんだよ。
だいたい「学生さんがカワイソウ」って言うなら、その前にパワハラのせいで辞めちゃって、しかも話題にもしてくれない学生たちの方がよほどカワイソウだろうが。
でもその時は気に食わないものを殴るのに都合がよかったものだから、責任を問うどころか「勇気ある学生だ!」とか賞賛する動きまであって、みんなして日大叩きの神輿に祭り上げちゃったわけ。
当時そういう流れに突っ込んでも、まともに耳貸してくれなかったけどな!
もうおわかりですよね?
自分の思い通りに使えるから、下っ端のアスリートを勝手に免責しようとする。
自分の思い通りに使えないから、下っ端のアスリートも連帯責任とばかりに叩く。
本当にこれだけ!
順番というか、前提がおかしい気がする。
普通の発達過程では、まず、「自分は、能力が特別でなくても、存在に価値がある」という感覚を得る。
すると、自分の能力が冷静に見つめられるようになる。大抵の能力は平凡だが、他人よりも得意なこともあることに気づける。
逆に、能力が特別でなければならないという「焦り」があると、自分の能力を冷静に認識できない。「勉強と部活の両立」のような、固定化した観念に自分を当てはめ、縋り付いてしまう。その過程で、本来なら見つけられたはずの自分の可能性を見逃してしまう。
まずは、特別でなければならないという先入観から離れることだと思う。世の多くの人が、特別でなくても幸せに生きている。一方で、世の多くの人が、特別でも不幸せに生きている。
昔から要領は良くて、勉強はできた。部活は好きだったし、それなりに成績も残せたから、ずっと頑張ってきた。
そのうち、勉強と部活の両方で結果を残すことが自分の特別性、アイデンティティなんだと感じるようになってしまった。
実際、勉強と部活の両立は分かりやすい「凄さ」だと思う。大抵の人間は勉強をしたことがある。勉強で結果を残すのは楽じゃないことも知っている。部活に入ったことのある人間も、それよりは少ないにせよ多数派であることは間違いないだろう。
私にとって「勉強と部活」は、手っ取り早く周りとの差別化ができるツールであった。
気づけば社会に出るような歳になっていた。
就職活動では、もちろん勉強と部活の両立について話す。それが一番の差別化要素だから。
しかし、働き始めたら、部活をしていたことは何の差別化にもならないんだろう。それどころか勉強すらも差別化になるのか怪しい。とにかく自分の仕事の出来で評価される世界だ。
もしかしたら、仕事の出来が新たな特別性を与えてくれるかもしれないけれど、そんな保証はどこにもない。
大抵の人間は、もっと小さい頃から、自分は特別な存在でないことを知っているのだろう。そうやって身の丈を知って、大人になっていくのだろう。
勉強や部活を通じて、それはそれで多くのことを学べたし、後悔しているわけではない。
嬉しくてたまらない。
私は匿名ダイアリーで人の悪口を書いたり読んだりするのが大好きな暗い暗い人間だ。
こういう性格になった原因の一端は、私が「体育」が苦手だったことに間違いなく起因している。
そもそも体育=いわゆる「体錬」なんていう、本来近代日本の強兵政策に基づく「国民を使い勝手の
いい兵隊にするため」の科目を戦後にきちんと潰しておかなかったGHQが悪い。
日本の多くの子供たち(おそらくはどこの国もそう大差あるまいが)が「体育の授業」と「体育会系の部活」で
植えつけられるのは、「集団の利益が第一義であり、〈和を乱す者〉〈足を引っ張る者〉は散々叩かれパージ
されねばならないし、保身のためにはそういう者になってはいけない」という同調圧力と自己責任論、
そして、「絶対的な上下関係のもと、〈下は上に逆らってはならない〉というシステム」だ。
すなわち、汚職・癒着・不正の隠蔽・内部告発への圧力・ブラック労働・やりがい搾取・パワハラ・セクハラ……
この社会の「生きづらさ」の原因となる諸問題の根には「体育」がある。
(「諸問題」と私が呼ぶのは私が一市民であるからで、為政者にとっては素晴らしい「美徳」なのだろう)
オリンピックなどというのは、「体育」的価値観に諸国民が疑問を抱かないようにするためのプロパガンダ装置だ。
アスリートへの礼賛と神聖視。彼らの人生を感動ポルノとして消費する報道。「オールジャパン」なんて
空虚な言葉で飾り立てた同調圧力の奨励。「コーチや監督、団体から言われたことを唯々諾々と受け入れ、
疑問を抱かない思考停止」は「ストイックなプロ意識」となり、「体を壊してでも試合に参加する無計画と
自傷行為」を「尊い自己犠牲」と呼ぶ『1984』ばりの欺瞞に満ちたレトリックが何をもたらしたか?
無数のアスリートの死体と、自浄作用に欠いたクソみたいな社会だ。
私は体育が嫌いだ。体育会系が嫌いだ。体育会系的価値観に染まった、自分の脳みそでものを考えられない
馬鹿が嫌いだ。私を見下し、自分が何か特別な「許された」人間のようにふるまってきたあいつらが嫌いだ。
そしてそれを許してきた社会が嫌いだ。
私は嬉しくて仕方ない。ツイッターを開けば。ヤフーコメントを開けば。オリンピックへの罵詈雑言が読み放題だ。
テレビではオリンピック内定選手が、もはや自分たちがパブリックエネミーとなったことにも気づかずに、
「自分たちが頑張る姿を見て感動と希望を与えられれば」なんて上から目線のどうしようもないコメントをしている。
燃えろ燃えろ。アスリートたちよ自身の特権意識と、偉い人がやる気なら逆らえない風通しの悪さを晒して炎上しろ。
「ピンチをチャンスに」なんてクソくだらない不謹慎な言葉を使うつもりはない。
だが、夢見てしまう。
「なんで、たかだか『体を動かすのが他人より上手い』ってだけの連中があんな偉そうな顔できてるんだ?」
「上の顔色と周りの視線を慮って誰も何も言えないような、体育会系的価値観が蔓延した社会って危険なんじゃないか?」
大学時代、身近に非モテ男子が多かった。皆性格は良かったので普通に仲良くしていた。
非モテ男子は服がとにかくダサかった。そのくせ彼女がほしい、とか言うのが謎だった。
そんな服着ててモテるわけないだろ??という格好なのだ。お母さんが西友の2階で買ったのを中学時代から着続けているのか、はたまたジーンズメイトで自分で買ったのか、というコーディネートなのだ。まじで。実際はどうなのか知らないけど。
顔はどうしようもない。身長もどうしようもない。しかし服は予算の問題はあるにしてももう少しどうにかなるだろう。
そのままじゃ200%女子から恋愛対象にはならないだろって服を着ている。
弱者男性論者を見ていると、「社会適応という名の悪」に対してあまりにも潔癖すぎると強く感じてしまう - 自意識高い系男子
モテるためにファッションに気を使うことは、就活で経歴を盛るくらいのくだらない茶番で騙し合い、という感覚があるらしい。
少女漫画だと、恋した女子が「もっと可愛くなりたい!」と友達にファッションを相談して一緒に買い物に行ったり、メイクを勉強したり、髪型を変えたり、メガネをコンタクトにしたり、めちゃくちゃありがちな展開である。(ありがちだけど、ファッションや変身ぶりに納得感があるとすごく好きです)
全然茶番でも騙しでもない。むしろ王道。レベルアップ。基本のキって感じ。
でも少年漫画で恋した男子が「もっとかっこよくなりたい!」つって髪型変えたり、ファッション勉強したり、って王道じゃないんじゃないかな。
どっちかってーと部活を頑張るとか、勉強を頑張るとか、頑張って話しかけるとかが王道なんじゃないかな。
私としては「恋愛したい=まず見た目のレベルアップ」だから、ジーンズメイトの服でモテたいとか言ってる意味が分からなかったんだ。
でも就活で経歴盛るくらいの嫌悪感を覚えることだったんなら、そりゃジーンズメイトの服のままモテたいとか言うよなって。多分部活とか勉強とか頑張ってるのに!くらいに思ってたんかなって思いました。
自由にブレストして「発散」してたくさんアイデア出しをするのはいいけど、
すぐ変えるのは良くも悪くも優柔不断、朝令暮改、とも言える。「サンクコストバイアスを振り切り、ダメだったら捨ててすぐやり直す」という良い面もあるんですが。
死ぬほどキツいブラック労働やイジメ学級なら命を守るために逃げたほうが正解だし、
仕事や部活など新しい挑戦がちょっとでも嫌なくらいですぐ逃げるようではスキルが身につかない。
程度って難しいですね。逃げる自由、職業選択の自由を行使する判断は。
http://blog.livedoor.jp/damadama_/archives/21373367.html
http://phoebe.bbspink.com/test/read.cgi/hneta/1517734547/
卑劣な性犯罪教師共の性犯罪自慢を基に、性犯罪教師どもの実態をまとめる
教育熱心な親の子には手を出さず、放任主義だったり子供に興味なさそうな親の子を狙う
シングルマザーでネグレクト気味な子が狙われるらしい。とりあえず片親だと目をつけられやすいが、「片親でも教育熱心」だと狙われにくい
いじめに親身になって介入するふりをしながら、いじめられっ子の「いじめられ体質」に付け込んでわいせつ行為をする教師がいる
発覚しにくそうな子を嗅ぎ分ける。
「部活の顧問で普段から厳しく当たってると、指導とエロ行為の境目が曖昧になってある子どもには判断つかないんだよね」
「昔は発覚しても揉み消してもらえたからありがたい。今は辛い」
「無理矢理やっても泣き寝入りして誰にも言わない子ばかりのありがたい時代でした」と語り合っている
「(小1の子に)触る許可を得てからおっぱい触ったよー」などとほざいている。触らせてはいけない、という教育が必要。
俺はハンバーグを食いに来たんだチーズが食いたいわけなじゃないんだよ
ハンバーグを食いたいのにチーズなんていらねぇんだよ最初から入れるんじゃねぇよそのスペースは肉のもんなんだよ
というかお前が入ってるせいで肉が減ってるじゃねぇかよ。なんだよ肉増やすと値段上がっちゃうんですよ~;;っつって代わりにチーズでも入れてんのか店はアホかお前アホか
お前ハンバーグ割ってみろよなんだよその空洞はよぉぽっかり空いた穴はよぉ。その分を肉にしたらこんな悲劇は起きねぇんだよ!チーズがいるから肉を楽しめないだろ!!
チーズが本来あるはずだった肉分あればいいよ。ないだろ?絶対パンパンに詰まってないだろお前。カレーパンのカレーぐらい詰まってないだろ。まぁあっちは生地が膨らむからしょうがないけど、そんな感じの空洞具合だろ。
結果的に損してんだよ!肉食わせろマジで!!!お前はオプションで上に乗っかってりゃいいんだよ!!!!!肉食わせろ!!!!!!!!!
最近はどこもかしこもチーズインハンバーグだよ。チーズが入ってた分肉詰めろやオラァ!!!!!!!!!!
ココスのジャンボハンバーグはよかったよな。高校の頃そればっか食ってたわ。部活の奴らがジャンボハンバーグのことバカにしたら「ジャンボハンバーグに謝れ!!!」って叫んじゃったよ。今でもイジられるよ。あいつ今どうしてんだろうな。まだレギュラーメニューなのかな。
ハンバーグにチーズを入れるのを支持するな。ハンバーグを愛せ。チーズは上に乗せろ。チーズインハンバーグの空洞が気に入らない。
社会人になってから初めて存在を知ったんだけどさ、この世には「社会に出たおかげで初めて人に話を聞いてもらえるようになった人」というのが存在するんだな。
クラスでハブられ部活でハブられ自分が入ったコミュニティはことごとく散っていく(参考:https://note.com/tonoike0604/n/n946aaf2c59f1)もんだからママ・パパ以外に話を聞いてもらったことのない人たちね。
原因としては話し方がキモかったりウザかったり下手だったりらへんだろうなってのは話してて感じるし実際そうなんだろうね、憶測だけど。
社会に出ると先輩は気にかけてくれるし仕事の為にみんなが自分と話をしてくれるしで、生まれて始めて人間の温かみを感じて舞い上がっちゃうみたいなのよね。
それで小学生が先生あのねあのねって喋るようなよちよち歩きトークであちこち行って喋りまくっちゃうの。当然人との距離感はわからんし空気読むとか出来んしの会話ド素人だからもうマジでヤバい。NBC兵器のCはコミュ障のCだわマジで。
そんな初めて人に話聞いてもらえました系人類だけど、なんでだか型にはまったようにみんな「自分頑張ってますアピールをしたがる」「同期をものすごい敵視する」そして「同期より仕事が出来ない」んだよねえ。
順序としては「仕事出来ない」→「会話も同期より下手」→「このままでは自分が会話出来る楽園が同期に奪われてしまう」→「何としても維持しなきゃ!」なんだろうけど、いわゆる無能な働き者ってやつで倍プッシュでトラブル起こして結局辞めてくんだよね。
辞めてくれる事自体はありがたいんだけどね…。