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はてなキーワード: 移入とは

2017-07-18

何者にもなりたくたい症候群

これに罹る人自体は、めずらしくない(私だってそうだ)。だが今後、きっと爆発的に増えていく。デジタルネイティブ若者に関しては特に著しく勢力を増やしていくだろう。

情報技術が発展し、情報リテラシーが高まり他人多種多様生き様や頭の中をヴァーチャル追体験できるようになっていくほど、そうなる。

あるいは、縮小し閉塞感に満ちていく社会において「○○のような人材」が求められれば求められるほど、他人の望む人間になることを是とする人は減り、真逆にあたるこの症候群が増える。

現代は多くの人が情報の海に晒されているが、基本的にはみな、好きで晒されている。

情報から距離を置けない理由には社会的欲求(横並び意識)も関係しているだろうが、根源的な部分で、人間知識欲ははかりしれない。

ともかく数年もそういう情報収集に没頭するうちに、人はすべての情報客観的に見るようになる。

言い方をかえると、すべてが他人事になっていく。自分思想行動様式と一致する主張ですら、他人事であり、移入することができなくなる。

感動しないわけではない。心酔しないわけでもない。でも、その素晴らしいものは(ゴミみたいなものもだが)、すべて、自分とは別の世界のことだ。無意識距離を置くようになる。

自分世界には、何もない。ゼロではないが、大したものはない。そのことに虚しさや悔しさなどを感じる時期も通り過ぎてしまった。きりがないのだ。自分空っぽでいい。そうなっていく。

はてブなんていうメタツールを使っている人ならその感覚がよく分かるはずだ。

自分主観的意見」ですら客観視しだして、「これはくだらない、取るに足らないものだ」と思うようになり、いずれ黙るようになっていく。

自分が言わなくても、自分が思いつく程度のことは静観していれば誰かが必ず言う。それどころかもっと洗練された素養を感じる意見が次々と出る。

たまに黙るようにはならない人もいるが、そういう人は、自己空虚さを完全に意識から消しているので、傲慢上から目線発言をするようになる。覚えがあるだろう。

 

自己主体とすることを肯定することは、一人の人間としての人生に埋没してしまうことだ。

それは極めて当たり前のことだが、しかしそうではない、メタ視野の万能感を、我々はもう知ってしまっている。

他人企業社会、そういった観察対象生き様、行く末を見るのは刺激的だけれど、自分がそれに加わろうとは思わない。

できることな人間をやめて、電脳化して、この先数千年くらいの人類を観察していたい。

それはある意味で、死へのあこがれかもしれない。

そうでないのなら、これは静かなる反抗だ。

まりにもできの悪い現実に対する?いや、違うだろう。情報を手にしてしまったことに対する、が妥当だろうか。

もう少し踏み込むなら、世の中にあふれる要素に対して、人生があまりにも短すぎることを知らされてしまったこと、

そして「実体験」の価値相対的に見て瑣末なレベルにまで薄れてしまったこと、その2点に対するハンガーストライキだ。

から何もせず、社会にも加わらず、ひたすら情報摂取して、内なる膨張を続けながら生きる。

 

労働者」になりたくない。

「親」になりたくない。

「男(女)」になりたくない。

強者(=搾取肯定するもの)」になりたくない。

「○○主義者(=世界を狭くするもの)」になりたくない。

「○○ファン/シンパ(=何かに従属するもの)」になりたくない。

ひとつひとつを見れば、中二病高二病かといったものをこじらせたんだな、と一笑に付されて終わるかもしれない。

けれどもこうした「○○になりたくない」という思いはインターネットの海で練り上げられて竜となり、

それらが寄り集まった集合体として、漠然とした怪物の姿となる。

その影はどこにでもあり、その姿は気づけば心のどこかに転写されている。

現代人のほとんどが、そうやって心に怪物を飼っているはずだ。

その怪物こそが、何者にもなりたくない症候群の主たる発生源だと思う。

  

この症候群に罹るのは、若者の間だけではない。

中年になっても、老年になっても、一言で表せるような身分を勝ち取る行動を頑なに起こさず、さまよい続ける境界者であり続ける。

そんな境界者とて、なにか巡り合わせた特定の状況に依存して生きているわけだが、決してその状況を肯定したり、堅持しようとするわけではない。

吹けば飛ぶような場所にいて、弱者であることにこだわり、風が吹くならば死んでも仕方ないと覚悟しつつも、防御行動を取らない人達だ。

そういう人の割合がふえてくると、これまで人類の築いてきたコミュニティの在り方は根底から崩れる。

それが悪いと言うわけではない。いち罹患者として言わせてもらうと、自然の成り行きなのかもしれないし、興味深いと思っている。

 

ある中年職歴なし引きこもりすねかじりもやしメガネより。

2016-12-20

最近おねショタ動向

おねショタというジャンルは、元はショタモノの一部門だった。

ショタというジャンルがあって、相手が男か女かという違いがあり、さらに女が同年代(インピオ)か、上か(おねショタ)という分類だった。

あくまでメインはかわいい男の子であり、お姉さんは付随するものだった。

ショタジャンルのメインシーンであるアンソロ基本的女人禁制でありショタホモ、あるいはホモインピオが99%で、おねショタモノはコミックRinとかノーマル男性向け雑誌にぽつぽつとある状態だった。

ここへ男の娘(当時は女装男子と呼んでいた。今でも厳密に両者を区別する場合もある)ブームが来て、おねショタブームが続いた。ここでジャンルに変質が起きた。

メインがかわいい男の子ではなくなった。

ショタコンでない作家おねショタエロジャンルとして描くようになり、主従の逆転が起きたのだ。メインはお姉さんであり(例えば艦これの某とか)、男の子はその相手という立ち位置になった。ショタに関しては思い入れがないものから男の子がのっぺらぼうだったり、最悪ちっちゃいおっさんだったりする。

この主従の逆転はおそらく感情移入先の逆転だろうと思う。従来のおねショタ移入先はお姉さんの側であり、その欲求かわいい男の子を犯したい、あるいは犯されたいだった。一方、主従逆転したおねショタ移入先は男の子の方であり、その欲求はお姉さんに犯されたい、甘やかされたいだ。

まり男性Mシチュエーションとしてのおねショタであり、最近では大人の男そのままにお姉さん(あるいは年下の少女)に甘えるシチュエーションに移行している。

このジャンルの変質にショタコン自分としては苦々しいものがあった。賞味したいのはかわいい男の子であるのに、その男の子がぞんざいだという不満もある。

それに加えて、おねショタのメイン層は前述した男性Mシチュエーションを求める層であり、男の子の側は徹底した受け身を求めることが多い。つまりお姉さんが常に上位でありその逆転は認められないという立場だ。その証拠にGirls ForMという雑誌ができ、この雑誌の当初の売りは「逆転なし」というものだったはずだ。

一方旧来のおねショタユーザー自分としては、逆転したりしなかったりという両者の関係機微が読みたかったりするし、男の子の側が全く上位でも構わない。悪魔美少年悪戯されるなんて、とんだご褒美だろ。

対象評価するにはそれを客体におかなければならない。男の子の側に感情移入するおねショタショタジャンルたり得ないのではないか

ただ最近では前述した通り男性Mシチュユーザーが他に移行したこともあってか、旧来の男の子を賞味するおねショタ回復しつつあるように思う。それには女装コスプレブーム関係しているのはないかと考えている。

2016-12-09

http://anond.hatelabo.jp/20161209171643

その共感する際に小さな事柄を吸収して削除して自分の利になる形で反応することが

まさに体験(経験)する前に歴史を読むことで転ばぬ先の杖としているんだけど理解してんの?

自分経験論は実証されたものを礎にしてるって言ってるけどこの増田母は実証例がいくつもあるにも関わらず理解しようとせず

この増田だってそういった歴史に対して共感してないじゃん。

自分共感しようとしてないくせに他人には無条件で共感して欲しいって心の表れでしょ。

からメンタル案件だっつってんだよ。

歴史に対して差異を削除して共感することができることと、

他者に対して似たような経験を持つことから差異を削除して共感することができるのは大して違いがないんだが。

要は自分という個をどこまで消して他者感情移入できるかで思い入れが変わるだろ。

人間の根源的な快・不快喜怒哀楽が備わってれば差異を削除して移入するだけで実体験の有無にかかわらず感情移入ってもんはできるから

違うというならなんで実際に存在しないファンタジー世界キャラを見て泣いたり笑ったりできるんだよ。

ワンピ読者舐めてんのかお前は。

そこに等価の苦労も経験もないっちゅーねん。

相手にそれを求めようとすんのは控えめに言ってキチガイから

同じ経験とか送れるわけねーだろ。

あるのは類似だけだ。

類似なら歴史いくらでもあるから別にてめーの経験じゃなくていいわけで。

結局、この増田母は自分他人の心を理解する上で自分差異を削除するテクニックが幼稚だから実体験が全てだと悟ってしまってるだけの話。

からメンタル案件だっつってんだよ。

奨学金返せなくて辛いなんて借りたことないやつだってどれくらい辛いか分かるっつーの。

自分実体験持ってるから分かる分からないっていうのはアホ。

想像力が圧倒的に足りてないだけ。

それを人のせいにすんな、常識だと吹聴するな。

個人的馬鹿なだけだ。

2016-11-10

アメリカ人にはネイティブアメリカン殺戮した心の負の面があって、、

彼らの先祖は、英国から移民として逃げてきてネイティブアメリカン達の社会破壊した。

それを正当化するために「アメリカ移民の国」と称し、元英白人以外から移入を歓迎した。

そして、元英白人以外の移民が元英白人凌駕しようとした状態が、トランプ勝利前のアメリカ社会であろう。

今後米社会が内向きになるなら「アメリカ人ネイティブアメリカン殺戮した」は、白人米国民の急所になりうる。

が、この急所を突き続けると「白人は優秀で神に選ばれた存在から他を貶めてよいのだ」と自己完結の「白人至上主義」が台頭する危険もある。

2016-11-08

いかげん、まことしやかにことばについてルールを語るのはやめてほしい http://anond.hatelabo.jp/20161108134523

http://anond.hatelabo.jp/20161108134523

(1) 日本語の「リャ・リュ・リョ」がそもそも英語存在しない問題

『舌を巻く"R"の発音で「リャ・リュ・リョ」は物理的に発音できない』ために英語存在しないんですが、

からそれはでたらめ。ロシア語では「ряа(=[rya])」・・・などの表記と音が存在する。物理的に 発音できないなどということはありえない。「英語では物理的に発音できない」という主張だとしても「なんで言語によって物理法則が変わるんだ」ということになるから、その問題提起はあきらかにおかしい。また、だとすると「日本語では平安時代物理的に"ぴゃ"という発音はできなかった」という意味のわからない主張が正しいことになる。

そもそも、

ということと

ということは同じではない。

英語ネイティブの人でも気づかないだけで[rya]という音は発声している。ただ、それが音韻として用いられていなかったり、あるいは弁別性を有しなかったりするだけ。あなたの言っていることはそもそも文字と音声言語混同してるんだよ。

そもそも「ラリルレロ」は"L"か?"R"か?"L"の方が近いのでは?

どちらでもない。みんな大好きWikipediaから引用

https://ja.m.wikipedia.org/wiki/ら行

頭子音の音声学上の実際の発音は、「り」を除く「ら」行音の場合一般的に、語頭や、撥音(ん)の後では歯茎側面はじき音 [ɺ] 、そり舌側面接近音 [ɭ] または有声そり舌破裂音 [ɖ] に発音され、撥音(ん)の後を除く語中、語尾では歯茎はじき音 [ɾ] またはそり舌はじき音 [ɽ] に発音される。「り」の場合は他の「ら」行音に比較して頭子音が硬口蓋化するため、語頭や、撥音(ん)の後では歯茎硬口蓋側面はじき音 [ɺʲ] 、硬口蓋側面接近音 [ʎ] または有声硬口蓋破裂音 [ɟ] に発音され、撥音(ん)の後を除く語中、語尾では歯茎硬口蓋はじき音 [ɾʲ] または硬口蓋はじき音 [ɟ̆] に発音される。

まりコンテキストによって r や l どころかまったく違う音になっている。話者は音韻として「ら行」に分類しているだけ。ここ、ブクマでもトラバでも「おれ英語知ってるしー。ら行はRじゃないよねー」とか物知り顔で言ってる人多いが恥ずかしいだけだぞ。

「リャ・リュ・リョ」の英語表記において、"L"か"R"の2択でなぜ"Rya,Ryu,Ryo"が発音できない"R"を選んだのか?

ローマ字表記」は「英語表記」ではありません。

ローマ字表記ラテン文字圏向けに26文字アルファベット日本語表記する方法として考え出されたものです。英語表記するためのものではないです(なお「ラテン語表記」でもないです。いまの時代ラテン語新語表記なんかできるかボケ)。

「そんなの細かい違いでしょ」と言い出しそうだが大問題。たとえば国語表記アルファベットを使っているベトナム語も「英語表記なんだから英語発音考慮せよ」ということになってしまう。

nước Cộng hòa Xã hội chủ nghĩa Việt Nam

こんなんね。「えー! アルファベットじゃないじゃーん!」とか不平言ってもダメ。これはアルファベットダイアクリティカルマーク足してるだけ。ダイアクリティカルマークアルファベットじゃないと言い出すとウムラウト打ってるöドイツ語アルファベット使ってないということになる。

英語しかものごと考えないくせついてるからそういう変な発想になるのよ。

ここも若干厄介な問題が絡んでいて、英語とは"value"を「バリュー」と読むくせに"Lue"は「ルー」と読む言語なんですね。

すなわち、表記と読みが一対一対応していない、ということです。

それも間違いです。英語表記は「その単語英語文化移入された時点では表記と読みが一致していた」んです。ただ、英語場合ノルマンコンケストとかいろいろな文化交流があったせいでさまざまな表記が残ってしまった。結果として音声・表記不一致になっているように見えるだけ。実際には歴史的背景を知っていればスペリングから発音推定できるようになっています中学高校でちゃんと習ってるはずだけどhttp://bit.ly/2eRDbuy:ノルマンコンケスト]についてはWikipediaでも読んで。

ただし、"Rya,Ryu,Ryo"だと読みを慣例化していく以前に、「原理的に発音できない問題」が出てしまい、不適切だと思います

うん。だから誰にとって原理的に発音できない」のか明らかにして。

(3) 日本語の「ラリルレロ」ってそもそも"L"なのか問題

この件に関しては私が無知であり、"R"よりも"L"の方が日本語に近いと勘違いしていました。

音声学だったり色んな経緯があって"R"になったようですね。

先にも書きましたがLでもRでもありません。また、音声学的背景で決まったものでもありません。そもそも /l/ と /r/ は「流音」と言って似たような音の仲間です。

ヨーロッパのことばの中でも「単語の中の-rolor-って部分、時代が移り変わるうちに -lorol- って間違って巷間に流布しちゃった。テヘペロ」などということがふつうにあるレベルです(ポルトガル語中世ロシア語の流音交替現象など)。「日本人発音しわけられないし聞き分けられないんだよねーププ」という指摘がよくなされますか、広い視野で見ると「そんなに変わらない音」なんです。

からローマ字で L と R どちらを採用たかは「気分で決めた」以上のなにものでもないです。

(4) そもそもローマ字って英語じゃなくて日本語じゃね問題

本当にそうだと思います

まぁ、どうせ英語ネイティブスピーカーが読む可能性があるのなら、読みやすくて発音が近い方がいいじゃないですか。

なるほど。ではお聞きしますが、


(5) ワープロで"La"が「ぁ」になる問題

xa で打てばいいと思います

2016-08-12

東京保育所問題通勤地獄を何とかしたかったら

必ず要るのは移り住んでくる人口を減らすことだろ

1. 何か政策打つ

2. たまに有効なのがある

3. 「なーんだ東京って住み良いらしいじゃーん、引っ越すか♪」

4. 政策効果が出る前の状態に戻る

5. 1に戻って以下繰り返し

地域建築基準コントロールして新規マンション建設を減らすとかして移入人口の受け皿をある程度絞れば、小さい子どものいる世帯が減って保育所に余裕が出ると思うんだけど。満員電車も同じ手でいつかは和らぐ。

で、その世代東京以外に居場所開拓し始めれば、いつかはそこが文化経済のコアとしての役割を一部引き受け始める

もうこれでいいじゃん

この策が出来ない理由はいいから、これをどうやったらできるか考えてくれ

えらい人、あるいはみんな

2016-07-26

自然環境保護は、皆の利益になる。

この2週間ほどの間、生物界隈ではとある話題で持ち切りとなっていた。

犬鳴山納涼カーニバル金魚の放流)」と題したイベント話題である

自然の川の中で金魚を放流するという行為に対し、生態系破壊するのではという懸念から問題提訴が起こったのだ。

これは各所に飛び火し、インターネットメディアテレビニュース等で報道されるに至った。

この際に、問題提訴に対してのカウンターで「環境保護人間エゴだ」という言葉が多く見られたので、

これに反論をすべく筆を執った次第である

 

エゴエゴイズム、つまり環境保護利己主義者によるものだ」との弁であるが、

結論から言ってしまえば、この記事題名の通り、

自然環境保護とは、我々人類皆の利益になるものである

 

まず前提として、

自然環境保護動物愛護は別ものであるということをご理解頂きたい。

環境保護とは、生物が生育できる環境の維持が目的であり、その後の利用を含めるが、

環境がどうなろうがとにかく動物を傷つけないように苦しめないようにしよう、というものではない。

 

生態系破壊にまつわる1例である

「ミュニル・ビラニ「私がハゲワシを慕うわけ」」

https://www.ted.com/talks/munir_virani_why_i_love_vultures?language=ja#t-283827 

ハゲワシを駆除して回った結果起きた、様々な悪影響の話。

ハゲワシは分かりやすい例だが、

生態系というものは非常に複雑に絡み合っている。

変化がどのような結末を齎すのかの予測殆ど不可能だ。

それが人類に牙をむいた時は、もう手遅れなのだ

 

生物有効利用にまつわる1例である

カブトガニ血液の利用」

https://www.city.kasaoka.okayama.jp/site/kabutogani/ketueki.html 

カブトガニ血液を、人間医療に用いている話。

「ライ (ハンセン病)( Leprosy)」

http://www.design.kyushu-u.ac.jp/~hoken/Shiori/91Lepra.htm

アルマジロをハンセン病治療の糸口として用いる話。

今利用されている動物も、昔は利用されてはいなかった。

現段階では利用されていない生物も年月が経てば利用される可能性も十分にある。

失ってから、役に立った可能性があると言い出してももう遅いのである

 

遺伝多様性にまつわる1例である

ホタル養殖と放流についての諸問題

http://www.tokyo-hotaru.com/jiten/report12.html

外部のホタル移入することで起こる系統崩壊の話。

ホタルはそれぞれの地域で光りかたが異なることが記されている。

「ここでしか見ることのできないホタルの光」が失われれば、

観光地としては少なからず損をするだろう。

 

これらのものは実際に変化があって初めて浮彫になったものである

そして、変化していない=安全という意味ではない。

それまで運良く変化しなかっただけで、この先どうなるかは誰にもわからない。

環境保護エゴである豪語する者は、どれほど生態系に対する理解と知識があるのだろうか。

エゴだと叫ぶ人のほうが、自分利益がなければ関わらず、利益があるなら動き出すような

エゴイズムの強い人間ではないだろうか?

自分の目先の利益の為だけに、人類全体が損をする可能性のある選択をする人こそが、

利己主義者ではないだろうか?

人間は未だ生物の全てを解明できたわけではない。

解明できていないからこそ、今あるものを残しておくことが人類全体の利益になるのである

絶滅自然の営みなので問題ないはずだ」とする人はそもそも論点がズレている。

人類が損する可能性があることを理解しておきながら選択をし、

それによる不利益を「自然とはそういうもの」と正当化する人間は、

利己主義かどうか以前の破滅主義者と言えよう。

そのような人間の言い分を聞いていては全体が不幸になるだけだ。

2016-04-24

hatenablogが始まって急速にはてながエモくなってる

要約:論理より感情みたいなやつらが増えている

2chもバスジャック以前は、陰気で気持ち悪さはあったがわりと冷静なやつが多かったが

事件以降は冷やかし連中の大量移入で結果はご存知の通り

さら日韓ワールドカップさら悪化して今に至る

電車男以降もなんか変なのが増えた気がする

vipperとかなんjなんかみたいにね

とにかくノリ重視なやつら

twitter最初の年はよかったが、結局今はあのざまだし

はてながhatenablogはじめたときは、日記となにが違うんだよって思ってたけど

互助会ってやつなんだろうか

とにかくエモさ重視のくっせーブログ記事が上位に並ぶようになった

エモい記事はだいたいhatenablogだ

独自ドメインのもあるけど、サービスがhatenablogな場合が多い

proだと独自ドメインとれるんでしたっけ?とにかくわかりづらくてかなわん

人力でhatenablogはじくようにしてるけど、独自ドメインはわからないから

右か左かの違いはあるにせよ、はてながこうもエモい連中であふれるとは思わなかった

全てのスマブラ族に・・・(このネタしってる?)

http://dic.nicovideo.jp/a/%E2%80%BB%E9%B3%A5%E8%82%8C%E6%B3%A8%E6%84%8F%E2%80%BB

みたいな、オタク脳内快楽汁大量放出されてるのがとにかく気持ち悪い

2016-04-12

http://anond.hatelabo.jp/20160412123911

シチュエーションにアガるから女側の容姿あんまり関係ない イケメンにこんなことされたらたまんねえ~って話 感情移入はするけど、自分をそのキャラクターに当てはめるんじゃなくてそのキャラクターの置かれている状況とか心情に移入するのでただの器である外見はあんまり関係ない

もしくはそいつらが恋愛してるのを近場の第三者視点から見てるのでこの場合容姿とかまったく関係ない

2015-10-12

http://anond.hatelabo.jp/20151012154555

テトリスでは誰に感情移入するんですか?

感情移入できないテトリスは娯楽じゃないんですか?

それともみんながあまりきじゃない田のテトリミノを自分だと思って、田をうまく配置できたときは「やはり俺のいるべき場所はここだな」とかにんまりしたりするんですか?

最初MMORPGを例にあげてますけれど、MMORPG場合基本的自分自身プレイヤーキャラクターとして行動したり発言したりするので、感情を”移入”する余地がなくないですか?プレイヤーキャラクター以外の誰に感情移入するんですか?プレイヤーキャラほったらかしてクエストスクリプトを語るNPCに「わかるわかるよ」って感情移入しちゃったりするんですか?たとえばグループタンクヘイトコントロール無視して火力全開で俺TUEEEEしたがるクソガキDDふつうにムカつきませんか?あなた自身感情がそこにありませんか?

コンシューマJRPGなんかだと俺はちょっとクラウド内向的なところが苦手だから感情移入しにくいとか逆にさわやかナイスガイティーダの方がビタイチ感情移入できねーよとかそーいうのはあるとは思うんですけど、べつに感情移入できるキャラいなくてもふつうゲームを楽しむことはできませんか?

なんつーかですね、ゲームにかぎらず感情移入してキャラ消費しないとコンテンツを楽しめないってゼロ年代に入って以降顕著に見られる特色だと思うんですけど、それが本来の有り様だとか普通の楽しみ方って信じこんじゃう時点ですでに病膏肓に入ってる感じがするんですよね

とりあえず動物的欲求を満たしてくれるキャラクターを消費することこそ娯楽であるという思い込みからすこし距離を置いてみませんか?

マンガゲームアニメキャラ愛ありきで消費者様の趣味嗜好に媚び媚びのキャラクターが氾濫しまくっていて、極端な話、キャラさえ立ってれば物語性だの世界観だのゲーム性だの他の要素は三流以下でもかまわないっていうようなのもめずらしくないですよね

キャラコンテンツもべつにあっていいと思うんですよ

でもあまり消費者様が感情移入してくれる、キャラ愛を惜しみなく注いでくれるってことに偏り過ぎると、多様性を失ったコンテンツがやせ細っていく一方なんじゃないですかね

あなた感情移入したいという欲求があって、自分ストレート感情移入できるコンテンツなりキャラクターなりを消費する、それはそれで結構

でも、そうした動物的な欲求にただちに従わない、もうすこし回りくどいプロセスを経て渇望を満たしつづけたい消費者存在も同等に認めてあげてくれませんかねえ

2015-07-18

http://anond.hatelabo.jp/20150718174321

彼女がおんなじ感じ。よく可愛い女の子にコナかけてる。で、性嗜好は男、つまりストレート

彼女容姿コンプレックスがあって、自分のことが嫌いと公言している。ここからは完全に推測で、本当は可愛い女の子として扱われたい願望を、自分が男側になることで現実化させてるというか表出してるんじゃないかと思ってる。

増田はどんな感じなのか聞いてみたい。性嗜好はヘテロなんでしょ?行為をしている女の子を見て萌える(もしくは移入する)のはわかるけど、実際そういうことをしてみたいと思う?

2015-07-05

最近読んだマンガ

・星河万山霊草紙(1) 鈴木有布子

タダだったから。2話ぐらいだけなのね。


・起きて最初にすることは 志村貴子

キモイ。お兄ちゃんキモイよ。でもマンガ面白いよ。

お兄ちゃんの、ひどい仕打ちを愛によって受け止めているそのメンタリティキモカワイイっていうのかな。ひどい仕打ち快感を感じるMとは違う。

おれはBL読まないので、BL文脈はよくわからない。なので、ラブコメとして読んだんだけど、恋愛限界事例って感じ。

不憫系ってジャンルがあるみたいだけど(おれは良く知らない)、この作品はひどい状況を悲しく表現してはいないし、笑いをとる方向にももって行っていない。それによって、(人の心理を中心にしているにもかかわらず、)誰かへの移入に頼らず、ニュートラルな納得感を読者に与えているように見える。

暗くも明るくもしない作者のバランスガッツリはまった良作ではないかと。


港町猫町  奈々巻かなこ

個人的にはあんまりだけど、好きな人は好きだろうと思う。


うどんの女 えすとえむ

恋愛プロセスにおける、"おかしみ"がうまく出ている感じ。独特のクドさのある人の画も良い具合にはまってるのでは。



淡島百景 1 志村貴子

いつもの志村貴子


げんしけん(18) 木尾士目

画も内容も昔より暑苦しさが増してる気が。

閉鎖された仲良し空間の暑苦しさを楽しみたい人には最高。個人的にはちょっとおなか一杯。


・恋は雨上がりのように(2) 眉月じゅん

1巻を買って、迷ったけど2も購入。

純愛ものをひねりの無い展開でシリアスにやってて、でも古臭くならないように注意している感じかな。


彼女世界 袴田めら

百合面白いと思ったことがないにもかかわらず、たまに、なんとなく、買ってしまう。

これもそのうちの一つだったけど、おもいがけず面白かった。初めて百合面白いと思ったかも。

この手の逆転系はよくあるけど、無理のない展開って結構難しいと思う。にもかかわらず本作は納得感ありつつ進行していて良い。

そういった意味では、百合じゃなくても面白かったんだろうなとは思う(百合環境の上で成立しているので、実際は必須なんだけど、比喩として)。

画はうまくはないけれど、人のたたずまいや、内面が表出する部分を丁寧に表現していて魅力がある。

結局、内容が良ければ、百合BL面白いってことなんだなー。などという当たり前のことを、「彼女世界」と「起きて最初にすることは」に教わった。


実在ゲキウマ地酒日記(1) 須賀原洋行

クッキングパパ(100) うえやまとち

夏子の酒(1) 尾瀬あきら

タダだったから。


ヨコハマ買い出し紀行(1-12芦奈野ひとし

過去に紙で読んだ作品。その時もドはまりした記憶があるが、改めてハマった。

kindle で1巻が無料だったので、「なつかしーなー」と思って1巻を読んだら面白くて結局2-14巻も買ってしまった。

人類の来し方と、残る世界の行く方が交差する大きな転換点をユルい日常連続と個人の視点で(いまなら許されないだろうと思うほど)暗示的に表現しており、今読んでもユニーク(のんびりした終末感は"渚にて"が思いつくけど)。

テーマ基本的作品の背後にあるが、ポツポツと表出されるところの表現が秀逸。アルファさんの「知ってるよー」は何度読んでも泣く。

日常のユルい表現も、言語化されない人(じゃなくてロボットか)の心理が多分に含まれていて、その密度感が作品の足元を支えている印象。

芦奈野ひとしが画が上手いのは今更としても、この作品が一番ハマってるなあと改めて思った。光/影/空気/地表/大気/水面/空/雲/晴れ/雨/土/砂/コンクリ/鉄/木材/植物/朝/昼/夕方/夜.....作品環境に関するあらゆる表現が驚くほど高度でビビる


ストレッチ(3) アキリ

だいたい web で読んでだけど、また読んでも面白い。5回ぐらい読んだけどまだ面白い

2人のトゲとボケを含む愛のあるイジリあいはいつまででも見ていたい。画もうまい

どうでも良いけど、ワンレンOLって。作者は幾つぐらいの人なんだろ。


マホロミ(4) 冬目景

完結してた。

このくらい恋愛要素が奥まってるほうがイイと思う。

建築については、その魅力がなかなか伝わってこなかった。人的なドラマ要素を持ち込んでいるので退屈はしないけど。

作画はマユリの頭がコーンヘッド気味に見える絵が多くてちょっと気になった。後頭部が上にトンがってるように見えると言うか。(追記:観察してみたら、こういう風に見える人いるね。特に女性。なのでこの評価は不当だと思う。よく見てから言えって話だ。)

女性かわいいとされてる作家だけど、個人的には男性のほうがバランスよくて上手いような気がする。


・となりのロボット 西UKO

ロボットというと産業ロボットなんかも含むので、どちらかというとヒューマノイドとかアンドロイドって言う方がしっくりくるんだけど、あえてロボットって言い方をチョイスしてるんかな。ロボット存在の仕方について、突っ込んで考慮されてて面白かった。作画はあんまり


・春山町サーバンツ 4巻 朝倉 世界一

完結してた。ダラダラ続けるのに良いフォーマットだったと思うけど。

もうちっとぶっ飛んだ感があったほうがこの作家に向いてるかな。とは思った。

作画はいもの通り、デフォルメして特定のパタンに落とし込む方向。顔はうまいだけじゃなく、場面ごとに表情が丁寧に考慮されていて、見ていて楽しい

街の作画もかなり丁寧(重要な要素だしね)で、都心近くのちょっと古い商店街/住宅地の感じが良く出てると思う。


・おうちでごはん (8)スズキユカ

スズナ公園で遊んでる回の作画は全身で動きがある画が多くて良かった。

この作品では初めて見る構図やポーズ自然で良い感じにこなしており、上手いと思った。

普段ほとんど室内で顔ばっかだしね。男女ともにみんなカワイイので良いけど。

黒目が大きいのが個人的にはあんまりなので、スズナとウリサワが好き。


・うきわ(3) 野村宗弘

終わってた。着地点は、まあ妥当というか、これ以外の着地は難しいだろうなあというところ。

エンドロールもそうだったけど、ミニマル内向的作品が続いていて、その辺のニーズが強いんですかね。

鉄工所みたいに、にぎやかな作品もそろそろ読んでみたい気も。

作画はいつも通りで個人的には好み。


・ちろり(7) 小山愛子

概ねいつも通り。ちろりは話の流れ的に表情が増えてきた気が。


岡崎に捧ぐ(1)山本さほ

ややエグみのあるエピソードを笑いやノスタルジーに落とし込んでいて、好き嫌いの分かれる作品だと思う。

個人的には、つまんなくはないけど、好きではない。って感じかな。。


ふだつきのキョーコちゃん(4) 山本崇一朗

何を楽しめば良いのかがよくわからないというのが正直なところ。つまんなくはないけど。

キョーコの体質を基にしたドタバタなのか、兄妹のイチャイチャなのか、ラブコメなのか。そのほかの何かなのか。

雑多なネタを扱う作品結構あるけど、その路線成功してる作品メタレイヤーでの一貫性があるように思う。

本作は現時点ではちょっと微妙なところ。


34歳無職さん 6  いけだたかし

いつも通り。前巻で娘が出てきて波風あったので、今回やや退屈な気もするが、そもそもそういう作品なので文句はないです。


イシュタルの娘~小野於通伝~(11) 大和和紀

大河系というか、こういう系は完結してからまとめて一気に読んだほうが面白いね。

1-10を続けて読んでるとき面白かったのに、間があい11 を読んだら、ちょっと没入できなかった。

作品としてはもちろん面白い作品


コンプレックス・エイジ(4)佐久間結衣

キャラ投入でやや波風ありつつも、面々が相変わらずまじめに楽しくやってる感じ。


かくかくしかじか 5 東村アキコ

人の死をネタにした自意識エンタテイメント

とある漫画家の昔語りとしてそれなりに面白かったので、死をあんなに盛り上げなくても、もちっとサラっといっといても良かったんじゃないの?って気が。

まあ、この作者なら盛り上げていくんだろうなあとは思ってたけど。あまりにまんまで笑った。

2014-09-26

知らない世界

世の中というのは、知らない部分の方が多いものであるね。

まさに氷山の1角、ってやつ?

前をみてる間は後ろが見えないものだし、大人になってしまえば子供目線感性もわからなくなってしまうし。

自分経験したことがない事は、想像の域を出ない。

どんなに感情移入して、たくさんの話を聞いても、体験しない限りは完全にわかことな不可能だろうと思う。

もうすこしで二十歳が終わる。

未成年という肩書を奪われてしまって、お酒タバコもなにもかもが自由になってからおよそ1年。

この1年でわたしは何か変われたのだろうか。

なにも変わっていない気がする。

けれど、この1年は今まで生きてきた20年の中で一番新しい世界をみた気分だった。

わたしが無知だっただけなのかもしれない。

話には聞いたことがあるが、にわかに信じることは出来なかった世界を身近に感じたことがたくさんあった。

そんなひと本当にいるのか、と心の底では疑っていたことが、身近にたくさん起こった。

わたしだってまだ若いから、と、真似してみようかと揺らぐこともあるけれど、結局わたしには向いていないし楽しむこともできないのだろうなー。

なんだかおちが見つからないけど眠いからやーめた。

2014-05-10

http://anond.hatelabo.jp/20140510001625

レツゴーのやりとりに恐怖を抱いた。

私は彼に同情して自己移入する。不細工だけど。

なんか、大量の知識を正確に紐づけできないんだよね。あとすぐ忘れる。

それが語彙不足というか、語彙も不足するんだけど、それより深刻な常識不足とレツゴー的判断ミスに繋がっていく。

私は雄大で感情的流行最中にある美しいテーマソングを口ずさむ時、しばしば「ありのままに」のようなメモリへのアクセスに失敗する。


なぜみんなあんな正確に物事をいつまでも覚えてられるのか不思議で羨ましい。

昔は昔で、モー娘。やら阪神やらなんやら覚えられなくてついてけなかったし、自衛隊基地の近くを通った時に「あ、ヘリだ!軍用ヘリー」と言ったらなんか隣から冷たい正式名称が飛んできて「お前○○(苛められ子)に似てるな」と言われたのがトラウマだ。

今は今で、懐かしい話についていけなくて辛い。マリオRPGボスとか思い出したいのに思い出せない。漠然面白かったよなーとしか言えず盛り上がれなくて悔しい。

喋ることなんかずれてることが多いみたいで、一般的コミュニティはいつも弄られキャラに甘んじてたし、そういうところではほんとなにかしら笑って突っ込んでもらえないと辛い空気になってしまう。

突っ込んでもらえると、天然ボケコントみたいなノリになって、知的優劣の雰囲気を和らげてくれるので助かる。他力本願申し訳ない。

一般人的にはこの手の間違いは恥ずかしくて穴があったら入りたいレベルだと思われるが、私はもう恥ずかしがってても仕方がないレベルである穴熊してても負け続けたので、戦法を変える。

私はむやみに気を抜いて喋らない。話が合うように私なりに気を遣う。CMを観ても軽く口ずさんだりするに用心する。けど、安心する人の前では気楽にレツゴーと口ずさんで、「おまwレツゴーてww女王様雪山登りにレッツゴーww気高さ台無しやんwww」と突っ込んでもらったり「レイゴーやで」「あ、そか」「ん」と流してもらっている。


もんげん」文言

「ドゥーン」Done

「ハーマイト」Hermite

なぜかなぜかわからんが、学業なのは比較的優位だった。勉強したら頭に入る。相変わらず常識を疑われるミスはするが、それでも比較的優位だった。

私もレツゴーを頻発させていたが高校の時全国模試はだいたい偏差値70を超えていた。日常の私の論理的思考どうした。

今もそれなりの待遇の中で生きさせていただいている。

私は自分のことが頭悪いと思っている。しかし、無能とは思っていない。ようは、こう、知覚に関する複雑な要因があってのことなのだと思っている。

この文からもお察しだと思われるが、喋ってる内容を逐一俯瞰的制御できない、そういう感覚があって、それが口下手というかコミュニケーションにおける齟齬を生む感じだろうか。一概には言えないが。

仕事におけるコミュニケーションにはなかなか苦労はあるが、ただ、目的案件に対しては、少なくとも私の仕事場合は、雑談に比べて非常に取り組みやすい。


頭悪いのも事実だろうけども、会話のノリが合わないのは辛いことかもしれないけど、悲観して蔑まないでやってほしい。

この思いは私の保身である。世の中の多くの人がレツゴー的な間違いに寛容になってほしいと願っている。

こんなコミュ齟齬野郎でも誰かの価値にはなれている気がするし、生きてて楽しい思いもしている。姉ちゃんは私に毎日画像を送りつけ、私はそれにクマーとだけ返信する日々だ。なんかそれだけでも和むし良い気分だ。

論理的思考に問題があるかと言えば、あるのだろうけども、それでも彼は彼なりに良いところがあるのだろうし、頭の良い面もきっとあるのだろう。

増田の姉ちゃん怖いよう。

2014-05-07

常識成立の時代背景を捉えよ

★今読んでる「帝国陸軍本質」という本が実に面白い

 旧陸軍は、現場東京無視して独断専行して進軍し、満州さら支那戦線拡大して、挙句自滅した。

 「帝国陸軍本質」の筆者は、その理由を明治初期の陸軍大学校教官メッケルの教育内容にある、と看破。

★メッケル教官は、明治陸軍士官タマゴたちに、

 「場合によっては、大本営の命令を待たず、独断で行動すべし」と教育した。

 その教育があって、帝国陸軍現場勝手に行動する軍隊になった。

 しかし、メッケルがそのように教育したのには、それなりの理由があった

★メッケルは19世紀半ばのプロイセン軍メソッド日本移入

 プロイセン軍は最強の軍隊で、ドイツは統一するし、フランスも破った。

 当時のプロイセン軍は、独断専行「だから」強かった。何故か?

★19世紀半ばは、まだ無線電信が発展してなかった。

 ⇒現場軍と大本営とは、軍馬とか伝書鳩とか、アナログ方式で命令を伝達するしかなかった。

 だから大本営の命令を待ってたりしたら、行動が大幅に遅れて致命傷になる。

 だからプロイセン軍現場判断で独断専行するようになった

帝国陸軍士官タマゴたちは、メッケルから独断専行するように」と教育されたとき

 「なぜ独断専行すべきなのか?」を深く考えなかった。

 考えていたら、無線電信技術が発達した20世紀の戦争で、独断専行無益有害であったことに気付いたハズ

★これで思い出した話が、草加市教室天井高論争。

 小学校教室天井高は、文部科学省省令で事細かに決められているのだが、

 草加市が(コスト削減のために)

 「省令より低い天井高にしたいと思います特に教育に支障はないと思いますが、いかがですか?」と

 文部科学省にお伺いを立てた。

★因みに、なぜ天井高の規定存在するか?と言えば、

 以前の薪ストーブ石炭ストーブ教室暖房行っていた時代の名残で

 「教室内の換気の関係」で、天井高を高く確保していたらしい。

 薪ストーブ石炭ストーブもない現代では、あまり意味のない規定

★そうすると文部科学省

 「天井高を高くすることで、教育効果がある」として

 草加市の申請を拒否した。

★「教育効果」という文部科学省の言い分に疑問を感じた草加市は、自ら実験実施

 天井が高い教室と、低い教室児童を入れ、それぞれ「どっちが学習やすいか?」を聞いてみた。

 ⇒結果は「天井が低い方が、心理的に落ち着く」という、文部科学省赤っ恥な結果になり、

 文部科学省草加市の申し出を認めざるを得なくなった、というオチ

・・・ことほどさように「常識の成立した時代背景を探らなきゃならない」という教訓

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