はてなキーワード: 砂場とは
息子は1歳7ヶ月。まだ意味のある言葉は話さない。「ママ」すらしゃべらない。
親としては「まあそのうち話すようになるだろ」と思ってはいるが、何を要求されているのかわからないことも多いので、さっさと話せるようになってほしい。
落ち着きはない。常に動き回り、じっとするのを嫌がる。思えば立って歩くのは早かった。生後10ヶ月には立ち上がり、歩き始めていた。多くの子は1歳頃かららしい。「寝てなんか入られない」というのは、この時から彼の行動原理の一つだったのだろう。
「静かにしているなー」というときは、気がつくとタンスの中身が全て投げ出されていたり、AV機器のケーブルが引っこ抜かれて機器が散在していたりする。チャイルドロックは彼の制止にはならない。
こういうとき、彼は「ここまで出したのすごいでしょ」とでも言いたいのか得意げである。にこにことしたドヤ顔はとてもかわいい。
散らかった物々を片づけることは、彼の功績を無とすることであるため、泣きわめいて阻止される。
昼寝をしない。夜もあまり寝ない。20時に寝て、22時と24時と26時頃に一端起きて泣きじゃくるのが日課。朝の4時頃にはもう朝モードで覚醒し、おもちゃを引っ張り出したり、何か食べさせろと冷蔵庫にぶら下がって泣きじゃくる。
世界は自分の思い通りになると思っている。思い通りにならないならば泣く。ブロックが思い通りにはまらない。おにぎりが食べたいのにパンを出された。お茶じゃなくて牛乳がいい。ボールがどこか行ってしまった。ならばもうこの世界なんて滅びてしまえ、という呪詛を含んでいるかのように激しく泣く。
彼の地べたに寝ころんで手足をバタバタさせて駄々をこねる様子は、まるでマンガのようである。あれってマンガの中だけではなく、現実にあることだったんだなと彼の仕草に学ぶことは多い。
彼はよく泣くが、よく笑いもする。笑顔を見せれば笑顔を返してくるし、ボールやミニカーが転がる様子で大笑いする。
最近はプラレールに人形を置き、電車に人形が引かれて脱線する様子をみてケラケラ笑っている。人形界では大惨事だろうが、彼が楽しそうにしている姿は心休まる時である。
先日、一歳半検診で発達傷害の可能性ありと指摘された。言葉が遅いだけではなく、彼の行動や仕草をみての指摘である。
普段、「子育てって大変だけど順調に育ってるよね」と思っていたところに冷や水をかけられた感じである。あれ?多くの子はここまで癇癪ひどくないの?もう1歳半なら夜寝るものなの?お話するものなの?聞き分けできてくるものなの?
まあ、まだこの歳で判断は難しいとのことで、専門家に予約をとり、お話をさせてもらってきた。
子育てについては、多数に適用される一般的なことと、個々の事象から原因を推測していくこととある。一般的なことは本や口コミで十分だけど、多数に属さないことに関しては、専門家と話した方が原因にたどり着く可能性が高い。数件の事象が一致しても原因が異なるケースは多いので、体系的な知識がない中での判断は注意が必要だと考えている。
予約を取り、臨床心理士の方と話をしてきた。小一時間くらいだろうか。普段の生活と仕草や好みのヒアリングと、息子に対しての簡単なテストを行った。
ますは花や車や動物の絵を並べ「ワンワンどれ?」と聞くテスト。彼はガン無視であった。
普段でも図鑑の指さしは自分が大好きなアンパンマンしか反応しない。興味のないドキンちゃんやおむすびマンがどれかなど、彼にとってはどうでもいいことで答えるまでもない。ましてやワンワンどれ?などという質問にはつきあう義理などないのだ。
次に形合わせ。3種のブロックを同じ形の穴に入れられるかというテスト。彼は渡されたブロックではなく、他のおもちゃのブロックを穴に入れるのが楽しいようだった。心理士から渡されたブロックよりも、自分のブロックの方が優先なのだ。手持ちのブロックが無くなり、ようやくテストのブロックを入れることができた。このテストの結果がどう判断されたのかはわからない。
ミニカーが机の上に出された。心理士の操る車はトンネルに入り、トンネルを通って入り口とは反対から出てきた。彼はそれを目で追っている。その車はもう一度トンネルに入る。彼はトンネルの出口を注視していた。直前の事例から、トンネルから車が出てくるであろうことが、予想できていた。
ミニカーがタオルで包まれて渡された。彼はタオルを開き、ミニカーを取り出し遊び始めた。「中にミニカーが入っている」ということは認識できていた。
こんな感じで、心理士と息子が遊ぶようなテストが繰り返された。親としては見守るのみだが、終始息子はごきげんモードで対応できていたのがありがたかった。もし癇癪をおこして泣きわめくモードになってしまっていたら、診断もなにもなかっただろう。
今回、話したことと伺ったことをメモしておく。
発達障害については、まだ何とも判断できないとのこと。単に発育が遅いといってもなんらかの障害が原因なのか、環境や性格によるものなのかは今はわからない。たとえ今の時期に脳波を見てもなにもわからないことが多い。また3ヶ月後くらいに面談しましょう、となった。
一歳半検診で指摘されてから何をした方がいいのか不安があったが、随分と楽になった。私としては障害があるなら、その支援が必要だろうし、個別に備えることも多くなるので、なるべく早め早めに手を打っていきたい。
プログラミングって、これから始めてみようっていうとき、なんだか「得体のしれない行為」っていう感覚がありませんか?
ぼく自身は、プログラムを書いてる側の人間で、いまでこそ少しはプログラミングの本質的な難しさをわかってる気になってます。でもつい数年前までは、プログラミングは難しくはないけど得体がわからない、という感じでした。
そのへんのコードを組み合わせて動くものはできるけど、何がどうなっているのかは知らんし、ググって分からないものはできない、という方向で、「プログラミングは難しい」と思ってました。
最近になって、プログラミングの義務教育必修化の話題とか、コピペプログラマーの話題とかを目にするたびに、かつて自分がプログラミングに対して抱いていた「得体のしれない行為」という感覚が思い出されてしまい、少しざわざわした気持ちになったので、ちょっとここに書きなぐらせてください。
だいたいが個人的な話なので、そういうのがうっとうしい人は無視してください。
ぼくが世の中にパソコンという道具があることを知ったのは、たぶん中学生のときです。30年くらい前。当時、電気屋の売り場ではけっこうな床面積を使ってワープロ(文章を入力する専用マシン)が陳列されてました。文章を書くのは好きだったけど、字を書くのが死ぬほどめんどくさかった自分は、ワープロさえあれば自分も小説とか書くのになあと思いながら指をくわえて電気屋の店内をうろうろしてました。しかし、ファミコンすら買ってもらえなかった家計ではワープロなんぞ買ってもらえるわけもありません。そのうち巡回してた電気屋からはワープロが消え、それに代わってパソコンのコーナーが広がっていきました。このパソコンというのは、よくわからないけどワープロとして使えるっぽいし、どうやらファミコンを持っていない僕にもゲームができるらしい、おれに必要なのはこれだ、というわけで、中学生だった自分はパソコンという存在に興味を抱くようになったのでした。
とはいえ、だからといってパソコンを買ってもらえるような家計ではなかったわけなので、カタログを熱心に眺めるだけの毎日が続きました。その当時の自分にとって、パソコンが欲しいといったら、それはNECを買うかエプソンを買うかという選択でした。冨士通からパソコンが出ていることは知りませんでした。マッキントッシュっていうやつもあって、このPerformaっていうやつはなぜか安いとか、よくわからないけどシャープとかソニーも独自にパソコンを作っているぞとか、そういう情報がパソコンに対する認識のすべてでした。当時の自分にとってのパソコンは、電気メーカーから発売されている商品の一種であり、ラジカセとかテレビと同列の存在でした。
なんでこんな話がプログラミングにつながるかというと、ひょっとして自分がプログラミングにずっと感じていた「得体のしれなさ」の源泉の一つは、こんなふうにパソコンを電化製品として見ていた当時の感覚の延長だったのかもなあと思ってるからです。
ラジカセなら、CDだのテープだのを入れて再生ポタンを押せば、そのハードウェアの機能を物理的に体感できます。それに対してパソコンは、プログラミングをちょっとやってみても、その行為と、そのハードウェアとが、感覚的に結びつきません。もちろん、プログラミングというのは、物理的なデバイスに結びつけて考えなければできない行為ではありません。しかし、パソコンを「カタログの商品」として見るところから入ってるばかりに、そこでやるプログラミングという行為とハードウェアとの結びつきが見えにくい状態に、なんとなく居心地の悪さを感じていたように思うのです。
もし自分のスタート地点が、パソコンを使って文筆やゲームをするところだったら、パソコンは文筆やゲームのための箱だったでしょう。その後でプログラミングを始めていたなら、プログラミングという行為を、文筆やゲームに関連した創造的な活動として学べたかもしれません。
ところが実際には、自分はつい数年前まで、パソコンという電化製品に対する漠然とした行為としてプログラミングを捉えてた気がします。
プログラミングを始めたのは、高校生になって誰も使わないFM77が部室に置いてあったので立ち上げてみたらF-BASICのインタプリタが起動したからでした。とくに何をプログラミングすればいいかもわからなかったので、教科書や雑誌のコードを転記したり、ループで線画を書いたりして遊んでいました。大学に入ってからも、授業でFORTRANとかLispをやらされたけど、基本的に自分で目的をもってプログラミングするのは数値計算くらいのものでした。そのころになると、本で情報を探して(まだインターネット検索は使い物にならなかった)適当にコードをつなぎ合わせるのがプログラミングだと思ってました。そんなん面白くないなあ、とも思ってました。
この感覚、完全に、いま揶揄されているコピペプログラマーのそれだったと思います。ちょっと話はそれますが、ブロック遊びとか砂場遊びって、ほとんどの人はわりとコピペプログラミングと似たような感覚でやってるんじゃないでしょうか。パーツを勘で組み合わせたり、とにかく砂を盛っていったりすれば、家みたいなのができるよね、という感覚。プログラミングは、自分にとってそれに近い作業でした。学生のころは、内心、自分にもパソコンとサンプルコードさえあれば何かすごいものを作れるかもなあ、くらいに思っていたふしもあります。
自分はバカでした。パソコンがあるとかないとか、関係ないのです。パソコンさえあれば、なんて思う者に、本当のプログラミングがわかるはずがありません。
そんなこんなで、自分はまともにプログラミングを経験しないまま社会人になったわけですが、幸いにもプログラミングに対するこの感覚は、仕事でパソコンを日々使うようになってから徐々に変わっていきました。
具体的には、パソコンが、自分の中で「カタログの商品」から「武器」へと変わりました。それと同時に、プログラミングという行為が、武器開発という位置づけになりました。
武器というのは言い過ぎだとしても、ちょっとしたプログラミングは確かに業務上の課題を打開しました。それなりに計算機科学の教科書を読んで勉強をしたこともあって、いつのまにかプログラミングに対する「得体のしれなさ」も解消してました。
結局のところ、自分にとっては、プログラミングという行為の「得体のしれなさ」から解放されるまでにずいぶん長い時間が必要だったことになります。自分がそうだったからといって他人もそうだとは限らないですが、たとえば小学校で形だけプログラミングを教わっても、分かるとかわからないとか、好きとか嫌いとか以前に、なんかモヤモヤした気持ちになるだけの子どもも少なくないんだろうなあ。それは不憫だなあ。
かといって、自分がいまプログラミングで少しは戦えてるのは、そのむかしパソコンに憧れがあって、得体がしれないなりにプログラミングをする機会が若いときにたまたまあったからでもあるので、そういう機会になるなら小学校で形だけでも教えるほうがいいのかなあとも思います。
オチがないので、このへんで。
ドッキュー
転校した先の山奥の小学校で、4人で陣地の境界線がわかるように十字線を地面に引いて、
ボールを自陣でワンバウンドさせてから他人の陣地に送り込む「ドッキュー」という初めて見る遊びをみんなでやっていた。
何らかのルールに沿ってボールを投げあって、負けた人は周りの順番待ちの子供と交代していくシステム。
他に遊びがなかったのか、子供は一緒に遊ぶものだと教育されていたのかわからないけど、
基本的に常に教室に残る一部の女子以外は、学年全員(20人ぐらい)が毎日毎日この遊びをしていた。
他人にボールを送る時は一旦自陣でバウンドさせないといけないという他に、
ボールを送り込まれた側がキャッチしたらだめとか、自分が触る前に自陣で何バウンドしたらだめだとか、なんかそんな感じだった気がする。
最初にルールを聞いたけど、周りでは「みんないつの間にか知ってる」「知らないヤツに会ったことない」系の遊びだったようで、
明確に説明はできないけどプレイを見れば「今のはアウト」ってなんとなくわかるから成立していたようだ。
そんな感じだったので、改めてルールを聞いても誰もちゃんとルールの説明ができなくて、結局今もルールがよくわかってない。
でも上級生も上級生同士でよくやってたので、その地域ではメジャーな遊びだったっぽい。
ただ、クラスの中心にいた運動の得意な男子とかはボールを割と保持してから、
相手に直接ぶつけるフリをして勢いよく地面にボールを叩きつけてビビらせたりするのが許されてたけど、
今でいう陰キャ系の子がボールをちょっと手に納めると即周囲から「「「はいアウトー!」」」と声がかかるような感じだった。
実は明確なルールに沿った遊びというより、ボールをお互いに投げ合うだけのキャッチボールの亜種で、
勝ち負けとかあんまり関係なかったけど、順番を回すために適当に中心人物に都合のいいルールを付け足していった遊びだったのかもしれない。
ルールがイマイチよくわからないし、順番待ち長いし、ほぼ一方的にボールを投げつけられるのも楽しくなかったので、
私はすぐに外には出るけどドッキューに呼ばれても「えードッキュー?イヤやわー」と言ってドッキューには参加しなくなった。
代わりに一人で全然使われてない遊具を存分に使って、SASUKEごっこしたり、登り棒を足を上にして登ってみたり、
ブランコをねじったり、砂場に水堀を作ったり、ジャングルジムで人喰いクモごっこしたり、フェンスに張り付いてヤモリごっこをしたり、
草花クッキングしてみたり、カマキリに決闘を挑んだり、小石を集めて塔を作っては壊す賽の河原ごっこをしたり、
ヘビになりきったり、校庭の端から端まで前転で移動して後転で戻ったりして一人で好き勝手に楽しく過ごしていた。
それを見ていた影響かはわからないけど、なんとなく「いやならドッキューやらなくてもいいんだ……」という感じでドッキューに参加しなくなる子が増えて、
それぞれに仲のいい子と数人で鬼ごっこやかくれんぼやケイドロやサッカーで遊ぶようになっていき、
私が転校してから数ヶ月で同学年でドッキューが遊ばれる機会が激減して、ドッキューはみるみる廃れてしまった。
というわけでいまだに私の中で割と謎なドッキュー、もしくは類似するボール遊びを知ってる人がいたら、どんなルールだったのか教えて欲しい。
近所の公園にはおっさんがいる。砂場にいていろんな道具をもってて、子どもたちに砂の城やキャラクターの顔やボールを転がすコースなどを作ってくれる。
若い奥さんは変質者かと疑って避けるようにする人もいる。わたしも最初、けげんに思っていた。
何より、おっさんはすぐ怒る。砂場に葉っぱを落として、怒られた。砂場を汚すのは御法度なのだ。
おっさんはハトも餌付けしていて時間になるとハトが群れている。ハトを腕に呼ぶのでおっさんの腕は傷だらけで、よくみたら服もボロボロに痛んでいる。
おっさんは休日はかならず出勤してきて、誰にも頼まれずに公園をきれいにして、なけなしの小遣いで買ったショベルや左官道具などで子どもたちを喜ばそうとしている。
身なりは薄汚いがおかしな人じゃないというのは、しばらくするとわかってくる。
子ども等はワーワーキャーキャー騒いでボールを転がして遊び、おっさんが出してくるシャボン玉を追いかけたりしている。
ある日、おっさんは友人と喋っていた。
年金が何万円だの、昔はトラックに乗っていたのが2年あったからその企業年金が何万円追加になっているだの、新聞も配っていた時期があってなんとかかんとか、●町の釣りで鮎が解禁になった、クーラーのきかない軽トラはもうしんどくて夏は乗れないし廃車にしたからもう行けない、だの子ども相手のときのおっさんお顔とは別の、リアルなおっさんの生活が透けて見える会話を大声でしていた。
まず、猫の糞尿やらで汚れてカチカチになってとても遊べる状態じゃない砂からいまのきれいな遊びやすい砂に、おっさんがたった一人で数年かかって入れ替えたその砂場に、ごみやら異物を投げこんでいた。それは私も知っていたが、おっさんがいつも怒るポイントであった。
また、彼(私の子)はその日知り合った小学生とスコップで砂場を掘ってボールの落とし穴をつくることに熱中していたが、深く掘り過ぎて砂が流出しないように敷き詰めた石の層までつきあたってしまった。しかし息子はガンガンとスコップを打ち付けていた。
もちろんおっさんは怒った。
さらに、落とし穴を息子が作って、それを怒られて砂を被せる作業をする際、おっさんがボール転がし用に貸してくれるボールを一つ、一緒に埋めてしまったようで紛失してしまった。
ボロボロのボールだが、おっさんは丁寧に数を数えて大事にしており、どこにいったかなあと騒ぎだした。
私ら親もあちこちを掘り返して、ボールを見つけようとしたが、見つからなかった。
すみませんと言って誤った。
しかし、その日おっさんはいつもより少し早い時間に手じまいしてしまった。
子どもがいるかぎり、その子どもにつきあっていつもなら居続けるのおっさんなのに。
いやーちょっと今日はおっさんを疲れさせたかなあ、悪いことをしたかなあと私も少し悲しくなった。
公園の水道でスコップなどを水洗いして片付けて帰路につくおっさんの後を、私はつけた。
公園からほど近いところにある、アパートにおっさんは入って行った。
そのアパートは建物の壁に「独身男性アパート 2万円」とでかでかと看板が掲げられている
「すみません」とアパートの敷地まで子どもを連れた私は入り込んで、声をかけるとおっさんは少し動揺していた。
私はボール代を弁償しようとして、おもむろに千円を取り出してあやまり、渡そうとした。
おっさんは「いや、そんなの、気持ちだけで結構結構」と言って、はじめは断った。
しかしそれは私も毅然とした態度で、使わせてもらうおもちゃ代ですから、また新しく買ってください、と言って押し付けた。
おっさんは受け取ってくれた。
それで、まあ、なんとかその日は、私の気持ちは落ち着いたのであった。
夫にそんなことを言うと絶対に怒られると思い、秘密にしていたが、ついその顛末を話すことになり、やはりそんなことをして・・・と煙たがれた。
人生の先輩であるおっさんに、なんてことをするのだ、恵んでやった気になっていい気になるな、ということである。
私としては、ボール代の弁償であって恵んでやった、などと思わないのだが。
さて後日、夫はまた騒がしい我が子を連れてその公園に行った。
すると、例の男性独身アパートから、おっさんが駆けつけてきて、あるものを渡してくれたという。
「初めての砂場遊び」というタイトルの絵には、男の子が砂場で、にこにこしながらシャベル片手に砂と戯れている。
ほかにも表情豊かな子どもや猫、昔、町内を走っていたちんちん電車、などが、
水彩によりいきいきと描かれていた。
どうみても、プロの筆さばきだった。
私はびっくりしてしまった。ええ、これをあのおっさんが描いたのか…。
夫によると、おっさんは、本当は公園で、子どもたちの絵が描きたいという。しかし、変質者と思われるから、それは控えていると…。
おっさんの腕前に感激した。
息苦しく世知辛い世の中では、それも難しいのだろう。
近所の公園にはおっさんがいる。砂場にいていろんな道具をもってて、子どもたちに砂の城やキャラクターの顔やボールを転がすコースなどを作ってくれる。
若い奥さんは変質者かと疑って避けるようにする人もいる。わたしも最初、けげんに思っていた。
何より、おっさんはすぐ怒る。砂場に葉っぱを落として、怒られた。砂場を汚すのは御法度なのだ。
おっさんはハトも餌付けしていて時間になるとハトが群れている。ハトを腕に呼ぶのでおっさんの腕は傷だらけで、よくみたら服もボロボロに痛んでいる。
おっさんは休日はかならず出勤してきて、誰にも頼まれずに公園をきれいにして、なけなしの小遣いで買ったショベルや左官道具などで子どもたちを喜ばそうとしている。
身なりは薄汚いがおかしな人じゃないというのは、しばらくするとわかってくる。
子ども等はワーワーキャーキャー騒いでボールを転がして遊び、おっさんが出してくるシャボン玉を追いかけたりしている。
ある日、おっさんは友人と喋っていた。
年金が何万円だの、昔はトラックに乗っていたのが2年あったからその企業年金が何万円追加になっているだの、新聞も配っていた時期があってなんとかかんとか、●町の釣りで鮎が解禁になった、クーラーのきかない軽トラはもうしんどくて夏は乗れないし廃車にしたからもう行けない、だの子ども相手のときのおっさんお顔とは別の、リアルなおっさんの生活が透けて見える会話を大声でしていた。
まず、猫の糞尿やらで汚れてカチカチになってとても遊べる状態じゃない砂からいまのきれいな遊びやすい砂に、おっさんがたった一人で数年かかって入れ替えたその砂場に、ごみやら異物を投げこんでいた。それは私も知っていたが、おっさんがいつも怒るポイントであった。
また、彼(私の子)はその日知り合った小学生とスコップで砂場を掘ってボールの落とし穴をつくることに熱中していたが、深く掘り過ぎて砂が流出しないように敷き詰めた石の層までつきあたってしまった。しかし息子はガンガンとスコップを打ち付けていた。
もちろんおっさんは怒った。
さらに、落とし穴を息子が作って、それを怒られて砂を被せる作業をする際、おっさんがボール転がし用に貸してくれるボールを一つ、一緒に埋めてしまったようで紛失してしまった。
ボロボロのボールだが、おっさんは丁寧に数を数えて大事にしており、どこにいったかなあと騒ぎだした。
私ら親もあちこちを掘り返して、ボールを見つけようとしたが、見つからなかった。
すみませんと言って誤った。
しかし、その日おっさんはいつもより少し早い時間に手じまいしてしまった。
子どもがいるかぎり、その子どもにつきあっていつもなら居続けるのおっさんなのに。
いやーちょっと今日はおっさんを疲れさせたかなあ、悪いことをしたかなあと私も少し悲しくなった。
公園の水道でスコップなどを水洗いして片付けて帰路につくおっさんの後を、私はつけた。
公園からほど近いところにある、アパートにおっさんは入って行った。
そのアパートは建物の壁に「独身男性アパート 2万円」とでかでかと看板が掲げられている
「すみません」とアパートの敷地まで子どもを連れた私は入り込んで、声をかけるとおっさんは少し動揺していた。
私はボール代を弁償しようとして、おもむろに千円を取り出してあやまり、渡そうとした。
おっさんは「いや、そんなの、気持ちだけで結構結構」と言って、はじめは断った。
しかしそれは私も毅然とした態度で、使わせてもらうおもちゃ代ですから、また新しく買ってください、と言って押し付けた。
おっさんは受け取ってくれた。
それで、まあ、なんとかその日は、私の気持ちは落ち着いたのであった。
夫にそんなことを言うと絶対に怒られると思い、秘密にしていたが、ついその顛末を話すことになり、やはりそんなことをして・・・と煙たがれた。
人生の先輩であるおっさんに、なんてことをするのだ、恵んでやった気になっていい気になるな、ということである。
私としては、ボール代の弁償であって恵んでやった、などと思わないのだが。
さて後日、夫はまた騒がしい我が子を連れてその公園に行った。
すると、例の男性独身アパートから、おっさんが駆けつけてきて、あるものを渡してくれたという。
「初めての砂場遊び」というタイトルの絵には、男の子が砂場で、にこにこしながらシャベル片手に砂と戯れている。
ほかにも表情豊かな子どもや猫、昔、町内を走っていたちんちん電車、などが、
水彩によりいきいきと描かれていた。
どうみても、プロの筆さばきだった。
私はびっくりしてしまった。ええ、これをあのおっさんが描いたのか…。
夫によると、おっさんは、本当は公園で、子どもたちの絵が描きたいという。しかし、変質者と思われるから、それは控えていると…。
おっさんの腕前に感激した。
サバイバル部の同好会への格下げを阻止するため、縦ロールのお嬢様は生徒会本部に乗り込んだ。
生徒会室に待ち受けていたのはディーゼル排気音に聞こえた生徒会三人衆。すなわち、
「リフトの書記!」
「そして、ユニックの副会長!!」
乗り物ごと待ちかまえていた三人に、お嬢様は肩をすくめた。
「自己紹介ご苦労様ですわ。でも、きちんとフォークリフトや高所作業車と言わないと一部でしか通用しませんわ」
「おだまり!!」
「ひだまり」スヤァ
「あと、ユニックはインシュロックさんと同じく商h」
重量級の作業機械を前にしても、つとめて優雅に縦ロールのお嬢様はかぶりを振った。
「いいえ。でも、ここでは貴方たちの乗り物にそぐいませんから、
さわりがなければ、それぞれわたくしの指定した場所に来ていただきたいですわ」
「姑息な手段を弄しても、結果は変わりありませんが……いいでしょう。
あえて受けて立つことで格の違いを見せつけてさしあげます!」
書記のフォークリフトは砂場で待ちかまえる縦ロールお嬢様に突進した直後、思いっきりスタックした。
「フォークリフトの接地圧は意外と高いのですわ。
十分に転圧していない地面での走行は要注意ですわ。おーほっほっほ」
「なぜです!ちゃんと入構申請はだしてあるはずです!!」
「すまんのう。垂直に伸び縮みするタイプの高所作業車だと思っておったもんで
副会長のユニックはコンクリート敷きのピロティに進入して先生に怒られた。
黒タイヤじゃコンクリートに跡が残るでしょう。消えるまでお掃除よ!!」
副会長「ひーん」
「ブルーシートがなければ絨毯を敷けばよろしくてよ。おーほっほっほ」
「これで残すは生徒会長のみですわね」
「壮絶な戦いだった」
「貴方、ずっと生徒会室のミニクローラークレーンに目を輝かせていただけでなくって?」
生徒会長室のドアが内側から開いた。ボーイッシュで浮き名をはせた生徒会長(アフロ+螺髪)が飛び出してくる。
「その話、まぜてもらおうか!!」
「つれない!?ならば、自慢の100トンクレーンで吊ってやる。増田だけに!!!」
「お待ちなさいっ!!戦う前にひとつ言っておくことがありますわ。
わたくしたちお嬢サバイバル部の正式名称はお嬢様DIY部のような気がしていましたけど、
「私もひとつ言っておくことがある。殴り込みを掛けてきたお嬢サバイバル部員は君たちで三組目だ!
もう勘弁してくれ!!」
「ならば格下げを撤回するヨロシ(すでに部員って言っているし)」
ポニテの提案に生徒会長(アフロ+螺髪)は身震いのように首を振り、クレーンの操縦室に飛び乗った。
「いいや、仏の顔も三度目の正直だ。
まずは私がこの10トンクレーンで100トンクレーンを組み立てるのを見守っているがいいっ!!!」
うぃいいいいいいいいい……
青ランプがくるくるくる。
「そんなの待てと言われて待っているお間抜けさんはいませんわーーっ!!!」
粘性の高いスラリーも干渉しないように同調して回転するスクリュー同士の働きで搬送されるっ!!
生徒会長は錐揉みしながら美しく上衣の破片を待ち散らし、クレーンのフロントにスタイリッシュなポーズで仰向けに倒れた。
「革命をするお嬢様とはなんであるのか。それは誰も知らない。めでたし…めでたし…たし」
本編1話
http://anond.hatelabo.jp/20160407225815
実は前回
ああいう軽い動きは今のところ一部(コロリド、ワンパン)で流行っていて、全影作画とともに今流行のピークなんだよね。ここで言うと、正統派なりょーちも系とyama系では後者なんだけど(もっと正確に言うと、yama系をひどくしたのが砂場系)。りょーちも系は生き残るとは思うんだけど、それ以降、すなわちyama系・砂場系・コロリドみたいなのは正直厳しい。yamaもらっぱるもTVから逃げたでしょ、それが限界を表してる。
細田の影無しは大衆に違和なく受けたけど、それは細田の演出あっての話なんだよね。あのロジカルな演出でキャラ画がどうのこうのという思考を挟む余地なんて無くなった。だけども砂場系以降のWeb系作画にはその後ろ盾となる演出がないわけで、まあ残念ながら大衆には受け入れられないんだよね。そもそも影無し難しいし。恩田、沖浦のレベルで初めて影無しを使えるんだけど、そこらへんはバカだから彼ら分かってない。難しいってことが分かってない上に、達成もできてない。挑んだから認めてみたいな幼稚な回路なんだろうなあ。
まあ土台がないと、上に建物は作れないよなあってはなし
せっかく書き起こししたけど画像付きで全部スクリプト読めるサイトあったから時間の無駄だった こっちで供養しとく
オソ『いや~。それにしてもトッティ。働きたくないね~。こうして誰かに養われる日々を貫き通したい』
トド『おそ松兄さんはどうしてそんな素敵なことしか言えないの。マジ長男頼りになるわ~信頼できる好き~』
チョロ『ねぇ。他のみんなは?』
トド『多分死んだ』
チョロ『あぁ…そう。まぁいいや。ちょっと真面目な話があるんだけど』
チョロ『僕さ。アイドルのファン辞める』『いやそろそろ本気出そうと思って。この生活から抜け出したいんだ。いつまでも無職でいられないしいい加減遊ぶのはやめてちゃんと就活して自立する』『目標は高く一人暮らし!』
チョロ『ちょっと真面目な話があるんだけど。僕さ…』
オソ『いや聞こえてるよ!聞こえた上で無視してんの!』
チョロ『無視?何で?』
オソ『そうそう』
トド『そっか…』
トド『じゃあ勝手にやって!いちいち周りに宣言しないでやって!』『勝手に「私ダイエットのために夜6時以降は何も食べないでおこっかな~」「俺煙草辞める」「あたし今までの自分リセットするために電話帳に入れてた友達全部切ろうと思って~」』『何のアピール!?知らないよやって勝手に!』
チョロ『いや…そんな言い方ないだろ。こっちは真剣に考えてさ…』
トド『ほんと?宣言した時点で満足してんじゃないの?』
オソ『まぁまぁ。分かったよチョロ松。就活かぁ。頑張って。応援する。みんなには俺から言っとくから。はいじゃあこの話はもうおしま~い』
チョロ『ちなみに何から始めればいい?』
トドオソ『『だから言わなくていいって!』』
チョロ『いきなり就職って無理があるからまず街に出てフリーハグから始めようかと』『仕事って人とのコミュニケーションが大事でしょ。だからその力を養うためにも…』
オソ『何こいつわざとなのこれ!』
トド『逆にわざとだと言ってほしいよ!じゃないと今すぐ縊り殺しそうだよ!』
オソ『縊り殺しそう~!』
チョロ『あとは海外に自分探しの旅に出てその後は語学留学。そのあたりで彼女敵な人を作って…』
トド『マジ何なんだよお前!どんだけ自分の事上に置いてんの?自分探しの旅?語学留学して彼女?』『であれか!?フラッシュモブしてプロポーズか!?』
オソ『落ち着けって…フラッシュモブやるとは一言も言ってないから…』
チョロ『え?僕何か間違った事言ってる?』
オソトド『『間違った事しか言ってねぇ!!』』
チョロ『まぁ確かにちょっと意識高い系のこと言っちゃったけど…』
オソ『見てみチョロ松』
チョロ『うわ何あれ!?』
チョロ『プライドの塊ってこと?』
おそ『いや亜種』
オソ『ちなみに俺の自意識はこれ』
チョロ『ちっちゃ!何それゴミの塊?』
オソ『確かに見た目はひどいけど扱いやすい』
チョロ『トッティのは?』
トド『僕のはこれ』
トド『まぁね。スタバァで慶応の学生って嘘ついちゃうぐらいだから』
チョロ『なんだよ俺と変わんないじゃん』
チョロ『はぁ!?全然違うから!痛いほどキラッキラしてるけど自分の手元にあるから!扱えてるから!わかる?迷惑かけても友達か家族ぐらい』『見てあのライジング!位置高すぎ!あんなの悪でしかないから!』
オソ『なぁライジングシコースキー。あれマジで直したほうがいいよ』
オソ『これふざけて言ってないから』
チョロ『ど…どうすればいいの?』
オソ『いい方法がある』
チョロ『無理だよ、帰ろうよ』
オソ『フリーハグやるって言ってた人が何びびってんの?』
オソ『声かけてきて早く』
チョロ『無理。死んじゃうって』
トド『(自意識的な意味で)死んでいいんだよ。むしろそっちが目的なんだから早く死んでこいよ』
チョロ『んなこと言ってお前らはナンパとかできんのかよ!』
オソ『できる』
オソ『ただいま』
チョロ『え~早!ボッコボコじゃねぇか。どういう声のかけ方したの』
オソ『でも連絡先はゲット』
チョロ『かっこいいか…?』
オソ『そしてつながらない』
トド『かっこよすぎ!』
チョロ『で、トッティもできんの?』
トド『僕はやんないよ。だって僕は勝ち戦しかしないもん。ね~』
チョロ『最悪だなお前…』
トド『最悪だもんね~』
おそ『おいチョロ松。あの人は?すんげかわいくね?』
チョロ『一軍の人は無理だよ。望みが薄すぎる』
オソ『じゃああの人は?そこまで美人じゃないし。あでもスタイルはいいよね~』
チョロ『じゃあ駄目でしょ。絶対モテるでしょ。相手にされないよ』
オソ『じゃああれは?顔もスタイルも普通。ただオシャレだけど』
チョロ『オシャレ!?それ一番無理なやつ。こっちの劣ってる感が増すだけ!』
オソ『じゃああれは?そこそこブス!性格はよさそうだけど』
チョロ『じゃあ無理でしょ。僕は人間的に同じレベルの人がいいんだから』
オソ『くびり殺してやるよ童貞の中の童貞が万死に値するんだよ』『死ね、死ねー』
(数日後)
(空中に浮かぶ巨大な自意識の球体とその下にいるトッティーの姿の描写)
トド『扱いが難しいんだよなぁ……』
本来のロールプレイングゲームが「キャラになりきってストーリーを作り上げていく」という遊びだとすれば、
そこで重要なのは「キャラになりきる」ことではなく「ストーリーを作り上げる」ことである。
膨大な設定、広大な砂場が用意されたうえで、「自作のストーリー」を楽しめるようになっている。
一方で日本のRPGは、これまで「既製のストーリー」をプレイさせる方向へと進んできた。
小説や映画と同じく、ストーリーの上をなぞるようにプレイヤーは進んでいく。
それはそれでいい。
本来のRPGではないというだけで、プレイヤーを楽しませることさえできれば、「JRPG」でも何ら問題はない。
しかし、だからこそ「既製のストーリー」は、「自作のストーリー」よりも、遥かに面白くなくてはならない。
日本式のRPGは戦闘システムに工夫を凝らしており、なるほどゲームとしてはそれも面白い。
しかし中盤以降、それは分かりきった敵を相手に、決まりきったコマンドを入力するだけの「作業」へと変貌する。
なまじシステムが複雑なために、その「作業」にやたらと時間がかかるというオマケ付きだ。
はたしてプレイヤーは、いかなる理由があってそんなゲームを最後まで遊ぶのだろうか。
この物語の結末を知りたい、という想いによってのみ、プレイヤーはゲームを続行する。
逆に言えば、ストーリーに魅力がなければ、プレイヤーは容易にコントローラを手放してしまうのである。
はっきり言ってしまえば、現在のJRPGのストーリーは途中で放棄したくなるレベルのものばかりである。
プレイヤーに「既製のストーリー」を提供しようとする限り、ゲーム製作者はストーリーに力を入れねばならない。
私の友人Aが殴り込みに行くっていっています。
私は、一緒に行ったほうがいいんでしょうか?
友人Aは、コワモテで力も強くお金持です(実は生活が苦しいようですが)。
この友人Aは悪い癖というか、実直というか、何というか、異常に正義感が強いのです。
そのため、しょっちゅう、他人のケンカに割って入り、大抵、話をこじらせています。
そんな彼が、また面倒な事に首を突っ込みました。
でも今回だけはマズい。かなりタチの悪い相手。(以後、Bさん)
このBさんは、ここ数年、カネにモノを言わしてマッチョになり、札束で相手の顔叩いて黙らせるようなことをしています。
Bさん家のお父さんは、かなりの亭主関白で「私の言うことを聞きなさい!」といつも、子供たちを起こっています。
そんなBさんを、友人Aは気に入らない、と思っていたらしいんです。
私としては、友人Aには、過去に色々あったけど、今では「マブダチ」とか公言しているので頭が上がらないし、Bさんは商売上のお得意様で結構、ウチの商品買ってくれたり、作ってくれたりしています。
しかし、やっぱり人間関係というモノは複雑で、それぞに問題があります。
友人Aは、ウチの土地の一部を使って、なんかやっているんだけど、何しているのか教えてくれない。
Bさんとは、土地の権利のこととか、過去のトラブルの事が引っかかっている。
そういうめんどくさい関係だったんです。
それがついに、崩れました。
Bさんが、ご近所数軒と境界線のことで揉めているのに、勝手に砂場とかプールとかテントとか作って、ご近所さんたちを激怒させてしまったんです。
そのご近所さんたちとは「表面的」とはいえ仲が良かった友人Aは、それが気に入らなくて、文句を言ったんですけど、
『関係ねぇだろお前は!』ってBさんに無視されてしまいました。
もうその後は、泥沼。
言った言わない、昔からウチの土地だ、なんだかんだ、やんのかてめー、みたいな・・・。
で、殴っちゃったんですね。Bさんがご近所さんの一人を。
それに激怒したコワモテの友人Aは、Bさんの家に殴り込みに行くって、言い出したんです。
しかも『お前も一緒に来い。そうしないと、お前んちの家族もケガさせられるぞBに!』と・・・。
さらに、Bさんは私に「お前もやつの子分だよな?じゃあ、どうなるかわかってんだろうな?最近生意気だし。」と、遠回しに脅しをかけてきたんです。
確かに、今まで、友人Aのトモダチということで、調子にのっていたのは事実です。
特に最近は、態度がでかい、少し自重しなさいよ、と、親戚にも小言を言われることがありました。
そういう背景もあるので、友人Aに「ごめん、今回は無理。家族の反対が多すぎて」と、断りました。
思いっきり友人Aには怒られたんですけど、とりあえず、殴り込みは、先延ばしになったんです。
やれやれ、面倒な事に巻き込まれなくて済んだぞ、と思った矢先、今回の質問の原因になる事件が起こってしまったのです。
友人Aの家族とウチの家族が一緒に歩いているところに、Bさん家の一人が殴りかかり、友人Aの家族がケガをしてしまったのです。
ウチの家族は、「暴力反対」と言うだけで、震えながら見ているだけ。
しかも無傷。
さすがに今回の件は、友人Aも激怒し、手が付けられません。
「明日朝、殴り込みに行くから、お前も準備しとけよ!お前も色々持ってんだろ!!」
「お前んちの家族を助けたのは、ケガをしたウチの家族だぞ!わかってんのか?」
しかも、ウチにも友人Aが持っているような道具や、「ニンジャブレード」なんかもあるので、Bさんから見れば、友人Aと同類なんですよね。
いくら「泥棒除け」だとか「襲われたときの護身用」と言っても信じてもらえません。
私は、どうすればいいのでしょうか?
ロリコンとか叩かれそうだけど、誰かに聞いて欲しいがリアルでは言えないので増田に書かせてもらう。
今日近所の公園に子供を連れて行ったら、JCくらいの女子2人が砂場で遊んでいた。
そのうちの1人が腿の真ん中より短いくらいのフリフリのミニスカで、
そんな格好で砂場でしゃがんで遊んでるので、丸見えなわけですわ。
しかもチラッと見えるというレベルではなく、M字開脚で正面からモロに見えてる。
黒田。いや、黒だ。
見せパンとか無粋なことを言う輩も多そうだけど、そんなの関係ないっすわ。
見せパンだってパンツ。少なくとも若い女の子が履いてるパンツに貴賎なんてない。
おまけにその子は顔もけっこう可愛かったんです。
こちらは割と離れたベンチに座ってたので、警戒されてなかったのか、
そんな子が1時間くらいほぼずっとパンチラならぬパンモロしてたんです。
しゃがむとスカートの裾がずり上がるのが気になるのか、
立ち上がる度にスカートの裾を直していて、
恥じらいがありつつもパンチラなんですわ。
今までの一生で見たパンチラの延べ時間を今日一日、その子だけで越えてしまった。
追記
・背丈が周りで遊んでる小学校中学年くらいの子供より明らかに大きかった
・服装が親のお仕着せみたいな小学生っぽいものではなく、おしゃれめの服装だった
・砂場遊びにきたのではなく、元々はあるスポーツをするために来ていて、そのスポーツ自体や道具が小学生っぽくなかったこと
でも俺の欲望的に、自分では100%JCだったと言い聞かせるつもりです。
理由は単純です。
相手からおもちゃを借りる時、貸せるものがあるのとないのとでは立場に大きな違いが生じるからです。
当方育児歴2年目の新米パパでございまして、ベテランママさんやイクメンさんに意見しようだなんて思ってもおりまんゆえご容赦頂ければと思います。
先日たまたま嫁さんの用事があったので1歳半の子供をつれて二人で公園に行った時のこと、散歩がてら思いつきで公園に寄ったということもあるのですがおもちゃを用意してなかったんです。
なぜなら、子供は新しいものや人が遊んでいるものにすぐに引き寄せられてしまうからです。
娘は見ず知らずのお友達からおもちゃを奪い取ろうとしたわけです。
しかしながら当然手ぶらの娘はなかなかおもちゃを貸してもらえません。
相手の母親も「仲良くしなさい」とか「順番に遊びなさい」などと優しい声をかけてもらえはするのですが、これがまた見事にMIJIME。
まず第一におもちゃがあればそれで遊ばせることが出来たし、友達のおもちゃに興味が向いてしまった場合でも交換条件にはできたはずでした。
なかなかおもちゃを貸してもらえない娘はそれでもめげずに別のものに興味を示します。
しかしこの日は運悪く同年代のお友達しかいなかったせいか、ここでも同じく貸してもらうことが出来ませんでした。
それならばと遊具を振り返ってみるとどれも満席で空く気配は見られません。
しょうがなくまだ遊びたいと駄々をこねる娘を無理やりベビーカーに娘を載せると、早々に公園を後にしました。
娘は家に帰る頃には眠ってしまいましたが、そのちょっと不機嫌そうな寝顔をみると申し訳ない気持ちでいっぱいになりました。
せっかくの娘と二人きりの休日は、ほろ苦い思いと一緒に幕を閉じたのでした。
子どもと公園に行く時におもちゃを持っていくたったひとつの理由。
それは親子ともにMIJIMEな思いをしないためです。
どれだけ遊び飽きたおもちゃでも構いません。
それが他の子供にとっては新鮮さのある玩具かもしれませんし、すくなくともそれがあれば遊ぶことは出来ます。
今年に入ってからついてないことが続いていて、仕事で立て続けに
失敗を繰り返してめちゃめちゃ上司に怒られた。
普段は22時くらいまで残業してるんだが、その日は
と上司に言われたので、みんながまだ残るオフィスに後ろめたさを感じつつ
帰路へついた。
あまり意味もないだろうと思ったので、さっと家に帰ってスパッと寝るか、と思った。
家の近所に差し掛かる頃にはまだ6時30頃。
普段より全然早いんだが、空は既に夕暮れも終わり闇に包まれだしていた。
人が寝ている?
最初はそう思った。
まだ暗闇に慣れてない目を凝らして見てみると、大人と子供が1人ずつ
砂場に倒れているように見える。
もう少し早い時間ならなんとも思わなかっただろうが、もうこんな時間だし
動いてる感じもしないし、最近物騒なことも多いしと不安になってきて
軽く見るだけと思い、公園の中へ入っていった。
やはり、二人の人間が倒れているように思える。
大人はうつ伏せで、子供は仰向けだ。二人共、息はしているように見えるが
子供は寝ているような感じだ。
「大丈夫ですか?」
声をかけてみる。
反応はない。
救急車か警察か、どっちが何番だったっけかなということが頭によぎりながら
安否だけでもとりあえず確認しなければ、と思い、
もう一度「大丈夫ですか?」と声をかけながらうつ伏せになっている
大人の肩を揺すってみる。
「うわあああああ」などとよくわからないことを叫びながら手をむちゃくちゃはじかれた。
何かをもっている、ハサミみたいなものだ。
うろたえていると砂をバッ!とかけられた。
なんだ!?とか思ってる間に第二撃がきた。
瞬時に立ち上がり「ああばばあああああ」とかいいながら、殴りかかってくる。
こういうときって悲しいかな、まったく行動ができないもので、ただ後ろに飛ぶしかできなかった。
俺は尻もちをつき、向こうは膝をつく。
やばい、そう思った。
とにかく逃げないとと思い、絡まる足で死に物狂いで、家まで走った。
こっちも「ああああああああ」とか叫んでるけど、向こうも「きあああああああ」とか叫んでる。
ただひたすら逃げる。
何か飛んでくる。
俺殺されるかも、って思った所で、目が覚めた。
え、夢・・・?
まだ夢見心地で、現実感がない。
狐につままれたような感じだ。
枕元においてあるiPhoneを寝ぼけ眼でとる。
まだ4時じゃん、と同時にLINEがきていた。
「逃さないよ…」
ちょっと感動したw
プロジェクトに人が足りなくて、上長が別のプロジェクトから連れて来た。
はじめは普通のエンジニアの男の子だと思って、普通に仕様の説明をしたり、
からかったりしていた。
その度に自分がLINEを打ったり電話で呼び出したりしていた。
手のかかるどうしようもないやつだと思ってた。
だが仕事は速かった。
スキルも高かった。
だから余裕ぶっこいてたんじゃないかと思う。
プロジェクトが佳境に入って、よく2人で深夜まで残業したりした。
私の分もついでに買って来てくれるように頼んだ。
そいつのことが好きだと気が付いた。
それから本当に大変だった。
何が大変かって、プロジェクトは佳境、
仕事に集中しなきゃならないのに、そいつの事が気になって仕方が無い。
おかしい、この前までどうでもよかったのに、今日はLINEをするのが恥ずかしい。
返事が来るのが嬉しい。
へんなスタンプ使いやがって。
いやちがう、これは仕事上の連絡だ。
仕事に集中しなと、、、
ある日その製品をインストールするために、電車で1時間半くらいかけた事業所に行く事になった。
準備をしていたら、なんと上長が、そいつとふたりで行けという。
翌朝いつもよりうんと早起きして、電車に乗ってインストールに出かけた。
事業所が空く時間まで、近所に何も無いところだったからマクドナルドを買って、
2人で公園で食べた。
至福のひとときだった。
カップルみたいだと私は思った。
私だけがね。
その翌月、偶然近所でそいつを見かけた。
勢いだった。
答えはOKだった。
夢みたいだった。
ゆめみたいだった。
家に帰って来て号泣した。
次の日出社して来た彼の顔を見る事が出来なかった。
何故こんなにも苦しいのだろう。
あいつに仕様を説明することも、バグを指摘する事も、チケット切る事もない。
お先に失礼しますって言う事ももう無い。
それを一晩で片付けたりして、
ねえ、もう一度、
今私は決めている事がある。
ひざとひざがくっつきそうな位置を確保してる。
くやしいぜ、さよなら、わたしのだいすきなひと。
他のプロジェクト行っても元気でな。
出来れば、一生、一緒に、なにか作って居たかった。
一生一緒に作り続けたかった。
男とか女とか、恋人とか同僚とか、そんなのどうでもいい。
あんたと、作り続けたかった。
ただそれだけ。