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はてなキーワード: 球技とは

2019-08-28

anond:20190828231428

まあなりたい体型とかでも良いと思う

正直細マッチョになりたいだけなら有酸素運動ちょっと自重使った筋トレやるだけで充分だよ

ただ食事制限したくないなら有酸素運動結構頑張る必要がある

俺元自衛官で、月に600kmとか走ってた時期もあるんだけど、自衛隊の一日3000kcalの食事プロテイン飲んでたら体重増えたからね、それくらい食事はでかい

有酸素運動一種類だけだと飽きるし頑張るとすぐ故障に繋がって台無しになるから、いくつか手段を用意しとくと良い、水泳山登りランニング自転車球技とか、もちろんフィットボクシングも良いと思う

2019-08-14

anond:20190814230258

本当に普通


今まであった人たちは全員私より上だった。

勉強ができた。読書量が多かった。運動ができた。

球技が得意だった。絵が上手かった。文学賞入賞した。

結婚した。国家資格をとった。大手企業就職した。

プロスポーツ選手になった。二児の母になった。

論文が出せた。歌が上手かった。友達がたくさんいる。

将来のことを見据えて行動できている。字が綺麗。運が良い。

料理が上手い。人の好みに合わせた映画や酒や店を知っている。

一般的な会話ができる。恋人がいる。いきいきと仕事を行っている。

趣味がある。理解力が早い。物事に疑問を持ち行動できる。

理路整然とした文章が書ける。面白い小説が書ける。

漫画で人に思いを伝えられる。空気を読むのが上手い。


少なくとも能力は全パラメータ私より上だし、得意なことを1つ以上もっていた。

今の私は、憎い高卒の親よりも、劣っていることは明白で。

「ヒト」としての括りから逸脱した、「何か」であることは間違いない。

私は泥人形かもしれない

何も足せない、為せない、作れない。

「二十歳過ぎればただの人」という言葉があるけれど、もれなく私はそれ以下で。

文字通りの「人でなし」が露呈しつつある、そんな今日この頃である


まれた頃から、私はヒトの皮を被った「何か」だった。

から、親の喜ぶいい子で過ごしてきた。

親の押し付け習い事は続けていたし、テストは常に100点が求められた。

自分が何か意見や疑問を言えば、それは否定され、彼らの手で摺り潰された。

果ては、彼らの意見を願書提出時にまで押し付けてくる始末。

医者になれ」と言われても、たかだか高卒の親から鳶が生まれてくるはずもないのに。


私も私で、ヒトになる要件を満たさなかった。

勉強なんて暗記が精いっぱいで基礎なんて身についちゃいなかった。

球技個人技も下手だったから体育では「使えないやつ」だったし、いくら練習しても美術は下手なままだった。

音楽トラウマで未だにカラオケで歌うことはできないし、手先の不器用さも相まって技術家庭科も良くて2。

本を読んでも、感想文など書けなかったし、文章力が壊滅的だったか小説選考に通りさえしなかった。

字も下手、生活力皆無、体系もだらしないし、顔なんてその辺の雑草の方がマシなレベル

対人的なコミュニケーションも壊滅的で、はっきり友達と言える相手など人生いるかどうかも分からない。

そもそも会話の話題が頭に出てこない。空気も読めなければ、主体的な行動なんてなおさらできない。

その上、ものごとに対する疑問が一切浮かんでこないので、ディスカッションはまず無理で。

質疑応答なんてどちらの立場でも到底不可能だった。


何も話さず、何も身につかず、のそのそと目的もなく、上や周囲の命令を聞いて動き回るだけ。

から私は、ヒトの皮を被った、できそこないの泥人形なのだ

これまで何とか二十余年間やってきたけれど、企業就職して、もうヒトとして、社会で過ごすのが無理になりつつある。

からは早く結婚するか医者になれ、金を入れろの三言しかない。恋人どころか、異性に恐怖すらあるのに?

いや、異性どころか人間に、社会に対してさえ恐怖を感じている。そんな状態から、土台無理な話である


匿名増田に、センスのない長文を書いてしまって申し訳ない。

だが、吐き出す先はもうここくらいしかない。こんなところにしか、逃避の場所がないのだ。


誰か私を崩してくれ。羊皮紙の「emeth(真理)」を「meth(死)」に変えて泥人形を止めてくれ。

もしくは、ただの泥人形が「ヒト」に成り得る方法を、頼むから、教えてくれ。

2019-08-05

anond:20190805123401

数多の球技の中で他に例がないほど外道なやり方で対戦相手妨害する競技

数多の球技の中で他に例がないほど人をぶん殴りやすスティックでやる競技

2019-07-29

友達はひとりもいなかった

友達はひとりもいなかった

小学生のころ、友達はいなかった。中学校に上がっても友達はできなかった。気は弱かった。いじめも受けた。いじめられた悔しさは今も残っている。仕返ししてやりたいとも思うがそれは無意味であり有害と知ってしまたから何とか折り合いを付けていくしかないのだろう。

今にして思えば身体を鍛えて殴り返してやればよかったと思うが、そういう発想すらできないほどに当時は心身ともに弱っちい少年だった。

勉強はできた。成績はたいていクラスで1番。中学は1学年300人近かったが、まあ上位にあった。中学最後試験トップをとった。まあ田舎学校だが。

スポーツもそこそこできた。足は速い方だったし球技は大好きだった。

それでもやはり友達はいなかった。

友達ができないのは自分のせいだ、自分に何か大切なものが欠けているからだと自分を責めた。

40も過ぎた頃、ショーペンハウアーを読んだ。すると、知性の高い人間孤独になるものだというではないかもしかして自分はそういう類の人間だったのだろうか?たしか子供時代は周囲の子達と話が合わなかった。クラスの子達が笑って話している中に入ろうとしても、いったい何が面白いのか理解できなかった。自分が入ることで彼らはしらけてしまうようだった。

ひとりでいるほうが集団なかにいるよりもずっと楽しかった。

高校進学校に進んだ。そこで初めて学校にいることが楽しいという感覚を知った。友達と呼べる存在が初めてできた。

大学はいわゆる旧帝大に進んだ。大学さらに楽しかった。ここでも友達はできた。

社会人になって会社員を経て独立した。今が一番楽しい

なにが言いたいのかというと、住んでいる地域が一緒だからという理由でひとくくりにして小学校中学校に入れるのは、一部の子にとっては非常な苦痛になる場合があるということだ。

思うに、知性の水準が周囲に比べちがい過ぎると孤独になる。本当に賢い人間であればそれも理解して上手に周囲と話しをあわせ良好な人間関係が築けるのかもしれないが、そこに至らぬ中途半端な水準にあると、いっそう孤独を深める事になる。敵対的環境のなか苛まれることにもなりかねない(知性が高い奴なら低い奴にも合わせられるかもしれないと書いたが、低い思考レベルの人々の話に自分を合わせるのはけっこうたいへんである。なかなか辛いものであり苦痛でもある。かなり疲れる)。

学校にいること、集団の中にいることが正しいわけではない。そんなことは断じてない、ということをいいたい。

集団生活に馴染めないからといって障害か何かと考えるのは間違いであ場合がある。集団生活違和感を覚えたら、自身の知性の水準が周囲と異なるのかもしれないという可能性を考えてみるべきだ。

ところで、子供時代の辛い経験を思い返すと、その頃から格闘技を学んでおけばよかった、もっと身体を鍛えておくべきだったとは思うが、あえてそういう状況のなかだったからこそ何事かを学べたのかもしれない。こういう経験が(辛い経験ではあったが)必要だったのだろうと思うし、そう思う以外にない。

2019-07-23

よく知ってるエロ漫画家

描いてる商業誌だと内容に没頭できない。

すごくいいんだよ?題材的に。

父親が片親の女子中学生日常とか、プロ志向少女バレエ球技じゃない方)とか、エロ要素まったくなくて面白い

でも、エロ漫画だとこの場面で…とか考えてしまう。

麦に宿る賢狼とか、朱い布で吸血鬼と戦う方はエロ漫画の作風引きずってるなってわかるけど。

あ、超電磁砲の人ははじめから上手かったか商業誌向けで違和感なかった。

2019-07-07

anond:20190707135703

そんなこと装ってもないやん

体育の授業の球技すらとんでもない虐待だったかのように大騒ぎする地獄運動嫌い集団やぞ

甲子園見ては搾取だなんだと因縁をつけて笑われるのも毎年のことだ

一部にサッカーオタクがいるぐらいで基本的スポーツ大嫌いで憎んでるまであるのがはてな

スポーツ話題にするのは「業界前近代性」みたいな話題知ったかぶった上からコメントできそうなときだけ

2019-07-05

球技にもバラエティが欲しい

球技場の床が違うとか、ボール性質が変わってプレイに影響が出る…とかそういうのはあるけど、結局基本的ルールフォーマットは変わらないわけじゃん

野球だとちょっとあるかもしれないけど、コート球技場の形が極端に違うとか、ボールの大きさが大会場所によって全然違うとか、そういうルールを作っていったら球技がどう変わっていくか気になる

選手対応力が問われると思う

2019-05-24

パラリンピックとe-スポーツ

障害者のためのスポーツというけれど、実質的に主に足に不自由がある人のオリンピックになってね?

走る系のスポーツ義足選手ばかりだし、球技系は両手使えない選手見ないし(つまり足が不自由選手ばかり)、水泳系も手が使えない選手をあまり見ない。

ルール理解できない知的障害者も多分いないし、精神障害者蚊帳の外

なんつーかe-スポーツってパラリンピックへの応用のしがいがあると思うんだよね。

様々な障害を持つ人のためにユーザインタフェースを工夫しまくってできるだけ沢山の障害者選手にできればいい。インタフェースの差が実力差になってしまうのなら、そこは技術の発展のチャンスだし、e-スポーツルール外のことはできないか知的障害者参入障壁も低い。

そう思うんだけど、みんなどう思うよ?

2019-05-17

anond:20190517111814

「体を動かす」のであればガーデニングあたりが一番過酷だったりするんだよな(切り株掘ったりする)

「いや競技性重視だ」っていうのであれば指一本でできる射撃e-sportsほとんどかわりないわな

(なんなら、ガンコントロラーに鉛仕込んで重くしてもいいんじゃないの)

運転スポーツ競艇)だの球技系(ゴルフシミュレータ)だの何にも変わりないよな~って分野もある

 

ただしマインクラフト、おまえはだめだ

2019-05-12

anond:20190512015202

使用用具の基準が違ってきてプレイ感覚かわったりしないのかね>球技あたり特に

2019-05-09

anond:20190509161058

肉体で差を付けるのも差別だぞ

マラソン球技もウェイトリフティングも男女混合にするべき

ダイエットに最適な運動について調べていたら、

どうも一般認識されてるそれはずいぶん間違ってるんじゃないか

というかただのダイエットエクササイズボクサーのそれと混同され過ぎてやしないか

ということに今さら気づいた。

 

例えば腹筋。

一体普通運動をするだけの人が何故手足を使わず腹筋だけで上体を振り回すような筋肉必要なのだろう。

あれはボクサーがボディの防御力を上げるためにするものだ。

腹筋を鍛えたところでお腹脂肪燃えることはない。

引き締まりはするが、それは後述するような全身運動をしても同じだ。

 

そしてサウナスーツ

脂肪を燃焼させるのに大量の汗をかく必要はない。

あれはボクサーが計量のために体重のもの手段を問わず落とすためにすることだ。

一般人が健康的なからだを作るために必要運動はせいぜい30分程度の全身運動

それも辛い思いをして汗を滝のように流す必要はなく、

球技でもしながら楽しく走り回る程度で十分だ。

全身に軽い疲労感を覚えてぐっすり眠れれば、それで脂肪燃えるのだ。

 

エクササイズに対する過度に過酷イメージが、むしろ人をそれから遠ざけてはいないだろうか。

そんなことを思いながら、とりあえず私は部屋の掃除をすることにした。

2019-03-29

子宮頚がん検診

子宮頸がんの検診に行ってきた

エコー検査でついでに卵巣も見して〜やとのことだったので見してきた

検査室に入ったら、下を脱いでね〜って言われたので銭湯の脱衣場の時のように下をぱっぱと脱いでそのまんま検査台に座ろうとしたら

バスタオル近くにあるからそれで前覆って来てねって言われた

恥じらいが少し足りなかった

そんで検査されたんだが

膣に入れられるというのは聞いていたのでまあいいんだけどこれがめちゃくちゃ痛かった

セックスどころかオナニーしたことなかったからしんどかった

そんでそのあと膣だけでなく肛門にも機械入れられるとは思わなんだ

肛門の方が普段ウンコしたりしてる穴だからいくらかは楽だったけど、キレが悪いでかいウンコがずっと尻に留まっている感じがしてこれもしんどかった

そんなこんなで己の恥部晒し私の女としての器官が今どうなってんのか見てもらったんだが、どうやら卵巣が腫れているらしい

今度は採血MRIをとる

献血とかで慣れたるから採血はまだましで良かった

そんで、なんか卵巣腫瘍について少し調べて、どうしよ〜〜今後なんかあったら不安〜〜と少し落ち込んでしまった

あと病院体重測ったら4キロくらい太っててこれもがっかりポイントだった

からさっき30分くらい音楽大音量で聴きながらランニングしてきた

ドラクエ5ボス戦のテーマは本当名曲だなぁと感じながらリズムに合わせて走ってたらなんか全てどうでもよくなった

運動神経がないか球技関連は全くできないんだが、中学の頃陸上部だったおかげで走ることに抵抗がないため、

こんな感じに落ち込んだり不安になったりしたら走るようにしている

そんでシャワー浴びてさっぱりして寝たらだいたいどうでもよくなってる

そんな感じでずっとてきとうにどうでもいい人生を生きてきたか

この度なんか不具合があって最悪死ぬことになっても別にいいんじゃないかなって少し思っちゃったのが切なかった

2019-03-23

テニスプレイヤーストレス耐性低い

なんであんなにラケット叩きつけるのさ。

あれじゃあ、悪徳不動産販売のツーブロゴリラと変わらないぞ。

同じラケット球技卓球バドミントンじゃあんことないぞ。

2019-03-19

anond:20190318185826

出先なのであまり詳しく書けませんが。

身長172cm以上 170cm すみません

太ってない 痩せ型です

禿げてない 身内にハゲいませんしハゲてないです

二重まぶた 奥二重です

それなりの見た目 ブサイクではない

大卒以上 一橋の法出てます

25〜32歳 27歳です

正社員 TOPIX Core30の総合職です

年収 実質手取り550万、じきに600届きます

強めのメンタル 球技で鍛えました

年相応かそれ以上の精神年齢 わかりません

ほどほどによく喋り短気じゃない 基本怒りません

犬好きならなお良し 猫派です

趣味 楽器はそれなりに得意です スポーツもそこそこ

彼女は今のところいません

当方千葉出身東京在住です。

ご興味あればコメントください。

2019-02-06

エホバのK君の思い出

https://anond.hatelabo.jp/20190114233836

これを読んで思い出したのでちょっと書いてみる

小学生の時突然クラスメイトのK君がエホバの子になった。

K君はスポーツがよくできて、明るい子だった。その割に冷静な一言を突然放つような妙に大人びた面を見せることもあって、男子だけではなく女の子にも人気があった。自分は同じクラスになってからK君とよく遊んだ休み時間はいつも一緒だったし帰り道も途中で分かれるがいつも数人で一緒に帰りながら色々な遊びを発明していた。自分球技が苦手でチームスポーツが得意なK君に密かに憧れもしていた。

そんなK君がある時期から急激に変わった。

ある日突然学校スーツを着て来たり、体育の時間を毎回見学するようになったり、色々な変化があった。

一番大きな変化は休み時間にみんなと遊ばなくなったのと一緒に帰らなくなった事だった。

親経由で聞いた話によると体育も休み時間に校庭で遊ぶのも帰り道に遊ぶのも全部ケガをしたらマズいからという事だった。正確には血が出るようなケガをしたらマズいという事らしかった。

K君と遊ばなくなってしばらくしたある日家に突然K君が来た。来たと行っても親と一緒だった。自分はその時一人で留守番していて、K君のお母さんは玄関エホバの事をずっと話していた。僕はK君のお母さんの話を聞き流しながらK君の様子を見ていた。

K君は笑っているように見えた。だからK君のお母さんが「じゃあね」と言って去ろうとする時に、K君に「また遊ぼうね」と言った。その瞬間K君の目からポロポロ涙が落ちた。K君が急に泣いたのでこちらは少しパニックになった。ドアを閉じてしばらく考えてみたけど頭の中の整理がつかず、とにかく気味が悪かった。

遠い昔で記憶あやふやなところも多いけど、その時の顔はよく覚えてる。泣いてるとこではなくてじっと互いを見てる時、わかりあってるという感じがした。でもなんにもわかってなかったんだと思う。

なにも知らないくせに気軽にまた遊ぼうねと言ってしまった事、今思うと悔やまれる。

[] #69-2「愚者自覚

≪ 前

冬休みに入る少し前、衣替えが済むかどうかのビミョーな時期。

俺たちのクラス転校生がやってきたところから話は始まる。

「この度、私たちクラスに新しい仲間が増えます。さあ、どうぞ入ってきて」

担任教師のしゃらくさい言い回しと共に、その転校生教室に入ってきた。

第一印象は可もなく、不可もなくって感じだ。

強いて言うなら風貌が若干イモくさくて、身だしなみにはやや無頓着タイプってくらい。

だけど、その後から徐々に、不穏な空気を漂わせてきた。

「ええー、転校生ブリー君です。両親の仕事の都合でこちらに越してきました……はい、どうぞ」

「……」

担任が紹介するが、そのブリー君は何も反応しない。

教室内が、妙な静かさで覆われた。

担任も俺たちも戸惑う。

「あのー、ブリー君?」

先生、『はい、どうぞ』と言われても、どこに座ればいいか分かりません。空いているところを適当に座ってもいいので?」

「え……あ、うん。それでもいいけど、その前にみんなに自己紹介しましょう」

「あ、『はい、どうぞ』ってそういう意味だったんですか」

「うん、そう。じゃあ自己紹介どうぞ」

先生が紹介してくれたのに、ぼくもやるのは二度手間では?」

「う、うーん……そうかもしれないけど、本人から直接言った方がいいかなあって」

自己紹介した方が良かったのなら、先生が紹介する必要はなかったのでは?」

こりゃあ、中々に面倒くさそうな奴が来たな。

俺だけじゃなく、この時みんなそう思った。


…………

それから日経ったが、この転校生の厄介さは俺たちの予想以上だった。

例えば体育の時間など、グループで何かをやる時はそれが顕著だ。

今日ドッジボールをやりまーす。出席番号が偶数の子Aチーム奇数の子はBチームに分かれて」

この時、俺はAチーム

そして転校生ブリー君もAチームだ。

そもそもボールをぶつけるゲームなんて、危ないのに何でやるかなあ。それに、ぼくみたいな球技の苦手な人間まで巻き込んでやらせないでよ。共産主義とか現代遺産なのにさあ」

ブリー君は終始こんな感じでブツブツ文句を垂れる。

だが、ドッジボールは割とみんなが活躍やすゲームだ。

ボールを捕れなくても、内野で避け続けているだけで相手ミスを誘えるし、時間切れに持ち込めば残り人数で勝利に貢献できる。

それが苦手なら外野パスを回して敵を撹乱するだけでもいい。

能力積極性に違いがあっても、誰もがチームの力になれるゲームなんだ。

ボールも柔らかいものを使うから怪我をする方が難しい。

体育でやるスポーツとして鉄板なのは、それなりの理由があるわけだ。

……とドッジボールの良さを俺たちが説明してもなお、ブリー君の調子は変わらない。

「あ~あ、突き指とかしたくないなあ。ボールゴム臭さも気分が悪くなるし」

ゲーム中、ずっとこんな感じなのだから俺たちは気が滅入る。

当然、チームの士気は下がり続ける。

それと同時に、俺たちのブリー君に対する評価も下がり続けることになる。

まさか、こんな形で足を引っ張る人間がいるなんて思ってもみなかった。

俺たちはどんな遊びにおいても、どんな鈍くさい子でも、いないよりはいたほうが良いと思っていたし、楽しいとも思っていた。

だけど「こちら側のどこからでも切れます」が切れないように、何事も例外というものはある。

その例外自分たち身の回りで起きたことは衝撃的だったけど。

次 ≫

2019-01-15

anond:20190115132131

やってみろは流石に酷いから、生で見てみろ

格闘技系は生かどうかは結構違う。球技とは訳が違う。あっちは画面越しでいい

2018-12-07

中学の時の頭が逝った教員

最近実家に帰った時に自分が通っていた中学の前を通った時に思い出して、イライラがぶり返してきたので、書きます

私は運動がめっぽうできない人間で、100m走や3000mの持久走などの走る系の競技は必ず学年でビリ。持久走大会は全校生徒全員で走るのだが、それでもビリになるかならないかレベル

中学1年の時の体育教員は定年直前のおじいちゃんで、「頑張ることに意味がある。記録なんか気にしなくていい」と言ってくれていたのですが、新年度になりその先生が定年し、新しい体育教員が来ました。その教員脳筋の頭が逝っている教員でした。

私の通っていた中学は某球技が全国でトップ10に入るほど強豪で、日本代表が出るほどでした。新しく来た教員は、この中学卒業し、その後も某球技が強い高校に行った後、体育系の大学に行って某競技研究をして、教員免許を取って来た教員で、某球技部活顧問として呼ばれたような教員でした。(教育委員会のお偉いさんが送り込んだらしい)

見た目は一般的20台後半みたいな感じで(実際20台後半)、おかしい人だとは思わなかったのですが、体育の初回授業で豹変しました。新年度最初の体育の授業は体力測定なのですが、その結果を見た後、生徒ごとへの接し方の態度があからさまに変わりました。

運動が出来る生徒(クラスの上位5~6人くらい)には友達のような態度で接し、運動が全くと言ってできない私と数人にはいじめと捉えられるような態度になりました。体育の授業終了前の10分程度で器具の片付けをしなければならないのですが、それをいつも私達数人に命令をするような形でやらされました。その間、私達以外の生徒は先に解散させられ、その教員もそそくさと職員室に帰ってしまます最初のうちは他の教員心配してくれましたが、1ヶ月もすると誰も気にしなくなりました(というより体育教員になにか言われたと思われる)。

そのうち、運動が出来る出来ないの序列で生徒に上下関係をつけ始めました。私達、運動が出来ない生徒は運動が出来る生徒に対し、敬語で話すことを強制させられました。体育の授業中だけだと思っていましたが、廊下などでも注意をされるようになり、ひどい時(学年で一番運動能力が高い生徒と話していた)には指導室で怒鳴られたりすることもありました。

この状況はおかしいと、運動が出来ず私と同じ扱いをされている生徒と相談し、担任教頭相談をしたのですが、全くとり合ってもらえず、口を揃えて「校長には黙ってろ」と言われました。

この頃、ちょうど定期考査の時期だったのですが、体育教員に「お前らは実技の点数が無いに等しい。筆記テストでそれなりの点数を取らないと、通知票を1にするぞ」と脅されました。

さすがにこれはおかしいと思い、友人の親(役所勤め)のつてで市の教育委員会に訴えを出したのですが、揉み消されたか子供の言うことなんかを聴く必要はないという判断だったのかで、なにもアクションは起こりませんでした。

結局、これ以上何も出来ずに、親に相談するのも当時、嫌だったので、我慢するしか無いと決意を決めて、2年間 卒業まで持ちこたえるしか無かったですが、今考えてみれば、新聞に投書するなどの方法もあったのかなぁと思う次第です。

2018-12-02

部活対抗リレー陸上部は出場しない話題

だって“本職”なのに他の運動部に負けちゃったりしたら恥ずかしいし。

かといって1位だったとしても“勝てて当たり前”としか言われないし。

から体育祭部活対抗リレーの時は陸上部員は準備係とか審判員とか記録係をやってたんだ。

そもそも部活対抗リレーなんてもの体育祭におけるある種の余興みたいなものだったからね。

運動部は基本、自分らの部活大会ユニフォームを纏って出場する。

剣道部剣道着・袴・防具一式身につけて裸足で全力疾走していた(バトン竹刀

柔道部柔道着で、確か帯をタスキリレーしてたんじゃないかな。

球技部活は“球”をバトンリレーしてたように記憶しているけど、受け渡し方にそれぞれ特色があった、筈。

バレー部はテークオーバーゾーンバレーボールトスしてたし、ラグビー部は後ろにパスを出してたと思う。

サッカー部ドリブルしながら走行する決まりの年もあったけどあまりに不利なので次の年から普通にボールを抱えながら走ってた。

文化部はどうしてただろうか。吹奏楽部トロンボーン持って制服姿でトラックを駆けてった記憶があるのでやってた感じだけど

ネタ的にマンネリ感が出だした頃に自然消滅でやらなくなったような、気がする。

2018-11-18

社会に出て10年経ってから、体育に感謝する日が来たよ

学生時代は本当に体育が苦手で苦手で。

小5くらいから、運動した後は必ず頭が痛くなって、体育の後は毎回保健室

辛うじて筆記や提出物で、1を取ることはは免れつつ、2とか3とかばっか。

走ればビリ、球技やればボールが回ってこない、二人組は作れない、逆立ちはできない。

典型的な「体育なんてイラネ」側の人間として大学まで過ごして、体育なんてイラネのまま社会に出た。

そんで、社会に出て10年ばかりしたところ、つまり三十路を越えたあたりで、段々身体にガタが出てきた。

運動の習慣がないから当然体力も筋力も無い。肉付きが良くなってきた。体重が増えて関節が痛い。あかんやばい

この年になって初めて自発的に「身体を動かさなくては!!!!」と強く思った。

自分が「身体を動かしたい!!」と思う日が来るなんて、学生時代は全く予想していなかった。

運動なんてかったるい」のまま年を取るんだと思ってた。

でも違ったんだよ!身体・・・動かさなくては・・・!!と思う日は来るんだよ・・・

お金に余裕があるならジムでも行こうかって思うんだろうけど、所詮キモくて金のないオタクなので、続くかも分からん運動にそんな金は掛けたくない。

筋トレもなんか、変なやり方するとダメとか聞くしよく分からん

となれば出来ることは一つ、ランニング!!!

持ってる中で一番動きやすい服を引っ張り出してきて、後はスニーカーさえあればすぐ出来る。ヨッシャ走ろう。

いきなり調子に乗って長距離走ると心が挫けると聞いたので、初日目標は5分。目標は挫けないこと。

で、走り出そうと外に出て、ここで気付く訳ですよ、「おっとまずは準備運動」と。

屈伸して伸脚して、アキレス腱ひとつも伸ばして、軽くジャンプして・・・って、これ学校で習った事じゃねえか!!と。

そしてのたのたと走ること4分、当然既にヘロヘロになっている訳だけど、そこで鮮やかに蘇る学生時代の持久走大会記憶

「あと少しのところで休んで歩いてしまうと、走り出す時にもっとしんどい

「ペースを落としてもいいから、とにかく走り続けた方がしんどくない」

中学時代自分が教えてくれる。諦めなければゴールにたどり着けるのだと・・・

そして苦しい息の下やっとたどり着いたゴール!

たった5分のランニングで既にへとへとになっている訳だが、ここで立ち止まってはいけない・・・!って先生が言っていた・・・

息が整うまで歩き、その後整理体操をしてメニュー終了・・・ってやっぱりこれ全部学校で習った事じゃねーか!!!

そうか・・・あの辛く苦しいばかりだった体育の授業、身体が若々しかった当時は無意味に思えた準備体操に整理体操企画者を散々恨んだ持久走大会・・・それらは全て、大人になってから突然、運動しなければ!という気持ちに目覚めた瞬間に、身体を痛めずに適切な運動ができるよう、運動のお作法身体に叩き込む為に存在していたんだ・・・とその時気付き、生まれて初めて体育の授業の存在感謝し、どいつもこいつも腹立つ奴ばっかりだった体育教師にも少しだけ感謝した。

から、「今」役に立たないことでも、十年後、二十年後、三十年後にふっと役に立つ瞬間がくるかもしれない。どんなことであれ、学んでおくと言うことは良いことである

ちなみに、ランニングの習慣はなんと三日も続いた。

・・・やっぱり若いうちに運動の習慣を身につけておくのって大事だと思う。後付けするのはなかなか大変だよほんとマジで

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