河川敷に着くと、そこには意外な姿があった。
「カジマ、お前もここに来ていたのか」
「……っす」
だが、カジマは妙によそよそしい。
要領を得なかったが、すぐに理由は分かった。
「カジマ、お前がやったのか」
近くにあった火元、そしてカジマのもつ道具がそれを物語っていた。
「い、いや、それは全くの無関係っす!」
「『それは』ってことは、ここの河川敷でのボヤ騒ぎはお前がやったって認めるんだな」
カジマは否定も肯定もしなかったが、この状況でのその反応は、ほぼ答えを言っている様なものだった。
「なぜそんなことを?」
弟たちには分からないだろうが、カジマを知る俺とタイナイは何となく分かっていた。
火の流行に感化され、自分でそれを起こしてやろうだとか、その自分が起こした火に群がる人間を見たかったのだろう。
カジマはこういった、大して心にもないことを言ったりやったりすることに快感を覚える。
俺たちはそれに慣れているとはいえ、さすがに今回の一件は些か性質が悪い。
「いくら注目させたいからって、自分で火を起こして、しかもそれを天災みたいに言うのはどうかと思うぞ」
「でも……ほら、『火のないところに煙は立たぬ』って」
「火を起こしているのお前だろ」
「カジマ。嘘や冗談ってのは必ず暴かれて、かつ遺恨を残さないようフォローしてやっと許されるんだ。それで人心を弄んではいけない」
「それはお前の免罪符にはならない」
「カジマと違って、選別はしている」
「……」
しばらくカジマは沈黙していた。
すると突然、俺たちのいる場所と逆方向に走り出す。
「あ、逃げた!」
『煙を焚く』ってわけか。
俺たちは呆れて追う気にもならなかった。
だが、その時である。
「あっっっつちゃー!」
すさまじく雑味のある高音が大きく響く。
その音の主はカジマだった。
どうやら服が燃えているようで、パニックを起こして躍り上がっていた。
「あ、あの辺りって、あの人が前に火を起こしていた場所だよ」
逃げるのに必死でそのことを忘れ、服に引火したのか。
よもや火の後始末すらちゃんとしていなかったとは。
「……助ける?」
気乗りはしないが、放っておくのも寝覚めが悪い。
その程度の情はある。
「助けよう」
「私、超能力者だけど、普通に消火した方が確実で早いと思うの」
「そうか」
俺たちはカジマのもとへ駆け寄った。
少し前に近くで火事があったことをタイナイが話したがるので、俺は適当に話を合わせていた。
「そういえば疑問なんだが、似たような火事でも野次馬の数に大きな差があるのを見たことがあるんだが、あれって何が違うんだ?」
「うーん、単に観測範囲の問題じゃないかな。わざわざ自分から観測範囲広げるほど暇な人って少ないだろうし」
俺にはイマイチ区別がつかないのだが、彼らなりの線引きが存在するらしい。
「……で、画像をここで貼り付けて投稿っと。SNSにも更新報告しとかないと」
タイナイはタブレットから手を離すことはなく、俺と喋りながらも器用に操作をしていた。
「うん、ブログのネタになりそうだ。ちょっとセンチメンタルな感じで書いて……おっと、その前に写真も撮っておこう」
タイナイはインターネッツに強い関心があり、これもその一環らしい。
「飽きずによくやるよ」
「ホットでセンセーショナルな話題だからね。僕のようにそれを語りたがる人間がいて、見聞きしたがる人間も多いのさ」
「理解に苦しむ話だ」
「まあ実際問題なぜ関心が強いのかってのは、僕もよく分かってないけどね。分からないままでも、分かっているつもりで追従や迎合して楽しめるのが流行の良さともいえる」
そこまで俯瞰しているのに流行の波に身を任せるタイナイが、俺には酷く歪に感じた。
「おや、マスダの弟じゃないか」
タイナイの見ている方に俺も目を向けた。
弟と、よく連れ立つ仲間が歩いていた。
「あ、兄貴。丁度よかった」
何が丁度いいのかはよく分からないが。
「そう、その時の話なんだけど。二件目でボヤ騒ぎがあったでしょ」
弟が経緯を話す。
「ふぅん、なるほど。僕はその声を聞く前に立ち去ったから分からないけど」
「その時『火事だー!』って騒いだ人が、兄貴たちのクラスメートの人なんだ」
「クラスメートの誰だ」
「名前は覚えてないけど、ほら……魔法少女になりたいだとか言ってて、結局はならなかった」
「今日は見かけていないと思ったけど、別の所でウォッチしていたんだね」
「その人に連絡取れない?」
「ああ、ちょっと待て」
「まあ直に返事はくるだろうから、その間にお前たちで出来ることをやっていたらどうだ」
「出来ること?」
「その火に何か目的があるかもしれないなら、また同じ場所で起こる可能性は低くないんじゃないか?」
その言葉に弟たちはハッとする。
コロンブスの卵的発想のように感じたのかもしれない。
「そうだよ、その可能性を忘れてた!」
「よし、あの河川敷に戻ってみよう」
「じゃあ、僕も付いていこうかな。もしかしたらネタに出会えるかもしれないし」
「そうか。じゃあ、こっちにカジマから返事が来たら連絡する」
「兄貴も一緒に来るんだよ。その方が円滑だろ」
当然のように弟はそう言った。
それに呼応するかのように、シロクロとドッペルが身構える。
ここで下手に渋ると無理やり引っ張っていきそうな勢いである。
俺はため息をつきながら、重い腰を上げることにした。
しかし、その規模は彼らの期待に応えるような代物ではなく、小さい煙がもくもくとあがっているだけだった。
「燻り!」
「……って、単なるボヤ騒ぎじゃねえか。しょうもない」
「この程度でハシャげるかっての」
「まるで大火事みたいに言いやがって。ぬか喜びさせんじゃねえよ」
野次馬はすぐさま散っていった。
弟たちも帰ろうとするが、仲間のミミセンはその場から動かない。
何かを考えているようだった。
「どうした、ミミセン」
「いや……このボヤ騒ぎ、なんだか不自然だなって思ってさ」
弟たちは、しみじみと辺りを見渡す。
違和感の正体はすぐに分かった。
「そうか、火元だ」
「これだけ周りに燃えているものがないのに、今これは燃えている。つまり人為的な、しかも時間がそれほど経過していない状態ってことだ」
弟たちもそれには気づいたが、その意味するところが要領を得ない。
「私も違和感あるけど、その火元を作った人間が近くにいるはずじゃない?」
「野次馬が来たせいで居心地が悪くなって、どこかに行っちゃったとか? たき火って条例で禁止されているらしいし」
「それもあるかもしれないけど、気になるのはこの火の“目的”が謎ってことだ。焚き火で温まろうだとか、何かの調理に使うだとか、そういう類のものじゃないだろうし」
「私、不思議なんだけど、何だかただ燃やしているだけのように見える」
「或いは、別の何か……」
「“別の”って、何だ?」
不可解さに弟たちは頭を抱えて唸る。
その状況を打破したのは、意外にもドッペルだった。
「……この火を起こした人に聞いたら?」
消極的なドッペルは恐る恐るといった具合に喋る。
その言葉に弟たちはハッとする。
コロンブスの卵的発想のように感じたのかもしれない。
「そうだな、それが手っ取り早い」
「こういうのは、第一発見者から話を聞いて、手がかりを探るのが定番だ」
「『火事だー!』って騒いでいた人がいたよね。その人が誰か覚えている?」
「よし、その人を探そう」
「やあ、マスダ」
「あ、センセイ。どうも」
センセイとバスで乗り合わせる。
相変わらずセンセイは新聞を読んでいた。
自然災害、事故などで起きた炎の様相に、ある種の美意識を感じるだとか。
「ああ、私も見たことがある」
「また奇妙ものが流行ってますよね。そんなに喜々として眺めるようなものじゃないと思うんですけど」
「理由?」
「大昔、獣から身を守るためだとか、明かりにしたり、食物に熱を加えたりとかは習ったことがあります」
「ああ、人間に知恵をつけた代表格といってもいい。そして今なお様々な事柄に利用されている。人間にとって火とは、身近な存在なんだ」
「だからこそ惹かれる、と?」
「さあな。だが視覚的に、何かを引き付ける力があるのだろう」
「走光性の虫みたいですね」
「ふっ、案外そんなものかもしれないな」
「でも、こうも繰り返していたら、すぐ飽きそうな気もするんですけど」
「そうだな、同じことはやればやるほどつまらなくなる。そうしてマンネリ化し、徐々に下火となる」
「あ、上手いこと言いますね」
センセイはそっぽを向く。
顔色は窺えないが、耳元が紅潮しているのが分かる。
どうも、そういうつもりで言ったわけではなかったらしい。
「まあ……ブームなんて、いずれもそんなもんですよね」
「そうだな、或いは……」
「なんです?」
「……いや、滅多なことは言うもんじゃないな。忘れてくれ」
その時、バスの揺れが止まる。
センセイがいつも降りる場所に停まったようだった。
「さて、私はここで失礼するよ」
『或いは……』
センセイは何を言うつもりだったのだろうか。
火を目当てに集まってきた野次馬の声が、サイレンに負けないほど鳴る。
その野次馬の中には、弟たちもいた。
「うおー、生の火災だー」
「この規模の生火を見たの初めてかもしれないなあ」
「天まで焦がせ~」
「シロクロ、危ないからこれ以上は近づくなよ」
緊張感のないリアクションだが、そこにいる野次馬たちは誰もが似たようなものだった。
それからしばらく経って火が鎮まり始めると、野次馬は徐々にまばらに散っていった。
「いやあ、途中で魔法少女が消火に参戦してきたのは激アツ展開だったなあ」
「正体知っている私たちがいたのに気づいて、バツが悪そうだったけどね」
弟たちが余韻に浸っていたその時である。
「火事だー!」
弟たち、周りの人たちは、その声の方向に大きく反応する。
「今日は厄日だな。見に行こうぜ!」
「や、やっと信じてくれた……じゃあ本題だけど」
「でも、お前の話を全面的に信じるかはまた別の話だろう」
「えぇ……」
「未来から来たことが事実であっても、そいつの語ること全てが事実な保障なんて何一つない。現状確定しているのはお前が未来人だという点のみだ。お前の言うことが本当かどうかは、その都度判断するに決まってるだろ」
「のび太なら信じるよ」
「現実とフィクションを混同するんじゃない。あと、そいつを基準にするのもやめてくれないか」
「……」
「お前が未来人だと確定しても、お前の話を信じない理由はいくらでもあるぞ。例えば、同じ時代からきた人間が2人いたとして、そいつらのする未来の話が食い違っていたら俺はどちらを信じればいい? 未来から来たこと自体は事実でも、そいつらがする他の話まで事実である保障なんてどこにあるんだ?」
「それは……信じてもらうしか」
「話が振り出しに戻ったな。だから『信じさせてみろ』って、さっきから何度も言ってるんだが」
俺が頑なにも見えるかもしれないが、考えてもみてくれ。
こいつが未来人だろうがなかろうが、不審人物である事実は揺らがない。
なんで、そんな奴の話を鵜呑みにしなければならないのだ。
「後さ、いきなり押しかけたことに対して何か言うべきことがあるだろ。更に庭までこんなにしやがって。礼節やコンプライアンスをわきまえろ。お前のいた未来ではそういったものがなくなっているのか? 仮になくなっていたとしても、信頼を得たければ郷に入っては郷に従うものだろう」
すると突然、声を張り上げながら退散した。
「もういい! そっちに信じる気がないなら、いくら話をしたって無駄だ! あんたに未来を託したボクが愚かだったのだ!」
俺も些か頑なであったかもしれないが、仕方が無い。
彼女は実は本当に未来人かもしれないし、そして言っていることも全て本当だったかもしれない。
その可能性が全くない、と断言するつもりはない。
つまり“信じるかどうか”ということだ。
信じるかどうかは俺の問題だ。
だが信じさせたいならば、それは彼女がどうにかすべき問題なのだ。
彼女は信頼を勝ち取るような人格者ではなかったし、何より説得力がなかった。
まあ、もしも俺が未来人だとして、彼女のような使命があるとしよう。
だったら、少なくともエイプリルフールの日にタイムスリップすることだけは避けようとするだろうな。
ましてや“信じない理由”があるのなら尚更な。
そのために人の家の庭を無惨にしたことが何よりもショックだったが。
「どう、これで信じてもらえた?」
口調と表情が自信満々であることが明らかであったが、俺はため息を吐かずにはいられなかった。
「えー……生憎だが、オーバースペックなアイテムを持っていて、それを使って見せたからといって、お前が未来人ということにはならない」
「なぜ!?」
「まず一つ。そのアイテムが未来のものかどうかは分からない。俺が今まで知らなかっただけで、現代でもありえる代物な可能性も考えられる」
「百歩譲って、仮にそのアイテムが未来のものだとしよう。だが、それでもお前が未来人かどうかは確定しない」
「どういうこと?」
「例えば、それをお前はたまたま手に入れたって可能性もある。本当の未来人がうっかり落としたのを拾ったか、或いは奪い取ったか」
「そんなことしないよ!」
「だから『信じさせてみろ』って言ってるんだ」
「いや、分かるでしょ。この見た目、持っている技術力、どこをどう切り取っても未来人だよ」
アイテムの効果だって、超能力者や魔法少女、ロボットを見慣れている俺からすれば目新しいものではないのだ。
そのような問答が何度も続き、平行線を辿る。
いい加減諦めればいいのに、何ともしつこい奴だ。
行政にでも頼ろうとも考えたが、こいつがトチ狂って(既に狂っている気もするが)俺を攻撃してきたら危険である。
何とかして、取り付く島がないってことを分からせないとダメなようだ。
メディアリテラシーは、「あらゆるものを疑え」っていう意味じゃない。
もちろん「情報の真偽を瞬時に正確に見分けられる」という能力でもない。
俺のクラスメートには、そういった解釈で振舞おうとする人もいるが。
騙されたときの嫌悪感や、騙されたくないという思いが、そういった過敏さに繋がるのかもしれない。
「単に横文字に弱いだけじゃ」って弟は言うけどな。
まあ、聞いてくれ。
まるでセールスマンのような距離感の取り方で、家に押しかけてきたからだ。
まあ、どっちでもいい。
「やあ、マスダ。ボクの名前はガイド。ここよりも遥か未来からやってきたんだ」
つくづく時代錯誤だ。
「物理的にありえない場所から登場しようとも思ったんだけれども、大騒ぎになったので今回は慎重に行こうと思ってね」
未来の法律がどうなっているかは知らないが、国や地域によって文化が違うことがあるのだから、時代によってルールも違うことは当然踏まえておくべき事柄だ。
どうやら、このガイドと名乗る奴は、そういった常軌を持ち合わせていないらしい。
「それで今回ボクが来たのは、とある使命のためなんだけど……」
なにやら色々と説明していたが、元からこんな人間の話を真面目に聞く気にはなれないので、話の内容は記憶にない。
未来人はどいつも“こんな”なのか、それともこの未来人が特別異常なのか。
いずれにしろ、こんな不躾な人間にタイムスリップさせるあたり、未来の法はまともに整備されていないようである。
説明が数分経ったとき、さすがに俺の訝しげな態度に気づいたようだ。
「あれ……もしかして、ボクの話を信じていない?」
「そもそも、どこの誰かも分からない人間の話を、無条件で信じる方がおかしいと思うんだが」
「いや、『どこの誰か』って。ボクの名前はガイド、そして未来から来たって……」
「だから、それが嘘か本当か俺には分からないから、信じるに値しないって言っているんだ」
ガイドと名乗るその女は、如何にも考えていますといったような仕草をオーバーにしてみせる。
すると、腰についたポーチからおもむろに珍妙なオブジェを取り出した。
言動が、いちいち癇に障る。
「じゃあ、見ててよ」
本当は色々作るつもりだったが、スープの時点で俺は既にやる気がなくなっていた。
腹が減っていた筈なのに、食欲もほとんどなくなっている。
それでも実食。
肝心の味はというと、失敗ではなかった。
だが成功でもない。
「うん……まあ食べられる」
成功や失敗といったものをどう定義するかにもよるが、美味くそして上手く出来たかという点では失敗かもしれないし、不味い料理を作らなかったという意味では失敗ともいえないはずだ。
だが、「不味くはないカレー」という時点で、かなりの低評価であることも事実なのである。
カレーの味で体裁こそ保っているものの、料理が上手くできたわけでもこの料理がちゃんと美味いわけでもないからだ。
特に問題なのが、原因は分からないが何かが過剰な味で、しかもそれが凝縮されていることだ。
野菜の水分を警戒して濃い目にしたのも関係あるのかもしれない。
だが、ライスなんて用意していないので、事実上このカレーを食べきることは苦行だといわざるをえない。
何かをやり過ぎたといわれればそうとも言えるし、何かが足りないといわれればそうとも言える料理。
この料理のテーマをあえていうなら、「過不足」といったところか。
ため息が出ようとする口に汁を放り込む。
なんで俺はこんなに時間を費やして、こんな料理を作って、それを食べているのだろう。
いいようのない哀しみが腹の中に渦巻く。
その中心では、タイナイが隙あらば語ってくる調理のノウハウや薀蓄がリフレインしていた。
まあ、あいつなら上手いこと出来るのだろう。
多分、石の水切りが出来ない人間に、「ほら、こうやるんだよ」って言っているみたいなことを、己がやっている自覚がないんだろう。
浮かんだ油を見ながら、俺は弟に石の水切りを教えていた日のことを思い出していた。
何か別のことを考えながら食べないと、やるせなくて仕方がなかったのだ。
「あ、そうなんだ」
「何というか俺という人間は、自炊という行為を、習慣的に取り込むのは無理な人種だと思った」
「おいおい、そんなこと言うなよ。自炊は良いものだ。何よりコスパがいい」
「……自分で料理してみて、それを自分で食べてみて、気づいたんだ。お前の言う『コスパがいい』って、色々なものを犠牲にしてきた結果の言葉なんだな」
「“色々なもの”?」
「分からないってことは、お前にとっては意識すらしていないレベルのものってことだ。言ったところで仕方がない」
「なんだよ、それ」
「とどのつまり俺にとって、自炊ってのはむしろ“コスパが悪い”ってことさ」
煮込んでからしばらく経ったので、野菜をスプーンで軽くつついてみる。
やわらかくなってきたので、ひとまず味見だ。
うん、大分マシになった。
あとは、もう油を入れればいいか。
センセイによると、人間というものは油が好きなように出来ているらしい。
この不出来な野菜スープも、オリーブオイルあたりのイメージ的に良さそうなものを入れれば帳尻は合うだろう。
そうして周りを探してみるが、オリーブオイルはなかった。
まあ、我が家の食卓でオリーブオイルを必要とする料理がないから当たり前ではあった。
タイナイとかは料理好きだから、きっと常備してあるんだろうが。
だが、幸か不幸かなぜかゴマ油は見つかった。
量はほとんど減っていない。
こういった調味料を使いきろうと思ったら、よほどのことがない限り難しいのだろう。
だったらなぜ買ったのかとか、なぜ残したままにしているのかとか、そういったことを気にしている場合ではない。
せめて俺が手向けに使ってやるべきなのかもしれないが、とてもじゃないが使う気にはなれなかった。
そして卵を割り入れる。
人間は卵が好きなように出来ていることを、俺はビデオ屋の店長から学んだ。
しかし割り入れた卵は、映像とか写真とかで見たような綺麗な造形にはならなかった。
スープ全体に淀みが発生し、それと同時に俺から食欲を奪っていく。
仕方がないので、俺は胡椒をパッパラ振りかけた。
他にも何か細々と加えた気もするが、加えていないような気もする。
俺はおもむろにカレーのルゥを放り込んだ。
カレーライスにしようとも思ったが、今から米を炊く気も、炊くまで待つ気にもなれなかったので、これで良しとしよう。
なぜなら食材を中途半端に余らせたくないので、一回の食事で使いきろうとするからだ。
このせいで汁物は、むしろ煮物といった様相を呈することもしばしばある。
それを何か上手いこと別の料理に使えばいいと思うかもしれない。
だが、我が家にどんな食材が余っているか把握し、それを献立にどう捻じ込むか、といったことを要求するのは酷というものだ。
じゃあ、この冷凍された野菜はその名残なのかというと、ちょっと事情が異なる。
料理好きを自称するタイナイが言っていたことだが、「野菜は大量に買って加工だけしておき、後は冷凍しておけば利口」らしい。
やたらと熱弁するのでやってみたのだが、そもそも俺とタイナイでは“前提”が違う。
料理好きな輩の言う利口な、上手い料理法ってのは、他人の環境やスペック、ライフスタイルを一切考慮しないからアテにならないのだ。
だがタイナイだけではなく、俺もその“前提”の重要性をまるで分かってはいなかったのだからお互い様である。
こうして冷凍した野菜は活用の機会に恵まれず、冷凍庫に眠り続けた状態だった、というわけだ。
解凍したら水分と一緒に野菜の旨味的な成分が出て行ってしまうと、どこかで聞いたのを思い出したからだ。
このスープだけでは食べられたものではないので、野菜から滲み出る成分に期待しようという算段だ。
仕方がないので大きい鍋に移し、更に追加でコンソメと水を投入する。
すると、スープだけでお腹一杯になりそうな量になってしまった。
不味かったら大事だぞ、これは……。
その日は料理をしてみようと思った。
大した理由なんてない。
いくらでも即席食品がある環境で、料理をほとんどしない俺が「自炊」というカードを切ったのは気まぐれに過ぎない。
ただ、友人のタイナイが少し前に言っていた、意識の高い自炊論をふと思い出したってのはある。
まずはスープだ。
沸騰させたお湯に、コンソメの素を溶かしてみた。
実は前に一度、わざわざ煮干や鰹から出汁を取って作ったらしいのだが、「いつもと違う」と俺たちに不評だったせいでやめたらしい。
手間と味が比例しないのは考えてみれば当たり前のことではあるのだが、評価されないことほど調理人にとってツラいことはないだろう。
だが、今回は俺が自分で作り、自分で食べるのでその心配はない。
そうやって思いふけるうちに、コンソメは見る見るうちに溶けていった。
味見するまでもないと思うが、念のため確かめてみる。
「なんだこれ……不味い」
予想外だった。
料理の失敗でよくあるパターンは、大抵「セオリーに則らない」か、「余計なことをする」かのどちらかだ。
いや、もしかしたら俺は何か見落としているのかもしれない。
書かれている説明がイマイチ曖昧だったが、どうもこのコンソメは、ミソスープでいうところの出汁的な存在だったらしい。
コンソメの素はカップスープみたいなものだと思っていたが、そういうわけでもないようだ。
それにしてもコンソメだけだと、こんなに不味いものだったのか。
だが、理由が分かれば話は早い。
要は別の味でフォローさせればよいのだ。
「まあ、こんなもんだろう」
シューゴさんにしては随分とマトモな謝罪だったようで、一応はつつがなく終了したらしい。
「完璧ではありませんが、これでいいでしょう」
「そもそも完璧な謝罪なんて存在しない。後は世間が勝手に折に触れればいい」
シューゴさんは慣れないことで疲れた様子だったが、何事もなかったように普段の仕事も担当したらしい。
「……といった話だ」
父にそんな話をされて、俺はリアクションに困った。
俺はシューゴさんという人を大して知らないし、関心もない。
その人が謝罪をしようがしまいが、そして謝罪の内容が良くても悪くても、俺にはどうでもいいことだった。
「なぜ俺にそんな話を?」
「自分というものを社会でどう在るか見せるのに、謝罪というものは分かりやすい指標なのさ」
「それは……謝罪するかどうかってこと? それとも謝罪の仕方がってこと?」
「うーん……? 是非を求められて謝罪をして、その謝罪自体にも是非が求められるなら、謝罪という概念そのものがないほうがシンプルに思えるんだけど」
俺の言葉に、父は目を丸くさせる。
そして徐々に頬を緩ませると、とうとう声を上げて笑ってみせた。
「ははは、そりゃそうだ。そもそも謝らないで済むのが、一番いいに決まってる。ある意味で完璧な謝罪だ」
自分ではそのつもりはなかったが、どうやらかなり変なことを言ってしまったらしい。
父が働く会社での話だ。
父の会社にはシューゴという人がいて、この人は会社の顔とも言うべき立場にある。
大抵の場合はこの人の性質だとして見過ごされることも多いのだが、今回は少々大事になったらしく弁明の場を設ける必要があった。
とはいっても、もはや場は設けられており、今さらなかったことにするのは難しい状態だった。
周りから囲み、そういう状況を作り出さなければ、シューゴさんは世間という漠然としたものに謝罪など一生しないだろう。
父の同僚のフォンさんはそれを分かっていたために強攻策に出たのだが、予想以上にシューゴさんは頑なであった。
「俺にはよく分からない。確かにクライアントには申し訳ないことをしたと心から思っているが、そのクライアントに対しての謝罪と賠償は済んでいる。この場を設ける意味が分からない」
シューゴさんは、別に謝罪すること自体が嫌だと愚図っているわけではなかった。
ただ、わざわざ不特定多数の人間に向けて謝る必要性が、彼には理解できなかったのだ。
「シューゴさん。謝罪ってのは必ずしも当事者だけにするとは決まっていないんです」
頭を抱えながら、フォンさんは父に目配せをする。
説得を手伝ってほしいのだろう。
だが父は静かに首を振って見せた。
ただ、安易に誰の味方をするわけでもない。
シューゴさんが最後まで頑なであるならそれは仕方ないとも思っていたし、結果として考えを曲げるなら、それもまた意思の一つとして尊重するつもりだったのだ。
「俺は一体、誰に対して、何の意味があって、あの場に立って謝るんだ? そしてクライアントでもない彼らは、一体何に対して怒っているんだ?」
「シューゴさん。そんなことはワタシにだって分からない。というよりあの人たちも、本当のところは誰も分かっていないんです。分かっていないから怒っているんです。だから謝らなければいけないんです」
「滅茶苦茶だ」
「そうです。滅茶苦茶です。でも、そういう滅茶苦茶なことの帳尻を合わせるのも社会の在り方なんです。その帳尻あわせが“謝罪”なんですよ、シューゴさん。何かをやらかしたら、謝る。それが誰であっても、何に対してでも、謝る必要がなくても、です」
父もフォンさんの言っていることが大した理屈じゃないことは理解していた。
しかし、それでも父はシューゴさんの味方も、かといってフォンさんに追従もしなかった。
それを何度か繰り返すうち、とうとうシューゴさんは折れたと言わんばかりのため息を吐き、それと同時にフォンさんの言葉を静止した。
「もういい。酷い理屈だが、それで納得しよう。だが、覚えておいてくれ。俺は申し訳ない気持ちだとか、そんなものは微塵もない状態であの場に立つ。というより、実際問題そうせざるを得ない。傍目には分からないよう臨みはするが。それでいいんだよな、マスダさん」
「はい、それで構いません。あーいう場での謝罪ってのは誰も言わないだけで皆そんなもんです」
今でも同じビデオ屋で働いている。
俺の意気消沈ぶりから、周りのバイト仲間たちは事情を察していたらしく、変な距離のとり方をしてくる。
「おい、マスダ。そこ棚が違う」
自分で思っていた以上にダメージが大きかったようで、つまらないミスをしてしまう。
指摘されてやっと気づくとは、我ながら呆れる。
やばい。
ここでの給料すら減らされる。
「て、店長、このミスは取り返すので、時給減らさないでください」
「何をテンパってんだ。取り返さなくても、ちょっとしたミスくらいで別に減らしたりはせんよ」
俺のその時の顔はかなり強張っていたらしい。
ただ事ではないと感じたが、いつも以上に店長は口調を穏かにして話した。
「なあ、マスダよ。確かにオレんところは、2倍頑張ったからといって2倍の給料を貰えるってわけじゃない。
だがな、0.5倍頑張ったら0.5倍になるわけでもないんだ。
お前より優秀な人間がいても、お前が必要以上に頑張らなくても、多少の個人差があっても時給980円なんだ。
調子が悪くて、平均以下のパフォーマンスしかできない時でも、よほどのことがない限り時給980円なんだ。
それは確かに“相応の報酬”ではないけれども、案外悪いことじゃないってのを分かってくれ」
まあ、俺は社会をそんなに俯瞰して見ることも、そのつもりもない。
別に頑張りを認めて欲しいわけではなく、お金が貰えればそれでいいんだ。
けど、このバイトの時給980円の重さを、俺は軽んじていることは改めようと思った。
もし、それが当たり前の世の中になったとき、自分の給料は今より増えると無邪気に喜べるだろうか。
実際問題、その“頑張り”を正当に評価できるかなんてことは分からない。
でも、仮にできたとして給料が増えるかどうかはまた別の話だ。
下手をしたら減るかもしれない。
しかも、その原因は自身の頑張りだけではなく、他人の頑張りも相対的に加味されて、配分されているとしたら。
他の人たちはどうだろう。
それとも俺みたいに減る方?
まあ、いずれにしろ、それは“相応の報酬”ではあるんだけどね。
「じゃあ、相対的に増減するのはこの際いいですよ。でも納得していないことはまだあるんです。店長、これどういう見方で給料を決めているんですか」
「そうねえ、例えばあの子。決められた業務事態はキミと同じレベルのパフォーマンス。でも、あの子の方が人当たりが良いの。さて、給料はあなたと同じにすべき?」
「そりゃあ、業務に関係のない要素で給料が上がるのはオカシイでしょう」
「本当にそうかしら? あの子の人当たりのよさは、間接的に社員全体のパフォーマンス向上に貢献しているといえるわ。生産力も上がっているといっていい」
「いや……そんなところまで個別に評価していられないでしょう」
「働きに値する報酬を徹底するならば、そういう部分も含めて評価し、給料に反映すべきだと私は考えているわ。分かりやすい部分だけ評価して給料に反映させるなら、それこそ不当ではないかしら。そして評価とは比較の側面も持つ以上、私はこの配分について不当とは思わない」
このあたりで、俺は自分の給料が上がる可能性をほぼ諦めていた。
「キミ自身、改めて客観視してみなさいな。自分自身が、社内全体、なんなら社会全体を見渡して、どの程度の給料を貰えるに値する労働力なのか、成果を出せる人間なのか、本当にちゃんと考えたことはある? キミは自分の労働力が、自分の給料が、自分への評価が、“相応ではない”と本当に思えるのかしら」
タケモトさんの、あの時のリアクションを思い出す。
働きに応じてという文言に騙された。
いや、俺が良いように解釈しすぎた、というのがこのオーナーの主張なのだ。
頑張れば頑張るほど給料が増えるという考えは間違っていなかったが、間違いでもあった。
俺が頑張っても、他の人がより頑張っているならば、俺のは頑張っているとはいえないのだ。
2倍頑張れば2倍の給料を貰える世界、それはとても良いことだ。
けど、それで得をするのは“その世界で2倍頑張れる人間”で、そうじゃない人間は割を食わされるのだ。
なぜだ。
俺の働きに何か不備があったのか。
これはさすがに少ない。
「オーナー。俺の給料を時給で計算してみたんですが、それだと800円になるんです。何か間違えてないですか」
「いえ、間違えていないわ」
「じゃあ、俺の働きに不備があったんですか」
「いえ、普通くらいの働き」
「いいえ」
何がどうなって俺の時給が800円なのだ。
「じゃあ、なんで」
「同じくここで働いている子で、その子は前の給料が時給換算で1000円。今回の君と同じくらいの働きね」
いきなり別の従業員の話をしだしたオーナーに疑問を感じたが、ひとまず話を合わせる。
「多いですね」
「その子が今回、1.5倍ほどの働きなの。だから、その子の時給を1200円にしたの」
前回が時給1000円相当で、今回がその1.5倍の働きだというのなら、1500円だろう。
それに、一体そのことが俺の時給800円相当と何の関係が……。
「……俺の時給を800円分にして、その子を1200円にすることで、相対的に1.5倍の働きということにしたと?」
「そういうこと」
側面的には、俺の200円分をその子に回したということでもある。
働きに応じた報酬を、こんな風に帳尻を合わせてくるとは思いもよらなかったからだ。
俺の働きは何の問題もないのに、他の従業員の方が俺より働いているから減っただと?
「そんな馬鹿な!」
「だからって俺のを減らさないでくださいよ。働きに支障がないなら、1000円にしてください」
「それじゃあ、1.5倍働いている子が報われないじゃない」
「その子を1500円にすればいいでしょう」
「資源は有限。そんなに労働力にお金を割くわけにはいかないの。1.5倍頑張ったからといって、店の利益が1.5倍になるわけではないもの。それでも相応の対価を支払おうとするなら、それは相対的なものにならざるを得ないわ」
だが、こちらもそんなことでは納得しない。
貼り付けられたチラシを一通り見ていくが、応えてくれるようなものは中々見つからない。
学生の俺でもできるバイトは、時給がどこも似たり寄ったりであった。
それは相場を合わせているからなのだろうけれど、見方を変えれば形態と給料を見て設定しているわけではないということ。
それでは二の舞である。
俺は相談窓口に行くと、担当のタケモトさんに他にいいものがないか尋ねた。
「はあ……頑張れば頑張るほど給料が増えるやつ、ねえ……」
タケモトさんは俺の要求を聞くと怪訝そうな顔をしたが、一応は探すそぶりをしてくれている。
「一応あるけどな……これとか」
給料の項目には、「働きに応じて」と書かれている。
「お、これです。これにします!」
「え、本気か……まあ、若いうちに勉強しとくのもいいかもしれないな」
タケモトさんの言い方が少し気になったが、俺は二つ返事で問い合わせた。
俺は早速そこで働き始めた。
タケモトさんの気になる言い方からブラック企業か何かかと思ったが、実に真っ当な労働形態で問題なく働けた。
嫌な上司や同僚がいるわけでも、特別厄介なトラブルがあるわけでもない。
そろそろビデオ屋のほうのバイトはやめて、こちらに専念してもいいかもしれないな。
そしてしばらく時が経ち、初めての給料日。
お金を稼いだという実感を得るため、ナマで受け取るのが好きなのだ。
うきうきしながら中身を見てみる。
「……んん?」
少ない気がする。
数えてみる。
やはり少ない。
念のため、俺は自分がこれまで働いた総時間と、貰った給料を時給で換算してみる。
時給980円、近所のビデオ屋。
欲望とは際限のないもので、俺は自分の給料に不満が出てきたのだ。
閉店間際、俺はそれとなく店長に打診することにした。
「そうだなあ、頑張っている。すごいと思うぞ」
このままでは、馬鹿な会話をしたただけで終わる。
俺は痺れを切らして、思い切って話を進めた。
「店長……俺は別にワーカーホリックではないですし、労働に承認欲求だとかを求めているわけでもないんです」
「ほう、では何のために働く?」
「有り体にいえば金のためです」
店長の予想通りの答えだったのか、フッと笑って見せる。
俺が給料アップのために話をし始めたのは最初から分かっていたようだ。
にも関わらず、店長は意味もなく遠回りなやり取りを好む節がある。
「マスダよ。お前のそういう正直なところは嫌いじゃないが、お前が2倍頑張ったところで給料は2倍にならんぞ」
「なぜ!?」
さすがの俺でもそんな理由で納得はしない。
「いや、店の利益が2倍にならないからといって、その利益がそのまま俺の給料になるわけじゃないんですから」
「労働力以外にも金を使うんだよ。避けるリソースには限りがあるんだ」
「その『以外』からもう少しこちらに回すことは可能なのでは、と言っているんです」
「その『以外』にリソースを割いた方が、お前に給料2倍分の働きを期待するより利益に繋がるんだよ」
その言い分には、いくら俺が働くことに矜持がないからとはいってもムッとする。
「そんな……実は自分が好きに使う分にも回しているんでしょ」
「当たり前だろ」
「えっ」
「何で意外みたいな顔されなきゃならんのだ。慈善事業でやっているわけでも、金をばらまくために雇っているわけでもないんだ。コンプライアンスの範疇で雇用主の得を優先したからといって、咎められる謂れはない」
「主張は理解しましたけれども、頑張りが給料に直結しないって、すごい不当に感じますよ」
「お前には難しい話かもしれんが、お前の頑張りに関係なく給料が同じままってのは案外悪いことじゃあないんだ」
店長はそう言うが、俺にはそれが良い事にはとても思えなかった。
いずれにしろ俺の時給が上がらない以上、その事実は揺らがない。
「誤解しないで欲しいが、労働力を軽視しているわけじゃない」
説得力皆無。
今のままではダメだ。
俺はタイムカードを切った。
ーーそれにしては、意外にもファンタジーとしての完成度を高く評価している声は少なくないですよね。
シューゴ:まあ、ファンタジーって歴史のあるジャンルだから。参考資料は多いからね。
マスダ:設定とかもファンタジー小説サイト巡って、ウケのよさそうなものをツギハギしていますし。
ーーえ、それってパクったってことですか。
シューゴ:ちょっ(笑)、言葉には気をつけてくれよ。色んなファンタジー作品を参考にして構成されているってだけで、まんま一つの作品からトレースしたとかじゃないし。それに意識しなくても、設定だとかストーリ展開がカブることなんて珍しくないでしょうが。俺のをパクりっていうんだったら、ほとんどのファンタジー作品はパクりになるぞ(笑)
ーー失礼しました。ところで、その他のこだわりは何かありますか。
マスダ:こだわりを挙げるとなると、ズバリというのはないかもしれませんね。はっきり言って自社初のオリジナル作品という試みは、非常に志が低い状態で作られました。まあ、体裁は成しているので意外にも受け手は気づかないものなのかもしれません。
フォン:強いて言うなら、問題作としてスタジオのイメージ低下に繋がらないよう心がけました。クオリティの安定と、作中の表現には注意するようシューゴさんにお願いしましたね。
シューゴ:俺の作風的に、そーいうのよく分からないから、結果やりすぎて一部では『子供向けすぎる』という評価をされたよな。
マスダ:でも、それが深夜枠から今のゴールデン枠進出に繋がっていると考えると感慨深いものがあります。
シューゴ:今の子供たちには、普通の良作ファンタジーとして受け入れられているが、ゴールデン進出の際にリブートしたのは正解だったな。キャラデザや作風とか色々一新した結果、既存のファンには賛否状態になったが総合的には英断だったと思う。
フォン:ただ、この時のが尾を引いて、一部からは監督は『心変わりのシューゴ』みたいな呼称ができてしまいましたね。私の意向もあったので、ちょっと申し訳ないです。
シューゴ:いや、それに関しては気にしてないよ。どーせ、あのテの古参ファンは羽振りがよくないくせして、過去の思い出にすがって口出しだけは一人前のヤカラだから。顧客だなんて思っていないし、無視するに限る。
ーー今後ますます勢いを増す『ヴァリアブルオリジナル』。第三シーズンの見所をお聞かせください。
シューゴ:いや、それは元四天王。そいつらは影武者として登場した。
シューゴ:影武者だった奴らが四天王より強くなったことで、取って代わったんだよ。
マスダ:ああ、つまり元影武者が現四天王で、元四天王が現影武者ってことですか。
ーー最後に、今後の『ヴァリアブルオリジナル』の展望についてお聞かせください。
シューゴ:カードゲームとのタイアップを意識した話にして欲しいって指示されたから、そんな感じになるかな。
フォン:他の作品の制作もやっていきたいところなんですけどねえ。
マスダ:上が「スタジオ内のスタッフでほぼ作り上げているのをセールスポイントにしよう」って言ってくるので、うちのスタジオはこれにかかりっきりの状態なんですよね。
フォン:まあ、とどのつまり上の意向次第ですね。カードゲームが好調な限りは、何シーズンでも作れと言ってくるでしょうけど(笑)
シューゴ:まあ、仮に他の作品やる余裕があっても、できればマシな企画持ってきてほしいけどな。
フォン:『女子ダベ』とかですか?
マスダ:(笑)
フォン:これ、本当に載せるんですか?
マスダ:自転車操業ですから、企画がないのはさすがにマズイぞ、と感じまして。そこで無理やりにでも企画を作ろうと思い至ったわけです。
フォン:オリジナル作品ということは、元請けとなるコンテンツがないということで評価は未知数です。ましてやウチのスタジオはオリジナル作品を作ったことがない。
ーーそれでも何もアニメ作らないよりはマシだったと。
フォン:傍から見れば理解に苦しむかもしれませんが、そうなります。
シューゴ:低予算だから有名なスタッフを外から雇う余裕はない。というより、時期的に他のところに持っていかれているから手遅れなんだけどね。オリジナル作品、かつ有名なクリエイターもいないので求心力はない。つまり期待値は作り手にとっても受け手にとっても、まるでない状態だったわけだ。
フォン:本当に、企画の水増し目的でしたね。それでもないよりはマシだっていうつもりの延命措置というか。
ーーでも、それがまさかの大当たりをしたんですね。その要因は何だと思いますか。
シューゴ:一部の表現方法が好意的に受け入れられたことかな。既存の演出方法を、作画枚数を減らすために多用しまくっただけなんだけどな。むしろスタジオの個性だと言う人もいるが、もしかしたら皮肉で言ってるのかもしれないな(苦笑)
シューゴ:リミテッドってあんまり好きな言葉ではないけれど、まあそうだな。日本のアニメは「楽をしたいけど楽をしていると思われたくない」って意識の結果生まれた、コストパフォーマンスに優れた手法が豊富だから。そのノウハウをフルに活かせば、少数でもそれなりのもんは作れるわけだ。うちのスタジオ、数だけはこなしてきた分そういうのは得意だから。
ーー“日本のリミテッド・アニメーション”を大いに感じる作りではありますが、逆にジャンプカットやボイスオーバーなどはヌードル・ハンバーグの影響を強く受けているように感じました。
シューゴ:お、ヌードル・ハンバーグだって分かるんだ。ジャンプカットやボイスオーバーは、アニメだと作画の枚数を減らすのに便利な演出方法だからな。○○○○制作のアニメとかがよくやってる。
フォン:ああ! いきなり本筋と関係のない話を長々とし始めるシーンよくありますけど。あれヌードル・ハンバーグの影響なんですか。てっきり『女子ダベ』への当てつけかと思ってました。
マスダ:まあ、それはそれでいいんですが、さすがに背景美術とか、音楽すら社内でやったのは後悔しています。かろうじて経験のある人にやらせたから、体裁は保っているがチープ感は拭えなかった。今ではちゃんとした専門スタジオに頼んで高品質ですが、音楽に関しては今でもいくつかの曲はコードそのまま。
シューゴ:あのBGMって、確か『女子ダベ』の会話シーンで使われてたのをアレンジして『ヴァリアブルオリジナル』に使ったんだよな。「日常モノとか、コメディでよく流れてそうな、やる気のないBGM」とか言われているが、さすが熱心なファンは考え方がシャープだ。
ーー大衆は音楽をコードという視点では評価しませんから、うまいことアレンジしているなあと感心しました。ですが、チープというのは謙遜しすぎかと(笑)
シューゴ:当時は実際問題チープだったからなあ(笑) 目を背けても仕方ない。脚本すらない状態で絵コンテ書いたから、展開も思いつきで話進めたし。
シューゴ:まあ、大なり小なり話を監督が肉付けするケースは珍しくないけどね。ただ、大まかなプロットすらない状態でやらないといけないのは初めて。○○○さんレベルの人はやってるらしいけどね。俺は普段だと脚本家や他の話数を担当する監督とかに入念に相談とかするんだけど、その時は俺一人だけなんで「これでいいのかなあ」って思いながら描いていたなあ。
「あ、父さん。インタビュー記事載ってるよ。献本だとかで家に届いた」
「え、あれ載せたのか」
父はまるで載らないと思っていたかのような、意外そうな反応をする。
俺はインタビュー記事のあるページ]を開いた状態にして、雑誌を父に渡した。
父はそれに目を通すと、ため息をついた。
そのため息は何を意味しているのだろうか。
「はー……どうするんだろうと思っていたが、随分な編集しているんだな」
「え、本当はもっと色々あったってこと?」
「色々あったっていうか……いや、お前が聞いてもあんまり面白くない話だし、この内容でいいのかもしれないな」
そう言うと父は本を閉じて、俺に返した。
詮索したい衝動に駆られたが、父に聞いてもロクな答えは返ってこないことを察して、俺は本を一瞥すると近くの棚に放り込んだ。
フォン:大丈夫ですか。シューゴさんは割とズケズケ言いますから危なっかしい。
ーー大丈夫です。出来る限りリラックスした状態で、素直な姿勢で語って欲しいので。どうしても載せにくい部分は編集します。
シューゴ:それなら、気軽に答えていこうかな。
ーーでは最初の質問ですが、『ヴァリアブルオリジナル』はこのスタジオ初のオリジナル作品という試み。そのきっかけはなんなのでしょうか。
シューゴ:そりゃあ、“アレ”だよ。その前にうちが携わってた『女子ダベ』(※1)のアニメが大コケしたからだよ。
※1…週刊ダイアリーにて連載されていた日常系の四コマ漫画(全4巻)。「女子がダベる(喋る)」ので略して『女子ダベ』。方言女子が出てくるわけではない。没個性な作風も手伝い、方言女子を期待していた層からガッカリ漫画の代表格として、しばしば挙げられることも。作中の「観賞用の花が、高嶺の花とは限らないだろ」というセリフは、本作をまるで知らない人にすら使われているほど有名。
マスダ:シューゴさん。それもなくはないですが、どちらかというとその時期の企画がそれしかなかったのと、予算の配分がおかしかったのが原因ですよ。
ーーえっ!? その話を詳しく。
フォン:えーとですね。これの前に制作していた『女子ダベ』はそこそこ好評だったんですけど、残念ながら興行的には赤字だったんです。巷では「壮大な雑談アニメ」、「無駄に高クオリティ」だってよく言われてます。
シューゴ:そりゃ、持ってきた企画それだけな上、予算もやたらと多いからな。しかも次の企画を持ってくる予定もないのでスケジュールはガバガバ。よほど無能でなければ、時間もお金も人手もありゃ良い物できるのは当たり前なんだよ。
マスダ:「作画の無駄遣い」だなんて言われているけど、スタジオ内でも「このシーンに、こんなに枚数使うの?」って皆が度々言ってたよ(笑)
シューゴ:ウチが1本作るのにかけている予算が平均○○○○○だってのに、あのアニメその数倍予算かけているからね。でも元のコンテンツがコンテンツだし、ジャンルがジャンルだから期待値低いし赤字確定。
マスダ:大赤字がほぼ確定だと分かっていながら、クオリティだけは上がっていく過程はツラかったですね。
フォン:企画が少ないのは、元請けのコンテンツにロクなものがなかったからだと上は言っていました。注目されている原作は他のところに持ってかれているか、既にアニメ化されていたりで。『女子ダベ』は競争もなくすごく安く入札できたので、その分の予算を割いたと言っていましたね。
シューゴ:だからって、その分の予算を一つのアニメに、しかも期待値の低いコンテンツに割くかね。まあ、フォンさんが予算決めたわけではないから、ここで言っても仕方ないけれども。
フォン:一つのアニメが多少コケても大丈夫なように、予算ほどほどにして企画数を増やすってのが定石なんですが、上がこれ一つに数本分の予算割こうと言い出したときは何かの冗談かと思いました。
マスダ:上はよっぽどこのアニメで黒字に出来る自信があったみたいですね。委員会、スポンサーとかもロクに募っていなかったようで。
シューゴ:それで赤字になったらこちらのせいにしてきて、次にアニメの話あっても企画くれない、もってこれない。出資してくれる所もないって、バカじゃないかと。
マスダ:ほんと上の方々には企画の確保と、予算の配分はちゃんと考えておいて欲しいですよね。その割を一番食うのはこちらなんですから。それが杜撰なせいで潰れたスタジオも数年前にありましたし。
ーーえ、あのスタジオ潰れたのって、『暴力団サンタ』が鳴かず飛ばずだったからだと思ってました。
マスダ:あ、どのスタジオか分かっちゃいます? まあ、アニメそのものの売り上げが多少悪くても、関連商品とかイベントなど、製作委員会によるリスクヘッジは用意してあるもんですから。ちょっとコケたくらいで潰れるようなら、それはアニメが悪いんじゃなくて経営が悪いんですよ。
フォン:まあこのスタジオも、そうなりかけてたんですけどね。特にヤバかった時期は、『女子ダベ』の制作も佳境なのに次の企画がまだ用意できていなかった頃です。
カードゲームも近年で世界大会が開かれるなど、ますます勢いを増す“ヴァリアブルオリジナル”旋風。
今回はその先駆けとなったアニメ『ヴァリアブルオリジナル』が作られているスタジオにお邪魔し、プロデューサーのフォンさんとマスダさん、監督のシューゴさんにインタビュー。
ーーこの『ヴァリアブルオリジナル』というタイトルですが、これは本作の世界観を象徴する、何か特別な意味はあるのでしょうか。
マスダ:うちのスタジオはこれを作るまで、漫画や小説など原作があるものをアニメ化してきました。つまり、自社にとって初の「オリジナル」作品なんです。オリジナルは柔軟な話作りをしやすい。つまり「ヴァリアブル(変化しやすい)」ということです。
ーーなるほど、オリジナル作品に臨むスタッフの意気込みをタイトルにしたんですね。
フォン:勿論きっかけというだけで、作っていく段階でちゃんとタイトルと関連性を持たせた話にしているので、ファンの方々の熱心な考察が的外れってわけではないです(汗)。
ーー作っていく上で、何らかの拘りはありますか。
フォン:本作に限ってはうちのスタジオにいるスタッフだけでほぼ作っています。うちの普段の制作ですと、何割かの作業はその都度フリーランスの人に依頼したり、別の専門スタジオに任せることが多いんです。でも、それだとアニメをスタッフ単位で語られることはあっても、スタジオ単位では語られない。
マスダ:自社でオリジナルを作るからには、うちのスタジオを象徴するアニメが作りたくて。受け手が「あのスタジオが作った」と言ってくれるようなアニメを作りたかった。ポテンシャルがあるという自負はありましたし、作品を通してそれを伝えたかったんです。
ーーでは、監督にお聞きしたいのですが、自社のスタッフのみで作るという試みは大変でしたか。
シューゴ:いえ、むしろ楽だったことのほうが多いですね。スタッフとの連携も取りやすかった。
マスダ:自社のスタッフだけで作っているので、スケジュールの把握が簡単で、管理もしやすかったのが大きいでしょうね。
シューゴ:あと、役割の簡略化もあります。例えば、普段ですと脚本家や他にもいる監督と相談して絵コンテやプロットを考えるんですが、本作は自分一人でやってます。脚本を作ったり、他の監督に相談するというタスクを排除したことで、のびのびと作れるので作業が捗りやすい。
シューゴ:作画も何回か兼任したこともあります。まあ、大なり小なり監督がやってきたケースはありますよ。あの○○○監督とかも、絵コンテ描きながら話を作るタイプですし。
フォン:アニメ制作は分業制が基本ですが、それ故にどこかが難航すると他の作業もそれに引っ張られます。それを出来る限り軽減したスタッフ配置やスケジュール管理を徹底することにより、一定のクオリティを保ち続けて視聴者の方に提供できているわけです。
ーーファンの方々も様々な考察をしている本作ですが、皆さんから見て本作が評価されたのは何が起因していると思いますか。
マスダ:そうですね。スタジオの個性が色濃く表現されているのは先ほども言いましたが、それに対して基本は王道ファンタジーなのが、かえってよかったのかもしれません。
シューゴ:それはあると思います。プロットは非常にシンプルですから子供たちにも理解しやすく、ある程度ファンタジーに慣れ親しんだ層には現代の技術でアニメ化されたものが新鮮にうつったのではないかと。
フォン:子供も大人も楽しめるってのは意識しましたね。特に主人公や仲間たちの言動に関してだけは、ワタシからもある程度は意見しました。
シューゴ:さすがにシンプルすぎるかなと不安になった時期もありましたが、結果として評価されたので安心しました。特に巷では主人公が一番人気なようで、ちゃんと意図して活躍させているのが功を奏しているなあ、と。
ーー特に主人公の「ジャストコーズ、オン!」は子供もよく真似をしているのを見ますね。
マスダ:カードゲームでは、「ジャストコーズ」が勝利を指した言葉(※1)になっていますね(笑)
※1…主人公が持つ独特なパワーのこと。これを発動した際の勝率が100%であることから、ファンの間では「ジャストコーズ=勝利」という意味合いで使われている。この際に流れるBGM「私には正当な理由があります」を聴いただけで頬が緩むファンもいる。
フォン:(笑)
今回は俺の行きつけの喫茶店の話をしよう。
いわゆるブックカフェというやつで、色々な本が置かれていて棚が非常に多く、ちょっとした図書館レベルである。
俺はコーヒーの味はコーヒーだとしか感じないので、ここのコーヒーが特別美味いかどうかは分からないが、本が大好きだというマスターの拘りは窺える。
このため読書を目的にして利用する客も多く、店内の飲食とは別に時間制限による料金支払いが発生するシステムを採用している。
そして、常連客向けに最近はじめたのがボトルキープならぬ、栞を挟むことによるブックキープ。
といっても同じ本をそんなにたくさん用意できるわけもなく、一つの本にやたらと栞が張り付いているなんていう異様なこともここでは珍しくない。
そんなことをやっていると、客の中には栞のデザインをこだわったり、栞に本の感想を書いたりして個性を出し、ちょっとした自己顕示欲を満たそうとする者が出始めたのである。
すると、小規模な交流が栞を通じて始まった。
本に挟まれた栞には各々の感想が書き込まれ、しかも別の人の栞にシールを貼ることで追従したりなどといった独特な文化が店内で出来上がったのだ。
一見すると店も盛況でよいことばかりかと思いきや、予想外の問題が発生し始めた。
「なんだか、栞のある本に随分と偏りが出てきている気がする」
どうやらセンセーショナルなテーマだったり、感想を書きやすい内容の本ばかりに栞が挟まれているようだ。
ずっと挟まれたままで読まれた形跡がない本なんてものもあった。
だが、これに対する多くの客の反応は冷ややかであった。
「なんだよ。こちとら栞に感想書くために来てるのに、書けないんだったら意味ないじゃん」
「おいおい、栞のために本があるわけじゃないだろ。本の価値を重んじているなら、冗談でもそんなことは言えないはずだ」
「いいさ、マスダ。もともと栞サービスを始めたのは私だ」
声は穏かであったが、その表情は曇っているように見えた。
「でも、なんというか、俺のボキャブラリでは上手く言えないけど……不健全だ。本ありきの栞なのに、みんな栞に何を書こうかばかりに頭がいっていて、肝心の本はどうでもいいと思っているみたいで」
「本そのものに価値があるように、栞そのものにも価値があるってことだ。もちろん両立してくれるなら嬉しいのだが、一介の店主ごときがとやかく客に是非を問えないのさ。店は客を選ばない」
こうして店には、以前のような落ち着いた雰囲気が戻った。
俺としては心穏かにすごせて内心喜ばしかったが、店主はどこか儚げであった。
儲からないから、というのもあるとは思うが、それよりももっと大事な何かを失ったような、そんな儚さを感じた。
本のために栞はあるものだが、今や栞のために本があっても不思議ではないのかもしれない。
ある日ワタシは貰った 何らかのモノ
『お返し』をしなければ ワタシは試されている
気にしなくてもいいよ と言うけれど
もちろん嘘さ 建前なのさ
だから『お返し』をするのさ
ギブ アンド テイク
ギブ アンド テイク
けどある日ワタシは また何らかのモノを貰う
そう『お返し』の『お返し』なのさ
何はともあれ また『お返し』をしなければ
そう『お返し』の 『お返し』の 『お返し』なのさ
ギブ アンド テイク アンド ギブ アンド テイク
ギブ アンド テイク アンド ギブ アンド テイク
どこまで続く どこでやめればいい
ああ また『お返し』がきた 『お返し』をしなければ
ギブ アンド テイク アンド ギブ アンド テイク アンド ギブ アンド テイク
ギブ アンド テイク アンド ギブ アンド テイク アンド ギブ アンド テイク……
「それでは、ワタシも持ち場に戻ります……今日、家に帰ったらチョコの値段を調べないと……」
ぶつぶつと言いながら、フォンさんは休憩室を後にした。
恐らくチョコの値段を調べたら、そのあとは妥当な値段かつ後腐れのない品物選び、そしてそれを手に入れるのに苦労するんだろう。
フォンさんの後ろ姿を眺めながら、父は彼の七難八苦な未来を他人事なりに心配していた。
「いや……俺も考えておかないとな」
バレンタインが社内で禁止されるようになったのは、それからもうしばらく先の話である。