父が働く会社での話だ。
父の会社にはシューゴという人がいて、この人は会社の顔とも言うべき立場にある。
大抵の場合はこの人の性質だとして見過ごされることも多いのだが、今回は少々大事になったらしく弁明の場を設ける必要があった。
とはいっても、もはや場は設けられており、今さらなかったことにするのは難しい状態だった。
周りから囲み、そういう状況を作り出さなければ、シューゴさんは世間という漠然としたものに謝罪など一生しないだろう。
父の同僚のフォンさんはそれを分かっていたために強攻策に出たのだが、予想以上にシューゴさんは頑なであった。
「俺にはよく分からない。確かにクライアントには申し訳ないことをしたと心から思っているが、そのクライアントに対しての謝罪と賠償は済んでいる。この場を設ける意味が分からない」
シューゴさんは、別に謝罪すること自体が嫌だと愚図っているわけではなかった。
ただ、わざわざ不特定多数の人間に向けて謝る必要性が、彼には理解できなかったのだ。
「シューゴさん。謝罪ってのは必ずしも当事者だけにするとは決まっていないんです」
頭を抱えながら、フォンさんは父に目配せをする。
説得を手伝ってほしいのだろう。
だが父は静かに首を振って見せた。
ただ、安易に誰の味方をするわけでもない。
シューゴさんが最後まで頑なであるならそれは仕方ないとも思っていたし、結果として考えを曲げるなら、それもまた意思の一つとして尊重するつもりだったのだ。
「俺は一体、誰に対して、何の意味があって、あの場に立って謝るんだ? そしてクライアントでもない彼らは、一体何に対して怒っているんだ?」
「シューゴさん。そんなことはワタシにだって分からない。というよりあの人たちも、本当のところは誰も分かっていないんです。分かっていないから怒っているんです。だから謝らなければいけないんです」
「滅茶苦茶だ」
「そうです。滅茶苦茶です。でも、そういう滅茶苦茶なことの帳尻を合わせるのも社会の在り方なんです。その帳尻あわせが“謝罪”なんですよ、シューゴさん。何かをやらかしたら、謝る。それが誰であっても、何に対してでも、謝る必要がなくても、です」
父もフォンさんの言っていることが大した理屈じゃないことは理解していた。
しかし、それでも父はシューゴさんの味方も、かといってフォンさんに追従もしなかった。
それを何度か繰り返すうち、とうとうシューゴさんは折れたと言わんばかりのため息を吐き、それと同時にフォンさんの言葉を静止した。
「もういい。酷い理屈だが、それで納得しよう。だが、覚えておいてくれ。俺は申し訳ない気持ちだとか、そんなものは微塵もない状態であの場に立つ。というより、実際問題そうせざるを得ない。傍目には分からないよう臨みはするが。それでいいんだよな、マスダさん」
「はい、それで構いません。あーいう場での謝罪ってのは誰も言わないだけで皆そんなもんです」
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