時給980円、近所のビデオ屋。
欲望とは際限のないもので、俺は自分の給料に不満が出てきたのだ。
閉店間際、俺はそれとなく店長に打診することにした。
「そうだなあ、頑張っている。すごいと思うぞ」
このままでは、馬鹿な会話をしたただけで終わる。
俺は痺れを切らして、思い切って話を進めた。
「店長……俺は別にワーカーホリックではないですし、労働に承認欲求だとかを求めているわけでもないんです」
「ほう、では何のために働く?」
「有り体にいえば金のためです」
店長の予想通りの答えだったのか、フッと笑って見せる。
俺が給料アップのために話をし始めたのは最初から分かっていたようだ。
にも関わらず、店長は意味もなく遠回りなやり取りを好む節がある。
「マスダよ。お前のそういう正直なところは嫌いじゃないが、お前が2倍頑張ったところで給料は2倍にならんぞ」
「なぜ!?」
さすがの俺でもそんな理由で納得はしない。
「いや、店の利益が2倍にならないからといって、その利益がそのまま俺の給料になるわけじゃないんですから」
「労働力以外にも金を使うんだよ。避けるリソースには限りがあるんだ」
「その『以外』からもう少しこちらに回すことは可能なのでは、と言っているんです」
「その『以外』にリソースを割いた方が、お前に給料2倍分の働きを期待するより利益に繋がるんだよ」
その言い分には、いくら俺が働くことに矜持がないからとはいってもムッとする。
「そんな……実は自分が好きに使う分にも回しているんでしょ」
「当たり前だろ」
「えっ」
「何で意外みたいな顔されなきゃならんのだ。慈善事業でやっているわけでも、金をばらまくために雇っているわけでもないんだ。コンプライアンスの範疇で雇用主の得を優先したからといって、咎められる謂れはない」
「主張は理解しましたけれども、頑張りが給料に直結しないって、すごい不当に感じますよ」
「お前には難しい話かもしれんが、お前の頑張りに関係なく給料が同じままってのは案外悪いことじゃあないんだ」
店長はそう言うが、俺にはそれが良い事にはとても思えなかった。
いずれにしろ俺の時給が上がらない以上、その事実は揺らがない。
「誤解しないで欲しいが、労働力を軽視しているわけじゃない」
説得力皆無。
今のままではダメだ。
俺はタイムカードを切った。
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