はてなキーワード: 挑発とは
http://anond.hatelabo.jp/20131201171613
に対する別人による投稿です
http://anond.hatelabo.jp/20131201171613
を書いた君。君だよ、君
君は「ブコメがオオゲサ」って言うけど
わかってないな、君は。それともわざとボケをかましてるのか?
あの極端な表現は、君程度の人でもオオゲサだとわかるように
あえてオオゲサに書いているんだよ、アレは
あえてな
「ナチスの一党独裁が進行中」みたいなことを書いている人(オレじゃない)が
それこそバカだ。なわけねーだろ
共通経験などをもとに高度なコミュニケーションが交わされる文化のことを
http://en.wikipedia.org/wiki/High_context_culture
たとえば、気心の知れた仲間同士では
自分に対して注意を向けてほしいときに、ささいなことをとがめて
「おい、なんすんだ。殺すぞてめぇ」「やってみろ。刺すぞおめぇ」と
「愛してるわ。殺したいくらい」「ぼくもだよ。殺してくれ」
のように親睦さを確認するような会話もハイコンテキストなコミュニケーションだ
言葉では殺人の意思を通告しているけれど、実際には殺人事件にならない
なぜならお互いに殺しあうことは絶対にないという
石破発言に対するネット反応も同じだ
それは否定派も肯定派も同じで
はてブという場所はその両者が可視化されやすい形で表現されるから
当然ハイコンテキストなメッセージがたくさん抽出されやすくなる
(で、増田はハイコンテキストカルチャーに駆逐された情弱が集まりやすく君のように空気の読めない無骨で不器用な人が集まりやすくなる、などと書くと君は怒るのだろうな。もちろんこれは挑発的な冗談だ)
簡単に言えば
はてな的に言うなら「はてなの集合知」としてのはてブが機能したというわけだ
だから現時点でのオレの結論はこうだ
あえて大げさで極端な言説を唱えることがトレンドとなっていた
なぜなら、石破発言は石破という政治家の発言という意味を超えて
ハイコンテキストな文脈で現代日本の社会的な閉塞感や政治的な対立を象徴するテキストであり
石破はハイコンテキストな文脈で現代日本の社会的な閉塞感や政治的な対立を象徴する存在である
それらに対してあえて大げさで極端な言説を唱えることは
もう一度冷静になって
「石破をいますぐ殺害しないとヤバイ」とか「石破より安倍がサタン」みたいなコメントは大勢になっていない
この差がわかるかな?
これは発言を撤回しないなら安倍ちゃん政府の側で石破をコントロールしろ
もし、石破を野放しにしている安倍もダメだという共通了解が成立していたら
「そもそも安倍がヒットラー」「安倍氏ね」的なコメントがハイコンテキストな文脈で次々と出てくるはずだ
だがまだそこまで事態が進行していない。
野党にとっても石破発言を無力化し世論を味方にする絶好のチャンス
誰がどの速度でどのように動くかによって政治状況が動く
そして安倍ちゃんは「デモは憲法で保障された表現活動で政府としてはテロとは認識していない」と発言すれば一見落着
とにかく先手をとって動いた側が有利になる
と、ここまで書いて最新ニュース(12月1日 18時7分 NHK)を2時間前に確認したら
「『テロだ』と言ったわけではないが、テロと同じだという風に受け取られる部分があったとすれば、そこは撤回する」
http://www3.nhk.or.jp/news/html/20131201/k10013486071000.html
撤回した。
予想できた発言撤回だけど、案外早かったと思う。おそらく
が発言撤回の動機の決定打だろう
これで石破は傷つきながらも「失言でクビになる」という最悪の事態を回避することができた(かもしれない)
石破の保身はできた(かもしれない)が、秘密法案の運営はこれから困難になるだろう
これでもう石破は簡単にはデモを批判できなくなる
秘密法案反対デモを自民党が世論として受け止めざるを得ないということだ
これで秘密法案は一時棚上げになるか強行採決になるかの二者選択になる
もう修正を話し合うという段階ではない
経済問題に移行した場合、景気回復すれば安倍政権は長期安定するが
結局秘密法案みたいな外交治安案件に政局を移さざるを得なくなり
そうなると野田政権末期のように一点突破で領土問題を話題に振るなど
それをみんなが夢中で見て楽しむことになるだろう
私としては
そんな事態にならないことを祈るばかりだ
だいがくやめようかな・・・ 双極Ⅱ型なのですが今月はめっぽう駄目でした。。
アルバイトは職場のひととお喋りするのも楽しいし、必要とされてる、役に立ててるという実感が受け取れるから出勤で来てるんだと思います・・(推測ですが)
なんでがっこうに行けないんだろう・・・ さいしょは、「あれもできてない」「これもできてない」という焦りからだったと思います。確か
..これは受験が終わって入学までのあいだ勉強さぼってた自分が十割悪いです。
あとなんだろう、、 肩に力入れ過ぎてたんですかね 気持ちばっかり張り切ってました。できないくせに
結局なんだか周りをみては勝手に自分ばっかり被害者面していました。 そして「何で大学行ってるのか訳分からないやもう..」と思うようになったんだと思います。たぶん。
まだ20年くらいしか生きてませんが 正直に自分の人生に対しては「充分惨めな人生を送ってきたなぁ」と云う感想です
ちょっと嫌なことがあるとすぐ「寝ちゃお」ってなります。 好きなテレビや漫画とかもどうでもよくなって 昔のことを思い出しては布団の中でぴーぴー泣くの繰り返しです。
暫く調子がいいときが折角つづいても時機にこの周期が訪れます。(なにか嫌なことがあったのちに)
怒りの沸点は低くないと思います ただ、自分が期待していたことが意に反されたとき もう二度と取り返しのつかないこととなってしまったとき etc..
怒ったときは「あぁ、こうやって無差別殺人とかの事件が起こるのかしら・・」と思うこともあります。ちがうと思うけど
そうして嫌な思いをしたら寝込んで鬱周期にはいっちゃうんですかね.. 気持ちがいそがしくて疲れます。自分のことなんですが
気分がいい(躁)のときは好戦的になります お金も使います(買い物すると気分良いから) 喋り方とかも挑発的になって親と喧嘩になる場面が多くなります。
「もう私はなおった」みたいな「もう同じ愚行は繰り返さない」と張り切って生活を送ろうとしますが駄目ですた すぐ挫けます。 三か月はつづかないです。
お金もわたしの心を圧迫してきます。 垂れ流しと化している授業料数百万のことと向き合うなんて一刻も早く自殺したくなります。自業自得です
両親はあと3年分は出してやると言ってくれています。でも3年以内にちゃんと単位とって卒業にこぎつけられるかと聞かれたら怪しいです。自信ないです ..頑張るのに抵抗を感じてしまいます
すでに学校からは一度「(大学辞めて)専門とかにいかれてはどうですか」とお達しが親の方へあったようです。
「なめてんの?」って言わない人→陰で悪口言ってるってのは、妄想だよね?
何で最初に「なめてんの?」なんて挑発的な言葉づかいする必要あるの?
「なぜミスをしたのか、どうすれば同じことをしないようになるのか、原因と再発防止策を考えて報告しなさい」
俺にはお前がだれだか分からんので全部書いておこう。
メタな視点とはなにか、むしろ、「目的」というものは本来与えられてるものではない中で、
進化してる事は種を存続するため、従ってそれを「目的」と言っている。
これは形而上学的な考えではないのか?物理学や生物学そのものの話ではない。
片方の増田が「種の存続」のために進化してる、に対し、かたやその様な事は100年で考えが変わった、後、そんなものは物理現象にすぎないので目的などというものを定義することすらおかしい、
と論拠を変更。
まあなんでもいいや。
自分の知っていることが簡単に相手に説明できると思っていることだ。
人間の断絶は深く深く深いので、罵倒や挑発で埋まったりはしない。
谷底に落ちていくだけのこと。
お前は何も理解してないのに知識があると勝手に勘違いし、それを簡単に相手に簡単に説明できると思ってることだ。
お前自身が理解してないことを他人に説明出来るわけがなかろう?
お前はすでに谷底に居るんだよ。
(問題提起)結婚以外にも再帰性という考え方が浸透しているのではないか?
第三節のなかに「再帰性」という言葉がある。本書によれば、再帰性とは「ある行為なり制度なりを『別なふうにもできるのではないか』という観点から眺める態度」と説明されている。この観点に通じるものとして、山田昌弘は結婚しない若者たちの現状を取り上げ、「もっといい人がいるかもしれない症候群」と名付けた。「この先もっとよい人があらわれるかもしれない」。現代において、現在の事柄はより見通しのよい未来を獲得するための手段にすぎないのである。「再帰性」という言葉は広い範囲で応用されうる、強力な思考である。山田昌弘は、現代の結婚観のなかに「再帰性」を見て取り、鮮やかに示してみせた。しかし、「この他によりよい未来が待っている」という、主体の今いる現状を顧みない、いわば運命に身を委ねるような考え方は、結婚に限らず恋愛において多分に散見される。<承けて繋げる>(結婚にかぎった話ではない。恋愛において、よく散見されるものである。)(たとえば、「告白」を考えてみよう……)(「告白」というテーマに照準を合わせたものの、上手い事例がでてこない。もう少しやりやすいものはないか?類似しているものはつぶしがきく。「別れる」という動作に着目してみよう。)(輪郭がぼんやり浮かんだ!!でも、書き出すとなると苦労する。それは往々にして範囲が広く、抽象的であり、実感しにくい事柄である場合である。だから範囲をしぼる。身近な例を思い浮かべ、それをそのまま書く。)
(検討)
『『『→たとえば、恋愛における「別れる」を考えてみよう。別れるという行為には、分かれるに足る決定的な理由が存在することが少なくない。しかし、時として、これとは異なる理由で別れることがある。順調に交際を重ねていけば、いつかはマンネリとなる。(マンネリになるよ!)二人が二人でいることに、慣れてしまう。(慣れてしまい停滞する。)(停滞している状態になる)(マンネリとは〜〜)停滞期には、些細な出来事が火種となる。(二人の関係が不安定なものになるとき、楽しかった思い出は、これまでとこれからを天秤にかけ、私たちに選択を迫る。<説明を加え過ぎ。抽象的な説明は2段階にとどめる。3つ目はくどい>)「このまま、関係を続けていって本当にいいのだろうか。」困難を見事乗り越えることができたならば、二人はめでたく、ーーおそらくは信頼が以前にも増して強固となってーー次の段階へ進んでいく。しかし、この問いに対して、「次へ」
(書くしかない!)』』』
(煮詰まっているときは一つの主題を掘り下げようとするあまり、論旨をどのように展開していくのか見失っている。文章を書き進めていくときは、水平性を意識して垂直に掘り下げる。ある思考にたいして、分析するさいは垂直方向だけ意識していればいいが、論文やレポートのような長文にたいして、同様な態度で臨むと、思考が煮詰まる。頭がぼんやりとして、手が動かない。捗らない。この状態は、集中力が途切れたのではなく、一つの物事に偏執して全体が見えていない状態である。いわば、過集中である。)
(主張)
ただ一緒にいれば楽しかった、順風満帆な時期は過ぎ、停滞期に入る。『これから二人の関係をどうしていこうか』と考える時期になる。(所詮は)他人である二人の人格の衝突を、乗り越えていけば、二人の関係は以前にも増して親密なものとなるだろう。しかし、厳しい状況を乗り越えていく気概が持てないことがある。「もっといい人を見つけよう」と早い段階で見切り、(何の確証もない)確証がない明るい未来に全身を賭ける。(安易に)現在の関係を断ち切り、次の交際相手を見つけることができれば、万事良しである。本当にそうだろうか。このような身のこなし(方)にはいくつか問題がある。
〜〜剥き出しの主張は過激で偏屈であるから(主張に至る経緯)(妥協)を鏤めて、なめらかにする。主張は正しいか誤りかで判断するのではない。より説得力を持った文章が、受け入れられるのである。〜〜
(検討&主張)
〜〜何をどのように書くか?テーマと意見の設定、検討-過程の設定〜〜
(テーマ)
恋愛における付き合う、付き合わない
(問い)
仲がよいのに、どうして付き合わないのか?
女はわかる、男は?
はてなブックマーク - Wikipedia:井戸端/subj/『生野区連続通り魔事件』の削除について-Wikipedia
微妙にバズってるのと、案の定勘違いしてる人がいるので書いておく。この記事は「特筆性がない」という理由で削除された。
普通に考えれば「韓国人が日本人を狙って起こした通り魔事件」なのだから、そんじょそこらの事件と比べて十分特筆性があるように見える。
でも実は、一般的な意味の「特筆性」とWikipediaにおける「特筆性」はまったく違う。
Wikipediaにおける特筆性はこのページ↓にまとまっている。
物凄く乱暴に言うと、信頼できる情報源(書籍や新聞など)で言及がなされたかどうかが大きなポイントとなる。
これが結構アバウトで、例え全国区の新聞に記事が載ったとしても、継続的に報道がなされなければ「一過性の話題」とみなされ削除される。
あと、「その事件・現象が発生した後にどのような影響があったか」も重要視される。影響がなければやはり一過性の話題とみなされ削除される。
例えばアイドルが公園で全裸になってチームメンバーの名前と叫ぶという特筆性のカタマリのような事件があったとしても、
マスコミが2,3日騒いだだけで後は総スルーしたり、本人がその後何の影響もなく活動を続けていたとしたら、当人の記事に一連の顛末を書いてはいけない。
当人にとってはマイナスなことなので、書いたら速攻で削除されるし、下手すれば書いた人はブロックを食らう。これがWikipediaの原則である。
一般的な感覚からすると納得いかないが、こうでもしないと「ぼくのかんがえたすごいきじ」で溢れてしまうので、仕方ない部分もある。
Wikipediaの管理者は別にウィキメディア財団(Wikipediaを含むウィキ・プロジェクトの総本山)に所属している訳でもなく、
本当にただの一ユーザにadmin権限が付与されているだけの完全なボランティアなので、彼らにあまり負担がかかると本当にWikipediaが瓦解する。
で、そうやって割と危ないバランスの上に成り立っているWikipediaのアレな部分(※1)が、たまに(しょっちゅう?)特殊な事件の削除審議で浮き彫りになるのである。
という訳で、どうしてもWikipediaにこの事件を載せたい人は、その筋に詳しい人何名かに依頼して本を出してもらうのが一番早いんじゃなかろうか。
この事件を主軸に書くのは難しいだろうから、『日本と韓国~知られざる現代史』の6章あたりに2,3ページ書いてもらうとか。
その後の影響とか、マスコミの報道の仕方とか、韓国側の反応なんかが客観的に述べられていると完璧。え、マッチポンプ?やだな単なる理想論ですよ。
※1
Wikipediaは各種方針に沿って運営されているが、これが本当に良いように取れる穴だらけの方針で、方針に詳しいベテランユーザや荒らしのおもちゃにされている。
直近で最も酷い一例を挙げると、「Wikipediaの外(Twitterや2ちゃんねる)での振る舞いをWikiepdiaの中で追及してはいけない」という慣例を逆手に取って
2ちゃんねるで(それもわざわざトリップを付けて)現在進行中の議論について挑発的な暴言を吐いたベテランユーザ。
当然議論相手は憤慨したものの、別のベテランユーザが「Wikipediaの外での発言を持ち出さないで下さい」と横槍を入れ、結局議論相手の方が折れてしまった。
なお、自分は別に管理者でもユーザでもありません。Wikipediaに書き込んでいないからIPユーザですらない。Wikipedia観察が趣味のただの増田です。
元増田です。ブックマークがたくさんついていてびっくりです。そして、コメントありがとうございました。せっかくコメントをいただいたので、何が間違って伝わっていて、何を本当に伝えたかったのかを整理しておきたいと思います。これでも反論などあれば、是非聞きたいですね。
まず、ぺらぺら、くそ野郎などの言葉が、違和感や不快感を与えてしまったようでしたら、申し訳ありません。人目を引くために挑発的な文体を選択したまでで、文化の優劣の主張、語学能力の自慢話などを意図したものではありません。
また、英語のみで文化一般を語る事、数年の駐在経験から文化全般を理解しているなど、私の極めて限定的な経験から一般論を主張する事に関して、批判がありました。これは全くその通りで、数カ国後を操れる言語エキスパートや外国へ定住している人が、同様の主張をする事に比べれば、私の主張ははるかに納得性が低いと思います。ただ、英語の習得度合いに応じて、得られる情報の量と質が上がると共に自分の考え方や世界観が変わっていく感覚を経験したので、その事のみを根拠にして書いています。この感覚の形成要因として、駐在経験やネイティブスピーカーとの深い交流などももちろん寄与していますが、独学である程度のレベルに達した時点で感じていた事なので、主に言語の習熟の度合いと使い方から来るものと思います。
最後に多かったのが、ここが一番大事な部分なのですが、語学学習が目的である事を証明するつもりが、手段の証明になっているというコメントです。この批判は、文化理解を目的とすれば、語学学習は手段になるではないか、という事だと思います。完全に個人的な経験から来ますが、私は英語の響きが好きだとか、できると何かかっこいい、というような不純な動機で、ただ語学学習が楽しみながら続けてきた結果(英語を目的として位置づけている)、上述のブレークスルーに至りました。グローバル競争で生き残るための英語などと言われます(英語を手段として位置づけている)が、そのような大義の元に若い人たちの語学学習を奨励したり、興味の芽をつぶしたりするのは、何だかどこかの独裁国家のようで、違う気がするのです。語学学習のもたらすアートがのような強烈な世界観の広がりを踏まえれば、ただ語学学習を目的とする事に対して、大人は寛容な姿勢を持つべきではないか、というのが一番伝えたかったメッセージです。
つまり、こんな大人でなく
大人:「私くん、目的なしの英語なんて無駄だよ。いいか、世界はグローバル化して(略)」
こんな大人が増えたら良いなあというのが私の願いです。
承前。
前編(http://anond.hatelabo.jp/20130825133734 )では三縞君に作品そのものについて総括をしてもらった。
彼女はあの通り真面目な人なので、旧約聖書やら仏教の経典やら沢山の資料を比較参照した跡が見える。まああとは文章の方にもう少し可愛げがあれば……なんてうっかり口にしたらまたもや新品の机を蹴られてしまった。情報庁の事務机と違って、アルコーン社のオフィスウェアは本物と見紛うばかりの高級情報材製なのだが、彼女は遠慮なくその黒いストッキングの美脚を持ち出してくる。せめて元上司を「鼻持ちならない」と無遠慮に評するところくらいは変わってほしいと思う。
で、ここからが僕の出番。
稀代の大作家・野崎まどが残した作品の中に埋め込まれた、人間の癖や偏りを利用した暗号。
といっても僕は特殊な暗号解読の専門家でも何でもないので、あのときのような成果を期待されても正直困ってしまう。
あれは先生と僕の間柄だったからこそできたことであって、大して知りもしない作家を相手に同じことができるなんて考える方が間違ってる。
けれど僕はこの仕事を受けた。
基礎コードの解析を終えた量子葉の研究はとっくに先生の意図を探ることからは離れていたし、こうして頭を使うのはとても心地良い。
だから、これはまあ、知ルが帰ってくるまでのお遊びみたいなものだ。
一般発売前の自社製ワークターミナルは唸り声ひとつ挙げずに目を覚まし、僕の電子葉とダンスを始める。啓示視界に多重展開された書字情報マトリクスが視線の導きで然るべき場所に配置され、僕はその本を〈知る〉。
ウィンドウをもう一つ開く。首振りで先のレポートを取り出して、目の前の本を固有値解析にかけた。多次元スライスされた書字情報はいくつものキューブに分裂し、吸い込まれるように消えてゆくと、瞬く間に啓示視界がウォッシュアウトされて、周囲の情報圧が低下してゆくのがわかる。
三縞君は常識人だ。凡人と取り違えてはいけない。常識人というのは世の中の人が当たり前のように知っているとされることを本当に当たり前のように知っている、得難い優秀さに与えられるべきタグだ。才媛三縞君が組み上げた意味論フィルタは時にピーラのごとく表面を撫で下ろし、時にスライサのごとく作品を賽の目に刻んでは雑味を取り除いていった。後に残るのは〝野崎まど〟という名の個性の結晶だ。
想像が始まる。僕は右脳と左脳を車の両輪のように回して脳内に〝野崎まど〟を仮定すると、感じるままにコードに潜む違和感をすくい上げていった。
少し難しい……ノイズが多い感じだ。ライトノベルをフィールドとする氏の世界描写は童話的で、本筋に関わらない部分は余計な注意を惹かないよう可能な限りオミットするのがスタンダードだ。とはいえ今回の版元は早川書房、百戦錬磨のうるさ型SF読みが相手だ。手加減はないと思っていいだろう。
思いつくまま挙げてみる。
序章。情報格差を乱用して女遊びをした僕は翌朝当然のようにバスでオフィスに出勤する。さらに車内には大声でおしゃべりに興じる女子たち——思念通話はとっくに実現されている時代だが、僕は咎めることも聴覚を遮断することもなくそれを聞いている。
やれやれ、と僕は首を振った。僕の仕事の大半は場所を問わない。だいたい情報化が極限まで進んだ社会で肉体の移動を要する業務分野といえば食事・医療・性風俗くらいのものだ。その意味での役得といえば唯一、三縞君と交わす、互いに性的関心を潜めたコミュニケーションだけだろう。この危うさだけは何事にも代えがたい。
〝先生〟について語る以前に、僕がわずかにでも興味を向けた人物がみな女性であったことに気づいただろうか。正確に言えば老婆を迎えにきた男性についてたった一行触れただけだ。京都の町は不朽を表す国家的なシンボルだ。だから、この一連のシーンで描かれているのは、僕ら男が背負うべき、いつの世も変わらぬ女性への関心に他ならない。
ジェンダー的な視点で見出すと、他にも気になる点が出てくる。京都大学の構内で赤ん坊を連れていた学生は性別不明だが、どうあれ血のつながりはないだろう。養護施設の保育士は男性だった。けれどエピローグで死に瀕した子どもに付き添っているのはなぜか母親ひとりで、これは明らかな偏りだ。「女性にお茶汲みを頼むのは性差別」という認識は根付いていても、我が子に対する愛情など僕らの世代の男性は持ち合わせていないのだ。
と、ここまで書いていたら三縞君から「あなたのろくでなしな価値観を世の男性にまで一般化しないでください」と書かれたメールが飛んできた。
退庁後の僕のクラスは、彼女は同格の4まで下がってしまっている。おかげでプライベートレイヤがだだ漏れだ。もう迂闊な発言はできない。
僕はおとなしく仕事に戻ることにした。
該当箇所をズームする。それは〝集落〟の場面。クラス0の女子中学生に対するのぞき行為が行われ、社会がそれを容認していると語られる箇所だった。
馬鹿なことを。
当たり前だが個人情報保護と児童保護はまったく別の問題だ。しかも情報格差は技術的限界によるものとされている。少なくとも一般的な認識としてはそうだ。だったら法が容易くその現状を追認することなどあるはずがない。
ここだ。ここにヒントがある。僕はそう直観した。
思考が活性化し、電子葉によって自動収集された関連情報が僕の啓示視界を埋め尽くす。
ソフトSF——純粋に人文科学に基づくSF。とりわけフェミニストSF。女性作家の隆盛。メアリー・シェリー。ベネット。ル=グウィン——違う。こっちじゃない。右脳が理屈を飛び越えて判断を下し、一足飛びにその本質をたぐり寄せる。ヒントはこれだ。
社会描写の神髄は、弱者をどう描くかに現れる
即座に理由を問う。
社会の歪みを体現する存在は常に女・子どもといった弱者であるからだ
方向付けされた認識が参考作品を引き寄せる。
過去の日本SF大賞受賞作。『マルドゥック・スクランブル』。この作品では〝戦う女の子〟を地に足がついたものとして描くために、少女娼婦の身分、戦争由来の過激な技術、ならびに犯罪的な出来事に即応するための法体制を用意した。出来上がった少女は社会的に見れば化け物でしかないというのに。
僕はようやく理解した。
それが指す存在を、僕はすでに知っていた。
誰より保護されるべき存在でありながら、誰よりも自分の身を守ることに長けた少女。量子葉とともに生体脳を育て上げた、人類初のクラス9。進化の特異点。
道終・知ルその人。
ようやくあの男について語る時が来た。
クラス*(アスタリスク)。素月・切ル機密官。主人公(僕だ)の心の闇を凝縮したような人物。
結果から言えば彼はかませ犬以外の何者でもなかった。彼の行動は無意味で無価値で、そして無残なものだった。けれどその劣悪な人間性については触れておかないといけない。
裏仕事を専門とし、存在自体が機密とされる、規格外のクラスホルダー。そうした役職に求められる一番の資質は、規律、そして良識だ。ところが素月はその逆をいった。
自らが果たすべき任務を忘れ。
14ページに渡って狂ったように女子中学生の裸を狙い続けるその様は。
ただの変態だった。
それから僕はことあるごとに知ルに対して欲情するようになった。
可憐な容姿。挑発的な言葉。妖艶ささえ感じる所作。それと同居する少女の無垢さ。知らぬ間に僕は虜にされていた。
それでもあの男、アルコーン社CEO、有主照・問ウさえいなければ、僕が女子中学生を相手に一線を踏み越えることはなかったんじゃないかと思う。
そのことを知って咎めるどころか喜んだミアもちょっとどうかと思う。
いや。
なぜそう設定したのか。
答えは簡単。知ルが初潮を迎えるその日をただ待っていたのだ。現代人としてはずいぶんと遅いように思えるが、そこは孤児で栄養状態が悪いことと対象となる異性がいないことを考慮すれば説明がつく。
本番を迎えた知ルの口から「私、セックスって初めてです」と言わせなかったことは氏の最後の良心だろう。そう信じたかった。
すっかり忘れていたが作中の三縞君の扱いはこの作者にして徹頭徹尾まるで違和感のないものだった。
長く辛い旅路だった。
結局、作者の真意は何だったのか。
僕には朧気ながらその姿が見えていた。
そう。氏は切望していた。
情報の秘匿も。
時代の空気も。
何もかもが存在しない、本物のオープンソースの世界というものを。
最後に。
解読の結果、僕がすくい上げた言葉を君たちの啓示視界に残してこの稿を結ぼう。
うわぁい、子どもの保護なんて全然乗り気じゃなかったけど、こんだけいけてるなら俺もロリコンでいいやあ!
(続かない)
はてなブックマークを見ると、穿ったものの見方をしてブログ主を挑発したり、嫌がらせとしか思えないコメントが目につく。
書いてるやつは「鋭いこと言ってる俺、カッコいい」とか思ってるんだろうけど、それ図書館の本にハナクソつけるのと同じだからな。
公開されてる本を、汚してんじゃねぇよ。作者も見てんだよ。
てゆうか、不愉快なんだよ、基本的に。真っ当な批判ならともかく、どんだけ首を斜めに傾けたらそんな解釈になるんだよって奴が多すぎる。
自分のコメント見ながら、「す、鋭ェ!」とか思ってんだろ。流川に抜かれた沢北かおまえは。
もっと醜いのが、ついてるハナクソに星をつけて笑う目クソがいることだ。
目クソ、ハナクソを笑うとはまさにこのこと。
よく笑われたハナクソが「人気コメント」になって10ハナクソ選ばれて、ハナクソの自尊心を満たすわけだ。
スターがつきました?馬鹿言え、それは鼻毛だよ。鼻毛付きのハナクソだよ。見たくもねぇ。
筆者が主張したいことは何か考えろって言われただろ?まずは高校レベルの読解力を身につけることから始めろ。
浪人してやり直しだ。
あとな、こういうの書くと、「釣りだ」とかコメントしてくる奴がいるが、釣りじゃねぇぞ。
ただな、ハナクソが悪いわけじゃねぇよ。ハナクソつける奴が悪いんだよ。
せめてハナクソ出そうになったら、自分のティッシュで拭きやがれ。
他人の本につけてんじゃねぇよ。
じゃあな、愛すべきハナクソどもよ。
【追記】
~~~~~~~~~~~~
※色々追記したけど、最もいいたいことは、長くなったので別記事に書いた。
「脱社畜とイケダハヤトを一緒にするな。いろいろえっちをいじめるな」
http://anond.hatelabo.jp/20130825160438
~~~~~~~~~~~~~
出してもいつの間にかついてるところがハナクソのハナクソたる由縁だが、取れたね。
取れたよ、たくさんのハナクソが。
俺の俺による、俺の主観のハナクソ判定だと、本日のベストハナクソはこちら。
hatekun_b
いるんだよ、こういう「I love you」を「愛のままにわがままに 僕は君だけを傷つけない」みたいに訳すような意訳者が。
うまいこと言ってるけど0点だよ。筆者の主張とずれてんだよ。
君はあれだな、まず2次試験に国語がある大学からやり直し!筆者の主張を100文字以内でまとめる練習から始めるといい。
jt_noSke
センター試験は偏差値出ねぇよ。模試か?180点越えたくらいで偏差値76いくのは進研模試くらいじゃねぇかw
進研模試は自慢になんねぇよ。
eirun
この人は鋭い。
実は俺は最後に予防線を張った。このeirun氏には見事にバレたわけだ。
これだよこれ。君に100点をつけてあげる。
筆者がハッとさせられるようないいハナクソだ、君は。
hate_flag
そもそもお前は便所に落書きしたことあんのか?
俺は昔、「神よ、願わくば私に紙を与えよ」って落書きしたら、「←つまんない」って追記されてたぞ。こういうことか?
お前は想像力が足りねぇよ。
これが天災だったら気にならねぇよ。雨降ってますねで済ますよ。
問題は、こういうハナクソには、ハナクソをほじってる奴が必ずいるということだ。
つまり、ネットの向こうのどこかには、パソコンに向かって意味不明なコメントをつけている1人の人間がいるってことだ。
俺はそういう、パソコンに向かってコメントを打っている奴を想像して、訴えかけてるんだよ。
fiiguy
お前も鋭いな。80点つけてあげる。たしかに釣られたよ。
あれの一巻で武蔵が空を見上げながら、
「俺は 敗れた」
って言ってるだろ?今そんな気分だよ。
「俺は 釣られた」
shuitic
おおバレたか。俺の気持ちが伝わらないのを見て、お前も誰かに告白する時は、言葉の選び方に気をつけろよ。
そう、批判するだけじゃなく、他人のダメなところを見て、糧にすることが大事なんだ。
「なぜこいつの文章は伝わってこないのか」と考えて、自分に還元してくれ。
あと、練習したいならイケダハヤトのブログがオススメだ。なぜイケダハヤトのブログを見てイライラするのか、考えてみるといい。
そして、そうやって考えると、俺も何も学んでいないことがわかる。お互い様だな。頑張ろうぜ。
pQrs
お前そこまでいったんなら満点取れよ。漢字間違えてんじゃねぇよ。
tadasukeneko
追記の鋭いことを言ってやろう感がはんぱないのが残念
追記はあくまで追記だよ。グリコのおまけみたいなもんだっつーの。
どっちをメインで見るかは、お前次第だな。残念に思われたのが残念だわ。
トラックバックね。
これは俺も思った。
意味わかんないからググったけど。たぶんこのハナクソほじってる奴は、「俺のほじり方超かっこいい」とかとか思ってんだろうな。
足の指でハナクソほじってるような奴だよ。曲芸に近い。
alloreverything
ここにブクマすると採点してもらえると聞いて来ました。でも実際はてブはハナクソ以下だよね。ハナクソは拭き取ればいいんだもん。
おう、お前はたぶんいいやつで、優しい奴(当社比。比較対象はハナクソブックマーカー)なんだろうけど、逆に採点しづらいよ。
まるで無味無臭の二酸化炭素のようなコメントだ。そして、悲しいことに、CO2コメントには星がつかねぇんだよ。
イヤミなコメントには星がついて、「人気ハナクソ」になるんだよな。
masuhajime
この人の事好きになりそう。応援したい。
毒吐きづらくなるじゃねぇか。
u_eichi
akikan2
お前、痛いとこつくねぇ。
たしかにここは俺も迷った。適切なたとえが思いつかなかったからだ。
たとえ迷子に陥り、苦肉の策で聞いていたB'zを使ったわけだ。
この件に関してはお前の勝ちだ。今度使わせてもらうわ。
kz78
うるせぇよ。人間は変わるんだよ。
お前一回活目してこい。
そして、お前もけっこうなたとえ迷子だよ。俺と同じ穴のムジナだよ。
pero_pero
そもそもお前なんでハンドルネームがペロペロなんだよ。ハナクソなめてんじゃねぇぞ!
kaitoster
『図書館の本にハナクソつけるのと同じだからな。公開されてる本を、汚してんじゃねぇよ。作者も見てんだよ。』←図書館の本にハナクソつけても作者は見れないと思いますが。
きたきた!こういうのがハナクソブックマークっていうんだよ。
お前みたいな奴を待っていたんだ!
お前はメタファーって言葉を知らんのか?一回村上春樹の小説読んでこいよ。
イチイチつっこみ切れなくなるぞ。
こちらの記事を見て大変すばらしい記事でしたので、私もジャーナリストの端くれとしてメディアを書かせていただきました。
クラウドソーシング狂想曲:クラウドワークス vs ランサーズ
ランサーズが不利な記事掲載でThe Startupにクレームを入れて黒煙が上がる: やまもといちろうBLOG(ブログ) http://kirik.tea-nifty.com/diary/2013/08/the-startup-033.html
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今までにないテイストの記事を。スタートアップに寄生してドヤ顔でメディアを語ってるメディアがスタートアップ界隈で2013年の旬な分野の一つであることは間違いありません。先日寄稿した記事ではtechawaveをマーケットリーダーとして取り上げました。
スタートアップメディア市場について私個人の見解を述べておきます。あくまで私のフラットな見解です。(本稿が仮に広告記事であればここまであからさまな記事は書けないでしょう)この種の比較記事は取材して書いたのでは、事実を正確に記載して並べるだけというのがオチです。事実を比較する記事とは別軸で、どういう理由でどちらが勝つのか?を読者は知りたいのではないでしょうか。
ジャンル特化型のスタートアップメディアも多数出てきていますが、数年後に巨大なプラットフォームとして残るのは総合型だと思います。よって、事実上Techwave vs The Startupの戦いだと思いますので、本稿のタイトルはそうしました。両社のポジショニングを下記に記載。
http://uploda.cc/img/img5213041c088c9.jpg
私の周囲でスタートアップメディアを読者側として購読している人が何人かおり、そのサンプルを元にポジショニングを作成しました。後述するビジネスモデルの項で触れますが、読者の規模のスケールが事業上の肝になるので、単価の高い記事が流通していて、質の高いライターがいるTechwaveの方がスケーラビリティがあります。
実際に両方を購読した人に聞いてみると、ライターの質がTechwaveの方が圧倒的に良いという意見が多かったです。Techwaveの方が相対的に有利なポジションを獲得しています。
最大の論点:マーケットはどこまで伸びるのか?
スタートアップメディアを語る上での最大の論点は「マーケットのアップサイド」です。鶏と卵理論で、スタートアップメディアという市場が成熟するに連れてライターが増えたり、購読する読者側も増えるでしょう。スタートアップメディアが新たなメディアとして定着するのは自明ですが、それが既存のメディアを代替し得るほどのものになるのか、ポータルサイトの市場を潰すほどになるのか、ノマドのお小遣い稼ぎで終わるのか。
個人的には、最低でもポータルサイトの市場をある程度潰すような市場には成長すると思っています。ITVの河野さんあたりに、寄稿にあたりどのようなライターの質の算出をされたのか、お伺いしておきたかったですね。
ビジネスモデルの解説です。
・炎上モデル:PVに比例したアドセンス報酬によるPV数の1〜2%(ゆえに粗利が1-2%)
・将来的には広告もあり得る
■the Start up vs techwave現況
theStartupが未だに提携されていないのは、市場ではtechwaveの勝ちと思われているからなのかもしれない。事業開始1年でtechwaveより有利なポジショニングを取り、事業モデル上1社が勝ちやすい市場であろうため、賢明な読者であればもう勝てないと判断する可能性がある。
どのポジショニングを取るのかが一番重要。その後のオペレーションも勿論大事ですが、ポジショニングが生命線。Techwaveの有利なポジショニングの前に、The startupの優位性は機能しないでしょう。
Techwave vs The startup、他のメディアや個人ブロガーの方によるその勝敗を占う記事も見てみたいですね。僕と違う軸の記事が出ることを期待しています。