はてなキーワード: 秘境とは
大晦日ですし、高知愛を発散しておきましょうか。高知のいいところは、10;・みんな超適当10;・その日暮らし精神がすごい10;・酒飲みすぎ10;・野菜、米、魚、酒うますぎ10;・秘境多すぎ10;・新しいもの、よそ者好き10;・龍馬大好き、維新大好き10;・イケてる社会課題多すぎ10;なんてところですかね〜。— イケダハヤト (@IHayato) 2015, 12月 31
イケハヤって田舎暮らしに本当に向いてないと思うわ。— ボヴ (@cornwallcapital) 2015, 12月 31
東京でダメな奴は高知に行ってもダメ。— ボヴ (@cornwallcapital) 2015, 12月 31
高知はありのーままーのイケダハヤトを肯定してくれる理想郷でなくてはならないっていう願望を押し付けてるだけなんじゃねえの?
いや、どう考えても宇宙じゃないだろ!?っていうツッコミが速攻で来ると思うのだけれど、舞台の構造がスペースオペラ(スペオペ)であるという話で、狭い意味でとらえずに広い心をもって少し話を聞いてほしい。
周囲の友人には以前からこの説を披露しているのだけれども、なかなか賛同を得られないので増田で書く。
ジャンルの定義論になると すげーややこしい議論に発展してしまうし、そこまで詳しくないのでざっくりと説明するとスペースオペラは1960年代ごろから定着した小説のスタイルで、名前の通り舞台が宇宙なのが特徴。
人類はワープ技術や超光速航法を得て宇宙に版図を広げ、恒星間交流どころか銀河を渡り、異星人とも親交を深めたり、ときには争ったりもする。未開の惑星に不時着してそこで未知の怪物と出会ったり、宇宙船の中で殺人事件が起きて容疑者の異星人たちの特徴から犯人を捜しあてたり、など様々な内容の小説がある。
こう説明すると、SF(サイエンスフィクション)とスペースオペラってどう違うの?と疑問に思うかもしれない。
そこには明確な違いは無いのけど、敢えて線引きするならスペースオペラは通俗的なんだよね。舞台こそ宇宙船や惑星が出てくるけれど、科学的な考証なんてそんなに重要じゃあない。とりあえずレーザー銃を撃って、悪い奴を倒して、美人を助けて物語は終了!めでたしめでたし、っていうのが大事。
それというのも、スペースオペラは背景が宇宙になっただけの西部劇、と言われるくらいで なにせ低俗的な雑誌に連載されていたから、SFファンからするとちょっと下に見られている。
西部劇というとイメージしにくいから、言い換えると宇宙を舞台にした水戸黄門と思ってもらっても良い。諸国を漫遊するんじゃなくて、惑星を渡り歩いて悪事を働く敵を成敗していく定番パターンの要素はさして変わらない。
前段のスペースオペラは西部劇、って見方は間違いではないけれど、もう一つの要素としては冒険小説のエッセンスを取り入れたのが大きい、というのが個人的な意見。
冒険小説って言うのは歴史が深く、中世の騎士物語とか英雄譚とかが源流のジャンルで、主人公が様々な苦難を経て色々なところを冒険する、というもの。
とある東の国では怖ろしい牙を持った30フィートを超える獰猛な虎と闘い
とある南の国では毒矢を操る部族と捕まりそうになるが隙をついて逃げ
とある海の国ではいかだを組み合わせた住居で一生陸に上がることのない一族と出会う
などなど。
とりあえず妙なところを旅して、変なことが起きて主人公は翻弄されるものの、結果的に知恵と勇気で危機を脱出する、というのが基本パターン。もちろん実際に旅をして書いた書物もあるものの、読者がそこに行って確かめることなんてない時代だから、適当に書いたものがほとんど。
なにより、このジャンルは大航海時代以降になって一気に花開いた。
史実でも南米や、さらには南太平洋諸島には独特の風習を持った部族や文化遺産、また珍しい動物がたくさんいたので小説の題材としてはやりやすかった。
見上げるほど大きな猛獣との遭遇したり、人を食べるという部族に捕えられしまい大ピンチに!とか。
18世紀に発表されたガリバー旅行記も含め、19世紀くらいまではこのジャンルは盛り上がったのだけれども、20世紀にもなると下火になってしまう。
なぜなら、もうその頃には人類未踏の秘境というのもなくなってしまったから。
不思議な動物もジャングルの奥地に住む謎の部族も調べ尽くして、冒険のロマンは地上には残っていない。
そこで宇宙なわけ。
スペースオペラは作者が惑星ごとに好きなように自然環境を作れるのが大きな利点で、重力が少ししかない衛星があったり、昼が一ヶ月続く惑星も設定できたり、生態系でも、異星人でも、文化や風習、宗教や法律など様々な要素を自由に設定できる。
そして一つの話が終了すれば主人公たちはそのままで、次の星でまた新しい物語を構築できる。それぞれの星で不思議な出会いがあり、軋轢があり、その問題を主人公たちが苦難を乗り越えて解決していき、そしてまた次の星へ。
ここまで説明してみると分かると思うのだけど、ワンピースの「島」も似たような構造にあるんだよね。
グランドラインに浮かぶ島々には様々な国々があり、翼の生えた種族が居たり、動物のような容貌の人々がいたり、奇妙な動植物があったり、冒険小説のような要素が満載で、それでいて一つの物語を解決すると次の島へ旅立ちそこで新たな出会いが……というパターンは惑星を旅するスペースオペラとも共通の面が大きいと気がつくはず。
舞台こそ地上ではあるけれども「島」という設定は「惑星」に近く、もうこれはスペースオペラ物と言っても過言ではないだろう。
『いや、でも宇宙じゃないじゃん!』
と友人たちに一蹴されてしまうだけれども……。
賛同してくれる人が少しでもいるといいな。
そろそろスペオペなラノベがくるんじゃない? - WINDBIRD
この記事を読んで書きはじめてみたものの、書いてみたら全然違うところに話が進んでしまった。
あらかじめ補足しておくと
『ひょっこりひょうたん島』も『キノの旅』もスペオペである派です。
小学生の頃から親のPCでネット漬け。ネット漬けといっても小中学生が回る範囲なんて限られていて「インターネット=おもしろフラッシュ」程度の認識しかなかった。
ネットを使えるやつはみんなフラッシュを見ていたし、学校でも友達の家で遊んでいてもどのフラッシュが面白いだとかそんな話ばかりしていた。
だから、いつもみている「おもしろフラッシュ」から「エロフラ」にたどり着くのは自然なことだった。
「おもしろフラッシュ」を見るために親の設定したフィルタリングを平然と破るようなクソガキなのに「エロフラ」を見るのはすごくイケナイことのような気がして、胸の鼓動がざわついた。
その体験は、資源ごみに出されたエロ本をこっそり覗き見る感覚と似ている。リビングにあるPCでフラッシュを見ながら馬鹿笑いしつつ、親が部屋から消えた隙に高速で「エロフラ」へのリンクをたどる。広告ばかりでたらいまわしのリンク群に苛立ち、悪質な釣りやブラクラもかいくぐり、辿り着いた目的のページは画面上からゆっくりとページが描画されていき、ページが読み終われば今度はフラッシュのロードが始まる。常に背後のリビングをちらちらと確認しながら目線と片手はせわしなく動く。ようやく始まった「エロフラ」は甘美としか形容できない代物で、翌日学校に行っても四六時中「エロフラ」が頭のなかを駆け巡る。家に帰るとすぐPCを立ち上げ、ブラウザが立ち上がるのを待ちながらエロフラまでの道筋を頭のなかで巡らせる。まさかお気に入りに追加するわけにはいかない。その頃にはお気に入りは既に自分の登録したネタサイトばかりで、親の見ているサイトは端っこにちょこんとあるばかりで、それも使用されているのか疑問なぐらいであったが、少しでも自分が“ああいうサイト”にアクセスしたという痕跡を残すわけにはいかない。履歴の消し方もちゃんと調べていた。こんなひどく回りくどいことなんてせずとも当時からインターネットの世界には無数のエロにあふれており、そういった世界に精通したクラスの識者からは「一本道」がすごいという情報がもたらされ、男子のひそひそ話の中では呪文のように「一本道」の言葉が繰り返されたが、そういったサイトに直接アクセスする勇気はなかった。ゴミ捨て場のエロ本をひっそり持ち去る勇気はあっても、本屋のエロ本コーナーに堂々と入り浸る精神は持ち合わせていなかったのだ。
そうしてあの頃の自分は、何度も何度も同じ「エロフラ」を見てオナニーばかりしていた。
高校に入ると、周りのやつらはみんな携帯やPCを持っているのが当たり前で、自分も念願かなってノートPC(家族と共用という条件付きだったが、実質自分専用のようなものだ)を買ってもらっていた。
そうなると、どんなエロサイトを見ているかなんて話題も事欠かなくて、クラスで人気があったのは「X-video」だった。まるでそれがエロサイトの代名詞のようにも扱われ、「x-Hamster」とどっちがエロいかなんていうくだらない話題で盛り上がった。そういったバカ話の中でよく起こったのが三次元と二次元の対立で、おかずは絶対三次元派と二次元に限る派が両者相容れぬ論争を巻き起こした。しかしこれはいくら話し合っても不毛なことだと互いに理解してか、相互不干渉という態度で解決した。しかし時折、三次元派に“絶対おすすめ!”としてエロ漫画を送りつけたり、二次元派に不要な雑誌付録のDVDを押し付けたりとささいな嫌がらせが続いた。そんな三次二次戦争での自分はもちろん二次元派に分類されたが、別に三次元が駄目なわけではなく、あとで三次元派が話していたマル秘動画をひっそり検索したり、同じく三次二次の垣根を持たない派を見つけて情報をシェアするなど賢く立ちまわった。一方で、三次元派勢力の有力者が二次元にクツワ替えするなどの騒ぎもあり勢力図は混迷を極めたが、それは別の話だ。
中学時代に毎日危険なインターネットの波をくぐり抜けてオナニーライフを送っていた自分が、クラスメイトの話に漏れ聞いたエロ動画を探すくらいじゃ満足するはずもなく、自分がインターネットに求めるエロは次の段階に至っていた。
「おもしろフラッシュ」を卒業した自分が次に辿り着いたのは「2ch」であった。「おもしろフラッシュ」同様、多数のネタが供給される一方で「2ch」はインターネットのエロの秘境でもあった。
おっぱいうpスレは言うに及ばず、自撮り系の新鮮なエロ画像が毎日生産されるそこはまさしく「天国」とでも言うべき場所で、親が定めたPCの使用時間ギリギリまでうpを粘り、PCを見れない間に流れてしまった画像には涙をのんだ。再うpを行ってくれた者に対しては惜しみない賞賛を送り、また自分も画像を取り逃がした者にたいして手を差し伸べるのを惜しまなかった。うpされる画像にかけられているパスワードにはいくつかのパターンがあって、それを知らなければ画像は拝めない。学業よりも真剣にパスを学んだ。自撮り系の三次以外にも24時間いつでもどこかでエロ画像スレは建っていたし。「欲しいエロ漫画の1ページをアップすると、全ページうpしてくれる神」なんてものも存在した。おおらかな時代だったのだ。自分もアンダーグラウンドな世界に誘われ、よりスリルのあるエロを求めてWinnyに手を出しかけるも複雑さに断念した。同時期にtorrentの使い方が広まり、「エロゲを丸々一本あげる神」も多数出現したが、スペックもHD容量も低いノートPCでは体験版の時点で動かないソフトも多く、エロゲをやるには至らなかった。しかしわざわざゲーム本体をやらずともエロい公式サイトはいくつもあり、サンプルCGを使って何度もオナニーをした。それらのCGもかかざすダウンロードし、ノートPCのHDはエロ画像で埋め尽くされていった。
ダウンロード違法化が施行されると「2ch」からは一気にエロコンテンツの姿が消えた。よりアングラな一部の専門板では引き続きエロ画像の供給が行われ続けたが、いつも利用していた雑談系の板からエロが消え、エロを求めいた者は自然と場を移さなければならなくなった。
自分が次に行き着いたのは「RPGツクールエロゲ」だった。その界隈ははっきり言って無法地帯のような有様で、大体のゲームはあたりまえのように無修正なものが公開されていた。またしても自分は天国を見つけてしまった。製作者の大半が素人な「RPGツクール」は当たり外れも大きいが、当たりなソフトは一般的なゲームソフト以上の作りこみがなされていて、ゲームとしても非常にやりこみがいが高い。シチュエーションはマニアックなものが多く、普通の人ならば受け付けないような描写もあったがそれが逆に興奮を誘った。
それと同時期に、違法なコンテンツの扱いが厳しくなった「2ch」では、オナニーの方法に焦点が当てられていた。「オナクール」に騙され冷えた下半身を暖めながらブラウジングしていた最中見つけたそれは自分に衝撃を与えた。音声による誘導のみで人を絶頂に導くそれは「催眠オナニー」というもので、自分はこれに生活リズムが崩れるくらいにのめり込んでいった。「思い込みが激しい性格」で「想像力も高い」というのもあってか「催眠オナニー」は自分にとって相性抜群で、様々な音声に魅了されていった。しかしハードな音声は体力を消耗させたり、術後のメンタルに影響するものもあり、仕方なく自粛した。それくらい「催眠オナニー」は強力だった。
「催眠オナニー」から遠ざかった自分が次に行き着いたのは「pixivランキング」サイトだった。「pixiv」も毎日のようにエロ画像が生産される、素晴らしいサイトだったが、自分には何か刺激が足りなかった。アングラな世界に浸かりすぎた自分には「pixiv」程度の健全なサイトでは刺激が足りなかったのだ。何を言っているのかわからないかもしれない。しかし今、コンビニでエロ雑誌を普通に買える年齢になっても、昔拾った捨てられていたあのエロ漫画がどうしても忘れられないのだ。
ゴールデンウィークだしデリヘル嬢でも呼ぶかと思いいきつけの店のウエブサイトを開くと新人が入っていた。
ふむふむ いいじゃないの。
幼児体型っていうのはだいだい低身長 貧乳 寸胴型が多いけど嫌いじゃない。
予想に反して呼んだらすぐに来た。
暇らしい。
脱いでみると予想通りのスタイルだ。
シャワーを浴びてベッドへ。
小さいお胸をなでてあげると目をつぶって
と言った。
ついに秘境の地へ
「なぬうううううううううううう」
俺はそこから手を離した。
生えている。
確実に。
そしてカッチカチに固い。
甥っ子の息子くらいのサイズはある。
俺は嬢を二度見した。
女だ。
「こ・・・これか。」
俺は悟った。
巨大栗と栗鼠というやつだ。
お互いが当たらないように必死だった。
正常位体勢となったが俺の腹に彼女の息子が刺さって痛かった。
しかしかつてこんなの見たことがないし、ビデオ上の演出だと思っていた。
今年の俺のゴールデンウィークの思い出は、ゴールデンボールの無い女の子だった。
プロフ欄に書いとけよ。
はてな:コンプ持ちのやや地味な若いのが多い多分ニートネトウヨも多い。
アメブロ:キラキラでハデハデなイケメンイケ子が多い。顔本ミクシとの連動が一番すんなりくる。密かに他ブロガから妬まれている。なお底辺には左とか変な人がよってきます。
ヤフー:枯れた年寄りや病人の産廃処理場、そして少し頭弱い若者が行き来する、人情味溢れる心優しく悲しい世界。
いやもう本気でメンヘラ多い、なぜか。
FC2:変人が多い、むしろ他人のことなんかどーでもいい人々が各々壁に向かって修行するようなもの。
excite:プチアメブロ。上位グループが恐ろしく閉鎖的なライターチームで、馴れ合うにはあまり雰囲気はよくない。ログインにも手間がかかりサービスもよくないし改善する気もまったくない。多分プロジェクトリーダーはブログサービスを後悔していると思う(偏見)。
ニフティ:割といろんな人がバランスよくいますが、何せシステムが重いダサい面倒くさい。コミュニティサービスは子供しかいない。オッサンオバハンはブログコーナー以外に出歩かないことをお勧めします。
こんな感じかな。
「あっ、みてみて、ほら、あそこ、おっきなクリスマスツリー! きれいだなあ。」
「おお、ほんとだ。 でもさ、お前のほうが、ずっときれいだよ。」
「もうっ。」
ふだんは静かなこの街も、年に一度の大イベントとなれば、カップルの会話があちらこちらに響きわたり、イルミネーションによって鮮やかに照らしだされる。
俺は手袋をした両手をポケットにつっこみ、人ごみの中に立ち尽くすと、夜空を仰ぎ見、ふーっとひとつ息を吐いた。
星明かりと白い息とが相まって、えもいわれぬ風情を感じさせる。
一年に一度のこの日が、今年もまたやってきたのだ。
そう思う間にも、カップルたちは後ろからつぎつぎやってくるので、俺はふたたびゆっくりと歩を進める。
店頭ではクリスマスセールなるものがやっていて、サンタクロースやトナカイの格好をした店員がケーキやシャンパンを楽しそうに売っている。
俺はそれらに見向きもせず、いつもの弁当を求めた。この日はあまり売れていないようだった。
「お箸お付けしますか?」
「あ、えっと、はい、お願いします。 あ、やっぱりいいです。」
こんな特別な日にコンビニのレジを打つ若い女が不憫に思われたけれども、おそらくバイトが終われば彼女も夜の街へ繰り出すのだろうと思い直し、コンビニの出口へ足早に向かう。
が、外へ出ようとして、酒を買い忘れたことに気がつき、引き返してカップ酒を一びん手にとる。
外は相変わらず寒かった。
けれども通りを歩く人々の顔には寒そうな気振りなどまるで見られない。
笑顔、笑顔、笑顔。だれもかれも気味悪いほど同じ表情をしている。
なにがクリスマスだ、お前らクリスマスの意味も知らないで、ただ訳もわからず騒ぎまくっているだけだろう、まったく哀れなやつらだ。
そう思って鼻でせせら笑うと、コンビ二の前に座りこむカップルの会話が耳に入った。
俺は家で飲むつもりだったカップ酒をここで開け、こっそりと耳をすましてみる。
「いくよ、はい、あーん。」
「ちょっ、熱いって、ふーふーしてからにしてよ。」
おでんの湯気がもくもくと上がっている。
「きょうは最高の日だね。今年も雪は降らないみたいだけど、ユウくんが隣にいるだけで、私、しあわせ。」
「俺もしあわせだよ。こんなクリスマスは生まれてはじめて。」
「ねえ、ユウくん、このあと、どうする? ・・・・・ ホテル、行く? 私、もう平気だよ。ユウくんとなら・・・・・」
「いや、じつは、今まで内緒にしてたんだけど、俺さ、先月から一人暮らしはじめたんだよね。だから、今日は、うちくる?」
「いくいく! うれしい! 今夜はずっと一緒だね。でも・・・ユウくん、やさしくしてね?」
「もちろん。だいじょうぶ。心配しなくていいよ。」
おでんを食べ終えた二人は、手をつなぎながら大通りへ歩き出す。
女が俺の前を通りすぎるとき、ほのかなシャンプーの香りがした。
俺はひそかに深呼吸をして、そして思った。
女は俺の部屋にいる。
ロングの黒髪を顔全体で撫で回し、におやかな雌の香りを思いきり吸い込み、小振りなお耳にかぶりついて、乾燥した紫の唇をうるわしい桜色に密着させる。
まっ白い首筋を無精髭で弄び、焦らしつつも徐々に下ってゆき、まあるいふんわりとした二つのものに舌と顔面とを埋めて、いつまでもいつまでも愛おしむ。
いよいよ息が苦しくなり、頭を上げ、黒縁のメガネをとると、夢の世界を浮かべて顔はおのずとほころぶものの、すぐにまた真剣な表情にもどり、女の秘境に勝負を挑んだ。
「あっ、あっ、やっ、だめっ、んっ、んっ、あっ、あああぁぁぁぁっっっ」
俺はなおも舐りまわす。
「おい、どうだ、すごいだろう、感じるだろう、どうなんだ、おら、言ってみろ」
「あっっ、だ、だめっ、わたしには、わたしには、ユっ、ユっ、」
女の体中の水分を搾りとり、満足げな顔を上げると、こんどは岩のように硬くなった準備万端のものを秘境の深部めがけて突き刺し、野獣のように激しく動く。
「おら、どうだ、ユウくんより、いいだろう、気持ちいいだろう、ユウくんよりも上手ですって、ユウくんのより大きいですって、言え、言え、おら!」
俺は、女の瞳を見つめながら、自分のすべてを吐き出した。今日まで生きてきた数十年の歳月を、わずかな液体に収斂させて、力一杯解き放ったのである。
ふぅ。
涙の浮かぶ目をあけると、今年もホワイトクリスマスだった。
またわれわれのもとから同志が去っていった。
そして新たな仲間がやって来るだろう。
山の向こうにかさを増しつつある積雲とともに。
だがかれも間もなく去るだろう。
もうすぐ冬がくる。
悲しい記憶をえぐるあのつめたい風が。
まずわれわれの同志は認識すべきだったのだ。
冒険者ガイドブックには書かれていないが、ここがおしゃれな女子の見栄が光を放つ都会でも、スポーツ万能イケメンの性欲のたぎるにぎやかな浜辺でも、ネット動画で盛りあがれるような若者でひしめいたゲームセンターでもないということを。
はてなとはムラ的である。そしてムラとははてな的である。同時に、はてなは非都会的であり、都会とは非はてな的なのだ。
ムラにおいてムラビトの関心事はつねに共有されているし、共有されるべきなのだが、それはムラが外部から侵入してくる敵に対抗するためには仕方のないことなのだ。
ムラの一体感こそが強大で理不尽ともいえる文明社会の力に立ち向かうための、ある種魔術的ともいえる結束力の源となっているのだから。
この小さな社会は閉鎖的で狂信的で、SNMN(神聖四文字(テトラグラマトン)。われわれはそれを便宜上「シナモン」と呼ぶ)を神と崇める中世的カルトによって支配されている。
驚くのも無理はない。この先進国日本においてまさかオカルティズムによって支えられるムラがいまだに存在していたなどと、誰も想像すらできなかっただろう。
だが、これはまぎれもない現実なのである。はてなというムラはここにある。そして同志よ、きみはこのムラに足を踏みいれてしまったのだ。
第一に、ムラビトは新参者の排除が好きだ。もしも新参がおしゃれなフェラーリに乗ってやってきたら、つるはしを持ったムラビトによって、その紅き果実は一夜のうちに無惨な血だまりと化すであろう。「ふぇらだかへらだかなんだかしらねえが、おらのムラで調子に乗ってんじゃねえ!」耄碌した老人のたわごとにきみは付きあうべきか。
第二に、ムラビトは新参を待ち望んでいる。ムラビトは新参が現われなければムラビト同士で殺し合ってしまうのである。ムラの平和は新参の流入によって生じるあの排除への一体感によってかろうじて保たれている。愚劣な新参の流入を嘆きつつ、同時に過疎化を心配する声もあるというわけだ。きみはムラビトに言うべきだろう。「お前らの命はオレが握っているッ! どちらが上か勘違いしてくれるなッ!」と。
第三に、ムラビトは誤読が好きだ。ムラビトには都会の常識、論理、科学が通用しない。このムラは迷信や魔術によって支配されているのだ。その解釈はつねに飛躍し、高レベルのムラビト=ラビならば、否定は肯定となり、間接話法は犯罪告白となり、人間は六本足になるだろう。「え? おれが誤読したって? 誤読するような書き方をするお前が悪いだろうが!」ムラビトとコミュニケーションすることはそもそも不可能なのだ。きみのせいではない。
第四に、ムラビトはお役立ち情報が好きだ。たとえばおすすめ小説を並べたアフィブログはかならずムラビトを吸い寄せるが、彼らはお役立ち情報が好きなだけで、そのお役立ち情報を活かそうとは思っていない。お役立ち情報に触れた見つけたというお得感だけでお腹いっぱいなのである。むかし「あとで読む」という貼り紙が村のそこら中の電信柱に貼られていたころがあったが、もちろんあとで読んだムラビトなどいないのである。ムラビトとはその程度のアホである。きみはアホの戯言を気にするのか。
第五に、ムラビトは高学歴ぶるのが好きだ。ムラに大学院などないのになぜかムラビトは全員が識者面をしている。わけもわからずに社会情勢を嘆いてみせるが、じつはムラには日本社会との接点はほとんど残っていないのであまり意味がないのだ。だがそのことにムラビトはまだ気づいていない。それは幸福だろうか不幸だろうか。ムラビトの空想癖にせいぜいきみは苦笑するだけで済むだろう。
われわれはふたつの提案をする。
第一に、何が起ころうと、それを風に揺れる稲穂のざわめきや蝉の鳴き声あるいは馬のいななきのようなものだと思ってしまうということである。ムラにはムラのやり方がある。それはムラにとっては極めて自然なことなのだ。ムラにおいて排除とは自然現象であり消化作用である。きみは批判されているのではない、大自然に包まれているだけなのだ。われわれ都会人は疲れた精神のうちに自然の癒しを欲しているが、ムラビトをそのようなものだと思ってみてはどうだろうか。
第二に、コメント欄を閉じ、ブックマークコメントを非表示にするという技術的な解決策がある。われわれはこの方法をすすめている。レベルの低い冒険者はまずムラのなかに要塞を作って引きこもり防御をかためるべきなのだ。初心者にありがちなことだが、初期装備のままムラの深部を、ムラビトのこころの闇を探ろうとしてはいけない。危険だ。命の保証はない。そうやってわれわれの同志は倒れていったのだ。扉を開けなければ嵐はやがて去っていく。大荒れの海を見に海岸へ行ってはいけないのだ。
ムラビトの世迷いごとをまともに受けとってはいけない。かれらは異世界とテレパシーで会話しているのだ。われわれ文明社会に生きる人間とはその語も文法もアクセントも思考様式も異なっている。かれらは秘境に生きる最後の魔術師たちなのである。
最近のファンタジーは現世からの転生や召喚モノが多い気がする。
90年代の多くの作品は
2000年台以降の多くの作品は
異世界の中だけで物語が進行していくというものが少数派になったといってよい。
更に最近では日常ものといわれるストーリーに山も谷もないモノが
持て囃されているが想像力の欠如に繋がらないか不安に感じるほどである。
追記
異世界だけで繰り広げられる作品が減ったよなという点です。
追記2
ラノベにおける現代人のいないファンタジー作品の受けの悪さは異常 - アニメ見ながらごろごろしたい
http://d.hatena.ne.jp/taida5656/20130330/1364572827
検索したら他の人も書いてた。
追記3
マーケティングの関係や導入部での世界観の引っ掛かりを無くす為のナビゲータ役、
主人公に共感・感情移入しやすくする為、あとはアニメ化した時に一期で世界観が理解出来る、尺の関係、
アニメ化のしやすさの問題(テンプレ化で共通認識があれば導入部を省ける)
があるように思える。
(5分アニメや二時間映画が成り立つのも多くはテンプレや共通認識が出来上がってるからではないか)
追記4
その世界だけで完結した物語が多く生まれたという意見がありました。
多分その通りだと思いますが2000年代に学園物が流行ったのは
ToHeartやラブひな→恋愛物からの萌えへの転化と繁栄によって
ファンタジーの層が薄くなった結果、世界完結型の作品も少なくなったと見るべきか。
追記5
【小説家になろう】誰でも主人公になれる制度。なぜ異世界召喚や転生ものが流行るのか? | サブカル・カムカム
ラノベは、日常ものばかりで、ハレコメばかりで、転生召喚ものばかりなのか - REVの日記 @はてな
http://d.hatena.ne.jp/REV/20130704/p1
スコッパー速報 小説家になろう:転生とか召喚モノでなくおもしろい異世界ファンタジーってない?
http://scoopersokuhou.blog.fc2.com/blog-entry-455.html
きっかけはTwitterでRTされてたこのアドレスを見かけた事から。
http://alfalfalfa.com/archives/5512993.html
ネタ自体は問題ではなく、
57 名前:リゲル(神奈川県) :2012/05/17(木) 22:37:21.56 ID:xaRTc4N90
俺が何が言いたいのかというと、そこそこの容量のファイルを不特定多数に配布する手段なんて今時掃いて捨てるほどあるのに、2chのニュース速報やVIP等では未だにaxfc.netのファイルアップローダーがもっぱら利用されているという事。
P2Pに流せばなどと言うつもりはないが、クラウドストレージなんてdropboxみたいなメジャーな所からマイナーな有象無象にいたるまで無数にあるのに、未だにaxfc。2004年8月に開設された古典的なファイルアップローダー。
なんというか、時代の流れに取り残されてるというか、ちょっとカルチャーショック受けた。未だにこんな世界が残っていたのかと。現代の秘境で絶滅したはずの動物を発見したような気分になった。
田舎度合いにもよるけど、日本の秘境100選にノミネートするような自分の田舎だと、逆に「非正規」という選択は親たちの頭にはない。
いや、なかった。
息子娘の世代が都会で就職するのは当たり前のことだったし、空白期間が最悪ということは言ってたよ。
高校を出てすぐ、大学を出てすぐ、就職できて当たり前だとは思っているけど、それと同じように卒業したのに就職しない人は遊びほうけていたというふうに解釈する。
なんにせよ、空白期間は嫌うね。
浪人、留年、そういうのに対しても都会の親に比べたら冷たい視線を送ってるね。
まして就職浪人なんて、恥もいいとこって思ってるよ。
実家を離れるなら、北海道だろうと沖縄だろうと四国だろうと、とにかく正社員。
実家から出ない、出られないというのなら、それでもやっぱり中小企業で正社員。
その代わりに激増してるのが、かつては農閑期のバイトだった、田舎に工場を移転した大企業で非正規という働き方。
結局は田舎も非正規だらけだけどね。
だからさ、その見方、言い方が一方的すぎるという指摘だけで、それが間違っているとは言わないよ。
中韓の海外訪問者って蝗の大群みたいなモノで、一カ所に大量に行くから、そりゃ目立つよ。
それに俺が書いたのは、本当に日本を追い抜いたのなら、もうそれ以上「追い抜いた!」と言う必要は無いだろ?てこと。
しかし日本人はどうかっつーと、世界中のどこにも、本当に世界の秘境と呼ばれているようなにも行くしいるんだよ。
「こんな所まで来たんだ、日本人なんて見たくない」と思ってもホテルから出たら日本人と出会うのはよくある話し。
「まずテメーがいるだろ!」というツッコミ以前に、本当にいる。
小林信彦という作家が「つむじ曲がりの世界地図」というエッセイを出したときからそうなんだから、
また日本の学生運動が挫折して、海外に理想国家建設の志に燃えて井戸掘りなんかボランティアしにいった
日本人の認知度は量で知られたのは、まぁ農協のツァー旅行だな。今の中韓と同じ。マナー問題とか。
けどそれ以前から日本人のオソロシサ、少数精鋭は世界規模で知られている。
トランジスタラジオが現地で「sony」と呼ばれていた歴史なんか、今の若者は知らないかなぁ…。
1950年代、日本人のクラシック音楽家、楽団、指揮者が欧米に演奏に言ったら、歓迎されたけど
「なぜ日本人の貴方たちが私たちの音楽をやってるの?なぜ自分たちの国の音楽(クラシック:伝統邦楽)をやらないの?」
というチャレンジャー扱いだったんだよ…。
日本の秘境100選に選ばれた場所で車のない生活をしてた俺がいますが。
生鮮食品は通販しにくいから、よくドジョウとかとって食べてた。
ネットもダイヤルアップで56kだったし、ケータイも通じなかったけど、なけりゃないで暮らせた。
若ければ原付と自転車でなんとかなるけれど、歳をとると絶対無理だと思った。
だって、まともに検査できる病院に行くのに片道20kmくらいあるんだもん。
働く場所や学校は10km以内にあったけど、10km圏内にある病院って小さな診療所みたいなのだけだったし。
通院はキツイ。
通院するってことは体が悲鳴を上げてるってことだし、20kmは無理。
こんにちは。昨日初めて風俗に行ってきました。僕は20代前半で浪人とか留年とかしてる大学生です。コミュ力が著しく欠如しています。いわゆる非コミュというやつです。もちろん童貞です。僕自身は童貞であることにコンプレックスはないのですが、インパクトを出すために書いておきます。彼女ができたことはありませんし、友達もいません。そして仮性包茎であることを付け加えておきます。
そんな僕がどうして風俗に行ってみたかというと、この増田(http://anond.hatelabo.jp/20100507012152)を読んだからです。なんだかものすごく羨ましく思えました。セックス、そして女の子への憧れが、それなりのお金と、店の門戸を叩く勇気さえあれば叶うのです。だったらやってやろうじゃないかと一念発起し、バイトで稼いだお金を握りしめ池袋のとある風俗店を訪れました。
ちなみにいきなり店に行ったわけではなく、結構な時間をかけて風俗についてぐぐり、知識は万全といったところでした。ぐぐって決めた店は雑居ビルの中に事務所のようなところがあるだけで、実際の行為は近くのラブホテルを客自身で借り、そこに女の子がくるというシステムでした。店の中は安っぽくはありましたが普通にきれいで、コワモテのお兄さんもおらず、スーツを着た会社員っぽい男性が何人かいるだけでした。病院みたいな感じで、ほんとに普通です。怖いとこじゃありませんでした。店が店だけに入るのに勇気がいりましたが。
僕は形式的な会話は普通にこなせるので、説明を受けたりするのもさほど緊張しませんでした。すんなり受付を済ませ、お店の人が言っていた安いホテルを探しに、夜の池袋を歩きました。もちろんラブホに入るのも初めてです。でもラブホもそんな大したことありませんでした。映画館みたいな感じです。窓口で利用時間言って料金払うだけで部屋の鍵をくれました。
部屋に入って風俗店に電話をしました。仮名を使ったのですが、危うく本名を言いそうになりました。しかし落ち着いて、ホテル名と部屋の番号を言いました。それでこの部屋に女の子が来てくれるというわけです。到着するまで数分待ちました。この間に部屋を観察しましたが、至って普通です。さっきから普通ばっかり言ってますが、ベッドがダブルという以外、ほんとにビジネスホテルと変わりません。
部屋のチャイムが鳴りました。女の子が来たようです。僕は事前に彼女の写真を見ていて、やっぱりかわいかったので彼女に決めたのですが、でも写真なんかいくらでも加工できるわけで、あんまり期待するなよ的なことはよく言われてます。しかし、扉の向こうにいた彼女はかわいかったです。やっぱり写真は相当加工されていましたが(ほくろすら消されてた)、地味な感じ(失礼ですね)が逆に好印象でした。オタが好きそうなタイプの子と言ったらわかりやすいでしょうか。ショートの黒髪に、華奢な体でした。年はどうでしょう、たぶん僕より下だと思います。
しかし最大の問題はここからで、僕は会話ができません。どんなに気が合いそうな人とでもろくに話せません。仮にもう一人の自分が現れたとしても仲良くできる気がしません。男と会話ができないのに、どうして女とできようか。沈黙が支配して女の子を困らせたらどうしようとかそういう負い目はありましたが、こっちは2万円近く払ってるわけで、ちょっとくらい困らせてもいいだろうと思いこむことにしました。
とりあえず無難に挨拶をしました。で。この後どうすればいいかわからないわけで。うじうじ。もううじうじするしかありませんでした。そしたら、とりあえずシャワーを浴びましょうかと彼女に言われ、服を脱がせてくれました。いやあ恥ずかしすぎます。なので僕は自分で脱ぐことにしました。となりで、彼女も服を脱いでいます。え、なんなんでしょうこの状況。なんか裸の女の子がいます。僕もちんこ出してます。え、え……
バスルームに入りました。彼女は体を洗ってくれました。石鹸のついた小さな手が、僕の胸を、足を、性器を撫でていきます。しかも彼女のおっぱいとか股間の毛とか見えています。正直もう謎です、僕はおっぱいとか見たかったんじゃないですか、それで、今見てるんですけど。混乱と緊張のせいか、勃ちそうで勃たない少し勃ったちんこといったところでした。この間、何を話してたっけな。天気の話とかかな。彼女は雨が降ると体調が悪くなるそうです。こういう天気とか一般的な話題ならなんとか返せるので、まあなんとかなったんじゃないでしょうか。
バスルームを出て、彼女は着替えました。制服です。イメクラということです。恋人コースという無難なコースです。これまでは確かに、中学高校と制服の女子を眺めては果てしなき妄想を繰り返してきたので、制服だった方が興奮できると思っていました。が、そのときは別に着てなくてもいいような気がしました。でもせっかく持ってきてくれたんだし着てもらいました。今は着ないで裸のままでいてもらえばよかったと後悔しています。こういう思ったことを言えないってのは損をするだけなので、できるだけ言ったほうがいいですね。
そしてベッドに入りました。なんか女の子と寝てます。これから事を為すわけなんですが、僕はいかんなき童貞力を発揮し、またもうじうじしました。いやあ初めてでして。そんなことを彼女に話しました。あ、じゃあ私がどんどんやっていった方がいいですか? でも好きにしてもらっていいですよ。そんな、好きにしてってどこのエロゲですか。実際に言われてみると結構破壊力あります、
そんなこんなでキスをしました。ファーストキスというやつです。ばっちりイソジンの味がしました。ここで僕はある違和感を覚えました。僕はどこぞの女子中学生かというような感じでキスに対して強い憧憬を持っていました。電流走っちゃうんじゃないかと。でも実際してみると、はてこんなものか、といったところでした。柔らかな唇が押しあてられ、舌が口径に粘度を持った液体を運んできます。それなのに、なんだか感動がないような。
気を取り直して、僕は彼女の体に触れることにしました。肩を撫で、腕を撫で、いや、胸が触りたいんですよ、順番にかっこよくとかやれないです。胸に手を当てたものの、おや感触がありません。彼女のプロフィールのよるとBカップで、Bってのは服の上からじゃあんまりわからないんだなあという事実を知り、一つ大人になりました。今まで胸は小さい方がいいなあと思ってたんですが、いざ触るなら大きいのもいいかもなと思いました。感触を確かめるために、ブラウスを脱がしました。ブラジャーはありません。なんだか残念です。さっきバスルームで見ているのでそれほど感慨もありません。本物のおっぱいはやわらかい…… ですが、僕の胸もそんなに負けてない気がしたのは秘密です。乳首を指で撫でると、すぐに反応がありました。僕は少し大きくなった乳首を口に含みました。彼女の息が荒くなります。やっぱり演技なんだろうなと思いましたが、ありがたかったです。で、それからどうすればいいのかわかりません。好きにしてって言ってたし、順番にいくとあそこなのかなあと。なんかもうわからないからあそこでいいやということで、下着の上から触れました。合成繊維のなめらかな丘陵を撫でます。湿り気は、まあ感じられません。このまま触っててもなあ。別に気持ちよかないだろうなあ。まんこ見ていいでしょうか。脱がせちゃっていいですか? あ、はい。と彼女が答えました。僕は初めて女の子の秘境を目にしました。毛に隠れていて、どういう風になっているのかよくわかりませんでした。とりあえず触ってみました。触ってもどうしたものかわかりませんでした。ひらひらと触られてイラつかれてないかと心配になったので舐めてみました。毛が口に入ります。少しすっぱくて、においはあまりしませんでしたが、そんなにいいものじゃないんだなと思いました。気持ちよくさせられるなんて思い上がりはありませんでしたが、彼女は声を殺していました。喘ぎ声ってやつです。次第に彼女の腰が持ち上がり、性器が顔に押し当てられ、体が痙攣しました。おそらくフリなんでしょう……。僕はやけに落ち着いていました。なんなんだろう。何年も憧れてきたことをしてるのに。
ちなみにファッションヘルスは挿入できないので、この後どうすればいいかまた困りました。困ったので、彼女の隣に横になり、抱きしめてみました。温かい。ああ。このまま寝ていたいと思いました。これだけで、何もいらないような気がします。中学高校の頃は挿入欲っていうんでしょうか、実際の行為がしたいだけだったんですが、20歳を過ぎた頃から女の子抱きしめたいなああったかいんだろうなあいいにおいするんだろうなあみたいな欲求の方が強くありました。うんよかった。これだけは叶いました。でもにおいがしなかったのが残念です。
しばらくして彼女が、私も触っていいですか?と言って、またキスをしました。そのうち唇はゆっくりと僕の体を這っていき、胸に、腹に触れていきました。そして硬くなったペニスにたどり着きました。僕は以前から、女の子に触られたら30秒くらいで発射しちゃうんじゃないかと思っていました。で、実際に触られるというかペロペロというかちゅぱちゅぱされ……。でも全然、なんともありませんでした。彼女は一生懸命口に含んでくれていたんですが、正直、なんともありませんでした。彼女がペニスから口を離して息を継ぐ光景は、見ていて申し訳なくなりました。全く気持ちよくならないまま、60分を知らせるタイマーが鳴り響きました。彼女はそれでも、僕をいかせるためにフェラチオを続けました。僕はもうこの頃には外側から自分を冷めた目で見ていました。飲み会なんかで、なんかみんなわいわいやってるなと思いながら一人ではしっこにいるときの気分です。このままやってもらってても悪いなと思い、僕から時間は大丈夫ですか?と声をかけました。彼女は、ごめんなさい私が下手なせいで……と謝りました。でも彼女は悪くありません。僕は、すいません、緊張しちゃってて……と言うしかありませんでした。
その後シャワーを浴び、また体を洗ってもらいました。その間に彼女は大学生で、バイオリンをやっていたと話してくれました。こんな普通な子がこういうバイトしてるんだから意外だなあと思いました。バスルームから出て着替えている最中は、音楽の話をしました。僕は、クラシックでなにかおすすめはないかと聞きました。彼女はバイオリンの曲を教えてくれました。僕はそのとき、家に帰ってからYoutubeで聞いてみようと思って、曲名を心に刻んだつもりでした。しかし、帰りの電車に揺られているときにはもう忘れていました。今日のできごとをいかに増田に書こうかと、頭で文章を練っていました。こうして書いている途中でようやく曲名を忘れていることに気付くざまです。僕は他人に興味がありません。
彼女と一緒にホテルを出ました。なんか恋人っぽいなと思いました。でも僕はもう完全に自分の世界に入っていて、正直一緒に歩いていたくありませんでした。こうなると、彼女が何か話しかけてくれても、ろくな返事はできません。だから誰かと一緒になんていたくないんです。だから一人でいたいんです。別れ際、彼女は頬にキスをしてくれました。これが恋人コースですか。周りの目が痛いです。ありがとうございました、よかったらまた来てください。いえ、こちらこそありがとうございました。楽しかったです。そんなことを言い合って別れました。歩きだして、振り返ったら彼女が手を振っていた気がしました。でも暗くて、メガネをかけていなかったので、よくわかりませんでした。
で、帰宅して思い返してみても、なんだかあまり感動がなかったなあと。2万損した、とかは思わないんですが。あんなに憧れてたのに、実際はこんなもんなのかって。僕にとって、セックスって(今回のは違うけど)最終手段というか目的地みたいになっている部分があって、こんなもんなら別に彼女なんていらないなって思ってしまいます。そもそも、男でも女でも、人と一緒にいて楽しいと思ったことがないんですよ。だから人とコミュニケーションを取るなんてありえないし、さらにセックスもしなくていいと思ってきて、もうこの世に思い残すことはないんじゃないかとも思えます。
風俗って、楽しむ技術がないとつまらないところなんじゃないでしょうか。僕は人生何をしてても正直つまらないので、楽しむ技術を持っていないんだと思います。楽しむ技術っていうのは、簡単に言うとバカになることです。飲み会でもライブでもなんでも、バカになれない人は楽しめないんですよね。人とのコミュニケーションも一緒で、自分を解放して出せないと仲良くなんてなれないんですよ。僕はそれが全くできません。100メートルを10秒で走ることくらいに無理です。会話においては、自分を出すなんていうと大げさだけど、言葉を発しようとする瞬間、無意識に言葉を発さないよう制御が働きます。制御とは、こんなことを言ったら嫌われるんじゃないだろうか、とかだとよく言われてますが、僕は会話の最中に何を考えているのかよくわからないです。脳みそがいつもの10 パーセントくらいしか動いてない気がして、ほとんど真っ白な感じです。この制御のせいで無駄なメモリを喰ってるんでしょうが、わかっていてもこの制御を意識できないんですよね。こういうのを非コミュっていうんじゃないかなあと思います。会話できないのは話題が少ないからじゃなくて(少ないのも原因だけど)、脳みその動きが根本的に違う。ほんとどうしようもないです。最後の砦だったセックスすら突破され、なんかもうどうしようもないです。女の子への憧れがなくなって、今後性欲って出てくるんでしょうか。この憧れってすごく特別できらきらしたものだったのに、もうなくなってしまったんです。たぶん全く違った形の性欲になってる気がします。
射精できなくて落ち込んでるわけじゃないけど、またしても自分の欠落っぷりに気付かされた、そんな初風俗でした。たぶんもういかね。でももう少し安い値段で女の子抱きしめられるだけの風俗があれば行きたいです。長くてすいませんでした。読んでいただいた方、ありがとうございました。
http://anond.hatelabo.jp/20100123005026
つづき
無謀な旅に出たのはそれを書きたかったからで、半月も日本中を車で旅して、それでもまだそうかと聞かれれば、僕はうんとうなずく。それでもうんはいまは少し控えめで、バックシートの同乗者との旅が楽しくなり始めている。後部座席の右側の窓は全開で、海風に髪をなびかせて真っ青な海に向けて、彼女は表情をあかるくしてシャッターを切る。バックミラー越しの横顔には昨夜の凍えきっていたおもかげはなく、蒸し暑いとさえ思う風にはしゃぎきっていた。
それだけで満足してしまう。
写真の評価をしっかり伝えたのが良かったのか、安心して撮って良いのだと思ってくれたのか。
雑誌の旅行記みたいなサイトを作りたい。そう旅の目的をはなすと彼女は僕の書いた文章を読みたいといった。彼女はしばらく読みすすめ、これは私には無理と情けない声でいった。僕は慌ててブレーキを踏み、路肩に車を止めた。振り返って言った。
「ちょ、ちょっと待って下さい。僕はもうあなたに写真を撮って貰うって決めているんです。あなたの写真がいいんです。すてきじゃないですか、なにが無理なんですか」
「でもこの旅行記、格調高いし、大人っぽいし、私こんなに知識ないし」
うつむく女の子をみて、僕はあっと思い当たる。
意気込んでひとり旅にでた僕は、だれからもそしられない旅行記にしようと、堅固な文体で書いてしまっているのだ。本人からすれば少し堅いかなぐらいであるのだが、慣れない人からみればそれはきっと要塞でも見上げているような心地になるのだ。
「あ、いえ。でもこの文章堅すぎて、こんなの読んだら息詰まってしまいます。そんなところにぱっと明るい写真がほしいんです。あなたの写真は色彩豊かで、大胆な構図で、ダイナミックで、この動きのない旅行記をきっと生き生きとさせてくれる」
僕は、思いつく限りの美点を話す。これでもプロの撮った写真を見続け、それを文章の隣にレイアウトし続けていたのだ。もしそんなプロ達に混じっていても僕はきっと彼女の写真を選ぶと思う。
「それにWebサイトなのです。雑誌ではないのですから解像度も必要ないですし、僕はフィルム・スキャンもやってましたから、若干色味が狂っても直せますし」
すこしだけ顎が上がり、僕は安堵して息をつく。
「ちょっと安心しました」
「撮れないって言われたらどうしようかと思いました」
彼女はふふと笑う。
「そんに気に入ってくれたんですね、私の写真」
それで僕は、旅行記に載せる写真を彼女に撮って貰う事に執着心が生まれ始めている事に気づく。なぜだろうと思い、色味だろか、構図だろうか、被写体の選択だろうかといろいろに理由探しをするが、きっとセンスみたいな所かもしれないと無難に着地する。美感の好きと思うところが似ているのだ。そこの波長が合うのだ、きっと。
バックミラーの中の、撮った写真をノートPCで確認する姿を見ながら思う。
(出来れば、ずっと一緒に撮ってくれないかな、三ヶ月に一回でもいいから)
まだまだ若いのだし、これから音をたててめきめきと上手い写真を撮るようになる。そうなればちょっとした写真家になるかもしれない、プロというまではいかなくても。そうなってしまってからではもう届かない。今のうちに出会えたのは幸運で、コンビを組んでいれば、有名になっても昔のよしみでほんの少しだけならつき合ってくれるかもしれない。
そんな打算さえ生まれてくる。
それぐらい僕は参っていた。
二つめのトンネルを抜けてちいさな港を右手に(カシャリ)、まばらな民家の間を抜けて海岸沿いの道を行くと、海一面に養殖場が広がる(カシャリ)。のんびりと車を走らせ地図を片手にちらちら見ると、牡蠣の養殖場との記載がある。
「すごーい」
「牡蠣だって。そういえば松島近いですし、松島といえば牡蠣ですし」
(カシャリ)
「こんなにたくさんあると迫力ありますね。あ、船が出てる」
(カシャリ、カシャリ)
はしゃいでシャッターを切る彼女の横顔はまだ無邪気で、疲弊する職場や修羅場の数々ですさんだ心にほっと暖かい場所が出来るのを感じ始める。夏の海風を全開に受けながら、真っ青なひかりを浴びているとなにかがほどけてくる。ああ、そうか僕はひとりじゃないのだ。そう思うとほっとし、なにかこれまでずっとひとりで戦ってきたような気がし、その戦いには様々な理由があったのではあるが、それさえもどうでもよいことのように、それよりもこの彼女との旅が楽しくなってきている事に気づく。
海風の中を、岬を目指して、おんぼろのスズキを走らせるのは楽しい。
バックミラーの中のちいさなカメラマンが嬉々としてシャッターを切るのを見ているのは楽しい。
こんなにも楽しいものかと、内心動揺している自分がいることに気づく。
「ふう、夢中になりすぎちゃう」
何度か息をし、そのきれいな眼がこちらを射貫く。
僕は、ええだか、ああだか、そんな曖昧なことをいい、その笑顔からあわてて視線をフロントガラスに向ける。胸がどぎまぎしていた。あまりのかわいらしさに動揺しているのに気づく。何重にも防壁を築いていたはずが、いつの間にか彼女はその内側に立っていた。
(この子、どうやって入ってきたんだろう)
いや違う、目下の問題はそこではない。彼女はちいさなカメラマンで旅行記に載せる写真を撮ってくれる。その写真はすてきで彼女との旅は楽しい。でも、そこで彼女が僕の気持ちに気づいたら? いま、落とされてしまった事に気づき、僕がくらくらになっている事を悟られたら。
彼女は車を降りるかもしれない。
極力、感づかれないようにしなければならないのか。
背筋を冷や汗が伝うのがわかる。
道は小さな港を駆け抜けてすぐに山間へそれを抜けるとまた小さな港、牡鹿半島のドライブはその繰り返しで、めまぐるしく景色が変わる。彼女はそんな移り変わりの速さに夢中で、シャッター音がいきいきと響く。手元の地図を見ると、目当ての岬である黒崎はもう目と鼻の先で、そこから大きな港を抜けてすぐだった。
「間に合いましたね。暗くなる前にたどり着けましたよ」
バックミラーを見ると夢中でシャッターを切る姿、鼻歌をうたい、表情を輝かせてカシャ、カシャと目の前の光景を切り取っていく。まるで声さえ聞こえていないようで、海風に溶け込むように髪をなびかせる、それを見るだけでも思わず頬が緩んでしまう。
軽自動車はささやかな港町を駆け抜け、半島の最南端へと向かう。
海は青く右手には、対岸に大きな島が見える。
牡鹿半島はその東西を大きな島に挟まれている。その緑が海の色に鮮やかに映える。周囲の樹々のにおいが風に混じる。八月を過ぎた平日の夕方近くの半島はひとけも車通りもなく、この光景をひとり、いやふたりじめしている心地になる。ぽんこつのエンジン音だけがこの景色の中に孤独で、秘境へいくでもなしに世界にたったふたりになった心地になる。
(しかし、いったいなんでこんなことになっているんだろう?)
わからない。
最善と思える選択肢を選んでいるうちになぜかこんなことになっている。
かわいい子が写真を撮ってくれて旅もしてくれるんだ、それでいいじゃないか。
そう、それでいいはずだった。
半島の南端で折り返して少し高いところにある駐車場のある展望台にスズキをとめる。
彼女には新しいメモリーカードとバッテリーを渡し、僕は早速彼女の写真をチェックし始める。鮮やかで躍動感のあるスナップに、僕は夢中になり、そして幸福感に包まれる。
「いいじゃん」
何枚か、おそらくサービス精神なのだろうが、旅行誌にありがちな紋切り型の構図を見つける。
(こんなことしなくていいのに)
僕はノートパソコンの電源を落とし、頭の中に渦巻くうれしさとそれをあらわした言葉が浮かび上がってくるのをあれこれと選び始める。エンジンを切り、車を降りると海の香りが風となって包み込む。ふっと息を吸い込んで、こんなにわくわくしたのは初めてじゃないかとふと思う。
(どこいっちゃったんだろう?)
僕は彼女を探した。
・女の子ひろった
http://anond.hatelabo.jp/20100116012129
・これこそ逃避
http://anond.hatelabo.jp/20100119221742
・すごい彼女
女性の体は神秘的で畏れ多く、おいそれと触れようとしてはいけないもの。
だから簡単にセックスを誘うことはできない。
高貴なものを汚そうとしているということで罰が当りそうだ。
ただ、風俗嬢やAV女優であれば、その心理的なハードルは下がる。
受け入れてくれるだろう、と。
身勝手なことに、自分の彼女や家族がこういった仕事をするのは嫌だと思ってしまう。
そうか、私たちの肉体は「神様」のようなものなのだな、とわかった。
神様はおいそれと姿を現さないからこそ畏れられ、敬われる。
神様が万人に姿を見せていたら誰もありがたがらなくなるだろう。
限定された人間に限定された条件でのみ姿を見せるからこそ、ありがたがられるのだろう。
神社に祭られている狐様とか動物の形をした象徴物みたいなやつだ。
誰でも神の片鱗を見られるように、神を具現化して可視化したもの。
しかし「誰でも見られる」からこそ「神様たりえない」し、神様ほどありがたがられない。
皮肉なことに、万人の「見たい」という欲望をかなえるためにわが身を曝すことにより、
彼女らは自ら神の座を手放しており、
それゆえに己を独占的に崇め祀る信者(=伴侶)を得る機会を失っているのだ。
一番損をしているのは彼女らである。
二次元と三次元の優劣を議論し、吹き上がっている人々を時々見かけるが、これはいかがなものか。
古来より「我思う、ゆえに二次あり」という言葉もあるように、思考する事によって二次の良さが成立しているとも言える。また、三次は三次でそれはそれはめくるめくように気持ちよかったりもする。大事な事は、二次元であろうと、三次元であろうとどうやって自分の脳を刺激し脳に快感をもたらす物質を発生させる事が出来るかという事である。そのポイントさえ抑えていれば、四次元であろうが五次元であろうが構わない。
『いかにして自分の脳を快感に導けるか』という事を命題として考察した場合、「三次はファンタジーが足りない」「二次は得られる情報が限られている」などと、二次元派、三次元派の双方が揚げ足取りのように罵りあっていても、不毛でしかない。それぞれの派閥は、それぞれの派閥にあった形で、確固たる快感へのプロセスを持っていて、それが自分の脳を最も興奮させうるのである。相手に自分の派閥の素晴らしさを伝えようと頭ごなしに罵倒しても、それは相手の態度を硬化させるだけだ。相手の派閥の偶像を罵って貶める行為はさらに愚劣であると言える。
ならば、どうすれば良いのか。その答えはシンプルで明確だ。自分がいかにして二次元なり三次元で脳を快感に導いているかという事を訥々と語れば良いのである。まさに太陽と北風作戦だ。北風のように相手を罵倒しても相手は何も聞き入れはしない。「二次の素晴らしさはね、まずはここからこういう感じで入って行くんだよ。ここでこのキャラがこういうシチュエーションでこんな感じになっちゃったら、果たしてどうかな?」と自分の快感を導くノウハウを語ってみるのである。相手が「むう。それは!」とでも言おうものならもうほとんど陥落しかかっている。二次元派の布教活動はめでたく成就するわけである。立場が変わって三次元派が二次元派を説得する場合も同様である。
相手をこのように説得できるようになれば、それまで2chや増田で『二次厨』と疎まれてきた方も、たちどころに『二次の導師(グル)』とあがめられる事、請け合いである。三次元派の場合も同様である。
ただ、いかんせん向き不向きという物がある。いかに太陽と北風作戦を実行しようとしても、説得すべき相手の脳内が、すでに完成されたダイヤモンドのようにピュアな二次元脳であったりすれば、三次元派の説得工作は徒労に終わる場合も多分にして存在する。もう三次元のいかなる刺激でも、一ナノグラムの脳内快楽物質が分泌されないのだ。これは訓練や教育でどうなるものでもない。もちろん議論などおこなっても無駄中の無駄である。触れてはいけない世界というのも世の中にはあるものだ。これは、アマゾンの奥地に残る最後の秘境のように、そっとしておこうね。
二次元派、三次元派はそれぞれ説得が行えそうな人々に対し、有意義な説得を行うべきである。説得に応じる人が増えれば、その派閥のコンテンツは繁栄していくのである。