http://anond.hatelabo.jp/20100123005026
つづき
無謀な旅に出たのはそれを書きたかったからで、半月も日本中を車で旅して、それでもまだそうかと聞かれれば、僕はうんとうなずく。それでもうんはいまは少し控えめで、バックシートの同乗者との旅が楽しくなり始めている。後部座席の右側の窓は全開で、海風に髪をなびかせて真っ青な海に向けて、彼女は表情をあかるくしてシャッターを切る。バックミラー越しの横顔には昨夜の凍えきっていたおもかげはなく、蒸し暑いとさえ思う風にはしゃぎきっていた。
それだけで満足してしまう。
写真の評価をしっかり伝えたのが良かったのか、安心して撮って良いのだと思ってくれたのか。
雑誌の旅行記みたいなサイトを作りたい。そう旅の目的をはなすと彼女は僕の書いた文章を読みたいといった。彼女はしばらく読みすすめ、これは私には無理と情けない声でいった。僕は慌ててブレーキを踏み、路肩に車を止めた。振り返って言った。
「ちょ、ちょっと待って下さい。僕はもうあなたに写真を撮って貰うって決めているんです。あなたの写真がいいんです。すてきじゃないですか、なにが無理なんですか」
「でもこの旅行記、格調高いし、大人っぽいし、私こんなに知識ないし」
うつむく女の子をみて、僕はあっと思い当たる。
意気込んでひとり旅にでた僕は、だれからもそしられない旅行記にしようと、堅固な文体で書いてしまっているのだ。本人からすれば少し堅いかなぐらいであるのだが、慣れない人からみればそれはきっと要塞でも見上げているような心地になるのだ。
「あ、いえ。でもこの文章堅すぎて、こんなの読んだら息詰まってしまいます。そんなところにぱっと明るい写真がほしいんです。あなたの写真は色彩豊かで、大胆な構図で、ダイナミックで、この動きのない旅行記をきっと生き生きとさせてくれる」
僕は、思いつく限りの美点を話す。これでもプロの撮った写真を見続け、それを文章の隣にレイアウトし続けていたのだ。もしそんなプロ達に混じっていても僕はきっと彼女の写真を選ぶと思う。
「それにWebサイトなのです。雑誌ではないのですから解像度も必要ないですし、僕はフィルム・スキャンもやってましたから、若干色味が狂っても直せますし」
すこしだけ顎が上がり、僕は安堵して息をつく。
「ちょっと安心しました」
「撮れないって言われたらどうしようかと思いました」
彼女はふふと笑う。
「そんに気に入ってくれたんですね、私の写真」
それで僕は、旅行記に載せる写真を彼女に撮って貰う事に執着心が生まれ始めている事に気づく。なぜだろうと思い、色味だろか、構図だろうか、被写体の選択だろうかといろいろに理由探しをするが、きっとセンスみたいな所かもしれないと無難に着地する。美感の好きと思うところが似ているのだ。そこの波長が合うのだ、きっと。
バックミラーの中の、撮った写真をノートPCで確認する姿を見ながら思う。
(出来れば、ずっと一緒に撮ってくれないかな、三ヶ月に一回でもいいから)
まだまだ若いのだし、これから音をたててめきめきと上手い写真を撮るようになる。そうなればちょっとした写真家になるかもしれない、プロというまではいかなくても。そうなってしまってからではもう届かない。今のうちに出会えたのは幸運で、コンビを組んでいれば、有名になっても昔のよしみでほんの少しだけならつき合ってくれるかもしれない。
そんな打算さえ生まれてくる。
それぐらい僕は参っていた。
二つめのトンネルを抜けてちいさな港を右手に(カシャリ)、まばらな民家の間を抜けて海岸沿いの道を行くと、海一面に養殖場が広がる(カシャリ)。のんびりと車を走らせ地図を片手にちらちら見ると、牡蠣の養殖場との記載がある。
「すごーい」
「牡蠣だって。そういえば松島近いですし、松島といえば牡蠣ですし」
(カシャリ)
「こんなにたくさんあると迫力ありますね。あ、船が出てる」
(カシャリ、カシャリ)
はしゃいでシャッターを切る彼女の横顔はまだ無邪気で、疲弊する職場や修羅場の数々ですさんだ心にほっと暖かい場所が出来るのを感じ始める。夏の海風を全開に受けながら、真っ青なひかりを浴びているとなにかがほどけてくる。ああ、そうか僕はひとりじゃないのだ。そう思うとほっとし、なにかこれまでずっとひとりで戦ってきたような気がし、その戦いには様々な理由があったのではあるが、それさえもどうでもよいことのように、それよりもこの彼女との旅が楽しくなってきている事に気づく。
海風の中を、岬を目指して、おんぼろのスズキを走らせるのは楽しい。
バックミラーの中のちいさなカメラマンが嬉々としてシャッターを切るのを見ているのは楽しい。
こんなにも楽しいものかと、内心動揺している自分がいることに気づく。
「ふう、夢中になりすぎちゃう」
何度か息をし、そのきれいな眼がこちらを射貫く。
僕は、ええだか、ああだか、そんな曖昧なことをいい、その笑顔からあわてて視線をフロントガラスに向ける。胸がどぎまぎしていた。あまりのかわいらしさに動揺しているのに気づく。何重にも防壁を築いていたはずが、いつの間にか彼女はその内側に立っていた。
(この子、どうやって入ってきたんだろう)
いや違う、目下の問題はそこではない。彼女はちいさなカメラマンで旅行記に載せる写真を撮ってくれる。その写真はすてきで彼女との旅は楽しい。でも、そこで彼女が僕の気持ちに気づいたら? いま、落とされてしまった事に気づき、僕がくらくらになっている事を悟られたら。
彼女は車を降りるかもしれない。
極力、感づかれないようにしなければならないのか。
背筋を冷や汗が伝うのがわかる。
道は小さな港を駆け抜けてすぐに山間へそれを抜けるとまた小さな港、牡鹿半島のドライブはその繰り返しで、めまぐるしく景色が変わる。彼女はそんな移り変わりの速さに夢中で、シャッター音がいきいきと響く。手元の地図を見ると、目当ての岬である黒崎はもう目と鼻の先で、そこから大きな港を抜けてすぐだった。
「間に合いましたね。暗くなる前にたどり着けましたよ」
バックミラーを見ると夢中でシャッターを切る姿、鼻歌をうたい、表情を輝かせてカシャ、カシャと目の前の光景を切り取っていく。まるで声さえ聞こえていないようで、海風に溶け込むように髪をなびかせる、それを見るだけでも思わず頬が緩んでしまう。
軽自動車はささやかな港町を駆け抜け、半島の最南端へと向かう。
海は青く右手には、対岸に大きな島が見える。
牡鹿半島はその東西を大きな島に挟まれている。その緑が海の色に鮮やかに映える。周囲の樹々のにおいが風に混じる。八月を過ぎた平日の夕方近くの半島はひとけも車通りもなく、この光景をひとり、いやふたりじめしている心地になる。ぽんこつのエンジン音だけがこの景色の中に孤独で、秘境へいくでもなしに世界にたったふたりになった心地になる。
(しかし、いったいなんでこんなことになっているんだろう?)
わからない。
最善と思える選択肢を選んでいるうちになぜかこんなことになっている。
かわいい子が写真を撮ってくれて旅もしてくれるんだ、それでいいじゃないか。
そう、それでいいはずだった。
半島の南端で折り返して少し高いところにある駐車場のある展望台にスズキをとめる。
彼女には新しいメモリーカードとバッテリーを渡し、僕は早速彼女の写真をチェックし始める。鮮やかで躍動感のあるスナップに、僕は夢中になり、そして幸福感に包まれる。
「いいじゃん」
何枚か、おそらくサービス精神なのだろうが、旅行誌にありがちな紋切り型の構図を見つける。
(こんなことしなくていいのに)
僕はノートパソコンの電源を落とし、頭の中に渦巻くうれしさとそれをあらわした言葉が浮かび上がってくるのをあれこれと選び始める。エンジンを切り、車を降りると海の香りが風となって包み込む。ふっと息を吸い込んで、こんなにわくわくしたのは初めてじゃないかとふと思う。
(どこいっちゃったんだろう?)
僕は彼女を探した。
・女の子ひろった
http://anond.hatelabo.jp/20100116012129
・これこそ逃避
http://anond.hatelabo.jp/20100119221742
・すごい彼女
http://anond.hatelabo.jp/20100119221742 つづき。 橋を渡って半島に入ると、二車線の道はくねくねとまがってトンネルに入り、そのまま半島の東岸を縫いはじめる。右手に真っ青な海が広...
つづき http://anond.hatelabo.jp/20100116012129 逃避ってどんなものかと聞かれれば、いまの僕がそうだと真っ先に挙げる。現実と折り合いがつかず消化ができず、ちいさな軽自動車であて...
この文章好き。やや荒い部分もあるけど、細かい所の表現が上手と思う。 彼女のどういう所に引かれていってるのかって所の描写に期待してます。
夜の海岸線を走る国道で女の子をひろった。 ビニール傘をさして雨の中をとぼとぼと歩く姿が、ヘッドライトの中で片手を大きく上げるので速度を落としたが、女性であることに気...
時間かかってもいいから大阪に着くまで話続けて欲しいところ
続き期待
ホテル代で電車乗れよと夢ぶち壊しレス
「何も荷物を持たない」のに濡れた服のままホテル泊まって翌朝着替えどうすんだよ、と夢ぶち壊しレスに便乗 幽霊オチとかの方が良かったのでは。