はてなキーワード: 昆虫食とは
ヴィーガンじゃないけど、そこは人によるらしい。
が、基本的に
『ビーガニズム (Veganism) は、食用・衣料用・その他の目的のために動物を搾取したり苦しめたりすることを、できる限り止めようとする生き方であると定義することができる。』
ただの日記なので読まないでください。ご不快になると思います。
衣食住足り傷病もなく、温かい人間関係の中で過ごすことができました。本当にありがとうございます。
肌に触れる布類も清潔で、布団は柔らかく、床暖房を使わせてもらうこともできました。
子猫が甘えてくるようになりました。ふわふわで、どこの匂いを嗅いでもビスケットのような香りがします。抱きしめると喉を鳴らして喜ぶので、自分はなんて幸せ者なんだろうと思います。
今日は暖かくなったら食べようと思っていた、フレッシュサルサを自分で作ることができ、家族みんなで頂きました。
〇が食べたかったナムルや太巻きを用意してくれたので、ありがたくいただきました。〇のために苺を切ってあげられてよかったと思います。
とても美味しかったですが、まだトマトの季節ではないので、おそらくガス暖房ハウス栽培でしょう。いま空気中の二酸化炭素濃度が世界平均420ppmを超えていますが、このような食生活もいつまで続けていけるのかなぁと思いました。
露宇戦争の影響でエネルギー価格も高騰していくでしょうし、空気中の二酸化炭素濃度が更に上がれば、地球は砂漠化するでしょう。
食欲があまりなかったので肉類は食べませんでしたが、アメリカ産の植物性プロテインとニュートリショナルイーストで調整しました。
これも蝗害でいつまで入手できるかわかりませんね。自分はできれば昆虫食は遠慮したいので、今から肉食は減らし植物食に慣れていこうと思います。時代が来たら食べるかもしれませんが、今のところその勇気はありません。
40代の男女の誕生日プレゼントを検討中です。お互い予算は2500円と相手から言い渡されているのですが、そこまで絞ると逆に何がいいのかわからないですね。
〇〇さんには虹の積木、自家製の酵母パン、南国土産のアクセサリー、いくらでも思い浮かびますが、〇〇〇さんにはなにがいいのか皆目見当がつきません。でもがっかりさせたくないので腕が鳴ります。カンナビアもよさそうですが、もう生産終了ですからね。ハンドクリーム、使ってなさそうです。
当初目星をつけていた、parks projectのキャップは5000円だったので予算オーバーでした。一体どうしたら良いのやら。
でも、学生時代を終えて新しく気の合う人に出逢え、しかも友人たりえたのは本当にありがたいことです。気持ちの良い尊敬できる方々で、自分は人に恵まれています。ありがとうございます。
最近爪先が気になるので、NailsIncの45秒速乾タイプを買うか検討中です。
色々試しましたが、何も塗らないと爪の筋が目立つのでエチケットとして磨かなければならない。しかし磨くと薄く折れやすくなる。SNSで見かけたCHANELやOSAJI、ドラッグストアに売っている数々のベースコートも試しましたが、異臭が辛い。ジェルネイルも爪の違和感と異臭が辛い。水性のものはアルコール除菌で剥がれ落ちる。何をすればいいのかもうよくわかりません。
すこし〇〇というゲームもしましたが、あまり楽しめませんでした。なんとなく、自分には向いてなさそうです。
南国の〇〇の〇〇をモチーフにした〇〇を描こうというアイデアが浮かびました。なぜなら、自分にはどうしても読みたい〇〇がないのです。どれを手に取っても、浸りたい世界観がマッチしない。なら、自分で〇〇を描くのはどうだろうと思いました。
〇〇〇と〇〇〇〇で発表して、〇〇〇を狙うのがいいでしょうか。ゆくゆくは〇〇〇〇の〇〇もできれば良いなと思っています。
ということで、〇〇朋子さんの最近出版した書跡を資料として購入します。
今日は全く他人に会いませんでした。疲れてしまうので全く自分には向いていません。
参加しなければならないズームもありましたが、任意なので取りやめました、人と会うと疲れてしまう自分に、今の仕事は全く向いてないと思います。なぜできると思っていたのだろう。結局定期的に体調を崩すことになっています。
なんのために働いているのかわかりません。周りからは破格の扱いを受けていますが、自分にできないことを求められるので、別にそれが当たり前だとは思いますが、向いてないという結論にしかなりません。どうしたら周りと同じように振る舞えるのか、わからない。
アドバイスをもらっても全く活かせないので歯痒いです。せっかく良いご縁をいただいたのに、お役に立てることができず申し訳ありません。
でも、少しずつですが収入は上がってきているので、まだ暫く試行錯誤しようと思います。
別れた〇のことを思い出しました。結局あの方は介護者を求めていたのだなぁと、今になって思います。そして、あまりにも多く嘘を吐く人だったので、自分に対してさまざまな言葉を言っていましたが、あれも全部嘘だったのだろうなと思います。
などと会いたくありませんし、関わりたくありません。縁が切れてよかったです。
アルコール中毒だからうつ病で、レイシストで批判愚痴暴力を愛していたから孤独で、努力を嗤うから進歩がなく、そのために卑屈になり精神的不安定に陥る人でした。自らご自身の幸せを捨てていることを早く自覚して、悔い改めて欲しいと思います。
でも、自分自身はあの経験があったので、危険人物はすぐに離れることができるようになりました。ありがたいことです。
そういう人が幸せになるように、手を差し伸べなければいけないのだと思い込んでいました。全肯定をしなければならないと。でもそうではなく、そう言った方々ご自身の問題は、自ら解決する力があるのだとわかりました。
そして、自分は自分自身の目的のために時間を使うことが罪ではないと学ばせてもらいました。
〇〇さんに連絡しませんでした。なんだか嫌な感じがするので。そのうちします。ごめんなさい。
10億稼いで5億納税して3億寄付して2億で〇〇〇〇保護の活動がしたい。
今〇〇〇は送金できました。残り〇〇です。泣き言言わずに達成します。
そういえば、体重がとうとう〇〇kgになりました。げっそりとしていた部分は無くなりました。
これまでの違いとして、下半身はそれほど問題はありませんが、上半身に皮下脂肪がついた感じがします。
まずは背中を重点的に鍛えて、健康的な体型に近づけようと思います。
体重は、気をつけていたら一日で1kg減っていたので、明日から3日間は-1kgを保持し、4〜6日目は-1.5kgを保持。と言ったふうに、恒常性が働かない範囲の緩やかさで筋肉を増やしむくみと不要な脂肪を削っていこうと思います。
明日は抹茶ラテ、カプレーゼ、納豆麦飯を食べようと思います。〇〇さん、に連絡します。
理由あってこちらを利用していますが、人に読んでいただくために書いておりません。ご感想は不要です。推敲研鑽はしませんので、お手を煩わせるだけの結果になるでしょう。
私たちはいつから肉食になったのか?日本人の肉食の歴史を徹底解説!
https://intojapanwaraku.com/culture/48024/
疲れている時、あるいは気合を入れて勝負に臨みたい時、もちろんなんでもない時にでも「お肉食べたい!!」と思うことはありませんか? 焼き肉、から揚げ、ハンバーガー、さまざまなお肉をわたしたちはすぐに食べることができます。しかし、こうしてお肉をなんのためらいもなく食べられるようになるまでに、わたしたちのご先祖さまたちは葛藤を繰り返してきたのです。
日本人の肉食について『肉食の社会史』(山川出版社)の内容と、著者である上智大学教授・中澤克昭先生のお話をもとに追ってみました。
うつりかわる肉食への考え方
日本史の教科書などで「文明開化」の言葉とともに「牛鍋」を食べる人の絵を教科書などで見て、なんとなく近代(明治時代)以降に肉食が始まったと思っている人は圧倒的に多いのではないでしょうか。けれども中澤先生によれば、肉や魚を食べることは、伝統的な食文化だったそうです。ただ、平安時代からは「食べないことが高貴な身分のふるまい」「食べるのはいやしい」と思われるようになったとか。また、家畜は労働力を提供してくれる大切な存在であり、食べる対象としては見ていなかったようです。
3世紀ごろの日本(ヤマト)には、誰かが亡くなった際、喪主は肉食をがまんする習慣があると『魏志倭人伝』に書かれているそうです。これは「物忌み」のひとつとして肉食を慎む「禁欲」だったと考えられています。つまりこの時点では日常における肉食は「禁忌」ではなかったのです。その後、6世紀に仏教とともに「殺生」を「罪業」とする考え方が伝来します。喪に服したり何かを祈願したりする時に肉食をガマンする習慣と仏教の殺生罪業観、このふたつが融合して、のちの肉食忌避(タブー)につながっていくのです。
しかし、肉食忌避が強まるのは中世からで、古代には天皇も肉を食べていました。天皇は各地でとれたものを食すことで統治していることを示していたからで、イノシシやシカも食べられていたことが、さまざまな記録や古代の遺跡から出土した木簡からわかっています。中澤先生によれば、「大地を象徴する生き物を狩ることで土地の所有権を確認する儀礼でもあった」と考えられているそうです。
古代には禁欲の対象だったお肉も、平安時代になると禁忌つまり忌避されるものへとかわっていきました。たとえばイノシシは何世代も飼育されるとことで「豚」という家畜になりますが、奈良時代にはヤマトでも豚が飼育されていたそうです。ところが平安時代になると、食用に育てられている動物が確認できなくなります。野生のイノシシを食べることは続くので、家畜は食べないほうがよいというメンタリティを持っていたことはまちがいなさそうです。
「天神さま(菅原道真)の牛のように、神話や伝承の世界にも動物は出てきますが、家畜を食べるという物語はまずありません。タブーだったのです。死んだ家畜、いわゆる斃牛馬(へいぎゅうば)はいわば産業廃棄物で、専門の人々によって処理されましたが、その仕事にあたっていた人は捨てずに食べていたと思われます」(中澤先生)。ただ、そのことは公の記録には残っていません。馬刺しも牛の内臓(ホルモン)も食べられていたはずですが、身分の高い人には忌避されていたのです。おおっぴらに食べられるようになったのは、近代以降ではないでしょうか。
新鮮な馬肉
では、鶏肉に関してはどうだったのでしょうか。「鶏も『時を知らせる、占いをする』という性質が強いので、おおっぴらには食べられていなかったと思います。卵は食べたはずですが、それもあまり記録にのこっていません」(中澤先生)。闘鶏に使われた軍鶏などは「筋肉質で硬くて、現在の鶏ほど美味しくなかったでしょうね」と先生はいいます。「牛も体脂肪が少なく、現在の『霜降り』のような食感とはほど遠かったのでは」とのこと。
なお、近代以前に肉を地方から京都や江戸へ運ぶとき、塩漬けにするか干し肉にする場合が多かったそうですが、キジの新巻や干し肉も存在していたとか。案外さまざまな加工肉があったそうです。……鮭では見たことがありますが、鳥が新巻にされるなんて想像もつきませんでした。また、少し前にグルメ界を席巻していた熟成肉もあったそうです。遠くから生で運ばれた場合、その可能性が高いとか。よく食べられていたのはシカやイノシシでしたが、貴族社会の宴会ではメインディッシュとして鳥のキジが好まれたそうです。焼くだけでなく、刺身でも食べられたそうですが、味付けは摂関家であれば、ひしお(現在の味噌・醤油の原点と考えられている調味料)や酢などが使われたと考えられています。
肉食を考えるうえで必ず登場するのが「鷹狩り」です。鷹狩りは、神々へのお供え物の調達手段としても大切で、仏教の殺生禁断の思想が広まってからも続けられました。古代には貴族の間で行われて、鷹狩りのための狩場もつくられ、鷹狩りに用いる鷹の繁殖のために狩猟や入山を禁じた巣山や巣鷹山と呼ばれる山もありました。その後、貴族から武家に権力が移ると、キジだけでなく白鳥や雁もよく狩られるようになり、小型の鶴が狩られたこともあったようです。武家の食事のマナーでは、鷹狩りの獲物は箸ではなく指で食べることになっていました。食材としての価値が高く、食べ方にも特別な作法があったようです。
江戸時代になると、徳川家康が好んだ鷹狩りを、代々の将軍が受け継ぎ行っていました。江戸幕府第5代将軍・徳川綱吉が発した「生類憐みの令」のころまでは史料上確認できますが、その後しばらく姿を消してしまいます。復活するのは8代将軍・徳川吉宗のころ。吉宗は徳川家康を尊敬していたので、家康が好んでいた鷹狩りを復活させたようです。その後、大政奉還が行われ明治新政府が発足した後は、鷹狩りは大名の特権ではなくなりました。明治天皇も御料場で鷹狩りを行ったようです。在位中の天皇が狩猟に出かけたのは、白河天皇が1073年に嵯峨野で鷹狩りをして以来のことでした。天皇は800年ものあいだ狩猟をしていなかったわけですが、この800年はそのまま武士の時代と重なっているのが興味深いところです。
明治天皇は1872年に牛肉を食べましたが、近代以降もしばらくは肉食に対する忌避感がありました。しかし、食の欧米化や大規模な多頭養豚経営、乳用種雄の肥育牛の食用への転用などにより、1955(昭和30)年ごろからは急速に肉食が一般化していきます。結果、戦後生まれの世代からは肉食があたりまえの世の中になって現代に至ります。食肉生産が進み、ブロイラーが出てきたからこそ「帰りに焼き鳥でちょっと一杯」ができるようになりました。そんな生活も高度成長期にようやく成立したもので、まだ現在のような「お肉を食べたい」「お肉を食べよう」の歴史は50年ほどしかないのです。
一方で2030年ごろには、世界の人口の増加が食肉生産を追い越してタンパク質が足りなくなる「プロテイン危機」が起こるという研究があり、昆虫食の研究などが進んでいます。今のようにお肉を食べられる時代は、日本史のなかの、ほんのわずかな期間で終わるのかもしれません。
「動物を殺す」肉食に対してはさまざまな意見もありますが、人間の食欲がそれを抑え込んでいるのが今の時代です。お肉はいつでも好きなだけ手に入りますし、食べることもできます。「中世には動物を殺すことやそれを食べることがタブーとされていましたが、実際に食べる人は少なくありませんでした。うしろめたさと食欲との葛藤があって、そこからさまざまな言説が生まれました。現在も肉をめぐってさまざまな問題があります。もう少し葛藤があっても良いのかもしれません」と中澤先生は言います。「お肉が食べたい」という気持ちを自由に満たせる今だからこそ、食文化についてちょっとだけ考えてみませんか。
心強いと思う
優秀な人ほど未来をみているなあ
1950年代に描かれた手塚治虫の漫画「ジャングル大帝」の中で、動物たちの共食いをやめさせるために人工の肉である「人造肉」を作る場面がある。
そこからおよそ70年。
“培養肉”のいま
筋肉の細胞を培養して増やし、固めることで肉にする“培養肉”の技術。
きっかけは、2013年にオランダの研究チームが発表したハンバーガーだった。
ただし、作るのにかかった値段は総額3000万円以上。
大量生産は難しいものの、培養肉が料理として使えることを示し、世界を驚かせた。
ことし6月、鶏肉の培養肉を大量に作ることができる工場が誕生した。
細胞を培養するためのタンクを7基備え、1日に最大で500キログラムの培養肉の製造が可能になった。
こうした技術によって、ハンバーガーのパテ1枚にあたる100グラムの原価が3.9ドル、日本円にして450円ほどにまで下げることができたという。
国内で販売の許可がおりていないため、食べられるのは従業員だけ。
アメリカの食品企業がホテルのレストランで、培養肉をつかった料理を提供している。
価格は一皿およそ2000円。
(GOOD Meatの担当者)
「今、培養肉を扱う企業は爆発的に増えています。世界の食肉市場は巨大で、私たちの力だけでは足りないので、今、多くの企業が参入して来ていることをとても心強く感じています」
食糧危機に
世界中で培養肉の研究が進んでいるのはなぜか?背景には、世界規模の人口増加がある。
お祝いの日に「焼き肉」を食べにいく家庭もあるかもしれないが、経済的に豊かになると肉の消費量が増加するとも言われている。
人類が食べる肉の量は、2050年には2010年と比べて1.8倍に増えるという予想もある。
これに対して、既存の畜産では飼料となる大量の穀物や水が必要になるため、拡大が難しい。
食肉からタンパク質の摂取が難しくなる「タンパク質クライシス」が近い将来訪れるという懸念もある。
こうした畜産業では足りない部分を賄うために「昆虫食」や「植物性の代替肉」、それに「培養肉」などの新しい技術が注目を集めている。
アメリカのコンサルティング会社は、2040年には、世界の食肉市場の6割が「培養肉」と「代替肉」になり、培養肉の市場規模は69兆円になると試算している。
培養肉は、牛や鶏などの動物から少量の細胞を取り出して、動物の体の外で増やして作る。
広大な土地も必要ないため、将来、安く大量に肉が作れる可能性があると期待されている。
日本では、大型研究プロジェクト「ムーンショット型研究開発制度」などで培養肉の研究を国が後押ししている。
(太陽エネルギーを駆動源、藻類を栄養源とした培養肉工場のイメージ 画像提供:インテグリカルチャー)
現在大量生産が可能なのはハンバーグなどに使われる「ミンチ肉」にとどまっている。
そこで日本の研究者が目指しているのが、サシの入った和牛のような培養肉。
大阪大学の松崎典弥教授は、ことし8月、和牛と同じ構造をもつ培養肉を作ることに成功したと発表。
「細胞の繊維だけかき集めてハンバーグ状にしているが今の培養肉の主流です。でもそれではステーキにはならないんです」
肉は、繊維状の赤身と脂肪、それに血管などが複雑に絡まっている。
そこで目をつけたのが3Dプリンターだ。
(3Dプリンター)
特殊な容器の中に細胞を入れ込み形状を保ったまま細胞どうしを融合させる手法を開発。
筋肉、脂肪、血管、それぞれの繊維を作ることに成功し、これらをくみ上げることで、和牛と同じ構造をもつ1.5センチほどの大きさの培養肉を作ることに成功した。
(できあがった培養肉)
この方法の画期的なところは、赤身と脂肪の割合を自由に変えることができるところにある。
将来的に家庭にある3Dフードプリンターで肉が作れるようになれば「お母さんは胃がもたれているからきょうは脂肪を少なくしよう」とか「高校生の長男はサーロインで」などと、気分によって作る肉を調節できると期待されている。
ただ現段階では繊維をくみ上げる作業は手作業で行っていて、松崎教授は、メーカーと協力しながら、自動でステーキ肉を作る装置の開発を目指している。
「いまは、すべての行程を食べられる成分で作っていないので、食べることができません。ただ和牛と同じような構造ができたので、食べたらおいしいと思います。これから先にいくためにはスケールアップをしないといけませんし、自動化の装置開発もしなきゃいけません。細胞を大量に培養する技術も必要になります。まだまだ新しい技術開発が必要です」
大阪にあるダイバースファームは、肉を寄せ集めたチキンナゲットではなく、焼き鳥で使うようなかたまりの鶏肉の培養肉を作る研究を進めている。
副社長の島村雅晴さんは、独自の技術で鶏肉を培養する方法を確立。
できるのは薄いシート状の鶏肉だが、それを重ね合わせることで、4センチ四方で5グラムほどの大きさの培養肉を作ることに成功した。
実は、島村さんは星の数で店を評価する世界的なガイドブックに選ばれるほどの腕をもつ料理人だ。
いま、特定の種類の魚が手に入らなくなっているのだ。
また漁獲高が減っているというニュースも聞いたり、仕入れ先の養鶏業者から「飼料の値段があがり、経営が厳しい」といった話も聞いたりしてきた。
(ちゅう房に立つ島村さん)
そうした中で、細胞から培養することで肉を作る培養肉であれば、今の環境を守りながら、新しい食の選択肢も増えると感じ、取り組みを始めたのだ。
国のプロジェクトの代表を務める東京女子医科大学の清水達也教授の研究室にも出向き、勉強した。
その中で、研究がメインの大学ではなかなか“食べる”ところまでたどり着けないことを感じ、清水教授を通じて再生医療の研究者を紹介してもらい、ベンチャー企業を立ち上げた。
島村さんは、みずから作った培養肉をコース料理の中の一品に加えようと試作を続けている。
培養肉は血が通っていないため、コクを出すためにみそを加えてつくねを制作。
こかぶらとシメジ、まごいも、金時にんじんとゆずを加え、あんかけをかけた料理などを作っている。
島村さんによると、培養肉はこれまでになかった薄さの鶏肉を作れるほか、骨が多くて食べることに適さなかった魚や、絶滅が危惧される種類の魚の肉を増やすこともできるという。
さらに、無菌状態でつくれることから、生の鶏肉やレバーなども気軽に食べられるようになるのではないかと期待している。
常連客の中には、培養肉の料理が食べられることを楽しみにしている人もいるらしい。
(島村さん)
「お客様に提供する食品なので、すべてを分かっておきたいので自分で研究も行っています。まだちょっと食べることができないですが、少し培養肉にも興味を持っていただけるような機会ができればなと思って、議論が始まっていくきっかけを提供したいと思っています」
安全性は?
これまで大阪大学とベンチャー企業の例を紹介したが、食べられないの?と疑問に思った方もいるかもしれない。
察しのとおり、日本では販売のためのルールが十分に整備されていない。
日本では去年10月、農林水産省のフードテック官民協議会の中に、培養肉のルールについて検討する細胞農業のワーキンググループが立ち上がった。
また、実用化に向け法整備や安全基準の策定を進める議員連盟の設立に向けた動きもある。
細胞農業研究会事務局の吉富愛望アビガイル広報委員長によると、主な論点は5つだ。
4. 名称
最終的な商品には、既存の食品や食品添加物として認められていないものが入っていなければいいのか。
日本は品質の高いブランド牛があり、畜産農家の細胞の知財をどう守るのか。
論点はたくさんある。
(多摩大学 ルール形成戦略研究所 細胞農業研究会事務局の吉富愛望アビガイル広報委員長)
「超高齢化社会が訪れる日本では、健康を意識して食生活送らないといけない人がいる。また、これまで動物愛護の観点でお肉を食べなかった人に対しても培養肉は需要があるかもしれない。日本にはいい食材がたくさんあるので、培養肉のもとになる質の高い細胞が手に入り、ブランド化ができるかもしれない。日本がいないところで新しい肉の世界基準が決められてしまわないように、ルール作りを進めたい」
科学技術振興機構の湯口玲子副調査役は、培養肉が普及するためには、情報の透明性が重要だと指摘する。
「培養肉が社会に受け入れられるために必要なこととして、2つポイントがあります。まず製造過程自体が安全なものであるかどうかということを、きちんと消費者の皆さんに伝えて理解いただけるかという点です。それからもう1点が、培養肉の原材料が体に取り入れて大丈夫なものであるということを、きちんと証明できるかどうかというところです。いずれにしろ、消費者と作る人とのコミュニケーションが重要な点だと考えます」
綿密なコミュニケーションを
迫るタンパク質危機に対しての選択肢の一つとして、大きな可能性を感じた。
一方、専門家が指摘しているように、消費者がどのように培養肉を受け入れるのか、また、畜産業との関係がどうなるのか、しっかりと議論することが重要だ。
https://www3.nhk.or.jp/news/html/20211121/k10013354981000.html
ほとんど当たり前のことなので、おもしろみがないかもしれません。
ブクマ0人からブクマ1人になるのはかなりハードルが高いです。
人の心理としても、ブクマ数0の記事をブクマするより、ブクマ数1の記事をブクマする方が楽だし、ブクマ数10の記事をブクマする方が野次馬になれるので気が楽です。
ブクマ数0から10までがとても大変なので、ここで自分がブクマするだけで難しさが下がりかなりバズりやすくなります。
逆に、かなり初期の段階で増田のブクマをしてる人は本人の可能性があります(炎上系でも)
ズルっぽいし、自分が書いたことを特定されたくないときが多いので、自分はたまにしかしません。
全く同じ内容でも、読む層が違うと全然違います。日曜日の深夜の層と、月曜日の朝の層は当然違います。
ちなみに今日の日付や現在時刻と、今回のこの投稿内容は特に適しているわけではないです。
確率の話なので、時間帯が違っていてもバズることはよくあります。運もあります。
増田のトピックにも流行があります。ほとんどはインターネットでバズっているものの話です。最近はラーメン評論家や政治の話でしょうか。
流行テーマに合わせると、いつもより皆の興味が向きやすいです。
それから英語やプログラミングやエロの話など、一年中バズりやすいものもあります。
わかりやすくタイトルをつけるとすると「中学英語レベルの実力だったけど留学してアメリカ人とヤッてたらTOEIC990点取った話」みたいなものは、内容の如何に関わらずブクマがつきやすいです。読まれなくても「あとで読む」という意味のブクマがつきます。
最初の10人がブクマしてくれると、はてなブックマークで新着として扱われます。
こうなると、内容さえ良ければ勝ち確です。「ブクマ数10」というのは、中身がクソ記事だろうがなんだろうが記事に対してある程度信頼性ができているので、Twitterでも拡散されはじめ、しっかり内容を読んでくれる人が現れ始めます。
あとは自動的に、ポテンシャルいっぱいまで増えます。ブクマ数0のときはタイトル見ても興味なかった人が、ブクマ数30まで来ると「そんなに読まれてるなら読んでみようかな」となってわらわらと寄ってき始めます。
このへんはもう餌で、ただの数字です。だんだんブクマをつける人1人あたりの価値が低くなっていくわけです。
ブクマ数1000になるような記事でも、最後の900人よりも、最初の10人のハートをつかむのが大事です。
問題は最初の10人の琴線に触れるものが何かわからないことで、ここがとても難しいです。
なんといっても、最初の10人というのは奇人です。増田系の記事をホットエントリに上げる最初の10人は「毎日のように増田を巡回する人」「毎日のようにはてなブックマーク新着エントリを巡回する人」「たまたまいつもと違う行動をしてその記事に出会った人」で構成されます。
こういう読者層を考えて、読者層10人が「おぉっ!これはっ!」と思う文を作るのは難しいです。バズり方とかいうのを書いてる自分でも、ブクマ数0のときは多いです。
なんだかんだで、リアル等身大の自分が思っている、感情を動かすようなもので、そしてレアリティの高い話は伸びやすいです。
「みずほ銀行に入ったけど限界なので明日死にます」「おいしい昆虫食ベスト10」みたいなタイトルは誰でも作れますが、内容を細かく書けて、業界裏話みたいなことを書くにはやはり多くの経験や魂の入った感情がないと無理なのではないかなと思います。
だいたい書いたすぐあとでは0〜10で止まっていることが多いです。力作を書いたのに2時間経っても0なので「だめだー!!」と思っていたら朝起きたら100になっていたり、書いたことを忘れて次の日の夜にはてなブックマークのホットエントリを見ていたら400になっていてびっくりすることもあります。
1000はさすがにあまりないです。1000はかなり多くの人に共通するテーマでなければいけないし、そしてレア度の高いものでなければいけないので難しいです。
ちなみにブクマで誰がどんなことを言っているのかは全てチェックしています。知人が自分を攻撃していたりするのでこの人はそういう性格なのかと思うときもあります。
なかなかおもしろいです。
以下は数値と感想です。
0: だめだった
〜2: 少なくともブクマした人がいた
〜6: おもしろかったようだ
〜600: 結構いったな
〜1500: やったー!!!!
たまにはさ、
知らない街の知らない大きな書店で
プディングが突然食べたくなる現象の青木まりこ現象になりがちなほど、
リアル書店に行ってきたわよ。
すっかりオンラインネットチューモン的なアマゾンでお馴染みで、
なんとか歩けたけど、
あの物量で攻められたら守れないわ!
ってよく分からないけど、
あんまり面白そうな本に出会わない自分好みの検索結果しか反映されないマイハート。
物理的な本の手触りとかものとしてのありがたみを感じるんだけど、
いかに宇宙空間でもエンターテインメント性を欠くことなく生活できるかってことに重きを置くべきだと思うし、
エンターテイメント性には困らないのかもね。
よく知らないけど、
きっとそう言った物は二の次でネッツでエンターテイメント性は調達してねってお達しかもしれないわ。
でね、
つまり炭素が循環する世界的なことを語ってる研究はなかったのよね。
野菜は育てられるとしても、
野菜ばかりじゃタンパク質不足に陥る問題はやっぱり昆虫食これしかりだと思うんだけど、
あ!じゃ
ああ大きな書店にまできてもまさかの青木まりこなのねって少しがっかりだったわ。
私もう一つあるの。
これは絶対出てくると思うけど、
今現在二酸化炭素であふれる世の中は地中に埋められた二酸化炭素を探すSF!
すっかり空気は綺麗になったけど、
過去地中深く埋められた二酸化炭素を求めて世界を駆け巡るカーボンハンター!って
ありそうじゃない。
近い将来そう言った未来もマジありえるかも知れないし。
前書いたっけ?
端っこに浸ける重りのカウンターどうやって持ち上げんだよ!って問題もあるし、
巻き尺みたいに巻き取られないかしら?とか
仮に上手く軌道エレベーターが成立するとしても、
まあちょっと宇宙コーナーの書店の棚には私の探していた本はハヤカワだったけど、
私喰らったんだけど、
思わず手帳買っても私手帳を超つけないのよねーって話をしていて、
ついには今年は手帳を買わなかったわ!ってところまで話したの。
本当のことを言うと、
手帳のことを忘れていて思い出した途端ほら!
あー、
いきなりもう書かなかった日1日目を迎えて、
本当に私の今年の目標は達成できるのであろうか?って
今年こそは今年こそは、
手帳をなんとか充実させたいところね。
あー思い出した途端にそうよ。
うふふ。
これっきゃないでしょ!ってことで今朝はこれで玉子キメました。
ホッツヒーコーと一緒に頂くと美味しいわよ。
ミントの葉っぱも少々適宜入れてみたわよ。
すいすいすいようび~
今日も頑張りましょう!
今回の年末年始はテレビ見なかったなー自慢の人がいたら注意よ!
って私私私!
ほとんど見てなかったわ、というか
ああいうのって見たら終わり!
終わりなところあるじゃない。
でも石川さゆりさんが
紅白で天城越えか津軽海冬景色かのどちらかを歌うのだけは知ってるわ!
これはテレビ見てる見てないのの話しではなかったわね。
あと、
他の時間はずっと本を読んでいたの。
1日中本を読んでたし。
そう言う言い方もありだわね。
そこまで体力が持たなくて睡魔に負けてすいませんだわ。
もうHDDの空き容量もないし、
そこも遺憾千万いかんせんなんとかしなくちゃいけないところだし、
今年も今年とて
録画コンテンツを消化していく日々も忘れていたわ。
コツコツと日々観ていかないと。
消化に辛みを感じたら駄目よね。
でも空を見上げれば宇宙ステーションのISSがおおよそ90分に1回地球を回ってるってことらしくって、
どれがいつの初日の出かいったいグリニッジ天文台基準か分からないけど、
どれが本当の日の出かあんまり宇宙ステーションの人たちは意識していないのかも知れないわね。
そうなると、
将来宇宙ステーションとかに住む人の暮らしを描いた小説なぞを書くとしたら、
その宇宙ステーションに暮らす人たちの宇宙での体調や精神状態など細かく描写しなくてはいけないじゃない?
でもでもよ!
地球に対して水平か垂直かで
仮にスペースコロニーが細長い円柱型の直径1キロメートルほどの筒だとして
それが地球に対して水平か垂直か、
もしかしたら、
一旦は本に書ききれない分の設定も頭の中で構築しているんじゃないのかしら?
って壮絶な想像力よね。
また細かく考えると、
あんまり野菜とかいわゆる家畜とかの食料なんか作れないのかも知れないし、
そうなると、
味はどうか分からないけど、
食べ慣れてるけど、
スペースコロニーの食事に度肝を抜かれるシーンも考えなくちゃいけないし、
逆もしかり
色々な食べ物を食べるけど、
日頃食べ慣れてないから
そう言った文献が本当にないナリよ。
もういきなりコロ助にもなりたい気分ナリよ。
本当にいったいどうなるのかしら?って
そんなテレビなんか観ている暇はないし、
考えているといつまででも時間があっても足りないぐらいよね。
まだ冒頭だって書けやしないじゃない。
そうなると少しツッコミどころがあっても
きっと面白い本もあるんだなぁーって
意外ともうなんでもあり考えてもん勝ちなのかも知れないわねガチで。
うふふ。
また買ってきて三日月型にカッツして
すいすいすいようび~
今日も頑張りましょう!