はてなキーワード: 浪人とは
長時間労働に耐えられず逃亡し、非正規で働きながら就職試験の勉強をしている。
ある事務所の面接で君は無計画に逃げているだけだ、どこでもいいから正社員に就職してから転職活動するか、働かず試験勉強に専念するかどちらにしろとアドバイスを貰った
正論だと思
ただ、現在も正社員を目指して就職活動をしているがうまく行ってないし、働かずに親に頼っても結果が出ず長期間の浪人になった場合家族へ重い負担をかける事になる。
計画性がないと言われても退職した時点で全ての計画は狂ってるわけで…
とは言え、最初の職場も元々長時間労働が常態化していた職種であり、自分もそれを承知で就職したのに耐えられず退職したのだから見通しが甘かったことは間違いない。
また働きながらの就職活動が難しいという事も事実であり、結局就職期間が長期化すれば家族へ迷惑をかけることになる。
まぁ一発で再就職できてれば何の問題もなかったんだけども…意思が一貫してないと言われても挫折したり就職できなかったから他の道を探したのであって…でも意志薄弱で無計画的なのは事実だからなぁ
いずれにしろ、どこにも就職できなければ非正規で食いつなぐしかないわけだ
自分は進学実績で名の通った高校の二年生だ。ここまで読んで「自慢か」と思う人がいるかもしれない。
だけど、一応私について書かせてほしい。
私が今の学校(中高一貫)に入学した時、親族にちやほやされた。
「将来は東大だね」とか「親族一の天才」とか言われて、正直うぬぼれていた。
で、私はこのころ周りを見下すようになっていた。
進学校へ行っている人はわかると思うが、入学していくらかは、学校の勉強をせずとも
受験知識でそこそこいい成績が取れる。学校の中でいい成績を取った私は、
同級生まで馬鹿にするようになった。私は勉強で手を抜くようになった。
学校の先生が「自分の力で勉強しなさい」と言う意味もわからずに、だ。
ちなみに私は中学の時は塾へ行かなかった。塾へ行くのを馬鹿にしていたからだ。
結果は言うまでもなく、悲惨だった。学校別の順位で、私は半分より下だった。
東大の判定は「D」だった。
勉強から目を背けようと部活に熱中した。気付いたら陰キャラになっていた。
ついこの間、私は塾へ行くことにしたが、
この間のセンター同日試験は900点中700点しか取れなかった。
同級生は750点とか800点とか取っているのに、
やっぱり同級生に追いつくことができない。
ふと立ち止まって、「なぜ東大を目指しているのか」考えてみた。
日本一だし、親が行けって言ってるし、同級生みんな目指しているし……
(ちなみにこのことを同級生に相談したら、「高卒で働け」と言われたorz)
それでもなぜか東大へ行きたいし、行かなきゃならないという気持ちが私の中にある。
多分「東大目指すのやめろ」と言われても目指してしまうと思う。
もうセンター試験まで一年を切ってしまった。東大の二次試験もあと400日くらいだ。
主要科目を固めて、副教科をやって……明らかに一年足りない。
http://anond.hatelabo.jp/20161215080543
今さらだけど、このエントリとおすすめに出てきた関連のいくつかを読んで愕然とした。
家族・親族に旧帝大卒はもちろん、東大卒も何人もいる家庭で育ちました。
おそらく、関連エントリーで描写されていた「高学歴の家の子」にあてはまるのではないかと思う。
正直に言って、関連エントリを読んだときの自分の気持ちは「悲しい」でした。
私は自分が勉強したことを知っているけど、決して頭がいいわけではないことも知っています。
高校受験のプレッシャーから解放された私は、中学後期から高校前期にかけてろくに勉強をしていませんでした。その結果、大学入試に本腰を入れて取り掛かる頃には散々たる模試の結果ばかりでした。
そして、数年のブランクをたった一年でとり戻せるような頭の持ち主でもなかった私は当然のように浪人しました。浪人中に必死に勉強したからなんとか今の大学に入れたわけです。
兄弟も同じです。そして、高校時代の友人も、大学に入ってできた友人も(努力しなかったから成績が悲惨だった時期があったのかはともかく)、大多数はものすごい努力をして成績を取ってきている。
私は高学歴の世界とやらに生まれた特別な人ではないし、優れた何かを持っているわけでもなく、ただ愚直に勉強しただけです。
高学歴の世界だなんて、そんなよくわからないものをいつのまにか背負っているのだとしたら、怖すぎる。
その日、何かの授業が自習になった。大学受験を控えていた自分は当然にみな勉強をするものだと思っていた。が、クラスメイトの大部分はバレーボールをするために外に行ってしまった。教室に残ったのはほんの数名だった。地方都市の偏差値60程度の高校とはいえ、大半が大学を受験するはずだったので、さすがに驚いた。
実際、周囲はかなりのんびりしていて、浪人するのが当たり前だった。「浪人してから頑張る」と公言して憚らない奴が結構いた。
自分は「現役で受かるつもりで頑張らないと、浪人したとしてもろくなところに行けない」という話を鵜呑みにしていて、高3の夏ぐらいからは真剣に勉強をするようになった。そのおかげか、高3の最初には学校内で最底辺をさまよっていた成績も順調に上がり、秋ごろには校内でかなり上位に位置するようになった。
もっとも、それは所詮、三流進学校のなかでの話。結局、現役では志望校に合格できず、浪人をすることになった。だが、予備校でもそれなりに努力を続け、翌年には東京のそれなりに偏差値の高い大学に合格した。それを機に上京、就職して家庭をもったいまも東京で暮らしている。
合格した直後には、本当に自分の努力が誇らしかった。苦しい受験生活をなんとか乗り越え、同じ高校に通っていた連中のほとんどが行けないような大学に合格した。そんな時に頭に浮かぶのは、冒頭で書いた自習の時間の話。他の連中が遊んでいる間に自分は勉強した、だからこの学歴は自分の力だけで勝ち取ったのだと本気で思っていた。
しかし、それから長い時間が過ぎ、貧困や格差に関する話をいろいろと読むようになった。親が勉強や進学に理解を示さない家庭や、勉強のための時間的、金銭的余裕がない家庭が日本にもたくさんあるということを知った。大学進学率が都道府県によって全く異なり、2016年春のデータによると東京だと大学進学率は7割を越える一方、鹿児島では35%しかないという。どんな家庭で、どんな地域で生まれるかによって大学するか否かは大きな影響を受ける。
考えてみれば、自分が実力で勝ち取ったと信じていた学歴も、実際には恵まれた家庭に育ったという要因に支えられていたことは明らかだ。自分が高校生のころから諸事情で親の懐は急に暖かくなり、金銭面では何の心配もなく高校や予備校に通うことができた。自宅にも集中して勉強に打ち込めるスペースがあった。多くの大学の受験料も支払うことができたし、何より東京の大学に通うために一人暮らしをさせてもらえた。これほど恵まれた家庭環境を踏まえるなら、自分がなした努力など、ほんのわずかな要因にすぎないと分かる。
しかしそれでも、大学に進学するか否か、どんな大学に進学するかはその後の所得に大きな影響を与える。自分の大学の同期を見渡しても、大手企業に勤めている奴は多く、平均所得はかなり高そうだ。都心の高級タワマンに住んでいる奴も結構いる。自分もそこまでではないが、世間一般の平均からすればかなり高額の給料をもらい、余裕をもって家族を支えることもできている。
自分がフェアな競争を勝ち抜いてきたわけではないことは分かる。だから、教育機会に恵まれない子どもの話を聞くと、後ろめたい気持ちになる。景気への影響もあるから、一概には増税が良いとは言えないものの、教育機会を充実させるために使ってくれるなら多少の増税も喜んで受け入れたいと思う。
戦後、日本の知識人の多くが左派的な立場を支持したのは、このような「後ろめたさ」があったという話を聞いたことがある。大学進学率が今よりも遥かに低い時代、例外的に大学に進学できた富裕層の子供が、自らの特権性を自覚するほどに左派的なイデオロギーに吸い寄せられていったのだという。自分は知識人などではないが、そういう後ろめたさはなんとなくわかる。
その一方で、世の中には自分よりも遥かに厳しい環境を生き抜いてきたにもかかわらず、富の再分配に反対する人もいる。生存者バイアスというやつなのか、自分が厳しい環境を生きてきたからこそ、努力さえすれば成功すると信じ、富の再分配には否定的になる。補助を増やしたところで、怠け者がもっと怠け者になるだけだ、という発想があるのかもしれない。
結果、自分のようにぬくぬくとした環境で育ってきた人間が富の再分配に賛成し、それより遥かに厳しい環境で生き抜いてきた人がそれに反対するという、どうにもいびつな構図が生まれる。
自分よりも遥かに厳しい環境を生き抜いてきた人が、社会の支援よりも本人の努力が大切だといった話をするのを聞くと、やはり経験に裏打ちされた言葉は強いと感じる。自分の立場が偽善的だと言われれば確かにそうで、空理空論という感じがどこかにつきまとう。
しかも、自分の子供のことを考えると、現状のような機会の不平等があってくれたほうが、都合が良いとも言える。競争がよりフェアになれば、それだけはじき出される可能性も高まる。
だがそれでも、学歴は自分の力で勝ち取るもので、肉親の支援以外をあてにするべきではないなどと言うつもりにはなれない。なんというか、それは人として言っちゃだめな感じがするのだ。
凄い今さら感があるが、Deep Learningのフレームワークのchainerの作者が日本人だと知って、開発者のサイト覗きに行ったら、すごく珍しい苗字で良く知ってる名前で、すぐに知人だと気づいた。
いやいやいやいや、どうして彼方と此方が陸続きだと言えるのだろう?
半信半疑の目には、大人びた雰囲気が加算されてたら小さめの実写アイコンじゃ全く分からなくて、プロフィールをつい探してしまった。修士卒業年2012年。浪人したから一年違いで、つまり動機だ。学部。どこだったかな。さらに辿ったら、中学、高校......54期生とあります。自分もそうです。本当にありがとうございました。
紛れもなく、一時期一緒に登校してたくらいには親しかった(と自分が思い込んでいた)元クラスメイトだった。
好きなテレビ番組のどんなSEなら今の心境にあうのか、みくりさんじゃあるまいし、俺には全く分からない。
まだ高校生だった頃、文転する前も彼がお昼休みに知人と黒板を囲んで議論していた内容はほとんど分からなくて追い付けない感じがあった。そして今、卒業から十年以上経過してニライカナイに行っちゃったんだなという自分勝手な寂寥感に襲われてる。
任天堂の岩田さんの同級生みたいにいつか語れる?そんな贅沢ができるほどにはまだ、自分の道は到達線には程遠い。言葉も出てこない。
最近給付金奨学金給付金奨学金言われてるのを見聞きしてて思うんだけどさ、
お金をかけずにこの問題を改善(解決とは言わない)するために社会人枠の拡大をするってのはどうよ。
お金がなくて大学に行けないっていう問題の数ある躓きの石には、高校卒業から間隔をあけることなく大学に行くからっていうのもあり、この場合は各家庭の経済力に完全に依拠することになる。
とすれば、この各家庭の経済力への依拠を部分的なものにするため、浪人したと思って高卒で一年二年働いて学費を貯めることで大学に行く、というのが選択肢の一つとしてあってもいいんじゃないか。
どういうわけか日本では(といっても他所の事情は知らないが)こんな風に異様にライフステージの順序についてこだわる人が多い気がする。高校を出たら切れ目なく大学、それから新卒で正社員に就職っていうパターンとか、青春時代は恋愛に明け暮れなければならないとか、いい年こいてフリーターは恥ずかしいとかそんなの。
閑話休題。
金を貯めて大学に行けと言っても、現状では働きながら勉強するというのはまる一日勉強できる現役生に対して学力において大きな不利になる。
意識の高いはてなーたちならわかると思うが、一日働いて疲れて帰った後に「さーて勉強するか!」って気にはとてもなれない。
差は開くばかりだ。
さて、そこで社会人枠の拡大拡充だ。
ただ単に必要教科を減らすなり面接をするなり小論文やら経済事情の説明の書類を書かせるなりやり方は各大学が決めるとして、これによって貯金浪人にある程度下駄を履かせれば、貧乏な家の子でも意欲があれば学習の機会をある程度持つことができる。
しかもありがたいことに、似たような効果を得られる割りに給付金奨学金とは違って直接金がかからない。これが最大のセールスポイント。
できることなら学校に行きたい子全員が無負担で学校に行けることが望ましいし、これが100点満点の解決策だ。
しかし、社会人枠の拡大によって0を100にすることはできないまでも、0を10、20にはできる。
100点満点の解決策に固執し、一挙に解決を図るのではなく、こういう部分的な改善の積み重ねこそが近似的に100に近づく最短ルートだと俺は思う。
父親が死んだとき、生命保険金の半分を母親の額面にすることになった。兄弟の総意だしそれは問題ない。
受取人が俺になっていたから、俺が管理して毎月母親に送金することにした。月20万。でも10年も持たずに使い切ってしまう。
ところが母親は20万では足りないと言ってくる。ペットの病気だの何だの。
だから月22万送金するようになった。減りは早くなった。
でも働ける体じゃないし、大変そうだから、俺が地元に帰って家でも買って生活費用を抑えようと提案してみた。
家を探そうとしたけど、なかなか良いのが見つからない。1700万円ほどの家を見つけたら、そこは部落地区だから止めろと言ってくる。
場所とのバランスを考えて母親が気に入ったのは2700万円ほどする場所。まあ、でもそれは俺のためもあって言ってるんだろう。だから怒るということはなかった。
他の地区と色々検討しているときに、「もし結婚したとして、子供のことを考えるなら、荒れていると評判の地区は困るなあ」と俺が言うと一言。
あのさあ…。俺の金を何だと思ってるんだ?
俺は中学生の時、公立の2番手校に行きたがった。それを言ったら1番手校じゃないなら学費は出さない、と怒鳴ってきた。これは完全に見栄だけの理由。後から公立高校の学費なんて高校生自身でも全然問題なく払えるレベルだと知ったことは置いておく。
結局、私立の特待生で学費免除になったんだけど、それでも俺の教育費が高いと文句を常に言われた。バスの定期代が高いとも言われたから学期の途中から自転車で通うことにした。片道40分。
それだけなら普通だろうけど、小遣い1円もくれないからバイトもして、特待生を切られないために勉強もして、成績は学年トップ5には常に入っていた。
浪人はしたけど(浪人中の生活費や受験に関する金は母親も父親も一切払っていない)、良い大学に入って名のしれた場所で働いている。
俺は間違いなく努力して、悪くない結果を出していると思う。
「勉強なんかしても何の役にも立たない。勉強しか取り柄のないお前は人間としての魅力がない。運動出来ないノロマ。運動が出来る従兄弟は格好良いな。本当にお前は格好悪いな」
ずっと言われてきた。でも勉強を続けてきた。
やっと手に入れた俺の結果を、かつて俺を馬鹿にし続けてきた母親は当てにしている。
家でも買って、なんて言ったのが間違いだった。家を買った後の生活費は俺が中心で出すことになるだろうけど、そもそも現状の生活費の切り詰めからからしておかしいから、いくら持っていかれるか検討もつかない。
母親は「生活が苦しくて、おかゆだけの日が続く」とか言ってるんだけど、ウォーターサーバーをもう何年も置いている。解約を提案したら絶対に逆上して会話にならないから言わないけど。
この間なんか、携帯電話ショップに言われて家にWi-Fi接続を導入したらしい(俺は見ていない)。でも実家はパソコン置いてないんだよ。通信機器は母親のスマホだけ。そのスマホはちゃんと回線繋がってる。Wi-Fi要りますか?
Wi-Fiの解約を提案したら「解約手数料がかかる」ってさ。Wi-Fiに金を2年払い続けるのとその解約手数料今すぐ払うのと、額面計算して比べてくれよ。
こういうのをポンポンと契約されかねない。その解約の度に金がかかって、所得に対して支出が馬鹿みたいになりそうだ。
逆に、前にトイレの換気扇を俺が付けっぱなしにしていたら(俺は自分の家でもずっと付けている)、凄く文句を言ってきた。付けないことによって節約しているらしい。それで一ヶ月の電気代いくら浮くんだよ。付けっぱなしでも300円程度だろ。こういうところで自分は節約上手の生き方上手であるかのように振る舞ってくるのも疲れる。
で、月20万円で過ごせないのが信じられないから、月の支出を見せてくれ、削れるところを見直していこう、と言うと「何でプライベートなことをお前らに教えないといけないんだ」とキレる。
一緒に暮らしてやっていける気がしないよ。
育ててくれた恩は感じているけどさ、俺が母親から受け取ったのって、一般的な家庭からすれば遥かに少ないんだよ。それもありえないレベルで。
暴力・暴言の虐待は日常茶飯事だったしな。夫婦喧嘩の仲裁を子供たちでやったことなんて数え切れない。
すねて飯を食わないと言い出した母親におかゆを作ったら、「しつこいんじゃ!!!」と怒鳴ってお椀をゴミ箱に突っ込まれたこともある。
それなのに俺が、一般的な家庭における息子が親に渡すものよりも遥かに大きな世話をする必要ってあるんですかね?
というか、俺がいるから母親は俺の金を当てにしてくるんだよな。元々俺は家の中で存在するはずのなかった子供なんだし、いなくていいよな。
残額800万に俺の取り分を加えた1000万を全部送信して、バックレようか。
【追記】
予想以上の反響で驚いています。応援の言葉をくださった方にお礼を申し上げます。ありがとうございます。
いくつか補足をしておきます。
・他の兄弟
兄弟も手伝ってはくれています。帰省のときに小遣いを母親に渡したりしているそうです。自分は小遣いは渡していません。
本文からも退場したわけではなく、見直しを提案したときには同席してくれていました。母のセリフが「お前らに」となっていたのはそのためです。
ただ、結婚していたり、正社員ではなかったり、ということで面倒を見るのは自分以上に困難と思われます。精神的にどうかは知りません。
・年金
評価は受けていたと思いますが、受取人が自分だったのは評価されていたからではなく、母を受取人に出来ない理由があったからです。(法的にどうなのか分からないので書きません。役所からはこの回避方法で問題がないという回答をもらっています。)
だから母は自分が本来の受取人であり、「管理してもらっているのではなく、預けているだけ、本来は自分の金である」ことを主張します。
贈与税がかかるから一度には渡せない、ということで自分の扶養に入れて、生活費を送っています。(ここは法に触れたら金を没収されるものなので母もすぐに言うことを聞いた)
税金の話をするまでは、「私が正当な所有者なのに、あいつは私に金を渡さない。100万ぐらい持ってくるのが筋だ!」と兄弟に愚痴を言っていたそうです。これは傷つきました。
・文章力
ごめんなさい。元々上手い方ではないのですが、それに加えて感情が爆発しそうになっていたので、何を書けば自分の感情が読み手に伝わるのかよく分かっていませんでした。
思い出したエピソードを詰め込んだ感じです。
10日ほど前に、やはり腹が煮えくり返って書いたものがありますので貼っておきます。ただ、一部ノイズをかけようとして情報に齟齬があります。両方にリンクを書き加えたのを以て本人だと見なして下さい。
自分語り。かいつまんだつもりですが長くなりました。ごめんなさい。
http://anond.hatelabo.jp/20161204200529
・「生んで~」
自分は母親に生んでもらっていません。兄弟は母親の実子ですが。自分は母親と養子縁組をして母親を扶養に入れています。ちなみに実母は実母で嫌いです。
http://anond.hatelabo.jp/20161219005939
【追記2】
騒動の最中に、母に「それなら増田じゃなくて姉と一緒に住むっていうことを考えてみても良いんじゃない?」と言ってみた。
母の回答は「それは私も考えたけど、すぐに良い人見つかったらって思うとなあ……(だから住むなら増田)」であった。
姉が母と一緒に住んだとして、再婚すれば母から再び独立する未来が見えている。
anigoka
「ふざけるなッ!俺たちが来たのは
そんな台詞を聞くためじゃない。
奴隷でいいって言うんだなッ!
nekora
「そんなに激しく振らならないで、anigoka。
これじゃ排泄したくてもできなくなるわ。」
「いきんで何になるというんじゃ。
緊張は痛みしか生み出さん…。
わしらは今のままでいいんじゃ。
ないし、食うにはこまらん。」
anigoka
そこにあるかぎりそれは変わらない。
自由が欲しくないのかッ。
清々しい生活をしたくはないのかッ。
ヴォルスタの誇りはどこへいったんだ!」
「あんたたちが何もしなければ、
括約筋解放軍だかなんだか知らないが、
あたしたちには関わりないことだ。
あんたたちと同じことを言ってた括約筋は
半年前の排便で切れたよ…。
あたしのいぼ痔を治しとくれッ。」
マジレスする。そういう自立した女性で未婚の人が多い場所知ってる。
医歯薬獣医の六年制の大学に多浪して入ったとか再受験や学士編入で入った女性は未婚で妙齢で自立心ありで結婚願望もある。これは女性だけでなく男性も然り。
彼等彼女らは長い間を浪人等で過ごしたことで、メンヘラではないのに同年齢層のマッチングに失敗して未婚というパターンが多い。
資格職で稼ぎも安定してるし、学歴等知能も一定レベル担保されてるし、地方問わず受験して一人暮らしして家事スキルも身についているパターンが多いから是非検討して欲しい。あんたのように地方住まいなら共働きで高収入家庭になると思う。
彼等と知り合うなら、高校時代の知り合いで医学部浪人してた人繋がりで紹介してもらうと良い。医学部の再受験組同級生を紹介して貰えるはず。医学部受験失敗して歯学部や薬学部行った友達とかでも良い。
今や国立歯学部は女性の方が多い(学年男女比で女性が8割近くのところもある)。
まああんたが「学部に拘って年齢重ねた時点でメンヘラお察し」とか言うようなレベルなら、殆どの人が男女問わずメンヘラ認定になってると自覚すべき。
Twitterで回ってきたので、これと付随するいくつかのブログの記事を読みました。とても興味深くて面白かった。
父親はサラリーマンではないけれど、リンクした記事の高学歴の世界の住人の特徴(?)には大方即していると思う。
私立小中高を出てそのままの流れで大学生になった。浪人する人はいたけれど、大学に行かないという選択肢を持つ同級生はいない。
「実は日本に大卒ってそんなにいない」という文をみて本当に驚いて、大学進学率を調べた。だいたい50〜60%くらいらしい。
これが多いのか少ないのかは正直わからない。でも、大学に行かない40%強のことを自分は知らない。今数値としては知ったけれど、実感はない。どうやって生きてるのかもわからない。自分の世界にはいないから。
ギャンブル中毒とかホームレスとかも同じで、情報として知ってはいるけど知らない。
ギャンブル中毒の話はNHKでやっていたし、ホームレスは夜の新宿駅で見た。
極端な言い方をすれば、自分はそういう人たちを「同じ人間」だと思っていないのかもしれない。少なくとも、圧倒的少数派だとは思っていた。1億2千万の日本人のうち、ホームレスは新宿駅にいる十数人だけで、ギャンブル中毒なのもTVでインタビューしていた数人だけだと、理解とは別に感覚的にそう思っている。
だって身の回りにそんな人はいないのだ。新宿駅は日本でも有数の大きな駅で本当に色々な人がいるから、人口の0.01%にも満たないような人たちが存在するとしか考えられない。そこから電車で10分離れた田舎にある最寄駅では、地面に寝ている人は酔っ払ったサラリーマンか具合の悪い人で、ダンボールと生活用品を持っている人は倒れてないのだから。
大学で知り合った友人が高校の時にアルバイトをしていたという話を聞いて、すごい!偉いね!と言ったら怒られたのを覚えている。世間では珍しいことではないらしい。
けれど自分が高校生のころ、ローソンで冷凍庫に入った高校生の写真が炎上した時、友人との間で「高校生なのにアルバイトしなきゃいけないなんて大変だね、かわいそうだね」という話が出た。当たり前に高校生でアルバイトをする=普通ではないと思っていた。
同じ大学内、ある程度似通った生活環境の人が集まるところですら齟齬が生じる。
「普通」は自分の育った環境で定義されてしまうし、その枠外を理解はできても実感することはかなり難しいように感じる。
溝は確実にあるだろうけれど、基本的に人はその溝に無自覚だと思う。溝を超えること、価値観を理解することは可能だとしても同じ価値観で生きることは多分できないのだろうなと思った。
たまに思い出してはウジウジ引きずってる、高校の頃の話です。どっかに供養すればすっきりするかなと思って、ちょっと書いてみます。
これでも大分削ったんですがだらだら書いてると長くなってしまいました。お暇なときにお読みください。
嫌味に聞こえるかもしれないけど、私は勉強しなくても授業をそれなり聞いてればテストの点は取れるような、要領の良い人間だった。
周りの評価は、別に直接言われたわけじゃないけど「優等生」だった。生徒からも教師からも多分そう思われてた。
校則はきっちり守るし。授業態度良いし。成績も良いし。コミュ障で地味な根暗だから、ツンとしたつまらない真面目ちゃんって思われてんだろうな。
私は「怒られること」が嫌い、というか、恐怖すら感じる。小中で何度か理不尽にキレられたトラウマからなんだけど今はそれはどうでもいい。ともかく怒られるということが怖かった。
校則守って授業ちゃんと受けてれば怒られることはないでしょ。だから真面目だった。ちゃんとルールは守るべきだとかそういう使命感?正義感?みたいなのは、別にない。私は本当は優等生なんかじゃなかった。
それで高校でも授業ちゃんと聞いてたら、さっき書いたように要領がいいから、テストの点は勝手についてきた。
それでますます私には優等生イメージがついた。そのせいか、私は教師たちからバリバリ期待された。
私が通ってた高校は、俗に言う「自称進学校」で、教師たちはみんな私を大学に行かせたがった。
でも私は大学に行きたくなかった。
私は勉強が嫌いだああああ!!!キャンパスライフも待ってなくていいぞおおおおお!!!
興味のあることの勉強なら楽しいけど、興味がないことの勉強ほど私にとっての苦痛はない。
私は両親も、複数いる兄もみんな高卒だったから大学に行くっていうイメージがそもそもなかった。大学は将来なりたいものがしっかり決まってる人が行くみたいなイメージだった。私は特になりたいものもないので、高卒で適当に事務職とかに就職する気満々だった。
あと、私の家は貧乏な方で、大学に行くお金を用意するのはキツかった。親は優しいから何も言わないけど、私も早く稼いで親に楽させてあげたい気持ちがあった。
じゃあなんで自称進学校に来たのかというと、家から近い高校を適当に選んだら自称進学校だったんですよ。馬鹿ですね。
そしてこれは私の性格の面倒くさいところなんだけど、周りが抱く私の「優等生」のイメージを裏切りたくなかった。というより、そのイメージを壊したときの周りの目が気になった。なんというか、目立ちたくなかった。勉強サボって、成績が落ち、優等生ちゃんが急にグレた!とか思われたくなかった。
今思えば、別に落ちぶれても大して何も言われなかったと思うけどね。自意識過剰なんだよね。
おかげでガンガン成績が上がった。周りの評価も期待も上がった。
2年の担任は、私を大学に行かせたくてたまらないようで、公務員になるって言っても聞いてくれなかった。
勉強したくないとは言いにくいので、お金がないと言い訳すると、奨学金がどうのとか、高卒で公務員になるより長い目で見れば大学に行ったほうが得だとか、出来るんだから進学しろとか言われた。
若干ノイローゼ気味になりつつ、じゃあ第二希望として大学を考えときます、と言った。担任は嬉しそうだった。
そして何を隠そう、3年の担任、これがタイトルにある大嫌いな教師です。
今書いたらそういえば2年の担任もひでぇや!と思ったけどそれまで忘れてたほど3年の担任が嫌い。でもタイトルにある通り、尊敬してたんです。
あの人の授業、本当に分かりやすかった。今までのどの教師の授業より一番分かりやすくて、面白くて。得意科目だったこともあるけど、一回テストで満点をとったのはどう考えても彼の授業が良かったから。
とても頭が良くて、言ってることはだいたい正しいと思えたし、本当に理想の教師像で、尊敬していた。
公務員目指すと言うと、ちょっと残念そうな顔されたけど一応応援してくれた。
そして迎えた公務員試験……
いくつか受けたけど全滅でした。あのね、いくら勉強できてもコミュ障は公務員なれない。
もしこれを読んでくれてる人で公務員目指してる人がいたら、適性試験の勉強はそこそこにしてとにかく対人能力を鍛えて。そして面接の練習をたくさんしてください。健闘を祈る。
それでも私は懲りずに、浪人して来年また公務員目指そうと思ってた。だって給料いいんだもん。休みも多いんだもん。
担任は、専門学校ならまだ間に合う〜とか言ってやはり進学を勧めてくる。
しつこいんですねこれが。でもその時は私はまだ彼を尊敬してたので、進学も視野に入れるようになりました。
じゃあどうせなら自分がやりたいことを考えて、向いてない公務員じゃなく、何か将来の夢を作ってそれを目指してみようかな…と思うようになった。
そして考えて、決めた。私はパソコンが好きだからプログラマーになろう!と。
安直に見えるかもしれないけど、いや実際安直だったかもしれないけど、プログラマーという職に実は前から興味はあった。適性もそれなりにあると思ってた。でも、絶対なりたい!!ってほどでもなかった。大学行くくらいならならなくていいや、って感じ。それほど、大学に行って勉強ってのが私には地獄に思えた。
でも進学進学言われるし、じゃあいっそ情報系の専門学校に進学してちょっとなりたいと思ってるプログラマーを目指してみるか、と思った。
基本勉強は嫌いだけど、興味のあることの勉強なら楽しめるはずだし。
そして調べた。実家の近くに、情報系の専門学校があるじゃないか!
パンフを見ると、わあ楽しそう!C言語や、他にもいろいろ情報系のことが学べるようだ。これなら楽しめそう。プログラマーになれそう。レベルも低めで、まあ私なら余裕で受かるだろう。ここにしよう!
嬉々として担任に報告した。ここ行きたいです!とパンフを渡した。
お望み通り進学してやるぜ…と、したり顔で職員室に行った。
もう私は既に進学したつもりになって、これから学べるいろんなことに思いを馳せていた。
担任に怒られるまでは。
私が選んだ学校は、レベルが低いことからも推測できるけどあんまり良くない学校で、情報系のくせに就職先は花屋とかホテルマンとか情報関係ない場所ばっかりだった。
私はパンフの楽しそうな授業内容のとこだけ見て浮かれてて、就職先のところを見てなかった。
「何でこの学校選んだの?」
私は怒られるのが怖いんだ。
泣きそうだった。実際目に涙が溜まってた。よく耐えたと思う。
「プログラマーになりたいって言うけどプログラマーなんて高校生でもなれる」
「そもそもプログラマーが何か分かってるのか。お前はよく分からないものを目指しているのか」
「C言語なんて俺でも出来るし今は使われてない。今はjavaの時代だ」
「授業が楽しそう、で学校を決めていいのか。大事な進路なのにそんな適当に決めていいのか」
尊敬してたんですよ。彼の言ってることはだいたい正しいと思ってたんですよ。
そんな尊敬する、いつも正しい人に、全否定されたんですよ。キレ気味に。恐怖ですよ。これ書いてる今も、ちょっと泣いてる。それくらい怖かった。
だけど、恐怖と同時に少しずつ苛立ちも覚えてきた。
適当に決めたって。確かに今思えば適当だったかも、安直だったかもしれないけど、私は私なりに考えてあの学校にしたんだ。お前らが進学進学うるさいから!自分の興味のあること、学びたいことを考えたんだ!!!
こっちの気も知らないで。何をもってして私が適当に進路を決めたと言ってるんだお前は。勝手に決め付けるな。私の思想をお前が!勝手に決めるな!!
あとこれは今だから思うことなんだけど、プログラマーを、C言語を、馬鹿にするな!!!
当時は詳しくなかったことは事実なので、そうなんだ…って鵜呑みにしたけど、今なら言える。
プログラマーは立派な職業。それを高校生でもなれる底辺職みたいに言って。お前が使ってるスマホもパソコンも洗濯機も電子レンジも全部全部プログラマーがプログラミングしてるから動いてるんだ!!
C言語も大事な言語。お前の言うjavaだって構文はCから引き継いでんだよ。馬鹿にするな。馬鹿にするな!!
こんなこと言われたせいで、私はjavaが嫌いになったよ。javaに罪はないのに。javaは便利なのに。あいつのせいでどうしても好きになれなくなってしまった。javaって聞くだけで思い出して、涙が出そうになる。
怒りが募って、もう、嫌になった。
そんな時に降りかかってきた、
「何でそんなに大学進学が嫌なの?」
「勉強が嫌いなんです」
これをはっきり言った。
そうしたら、呆れたようにため息を吐かれた。
「じゃあもういいよ。お前の人生だし。勉強から逃げたいなら逃げれば?」
そうさせてもらいます、とは言えなかった。言いたかったけど。そんなこと怖くて言えなかった。
もうこのままどこにも進路決定せず卒業しちまえと思った。
2年で散々勉強させといて、まだ私に苦しめというのか。
甘えだって言いたいのか。
こんなことなら。
テストなんて白紙で出せば良かった。授業なんて寝てればよかった。
そしたら誰も、私に、進学しろなんて言わなかった。
数週間後、担任が、私が選んだ学校より就職先もしっかりした専門学校のパンフを持ってきた。
そこでは私の興味のある、情報系のことも学べるようだった。
そこに行くことに決めた。
それで今、その学校の2年生です。
就職先が決まりました。来春から晴れてシステムエンジニアになります。
結局あの人が正しかったんです。
あのまま意地はって自分で選んだ学校に行ってればC言語学んで花屋にでもなってたんでしょう。
あのまま意地はってどこにも行かず卒業してたら最悪ヒキニートにでもなっていたことでしょう。
私が間違ってたんですよ。私が勝手に逆ギレしてたんですよ。そうですよ。
でも、正しい、正しくないは置いといて、私にとってあの人の言葉の一つ一つは私のトラウマになったんですよ。
先生。
この学校を勧めてくれてありがとうございます。
でも、私、
この時期になると、自分の思う道こそが正しい道だ!と信じた学生が、また一人教室から旅立っていく。
その様子を見ていて、「試験は夏にやった方が良い」と思うようになった。
この国試の受験資格は大学の関連する学部卒が必須であり、誰にでも広く受験資格のある試験ではない。
裏を返せば、国試に合格し、免許を取得できなければ、世間を納得させる就職はできない事の方が多い。
また、大学受験浪人生の1年とは違い、20代中盤での1年はその重みが違う。
それはたぶん、冬のせいだ。
もちろん、大前提に、大学受験のような上を目指すために浪人したのではなく、
たった一つしかない目標を達成できなかったせいで浪人するような人間なのだからというのがベースにはあるが、
寒さが精神状態を下降させ、厚着が動きや考えを鈍らせているに違いない。
さらに、寒さが増して行けば試験日も近くなり、意識せざるを得ないようになるから、ますます追い込まれることになる。
試験日が近づくことのプレッシャーは、どの季節に試験を行っても解消できるものではないが、
7月の街全体が浮かれ始める時期に試験実施と定めれば、旅立つ学生も減るのではないだろうか。
話は変わるが、思い返せば高3の冬、
仲良くなった友人と過ごせる時間の終わりを意識する中で、お互い頑張ろうぜ!とはいうものの、
それぞれ別の方向へ進むための今を過ごしているという雰囲気が嫌いだった。
もし、高3の7月3週目ぐらいに試験が行われていれば、満足いく結果を出せれば7月4週目から、浪人が決まっても8月2週目ぐらいから、
最後の夏を楽しむことができ、
秋になれば、「第一志望には合格したものの、このまま大学へ行く以外の道もあるのではないだろうか」などと、思いにふけり、
冬になれば、いよいよ仲間と過ごせるわずかな時を大切にしながら、高校生活送れるであろうから、夏の試験が良いと思ったが、
これを書いていて、「でも、落ちた場合は、夏は楽しめるかもしれないけど、それ以降は卒業までずっとモヤモヤしながら
ブコメから勝手に想像しただけなんだが、ここら辺の人たちは高学歴ぽい。
asazuki508
私も同じような感じだった。おそらく、図学も得意なはず。化学は論理的な刺激があまりなくてつまらない。
kotobukitaisha
東工大に数学専門の特別入試とかあったはずだから、そちらを狙ったらどうか
nagisabay nagisabay
chazuke
高2ならまずまず。高3だと、浪人も視野に入れるほうが、、おすすめは阪大数学科
hidamari1993
英語もうちょいできないと辛いな
hyougoishin7
augsUK
自分の知ってる数学がもの凄くできる人は国語も英語も恐ろしくできた。脳のできが根本的に違うくらいじゃないと数学や理論物理で食ってくのは難しいのかなと思ってる。
Luigitefu
現役でこの時期この点なら余裕やろなぁ。なお、化学は物理と合わせての時間制限なので、多分物理に時間配分多く割振ったために低得点なだけと思われる。国語の点数が一番レア
まあ私も親の金を頼って生きてる身で人に文句をつけることはできないのだけれど
人から金をむしり取ることに特化した人間になってしまったことの、罪悪感みたいな、
そういうのを感じない文章で腹が立つ。すげーなってなる。
親の望まない大学に進もうとして「浪人しろ」といわれ、せざる負えなくなったり、
俺たちが返すといっていた奨学金を、結局こっちで返さなきゃならなくなったり、
お前より姉が生まれてきた方がよかったと怒鳴りつけられたり、
物心ついてから最初の記憶が母の「(母方の)祖母が嫌い」という話だったり、
お前が生まれたせいでリウマチになって、お前がいるからリウマチがひどくなったと責められたり、
行き場所がなくて、鬱になって、山手線に乗り続けて一日中ぐるぐるしたり、
そんな風ではないじゃない。どうせ周りに誰かいてくれたんでしょうに。
別に金には困ってない家族だし、弱らすだけ弱らして、もう嫌なことも少なくなったから、
それはもう済んだことにしているのだけれど
例の増田読んで絶対解消できないルサンチマンを植え付けられて不快。滅却滅却。
それで、派遣で溜めたお金で、学生やり直して望みの職にもつけて
親を死んだことにして、恋やら結婚やら、愛を紡いで楽しく生きようと思っていたのに。
己の醜さに潰れそうな日々を送る私は、解消しえないルサンチマン抱えて道徳的になっちゃって
あんな欺瞞に溢れた人間の方がよっぽど誠実で誠意のある人として愛されて、
愛してほしいと訴える私は一生汚泥の中でもがくのでは?という不安にさらされる。
なにが言いたいって、誰か手を差し伸べるのてくれる人がいるなら、
もはや勝手なメサイアコンプレックスだとしても、是非受けてみたいっていうこと。
言うほど怒ってもないので、増田の海に流して寝る。布団が温い。
http://anond.hatelabo.jp/20160930221521
へ。
僕も浪人生だし、同じように早稲田に落ちた。浪人していることとマイナスとか考えてしまうけど、こういうたぐいの考えは抱かない。僕の周りで遠くへ行ってしまって、地元を批判する人はあまりいない気がするし。それはそれで新天地と地元を比較する意欲に欠けて問題だって意識高い人に言われそうだけど。なんだかんだ遠くで大学生活送りつつも、地元もいまだに好いてる人が多い。
いい大学に行こうが行くまいが、そもそも大学自体に行こうが行くまいが、自分に属する属性を、自分が味わっている苦しみを知らぬもの─この場合は先に抜けた、か。─にああだこうだいわれて不快になる権利は十分にある。
それはそうと、たぶんこの増田の周りの問題って、浪人したこととかではなくて、周りの人が「地元批判」をしてるからってだけでなのではとかおもった。地元を批判されて腹立つって気持ちは、マイナスを埋める優秀さがあろうとなかろうと別に普通に持って良いものだと思う。自分らが新しい環境にいるからと言って、古い環境適当に馬鹿にすれば、そりゃあ馬鹿にされた方は怒る。べつに当然のごとくあって良いことだと思う。そして、怒って当然のバカにされ方をしたら、それを覆すような自分の利点を探したくなるのも、また自然だと思う。
大学に行った人は、現役で行こうと浪人で行こうと、「別のパラダイム」へと渡ったものだ。特に遠くの大学へ行ったもので、そこでの大学生活が大変楽しいというのならば、その時の「現在」を無条件に肯定し、それまでの自分、すなわちまだ「楽しい大学生活」となっていないものを否定しがたるということではないか。そして、かつての地元を、「古き批判すべきもの」の記号として消費しているのではないか。「商品は記号体系を表すだけで、現実を示してはいない。」消費者がキティちゃんという「記号」を消費するように、また古き悪しきものと、「別の環境に行けたもの」がやってるんだろうなあと思う。
でも、キティグッズが「現実からかけ離れたもの」であるのと同じように、この地元批判もまた、記号としての価値があるだけで現実的に地元に敵愾心があるわけでもないんだろうから、まあそうやって捉えて気にしないでおいて置くべきだと思う。「古き悪しきものの記号」としての批判であって、地元そのもの、「増田そのもの」への攻撃のつもりではないんじゃあないだろうかなあと思う。
昨年度は、東北大学の法学部に入学しようと頑張っていましたが、二次試験で不合格でした。
夏休みに、現役で大学に進学した友人たちが地元に戻ってきました。
数か月ぶりに会う友人たちは、大学生活のことを色々と話してくれます。
東京に進学していった友人は、地下鉄の何線が混んでいるとかなんとか言いながら、地元を馬鹿にしていました。
この話を聞くのが4月であったなら、悔しくて悔しくて友人に悪態をついていたと思います。
しかし、さすがに落ち着いたのか、話を聞いても悔しいという気持ちはなく、逆に、「来年はお前より良い大学に行くしなぁ」という感じで内心何故か優越感に浸っていたのでした。
振り返ってみると、どう考えても強がりでしかなく、悔しい悔しいと机に向かう方が健全であるように思います。
しかし、頭の中ではわかっているのに、そして事実浪人しているにもかかわらず、俺の方が優秀だという気持ちがぬぐえないのです。
浪人したことのマイナスを補う価値が俺にはあるという気持ちがあるのです。
この気持ちとどう付き合っていけば良いのでしょうか。