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2021-03-01

必読書コピペマジレスしてみる・自分オススメ41冊編(2)

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倉橋由美子聖少女

まり男性女性がとは言いたくないのだが、女性作家の描く知的早熟少年たちというのは、エルサ・モランテの「アルトゥーロの島」なんかでもそうなんだが、男性が描くときはまた違った魅力を発する。サリンジャー知的論理的自分を追い詰める子供たちとはまた別の硬さがあってよい。新城カズマサマータイムトラベラー」の高度に知的でありながら情緒は年相応な少年少女もいい。

さておき、これは近親相姦お話なのだが、印象に残っている描写は次の通り。主人公たちの仲間に大食漢の男がいて、しばしば生肉弁当の代わりに食らっている。回りの女子生徒たちも面白がって彼に餌付け(?)していたのだが、ある女子生徒がブルマーを入れていた袋の中に隠していたウサギを、生きたままで彼に与えた。血まみれで凄惨な場面でありながらも、大食漢は実においしそうに平らげていた。

例の文学少女から薦められて読んだことでも思い出深い一篇。

ミラン・クンデラ存在の耐えられない軽さ」

頭が良くてモテる男が主人公なのでいけ好かないモテること、たくさんセックスすることこそが人生の目的になっているような奴は理解できない。なんか知らないやつにいきなり人の部屋をのぞきまれ、「お前の人生にはエロスが足りない!」と叫んで出ていかれるような気分がする。しかし、これもまた祖国を追われた人間が、知性と皮肉現実適応しようとした姿なのかもしれないのだ。

それと、この本で感謝しているのは、さまざまな政治的活動に対して感じていた居心地の悪さを、「キッチュ」をはじめとしたさまざまな言葉言語化してくれたことだ。ポリコレを正しいと信じているのに、そこにあるどうにも解消できない居心地の悪さが気になる人が読むといいんじゃないかな。

あとは頭が良すぎて、多くの人が無視したり忘れていたりしていることが見えてしまい、幸せになれない著者みたいなタイプが読むと幸せになれそう。イワンカラマーゾフとか御冷ミァハみたいに、頭が良すぎて不幸になるというか、自分の知性をどこか持て余してしまタイプキャラクターが好きだ。

メアリーシェリーフランケンシュタイン

死体から作られた怪物がただただかわいそう。容貌醜悪なだけで化け物として追われ、創造主からも拒絶された彼の孤独を考えるだけで悲しくなる。まったく同じ理由で「オペラ座の怪人」も好きだ。どちらも間違いなく殺人者ではあるのだけれども、容姿馬鹿にされたことがあるのなら共感せずにはいられないだろう。関係ないけど、オペラ座の怪人ヒロインから振られたことを受け入れられたのって、やっぱり正面から振ってもらったからだよな、と思う。音信不通フェードアウトされたら怨念はなかなか成仏しない。

それと、これはSF的な感覚かもしれないが、人間離れした(時としてグロテスクな)姿を持つ存在が、非常に知的であるというシチュエーションがとても好きで、その理由から後述の「時間からの影」や「狂気山脈にて」も愛好している。

ロード・ダンセイニ「ぺガーナの神々」

架空神話ショートショート形式で述べられていく。ただそれだけなのにこんなに魅力的なのはなぜだろう。彼の作品基本的に短く、しょうもないオチ作品も割とあるのだけれども、時に偉大で時に卑小な神々の物語は、壮大な架空世界に連れて行ってくれるし、すぐ隣に隠れているかもしれない小さな妖精魔法も見せてくれる。

テッド・チャン「息吹」

あなたの人生の物語」とどっちにするかやっぱり迷った。映画メッセージ」の原作が入ってるし、増田で盛り上がってるルッキズムテーマ作品だってある。だが、寡作な人なのでこの2冊しか出していないし、片方が気に入ったらきっともう片方も読みたくなる。

表題作は、意識を持ったロボットのような存在がいる宇宙お話なのだけれども、そのロボット自分の脳をのぞき込んでその複雑な仕組みに心を打たれる。そして、世界を観察することで、何万年も経てばこの世界は滅んでしまうことを悟る。人間とは全く似ても似つかないロボットたちだが、やっていることは人間サイエンス、真理の追求という営みと本質的には同じだ。何かを知ろうとする営為の尊さについて語っている。得られた知恵で、自分たちも世界もいつかは終わってしまうと知ることになろうとも、知識を求める崇高さは変わらないのだ。

イワンセルゲーヴィチ・ツルゲーネフ「初恋」

学生時代自分女性に冷たくされる文学が好きだった。からかわれたりもてあそばされたり馬鹿にされたりする作品のほうが好きだ。そのほうがリアリティがあったから。寝取られ文学が好きなのもそれが理由だし、谷崎潤一郎作品も同様の理由で好きだ。

自分馬鹿にしていた少女が突然しおらしくなり、自分に近づいてくる。いったいどうしたことか、と思って期待しながら読んで、絶望に叩き落されるがいい。

イサク・ディネセン「アフリカの日々」

ライ麦畑」でホールデン少年が感動した本。アフリカ植民地で暮らす女性視点からその生活を書いている。友人のイギリス人が亡くなったとき、まるで故郷をしのぶかのように墓が深い霧に包まれたシーンがとても美しい。

個人的には、当時の基準からすればアフリカの人々に対して丁寧に接しており、評価も概して公平であるように感じた。ところどころ「有色人種特有の」といった表現があったり、アフリカ前近代社会とみなしたり、古い進歩史観は見られるし、植民地支配者側から視点批判的に読まなければならないが、色眼鏡比較的少ない観点に心を動かされてしまったのは事実だ。

植民地時代アフリカって、宗主国以外の人もたくさんいたこともわかって面白い。当時は英領東アフリカだが、そこにはスウェーデン人もいればノルウェー人もいる。古くから貿易相手としてのインド人だっている。独立後、彼らは日本人満州朝鮮半島台湾などから引き揚げたように、撤退したのだろう。植民地について理解するためにもおすすめ

J・R・R・トールキン指輪物語

はまった。十代の頃にとにかくどっぷりとはまった。今でも表紙のエルフ文字を使って誰にも読まれたくないことをメモするレベルではまった。

かに話の展開は遅い。重厚に過ぎる。設定を語るためのページも多い。しかし、この長大小説を読むことで、開始数ページで読者をひきつけなければならない現代小説からは得られない、長い旅をしたという実感を得られるのは確かだ。小説家には良き編集者の助言は必要だが、今のように急ぐ必要のなかった時代もあったことは忘れたくない。

中島敦「狼疾記」

李陵」や「弟子」や「山月記」じゃなくてなんでこれなのか、という声もするのだけれど、自意識過剰文学少年の思っていることをすべて言語化してくれているので推さずにはいられなかった。十代の頃の感受性は、何よりもこうしたものを求めていた。親の本棚にこれが積んであったのは幸運だった。

これは「三造もの」と呼ばれる中島敦私小説的の一つであり、世界の滅亡や文明無意味さに対する形而上学的な恐れや不安意識の片隅にある人間なら確実に刺さる内容だ。最後説教パートもさほどうっとうしくない。なぜなら、きっと文学少年文学少女たちは、その言葉無意識のうちに自分に投げかけてきたからだ。

ウラジーミル・ナボコフロリータ

膨大な知識と華麗な文体を背景にして、あらゆる性的な乱行を正当化してしまうのがナボコフ作品の一つの特徴である。語り手ハンバート・ハンバートは十代前半の少女を性の対象とする中年だ。自分初恋の思い出がどうこうとか述べているが、それだって言い訳だ。

しかし、この作品はただの小児性愛者の物語ではない点が油断ならない。少女ロリータはただ性的搾取されるだけの存在ではなく、自ら性の冒険に乗り出す。清純で清楚な少女という幻想は、最初からハンバート夢想の中にしか存在しない。ハンバートにはロリータ内面や考えなど最初から見えていなかったし、見ようともしてこなかった。

ただのスキャンダラスな本ではない。これは一人の身勝手男性心理の解剖である

新美南吉「屁」

ごんぎつね」の作者として知られるが、こんなふざけたタイトルの話も書いている。しかし、これは「自分は常に正しい、正しく道徳的であらねばならない」としてきた子供挫折を描いた小説であり、この社会弱者にあらゆる責任を擦り付けている様子を全く卑近話題から告発した話なのだ自分がした屁の責任かぶらされた、いつも屁をこいている少年への同情と軽蔑は、僕らの弱者への姿勢のものじゃなかろうか。

短いし、青空文庫で読めるのでオススメ

https://www.aozora.gr.jp/cards/000121/files/3040_47823.html

仁木稔「グアルディア」

遺伝学の発展が少し早かったパラレルワールド未来舞台にした愛憎劇であり、変身ヒーローものでもある。ただのSFと違うのは、さまざまな文化が変容を受け、再解釈を受けて受容されることまでもプロットの一部として組み込んでいるところだ。さらには疑似科学陰謀論社会関係も描いている。今、読まれてほしい作家の一人だ。

仁木稔作品は僕の好み、ストライクど真ん中なんだけど、世界史や文化史、自然科学物語論の素養がないと(かじるレベルでいい)作者の構想を味わい尽くすのが難しいので、滅茶苦茶売れる作品にはならなそうだというのは認めざるを得ない。現に舞台ラテンアメリカ日本人になじみが薄いし、シリーズの別の作品中央アジアだ。それでも、伊藤計劃と並んで、社会学なんてつまらないって誤解を解いてくれた大きな恩がある作家だ。早くこのシリーズ最新刊が出ないか、今か今かと待っている。

イザベラ・バードイザベラ・バード日本紀行」

明治一年日本都市から農村を実際に歩いて見聞した手記である。率直に衛生状態の悪さやはびこる迷信批判している箇所はあるものの、その率直さが当時の日本がどんなだったか身びいきなしに教えてくれる。現代日本人が近隣の、例えば東南アジア諸国を見聞して不満がる、偽ブランドの横行や衛生状態の悪さ、家畜との同居や騒々しさなどが明治日本ではごく普通だったってことは知っておいていいと思う。

著者は北海道にも足を延ばした。アイヌ民族について日本人よりも好意的に描いている場面もある。しかし、当時の西欧人の感覚でよくわからないのだが、「粗野な外見だけどとても優しい目をしている」と褒めた民族のことを、別のところでは「将来の可能性を閉ざされ民族である」と書く点だ。もしかして、かつての人々が持っていた、文明と野蛮の間にある壁・差異イメージは、僕らが直観するよりもはるかに深刻な差別意識内包した、強固な偏見に根差しものだったのかもしれない。単純な軽蔑どころではない、もっとひどい無理解に基づいた恐ろしい何か。同じように、キリスト教によってこそ日本の悪習は絶えるという発想がどこから来たのか。そういうことを考える意味でもおススメしたい。

ハン・ガン菜食主義者」。

とても面白かった。父の暴力を遠因として、あらゆる動物的なもの嫌悪するようになった妹と、ただやり過ごすことで生きてきた姉を軸に描かれた三連作。壊れた夫婦描写に優れる。

妹は最後には精神を完全に病んで、何も食べられなくなるのだけれども、彼女が持つ植物になりたいという妄念が、本当に精神病の患者さんを観察したんじゃないかってくらい、細部にリアリティがある。

姉はおとなしいのだが、自分はただ忍従し、やり過ごしてきただけで、自分人生を全く生きていなかったのだと、夫の裏切りによってやっと気づく。夫は夫で、そのおとなしい妻に対して息苦しさを感じている。他の家庭のように、怒鳴り散らしてくれたらどれほど楽か、と嘆くのだ。

韓国ってよく叩かれているけど、日本と同じように家族のしがらみとかとかで苦しむ描写が多いので、意外とわかりやすい気がする。

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2018-12-25

anond:20181225063038

宮崎あおい主演で3億円事件を扱ったテーマ「初恋」って奴が無駄に鬱っぽいぞ。

いや別に自体ちょっと暗いぐらいでgdgdのうちに終わるんだけど、エピローグで出てくる人遺さず…しちゃっててな。(ネタバレではある)

2018-01-26

劇中で一度しか流れないのに名曲アニソン

バンドリ「Don't Be Afraid」

ハルヒGod Knows…」

月がきれい「初恋」村下孝蔵カバー

・星色ガールドロップ「Twinkling Star

 

他ある?

 

【思い出した追記】

ガヴリールドロップアウト「ガヴリールの数え歌」

・冴えカノ♭「ETERNAL♭」

ごちうさ二期「タイトル不明(お洗濯の歌)」

2018-01-04

こんなに誰かを好きになれるとは思ってなかった

彼女のことが好きすぎる。

 * * *

これまでお付き合いとかしたことなかったし、片想いすらしたことなかった僕が抱える、はじめての気持ちだった。

去年の11月文化祭期間、ひょんなことからキャンパスの近くのファミレスで、ふたりで夕食を一緒に食べた。

女性と1対1でご飯を食べるのも、はじめてに近かったかもしれない。

でも、想像したより「恥ずかしさ」みたいなものはやってこなくて、ただひたすらに、楽しかった。

つの間にか、話は哲学的なところまで行っていて、人生を生きていく方法の話とか、何かを記憶する時の方法の話とか、恋愛とは、結婚とは何か、とか、そういうことをずーっと語り合っていた。

一度だけ、めちゃくちゃ僕が興奮して(互いの価値観の一致に)、握手をしたことだけ覚えている(後で彼女に、隣のテーブルの人にめっちゃ見られてたよ、と言われた)。

トイレに行くどころか、水を取りに行くことすら忘れて、語り合った。

気がついたら閉店の時間で、店員さんにやんわりと出て行けと言われてしまった。全然、話し足りなかった。無限に話していたかった。

人と話すのがこんなに楽しいことだなんて、20年くらい生きてきて、はじめて知った。

彼女に対して、これまでの人生で抱いたことのない、まったく新しい感情を抱いた。

うまく言語化はできなかったし、今ではちょっと変質してしまったような気がするけれど、あれは、紛れもなく、僕の「初恋」だったと思う。

 * * *

それから彼女めっちゃ活発にラインをするようになった。

同性の友人とたまに議論になることはあるんだけれど、異性とあんなにラインを使ったのもはじめてだった。

緊張とか、恥ずかしさとか、そういうものはあまりなくて(「あまり」と言ったのは、多少はあったからだ)、ひたすら、楽しかった。

色々なことを話した。

互いの考えていることを何とか伝えようとして、たくさんの表現を考えて、小さな画面を見つめ続けた。翌日が休日の時、一度だけ、朝になるまでラインが続いた。

議論がすれ違いそうになるたびに、お互いそれを何とか察知して、歩み寄って、互いの考えていることが何なのか、ちゃんと伝えようとした。汲み取ろうとした。

彼女は僕に、僕は彼女に、いつしか全幅の信頼を寄せるようになっていた。それが、たまらなく、嬉しかった。

で、ですね。

議論が行き違ったというか、これは完全に僕の勘違いだったんだけど、とっくに僕が彼女恋愛的な意味で「好き」だとバレてると思っていて。

でも実際は彼女が考えているのは別のことで。互いの思ったこと、考えていることは恥ずかしがらずに伝えることになっていたから、これも伝えないわけにはいかなくて。

結局、朝4時に彼女通話をして、自分彼女好意を抱いていることは伝えた。でも、別に彼女恋人にしたいという希望は(当時は)薄くて、これまで通りに色々お話できたらいいな、と伝えた。

彼女の方は全く想定外だったようで、こっちは恥ずかしくてそれどころじゃなかったんだけど、伝えた瞬間フリーズしていたことを覚えている。「え? わたし?」的な。

このタイミングで、敬語が取れた(先輩だったからね)。向こうから提案だった。

敬語じゃなくなると、それだけで距離が縮まった気がして、嬉しかった。

 * * *

それから、色々あった。

はじめて、彼女を下の名前で呼んだ時。恥ずかしくて声は震えてたと思うし、彼女から下の名前で呼ばれるだけで嬉しさが心の底から溢れてきた。

「恋」と「愛」を定義して、ふたりの間にあるのはどっちだろうって話した時。少なくとも「愛」はぜったいあるって結論になって、「愛してる」と言うたびに、言われるたびに、心が震えた。幸せだった。

こんなのただのバカップルだねって、ふたりで笑った時。お付き合いしてないのにねって。お互い、そういう作品摂取するのも好きみたいで、夢みたいだねって言い合った。楽しかった。

そして、クリスマス

意図したわけではないけれど、一緒に晩ご飯を食べた。いつの間にか、手を繋いだり、頭を撫でたり、そういうことをする関係になっていた。

ふたりともめんどくさい人間なので、ふたり関係定義したくなった。間違っても、ただの先輩後輩の関係ではおおよそない。ふたり関係に、名前をつけたくなった。

色々あったんだけど、とにかく。

彼女と、正式に(?)、仮契約を結ぶことにした。お互いがお互いを、自らの恋人にする、そういう契約を。

 * * *

それからというもの(それ以前からだけど)、毎晩のように通話を繋いで、深夜に朝に、「大好き」と言い合う怠惰幸せ生活を送っている。

好きな人に「大好き」って言われるのは当然嬉しいし、「大好き」って言うのも心の奥がじーんとして、とってもしあわせなんだな、と。そんなことすら、知らなかった。

彼女は色々な方面での自己評価が高くない(スペックは高いのに……)。

から、僕が「かわいい」って褒めると、すぐに「かわいくない」って照れるし、その様子がまた最強にかわいい

「だいすき」って言うと、タイミングによっては1秒くらい固まったあとうぅ~って唸ってばたばたして、「不意打ちずるい」とか言ってくるのがめっちゃかわいくて、だからつい「かわいい」とか声が漏れるとまた悶えて「もうしらない……」とか言うの、最強すぎるでしょ。マジで愛してる。

通話じゃなくてリアルに会うと、お互いがお互いの頭を撫でるの好き過ぎるの。

彼女は僕が頭を撫でるととっても優しい幸せそうな顔になって目を閉じて、ほっぺまで手が降りてくるとそこに顔を擦り付けてくるのがほんとかわいい

僕は僕で、彼女が慈愛に満ちた目つきで僕を見て頭に手を置いてくれるだけで幸福感が溢れてきて、そこから髪の毛の流れに沿って彼女が手を動かすと幸せで溶けちゃいそうになる。

手をつなぐのもとってもいい。

体のどこかが触れ合ってるってだけで幸せを感じるし(オキシトシン~~)、手をつなぐのなら街角でやってても一応許されるし。

恋人繋ぎってのやったのはじめてだった。接触面積が多くて幸せ

まだ、抱きしめたことは数えるほどしかないんだけど、彼女がそばにいる実感が湧いてきて、これもとっても幸せ

もっとぎゅーってしたいし、してあげたい。

というか、全部が幸せ

あ、一応書き添えておきますとそれ以上のことはしてないです。それ以上は結婚してから。僕はロマンチストなので。

 # # #

「はじめて」に、特別感を覚えすぎているだけかもしれない。

これから人生で、いくらでも、とは言わないけれど、こういうことは何度か起こりうるのかもしれない。

それでも。

それでも、僕は。今、彼女に対して抱いているこの気持ちを、多少の変質はあるにしろ、消えることなく、ずっと持ち続けられたらいいな、と。

そう、願っている。

そう在れると、信じている。




だいすき。

2017-08-11

ネタバレSHERLOCKシリーズ5の予測と、シリーズ4の断片的な感想

 シーズン5は、絶対にあるはず。カンバーバッチシーズン4の撮影時に、「シーズン5までの契約」とうっかりバラして怒られていたと、英国マスコミ報道されていた記憶が。

 主観的予測だけれど、シリーズ5では、シャーロックが、アイリーンモリーの間で揺れながら、さらマイクロフトがレディ・スモールウッドに対して、「恋心」を学ぶシリーズになるんじゃないかと思う。「探偵物語」ではなく、「探偵に関する(成長の)物語」と鳴り物入りで登場したSHERLOCKシリーズだけれど、「友情「家族」ときたら、次は「恋愛」でしょう。シーズン4のエピソード2の終わりで、ジョンからも「恋愛はキミを人として完成させる!」と力説されていたし。で、シーズンから経た歳月の長さを表現するために、ジョンとメアリーの娘・ロージーが「幼女」に成長していて、彼女「初恋」と絡めて登場させるんじゃないかと思っている。(「舞台装置としての、娘の成長」という役どころぐらいしかロージーに与えられていないんじゃないかと勘繰りたくなるほど、シーズン4ではストーリーに絡まなかったし。)

 それにしても、シーズン4のエピソード3伏線の回収っぷりは素晴らしかった。幼少期の回想シーンで、シャーロックビクターとの海賊遊びに入れてもらえなかったユーラスが水辺で、手に持った「飛行機」で一人遊びしていたのには、感心した。おもちゃ飛行機は丸みを帯びたデザインで、一見してユーラスの妄想のなかの飛行機との関連を想起しづいから(彼女孤独象徴飛行機」)。さらには、飛行機のなかで一人だけ目覚めていて恐怖に怯える少女(じつは妄想中のユーラス)に対して、マイクロフトが「街に飛行機が突っ込まないように、少女ごと飛行機を海に墜落させよう。そのために、少女希望を与え続けるんだ」という態度でいたのは、国家安全のために・両親の安心のためにユーラスをシェリフォードに閉じ込めて社会的抹殺させていたことと相同的だったのも興味深い。ジョンとシャーロックは、少女を救って町も助けようという態度だったけれど、まさにこれはエンディングでの妹ユーラスに対するシャーロック姿勢だ(ユーラスの孤独を救ってジョンを助けるのも、ユーラスとのコミュニケーションを諦めずにバイオリンの音でつながり、両親と兄を含めたホームズ家の絆を結び直すのも、どちらも飛行機の中の少女に対する態度と相同的になっている)。

 それからシャーロックたちがシェリフォードを訪れるために船を乗っ取った際に、「僕はシャーロック・ホームズ……海賊だ!」と名乗るけれど、あれは幼少期のシャーロックが考えた「サマラの商人」の別バージョンバグダッド死神出会った商人は、サマラではなくスマトラに逃げ、海賊になって長生きした=自分人生自分意志選択できる:シーズン4のエピソード1で登場)を継承していて、運命に逆らい覆す覚悟を感じさせる。

 ちなみに、このエピソード1の終盤には、黒幕だった秘書「ノーブリー」の名前を唱えることで、いつか傲慢になった自分を戒めて(メアリーを守るという誓いを破ってしまったことを思い出させて)欲しいとシャーロックハドソン夫人に依頼するシーンがあった。これも、「恋愛」というテーマと共に、未回収だ。ぜひとも、シーズン5で使って欲しいところ。

2010-08-19

http://anond.hatelabo.jp/20100819132433

なにがなんだかわけわかんないけど、だだだだだ大丈夫…!?

どういう人かは知らないけれど、尋常でない目に遭ったのにこういう風にさらっと書けちゃう増田子は、たいていの人生の荒波は越えちゃいそうな強靭かつしなやかなココロと、才気あふれるネタ師の魂を持ってる素敵なレディだと思うの!

そんな増田子の魅力をわかってくれる紳士が現れて、今度こそちゃんと心置きなく「初恋」できるように(今回のはノーカウントってことで!!)、寝る前に神様にお祈りしておく…

2006-10-22

[]

まだあげ初めし前髪の 林檎のもとに見えしとき

前にさしたる花櫛の 花ある君と思ひけり

やさしく白き手をのべて 林檎をわれにあたへしは

薄紅の秋の実に 人こひ初めしはじめなり

わがこゝろなきためいきの その髪の毛にかゝるとき

たのしき恋の盃を 君が情に酌みしかな

林檎畑の樹の下に おのづからなる細道は

誰が踏みそめしかたみぞと 問ひたまふこそこひしけれ

島崎藤村 「初恋」 『若菜集』)
 
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