はてなキーワード: 夏休みとは
ひまわり畑を背に佇む麦わら帽子と白いワンピースの少女との思い出はないけれど、自分の「夏」くらいは持っておきたい。
山梨の田舎に帰省したり、部活の合宿で琵琶湖周辺行って川遊びしてたのも夏っぽくはある。
それよりは小学校の夏休みに友達と学校のプール行って、ビート板でトンボ叩き落として腹抱えてゲラゲラ笑い転げてた方がなぜか鮮明に覚えてる。
小学生のおれ達にとって、そういう動物虐待は見つかったら叱られる結構な罪だったかもしれない。
水面上をブンブン飛び回るトンボを見て、どちらが始めるともなくビート板で襲い始めた。
高速で動くトンボにはよもや当たらんだろうと思っていたから、クリーンヒットした時には妙におかしくてたまらなかった。監視員の目線を気にかけつつ、「不良体験」の喜びにはしゃいでた。
高校の頃、真夏のど真ん中のクソ暑い日に友達と本牧へ釣りに行ったのもよく覚えてる。釣れねえなあとかボヤきながら他愛のない会話をしたりしなかったりして。
休憩スペースにあったカップ麺の自販機の物珍しさにはしゃいで、ズルズル啜りながら窓の外に広がる海を見てた。
遠くに浮かぶ客船を見て、あれはクイーンエリザベスか、いやぱしふぃっくびいなすかさんふらわあか、とか知ってる名前を適当に挙げながらバカ話してた。ググって答え合わせをしようとする間に水平線から見切れてしまった。
結局借り物の夏の心象風景を追い求めるよりも、自分の意志で動いていたのが大事なのかもしれない。
親の同行を振り切って、非日常へ飛び込む。つまらん事でガタガタ抜かす教員もいなければ、ちょっとした「失態」にも気を払わなければいけない学校空間の雰囲気もない。そんな場所で友達と一緒に少しハメを外してみたり。
父親に連れて行かれるものだった釣りに、初めて友達を誘って自分らで行ってみたり。くだらない話も尽きて、昼休みにはしないようなマジな話にまで及ぶまで並んで腰を据えてみたり。
まあ夏って冒険したくなるし。
最高の夏、更新していきたいぜ。
(本文です)
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どうしても書き留めておきたいと思った。昔の私のことを。
今は大学生だから何もできないけど、いつか受け入れて消化できたらいいなって。
私にとっての父は、経済的な支えであり、飼い主であり、服従すべき存在だった。
私が初めてキスをした人で、初めてセックスをした人で、初めて妊娠した相手で、「性」に関するすべての始まり。そんな存在だった。
父は、私が小学校1年生の時に家にやってきた血の繋がりのない人だった。私は実の父を知らない。
最初は子供好きな良い人だと思っていた。しばらくすると私に性的なアプローチをするようになり、小4で母が亡くなると同時に、「同情」「母の代理」「妹の盾」といった役割を私に課して、少しずつ私を性玩具に作り替えていった。
父の命令には従順に従うことが求められた。朝は父に犯された後学校へ行き、夜は私を凌辱する父のために夕食を作り、妹が眠った後、父の相手をしてから私は床に就く日々を送った。
※毎日というわけではありません
中3で私が他の男性の子を妊娠してしまったあとは、殴る蹴るの暴行を受けた。まるで自分の所有物が汚されたみたいに、すごく怒っていた。
それからは、私がどんな男性の相手もできると思ったのだろうか、父はときどき自分のお仕事の仲間を連れてきて私に相手をさせ、小銭を稼いでいた。
それ以外にも、アルバイト先の先輩から暴行を受けた。幸い妊娠はしなかったけど、もう限界だと思った。私は高3の夏休みに、貯めたお金を持って、妹を連れて家を出た。
今は、普通の大学生はしないであろう仕事(風俗嬢)をして、妹を養っている。自立、は一応できているとは思う。
それでもまだ、私の心は父への服従心で満ちている。なぜこんな気持ちになるのだろう。自分でもわからないところがある。
思い出す必要はないのかもしれない。でも、思い出さずにいることもまた難しいので、心の整理のために書き留めておきたい。
お話の順序とか、私の気持ちとか、これからどうしたいとか、いろいろ混ざってしまうと思う。わかりにくかったらごめんなさい。
さっき、「父に性的虐待を受けていた」と書いてるけど、実を言うと、虐待だと私自身が認めたというか、受け入れたのは、父と関係を持ってしばらく経ってからのこと。
ハッキリ認識したのは、やっぱり身体的な暴力を受けた中3の冬頃から。その年の夏に先輩からレイプされて、妊娠したことに気付いた父が身体的な暴力をふるったあの日からだ。
それまでは、いけないことなのはわかっていたけど、それでもどこか仕方のないことだと思っていた。
経験のない人には理解できないかもしれないし、そもそもこの話自体が「嘘臭い」と言われそうだ。今書いていることもきっと、非現実的というか、理解できないことかもしれない。
私は実のところ、父を憎んでいない。これは結果ではなくて、現状「憎めない状態」といったほうが正解かもしれない。
もともと実父の存在すら全く不明で、本当のことを言うと、「父親」という存在の感覚がわからない。見たこともないから。両親が仲良くしている家庭を見ると、とても不思議な感覚になってしまう。
私がこうして「父」と書いてはいても、それは、それ以外に呼べる称号がないからだ。性的な意味でいえば、25歳年上の愛人だったのかもしれない。
性的関係を条件に、生活費を出して養ってもらう。それだけの存在。つまるところ、私は7歳くらいからパパ活をしていたのかもしれない。
私と妹と母で生活していた時は、とても極貧だった。
母は身寄りもなく頼れる友達とかもいない感じ。元風俗嬢だったのは確かだ。
ちゃんとしたお店に勤めていたのか、それとももっとアングラな感じだったのかはわからない。
少なくとも、お金をたくさん稼いで貯金していたとかではない。本当に貧乏なお家だった。
なぜお金がなかったのかもよくわからない。けど、とにかくその日の食べ物も苦労していた。
子どもの頃って、どうしてこんなに苦しい生活なのか、なにもわからない。意識しようがないよね。
確かなのは、父が来てから、普通の暮らしができるようになったこと。
私は欲しいものもたくさん買ってもらえるようになり、行ったことのない場所にも連れていってもらえたので、父は楽しいことをたくさんくれる人だった。
もしかすると、子どもながらにその対価を要求されたなら、応えないといけないと思ったのかもしれない。
それこそ、父親なら家族サービスをして当然かもしれないけど、私にとって父は本当の父ではなく、なにかを買ってもらったり、どこかへ連れていってもらったりしても、どこか「していただいている」感があった。そういう関係だった。交換しあう関係。
そういう意味では、最初から最後まで、ずっと本当の”父親”としては受け入れてなかったのかも。
母が亡くなった後も、父はサービス精神旺盛な人であり続けた。私と妹と父の3人でいるときは、面倒見がよく、優しい父だった。外でもそうで、ご近所さんとのお付き合いもよく、「いいお父さんね」とよく言われた。
私や妹が体調を崩せば、しっかり看病をしたり、病院にも連れていってくれた。本当にお手本のような父だった。
思い返せば、母が存命の頃から、私の体を触ったり、舐めたりはあった。
それが性的虐待の兆候だと言われればそうなのかもしれない。ただ、私はそう認識してなかった。
今思えば、血の繋がっていない低学年のあそこをじっくり見たり触ったりするのは異常だとわかるけど、当時は悪意の可能性すら頭に思い浮かばなかったし、優しい言葉を掛けながらそうしてきたので、父親というのはそういうものなのかと認識していた。
「小4のころから虐待」と書けるのは、母が亡くなった後の父の要求を「嫌だ」と感じ始めたのがそれからだったから。もちろん、もう少し前から「本当はダメなことなんだ」という意識はあった。
いろいろ勉強もするし、心も成長するし、男女の違いも意識が芽生えてくるので。
でも、上記のとおり、父親と娘とはそういうものなのかと思っていた。誰かに話すこともしなかったし、話す必要があるとも思わなかったし、訂正してくれる人はいなかった。
私には疑問がある。
父は、一緒に暮らし始めて、「そういう気」を起こしたのか、元々私を狙っていたのか。
きっと、増田の人たちからすると、「そんなことはどうでもいい」と言われると思う。私のことなんて他人なんだし、父にされたことに変わりはなく、私が被害者なのも変わらないので。
ただ、私は父を憎めていないので、きっとこういう疑問が頭をよぎるんだと思う。
つまり、一緒に暮らし始めてそういう気になってしまったのなら、私は心のどこかで父を許してしまいそうで、元々そういう気なら、父を悪者に定義しやすいのかも。
「いや、ただのレイプだよ」と言われるかもしれない。第三者から見ればそうだと思うし、実際そうなんだと思う。
でも、10年間も一緒にいた私にとって。人生の半分、一緒に生活して、子どもから大人になる時期に一番近くにいた男性は、私にとってなんなのか。どうしても浮かんでしまう。
母が亡くなってから最初の1年くらいは、手や口を使った行為で、さらに半年も経つと、私は父の精液を飲むまでになっていた。
嫌だったかというと、嫌だった。でも、やらないといけないことだと思ってた。それが大人になることだと思ってた。
単にその行為がというのではなくて、「嫌だと思うことでもやらないといけないことがある」ということ。
具体的には、亡くなった母親の代わりに、私は嫌な事でもたいへんなことでも、家庭の平和のためにやらいないといけないって思ってた。
「誰かに相談すればよかったんじゃない?」って思う人もいるかもしれない。
でも、私は父と娘はそういうものだと思ってた。
「おかしくない?」って感じるかもしれない。そう、おかしいよね。でも私は「父親とはなにか?」を知らなかった。生まれてずっといなかったので。「父から見て娘とはなにか」を知らなかった。
そういう意味では、冒頭で書いたように、私は彼を本当の意味で「父親」とは認識していなかったんだと思う。本当は性的関係を持つ男性でしかなくて、でもそれを一緒に住んでいるという理由で「父親」だと定義していた。
いま私は、風俗の世界で働いている。一応、自立してると言えるのかもしれない。
精液って、人それぞれに味が違う。体臭も違うし。私は父の味と匂いを今もはっきり覚えている。
そんな私でも、不意に処女を奪われたのはショックだった。
身体的な苦痛もあったけど、本能的に大切なものを壊されたと感じたし、あの日、あの夜は、もう普通の女の子ではいらなくなったと
いう実感が体中に広がった。
でも。そう感じるのは自分がわがままだからと思っていた。大切な妹がいたので。守ってあげないといけない。
私がイヤだと思うこと=私のワガママ。そうだと思った。私がイヤだという理由で、父のしてほしいことを拒絶するのは無責任だと思った。
今これを読んでる人からすると、意味不明だと思う。狂ってるか、下手な官能小説みたい思われるんだと思う。
処女ではなくなったその日から、7年間。父と関係を持たない週はなかった。
計算したら330週くらい。毎週毎週毎週毎週。何日も連続。朝晩繰り返し。そんな日もあった。
一番多いのは、夜寝る前。妹が寝てから。そういう日は、父からいろいろなサインがある。私たちは言葉にしなくても通じ合っていた。
妹が寝てから、父の部屋に行って。たいていは人形・オナホ扱い。でも、ときに恋人のように扱われることもあった。愛しい娘として扱われることもあった。父のその日の気分次第で。
私は、どんな扱いを受ける日も、不満は言わず、父が人形を求めるならお人形になり、恋人を求めるなら恋人になり、お父さんが大好きな娘を求めるなら愛しい娘になった。
それが母がいない、この家族での私の役割で、誰にも言ってはいけないことで、私はそうやって父を愛すべきだとも思っていた。
学校に行く前にされることもあった。
妹には絵本を読んでてもらったり、タブレットで動画を見てもらっていたり。行為のあと、何食わぬ顔で妹と一緒に集団登校の場所に行き、みんなと一緒に笑顔で学校へ行く。
口の中で受け止めた日は、臭いが残っているので、マスクを付けた。中で受け止めた日は生理じゃないのにナプキンをつけて学校に行った。
父が仕事でいない日は、学校から帰ってすぐなんてこともあった。私の日常だった。
嫌だと感じないわけじゃないけど、学校でも普通に嫌な事や嬉しいことがあって。
心のエネルギーはそっちに使うので、ちゃんと応えさえすれば特に害のない父との行為は、なにかを感じるだけムダだという感覚になっていった。
同時にそれは、自尊心が壊れていたんだと思う。
そんな父も、私が学校で不当な扱いを受けたときとかは、味方になってくれる。
思春期だから、友達ともいろいろある。小学校高学年のときも、ちょっと数人を巻き込んだトラブルがあって、一方的に私が悪いってことにされてた(担任にも嫌われていたし)。
私が父に相談すると、父はかなり積極的に担任と話をして、私の気持ちを代弁してくれたり、味方になってくれた。
正直言って、心強かった。私は父がいないと困る。生活面でもそうだけど、どこかで心強い存在でもあって。
これだけしてもらえるなら、私は私にできることで父を喜ばせないといけないとも思ってた。
ただ、中学に入ってからは、イジメられていることは打ち明けられずにいた。
それはきっと、主に性的なイジメを受けていたからで、父に話すと父はイヤがるだろうと感じた。
中学生なんてまだ子どもだけど、男と女がどういうものか分かってきていた。
正直言って、学校でされていたことを打ち明けたら、父は私を汚物のように捨てると思った。
実際、中3で妊娠がバレたときは、殴る蹴るをされたわけだし……妊娠発覚後は、明らかに父の態度が変わった。
表向きは変わらない。妹と3人でいるときは、優しい楽しい面白い父だった。
でも、夜、私が相手をするとき。髪の毛を掴んでひっぱったり、お尻を強くたたいたり、頬を叩いたり、そういう感じになっていって。
回数も減った。その代わり、父の仕事の仲間の相手をさせられることが多くなった。最初は抵抗していた。そうしたら、無理やりされて結局、行為の時間が長くなる。痛いことだってあった。
でも、そのうちに抵抗しなくなると、今度は行為が早く終わるようになった。相手の思い通りにすると本当にすぐだった。
でも、そのうちに気が付いた。自分から相手を気持ちよくしたり、かわいい子だと思えるような仕草をすると、早く終わるうえに、あの人たちが私にお小遣いをくれるようになった。それで、私や妹にとって必要なものを買えるようになった。
子どものうちから、そういうことに気が付けるようになったのは、いいことだったのか、悪いことだったのか今でもわからない。
その時、感じたことは2つ。
父が私を見なくなったことへの寂しさと、妹に矛先が向くことへの不安。
後者はわかるけど、前者は自分でも意味の分からない感情だった。
でも、今思えば、今まで自分の役割だって必死に応えてきた、そんな自分が否定されるのがいやだったのかもしれない。
ただ、自尊心はすでに壊れていたんだろうし、なにかを正常に感じられていなかったのかも。まだよくわからない。
でも、この家にはいられないと思ったのは確かだ。
父はなんだったんだろう。
小さい子供だった私にとって、母を亡くした私たちにとっては、生きるために必要な存在だった。
いびつではあったけど、愛情を感じることもたくさんあった。でもそれって、私が感じさせられていただけなんだろうか。
ただ、未だに元気でいて欲しいと思っている自分もいる。そして、それを気持ち悪く感じて、ものすごい力で否定しようとする自分もいる。
どっちが本当の自分か、どう感じるのが正しいのかも、未だわからない。
ただ一つ、私の「これは揺るぎない正解だ」と思えるのが、妹の幸せ。これだけだ。
もう私自身は、何をどう感じるのが正解なのかはわからないけど、妹が幸せなら全部それでいいんだと思える。
それでも。
繰り返し再生される父との濃厚な7年間の性生活は、私に「定義」を求めてくる。
「あれはなんだったの?」
って。
「私はこうだった」というのがふわふわしていて、それがいまだに自尊心を回復できない原因なのかもしれないし。定義をしたらしたで、もっと自尊心はボロボロになるかもしれないし。
ただ、時期がきたら妹にはすべて話してみようと思う。真剣に考えている。
最後にまた、父について思い返してみる。
改めて父について思い返すと、「自分の思い通りになることが第一の人」だった。
そして、外面が良く、口が上手く、口数が少なく、合理主義で、神経質で、顔が広く、用意周到で、倒錯的だった。
家庭内の性的虐待というと、どこか乱暴なイメージがあるかもしれないけど、私の場合は基本的に「自分からする」ことを求められた。「しても・しなくてもいいけど、しなかったらどんなデメリットがあるか」をほのめかして、私が自分で「する」ことと選択するように仕向ける人だった。
いきなり、ハードなことは求めなかった。「本当はしたくないけど○○のためなら我慢してできる」を丁寧に積み重ねていき、気が付けば処女を奪われていた。
父がどんな仕事をしていたのか、詳しくは知らない。知りたいとも思わなかったので、尋ねたこともない。
ただ、月に何度か現金を渡され、それで3人分の食材を買ったり、トイレットペーパーや洗剤なんかも買っていた。
父は家事をほとんどしなかったし、母が亡くなったとき妹は5歳だったし、私が家事をやるしかなかった。
生前、母がいくつか基本的な家事は教えてくれていたけど、やり方がわからないときはスマホで検索したり、学校で先生に聞いたりした。
とにかく、父の機嫌を損ねないよう、やるべきことをしっかりやり、なるべく嫌な思いをせずに、父を喜ばせる。そうすれば、妹にも私にも優しい父をキープできた。意外に思われるかもしれないけど、日常生活中は、いたって普通の会話をしていた。
端から見れば、「お母さんが亡くなったけど、仲良く頑張っている親子」だったはずだ。こんな父だけど、割と欲しいものは買い与えてもらった。でも、それも「飼い慣らし」の手段だったのかもしれない。あるいはパパ活の一種として。
すでに屈服状態だった私が家出を決意できたのは、思春期に入った妹を守りたい気持ちと、身体的虐待による命の危険を感じたから。これが、私の父への関わり方。
もしいなかったら、私と妹は孤児になっていたし、母ももっと早く亡くなっていたかもしれない。まがりなりにも、経済的な支えではあったので、いなかったほうが幸せだったのか、いたから不幸だったのか。それはわからない。私はこの人生しか歩んだことがない。
「お母さんさえいてくれたら」と何度も思った。世の中が良い母親ばかりでないのを見ていると、そう単純な話ではないのかもしれないけど。
正直、「血の繋がりのある優しいお父さん」はファンタジーでしかなく、理解できない存在だ。だからきっと、そうしたお父さんがいる人にとって、私の話は、逆にファンタジーに見えてしまうと思う。
ひとつ確かなことは、私は父を憎んではいないということ。私にとって父は対等な存在ではなく、憎しみの対象にすらならないほど、不可侵の存在だ。刺激したら爆発する爆弾を、憎んで叩き壊そうする人はいない。慎重に処理をすべき対象だ。
今は、私たちに関わることがないよう対策をして、遠く離れた場所に住んでいる。大学生の私と、高校生の妹の二人暮らしだ。
私が務めを果たし続ける限り、金輪際、父に会うこともないだろう。このことは、合理主義の父をよく知っているので、妙な信頼がある。
なんだかいよいよお盆休みも終わりの終盤をフィナレーを迎えようとしているグランドなんとか感があるスタンディングオベーションでぱちぱちぱちって感じなんだけど、
まあまだ3日今日も含めてあるんだけど、
結局私は何も成し遂げぬままありのままでお盆休みを走り抜けようとしているわ。
まだ3日あるので一発逆転あるかも!って
何が何に対しての逆転なのかはよく分からないけれど、
確かにそうよね。
でも早寝早起きはやりましたで賞!は受賞に値すると思うわ。
昨日はちょっと遅かったけれど、
だいたい21時に寝て5時に起きるという離れ技をやり遂げるか否かまだ残りの日にちがあるので、
どんどん記録を伸ばしていけると思うわ。
涼しいけれど、
何か外に出なくては勿体無いと感じてしまうこともあるし人間というのは贅沢なものよね。
贅沢な悩みといえば、
私は新しいゲームに挑戦しようとして新しいゲームをまあリメイクのファイナルファンタジーの何かしらのピクセルリマスターなんだけど、
あれって経験値4倍設定ってのができるみたいで、
これを使うか否か葛藤があるのよね。
強い強敵に辛くイジメられて苦戦すると思うとそれも味わいたいと思いつつも、
物語のストーリーのお話ををサクサクと進めるために経験値4倍モードを使う進む優先で進めるのか。
悩ましいところよね。
逆にいえば4回戦う分が1回で済むっていうところもあるけれ、
あれ逆に経験値0倍モードっていうもう井森美幸さんの絶対に当たらない解答で倍率が20倍になるぐらいの逆にビックリするような設定もあって、
あれって低レヴェルでクリアするチャレンジスピリッツの人用なのよね?
話は戻すんだけど、
時間のない現代社会の社会人において社会における時間の損失はとても大きいところがあるので、
VHSで番組を録画した時に標準モードか3倍モードで録画したかは画質で見分けがつくっていう街の巷の港の噂だったけれど、
高度に発達したテクノロジーは魔法と見分けがつかないってどういう意味ですか?って問い詰めたいぐらい
今のリアルタイム本放送と録画した放送を再生させているのと見分けがつかずに、
思わず録画じゃないのに
何度も何度も押してもスキップできないぐらい、
1回のボタンを押すごとで15秒進む間に、
ああ!
これ今の放送分なんだー!って
それを気付いた瞬間の名称をつけるとしたらなんて名付けようかしら?って思わずにはいられない衝動にも名称をつけたいわ。
あと話戻すんだけど、
経験値の話、
スプラトゥーン3の経験値ってあれいる?必要なの?って思ったらギアパワーギアのかけらがもらえるぐらいなので今それ自己解決したわ。
でも無駄にランクが上がるのはスピン気味のセリフにノーサンキューなのよね。
何の話してたんだっけ?
とにかく凄い自信なのよ。
それだけはあるわ。
残りの夏休みを欲張ったら何も成し遂げることができないので
まあ気楽にのんびり夏を過ごすことにするわ。
あといつもカッツスイカめちゃくちゃよく食べてたと思うイメージが自分にあったけど、
気がついたら昨日今シーズン初めて買ったわ。
スイカ今年食べてないなぁーって思ったら
それと比べて今年はキュウリめちゃ齧ってたわ。
思い出すたびにキュウリ。
そんな夏のキュウリの思い出になりそうね。
キュウリまだ齧ってない人は齧ってみてよ。
うふふ。
行くお店は一緒のみかんの花咲く丘公園前駅の駅前商店街の喫茶店。
つまり2つなのよ。
すいすいすいようび~
今日も頑張りましょう!
夏休み前に宗教というかスピリチュアル系?のサークルに勧誘されて入ってしまった
名目としては「アウトドア研究会」みたいな感じだった キャンプとか自転車旅行とかそういうの
そういうサークルってウェーイ系が多いんだけどそのサークルメンバーは見た目も性格も落ち着いてて好感が持てた
……ような気がするけど、アート系の学部だったせいか周りに変な奴が多すぎてガチの変なやつを見抜けなかっただけかもしれない
で、実際深入りしてみると細木数子を3倍に薄めたみたいな40代くらいの女の卒業生がいて、こいつが教祖的な何かのようだった
飲み会のたびに毎回遊びに来てありがたい説法をしていくという具合だった
熱心な信者っぽい奴らは自費出版の本を買わされたりしてたが、ライト層は普通に飯とか酒奢ってもらってたし
占いとかスピリチュアルな話を真剣に聞いていれば経済的な実害はなかった
デメリットあるとすれば、彼らの教義に沿った生活を要求されること
・洗剤を使うな
・食品添加物を摂るな
・薬も極力飲むな
・蚊を殺すな
・避妊するな
・化粧するな
・電気カミソリを使うな
・携帯電話の電源は基本的にOFFにしろ(当時はスマホではなくガラケー時代)
・パソコンを使うな
など、極端なナチュラル志向と陰謀論が混ざったようなルールがいっぱいあった
シャンプー使えないのが一番きつかった
男女問わず体臭がきつくて狭い部室に十何人揃うともうやばかった
でもそのうち鼻が馬鹿になって気にならなくなったし
一緒にBBQやらキャンプやら旅行やら行ってたら色恋沙汰になってくるわけじゃん
俺なんかはモテる方じゃないんだけど
まわりも付き合ってるし私たちも〜みたいな感じで雑に余り者同士で付き合うようになって
まあみんなやることもやるわけ それでさすがにおかしくね?って思ったんだけど
避妊するなって言われてるじゃん
じゃあ出生主義でバンバン子供作らせるのかと思うとそうじゃなくて普通に堕胎しまくるんだよな
それが普通みたいになってた
俺の彼女?はライト層だったから普通に生理周期でやる日を管理してたけど
それでもゴム使おうとかピル飲もうとかっていう考えにならないのはやっぱり洗脳されてたんだろうな俺も含めて
キャンプの夜の焚き火とか旅行先の離島の朝焼けとか、死にそうになって自転車で走った200kmとか
そういうきれいな思い出だけが残ってて無駄な時間だったとは思えてないんだよな
もちろんサークル辞めてからは普通に何でも食うし洗剤も使いまくるしネットに入り浸ってるし初めての彼女とは別れちゃったけど
まあこういうのに掴まって金も絞られず楽しくやれてたってのは幸運な例なんだろうな
サークル内では約3年半で2件聞いた程度
全体としてみれば相当数あるのではないかと思っていたのでああ書いてしまった
今思うと既婚者がメインの構成員ならそこまででもないのかも?
(´`)「…夏休みに入ってから唐突に娘がジョジョのアニメを連続視聴し始めてるけど、いったい何なんだろう」しかし荒木絵のタッチとあのカラーページ色で動いてるとなんか変なかんじがする… そうかといって昔あった『バオー来訪者』OVAのキャラデザはまったく似てなかったから嫌だったけど
構われたがってるのが見え見えで、こちらも可愛くて構う
突然、自分ばかりじゃなく○○とも遊べば?とつきはなしてくる
周囲にからかわれたとかなんだろうか
突き放されたので場を離れると、ワンコは動揺してるけど動けない、視線が追い縋る…
とまあそんな感じの
起きてしまってイケメンの顔も姿形も覚えてないけど、めちゃくちゃいい夢だった
そんな夏休みの朝
1日ずーっと出かけることなく家にいたら
今日何やったっけ?って
何かをやっているんだけど何も思い出せない1日になってしまっていて、
ここは大黒摩季さんかな?って懐かしい香りがしたすみれの花時計って
そんなことも思い出せない1日になってしまいそうで、
確かにこれ話だすといつものスプラトゥーン3の話になって終わってしまいそうだけど、
そうねその話ならずーっと出来るんだけどさ。
でも夏休みスペシャルなので何か気の利いたことでも書いてみようかしら?とも思うけど出かけないとそんなネタの種なのか種のネタなのか、
そういうのをゲットする機会を失っているのよ。
こんなでも
何かをしなくちゃ!って切迫感に追われたら、
なんのお休みなのかしら?って
別に何もしなくてもいい夏休みだっていいじゃないって結論に至ったのよね。
何かを成し遂げなければならない夏!を自分に課しすぎなのよ。
でも本当にこの夏のお休みの目標はしっかり寝て英気を養いまくりまくりすてぃーで
もうあれよ20時に寝て5時に起きるという早寝早起きを絵に描いたような感じに実行しているのよ。
テレビを偶然にチャンネルをつけたら何かわからない競技をやっていてぼーっとみる夜中のそんなシーズンもう終わっちゃったじゃない。
あれいいと思わない?
知らない競技の知らない選手をルールも良くわからないのにみるの。
でも私1発で見て一瞬で覚えた高飛び込みの選手がいて名前がサラ・ベーコンってものすごく朝食感のあるジューシーな焼き立てカリカリのベーコンを想像しちゃって、
そして、
何位だったのかどんな技を決めたのかとか全部忘れちゃってるし。
でも何気に不意に出会って見るオリンピックの思い出ってそんなものでしょ?
たぶん日本で一番「サラ・ベーコン」って入力して書いてる人って私だけだと思う。
そのぐらい夏なのよ、
これが私の夏の思い出、
懐かしい香りがしたカリカリ焼きたてのベーコンのブレックファースト!
無理やり大黒摩季さんの文法に収めてしまいそうなぐらいら・ら・らなの!
あれやってみようかなーって
いつも目玉焼きを作る時はノーマルの卵をダイレクトに熱せられたフライパンに落として焼き固めるんだけど、
今はこの時期時間があるので、
ベーコン目玉焼きやっちゃおうかしら!ってもうサラ・ベーコン影響大!
あれためしてガッテンとか発掘あるある大辞典とかでそのサラ・ベーコン選手の活躍が取り上げられたら
でもその番組はもう今はないのが不幸中の幸い。
私が思い立ったら吉日!って思って焼きたいと思う
今日はベーコン目玉焼きを美味しく作ります!ってまるで割烹着を着た小保方さんをも彷彿させるようなことは、
さすがにもうみんな小保方さんのことは忘れてあげたいと思うけれど、
どうしても割烹着イコール小保方さんという方式が世間に植え付けられているのよね。
割烹着といえばって、
でもそんな話より私はサラ・ベーコンさんの腕前を見習って高飛び込みを決めるのよ!
もちろん、
もちろんマーケットに卵とベーコンを買いに行く時入店する際の飛び込み前転は忘れないわ!
もうあと
さらには何をかけて食べる論争について平和の祭典なのでみんな争わないでほしいの!
なにをかけて食べたって美味しいじゃない!
もう私のために争うのはやめて!
きっとみんなににっこり金メダルよ!
ベーコン目玉焼きメダルは私が拵えて優勝を決めた選手にかけてあげるわ!
そう
うふふ。
じ、実は月替わりのサンドイッチもあってそれも楽しみなのよね。
8月はオイルサーディンマヨネーズ味サラダたっぷりトーストサンド!
和食も楽しみだけど、
多分今日のランダム焼き魚朝定食はどーせ鯖でしょ?って思ったので
もちろん鯖も美味しいのよ。
なので月替わりのサンドにしたわ。
夏に欠かせない1杯よ。
ごくごく飲むわ。
水分補給はしっかりとね!
すいすいすいようび~
今日も頑張りましょう!
他人という存在が、十把一絡げでだんだんと不明瞭となる感じはなんか理解できる。
私も最近は、自分以外の存在って全てNPCなんじゃないかと信じるようになってきた。
自分以外の存在はNPCが演者として演じているだけに過ぎない、と思えるようになってきた。
増田が例示した、座席を塞いだり、待ち列を伸ばしたりする行為だけなら、たぶんロボットでもできるはずで、
それなら、自分以外の存在は結局、全て機械なんじゃ?とも思ったりするのだ。
あとは、ニュースで扱われるような複雑な社会も、あくまでも映像だけの話で、実際に存在しないとも思ってきてる。
あれらは、実在してると自分が勘違いしているだけで、本当はテレビゲームのキャラクターかなんかなのだと、思い始めてる。
つまり、まとめると、私が知覚できる簡単な動作をしている「他人」は、機械化されたNPCで、
ニュースで扱われるようなすごい存在の「他人」は、映像だけで実在しないと考え始めてきてるわけだ。
まあ、リアル「他人」にそれを言うことは無いのだが、自分の中ではわりと信じられる事実に成りつつある。
しかし、本当にそうだとしたら、ここに書くことも、NPCに伝えることにしかならないわけで、
それにどんな意味があるのかって話になるわけなんだが…
という感じで、リアルな人間というのが何なのか、なんだかよくわからなくなってる今日この頃。
私はみんな休みのガランとした涼しいオフィスに出るのがけっこう好きなので
3連休が2回あるからできたら繋げたいけど、人数少ない部署なのでそれは我慢。
今週は電車空いてて快適〜
言い続けたことは実現するらしい。
ここのところ、会社の方でいろんな変化があってつらかった。匿名ダイアリーにも辛い辛いと書き込み続けた。でもつらいって言ってると、どんどんつらくなるんだそうだ。
ここで夏休みがきて、本当に助かった。マインドフルネスと深呼吸で思考のループを抜け出せそうなところまできている。言葉で現実を作り直そう。人の言うことは気にしない。つらかったらつらくないようにする。よい未来を引き寄せる。まだ心は壊れてない。無理をせずに少しずつ立ち直るのだ。
山の歌について何を歌おうかと思ったけど
さすがに世間はお盆休みモードのどーもちーす!って感じがしているので、
私もゆっくり過ごしているわ。
超チョーシ悪くてぜんぜん勝てない!
なんたるちゃーって!
せっかくのお休みで張り切ってフェスに挑んだものの絶不調じゃない。
充電の切れそうなNintendoスイッチのプロコントローラーを窓から放り投げ捨てたいと思ったけど、
これがなかったら戦えないのでやめました。
そんなに癇癪はもちろん起こさないけれど、
もうさこの不調さ!
1人で頑張ってもいくら頑張っても後半終了間際30秒で巻き返そうとしても勝てない!
塗りポイントとキル数に被キルとかは悪くないんだけど、
全く勝てないの!
残念だけれどここからはどうしもできないわ。
私の投票したチームがどうなるかわからないけど貢献した実感がないので優勝できなかったらそれまでねってところよ。
たぶんプロモデラーとか使ったらもうちょっと成績良くなったかもしれないけど、
射程距離が長かったり、
塗り面が爆発してすごい1発で塗れたり、
すごいインクの火力だったり、
そんなロマンがある、
いやクセのあるブキがそれ使ってこそ自分らしさを表現できると思うのよね。
なので、
これら挙げたクセブキは
エクスプロッシャーに、
これらメインにして回してるんだけどロマンだけではなかなか勝ちの数を上げることはなかなかブキうまく立ち回らないと難しいわ。
私の愛用している「セブンファイブオーライダー」は熟練度星5つもう取っちゃったので殿堂入りしているから、
これは除いてるわ。
とはいえ、
ロマン系ブキであげている「オーバーフロッシャー」も私のプレート見て見て!とバッジで貼って自慢しまくりまくりまくりすてぃーなこれも熟練度星5つ取って殿堂入りはしているものの、
私の手に馴染みすぎているので
よく使うオーバーフロッシャーは私的立ち回り最強だと思うのでかなりの頻度でよく使うのよ。
あと最近私がこの戦法で味を占めてハマったら笑うぐらいに勝てちゃうのが、
これ決まったら1発でキルできんのよ。
走って塗り込むよりも軽量ローラーだったら
走って塗り込むよりたくさん早く塗れることに気付いたの。
綺麗に塗れるは別においておいてだけどね。
意外とローラーって塗り結構頑張っても走り込んで塗り込んで塗りポイントがなかなか1000まで到達できないのよね。
500台ぐらいなの。
もちろん私の立ち回りの場合でだけど、
ローラーをぶん回した方が、
走り塗るよりも振り回した方がいいってことに気付いたの。
あと接近してきたら殴って1発でキルできる爽快感もあるけど、
これは滅多にうまくハマらないので、
無謀にも近寄ってくる相手がその私がぶん回したローラーの餌食になってるわ。
その時困るのよね。
マジで恋する5秒前の広末涼子さんもびっくりするような速さで対応できるから、
相手もよほどヒッセンとかワイド系にエイムのそんなに関係ないブキだったらまず私のローラーの餌食になってるわ。
にもかかわらず、
この戦法はローラーを振り回してのインク射程距離ほぼゼロでどちらかというと消極的な戦い方なので、
勝ち負けという感じではなかなか難しいのよね。
フェスでも振るわないわ、
ローラーは降ってるんだけどね!ってうまいこと言えた感を出してみたけれど分かったかしら?
あと、
これ最強の火力1発の火力だと私は思ってるんだけど、
背後に回られたらマズい!こっちもクルクル回って背後を取られないようにしてインクを吸収しつつ地面に発射したらなんとか接近してきた相手には対応できるけれど、
悪くて相打ちかな。
でもさキューインキで相手に当てる確率は遥かにナイスダマより高いのよ。
これなんで?
私が投げるナイスダマがヘボすぎるのかしら?
まぐれかも知れないけど。
ナイスダマって着弾しても直撃ではなく且つギアイカ速1つ載せていたら、
着弾するまで相手に被弾しても貫き続けて着弾地点までちゃんと飛ぶのよね。
強いけれど射出までのタイミングをコントロールするのと自分の背後が隙だらけになるのが欠点よね。
終盤の挽回には使いにくさもあるし、
あと私言ったけ?
まさかここまでの積み重ねに
総じて言えば、
小回りが効いて立ち回りの便利なブキよりも
私の場合、
立ち回りが犠牲になっても射程距離が長くて火力が強めのブキを好む傾向にあるみたいね。
ローラーに関してはエイム関係なく目前に迫ってくる相手を1発でキルできるロマンよ。
射程距離高火力とは相反しているけれどね。
シューターでなかなか同時キルは珍しいかも知れないけどローラーならそれも同時キル決まるときがあるので決まったらそれも爽快だわ!
なので、
バトルの自分の立ち回りの良し悪しの内容は悪くないんだけど、
それでいてフェスでは勝利をあげられなくあんまり貢献できていないのがもどかしいわ。
お昼頃にはフェスの結果が出ると思うので、
そこでまた一喜一憂して、
あ!もちろん沢村一樹さんじゃない方の一喜の方だから安心して!
結果発表後には最近サボっているバンカラバトルにも挑戦しなくちゃーって思い出しちゃったわ。
フェスは振るわなかったけれどね、
うふふ。
ここは喫茶店だけど
そして焼き魚の内容はランダムだけれどだいたいは鮭か鯖なのよ。
それ以外でも1回焼きホッケがあって、
朝からホッケ!?って思ってこんなんじゃ朝ご飯食べられないじゃん!
せっかくデカホッケ当たったんだから朝からルービー決めちゃったわよその時はね。
でもだいたい鮭か鯖、
強いていうならほぼ鯖率高しなの。
私は鮭!とシャケなベイビー!と内田裕也さんばりに手を組んで祈り願ったんだけど
案の定鯖だったわ。
そんな鯖なベイビー!ってところね。
脂の乗った焼き鯖いいでしょ。
昼間でもガンガンたくさん飲むので都度都度補充して作り続けられるから
この時期この週間のウィークなら切らすことがないわね。
すいすいすいようび~
今日も頑張りましょう!
俺は漫画サイトのコメント欄にはちょっと詳しいんだが、最近の荒れっぷりは目に余るものがある。
元々荒れやすい媒体ではあったのだが、それでもこんな酷いものではなかった。
読んできた漫画の数が少なく、人生経験も足りてない人間特有の言動が多い。
たとえば「◯◯のパクリ」みたいな書き込みが夏前よりも明らかに増えている。
そもそもその◯◯という作品自体が作中に他の作品のパロディやメタファーがいくつも組み込まれているし、それらも含めて100年前1000年前からよくある物語類型の一つに過ぎないというのに。
物を知らないがゆえの強気な言動に加えて、相手の気持ちを考えた経験の少なさから来る横柄な態度。
酷いものだ。
応援コメントで批判をする時は作者の糧になるものを書き込むべきなのに、何も知らないバカからパクリだなんだと言われるようでは見る気も失せるというものだろう。
Z世代やA世代は幼少期からYoutubeやTwitterに触れていてネットリテラシーに詳しいと聞いていたが、カスだな。
全くリテラシーが身についていない。
俺が若い頃はどの掲示板でも書き込み欄の近くにリテラシーサイトへのリンクバナーが貼られていたものだが、今はそういうのもなく注意文が出てくるだけだ。
世間のニュースでは「死んでください」と書き込んだ芸人が干され、「殺しに行きます」と書き込んだ素人が訴えられていることが連日報道されているが、そういうのを見ただけでは自分と無関係に感じるのだろうな。
やれやれ。