はてなキーワード: 大陸とは
極端なことを言うと、主人公が現代人の方が異世界の出来事を文章で描写しやすいから
【1】・「ギアデラズム族のグリマザックらしき男がバルゲバブを食べている」
(注釈1)*"ギアデラズム族"とはこの世界の南方の大陸に住む肌の黒い民族のこと。
(注釈2)*"グリマザック"とはこの世界ではギアデラズク族の神官のこと。
(注釈3)*"バルゲバブ"とはこの世界で一般的な料理の一種で、動物の肉を串に刺して焼いたもの
【2】「アフリカのシャーマンみたいな格好の男が、ケバブみたいな料理を食べている」
この【1】【2】二つの描写文があったとき、わかりやすいのはどう考えても【2】だが、
主人公が我々読者と同じ世界の住人じゃないと、「アフリカ」も「シャーマン」も「ケバブ」も知らないのだから
【2】の描写はできない。
だって、最初からその異世界で生まれ育った住人は「バルゲバブ」のことは「現実世界でいうケバブみたいな料理」なんて思わず、
そのまんま「バルゲバブはバルゲバブだろ?」と思うに決まってるから。
ブコメみると東京人って未だに東京の交通の便が一番とか思ってるんだな。
地方で取り組んでいるコンパクトシティとか知らないんだろうな。
特にコンパクトシティで成功した福岡はアジアの他の国とも近い上に空港から主要都市まで断然に近い。
そこそこ終わりなき混沌です。
鋼の教えと闇を司る魔が支配する前、とある超自由戯画高等儀式に行った。
よくある世界を救いし少年少女たちの伝説を顕現せし改変兵器(アーティファクト)であったが、そこそこ戦闘兵器としての完成度が高くて面白かったからだ。
高等儀式の内容は、名時の狭間で蒼穹の彼方に追い求めたり、衝動の解放に関する叡智の試練など、まぁ表向きは帝国式な感じではあったが、大陸全土に広がる程に混沌より蠢き吹き出ていたとは思う。
暗黒と同調せし吾輩も、こういった高等儀式は久しぶりであり、而るに純粋に面白かった。
これも帝国式の文言だとは思うが、口々に「真実(トゥルシズム)にみんな旧知の仲で~」とほざいていて、預言書の記述どおり言霊使い同士の間合いは近かったように思う。
黒ミサコーナーで、意思なき者たちに魂を吹き込む異世界の神々が若干スベったり、どうしていいかわからない殺意にフォームチェンジした刹那、老獪なる業師の流し斬りが完全に入ったりしているのを見て、≪詩片≫にできない程この身を焦がす気持ちにトランスしたものだ。
そして、終焉の刻。修羅のエレジーと魔物のレクイエムを詩人がソウルボイスし、滅びの運命を逃れるべく人類絶滅への終曲を断ち斬ったところで、最後にキャスターの詠唱となった。
「終焉なき途の果てに、繰り返す過ちのように運命の歯車が動き始めれば、次は例えこの命尽きようとも悦しい……そう言ってアイツは戻ってこなかった……!」
楽しげに平行世界の過ぎ去りし思い出を蒼穹の彼方に追い求め、不適な笑みを浮かべつつ、最後の言ノ葉は大体暗黒が支配する感じであったが、それなる時の鏡の向こうの見知らぬ姿には、闇の世界があったと想う。
何故だろう───そしてその疑惑は、確信へと変わる───嗚呼、と一人で合点した。
どう足掻こうが次はあり得ない事を自我の管外から悟っている――預言書にはそうあるからだ、と。
スフィア盤は1500枚も売れず、元老院の議題にもなっていない。
原典グリモアやエミグレ文書は粛々と異世界の穢れし魔物を召喚するだろうが、それ以外の魔道媒体展開は預言書の記述によれば望めない。
『器』は1000人程度の小さいオーファンズ・クレイドルだが、莫大な量に見積もっても700人程度よりほかにいなかったと我が魂(プシュケー)が申しておる。
真の姿を見せて現実と情念の狭間の叙事詩を語るのが謙遜なる神々や預言書『偽典』だが、空想に対する実在は非情だ。人々を惑わす邪悪なる影を生み出さなければ抹消。天地万物は灰燼と化して封印を施す。
未だ見ぬ明日はない。時は残酷な運命を告げる。導かれし者たちが一堂に会して世界を光で満たす事は二度とない。
預言書にもそう書かれていながら、それでもあいつは友達だった! 「また次の冒険があったら」と剣を交わす。
嗚呼、と想った。この“力”が人界に留まることを許される僅かな間だ、と。
呪われしタンイに縛られし者達が言う「運命の星の交わる刻、飲もうぜ……」
悠遠の彼方に在る世界に輪廻転生する、かつて闘った強敵(とも)の魂に囁く「絶対___きっとまた、会える。終わりは始まりなのだから今夜、夢で会おうね。定められし月の傾く刻、手紙物語を紡ぐからね」
オメガとカオスと同等の能力を持つ存在だ。天啓に従いて怜悧なる場を収めるための世界を形なすものだ。
真実(アレテイア)にそう思って語り継がれる人もいる……だが、その裏ではそれを欲さんとする各国の策謀戦が行われていた。如何なる場合においても因果律の一篇、その信仰やオーラは俺が目を離した一瞬の隙に闇に陥ってしまう。春の訪れを告げる聖霊のように、エオルゼアの世界へと消えていってしまうものではないか。
これほどまでに楽しい革命であったのに、不可視世界はあんなにも強大せしめたのに。
もう二度と、冷厳なる時間は襲来しない。もう二度と、英雄の魂達がライブクリスタルの幻想の果てで活躍する心新たな貌を見ることはできない。
そう到達し……誰もが勝利を確信したその時、なんとも言えない切なさと悲しさに、アトモスフィアが詰まりそうになった。
慟哭(な)き魂葬に志を遂げた。
螺旋の内を廻り、大地駆ける鋼鉄の巨大竜に揺られている時、オメガとカオスの事実に如何ともしがたい寂しさが込み上げた。
過ぎ去っていく血塗られた過去や、花は咲き乱れ、果実は甘く、そして乙女たちは美しかった永久の時にいくらすがっても、時は進む。罪なき人々を殺め続けた日々は永久に。
全ての世界を救うため、きっと獣たちの戦いが世に終わりをもたらす時「___また、会える。終わりは始まりなのだから、こうして運命の交わる一瞬があれば」などという≪詩片≫は消し去られて封印を施すかもしれない。
俺のこの心の叫びもきっと一週間もすれば――いや、三日……いや、何千年、何万年も経た弗る〈ざる〉深淵に忘れてしまうかもしれぬ。
繰り返される悲劇――いつの世の日か神の声に導かれるままに、超自由戯画を見返して革命の事を思い返し、「浮世の静かなる支配者は終わりを迎えるのが心苦しかったな」と思い出せる――だが、我らには関係のない事であろう。
神に見放されたこの世界の無情さも、人間界の非情さも、帝王統治学の残酷さも関係なく、純粋な一万年の夢の終わりとして澄んだ魂の記憶として俺の胸で生き続けてくれる。
その程度は何者にも奪えないものだ。
その程度は、この鬼哭の都の民が住む場所で、空想に対する実在で、混沌渦巻くものの奥底で、なんとかもがいて生き続けている俺たちへの、人生、つまり『記憶の再生の眠り』からの神が与えし大罪なのかもしれない。
いい加減にしろ。
私はリベラルの思想だが、今回の韓国のやっていることは超最低に思う。
また、その韓国の行動を条件付け・強化させている、日本政府の対応に、納税者として憤慨している。
現場の自衛官の方々のためにも、今の世代、次の世代のためにも、日本は黙っていてはだめなんだよ。
ローコンテクストカルチャーとハイコンテクストカルチャーというのがある。
アメリカや大陸の国はローコンテクストカルチャーで、国民の人種、宗教、思想、支持政党などすべてバラバラで異なる。
だから、自分の考えていることをはっきり、相手にも関係者にも徹底的に分かりやすく説明して、やっと相手は理解してくれる。
逆に、日本はハイコンテクストカルチャーで、ほぼ単一民族でアメリカのようにバラバラではない。
ハイコンテクストカルチャーはとても素晴らしく、黙っていてもお互いなにが必要としているか分かるし、被災地などでも阿吽の呼吸で黙っていてもすぐに助け合える。
「お前空気読めよ」なんていうのが日系企業の職場でまかり通るが、ローコンテクストカルチャーの国でそれ言っても、「は?なにを考えているか自分の考えをきちんと伝えてくれ」となる。
ローコンテクストカルチャーでは、侍文化・沈黙の美徳など一切通用しないんだよ。
徹底的に主張しないとだめなんだよ!黙っていちゃだめなんだよ!
最初レーダー照射が問題化されたとき、確か防衛省は証拠は小出しにだしていくといっていた。
だが、情報配信のスピードが異常に鈍くて、正味2回ほどしか証拠提示をしていない。
しゃべるのを、主張するのを止めちゃだめなんだよ!
黙っていても理解されないんだよ!
スピードが鈍くて、主張しないから、相手が被害者を演出して、嘘がまかり通ってるだろ!
今からでも遅くない、戦略的な広報を強化し、世界へ向けて主張を続けろ!
納税者として強くお願いしたい。
そもそも皇室は大陸から渡来した農耕・騎馬民族の子孫で、日本全土が侵略で得た征服地。
被征服民は、やがて皇室に連なる『天孫民族』と同化し農耕民族となり、同化を拒否した一部被征服民が被差別部落民となった。
中世以降も南北に着々と侵略を進めていき、明治になってアイヌや琉球王国を併呑し、内地における侵略を完了させた。
このように、日本国の歴史はまさに侵略と搾取の歴史に他ならない。
このような侵略の伝統があるからこそ、日本によるアジア・世界侵略が起こったのであり、日本の民衆も所詮は「犯罪国家・日本」の構成員にすぎず、アイヌや琉球民族の犠牲の上に生活が成り立っている。
だからまずこの邪悪な日本を民族意識・国民意識を捨て去り反日闘争を闘った同志たちが滅ぼし、反日闘争に協力しない全ての日本人を殺すことによって悪の歴史を捨て去るべきだ。そう思わないかい?
倭国は朝鮮半島の加羅諸国と緊密な関係を持つことで大陸に対する足がかりとしていた。
だが加羅諸国は高句麗、新羅、百済による騒乱に巻き込まれ、562年の新羅の侵攻で滅びることとなる。
朝鮮における拠点を失陥した日本は百済と接近し新羅との対立姿勢を強めていくが、中国に400年ぶりとなる統一王朝、隋が生まれる。
また周辺諸国への圧力を強め、582年に突厥を東西に分裂させ、598年以降四度にわたり高句麗に大軍を派遣する。
高句麗は新羅、隋に抵抗しながら東突厥や百済、また470年にはかつての敵国である倭国とも連携した。
しかし、倭国が対新羅関係を打開するには最早、新羅を冊封(君臣関係と)している隋と外交を行うしかなかった。
こうして、120年ぶりとなる中国への遣使が行われることとなる。
遣隋使は隋が滅ぶまでに五回行われ、またその間に冠位十二階の制定、十七条の憲法の制定や仏教文化の移入などの隋と対等な立場になるための改革が進められていく。
自分は一般人だが、これまで QR 決済は LINE Pay と Origami Pay を試してきた。これらの決済方法は2通りだった。
だが、ビックカメラで行った PayPay の決済方法はそれらと違っていた……。
やることが……やることが多い……! 転売ヤーを考慮しても、こりゃ行列にもなりますよ……。
というかスマホ画面をレジのバーコードリーダーで読み込むのも、画面が暗いと読み込みづらい。昔は Origami Pay は iPad を使っていたが、ピカピカの画面に照明が映りこんでやりにくかった。今は専用端末になってやりやすい。
QR 決済に可能性があるのはわかるが、今は FeliCa の方が利便性が高く感じる。しがない一般人だがこういう意見もあることを覚えておいてほしい。あと Kyash の Quicpay+ の決済時間かかりすぎ。無印の方が早くて快適だったぞ……
補足:PayPay はファミマでも試したのでビッカメが特殊例なのはわかります。大陸ではあれがメジャーで、インバウンドを狙ったのだろうか(適当)
ブコメとか読みつつ、だらだら考えて見る
みんな大好きレッドサン・ブラッククロス(アドテクノス版)の史実との分岐点。
この後、ルーズベルトがスキャンダルで再選断念に追い込まれたせいでアメリカが中立化したり、ノモンハン事件が日ソ限定戦争に拡大したりしたせいで、第二次世界大戦でドイツが早期にフランスとイギリスとソ連を倒して勝利。
国際連盟を脱退せずに国際的孤立を避けられた日本は日独防共協定を結ばず、盧溝橋事件も回避し、国論が南進論と北進論に分裂してたけど独ソ不可侵条約を受けて対ソ戦を決意し、以下略でインド亜大陸で日独が戦う第三次世界大戦が行われるまでがゲーム。
この後、樺太や千島や朝鮮半島や台湾は日本領土のままで、満州国も存続したまま、アジアの警察官である日本がベトナム戦争の泥沼に引きずり込まれれて原爆使うところまで追い込まれるのが原作の展開。
太平洋戦争は起きてないが軍事負担の大きい日本がどんな国になっているかの判定は微妙だが、満鉄は普通に存続してそう。
b:id:Arturo_Ui 祖父が満鉄勤務だった私も大陸育ちになったはず // 満洲国の存続には「日中戦争が起こらない」という前提が必要。日米の後ろ盾で国民党が政権を樹立するも、毛沢東派のテロが延々と続き…という展開だったろうか。
たぶん西安事件(1936年12月)が起きず、蒋介石が国共内戦を優先してるんでしょう。
コミンテルンの陰謀だった云々な人達の主張はどけとくと、盧溝橋事件(1937年7月)は偶発的な事件なので回避されたと考えてもそんなに変ではないはず。
蒋介石指導下の国民党政権は悪い意味で中国的な駄目政権なんだけれども、それでも近代的な火器がある時代な以上、ちゃんと支援があれば、国内の軍閥を倒して統一するところまでは行けるはず。
史実での後ろ盾はドイツだったけど、まあドイツ外交がどう動くかは複雑怪奇なので、代わりに日米がいても不思議ではない(そうか?)。
そして軍閥を倒せても、やっぱり近代的な火器がある時代な以上、地方で暴れるゲリラやテロを根絶するのは至難。ソ連と国民党が手を結ぶ、的な超展開が起きない限りは毛沢東率いる中国共産党は元気に活動してそう。
当然、日米の武器輸出は絶好調でドル借款や円借款でバンバン新兵器を売り込んでるんでしょう、たぶん(これって疑似軍事ケインズ主義なのか?)。
満州国の独立を蒋介石が承認するというのは厳しそうに思えるけど、一方で中国人の伝統的思考としては長城の外側は化外の地だから本当は満州国とかどうでも良かったはずだ論とかもたまに聞くので、なくはないんだろうか。
満州経営にどの程度アメリカ資本が参入してくるかは不明だけれども、満鉄は普通に存続してそう。
b:id:akainan 盧溝橋事件後のトラウマン和平が成立している状態だとしたら中共は下されソ連との緊張が続くので、連合国の思惑によっては日本は大正的な政党政治に戻り、結局満州はインドのように地方自治からの独立となってそう
レッドサン・ブラッククロス(アドテクノス版)の原案者である高梨俊一先生も後日「でもあの時期の蒋介石政権と日本が戦争してないってのはちょっと無理あったよね」と言ってたはずでこっちの方が妥当か。
といっても和平が成立するということは、第二次上海事変(1937年8月)が起きてドイツ人顧問の指導下に育成された国府軍の最精鋭部隊が野戦で撃滅されたあとなので(でないと蒋介石が妥協する理由がない)、講和で威信が大幅低下する蒋介石の指導力も大幅低下だろうしで、国共内戦がどう展開するかは割と予断を許さない気がする。
妄想的には華北撤兵と抱き合わせで中華民国に満州国の分離を認めさせる(≒満州国の国際承認)だとスッキリするけど、どうなんだろう
なんにせよ、この後、日独が接近すると史実に戻る気がするので、九ヵ国条約の枠組みに日本は復帰して国際協調路線のまま第二次世界大戦という名の第二次欧州大戦を迎えるんでしょう、たぶん。
当然、なんとなく大国のまま大戦終了を迎えた日本は、そのまま新たな国際秩序維持組織でも常任理事国入り、満州国も原加盟国となり、満鉄は普通に存続してそう。
3
3日目 午前
旅先では余り眠れない事が多い。
今日が今回の台湾旅行で最後の朝だけど、グッスリとはいかず、7時前に目が覚めた。
ボーッと窓の外を眺めていると、部屋の外からオバちゃん2人の声が聞こえて来た。
お客さんかな?ベッドメイクかな?
それにしても、楽しそうによく笑う。
朝食を済ませた後、ホテルのすぐ隣にあるコンビニで、スイカ牛乳、japan walker、烏龍茶を買った。
昨日も女性誌を買ったけど、現地の雑誌というのは興味を唆られるものだ。
昨日、台北車站の地下街を歩いているとき「中山地下書街」という掲示を見たが、午前中の地下街は人の流れもまばらで、場所がよくわからなかった。
烏龍茶を飲んで「美味い!」と呟いた。
あとで再購入したときによく見ると、材料表には「香料」もあったが、それは台湾人の嗜好としてこの香りが重要という事だし、美味ければ大きな問題は無い。
ホテルの窓際でこの旅行記を書いていると、ザっと雨が降って来た。
台湾は雨が多いので、雨具を持って来ていたが、旅行を通して行動に困るほどの雨がなかったのは幸運だった。
雨はすぐに小ぶりになったけど、窓の外にはまだ傘の花が咲いている。
あと数時間でチェックアウトだ。
午前9:45分。
雨はとっくに止んでいる。
定刻にはまだ数時間あったけど、チェックアウトする事にした。
空港への送り迎えのため、ここには21:00にまた戻って来る事になる。
3日目 午前
世界に展開するグローバリズムの象徴、スターバックスはここ台北にもある。
わざわざ海外に来て、世界中にある店に入り、ローカルの微妙な違いを見るもの楽しいものだ。
150元を支払い、アイスのカフェモカ、グランデサイズを受け取って2階に上がると、そこでは男女がラップトップを開いていた。
コーヒーを飲んだ直後で大してのども渇いてなかったが、入ってみる事にした。
入り口には行動を禁ずる、べからず集が書いてあり、犬とハンバーガーにバツ印が書いてある。
その下に「禁止打牌」。
ペットを連れ込むな、食べ物を持ち込むなはわかるが、「トランプするな」は新鮮だ。
ドトールで頼むものといえば、ミラノサンドのA以外ありえなく、これはスタバのドヤリングと同じ様式美なのだが、残念な事に、11:00以降しか頼めないようだった。
少しがっかりして、70元を支払ってアイスの紅茶を頼むと、何も入れなくても甘かった。
旅行を通して概ね正しいエリーさんの助言に一つ違を唱えるなら、台湾版suica、悠遊卡についてだ。
エリーさん曰く、チャージした金額の有効期限は2年だし、デポジットの100元が勿体無いので、頻繁に台湾に来るのでなければ購入を勧めないとのことだったが、実際に使ってみると、メチャクチャ便利。
複雑な購入手続きで切符を買う必要なく、地下鉄も台鐵もバスもピッとやるだけでOK。
多少の損を補って余りある便利さの悠遊卡なので、台湾に来る際は是非購入を勧めたい。
帰りの便までまだまだ時間があるので、悠遊卡に100元チャージして、地下鉄で台湾北部の景勝地、淡水に向かった。
3日目 午後
駅前を歩けばすぐ海岸で、晴れ渡った空の下、おっちゃん達が釣り糸を垂らしていた。
ふと見ると赤い看板。
「本河岸遊客衆多
為維護遊客安全
本路段禁止甩竿汉示」
さて、初日の寧夏夜市で食うつもりで、メモまで描いたが、食えなかったものがある。
「千と千尋の神隠し」で、千尋の両親が食って豚になってしまったモノではないか、と言われている謎のプルプル、肉圓だ。
海岸から山の方に上がろうとして通り掛かった海の家で、「肉丸」と書かれた看板が掲げられていた。
昼時で丁度いい、食おう。
「それだけでは足りない」とエリーさんが言っていた肉圓だが、いざ食って見ると、正体不明のプルプルは意外とお腹にたまり、1杯で小腹を満たすに充分な量だ。
こんなものを大量にガツガツ食えば、それは豚にもなってしまうのかもしれない。
台北についたのは午後14:00過ぎ。
今なら人に流れについていけば「中山地下書街」を見つけられるかもしれない。
やがて中山站を過ぎると、右手に地下街にそって長い本屋が見えて来た。
「中山地下書街」
やった、本屋だ。
「誠品書店」に入って見ると、平積みにされていたのは、謝馬力 著「女子翻轉」
台湾版Sex and cityか?はたまた中国のジェーン・スーか。
ほとんどの本が何を書かれているか、全くわからないんだけど、1冊、ピクルスの作り方に関する本があった。
これならなんとか分かるかもしれない。
分からなくても、開いているだけで楽しそうだ。
買って帰る事にした。300元。
これは是非行かないといけない。
新光三越に着くとデパ地下はどうやら地下2階。日本より小ぢんまりとして、お菓子などが中心ではあるが、これぞデパ地下という光景があった。
色々な店が軒を並べる中、お茶の店があり、白磁の蓋碗がディスプレイされている。
日本に帰って、同僚とお茶を飲む為に、何か茶器が欲しかったから丁度いい。
560元は、多分日本より安い。
3日目 夕方
あと5時間で迎えが来るが、台湾でやりたい事リストの最後の項目がまだだった。
台湾で清粥といえば、飲んだ後に食べるものらしく、店が開くのは17:00からだった。
最近、アルコールに弱くなったし、台湾では心置きなく食いたかったので、旅行中は一切、酒類は飲んでいなかった。
この店では、ショウウィンドウの中からおかずを選び、それにお粥が付いてくる。
どれにしようか?
ショウウィンドウ越しでハッキリ見えないが、美味そうな炒め物を頼んだ。
席に着くと、鍋一杯のお粥。
さあ食うぞ。
しかし、運ばれて来たおかずを見て一瞬たじろぐ。
もっとよく見りゃ良かったぜ、ここは屋台ではないが、エリーさんの忠告を思い出す。
これを食えばあとは帰るだけとはいえ、もし飛行機の中で降せば大きな問題を抱える。
最悪当たるにしても、迎えのくる21:00までにスパっと終わるか、自宅に帰り着く翌10:00以降にしてほしい。
恐る恐る口に運んだ牡蠣は、豆豉の風味が効いて美味く、お粥は歩き通しの身体に優しかった。
無名子 清粥小菜を出て、おそらくこの旅で最後の地下街を乗り継ぎ、ホテルの最寄り駅に出ると、道路はしっとり濡れていた。
参ったな、あと一息で雨だ。
でも3日間で学んだのは、台湾の雨はすぐ上がるという事。
意を決して歩き出すと、どうも降っていたのはさっきまでだったらしく、殆ど雨には当たらなかった。
3日目 夜
ホテルのフロントでこの旅行記を書きながら迎えを待つと、女性2人の親子連れが入って来て、フロントに尋ねた。
日本語だ。
そんな基本的な事を聞くって事は、多分今日 このホテルに着いたのだろう。
自分は今夜、日本に帰るが、今日、日本から来たかもしれない人がいる。
ここでは毎日、入れ違いで人が行き交うのだろう。
しばらく待っていると、また日本からの家族連れがフロントにやって来た。
お父さんが、自分の胸を指差して、現地で買ったTシャツになんと書かれているか聞くと、フロントの男性は、ちょっと戸惑いながら答えた。
話しているのは中国語で、スーツケースの大きさから見ると、多分大陸の人だ。
一団はひっきりなしに喋っていて、声も大きい。
この旅行であった人たちの中で、もっとも賑やかな人たちかもしれなかった。
嵐のような一団がフロントを過ぎると、迎えのツアーガイドがやって来た。
「英語名はありますか?」と聞くと、「無いですね、僕も英語は喋れませんし」どうもみんなに英語名がある訳では無いらしい。
チャンさんは人当たりが良く、風貌もイケメンというか、今風で、ちょっとチャラい感じといえなくも無かった。
空港までの車の中で、たくさん起きたことを話し、少し疑問だった事も答えてくれた。
台湾の男性が機内でメガネだったのは、ちょっと上の世代で伊達メガネのブームがあった事。
台湾で男同志の性愛を描いた映像作品を観たのは、おそらく同性結婚が法的に認められたのと関係がある事。
ドトールのトランプ禁止は、解禁するとギャンブルをやっちゃうからである事。
ついでに、チャンさんは実は以前に日本に来たことがあり、出逢いを求めて相席居酒屋に行ったら、40代以上の女性ばかりで少しがっかりした事も教えてくれた。
やっぱりちょっとチャラかった。
チャラいけれども、仕事をきちんとする好漢のチャンさんは、チェックインまで付き合ってくれると、出国手続きや再両替についても教えてくれた。
台湾で出会う人は素晴らしい人たちばかりで、チャンさんもまた例外では無かった。
もう直ぐ台湾を去る。
台湾でしたい事の全てが予定通りに行えて、多くの予想以上があった。
「全てが掛け替えのない3日間だった。ここに来て本当に良かった。」
でも、最後は、滞在中に助けられ通しだった方法以外にあり得ない。
「じゃあ、僕はここで」と微笑む彼に、ホテルの部屋で朝に書いた、最後のメモを見せた。
「太棒了、台湾」