「檄文」を含む日記 RSS

はてなキーワード: 檄文とは

2020-02-19

彼を救い給え

強い言葉を使わないともはや愚民には伝わらないと思うようになってしまったのか、

ネット煽動家みたいな奴の激しい論調檄文を一日中リツイートするようになってしまった

とある中年作家が居る

彼をどうやって救えばいいのか

自分のことをリテラシーのある正義インテリだと強固に思い込んでいるようで、手がつけられない

捨て置けばいいのだが、彼の著作が間違いなく人生の一部になってるだけに諦めきれない

2019-09-03

こわれた

某界隈の非モテ論はなんかもう滅茶苦茶だな。

玉の人はとにかく暴力性って言葉を使うのが悪い!と壊れたラジオ状態だし。

実際悪いが言葉定義云々の話してなにか変わるの?なにか良くなるの?その先がないからなにも話にならない。それは悪くなるぞ!いっそ悪くなれ!としか言わない。私が代表暴力性と言ったのは悪手でした、ごめんなさいと言えばいいの?

建設的だしそれこそアジで起きる玉入れ競争の下のルンバだよな。見本になろうとしてるの?否定してたのに?

青の人の論点整理もまた下手に玉をかばってあなた人生辛い人のためのライフハック本作者でしょ?思い出して!みたいな檄文書いてリソースがない人がこれ以上水をやるのが厳しいやつらがいるということを無視してるし。優しさの果実無限じゃないなら水だって有限なんだけどな。

アレが批判だというのはバイアスかかりすぎてる。当の玉も批判だと思ってないし。

白の人はズレがわかってるからあえて触れてないな

。この人はまだわかる。商売人だし。

信者になれないのは辛いな。粗のない人間なんていないが。

2019-04-10

けものフレンズめっちゃ面白かった

アニメ自体は見ているこっちがつらい出来だった。だけど、けものフレンズ2がつまらなかったおかげで周辺のコンテンツがすごい充実した。例えば失った2期への感情が籠った檄文だったり、ガバガバ理論陰謀論だったり、失敗原因について深く考えられた論考が出たりしてほんと面白かった。

怒りは人を創造的にすると思い知らせてくれた。だからさ、最高のアニメだったよ。

2018-02-09

菅野完c71の主張も利用しようとしたが裁判では通用しなかった

菅野氏の「この件を報じた雑誌記事女性の主導によりインターネット上で拡散され、社会的制裁を受けた。慰謝料は5万円以下が相当だ」との主張は、みなさんご存知の通り、c71氏がはてなブログ暴露した「週刊金曜日ステマ騒動のことを指す。

今回の判決によっても、この「ステマ」そのもの問題視する立場は支持されなかったと言えるだろう。そのことを確認したい。

暴力被害者の訴えが軽視された実例はいくつも挙げることができる。だから、性暴力被害者がそれを警戒し、自分告発が最大限のインパクトを与えられるよう公表タイミング拡散について工夫したいと思ってもそれはなんら問題のあることではない。

ただ、そういう運動をするなかで礼儀言葉の行き違いで不信感が芽生えることはある。c71氏が「被害女性に加害を受けた」と主張するに至ったところに問題を見出すことはできる。

しかしその後のc71氏の対応は「被害者から正しいわけではない」ことの好例である本来菅野氏も争っていない性暴力の有無まで疑い出し、菅野氏の方が信頼できるなどとすり寄るに至っては迷走の極みである。こんなにも定見のない人物文章力()だけで謀議に誘い入れたこ自体が最大の失敗であった。

くだんのグループチャット検索すれば今でも見れるが、被害女性とその友人たちがc71氏の檄文を絶賛する中でc71氏が突然「自己評価が低い」との自分語りをはじめ、被害女性の側がうかつにもその語りに乗ったために謀議が崩壊した。その後のc71氏の主張は、細部には論理的整合性が欠けるが、そこは「ケア倫理」の出番である。「フラバでわけがわかんなくなっていたことくらいわかれ。主張の矛盾を突くな」と性暴力サバイバーに反撃されれば、論理を問うことのマスキュリニティを恥じ沈黙するしかない。そのような「場」を形成しつつあったことをc71氏に逆手に取られたとは言えるが、それは同時にc71にも課せられるはずである。性暴力サバイバーによる運動の作り方はやはり課題を残していると言えるだろう。

この悶着を菅野氏も利用しようとしたわけだが、裁判でも菅野氏やc71氏の立場は敗北したことにまずは安心している。

2017-03-10

日本人は幼稚な逆張りヘリクツの前に「阿Q」を読み返せ

日本人は「阿Q正伝」の小説を知らないのだろうか。この作品主人公は「底辺階層」だった。この小説の教訓は、中国人レベルの低さに対する檄文という訳だが、「日本民族云々」と思考停止する日本人は今こそこそ読み返すべきだ。日本大衆代表格「ポストギャルポストヤンキーマイルドオタク」の民度外国人に例えれば何だ?

文学に限らなくても、非ファンタジー作品に出てくる日本現実の町並みが登場する小説群に出てくる登場人物はまさに日本平民や下層そのものだった。日本は恥ずかしながら、国民人格ライトノベル登場人物民度階層は昔の携帯小説登場人物並みに劣化しているのである。だから中国人韓国人を冷笑することは絶対にできない。「瑞穂の国」の現実を考えた方がいい。

オタク向け作品を例にするまでもなく、欧米ならハリウッド作品隣国であれば韓流など、私が親しんだことのあるサブカルチャーには必ずや現実風刺があった。そういえば日本最近ドラマは単なる社会風刺である。私からみれば一昔前の韓国ドラマのものだ。

現代日本人の正体は日本国籍を持ったコスモポリタンで、彼らの云う右翼は、愛国心が極めて低く、日本以外に誇れるアイデンティティのない悲しい人物である天皇制をぼろ糞にいえる左翼のほうがずっとましだ。

そんな連中は、歴史的文学レベルからやり直す必要がある。日本民族云々とホルホルする前にまず、「阿Q正伝から読み返せ。こんな連中に発言権を与え続ければ日本環境はろくなことにならないぞ。

2016-05-09

檄文

我が忠勇なる増田達よ、今や個人ブロガーの半数がかのフェイスブックによってネットから消えた。この喪失こそ意識高い系勘違いの証しである。決定的打撃を受けたブログやその他SNSに如何ほどのユーザーが残っていようとも、それは既に形骸である

敢えて言おう、カスであると!

ランチにディナー、おしゃれなカフェの何かしらのスイーツ写真の数々。炎上を恐れるあまり無難きれいごと、内容のない浅薄意識高さの滑稽さよ。

それら軟弱の集団が、この増田の闇雲な日記を抜くことは出来ないと私は断言する。

ネットは我等選ばれた優良種たる増田管理運営されて、初めて永久に生き延びることが出来る。匿名こそがネットの華であり、これ以上戦い続けてはネットのもの危機である意識高い系無能なる者どもに思い知らせてやらねばならん。

今こそ増田明日未来に向かって立たねばなぬ時であると!

2016-05-07

檄文

立て憂国の志士よ。今こそマヨネーズ排斥ときだ。マヨラーは敵だ。

驕り高ぶり回転寿司マヨネーズ塗れにした愚か者どもに天誅を下さん。

日本料理マヨネーズ不要だ。大衆文化と侮るなかれ、大衆文化卑下するなかれ、大衆こそ文化の華である大衆こそ文化の真髄である

お好み焼きにかけるな。たこ焼きにも不要だ。

欧米文化尖兵なり。欧米による食卓侵略である

排斥せよ排除せよ。欧米による文化の陵辱である

父よ母よ。あなた祖国は白き恥辱に塗れてしまった。

父よ母よ。味音痴どもが跋扈する現実を許したまえ。

ピザもの稚拙侵略に屈するな

売国奴の持ち歩くマイマヨネーズを奪い去り破裂させよ

目覚めよ憂国の志士よ。キッコーマンを握り締め拳を振り上げろ。キューピーを捨てよ。タケダを片手に、わさび醤油の誇りを取り戻せ。

フィッシュアンドチップスをポン酢に浸し、チリビーンズに七味と山椒をぶちかけろ。

日本食卓醤油ビンを呼び戻せ。

立て憂国の志士よ。今こそマヨネーズ排斥の時だ。

2016-03-11

檄文

われわれ働く増田の会は、日本保育園によって育てられ、いわば日本保育園はわれわれの父でもあり兄でもあり、母でもあり姉でもある。その恩義に報いるに、このような忘恩的発言に出たのは何故であるか。

かえりみれば、幼きわれら増田は3年、あるいは保留児となったかも知れぬ過去を父母の加護により隠蔽し、入り得た保育園で一片の打算もない教育を受け、またわれわれも保育園を愛し、もはや園の柵外の日本にはない「真の日本」をここに夢み、ここでこそ終戦後ついに先達の知らなかった豊かさを知った。ここで流したわれわれの涙は山川純一であり、憂国精神を相共にする同志として共に園の庭におしっこした。このことには一点の疑いもない。われわれにとって保育園故郷であり、生ぬるい現代日本で凛冽の気を呼吸できる唯一の場所であった。保育士諸氏から受けた愛情は測り知れない。しかもなお、敢えてこの挙に出たのは何故であるか。たとえ強弁と云われようとも、保育園を愛するが故であると私は断言する。

われわれは失われた二十五年の日本が、経済的繁栄うつつを抜かし、保育の大本を忘れ、保育園精神を失い、本を正さずして末に走り、その場しのぎと偽善に陥り、自ら魂の空白状態へ落ち込んでゆくのを見た。政治矛盾の糊塗、自己の保身、権力欲、偽善にのみ捧げられ、国家百年の大計は森元らに転がされ、五輪紋章の汚辱は払拭されずにただごまかされ、保育園卒園者すなわち日本人自ら日本の歴史伝統を涜してゆくのを、歯噛みをしながら見ていなければならなかった。

われわれは今や保育園にのみ、真の保育、真の保育士、真の保育再興の魂が残されているのを夢みた。しか法理論的には、待機児童の現状は自治体および日本国行政不作為が問われる状況にあり、国の根本問題たるべき待機児童が、御都合主義の法的解釈によってごまかされ、待機の語義を永遠の諦めにすり替えることによって、親となった増田たちの魂の疲弊道義頽廃根本原因を、なしてきているのを見た。もっと名誉を重んずべき保育が、早期解決すべき待機が、実質を重んずべき一億総活躍美名が、もっとも悪質の欺瞞の下に放置されて来たのである保育園元号平成に変えてから国家不名誉十字架を負いつづけて来た。待機は待機の本義を与えられず、女性活用一億総活躍もその対象も明確にされなかった。われわれは失われた二十五年のあまりに永い保育園の眠りに憤った。保育園が目ざめる時こそ、日本が目ざめる時だと信じた。保育園が自ら目ざめることなしに、この眠れる日本が目ざめることはないのを信じた。憲法改正によって、保育園福祉の本義に立ち、真の男女均等となる日のために、国民として微力の限りを尽すこと以上に大いなる責務はない、と信じた。しかるに、誤って目覚めたのは宮崎であった。

われわれは悲しみ、怒り、ついには憤激した。地方行政は自らは何もできぬという。しか行政に与えられる任務は、悲しいかな、最終的には増田らの民意からは来ないのだ。シヴィリアン・コントロール民主的保育園の本姿である、という。しか英米シヴィリアン・コントロールは、保育園行政に関する財政上のコントロールである日本のように人事権まで奪はれて去勢され、変節常なき政治家に操られ、党利党略に利用されることではない。

この上、政治家のうれしがらせに乗り、より深い自己欺瞞自己冒涜の道を歩もうとする保育園は魂が腐ったのか。ゆりかごから墓場まで理想はどこへ行ったのだ。魂の死んだ巨大な遊戯所になって、どこかへ行こうとするのか。

われわれは二十五年待った。最後一年は熱烈に待った。もう待てぬ。自ら冒涜する者を待つわけには行かぬ。しかしあと三十分、最後の三十分待とう。共に起って義のために共に死ぬのだ。保育園を真姿に戻して、そこで死ぬのだ。生命尊重のみで、魂は死んでもよいのか。次世代生命以上の価値なくして何の保育園であり一億総活躍だ。今こそわれわれは生命尊重以上の価値所在諸君の目に見せてやる。それは自由でも民主主義でもない。保育だ。われわれの愛する歴史伝統の保育だ。これを骨抜きにしてしまったこの国に体をぶつけて死ぬはいないのか。もしいれば、今からでも共に勃ち、共に死のう。われわれは至純の魂を持つ諸君が、一個の男子、真の増田として蘇えることを熱望するあまり、この挙に出たのである

増田 公威

聞けい。聞かぬか。そうか。

http://anond.hatelabo.jp/20160215171759

2015-07-25

沖縄で起きていること〜民主主義暴走言論弾圧

 

2014年の暮れにおこなわれた沖縄知事選基地反対派の翁長氏が勝利したのを境に、沖縄という地域は決定的に変わってしまったように思われます

 

民主主義暴走

基地反対派は「オール沖縄」という標語を掲げていますが、実際は全然そんなこと無いわけです。

反対派の翁長雄志 51.7%

賛成派の仲井眞弘多 37.3%

このように確かに差はついていますが、とてもじゃないけど「オール沖縄」とは呼べない得票率です。

選挙で勝ったからといってこの4割近い民意を完全に無視してオール沖縄連呼する反対派の態度は、まさに最近リベラルメディア政府自民党に対して頻繁に使う「民主主義暴走」とは言えないでしょうか。国政では「少数派にもっと配慮しろ!」と与党批判し、同じ口で沖縄基地問題では反対派を完全に無視して「オール沖縄!」と叫ぶ。このダブルスタンダードはいったい何なんでしょう。

 

以前のタイムス・新報(沖縄大新聞)はもう少し基地賛成派にも配慮してました。基地が無くなる事で生計が成り立たなくなる人もいるし、また必ずしも基地は悪い面だけでなく国家安全保障面で重要存在であるという論陣を(たまーーに)社説等で張る事でそれなりにバランスを取ろうとする姿勢垣間見えていました。それが去年の12月知事選を境にガラッと変わってしまった。紙面には感情的檄文跋扈し、それを読んだ県民も高揚し、一種のお祭りムード沖縄に漂っています

 

 

言論思想弾圧

まあそんなことは正直どうでもいいって言っちゃえるぐらい、こちらの言論弾圧問題の闇が深いように思われます

オール沖縄」という言葉に惑わされて沖縄県民一丸となって基地に反対しているという印象をお持ちの方もいるでしょうが、それは大間違いです。知事選では35%近くは基地賛成派の候補に投票しており、また中国に近い離島では議会・島民共に圧倒的に賛成派が多数を占めています。2014知事選以前は、賛成派と反対派は反対派が優位ながらもそれなりに拮抗した存在であり、お互いにお互いの立場をある程度尊重し合う間柄でした。

知事選後に何が起きたのかというと、大まかに分類すれば以下の2つです。

 

1.ネット基地に許容的な態度を示した人への反対派からの徹底的な攻撃

草の根レベルではありますが、選挙で勝利した側が負けた側の言論を封じようとする動きが加熱しました。

twitter米軍基地好意的なことを書こうものならイナゴのごとく罵倒tweetが大量に飛んできます

飲食店の店主が基地賛成派だからといって食べログ批判的なレビューを書く人まで現れる醜悪極まりない事案も。

 

2.基地賛成、または自衛隊を誘致しようとする自治体への攻撃

中国本土に近い側の島では安全保障上の観点から米軍基地への賛成ならびに自衛隊基地を誘致しようと議会レベルで推進しているのですが、それに対して沖縄メディアがよってたかって攻撃しています。「オール沖縄理念を踏みにじるものだ」という文面を見た時はさすがにクラクラしました。

 

確かに民意は大切で、そして基地への県民投票となった2014知事選で反対派が勝利したのも事実です。しかし、だからといって基地賛成派の存在のものを消し去ろうとする今の沖縄メディア県民の言動は異常と言わざるをえません。もはやこの県に言論思想の自由存在しなくなってしまいました。日本で最も民主主義への理解が遅れた後進的な県に成り下がってしまいました。

 

そういう風潮を作っているのはタイムスと新報という二大新聞に依るところが大きいです。県外では朝日毎日ネットハフィントンポストなどがその役割を担っています。繰り返しになりますが、このメディア政権与党に対しては「少数意見無視するな」「民主主義暴走だ」と言い、翻って沖縄では先頭にたって民主主義暴走言論弾圧を押し進めています。クラクラする。

 

どこぞの作家沖縄新聞は潰した方がいいとか言ったらしいですが、まあどちらか一つは潰れてもう少し中道よりの新聞根付かない限り、沖縄県民の知性レベルはいつまで経っても中世まりなのかなと暗澹たる気持ちになります

沖縄で起きていること〜民主主義暴走言論弾圧

 

2014年の暮れにおこなわれた沖縄知事選基地反対派の翁長氏が勝利したのを境に、沖縄という地域は決定的に変わってしまったように思われます

 

民主主義暴走

基地反対派は「オール沖縄」という標語を掲げていますが、実際は全然そんなこと無いわけです。

反対派の翁長雄志 51.7%

賛成派の仲井眞弘多 37.3%

このように確かに差はついていますが、とてもじゃないけど「オール沖縄」とは呼べない得票率です。

選挙で勝ったからといってこの4割近い民意を完全に無視してオール沖縄連呼する反対派の態度は、まさに最近リベラルメディア政府自民党に対して頻繁に使う「民主主義暴走」とは言えないでしょうか。国政では「少数派にもっと配慮しろ!」と与党批判し、同じ口で沖縄基地問題では反対派を完全に無視して「オール沖縄!」と叫ぶ。このダブルスタンダードはいったい何なんでしょう。

 

以前のタイムス・新報(沖縄大新聞)はもう少し基地賛成派にも配慮してました。基地が無くなる事で生計が成り立たなくなる人もいるし、また必ずしも基地は悪い面だけでなく国家安全保障面で重要存在であるという論陣を(たまーーに)社説等で張る事でそれなりにバランスを取ろうとする姿勢垣間見えていました。それが去年の12月知事選を境にガラッと変わってしまった。紙面には感情的檄文跋扈し、それを読んだ県民も高揚し、一種のお祭りムード沖縄に漂っています

 

 

言論思想弾圧

まあそんなことは正直どうでもいいって言っちゃえるぐらい、こちらの言論弾圧問題の闇が深いように思われます

オール沖縄」という言葉に惑わされて沖縄県民一丸となって基地に反対しているという印象をお持ちの方もいるでしょうが、それは大間違いです。知事選では35%近くは基地賛成派の候補に投票しており、また中国に近い離島では議会・島民共に圧倒的に賛成派が多数を占めています。2014知事選以前は、賛成派と反対派は反対派が優位ながらもそれなりに拮抗した存在であり、お互いにお互いの立場をある程度尊重し合う間柄でした。

知事選後に何が起きたのかというと、大まかに分類すれば以下の2つです。

 

1.ネット基地に許容的な態度を示した人への反対派からの徹底的な攻撃

草の根レベルではありますが、選挙で勝利した側が負けた側の言論を封じようとする動きが加熱しました。

twitter米軍基地好意的なことを書こうものならイナゴのごとく罵倒tweetが大量に飛んできます

飲食店の店主が基地賛成派だからといって食べログ批判的なレビューを書く人まで現れる醜悪極まりない事案も。

 

2.基地賛成、または自衛隊を誘致しようとする自治体への攻撃

中国本土に近い側の島では安全保障上の観点から米軍基地への賛成ならびに自衛隊基地を誘致しようと議会レベルで推進しているのですが、それに対して沖縄メディアがよってたかって攻撃しています。「オール沖縄理念を踏みにじるものだ」という文面を見た時はさすがにクラクラしました。

 

確かに民意は大切で、そして基地への県民投票となった2014知事選で反対派が勝利したのも事実です。しかし、だからといって基地賛成派の存在のものを消し去ろうとする今の沖縄メディア県民の言動は異常と言わざるをえません。もはやこの県に言論思想の自由存在しなくなってしまいました。日本で最も民主主義への理解が遅れた後進的な県に成り下がってしまいました。

 

そういう風潮を作っているのはタイムスと新報という二大新聞に依るところが大きいです。県外では朝日毎日ネットハフィントンポストなどがその役割を担っています。繰り返しになりますが、このメディア政権与党に対しては「少数意見無視するな」「民主主義暴走だ」と言い、翻って沖縄では先頭にたって民主主義暴走言論弾圧を押し進めています。クラクラする。

 

どこぞの作家沖縄新聞は潰した方がいいとか言ったらしいですが、まあどちらか一つは潰れてもう少し中道よりの新聞根付かない限り、沖縄県民の知性レベルはいつまで経っても中世まりなのかなと暗澹たる気持ちになります

2015-07-16

自民民主社民共産HPを覗いてみた

自民安全保障問題経済政策が中心。憲法改正に意欲的。

民主安全保障問題労働法制。自民安全保障に反対するのは良いけど、根拠希薄に感じた。

   具体的に書いて貰えたら嬉しいんだけど。

社民トップページが…檄文?とにかく戦争反対憲法改正反対。経済とかその辺にはあんまり触れていない。

共産:こちらも戦争反対だが、社民の後に見たからか一瞬落ち着いたデザインに見えた、一瞬だけ。

   政党というより、デモ呼び掛けHPみたい。

社民共産子供の頃から胡散臭く思ってたが

この2党は政党というより、単なる戦争反対運動家の集まりじゃないか。

反戦に重きを置き過ぎて、その他政治経済外交言及が足りないから奇妙に見えるんだろう。

民主野党の中ではまだマシだが、やはりアンバランス感がある。

全体でバランスが良いのは自民かな…でも、うーんやっぱり違和感が。

どこの政党にも言えるけど、国家運営の重点項目として

政治・経済国防外交に対する、目標現状認識政策内容と想定している結果を

目立つところになるべく簡潔に書いて欲しい。

正直どこのHPも分かりにくい。

あと安部総理は個人のHPをもう少し更新した方が良いと思う。

2014-02-12

日本派」って何?──都知事選における田母神氏を考える

 田母神氏は都知事選を終えて会見を開いた。田母神氏は「保守運動をこれからも盛り上げていきたいと思っている」と締めくくっていた。それを承けて、記者から「それはどのような保守政党になるのですか」と問われて、次のように答えている。

日本の政治家はね親中派中国派の政治家がいっぱいいますよね。それに対して保守派と言われる政治家がいる。でも、この保守派の大半というのはアメリカ派なんですね。アメリカの言う通りにしなきゃいかん、と。だから日本の政治状況は中国派とアメリカ派が喧嘩しているような政治状況なんですよね。で、日本には日本派の政治家なんてほとんどいないんですよ。で、よその国を見ればね、アメリカ政治家ってみんなアメリカ派なんですよ。イギリスイギリス派、フランスフランス派です。つまり日本だけ日本派の政治家が大変少ない、という状況だと私は思うんですね。だから日本派のたくさん集まった政党が出来ないと、日本を取り戻すことは出来ないと私は思いますね。」(http://www.youtube.com/watch?v=LwEMM349-SQ 45:00付近の発言)

 もちろんこの記者会見の場は、「日本派」とは具体的にどのようなものであるのか、を打ち出す場所ではないので、こんな大雑把な説明になっているのは致し方ないとして、それでもなお日本派」が一体何を指し示すのかサッパリからなかった。いや、感覚的に言わんとしていることは分かるんですよ。でもでもね、右翼にせよ左翼にせよ、「日本という国がよくなってほしい、日本国民幸せになってほしい」という動機から行動しているんじゃないのか、って思うんですよ。そういう意味では政治家には基本的日本しかいないし、その日本派がどのようなものであるのかを解釈する点において異なっているんじゃないの、ってね。「あいつは親中派日本のことを考えていない」なんて意見を聞くことは往々にしてあるけど「おまえが考える"日本"のことはかんがえてねーよ」っていう話に過ぎない。例えばですけど、アメリカと融和的である政治家はたしかにいますけど、それって段階論でしょ? つまり、究極的な理念においては肯定できなくとも、現時点においては仕方ない、と容認するような、ね。米軍基地保守派が認めているのもそうじゃないか! もし田母神親米じゃなくて「日本派」であるならば、米軍基地日本から全て追い払わなければならない。「普天間基地移設問題」について石破がよくやるような偽善的態度、つまり沖縄の皆様には本当に申し訳ないと思っているけれど…」なんていう、気色悪い芝居は一切やめて米軍基地を一掃してほしいね三島由紀夫だって自決する際の檄文で「アメリカは真の日本自主的軍隊日本の国土を守ることを喜ばないのは自明である。あと二年の内に自主性を回復せねば、左派のいう如く、自衛隊永遠にアメリカ傭兵として終るであらう」と言ってるよ。もし原理主義的な日本派が存在するならば、喫緊課題である米軍基地問題を対処せよ、と私は声を大にして言いたい。(http://www.youtube.com/watch?v=ZgyRYLkGFVU こういう"親米派"と独善的人間がいる限りはね。この動画で話している人物は、「戦後レジームの脱却」をあらわすどころか、沖縄返還前への逆戻りを進んでいるぞ、と怒りを込めて言おう。 http://www.youtube.com/watch?v=7bi5ZZrG62g こっちの動画では「選挙民意が反映されていない」等と言っている。投票率77%だよ、なに言ってんの、こいつ。沖縄馬鹿にするんじゃない。 http://www.youtube.com/watch?v=4lwpRSMvL6Y ここでは水島氏が一人の漁師から話を聞いて、彼にあたか名護市民の”ホンネ”を代表させようと、プロパガンダを企んでいるけれども、実際の選挙結果を見ると、いかに”偏向報道であるのかがうかがえる。「日本派」はこういう不逞な輩を一掃するところから始めなければならない)

  ☆

 それからもう一つ。「戦後レジーム」を脱却して、「真の日本」を取り戻そうという試みはじつによろしい。じゃあ、「真の日本」って何? そもそも「日本」が「真の日本」であった時代ってあるの? 具体的に何時代? あのね、そういったことを言うためにはやっぱり歴史勉強しなければいけない。竹田ナントカみたいなトンデモはやめてくれよ。神武天皇実在たかどうかなんていうバカみたいなハナシは聞きたくないんだよ。それは純粋歴史的学問としては興味深いが(竹田が興味深いわけじゃないよ。念のため。)、今の日本を考える上では少なくとも参考になるものは少ないね歴史を論じるならば、むしろ江戸時代とは何であったのか、明治江戸の間にいかなる断絶/連続があったのか、っていうのを「日本派」の人びとには考えていただきたい。「日本派」の人びとは、日中戦争第二次世界大戦を(陰謀論的に)語ることは大好きだ。で、それを説明するために、だいたい明治以降の歴史考察するのはだいたい常道といってもよかろう(http://www.ganbare-nippon.net/official.html 例えば、この綱領を見ても明らかである)。でも、「明治」っていう時世自体そもそも薩長という田舎者でっち上げられた「捏造品」だったことを忘れはいまいか? それに、江戸生まれの知識人達の身につけていた教養のたいていは、和文よりも、唐山仕立ての「漢籍」なわけですよ。ようは、きみたちの嫌いなシナこそが絶対的だったわけ。田母神氏がフランスの話を引き合いにだしていたから、ちょっとフランス語事情から言ってみると、「歴史histoire」という言葉は同時に「物語histoire」でもある。お察しの通り、「ストーリーstory」という言葉歴史historyからきている。「真の日本」っていう歴史的問題は、つまりストーリーの問題でもあるわけ。「天皇だってストーリーの問題でしょ? で、ストーリーっていうのは、小説家歴史家なら当然知っているように、始点と終点がすごく重要なんですよ。例えばフランス革命だってベルピエール処刑を終点とした一定ストーリーをもとに語られることが多いけど、ナポレオンの時世までをフランス革命物語として考えたら、少なくとも、ロベスピエール立ち位置っていうのは少ならず変化する。「真のフランス革命」を探究しようとしたって、じつはそう簡単に出てくるものじゃないし、歴史ストーリー抜きに語ることの困難さっていうことは歴史家が身に染みて分かっていることだ。私は「真の日本」にも同じ問題を感じるよ。もしね、もしだよ? 「日本派」の人びとが、自分たちの語るストーリーけが真実だって言い出したら? うん、それはカルトと呼ばれるもののはじまりです。だからね、私はカルトになんてなってほしくないわけですよ。「真の日本」なんてそう簡単に見つかるものではないんですよ。それは江戸時代の複雑な歴史ちょっと知っていれば分かるはずなんですよ。だから戦後レジームとか、そういうカルト的言動は慎んで、とりあえず江戸時代に沈静して、マトモな日本人になってほしいな、と思うわけです。

  ☆

追記。ちなみに、「日本派」の原理性をここでは言いたかったのだけれども、そうした右派原理主義をおしすすめると結局左派原理主義ともつながってくる、ということを確認しておく必要がある。どっちも現実を見ずに理想に邁進してしまうから当然だよね。だからアナーキズムファシズムには融和性もあるのだし、石原莞爾みたいな人を一人考えてもそれは分かるでしょう。あるいは、三島だってそう。でもこの話は長くなるのでまた今度。

追記その2。「中国派とアメリカ派」っていうのは、行動原理の奥底に、「中国に利するように」等の陰謀をその人が持っている、と田母神氏は考えている、ということだろう。いわゆる「田母神論文」もそうだったけれども、思考法が基本的に「陰謀」に帰着するという単細胞ぶりには、思想が右であれ左であれ、注意しなければいけないと思う。「陰謀」で全て片づけてしまうと事象の繊細なニュアンスを捉え損ねるからだ。「チャンネル桜」では、サヨクという言葉で全ての悪を表象しているわけだけれども、こういうマニ教二元論によって自らが思考停止しているということに気がつかなくては、ネトウヨ新右翼コミュニティを脱して「民意」を掴むまでにはほど遠いと言わざるを得ない。これは戦術上そうなのだ

 
アーカイブ ヘルプ
ログイン ユーザー登録
ようこそ ゲスト さん