はてなキーワード: 規則とは
(ただし、職務と責任の特殊性・欠員補充の困難性を有する医師等については、66歳から70歳の間で人事院規則により定年を定める)
ということは、検事総長についてもあてはめられるし、黒川を検事総長にさせてしまえば、この規則を基に70歳まで検事総長をやめさせることはない。
こっちが狙いなんじゃないかと思ってきた。
内閣の行政権が国民に向けられている!けしからん!というツイート。
いや、行政権が内閣に属するのは憲法にも書いてある当たり前の事だろう。官邸の図は何も間違っていない。
第六十五条に「行政権は、内閣に属する。」って書いてあるだろう。
行政権が内閣以外に属していて、しかも国民以外に向けられているという理解なのだろうか?
さらにツイート主は国民から内閣への世論の矢印が無いと批判している。
内閣は世論を尊重するにはするが国会で成立した法律を執行するのが三権分立の根本的な意義だ。
三権分立の説明図でこれを省略するのは何もおかしくないし「概要」図でそこを難詰するのは難癖でしかない。
そもそも高校の教科書やデジタル大辞泉といった学術書とは言えない書籍を引き合いに出すのは、どうなんだ。
これに続くリプライも頭を抱える。
じゃあ行政権はどこに属するんだよ。日々の行政はどこの誰が誰に向けてやってるんだよ。
憲法読んでないのはどっちだよ。
最高裁判所が終局判断するんだから最高裁の方がより正確。これも憲法に書いてあるじゃないか。
第八十一条 最高裁判所は、一切の法律、命令、規則又は処分が憲法に適合するかしないかを決定する権限を有する終審裁判所である。
遠く離れた部署にいたりしてほとんど会わない同期について、思うところがあるので書いてみる。
○同期その1
一時期は自分にとって一番親しい人だと思っていた。入社してすぐのときは一緒に遊びに行ったりすることも多かった。が、よくよく発言を聞いていると明らかに私のことをバカにしており、こっちから「遊びに行こうよ」とか言うと嘘くさい理由で断ってきたり、メールだったら全然返事を寄越さなかったりした。
当時の私は人の言葉を文字通りにとる傾向があり、なかなかメールに返事がなくても「忙しいんだな」程度に思って一週間後に同じような誘いをしたりしていた。もはや断りきれないと悟ったときとか、頭数を集めたいときは一緒に遊んでくれたが、もはや年賀状だけの付き合いになっている。
仕事に関しては自信があるらしく、出来ない人間のことはコテンパンに言うのだが、女性としての魅力には劣等感が強く、「オヤジ転がしは得意なのに若いのにはモテない」とぼやいていた。別に不細工ではなかったが、中年太りや経年劣化が始まるのが早く、30代半ばにはかなり太ったブルドッグ顔貌の女になっていた。
激務の部署に行くことが多く、生活が不規則なのと、ストレス解消のために食べることが多いので太りやすいのだと思う。友達は多いように見えたが、仕事やプライベートに不満が多いようでいつも眉間にシワを寄せた表情しか記憶にない。自分と価値観の違う人間のことを認められず、他人の長所より短所が先に目につく性格だったので、それが変わらないかぎり、幸せにはなれないと思う。
○同期その2
優秀だと評判で、彼女を悪く言う人を見たことがない。ただ、私はコミュニケーション能力が低いせいか、頭脳レベルが彼女と違い過ぎるのか、一緒にいてもあまり会話が弾まなかった。
あと、女性として人気があるかというと微妙なところで、しっかりし過ぎて隙がなく、男性に媚びるようなファッションや言動は一切なかった。職業人としては尊敬されるが、若いときからあまり女の子扱いされることがなかった。若い頃の私は、仕事が出来ると言われるより可愛いと言われることの方に重きを置いていたので、彼女の仕事熱心さに感心しつつも彼女みたいになりたいとは思わなかった。
なまじ仕事が出来ると評判だったばかりに、彼女は採用された部署からなかなか動けなかった。その部署から離れて自分の好きなことができる部署に行きたかっただろうに。自分はあまり上司の覚えがめでたくなかったので、希望の部署に行けるかどうかはさておき、「今の部署を出たい」と言うと上司が喜んで外に出してくれた。出世コースから外れたような部署ばかり回る羽目になったが、いろいろな世界を見られるという意味では面白かったと思う。が、基本的に仕事が嫌いなので、「早く辞めたい」「どうしてもこの会社で働くなら楽な部署に行きたい」と思って過ごしていたが、そんなヤツでも首を切らずにそこそこの給料をくれるので、辞められずに現在に至る。
そして優秀なる同期その2はうちの会社に見切りをつけて辞めてしまった。今のままでは永久に好きな仕事をやらせてもらえないと思ったのだろう。私はその後彼女がどんな仕事をしているのか詳しく知らないが、SNSの投稿を見るかぎりそれなりに時間の余裕のある仕事につき、趣味を満喫しているようである。
私は彼女ほど優秀ではないので、結局今の会社にしがみついている。本当は彼女が転職して上手くやっているようなら自分も辞めてやろうと思ったのだが、比較的楽なはずの今の部署でもひぃひぃ言いながら仕事をしているので、シビアな職場では生きていけそうもない。
老後を迎える頃、私と同期その1その2はどんな人生を送っているだろうと思う。今の会社は金銭面ではそれなりの待遇をしてくれるが、やりがいを求めてあえてそういう組織を離れた人間がどうなるのか。もはや皆50代に入ろうとしているので10年後が見ものだと思う。
学問以外への業務拡張は、部活から始まったように思います。授業についてこられない生徒に活躍の場を、と言って中堅校以下でブラック部活的(スクール・ウォーズ的)に始まり、その有り様が全国化していったような。
1960年代に校内暴力が頻発したのは、様々な理由はあろうかと思いますが、一つの理由としては、戦争PTSDを抱えた養育者(が作った社会)によって育てられた次世代が愛着障害に近い状態になっていたのではないかと思っています。
ブラック部活は、愛着障害の治療の集団療法という側面があったのだろうと思います。愛着障害が存在している状態での授業は困難を極めます。授業を成立させ、生徒に学問を修めさせるために、教員は意図せず心理療法を施していたのだろうと思います。各種行事もそうですね。
そのあたりから、学校に福祉的機能が入ってきて、今は学校によっては福祉機能のほうが学問機能よりも大きくなっているかもしれません。障害を持つ生徒への合理的配慮、個別の支援計画、外部機関との連携。部活動。
教員は、授業を成立させるために、福祉的業務をやむなくやっていたのですが、文部科学省がこれを正式に業務にしてしまうのです。
ただし、それに対する予算措置もなければ、人員の補充もない。専門家集団を校内に組織することもない。外部機関との連携とか、非常勤カウンセラーやスクールソーシャルワーカーの配置はしますが、外部機関だったり非常勤なのでお客さんです。彼らは責任は取れません。
以下は、『身体はトラウマを記録する』という本の抜粋群なのですが、
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太古の昔から、人間は自分の中の非常に強く恐ろしい感情に対処するのに、集団で行なう儀式を用いてきた。古代ギリシアの演劇の内、文字による記憶が残っている最古の物は、踊り、歌、神話の再現を含む宗教的儀式から発達したと思われる。ギリシア演劇は、戦争帰還兵にとっては再統合の儀式だったのかもしれない。
演劇を通してトラウマを治療する。愛と憎しみ、攻撃と幸福、忠誠と裏切りは演劇の本質であると同時に、トラウマの本質でもある。トラウマを負った人は深く感じることを心底恐れている。一方、演劇は情動を身体化し、それに声を与え、リズミカルに場面に関わり、それを体現する。
学校からは、能力と集団の絆をはぐくむために、昔から大事に受け継がれてきた、音楽、演劇、美術、スポーツがどんどん姿を消している。
見捨てられる経験をすると、人を信頼できなくなります。そして、里子は見捨てられるというのがどういうことなのか身をもって知っています。彼らに信頼されるまでは、何一つ影響を与えることはできません。
筋肉を動かすこと、意識の集中が必要な作業をしたりすることは、喪失体験に対抗する大いなる助けである。
教師達は最初、「もしソーシャルワーカーになりたかったら、ソーシャルワークの学校に行っていたでしょう。でも私は、教師になるためにここに来たのです。」といった類いの反応を示すことが良くある。とはいえ彼らの多くは、頭の中で警報ベルがひっきりなしになっている生徒で教室が埋まっていたら教えようがないことを、すでに身にしみて知っている。どれほど熱心な教師や学校システムでさえも、子ども達のあまりに多くが深刻なトラウマを負っていて学習できないために、しばしば苛立ち、無力感を味わう。試験の得点を上げることだけを主眼としていても、教師達がそれらの生徒の行動面での問題に効果的に取り組めなければ、成果は上がらない。
規則を平然と無視する生徒は、アメリカの学校で広く行なわれているように、譴責しても、停学処分にしてさえも、考えを改める可能性は低い。
他者の言葉をしっかり聞き、自分の言葉もしっかり他者に聞いてもらう。他者に本当に目を向け、他者にも本当に目を向けてもらう。
教師が怒鳴ったりする代わりに、子どもが経験していることを言葉で表したり、選択肢を与えたり、自分の感情を説明する言葉を見つけさせ、思いを表現し始めさせたりするようにするべきだ。安全の経験を学ばせるのだ。
(しかし)学校はトラウマを誘発する更なるトリガーとなってしまいがちだ。
トラウマに敏感な教師なら、手に負えない生徒の親に電話をして状況を説明すれば、子どもが殴打され、さらに深いトラウマを負う可能性が高いことに、程なく気づく。
身体はトラウマを記録する――脳・心・体のつながりと回復のための手法 べッセル・ヴァン・デア・コーク https://www.amazon.co.jp/dp/4314011408/ref=cm_sw_r_tw_dp_U_x_mpGTEb5V1TPY4 @amazonJPさんから
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いわゆる教育困難校と呼ばれる学校はこうした子どもたちが非常に多いです。進学校であればこうした子どもは少ないかもしれません。少ないですが確かにいます。教員は守秘義務があるので、他の生徒に知られないようにこれに対応しています。個人情報なのでメディアにも明かされません。
日本の福祉政策の不備を、教員が無償労働で払っているように思えてなりません。でも、そうした子どもを学校が福祉的にケアすることを国民は望みます。学校の教育機関としてのリソースがそちらに持っていかれてしまっているように思います。まあ、そういうことを言うと、福祉的ケアを導入した教育の方が教育効果が高いと言われて、口を封じられるのですが。十分なリソースがあれば効果は高いでしょう。しかし、リソース不足でこれをやれと言われれば機能不全に陥りますね。実際、陥っているように思われます。
30過ぎて女と付き合ったことない童貞で、自分自身の寂しさ、虚しさとともに、
両親にも孫の顔見せてやれなくてすまないなあとか、自分の血はここで終わりか申し訳ねえなあとか思ってたけど、
GWに実家に帰って、両親と話してみたら、親への申し訳なさは薄らいだ
話してみたらというか、話そうとしたら会話にならなかったので、
この親にしてこの子ありか、そりゃ親がこんだけコミュ障なら子もコミュ障になるし、
俺が女と、というか他人とコミュニケーション取れないのもやむを得んわ。って吹っ切れたと言う意味だが
親もそろそろ高齢なもんで、老化で諸々いろんなことができなくなったり、最悪死んだりした場合にどうするか、
いろんなことを考えなくちゃならん。
で、ちょっとその話の一端でも触れようとすると、そんな話はしたくないのだと。
自分らで考えて決める。面倒にはならんようにするから、話をしてくれるな。と。
普通、そういう話って、一方通行じゃなくて、お互いにこうしたいああしたいという目的があり、
それが一致しているか確認して、ズレてるなら妥協点を探るもんだろうと思うのだが、
そういうお互いの利害を探るとか、お互いの気持ちを知るとかそういう歩み寄りの姿勢が一切ないのだよ。
カフカっぽいんだよね。感情的なコミュニケーションがなく、どこかから決定事項が降ってくる。
俺も相当のコミュ障だが、親元を離れて会社で働き、それでまあようやく生きていけるぐらいには、
一般的なコミュニケーションを騙し騙しやれるぐらいにはなったが、
田舎の狭い世界で定年までやってきた両親では、そういう他者とのコミュニケーション能力が発達しなかったのだろう
字下げ増田が今よりも調子が良かった(?)頃に書いた日記の断片を見つけた。
2002年4月10日から2003年3月11日まで,九州北部の某予備校で寮に入って勉強し,一浪の末,ついに東京大学文科Ⅰ類に合格した。
寮での生活は規則正しいもので,出発前の僕の生活とは正反対のものであった(一年前の日記を参照)。おかげでスランプも体調不良もなく無事に受験生活を終えることが出来た。
僕の人生でこの一年ほど充実した一年はなかったであろう。一年前,入寮した時はウツであった。何せパソコンがないのである。
直ちに禁断症状が現われた。しばらくは勉強できず,書店で「2ちゃんねる」という本を買って読んだり,プリントの裏にモナーの絵を書いたりしていたのであった。
しばらくすると,寮の生活に慣れた。これほどよい生活はない。早朝起床,散歩に朝食,登校して授業ないしは自習,下校して夕食,入浴,そして夜自習して就寝。
これを一ヶ月ばかり繰り返すと,精神・体調ともに安定し,頭はスッキリし,プラトンのいうイデアの世界が透視できるようになるまであと一歩という,清澄で健康な心身の状態に到達していた。
また,現役時代と違い,予備校でのそれ相当のレベルの授業に毎日欠かさず受けることにより,学力の底上げと精神の安定がもたらされ,7月のYゼミ東大プレではA判定で成績優秀者ランキングの上位に掲載された。
また8月の河合OP,駿台実戦でもA判定を得ることができた。秋のOP,実戦では解答欄ミスが目立ちB判定と不本意に終わったものの,12月のYゼミ東大プレでは総合300点近くを達成し,全国で50位になった。
センターは645点で不本意に終わったが,その後の追い上げによりセンターでのビハインドをカバーできるくらいの二次力をつけ,結局合格した。とにかく最高の一年であった。
これほど生活にメリハリがあり,また自分でよく考えて受験計画の立案と実行をおこない,それを完遂して見事合格したという経験は以後の人生のための大きな糧となるであろう。
👨⚕️「魚を食え」
👨⚕️「3食規則正しく食べろ」
👨⚕️「腹八分目でやめろ」
👨⚕️「21時以降食べるな」
👨⚕️「塩分と脂は摂りすぎるな」
👨⚕️「ジャンクフードは食べ過ぎるな」
👨⚕️「暴飲暴食やめろ」
👨⚕️「毎食後30分以内に歯磨きしろ。デンタルフロスもしろ」
👨⚕️「歯磨きした後はうがいしすぎるな」
👨⚕️「タバコ吸うな、酒はほどほどに控えろ」
👨⚕️「睡眠前の2時間はテレビ・スマホ・PCモニタを見るな」
👨⚕️「乗り物使わず徒歩で移動しろ。エレベーター使わず階段使え」
👨⚕️「毎日9時間以上椅子に座るのは健康に悪いからやえろ」
👨⚕️「ゲーム・スマホを使う時は1時間たったら15分休憩しろ」
👨⚕️「髪は二日おきに洗えば十分。メリットは使うな」
👨⚕️「手で顔を触るな」
👨⚕️「帰ったら手洗いうがいしろ。手洗いは爪の間や肘までやれ」
👨⚕️「虫刺されはかくな」
👨⚕️「耳かきはするな」
👨⚕️「首バキバキ指ポキポキはやめろ」
👨⚕️「オナニーは男女関係なく健康に良いからやれ。男なら月に21回以上の射精が目安」
👨⚕️「ネットの医療情報を鵜呑みにするな。自己診断するな。信用できる所だけ見て参考程度にしろ」
🙎♂️「はい」
https://anond.hatelabo.jp/20200226010709
コワーキングスペースに休会届を出し、自宅にこもって仕事を始めてから1ヶ月が過ぎた。もうずっと長いこと在宅勤務をしてきて、気分転換にコワーキングでも行くかー、と契約した翌月にもう休会である。頭を抱えたし、いつまで引きこもりが続くのかと気が遠くなったけれど、辛い気持ちもいくらか薄れてきて、いまは淡々と仕事をこなしている。
これはただの日記だから他人の参考にはならない。けれども俺は他人の生活を参考にしたいので、ブコメやトラバに在宅勤務の知恵が集まってくれればうれしい。
たまねぎを大量に買っている。粗みじん切りにしてホットクックに投入し、10分ほど炒める。しゃもじでかき混ぜたら、低温調理モードで90℃にして16時間、これでメイラード反応が進む。もっと短時間で大丈夫かしれないが、よく分からない。意識が低いので、とにかく放置で作る。
大量の飴色たまねぎが出来上がる。ジップロックに入れて冷凍庫へ。なるべく薄く広げて凍らせると、使うときに折って取り出しやすい。たまねぎを生のまま保存するより場所をとらないし、ミートソースを一瞬で作れるし、バターとコンソメですぐにスープも作れる。
その他、根菜や肉や魚のことも書きたいが、料理の話だけで何千字でも書けてしまうので省略。
直接会っての打ち合わせ依頼はすべて断っている。すべてといっても今月は1件しか来ていない。今このタイミングで会いましょうと言ってくる人間は、将来的にもなるべく関わらないほうがよい。
とはいえ、営業どうしようかな……と思っていた矢先、いくつか新規の問い合わせがあり、ビデオ会議やメールでやりとりしている。おそらく受注は決まるだろう。対面ではコミュニケーション能力の低さが露呈してしまうが、メールならば文章力で勝負できる。ピンチをチャンスに、みたいな言い方は大嫌いだが、それはそれとして仕事は全力で取りに行く。対面で上手く話せない人間にとって、いまが好機なのは事実だ。
ビデオ会議は嫌いなので最小限にしたい。意識が低いので嫌なことは徹底的に避ける。相手の顔を全画面で見たくないのでウィンドウをとても小さくしている。向こうもべつに顔を見てほしくないだろう。自分もあまりカメラを注視せずに、メモを取ることに注力する。
朝起きて食事をとってから、そのまま仕事を始めてはいけない。少なくとも俺は無理だ。3分や5分でも、必ず散歩してから机に向かう。この儀式だけで頭がだいぶ切り替わる。
日中も2~3時間ごとに外へ出る。何も用事がなくとも自転車で近所をぐるりと回ってくる。スマホで花や若葉の写真を撮ってSNSにアップする。自宅から半径300メートルの範囲内に、被写体は意外とたくさんある。スマホのカメラはとてもマクロ撮影に強いから、地面スレスレに置いて草花や虫を撮ると楽しい。虫目線になれば世界は広大になる。ミニ三脚を買って、動画を撮るのも良いだろう。だんだん散歩じゃなくてカメラの話になってきたので以下省略。
規則正しく仕事したいが、できていない。早起きして遅れを取り戻そうとすると、子どもが一緒に起きてしまう。食事を作ったり一緒に遊んでいるうちに9時を過ぎて、さらに、なぜか昼になっている。午後からようやく仕事を始めるが、子どもが乱入してきたり、おやつを作ったり、夕食を作ったり、ほとんど進まないままで夜になっている。
子どもたちが寝てからようやく仕事を始め、午前2時や3時に力つきて眠る。進捗はニャオスだが、取引先にニャオスといっても通じない。不規則な勤務ながらも深夜や週末に頑張ってなんとか帳尻を合わせる。
小学校が休校になって2ヶ月、子どもは完全に勉強に飽きている。学校からは大量のプリントの束をもらったが、毎日これに向き合うのは苦痛だろう。それでも2時間はやっていて偉いなと思う。
出費を増やしたくないが仕方なくスマイルゼミを始めた。ジャストシステムといえばATOKや一太郎や花子の会社だから、変なものは作らないだろうと思い、他サービスとは比較せずに決めた。今のところ楽しそうなので多分続ける。学年が上がるごとに月会費が上がっていくのが辛い。どこかで離脱するかもしれない。
タブレット学習は視力悪化が心配なので、15分のタイマーをかけて定期的に休ませている。そういえば自治体によってはYouTubeで授業配信とか始まってるけど、長時間の視聴はかなり辛そうだ。毎日PCに向かいっぱなしの俺が言っても説得力はないのだが。
時々、勉強に行き詰まった子どもが奇声をあげる。ワイヤレスイヤホンをつけて、その上からイヤーマフを付ければ何も聞こえない。こちらも仕事を中断すると再開が難しい。子どもの勉強はあとでまとめて見る。
家族の共用スペースは毎日ちゃんと掃除している。自分の仕事机は気がつくと酷いことになっている。子どもが読んだドラえもん、生協のカタログ、手作りマスクの材料、カメラ、レンズ、菓子、空き缶。これらを定期的に片付けないと仕事に集中できない。とりあえず視界に入らないように、椅子の後ろ側にすべて持っていく。片付けたとはいえないが仕方ない。週末にまとめて掃除する。
福満しげゆき「妻に恋する66の方法」を読んでほしい。そして福満さんのツイッターをフォローする。「妻~~」という気持ちになる。他にもKindleアプリで恋愛漫画を読んだりして、恋する気持ちを燃え上がらせるのが良いんじゃないかな。まったく無責任なことを俺は書いている。他人の参考になるかどうかは知らん。
非常に個人的なことを書くと、俺は自分の妻を見ていると心拍数が上がるくらい大好きだ。よくふざけて妻に「結婚してくれ!」と言っている。世の中がこんなときだからこそ恋愛は大事だ。もちろん恋愛対象が二次元でも良いのだろうし、三次元のアイドルでも、猫でも良いのだろう。俺は最近、コワーキング近くの野良猫に会いに行けないことが寂しい。
平日に仕事をして土日に休む、というリズムには拘らずに、臨機応変に対応したほうが良い。家族が精神的に行き詰まっているように見えたときは、仕事を放り出して一緒に散歩に行く。週末に混んでいる場所でも、平日の午前中はいくらか空いている時間帯もある。逆に、週末の外出はなるべく避ける。
在宅勤務になれるまでは、曜日の感覚がなくなって辛いかもしれない。けれども慣れてしまえば、曜日にこだわる理由があまり無い。平日に休み、週末に仕事をしても構わない。そのためにも電話やビデオ会議など同期型のツールはなるべく使わず、メールやチャットなど非同期型のツールを使ったほうがいい。スケジュールを自由にするためだ。
前回の記事にも書いたが、電話には出なくていいし、チャットの返信なんか翌日で構わない。これはフリーランスの場合なので、会社員の在宅勤務の場合には難しいかもしれない。申し訳ないけれど、上手い方法を見つけてほしい。
今は大丈夫でも、将来どうなるかは分からない。厚生労働省「生活を支えるための支援のご案内」がよくまとまっている。このPDFをプリントアウトしておくとよい。
https://www.mhlw.go.jp/content/10900000/000622924.pdf
子どもの休校で休んでいる人々には、小学校休業等対応助成金を利用した有給休暇(賃金100%)があるはずなのだが、実際どうなんだろう。手続きが遅れているという話も聞く。
将来の収入がどうなるか分からないのは、フリーランスにとっては今までの日常と変わらない。俺の場合は2~3ヶ月先のスケジュールが決まっていれば良いほうだ。そんな状態で何年も過ごしてきたので、正直なところ収入途絶への焦燥感は薄い。もう駄目だと思ってもなぜか乗り切ってきた。ただしこれは正常性バイアスにもなりうる。
今後もしも何ヶ月も仕事が途絶えてしまうと、さすがに苦しいだろうなと思う。政府からベーシックインカム的なものは欲しい。
前回、2月末というタイミングで「生存戦略」の記事を書いたのは、3月がとても自殺の多い時季だからだ。俺自身はべつに死にたくはないが、季節性鬱のために冬はまったくダメで、その辛い時期を自分が乗り切るために書いた面もある。冬を乗り切ったはずの今、世間はさらに辛いことになっている。
こんなときに、意識の高い人々が発する力強い言葉は、まったく何の支えにもならない。関係性の薄い話に聞こえるかもしれないけれど……以下、たとえ話。
たとえば、もののけ姫に糸井重里がつけた「生きろ。」というキャッチコピーがある。これが弱っている人の支えになるとは思えない。「生きろ」と言われて鼓舞される人々もいるのだろう、それは否定しないけれど、絶対に届かない人々もいる。意識の低い俺のような人間にはまったく何も届かない。
それよりも、青山真治の映画「ユリイカ」の台詞「生きろとは言わん、死なんでくれ」がずっと心に残り続けている。青山真治がもののけ姫を意識していたかどうかは知らないが、俺は、そう受け取った。
死なないことを目標にして生きるのは意識が低いとしか言いようがないし、実際、俺は苦手なことから逃げてばかりの駄目な人間だ。でも世の中がこんなことになり、何よりもまず「死なないこと」が、いまは立派に評価されうる。だから誰もが「死なないこと」を第一の目標に掲げて乗り切ってほしい。
なるべく、ふざけて書こうと思ったのに、大真面目な話になってしまった。にゃーん😺😺😺
本日もちょっと寝坊。というか、二度寝してしまった。もともと人一倍寝ないとやっていけないタイプ。
朝食どころではないけれど、仕事に取り掛かりながらトーストを焼く。抹茶を適当に点てる。
料理は嫌いだけれどもトーストだけは、ホットサンドメーカーを使ってコンロで焼いている(本来の目的であるホットサンドは滅多に作らなくなってきたが、オーブンで焼くよりもパンがカリッとなるのでこの手間だけは厭わない)
昼食は、昨日の夜の残り。
普段よりは規則正しく3食食べているせいか、便通も比較的良い傾向。
室内や台所のごちゃついた状態をなんとかしたいと思い、100均に行ってみたら長蛇の列…「密」だった。
フックなどを買って帰る。
あんなに外食ばかりしてた割には我ながらよく自炊が続いている。
明日は忙しくなりそう。