はてなキーワード: 脳外とは
研修医2年目の女です。当直明けのぼんやりした頭で書いています
このエントリーは決して女性の社会進出を批判するわけでもなく、ミソジニーでもなく、ただ生殖機能の構造をもとに考えた場合この問題はどうにもならないと思って、私が吐き出したかった内容です。不快に思う女性がいたらごめんなさい。
私は今研修2年目で2週間から1ヶ月ペースで診療科をローテーションしています。研修中「うちに入局しない?」と声をかけていただくことがあります。
「うちの科は女性が多いし、女医さんに優しい環境だよ。○○先生も××先生もお子さんがいても働いているし医局としても女医さんを応援しているからね。」
研修中に大体そうした内容でお誘いをかけてくれるのはマイナー科です。言わずと知れた皮膚科、眼科、耳鼻科に加えて直接患者を持たない「病麻放」、内科系ならアレルギー、リウマチ、糖尿病。大体そんな感じ。
医者の仕事量が半端ではありません。わんさと来る外来患者と検査・治療で入ってきた入院患者を診なくちゃいけない。問診取って診察してCT撮って内視鏡入れて薬をオーダーして生検してオペしてetc…どの科もやらなくちゃいけないことがひっきりなしにやってくる。特に大学病院や地域基幹病院は毎日毎日忙しくて、現場は随分疲弊しています。
急変がある科なら尚更です。オンコールで呼び出されることもあれば月10日以上病院に寝泊まりする先生もいらっしゃいます。小児科や産科のような昼夜区別なく患者が来院する科や循環器や脳外など命に直結するような、しかも手術にあたって精緻な手技が要求される科はそうした傾向が強いです。
しかしそんな内情を医師が公に嘆くことは許されません。「命を扱う仕事だから当然だ」「高給取なんだから当たり前だ」と社会の風当たりは強く、まるで私たちがスーパーマンであるかのように、あるいは給料泥棒のように糾弾されるのです。働き方改革法案が可決されましたが、医師は専門職(高度プロフェッショナル職業)だから適応されることはなさそうだよと言った同僚の声の冷たさは忘れられません。多くの乗客を乗せて飛ばすパイロットは私たちと同じように「命を扱う仕事」ですが、福利厚生はパイロットの方がずっとしっかりしています。
私は誰かを治したいとか苦しんでいる誰かの痛みを和らげたいとかそうした優しい気持ちで医学の門を叩きました。
しかし年齢を重ねていくにつれて、私は気づいてしまったのです。この医療という現場は私たち手を差し伸べる側をいつか圧殺するであろうことに。
アドヒアランスが悪い患者さんがいる、患者から叱責される、運悪く死亡してしまった時訴訟問題になるケースがある、昼夜区別なく呼び出される、患者のことだけを考えなければ。
いつからか医者のライフステージも真剣に考えるようになりました。
高校卒業後現役入学してストレートで卒業できて24才です。研修医が2年ありますから、その段階で26才。研修医終えたら希望の診療科に入局です。ここでやっと自分の専門を決められるわけです。そこで何年か修行して専門医取って一人前というのが医者の大まかな流れです。あとは大学に残るも自由、基幹病院行くのも自由、開業するのも自由です。最近は皆さん医学部卒業後に研修医を2年やることは割とご存知かなと思いますが専門医って何?って人が多いかと思います。まぁ箔付けみたいなものでみんな持ってるから持たなきゃねみたいなものです。しかしこの専門医を取るのが厄介なんです。加えて専門医制度は今年大きく刷新され、中でも内科専門医の変更については議論を呼びました。
この専門医取得については各診療科ごとに決められた常勤年数があります。
今までは1年の研修で内科認定医を取得、その後4年で各サブスペシャリティ(循環器・呼吸器・消化器etc)の専門医資格を得られました。しかし、新制度では初期研修終了後3年の研修で内科専門医を取得し、さらに研修を積んでサブスペシャリティの専門医取得となります。今までは1年でよかった内科認定医を取るためのローテーション研修が2年伸びました。
これがどういうことか分かりますか?今までは26で研修医終わって27で内科認定医、これでいよいよ循環器内科で頑張るぞ!だったのが、29で循環器内科だ頑張るぞ!になったんですよ。このサブスぺシャリティという真のスタートラインが29才になったのが新専門医制度。18才で医学部に入って真のスタートが29才って。
妊孕性が年々低下していくことなんて世間でも認知されていて、国家試験でDown症は高齢出産ほど起きやすいなんて選択肢まで出すのに私たちはいつ妊娠すればいいの?29で真のスタートラインに立った、けれど子供産んでから復帰するのであと3年は待ってくださいになるのでしょうか、それとも研修医終わりました、26で子供産んで落ちついてからから内科認定医取ります、みたいな流れなんですか。
「命を扱う仕事だから当然だ」「子供産みたいなら医者になんかなるな」
世間様はそう言う声が多数派なのかな。しかし私だって結婚したいし子供が欲しいし人間的な生活を送りたい。
あぁ、私みたいなのが医者になったのが間違いだった。知らない誰かを最優先できる人、自分の、女の、幸せ全て投げうてるような人が「女医」として許される人間なんだと自責する日もあります。でももう私も26だから。辞めて今更人生やり直せないの。ごめんなさい。
「小児科の○○先生さ、終業と同時に走って帰っていくの。そうしないと保育園にいる子供のお迎えに間に合わないから。旦那さんも産婦人科だからさお迎えは○○先生なんだって。…ああはなりたくないよね」
同期はこんなことを言っていた。小児科の○○先生みたいになりたいって女性学生はいるのかな、私の周りにはほどほど働いて後は子育てしたいって人が多かったです。
じゃあ何科に進もう。
そうです、マイナー科です。言わずと知れた皮膚科、眼科、耳鼻科に加えて直接患者を持たない「病麻放」。
「うちの科は女性が多いし、女医さんに優しい環境だよ。○○先生も××先生もお子さんがいても働いているし医局としても女医さんを応援しているからね。」
こうした声をかけてくれるマイナー科に行こうと思いました。マイナー科は大体5年で専門医取れるし、急変も少ない。患者も少ない。もしくはない。
最高の仕事場だと思いました。ここに骨をうずめようと。
しかし女医の復帰を支えるマイナー科同期男性医師の気持ちになって考えるとこれまた嫌な話なのです。女医が産休に入った分、自分の業務は増え所詮人の子のために尻ぬぐいをしなくてはなりませんから。子供を産もうとする女医は結局どこまで行っても腫物なのです。最近は女医の復職支援も行っていますといった講演や広告も見ますが、「命を扱う仕事なのに途中で離職したり産後フルタイムで働けないならそもそも中途の女医じゃなくて最初から男医採っとけばいいじゃん」という反論にはぐうの音も出ません。
昨年度の私の卒業した大学の入試面接では「最近女医が増えてきていますがそのことについてあなたはどう思いますか?」という質問があったそうです。
…なんて答えればいいのか私には分かりません。
ここまでつらつら書いてきて結局何が言いたいのかというと「医者という仕事が壊滅的に女性のライフステージに合っていない。」これに尽きます
H24年度の調査で医師全体に占める女医の比率が19.7%、医学部入学者に占める女性の割合は33%を超えていて今後も増加が見込まれています。相対的に医学部の男子学生減り、将来的に男性医師も減っていくでしょう。しかし女性医師の多くは妊娠出産で途中で離職します。加えて女性医師は出産・育児を考えた場合、以上のようなマイナー科を積極的に専門に選んでいくでしょう。内科・外科・産婦小児・救急に長く従事する医師は結果として少なくなり、マイナー科はマイナー科でブランクがある女医を少ないベテラン男性医師が支えていく構図が目に浮かびます。
同じ女性の私が、もう医師になってしまった私が、こうしたことを言ってもブーメランにしかならないことくらい分かっています。
しかしただでさえ肉体的にも精神的にもキツイこの仕事を、肉体的に男性に勝っているとは言えない女性が、子供を産める性である女性が、この職業に就くことは誰にとっても不幸なのではないか。そんなやりきれない思いを吐き出したく利用しました。
「医療崩壊」、それは一体何を指すのか。
医療崩壊(いりょうほうかい)とは、「医療安全に対する過度な社会的要求や医療費抑制政策などを背景とした、医師の士気の低下、病院経営の悪化などにより、安定的・継続的な医療提供体制が成り立たなくなる」という論法で展開される俗語(wikipedia)…だそうです。
高齢化が進みますます高齢者は病院にやってくる、医学部は増員したのに「何故か」増えない医師、疲弊する数少ない医者。
医療崩壊はすぐそこまで来ているのだと思います。この危機を救えるのは、働き方改革より何より「医学部の男子学生増員」だと思っています。
私も男に生まれたら、人を治したいという気持ちで突っ走れたのかな。
研修医が終わったら、私は今お付き合いしている人と結婚してマイナー科に入局します。きっと私は後ろ指を指される要領のいい女医になるのでしょう。
「お前、脳みそ入ってんのか?」と問われて、私には脳みそが入っているのかどうか不安になった。
私の頭蓋骨の中に脳みそが入っているのかどうかを確かめることは、相当に難儀することが予想された。なぜなら私は脳外科医ではなくパン屋だからだ。
食パンを切る尋常ではない形のナイフとピザを切り分けるローラーみたいなやつしか見当たらかなったので、それで手術を敢行した。
妻は接客をしている。今がチャンスだ。万が一私に脳みそが入っていなかった際の妻のショックは計り知れないだろう。なぜなら私たちは、私の頭の中に脳みそが入っているという暗黙の了解の元に結婚したからだ。離婚などとなったら誰がパン屋の接客をすればいいのか。
3時間の奮闘の末に頭蓋骨を取り外した。ピザを切り分けるローラーみたいなやつは頭蓋骨を切り分けることもできるとわかったことが収穫であった。
よし、いよいよ自分に脳みそが入っているのかどうか確かめるぞ。手鏡を持つ右手が震える。
その時「あなたー」と妻が入ってきた。「ピザを切り分けるローラーみたいなやつ知らないかしら」
「ちょうど良かった、エカチェリーナ。頭蓋骨の中を覗き込んでみてくれ。私に脳みそが入っているかどうか確かめてくれないか」
すると妻は卒倒してしまった。なんでやねん。そうか、妻は今まで自分(妻自身)に脳みそが入っているかどうか考えたこともなかったに違いない。私が「お前、脳みそ入ってんのか?」と言われて衝撃を受けたように、妻もその疑問に直面して卒倒してしまった。そうに違いない。
解決方法はひとつしかない。妻にも脳みそが入っているかどうか確かめさせてやればいいのだ。妻は私が知る中で最も聡明な女性だ。入っているに決まっている。
果たして、ピザを切り分けるローラーみたいなやつで妻の頭蓋骨を切り開いた。案の定、脳みそは入っていた。
「おい、エカチェリーナ。入ってるぞ」
すると妻は意識を取り戻した。「あなた、良かったわ。私、自分に脳みそが入っていないんじゃないかと」
「何も言うな。もう怖くない。入っていたんだから。ついでに私のも確かめてくれ」
妻は私の頭蓋骨を覗き込む。
「入ってるわ、あなた。脳みそがちゃんとある。誰かがあなたにひどいことを言ったのね。可哀想なあなた。だけど、もう大丈夫。入っていたのだから」
「ただいまー」と息子が学校から帰ってきた。来年からジュニアハイスクールスチューデントになる。
妻と私は目を合わせた。遺伝的には脳みそが入っている者同士の子どもには脳みそが入っているはずだ。だけど。確かめなければならない気がした。妻も同じことを考えていたことは脳みそを見ればわかる。
「ちょっとそこに座りなさい」私たちは脳みそむき出しのまま息子に指示した。
「え、なに?」
「疑ってるわけじゃないんだ。決してそうではない。だけど、確かめなければならない。常日頃からお父さんは、自分の目で見たことだけを信じなさいと言っているだろう。それを今からやる」
「え、でもさ」息子は平然と言う。「いちたすいちはにだし、いちたすにはさんだよ」
私と妻は衝撃を受けた。コイツ、入っている!
私たちはパンを求める客のことも忘れて泣いた。何てことをしてしまったんだ。無償の愛を注ぐべき息子を少しでも疑ってしまうなんて。
息子は続けた。「でもね、父さんには入ってないね」
妻が気まずそうに目を逸らしたのが見えた。私は狼狽した。改めて持った右手の手鏡が震えている。自分の目で確かめなければならないと言ったのは私自身だ。妻はそそくさと接客に戻り、息子は遊びに出掛けた。
「はやく確かめろよ。腰抜けが」頭蓋骨の中から声が聞こえた。こんなに近い距離で明らかに私に向けられたものだったので、聞かないふりはできない。
「あなたー、ピザトーストを焼いて頂戴。品切れよ」店内から妻が言うのが聞こえた。いや、もしかしたら頭蓋骨の中から聞こえたのかもしれない。
「わかったー、いますぐ作るよー」と頭蓋骨の中が返事をするのが聞こえた。頭蓋骨の中から手が出てきてピザトーストを作り始めた。私には脳みそが入っているかもしれないという希望だけが残った。
こういうタイプが上流工程に上がってきたら、一瞬でIT業界の貴族階級たるホワイト職場でも一瞬でブラックになるから困る
「就業規則ではこうなってるんですけど!!!!!!」とか「一つのミスが大きな事故につながる!!!!!」だの
「俺がチームをまわしてる!!!!!!」だのと、こういう面倒なタイプが入って来て、それまでサボりながら持ちつ持たれつでやってたチームが1年で瓦解したという経験がある。
つーかよー、現場の技術者やってただの技術力を未だに誇りにしてるような意識高い系を最上流の職域に雇うなっつーかフロントに出すなよ、オナニーそのものの要件定義や設計して取引先がドン引きしたりとか激怒したりとか、ベンダーの悪口電話口で平気でかまして大問題になっても、顔真っ赤にして技術がわかってないからそんなことが言えるんだ!!!みたいに喧嘩しだすんだぜ、なんで雇うんだよ、こんな奴。
俺がPMやってた時代ならこんなエンジニアいたら、虐めて潰すか、速攻交代してもらってたぞ、マジで。
挙句の果てにPMOもやる!とか言いながら無駄な承認フローや定例会を3つも4つも増やすし報告チャート6重とかにしだして効率ガタ落ちだったし。
若いエンジニアは気を付けような、こういうタイプがいる案件に当たったら速攻逃げろよ、胃袋ハチの巣みたいになるぞマトモに付き合ってたら。
自覚がない増田は、今すぐIT業界から出ていくか、一生下流やっててくれ、頼むから、意識高いこと言いたいなら脳外科いって、改造手術でも受けて先天性のアスペ直してから出直してこいボケが
https://anond.hatelabo.jp/20171119112901
の先生が脳外科医の立場から考察されていて、大体その通りだと思う。
この事件で引っかかったのが、CTまで撮って、頭蓋底骨折の「疑い」なのはなぜかという点。
危機管理委員会が診断書を作成した医師に聞き取り調査を行ったところ、
「診断書は骨折と髄液漏れの両方を『疑い』としたものだ。CTに現れた線は過去の衝撃などによってできた骨折のあとや骨と骨のつなぎ目の線の可能性もある。今回の傷害との因果関係はわからないが念のため骨折の疑いとした」
とのことだが、「できてからあまり時間の経っていない骨折」「骨折のあと」「骨と骨のつなぎ目」これらは明確に所見が違う。
今のCTは0.5mmスライスで断層画像を撮ることができる。ある程度の大きさの病変があれば、修練を積んだ脳外科医、画像診断専門医であれば区別できるはずだ。
仮に一人の医師が見落としたor解釈を誤ったとしても、今回の場合はVIP患者、それも事件性ありということで複数の科、複数の医師が合議して判断しているだろう。
その結果が「疑い」にとどまったのだとしたら、「判別困難なぐらい小さな線」「どうみても正常な線」しか写っていなかったのではないか。
やはり元増田先生の言うように鼻水や耳漏などのそれっぽい臨床症状があって、それが「画像でははっきりしないけど念のため」で診断名に反映された可能性を考えたい。
やれビール瓶だの、アイスピックなどその場の状況も発言者によっててんでばらばらだし
その中で、一つキーポイントになるのが診断書だが、こういった診断書を書くことの多い市中末端の脳外科医がどういう経緯だったか予想してみる。
まず、書かれた病院は済生会福岡総合病院。ここは博多のど真ん中にある大きな病院で救急もやっている。全く怪しい病院でもない。
鳥取で行われた暴行について後日いってるんだから貴乃花親方としては、きっちり証拠を取ってやる、ぐらいのつもりで貴ノ岩を連れて行ったんだろう。
書いた医者は宮城知也先生。直接面識は無いが、科研費とか論文見る限りでは頭部外傷を専門にされているベテランの先生のようで
求められるがままにへんてこな診断書を書いたり、ということは多分無いように思える。
こういう外傷の患者さん、特に暴行とかで証拠が必要、となるとやはり精密な検査をすることになる。こういった有名人とか社会的な問題に成りそうなときは
さらにその傾向が強いだろう。
したがって、電話、もしくは紹介で現役幕内力士が横綱に暴行を受けたということで受診になるというとペーペーではなくその日の一番立場が上(できれば部長)の
外来にまわされ、XP、CT、MRIとできる限りの検査をしたうえで診断書を書くという話になる。
で、内容。
「脳振盪(しんとう)、左前頭部裂傷、右外耳道炎、右中頭蓋(ずがい)底骨折、髄液漏の疑い」
脳震盪はよい。おそらく頭部を打撲した後ふらふらしているという自覚症状に基づいて書いている。そして脳実質についてはそれ以外の言及は無いのでおそらく
職業上T2スター(出血に鋭敏なとり方)で多少出血があっても陳旧性かどうかわからず因果関係が判断できないので危なくて書かないだろう。
で、左前頭部裂傷、右外耳道炎もよい。これは視診で判断できるし、右耳から出血もあったんだろう。耳鏡で見て血腫もあって、でも鼓膜は破損してなかったということで
この書き方になる。右側に張り手を受けたんだろうなぁという感じ。
問題は右中頭蓋(ずがい)底骨折、髄液漏の疑いである。画像上骨折がもしあったら、「疑い」はつけずに断言する。なのでわかるような骨折は無かったのだろう。
じゃあなんでこんなことを書いたのかというとおそらく、受傷後しばらく鼻水か耳漏が止まらなかったという訴えがあったのではないだろうか。
頭蓋底というのは一般的にイメージされる頭の周りを囲む硬い厚い骨ではなく脳実質と鼻や耳をしきるとても薄い骨で、ある程度の衝撃で骨折してしまう。
で、頭蓋底が骨折すると、そこから髄液がもれる。もれた髄液は鼻水もしくは耳漏として出てくることが多い。
リアルタイムで出ていればそれをテステープなどで検査して(鼻水は無糖、髄液は糖が含まれているのですぐに判断できる)髄液漏は判断できる。
でも疑いということは受診時はもう鼻水もしくは耳漏が止まっていて証明できなかった、
でも来る前は鼻水か耳漏が止まらなかった=髄液漏の可能性があった=微細な頭蓋底骨折があったのではないかという考えで
このような診断書となったのだろう。いずれにせよ、血腫もないし挫傷もないし手術するものもないし安静しかないよね、っていう結論だけど安静入院、っていう結末を予想する。
推測するに、できるだけ客観的に丁寧に診断書を書いた結果、こんな大事になったことで宮城先生も困惑されているだろう。
少しでも軽い怪我として内輪でなあなあですませたい相撲協会とかから圧力もかかっていて、とっても大変だと思われるが、あまりこのようなことに巻き込まれず
追記(11/19):ご指摘ありがとうございます。貴の岩を貴ノ岩に表記変更しました。予想という日本語の使い方については、申し訳ありません、今後気をつけます・・・
追記(11/20):元増田です。(この言い方でいいのかな?)反応が大きくてとてもびっくりしてますが、やはり皆さん興味があるところだからなのではないかと思います。思いもよらず放射線科の先生からコメントまでいただいて恐縮です。
ところで、あまり深く調べずに元のエントリーを書いてしまい、改めてみなさまの反応をいただいてから記事をしっかり読んでみました。
右中頭蓋底骨折については、患部をCTスキャンしたところ、骨折線とも考えられる線が確認された。ただ、もともと存在する縫合線である可能性が高く、過去の衝撃等が原因で生じた骨折線の可能性もあり、日馬富士の暴行との因果関係も分からないものの、念のため右中頭蓋底骨折の疑いとしたという。
また髄液漏れについては、右の空洞部分の一部に水がたまっている所見があり、単に右外耳炎による炎症が原因のものとも考えられたが、右中頭蓋底骨折による髄液漏れの可能性も全くないとは言い切れないため、髄液漏れの疑いとした。ただ、実際に髄液が漏れたという事実はないという。
その上で、受傷から日数が経過したことを考えれば、髄液漏れが今後生じる可能性、つまり右中頭蓋底骨折が生じていた可能性は「極めてまれである」とした。
というものを見つけました。そして外耳道損傷ではなく外耳炎であること、頭蓋底骨折ではなく中頭蓋底骨折であるということに改めて気づきましたので、いくつか訂正させていただきたいと思います。(みなさんの興味を引くのかわかりませんが・・・)
まず外耳道損傷と書かなかったことについてですが、もしかしたらこれは直視下で外耳を確認できなかったのではないかと思います。つまり耳が聞こえづらいという訴えで耳鏡でのぞいてみたところ血と耳漏で観察ができなかったのではないか。なので外耳道炎とした、ということです。
この言葉の使い方で、右外耳の異常が外傷と因果関係があるかどうかわからない、という担保をつくることができます。事後コメントの「単に外耳炎による炎症」という言い方もなんとなくその方向なのではないかと予想できます。
また、これはうっかりしていたのですが中頭蓋底骨折の疑いだったのですね。一般的に鼻漏は前頭蓋底骨折、耳漏は中頭蓋底骨折で生じますので、鼻漏は存在せず、耳漏のみ存在が疑われる状況であったということを指し示します。
右の空洞部に水がたまるという表現からは、画像上(CT,MRI上)中耳、もしくは外耳に液性成分が認められたことが考えられます。
したがって結論としては
「CTとってみたら骨折線はまぁわかんない(多分縫合)。だけど外耳に水たまってるし受傷直後だし、髄液漏かもしんないし中頭蓋底骨折もあったんじゃないか?」という推測の元かかれた診断書なんじゃないかと予想します。
同業者の方は理解していただけるかと思うのですが、暴行とか事故の被害者、というふれこみで診察、診断書となるとやはり被害者を目の前にしていることもあって、お気の毒に思って考えうる状態の中でいささか大げさな方に判断しがちなところがあります。
宮城先生ももしかしたら、そういう心持で書いちゃった診断書が今一人歩きして大変になってて困ってらっしゃるのかなーと思い、だとしたらお気の毒で、自分も反省しつつ、この騒動が早く収まることを祈らせていただきます。
米フロリダ州のホテル・飲食業管理当局が同州パームビーチにあるトランプ大統領の豪華別荘「マール・ア・ラーゴ」の調理施設を今年1月に検査し、13項目で衛生基準違反を見つけていたことが15日までにわかった。
このうち3件は食物関連の疾病などを直接もたらす恐れがあるとして、緊急の対応を求めたという。
2件は生肉保管に関するもので、トランプ氏の好物であるミートローフなどに使われる牛肉も含まれた。冷蔵温度の上限値と規定されるカ氏41度(セ氏5度)を超える状態で保存されるなどの不備を突き止めていた。この他、寄生虫除去が不十分となる方法で調理した海産物の提供も指摘。魚類は十分に調理することを求め、そうでない場合は投棄することを促した。
衛生検査は今年1月26日に実施されたもので、トランプ氏の大統領就任後では初めてだった。今回の違反事項の発覚は地元紙マイアミ・ヘラルドが最初に報じていた。
マール・ア・ラーゴは会員制の施設。衛生基準違反の指摘を受け、必要な是正措置を実施し最終的には検査に合格したという。
トランプ氏は同別荘を1985年、500万ドルの価格で購入。今年1月には入会金を倍増し20万ドルとしていた。1月時点での会員数は480人で、上限は500人と設定している。
トランプ氏は大統領就任後、週末を過ごすため別荘を再三訪問し、ゴルフなどを楽しんでいる。今年2月には日本の安倍晋三首相夫妻を招待する首脳外交にも使用していた。
フロリダ州の公式データによると、マール・ア・ラーゴが何らかの法令違反容疑などで調査対象になったのは14年以降、計55回に達する。
なぜ子孫を残すのか?
ってのは、原始時代では疑問になっていない。
本日のツイッターで、「ブスだから、自分の遺伝子残したくない。不細工遺伝子は自分で断つ」というものがあった。
これは一瞬納得しかけたが、本当にそうか?と感じた。
確かに、子供に同じ不幸を味合わせるのは辛いのだろう。
しかし、子供を作れば、自分の達成できなかった夢なり、子供が大金稼ぐ可能性があるわけだ。
そのあたりの、野心って言うかな。よりよい自分の可能性の追求っていうか。
もし子供が、超天才で、天才的な数学者になったり、ノーベル賞でもとったら、自分の人生100%肯定されまくっちゃうだろ。
そういう可能性も考えると、「自分の遺伝子を残したくない」に拮抗しちゃうんじゃないか?
他人に優しいから、子供を作りたくないというのは、話としてはよく分かるんだけど。
自分勝手に生きるなら、子供を自分の野心のために作るってのも、話としてはよく分かるんじゃないか?
ま、もちろん、相手次第だけどねw
しかし、誰もが目をそらしてきた問題であったことは間違いないだろう。
障害者が安楽死できる世界、介護をしたことがある者なら賛成するのではないだろうか?
介護者、特に身内としては精神的に疲弊し、思ってはいけないとわかっていても心の奥で感じてしまう、身内に対する「死んでくれたら」という感情。
私の身内の脳外科医も、様々な命を救ってきたが、ただ生きていることだけが本人の幸せとは限らないと言っていた。
患者によっては負傷したまま亡くなった方が幸せなケースもあるだろうと。
私自身、ある障害を患っており、死ぬことができるなら心の底から死にたいと思う。
家族ともよく話す。自分が寝たきりや要介護者になったら、早く死にたい。
安楽死できるならしたい。
ルールで第3者が人の命を終わらせることができない。
だが、虐殺という部分にのみ焦点を当てるのではなく、この現状に目を向けなくてはいけないのではないか。
最近のトレンドは、QOLのよい科(皮膚科とかの楽な科ってことね)に行くってこと。あるいは、ちょっと挑戦心あってもマイナー外科(耳鼻科とか眼科とかのやや手技あって楽に開業できたり)。
でもさ。一応医者になるんだから、それなりに意味のある科に行きたいよね。個人的には田舎の地域医療とかいいじゃん、って思うんだけど。
でも、そういう道を選ぶときに、じゃあ心臓外科、じゃあ産婦人科、じゃあ小児科を選べるかっつーと、選べない。
だって、まだ20代だよ?30、40、50、60って一生働くのに、心臓外科とか選べないじゃん。あるいは脳外科なんて選べない。人生終わっちゃうよ。
選べないから、誰も行かなくなるんじゃねーの?って思うんだけど、驚くことに、それなりの人数が未だにキツイ科に行く。使命感+興味なんだろうけど。
一応、各科、逃げ道っつーか、楽になる道はいくつもある。
たとえば産婦人科でも、生殖医療って道がある。たとえば、脳外科でも教育やリハビリって手もある(てか、50代で手術きつくなるから、たいてい別の領域に行くのがデフォルトだね脳外科)
だとしても、無理でしょ。
お金っていう話で言うなら、むしろ楽な科に行って、研修医終わった後3年医局に居て。専門医取ったら田舎でノンビリしてバイトで稼いだほうがはるかに稼げるっぽい。
やりがいっていう意味でも、楽な科がやりがい無いわけでなく、いくらでも自分のライフスタイルに合わせて研究で大学院行ったり、留学なりすればいい。
若い内にもっと医学以外のチャレンジングな分野いくらでもあるじゃない。
そう思うと、とてもじゃないけど、キツイ科を選べない。
これ、別に俺が無能だからとかじゃなく、クッソ優秀な奴でもそういう考えで楽な科に流れる。全国1桁レベルの頭脳の奴でも。
むしろ、キツイ科に行くのは体育会系でラグビー部とかやってた奴のイメージかな。そういう感じで流れていく。
ちょっとね。俺だって、そりゃ格好いい科に行きたいよ。やりがいとか興味でさ。
でも、余りにも選べないくらいキツイじゃん。生活壊れて当たり前前提とか、職業として成立してないじゃん。
職業として成立してない科に誰も行かないから、ますます人が足りなくなる。これ、異常だと思うよ。
もう少し、看護士がオペの助手に入れるとか(海外では普通にある制度)、看護士がカルテ書くとか(海外では普通にある)。
そういうの認めるのがいいんじゃないかなあ。
あ~でも、そうすると、虫垂炎やソヘルみたいな簡単な手術も看護士がやるから、医者が大変な手術ばっかりになって益々疲弊するんかねえ。
この連鎖、なんとか断ち切ってほしい。
俺が研修あけるまでに、頼む~
母子家庭だった。
母ひとり子ひとり。
僕の教育は祖母がした。
母は仕事がきつかったのか、よく僕にあたっていた。
僕を管理しようとし、意にそぐわないことをすると叩く、怒鳴るという人だった。
僕は祖母が大好きだった。
祖母が死んだ。
これ以上ないくらい泣いた。
母の知り合いの息子さんは脳外科だったが、腫瘍マーカーの結果を見てすぐに大きな病院へ紹介状を書いてくれた。
1度目の手術は大成功。ただ、浸潤していたので転移の可能性はあると。
術前から僕は無宗教から、各地の癌にまつわる神様仏様に参る多宗教信仰になった。
「うん、いいよ」
結局、泊まらなかった。
1年が過ぎたころ、母は2年の余命宣告された。
転移していたようだったが、今までと変わらない元気な姿だった。
その頃、初めて「小さい時にすぐに怒られて辛かった」という話をした。
母は僕を無視した。
でも、「それでも僕にとって、お母さんは大事なんだ」ということを伝えた。
目の前で「生きてて欲しい」と泣く息子を見て、母は喜んでくれていたらしい。
「あの子は優しい子」だと自慢していたらしい。
正月を過ごすたび、「お母さんと過ごす正月は最後かもしれない」と覚悟したりしていた。
同時に「このままずっとこういう調子なのかもしれない」とも思っていた。
2回めの正月を迎える直前、母は歩けなくなった。
骨転移だった。
帰り道の車の運転は嗚咽しながらだった。
3月。
週末に行ったらクリームシチューを作ってくれた。
テレビの料理番組の録画を見ていたら美味しそうだったとのこと。
しんどくなったのか、途中からは僕が作って二人で食べた。
腸閉塞だった。
手術で食べれるようになったが、母は以前の食欲を失っていた。
ある日、母は僕に「大好きだ」と言った。
僕も即答で「僕もお母さんが大好きだ」と言った。
母は泣いていた。
近所のおじとおばに「最高の答えだった」と言っていたらしい。
その後すぐに母は入院した。
先月、母が死んだ。
「何言っているんだよ、当たり前じゃん。また時間作ってお見舞い来るね」と答えた。
これが最後に交わした会話だった。
息を引き取った時、びっくりするほど泣いた。
泣かずに通夜を終えて、翌日、葬式の挨拶をしはじめた瞬間びっくりするほど泣いた。
母が「この人達だけに知らせて」と呼んだ参列者は全員泣いていた。
僕が本音で思っていることを伝えても問題ない人は、この世に存在しない。
会おうとも思わない。
死んでから一ヶ月近く経った。
祖母が死んだ時は「まだ病院で入院してそう」って思っていたが、母のときは「いなくなった」という喪失感がすごい。
後悔しているのは2つ、仕事なんて辞めて同居すればよかったこと。
手術前、恥ずかしくなって母を抱きしめなかったこと。
なんで恥ずかしがったのかわからない。
仕事柄、役所への手続きが得意だった母。この報告ができない。したい。
まわりは親をなくしていない友達が多い。
親をなくしていても、片方だったり。
仲の良い女の子に思い切って話してみたら、「ちょっと重いね。私にはわからないけど辛いんだね」と言ってくれたが、僕と別れた後のSNSでは楽しそうにしている。
当たり前だと思う。僕もきっとそうだっただろうし。
「わかってくれない」と嘆いたりはしない。わからないのが当たり前だ。
親と死別しているという人は少ない。
だから、どんどん誰にも話せなくなっている。
辛い。
闘病中に行った飲み会で「親と会える時間って計算してみ。本当に無いから。だから、みんな実家帰れよ」って言っても、「真面目だな」としか言われなかった。
そんなもんだ。
失って初めて気づくんだし。
そんなわけで、オチはない。
みんなは親を大事にして欲しい。口うるさいだろうけど、親身で口うるさく言う人なんて親ぐらいだよ。
嫌味で口うるさい人は会社に山ほどいるけど。
残り時間は思っているより少ない。
イライラするかもしれない。でも、優しくしておいて損はない。
優しくしていないとびっくりするぐらい後悔する。
http://www3.nhk.or.jp/news/html/20150805/k10010179491000.html
上記を読んでのもやもやを書き出しとく。
「認知症」というのは基本的に症状名であって、病名ではない。「認知症がある」といったときにその原因となる病気が存在していなければならない(アルツハイマー病とか脳卒中とか)。
なので「アルツハイマー病の薬」はあるが「認知症の薬」というものは存在しない。
日本で認知症を診ているのは主にneurologist(神経内科医)と psychiatrist(精神科医)。ややこしいが神経科というのは本来 neurology の和訳としてつくられた言葉だが、実際には psychiatry とほぼ同じ意味を指している。
この記事に出てくる老年精神医学会というのはほぼ精神科医の集まり。これを出すのであれば神経内科医の集まりである日本神経学会もださなきゃダメだろう。
で、認知症とは何かということだが、
「一度正常に発達した知能が何らかの原因で減退し、そのために社会生活に支障を来す状態」
ということだ。これをみればわかるが正常と異常の境というのはそんなに簡単ではない。誰が診ても正常という人と誰が診ても異常という人はいるが、その中間層は簡単に判断できるものではない。さらに言えば知能は減退しているが、社会生活には支障を来さないという状態(これは軽度認知機能障害と呼ばれる)もあってややこしくなる。
ちなみに社会生活に支障を来すというのは、一つは対処行動がとれるかどうかということ。具体的には「この人を知らん町に放り出しても、ちゃんと周りの状況を判断して家に戻ってこれるか」ということ。こんなん、家族か周りの人間に聞かないとわからんし、ちゃんと線引きできんだろ。一応、CDRとか生活状況を確認するための質問票はあるが、やたらと時間がかかったり、そもそも細かい生活状況を把握している人がいなかったり、ルーチンで全員に行うのは難しい。
次に行く。「正しい病名はせん妄だった」とあるが、「せん妄」というのは症状名なので、基本的には原因というものがある(ただし、原因がよくわからず「年のせい」とせざるをえないものもある)。酒を飲んでせん妄になることもあるし、そもそもアルツハイマー病もせん妄の基礎疾患になる。これを書いた記者が病名と症状名をごちゃごちゃにしているからわかりにくいのだ。あと「病名:せん妄」とする精神科医にもいいたいことはあるがやめとく。
次。アルツハイマー病の誤診例で実際はうつ病だったとあるが、そもそもうつ状態というのはアルツハイマー病の初期症状でもあるだろうが!(ちなみにアパシーといって周囲への無関心、やる気のなさもアルツハイマー病の初期症状としてある)
ある程度症状が進行して画像でもアルツハイマー病に典型的な所見が出てくればともかく、初期の状態でうつ症状のあるアルツハイマー病とうつ病を厳密に鑑別することはできねーよ!結局、最初の時点である程度決め打ちして治療経過をみながら診断を考え直すしかない。「後医は名医」という言葉がこれほどあてはまる分野もないだろう。
最後。認知症の専門医の堀智勝名誉院長って誰かと思えば、脳外科の医者じゃねーか!全く専門家じゃねーよ。この患者さんは、たぶんコリンエステラーゼ阻害剤の副作用がでてて、それをやめたらよくなったというのはそうなんだろう。ただ、本人(もしくは家族)が何かを訴えて最初に病院にかかったんだろ?そちらは結局なんだったんだ?それこそ鬱だったんじゃねーの?単なる健忘症だったってこと?
東京女子医の名誉教授を引っ張ってくるのなら、岩田誠先生を引っ張ってくるべきだろう。この人の方がよっぽどガチの専門家やぞ。
そもそも誤診とか気軽に言ってくれるなよ。誤診というなら正しい診断とは何か?ということが問題になってくるだろ。
この辺は臨床診断と病理診断の違い(最終診断というのは亡くなった後に脳をあけてみるまでわからん!)や、薬の問題、アルツハイマー病以外の認知症を来す疾患の話などいろいろあるが、しんどくなったので終了。
会ったことのないひいおじいちゃんの頃から私の家は開業医をしている。怪我や病気を治すおじいちゃんとお父さんをずっと見てきた。特におじいちゃんは近所の人からも人気で私が小さい時はよく手をつないで近所を散歩すれば道行く人に話しかけられた。私は8人いる孫の中で唯一の女の子だったのでたいそう可愛いがられたという自覚がある。おじいちゃんは私になんでも与えてくれた。物しかり知識しかり。忙しいお父さんとお母さんが運動会に来てくれなくてもおじいちゃんが一緒におにぎりを食べてくれたので寂しくなんてなかった。
おじいちゃんはなんでも知っていた。道端に咲いてる花の名前、鳴いている鳥の名前。明日の天気。おじいちゃんは私のヒーローで先生でおじいちゃんにできないものなんてないと信じていた。
進路選択を迫られたとき私は迷わず医学の道へ進んだ。この何もない田舎には最先端の技術を取り入れなければと思い東京に上京もした。東京での生活は毎日刺激的で辛いこともあったけれど充実している。ちなみに今現在希望しているのは脳外科医だ。何科の医師になるかなんて学友とは話したことのないのではてな匿名ダイアリーだけの秘密にしてほしい。少し恥ずかしい。それでも脳は素晴らしい人間の魅力なんだと思う。半分以上読み取れない脳外科の専門書を1ページ丸々通学時間を使いながら南北線でにやけてしまうのは致し彼方ない。
つい先日、実家から電話が来た。近いうちに帰省してほしいとのこと。放任主義な家庭で帰ってこいと言われるのは珍しく、柄にもなく嫌な予感を抱えながら嗅ぎ慣れた潮風と共に自宅へと戻った。いつもの診療台の横の机にはおじいちゃんの姿はなかった。おじいちゃんは13時という時間にも関わらずパジャマでテレビのリモコンを一生懸命エアコンに向けていた。おじいちゃんと声を掛けても私のことなんて見もせず絶対つかないエアコンへとボタンを押し続けていた。認知症。頭では理解できる。あの分厚いテキストに何ページにもかけて書いてある。レビー小体が溜まって脳細胞が破壊されていくのだ。あんなに美しいと称賛していた脳が怖い。誰しもが平等に起こりうる症状なのだとわかっているからこそ、分かりきっているからこそ、あの強く優しく賢いおじいちゃんに名前を呼んでもらえないことが辛い。
私は明日東京へ戻る。一単位でも落としたら留年だ。休んでる暇なんてない。きっと帰ったらまた同じように必死にレポートとテストに追われる日々が待っている。その日々の中で脳外科の専門書を読みその可能性にトキメクのだと思う。
おじいちゃんの脳は怖いのに、人間の脳は美しいと思うのは可笑しいことだろうか