はてなキーワード: 専門性とは
https://b.hatena.ne.jp/entry/s/togetter.com/li/1360369
あったとして、女でも差別されずに雇って貰えるの?
まさか、男だらけでセクハラされても耐えるしかない、なんて環境じゃないよね?
結婚や出産してもずっと長く勤め続けられてキャリアも積める環境あんの?それをやった先輩女性も沢山いてモデルコース成立してる環境なの?
仮に出産退職せざるを得なかったとして、子供の成長後に専門性生かした仕事に再就職できんの?
フルタイム諦めた場合でも専門性生かしたパートの仕事とか就けるの?
逆に結婚も出産もしなかった場合、高齢独身女として周りにバカにされたりマウントされたりしないような環境なの?
とてもそうとは思えないんだけど。
って考えたら、親がそれより看護学部勧めるのは良く分かるんだけど。
「女が女だからと差別されず一生安定して稼げる、独身キャリアコースもキャリアワーママコースも育児重視仕事はほどほどコースも自由に選べる」
(まあ多少の女性差別に目を瞑れば医学部の方がいいだろうけど、現実的に入れる偏差値あるか分からんし)
いくら憧れの職業だろうと、若いうちの数年間しか勤められない可能性が高い仕事を親が勧めたがらないのは当たり前だと思うんだけど。
高い学費払って結局数年しか勤められず結婚したら専業主婦、なんて事になったら投資無駄になるし。
本人だって後悔するんじゃない?
こういう観点が全くなくて、「看護師にしたがるのは、親の老後に介護させるつもりだからだ」としか思いつかないのって
女が一生働き続ける困難さの想像がつかなさ過ぎじゃない?
細かいボールコントロールがしづらいので、選手が満遍なく散らばり、短いパスをつないで相手のゴールに迫る形になりやすい。
ポジションとしては、前に行くほど攻撃の選手、後ろに行くほど守備の選手、という大まかな役割分担がある。
身体へのタックルが禁止されているので、選手同士の身体的接触は肩をぶつけるくらいしかない。
とはいえ、ボールごと相手の身体を刈るようなプレーはあり、まったくの安全というわけではない。
前方にパスができないので、横一列に並んだ状態で横へ横へパスをつないでいくような形になりやすい。
倒されながらも少しずつボールを前方に運んでいってゴールエリアまで持っていく、というイメージである。
ポジションは、相手とボールを奪い合う「フォワード」と、フォワードからボールを受け取って走りだす「バックス」に分かれる。
すぐにプレーが止まるので、短く区切られたプレーを繰り返していくイメージである。
そのため、あらかじめ「こう投げる」「こう走る」という作戦を決めておきやすい。
ラグビーは後方にしかパスを出せないので、敵はだいたい前方にいて、タックルは正面から行われるが、
アメフトは前方にパスを出せるので、ボールを取った瞬間に後ろからタックルを受けることもあり、ラグビーより危険である(ので防具をつける)。
選手交代に制限がないのでポジションごとの専門性が強まり、プレーが止まりやすいこととあいまって、アメフトの戦略性を高めている。
《仮説の経緯》
・インターネット、SNSの発達で個人がメディアになれるようになった
・常識のある人はネット世論はあてにしない、または知っているが信用はしていないなどの風潮
・インターネットでは、しばしレッテル貼りという行為が行われる。
これは、主観に基づいた一方的な評価・格付である。例:上級国民
・専門家はあえて危険性を考えながら情報を提供するが、素人は危険性を考えずに情報を伝えてしまう。
例:医学に関して、専門家よりも民間医療を信じてしまうなどのケース
・なぜ人は騙されるかという問題に近い、人は都合の良い情報しか受け取らない。
→楽観的な脳の研究。
・レッテル貼りなどは主観的なものであるから、主観から他者への移行する情報。
・実行して結果の母体数が多いほど信用できる。
《考察》
・インターネットの世論は実際に検証した母体数が多いほど信用に値する。
・逆に母体数がすくない専門性の高いものは信用すべきではない。
《結論》
・インターネットの情報は主観に基づくものが多く見受けられるが、実際に検証している情報は信用性が大きくなる。
・SNSの世論は信用すべきかは、母体数の考えから「少なくとも大勢の人はそう思っている」と半信半疑にとどめていた方がリスクは少ない。
《今後》
大型連休で仕事から離れることができてホッとしている一方、時間がありすぎて仕事や人生について考え過ぎ、毎晩真っ暗の中、布団の上で自然と涙してしまうようになってしまった。
端的に言えば、仕事に対するモチベーションが地を這っていて、かといって自分が何をやりたいのかもはっきりとせず、ただ将来に対する希望が見いだせない状況に陥っている。
正直どうしたら良いかわからないので、何かアドバイスが有ればコメントいただければと思う。
現在新卒2年目で、今の会社は学生時代の専攻とは異なるものの、第一希望の会社であった。就職活動はトントン拍子で進み、苦労することはなかったが、違和感は入社してからすぐに感じた。
説明会では自らをベンチャーと称していたものの、ほとんどが大手企業から転職してきた中途社員で占められていることもあり、入社前に思い描いていたITベンチャーのような自由闊達な雰囲気は全く感じなかった。後者のような環境を志望していた自分にとって、肩透かしを食らった。
しかしそれ以上にミスマッチを感じたのは業務内容であり、メーカーと言いつつも仕様以外はすべて外注に任せきりで、自分たちはプロジェクトの管理と、出来上がってきた製品の評価をするだけであった。研究寄りの開発がしたかった自分にとってこれは大きな誤算だった。就活中の面接でも上記は伝えていて、そういうことができるという話であったのでこの点は失敗というよりほかない。また曲がりなりにもベンチャーを称しているのにもかかわらず、肝心の開発は丸投げし、あまつさえ不具合が出ようものなら全力で外注先に詰め寄り、自らを顧みることをしない体質には疑問を感じずにはいられなかった。
そして追い打ちをかけるように、最近ではメンターの社員から、専攻が違うために理解が追いつかない点をなじられることが多くなり、精神的につらい日々が続いている。
できれば学生時代の研究の延長線上に、専門性を突き詰めていきたいと考えているが、転職しようにも学生時代の研究内容は社会に何の役にも立たない基礎研究で、直接生かせるような業務はなく、かといって博士課程への進学もそこまで研究に熱中できるかは甚だ疑問である。
仕事を辞めたいと思って半年経つが、将来が見えないまま時間だけが過ぎ、結局鬱々としたものを抱えながら毎日表面だけはなんとか取り繕って仕事に向かっている。でもこの連休中、仕事のことを考えただけで心拍数が上がるのを感じ、寝る前には自然と涙が流れるようになって、正直限界を感じている。
同期は勤務地が異なるので会えず、友達も関西にはいない。一人暮らしのため相談できる相手もおらず、生まれて初めて孤独を感じる。家に閉じこもるのは良くないと思いつつ外出するも気分が晴れることは無く、結局何もしないまま帰宅してしまう。
将来について、考えれば考える程自分が何をしたいのかわからなくなり、正直疲れてしまった。
どうしたら良いのかわからない。
・困っていること
ホッテントリがすごく偏ってて内容が薄い。
結局無料記事でアクセス数を稼いで広告を見せよう、本や情報商材を売ろうっていうところから離れられないから広告で埋もれてしまう。
なんか自己啓発本とか情報商材とか化粧品のステマとか 正直どうでもいい
トゥギャッター まとめサイトは不滅? まあ面白いけどね、でもどうでもいいな。
ライフハックだ筋トレだ 大体過去の焼き直しばっかりでおなか一杯だな
ブラック企業はつらいよの愚痴、世代間格差はつらいよの巻、氷河期どうすんのよ、年金どうすんのよ、インフレどうすんのよ
現代、東経、BJ、HBO 大体内容おかしい。突っ込まれ炎上ビジネス。どうでもいいな。
トンデモ科学への突っ込み と見せかけて的外れでよくわからない上から目線指摘 どうでもいいな。
下ネタ系、BL腐成分 うんちおしっこパンティーセックス、やらないか、あくしろよ! 今期アニメ いやどうでもいいな
専門誌、業界紙の記事で面白いの沢山ある。有料でタイトルくらいしか読めないのも多いけど。
アパレルだと繊研新聞とか、住宅だと新建ハウジングとか、電力だと電気新聞とか
専門性があって、暇つぶしに門外漢が見ても楽しめる解説ブログ・・・はにわの研究とか真空管の研究とか春画の研究とか
世の中には、科学的に正しいと称して間違えた情報や真偽が不確かな情報を垂れ流す人がいる。このような情報を流す人は、あなたを騙して財産を奪おうとする詐欺師だと思って良い。たとえ騙すつもりはなくても信用に値しない人物である。
科学的という言葉を使うのであれば、いつ、どこで、だれが、どのような実験をして、結果がどうなったのかを示し、その結果から何が言えるのかを理路整然と語るべきである。「偉い専門家の先生が言ってたから正しい」などというのはただの伝聞情報でしかない。
一番の問題は偽情報を流す人よりも、その情報を鵜呑みにする人がいることである。専門知識を持たないものが専門性の高い情報を理解することは不可能だが、どのような情報も批判的に見る態度が大切である。
そこで直近半年の成果が評価されて、給料とかボーナスとかが決まるんだけど、そこに自己評価欄がある。
これがとても嫌いだ。
お遊びの面談じゃなくて、自分のお給料に直結するから、当たり前だけどみんなモリモリに盛って書く。
「自分は〇〇の仕事を完遂しました」とか「なんとかの業務を効率化してどれだけ成果を上げました。」とか文章で書くのはまだいい。
学校の成績表みたいに、「コミュニケーション能力 ○」「専門性: ◎」とか書かされるんだけど、表の中には当然自分の苦手な項目もあるわけだ。
僕の場合で言えば「コミュニケーション能力」とかだし、平社員なのに「リーダーシップはありますか?」とか聞かれても、
「人の上に立ったことがないのでわからないです」としか言いようがない。
でも、わからないからとか、自信がないからといって△とか×とかつけようものなら、それをいいことに、「〇〇くんは、確かにコミュニケーション能力は低いかもしれないね。でもこれから伸ばしていけばいいよ。」
と言われ給料を下げられるし、背伸びして◎とか書くと、「僕の目から見ると君にはまだまだコミュニケーション能力が足りないと思うな」
念の為言っておくと、この評価は社員同士の相対評価なので、当たり前だけど、全員を100点にする訳にはいかない。
だからみんな自己アピールに必死になるし、上司は上司で、だれの評価を下げるか決めなきゃいけなくなる
端的に言って、評価面談は地獄だ。「私はこれだけできました!!私は完璧な人間です」
とアピールする部下(もちろん本人はそんなこと思っていない)を、
まじできつい。
というか自己評価なんてしなくても評価できるやろ。わざわざ部下に就活の面接のマネごとみたいなことやらせんなや
自分でもだめだと思ってるところをネチネチ言われるのきついんだよほんと
全くもってその通り。
元増田は不遜だ。
各分野の重鎮には敬意を払うべきなのに元増田の姿勢は一体なんだ。
査読の経験すらない若造には理解できない学問の世界が広がっている。
この祝辞には。
統計に少々怪しい所があっても、全体として差別の現実を厳しく訴える内容になっていれば論文の価値は認められるものなんだよ。
それに、物理学や歴史学の専門性がそうであるのと同様に、フェミニズム研究の研鑽を積んだ者がこの祝辞の内容を読むと、非の打ち所がないないことが分かる。
祝辞の主が男性だったら疑いすら抱かない癖に女性だったら疑うのは差別だ。
物理学や歴史学だったらどうせ疑わないんだろうから、フェミニズムも疑うなよ。
もしフェミニズムを疑うなら、他の年の男性物理学者や歴史学者が出してきた数字も疑いなさいよ。
でもしないんだろ?
どうせ。
ならフェミニズムも疑うなよ。
そもそもこの祝辞は何かの数字を伝えるんじゃなくて、各自に自分の頭で考えさせることを目的にしているんだよ。
元増田、わかるか?
https://anond.hatelabo.jp/20080819183454
これ書いたの俺。
これまでの経歴を書く、少し補足を入れつつね。
飲食と営業のバイト > やや専門性のある派遣社員 > 専門性のある派遣社員 > 独立開業 > 取引先に就職(数年) > フリーランス (今ココ)
売上ベースでは900万を超えるようになった。経費を引くと所得で800弱ってとこかな。
生まれも育ちも貧乏だったので金の使い道があんまりない。でも貧乏になる恐怖がすごいので、しっかり稼ぐ。もちろんお金で幸福は買えないが、お金は不要な不幸をはじいてくれるお守りだ。しかも効果は抜群。中流以上の人はわかんないかもしれないけど。
なんで11年ぶりに続編を書こうかと思ったかって、少し前に、増田で都会育ちと金持ちと貧乏といろいろの世界観の話がホテントリしてたので、俺も書きたくなったことがあるから。
俺はこのパターンに当てはめると「都会生まれ、都会育ちの、貧乏人」ということになる。ニュータイプ。
都会には結構貧乏人が多い。昔から都会には貧乏人が生息してきたんだが、田舎の人は(お金だけでなくて)情報的・文化的な格差があってこういう事実をあまり知らないのかも。
貧乏と一口に言ってもいろいろ。俺の場合は月末になるとおかずがなくて米だけになる程度の貧乏。下には下がいるので貧乏系のマウンティングは勘弁な。
公営住宅に住んでいた。一人親ではなく、両親がいた。家族に障害者はいなかった。つまり、稼ぎがすこぶる悪かったってことになる。
自分の貧乏を強く意識したのは、友達がみんな自転車を持っているのに自分だけなかったときとか。小学校3年くらいの時に始めて「学習机」をもらったときのこととか。その学習机が実は、人が不要になって捨てた女性用の鏡台だったこととか。相対性剥奪ってやつか。「不足している」というのをひしひしと味わい尽くした。
友達も貧乏人が多かった。俺は別々の2グループに属していたが、全体を見て公営団地に住む奴らが7割。一人親も7割くらい。大学に行ったのが2割(東京的には少ない)。公営団地に住んでいて(高卒後の進路として)大学に行った友達はいない。俺は今、放送大学で1学期2単位ずつとる一応の大学生だけど。
自分が「持たざるもの」ということは小学校低学年くらいによく理解できた。なので自分の誕生日プレゼントに欲しいもののリクエストをしない子になってしまった。両親が何が欲しいのかと問い詰めてくれたので、たいして欲しくもない安そうなものをねだったことを覚えている。父親は時代に取り残された職人だった。需要がなく、仕事がなかった。その分野以外のスキルはゼロのまま、学歴もないまま、何もないまま、仕事を辞めて家族を養うために肉体労働を始めた。当時はそんな父親をかっこ悪く思ったが、今思うとすげーかっこいい。泣けてくる。転職先で、体力もおぼつかないまま、若造にこき使われて、ストレスをためて酒を飲み過ぎて、一発逆転を狙ってギャンブルにはまった模様。あんまり笑わないでやってほしい。人は追い詰められると一発逆転を狙うようになる。
年頃になって周囲がおしゃれに目覚め始めたときはつらかった。みんなで服を買いに行って、俺だけ買わないとか。集団でゲーセンに通うようになっても、おれだけ2~3回やるのが精一杯とか(しかも、1プレイ50円のところだぜ!)。人のプレイとデモ画面ばかり見てた。だから強くもならないし、ワンコインの持続力は短かった。資本の力を思い知らされた。
話は若干それるが、田舎の人が「都会=金持ち」の偏見を持っていて困ることがある。変なところで、嫌みを言われたり、奇妙な目の敵にされることがある。そんな奴らの方が、金銭的な意味では俺より豊かな育ち方をしているのにだぜ。これには本当にまいる。
俺は専門学校に行くために高校時代はバイトに明け暮れた。父親の借金(ギャンブルで!)が発覚したときに、俺の貯金で返済しようかと思ったけど、母親がそれを止めてくれた。貧乏だったので、逆選抜バリバリ思考で、とくにかく早く働きたかった。だけど高卒で働くよりも手に職を付けたかった。でも専門学校を出て飛び込んだ業界は旧態依然としたレッドオーシャンで封建社会だったので続かなかった。すぐに仕事を辞めてモラトリアムに走った。大学に行ってる友達が遊んでばかりで悔しかったから、俺も遊び倒すことにした。夜の繁華街でもよく働いた。いわゆる「外こもり」みたいなこともやった。いろんなとこで死にかけた。
で、そのモラトリアムの延長線上で、自分のとある才能に気がついてしまった。ほんとラッキーだった。その才能を生かして派遣の仕事を得ようとした。しかし学歴がないので前提条件に入れなかった。しかたないのでその方面の資格を取った。短期間で、一発で、そこそこのレベルの資格が取れた。ちょう頑張ったけど、今思えば才能に恵まれていた(ちなみに、当時の自分は努力体験と成功体験をセットで味わったので、「スーパー自己責任論者」になってしまった。必死だっんだろうな。時代もそうだったので勘弁して欲しい。今思えば、才能が9割というベースに努力2割を足しただけの結果だと思ってる)。
まずは大卒じゃなくても雇ってくれる職場から始めた。そこで勉強してから転職した。経験者だったので、同じ方面の専門性の高い職にありついた。自分がホワイトカラーという分類に入っている奇跡に驚いた。だから頑張ったし、面接は特にはりきった。張り切ってスキルを並べて、受かった瞬間に有休消化を使ってそのスキルを学んだ(つまり、面接時に話したスキルは若干ハッタリ)。新しい職場でも良く働いた。勢い余って結婚してその勢いで独立した。ちなみにでき婚ではない。
そのまま専門の分野で経験を積んで自分の商売を確立した。時給にはできないけど、無理やり時給にするなら5~6千円はいくはず。1日だいたい6時間強働いて、月に75~80万くらいの売上で、家事の分担をがっつりやって、下の子の保育園の送りも迎えも全部俺がやって回るようになった(あ、計算があわないから時給はもっと高いっぽい)。
今でも金にはがめつい。金にならない仕事はしない。大人の言葉遣いながら、お金のことはまっさきにはっきりと、しっかり伝えて商売をしている。
日々の生活においてお金に困らないというのは本当にありがたい。でも下の子がねだるガチャガチャだけは絶対にやらない。自分で稼いで自分でやれといつも言ってる。くそくだらない(ように見える)ファミレスの入り口とかにあるあのガチャガチャ類を見ると、ゲーセンで惨めな思いをしていた昔の自分が思い出される。やらせてやりたいという気持ちと、なんだかわからない複雑な気持ちがせめぎあって、「大きくなって自分のお金でやるんだぞ」と言ってぎゅっとだっこして強制退場。
と、一気に書いてみて読み返してみたが、母親のことを書けてなかったな。人が生きる上でお金と愛情は不可欠。どっちか一個だけ欠けるとしたらお金。愛情は欠かせない。だけど普通に言って、両方必要。絶対必要。ない人がいるなら、それを補う世の中的な仕組みが必要。こないだ結婚記念日だった両親は今も健在。ありがたい。
政治がどうのこうのということはさておき、仕事で感じたことを書き留めておく。
弊社は割と技術的な専門性が高く、日本ではそれこそ9割以上が男性だったのだけど、
労働者の男女比率が法律で定められているらしいのだが、細かいことは分からない。
こんなことで仕事ができるのかと最初は戸惑ったのだけど、働き始めてみると、
女性のほうが計画性・協調性があって、プロジェクトを問題なく進められる人の割合が
多いんだな、ってことはこっちに来て気づいた。
力仕事は出来ないのだけど、そんなのは分業すれば良いんでしょ?って感じで割り切っている。
結果的にプロジェクトを運用する頭は女性、現場仕事を支えるのは男性って感じで
職責が別れていることが多くて、そしてその方が効率が良いということを学んだ。
出産にあたっては妊娠時の労働時間の短縮や出産休暇があるけれど、こんなことは当たり前のように
考慮してプロジェクトを進められないマネージャーは必要ない感じ。
残業時間は法律で月30時間程度に規制されているし、残業手当ての割合も日本より高いらしい。
こっちの人は働いた分だけ金をもらうという意識がしっかりしているので、サービス残業なんて
アホなことをする人はほとんどいない。日本に留学して、そのまま日本の会社に勤めたけど
周りに合わせて居残り残業とかわけわからんという感じで、こっちに戻ってくる中国人が割と多い。
こっちの人は会社に帰属している意識はほとんど無い。金が貰えるから仕事をしている感じなので、
職場の環境が悪かったり、待遇が悪かったりするとすぐに辞めて別の会社に行ってしまう。
優秀な人材を育てて引き抜きされないようにすることもマネジメントの超重要な役割。
まあ中国にとってみればうちは外資系の会社なので、コンプライアンスを遵守しなければならず、
結果的に超ホワイトな環境なのかも分からんけど、ほかの会社を見てみても、日本に比べると
全然働きやすい環境なんだなと感じる。その分、管理する側は大変なんだけど、
https://www.jiji.com/jc/article?k=2019032200651&g=pol
http://b.hatena.ne.jp/entry/s/twitter.com/asada_eri/status/1109075408572411907
この辺の反応を見ていると子供預かるのに保育士が必要って意見多いけど
保育士は名称独占であって業務独占ではないので、ベビーシッターは無資格でもできる。
感染症などで保育所に預けられないときに親兄弟、友人や隣人に預けることもできる。
でも、保育所ですら無い託児ルームに保育士を置けってことはこういう人にも保育士並びにそれと同等の資格が必要ってことかな?
24時間子供の世話と養育をする親にも保育士と同等の知識と専門性が必要って言うのかな?
子供を育てるのにそんなに知識と専門性が必要なら、極端な話親から子供取り上げて国が24時間営業の保育所作って育てたほうがいいじゃん。
治験の、それも希少疾患の薬剤のアレンジをしています。薬が世に出るまでには、10年15年といった長い年月と、信じられないくらいの巨額の投機的投資、フェーズ1、2、3、4くらいの段階的試験と分析が必要です。私はその主にフェーズ3の、グローバル治験全般と物流をアレンジしています。今日は(次があるのかどうかわかりませんが)その「ラスト1マイル」の話。
ドイツ、スイス、アメリカ、イギリスなどの諸国の製薬会社から薬剤が成田に着きます。その薬剤はいったん専門業者の倉庫に収められ、盲検が施され、厳格な温度管理がなされて、病院と治験者が整った段階で、どんぴしゃりのタイミングで病院の薬剤部に運び込まれます。
温度逸脱が最大の敵のひとつで、もちろん専用の保冷箱に温度計が同梱されて運ばれるわけですが、薬は極力、物流倉庫で、あるいは薬剤部の倉庫で落ち着いて眠っている時間が長いほうがいい。したがって、物流/配送時間を最小化する課題が生まれてきます。たとえば、3月14日14:00さいたまの大学病院配送なら、都内の倉庫から逆算して、12:30ぎりぎりまで薬を取り出さず、保冷箱に移し替えるまでの間、外気にふれる時間を極力短くして、デジタル温度計を起動し、あらかじめ用意した書類を同梱、封緘して、その時間に来るように手配したドライバーに保冷箱を手渡し、ドライバーは13:45に病院の業者用ヤードに駐車、13:50に薬剤部の担当の方に電話をかけ、携帯の電源を切り、13:55に薬剤部のゲート前に到着し、13:58に窓口を軽くノックする。13:59に担当の方が現れ、後述の合言葉を唱え、14:00に「開封させていただきます」の声とともにカッターナイフを取り出し、テープを切り、箱を開け、書類と薬剤を手交。署名を得たら「ありがとうございます」回れ右して退出。
この間、ドライバー(イコール配送担当者)は、黒子に徹しなくてはならない。無駄な発声は一切禁止。どの製薬会社の何の疾患のどの薬剤でということも原則、口にしてはならない。盲検性に触れるおそれが必ずしもゼロではないからです。前に「○○(物流会社名)の△△です。XXさん(製薬会社)のPP(疾患名)のMM(薬剤名)、あ、今回はプラセボ(偽薬)ですね。お届けにまいりました」と滑舌よくいい放って数百万円の損害を出して即日クビになった伝説の猛者がいました。
「14:00の○○(手交管理番号)の件です」「はい。どうぞお入り下さい」。あるべき情報交換は、本来これだけ。服装も、リクルートスーツは基本中の基本、声の抑揚は「お通夜の司会のつもりで」なんてことを教育される世界であります。
今回、同行させていただいたドライバーさんとは、13:45に業者用ヤードで待ち合わせをしました。13:35に僕が先に着いた。まだだれもいない。13:40にもいない。13:41、スマホを取り出して(ついうっかり)「黄金頭 サクラ」で検索する。師匠たしかサクラ絡みで何か面白いことをつぶやいていたはずだ。黄金頭さんの中毒性のある筆致にすこしネットに夢中になる。13:45イタ━━━━(゚∀゚)━━━━!! どこから姿を現したのかわからない。左側、3歩ほど離れたところに、薬剤を両手で抱え、植田まさしのかりあげクンを地味にしたような30代半ばと思われる地味なメガネ氏、中肉中背のリクルートスーツが場に溶け込んでいる。僕のほうを見ない。顎を引き、猫背気味、心もち遠くを見るようにして、肩の力が抜けている。「(只者ではない…)」歩を寄せ、「13:45お約束の…」「はい。では、行きましょうか。その前に電話を入れます」。(僕だという確認もしない。わかるのだろう。)
かりあげ氏、そこから先は前述の時刻進行通り。なのですが、特筆しようと思ったのは構内を歩く挙措の無駄のなさ。トラックヤードの上り框から、どの角をどこで曲がり、どこに目配せをすればいいか、足が覚えている感じ。とりわけ、通路の交差点手前では必ず気持ち歩速を緩め、ひと呼吸立ち止まり、左右確認をして会釈をしてから再び歩みを進める。「万一、薬剤を落としては元も子もありませんから」「会釈をして歩く業者を見て気分を損ねる先生や看護師の方はいないと思うんです」。5分前に薬剤部ゲート前に到着してからは直立不動(肩の力は抜けている)で、1分ごとに腕時計で時間を確かめる。
もちろん、何かしら、間違っていると思います。リクルートスーツとかね。そもそも、みんな忙しすぎる(´;ω;`) こんな配送日時指定、調整に血眼になるのは日本の治験だけだとよくグローバルの親分からは聞かされ、嘆かれる。批判も、しようと思えばできる。でも、しない。当面、しないことにした。代わりに、待遇を上げたい。物流のラスト1マイルはどうしても、C向けでもB向けでも、多層の中間搾取の残りの霞をかつかつで食べさせて、その割に重いプロトコル(お作法)を押し付ける傾向があります。特にB向けで専門性の高い、今回記したような薬剤配送の世界はその傾向が強いと感じます。
帰りに「ありがとうございます。お見事でした。どうしてこの業界/仕事に?」と尋ねたら「10年ほど前に弟が珍しい型の白血病にかかりまして。幸い治ったのですが…いえ、余計な話を。申し訳ありません」とかりあげ氏。「すごいプロがいる」と聞いて、今回、普段は管理側にいる私も、それだけではだめだ、現場をこの目で見ないことにはと思って、スケジュールをやりくりして同行させていただきました。さわやかな気分で病院を出、途中の川沿いの桜に、すべて実薬で治験の行われる日を願いつつ、帰途についた次第です。ありがとうございました。