はてなキーワード: デリカシーとは
殺したいほど憎い上司でさえ
あれだけ厳密にタイムマネジメントして
朝四時起きして出社する部長が、
彼が勝ち取ってきた椅子を離れ、取りにくるのだ。一袋298円の菓子を。
高いところまで昇りつめてきた男の疲労と孤独と弱さ。
それを見ると、この男も私と同じ人間で、
私と同じように菓子を食べて育ち、
そしてうまくいけば私より先に死ぬんだなあと思える。
そう考えるとすっとして、
他に開封されている菓子がいろいろあるのに
愛してやろうと思える。
いいよ、アルフォート全部持ってけ。
なんとなく男と書いたけど、
そういえば役職についている女性がおやつ箱をあさる姿を見ることって、あまりない。
女だてらに気張ってゴリゴリ働いてきた人が多いので
無防備な背中を見せて菓子を漁ることなんて、できないのかもしれない。
やはり女性が組織で上がっていくことは、厳しい国なのだと思う。
まあ、高い菓子は食うんだけどな。
殺したいほど憎くなってきたらコンビニに走り
そして、ルマンド、エリーゼ、バームロールを漁る上司の背中をみて
もうちょっとがんばるかと思いなおす。
もしかしたらちょっと違うところを気遣ってたのかもしれないね。
不妊治療で情報の共有も話し合いもしてたっていってたけど、実際身体の負担も奥さんの方がすごく多くあって定期的に器具突っ込まれてホルモン剤で体調崩しつつも耐えて耐えて耐えて結果無しって言うのは辛いと思うよ。匿名でもこれいうのはデリカシーに欠けてる感じがするけど、好きな人とのセックスでもなく突っ込んで中を覗かれるのって、必要作業と頭ではわかってても嫌なもんだよ。身体にも毎回毎回ダメージもあるし。ホルモン剤で体調崩すのも個人差あるだろうけど、その辺まで共有出来てたのかな…共有ったってダメージを等分出来るわけじゃないわけだし。
治療やめてからどのくらい経ってるのかな?やめるまでとやめてからの違いはどうなのかな。
彼女に自分1人で何か始めさせるんじゃなくて、これ言ってた人いたけど一緒に何かするのがいいんだと思うよ。(してる上だったらごめん。)
行きたいところがないって言うの、能動的に物事に向かえない状態なんだと思うよ。
放心状態のところに、行こうよじゃなくて行きたいとこはと言われても、お金もかかるし今更っていう思いもあるかもしれないし。
でもなんか黙って観察してる時間が長すぎるんじゃないっていう感じがひしひしとするんだよね…
部屋でPCに向かい仕事をしてたら、トイレから3歳の息子が「やめてー!やめてー!」と泣き叫ぶ声が聞こえた。
何事かと思い部屋を飛び出してトイレに駆けつけると、息子がトイレの床にこぼしてしまったオシッコを妻がタオルで拭いている。
よく見ると、拭いているタオルは息子が生まれた時からしゃぶったり枕に巻いたりして使っていた息子お気に入りの「はらぺこあおむし」のタオルだった。
「やめてー!やめてー!雑巾にしないでー!」と泣き叫ぶ息子に対し、妻は苛立ちながら「このタオルもうボロボロだから雑巾にして捨てるの!」と言い放った。
確かに「はらぺこあおむし」のタオルは、もう使い古してボロボロで、他人が見ればいつ雑巾にされてもおかしくないようなものだが、
息子の大切にしているものを、息子の目の前で汚していくそのデリカシーの無さに軽く引いてしまった。
捨てるつもりならば、こっそり捨てればいいのに。他にも雑巾はいくらでもあるだろうに、目の前で雑巾にしちゃったら、
ちょっとかわいそうなんじゃないの?と言ったら、「だったらあなたがやればいいでしょう?」と逆に怒られてしまった。
カリカリしているのは育児で疲れてるせいなのかな(今日は確かにお昼寝を全然しなかった)と思ったし、
息子の前で喧嘩するのも嫌だったので、それ以上何も言わなかった。
なんだかとても悲しい気分になってしまった。
泣き止まない息子に対し、パパと一緒に綺麗に洗おうと言って、「はらぺこあおむし」のタオルを洗面台で一緒に洗った。
妻は、勿体無いのでしばらくトイレ用の雑巾として使うと言っていたが、妻にはバレないように、こっそり自分のデスクにしまっておこうと思う。
今回はガンガンオンライン
でも人情まで非難したなら、それに関しては言いすぎってことになる。
ましてや、読者目線でいえば自身の立場を理解していることによる、当てつけに近い言動だから、なおいっそう印象が悪いなあ。
言動理由の根幹を隠したままコミニケーションの帳尻を合わせようとするから、こういう無意味な諍いが起きるんだよね。
まあ、ある意味で今まで必死に現状維持していただけで、いつかは壊れる危うい関係であったことが今回明らかになったといえる。
とまあ長々と感想書いているけれど、あんまり好みの作品ではなかったりする。
メインキャラのほとんどが面倒くさい上に読者に共感されにくい人格なんだもん。
いや、理解はできるんだけれども、それを踏まえた上で不愉快な要素が多すぎる。
一応、ストーリー構成自体は興味があるから読み続けているけれども、今後もこれ以上の難解かつ不愉快な言動をメインキャラがし続けるなら、私は読むのをやめるべきなんだろうなあ。
なまじ悪い人ではないから、余計にこういうデリカシーのなさが空回りしているのに、本人が無自覚っていうのがもうね。
陽菜のもこっちに対する絡み方はちょっと不可解だが、友達には話せないちょっとした本音を吐露できる相手でもあるんだろうね。
というか意味もなくマラソンで競い合ったりして、自分でもなぜそんな対抗心を燃やすのか分からなかったり。
今作でも、かなり複雑な心情を持っているキャラかもしれない。
通常とは違う劇的なことをやろうとすると、後に禍根を残しやすいからねえ。
序盤の即興演劇による無茶振り相手が入れ替わっていく展開は好きだな。
そこからやたらとオチで登場人物を殺したがる演劇部員と、雑誌のときに載る編集の一言コメントを4コマのオチに持ってくる天丼ネタもツボだ。
不良っぽさの象徴として着けているマスクを外さない理由で「これがないと俺じゃなくなる」といって、佐々間が中二病だと勘違いするネタがあるが、実際間違ってはいないよね。
中二病って邪気眼的な言動のことを指していることが多いけれども、ああいうのも広義的には中二病だろうし。
元木サイドは言葉が足りないせいで勘違いされる展開だが、「拳で手助け」の部分はほぼ同じ解釈というオチはちょっとツボだった。
それにしても、同じモドキであっても周りに割と不良だと思われている六条に対して、元木のほうは優等生とは全く思われていないという差は興味深いね。
http://anond.hatelabo.jp/20161028135531
なんか男性が化粧をすることを押し付けているみたいな前提で話してるけど嘘じゃないですか。
そうじゃないでしょ。フェミニズム的に正しいとか正しくないとか置いておいて、正直に言おうよ。
だいたい男はすっぴんに騙されたくないから、すっぴんが見たい、すっぴん万歳というくらいしか考えてないですよ。
なのに男性が化粧をすることを強いていますか?イスラム教がヒジャブを強いるように?この21世紀に?
女性が化粧をする理由は男性に強いられているからではないですよね。
知り合いに合うときすっぴんは嫌だなと思って、あるいは自分が綺麗に見られるように、あるいは戦闘服を纏うように
化粧をしている訳ですよね。
それって男性が無精髭剃ってるのと同じですよ。
無精髭みっともないなと思われるかもと思って、まぁ髭剃った方がさっぱりして受けいいしなと思って剃ってるのと同じですよ。
現に化粧を電車の中でするのが許されるかどうかみたいな話してますけど
「女性は男性に公共の場に化粧をして外出するように強いられている」って嘘じゃないですか。
つまり、出勤なり何なり知り合いに会う前に化粧を済ませておきたいというのが理由であって
男性に押し付けられているとかいうロジックは成り立ってないですよね。
いや、僕は会ったことないですけど「すっぴんはビジネスマナー違反だ」だと面と向かって指摘するデリカシーのない男が世の中に存在するのかもしれない。
でも、それってツチノコくらい極少数でしょ。
ビジネス女性誌(日経ウーマン的な)のマナーコラムでそういう言説を見るより少ないですよね。
あるいはファッション女性誌で化粧の盛り方のコーナーでそういう言説を見るより少ないですよね。
そうであれば「女性誌が化粧を押し付けている」ということも可能ですよね。
でも、そうは言わない。
あるいは、女性同士が化粧しているから同性同士の見栄の張り合いもありますよね。
同僚の女性たちがビシっと決めてくるから、こっちも決めないといけないという。
「女性同士のピア・プレッシャーで化粧同調圧力がインフレしてる」と言った方が適切では?
そんな中では、おっさんが、化粧はほどほどでいいのにと思っても言えないし、言っても効果ないし、言ったらセクハラですよね。
でも、あくまで「おっさんが女性に化粧を押し付けている」という言説が正しいかのように叫ぶ訳です。
「おっさんが化粧を押し付けているから(?)化粧を電車の中でするしかない(?)」というぐちゃぐちゃのロジックが叫ばれる訳です。
わかります。「おっさんが女性に化粧を押し付けている」というロジックは、おっさんを潰せば解決します。
ですが「女性同士の同調圧力により化粧を誰も止めようとしない」というロジックに希望はありません。
女性が化粧を毎日するのは大変だと思いますし、その努力には敬意を表します。
なんかいちいちマナーに文句つけてくるうっさいおっさんがうざいのは分かります。
しかし、自己欺瞞でぐちゃぐちゃのロジックを吐くのはどうかなと思います。
男性も「女性がみっともない顔で来るなと髭剃りを押し付けているから(?)髭剃りを電車の中でするしかない(?)」というロジックで対抗すべきではないでしょうか。
まあそんな頭のおかしい人は誰の支持も得ませんね。
隣でおっさんに髭剃られたらうっとおしいですよね。
答えはOKだった。その瞬間は、この人生がこのまま終わってもいいくらいに嬉しかった。
だけど、それはある意味では当然の結果といっても良かった。
なぜなら、その告白までに、実に1年近く僕は苦労を積み重ねていたからだ。
思い返せばこの恋はずっと片思いだった。
その期間は10年といっても過言ではないだろう。
まさに一目惚れだった。
自らの理想を絵に描いたような女性が、目の前に座っていたのだ。
透き通るような白い肌、光をすべて吸い込んでしまうような黒い髪、ふれれば崩れてしまいそうな儚い存在感、それでいて、自らの意志に従う素直さは、その場にいる男性をたやすく圧倒してしまいそうなほどの強さがあった。
出会ったその日から、僕は彼女のことだけを考える日々を過ごした。
何をするにも彼女のことばかりが頭をよぎり、彼女の前に立つといいようのない緊張感に支配されていた。
だけど僕の臆病さは、その関係を崩す勇気を与えてはくれなかった。
まさに僕にしてみれば、彼女の近くにいることさえできれば満足だった。
彼女を自分の所有物にしようだなんておこがましいことは想像すら許されなかったのだ。
ある時、そんな僕がいつまでも独身であることに疑問を唱える女性が現れた。
何も考えてないような女性で、デリカシーという言葉とは到底縁遠い性格だった。
僕はその女性に対して、長年の片思いであると吐露してしまったのだ。
するとその女性は、それならばその恋愛を成就するために手を貸してくれるというのだ。
最初は拒んでいたのだが、彼女の得体のしれぬ押しの強さに渋々従うことになってしまった。
会話をしたような記憶もほとんどないが、彼女は僕のことをよく知ってくれているようだった。
同じく片思いの女性のこともよく調べているようで、何が好みかか、いつもどんなポリシーのもとに生活をしているのか、ことこまかく僕に教えてくれるのだった。
時に、好んで通っていそうなお店までリサーチして、僕を誘い出してくれた。
支払いは僕の役目だったが、そうして得られる情報は心の底から貴重と思えるものだった。
そんな訓練を1年近く経て、かくして僕は憧れのあの人に対する数多くの情報を手に入れることができた。
そうした数多くのリサーチデータをもとに、いよいよ食事に誘い出すことになったのだ。
誘い出す先は、応援してくれた彼女がしっかりと選んでくれたまさに数日前にオープンしたばかりの鉄板スポットだった。
誘い方も、プライベートすぎないように、それでいてあなたでなければわかってもらえないような抑えておくべき最新スポットであるような、そんな賢しい誘い方だった。
お酒が二人の距離感を程よくあいまいにしてくれた頃、僕は満を持して今までの募る想いを打ち明けるに至った。
彼女に教わったとおりに、どれだけ真摯にこの思いを大切にしてきたか、性格やふるまいのどんな細部に魅力を感じたのかを、一つ一つゆっくりとうちに秘めたる炎の熱量が余すことなく伝わるように、それでいて押し付けるほどくどくなりすぎぬように気を使いながら。
彼女は静かに頷きながら、僕が話し終わるのを待っていたかのように、僕の両手を握り返した。
むしろこんな私でいいかと聞き返しながら、彼女の瞳は涙に潤んでいた。
それは僕が欲しがっている答えのはずだった。
それを欲しいがために、この10年を過ごしてきたのだ。
しかしその瞬間に頭に浮かんだのは、そんな僕に対して涙を流さんばかりの勢いで喜ぶ、この1年間を告白の手伝いに費やしてくれた女性の笑顔だった。
人生における幸せとは、果たして臨んだものが手に入ることだとは限らないことが多い。おなじく、望んだものが手に入らなくとも、それが不幸とは限らないのだ。
僕は結局、告白を受け入れてくれた一目惚れの相手ではなく、その恋愛が成就することを願い、手付ってくれた女性と結婚することになった。
生理前のイライラがやばいので、もうちょっとで来るなってときは彼氏に
「今生理前なのでヒスるので、ヒスったら適当にギュッとしてなだめて欲しい。それで99%は落ち着くので」とお願いして彼氏も了承してくれた。
そんな話をして30分後、彼氏が私の中の地雷を見事に踏みぬいた。
日頃から地雷原でタップダンスする感じのデリカシーのない彼だが、もう見事に私の涙腺をぶち抜いていった。
もう涙がでるほどショックで、私は泣きながら「そういうことは言ってほしくない」「私はこう感じた」とできるだけ冷静に伝えた。
(泣いてる時点で冷静じゃないんだけど)
そしたら、彼氏はため息をついて遠くを見た。
「あーめんどくさいと思ってんだろうな」と思って「今何を考えてるの?」と聞いてみた。
「何も考えてないよ」
めんどくさいとかそういう気持ちを隠すためではなく、本当に何も考えていない。
彼女が自分の言葉で傷ついて泣いてて、嫌だったって伝えてるのになんも考えてない。
普通「あーめんどくせーなどうやって機嫌とろう」とか考えるだろ。何も考えてないって何やねん。
10分前までお前、パズドラのパズルは必死にどうやったら5ヶ消しできるか考えてたし
クラクラのクラン戦どう攻めるか必死に考えて饒舌だっただろうが。
何でお前ゲームの時しか饒舌にならないんだよ彼女の機嫌とろうとか10秒でも考えたことあるのかよと思うとまた情けなくなってきた。
別にそんな複雑な女じゃないんだからとりあえずギュッとして「言い過ぎたよごめんね」とか言ってくれれば機嫌なおるのに、
結論から先に書く。以下の冗長な文は、連休にも関わらず予定がない暇な25歳女が、昼寝をして見た夢の中で涙して目を覚まし、それが思っていたよりしんどかったのでびっくりしたという話だ。
実に下らないうえに感傷的でオチもないので、よっぽど暇でなければ読み飛ばすことを勧める。
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夢を見た。
ラブラドールレトリーバーのクッキー(♂・仮名)が、嬉しそうに私の寝ているベッドへのぼってきて、布団にぐいぐいと頭を押し付けてじゃれついてくる。
ラブラドールは抜け毛の激しい犬種なので、そんなことをされたらすぐシーツが毛まみれになってしまう。
私はクッキーの愛嬌に少し笑いながらもすぐに「こら、下りて」とクッキーをベッドの上から追い出した。下ろされた彼は名残惜しそうに、ベッドの端から伸ばした私の手に彼の顎を乗せてふんふん鼻を鳴らした後、すっと歩き去ってしまった。
そこであることを思い出した。クッキーは昔実家で飼っていたラブラドールである。当然もういない。
クッキーはずいぶん昔に死んでしまった。今は一戸建ての実家の庭に眠っている。伝え聞くところによるとペットを庭に埋葬するのはいいことではないらしいが、もう大分昔の話である。
私はクッキーの死に目には会えなかった。当時の私は大学生で、上京して一人暮らしをしていた。クッキーは7歳で、一般に小型犬と比べて寿命が短い大型犬としても早い死だったと思う。腎臓を悪くして、尿毒症だったと母から聞いた。クッキーの訃報を電話で受けた私は、直後にバイトが迫っていたためにシフトを代わってもらうこともできず、そのまま5時間働いたあと、着の身着のままで電車を乗りついで家へ帰った。
実家は二世帯で、クッキーは二階の子世帯で飼われていた。大型犬だったが、室内飼いで、子犬のころはよく色んなものをしっちゃかめっちゃかにした。家に帰ったと思ったら、ティッシュと引き裂かれたペット用トイレシーツにまみれて、口に自分のウンコを咥え、すまし顔をした彼に出迎えられたこともある。
「小さくて可愛かったから」、と父がほぼ寝言をほざいてペットショップから買ってきた、そんな彼も7年で大型犬の標準的なサイズと体重まで育った。こわばったクッキーの体は重く、布に乗せて四隅を持つようなかたちで、途中で急カーブを描いて折れ曲がる実家の狭い階段を、家族と四苦八苦しながら庭へ運び出した。
掘った穴の底にクッキーを横たえて、好きだったおもちゃやお菓子をいくつか並べた後、土をかけて穴を埋め戻し、そこらに転がっていた丁度いいサイズの石を置いて彼の墓とした。余談だが、墓のそばには柿の木があって、祖父は毎年その木から収穫した柿を干し柿にして食べている。たまに子世帯にもおすそ分けしてくれる。それを見て、毎度父が「クッキーを食べる時期か」と言う。親子そろってデリカシーがないのか、それとも単に田舎の人間の神経はこんなものなのか、私は知らない。
そんなことはどうでもいいのだ。
大事なのはクッキーはもう死んでしまったということだ。死んでしまったのだから、彼の毛がシーツにべっとり付着して、掃除に手間を取られることももうない。夢の中の私は自分の見ているものが夢であると気づいていた。夢だと気づいていたが、クッキーが死んだことを忘れていた。私は彼をベッドから追い出してしまった。思い出した瞬間に、彼がしたかったことを存分にさせてあげればよかった、もっと遊んであげればよかったと強い後悔に襲われた。生前から彼はベッドに乗りたがった。布団に染みついた飼い主の匂いを思い切り堪能したかったのだろう。そのささやかな願いを今度も遂げさせてやれなかった。喪失感がひどく、自分でもわけがわからないくらい悲しかった。ベッドから投げ出した、伸ばしっぱなしの手の先に、クッキーはもう触れてはこないのだ。慌てて舞い戻った実家で横たわる彼を見たときも、彼を埋めたときだってこれほど悲しくはなかった。夢の中の私は顔をゆがめて思い切り泣いた。泣いているうちに、現実の体の眼球に向かって涙がせりあがってくる感じがして、ついに目をあけると思い切り涙が落ちた。
目を覚ますとあれほど荒れ狂っていた感情はあっけないくらいあっさり引いていった。涙はそれ以上出なかった。私は胸に残った痛みの深さに驚いた。夢の中の涙を現実に持ってくるには、これだけの痛みが必要なものかとちょっと詩的なことを思ったりもした。その痛みもすぐに引いていったが、目を覚ました直後の痛みは、ちょうど心筋に掘削用の機器でも使ってゆっくり穴を掘っていったのだろうかと思うほどだった。それ以上は涙にならなかったのが不思議だったが、頭の中にある感情で眠った体を動かすには、実際それだけのパワーが必要なのだろう。痛みが消えた後は、ただ彼に対する後悔と、ひさびさに抱いた強い感情に対する疲労感が残った。昔はことあるごとに自分が世界一かわいそうな悲劇のヒロインだと思い込んで嘆き悲しんでいたが、今は喜怒哀楽のどれであれ、強い感情を抱くだけで疲れてしまう。吉良吉影の気持ちがよくわかる。あまり感情を揺さぶられると大人はしんどいのだ。悲しい夢を見て、涙を流しながら目を覚ますというありがちなシチュエーションは、本人からすると割と体力を使ううえにしんどい。それが分かっただけ昼寝で潰れた無為な休日ではなかったのかもしれない。
ことわっておくが、私は幽霊を信じていない。虹の橋の存在も信じていない。たぶん、今日の出来事は、浅い眠りで半分覚醒していた脳が見た、妙に実感のある幻の類だったろうと思う。ただの夢だ。そんなことは百も承知で、消化しきれなかった思いをクソのような駄文と一緒にトイレに流したくてこんなものを書いている。
三連休の初日、家と会社の往復以外はほぼ引きこもり状態の25歳女性。言うまでもなくブスで、友達もほとんどいない。吐き出すアテもなかったので、たいしてうまくもない感情的な文をまたネットに吐き出してしまった。どうか許してほしい。病んだブスがやりがちなことだ。打線が組めるし実際かなり打つ。鬱だけに。
べつに許さなくてもいいが。
上司は歳も変わらず上手くやって行けそうに見えた。
デリカシーがないタイプなので、率直に聞いてみた「付き合ってるんですか?」
もちろん答えは「No」だ。
新卒のころ、
「社内恋愛は自由だ。しかし事実でも事実ではなくても噂を立てられた時点で、出世コースからは外れたと思いなさい」
と言われたことがある。
その時はぼんやり「アイドルみたいだな」と思っていたのだけど、
そのあと社内政治のありようをまざまざと見せつけられたので(比較的規模の大きい、社内営業が重要な企業だったので)
結婚まで社内恋愛は絶対にバレてはいけないものだという認識で今日を迎えた。
そんなわけだったので
「付き合ってるんですか?」と私が聞いたことはすなわち
しかし入社したばかりということもあったし、上司に対するわずかばかりの警告でもあった。
私は「出世コースから外れた人間」として上司を認識していたけど
出世争いも何もなく、ガラパゴス的にすくすくと職格が上がっていく環境だった。
私が入社すぐに「こいつら付き合ってるんじゃね?」と思うくらいなのだから、
「あの2人って付き合ってるんですか?」と私に聞いてくる人もいた。社長に直接聞いた強者も現れた。
しかし答えは「No」。
もはや、「"2人は付き合ってるのではないか?"という疑惑をもつのは入社間もない社員の通過儀礼」とさえ言われ始めた。
「これだけバレバレの行動をとっていても言動が変わらないのだから、本当は付き合っていないのではないか?」
とさえ思い始めていた。
最近、「事実に関わらず、社内恋愛の噂をたてられている人間を尊敬できない」と上司本人に伝える機会を得た。
返ってきたのは「実は5年以上付き合っている。今年中に同棲し、来年結婚するつもりだ」という言葉だった。
その時わかったのは
という2点だった。
私はあきれ果ててしまった。
バレているという認識がなかったのだから、さぞ楽しい会社生活だったのだろう。
私やそのほかの社員による「付き合っているんですか?」という質問に
自分を客観視することもなく、否定さえしていれば問題ないと考えていたそうだ。
そもそも社内恋愛の噂を立てられたらビジネスパーソンとして致命的だという認識すらなかったのだ。
それはそうだ。
「会社に迷惑をかけたか?」答えはNoだ。と言いたいところだが、割とYesだ。
2人が交際しているという疑惑があることで、個人的な相談は一切できなかった。
上司という立場であるにも関わらず、部下が相談しにくい人間になっているのは事実だった。
社をあげた結婚披露宴に向けた準備が行われるのだろう。
ヒマなので、忘れられない恋人にメッセージとか送ってしまってホントばかみたいです。
30代子なし、かつ、出国するまでそれなりに働いていたひとは、本当にヒマさにびっくりすると思う。
もちろん、現地になじんでブイブイしてる人もいらっしゃるとは思いますが、なんだろう、自分が働いてきた分、結局働いててエライのは夫、と思うと、慎ましやかに暮らす発想にしかならないのですよ。その結果、昔の恋人に連絡したら世話ないですけど。(別に情熱的な内容じゃないから許して、っていう言い訳)
こちらへ来てから、夫との絆とか関係性は向上してると思う一方で、家事に全力をつぎ込んでもありあまる時間にちょっと引き始めているのも事実。長期的視点に立てば、1年程度で帰国してしまって何かしら仕事したほうが良いのでは?と思ったりもします。
クラウドソーシングも覗いたけれど、まあまあの会社で総合職としてゼネラリストとして働いてきた自分には縁遠さしかなかったしなー。
読書と音楽鑑賞だけじゃなかなか身が持たんです。通信制の講座とかも検討したけど、いまいちピンとこない。
そういう意味では、結局人生って壮大なヒマつぶしで、会社に属してればありがたいことに解決してねって課題を与えてもらってて(自分で探しに行ってるつもりになってたけどさ、今は、あー与えてくれてたんだなとしか思わんw)、それをバリバリ解決し(た気になっ)て、承認欲求満たしてもらって、カネまでもらえて、なんて素晴らしい仕組みなんだー!とか思います。社会学者とかフェミとかが、日本社会なんて男のおもちゃ、って言うのを、醒めた感じじゃなく、よーこんな仕組み考えたな!やるやん!という感じで手放しでほめたたえたい気分です。そらリタイアしたおっさんら、病むわ。
あと、こんな感じのことを考えている割に、まったく病める気配のない自分にもある意味腹が立ちます。繊細さを失いすぎ。若さとは心の若さである。繊細さは詩人の心である。
あー、さよなら青春。とりあえず、日本で会った夫の会社の先輩のヨメ(元帯同家族)みたいに、太ってデリカシーのないクソババアにはならないよう、多種多様な価値観を認められる人間でいられるよう、頑張ります。
ではみなさん、
喜び過ぎず悲しみ過ぎず、
実直(じっちょく)なんぞと、心得(こころえ)まして。
(1)そいつが絶望的に女の口説き方を知らないただの阿呆である可能性
そいつなりに「彼女作ろうとした」のかもしれねんだよ。あんたというキャラを読んで(読んだ「つもり」で)下ネタにまぎれさせて。男にみんなムーディーな誘い方で巧みに彼女作る手腕やトークスキルがあるなんて期待をすんじゃねーよ。「やらせろ」くらいしか言えない最低な男なんて世の中にいくらでもいるんだよ。
(2)そいつが単なる下品なクズでデリカシーの欠片も持ち合わせない性欲魔人で正直増田のこともターゲット候補としてしか見ていなかった可能性
まずてめえの「人を見る目の無さ」を歎け! そして今後そいつが何を言ってこようが「お前サイテーだな」しか言う必要ないし、その場合周囲の反応も「知ってた。つーか、なぜ今さら?」だろ。増田もすでに相当変な人間だと思われてるよ。
書いてて、アレだな。その男に過去(現在)彼女がいたかいなかったかで、(1)か(2)かに分岐する気がしてきたがそこはどうなんだろうな。(1)はまあ「不器用」だよ。(2)はちょっと軽い異常だな。最近話題になった某芸能人みたいな、と言えば分かり易いか。
ただどっちにせよ「長年つきあってて相手がどういう人間かきちんと想像できてない」という点では、増田も十分「デリカシー無い」行動してる人間の範疇に入るんだよ。(1)であろうが(2)であろうが、この手の人間とはそもそももう少し適切な「距離」をとって付き合うもんだ。そのことはせめて頭に入れとけよ。
この文章を匿名の場所で書くことをお許しいただきたい。我慢ならなかった。
昨今、芸能事務所に踊らされるマスコミ。不祥事に対して追っかけまわり面白がるマスコミが激しくなっている。
文春砲というものだろうか。あれもゲスいが、暴かれるその連鎖はまだ終わらないだろう。
しかしだ。
マスコミと言う名の道徳もないバカたちがのさばっているのを、こっち側の人間がいやほど理解したことも気付いたほうが良い。
中でも酷かったのは歌舞伎役者の関連だろう。
報道の自由が無いと騒ぐのは、自分が立派なマスコミになってから言え。マスゴミには用が無い。
さて、欧米をみてみよう。発言した記者やなにかを提起した記者が市民に受け入れられない場合、実際にその人本人が叩かれている。
ゴシップ関連だとイチローの英語が下手だと言った記者が、実名で叩かれていた。(その人は実名で批判したからだし、実名で確認し謝罪もしている)
日本のマスコミ記者は、局名や雑誌名だけを名乗って終わらせることが多い。しかし匿名掲示板でも無い限り、実名は目の前にある。
フジテレビの記者、大村正樹氏が犯罪者の性癖について親に質問するという、「そんなもん知るわけないだろう」案件を聞くという暴挙に出た。
この大竹氏は以前にも震災で足を失くした人に対し「切断したときどんな気持ちか」「今までスポーツをしてきたわけだが」という、まだ日が浅い被災者に対しデリカシーのかけらもない発言をしている。
この人に隠れがちだが、TBS新・情報7daysの大家幸子氏。
大家「準備に歯ブラシを入れていたのか?」高畑「知らないです」「歯ブラシはもっていかれなかったのですね?」というやりとりをしたみたいだ。
こんなのがマスコミを名乗っているのか。
この人たちはきっと、いろんな人たちにこういうことを聞きまくっている。
このままマスコミとして存在することが出来たのは、市民が記者名を特定できなかったから。または知る機会がなかったからだ。
しかし現在政治家の不正がバレまくる中、ツイッターですぐに記者が分かる時代になった。
もう馬鹿に振り回されるのはたくさんだ。
その質問が公共の電波に乗り、自分の発言が取り沙汰され、叩かれる。
時代が、価値観が、古すぎるのです。そして性格も悪すぎるんです。
マスコミはあなたたちを仲間だとして守るのでしょうか…馬鹿な人を守る利点があるのでしょうか。
マスコミが叫ぶ報道の自由。それって市民側にもマスコミの現状を嘆く自由があっていいということですよね?
もう散々です。もう飽き飽きです。くだらない記事を、適当なソースで、酷い言葉でしめくくる。
年を重ねるにつれ人を笑わすのが上手くなる気がする。
これは面白い発想力が身につくってそんな高度な話じゃなく、どんなことに人が関心を寄せるか、そして笑いにつながるかってのが分かってくるからだと思う。
子供のころはケンカのときに酷い言葉を投げつけたけど、大人になった今はしないってのと同じ構造だ。
こんなこと言ったら怒るだろうな、傷つくだろうなっていうのが段々わかるようになってくる。
簡単にいうと人の気持ちを考えられる人間になるっていうことだ。それが大人になるっていうことだ。
何度も言うが、物凄い話術で爆笑をかっさらうってことじゃなく、何気ない会話の中でくすりとさせるぐらいのことは出来るようになるはずだ。
だけどたまに滑り倒してるやつがいる。うちの会社にもいる。彼は何なんだろう。何で俺たちがそんなことで笑わないってことが分からないんだろう。
別に人を傷つける発言をしたり、デリカシーがないわけじゃないので、人の気持ち全般が読めないというわけでもないらしい。
彼はなんなんだろう。
小学生男子を女湯に連れてこないでほしい話で、自分は元増田に感情的に共感しまくったんだけど、否定的なブコメにも人気があった。
それで、なんで自分はこんなに「小学生男子が女湯に入ってくるのが生理的に無理!」だと思ったのかを考えてて、先日プチ炎上していた朝日新聞の壇蜜の相談のやつを思い出した。
あれも、壇蜜の回答の何が気に入らないのか分からないとか、現実的ないなし方を教えてるだけだとかいう反応があって、それらを見た時に、
自分が子供の頃に学校の先生や母親にさんざん言われてきた「**くんはあなたのことが好きだからやっちゃうんだから、許してあげなさい」という呪いの言葉を思い出し、本当に嫌な気持ちになった。
こちらには、スカートめくりやかばんに青虫乗っけられることが「好意」だとは伝わってないし、大人たちは馬鹿ガキに対して伝え方の下手さを叱ることもせずに、私に対しては暴力を振るってくる人間を許せと言う理不尽。
そういう男児(クソガキ)からの、セクシャルなものを含む暴力は、自分についていえば、幼稚園に入る前ぐらいからすでにあって、小学生まで間断的に被害にあってきた。
なので、個人的には、温泉なんかで出会う男児については、幼稚園ぐらいからすでに頭の中にWARNING!という文字が浮かぶ。
だって過去、実際に幼稚園児の馬鹿ガキに性的にいじめられてきたんだから、本当に嫌で嫌でしょうがなくて登園拒否だってしたし
小学校では学級会の議題になって、トラウマにだってなったんだから。情けないなとは思うが、風呂に入ってくる男児を見るだけで、あの頃の嫌さと怖さが一瞬ふいに思い出されてしまう。
別に問題ない、気にしないようにと我慢はしますけどね、もう大人だから。温泉を楽しみたいしさ。
女風呂に入っている男児が、他の入浴客をどういう目で見ているのかは、周りの人たちには分からないでしょ。
何とも思ってないだろうけど、何とも思ってる子だっているかもしれない。どっちなのか誰にも分からない。
我が子がエロガキかどうかなんて、実際のところは連れてきている親にだって分からないだろう。
うっかり母親に報告など自ら大声でエロい目で見ている旨を大騒ぎし出す馬鹿は別だが(あの人おっぱい大きいね!とかね。まれではあるがこういうクソガキはいる)。
自分は、幼稚園の送迎バスの中でもスカートめくりされたりするようなクソガキに困らされた経験があるので、幼稚園児ならOK、というのも、恣意的よねとしか思えない。
もちろん、現実の共同浴場でそういう男児を見つけても、小さい子なんだからしょうがないよね、と思って気にしないようにしてるし、
入ってきた男児がどうにも我慢できないレベルのクソガキだったら、しょうがないからこちらがそそくさと逃げる。クソガキとクソガキの親に腹を立てたってこっちが損するだけだから。
でも、親の側が、当然の「子供を守る権利」とか、言っちゃうのは、ばっかじゃねーのお前の子供の権利のためにこっちの権利が侵害されてんだよ、と言いたくなる。
こっちにも権利があんだから譲り合ってよ、たまには引いて家族風呂入ってよ。
入浴中目を離せない子供だったら同性の保護者なしにパブリックな浴場に連れてくるの無理があるでしょ。
だって、あなたのかわいい息子が、私にとってはただのしつけの悪いエロクソガキじゃないことは、「まだ」証明されてないから信用できない。
おまけに、たまに見かける、このクソガキ…と思うような男児の親のほぼ100%、注意しないんだよ。だから逃げるんだけど。
女湯に連れてこられてる男児が悪いと言っているんじゃなくて、デリカシーがないというか周囲の配慮がない親の方に、問題があるんだよね。
もうちょっと大きくなって分別が付いて一人で風呂に入れるようになってからだって、温泉も共同浴場も逃げないよ。
話はちょっと変わるが、そのように性的にいじめられたのって、上に書いたように小学生のころぐらいまでなんだ。
中学入ってすぐに「ああ、もうああいうクソガキに怯えなくていいんだ」と気が付いた。
中学校に入ると、多くの男子がリアルに色気づいてくるからかもしれないが、女子に向かって気持ち悪い嫌がらせ
(スカートめくりや生理の日当てや物を取られたり隠されて見せびらかされたり)をしても、ひとつもモテないどころか蛇蝎のごとく嫌われることに、
気づく子は気付くんだろうと思う。
そうやって、クソガキからのエロ暴力は、奴らが色気づくころにはパタッとなくなった。まぁその頃にはすでにモテ非モテが分かれてるから、手遅れ。
そうやってパワーバランスが変わった瞬間はすごく鮮明に覚えている。
幼稚園の時からずっと付きまとわれてた近所のエロガキいじめっ子は、中学に入ってから不登校になった。
中学に入ってからも、私にしてたように同級生にエロいじめを仕掛けて総スカンを食らったらしい。あんなに嫌だって何万回も言ったのに、
担任教師や双方の親、周りの大人は誰も深刻には受け取ってくれなかった。自分の母親ですら。
エロガキクソガキが不登校になろうが、正直、ざまーみろばーか、としか思わないけれど、一方で、
「**君はあなたのこと好きなのよ」とか「元気でよろしい」とか無責任なこと言ってた大人が、クソガキにきちんと社会的な線引きを教えてたら
不登校にはならなかったんじゃないのかなとも、思ったりする。
もちろん混乱する。単なる友情と思っていたのが、向こうは愛情だったかもしれないということに。
相手に言われる前に気付くべきだったのではないか?とか…etc。。。
自分は完全なヘテロで、向こうの望む関係を持つことは残念ながら難しい。だとしても、もし先方が今まで通りでよいなら、友人としての関係は維持したい。
だから、原則今まで通りふるまう。ただ、相手を勘違いさせることがないように、今まで以上に気は遣う。…これは、おおむね体験に基づいた話。
少なくとも、友人間に言いふらすとか! 何のためにそんなことをするのか、まったく考えられない。
同性愛に一体どんな偏見があったら、そして相手にどんな悪意を覚えたら、そういう失礼でデリカシーのない振る舞いができるのだろう?
一般に男性は自分に性的視線が向けられるということをあまり想像したことがないという。(女性は、否応なしに年頃になれば自覚させられるが。)
そのため、男性は、男性の同性愛者に強い偏見をもちがちだと。なるほどそういうことはあるかもしれない。
だが、いずれにせよそれは偏見だし、自分が克服すべきものだと思う。もちやすいと言っても偏見は偏見であり、それに基づく行動が許容されるわけではない。
元増田です。
こういう場所に書くことができて、いろんなコメントをいただけて感謝の気持ちでいっぱいだったんですが、一つだけ。
http://kutabirehateko.hateblo.jp/entry/2016/07/25/105102
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妻からセックスを拒否されている増田たちがこのくらい真摯に妻と自分の性に向き合ってくれたらいいなと思う。たとえば増田たちは女性の膣がふだんぴったり閉じているものだと知っているかしら?エストロゲンが不足している状態では膨らみも長さもなく、そこにペニスを押し込まれることは苦痛でしかないことをわかっているかしら?かつて妻が応じてくれていたとき、そういう我慢を重ねていたかどうか知っているかしら?
どちらの増田も子供が目を覚ますと妻から咎められたということだけれど、そういう趣味でなければセックスは二人だけで邪魔の入らないところでしたいんじゃないの。絶望して泣きべそかくまえに、そういう基本的なところから考え直したらどうかな。妻さえ応じてくれれば解決という姿勢では、遠からず無理を強いたことが決定的な問題になると思うよ。解決手段は女性の生理と肉体を無視したファンタジーポルノからは学べない。シルクラボのいちゃいちゃAVでも見なさいよ。 ちゃんとお金を払ってね。
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付き合っている時から真剣勝負でセックスして、終わったあとは「何か悪い点があったか」「どこがよかったか」を話し合って、次に活かすということを続けてきました。
当時彼女だった妻は、僕のそういう真剣さにびっくりしたとは言っていたけど、お互いの性について継続的に考えることに感心していました。
歴代の彼女たちもそうしていたし、みんな好意的に受け止めてくれていました。
ワンルームで住んでいるわけじゃないですし、子供の寝ている横でプレイするほど酔狂じゃないです。
僕がこの記事を読んで思ったのは、「僕の妻がここまでデリカシーがない人間だったら、眠れなくなるまで悩むことなく即決で離婚できるのに」です。
ファンタジーポルノうんぬん言っているこの人に、逆に言いたい。
セックスレスで悩む男性は、ファンタジーポルノのように性欲の塊じゃないです。強い拒絶に対してあっさりEDになるデリケートな面があり、すごく惨めに感じ、つらい気持ちになります。
性欲先行で「また誘おう」とポジティブに考えられる人間だったら、セックスレスで悩みませんし、おそらくセックスレスになっていません。
■嫁さんとセックスができなくて泣いた
http://anond.hatelabo.jp/20160707093536
こちらの人もそうだと思うんですが、相手のことを考えて一生懸命にプランを練るような人だからこそ、悲しんだりします。
この人がいうようなファンタジーポルノのようなセックスがしたいわけじゃなく、ただ愛し合いたいと思っていただけなんですよ……。
いろんなところでセックスレスの悩みを見ましたが、セックスレスで夫婦仲が険悪になってぎくしゃくしている人は少なかったです。
その一点以外は順風満帆な人が多かったように感じました。
逆にそのせいでぎくしゃくしている人は、悩むことなく離婚のカードが切れるのだと思います。
他がうまく行っているからこそ悩むんですよ。
と、ここまで書いて、行政が行う「妊婦さんは大変! 旦那さんもわかってあげてね」的講座を思い出しました。
僕も含め旦那さん衆は、階段をエスコート。何か起きたら大変! と真剣。
そんな中僕はうすらぼんやりと「こういうのに参加する人は、みんなわかってあげたいと思ってる人ばっかりだよな~。本当に蔑ろにしてる人は参加してないんだろうな」と思っていました。
泣いたり、悩んだりしている人はわりと色々考えちゃう人ですよ、きっと。
おしまい。