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はてなキーワード: テキストサイトとは

2020-10-14

anond:20201013191741

当時のインターネット掲示板文化と、テキストサイト文化って感じ

侍魂」「ちゆ12歳」とか、何もかも、みな懐かしい

無断リンク禁止とか、踏み逃げ禁止とか、不可思議ワードも生み出された

2004年だとmixiが立ち上がり、これからSNS突入だってころ

裏情報ネットワークなんてな空気はさっぱりなくて、「同好会」みたいな場所


裏情報ネットワークなんて思っちゃうのは、2chかに入り浸って「welcome to underground」ってやってた中二病患者だけだろ

裏ではMAD文化とかコピー文化は横行していて津田大介ネットランナー違法行為を推・・紹介していた時代

今と違って、自分が触れていた場所で、受ける印象が大きく異なる時代

2020-10-13

anond:20201003105829

呼んだか?(当時エロゲオタだったやつが満面の笑みを浮かべながら

 

型月がヒットしたのはいくつも理由があってそれらの複合によるものだろうから一言ではとても説明できない。ただまあその「複合」を当たらずも遠からずぐらいで表現すると、「ネットに対する信頼があったから」ということになろうか。

自身はたしか2001年ごろにまんだらけで『月姫 完全版』を買った。なぜかというとネット話題になってたからだ。当時はまだtwitterがなくGoogleもこれからという時代情報仕入れ先は主に個人ニュースサイトエロゲレビューサイトだった。カトゆーだったかsawadaspecial.comだったか。他にもいくつかのサイトを見ていたが既に名前すら忘れたし、果たしてどこで知ったのか定かではない。ただネットで『月姫』が面白いという情報を得、当時学生だった身としては決して安くない金額を払って購入した。噂に違わず面白かった。ネットへの信頼性が増した。

他のジャンルでも同じことがあった。個人制作なのに映像がすごいらしいという情報をたよりにヨドバシまで『ほしのこえ』のDVDを買いに行ったのもそうだし、Sound Horizonの『Thanatos』をサンプルさえ聞かずにオフィシャル通販で買ったのも2ch話題になってたからだ。今ほど選択肢はなく、今ほど情報流通していない時代にあって、それでも取り立てて情報感度が高くない平均的なオタクのところまで到達するコンテンツはおしなべて面白い。そう無邪気に信じていい時代だった。

 

型月に話を戻せば竹箒時代に『空の境界』を出したときは6部しか売れなかったという。最初からビッグネームだったわけじゃない。だから拾い上げたやつらがいる。それが個人ニュースサイトやらエロゲレビューサイトやらそこからさら口コミやらで広まって葉鍵に並ぶ同人ジャンルまで成長していった。

コンテンツ人口膾炙するにはネットで語りたくなったり二次創作したくなる魅力がないといけない(こんにちにおいてオタクコンテンツの人気は≒同人人気とも言えるだろう)。そういう意味では型月の作品にそれだけの魅力があった(俺もネットでいっぱい語った)。

時代めぐり合わせが良かった面もあるだろう。サウンドノベルから派生したビジュアルノベル(『雫』、『痕』)によって“読むエロゲ”という文化はできていたし、葉鍵の隆盛によってネットエロゲについて語ることや、それらを題材にした同人文化もすっかり馴染み深いものになっていた。そんなコンテンツの“最低限”が低い玉石混淆時代月姫がブチ込まれればそりゃ話題にもなろうってもんである。型月は『Fate』で商業に移行したため同人ゲーム文化の爛熟は『東方』とか『ひぐらし』とかあの辺りによってピークを迎えるのだが。

 

ところでハード面の話としてパソコンの普及も個人的には見逃せないと思う。Windows95が出た頃はメーカーPCで50万とかくだらない時代だったが、00年頃になると自作PCも敷居が高くなくなり15万~20万ぐらい出せば一式組めるようになった。ネット回線ADSLFTTHみたいな定額かつ安価サービスが始まっていた。今の学生スマホを持つような気軽さはないが、それでも充分身近になった感はあったのである。俺のまわりはエロゲがやりたいかPC組んだやつ(俺)、『BM98』がやりたいから組んだやつ、『RO』がやりたいから組んだやつ、と概ねこの3つのパターンに分かれるのだが、いずれにしても(95年頃に比べれば)安価になったPC市場もそれらを後押ししたのは間違いない。

 

話がとっちらかった感はあるが、ざっくりまとめると…

月姫話題になるような魅力を備えていた

葉鍵を始めとした先行作品によって、エロゲを語ったり同人にしたりする文化が醸成されていた

個人ニュースサイトwebリングのようなハブとなるサイトインフルエンサーとなって上記を広めた

新規プレイヤーが入ってこれるぐらいにはPCが身近なものになった

・00年前後PCネットでできること、いける場所オタク文化最先端な感じがあった(2chエロゲネトゲテキストサイトetc…)

 

ちなみに俺自身典型的葉鍵厨で、型月にはそこまでハマらなかった。『空の境界』は講談社ノベルスを模した同人版が出たときにけっこう熱中した(腕に仏舎利を埋め込んで直死の魔眼無効化する荒耶宗蓮とかやっぱカッコいいでしょ)けど月姫はそれなりって感じ。『歌月十夜』はついぞ未開封で終わったなあ。そんな俺でも『Fate』の盛り上がりは覚えてるよ。発売日、日本橋に買いに行ったんだけどすごかった。どこのエロゲショップだったかフロア1つまるまる『Fate』売り場になってたとかね。なんかあの頃のエロゲオタにとって最後共通言語みたいな感じはあったなー。みんながやってみんなが語るエロゲはこれが最後だろうなっていうね、なんか祭りが終わるなーみたいな感じがね、何処かしらにあったよ。多分それは、俺の思い込みなんだろうけどさ。

2020-08-28

君らが数十年前に設計されたテキストサイト無為時間を消費している間に流行に敏感なナウい若者最先端テクノロジーを駆使した動画配信サイトスパチャさせてもらっているんやで。

2020-08-20

インターネット老人会に入れなかった

インターネットの昔話を読みすぎて、俺はテキストサイトを読んで育ったし、Twitterの昔の感じとか2chをやってたりしたし、むかしかニコニコ動画見てましたってなぜか勘違いしてて、インターネット老人会の話が回ってくるたびに、あーこれね(笑)はいはい(笑)なつかしみたいな感じだったけど、よく考え直したら、自分インターネット環境揃ったのはもっとあとからで、インターネットコンテンツ流行のあとからひとりで楽しんでただけだった。なのに、いまさら知ったふうな口を聞いてしまった。

言うならば、平家物語を読んで、あー壇ノ浦の戦いマジきつかったわーwwwまあ、1000年前から生きてますからね?笑 みたいな態度を取ってるやつということなんだが、めちゃくちゃダサいな、おれ

2020-08-13

テザリングで十分やがな

増田みたいなチンケなテキストサイトで暇潰すくらいならテザリングで十分やがな。

増田みたいなチンケなサイトときに光はもったいないで。

2020-07-08

20年近く前の話。

高校部活の先輩のネット友達大学生文章が好きだった。彼のことも好きだった。

まだテキストサイトがあった頃。村上春樹かぶれつつダメオタク匂いがする彼の日記が好きで繰り返し繰り返し読んでいた。

少しメールのやりとりもしたけど、あんまり覚えていない。うれしかった反面自分が彼に相手にされていないのを感じてかなしかった。

高校生なりたての私からしたら大学生はとてつもなく大人で、扱い方のわからない子供として扱われているのを感じた。

でも文章リズムがとてつもなく好きで、何度も繰り返し読んでいた。

高校の先輩はその大学生でないネット友達彼氏になってはしゃいでいた。

性交渉をしたんだろうな、とおもわれる日記を書いたりしていた。私はまだ処女だったけど舞い上がりすぎている先輩には正直ひいていた。

文化祭の日、先輩は彼氏ネット友達部活の展示に連れてきた。

事前に聞いていたとおりあの大学生もつれてきていた。

会ってみたい、話してみたい気持ちはあったけどウブウブのウブなので顔なんて合わせたら一瞬で好きなのがばれてしまうのがこわかった。

私は展示のバックヤードに逃げた。女子校なので、パブリックに見えないところは女子更衣室みたいなものだ。私は複雑な気持ちにぐらぐらしながらも安心していた。

でも、先輩はあろうことかバックヤードに彼らを案内した。複雑な気持ちエントロピーが全部恐怖と怒りになり、頭が真っ白になった。

私はたまたま手元にあったカッターを手に取って、たぶんものすごい勢いで先輩ごとバックヤードに入ってきた男性たちを恫喝した。

彼らは逃げ、私は先輩に「浮かれるな」とかそんなことを言った。泣かせてしまった。ほかの先輩が慰めていた。

今考えても彼女は実際浮かれてタブーを犯したんだけど、とはいえ思い人に引き合わせてやりたい気持ちもあったんだろう。

誰がどんな気持ちでどんな思惑を持ったかは置いておいて、とうぜんだけど大学生からは連絡が来なくなった。とてつもないものを壊してしまった。

私はあの日どうしていたらよかったのか何年か繰り返しあの日を思い返して苦しくなっていた。

まあ高校卒業して彼氏ができてからは忘れてたんだけど。

今朝夢に大学生だった彼が出てきて、気持ちがツーンとして久々に思い出した。増田に流して供養する。

あの時普通に会えなくてごめんなさい。男の人を過剰に怖がるあまりあなたを傷つけてごめんなさい。私はあなたに会う価値なんてないおかし女の子でした(今もおかしいけど)

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追記:

> 読み直してようやく人間関係がわかった。ABCD使ってくれていいんやで。

すまんやで。ワイ・先輩・大学生の3人だけ抑えておけばええんやで。

ワイ(メス): メンヘラ処女

先輩(メス): ワイの部活の先輩。ネットコミュニティの姫。

大学生(オス): 今考えると先輩のチンポ騎士団員。

2020-07-06

YouTubeが苦手

ただの情報文章読み上げなのに、適当な背景にテロップ入れてそれっぽく仕上げてる動画

視聴時間に対して得られる情報なすぎる。

すごく苦手。

テキストサイト全盛期にネット始めたオッサンからかもしれない。

YouTubeならではの企画ものだって

静止画像とテキストでも十分伝わりそうなのにな。

はしゃぐ素人テレビさながらのテロップが薄ら寒い

老害自覚してるよバカ野郎

2020-07-02

anond:20200630214301

バッカじゃねぇの?拙者某兎田ぺこーら氏のドラクエV実況をたまたまみて25年ぶりにオタ活復帰した、いにしえのテキストサイト四天王最弱勢ですけれども、バッカじゃねぇの?

なんなんだ、このせまっ苦しい言説はよ?好きで語れよお前の偏愛をよ?まじでさ、オタクムーブメントってその程度のもんだったかよ。

拙者古いオタクだけれども、オタ活つーのはマジョリティな嗜好に対する「好き」の多様化とそれを表明するムーブメントであってさ、二次創作ふくめてお互いのキモイ嗜好を表明しあい、唾飛ばしながらキモキモイ偏愛を青筋たてながら語るアレであってさ、本質的他人偏愛なんてキモいんだよ。キモいの上等で語らずにいられない迷惑上等な愛じゃんか。盲目偏愛なんか、だれにとってもティンとくればできればてぇてぇだし、こなきゃキモイんだよ。

それでお財布も口角もゆるゆるでキモい上等、夜路死苦ハッピー切腹ペコだろが。

ほんとさ、そんな気がなかったんだけれど、自分若いころ夢中になったゲームを本当に楽しそうにプレイするペコラの、笑いの神に愛されているライブで見てさ、熱くなっちまったわけだけれど同時に久々の多幸感に襲われて、ちょっと泣いて自分キモいなと思ったわけだけれど、俺はそんな自分否定しないぜ?それが企業収益の餌でも知るもんかよ。

好きを語るってのは、実は自分の柔いところ晒す話でさ、詰められたら痛いのよ。詰められるまでわからんのだけど、それでも好きで語れよオタク自認するならさ。

その昔、マジョリティな嗜好以外に市民権がなかった時代からコミケなど少しずつ好きの多様化を広げてきた先達を信じろってさ。お前の好きがどんだけキモくても、俺はキモいっていうけど、それがダメとは言わないぜ。キモいとは言うけど、逆にお前がが俺をキモいっていうのは止めないし甘受するペコだぜ。

俺たちはキモくある自由があるんだ。

それを勝ち取ってきたんだ。

10年以上ぶりにはてなのぞいてみたわ

まだ生きてんだな。なんか昔のブログとか全部なくなってるんだね。ダイアリーとかのやつ。

どうやって収益上げて生きてんだろうかこんな古臭いテキストサイトが。

はてなダイアリーとかはてなブックマーク青春ささげてた皆さんは、生き残ってんのかね

2020-06-21

アラサー非正規だけど内定辞退していいのだろうか?

俺はアラサー派遣バイトしか経験がない。

一時は200万の借金に加えほとんど引きこもりに近い生活を送るほど荒れていたが、

少しずつ生活を立て直し。実家を飛び出しても2ヶ月くらいは生活できるほどの貯金もできた。

心機一転満を辞しての転職活動。今さら焦っても仕方ないしオリンピックの余韻が続く来年3月ごろまでに決められれば御の字だろうと悠長に構えていた矢先のコロナ禍。資格試験キャンセルポートフォリオ制作も投げ出し、ひたすら求人検索エンジンコーポレートサイトリクルートページをチェックし片っ端から応募。エージェントにも6社ほど登録した。

現在仕事夜勤も多く、仕事が終わってからエージェントヒアリング面接のために6時間待機し、その後反省点をまとめる作業に1時間かかり、2時間の仮眠のあとシャワー食事を済ませてまた出社…というような日が4日続いたり、1日置きに1週間という感じでこの3ヶ月を過ごした。

丸一日休みをとれても、不安でうまく眠れないしやらなければいけないことがいくらでもある状況下なので寝てはいけない。

そんなことは何の言い訳にもならないが、転職活動を始めてから現職の方でミスが増えてしまい、上司にも目をつけられるようになってしまった。

明らかに自分職場の中で嫌われていることを感じている。

正直いうとここ最近半狂乱に近い状態で、病院の予約時間を1時間早く間違えたくらいで「自分はこの程度のスケジュール管理もまともにできないのか」と帰りの車中で泣き喚き散らしてしまうくらいで、何にしても冷静な判断がくだせるという自信が持てない。

そんな有様だが、一社うまく内定がとりつけられてしまった。

内定までの経緯が少し変わっていて、内定をもらった会社をA社とするとそこと全く別のB社にもともと俺は応募していた。すると採用担当とは別のB社社員から個別電話がかかってきてA社を紹介された。A社社長と数回電話面談を行ったあと直接会って内定が決まった。

サイトを見る限り俺にとってA社は魅力的ではある。学生時代から未練があった業種に携わっていて、そこに未経験から挑戦するとすれば今が俺にとってラストチャンスかもしれない。しか選考時の豪快さが妙に気になって仕方がない。

そしてここにきて俺はフロントエンドWebデザインポートフォリオ作りに熱をあげている。

もともとHTMLCSSやらはテキストサイト全盛期だった小4の頃から見様見真似で暇つぶしに書いていた。書いていたといってもレンタルサーバ手打ちしたファイルをあげたり、WordPress自作テーマを仕込んだりはてなブログカスタマイズ機能CSSJavaScriptをちゃちゃっと加えてたぐらい、だが、そらである程度書けるぐらいの知識はあった。

イラレフォトショ大学課題制作で嫌になるくらい使った。というか卒業してからフライヤー制作とかで使った。

これくらいのことなんて常識範疇で、AT限定免許所有者くらい取るに足らないレベルなのはわかっている。しかし病んで人と会話できなくなったりパソコンがお釈迦になって何もできなくなったりとそんな風に何かが起こっても常に俺が関心を寄せていたのサイトWebデザインだった。

もともと転職活動で当初志望していたのもデザイナーフロントエンドだった。借金を完済したのを契機に念願のラップトップを買ったので今年の2月から意気揚々ポートフォリオ制作を始めていた。この時はまだかっこよくてかつしっかりしたサイトが作れさえすれば、どこか拾ってくれるんじゃないかと思っていた。いや、就職できるかどうかは二の次で、かっこいいサイトを作りたい、サイトもっとちゃん運用できるようになりたい、もっとフロントエンド知識を深めたいというのが一番の動機だった。

コロナ禍で転職活動を方向転換してから求人があるうちに動かなくてはという思いで、ひたすらお気持ちポエムみたいなPR文を募集先に送りつけた。手元に何もない俺にはそれしか出来ることがなくていつも情けない気持ちだった。そんな嫌な毎日の中でポートフォリオ作りに関することが俺の逃げ場になっていった。借りてるさくらサーバーVirtualBox上のFreeBSDCentOSを仕込んだラズパイ稚拙知識黙示録として書き記した雑魚虫なQiita…こんなとこに俺の未来なんてあるはずもないのに、もはや使い捨て傭兵のようにこきつわれるだけで死んでく分際なのがほとんど決まってる癖に。

ぶっちゃけると日増しに就職したくない気持ちが高まってる。

コロナ禍はリーマンショックとも震災とも違った。業界業種で影響の度合いに差がありすぎるし、情勢の変わり方も激しい。いきなり悪くなったり劇的に改善したりする。じわじわと影響が露出してきて経済回復するのも長期的だった従来の経済的混乱とは違い、病床数やワクチン開発などの医療の状況、緊急事態宣言等の社会情勢で一変する。その時が来れば一気にコロナ禍による経済不安はなくなる。現に緊急事態宣言のあの騒ぎは劇的に落ち着いてしまった。

そんな中でこれは未曾有の危機20年代は暗黒の時代だ!とヒステリックになり、よくわからない企業に飛び込んでしまうのはかなりのギャンブルなのではないかと感じ始めている。その反面これが自分宿命なのだ得体の知れない企業怨念にずぶずぶ浸かりながら野垂れ死ぬことを受け入れなければならないんじゃないかとも思う。

考えがまとまらずとっ散らかった文章になってしまったが、俺は何がしたいんだろうか?何が一番ベター選択になるのだろうか。

フロントエンド知識なんて俺にはたいしてない。30年近く生きているにも関わらず。でもだからこそもっと知りたいし、知らないことが悔しいし、しょうもない雑念に囚われて何のスキルになるのかもわからない仕事時間を消耗することを受け入れられない。どう気持ちに折り合いをつければいいのかわからない。

2020-06-13

今も会えない推しの話

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以下おっさんの語りが長くなりすぎたので要約。

2000年ごろ見てた小説テキストサイトファンだったのだが、

最近幸いネットアーカイブを再発見したのだけど、

誰かこの人の事知りませんか?という内容。

プロになってるなら絶対本買うし、

アマでも同人とかされてないかな?と。

とにかくおおよそ20年越しだけど"大ファンでした、作品大好きでした!"と言いたくなり書き殴った文章です。

ちなみにそのアーカイブは以下。

はまるきっかけになった"しず子誘拐事件(と勝手に呼んでる)"をリンクします。

http://esupa.xrea.jp/100/02.htm#14

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以下おっさんの書き殴り。

今は昔の2000年あたり。

インターネットは普及しつつあったものの、

まだまだ通信速度も遅く、

メインのコンテンツテキストだった時代

からというべきか、ネットはいわゆる"テキストサイト"とよばれるサイトが多数あった。

個人運営が多かったこれらテキストサイト

それぞれに特徴があり、

文字の大きさでクソゲーに鋭いツッコミを入れて笑かしてくれた

"FUNNY" GAMER'S HEAVEN

http://web.archive.org/web/20001207000800/http://bx.sakura.ne.jp/~fgh/games.html

や、中国製ロボット"先行者"で一躍大ブレイクした(もとから人気サイトでしたが)"侍魂"

http://www6.plala.or.jp/private-hp/samuraidamasii/tamasiitop/robotyuugoku/robotyuugoku.htm

などなど、大手から中小まで、

まさに群雄割拠様相を見せていた。

ちなみに、当時から今まで21年間(!)ほぼ毎日更新されている"ろじっくぱらだいす"は今も愛読してる。ていうかしてますファンです。"宇宙よりも遠い場所"見て南極までいっちゃうとかどうかしてる(誉めてます)。

https://logipara.com

で、そういったテキストサイトの中に、

ある小説テキストサイトがあった。

短編を中心にぽつ、ぽつと投稿されるそのサイト

きっかけはうろ覚えだけど(おそらく何処かから相互リンク)読む機会があり、

そのテイストに一発でやられてしまった。

星新一筒井康隆にも似たちょっと不条理ショートショート

けどちゃんオリジナル

短くてもちゃんネタはしっかりしてるし、

逆に短いからこそ想像を膨らませる余地があった。

元々活字中毒の気があった自分はたちまち虜になり、

それからは新作が出ないかどうか、毎日ネットサーフィン(これも死語だな)の一部になった。

新作が出て読んでる時はホントしかった。

ただ、時間が経ち、更新の頻度はだんだんと減っていき、

ある日を境にそのサイトは消えてしまった。

その時、そのサイトに何があったのかは当然何もわからない。

ただ、"ああ、もう読めなくなっちゃったんだなぁ"という、なんか虚無感というか脱力感というかを感じたことを覚えている。

で、それから20年たったつい先日。

"あの話好きだったよなー"とふと思い出し、

ひょっとしたらアーカイブなりがあるのでは?と、断片的な記憶を頼りにgoogle先生に聞いてみた。

ら、あった!

更新こそされてないものの、アーカイブページを作り、過去作を残してくれていた。

嬉しい!

嬉しい!!

絶版で読めなくなった本と再会したような気分で深夜まで一気読みした。

おかげで翌日の仕事は眠くて大変だった。

昔ならこれくらいの夜更かしなんともなかったのになあ、と自分老いも実感しつつ、

けどそれでももう一度その文章が読めたのが嬉しくて仕方なかった。

ちなみにgoogleで見つけた時のキーワードは"オデー閣下"。

我ながら20年何を覚えてたんだと笑ってしまった。

で、ここまで前置き(長いわ!)。

先日一気読みして満足したのだが、

今日になって欲が出てしまった。

この作者の人は何をしているんだろう?

プロになった?→ならぜひ本を買いたい!

アマチュアで活動されてる?→なら同人誌でもなんでも探して読みたい!

もう何もしていない?→とにかく届くかわからないけどファンだったことを伝えたい!

と、こんなところに文章を書き殴った次第。

もし、この方の近況、作品等をご存知の方は教えてはもらえないだろうか。

見つけたアーカイブは以下。

http://esupa.xrea.jp/100/

一番好きな作品No.14"しず子誘拐事件(と勝手自分で呼んでる作品)"

http://esupa.xrea.jp/100/02.htm#14

いい歳したおっさんキモチワルイ、

と言われる気は重々承知の上なので、

増田にて、書き殴った次第である

追伸:Twitterで聞けばいいじゃん、と思った貴方へ。その通りだよ!けど140文字じゃこの想いがおさまりきらなかったんだよ!

2020-05-24

テレビ番組制作で働こうか迷っている

今、知り合いのつてでテレビ局制作下請け業務ADやらないかって話があってそれを引き受けるかどうか迷ってる。

大学在学時に精神病んだり多重債務が膨らんだことで卒業してすぐ実家に戻って2年くらいニートしてた。

ニートって言ってもぼちぼち家業の手伝いして、とりあえず利息をなんとかするために日雇い派遣に行って、

グループセラピーに顔出したり、町おこしやってる地元NPOボランティアしたりなんやかんやしてたけどどこにも属してなかったかニートニートだ。

同じ面子毎日顔を合わせていると不安でたまらなくなるから月に二日が限界だった派遣も、2年経つごろには週4~5で3つぐらいの現場をローテーションできるくらいには回復した。

そのころになってようやくとりあえずどこでもいいから腰を据えようと考えられるようになって週3のコンビニバイトと週2のホテル清掃を掛け持ちを始めた。

1年前にコンビニの時給が上がってからは週4にシフトを増やしてもらってそっち一本に専念して今もやってる。もうかれこれ4年になる。

そんな自分にもWebデザイナーになるという夢があった。

当時はやっていたテキストサイトなりに影響を受けてhtml自分で書いてみたのが最初で、

それからお遊びで自分サイトCSSで装飾をしたりCGIプログラムを書いてみたりしてた。それも高校生になるころにはやらなくなったけど。

それでもずっとWeb周りの情報は集めていて、はてな情報収集のためにブックマークを使い始めたのがきっかけだった。

2年のニート間中に、ようやく落ち着いて勉強をできるようになったので、

ドットインストールJavascriptPHPPythonRuby基本的な書き方をさらったのち、ちょくちょく自主制作をやるようになった。

いってもPHPPythonWordPressとC4DのXpressoくらいでしか使ってない。Rubyは一回TwitterBOTとミニゲーム作ったあとなんか好きになれなくて弄らなくなった。

ももともとWebに憧れがあったからかサイト制作Javascriptを使うということは結構長く続けられた。

通ってた大学メディア関係学部イラレフォトショもそれなりに使ってたからそんなつまずくこともなく、ちまちまポートフォリオ制作したサイト溜めてた。

あと関係ないけど図書館Java参考書借りてきて写経したり、XCodeSwiftに挑戦したりしたけどアプリあんま興味なくていつの間にかやらなくなった。

それもサーバー代が払えなくなったりHDDがおしゃかになって全部なくなったんだけどね。ここ最近PCも持ってなかったし。

なんとか最近になって惨めな田舎生活から飛び出すだけのお金が貯まって、定職につくことまでようやく考えられるようになって

ちょっと遅くなったけどだめもとでまた一から頑張ろう、まずはポートフォリオまとめていこう」と思ってた矢先にコロナショックで世の中おかしくなりだした。

自分不安でたまらなくて、コンビニバイトをしていることから小売業求人に応募しつつ、Web制作や、大学時代の経験から映像制作募集に片っ端から応募した。

ADの誘いを受けたのはこの流れで、受けた企業採用担当でない社員の方から別の企業を紹介されてそういう話になった。

履歴書も見たしもう一度会ったらもう内定を出すと言われている。

からさまに怪しいと自分も思う。放送業界ハードさは周知の通りであるしか自分にはトラウマがある。

大学卒業直後に第二新卒での就職を目指して3か月だけ就活をしていた時期がある。

そのときに「テレビ制作やってる部署中途採用してあげるから一か月後に荷物まとめて東京に出てきて」と言われ結局自分はそれを蹴った。

当時はほぼ無収入なのに借金の返済に月6万かける生活不安が大きかったのと、

クライアント代理店から依頼された案件企画から制作までじっくり取り組んでいきたかったので放送業界はやや不本意だったかである

でも今になればあのとき飛び込んでいれば違った未来があっただろうと後悔する気持ちがある。

少なくとも今のようにぼんくらとして馬鹿にされ近所から白眼視されながら惨めに孤独に片田舎生活するようなことはなかったのではないだろうか。

今の自分映画悪人」の妻夫木の役どころや「レズ風俗」の永田カビみたいなもんである

現在はその企業以外に2社映像制作会社(放送関係ではない)の面接選考が進んでいてそれも自分を迷わせる原因だったりする。

最近はてブ話題からいろいろ考えてしまうんだけど、現実逃避するように誰に見せるわけでもないポートフォリオサイト休日に作り続けてる。

こうやってずっとPhotoshopコードの書かれたエディターと格闘していられたらいいのに。

2020-05-13

anond:20200511135415

違和感があったので書いてみる

筆者は当時そのへんのエロゲ会社ライターとして働いていた

引用元が言いたいのはおそらく「あのサブカル感なんでなくなっちゃったの」が正しい

サブカルというワーディングに反感を覚えるかたもおられるだろうが、まあまあ、どうどう

エロゲが衰退したかどうかは結構面倒な話になるので割愛する

あとゲンガーの話してるけどエロゲンガーがあこがれだった時代存在したのだろうか……

あの当時、なぜエロゲに謎のテキストライターが集まったかというと、

ライター』という職業を志す者にとって一番稼ぎやす場所だったからだ

家で稼げる、ダメ人間でも雇ってもらえる、これ大事なことね

また、1作品あたりの予算コンシューマほどかからいかプロデューサー適当

企画さえ通ればあとはテキストライターが好き勝手やることができた

ライター供給源となる場所テキストサイトが多分に役目を果たしたはずで、

自分もそのうちの一人だ

90年代後半の暗雲垂れ込めた社会00年代初頭の失望

それに原始インターネットを混ぜこんで鍋でぐつぐつ煮てでてきたものがあのエロゲ文化

社会空気とカネと「プロデューサー」の雑さ、これがエロゲを生み出していて、

読んでくれる顧客もヒマだった。

ニコニコ動画が出てきてコンテンツ映像的な消費しやすさが意識され

Twitterが出てきてコンテンツリアルタイム性が要求されるようになった

こんな時代ワナビの書くエロゲは売れない

顧客フォーカスして売るというまともなビジネス誕生である

クズライターは放逐され、かつ主婦層のインターネット参戦が目立ってきた頃には単価もクソ落ちてきたので俺もライターをやめた

んだが結局またソーシャルゲームライター業をしている

最近エロゲ業界でもソシャゲ業界でも「未経験からライター」が増えている

ワナビですらない小説もろくに読んだことのない連中が、だ。

しかしこれが商業である

ちゃん規定の量をサラリーマンライクに生み出すのがこの時代ライターに求められる一番の才能だ。

さて、あのとき、あそこに確かにあった空気は一体どこへ行ってしまったのであろうか。

そして持続可能だったのだろうか?

儲かる場所はすぐ商業化され、ニコニコ動画でも小説家になろうでもnoteでもYouTuberでも「あの空気」は一瞬発生してすぐ消えてしまった。

自分テキストサイトに最初見て、エロゲライターになり、ニコニコ動画を経てソシャゲ屋になりVTuberライターもした。

ずっとそれを追いかけている。

熱狂混沌と雑さと退廃、ダメ人間たちの青春

いつもそれを夢見ている。

2020-05-12

anond:20200512004019

さっき同人一本でみんなそっちに流れた、みたいな言説のやつと意見交換してたんだけど、結局分散型だよなあ。やっぱ。

ただ疑問に思うのは、00年以降は絵師のうまさが加速してゆく時期で、しかしその頃がPC-98にもないような(これもだいぶ語弊がある)鋭いシナリオ展開を見せた時期なわけで(その頃のエロゲユーザーではないが、アニメ原作などを見ると多様な文化性が伺える)。すると絵師の腕が上がったか比較されて見放された、とは一概に言い切れなくなってくる。

やっぱり、どの時期に一挙に衰退したか、が定かじゃないんだよね。エロ動画配信SNSたけのこのように勃興し始めたあたりがピークアウトの時期なのかも。2007~2008年付近だろうか。

で、このころテキストサイトが衰退してブログが全盛期になったということを考えると、「テキストメディアの変遷時期」にあたったように思えるわけ。

2020-04-27

iPadの思い出

今の人は信じられないと思うけど、iPadは本当に画期的ハードだった。

今も使っているけどな。まさか一家全員がマイiPadを持つようになるなんて誰が予想できたんだ。

iPadで驚いたこ

1 買ったお店の駐車場で速攻使えた。

  携帯キャリアで買ったせいでもあったが、全部設定が終わっている状態で渡された。

2 すぐに起動しすぐ使えた。 これまでのパソコン情報必要な時でもかなり待たされた。

  ガラケー文字表示が少なく、専用テキストサイトばかりだった。

3 すっごい電池がもった。 仕事で使っていたけど、一回も充電しないで一日終わる。

  むかしのパソコンは数時間動けば御の字だったと思う。

こりゃPC未来はないなと思っていたけど、PCも似たような感じになって今に至る。  

2020-04-23

anond:20200422192917

文章うまいねってテキストサイトにおける「これ私の恋人」「へーやさしそうな人だね」っていうくらいに苦し紛れ褒め言葉だと思うわ

2020-04-07

ポケットWi-Fi勝手改悪してやがった

ノーマルハイスピードがあって、ノーマルなら通信制限が一切ないから重宝して使ってたのに

知らんうちにノーマルモード撤廃して、ハイスピードのみ、しかも7ギガ使ったらテキストサイトもまともに見れない通信制限かけてきやがった

7ギガだぞ(笑)1日で使い終わったわりしかも、月末まで回復しない

馬鹿野郎

こんなん詐欺だろ詐欺

今の時代ネットも無しにどうやって生きて行けばいいんだよ

ふざけろ

2020-01-19

綺麗なものが欲しいけど

物書きになりたいと思っていた。

と言っても将来の夢だとかそんな大げさなものじゃない。俺は今まで短編小説エッセイの一つも書き上げたことがないし、それについて勉強したこともない。ただたまにこうしてネットの片隅に下らない文章アップロードしているだけだ。何故物書きになりたかったのか、それは思春期の頃文学少年気取りだったからかもしれないし、テキストサイト世代だったからかもしれない。あるいは文章を書くことで何かに辿り着こうとしているのかもしれない。一つだけ確かなことは、こうして文章を書く時は大抵ひどく精神的に不安定な時だということだ。

こういう時に文章を書くと何だか落ち着ける気がする。経験上それは気がするだけであって何の効果も生まないのだけれど、それでも書いている間だけはそのことに集中できる。きっと生まれ時代20年遅かったら、俺はとてつもなく恥ずかしいラブレターを量産していたことだろう。そういう意味では手紙という文化のすたれたこネット社会に感謝しなくてはならない。

ここまで読んでくれた奇特な人がいれば、俺に物書きの才能がないことはわかると思う。それは俺もとっくに理解している。でも今でもたまにそういう人生あったらいいなと思うのだ。一人で都内の1LDKくらいの部屋に住み、適当時間に起き、音楽を聞き、小説でも書いて、飽きたら酒を飲んで、気が向いたら女を抱く、そんな世間とはある種切り離された生活を送ることも、もし俺に才能があればできたかもしれない。

多分一種の逃避なのだろう。俺はひどく矮小で、つまらない人間で、つまらない生活を送っている。そう、つまらないのだ。つらくすらない。だから誰にでもできる書くという行為によって、自分特別存在になれる可能性を夢見ている。何も望まず、何者にもなれず、何も残せない俺の、最後の逃避なのだ

2019-11-16

炎上した経験を話す

まだ個人情報保護法が制定されていない位の大昔、俺はインターネッツで「テキストサイト」と呼ばれるようなものをやっていた。

アクセス数は一日50人いれば御の字で、時々テキストサイト管理人同士で気が合えば会ってみたり、オフ会に出たり大学で得られない友人関係インターネットで築いていた。

侍魂が有名になるずっとずっと前の話だ。

ある時俺のサイト炎上した。

理由はあまりに失礼なメールをもらったか晒し者にしたくなって俺のサイトにその内容を掲載たからだ。

俺も悪かったと思う。

失礼なメールの内容というのは、なぜか知らないけど俺に一方的メールを送ってきて自分SEX体験を赤裸々に語るような内容のため童貞の俺は頭に血が上った。

からだったら喜んで読んだだろうが、相手は男だ。

それで怒りにまかせた勢いから俺のサイトに「失礼なやつからメールが来た」とメールの文面を掲載した。

わざわざ文面をそのまま載せる必要はなかったのに。

そのメールを送った相手がそれを見てファビョって、俺のサイト2ch晒した。

メールをそのまま載せられた、性格が悪い、著作権法違反だと騒がれた。

俺は悪くないと思っていたが、俺の思いとは裏腹に2chでは俺が悪い事になってどんどん炎上していった。

嬉しい事に当時付き合いのあったサイト管理人がそれを見て「そいつは悪くない」というように擁護してくれたが、やはり「本人乙」としかならず擁護するような意見が書きこまれれば火に油を注ぐように炎上していった。

当時インターネット上を探しても個人情報などは見つからないような時代だったが、個人情報管理について企業側が甘かったので「こいつを訴えるから住所名前を教えろ」とレンタルサーバ会社に連絡され、全てばれて2chに載せられてしまった。

おまえらならその後の流れは解るだろう。

スネークとは呼ばれるものの隠れる気が全くないような行動力あるオタクが俺の家に突撃し、ピンポンダッシュをしたり、窓をドンドン叩いたり、家の前でクラクションを鳴らして、名前を叫ばれた。

俺の存在は完全に「悪い事をしたから何をやってもいいおもちゃ状態だった。

俺が仲良くしていたサイトも荒らされまくり、親しくしていたネットの友人にもかなり迷惑をかけた。

サイトは閉鎖し、メールアドレスも即座に解約、携帯電話もいたずら電話がかかってくるので解約した。

外に出るのが怖くなり、数日学校を休んで家でじっとして2chの俺のスレを見て鎮火していく様子をチェックしていた。

俺の個人情報を漏らしたレンタルサーバ会社文句をつけようと電話したが電話に出ない。

クソが。

それでも夜になると俺の家に凸するやつが数日いたので警察には相談をした。

だが個人情報保護法がなかったせいなのか、レンタルサーバ会社のことを話したがとくに相手にはしてもらえなかった。

当時インターネットアナログ回線で普及していなかったが、外の様子を見計らいつつ学校に行くとあの炎上しているサイトの主が俺だとバレたらどうしようという被害妄想にも陥った。

何の知名度もないただの大学である俺ですらかなり追い詰められた。

幸いなのは写真なんてものをアップしたことがないので、顔写真のようなものは公開されなかった。

とにかく俺が言いたいのは岩手議員がどうではなく、炎上ヤバいという事だ。

FBは意外と全体公開しているヤツが多いが、ビジネスライクで利用しているのでなければ公開範囲に気を付けた方がいい。

ネットにはキャッシュというものがあるから炎上した時に消しても遅い。

何がきっかけで炎上するか解らない。

みんな炎上には気を付けろよ。

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