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はてなキーワード: 1855年とは

2019-01-20

[]仙台四郎

1855年ごろの生まれ

仙台実在した人物で、鉄砲鍛冶の芳賀家の四男であった。

本名芳賀豊孝だとも言う。

知的障害を持っていて、いつもニコニコとしていて愛嬌があり、

周囲からは「しろばか」と呼ばれつつも親しまれていた。

旅行好きで、あちこちを歩き回っては、さまざまな店にふらりと立ち寄るのだが、

四郎がやってきた店がことごとく繁盛するので、

新聞などでは福の神のように扱われ、多くの人の知るところとなった。

その健脚から「四郎に抱いてもらった子供健康に育つ」などとも言われていたらしい。

1902年ごろに亡くなったというがはっきりしない。

明治以降に「仙台四郎」という名前が広まり商売人のあいだで四郎の肖像画人形を店に飾ることが流行った。

また、不景気になるたびにリバイバルブームが起きている。

寺社に「商売繁昌の神」として祀られ、セールマスコットキャラクターに起用されるなど、いまなお仙台を中心に親しまれている。

2018-11-13

[]アンドリュー・クロス

1784年イギリス・サマセット州の裕福な家庭に生まれた。

20歳になる頃には両親とも亡くなり、アンドリューは遺産相続した。

大金を得たことで、彼は電気鉱石研究にのめりこむようになり、自分のための科学研究所を作り上げた。

彼は体系的に科学を学んだわけではなく、在野のアマチュア研究者にすぎなかったが、

電線を巡らせて空中電気を調べたり、大容量のボル電池を開発したりするなど、

いくつかの成果を上げて「稲妻と閃光の男」と呼ばれていた。

1836年、電気を用いた結晶実験を行っていた際に、実験器具の中で小さなダニが大量に生まれたのを発見した。

新聞はこれを「アンドリュー・クロスが新しい生命を生み出した」と報じて、そのダニを「アカラス・クロシ」と命名した。

生命創造は神の領分を侵す行為だとされ、アンドリューは激しいバッシングさらされた。

ただしアンドリュー自身は、ダニの卵がどこからか紛れ込んだのだろうと考えていた。

バッシングに嫌気がさしたアンドリューは科学実験から引退し、1855年に亡くなった。

 
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