はてなキーワード: 地理とは
俺らが住んでた地域は中学の成績上位層は高校は公立のトップ校へ行く地域だった.
件の同級生は高校受験の頃は灘とか開成といった、難関私立高へ大量に受けさせる塾に通っていた。
「まぁ,俺なら公立は滑り止めで受けるけどな。難関私立高校目指すぜ」といって受験旅行していたが、難関私立高校全滅。
更に、滑り止めと言っていた公立高校にも落ち,普通の私立高校へ進学した、
文系って営業しか仕事ないwww 上京するんだったら東大しか行く価値ないやろwww
俺は理系だから研究職になってレベル高い奴と一緒に仕事するんだ!」とのこと。
センター終了後
そいつは「君は8割8分だけだったのかwっw?東大文系だったらギリギリじゃね?おれは800超えたぜ足切り余裕」と自慢してきた
そして,結果
あれだけ東大行くと行っておきながら,2次行けなかったんですか???ピエピエ
しかも国立の前哨戦として“滑り止め"で受けたはずの慶應明治同志社(あともう一つどこか)全落ちしてたんじゃないですか?
東大目指す人が同志社落ちるんですか???あれだけ自慢しておいて何ですか?ピエーーーーーーwwww
自己採800以上だったのにですか?
800以上で落ちるわけ無いでしょピエーーーーーー
「いや,当日問題用紙に解答書き込むの忘れちゃって,
自己採は思い出しながらやったんだよ
それお前の実力だからwwwピエーーーーーーwww
現実を見なさい
よっぽど悔しかったんでしょうね,俺が予備校へ報告しに行ったときにすごい目で睨みつけてましたね.
そいつは浪人した途端模試の偏差値が30~40も下がったみたいじゃないですかwwww
浪人生は一番最初に模試を受けるからネタバレできないんですねwww
結局そんな奴が東大なんかに合格できるはずがなく,その後2年連続で東大センター足切り喰らってしまって2浪で日東駒専の工学部へ行くことになりました
2浪もして日東駒専wwwww予備校に払った学費の無駄wwww
そして,それから4年後 そいつは受験だけでなく就活も失敗して,地元のコンビニでフリーターで働いています
中学の同級生がコンビニへ来ると毎回隠れてるみたいじゃないですかwwwww
レベルの高い()奴と一緒に仕事出来てるんですかねーーーwwwwピエーーーーー
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10年近く前に受験ピーエルスレに投稿しようと思って書き殴っておきながら、どこにも投稿するところがないからここに投稿する
なお誰のことを言ってるのか全く覚えてないのでフィクションだと思う。
https://twitter.com/nhk_1945shun/status/1296216569832513544?s=21
諸事情あり今は横浜に身を寄せているものの、大学から10数年暮らしただけあって、広島という街には愛着がある。
そういうわけで、この#ひろしまタイムラインの3アカウントも8月に入ってからは頻繁に覗いていた。
地理がそこそこ分かるということもあり、ああ、あの橋から市内に入ったのか、とか(広島は橋が多い)、"体調悪い"って、あの辺は黒い雨の範囲ではないのでは? と思って調べてみたら、元々の認定範囲内だった、とか、そこから最近の黒い雨訴訟の背景をまた調べ直したり…これはこれで、なかなか興味深いものを感じていた。
ただ、全国的には注目を集めることもなく、特に8月15日以降はひっそりと、インターネットの片隅に埋もれていくんだろう、とか思っていた。もちろん、はてブの話題に昇ることもない。そこにこの騒ぎだ。
ところで、この騒ぎを受け、どういう体制でこのアカウント群が運営されているかを初めて知った。
監修者…知り合いというほど深い仲ではないが、顔とお名前が一致するくらいではある。広島にいた時、演劇に多少関わったことがあるので。柳沼さんの名前を見て、少しニンマリとしてしまった。
IさんやSさんも、直接のお知り合いというわけではないけれど、知り合いの知り合いくらいにはなる。広島の人間関係は非常に狭い。特にIさんは、若いころ、理想の演劇を求めて闘っていた時期を存じ上げているので、あの日々がこの活動に結びついているのか、と思うと感慨深さもある。
運営に携わる者、彼らなりの誠実さは感じるものの、こういう事態になってしまった。
あるコンテキストの流れ、そこにある湿った共感でもって駆動していた共同幻想が、別のコンテクストにぶつかってしまった。これは明白に事故だと思う。
広島(に住う人々)は、原爆や戦争というキーワードにはセンシティブな一方、相対的に人種(民族)を初めとするさまざまな差別問題には少し鈍感だ。
Twitterというグローバルなサービスを使用しないならこの鈍感さでも良かったのだろうが…一時期界隈を賑わした、コンビニ冷凍庫に入って写真撮る輩のようではないか。"誰も見ていない"とタカをくくった結果が炎上、みたいな。
しかし、私はここが正念場だと思う。運営者は覚悟を決めて、乗り切れ、と言いたい。
実はこの逆の事態が、もう10年以上前にあった。要するに、よそから来た者が広島人に大バッシングを浴びた事件である。
2008年、Chim↑Pomは広島市現代美術館での企画展を前にして、そこに展示する映像作品を広島市内にて制作していた。その内容は、飛行機をチャーターし、晴天の空に「ピカッ」という文字を描く、というもの。
これには大抵の市民が不快感を表した。"ピカ"は言わずもがな原爆を連想させる。それを誰のものでもない空に、一方的に描くとは暴力に等しい…と。
当事者団体も抗議の声を上げるには上げたが、正直、そうではない一般市民の感情の激しさの方が強かったと思う。
作り手には作り手なりの思いはあったようだが、当然、この作品はお蔵入り。企画展も中止。
ただ、彼らは、そこで終わらなかった。これを契機として当事者団体と対話を始める。
その仕事は「なぜ広島の空をピカッとさせてはいけないのか」という書籍として実を結ぶ。
「原爆」に対してセンシティブな広島人、そうではない「Chim↑Pom」。
ここで起きたことも、それぞれの皮膚感覚の違い、流れるコンテキストの違いが引き起こした事故だった。
ならばChim↑Pomがどのようにして異なるコンテキストに向き合い、この事態を乗り切っていったか、あなたがたが(もしくはこのいごこちのいい幻想のなかにいる我々、広島人が)学ぶことはあるはずだ。
広島魂を見せろ。
荷物が重たかった。せめて荷物持ちだけでもと頼み込んだ手前、音を上げるわけにはいかなかった。しかし、重い。起伏のある山や視界の悪い森などでなく、平坦で見通しのよい広野を歩いているのが救いだ。
前を進む勇者さんがこちらを見てくれた。気を遣ってくれているんだろう。大丈夫です、と元気よく返事するつもりが、声が出なかった。荷物が重い。目的地の説明は受けている。けれど、この世界の地理がわからないことに加え、僕に合わせて歩くスピードを落としているため予定通りの道程とはいっていないだろう。そんなことを考えるとますます情けなくなってくる。
スマートフォンで遊びたい。クーラーの温度を18度にしてダラけたい。シャワー浴びたい。そんな、ほんの少し前の当たり前を思い出して荷物の重さを忘れようとする。けれど、五分ともたず、荷物の重さで足を進めるのが辛くなってくる。あのすこし先にある、背の高い植物のところまで歩いたら水を飲もう。水を飲んだら、また、歩こう。また、クーラーのことを思い出そう。
そうして歩き続けた。繰り返しの最中、幾度も勇者さんがこちらを心配そうに見てくれた。僕も三回に一回ぐらいは声を返すことができた、大丈夫ですと。日を遮るような影が無いので、腰を下ろしての休憩はお預けだったのが辛かった。
ようやく木々が生茂る森の入り口までたどり着いた。視界が悪くなるのは怖かったが、木陰で休みたかった。そう、ホッとした僕の気持ちを察したかのように、その森の入り口から黒いコウモリのような生き物が飛んでき、僕らの目の前でホバリングを始めた。僕が知っているコウモリにしては目が大きく羽が小さい。もしかするとキャラクター商品になっていたら可愛いと思うのかもしれないけれど、大きな口が怖かった。あのとき、腕を噛まれたことを思い出す。怖い。勇者さんの後ろに隠れるように身を縮める。怖さを紛らわすために、彼のマントを掴んでしまっている。失礼だし、動けなくて迷惑なのはわかっているが、怖かった。
勇者さんが僕を見て、マントを離すよう手振りをする。ごめんなさい、と謝りながら、それでも恐怖で身がすくんで中々離せなかった。そうウジウジしていると、黒いコウモリが威嚇するかのように、刃のように鋭い牙を鳴らす。僕はますます怖くなり目の端が湿ってきた。勇者さんが僕の頭を小突いた。僕は彼のマントを掴む左手を、右手で必死に剥がした。
勇者さんは腰に据えた剣を抜き、そのコウモリを一目。そこから先は、怖くて目をつぶっていたが、目をあけていてもわからなかっただろう、あっという間に退治してしまった。
それから、僕が落ち着くのをまって森を進んだ。けれど、そこから今夜の寝床を見つけ、実際に日が落ちるまでの間、都合6回も先ほどのコウモリや、水色の先がとんがったおまんじゅうのような生き物と出会った。そのたびに、僕は同じように怖がり、同じように勇者さんが退治した。
日が落ちる前に、いい寝床を見つけられた。川の近くで水がある。汗を流せるのが嬉しい。今までのような生き物に襲われることを考えると、気が気ではない。けれど、勇者さんが透明な瓶に入った水をあたりに撒くのを見て、ホッとした。あの水は聖水といって、人以外の生き物を寄せつけなくする効果があるらしい。実際、今までこの聖水を撒いてから何かに襲われたことはない。なら日中も撒いて欲しいのだが、勇者という立場上そうもいかないらしい。
勇者さんは聖水を撒いたあとも、テントを貼ったり、火を焚いたりと色々と作業をされていた。僕も何か手伝えることはないかと尋ねると、彼は優しく夕餉ができるまで横になっているといいと返してくれた。申し訳なく、そうもいきませんよと水汲みを申し出た。しかし、聖水を撒いた外であることに気づき、僕は涙目になりながら川と寝床を自分と彼の水筒と、体を拭いたりするためのバケツの三往復ほどした。明日の朝にもこれをしないといけないことを思うと、もっと近くに寝床を作ってもらうか、川までの道のりも聖水を撒いてもらえばよかった。
水を慎重に使いながら体をふく。勇者さんと会う直前にコウモリに噛まれた左腕の傷の治りをみる。勇者さんの使う医療は薬や漢方ではない僕の知らない技術なので不安だったが、膿んだりしている様子はなく数日中には綺麗になるだろう。
日が落ちて、夜になった。
僕は怖くなかった。勇者さんが目の前に居てくれるからだ。もちろん、日中も目の前に居るのだけど、彼の後ろ姿を見ているのと、彼と目を合わせているのとでは、安心感が違った。焚き火に木をくべる勇者さんを見ていると、不安な気持ちがなくなっていく。僕は、この時間が好きだった。
彼もこの時間を特別なものにおもってくれているのか、日中と違い雄弁になる。勇者としての今までの話、勇者として任命されるまでの少年時代の話。僕はあの重い荷物をもって歩いたことも、奇妙な生き物に怯えて涙していたことも忘れて、話に相槌をうち、会話と食事を楽しんだ。食事の内容は質素なものであったけど、美味しかった。僕は、感謝の気持ちを伝えた。突然現れた何もできない自分を旅の共にしてくれていること、いつも守ってもらってばかりなこと、何もできないことの謝罪。勇者さんは余計な世辞を入れることなく聞いてくれた。その優しさも嬉しかった。
お喋りが終わったあと、テントにはいり、横になる。広いテントではないので、じっとしても彼の体に触れてしまう。汗を流したといえ、いわゆるボディソープやシャンプーをしたわけでもないので、彼の体臭がする。きっと、僕の匂いにも気付いているだろう。こうやって二人で寝るのは初めてではないが、その申し訳なさにまたすこし惨めな気持ちになってしまった。それを振り払うように、僕は彼にできることが何かないか考えた。
彼だって疲れているだろうから、せめて足を揉んであげるのはどうだろうか。そう提案した。彼はあまりそういったマッサージを知らないらしかったが、物は試しにと許諾してくれた。彼の足元に移動する。そのときも、狭いテントの中なので、体が触れ合ってしまう。彼の足を触るのだから、その程度なんでもないのだけれど。足の裏や、太ももを揉むと彼は少し息をもらしながら、くすぐったそうにしていた。僕もマッサージの経験があるわけじゃないので、上手にできているとも思えなかった。けれど、彼の足を引っ張り続けていることを思うと、この程度のことでもいいから彼に何かをしたかった。
足だけじゃなく肩もしてくれないか、と勇者さんは言った。僕はお願いされるなんてことがとても嬉しくて、もちろんですと答えて肩も揉んだ。彼がうつ伏せで横になり、そこに上からのって肩を揉む。さっきまで、少し腕や足が触れただけで申し訳ない気持ちになっていたのに、いつのまにか体が触れ合うことが当たり前になっていた。力を込めるために彼の腰を挟むようにおいている足に力を入れて、肩や背中をもむ。
少し汗ばんできてしまった。せっかく汗を流したのにと少し後悔した。きっと彼もこうやって汗をかくほどにマッサージをされたら不快だろう。なので、勇者さんそろそろ終わりにしましょうかと声をかけた。
ところが、彼は無言で仰向けになった。腰を足ではさんで乗っている僕の臀部に当たるものがある。僕にも付いているから、それが何を意味しているのかはわかる。けれど、彼が何を欲しているのかはわからなかった。僕なんかがと思ったからだ。汗臭い。男の臭いだ。下履きの中で苦しそうに隆起するそれがかわいそうに思え、腰を少し浮かしてもらい、外へ。暑い。勇者さんの荒くなった呼吸と、僕の呼吸、それと二人のそれが放つ熱がテントの中をめぐる。そう、気づくと僕も硬くなっていた。汗が張り付く服がもどかしく、上も下も脱ぎ捨てた。彼も上を脱ぎ、僕が脱がした下のそれと重ねた。ああ、僕は今彼に求められているのだ。僕も彼を求めているのだ。そう思うだけで、もう胸がいっぱいだった。どうしたいんだろうと考える余裕もなく、彼の体に触れていて。どこに触れていないかわからないぐらいたくさん触れた。手だけじゃなく、足で、腹で、胸で、首で、顔で、触れた。奇妙なことに体の前で触れているのに、背中でも触れているような気がする。そのぐらい、僕は一生懸命に彼の体を弄っていた。彼もだ。僕の右腕を噛むように顔を押し付けてくる。痛かった。嬉しかった。二人を比べるように合わせると、彼のより遥かに小さいそれが情けなかった。けれど、情けないと思う以上に、僕は嬉しかった。そんな情けなさを飲み込むような大海が二人の中にうねっていたからだ。僕は自分の情けなさをすこし、許せたような気がした。
テントの外に出て、組んであったバケツの水で体を拭こうと思った。けれど、もうバケツは空だった。夕餉の前に体をふいたり、その後お喋りをしながら飲んで空になったことをすっかり忘れていた。
僕は、水を汲みに行こうと思い、バケツをもって川へ向かった。聖水を撒いていない道は怖く、また僕は目の端を湿らせた。ビクビクと怯えながら急いで水を汲みテントの前に戻った。
起こして付いてきてもらえばよかった。そう後悔しながら、体を拭く。右腕が痛かった、アザになっていた。夜明けまであとどれぐらいあるのだろう。昼まで寝ていたいが、もちろんそうもいかない。
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週2-3回の在宅勤務が続いているので日中の仕事中は音楽を聴いていたけど、グーグル誤検索をきっかけでラジオを聴きたくなってきた。
いや、勝手に聴けよって話なんだけど日中のラジオを聴く習慣がなく、昼のラジオはあまりに夜の顔と違うので何を聴いていいかわからない。夜にANN聴いてる人は、昼は夏木豊とか聴いてるの?
勝手がわからなすぎて雰囲気でJ-wave流してるけど、本当は番組のお題に対してリスナーが答えるようなDJとリスナーの掛け合いが聴けるトーク番組が聴きたいのです。昔のFMヨコハマでいうとThe Voice的な。現代なら藻岩山ラジオの波よ聞いてくれ的な。
どうせなら関東エリア以外でしか聴けないローカル局の番組がいい。各局の名物DJが幅を利かせているような番組でもいい。
全国のはてなユーザー絶賛する平日昼間のラジオを教えて頂きたく候。
余談ですけど、我が地元の名物DJはハギーです。中学生の時、地理を習っていました。奥様は同級生です。なのでいろんな意味で地元では名物DJです。
たとえばこういう人
○ 「閉じ込め症候群」患者とのコミュニケーションに成功:「生きていてうれしい」
https://wired.jp/2017/02/03/locked-in-communication/
意識はあるものの、完全に麻痺状態で目さえも動かすことができない「閉じ込め症候群」の患者は、精神的には“外”に出られるようになるかもしれない。
2017年1月31日付けで『PLOS Biology』誌に掲載された研究で、脳波と血流を測定する装置を使用することで、4人の閉じ込め症候群の患者が質問にイエスかノーで回答し、コミュニケーションをとることに成功したと発表された。
ルー・ゲーリック病とも呼ばれる筋萎縮性側索硬化症(ALS)によって完全麻痺となった患者たちは、地理に関する質問に正しく回答したり、家族の名前を正しく確認したりしたほか、幸せであり、生きていてうれしいと答えたのだ。
この研究報告の主執筆者である、スイス・ジュネーヴの「Wyss Center for Bio and Neuroengineering」(ヴィース・バイオ神経工学センター)の神経科学者ニールス・ビルバウマーは『MIT Technology Review』誌で、好ましい反応を知らされたあと、家族たちの「安堵は計り知れないほど大きかった」と述べている。
ビルバウマーと同僚らは1999年、目の動きだけで意思疎通ができるALS患者とのコミュニケーションに、脳コンピューター・インターフェース(BCI)が役立つことを発見した。一方、ほかの研究者たちにより、まだある程度動ける閉じ込め症候群の患者の脳の血流をとらえ、それを解釈する方法も開発された。だがこの方法では、完全に動けなくなった患者の考えを読み解くことはできていなかった。
研究者たちは今回、脳内の血中酸素濃度と電気的活動の変化を測定する、近赤外分光法(NIRS)と脳波記録(EEG)の両方の機能を備えたキャップを作成した。そしてBCIを使用し、各患者に関して「イエス/ノー」で答えられる質問をして、その反応を調べた。
テストの際には、「パリはドイツの首都ですか?」「あなたの夫の名前はジョアキムですか?」といった質問が行われた。研究者たちはさらに、「あなたは腰痛がありますね」や「わたしは生きたいです」「わたしはめったに悲しくなりません」など、より回答の自由度の高い質問に移行した。
4人の患者の全員が長年にわたり完全に閉じ込め状態にあったが、そのうち3人が、自分は幸せであり、生きていることがうれしいと答えた。
通信制だが時には通学も必要で、地方から東京にわざわざ数日間通った。
当時ホテルの相場や東京の地理がわからなかった僕は、五反田の安ホテルに泊まった。
これはダウンタウンの松ちゃんが結婚した時の浜ちゃんのコメントで知っていた。
そしてこう思った。
せっかく一人で風俗街に泊まっているんだ。
直接店に行くのは怖かった。
王将でご飯を食べ、普段あまり飲まないビールを飲み、景気をつける。
思っていたよりずっと丁寧な対応。
思っていたよりずっと親身な対応。
確か指名なしでお願いをした。
今泊まってるホテルは門限ありの上、密会厳禁らしく、わざわざラブホテルを利用する。
お金が足りなかった。
焦ってコンビニへ走る。
幸いATMはまだやっていた。
本当にありがたい。
無敵感が凄かった。
そして、AVでしかみたことのないバスタブとガラス張りの浴室(後にこのホテルの設備がやたら良かったことを知る)、豪華なアメニティ。
ラブホテルってすげえ。
20分くらい待っただろうか。
嬢がやってきた。
だから僕は期待していなかった。
どんな太ったおばさんが来ても受け入れるつもりだった。
それくらいムラムラしていた。
でも、そこに現れたのは。
顔が地元で出会ったどんな人より綺麗。茶髪ボブが良く似合う。パーツが小さい。
背は160cmとドストライクで最高。
目が合うと笑ってしまう。
いっしょにシャワーを浴びた。
こんな綺麗な女性の手が僕の身体を、あそこを泡をつけて触っている。
そんな事実が信じられなかった。
そして身体を拭き拭きしてもらい、ベッドへ。
お姉さんはベビードールとトップレス、どっちが良いか聞いてくれた。
僕は半分遠慮してベビードールにした。
この店は今も贔屓にしてるが、この時以外ベビードールなんて提案されたことがない。
今思えばGJであった。
いよいよマッサージ。
それだけで僕はビクビク感じてしまう。
擦れるお姉さんの髪の毛もくすぐったくてたまらない。
お姉さんの細くて白くて綺麗な太腿に顔を埋めマッサージを受けたり、四つん這いにされ秘部をいじられたり。
それが終わって仰向け。
頭の中がはじけた。
こんな気持ち良いことがこの世にあるのか。
そう思った。
そして乳首舐め手コキで締め。
おさわりもキスもしなかったけど、それでも僕は幸福感で満たされていた。
帰りのエレベーター、遠慮してお姉さんと距離をとっていると、お姉さんから強引に手を繋いでくれた。
あぁ…こんなん彼女やん…お姉さん大好き。
多分ギリ年下かもしれないけど。
こうして初めての風俗は大満足の結果で終わり、ホテルの門限ギリギリになった僕は、急いで五反田を駆け抜けた。
泊まったホテルの受付の怖いあんちゃん店員も、この時だけは可愛い子供に見えた。
その一月後。
デリヘルに味をしめた僕は地元の繁華街に宿泊した際、デリヘルを呼ぶことにした。
そして部屋に現れたのは…
風俗は都会で遊ぼう。
ちゃんと高い店行こう。
都民が「都内にアンテナショップが沢山あって楽しい!」ってのを楽しそうに書いてさ、それにまた沢山ブクマがつくわけ
「有用な情報ありがとう!」「今度行ってみます」「助かる」ってさ
「鹿児島には5年くらい前に出張で行ったな」「すごい熱量w」「知らない世界だ」とか言ってせいぜい40ブクマ、なんなら誰も見向きもしねえよ
まあ鹿児島市内のアンテナショップの話なんかできねえけどな そもそも語れるほど数ないんだし
俺は他人が何かについて楽しげに語ってるエントリ好きだけど、アレは読めなかったよ ムカついてさ
東京のレストランを紹介する 最寄駅の名前だけが書かれて、「アクセスも良いですし皆さんも是非!」
富山のレストランを紹介する 近辺の情報なんかから入って、最後には「遠いですが、近くに行かれる際には是非!」
何から遠いんだよ 殺すぞ
遠いのは東京からだけだろうが 俺んちからは池袋なんかのほうが遠いですけどね
というか、池袋なんてローカル駅の名前を覚えさせられてるのが本当に屈辱だよ 魂の陵辱だ
ローカルの話題をさもみんな知ってて当然みたいな顔で全国ネットで垂れ流しやがってよ
なんのエクスキューズもねえんだ 都民の書く文章にはここはこんな街ですよって紹介がない そりゃそうかあみんな知ってるもんなあ、東京ローカルの地名はもちろん全日本国民が知っているべき基礎的な地理知識ですものね
東京つぶれねえかなあ 俺はいま本気で、殺意を込めて、お前たちに対してこう思ってるぞ
一応高校地理でもUTM出てくるよね。当時もそこまで突っ込まれていなかったことを考えると地理履修者って少ないんだろうな。歴史とかだったら突っ込む人が多そうなイメージ。
自分はパニック系作品(とくに人類滅亡系の災害もの)を好物とする面倒な奴だ。東京マグニチュード8.0以来の日本アニメ×ディザスターものということで期待して見た。ネタバレありでつらつらと書いていく。
2020年の価値観や文化をもとに日本沈没というIfを描いている点は斬新であり面白い。だが一方で肝心の自然災害、多くの人々が絶命するような状況がカットされていて、パニック系作品としての魅力は失われている。また英語字幕や音声を用意しながら海外視聴者の理解難度を上げるような表現を繰り広げながら、中盤では海外視聴者に受けそうな宗教要素、銃撃戦、日本刀などの描写を持ち出すなど、ちぐはぐな印象を受けた。またもしこの作品を「常識の範疇を超えた大災害に対し、家族が立ち向かっていく」もしくは「それでも前に進んでいく」というテーマで見るとしても、周囲の無関係な人々が絶命する描写はほとんどなく、ほとんど視聴者の想像任せにされているため、何も考えずに見てしまっていては下記のような点が気になってしまう。アニメの表現力に限界があったといえるのかもしれないが、全体を通じて草なぎ版の日本沈没を見直すか、草なぎ版の日本沈没をリマスターするか、シン・ゴジラを見ればいいなあと思ってしまった。例えば草なぎ版の日本沈没は各地の被害をそれぞれの地域に合わせた見せ方をしていて全国で大災害が起きている感はすごく伝わってきたが、こっちはそういうのなかった(セリフでカバーはされてるけどいやセリフじゃなくて描いたの見たかった!!)
など
最近出た中公新書について、細かい誤りを見つけたんだけどどうすれば著者に届くかよくわかんなかったのでとりあえず増田に放流してみる。
https://www.chuko.co.jp/shinsho/2020/04/102589.html
「ラテン語は、現代では使われていない古典死語であり、ギリシャ語、ゲルマン語などをはじめとした多くの語派を含有した西洋の古典語である」(24頁)というのは、ちょっと世界史や地理に詳しい人なら容易にツッコめると思う。これを校正さんが見逃したのは本当に謎。
ラテン語はギリシャ語やゲルマン語を含有してない。それらを含有してるのはインド・ヨーロッパ語族だ。つまり、こういうこと。
語族・語派・語ってのは目・科・属みたいなもんだと思ってもらえれば(めちゃくちゃ雑な説明。実際には他の言語との系統関係が証明されていないグループを「語族」というので、目というよりは門とか界とかの上位分類に近い)。こう整理すれば上の文のおかしさもわかってもらえると思う。動物の分類に関する本で言語の分類に関する大ポカをやらかすというのはなかなか批評性が高いけど、生物学が専門の人が言語の分類に明るくないのは仕方ないので、校正さんがきちんと拾ってあげるべきだったと思う。日本語でいくらでも情報が手に入る話なんだし。
「japonicusも「日本産の」の意味であるが、これはJapon(Japanのラテン語綴り)に“-icus”の接尾辞を加えたものである」(186頁)とあるけど、ラテン語で「日本」はIaponiaである。これはラテン語版Wikipediaを引いてみれば一発でわかる。IとJはもともと同じ文字なので、Japoniaということ。どうもこの著者さんは、形容詞形から語尾を引けばもとの名詞になる、あるいは、名詞の後ろに決まった語尾をつければ形容詞形ができると勘違いしているのではなかろうか(「中国」に関する説明からも、そう勘違いしていそうなことがうかがえる)。しかし、英語のFranceとFrenchの関係を見ればわかるように、印欧語では名詞のうしろに決まった語をつければ形容詞になるとは限らないのだ。
少なくとも、この本、ラテン語の部分はラテン語がわかるひとにチェックしてもらって大幅に書き直した方がいいと思う。著者さんが、「学名をつけるときの語尾のいじり方」については知っていても、「ラテン語文法」をわかっているようには見えないので(「こういう名前のときはこういう語尾をつける」というのは、経験知であって「文法パターン」[185頁]ではない)。学名をつける側のひとも、-iや-aeといった格変化のうしろにどんな文法規則が隠れているか知ることができたら面白いんじゃないかな。
https://www.chuko.co.jp/shinsho/2020/06/102595.html
「フォカスという名の下士官将校」(35頁)ってあるけど少なくとも近代以降では下士官と将校(士官)ははっきり区別される別の身分である。日本語版Wikipediaでは「下士官」と書かれていて、英語版Wikipediaでは「下級士官(low-ranking officer)」と書かれているんだけど、要するにビザンツ帝国軍は近代的な軍組織ではないので、ある階級が士官か下士官か厳密には決められないってことだと思う(フォカスは百人隊長だったらしい。うーん……)。でも「下士官将校」はおかしい。「下士官」と書くか、「下級将校」と書くかのどちらかにすべき(個人的には、前近代でそのへんの厳密な区分はできないんだから、素直に「百人隊長」と書けばいいと思う。こう書けばどんな地位なのか一発でわかるし)。
「セルビア人の有力な領主コンスタンティン・ドラガシュ・デジャノヴィッチ」(275頁)って書いてあるけど、英語版Wikipediaを確認するとKonstantin Dejanovićなのでどう見ても「デヤノヴィッチ」です本当にありがとうございました。ロシア語の綴りはКонстантин Деяновичだけど、これを見れば「デジャノヴィッチ」ではありえないのが一発でわかる(セルビア語のja=ロシア語のя)。ひょっとしてギリシャ語だとデジャノヴィッチが正しいのかな? って思って現代ギリシャ語版Wikipedia見てみたけどΝτεγιάνοβιτςなので普通に「デヤノヴィッチ」ですね。著者さん、さては西欧語の文献だけチェックしてギリシャ語の綴りチェックしてないな?
最後になるけどどっちの本も面白かったです。すごい勉強になりました。上で挙げた点は非常に些細な間違いなので、本全体の価値を貶めはしないことを付け加えておきます。
高校卒業までは携帯電話を持っていなかった。大学入学から今まではイエデンワ(PHS)で過ごしてきたが、PHSがなくなるということで先日スマホを契約した。
割とごちうさ好きだし、スマホを持ったら『きららファンタジア』ってゲームをやりたいなと前々から漫然と思っていた。
で、意気揚々と『きららファンタジア』を始めた。親切にチュートリアルもついている。ついているのだが…
説明を読んでも、実際に説明通りやっても、チュートリアルをプレイしてもゲームのルールが一切理解できなかった。
理解できなかったので『きららファンタジア』を起動することもなくなった。
ソシャゲってよく「バカ御用達」みたいな扱いを受けるけど、それすら理解できない自分の頭ってなんなんだよと思う。
ついでにトランプや遊戯王、MTGのようなカードゲームのルールも理解できない。野球など球技のルールも一切理解できない。何度説明聞いても意味すらわからない。
そういえば高校の頃国語と数学と英語と化学の成績は学年最下位をうろついていたし、やっぱり底抜けのバカなんだろうなとは思う。知能テストでIQ70切ってたし。
とはいえそうなると地理と公民の模試で全国偏差値70~80をうろついていたことや社会学で修士号とったこと、政策系シンクタンクに勤めていたこととの整合性がつかなくなる。
まあ地理と公民は常識問題の占める割合が著しく高いし、社会学の世界も魑魅魍魎としか言いようがないので、やっぱり自分が底抜けのバカなだけなんだろう。