はてなキーワード: いかがわしいとは
【危険すぎる】子供の無断「LINE LIVE」に潜む危険性とその対抗策
いわゆる動画SNSというヤツでユーチューバーに憧れる構ってちゃんがユーザーに媚びへつらうアレだ。
Facebookでも17Liveとかいうアプリが盛んに広告を出している。
自分を動画サイトでブランディングしたいというのはまぁ、いい。
彼女らは人気者になりたい一新でお客さんの要求になんでも答えるということをするらしい。
そうするとそこには俺のようなヲッサンが群がっていかがわしい要求をするそうだ。
服を1枚脱いでとか、下着姿になって、だとか言うのだろう。
記事では親がしっかり子供をコントロールできていないのが問題だと書かれている。
そりゃあ、人気者になれるのであればなんでもするだろう。
しかも彼ら(親)は自分の娘が不特定多数のヲッサンに好奇の視線を集めているなんて夢にも思っていない。
やりたいやつはやればいい。
どっちでもいいが、子供にスマホを持たせている親は一度見直したほうがいいだろう。
いつどこで自分の娘がゆーちゅーばーに目覚めているか分からない。
勘違いされないようにあらかじめ書いておくが、漫画村は最悪な海賊版サイトだしユーザーも最低だと考えている。
漫画のダウンロードはわかりやすいので批判しやすいが、実はアドブロックなど使って無意識のうちに同じようなことをしている人が多いのではないか?アドブロックユーザーも実は漫画村ユーザー同様のクズなのではないか?
なぜにここでアドブロックを引き合いに出したかというと、それは私がWeb屋であるためだ。アドブロックを使うことについて一度くらいは考えてみて欲しい。
Webという世界の多くは広告の収入によって成り立っている、GoogleだってYoutubeだってTwitter、FaceBookだって広告がなければ存在することができないだろう。あらゆるサービスは一見無料で使えているように思えるが、実際は広告を見ることと引き換えにサービスを使えていることが多い。
あなたがWebサイトにアクセスすると、サイト運営者はAWSなどのサービスにお金を支払わなければならない、一度あたりのアクセスではほぼ0に近い数値かもしれないが、ネットサーフィンを続けれていれば数日で漫画1冊分くらいのコストを支払わせていることもあるだろう。
そのため、アドブロックユーザーというのは運営会社に損害を与えているだけの存在ということになる。(一部例外もあるが)
アドブロックユーザーはあらゆる理由をつけて自己を正当化しているようだ。例えば広告だらけのサイトがあるせいだからとか、通信容量をとられるとか、いかがわしい広告がでるからとか...
それはそういう傾向のサイトを見ているからそうなのであって、嫌なら閲覧しなければいいし、ましてや他の健全な大多数のサイトからしたら関係ないことである。
漫画のダウンロードもアドブロックの使用も別に違法ではない。そのため良い悪いは個人の判断ということになってしまう。最終的に「モラル」の問題になってしまうと思うのだが、さてあなたはどう判断するだろうか?
女性専用車両は法だ憲法だ運用会社の約款だ、どのレベルの制約か知らんけど、まあ少なくとも法律では無くてブッチしたところでそれだけでは即たとえば条例により5万円以下の罰金が科せられますとかそういうもんでは少なくともないだろう。たぶん。
ホームでは目印のとこで並びましょうみたいな「みんなで協力して社会を回してゆくルールの呼びかけ」みたいなマナーとか社会規範とか、を、鉄道各社等が呼びかけている、みたいな実態なんじゃなかろうか。調べてないけど。優先席とかさ、法的な根拠は? 優先されるべき人員の定義は条例とか鉄道会社を利用する際の規約かなんかの第2条あたりにかいてあんの? といったら、そうじゃないみたいに、女性専用車両は、他と変わらんハコにシールをぺたっと貼って、みなさーんココは女性専用車両にしましょうねえ、という呼びかけをされている、くらいのもんにすぎない。
従って、思うところあってブッチする男性がいたところで彼の持つ権利の行使を禁じることはできないはずだ。女性専用車両を女性専用車両足らしめているのは利用者の協力だけにすぎないのだから。彼はおまわりさんにしょっぴかれはしない。周りの人にできるのはその非協力者に協力をお願いすることだけである。たぶん。一回駅員がむりやり下車させて裁判でもすればハッキリするんだろうけど。
で、このルールの危うさというのはなんとなく隠されていて、それがまたルールを強化しているんだろう。「女性専用車両の運用にご協力ください」とはいわず「女性専用車両です」と言うみたいに。
そこらへんも踏まえて反・女性専用車両派の男性というののパフォーマンスがあるんじゃないかな。
世の中、アンチ女性専用車両を公言しにくいのは、被害者女性←→加害者男性みたいなレッテルの構図を元にした制度ゆえに、加害者側が被害者側の感情を軽視しているがゆえの廃止論みたいに取られがちなのがあるだろう。つまり痴漢がいちばん悪い(当たり前)。
潮目が変われば「うるせえ隣の車両は死ぬほどぎゅうぎゅう詰めなんだよ」みたいなのを後押しに、女性専用車両であることを無視する男性が一気に増える、ことも、ありえなくはないと思う。そしてそういう流れが起きた時に、止めることは難しいんでないか。
個人的に女性専用車両、なんかなあと思うのは、そういうやり方が「異性を誘惑するからポニーテール禁止」の校則だとか、イスラム教の学校は全部男女別学(いかがわしいから!)とかと同根のものを感じで、こう、痴漢前提のハードってそれはよお、という感じ。
理想を言えば痴漢防止策を十分に取った上でのまんをじしての女性専用車両の廃止だろう。現状、女性専用車両っての作ろうか、と判断された時からそっちのそもそもが改善された印象は無い。そっちが改善されないことには廃止への動きも鈍くならざるをえない。
「ラッシュ時は使えないけど割安の定期券」で企業にオフピークを促す、監視カメラの増設、鉄道警察の取り調べ体制の変革など、やれることはあるはずだ。
はやくそっちをやってくれ。
この機能が追加されて良かった!って言ってる人全然見かけないんだけど、クラスタが違うのかな。
フィーリングで申し訳ないけど、あるアカウントがRTしてるツイートといいねしてるツイートだと、後者のほうが尖ってるというか、クセがあるというか、はっきり言うとキモい傾向がある。
RTを読むだけだった頃には「不思議ちゃんだけどいい子」だと思ってた相互フォローの子たちが、怪しいネットワークビジネスアカウントとか、はすみとしこ高須上念みたいなネトウヨアカウントとか、はちま刃ネットギークきっことか、藤沢数希イケハヤみたいなマウンティング系メルマガ売りアカウントとか、いかがわしいスピリチュアルアカウントとか、放射能に効くらしい高額健康グッズの宣伝アカウントとか、ガンガンフォローしていいねしまくってるのが見えてしまうのはキツい。
フォローはずせればいいんだけど趣味でつながってて人間関係もできちゃってるしなあ。ミュートしちゃってリプライ見えなくなってもそれはそれで困るし。オフ会なんて行かなきゃよかったよ。
あ? 私小説? どうせ、実生活で体験の幅が狭い作家が、どうでもいい身辺雑記を延々と書いた文学のことだろ? くっだらねぇ。
というふうに自分は思っていた。
で、私小説をいくつか読んでみた。
食わず嫌いの先入見は、まちがいだった。
なにが面白いか。
私小説は、主人公が馬鹿で、下衆で、これでもか、これでもかというほどに生活がどんどん下降していくさまが、ある種爽快なほど露悪的に書いてあること、
そしてこれが事実であるかもしれないという期待を読者に抱かせながら、虚実入り混ぜて物語が展開されること、
ではないかと思う。
主人公が失業して貧困に陥ったり、男女関係で泥沼にはまったり、酔っ払って人に迷惑をかけ、誰からも相手にされなくなっていくごとに、読んでいる側としては、変なカタルシスを感じてしまうというか。
で、ネット上で有名になって、お金も欲しいという人は、もっと私小説的な文章を発表してけばいいと思う。
ネット上で炎上してきた(している)話題は、当事者を主人公にして、私小説仕立てにしてみると、もっと面白くなりそうなものばかりだ。
ネット上の有名人が、ネット以外でブレイクすることを妨げているのは、彼ら(彼女ら)が、小賢しいことだ。
小賢しいとは、自分の失敗や品性の低さを指摘されると、取り繕ったり、反論したりして、自分を分相応以上に賢く見せようとするということだ。
こうすることにより、彼ら(彼女ら)は、いっそう小者に見えてしまう。
コンテンツとして自分の価値を最大化したければ、大正、昭和の私小説作家のように、あるいは現代の西村賢太のように、卑小さを卑小さのままに、破綻を破綻のままに描き出し、そのことから生じる業を生きるほうが、じつは戦略としては賢いかもしれないのだ。
サッパリ自著は売れないながらも、昨年の彼の税務署への申告額は、小説関連の収入と、作家の肩書あっての各種アルバイトで、それでもx千x百万円になっていた。汚ねえ身なりをしているからと云って、そう容易く浮浪者を見る目で眺めて欲しくはないのである
これをフィクションと受け取るかどうかは、読者次第だろう。
炎上芸人は炎上芸人のままで終わる必要はない。もっとコンテンツとしてのポテンシャルがある。金銭的に報われる可能性がある。自分の人生をコンテンツとし続けることの業を生き続けるだけの覚悟があれば。
http://www.aozora.gr.jp/cards/000984/card3212.html
「近所の借金がうるさくて仕様が無いので、どこかに行つて書いて来るつもりだ。……大洗の方へでも行かうと思ふ」と言い残して主人公は東京を出て茨城に行き、知人のつてを頼って旅館に逗留するが、そもそも宿代を持ってきていない。知人が何とか融通してくれるだろうと最初から当て込みながら、居座る。
知人は当然のことながら激昂し、旅館からは宿代をつけにしたまま追い出される。
有り金がないまま次々と宿を変えながら茨城をさまよう話なのだが、最初はちゃんとした旅館だったのに、しだいに宿のグレードが下がっていって、最後はドヤ街の宿のような木賃宿で弟の送金を待ちながら、身につけたものをどんどん質に入れて裸になっていくところが笑える。
http://www.aozora.gr.jp/cards/000249/card49655.html
馬鹿で不細工で貧乏であることに強い劣等感を持っている主人公の中学時代を描いた作品。恥ずかしい過去を思い出して悶絶するときのシーンはとくに秀逸。
「あツ、あツ」と、私は奇妙な叫び声を発して下腹を抑へた。両手の十本の指を宙に拡げて机の前で暴れ騒いだ。
「何を気狂ひの真似をなさるんです。えイ、そんな気狂ひの真似する人わたし大嫌ひ」
私淑していた葛西善藏の気狂いっぷりを書いた『足相撲』もあわせて読みたい。
http://www.aozora.gr.jp/cards/000249/card1337.html
ミハイル・バフチンがカーニバル文学と読んだドストエフスキーの作品のように、これ以上ないほど気まずく不謹慎な破綻の場面を職人的な巧みさで書ききるようになった著者の近年の作品はすべて必読。
普通はしないような胸、太もも、脚、フェチズムを感じる部位の強調
無垢な子どもが見て「可愛い素敵な絵だ」と解釈しているのを何度か見たことがある
喩えるなら電マのようなものだ
電マを見てエロ文脈を読み取ってしまう人と、そうではない純粋な人が居る
エロに精通したヲタなどが見ると「いかがわしい絵」だが、発注担当者からすると「可愛らしい絵」の時がある
この際、エロに精通した側からは「担当者はいかがわしいやつだ」となってマイナス評価になってしまう
発注担当者はそこらへんのボーダーラインを理解する必要があるが、エロに精通していないと境界線が分からないのでどうしようもない
(そういうコンサルでも居れば良いのかもしれないが。エロコンサルが)
ガイドラインでもあればいいんだろうか(誰か作って)
___
「一部を強調」って言っても色々あって、いい意味でセクシーな絵ってのも存在すると思う
ただ、少し表現が変わるだけで「セクシー」が「いかがわしい」になるんだけど
(境界というのは、ここまで描いちゃうと皆からエロいと思われてしまいそうという、経験則みたいなもの)
もちろん分かる人も大勢居るからそういう人は上手くやるんだけど
パンチラなんかも難しい
そういえばジブリって凄いよね
ロリコンから見ればいかがわしく、普通の人から見れば可愛らしいというギリギリのラインを攻めてると思う
万人に愛されるバランス感
なんなんだあの騒音。本当に公害だと思うんだけど近所はなぜ放置するんだ?
うるさいのは老人の特権? いや、分かるよ。老人の声がうるさいのはしょうがないのかもしれない。それは認める。けどさ、ここただの静かな住宅街だから。公民館じゃないんだわここ。公民館の近くでうるさいのは分かるけど、道路で大きな声で雑談がうるさいのはおかしくないか。それが老人の特権? じゃあ痴呆老人が住宅街で騒ぐのは痴呆老人の特権? 違うだろ。痴呆老人がしかるべき場所(施設とか)で騒ぐなら、みんなそういう場所だって分かってるからまあ許されるけど、住宅街だったらブチ切れるでしょ。そういうこと。公民館で騒ぐのは全然問題ないよ。公民館そういう場所だから。周りに住む人も暇してる老人が騒ぐって分かってるはず。だからいいよ。けどここあんたらが年取るまで静かな住宅街。もう少しお行儀よくできない? って言った最近引っ越してきた若い奥さんのまわりを数人で嫌みいってて嫌がらせしたの見てたからね。隣のお家の奥さんよ。夜がお盛んでの叫声上げてるのってほんとに公害じゃないの? 熱帯夜に窓開けると決まって奥さんのいかがわしい声が聞こえてくるのってほんとに公害じゃないの? なんで窓全開にしてやるの?家なら大人のおもちゃで遊ぶの? なんでホテルに行けないの?
元々仲が悪いわけではなかった、仲の良い家族ではなかったが、最初は連絡をとりあっていた。
しかし家を出て少しずつ世間のことを知るにつれ、自分の家は何かおかしかったのではないか、それが気になりはじめると家族と接することが苦痛になり、帰省しても家族とはほとんど何も会話をしなくなっていた。帰省している間の一週間が苦痛でたまらず、それからは一度も帰省はしていない。顔もみていない。
日頃耳にはいるような、酷い暴力や精神的な攻撃があったわけではない。
ご飯はたべさせてくれたし、学校にもいかせてくれたし、倫理的に何か問題があるわけじゃなかった。漫画を買うこともアニメをみることも許されていた。
父親は仕事から帰宅すれば瓶ビールを飲みながら野球を観る。嫌いなチームが勝っていると機嫌がわるくなり家族に当たった。そして母も不機嫌になり喧嘩をした。
毎日そんな漢字だったし、子供がテレビをみたいといっても、バラエティや歌番組の類は、アホらしい、馬鹿らしいといってすぐにチャンネルを変えられ、見せてはもらえなかった。自室でテレビをみることやゲームをすることは許されていた(そういうところは子供に甘かったとおもう)ので、自室にこもって姉妹と遊んでいると、「なんで居間におらんのじゃ」と不機嫌になって怒鳴り散らした。
母は母で、そんな父親を馬鹿にしていた。よく父親がいない時間に、私達子供に向けて、父親や父方の祖父母の愚痴をいっていた。その頃は母親の言うことが正しいと思い込んでいたので、ますます父親へ対する反感は強くなり、私は喋らなくなった。
真面目に話をしようとしても、勝手に話の内容を想像して先回りしてゲラゲラと笑った。そのうちそれが嫌になって母に対して真面目に話をすることをやめた。(後日親戚から聞いた話だが、どうしてあの子は帰省しても何も喋ってくれないの、と泣いていたらしい)
そんな感じだったから、父母は別々の部屋でねていたし、夫婦同じ寝室で寝るなんてドラマの中だけのことだとおもっていた。
友達の家へいくと、喧嘩をせず、まともに会話をして、子供の話も最後までちゃんときいてくれるお父さんお母さんが羨ましかった。
そんな思いは子供の頃からあったのに、家を出るまでは気づいていなかった。
中学生の頃、学校へいきたくない辛い時期があったが、そういうことは許されない考え方だったので父親から殴られた。母親からも叩かれた。
偶然平日休みだった父親は、母親が不在の内に私をビニールのロープで後ろ手に縛った。床に転がして身動きできないようにした。母親が帰ってくる前に切ってくれたが、今思えば多分いかがわしいビデオかなにかに影響されて、一度やってみたかったんじゃないだろうか。(小学生の頃、私と姉妹と一緒に寝ている部屋で父親がいかがわしいビデオをみていたことも思い出した、途中で起きて私が気づいてしまったが寝たフリをして必死に気づかないフリをした、そっち方面での父親に対する嫌な思い出はたくさんある)
縛られた話を何の気なしに友人に話したら驚かれ、そうしてはじめて、うちは普通じゃないのかもしれないと思い始めた。
そうやって考えるから嫌な思い出ばかり思い出してしまうのかもしれない。いい思い出だってたくさんあったはずだ、私が不機嫌にずっとだまって話さなかったせいで、両親は仲が悪くなってしまったんだろう、そういうこともわかっている。
ここ数年間は親から電話がかかってきても出ないようにした、毎年送っていたお中元やお歳暮も送らなくなった。ただ、ずっと実家にのこっている姉妹だけはLINEで連絡を続けていた。
しかしその姉妹も視野が非常にせまく、冗談の通じない性格で話すのがだんだんつらくなっていた。そのうち既読して放置するようになり、ある日「お前って都合のいいときだけ家族を利用している冷たい人間だよな」と怒りのLINEがきた。そう思うんだったらそれでいいよ、と返した。
ただどうしても、保証人や緊急連絡先では家族を登録しなくてはならなくなる。先日親しい友人の名前をかいておいたら、やはりここは家族でないと…と訂正をさせられた(それはそうだ)
今は結婚を考えている相手がいて、近々そちらの御両親に挨拶しにいくつもり。
しかしそうなると、私の両親にも挨拶を…となるだろう。それをどうしたらいいか悩んでいる、彼は事情をしっているが、彼のご家族は納得されないだろう。しかし親には会いたくない、そのためにお金もかけたくない、でも世間的にちゃんと話はするべきだ、でも……と、そういうことをずっと考えていたら、突然ふと書きたくなったのでここへきた。
どうしてこんなに世の中はめんどくさいのだろう。
ジェンダーロールから解放されましょう言ってる奴が男性社会の上澄みすすってたら、
そりゃいかがわしいに決まってるだろう
うなぎ保護とか言ってるくせにお前こっそり蒲焼き食ってるじゃねえか的な
そして個人的にはこれを「それとこれとは別問題」で片付けられないと考える
どうもエマ擁護派は単純に個人の好みの問題だけに矮小化するきらいがあるが、それだけじゃない
こいつだって今のシステムに取り入っていい思いしてるのであって、立派な当事者のひとりなんだよ
おまけにその変革を訴えてるくせに、自分はそのために一歩も動かずビタ一文出さねえということだ
だったらいったいどこの誰が、こいつの言うこと聞いて動かなきゃいけないんだ?
アホらしいにもほどがある
以前増田に「新興宗教がいかがわしいのは個人崇拝の色が残っているから」的な投稿がありました。
自分も同じ考えで、歴史の浅い宗教だと、とにかく教祖や何代目かが言うことは絶対になりがちです。
これの何が問題かというと、外から見た場合、向こうがどういう基準で動くかわからない、
なんせ上にいるやつの気分次第だから、これが実に厄介なわけです。
こういうことを考えるのは、そもそも自分が人間不信気味だからかもしれませんが、
人間のそれも感情に依存するシステムというのは、それだけでクソの極みだと思うのです。
名君というのは、どうにでも悪用できるシステムをうまく運用しただけで、
名君がいたからといって、システムまでいいということにはなりません。
そいつの息子がアホということも割とあるし、気まぐれで重税だの処刑だのやられちゃかなわん。
例えば自分は、同じ人の権利を抑えようとする勢力でも、今の日本でポリコレうるさい人に比べれば、
キリスト教保守とかイスラームとかの人らの方がまだマシだと思っています。
なぜかというと、少なくとも彼らには聖典というバックボーンがあって、
いざとなればそれをあたれば門外漢でも彼らの考えが少しは理解できるし、
もし言ってることと書いてることが食い違うようなら「お前それは違うだろ」と指摘もできる。
生物を作ったのは神で、進化論を否定しているから、ポケモンもダメということになる。
その結果は受け入れられないけど、そこに至る理屈はわからんでもない、となるわけです。
もちろん神学論争があるように、解釈を巡る争いがないわけがないのですが、
少なくともブラックボックスをブラックボックスのままブン回してくるよりはマシなわけです。
逆に言うと、ジャパニーズポリコレフリークの皆様のいかがわしさがどこにあるかというと、
とにかくそのバックボーンがふにゃふにゃであるという点に尽きます。
まず宗教がない。よその受け売りでしかない。元が感情で動いてるから理屈が毎回変わる。
って書くとあらぬ誤解を生みそうな現代日本ではあるけど、自分は子供がいかがわしい理由ではない方向で好きだ
自分は月に数回漫画を買うために外出を余儀なくされるのだが、その道すがらすれ違う子供すれ違う子供皆が愛おしくてたまらないと感じる
高校生の頃友達に保育士志望のイケメンがいたが、当時の自分が「ガキとかうるさいし汚いし嫌いだ!!」って彼に力説して嫌われた記憶があるので、少なくともその後どこかの時点で考えが変わったのだと思う
多分子供達から見たら自分は不審者そのものだと思うけど、「俺の愛情よ子供達に伝われっ!!!」って願いを込めた視線を向けることだけはどうか許してほしいな
親御さんが心配するだろうし、常識に考慮して話しかけたりはしないけど、遠目にそっと見守る感じで観てしまう
うつ病が再発したっぽい。明日の予定をキャンセルして病院に行こうと決意した。
なんで今のタイミングで。もう嫌だ。
経費削減のために店舗兼住宅で家を建てたのがこの辺の人にとってはそんなに迷惑だったのか。
早い段階から何度も近隣地区に挨拶と説明に出向き、快く迎えてくれたと思ったがやはり実際営業を始めてみると近所の人にとってもいろいろ思うことはあるようで、それは自分が逆の立場でもそう思うこともあるだろうからある程度は仕方ないと思う。基本は先手を打って起こり得るトラブルへの対策を講じたうえでスタートしているので想定外のことは起こっていないし、迷惑がかからないよう配慮を尽くしているが、これ以上どうすればいいんだ。もう出ていってほしいということなのか。取るに足らないことで嫌がらせをしてくる向かいの住人も、店舗の営業にいちいち介入してどうでもいいことで本店まで電話をかけてくる町内会長のじじいも、通りすがりに目が合った瞬間にこっちが挨拶しようと頭を下げる間もなく全速力で屋内に逃げ込む二軒隣のばばあも、そんなにうちに出ていってほしいのか。なんなんだ。わたしが何をしたっていうんだ。前の道路は市道だし、すぐ隣にはうちの何倍もの客を毎日集めるスーパーがある。車の出入りも多いし窓を開けていると一日中呼び込みの声がまあうるさいし客層もちょっとアレだが、それはわかってここに越してきたので住民としてストレスを感じたことはない。言っちゃなんだがうちのほうが(そもそも母数が少ないし)客層はいい。どっちかっていうと少ない顧客に時間をかけてサービスを提供する仕事だし何もいかがわしい商売ではなく名の知れた会社に全面的にバックアップしてもらっている至極まっとうな業種だ。実際は違うけどイメージは座席数の少ない個人でやってる美容院的な感じ。車は離れた場所にしか停めないように周知してるしそれを破る客はいない。自転車も3日に一度ぐらい来るがもちろん敷地内に駐輪場を作って停めてもらっている。だいたい自転車ぐらいはうちの客以外にもたくさん通る道だ。近所にはよくしてくれる人もいるしあまり腐らずに割り切ってやっていこうと思っていたけど今日また近隣の人から筋の通らないことを一方的に言われて気持ちが折れてしまった。明日は午前中に勉強会の予定を入れていたのだけど行けそうにない。嫌だ。これも全部被害妄想なのかもしれない。勝手に脳内で敵を増やしているだけなのかもしれない。だとしてもそんな自分の脳内が嫌だ。現実だとしたらもっと嫌だ。どっちにしても嫌だ。嫌で嫌でもう何もかも放り出したい。そんなふうに考える自分も嫌だ。天職だと思って今まであんなに楽しくやってきたのに。この仕事を手放したくはない。仕事をアイデンティティにするのは危険だと思うがでも仕事がわたしの一部になっていることは事実だ。旦那も理解してくれて、たくさん協力してくれる。ストレスが半端ない。考えすぎると体に毒だよとか知り合いには言われるが、んなことわかってんだよ。コントロールできるならとっくにしてるんだよ。これが考えずにいられるか。35年ローンだよ。もし店が続けられなくなったのなら店舗部分どうすんだよ。自分が使いやすいように特殊な設計にしてもらってるから貸事務所とかにするのも難しいし。何もかもがわたしの心をえぐる。PMSのときもたまにこういうふうになるけれども、まだ周期じゃないのに。なんかもう外的要因半端ない。今日は常連のお客さんにもきちんと対応できなかった。ここに来て少しでもホッとして帰ってもらいたいのに、逆に追い詰めてしまったような気がする。それもわからない。気にしすぎかもしれない。でも自分の納得のいく接客では到底なかった。きちんとやれてない。悔しい。なんでこんなふうになっちゃってるんだろうか自分。何にこんなに追い詰められてるんだろう。職住近接で、近所の悪意というかよどんだ空気というか、何かじっとりした感じの感情に飲み込まれてて、それでも職場と家が離れてるなら家に帰ればいいんだけど、今はここが家なのでそれを一日中受け止めないといけないのが辛いのかもしれない。いや、そもそも敵を作っているのは自分なのだろうか。ここに引っ越してきてから急激にこういう摩擦が増えたのはなぜなのだろうか。気遣いが足りないのだろうか。これ以上ないぐらいに気を遣っているつもりなのだけど、まだ足りないのだろうか。全部自分が悪いんだろうか。被害妄想なんだろうか。よくあること、と流せばいいのだろうか。流したつもりが流し切れていなくて今こういう精神状態になっているのはわたしが頭がおかしいだけなんだろうか。わからない。思い切り泣いてすっきりすればまだいいと思ったけど涙も止まってしまった。何もかも忘れたい。動けば動くほど裏目に出る気がする。遠くに行きたい。ここから離れたい。気晴らしにドライブとか買い物に行ってリフレッシュできても、結局帰ってくるのはここなんだ。ここに店舗兼住宅を作ったのが間違いだったのだろうか。法は犯していないのだから何も恥じることはない、とも思うけれども形なき悪意というのがこんなに怖いものだとは思わなかった。いやそもそも悪意はあるのか?被害妄想なのか?あかんループしてる。もうやめよう。寝られないので書類でも作る。誰か助けて。
やっと見終わった
宮前先輩派
鹿ではネコ科には勝てなかったよ
黒に来るが楽しかった
原作ゲームのキャラクターや世界観を踏襲したままアニメならではの独自なことをやる手法としてダブル主人公というのはおもしろいアイディアに思えた
けどけもフレも同じか
1期同様おもしろ楽しいのだけど、宗教ネタでいじるのはちょっとどうなんだろう
手をつないでいる男女(同性同士でもいいけど)を見たらもしやハンドシェイカーかと身構える楽しみを覚えてしまった罪深い作品
主人公視点のカメラと盗撮視点のカメラとを交互に見せることでそこはかとなくいかがわしい雰囲気を演出することに成功していたと思う
人間関係とかテンプレではあるんだけど、テンプレなだけに安心して楽しめた
1期目とは雰囲気が変わったような気がしたけど、これはこれでおもしろい
心を試される試験では日本のマンガやアニメだと主人公がウジウジ悩みそうなところを、この主人公は弱い奴らのことなんか知らねーって言い切ったのがスカッとした
ニコニコで見ていたのでオープニングの馬に毎回つっこまれていたのだけど、まさかその馬が話の中で回収されると思わなくて素直に驚いた
かわいい方向に寄せた森川智之というのは案外貴重なのではなかろうか
ひとくちに「オタク」といってもその中身は十人十色ということがよくわかるし、その多種多様な「オタク」をまるっとまとめて飲み込んでいたのが秋葉原という街なのかもしれない
得意分野だけではなく得意ではない分野でもそれなりに知識をカバーできるような総合的なオタクのための作品なのだろうと思う
途中の息抜き回かと思っていたおむすびころりんの釣りの話とかバレーボール(ゴレンジャー)がちゃんと結実する構成が個人的な好みにどんぴしゃ
少し前に伏線が回収されればおもしろくなるわけではないといってた増田がいたけど、回収されることそのもののおもしろさというものもあると思うんだ
かわいいし笑いもおもしろくて抜群の安定感ではあるのだけど、なんというか全体的に隙が無い優等生みたいでどこか部分的に褒めるというのがむずかしい