はてなキーワード: 赤線とは
この点は、全くそのとおりだと思う。
もし、管理売春の業者に対する公権力側の監督責任という面が【現代的な意味での奴隷】として定義されて、責任を問われるのであれば、
売春防止法以降の、事実上の管理売春の容認から斡旋業者の放置、それらも論理的には同罪ということにならなければおかしい。
戦時の慰安婦だけの問題ではない。では、なぜ売春全般の話にならないのか。
売春防止法の制定の背景として、管理売春そのものが国際社会から悪とみなされていたがゆえに、
国際社会への早期の復帰を目指していた日本は、GHQから公娼制(管理売春)が廃止されて以降、法の制定を急ぐ必要があった。
しかし、売春そのものに対する罪悪感は日本人には微塵もなかった。むしろ吉原など貴重な観光資源だと行政も認識していた。
売春防止法施行直前の55年、新聞社が開催した「吉原を語る座談会」において、地元と議会議員らが次のようにアドバイスしている記録がある(婦人新風1955年4月号)。
みつ豆でも気軽に食べにゆける吉原でなければならないのじゃないか・・・気軽に遊びにいって、そして飲んだり食べたりしているうちに最後にお互い同志気があったときに目的を達するというふうにすればよい。
当時は、東京都も警視庁も、吉原を観光資源として積極的に活用していこうという感覚だった。
こうした過程を経て制定された同法は、風営法とセットで完全なザル法。今に至るまで。
赤線がトルコ風呂と名を変え、トルコ風呂がそーブランドへ名を変え、名前は変わっても実態は管理売春の黙認だ。
現在でも、サービス提供する施設に寝泊まりさせられているなど、一昔前だとジャパユキさんと呼ばれ、
いわば監禁同然の扱いで働いている出稼ぎ外国人女性が存在する。それは興行ビザで来日しているフィリピン人であったり、韓国であったり、中国であったりする。
個人的には、アダルトビデオについての人権問題も含めて、日本の風俗産業のあり方を行政として放置していることのほうが、我々世代の責任問題だし、よっぽど気になる問題。戦時世代の悪のついての責任よりも、だ。
ところが、同じ論理だからといって、現在の日本の管理売春の黙認を、現代の奴隷制だとして、非難されているかというと、、
実は、アメリカの国務省の人身売買報告では、かなり以前から非難されている。
技能実習生とセットでね(余談だが、技能実習生についても、結局、問題の根っこは同じで、戦時の徴用問題とパラレルだ。)
そして第一次安倍政権のとき(05年頃)にも日本政府としての対応が迫られていた。外圧に近い形で法整備が求められた。
日本政府は、国際組織犯罪防止条約の「人身取引議定書」と「密入国議定書」の批准を受けて、刑法を改正し、2005年、人身売買罪を創設した。
この制定過程において、05年6月8日の国会の法務委員会で次のような答弁がある。
○江田委員 ・・・人を支配する行為全般について、この人身取引に対して実効性のあるものに今回の法改正はなっているということでございます。
次の質問をさせていただきますけれども、この人身取引議定書の要請を満たすため、これにつきましては単に形式的に文言を対照するだけでは私は足りないと思いますが、人身取引議定書の理念を十分に取り込んだ法律やその運用になっていなければならないと考えております。
・・ 売春をさせている者が、この外国人女性は売春することに承知しているんだ、同意しているんだから人身取引とは言えないだろうというふうに開き直るケースが多いと聞いております。成人の女性が家族を貧困から救うために、親からの働きかけなしに自発的にみずから売春を希望して売られたような場合など、人身売買について被害者の同意がある場合のようにも見えます。
しかし、・・人身取引議定書が、「女性及び児童に特別の考慮を払いつつ、」と規定していることからしても、女性や児童の特性を考えて、売春をすることについて承知しているとの事情、これを過大視するというのはいかがなものかと・・、今回の法律案につきましても、売春をすることについて同意をしている場合であっても人身売買罪が成立するのかどうか、そこを法務当局にお伺いいたします。
○大林政府参考人 御指摘のような事例におきまして、表面上被害者がみずから売春をして金銭を稼ぐことに同意していたといたしましても、本来は、不特定多数の相手方と性交等を行うことなどを希望しているものではなく、家族を貧困から救うため金銭を稼ぐには売春によるほかはないと考えてやむなく売春に及ぶに至ったと見る事案がほとんどであろうというふうに思われます。このような場合には、被害者の同意は自由かつ真摯な意思に基づくものとは認めがたく、当然に犯罪の成立が否定されるものではない、このように考えております。
○江田委員 ・・今、法務省の方からは、その事情を考慮して、勘案して、売春をすることに同意している、そういうふうに見かけられる場合であっても人身売買罪は成立、適用されるということでございますので、私どもの申し入れの内容にも沿った法律案の改正になっているかと思います。実効性が上がることを期待しております。
売春行為が好きでそうした職業につくことなど、そんなに多くは考えられないだろうから、貧しい国からの移民のケースでは、多くの場合に適用がありそうだということになる。
人身売買罪の創設は、対外的なアピールとしては政府として大きな動きだったとは思う。
しかし、アピールとしはそうかもしれないが、風俗に関するさまざまなザル法は放置され続けている。
出稼ぎ外国人の母国はどう対応しているか、というのも気になるだろう。
同法の制定過程において、出稼ぎ労働者の有力な送り出し国のひとつ、フィリピン政府は、当初「就労機会を奪うな」などとごねていて、実態把握の動きが遅かったという報道はみたことがある。なるほど、そういう背景は重要だなと思う。
慰安婦問題に戻ると、私は、いつになったら、慰安婦問題が現在進行形の風俗問題に飛び火するんだろうという視点で十数年前から関心をよせていた。
しかし、そういう気配は微塵もないなかで、慰安婦というフレーミングだけがヒートアップしていったように思う。
慰安婦の問題に封じ込めたいというメカニズムがどこかに働いているんだろうとは思う。
それは社会的にも経済的にも、そして文化的にもいろいろあるんだろう。
我々の心理かもしれないし、自国もしくは相手国の政治経済的な背景かもしれない。
妻子に壮絶なDVをしてがっつりDVしてた証拠があったから負けたんだよ
しかも奥さんは裁判は離婚が目的でろくに慰謝料をとってないと反論してた
https://anond.hatelabo.jp/20161025032408
三女と夫の間にどうしたのと仲裁に入って、お前はなにも教えなかったと拳骨で暴力をふるわれた
朝起きて妻の座るリビングテーブルに置いてあった赤線が引いてある読売新聞一家殺害記事の切り抜き
日頃から家賃を払え光熱費を払え清算するぞと言われていてこういう記事が置かれていたので殺されると思った
早朝2階で寝ていると夫が三女を怒鳴る声がしたので行ったら、お前はなにも教えなかったと暴力をふるってきた、三女と夫が揉めていた原因は三女が自転車籠に懐中電灯を置きっぱなしにしていたので乾電池の無駄遣いになると怒っていた
平成23年5月7日三女の怪我の診断書頭部顔面上下肢打撲頸椎捻挫
母親が仕事に出ている時に父親が管理していた三女の障害者手帳を取り返したら父親が暴れだした、三女が母親に電話をしている時には猛獣や野獣のような声が聞こえていた、三女に逃げるように伝えて警察に保護して貰った
三女が旅行にいった後でフィルムを持っていたので、殴られている時にとっさに写真を撮るように三女に大声で言った
夫は色々向かって来ているのではねのけている写真だと説明し無理があると突っ込まれている
三女が殴られてからシェルターに保護を求め相談実績が必用だと言われ公的機関に相談、平成23年7月29日暴力から逃れるために別居
例えば日付で「3月15日」とか書かれてるとちょっとばかりイラっと来るんだけど、これを打った奴ってなんで気にならないんだろう?
これが1行だったらちょっと雑な奴なんだと思うぐらいなんだけど、複数行だと
3月15日
3月17日
3月18日
3月19日
という具合になってるわけでテキストでもExcelでもWordでも気になると思うんだけどな(というかWordは赤線で教えてくれる気がする)。
ファイル名についてるとエクスプローラとかで見た時にガタガタになってるのに気にならないんだろうか。
そもそも「18日」とかなるのはなんでなんだ?
8だけテンキーで打ったりしたんだろうか?
「男の脳みそに、相手を気遣うという機能はついておりません。気遣うのは学習の結果です。」
また、男性は奥様がやってくれている家事の3割しか認識できない事も分かっています。
また、「食器をシンクに持っていってね」と言われても、「なぜ、それが必要なのか?」が理解出来ないので行動出来ません。
オススメの方法は奥様がやっている家事を全て書き出し、フローチャートにして、旦那さんにやって欲しいことに赤線引きます。
↑みたいな感じで
男は気遣う機能がついてない、なぜ食器を食後に片付けなければいけないのか理解できないので言われても行動できないと、恥ずかしげもなく男の人が言える感覚が解らない。
これって男は発達で二歳程度の知能しかないって言ってるようなもんだけどプライド傷つかないのか。
『だから発達二歳児に接するように優しく解りやすく逐一説明して少しでも出来たら褒めてあげようね』と言う主張も度々見かける。
必修であるクラブ活動に参加するにあたり、入部希望届を提出するようお達しがあった。
その用紙には、第三希望まで書くための欄が設けられていた。
私の第一希望はバスケットボール部。第二、第三希望に何を書いたか覚えてはいないが、吹奏楽部ではなかったことは確かだ。
他の吹奏楽部入部者である友人らに話を聞くと、第一希望はバスケ部だったという。
第二、第三希望まで書かせておいて、それすら加味してくれず、興味もくそもない吹奏楽部に入れられたことが納得いかなかった。全くもって面白くなかった。
おかげで私は真面目に練習に取り組まず、譜面通りに演奏することができなかった。顧問が特別に赤線を入れ、簡易バージョンに直してくれた譜面をひとり、県大会で吹いた。
楽器がマイナーだったのも面白くなかったんだよな。トランペットに希望出したら、ユーフォニウムになったんだよ。吹奏楽に興味ない小学生はユーフォニウムしらんかったよ。チューバほど目立たず、トロンボーンほど華やかではなく、なんか地味。だから、十数年を経て響け!ユーフォニアムを見たときはすごくうれしくなったのを覚えている。ありがとう京アニ。題名のない音楽会で五嶋龍が、ユーフォニアムって楽器を今まで知らなかったみたいなことを言ったとき、くっそ!ほらな!って思ったさ。
さぼりはしないけれど練習に打ち込まない私の意識が変わったのは、東北大会に出場したのがきっかけだ。
県大会で一番の成績を収め、隣県で行われる東北大会に泊まりがけで参加。
林間学校にも修学旅行に行ったこともない小学四年生には、年上のお兄さんお姉さん、同級生たちとの旅行はとてつもなく楽しかった。
そこからは、結果出してまた泊まりがけで大会に出たい!と練習に打ち込み始めた。譜面から赤線はなくなった。
五年生でも六年生になっても、東北大会に進んだ。
私が小学四年生だった年、新しく赴任してきた先生が吹奏楽部の顧問に就任していた。
前の学校でも吹奏楽部を指導していて、次に赴任した小学校でも吹奏楽部を指導して、そして今でもどこかの小学校で吹奏楽部の顧問をしている。その先生が来れば、その学校の吹奏楽部は県で一番になれる。当時は知る由もなかったけれど、そういう顧問だったらしい。
だから私は、私の友人たちは、入部希望届に吹奏楽部と書いてもいないのに、吹奏楽部に入れられたんだと最近思い立った。
みんなスポーツが得意で、今で言うスクールカーストの上位の方で、タフだった。私以外。私以外に譜面に赤線を入れられていた友人はいない。
強い顧問が来るのなら、それに見合った児童が必要だったんだろう。希望届が関係なくなるくらいに。
祭会場で周囲を巻き込み自爆自殺をした元自衛官本人が口頭弁論調書を動画で上げていたので大雑把に書き出してみるhttps://www.youtube.com/watch?time_continue=3&v=XwwRqL5xJR0
元自衛官の言い分はblogとあまり差がないようなので大雑把に奥さんの言い分をまとめてみました
また時間があれば元自衛官側もまとめますが、読んだ感じでは無理があり支離滅裂でおかしいと思いました
暴力は結婚当初からあり妊娠中にお腹を蹴って仕事に出て行ったりした、子供たちが小学校に上がった頃から暴力が酷くなった
夫に小さなナイフを構えて見せた事はある、いつも寝入ってから夫が起きてきて性的関係を求めてきた、肺炎で39度の熱があるときも求めてきた、寝不足で仕事にも行かねばならず困って自分の身を守るためにやった
三女の精神不安定の原因は夫の長女次女私への暴力を小さい頃から日常茶飯事に見てきて、転校も多かったので学校で馴染めず苛められた事
今は別居して落ち着き私をサポートして笑顔を見せてくれるようになった
夫が「先生からいい薬がありますよ服用しませんかと勧められましたか」と妻に質問
妻は三女が入院した時に「灯油を隠すぞお前は何で働かないんだ」と娘が父親に言葉の暴力を振るわれている事を医者に相談し私も疲れていると言ったら「マイスリーという睡眠薬を飲んだら疲れがとれて仕事に行けますよ」と言われたと答える
夫が何度も同じ事を質問するので裁判官に質問をはっきりしなさいと注意され、よい薬があると奥さんが医者から言われたかどうかでいいのですかとまとめられる
妻は「睡眠薬だと思います、この人は私を統合失調症とかにしたいから薬の質問を」と答える
夫が三女が包丁を持って暴れまわった事や妻が二千万を使い込んだ事を質問するが両方否定され
三女と夫の間にどうしたのと仲裁に入って、お前はなにも教えなかったと拳骨で暴力をふるわれた
日頃から家賃を払え光熱費を払え清算するぞと言われていてこういう記事が置かれていたので殺されると思った
早朝2階で寝ていると夫が三女を怒鳴る声がしたので行ったら、お前はなにも教えなかったと暴力をふるってきた、三女と夫が揉めていた原因は三女が自転車籠に懐中電灯を置きっぱなしにしていたので乾電池の無駄遣いになると怒っていた
母親が仕事に出ている時に父親が管理していた三女の障害者手帳を取り返したら父親が暴れだした、三女が母親に電話をしている時には猛獣や野獣のような声が聞こえていた、三女に逃げるように伝えて警察に保護して貰った
三女が旅行にいった後でフィルムを持っていたので、殴られている時にとっさに写真を撮るように三女に大声で言った
三女が殴られてからシェルターに保護を求め相談実績が必用だと言われ公的機関に相談、平成23年7月29日暴力から逃れるために別居
「役不足」という言葉ほど誤って使用されやすい言葉も珍しい。ただ誤っているだけなら良いのだが、「役不足」の場合、正反対の意味に使われるから始末が悪いのだ。そして、その場合往々にして非常に失礼なことになりやすい。
「役不足」というのは、役者に対して役が不足であることを指す言葉である。つまり、与えられた役目が軽すぎることを表すのだ。あなたが上司に重要な任務を命ぜられたときに「役不足とは思いますが頑張ります」などとは決して言ってはならない。
それは謙遜どころではなく、任務が自分にとって不当に軽いものである不満を表していることになる。
もしあなたが「役不足」という言葉を間違って使っていたなら、今度からは「力不足」「経験不足」などの言葉に置き換えるべきだ。そして、「役不足」の正しい用法を知ったあなたは、明日からたびたび周りの人が誤った使い方をしているのを耳にするだろう。そんなとき、 面と向かって注意しては角が立つ。分別のある大人は言葉遣いの間違いなどいちいち指摘しないものだ。もしあなたにいくばくかの親切心があるなら、辞書の該当ページをコピーして赤線を引き、匿名で彼の家に送りつけてあげればよい。
実際、ソープってあんまりなくね? 渋谷で1件とかじゃん? 五反田でも1件でしょ。
基本的に吉原しかできないの? いわゆるNS店とかは吉原しか見つからないしなあ。
てか、なんでソープってこんな少ないんだよ。 やりてーけど、金あってもそもそもねえじゃん、ソープw
簡便してよ、みんなどうやってやってんだよ。 デリヘルとかほてへる_?
少なくとも、おなくら、ヘルスではやれなかったぞ。
俺は初体験が大阪の新地だったけどさ、ああいう、本人見て選べるシステムじゃねえってのがまず微妙なんだよなあ。
はあ。 北欧では、風俗嬢を直で見て選べるんだっけ? いいよなあ。 日本のシステムはマジでおかしいって。
どうやったら風俗で本番できるんだよ。 もっとお手軽になってくれよ。
<追記>
赤線、青線って、前の東京オリンピックの時に、『日本の恥』って感じで無くなったんだっけ?
ふざけてるよなあ。
「日記」を書いているのがどこぞの「ビッグ(治した)ブラザー」に見つかって筆を折られた人を見ながら
息を潜めて書き続けているそんな今日
なぜ文章を紡ぐのか
「本を読んで何か感じた事を書いて見ましょう」と作文や読書感想文を課されたときはいつも困っていた
本は物心付いた時からたくさん読んでいた歴史小説や推理小説が好きだった
小学校の図書貸出カードは何枚もテープで重ねられた しかし何も言葉に出てこなかったからだ
いつも作品の説明だけでほぼ埋めていた
自分がなぜそう感じるのか言葉に表現することは書くことどころか、口に出すことさえ覚束なかった
想像力 人生経験 感情の積み重ね 文章を書くこと何もかも足りなかった
教科書を開き 漢字の練習を繰り返し 問題を解くだけ ただ他人の文章を読むだけ
それだけでは何もできない 自分の考えを他人に旨く説明するどころか
自分自身に問うことさえできない
それに気づいたのは14の時
私はユーゴーに嵌まりながら読むだけでは満足できなくなっていった
18歳まではせいぜいテーマに沿った2~3枚の小論文やレポートを書くのがせいぜいで20歳位までは
大人になった今では自分の気持ちを苦にならずに日記に書けるようになったけどそれがなによりも嬉しい
もっと表現が上手い人の日記を読むと楽しい「こういう表現の仕方もあるのか」と感心する
自分の気持ちを言葉に出して上手く整理したいそれが日記を書く理由
今読んでいるのは『ジッドの日記 I』どこからでも読んでいいスタイルで読むことした
ページ順に読まずパッと開いて目についたページから読む 閉じる また繰り返す
読みながらこの人「はてな村のあの人に似てそうだ」と思った
「隠喩」や「創作」について少し考えた 事実をあからさまに書くと消化できない人の反発を
悲惨な話でも舞台を日本から遠くはなれた場所に設定したり、過去や幻想世界のこととして書いた方が
読む人には受け入れられやすいのかな
この本難しい 一端読むの止めてピエール・ギローの『文体論』を読み返すと読み解く助けになりそう
なので一端積む
シナチョソよりはメリケン側に付いてほしいなあと思う。生理的に。
まあ赤線やロリコンを撲滅される(された)ことだけは悔しいけども、それよりはマシ。
二次元さえ大目に見てくれればね・・・。それさえ認めようとしないみたいだが。
なにかメリットがあって、メディアや政治家グループたちはシナチョソにすり寄っているのだろうけど、何がメリットなんだろ?よくしらない。
選挙に当選させてやんよとか、安く役者や歌手を供給してやんよとか、そういう取引なのかな。
現代に生きる特亜のひとはとてもかわいそうだとおもう。錯誤した教育を政府に施されるのだから。恨むなら、そういった誤った馬鹿げた教育をやり始めた祖先を恨むしかない。
アメリカは文化侵略だ!ひどい!って思ってたけど、それって自然の摂理だよね。強いモノが生き残り、弱いモノが淘汰されるだけ。世界史を見れば侵略されて壊滅した文明やら民族なんてたくさんいるんだし。だからいま日本も侵略を受けているわけですが、それで絶滅してしまうかも知れない。絶滅したら、まあ日本はそれまでの民族だったってこと。侵略に耐えて生き残ったなら、まあそれなりに強いんだねってこと。それだけのこと。
政治の仕組みがうまくいってないよね。政治家は選挙に受かることしか考えない行動原理なわけだから、つまりそれさえ満足すればなんだってする。その動作原理が日本に必ずしも良い影響を与えるわけじゃ無くて、むしろマイナスになることもあるってことが明らかになったわけで。
http://anond.hatelabo.jp/20120526091039 続き
https://twitter.com/sasakitoshinao/status/206228386853560324
なんか「Studygiftは<公>だと思ってたのに<私>だったのか、騙された!」とか言ってる人が何人かいるが、公の意味をこれからもう一度再定義した方がいいと思う。そうやって怒ってる人は公がどこかから神のように降ってくる存在だと思っていないだろうか。
https://twitter.com/kirik/status/206229674295181312
いや、公を誤認させてはいかんでしょ RT @sasakitoshinao なんか「Studygiftは<公>だと思ってたのに<私>だったのか、騙された!」とか言ってる人が何人かいるが、公の意味をこれからもう一度再定義した方がいいと思う。そうやって怒ってる人は公がどこかから
https://twitter.com/sasakitoshinao/status/206228646128656384
公は天から降ってくるものでなければ中間共同体が勝手に担ってくれるものでもなく、今後は<私>の無数の集合体、<私>がつくるさまざまな仕組みの集合体によって<公>が成り立つという方に考えを切り替えないと。
https://twitter.com/kirik/status/206230378468487169
先生、public というのはきちんとした定義のある言葉です。ご主張は理解しますが、今回の事例でそのような理屈は通らないと思いますよ。 RT @sasakitoshinao 公は天から降ってくるものでなければ中間共同体が勝手に担ってくれるものでもなく、今後は<私>の無数の集合体、
https://twitter.com/sasakitoshinao/status/203695743184273409
おっしゃる通りです。情報は開示されてる。家入さんという個人の信頼でも担保されてる。詐欺じゃないでしょ。 RT @fox_m @sasakitoshinao 単位とらなかろうが旅行に行こうがそれをひっくるめお金出す人の選択の自由はあるという話を佐々木氏は言ってる気がするんだけど。
https://twitter.com/sasakitoshinao/status/206751155445956608
私は家入一真という人は、おおくの人が批判するように欠点もたくさんあるのかもしれないけれど、彼が追い求めている価値に共鳴している点で全幅の信頼を置いています。
https://twitter.com/sasakitoshinao/status/206752926461476865
そんな担保などあるわけないでしょう。すべては個人の意見。客観など幻想にすぎない。 RT @maitreya_K 公私とか自助公助とか、そういう切り口自体が佐々木俊尚さん、あなたのセルフサービスの問題意識と見受けられます。その見方はいったい何によって担保されているのでしょうか?
先ほどTwitterに連投したStudygift問題についての論考です。以下、少し整理して転載します。
一連の議論を見ていて思うのは、個別包摂と社会包摂がごっちゃになってしまっていませんか?ということ。社会包摂とは生活保護などの公的扶助をはじめ、誰もが平等に享受できるセーフティネット。個別包摂は、個人的なつながりの中でのセーフティネット。
たとえば隊長の「就学希望児童助成を軽いノリでやるな」という記事もそのひとつで、社会包摂としてはこの視点はそうだろうと思う。しかし個別包摂にまでそれを求めるのか?ということ。
■家入一真さんの例の件で願うことなど: やまもといちろう http://bit.ly/KArAfU
個別包摂なんて、親戚のおいちゃんおばちゃんに金出してもらうのと同じレベルで、単にそれをネットのオープンな場所でやってるだけ。だから「出したい人が出せばいい」と私は書いたわけです。そういう家族単位、知人単位、ソーシャルグラフ単位の個別包摂の集合体が、公的扶助などの社会包摂を補完していく可能性があるから。
だから個別包摂で、後から「なんだお前退学してたのか!」「男女関係からんでんじゃないの?」とかそういう話が出たとしても、おっちゃん(支援者)と姪(被支援者)の間で話せばいい話。「ほんまに復学する気があるのか?」「おまえ結婚しても学業続けられるんか」みたいな、そういうレベルの話。
そしてこの社会的包摂と個別の包摂の混同は、実のところ河本準一氏の生活保護騒動にもつながっている。「息子が支援(個別包摂)できるのに生活保護受ける(社会包摂)のはけしからん!」と。河本氏にあなたは個別包摂を利用せよと求めている。だったらなぜStudygiftの坂口さんには個別包摂によって支援を受けることを許さないのか? 二つの問題の根っこは、ここで実はつながっている。
Studygiftは皆が見える場所でやってるからけしからん、目に入らないところでやってくれという意見もあるだろう。まるで全員に門戸が開かれてるように誤解させるのはけしからん、と。だがこうした個別包摂でさえも可視化されてしまうのがネット時代の恐ろしいところなのだ。そしてこの可視化時代に、妬みや誹りや恨みの対象となるありようはそこらじゅうに可視化されている。今までは知らないで済んでいたことが、全部見えてしまう。これはある意味たいへん苛烈な時代だ。
しかしこのような個別包摂の試みは今後も次々出てくるだろう。個人間送金が簡単になればさらに加速する。私はその多様化は社会包摂を補完するありかたとして否定すべきでは無いと思う。今回のStudygiftは拙速なのは事実だが、そういう試みの最初の小さな一歩にすぎない。
ネットを活用した個別包摂のセーフティネットに対して「うまくやりやがって」「詐欺だ」と怒る人たちは今後も増え続けるだろう。それは避けられない。たとえばこの記事などが典型だ。
■仮に僕膣と学籍詐称が無くてもstudygiftは駄目だよな http://bit.ly/KAuGAA
無償のリスペクトが応酬されているだけの評価経済社会に留まっていれば、問題は起きなかっただろう。だが評価経済と貨幣経済が結びつくことで、評価=カネということが実現してきている。これは大きな波紋を投げ掛ける。
すべての人々が平等に包摂されるような時代は最早やってこない。そういう包摂は戦後社会でも平等幻想でしかなかったが、その幻想さえも剥ぎ取られる時代になってきている。だからこの問題への怨嗟は今後もなくならないだろう。しかし社会亭包摂とは何かということをもう一度考えなければならない時期に来ている。
自らを助ける者が助かるだろう。しかもその「助かる」有り様は見えてしまっている。だったら自らを助けられる者だけが助かればいいのか? そして、自らを助けられない者をいったい誰が助けるのか? これはコミュニタリアリズムとリバタリアニズムの対立にも繋がってる。だからここから本当に真っ当な政治哲学的な議論が始まるのかもしれない。
そう期待したいけど。
いのうえ とーる 私もこれを全く社会包摂で語って批判する人が多いことに最初から不思議でなりません。説明不足である問題点を除けば、売りのある人、自分がいいなと思った人を援助することは不自然でもなんでもないわけですし、そこに不公平だと文句をいうのはおかしいと感じます。だから、わたしは批判のほとんどは単なるそういう行動ができない人の嫉妬にすぎないと思えるのです。
上田 康之 ぼくも佐々木さんの言わはることに賛成なんです。同棲してたとか、退学してたとか、どーでもええ話やと思います。
勝手にやりゃええ話やと思います。
ただ、隊長の話と少し似てるんですけど、なにぶん対象が「子ども」なんで「顔を出して、実名も晒して、学校に行きたいけどいけないというプライバシーを晒すことが、どれだけの苦痛を将来において背負うことになるのか」ってのが少しだけ気にはなりました。
この子は20歳超えた子ですし、その点は理解してるかもしれないですけど。
最上 雄太 Twitterにも幾つかレスしましたが、別に悪意も変な扇動をしようという気もないのは伝わりました。
寄金 佳一 星野智幸さんが小説家らしいさすがの感性で語っています。「私たちがバッシングし、叩こうとし、殺そうとしているのは、「俺」なのだ。自分なのだ。」と。
http://hoshinot.asablo.jp/blog/2012/05/26/6457416
で、悪意がないのにこういった事を本気で書かれているのにヤバいな、と思いました。
不特定多数と知人の区分けが無意味と言いつつ、個別包摂と社会包摂に分けて考えろっていう起点自体が無茶苦茶ですよね。
先の「無視すればいい」という発言もそうですが、本質が全く見えてらっしゃらない。
今回こういう騒ぎになっているのは、一言で言えば「当事者に納得感が無い」からですよね?
この納得感というのは言うまでもなく必須要件であり、また今回の「当事者」は支援をする側される側だけじゃないですよね。
皆まで言いませんが、仲良しごっこも同好会ノリで楽しくやるのも全然いいんですが、迷惑かけないでって事です。
おおつね まさふみ これは「おっちゃん(支援者)と姪(被支援者)の間で話すようなトークを、単にネットという開けた場所でやってるだけ」って言われるだけのような……
おおつね まさふみ 「社会的包摂と個別包摂はネットで差別される。前者について発言するのは自由だが、後者については言論の自由は制限される。理由は◯◯だ」の、理由の部分がなんだかわかりにくいので、そこを聞きたい所。
川岸 義明 今回の件で、就学希望児童助成自体が世間的に眉唾に思われたのであれば....個別包摂,社会包摂に関わらず、痛い話だなぁと...支援者がそれを正しく区別できるのでしょうか....よくわかりませんが...
Kanehira Takashi 学費援助の件では、否定派と肯定派の対立軸がすぐに出来て、両者を包摂するとしたら、弱者を助けたい人(肯定派)の役回りになりそうです。生活保護の件でも、否定派と肯定派の対立では、やっぱり弱者を助けたい肯定派が、否定派に地道な説得をすることでしか包摂が来ない気がします。否定派は日本版ティーパーティーに見えます。閉塞感があるとさらに狭い方にいくのだなと。歴史を振り返ると、女性参政権を勝ち取った人はなんて偉いんだろうと想起したりもします。
くらます りょういち 個別包摂の試みというのは、ずいぶん前からありますね。いわゆる「○○ちゃんを救う会」。海外で手術受けるのに○千万円必要です、みたいな。
しかし、その「○○ちゃん」の情報が、もし事実と異なるものであったとしたら。それがお金を集めた後に明らかになったとしたら。
はたしてそれは「おっちゃん(支援者)と姪(被支援者)の間で話せばいい話」で済むんですかね。
上田 康之 くらますさんの【「おっちゃん(支援者)と姪(被支援者)の間で話せばいい話」で済むんですかね】は、それで済ませたらええんちゃうかなぁ。
もし、その子が将来、極道になったとしても、文句言わんと、それ込みで支援したろうって思ってやったらええんちゃうかなと思います。
はやし りょう 社会的包摂と個別包摂を区別してるんじゃなくて、資金の集まり如何に依らず目的を達成出来ない可能性を明らかにしないまま支援名目で投資を募ったのが叩かれてる原因じゃないですか?社会的包摂と個別包摂で区別して云々って論調が通るならば極論すれば「ばれなきゃオレオレ詐欺ってOKなの?」って話になりますし。
今回の件は何がよくて何がだめだったのかを議論してブラッシュアップを図るのが第一で、論じる人の社会的な関係性に論点ずらすのは単にこのネタつかってプロレス見せてるに過ぎないと思います。
おおつね まさふみ それだと「支援もしないし、興味もないけど、紛らわしい弱者風の錯誤でカネ集めているのは見過ごせないから個別包括をネットのオープンなところで主張する」という人だって居てもいいよね。
はやし りょう おおつねさんの発言がStudygiftをウェブで展開する事の意義だと思います。意見を述べている人の立場を以て「あなたには発言する権利がない」というのはもう本当にナンセンスですよ。そんな主張は第一次世界大戦でもう過去の遺物になってるんだから、知的なブラッシュアップに社会的立場とかホント混ぜないでほしい。
芝尾 幸一郎 個別包摂の取り組みだったら、金くれ http://kanekure.ssig33.com/ と言うサイトで良い気がします。そして、現にこのサイトは別に炎上していない。個別包摂の例なら上のサイトの方が適切な気がします。
金くれ
kanekure.ssig33.com
松本 孝行 社会が面倒を見るのか個人が面倒をみるのか、それを河本さんの話だけで語るならいいですが、studygiftを混ぜてしまうと、とたんに焦点がぼやけてしまいます。その問いかけはたしかに社会起業家やサッチャー・レーガンの社会福祉削除の話とも関連して、非常に重要だとは思います。しかしstudygiftの話はまた別問題です。それに私的な援助ができるのはジャストギビングなどもあるわけですし、なにもstudygiftがダメに成ったから全てダメになるということはありません。むしろ、今回の件は私的な寄付という行為へのハードルを上げたと思っています。
とにかく論点はそこじゃないと思いますよ。
荒巻 里江 個別包摂と社会包摂の区別以前の問題では…? 被支援者が嘘(あるいは誤解を招く言葉)を堂々とサイト上に掲げ、お金を集めようとしたことは、仮に悪意が無かったにしろ問題のある行為ですよね。そして「お金を出したい」と思わせる為の嘘に気付けば、いくら身内のおっちゃんと言えど腹が立つのではないでしょうか。そしてそんな嘘に騙されたおっちゃんの存在を知った周囲が、姪を批難するのは至極当然の流れだと思います。私には佐々木さんが「騙したのが身内のおっちゃんなら何ら問題ない」と仰られているようにしか見えないのです…。そんな馬鹿な話がまかり通るのであれば、世の中の詐欺は無くならないでしょうね。
稲畠 康 概ね同意ですが、個別包摂とはいえ間にサービス提供事業者(本件ではLiverty)が入っている訳で、「おっちゃん」と「姪」の間で話せばいい話と言う下りに疑問があります。
小林 啓一 私も次長課長の河本さんの件とstudygiftの問題はほとんど同じく(Twitter風に言うなら公式RTする様に)感じていました。
これって例えば子供が自立した夫婦の片方が亡くなった時、残された方が再婚する事に親族が反発してしまう話と同じと考えています。
つまり日本社会では成人でさえ個人としての自立が得られず、私で解決すべき問題と公で解決すべき問題の線が引けない、判断できない。
しかもそれに対して、それこそ非当事者が当事者の問題にずけずけと土足で入り込んで、さもしたり顔で持論を押し付ける。
こういう嫌らしい社会にしない様、個々人の当事者性を高めるにはどうしたらいいでしょうかね・・・?
佐々木 俊尚 叩きやすいものを叩く。叩かれてるものを擁護すると、「今さら何擁護してるんだ佐々木は、バカじゃないの?」という反応が湧き出てくる。ドヤ顔で勝ち馬に乗る連中が大量に湧き出てる。
おおつね まさふみ 「誰にでも叩く理由があれば叩く自由は有るよね?」って話なんですが、批判者ウザいっていう話だったのかな?
河村 明 当事者でないものはもの言うな、という考え方は当事者性を高めるのと、逆のところにあるような気が...違和感を感じました。
荒巻 里江 少し気になったのですが、佐々木さんは『問題点を指摘して批判すること』と『ただやみくもに叩くこと』を一緒くたにされてませんよね??? studygiftに対して批判的な意見は『すべて悪だ』と思われてませんよね??? 汚い言葉を吐き捨てるだけの人間も勿論います。しかしstudygiftを批判している人間全てが、ただ勝ち誇りたくて、ドヤ顔をしたくて、運営側に行動を起こしている訳ではないのです。佐々木さんに言わせれば『これは当事者だけの問題だから周りが口を出すな!!』ってことなのかもしれませんが、(揚げ足をとるようで非常に申し訳ないのですが、)もしそうであるなら『非当事者である佐々木さんがstudygiftに関して擁護的な意見を述べられたこと』にも違和感を感じざるをえません。個人的には、改善すべき点を完全に無視して、盲目的に運営側を擁護されるのは少し危険なのでは、と思います。
Shuichi Asai 恥ずかしながら、個別包摂という言葉は初めて聞いたのですが、「個別」と「社会」という分け方が、そこまでデジタルにできなくなってきてるのではないでしょうか。人の姪のことでも、親しい家族以外の人でも、アドバイスする可能性があるでしょ?インターネットでおおっぴらにやられると、なんでも身近に感じてしまうんですよ。コンプガチャ問題も、同じようなもんでしょ。みんな、コンプガチャなんてやっていないのに、嫌悪感を持つ。インターネットに人間がいる以上、このような現象が避けられないので、これを考慮してリスクヘッジするか、覚悟して強行突破するしかないのではないでしょうか?
Shuichi Asai あと「ドヤ顔で勝ち馬に乗って、したり顔している連中」は佐々木さん側にも沢山いますよね。
木下 孝二 生活保護の件、社会包摂の不正利用という1事例にすぎない。学費の件は、個別包摂を依頼する側の本人、仕掛人の当事者性が不足してましたね。「投資」ではない借金や資金支援というのは財布の中身やネガティブ情報も十分に相手に晒す必要がありますから、パブリックな場で募集しようとすれば当然それらを全公開する覚悟が要る。中途半端に情報量を抑えようとしたから、支援要件としての情報量を満たせなかった。
木下 孝二 やまもと氏は「学業支援という未成年中心の支援に機微情報全公開の手法はふさわしくない」と述べていてそれに同意するわけですが、佐々木さんも述べている既存のクローズド(親類)から一歩だけ進んだ、クローズドなソーシャルグラフ上での支援というのが、「一歩先のネット時代の支援」の形ではなかったかと思います。studygiftはいきなり全公開ですから、ちょっと勇み足が過ぎたかなという印象です。
最上 雄太 確かに叩く事自体が目的の人も散見されるので、イライラされるのも、ニュートラルを保つのが大変なのも分かりますが、勝ち馬とかドヤ顔とかいう言葉が出てくる事自体に驚きです。叩かれてるとか周りがどうとかではなく、それこそ極めてニュートラルな視点から感じた事を僕は言っただけですし、ほとんどの方も同様なのでは。論点ずれるのでこの辺にしておきます。
佐々木さんの論考には賛同しかねます。なぜなら、佐々木さんが個別包摂という概念を持ち出すのであれば、Studygiftでは支援者と被支援者との関係が、おじさんと姪のような信頼性が担保される関係には無いからです。ネットの時代の個別包摂だからといって支援者に寛容を求めるのは、支援者にはあまりに酷な話でしょう。
そもそも包摂とかコミュニタリアリズムとか、そんな複雑な概念で論考するような深刻な事案でしょうかね?私には小難しい言葉を意図的に多用して御自身の主張「出したい人が出せばいい」の正当性を守ろうとしているようにしか読めないのですが。
やまだ まさゆき 個人的には「親戚のおじさんが、懇意にしてるキャバクラの女店を持たせたいけど、身銭で賄うんじゃなくて、「この子の夢を叶えてあげたいので、ちょっと金をくれないかな」って言ってきたって印象。
てめーの女なんだからてめーで金出せよって思うし、どうみても「かわいそう」だからじゃなくて、下半身問題にしかみえないのを「かわいそう」という綺麗事を全面に押し出そうとしているから問題視されているのだと思う。
「ばれなきゃオレオレ詐欺ってOKなの?」という書き込みがあるのだけれども、studygiftで今回提示されている案件は血液型占いを本気で信じている人だって「あー・・・これは」って気づくくらいの作りになっていると思うのね。オレオレ詐欺なんか比較にならないくらいにユルいというか最初から、ぐぐたすで有名になったおねーちゃんがiPhone持ってインドなうにお金出してね☆(・ω<)だっていうのは誰の目にも明らかなのに綺麗事で押し通そうとするから、切り込み Permalink | 記事への反応(1) | 11:15
私の4組はオタク集団だった。
逆に1組は優等生集団。
先生のいうことを守る真面目君ばかり。
クラスごとで違うのは生徒だけではなかった。
帰りの会がふつうは15分のところをオーバーして20分、ときには30分と説教は続いた。
「またJ先生が切れてた」と笑いながら。
J先生は私たちの国語の教科担任でもあるのだが、授業のとき一度も怒ったことは無い。
ときどき生徒にこう漏らした。
(ちなみに上の学年も下の学年も、やっぱり1組の担任は切れる先生だったよ。)
授業のやり方もいろいろだった。
授業の初めにいつも問いを出し、生徒に考えさせ議論させ、実験で確かめる。
それが2年になったら同じS先生が不真面目になった。
授業の前半は雑談でつぶれ、後半は「みんな寝てていいよ」。
みんな不思議がったが、つまりは「怠慢先生役」に変わったのだ。
「どうしてこんなに悪いかなあ・・・。このクラスはちゃんと教えたはずなのに。」
“このクラスは”???????
ってことは、不真面目に教えたクラスもあったってことだよね。
つまり「ちゃんと教えたクラス」と「不真面目に教えたクラス」とで有意な差が出ないと、文×省に提出するレポートが上手く書けないってことなんだよね。
社会のH先生はテスト返却の時、うちのクラスの平均点が学年平均より20点近くも高かったのに、不機嫌だった。
でもしゃあない。
だってうちのクラスの面々は、先生がちゃんと教えないので不安になって、みんな塾に通うようになったので、テストでいい点数を取ったのだから。
結局。
「真面目な生徒」を「切れる先生」が教えたらどうなるか??